うちはイタチと賢者の石   作:おちあい

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1986年8月

飛び交う怒号と銃弾をものともせず戦場を走る2つの小さな影があった。

「「瞬身の術」」

兵士たちはその2人を狙い銃弾を放つが、1発として彼らに命中することはない。

「くそっ!当たらねぇ!」

苛立つ男の前で高速で移動していた影の片割れが止まる。

「遅えんだよ!」

男の目の前に現れたのはまだ10歳にも満たない少年だった。無邪気な顔で笑った子供は男を殴り飛ばす。

殴られた男は5、6メートル後方に吹き飛ばされ意識を手放した。小さな体から繰り出されたとは思えないレベルのパンチに恐怖し、周りの兵士たちは一歩後ろに後ずさる。

「はっ、この戦場も楽勝だな」

自分を恐れ一歩後退した周りの兵士たちを一瞥し、少年は満足そうに腕を組む。

しかし後退した彼らも多くの修羅場をくぐった歴戦の戦士たちである。兵士の1人が我に返り銃を構える。彼が少年の背後から引き金を引こうとしたその瞬間、後方からの手刀を受け気絶してしまった。彼に手刀を入れたのはもう一方の影である、影の正体は少年と同じぐらいの年の少女だった。

「クリス、油断しちゃダメ」

少女は、調子に乗り周りが見えなくなっていた少年を窘める。

「へっ、わりーわりー。でもよ」

本当に悪いと思っているのか、へらへらと笑いながらクリスと呼ばれた少年は少女に向かってナイフを投げる。かなりの速さで投擲されたそのナイフは、少女を逸れ彼女に後方から襲いかかろうとした男の額に突き刺さった。

「アリス、お前も油断大敵だぜ!」

ウインクするクリスに飽きれた顔でため息をつくアリス。舐めた態度をとる2人に、周囲の兵士たちの怒りのボルテージが上がっていった。

「調子に乗るなよ糞ガキども…ぶっ殺せ!!」

周りの兵士たちが銃を構え引き金を引くが、2人の子供は全く焦ることなくナイフを構えた。

 

(…クリス達の方は問題無さそうだな)

クリス達の後方 数十メートル、自身も戦いながらイタチは二人のチャクラを感知する。

イタチがカール、クリス、アリスの3人にチャクラの使い方を教えてから約1年。戦闘能力が格段に上がった3人によって、影の戦績は素晴らしいものとなった。

イタチが新たに生を受けたこの世界には、アンナやその母、そしてファロット、さらにマダックスの親子など、チャクラを練る才能を持った人間が少数存在した。カール達にチャクラコントロールを徹底的に教えた結果、彼らは忍術を使えるまでに成長したのだ。そこにイタチによる体術の指導も加わり、3人は前線に送っても死ぬどころか大きな成果をあげられるようになっていた。ファロットレベルの敵が現れたら一瞬で殺されるだろうが、多少鍛えられた軍人に相対したところでさほどの危険はないのである。この戦場も影を従えたイラン側の勝利に傾きつつあった。

このまま一気に形勢を傾けようとイラン軍の士気が上がるが、突如上空に現れたヘリコプターに彼らの足が止まった。

敵味方どちらのマークも付けていないそのヘリコプターは上空数十メートルの位置でホバリングしている。突如ヘリコプターのドアが開き、一人の男が何の躊躇いもなくそこから飛び降りた。

 

「…人がヘリから落ちたのか?」

まるでミサイルのように空中から目の前に突っ込んできた人間にクリスは驚いた。

「自分から飛び降りたように見えたけど…」

アリスもクリスの傍らに立ち怪訝な表情を浮かべる。

かなりのスピードで落ちてきたせいで大きな砂埃が舞い上がり男の様子がよく見えなかったが、やがてその土煙が風に流され、しゃがんでいる一人の男がその中から現れた。

男はゆっくりと立ち上がり周囲を見渡す。身長は190センチはあるだろうか。戦闘服を身にまとったガタイの良いその男の顔は、素顔が見えないよう銀行強盗が付けるような、目と口の周り以外の顔全体を隠す黒いマスクで覆われていた。

クリスとアリスを見つめた男は、少し考えるような仕草をした後、短刀を抜刀し2人に迫ってきた。

「ちっ、狙いは俺たちかよ!」

「クリス気を付けて。あの人なんだか嫌な感じがする…」

クリスとアリスもナイフを手にして油断なく構える。

両者が激突し、戦場にまた砂埃が舞い上がった。

 

「…」

ヘリコプターから謎の男が飛び降りる直前、イタチもまた新たな敵と対峙していた。イタチの前で短刀を構えているのはなんとイタチとほぼ同年代の少年であった。

(この子供が持っているチャクラ刀、そしてこの禍々しいチャクラ…)

イタチは父の形見である魔法のナイフを口寄せし、油断なく構える。

「ファロットか…」

少年は応えず、短刀を手にイタチに突っ込んで来た。

(速い…!それに前回戦ったファロットよりも…)

予想以上の攻撃のスピードにイタチは驚きながらも短刀の攻撃をナイフで受ける。

(一撃が重い…)

少年とイタチの間で数度刃が交じり小さな火花が飛ぶ。周囲の兵士たちは急に始まった別次元の戦いに唖然とする。

 

イタチを襲った少年であるレティシア・ファロットもまたイタチの実力に驚いていた。

(正直最初の一撃で殺せると思ったが…想像以上にやるじゃねーか)

ファロットですら受けきれないレティシアの連撃をイタチは難なく受けきっている。リンダの報告通り厄介な敵であることを認識し、レティシアは警戒のレベルと自身の攻撃のスピードを上げた。

レティシアの攻撃をイタチが受けたと思ったら、いつの間にかイタチが攻撃に回っていてレティシアも笑みを崩さず紙一重でその攻撃を避ける。気付いたら2人の立ち位置が入れ替わっている。

常人には入り込む余地のない戦闘を目の前に、落ち着いている人間がもう一人だけいた。

背後からの殺気を感じたイタチが咄嗟にしゃがむと、コンマ数秒前にイタチの首があった空間に短刀の軌跡が走った。

殺気の正体はリンダ・ファロット。イタチが殺意とチャクラを大量に纏った短刀を構えたリンダに視線を移した瞬間。イタチに向かって小さな塊がレティシアから飛ばされた。

(石の礫か…)

単純明快。レティシアは短刀を持っていない左手の掌に小石を乗せ、親指を弾くことによって銃弾と変わりない速度で小石をイタチに飛ばしたのだ。

瞬身の術を使い2人から距離をとるイタチ。呼吸を整えようとしたイタチの目に映ったのは眼前に迫るレティシアの短刀だった。

一息つく間もなくレティシアとの戦いが再開。リンダのサポートとレティシアの猛攻で、互角に見えた3人の戦いもファロット側に傾きつつあった。

 

イタチがファロット達に苦戦している間、クリスとアリスも突然現れた謎の男に苦戦していた。正確に言うと殺されかけていた、と言った方が正しいかもしれない。

瞬身の術と変わり身の術で何とか逃げてはいるものの、男の猛攻を全て避けきることは出来ず2人とも数か所に傷を負っていた。

「くそがああああ!」

クリスが叫びながら男に突っ込む。男はナイフの突きをぎりぎりの所で躱してクリスの顔面を右手で掴んだ。アイアンクローの状態である。直後、塞がっている右手側から男の顔にっ向かってアリスがナイフを突き立てる。

男の顔面に突き刺さったと思われたナイフは、なんと彼が歯で咥えることによって止められてしまった。驚愕にゆがむアリスの顔を男は左手で包み込む。

長身の男に顔面を掴まれ、地面に足が届かない2人は男に蹴りを入れるがびくともしない。自分の顔を掴む力がどんどん強くなっていき、2人は死を覚悟した。

 

クリスとアリスの顔を今まさに握りつぶそうとしている男、レックス・ソウルは少し拍子抜けしていた。

ファロットが殺しを成功できなかった影という組織。どの程度なのかを自分の目で確かめようとアメリカから中東くんだりまで出向いたというのに、彼の目に映ったのはそこらの傭兵と大して変わらないような烏合の衆と、一般人よりちょっと戦闘能力が高いだけのガキ2人だけ。

全くもって時間と金の無駄だったと思い、掌に力を込め2人の顔を握りつぶそうとした瞬間、上空からレックスの両腕に向かって2本のナイフが投擲された。

咄嗟に手を離し後ろに飛びのくレックス。2人とレックスの間に降り立ったのは影のボスでありクリスとアリスの父親でもある、カール・マダックスだった。

-瞬身の術-

カールは新たにナイフを構え、回避不可の速度でレックスに迫る。

クリスとアリスのスピードに目が慣れていたレックスは、その2人以上の速度で迫るカールに少し驚いたが、口元に不敵な笑みを浮かべてその攻撃を避けカウンターの右ストレートをカールの顔面にぶち込んだ。

絶妙のタイミングでカウンターを合わせられてしまったカールは、後方のクリスとアリスを巻き込んで10メートル以上吹き飛ばされてしまう。

子供たちに支えられ、何とかよろよろと立ち上がるカール。3人の顔にもはや余裕は無かった。脂汗を流しながらレックスを睨みつける。

「こいつはヤバいぜ…。イタチレベルだ。はっきり言って俺たちじゃ勝ち目はねぇぜ…」

どうする?とカールとアリスに目配せするクリス。カールは殴られた顔面を震える左手でおさえながら言葉を捻り出す。

「ハァ…ハァ…。なんとか…時間を稼ぐんだ…。イタチならこの事態を感知できているはずだ…」

息も絶え絶えの3人は再びナイフを構えレックスを睨む。イタチが駆けつけるまで生きていられるか。彼らの命がけの時間稼ぎが始まった。

 

 

(この子供。体術はやはり上忍レベルか…このままではまずいな…)

イタチとレティシアのスピードのギアが上がったため、スピードについていけないリンダは数メートル離れて援護射撃のみを行っている。

先ほどまではお互いが攻撃し合っていたイタチとファロットの戦いだったが、今はレティシアの攻撃をイタチが受けるのみになっていた。もちろんイタチが大人であったならレティシアを相手にしても難なく勝利を収めることはできるが、体が出来上がっていない今の状態だとレティシアを相手にした殺し合いはかなり分が悪い。

とはいえ実のところレティシアもイタチと同い年である。前世の戦闘経験なんてものも当然持っていないことから考えると、レティシアはイタチ以上の化け物だと言えるのかもしれない。

いつ勝利の天秤がレティシアに傾いてもおかしくない状況の中、イタチはレティシアの予想以上の粘りを見せていた。

(おかしい…。最初に刃を交えた感じからすると、もう俺に殺されているはずなんだけどなぁ…)

現状を考えればレティシアの疑問も当然である。

(戦いの中で成長してるってか?いやそんな3流の映画みたいな感じじゃないな。だんだんと俺の動きを…。こいつには…何かが見えている…!)

「だが次で殺す…」

レティシアは今自分が出せる最速のスピードで短刀を一閃する。

(来る…。落ち着け…。そして見切れ!)

膨れ上がった殺気を感知し、イタチは回避に全神経を集中させる。

これまでの攻防を考えれば回避することは不可能な速度と絶妙なタイミング。

しかしその一撃はイタチに届かない。

(完全に見切った!?馬鹿な…!)

最高の一撃を避けられたレティシアは目を見開きイタチを見つめた。

(ああ…。久しぶりで忘れていたが確かにこの感覚だ…)

レティシアの一撃を完全に見切ったイタチもレティシアを睨みつけ、両者の視線が交差する。

「!!」

(あの両眼…何だ…?)

レティシアの目に映ったのは、勾玉模様が浮かび、赤く光ったイタチの瞳だった。




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設定資料

1986.8
イタチとレティシアの初戦。イタチが写輪眼を開眼。

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