“黒”の紅茶《完結》   作:山中 一

8 / 52
八話

 “赤”のライダー、アキレウス。あの英雄殺しの槍の所有者ならば間違いなく彼であろう。

 アーチャーは解析した槍から“赤”のライダーの真名にほぼ確信に近いものを抱いていた。

 圧倒的な不死性。三頭立ての戦車。ランサークラスを凌駕する敏捷性。そして、あの槍。これだけ揃えば、アキレウスという名が脳裏に浮かんでいてもおかしくはない。

 アーチャーの解析能力を知るのは、現状ではフィオレとダーニック、そしてランサー(ヴラド三世)の三名だけだ。

「まあ、報告はしておくべきだろうな」

 アーチャーは呟いて、弓を収めた。

 フィオレとアーチャーは、ダーニックとランサーの下を訪ねた。

 先の戦いの報告をするためである。

「ライダーの正体はアキレウス。なるほど、それならばあの不死性も納得がいく」

 ダーニックはアーチャーからの報告を受けて神妙な顔つきになる。

 アキレウス。知らぬ者のいない大英雄だ。

「トロイア戦争の英雄ともなれば、皆一級のサーヴァントだろう。中でもアキレウスは図抜けている。だが、攻略の糸口は見えた。そうだろう、アーチャー?」

 ランサーは玉座からアーチャーを見る。

 アーチャーは頷いて、

「そうだな、王よ。私の通常の攻撃は通らなかったが、神殺しの逸話を持つ宝具であれば傷を与えられた。ならば、対神宝具を持つ私か、他のサーヴァントでも踵狙いでいけばいいだろう」

 “黒”のセイバーが背中に護りがないように、アキレウスも踵が致命的な弱点だと思われる。サーヴァントは伝承にある弱点をそのまま持って召喚されるのが常だからだ。

「それと、アーチャー。一つ聞きたいことがあるのだが、いいかな?」

 ダーニックがアーチャーに向き直って言った。

「構わないが、何かね?」

「君の真名についてだ」

 “黒”のアーチャーの真名のみ、誰一人として知る者がいないのである。彼は今までずっと記憶に混乱があると言って真名を口にしてこなかった。

 だが、ダーニックとしては早急に真名を把握しておきたい。

 理由は二つ。 

 一つ目は、ジークフリートやアキレウスのように伝承上に弱点が記されている英霊だった場合、何かの拍子にその弱点を突かれないとも限らない。こちらがアーチャーの真名を知らない以上、敵が知ることもないだろうが、偶然という災厄は存在し得る。

 それが、不死を唯一突破する弱所のような明確さでなくとも、例えばフィオレが本来召喚する予定だったケイローンはヒュドラの毒で命を落としている。仮にケイローンがサーヴァントとなった場合、何よりもヒュドラの毒には注意しなければならない。もっとも、幻想種の中でも高位のヒュドラなど、もはや手に入れようがないのだが。

 サーヴァントはそういったように、弱点を持つものも多い。そうでなくとも、竜の属性を持つサーヴァントには竜殺しの逸話を持つ剣が効果的、というように相性として現れる場合もある。

 真名を把握するのは、こういった点に注意を払うのに必要なのだ。

 二つ目は、いざアーチャーと敵対した場合の対処である。

 今でこそ、“赤”の陣営を相手に戦争という状況を作り出しているが、それが済めば今度は“黒”の陣営内で殺しあうことになる。その際に、アーチャーは間違いなく障害としてダーニックの前に立ちはだかるだろう。

 少なくとも、“黒”のセイバーと同等の危険性をアーチャーは持っているとダーニックは評価している。

 ダーニックの問いに、アーチャーは渋い顔をする。そして、ため息をついて、答えた。

「すまないな、まだ記憶が戻っていない」

「記憶はなくとも、手がかりはあるのではないか? ライダーを相手にあれほど宝具を使ったのだから」

 ダーニックがアーチャーを評価し同時に警戒しているのは、その宝具の量である。

 通常のサーヴァントは、宝具を一つから二つ程度しか持たない。豊富な宝具で敵を圧倒するライダークラスは別だが、それでも両手の指で数えられる程度が限度であるはずだ。

 アーチャーのクラスは総じて宝具そのものが強力な傾向があるというが、このアーチャーは矢そのものが宝具であり、数十の宝具を放っては、使い捨てている。それは尋常のことではないのだ。唯一無二の宝具を、何の未練もなく使い捨てるという戦術は、まっとうなサーヴァントが取るものではない。

「確かに、あのときに使ったのはすべて宝具だ。だが、あの中の宝具に見覚えがあったかね?」

「……それは」

 ダーニックは口篭る。

 宝具自体、目にする機会などそうあるはずがない。そこに見覚えなどと言われても困るだけだが、なんにせよ、無数の宝具を使う英霊となるとウルクの英雄王しか存在しない。そして、アーチャーは王ではない。

「それに正確に言えば、あれは本来の意味での宝具ではない」

 アーチャーの言葉に、ランサーが興味深そうに笑みを深めた。

「それはどういう意味だね。アーチャー」

「あれは、紛い物だ。紛い物ならば、綺羅の如く輝く英雄のシンボルたり得ないだろうし、使い捨てるのに戸惑うことはない」

「紛い物。ほう、あれが」

 サーヴァントであるランサーの目にも、アーチャーの攻撃は正真正銘の宝具に見えた。しかし、それを紛い物というのはどういうことか。卑下しているわけではない。ならば、あれは間違いなく贋物の宝具なのだろう。

「しかし、宝具の贋作など……それもサーヴァントに傷を負わせるほどのものなど、そう簡単に用意できないでしょう?」

 フィオレの問いに、アーチャーは苦笑する。

 サーヴァントと戦って数合しか持たないゴーレムですら、キャスターが作り上げたものなのだ。サーヴァントに致命傷を負わせられるような贋作なら、それを作るために必要な労力はどれほどのものになるだろう。

「大して労力も必要ない。あれは、魔術によるものだ。必要なのは、相応の魔力だけだ」

「魔術? あれが……?」

 フィオレは首を傾げる。

 アーチャーは確かにスキルとして『魔術』を持つ。低ランクで、アーチャーが使える程度の魔術ならばフィオレのほうが高い精度で扱えるくらいのものでしかない。生前に魔術を齧っただけというように見ていたのだが、そうではないのか。

 アーチャーの魔術は解析と強化、そして、贋作を創り出す魔術。

「まさか、投影魔術?」

「馬鹿なッ! 宝具クラスの完全投影など、できるはずがない!」

 フィオレの言葉に真っ先に反応したのはダーニックだった。

 時計塔で長年講師を勤めてきただけに、魔術に関する知識は深い。そして、未だかつて投影魔術で宝具を創り出したなどという話は聞いたことがなかった。

「ダーニック。投影魔術というのは、どのようなものだね?」

 ランサーは投影魔術を知らない。それは、彼が生前魔術とは縁のない一国の王だったからである。また、深く十字教を信仰していた彼は、聖言に触れる機会はあっても魔術に触れることはなかった。

「は、投影魔術とは魔力を基にして擬似的に物体を創造する魔術のことです。通常は儀式などを行う際に足りない道具を一時的に補うといった場合に用いられますが、あくまでも姑息な手段にしかなりません。投影された物体は、長時間存在できないばかりか、機能としては本物に格段に劣ります。ナイフを投影しても、肉を切ることができないほど脆弱なものしか創れないのが通常の投影です」

「だが、彼は違うわけだ」

「はい。信じ難いことですが」

 ダーニックは、未だ怪訝そうな顔でアーチャーを見る。

 無理もない。アーチャーの魔術は、数千年の魔術の常識を覆して余りある。

「私が自分の真名に思い当たらないのも、その部分が引っかかっているからだ。投影魔術を用いて英霊となった者に、私は心当たりがない」

「なるほど、確かにそうだ。宝具の投影など、封印指定になってもおかしくない力だ。私が知らないはずもないか」

 マイナーな英霊ではなくマイナーな魔術師という観点から見ても、アーチャーの真名に該当する魔術師は存在しない。

 ランサーやアーチャー自身も、聖杯から与えられる英雄の知識があるのだが、投影魔術を使う英雄は歴史上確認できなかった。

「なるほど、君は名もなき英雄ということか」

「《無銘》か。それはそれで、私らしいかもしれんな」

 宝具を使い捨てることができる。それは、ジョーカーを無限に持っていることと同義ではないか。

「投影もそれほど便利ではない。一を極めたサーヴァントには及ばない。私では投影品の真価を引き出すことができない上に、ランクが下がる。ジョーカーと言えるほどのものでもない。」

 アーチャーは肩を竦める。

「では、私はこれで失礼する。投影魔術師について何か情報があれば、知らせて欲しい」

「ああ、分かった。さすがに期待はしないでいてもらいたいが、可能な限り資料を当たってみよう」

 そして、アーチャーはフィオレと共にダーニックとランサーの下を辞した。

 部屋に戻る道すがら、フィオレはアーチャーに尋ねた。

「アーチャー。あなた、生前は魔術師だったのですね」

「まあ、そうなのだろうな。師と思しき人からは、一生努力しても三流などと言われもしたがね。事実、私はオーソドックスな魔術を最低限習得したこと以外には投影にしか才がなかった」

「それでも、英霊にまで至ったのです。ならば、それは誇るべきことではありませんか」

 アーチャーはフィオレの言葉に口を噤んだ。魔術を使って英霊に至ったのは事実だ。だが、それは魔術を評価されてのことではない。アーチャーにとっての魔術はあくまでも手段に過ぎなかった。そして、アーチャーが英霊になったのは、積み上げた功績によるものである。それが、善行であれ、悪行であれ、世界は守護者に相応しい者としてアーチャーを評価した。

「…………どうだろうな。私には、魔術というものに対する執着はそれほど存在しなかったようだ。それ以上に、大切なものがあったようにも思う」

 燃えるような、強迫観念とも思える初心があった。叶えるべき夢があり、追い求めた光があった。

「だが、それも夢幻のような過去のこと。今、私たちが為すべきは勝利のために剣を執ることだ」

「ええ、よろしくお願いしますね。アーチャー。あのライダーに正面から傷を付けられるのは、あなたしかいません」

「ギリシャの大英雄からすれば、私の相手など役不足も甚だしいだろうが、死力を尽くすとしよう」

 全力を出し切らなければ、勝てない相手。

 未だに名は分からないが、“赤”のセイバー、“赤”のランサー共におそらくは名の知れた英霊であろう。“赤”の陣営は、本気でこちらを潰す気で大英雄たちを揃えてきたらしい。

 それでも、負ける気は毛頭ない。

 絶望的な戦いを幾度も潜り抜けてきたアーチャーは、紛れもない英雄の一人なのだから。

 

 

 

 □

 

 

 

 アーチャーが私室に戻ったのは、フィオレと談笑してからのことであった。

 “赤”のライダーとの戦いを終えたアーチャーは少なくない疲労を感じていたのだが、それも、潤沢な魔力供給ですぐに回復できるものであった。

 アーチャーは扉を開けて、部屋の中に入る。

 そして、すぐに異変に気がついた。

 いつもならば、ベッドに寝ているはずのホムンクルスがいない。

 キャスターが捕らえたという話も聞いていない。ならば、“黒”のライダーが彼を連れて逃げたということになるだろう。

 タイミングとしてはこれ以上ないものだ。

 すべての目が戦場に向けられていたのだから、ホムンクルスが逃げ出したとしても追う者はいないだろう。

 見つかったとしても、所詮はホムンクルス一体だ。量産できる彼らを、魔術師が時間と労力をかけて追うとは思えなかった。

「だが、気にはなるか」

 放置しても問題はないだろうが、ライダーほどではないにしても面倒を見た仲。せめて、見送りくらいはしてもいいだろう。

 アーチャーは霊体化して部屋を辞した後、屋根の上で実体化した。

 ライダーたちはすぐに見つかった。

 アーチャーの鷹の目ならば、数キロ先にいようとも造作もなく見つけることができる。障害物に隠れながら行くのならば、ともかく、森の中を素直に進んでいくのでは話にならないだろうに。ライダーには隙が多すぎる。

「いったい、何をやっているのだ?」

 問題は、そのライダーがセイバーに拘束されていることだ。ホムンクルスは地に伏して虫の息。セイバーのマスターが激しい暴行を加えた直後であったらしい。

 なにやら尋常ではない事態になっている。

 ホムンクルスを巡って、ライダーとセイバーが争いかねない。

「たかだかホムンクルスに英雄と魔術師が寄って集って何をしているのか」

 アーチャーは毒づきながら霊体化して、現場に向かった。

 

 

 

 

 □

 

 

 

 

「どうして、もっと早く決断しなかった! 止められたはずだ! 君なら、あの馬鹿を止めることができただろう!」

 ライダーが涙を流しながらセイバーを責めた。

 ライダーはホムンクルスの傍らに膝を突き、その手を握り締めている。ホムンクルスは今にも死んでしまいそうで、もはや、一刻の猶予もない。すぐに、然るべき処置を施す必要がある。だが、そのためには魔術師に助力を請わねばならない。それは、できないのだ。ライダーはその魔術師からホムンクルスを救うためにここまで逃れてきたのだから。

「すまない」

 セイバーはライダーとホムンクルスに謝るしかできなかった。

「すまないで済むか! こんな……彼は必死に生きようとしただけなんだぞ! ボクたちはソウルイーターで、人殺しで、ただのサーヴァントかもしれないけど、でも……生きようという意思を、尊重することすらもできないなんて……」

 セイバーはライダーに返す言葉がない。

 施しの英雄として、多くの願いを叶えてきた。その代わりに、多くの嘆きを見過ごした。請われなかったから、望まれなかったから、手を差し伸べなかった。そのようにして、数多の後悔を抱きながら死を迎えたセイバーが第二の生を得てまで同じことを繰り返そうとしている。

 問答の余地もなく、それはセイバーの罪だった。

 ライダーの言うとおり、後一歩マスターにセイバーから踏み出していれば、この結末を変えられたかもしれない。

 言葉を尽くし、語らえば、マスターも理解を示したかもしれない。その努力を怠り、ただ機械的に指示に従っていたのは、生前となんら変わることのないセイバーの悪癖だ。結局、セイバーは声すら上げられなかった小さな命を足蹴にした形になったのだ。

「くそ、くそぅ。逝くな。君はまだ生きられるんだ!」

 ライダーの真摯にホムンクルスを思う気持ちに比べれば、セイバーの在り方の矮小さがよく分かる。

 赤の他人の望みを叶えるだけの機械ではなく、誰かの幸せのために笑い、悲しみのために泣くことができるライダーこそが、真の英雄に相応しい。

「俺は、また道を踏み外そうとしていたようだ」

 セイバーは己の胸に手を当てる。 

 そこにある鼓動。竜の血を送り出す、彼の命の結晶。

「まだ、終わったわけではない。まだ、俺には、彼に捧げるべき命がある」

 自分の迷いのために、生きようと願う一つの命が失われようとしている。ならば、その責は己の命で贖うべきだ。その結果、茨の道を歩ませることになるかもしれない。だが、今のセイバーにできるのは、それしかない。

「セイバー。それは、まだ早いぞ!」

 セイバーの悲痛な覚悟に割り込んできたのは、アーチャーだった。

「アーチャー!」

 ライダーが、振り向いて彼を呼ぶ。

 そういえば、ライダーとアーチャーは他のサーヴァントに比べてよく話をしているところを見かける。もしかしたら、ホムンクルスのことも承知していたのではないだろか。

「セイバー。サーヴァントの肉体を分け与えるのは、最期の最期に取って置くんだ。まだ、終わったわけではない」

 セイバーの行動の意味を察することができたのは、セイバーを注視していたアーチャーだけだった。

 アーチャーは真っ直ぐにホムンクルスの下に歩み寄ると、その傍に膝を突き、脈を取った。

「まだ、脈はある。ホムンクルスにしてはずいぶんと頑丈だな」

 無意識のうちに魔術で防御でもしていたのだろうか。

同調開始(トレース・オン)

 アーチャーはホムンクルスの身体を解析する。

 人体は無機物以上に魔力を流しにくい。だが、この分野に関して言えば極めているアーチャーならば、ホムンクルスの身体を調べるのは容易だった。

 内臓に軽度の損傷。頭蓋骨と頬骨に罅。内出血多数。まずいのは極度の疲労。慣れない魔術を連続で行使したのだろう。

「救えるのか?」

 それでも、セイバーの問いにアーチャーは頷いた。

「この程度の怪我なら、生前に何度も出くわした」

 アーチャーは、即座に優先順位を決めて治癒魔術を行使する。アーチャーが習得したオーソドックスな魔術の一つ。精度は一流の魔術師に大きく劣るが、それでも応急処置にはなる。解析で治療箇所を明確化して、そこを重点的に修復する。

 重傷ではあるが重体ではない。傷を癒しさえすれば、まだ救いようはあった。

 手の平から零れ落ちる命を救うために、ひたすら学んだ治癒魔術。そして、ホムンクルスに関しても、それなりに縁があり、知識があった。

 ホムンクルスは人間と異なり脆弱だが、その分肉体に柔軟性がある。乱暴な治癒による多少の変質もそのままに受け入れられるはずだった。

 そこに一縷の望みを賭けた。

 二十分ほど治癒をかけ続けたことで、ホムンクルスの呼吸は穏やかになった。意識は戻らないが、それでも命の危機だけは去ったと思われた。

「体力の回復に時間はかかるだろう。これから先、彼が生きられる時間はあまりに短い。それでも、今日のところは生き残れたな」

「よかった。――――よかったッ!」

 ライダーはホムンクルスに抱きついて泣き出した。

 命を繋ぎ止めた。ただ、それだけが嬉しかった。

 それでも、問題は山積みだ。アーチャーの拙い治癒術では、万全にまで回復させることはできなかった。これは傷を切り貼りした程度の応急処置に過ぎない。だが、アーチャーには投影がある。

 投影するのは名もなき短剣。宝具ですらない。

「なに、それ?」

「大したモノではない。ちょっとした治癒の魔術が施された短剣だ。魔術が使えなくても、持っているだけで多少の効果はある」

 アーチャーはその短剣を鞘に納めてホムンクルスの胸の上に置いた。

「護身用だ。傷を癒し、厄災から身を守るだけの機能しかないがね」

 それでも、今のホムンクルスには必要なものだ。

 ゆっくりと、剣の力が彼の身体を癒すだろう。生前、アーチャーが出会った概念武装や魔術礼装には、剣の形をしていながら、魔術の触媒として利用するものが多々あった。宝具クラスの投影ができて、それらの武装を投影できない道理はない。

 この短剣も生前に知り得た礼装の一つである。

 常に傍らに置いていれば、もしかすれば、多少の延命はできるかもしれない。

 魔術は時に条理を覆す。

 朝になれば、きっと歩けるくらいに回復する。

「後は彼自身が決めることだ」

 アーチャーは立ち上がる。

 ホムンクルスは落ち着いた、一定のリズムで呼吸している。外傷はなく、内側もほぼ元通り。そして、短剣が残りの損傷を治癒させてくれる。今の時点で為すべきことはすべて為した。

「ライダー」

「ああ、分かってる」

 ここまでだ。

 ライダーが彼を気にかけていられるのは。ここから先は死者であるライダーには踏み込めない。ホムンクルスの生き様は、生者である彼が決め、歩まねばならないからだ。

「アーチャー」

 セイバーが重々しく口を開いた。

「感謝する」

「気にすることはない。私は私のしたいようにしただけだ。問題は、これからのことだ。少なくともキャスターからの恨みは買っただろうし、君は、マスターのこともあるだろう」

 マスターを殴り飛ばしてしまったのだ。あのマスターの性格から、後でどのような展開になるのか想像もできない。

「大丈夫だ。マスターから理解を得られるよう、言葉を尽くす」

「ならばいいが」

 アーチャーはこれから先のことを考える。

 ホムンクルスを逃したことについて、申し開きをする必要はあるだろう。

 ダーニックは理解しないに違いない。けれど、ランサーはまた別だ。

 セイバー、ライダー、アーチャーが声を揃えれば、悪いようにはならないだろう。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。