“黒”の紅茶《完結》   作:山中 一

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六話

 ルーラーのサーヴァント。

 特定の条件下でのみ、聖杯から直接召喚されるという極めて異例のサーヴァント。

 マスターを持たず、現世に望みを持たず、ただの一騎ですべてのサーヴァントを律する特権を与えられたサーヴァントは、聖杯戦争を監督するという使命を帯びて現れる。

 ルーラーが召喚されるのは、その聖杯戦争が著しく常道を離れ、それによって世界の秩序が崩壊する恐れがある場合である。

 だが、召喚されたルーラー――――ジャンヌ・ダルクが困惑しているのも事実であった。

 彼女はルーラーとして召喚され、自身の役割を正しく認識している。

 ルーラーが召喚されるのは聖杯戦争によって世界が危機を迎える可能性があるとき。だが、具体的に何が世界の危機となるのかはルーラーが実際に戦場に赴いて判断しなければならない。

 今回、ルーマニアで行われている聖杯戦争が、考え得る限りの最大数である七騎のサーヴァントによる『戦争』ではなく、その二倍、十四騎による七対七の『大戦』となったことが要因とも思ったが、どうやらそうでもないらしい。

 そもそも、十四騎での戦いというのは、冬木の聖杯に備わっていたシステムの一つであるから、これ自体が世界の秩序の崩壊に繋がるということはありえないだろう。

 また、彼女の存在自体にもイレギュラーが発生している。

 純粋なサーヴァントではなく、フランス人の少女に憑依する形で召喚されたルーラーは、実体があるために霊体化できず、身体は生理的活動――――主に食事を必要としてしまう。

 ルーラーの活動には支障がないのだが、霊体化できないことでフランスからルーマニアまで公共交通機関を利用する必要があった。

 こういった、極めて不可解な召喚が、この聖杯大戦の影響によるものだとしたら、ルーラーの召喚に干渉するほどの何かがこの戦いの裏に隠れているということになる。

 そんな漠然とした、それでいて確固たる不安をルーラーは抱いていた。

 

 

 夜。トゥリファスは死んだように眠りについていた。

 発展を拒絶してきたかのように古の情緒を漂わせる町並みは、繁華街の喧騒とは無縁の闇に包まれている。

 眠気を抱えつつ、ルーラーは滞在していた教会の外に出た。

 規則正しい生活を送ってきた肉体には、夜更かしが耐え難い苦痛になっているのだが、聖杯大戦が主として夜に行われる以上、生活リズムは否応なく変えなければならない。

 ルーラーは、教会で汲んだ聖水を一掬いして宙に撒いた。やにわにその聖水は物理法則を無視して動き出し、街の立体図を描き出す。ルーラーの特権の一つ、サーヴァントの探索機能である。

「……“赤”がシギショアラに一騎。斥候、ということですか」

 トゥリファスではなくシギショアラにサーヴァントを配置しているのは規定を侵しているとも取れるが、トゥリファス自体がユグドミレニアの支配下にあることを考慮すれば特例として認められる範囲であろう。すると、“黒”が六騎しかいないのも、一騎を偵察に出しているからと考えられる。

 ルーラーが立体図を眺めていると、“黒”のサーヴァントたちが慌しく動き出した。街ではなく、森のほうへ向かっている。

「なるほど、今夜は郊外での戦いになるわけですか」

 どういうわけか、“赤”のサーヴァントが一騎、突出して森を進んでいる。そのサーヴァントに追いすがる形で二騎。計三騎が“黒”の陣営の本拠地に攻め込む構えを見せているのである。

 敵兵の半数で城攻めを行おうというのは無謀の極み。“赤”が条理を覆す英雄ならば、“黒”とて同じく英雄だ。

 何かしらのアクシデントか、単なる蛮勇か。

「まあ、一般人が巻き込まれなければいいですけど」

 呟いて、ルーラーは森に向かって移動を始めたのだった。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 ミレニア城砦王の間。

 戦術会議を行う場であるそこは、今、豪華絢爛な会食の場となっていた。

 長机には色とりどりの食べ物が並び、召集されたマスターとサーヴァントの胃袋を刺激した。

「まさか、これほどとはな」

 感嘆の呟きを漏らしているのは、ダーニックである。

 参加者が多く、料理の種類も多様なため、立食形式という形を取った。ただし、ランサーだけはイスに腰掛けホムンクルスに料理を運ばせていたが、彼は“黒”の王。誰が言うまでもなく、そのようになるのだ。

「まさか、君にこれほどの技能があるとは思っていなかった」

「何、私だけではないさ。有能なホムンクルスたちが手伝ってくれたからこそ可能だったのだ」

 ダーニックに話しかけられたアーチャーは、得意げに言う。

 並ぶ数々の料理を手がけたのは、アーチャーである。

 生前、料理を得意としたという話をしたところ、作ってみないかという流れになったのである。

 無論、ただの娯楽で行ったことではない。

 “黒”の陣営はミレニア城砦に篭城しているのが現状である。大聖杯が手元にある以上、要塞の防御力も加味して圧倒的に優位に立っている事実はあるが、それでも常に受身に回るのは想像を絶する精神的負荷がかかる。

 食事というのはいつの時代も兵の士気を高揚させるのに最適であり、何れ破綻するとしても(・・・・・・・・)、各組同士の交流を図るのは必要不可欠であると言えた。

「アーチャー。これは、なんという料理だね?」

 玉座のランサーが自らの料理を指して尋ねてきた。

「それは、牛ロースのグリエに旬野菜のエテュぺだな。ライダーに合わせてフランス料理を作ってみたのだが、口に合うかね?」

「ああ、なんとも美味だ。生前に味わうことのできなかった異国の料理を口にできるというのも、聖杯戦争の醍醐味かな」

 上機嫌にランサーは料理を口に運んだ。

「ところでアーチャー。これほどの料理の技能を有する君は、何者なのだね。記憶は戻ったかな?」

「すまないな。王よ。四騎同時召喚というイレギュラーもあったためか、未だに記憶が定かではない。ただ、私は比較的近代の英霊だということは伝えておこう」

「なるほど、近代の英霊か。それならば、異国の料理ができるのもおかしくはないか。人の移動は文化を伝える。近代ならば、他国の文化を知る機会も多かろう」

「すまないな。私も真名くらいは思い出せればと思っているのだが」

「何、気に病むことはない。君の戦闘技能の高さは証明されている。戦に於いてその力を役立ててくれれば文句は言わぬよ」

「感謝する。王よ」

 アーチャーは一礼してランサーの下を辞した。

 記憶が定かではないのは事実。だが、真名はすでに思い出している。記憶の磨耗は、そもそも召喚の不手際によるものではなく、彼が本質的に抱えているモノが原因だ。

「すまんな、ランサー」

 名を隠すことがサーヴァントの基本なら、セイバーと同様アーチャーも名を隠そう。

 聖杯大戦という形式ではあるが、聖杯が最後の一人にのみ所有権を認めるのに変わりはなく、“赤”の次は他の“黒”を相手にしなければならない。

 ならば、例え身内と雖もみだりに名を明かすべきではない。

 明かさぬ理由を作れる以上は、隠し通すべきだ。

「ふぁーふぁー。ふぇふぁにふぃないと思ったふぁ、ひゅうほうらったんふぁね。あむあむ」

「まずは飲み込んでから話したまえ、ライダー」

「んぐ。ぷあ。いやー、これどれもすんごいおいしいね。しかもボクたちの出身に合わせて料理を作ってくれるなんてイカしているじゃないか」

「そう言ってもらえると嬉しい。とはいえ、時代までは考慮にいれてないからな。フランス料理でも、君が知らないものも多くあるだろう」

 アーチャーは、各サーヴァントの出身国の料理を揃えていたが、それぞれが活躍した時代が異なるため、時代に合わせた料理まではしていない。彼のレパートリーにも古代食のようなものはさすがになく、料理担当のホムンクルスも現代食しか作れなかった。

 ランサー(ヴラド三世)のルーマニア料理。ライダー(アストルフォ)のフランス料理。キャスター(アヴィケブロン)のスペイン料理。セイバー(ジークフリート)は厳密にどこの国とするわけにもいかないので、オランダからドイツの料理を用意した。バーサーカー(フランケンシュタイン)は果たして食事を採るのか分からなかったが、とりあえずスイス料理を出しておいた。

 バーサーカーは狂化のランクが低いこともあって、高次の思考ができるので、味も分かるらしい。それを言語化する術を持たないだけで、好みはあるということか。カウレスの後ろをついて歩きながら、目に止まった料理を掴み食いしようとし、それを慌ててカウレスが止め、皿にとって渡すというのを繰り返していた。

 人嫌いのキャスターはやはりこういった環境が好みではないらしい。最小限の料理だけとって、壁際でロシェと二人で会話をしている。

 セイバーもゴルドの騎士という立ち位置を崩すことなく、その後ろにいる。

「彼も頑なだな」

「ありゃ、マスターが悪いよね」

 ライダーのゴルドへの評価はなかなかに手厳しい。

 ゴルドの『一言も話すな』という命令を、律儀に守り続けているセイバー。二人の間に交わされる言葉はない。

「セイバーは彼の命令をすべて是とするつもりだろうか」

「そうなんじゃない? 良くも悪くも施しの騎士だからねえ」

 ライダーはまた食べ物を頬張る。

「それにしても、対等に話ができるのが君しかいないというのも問題があるんじゃないかと思うがね」

「キャスターは人嫌い、セイバーは口利かない、バーサーカーは話せない、ランサーは王様。ハハハ、まいったね、こりゃ」

 “黒”の陣営は、コミュニケーションが非常に取りづらい環境ということだ。明朗快活な性格なのはライダーのみ。それだけならばまだしも、積極的に話をしないというなんとも消極的な人付き合いをするサーヴァントが多いというのが現状だ。

 それぞれに思うところがあり、同じ目標に向かっているから問題はないのであろうが、同じ陣営なのだから接点くらいは持とうと思ってもいいのではないか。

「さて、私はマスターが呼んでいるのでそちらに向かうとしよう。それと、ライダー。これを持っておくといい」

「ん?」

 アーチャーはタッパーをライダーに渡した。

「どうせ、この量ではあまりが出るだろう。『彼』に持って行ってやるといい」

「おお! ありがとう、アーチャー!」

 タッパーを受け取ったライダーは、嬉々として、それでいてこっそりと料理を詰め込んだ。誰かに見られて、ホムンクルスを匿っていると知られるのは困るからだ。特に、キャスターと自分のマスター。幸い、どちらもライダーを見てはいなかった。

 セレニケはゴルドと魔術について語り合っているし、キャスターはそもそもライダーに興味がない。

 そして、さりげなくアーチャーがその大きな身体でライダーの行動を隠してくれていたということもあり、ライダーは無事料理を確保することができたのであった。

 そして、ライダーがタッパーに料理を詰め込んだことを確認すると、アーチャーはライダーの下を去り、フィオレのところに足を運んだ。

「楽しんでいるかな、マスター」

「ええ、おかげさまで」

 フィオレの隣にいたカウレスが、不思議そうにアーチャーを見る。

「紅茶にネットに料理かよ。本当に何者なんだ、お前」

「さて、それが分かれば苦労はないが。フィオレには言ったが、生前に執事の真似事をしていたような記憶がある。これも、その時に取った杵柄だよ」

「アーチャーを雇うって、それはそれですごいよな」

 一人で、なんでもこなすアーチャーがいれば、人件費が浮く。貴族的性格の強い魔術世界にあって、カウレスはそのような小市民的思考をする少年だった。

「そうですね。その時の主がどのような方か、興味があります。思い出せますか?」

 アーチャーはフィオレの言葉に眉根を寄せる。

 あまり思い出したくない類なのだが、フィオレたちは、アーチャーの表情から失われた記憶に該当するのだろうと考えたようだ。

「あまり、深く考えなくてもいいのですよ」

「…………いや、気にしないでくれ。ただ、思い出したくない記憶というものもある」

「あ、すみません」

 興味本位で聞いてしまったが、以前にも同じようなことを言われたのをフィオレは思い出したのだ。

「以前の主か。……そうだな、もっとも鮮烈なのはあれだな。真冬のテムズ川に叩き落されたのは、忘れようにも忘れられん」

「……さすがに嘘だろ?」

「さて、どうかな。君も、泳ぎの練習はしておいたほうがいい。今後何があるか分からんからな」

「少なくとも俺には寒中水泳を強要される予定はない」

 真冬の川に落ちたらどうなるか、想像したのだろうか。カウレスは顔を歪めて言った。

「水泳ですか。わたしは足がこのとおりなので、少し羨ましい気もしますが」

「それは何か違うぞ、姉ちゃん」

 カウレスはため息をつくように、フィオレに言った。

 そうして、宴も酣となった頃、ダーニックがランサーに耳打ちをした。

 その後、ダーニックはおもむろに前に立ち、拡声の魔術を使って声を大にして、

「諸君、アーチャーが用意してくれた料理は堪能したかな。戦の中でのささやかな気分転換になってくれたと思う」

 ダーニックは全体を見回して、自分の声が届いていることを確認する。

「とはいってもだ。やはり、戦いの最中というのは変わらない。我々が舌を楽しませていることは、敵にとっては考慮すべきことではないのだから」

 途端、室内が暗くなる。そして、壁に白い光が投射された。キャスターが警戒のために放ったゴーレムから送られてくる映像である。

 その映像の中には、あまりにも巨大な筋肉の塊が映し出されていた。

「キャスターによれば、このサーヴァントは、昼夜を問わずこのミレニア城砦を目指して進んでいるらしい。私は、これをバーサーカーのサーヴァントだと睨んでいる。おそらく、狂化のランクが高すぎて暴走しているのだろう」

 映像の中で、青白い肌をした大男は、森を猛進している。

 ただの一騎で敵の城に攻め寄せるなど、正気の沙汰とは思えないが、バーサーカーに正気を期待しても仕方がない。

「どうなさいます。叔父様?」

「無論、この気を逃す手はない。サーヴァントを三騎も出せば足りるだろう。だが、これは此度の聖杯大戦で唯一無二の好機だ。上手くすれば、このサーヴァントを我等の手駒にできるかもしれないと考えている」

 ダーニックの言葉に、その場がざわめき始める。

 “黒”の側はアサシンが合流していないことで一騎欠けた状態で開戦している。たとえ、バーサーカーであっても、いや、むしろ理性を持たないバーサーカーだからこそ、奪えれば強力な爆弾として使用することができる。

 それは、高潔な騎士を奪うよりも、ずっと楽で確実な仕事である。

「では、策を聞こうか。ダーニック」

「はい、領主(ロード)よ」

 こうして、“赤”のバーサーカーを捕獲する作戦が密やかに始まった。

 あの大男は、最短距離を進んでいるものの比較的緩慢な動きであり、城砦に到達するのは一両日はかかると見られている。

 その間に、準備を整え、確実にバーサーカーを獲る。

 ダーニックの指示の下、サーヴァントたちは一斉に動き出した。

 

 

 

 ■

 

 

 

 “赤”のバーサーカーの進撃は止まらない。

 ミレニア城砦から打って出たのは百を越えるゴーレムと戦闘用ホムンクルス。たった一騎の敵を相手にするにはあまりにも過度な物量であるが――――サーヴァントにとっては鎧袖一触。塵芥でしかない。

 ゴーレムはキャスターが生み出した物ではあるが、それでもバーサーカーは止められなかった。

 青銅製の巨体が宙を舞い、両断され、押し潰される。

 ひたすらに力。膂力無双の怪人物は、右手に持つ剣を振り回して敵を殲滅する。

 

 バーサーカーは狂っていて当たり前だが、それでもこれほどの狂気は珍しい。

 

 振り下ろされる斧剣を、青銅製の拳を、避けることなくその肉体で受け止める。

 超圧縮された筋肉は、鎧を必要としないほどに硬く、ゴーレムとホムンクルスの攻撃を防いでいる。表面に傷がつくことはあるが、そんなものは引っ掻き傷程度にしかならない。

 それだけ頑強な肉体ならば、確かに鎧を着ても意味がない。それは、ただ動きを妨げるだけであろう。

 しかし、それでも。

 自ら攻撃に当たっていくような行動には、誰もが眩暈を覚える。

 まして、笑みを浮かべるなど。

「圧制者の犬たちよ。せめて私の腕の中で眠りなさい」

 言語能力を失うバーサーカーの特性を覆して、彼は明確な言葉を発した。

 “赤”のバーサーカーは会話をすることができるのだ。ただし、思考が固定されているために、自分の考えを変えることは決してない。『圧制者を打倒する』ことへの狂信とも言うべき思考回路は、それ以外の余分な思考が介在する余地がない。

 それは、確かに狂気であろう。

 バーサーカーは、百の敵をなぎ倒して進み続ける。

 この先に待つ、『圧制者』を目指して。

 

 

 

 ■

 

 

 

 “赤”のバーサーカーの快進撃にも、“黒”のサーヴァントは驚いたりはしない。

 ゴーレムやホムンクルスなどは所詮雑兵でしかない。そのようなものを何千と倒したところで、評価するようなものではない。サーヴァントならば、できて当然のことだからだ。

 桁外れの膂力を持つ“赤”のバーサーカーを迎え撃つのは“黒”のライダー。華奢で小柄なライダーからすれば、あのバーサーカーは岩山のようにも見える。

 一撃貰えば、それだけでライダーには致命傷となるだろう。

 あの怪物の拳に耐えられると思うほど、ライダーは自分の耐久力に自信はない。

「まあ、やるしかないんだよねぇ」

 サーヴァントとしての本分は戦うこと。目の前にどれだけ痛めつけられても笑顔で猛進してくる大男がいても、それに立ち向かわなければならないのである。

 ちょっと、いや、とても嫌だけれども仕方ない。

「いっくぞー。おー」

 気合を入れて、ライダーは弾丸のような速度で駆けた。

 手にはいつの間にか一挺の馬上槍。

 黄金色に輝くそれを掲げ、

「うひゃあっ」

 情けなく、吹き飛ばされた。

「ははははははははははははははははははははははっ。圧制者の走狗よ、ついに見えたな!」

 ライダーを敵と見定めたバーサーカーは、屈強な肉体を精一杯使った大威力の一撃で地面を抉ったのである。意外なほど俊敏だったバーサーカーに、ライダーは目測を誤った。

「危ない、危ない。危うく死ぬところだった」

 髪や肩についた砂を払い落として、馬上槍を握りなおす。

「ボクじゃあ、あれは倒せないなあ」

 などと、呟く。事実として、ライダーの火力ではバーサーカーにどこまでのダメージを与えられるか疑問である。もちろん、自分の最強宝具を発動すれば、なんとかいけるかもしれないが、疑問符はつく。頑丈さを売りにしたサーヴァントは、小技の応酬などどこ吹く風だろうし、何よりも、大量の魔力を消費する宝具は使いたくなかった。

 だが、それでもライダーがバーサーカーの相手を務めたのは、他のどのサーヴァントよりもライダーが適任だと判断されたからだ。

「ま、倒す必要はないし、パパッとやって帰るか」

 そして、ライダーは再びバーサーカーに向かっていく。

 無謀とも思えるそれを、ライダーは平然とやってのけるのだ。

「その傲慢。なかなかだ。さあ、来い。嬲ってみろ」

 バーサーカーの攻撃を、ライダーはふわりと避ける。そして、黄金の馬上槍を突き出した。

 当然のようにバーサーカーは己の肉体で受け止める。

 それがなんであれ、被虐の英霊たるバーサーカーは相手の攻撃を受け、その上で反撃する。ライダーの放つ小さな槍は、バーサーカーの身体に致命的な傷を負わせることはできず、そして彼の反撃を受けてライダーの身体は両断される。その、一瞬先の歓喜を前に、バーサーカーはぐらりと視界が揺れるのを感じた。

「いくぞ、『触れれば転倒!(トラップ・オブ・アルガリア)』!」

 ライダーが己が宝具の名を叫ぶ。

 その槍の真の力は、触れた敵を転倒させること。華々しい馬上試合で、数多くの武勲を立ててきたこの槍は、サーヴァントに用いられた際には、下半身への魔力供給を一時的に断ち、強制的に霊体化させる効果を持つ。

 戦場に於いて、機動力を奪われることは、すなわち死を意味する。

 相手の攻撃をとにかく身体で受けるバーサーカーにとっては、触れただけで効果を発揮する『触れれば転倒!(トラップ・オブ・アルガリア)』はまさに天敵と言えた。

「足を奪われたからと言って、私を止めることはできない」

 それでも、バーサーカーは止まらない。

 腕を伸ばし、身体を引きずるように城砦に迫る。

「いやー、根性がスゴイねぇ。ま、ボクには関係ないけどさ」

 そう、ライダーの出番はここまで。

 バーサーカーの機動力を奪うまでが、ライダーの仕事である。

 バーサーカーに向かって、ゴーレムが殺到する。重さ一トンにはなるゴーレムがバーサーカーの身体に圧し掛かり、動きを止めようとする。

 けれど、それすらも、彼にとっては喜びであって苦痛ではない。

 二本の腕で、ゴーレムを砕きながら前進するのだから驚きだ。

「卑下することはないぞ、キャスター。お前のゴーレムは実によくやっている。このバーサーカーが異端なだけだ」

 そして、“黒”のランサーがバーサーカーの前に現れる。

 バーサーカーが最も嫌い。最も憎み。乗り越えんとするモノの気配を湛えて。

 

 

 

 ■

 

 

 

 目標であった“赤”のバーサーカーの確保は問題なく遂行された。ランサーが宝具を解放し、バーサーカーを『串刺し』にしたことで勝負ありだ。後は、キャスターが暫定的なマスターとして彼を使役するための儀式を行うだけである。

「バーサーカーのほうは片付いたか」

 フィオレの傍らで、アーチャーは呟いた。

 弓兵らしく、彼は後方支援を担当する。

 バーサーカーの捕獲に、アーチャーの力は必要とされていない。何かあるとすれば、バーサーカーを追って侵入してくる“赤”のサーヴァントたちである。 

 一騎が減るだけで、大きな損失になる。 

 みすみす見殺しにはしないだろうから、バーサーカーに他のサーヴァントをつけることは予想されていた。

「想定外は、敵の強さか」 

「そうですね。まさか、セイバーとバーサーカーの二人掛りで勝てないなんて」

 バーサーカーの支援に現れたのは二騎。

 その内の一騎が、こちらのセイバーとバーサーカーを相手取って互角の勝負を繰り広げているのである。

「下がったのは、アーチャーか」

「そのようですね。完全に気配を絶っているようです。少なくとも、わたしには、アーチャーを見つけることはできません」

 完全に森と同化したようなそれは、まさしく狩人の手並み。

 弓兵の真骨頂というところか。

「狙撃の可能性もある。君は下がっていてくれ」

「あなたは?」

「以前、言っただろう。セイバーに仕留められない敵を私が仕留めると」

 アーチャーはそう言って、霊体化する。

 彼が見定めた狙撃ポイントに移動したのだ。

 アーチャーに心配をかけないように、フィオレは車椅子を操って奥に下がった。

『そうだ、マスター。一つ頼まれてくれるか?』

「なんでしょう」

 アーチャーからの念話が届く。

『セイバーとバーサーカーに念話を繋げるか?』

「はい、可能ですが」

『私はこれから宝具を使う。巻き込まれぬよう、タイミングを見計らって下がってもらう必要がある』

「なるほど、分かりました。すぐに、念話を繋ぎます」

 アーチャーの言葉を受けて、フィオレは戦場へ使い魔を放った。

 

 

 

 アーチャーはここに召喚されてから四方に狙撃するためのポイントをそれぞれ探しておいた。

 当然、その狙撃ポイントには森を狙い撃つ場所も含まれる。

「不死性の宝具か。敵に回ると厄介だ」

 相手は、ライダーを名乗ったらしい。

 騎乗兵でありながら、騎馬を用いず、軽装とも言える服装と簡素な槍でセイバーとバーサーカーの二騎と戦っている。

 “黒”のセイバーはBランク以下の攻撃を無効化する頑丈さがうりの防御宝具。今のところは“赤”のライダーの攻撃を完璧に凌いでいる。対する“赤”のライダーも無傷。セイバーの斬撃も、バーサーカーの打撃も一切効果がない。

 あの不死の種がセイバーと同じ単純な頑丈さであればいいが、そうではなく、概念的な守りだとすれば少々まずい。

 『特定の条件を満たさなければ無効化』というのであれば、条件を探さなければならない。そして、その条件がこちら側では満たせないとなれば、敗北はせずとも勝利もない。

 どこにいるかも分からない敵のマスターを探すため、篭城の有利を捨てて外に出る必要がある。アサシンがいない状況で、それはこちらをより不利にする。

 だが、悲観的なことばかりを考えても仕方がない。

 まずは、敵の不死がどちらに属するのかを探らねばならない。

「I am the bone of my sword」

 弓に()を番える。

 捻れた剣は、周囲の魔力を喰らって牙を磨ぐ。

 すぐ近くに、フィオレの使い魔が現れる。これはある種の電話である。こちらの声を向こうに届けてくれる。

「セイバー、バーサーカー。そのままで聞いてくれ」

 セイバーとバーサーカーに使い魔を通して念話を届けるのだ。

「これから、宝具を使う。カウントするので、タイミングを見計らってライダーから離れてくれ」

 バーサーカーは、唸り声を返答とし、セイバーは返答しないので承諾したものとする。たとえ巻き込まれたとしても彼の頑丈さなら大丈夫だろうと思い、まずはスリーカウント。

「2」

 バーサーカーがライダーの蹴りを利用して下がった。

「1」

 セイバーが、ライダーに剣戟を叩き込み、それと同時に大きく距離を取った。

「0」

 ライダーが僅かに遅れてこちらに気付くが、もう遅い。

「我が骨子は捻れ狂う――――偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)!」

 真名を解き放ち、空間を捻じ切る雷光が迸った。

 

 


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