“黒”の紅茶《完結》   作:山中 一

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五十話

 地面を転がった“黒”のライダーは、すぐに立ち上がると『絶世の名剣(デュランダル)』を構え直した。

 “黒”のアーチャーが投影した宝剣は、どことなく彼が知るそれとは異なるような気がしなくもないが、その完成度はすばらしいの一言である。 

 これが、本当に偽物なのだろうか。

 記憶にあるローランの宝剣に勝るとも劣らない見事な出来ではないか。

 持ち主の能力に拠らず最高の切れ味を維持する宝剣は、能力の低いライダーの奥の手とするにはちょうどよかった。

「失態だな。いや、お前のほうが一枚上手だったということか」

 “赤”のランサーは静かに佇み、ライダーを見ていた。その瞳は凪いだ湖のように静かで、太陽の苛烈さは感じられない。

「上手も何も、僕だけの力じゃないからさ。自慢になんてならないけど」

「そのようなこともないだろう。足りぬものを他者の協力で補うのは至極当然のことだ。それでも、その剣はお前には荷が勝ちすぎているように思うがな」

「一言余計だよ、ランサー」

 言われなくても、ライダーにはよく分かっている。

 この剣を帯びていいのは唯一ローランのみ。シャルルマーニュ十二勇士最強の男以外が振るうことは許されるものではない。

 それでも、勝つためにはしかたない。

 “黒”のライダー(アストルフォ)は伝承の時点で人から様々な宝具を借りたり貰ったりして、多くの強敵を討ち果たしてきた。

 “赤”のランサーもまた、そんなライダーに倒された強敵の一人となったということだ。

 ランサーの身体が足の先から消えていく。

「逝くのか、ランサー」

「ああ、どうやらオレのほうにも時間が来たらしい」

 “黒”のセイバーに一撃を受けてから、満足に傷の治療をしないままに戦ってきた。偏に討ち果たした男に恥じぬように死力を尽くした結果であるが、それもここまでのようだ。

 よもや、“黒”のライダーに討たれることになろうとは思ってもいなかったが、――――。

「いや、違うな。お前は、“黒”のセイバー(ジークフリート)の仇討ちのために、勝てないと知りつつオレに挑む覚悟のある男だったな。ならば、オレが敗れるのは必然か」

 大切なのは勝算ではない。

 勝てないと知りつつ、その高みに手を伸ばす愚者が、奇跡を積み上げることで英雄となる。勝てる戦いに勝利したところで名声には程遠く、なればこそ勝算の低い戦いに挑む者には敬意を込めてその生き方を評価しなければならない。 

 ジークフリートが竜に挑み、そして鎧を失ったカルナが死を覚悟してクルクシェートラの戦いに臨んだように、“黒”のライダーは負けると分かっていても絶対にランサーから逃げることはしなかっただろうし、そんな男だからこそ、勝ち目のない戦いをひっくり返すことができたのだろう。

 今更ながらに気付くとは、まだまだ未熟だったようだ。

 “黒”のセイバーを倒して、どこか満足したということもあるだろう。無論、手加減したつもりはまったくないが、ここで倒れたとしても、これといった無念も残らない。

 やるべきことはやりきったという、至極落ち着いた心持のまま、太陽の子は去っていった。

 

 

 

 □

 

 

 

 “赤”のランサーが消滅し、“赤”の陣営で生き残っているのは天草四郎時貞と“赤”のキャスターだけとなった。

 キャスターは戦力外なので、後は“黒”のアーチャーが何とか四郎を倒せば、戦いは終わる。

 “赤”のセイバーと“黒”のライダーの奮闘が、“黒”の陣営に勝利の光をもたらしたのである。

 しかし、天草四郎もそう簡単には落とせない。

 アーチャーの弾幕を巨人の腕で粉砕し、さらにアーチャーを叩き潰そうとまでするのである。

 信仰あるいは信念、妄執の類。

 カタログスペックなど、最早意味を成さない。大聖杯と接続し、自身の肉体の崩壊すらも覚悟した男を止めるには、こちらも一秒後の死を覚悟してことに当たらなければならない。

「そこをどけ、アーチャー……! あの日置き去りにしてきた者たちが、俺の救済を待ち望んでいるのだッ! 俺を信じてくれた皆のためにも、貴様の偽善を許すわけにはいかないんだッ!」

「気持ちは分かる。救いたくても救えぬ者が、この世界にはどうしても出てしまう。それを許容しろとは言わん。だが、その絶望を乗り越えて、人は未来を見る。いい加減、人類を信じてみたらどうだね、天草四郎時貞!」

 宝剣の掃射と分裂した魔力の拳の散弾が、宙で激突して華々しく散る。

 夜空の星のように散りばめられた光が、一際強く輝いた後で、対消滅し、一瞬の闇を呼び込んだ。

「性善説か? そんな理想論で人は救えない。現実の行動に拠らなければ、信じるだけでは決して人類は成長しないんだよ!」

「理想論というのなら、君のほうこそ理想論だ。全人類の不老不死などで、幸福な未来が訪れるものか。変化のない世界で人類を待っているのは、停滞と諦観だけだと思うがね」

「血を流さぬ世界だ。苦しみはなく、我欲もない。争いは発生しえず、争いがなければ、不幸になる者もいないッ」

 宙空で合成した拳。その大きさは、ルーラーに叩き付けたソレに比べても一回りは大きいだろう。その巨大な拳が、アーチャーに向かって無造作に落下する。

 激しい爆発に身体が打ち震える。

 対軍宝具に匹敵する攻撃をたった一人に向けて叩き付けた。アーチャーのスペックでは、この一撃に耐えることはまず不可能――――。

 青い爆発の中に、一輪の花が咲く。

 七枚の花弁が雄雄しく咲き誇り、アーチャーと拳を決定的に別った。

「ッ……防御宝具かッ」

 正体不明ながらも相当に強力な防御宝具なのだろう。

 だが、今の一撃を避けずに宝具に頼ったということは、即ち避けられなかったということだ。アーチャーの肉体に限界が生じ、足が止まったからに他ならない。

 あの楯を突破すれば、天草四郎の勝利だ。

 一発、二発、三発と青い拳が叩きつけられる。

 一撃ごとに衝撃が走り、屈強な楯に罅が入る。一枚が砕け、二枚目が散った。三枚目からは瓦解の速度が速まって、気がつけばもう五枚目が砕けようとしている。楯を支えるアーチャーの顔が苦悶に歪んでいる。

 このまま、押し切れる。

 四郎が全力を費やしてアーチャーを討ち果たそうとしたそのとき、視界の隅に一騎のサーヴァントが躍り出た。

 

 

 

 □

 

 

 

 レティシアを拾い上げたフィオレに突きつけられたのは、空中庭園の崩壊という絶望的なシナリオであった。

 天井が砕けて、岩塊が落下してくる。

戦火の鉄槌(マルス)!」

 フィオレは礼装を駆使し、光弾を機関銃のように連射して落下してきた岩塊を打ち砕いた。

 “赤”のアサシンが消滅したことで、魔力の供給が途絶えた宝具が瓦解を始めている。不幸中の幸いだったのは、この空中庭園が、実在する物質を材料に組み上げたものであるということであった。アサシンが消えても、この世に存在する物質は消滅しない。ネブカドネザル二世が有する本物の空中庭園であれば、あるいは魔力へと還っていったかもしれないが、セミラミスのそれはあくまでも虚栄であってオリジナルではない。結果として、組み合わさった建材は互いに支え合い、崩落をギリギリのところで抑え込んでいた。

「姉さん!」 

 そこに駆けてきたのは、カウレスとライダーだった。

「カウレス!? どうして出てきたの!?」

「し、しかたないだろ、回廊が崩れ始めたんだから!」 

 聞けば、カウレスが潜伏していた回廊とこの部屋の境に天井から石が落ちてきたらしい。それで、ランサーとの戦いが終わったこともあって手が空いたライダーの傍に来たということだった。

「レティシアって言ったっけ」

 ライダーは、フィオレが抱えるルーラーだった少女を見て言った。

「気を失っているだけだね。しかし、それにしても本当にルーラーによく似てる」

「ルーラーは彼女に憑依する形で召喚されていましたから、似ているも何も顔の造詣はレティシアのものでしょう。ただ、条件に合致する人物を選定したはずですから、生前のルーラーと瓜二つでも驚きませんけど」

 ルーラーがサーヴァントとして肉体に依存するデメリットを感じてはいても容貌や身長、手足の長さなどからくる感覚の乱れに悩まされなかったところから見るに、生前と瓜二つの容姿というだけでなく、年齢や身体の各部位の特徴までよく似ていたのであろう。強大なサーヴァントが憑依するというだけで、常人ならば肉体と魂が変質して死に至る。聖杯がバックアップしていたとはいえ、常識的に考えて彼女もかなりの綱渡りをしていたのである。

「この娘の安全は、君に任せるよフィオレ」

「それはもちろんです。あなたには、アーチャーの加勢に行ってもらいませんと」

「当然、ここまで来たんだ。行くところまで行ってくるさ」

 ライダーは『絶世の名剣(デュランダル)』を携えて天草四郎を倒すべく動き出した。

 『熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)』の頑強な守りが砕かれつつある中で、ライダーの加勢はアーチャーにとっては非常にありがたく、四郎にとっては忌々しいものであった。最弱とはいえその手に握られた宝剣は一級の宝具であり、何よりもサーヴァントという時点で最大級の警戒対象である。“赤”のランサーが途中で敗退したことも大きい。

 だが、ライダー自体は弱いサーヴァントであり、遠距離攻撃手段を持たない。近付かせなければいいという点で、アーチャーよりも危険性は低い。

「負けるものか……!」

 四郎は左腕が裂けるような感覚を覚えながらも魔力を操るのをやめない。むしろ無理矢理にでも出力を上昇させ、アーチャーとライダーを纏めて相手にする。

 余裕はないが、無理を押し通す。

 そのための力はここにあるのだから。

 

 

 ライダーが戦いに加わったことで、アーチャーへの負荷が減った。しかし、四郎の間断ない攻撃は苛烈さを増し、弱った二騎を押し留めている。

 後一手が必要なのだ。ほんの一つの判断で、戦いの趨勢を大きく変えることができる。

 “黒”の陣営と“赤”の陣営の最後の戦いは、一つの判断ミスで勝敗が入れ替わるほど難しい局面を迎えていた。

 ライダーは俊敏性を活かして四郎に肉薄しようとするも、命を削って放たれる連撃を前に近づけず、アーチャーは楯を維持するのに手一杯で攻撃を再開できない。

 時間は徐々に削れていく。

 タイムリミットが迫る。

 四郎が浪費した魔力も、地脈から吸い上げれば補完できる程度のものであり、世界最高峰の大英雄の魂を取り込んだことで、聖杯はさらに完成に近付いた。

 時間がモノを言う。

 天草四郎は二騎のサーヴァントと互角に戦っているものの、時間を稼げば、大聖杯が稼動を始める以上は、敵を倒せなくても問題がない。ただ、聖杯を守り通せばいい。一方の“黒”の陣営は四郎を倒さなければならないというのは変わらない。

 聖杯を破壊するためには、その前に立ちはだかる天草四郎が邪魔である。

 四郎を倒さなければ、大聖杯には届かず、彼の野望を挫くことができない。

 状況が悪すぎる。

 “赤”のセイバーは遂に昏倒して加勢できない。アーチャーとライダーで、勝負を決さなければならない。

 しかし、どうにかして天草四郎を崩さなければならない。

 だが、四郎の『対魔力』はAランクもある。

 EXという規格外を除けば、この『対魔力』は最高峰であり、神代の魔術ですら弾くことができる。カウレスは言うに及ばず、フィオレの全力の魔術であってもそよ風のように受け流せるだろう。それでは、注意を引くことすらできない。

 ドクン、と心臓が脈打った。

 頭の中に電気が走ったように気がした。

 思考は限りなくクリアなのに、どうしてそんなことを思いついたのかまったく分からない。極限の状況に追い込まれて気が狂ってしまったのだろうか。

「姉さん。俺、ちょっと行ってくる」

「カウレス……?」

 フィオレが何事かと尋ねる前に、カウレスはすでにフィオレに背を向けていた。

「カウレス、あなた、まさか……!?」

「大丈夫、――――この前の決着を付けるだけだからさ」

 そうして、カウレスは、無謀にも英雄たちがぶつかり合う戦場に向けて足を踏み出した。

 両腕を苛む痛みは熱となって包帯を焼き払った。

 燃え落ちた布地の下から、火傷の痕が露になる。手の甲から走る赤黒い筋は、前腕部を蜘蛛の巣状に駆け回り、カウレスの腕を痛々しく彩っている。

 衝動のままに駆け出した。

 どこからやってくるのかも分からない、戦闘本能のようなものがカウレスを突き動かしている。

 激しく鼓動を刻む心臓。血流は加速して、身体中を魔力が行き交う。カウレスが今までに体験したことのないほどの魔力が身体の中から湧いてくる。

 前に進む足は魔力で強化され、魔力の過剰な流入が神経系に痛みを走らせる。

呼吸するごとに、心臓が拍動するごとに、大気中を漂う魔力が体内に取り込まれ、身体を動かす動力へと変換される。熱力学のエネルギーに拠らない――――第二種永久機関に等しい奇跡がそこにあった。

 無制限の魔力を受け止められるほど、カウレスの身体は頑丈にはできていない。

 もともと少ない魔術回路は、一度に流せる魔力の許容量も少ないからだ。

 だが、肉体の崩壊はカウレスが思っているほど深刻ではなかった。身体のほうも、微妙に造り変わってしまったのだろうか。

 カウレスの地力ではありえず、受け継いだ魔術刻印でも説明できない異常事態である。しかし、カウレスにはその原因に心当たりがあった。 

 触媒に使った設計図に記されていた。

 “黒”のバーサーカーの奥の手は、極低確率ながらも第二の彼女を生み出すのだと。

 ここに――――この心臓に、彼女の欠片が宿っているのなら、この不可解な現象が説明できる。

 この腕の中で息絶えたバーサーカーを思う。 

 カウレスが死ねと命じ、見事に戦って消えたバーサーカーが最期に残した存在した証。

 カウレスの中にしっかりと根付いたバーサーカーの末期の祈りは、サーヴァントの戦闘本能をカウレスに植えつけて、彼の精神から戦いへの恐怖を取り払う。

 それはあたかも、バーサーカーが導いてくれているかのようであった。

 

 ――――天草四郎時貞。

 ――――あのとき、お前はバーサーカーを相手に余裕の表情だったけどな。

 ――――バーサーカーは、お前が思っているような、弱いヤツじゃなかったんだぜ。

 

 少なくとも、この戦いの趨勢を決する力を、彼女は持っている。“黒”のバーサーカー(フランケンシュタイン)は滅びてしまったが、その欠片はここにきちんと残っていて、聖杯大戦の最後を飾ろうとしている。

 ライダーがカウレスに気付き、早く下がれと叫ぶ。

 カウレスはサーヴァントの指示を黙殺した。

 ライダーに遅れて、天草四郎はこちらに気が付いた。

 魔術師如きが何のつもりだと、払えば落ちる蟻のような存在だとでも思っているのだろうか。彼の『対魔力』を思えば、カウレスが障害になると思うほうがどうかしている。

 その思考の間隙をこそ、カウレスは突く。

 距離はざっと三十メートル。 

 十二分に射程に収まっている。

 使い方は、身体が覚えている。彼女の欠片とカウレスの意思は合一し、両腕(砲身)はその照準を四郎に合わせた。

 カウレスの身体から紫電が発し、両腕の火傷の痕を循環する。

 ここに至って、四郎は明確にカウレスを危険だと認識した。だが、もう遅い。引き金はすでに引き終わっている。

「ぐ、ごおおおおおおおおおおおおおおおおッ」

 神経が焼かれるような激しい熱が、腕を駆け巡る。庭園の内部だというのに、暗雲が立ち込め、風が舞う。心臓に充填されたエネルギーは、両腕の火傷(回路)を巡って収束する。

 天草四郎は、全人類を救済すると言っているが、その救済におそらく人造人間であるフランケンシュタインは含まれていないのだろう。彼が見ているのはあくまでも人類であって、その枠の外には目を向けていないから。

「今度こそ、一緒に戦うぞ――――バーサーカーッ!」

 そして、『磔刑の雷樹(ブラステッド・ツリー)』が雷撃の剣となって四郎へと解き放たれた。

 

 

 

 □

 

 

 

 結果としてカウレスが放った一撃は、四郎の身体には届かなかった。

 四郎が咄嗟に形成した青い拳が頑強な防壁と化して、『磔刑の雷樹(ブラステッド・ツリー)』を防いだからである。

 威力にすればCランクに届くかどうかの雷撃は、たとえ直撃していたとしても命を奪うには至らなかったであろう。

 カウレスは確かに“黒”のバーサーカーの宝具の影響を受けてフランシュタイン化とも言うべき肉体の変質を遂げたが、当然本来の“黒”のバーサーカーそのものになれるわけではない。

 出力はオリジナルには遠く及ばず、その一撃は四郎の命を脅かすには至らない。

 しかし、意味がなかったかと言えばそのようなことはない。

 少なくとも、この一瞬、四郎は確かに二騎のサーヴァントから注意を逸らさなければならなかった。そして、その僅かな時間を、二騎のサーヴァントは最後の隙と見て攻勢に出た。

「今度こそほんとに下がれよ、マスターあああああああああああああああ!」 

 四郎が力を暴走させたりすれば、カウレスのいる場所も巻き込んでしまう。ライダーはカウレスに怒鳴りつつも、一気に肉薄する。

 『絶世の名剣(デュランダル)』に斬れないものはない。

 四郎が操る青の拳をライダーは両断する。

 たとえ彼が、宝剣の真の力を引き出せる本来の担い手ではなくとも、その剣そのものに付加された伝説は確かな効力を発揮してくれる。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああッ!」

 四郎が絶叫し、迫るライダーの眼前に特大の魔力砲を叩き込んだ。指向性を持たせただけの魔力の塊は、ライダーの足元の地面を打ち砕き、爆発的な衝撃波で彼を弾き飛ばす。

 絶大な魔術耐性を持つライダーであっても、物理的な衝撃までは殺しきれない。

「アーチャーッ!」

 吹き飛ばされながらも、ライダーは『絶世の名剣(デュランダル)』を逆手に構えて四郎に向けて投じる。その切れ味は投撃に用いても十二分に機能する。

 四郎は、ライダーの投撃を青い拳を楯にして防いだ。 

 宝剣の刃が柄まで突き刺さる。

 その直後、青い拳に突き立った『絶世の名剣(デュランダル)』が内側から崩壊し、激しい閃光を伴った爆発を起こした。

 Aランクに匹敵する宝具が、内包する神秘を撒き散らし、青い拳ごと辺り一帯を吹き飛ばす。可能な限りの強化を施した天の鉄槌(ヘブンフレイル)であったとしても、内側から吹き飛ばされたのでは耐えようがない。

「ぐ、くぅ……!」 

 四郎の顔に飛び散った小石が傷を付ける。左腕を楯にして飛び散る礫から目を守りつつ、様子を探る。

 来る、と直感した。

 爆発を突き抜けて、アーチャーが駆け抜けてくる。

 天の鉄槌(ヘブンフレイル)が使えない近接戦の間合いで、アーチャーは確実に決着を付けるつもりでいる。全力で展開した天の鉄槌(ヘブンフレイル)を地面に叩き付けた。粉塵が舞い上がっている所為で敵の姿が見えず、気配を辿っての攻撃になった。

 負けるわけにはいかない。

 かつての戦場で無為に失った無辜の民のためにも、そしてこの戦場で散ったサーヴァントたちのためにも、天草四郎は計画を完遂しなければならない。

投影、開始(トレース・オン)

 アーチャーは、青き鉄槌の雨を潜り抜けて四郎に迫った。

 その手に輝ける黄金の剣を携えて、

「アーチャーああああああああああああああ!」

 対する四郎は左手で太刀を操り、アーチャーに向かって踏み出した。

 この左腕は、『心眼(真)』と『心眼(偽)』に類似した機能がある。剣術では隻腕ということもあってアーチャーには劣るが、先読みではアーチャーに勝ることができる。そして、互いに防御力はほぼ皆無と言ってもいい状況のため、必然的に最後の一撃を入れたほうが勝利者となる。

 たとえ、Cランクという低い神秘であったとしても三池典太で首を刎ねることは不可能ではない。

 確かに、先読みで勝ればアーチャーに打ち勝つことは十分に考えられるだろう。肉体面での負傷の度合いに関しても、アーチャーのほうが四郎よりも重傷である。勝機はあると考えるのも無理のない判断であった。ただし、仮定条件を見誤っていれば、四郎の判断は根底から覆ることとなる。

 アーチャーは重傷を負っていて、能力も『心眼(真)』があるだけである。彼自身の剣術は優れたものがあるが、四郎の先読みがあれば乗り切れる。

 だが、四郎はアーチャーについての理解が足りていない。

 このアーチャーについては、視た通りの能力値で判断はできないし、してはならないのだということを。

「憑依経験、共感完了」

 この時点ですでに、彼の剣術はアーサー王のそれと化していたのだということを、四郎は知らなかった。

 『勝利すべき黄金の剣(カリバーン)』。

 アーサー王伝説の始まりを飾り、そして英霊エミヤの原点とも言うべき至極の宝剣である。

 天草四郎の理想が分からないわけではない。

 彼は置き去りにしてしまった者たちをこそ救いたい。彼らの死を認められず、彼らの死を否定したいのである。それは、聖杯でなければ叶わない願いに違いない。しかし、アーチャーは否定する。置き去りにしてきた者を偲び、前を向いて必死になって進んでいった人々を知るが故に、その苦しみと努力を無駄にしたくない。

 悲劇の中で死んでいった者と悲劇から生還し、未来を歩んだ者。

 二人は同じ理想を掲げながら、その始まりからして異なる立ち位置にいた。

 故に、この対立は避けられず、必然とも言うべきものとしてここに顕れたのである。

 一合目で四郎は失策を悟った。

 二合目で太刀が弾き飛ばされ、手首を傷める。

 次は打ち合わせる刃はなく、ただ先読みを駆使して避けた。

「アーチャー、それほどまでに人類の救済を拒むのかッ……!」

「私が拒むのは、君の救済だよ。人類にはそれぞれに見合った救われ方がある。画一的な救済はどこかで必ずほころびが生まれるッ」

 隻腕の四郎では、最早アーチャーの打ち込みを抑えきることなどできはしない。

 遂に、アーチャーの剣は四郎の心臓を貫いた。

 体重を乗せた体当たりにも似た刺突を防ぐ手立てを四郎は持たず、避けることもままならない。ここに、四郎は敗北した。

 四郎の口から、大量の血が零れ落ちた。

「生憎と私は自分の無力を恨んだことはあっても、人類を否定したことはなくてな。どこまでも君とは相容れない」

 剣を通して伝わる四郎の最後の鼓動。刺し貫かれた心臓は、戦いの終わりを告げるかのように停止した。

「ああ、そうか。……それは、残念だ」

 アーチャーは剣を抜き、四郎は仰向けに倒れた。血の海が、彼の肉体を中心に広がっていく。

「だがな、アーチャー。……俺も、お前を受け入れられないし、聖杯はすでに完成している。……人類の救済は、もう止められない……俺の勝ちだよ、アーチャー」

 それを最期に言い残し、四郎は目を瞑った。

 激動の人生を屈強な精神で走り抜いた聖人の最期であった。

 

 


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