なんて思った。
ヴラド三世を吸血鬼にするにしても、ユグドミレニアに害を与えるなって令呪で縛って、最後に自決させればよかったんじゃなかろうか。
「やはり向かうのか?」
ホーエンハイムは、常と変わらない落ち着いた声で尋ねた。
「はい。それが、わたしの役目ですので」
白髪赤目のホーエンハイムとは対照的な金髪碧眼の少女は、凛とした表情で頷いた。
ルーラーのサーヴァント。真名はジャンヌ・ダルク。世界で最も高名な聖女の一人であり、祖国フランスに希望を齎した英雄だ。
知名度はどこに行ってもほぼ最大値。とりわけ西洋では、彼女の名を知らぬ者は一人もいないだろう。
「ほむ君は、ここに残ってくださいね」
「む……悔しいが、仕方がないのだろう。俺にはあなたを手助けすることもできない」
治癒魔術が施された短剣の効果で、彼の肉体は劣化を免れている。だが、それは通常のホムンクルスに比べればという程度であり、決してサーヴァントたちが鎬を削る戦場に飛び込めるものではない。
迂闊に踏み込めば十中八九死が待っている。
「俺はここで、あなたの帰りを待っていることにする」
帰りを待つ、という言葉に若干鼓動を早めてルーラーは頬を掻いた。
「なんというか、それは逆な気もしますが」
「?」
「ああ、いえ。こっちのことです。気にしないでください」
取り繕うようにして、ルーラーは武装を展開し、鎧を身に纏う。
「ところで、何か言伝はありますか?」
ルーラーの言葉に、ホーエンハイムは僅かに黙考する。
それは、おそらく自分を救ってくれた彼らへの言葉であろう。
「もしかしたら、誰かには戦場で出会うかもしれませんので。せめて、言葉くらいは承りますよ?」
「分かった。それならば、俺は名を得て、街で元気にしていると伝えて欲しい。それと、感謝の言葉を」
結局、彼らには礼を言うことすらできなかった。それが、心残りでならないのだ。
「分かりました」
ルーラーは、しっかりと頷いた。
「……それでは、行って参ります」
ルーラーは、それだけ言って走り出した。
一度戦場の空気に触れれば、気持ちを切り替えることができる。
ホーエンハイム、そしてアルマと過ごした時間は僅かではあるが、心が安らぐ一時だった。だが、この身は『ルーラー』だ。己が職責は、最期まで貫き通さなければならない。
聖杯大戦は、その始まりからして異質である。
本来の聖杯戦争は、最大でもサーヴァント七騎によるバトルロイヤルであり、“赤”と“黒”の二つの陣営に分かれて、文字通りの戦争を行うという展開になったことはない。
参加サーヴァント数は計十四。
それだけでも、冬木の聖杯戦争の二倍の数になる。
そして、召喚されるサーヴァントは、そこらの亡霊などではなく、歴史や神話に名を残した偉人たちなのだ。彼ら一騎一騎が、龍を屠り、巨人を狩り、悪鬼羅刹を駆逐して人々の記憶に英雄として刻まれた猛者である。ただ一騎で一軍を相手にできる力の結晶が、十四騎揃って決戦となれば、周囲に与える影響も極めて甚大なものになりかねない。
だが、果たしてそれだけだろうか。
ルーラーは、胸に吹き込んでくる寒風の如き不安に突き動かされるようにして戦場に飛び込んだ。
もともとルーラーが召喚されること自体が、聖杯戦争の根幹を揺るがす危険が差し迫っているのを示している。だが、その原因までは特定できない。ルーラーの役目は聖杯戦争が脱線しないように、彼女自身の采配で監督することである。
戦場に感じるサーヴァントの気配は十四。すべてのサーヴァントがこの草原と森を舞台に戦っているようだ。
この聖杯大戦はどこかおかしい。
サーヴァントの数はこの際問題ではない。
ルーラーがフランス人の少女の肉体に憑依する形での変則召喚だったということがそもそもの疑問の出発点だが、それはこのルーマニアに到達したときに“赤”のランサーに襲撃された一件で半ば確信に変わった。
どういうわけか、“赤”の陣営は自分を排斥しようとしているらしい。
基本的に中立の立場にいるルーラーを意図的に攻撃する時点で、何か後ろ暗いものを抱えているのは明白だ。それが、ルーラーをここまで急きたてる要因に違いない。
だからこそ、ルーラーの目的は“赤”のマスターだ。
彼らの真意を問いただし、見極めなければ、公正な判断はもはや不可能である。
「む……!」
ルーラーの前に立ちはだかるのは、無数の竜牙兵たち。“黒”のキャスターが操るゴーレムを無視してルーラーを攻撃しようとしている。
「やはり……ッ!」
ルーラーは聖旗を振るい、竜牙兵を一纏めになぎ倒す。
ここまで明確に敵対行動を取ってくれれば、むしろ分かりやすい。
一山いくらの雑兵をどれだけ並べたところで、ルーラーに対しては足止めにもならない。サーヴァントに相対するにはサーヴァント。それが原則であり、イレギュラークラスの『ルーラー』に召喚されたサーヴァントと雖も保有する戦闘能力は通常のサーヴァントに劣ることはない。さらに、彼女には聖杯戦争を監督するという役割がある以上、一流のサーヴァントを相手にしても有利に戦えるだけの特権が付与されている。それだけ強力なサーヴァントを、中立と分かっていて攻撃するのだから、これはよほどの事情を抱えているに違いない。
幸い、“赤”の陣営の拠点は分かっている。
宙に浮かぶさかしまの空中庭園が、そうであろう。
宙に浮かぶ超巨大宝具など、早々現れるものではない。あれを操るのは、未だに物理法則が安定していなかった神代の魔術師であろう。
「ッ!」
ルーラーは咄嗟に旗を振った。
瞬間、全身に壮絶な衝撃が襲い掛かってきた。眩い光に包まれて、視界が白く染まる。
空中庭園から放たれたEXランクの魔術である。
なんという強大な魔術だろう。神秘の濃密さは魔法にすら匹敵するのではないか。だが、それだけの攻撃の直撃を受けていながら、ルーラーは無傷だ。彼女の対魔力はEXランク。事実上、すべての魔術が彼女には通じない。
故に、
「く……ッ!」
しかし、それが分かっていながら爆撃は止まるところを知らない。
雷撃に爆炎、魔力砲撃などなど多彩な魔術がルーラーに放たれては弾かれる。辺り一帯は瞬く間に焼け野原となり、無事なのはルーラーが立っている場所だけだ。ゴーレムも竜牙兵もすべて、ルーラーを避けて四方に散ったEXランクの魔術で消し飛ばされている。
ルーラーの対魔力は魔術を打ち消すのではなく散らす。
彼女自身は魔術で無傷でも、周囲はルーラーに弾かれた魔術で焼き払われるのである。
周囲に人がいなくて良かった。
ルーラーはほっと胸を撫で下ろしつつ、状況を分析する。
先ほどまで周囲に群がっていた竜牙兵は消滅した。その代わり、間断なく魔術が降り注いでくる。ルーラーが傷つかないと分かっていながら攻撃を続けるのは、やけくそになったからではない。そこには明確な意図がある。彼、あるいは彼女は、ルーラーを倒すのではなく足止めをしようとしているのだ。翻せば、それはこの先に聖杯大戦の鍵を握る人物がいるということでもある。
ならば、押し通るのみ。
「ハアッ!」
聖旗を振るい、魔術を消し飛ばし、地面を踏みしめて一気に駆け出す。竜牙兵も消失した今、辺りは何もない平原になっている。ルーラーを邪魔するのは空から降り注ぐ光の柱だけであり、それも大した意味を成さない。
ルーラーを止めるには、物理的な壁が必要だ。
そのようなものは早々現れない。ルーラーを止めるものは、もはや何もないかのように思われた。
ルーラーにとって最悪なことに、そして宙のサーヴァントにとっては幸運なことに、都合のいい楯がすぐ側に進撃してきていたのである。
「な……ッ!」
ルーラーは自らの勢いを無理矢理殺して後方に跳んだ。それは、視認するよりも先に身体が動いたというような動きであったが、彼女の危険察知能力は非常に高い。まして、尋常ならざる魔力を振り撒いて突撃してくる巨体に気付かないはずがない。
一瞬、それが何か分からなかった。
見るに耐えない、とも思った。
見上げんばかりの巨大な怪獣である。身長はすでに十メートルを超え、蝋のような薄く血色の悪い肌がところどころ脈打っている。それが、人の姿をしていればまだましなのだが、残念なことに、この怪物はすでに人の姿を留めてはいなかった。
「まさか、“赤”のバーサーカー!?」
衝撃的ではある。
彼の真名はスパルタクス。古代ローマに実在した反逆者である。その経歴から魔術とは縁がなく神々が闊歩した時代よりも後の英雄であるため神々の恩寵を持つわけでもない。そう、彼は古いとはいっても史実の英雄なのだ。
しかし、何がどうなっているのかその姿は神話の魔物を想起させるほどに醜悪に変質していた。
腕は四本にまで増えている。肉体は大きく膨れ上がり亀のように背中が隆起している。首はもう肉の中にうずもれており、肩には目と牙が出現していた。あまりに大きな身体を支えるためか足も増設され、姿勢は四足歩行の動物のようになっている。
伝説や逸話が宝具として具現すると、生前に持たなかった能力が身につく。これもその類なのだろうが、
「異形と化す宝具……?」
人の肉体を忘却し、純粋な力の塊となる。たしかに、『バーサーカー』のクラスに相応しい能力と言えるだろう。しかし、それが本来の力というにはあまりにも異常に過ぎる。これはおそらく、宝具の副産物。自らの肉体を強化する能力が暴走を繰り返した結果ではないだろうか。
ルーラーが距離を取ったとき、もう一騎のサーヴァントが空から落ちてきた。全身を鎧で固めた“赤”のセイバーである。セイバーは、着地すると、バーサーカーに注意を払いながらもルーラーに視線を向けた。
「てめえ、サーヴァントか?」
「“赤”のセイバーですね。わたしはルーラーのサーヴァントです」
「ルーラー? ああ、いたなそんなのも」
イレギュラークラスである『ルーラー』が今回召喚されたことについては、セイバーも報告を受けていた。
「中立のはずのルーラーがなんで戦場のど真ん中にいる?」
バーサーカーの鞭のように撓る腕を飛び越えながら、セイバーはルーラーに問う。
「わたしが審判として正しい判断ができるように、情報収集をする必要があるからですよ」
「なるほど、そりゃ大変だ。で、一つ聞くが、コイツ相手に中立が務まるか?」
「は?」
ぎょろりと、バーサーカーの目がルーラーを捉える。
「このイカレ野郎にとって、お前は味方に映るか?」
セイバーの剣がバーサーカーの首を斬る。噴き出す血はあっという間に止まり、患部が膨らんでさらに異形化を推し進める。
「ッ……」
バーサーカーには、もはや敵味方の判断ができるのかどうかも疑わしい。さらには、彼は強権に反抗することを第一義とするサーヴァントだ。聖杯大戦の審判という、この上ない権力者が目の前にいたとき、バーサーカーが襲い掛からない理由がない。
「ルーラーと言ったかああああああああッ」
「く……ッ」
獣の雄叫びを上げて、バーサーカーが嬉々とした表情でルーラーに殴りかかる。
それは必然的にセイバーに背を向けることになり、それを見逃さないセイバーは、バーサーカーの足の腱を両断する。
バランスを崩したバーサーカーが転倒し、土煙を上げる。
「セイバー? あなた、わたしに彼を押し付けるつもりだったのでは?」
「はぁ? んなことしたら、オレがコイツから逃げたみてえじゃねえか」
バーサーカーの背に飛び乗ったセイバーが脊髄に剣を突き立てる。ゴキ、と太い骨がへし折れる音がする。
「チィ、やっぱ回復しやがる」
セイバーは飛び退いて、バーサーカーの背から降りる。脊髄を絶たれ、足の腱を斬り裂かれたバーサーカーは、すでにその傷を修復してセイバーとルーラーを前に昆虫のようになった腕を広げた。
「圧制者共よ。私の腕に抱かれて潰えるがいい……」
ただそれだけを願ってこの戦場にいる。それがバーサーカーだ。彼は迷わない。考えない。思考は固定され、それが究極の善だと信じて疑わない。ルーラーはこういった人間を知っている。己が信じるもののために我が身を犠牲にし、その過程で他者を虐げることすらも正当化する。そして、その自覚を一切持たない者たち。すなわち、狂信者。
スパルタクス。まさしく、反逆の道に殉教した狂信者だ。
「ルーラー。どうする。コイツ、お前にも目をつけたみたいだが?」
「く……仕方ありません。ですが、決してあなたに肩入れするわけではありませんからね」
ルーラーは中立を維持しなければならないが、それでも降りかかる火の粉は払わなければならない。倒すとなればやり過ぎだが、自分の身を守るくらいは許される。
「上等」
セイバーはそう言いつつ、ルーラーに突進するバーサーカーの側面に回りこむ。
バーサーカーは強大なサーヴァントというわけではないが、その能力が極めて厄介だ。セイバーとルーラー。共に一流のサーヴァントだが、その二騎を以てしても苦戦は免れないだろう。
□
“黒”のランサーと“赤”のアーチャーの戦い方は非常に対極的なものとなっていた。
ランサーは自身の宝具『
ランサーはまるで自らの城に篭っているが如く、戦闘開始時から一歩も動いていない。馬に跨ったまま、アーチャーを攻撃し続けている。
一方のアーチャーは杭の林を持ち前の脚力で駆け抜け、杭の隙間を縫って矢を放っている。狩人である彼女にとっては、正面から戦うことよりも身を潜めての狙撃の方が性分に合っているのだが、こうなっては仕方がない。
無数の杭が襲い掛かってくるのは確かに脅威だが、これまでにアーチャーを捉えられた杭は一本もない。それは、アーチャーの俊敏性がそれだけ優れているからである。
軽装で鎧すらも着ていない彼女は、一撃喰らうだけでも致命的な傷を負いかねない。しかし、アーチャーは“赤”のライダーと並んでギリシャ神話に於いて最速の英雄の一人だ。生前、彼女に速度で勝った者は一人もいない。卓越した弓術と速度。この二つが、アーチャーを最高峰の弓兵に押し上げているのだ。
さらに拮抗した戦いを続けることができるのは、アーチャーのスキル『追い込みの美学』も関わっている。
敵に先手を取らせ、それを確認してから先回りして行動することができるこのスキルは、必ず先手を取ってくるランサーに対して高い効果を発揮していた。杭は必ずアーチャーの足元から出現する。攻撃に関して、アーチャーは常に先手を取られる立場にある。しかし、ランサーの先手に対して、アーチャーは敏捷性とスキルを活かして立ち回り、いかなる不利な体勢でも急所に狙撃を加えることができる。
「しかし、厄介な」
アーチャーは表情を引き締めて杭の一本をよじ登る。ランサーを視界に収めて矢を放つ。大道芸のような一連の動作には一切の無駄がない。
アーチャーの矢は、ランサーを守るように展開された杭を砕いて止まる。先ほどから、同じことの繰り返しだ。
「ふむ……何処の英霊か分からぬが、大した弓の腕前だな。“赤”のアーチャー」
ランサーは余裕を持って笑む。ランサーは敵と異なり、宝具にも魔力にも制限がない。拮抗した戦いに見えて、実のところランサーがアーチャーをじわりじわりと追い込んでいる。
この物量を前にして、臆することなく立ち向かってくる勇気は称えよう。
だが、無駄なのだ。
アーチャーがどれほど優れた弓兵であっても、弓に城壁は崩せない。
アーチャーが相手にしているのは一軍の将程度の相手ではない。その存在自体が、既にして城であり、国なのだ。
「見目麗しき蛮族の女狩人か。我が治世には貴様のような猛者はいなかった。これも聖杯大戦ならではというところか」
ランサーが生きた時代には、女性が戦場で活躍する機会はほとんどなかった。その数少ない例にジャンヌ・ダルクがいる。彼女はランサーが生まれた年に火刑に処されている。フランスを救った聖女の逸話を生前から知るだけに、女性英雄の存在をありえないと否定することはないが、珍しいことに変わりはない。
「女と思って甘く見ると痛い目にあうぞ。ランサー」
「甘く見る? それこそありえぬ。女の身で英霊にまでなったのだ。むしろ警戒して当然だろう」
ランサーはその言の通り、アーチャーから視線を外すことはない。軽口を交わしているように見えて、ランサーはアーチャーの隙を探しているし、その反対にランサーが隙を窺っていることをアーチャーも気付いていた。
「ちょこまかとすばしこいのは結構。だが、それがいつまで持つかな」
ランサーにはまだ余裕がある。
魔力供給は潤沢で、知名度補正は最高値。世界中、どこを探してもこれほど好条件で戦いに望めるサーヴァントは他にいない。“赤”のアーチャーが何者か分からないが、このランサーほど好調ということはありえない。
戦いは、準備段階から始まっている。
ならば、最高の準備を半世紀に渡って続けてきたダーニックのサーヴァントが史上最高のサーヴァントとして召喚されるのは当然のことで、ランサーに挑んだ時点でアーチャーが不利になるのもまた至極当然のことなのである。
□
魔力が荒れ狂い、風に血臭が乗る。
地面には無残にも打ち砕かれたゴーレムと肉の塊と化したホムンクルスたち。主人公たるサーヴァントは未だ誰一人として脱落することはなく、雑兵たちが消費されていく。
事ここに至り、彼らの存在意義すらも怪しくなってくる。
サーヴァント同士が戦いをはじめた以上、彼らが介入することはできない。もともと足止め程度の役割しか期待されていなかっただけに、彼らが竜牙兵と戦って倒れていくのはもはや無意味にも思える。
だが、彼らが止まることはない。
ゴーレムは創造主たる“黒”のキャスターが指示したとおりに動く人形であり、その役目はやはり敵の殲滅である。目の前に竜牙兵がいれば攻撃以外に選択肢はない。そして、ホムンクルス。彼らは、自分で考えることができるだけゴーレムよりも高次の存在と言えるだろう。しかし、それでも彼らは無垢で何も知らず、与えられた任を全うすることしか思考できない。
死を知らず、恐れを持たず、故に兵士としてはこの上ない駒であり、だからこそ簡単に消費されることになる。
濃い霧が突如戦場を覆った。
「おいしそうなごはんがいっぱいだ!」
舌足らずな声が耳朶に届く。それと同時に、目が、喉が、肺が、激痛に苛まれた。空気が欲しい。けれど息を吸えば喉が焼け爛れる。目からは涙が止まらない。あまりにも激しい痛みはホムンクルスたちから戦えという命令を忘却させた。
武器を取り落とし、方々に駆け出す者。あるいはその場に崩れ落ちる者。様々であったが、皆一様に自覚はしていた。
自分たちは捕食される運命にあるのだと。
「これがより取り見取りってやつかー。本当に迷っちゃうなぁ」
姿の見えない敵がホムンクルスたちを一人また一人と喰らっていく。
□
“黒”のバーサーカーと対峙していたシロウは、その気配に気付く。冷静沈着な彼でも、さすがに舌打ちを禁じえなかった。
「キャスター。撤退しましょう。予想以上に彼女の『気付き』が早い」
“公正無私な判断を行うため、『ルーラー』として召喚されるサーヴァントは聖人と伝わる者が多いと聞きますが、その類でしたか、彼女は”
霊体化している“赤”のキャスターは、本当にシロウを助けることもなくただ見守っていただけだった。
「急ぎましょう。ここで彼女が私を弾劾すれば、物語は破綻します。所謂打ち切りというものですね」
“作家としては、なんとしても避けたい結末ですな、それは。仕方がありません。マスターの初陣は一先ずここまでということで”
追撃を仕掛けようとしたバーサーカーの面前に黒鍵を投じ、シロウは全力で戦場を離れる。
鍛えているとはいえ、異様な速度だ。月明かりも届かない暗い森の中を、時速六十キロ近い速さで疾走する人間を人間と評していいものだろうか。人体の限界に到達する聖堂教会の人間だからこそできる離れ業である。
確かにシロウは速い。並の人間ではとても追いすがることはできないだろうし、彼を追走するならば自動車の力を借りねばならないだろう。
だが、それは追走者が人間だった場合の話。つい今しがたまで対峙していたバーサーカーは人間を超越した英霊だ。たとえ、その神秘が浅く見た目は可愛らしい少女であろうとも、ただの人間に速度で劣るということはない。まして、彼女はフランケンシュタイン。機械仕掛けの英霊だ。人間がどれだけ身体を鍛えても、力と速度で機械に勝てるはずがない。
「ナーーーーーーーーーーーーーーーオゥ!!」
バーサーカーは逃すまいとシロウを追う。
黒鍵の壁に邪魔をされ、出遅れはしたが楽に挽回できる程度の距離しか開いていない。バーサーカーは鬱蒼とした夜の森で、確実にシロウの姿を捉えていた。
「バーサーカー……追ってきますか」
シロウは焦燥に胸を駆られながらも足を止めずに走る。
“さすがに機械仕掛けのお嬢さん。足の速さも中々ですな”
「ええ。ですが、バーサーカーを相手にして、私は死ななかった。どうやら私は正しかったようです。ここを乗り越えれば、私たちの勝利ですよ」
本来、シロウが戦場に出る必要はなかった。
だが、危険を押してでも戦場に出たのは自らの行いが是か非か運命に問うためだ。死が充満した世界の中で、まだ生きながらえることができるのなら、それは彼の計画が神に認められているということになるのではないか。
「……これはッ」
バーサーカーから逃れるシロウの両脇の木々が吹き飛んだ。木っ端を吹き散らして現れたのは、ゴーレムだ。
「“黒”のキャスターまで参戦ですか。こんな時に」
ゴーレムの戦闘能力は低い。あのバーサーカーにも及ばない程度のものでしかない。しかし、すぐにこの場を離れなければならない状況下で囲まれるというのは、決してよいことではない。
「そこを退いていただきましょうか」
シロウは宝具の刀を振るい、ゴーレムの肩関節を斬りおとし、返す刀で頭を落とす。彼は達人というほどの剣術家ではなくその技量は並かその上程度だが、ゴーレムをあしらう程度はできる。
倒すことに固執せず、最小限の動きで身動きを封じ、逃れる。
しかし、シロウを逃すまいとしているのかゴーレムたちは数を増していく。バーサーカーもそこに追いついてしまい、ついにシロウは八方塞の状態に陥った。
「さて、キャスター。この状況、どう考えます?」
“ふむ。そうですね。我輩一人なら生還可能と言ったところですかな。何分、我輩文筆家なものでして”
「そうですね。ならば、私が足掻くしかないのでしょう」
キャスターは作家であって魔術師ではない。魔術師としての伝説があるわけでもない彼は、当然の如くスキルと宝具を除いて特別な力がない。もちろん、マスターを苦境から脱出させる力があるわけでもない。戦闘能力ならば、シロウの方が上という始末である。
シロウはゴーレムの拳をかわしてネズミのように地を駆け、足を斬り付けて姿勢を崩させる。そしてその背に飛び乗り、頭部まで駆け上がってから、その隣のゴーレムに飛び移り頭を落とす。
このくらいの相手ならまだ吸血鬼の方が大変だ。それにしても数が多い。体力的にもかなりきついが、バーサーカーまでいるというのが状況をさらに厳しくする。
「それでも、私は止まるわけにはいかないんですよ」
呟いて必死に剣を振るう。
キャスターの力で宝具となった日本刀は、切れ味も鋭く敵キャスターのゴーレムすらも斬り裂ける逸品だが、集団を相手にできる特別な力があるわけでもない。時間と共にシロウが不利になっていくのは目に見えて明らかだ。
“何をやっているか、マスター!”
“赤”のアサシンが念話で叱咤を飛ばしてきた。そして、耳を劈く轟音が響く。シロウの周辺に、無数の雷撃が落ちてきたのである。
ただそれだけで、ゴーレムは消し飛んだ。
「助かりました、アサシン」
“…………ふん、礼はいらん。お主に倒れられると我も現界できんからな。……今ので小娘にお主の居場所を察知されたぞ、急げ”
「ええ、そうします」
シロウはアサシンの魔術で更地になった大地を踏みしめて走り出した。
木々は燃え、消し飛び、ゴーレムもまた砕け散った。空中庭園から繰り出される攻撃は規格外のものばかり。その爆撃は地上にあるあらゆるものを吹き飛ばす。
それは、サーヴァントとて同じ。
アサシンの一撃で損傷を受けたバーサーカーは、それでも尚シロウを追いかけようとしていた。ゴーレムが壁になったことと、シロウから比較的離れた場所にいたために、直撃を受けなかったからだ。
そんなバーサーカーに対して、宙からダメ押しの雷撃が降り注いだ。
Cパート
「あなたのサーヴァントは、被害者自身にも、法律にも見えないし、分からない。だから、わたしが裁く!」
イリヤは己のサーヴァントを出現させる。
筋骨隆々な巌の巨人。パワーとスピードに秀でた近接最強のサーヴァントだ。
凛は敵マスターに堂々と相対す。
「わたしのサーヴァントは、
紅蓮の炎を纏う、凛の炎はあらゆるものを焼き払う。
士郎は遂に仇敵を追い詰めた。
「これからはお前は泣きわめきながら地獄へ落ちるわけだが、ひとつだけ地獄の番人にはまかせられないことがある………… それは! 「針串刺し」の刑だッ!」
セイバーの神速の突きが、敵をズタボロにする。
「『相手が勝ち誇ったとき、そいつはすでに敗北している』これが衛宮切嗣のやり方さ」
槍使いのマスターは、切嗣の手の平の上だったのだ。戦いにおける年季があまりにも違いすぎた。 絶望する間もなく、マスターは打ち倒された。
そして、言峰は潜伏する教会で協力者に対して語る。
「正確に言おう! 衛宮に恐怖しているのではない! 衛宮の血統はあなどれんということだ!」
「おのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおおのれおのれおのれおのれおのれおのれ!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」
最後の戦い。金色のサーヴァントを相手に、イリヤは時すら止める速度で戦いを挑む。
第三部、完