“黒”の紅茶《完結》   作:山中 一

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 胸部装甲は艦の規模が大きくなるほど大きくなるんだって!


十六話

 “黒”のマスターたちは各々、安全と思われるところでサーヴァントたちの戦いを見守っていた。

 ある者は地下室へ潜り、またある者は自室の結界の中に閉じこもった。

 一箇所に集まる、などということはしない。一箇所に集っていた場合、仮に敵の侵入を許せば、一網打尽になってしまう可能性がある。何より、自分の部屋は自分の工房であり、他人の部屋は他人の工房だ。自分の工房が自分にとってもっとも安全であるという自負が一部を除いてそれぞれにはあった。

 戦いの火蓋は瞬く間に切られ、草原を舞台に凄惨で苛烈な殺し合いが始まった。

 サーヴァントを助けに行こう、などという愚挙を犯す者はいない。すべてのマスターが、戦闘開始五秒と経たずに理解したのだ。この戦場に生身で立てば、それだけで命は尽きたも同然であると。

 故に、彼らは亀のように閉じ篭り見守ることしかできないのである。

 

 

 “黒”のマスターの一人、ゴルド・ムジーク・ユグドミレニアは実に複雑な表情で水晶に映し出される戦場を眺めていた。

 彼の表情には焦りがあり諦観があり、苛立ちがあった。

 ゴルドの手の甲には三画の令呪。それは、彼のサーヴァントとの霊的繋がりを示すものでもある。

 自信を持って召喚したセイバー(ジークフリート)を、ゴルドは信じきれないでいた。それは、ジークフリートという英雄の最期があまりにも有名だからである。

 サーヴァントの真名を秘匿する必要性を語る際に、必ずと言ってもいいくらいに名前があがるのがジークフリートの最期である。

 無敵の肉体を持つ大英雄でも弱所たる背中を狙われれば一溜まりもない。

 サーヴァントは史実神話伝承に謳われる無双の豪傑たちを呼び出したものであるが故に、その弱点もまた背負っている。そして、ジークフリートという英雄は弱点を突かれて命を落とした英雄の代表格でもあるのだ。

 だからこそ、ゴルドはセイバーに会話を禁じさせ、“黒”の陣営内でもダーニックとランサー以外には真名を露呈させないように気をつけてきたのである。

 

 その結果、ゴルドとセイバーは致命的なまでにコミュニケーションが不足してしまった。

 ゴルドからすれば、セイバーは自分の切り札であると同時に一介の使い魔でしかなく、令呪が手元にある以上は逆らうことはありえない――――つまり、言葉を発さないセイバーはゴルドの兵器でしかなく、人格を持っていないのと同様の扱いになってしまうのである。

 

 そのセイバーがゴルドに反抗した。

 ホムンクルスを逃がすためだけに、彼はマスターを殴り飛ばし、気絶させたのである。無論、ゴルドはサーヴァントに逆らわれた愚かなマスターということになる。それはゴルドのプライドを大いに傷つけることに繋がった。

 ゴルドは烈火の如く怒り、セイバーに向かって暴言を吐いた。

 傀儡風情が主人に楯突くとは何事か。

 よくもムジーク家の名を汚してくれたな。

 顔を紅くして唾を飛ばし、ゴルドはセイバーを責め立てた。

 それでも、セイバーは一言も言い返すことなく粛々とゴルドの言葉を聞き続けた。

 その上で、セイバーはゴルドに言ったのだ。

『俺は、マスターに勝利を捧げるサーヴァントだ。そのことに否やはない。マスターは俺を勝利のために召喚したはずだ』

 思えば、それがゴルドとセイバーのかわす初めての会話だった。

『ならば、もう少しだけ俺を信じて欲しい』

 信じて欲しい。

 ただそれだけが、この大英雄の望み。

 ゴルドはそれを聞いて口を噤まざるを得なかった。

 セイバーを信じないということは、自信を持って召喚した自分の実力を否定するということでもある。その上、数値上もセイバーはランサーと互角であり所有する宝具は文字通り必殺。背中が弱所という一点を差し引いても、彼が強力なサーヴァントであるという事実は変えようがなく、それを否定する者は現実が見えていない愚か者でしかないのである。

 

 

 ――――ならば、示してみろ。

 

 ゴルドは戦場を俯瞰する。

 比喩でなく、目にも止まらぬ速さで刃を振るう“黒”のセイバーと“赤”のランサー。両者は互いに譲らず、火花が際限なく散っている。

 結局、ゴルドはただひたすらにセイバーの勝利を信じることしかできない。その現実に歯噛みした。

 

 

 

 ■

 

 

 

 颶風が逆巻き、虚空に眩い剣華が咲いた。

 ぶつかり合う刃と刃は小手調べの段階をすでに終え、純粋な力と技の激突に昇華していた。

 “黒”のセイバーは改めて“赤”のランサーの膂力と技量に賛嘆し、敬意を以て柄を握りこむ。一方の“赤”のランサーもまた久しく味わうことのなかった戦の喜悦を能面の如き無表情に滲ませて豪槍を突き込む。

 セイバーが誇る防御宝具『悪竜の血鎧(アーマー・オブ・ファヴニール)』はBランク以下の攻撃を無効化する反則級の防御宝具だ。生前、セイバーを傷付けることができた者はおらず、その最期も自ら弱所を曝したことによるものであった。しかし、目の前のランサーはセイバーの鉄壁の肉体をただの刺突で突破する。

 傷は浅く、治癒魔術で瞬時に治る程度のものでしかないが、それでも正面からセイバーを傷付けることができるランサーは、間違いなくこの聖杯大戦でも最強クラスの白兵戦能力を持っている。

 もはや槍撃の濁流。寸分の隙間もない黄金の刃の中を、セイバーは一歩、また一歩と進んでいく。

 身体の頑丈さに物を言わせているわけではない。同格の敵との戦いは、僅かな傷ですら後々の戦いに影響する。治癒術によって傷が治るまでの僅かな時間に決着する可能性。零とはいえない。真名が分からないものの、相手は間違いなく大英雄。自らと同格以上の敵と戦い、その生涯に於いて数多の艱難辛苦を乗り越えてきたはずなのだから。

 故に、セイバーは自らの肉体の頑丈さと、積み上げた武技を駆使してランサーの変幻自在にして豪快な槍術に相対する。 

 頑丈さだけではない。鋼の如き肉体が大きく取り上げられるセイバー(ジークフリート)だが、彼は何も肉体の頑丈さだけで英雄となったわけではない。彼の生涯最大の武功である悪竜退治の際は、未だに肉体は特別なものではなかったのだ。つまり、セイバーは頑丈さ頼みではなく、悪竜を屠れるほどの巧みな剣捌きを有しているということである。

 セイバーは心臓に向かってくる槍に剣を絡ませ、あらぬ方向にいなしつつ、また一歩前に出る。

 

 

 戦いの有利不利は射程の長さで決まるのが一般的だ。

 人類の戦いとは、常にそうした技術を発展させる一助となってきた側面がある。

 射程が敵よりも長ければ、安全な場所にいながらにして敵を一方的に蹂躙することができるからである。

 槍が白兵戦最強の武器とされるのは、白兵戦で用いることのできる武具の中で最大の射程を誇るからである。

 剣では相手を斬り付ける前に首を取られる。

 如何に名刀と雖も敵を斬り付ける前に使い手が倒されては意味がない。

 

 だが、槍が完璧かというと必ずしもそうではない。

 まず、長柄の武器の宿命として取り回しの悪さが上げられる。

 長ければ長いほど重量は増大し、攻撃速度は低下する。槍は一撃の威力が大きい分、避けられた際の隙も大きくなる。ましてや穂の部分だけで一メートルを超える巨大な槍であれば、使い手に圧し掛かる負担は尋常なものではない。

 無論、それを苦もなく操ってこその大英雄。セイバーが驚嘆するのは、まさに“赤”のランサーの恐るべき槍術であり、それを実現する膂力であり、また、それらを絶技にまで磨き上げた精神性である。

 

 セイバーはランサーが撃ち込みのために槍を引き戻すコンマ一秒未満を突いて距離を詰めていく。

 突きこまれる刃を聖剣で打ち払い、嵐のような連撃を精緻な剣術で払い除ける。

 やはり、すばらしい。

 セイバーは心の中でランサーを絶賛する。

 ランサーの攻撃の中心は刺突である。セイバーを近づけまいと神速の連撃を放ち、文字通りの弾幕を張っている。

 だが、本来槍術に於いて刺突は悪手である。

 確かに刺突は速い。槍術の中でも最速の一撃であろう。しかし、その一方で威力は最小だ。人の手で繰り出される刺突には力がなく、首などのむき出しの急所に当たらない限りは鎧に弾かれる。そして当然のように、長柄の武器は仕損じた敵からの反撃には弱い。

 故に、槍術の基本かつ必殺はその長さを有効活用し、遠心力と重力までも利用して放たれる打撃である。

 しかし、このランサーはセイバーの肉体をただの刺突で傷付ける。

 額と胸に、受け流しきれなかった刺突が入る。

 信じがたい衝撃を地に足をつけて、耐え忍び、しかと両目を見開いて槍の動きを見切り、前へ進む。

 

 対峙する“赤”のランサーもまた、この“黒”のセイバーの揺ぎ無い精神と剣技を内心で賞賛する。

 自らの槍術と互角に張り合う剣術を持ち、神ですら容易には切り裂けない黄金の鎧を幾度も斬り付けるような英雄には滅多に出会うことができない。

 生前ではアルジュナかクリシュナか。それくらいでしかなく、彼らとの死闘も、呪いで十全にはできなかった。それを思えば、マスターからの魔力供給量という不安を抱えているものの、好敵手と呼ぶに相応しい実力者と刃をかわすことができる幸運に感謝せねばなるまい。

 渾身の一撃はやはり浅手を与えるに過ぎず、返す刀で鎧を斬り付けられる。

 

 剣と槍の応酬に曝された世界は破壊の一途を辿る。

 巻き上げられた砂塵は魔力の暴風で吹き散らされ、踏み砕かれた地面はより細かく砂礫になるまで撹拌される。

 戦いは激化し続け、彼らの周囲は円形に切り取られたように荒野と化す。

 それでも、戦いは終わらない。

 かわすべき言葉はなく、視線は戦意に溢れかえる。振りかざす刃は誇りを輝かし、栄光を求めて愚直にぶつかり合い、火花を散らす。

 どちらか一方が首兜を明け渡すその時まで、いつ終わるとも分からぬ剣舞は続く。勝敗がつかなければ、永遠にでも戦い続けるのみ。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 この戦いは文字通りの総力戦だ。

 “黒”のセイバーと“赤”のランサーが互いに覇を競っている様は、実に見ごたえがあり息がつまるほどの畏怖を感じる。しかし、この地に集う英雄豪傑は都合十三。“黒”のセイバーと“赤”のランサーの戦いは、全体の一部でしかないというのだから、聖杯大戦の規模の大きさが窺い知れよう。

 そして、英雄たちの戦いは、何も地上だけに限ったものではない。

 古今東西数多の伝説には、空を駆ける戦士も多く存在する。

 彼もその一人。

 桃色の髪を棚引かせ、愛馬に跨るのは“黒”のライダー(アストルフォ)だ。

 戦場の喧騒を物ともせず、悠々と月光を浴びて夜風を切る。

 見上げる天空には蒼銀の天蓋。彼のユメの到達地点が顔を覗かせている。

「よし、行くぞ」 

 静かに、愛馬に鞭を入れる。あそこに辿り着くためには、とりあえず聖杯に辿り着かねばならない。ライダーは静かに呟くと弧を描くように加速する。

 目指すは敵の本丸、『虚栄の空中庭園(ハンギング・ガーデンズ・オブ・バビロン)』だ。

 敵が空に陣取るなら、空を駆ける己が行くしかあるまい。

 勝算もある。

 ライダーの宝具『魔術万能攻略書(ルナ・ブレイクマニュアル)』は所持しているだけでAランクの対魔力を得ることができる。現代の魔術師は言うに及ばず、神代の魔術師ですら彼を傷付けるのは容易ではない。あの宝具の持ち主がキャスターかアサシンだということは分かっている。キャスターならば、この宝具がある限り敵ではなく、アサシンは直接的な戦闘能力が高いクラスではない。故に、『この世ならざる幻馬(ヒポグリフ)』を発動させないという無理も押し通せると踏んだ。

 もちろん、彼が今そうしているようにヒポグリフを召喚して使役する程度なら、魔力消費はそれほどでもなく可能だ。だが、仮にその真の力を発動させた場合、魔力消費量は格段に跳ね上がり、Aランク宝具の全力解放に匹敵、あるいは上回ってしまう。その上、ヒポグリフを駆る間は消費し続けるという燃費の悪さだ。

 だからこそ、アストルフォは宝具を封印した。マスターへの配慮ではない。都合のいいことを考えていると分かっているが、魔力供給用ホムンクルスたちを思うと、使う気になれなかったのである。

 

 

 “黒”のライダーの駆るヒポグリフを視認して、“赤”のアサシンは薄ら笑いを浮かべる。

 ただ一人、要塞に残ったのは、ここが彼女の戦場だからである。

「ほう、向こうのライダーも天かける馬を持っていたか。ならば、こやつらも無駄にはなるまい」

 アサシンは糸を繰るように指を動かす。

「暫し遊戯に耽るとしようか。“黒”のライダー」

 

 

 そして、ライダーの前に現れたのは形容し難い容貌の怪物たちだった。

妖鳥(ハルピュイア)?」

 それは生前彼が追い払った魔物の群れを想起させた。

 だが、ハルピュイアも異形であったが、この怪物たちはさらに酷い。上半身が竜牙兵で、下半身が鳥だ。残忍な性格だが臆病なハルピュイアは番犬には使えない。しかし、その性質をアサシンの手駒である竜牙兵と混ぜ合わせれば対空用の番犬に早変わりする。

 強いて名付ければ竜翼兵であろうか。

 空を覆う魔鳥の群れがただ一騎のライダーに襲い掛かる。

 敵を鋭い爪と牙で切り刻み、喰らい尽くす様は、さぞ陰惨な光景となろう。

 だが、この時ばかりは相手が悪かった。

 よりにもよって相対するのはシャルルマーニュ十二勇士が一、アストルフォだ。伝説上、こういった手合いを始末する方法は心得ている。

「はい、一列に並んでぇ――――『恐慌呼び起こせし魔笛(ラ・ブラックルナ)』!」

 気の抜けた言葉と共に、腰にぶら下げていた笛がライダーの身体を覆うほど巨大になる。

「散れ!」

 ライダーは魔笛を思い切り吹く。

 伝説では音を聞いた魔鳥が逃げ出したとあるが、これはそのような生易しいものではない。

 音を音とも思えぬ衝撃波が一瞬にして竜翼兵を粉々にしてしまったのである。

 ランクは低いが宝具の真名解放だ。たかが使い魔如きが耐えられるものではない。

 

 空での騎乗戦はライダーの独擅場(どくせんじょう)だ。彼が跨るのは馬を喰らう神獣グリフォンと牝馬との間に生まれた有り得ない生物――――ヒポグリフだ。

 その生物は、捕食者と被捕食者とのハーフという出自から、古代より有り得ないものを指す比喩として使われた。やがて時が下り、その生物にヒポグリフの名が与えられるに至ってやっと存在を確立させた。

 親であるグリフォンには及ばないものの、幻獣という高い次元に位置する生物に、生半可な空中戦は挑めない。

 そして、ライダーの持つ槍は傷付けただけで相手を転倒あるいは下半身を霊体化させる。空でこの槍を受ければ、転落以外に道はない。

 空でならライダーに敵う乗り手はおよそ存在しないはずだった。

「地に足つけてれば話は別かぁ」

 敵の姿を目にしてライダーは一人ごちる。

 墜ちるも何も彼女にとってはそこが地面だ。

 要塞のテラス部分に姿を見せた漆黒のドレス姿。艶やかな長い黒髪が妖しい色香を漂わせている。

「“赤”のキャスターとお見受けする! どうか、お覚悟を!」

 その容貌、そしてこの状況からライダーは敵のクラスを判断した。

「はずれだ。可憐な乙女よ。我は“赤”のアサシン……もっとも、見ての通り魔術の腕にも覚えがある」

 アサシンは呪文も唱えずに膨大な魔力を魔術に加工した。

 青い魔法陣が四つ。それはまさしく砲門であり、すべてがライダーに狙いをつけている。

「な……」

 ライダーはそこに込められた魔力に瞠目する。

 これほどの魔術を扱うサーヴァントがキャスターでなくアサシン? 何かのブラフかとも思ったが、この状況でブラフを使う意味もない。恐らくは彼女はアサシンなのだろう。

「それでも、君を倒せば済む話だ!」

 魔術は要塞を介して発動している。ならば、この要塞の主は彼女であり、真名はセミラミスで決まりだ。“赤”のアサシンさえ倒してしまえば、この要塞は機能を停止し、攻め込んでいる“赤”の陣営に大きな痛手を与えることができる。

 相手が想定していたキャスターからアサシンに変わっただけ。それも魔術を使うとなれば、魔書の能力が遺憾なく発揮される。

「墜ちろ、ライダー」

 アサシンの砲撃は青白い稲光。

「そう簡単には行かないね!」

 対するライダーは、強大な対魔力を楯に、ヒポグリフを加速させた。

 

 

 

 ■

 

 

 

 剣と槍、魔術と幻馬、杭と矢。現代では見ることのない遥か古の戦場を、真っ向から否定するかのように一台の車が爆走している。

 伝統あるアメリカンスポーツカー、シボレーコルベットはあちらこちらを歪にへこませて、それでも懸命にタイヤを回転させている。

 戦場が古式ゆかしいだけに時代の感覚がおかしくなるが、本来この時代の戦場には剣もなければ槍もない。スポーツカーというのも不釣合いだが、馬を駆るよりもこちらのほうが時代的には正解だ。

 戦場を走り抜けるスポーツカーの運転席に座る“赤”のセイバーは、上にレザージャケットとタンクトップ、そして下にカットジーンズという軽装だ。

 服装はピクニックにでも向かうかのようだが、車体は血と泥で汚れている。

「おい、マスター。このアメ車もうガタが来てんぞ。もっと頑丈なのなかったのかよ」

「無茶言うな。戦場を走り回るように設計するバカがいるか! そもそもなぁ……」

「おおっと、危ねえ!」

 セイバーは思い切りハンドルを右に切った。

 “黒”のキャスターが操るゴーレムを迂回し、ホムンクルスを撥ね飛ばす。

 『騎乗』スキルがBランクのセイバーは、運転席に座った時点でこの世の誰よりもこの車を上手く運転できる――――はずなのだが、セイバーの運転は荒っぽいなどというものではなかった。急停止、急発進は当たり前、独楽のようにドリフトしてホムンクルスをなぎ倒し、崩れたゴーレムを台にして跳ぶなど、ハリウッド映画さながらの運転を好んで行う。見た目は派手だが、現実的にこのような運用に耐えうる車体は存在しない。

「一応、俺の装備で二番目に高いんだからな、この車!」

「いいじゃねえか。どうせ、盗んできたもんだろう? オレもやったぜ、盗んだ名馬で走り回んのは気分がいいよなァ!」

 ギャリギャリギャリ、と断末魔の悲鳴を上げながらも、最後の一線を踏みとどまる往年の名車。

 すまねえ、持ち主。と獅子劫は顔も知らない車の持ち主に心から謝罪した。これではどうあってもスクラップ一直線だ。それでも、伝説の騎士に乗り回してもらったことがせめてもの救いになるか。

「頑丈って触れ込みの割には、馬より脆いじゃねえか」

「そら馬がおかしいんだ」

 回る視界の中で、獅子劫は涅槃の境地でつっこんだ。ちなみに、彼の全財産で最も価値があるのはヒュドラの仔を加工した短剣(ダガー)である。

 セイバーが運転する暴走車は停まることを知らず、休みなく敵を求めて戦場を走り回る。

 六対七の総力戦なのだから、どこかに手の空いたサーヴァントがいるはずだ。

 軽口を交わしながらもセイバーは神経を尖らせて戦場の気配を探った。

 

 

 結果として、それがセイバーの命を救ったと言える。

 一瞬、ゴーレムかと思った。それくらいに巨大な、見上げんばかりの大男だったからだ。

 木々を蹴散らし、進路上のゴーレムも竜牙兵も区別なくなぎ倒し、シボレーコルベットの前に躍り出た白蝋の肌の男。

「うおおっと」

 セイバーはハンドルを右に切り、サイドブレーキをかけてドリフト。勢いが死ぬ前にアクセルを踏み込み、振り下ろされる小剣(グラディウス)をかわす。

「ありゃあ、こっちのバーサーカーじゃねえか」

 顔を青くした獅子劫が、“赤”のバーサーカーを見て呻いた。

 敵に奪われたと聞いていたが、まさか出くわすことになろうとは。

「マスター、運転代われ」

「このスピードで!? アホか!?」

 セイバーは獅子劫の襟首を掴んで引き寄せる。獅子劫はシートベルトを慌てて外し、ハンドルを受け取った。もちろん、こうしている間にも車は進み続けている。

「巻き込まれるなよ、マスター」

 セイバーは獅子劫の返事を聞く前にドアを蹴破り、車外へ飛び出す。白と赤の閃光が彼女を包み、一瞬で重厚な鎧兜姿に変わった。

 獅子劫は文句を言う余裕もなく、速度を落とし、敵に捕まらない程度の速度でセイバーがここまで切り開いてきた道を引き返す。

 最低でも、セイバーをサポートしつつ敵から身を隠せる場所を確保しなければならないからである。

 

 “赤”のセイバーは、敵に鞍替えした“赤”のバーサーカーと向き合う。

 身長差は約70センチメートル、体重差は約120キログラムにもなる。

 まさに大人と子ども。本来ならば、戦いにすらならない。それでも、セイバーは堂々とした風に剣を構える。

「バーサーカー。このパーティーの初戦が獣風情ってのも味気ねえが、まあいい。早々にぶっ飛ばせばいいだけだしな」

 彼女の中の優先順位は第一に因縁ある“黒”のアーチャー、第二に同クラスである“黒”のセイバーである。バーサーカーなど眼中にも入れていない。

 それでも、立ちふさがるのであれば蹴散らす。倒せる敵は倒しておく。

 爆発的な加速で、セイバーはバーサーカーの懐に入り込む。ロケットを思わせる突進は、バーサーカーの反応速度を優に超え、勢いのままに大剣は腹部に深々と突き立った。

 あまりの衝撃に、バーサーカーの巨体が宙に浮き、数メートルは後退した。

 分厚く、鋼鉄にも勝るバーサーカーの腹筋を貫いた大剣は、彼の血が柄まで滴っている。

「んだよ。あっけねえな」

 セイバーは吐き捨てる。

 獣程度の相手だけに、期待はしていなかったが、それでもあっさりと串刺しになってしまうなど期待はずれにもほどがある。

 セイバーは剣を引き抜こうとして、がっちりと剣が食い込んで動かないことに気が付いた。

「なん……」

「これしきのことで、私は倒れない」

 のっそりとした重々しい声でバーサーカーが話した(・・・)

「てめえ……ッ!」

 “赤”のバーサーカーのパラメータの中でも特筆すべきは、『耐久』と『狂化』であろう。そのランクはEX、つまり評価規格外である。

 バーサーカーは串刺しにされながらも常識はずれの耐久力で耐え抜いたのである。

 セイバーは総身が粟立った。

 バーサーカーが小剣を振り上げたこともあるが、何よりも腹を貫かれていながらも笑顔を絶やさないことが、異様に過ぎる。

「オオオオォォォォォォォッ!」

 セイバーはバーサーカーの腹を蹴り、魔力をジェット噴射のように放出して後方に跳んだ。幾度か地面を転がる羽目になったが、それでもあの丸太のような腕から繰り出される斬撃の直撃を受けるよりはましだ。

 素早く起き上がったセイバーは兜に隠れた顔を怒りに歪ませる。

「畜生の分際で、人語を話すか。この、イカレ野郎」

 理性のないバーサーカーに泥をつけられたことがよほど腹に据えかねたらしい。

 セイバーは怒りのままに剣を握りなおした。

「ミンチになる覚悟はあるんだろうな……バーサーカーッ」

「ハハハハハハ、実に良い。私を畜生と呼ぶ貴様はまさしく圧制者の走狗。来たまえ、蹂躙して見せろ!」

 大きな口を開けて笑うバーサーカーの言葉が起爆剤となり、セイバーは雄叫びを上げて斬りかかる。

 剣を振るう小柄なセイバーと、屈強な肉体で刃を受け止めるバーサーカー。

 通常では子どもが大人に突っかかっているような光景になるのだろうが、そこは互いにサーヴァントだ。実際にはセイバーの斬撃を目で追うことはできず、これを身体で受け止めるなど浅はかにも程がある。“黒”のセイバーのような防御宝具にまで昇華した肉体を持つわけでもなく、“赤”のランサーのように神々に守護された鎧を持つわけでもない“赤”のバーサーカーは、純粋な身体の頑丈さだけで剣を受け止めようというのだ。

 いずれにしても、受け止めてから反撃するというプロセスを踏む以上、このバーサーカーに勝ち残る術はない。

 

 

 彼の宝具を考慮に入れなければの話だが――――――――。

 

 

 




Cパート
 魔法少女。
 絶望を喰らい成長する黒化英霊を人知れず倒す正義の味方。
 そう思っていた時期もあった。
 
 唐突に倒れたクロを、凛が抱き起こした。
「何よコレ……この娘、死んでるじゃない!」
 戦慄が駆け抜ける。

「もう一人じゃありませんわ」
 ルヴィアはガンドを連射して敵を打ち砕く。

「大丈夫だよ、お兄ちゃん。奇跡も魔法もあるんだから」
 クロは怪我で中華鍋を振れなくなった士郎の手を取った。



「世界を渡れるんだよね、ミユ……」
 力尽きたイリヤは曇天を見上げて涙を流す。
 頷く美遊に、イリヤは最後の願いを託した。
「ルビーに騙されたバカなわたしを助けてあげて」


「必ず助ける。イリヤはわたしが守る」
 少女はただ一人、親友を守るために世界を渡る。

 魔法少女いりやマギカ、はじまります。

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