機動戦士ガンダム U.C. HARD GRAPH 名も無き新米士官の軌跡   作:きゅっぱち

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工場の出口は開かれた。
You ain't heard nothin' yet!(お楽しみはこれからだ!)

なるべくリアルを追求した、U.C. ハードグラフです。「ガンダム」本編数ヶ月前から始まります。最後までどうぞお付き合いください。


U.C. 0079
序章 ザ・ロンゲスト・デイ


蒼い、蒼い空が、どこまでも広がっている。

 

一迅の透き通った風が過ぎ去って行く。いい風だ。

 

その果てのない、どこまでも続く空に思いを馳せる。

 

やはり、ここが、こここそが、俺の故郷であり、戦場だ。

 

 

 

──とある地球連邦軍士官の日記より

 

 

 

 "彼"の話をしよう。とあるパイロットの話だ。冒頭の日記の持ち主でもあるが、彼は言うなれば、平凡で、どこにでもいる、ありふれた軍人の1人だった。勿論それだけなら、この物語を書こうと私は思わなかっただろう。彼は確かにエースとして数えられる1人であったが、かの"赤い彗星"や"真紅の稲妻"等の様に、名の売れたトップエースでは決して無かった。

 彼には、特筆すべき経歴も、語り継ぐべき逸話も無かった。輝かしい功績も、褒め称えるべき働きも。彼は伝説を打ち立てる様な、味方を奮い立たせ、敵をなぎ倒し、勝利へと導く勇者でも英雄でも無かったのだ。実しやかに囁かれ、数多く語られる英雄譚の中にもその姿は無く、決して有名人とは呼べない存在だった。

 それもそのはず、言うなれば彼は単に、従軍した数多の兵士の中の、ただ1人に過ぎなかったのだ。自伝等も出版されていない。ただただ、エースとして名鑑にその名前こそ刻まれてはいるが、それだけだった。写真も無く、頁の隅にたった一行、『MSを5機以上撃墜した』、ただそれだけだ。エースと呼ばれる極最低条件のみを満たしていただけで、流星の如く数多く現れては消えて行く英雄達が名を連ね、語られる中、その名前は埋もれていた。当たり前と言えば当たり前だ。

 つまり、彼は一言で言えば、知る人ぞ知る、と言った極々目立たない経歴の持ち主だ。決して特別では無かった。決して。

 

 そう、そのはずだったのだ。とある情報が解禁されるまでは。私に筆を取らせるだけの理由が、そこにあったのだ。

 

 彼はそれでも、確かにトップエースでは無かった。眼を見張る様な戦果も、類稀なる功績も無かった。大罪を犯した訳でもだ。しかし、彼にはとある理由があり、今までデータベースには偽造された経歴のみが刻まれていたのだ。

 情報統制と言う名のヴェールを除けば、"あの戦争"の暗黒時代、喪われた円環を走り抜けた、驚くべき経歴がそこにあった。当事者でも、極僅かしか知り得なかっただろう、それこそ、教科書には載る事の無い、都市伝説などとしても語られる事の決して無い、幻の様な奇跡の物語が。

 20年前のあの日から、彼はあの戦争の裏側を走り続けて来たのだ。

 

 時に宇宙世紀(ユニバーサルセンチュリー)0079、3月。ジオン公国の宣戦布告から早三ヶ月。全人類の半数を死にいたらしめた一週間戦争を経て、戦局は大きく変わり始めていた。電撃的なジオンの作戦により後手に回った連邦軍は、遂に乾坤一擲の作戦であった「ブリティッシュ作戦」、つまり所謂"コロニー落とし"を許してしまい大打撃を受けていた。2度目こそ辛くも阻止に成功したが、この一週間戦争による両軍の被害は深刻なものだった。それこそ、よもや両軍の間で休戦協定が結ばれる一歩手前まで行く程に、だ。

 国力で劣るジオン軍は直様敗退すると誰もが思っていたが、現実は予想とは乖離した方向へ進み始めていた。地球連邦軍は無条件降伏こそ避けたが、軍事における革命(RMA)をもたらした、ジオン公国の最新兵器MSの登場、あらゆる電子機器を無効化する特殊粒子ミノフスキー粒子の戦術利用による、既存の戦術を遥かに覆す存在により地球連邦軍は窮地に立たされていた。

 更に続く、月面からの"マスドライバーを"利用した爆撃により戦力を削がれ、遂にジオン軍地上侵攻部隊による地球降下を許してしまう。それは、地獄の釜を開けたかの様な、泥沼の戦争の始まりでもあった。

 

 

 

──そう、決して、忘れてはならない記録がある。伝えなければならない物語がある。

 あの凄惨な戦争を、全力をもって戦い抜いた、1人の男の歴史がここにある。

 

 あと1年で、宇宙世紀は100年を迎える。

 

 人類は、また新たなステージへと立つのだ。

 

 だからこそ、この本を手に取るという、奇跡のような出会いをしたあなたに、この軌跡を届けたい。

 

 これは、後の世に"一年戦争"と呼ばれる、世界を揺るがした戦争を駆け抜けた、とある地球連邦軍士官の物語である。彼の遺した手記を、情報規制を解かれた当時の記録、取材メモ、証言者の証言などを再検証し、再構築されたものである。その為、あえてルポルタージュではなく小説の形式を採っている事をあらかじめお断りしておきたい。

 

ジェシカ・ドーウェン U.C. 0099 4.6 月面都市"グラナダ"にて

 

 

 

 

 

 

 

 その軌跡は、北米、"キャリフォルニア・ベース"から始まる……。

 

 

 

──U.C. 0079 3.11──

 

 

 

「おやっさん!どうしたんです?空なんか見上げて?」

「ああ、少尉か。……いや、何か光った気がしてな…」

 

 静謐な空気に、晴れ渡る空が眩しい朝の○九○○(マルキューマルマル)。霞む程長く続く滑走路の片隅、航空機が格納されている大型の格納庫(ハンガー)の傍で、機械油で薄汚れた作業着を着ていた男が1人、ドラム缶にまたがり空を見上げていた。男の名前はフランク・ガリアイル。地球連邦空軍(EFAF)に籍を置く整備班長だ。緩くかけられたサングラスが光を反射し、整備帽子の庇の下、小さな輝きを放っている。

 空はいつもと変わりなく、青く高く、風が吹き渡っている。緩やかな風は声をかけた男、タクミ・シノハラ少尉の髪を軽く揺らす。空を見上げる男の視線を追い、2人は並んで空を見上げる。どこかで鳥が鳴声を上げ、翼をはためかせた。

 いつもと何も変わらない、穏やかで平凡な、ただの1日の始まりだった。

 

「──閃光…衛星軌道での戦闘?………まさか、ジオンの野郎が、地球降下を?」

「バカ言うな、確かに"ルウム"じゃ()られたが、連邦はそれぐらいで揺らぐ様なヤワな組織じゃあるめーよ」

 

 額に手を当てた少尉の焦り顏に、おやっさんが手を打ち笑いながら言う。仰け反り、座っていたドラム缶が蹴られ音を立て、広い滑走路へ溶けていく。その様子に少尉はホッと息を吐くと、軽く頰をかき、緊張を解すように腰に手を当てた。

 吸い込まれそうな青い空には雲が湧き、穏やかな風にゆっくりと流れ吹き散らされて行く。形を変え、色も変え、ふわりと漂うその呑気な塊を眺める2人の間に、心地良い沈黙が舞い降りた。

 

 そう言われてそうかと思い直す。確かに地球連邦宇宙軍(EFSF)コロニー駐留艦隊は再編が必要な程に壊滅的打撃を受けた。しかしながら、それらは主力と言えど、全体としてみれば極一部に過ぎない。独立機動軍所属の宇宙特務艦隊や月面艦隊、及び小惑星"ユノー"──"ルナII"艦隊は未だに健在だ。

 それに地球連邦軍の主力は、決して宇宙軍では無い。地球連邦の名の通り、主力は俺達地球総軍だ。一説には30対1とも言われる戦力差を崩す事は、かのナポレオンでも到底不可能であろう。ジオン軍は、獅子の尾を踏んだのだ。

 

「ま、それが誤報、って言われても信じてしまいそうですね。モビル、スーツでしたっけ?大規模人型兵器だとか…フィクションとしか思えませんし、実用性だって……」

「あ、少尉!ここにおられたのですか。あっ、おやっさんもどうもです」

 

 そんな2人に声がかかる。彼らの元へ駆けて来たのは、この場に不似合いな小柄な1人の少女だ。ややだぶついた軍服に着られたかの様な不釣り合いな風貌だが、彼女はれっきとした戦車の操縦者(ドライバー)であるレオナ・ヴィッカース伍長だ。

 手を振る彼女は朝の太陽に照らされ、その赤みがかかった茶髪が照り映える。踊るショートカットと同じ色をした目は、喜びに溢れ輝いている。

 しかし、その太陽に勝るとも劣らない輝く笑顔が印象的な女性兵士(WAC)だ。その分、実年齢以下に見られてしまう様な幼さを残した印象が強い。と言うかぶっちゃけ中2にしか見えない。志願兵ではあるが、今の地球連邦軍の状況を表した少女とも思える。

 

「伍長か、軍曹は?」

 

 座るための空のドラム缶を転がし、伍長に進めながら少尉が言う。軍曹とは伍長のバディ、"ロクイチ"の砲手兼車長のロイ・ファーロング軍曹の事だ。長らく伍長とバディを組み、伍長のお守りを任されている男であり、少尉とも懇意の頼れる男だ。いや(おとこ)か?

 因みに2人は、周りからは"夫婦"と呼ばれている。本人達は否定してるが……。まぁぶっちゃけ"親子"に近い。と言うかそうにしか見えない。

 

「ありがとうございます!!あ、軍曹は"61式主力戦車"(ロクイチ)に。嫌な予感がすると」

「そうか……と言うか、伍長は何でいちいちこんな遠いとこまで来るんだ?今日は来てないが軍曹も。何かあるのか?」

 

 少尉の発言は最もで、彼は空軍(AF)所属であるが、伍長と軍曹は陸軍(GF)所属だ。管轄も敷地もかなり離れている。予算の取り合いから、兵士達は兎も角、上層部は両軍共にあまり仲が良くないのも事実だった。

 まぁ、休日は3人で過ごしたりしているが、こんな短い休憩中まで来る事あるか?少尉は伍長の何も考えてなさそうな笑顔を見つめながらそう思う。というか、実際そうだろうな。少尉は薄く含み笑いを漏らしながらそう聞くのだった。

 

「い、いや、それは……別にいいじゃないですか、そんな事!!」

「そうだな、『別にいい』ね、全く……まっ、少尉は人気だからな」

 

 歯に衣を着せた物言いに、おやっさんがやれやれと肩を落としながら言う。何でだよ。説明を要求したい。昨日も同僚にからかわれた事を思い出し、少尉は軽く嘆息する。

 

「おやっさん。冗談でもやめて下さい」

「あはは…」

 

 伍長の下手な誤魔化し笑いが引っかかるが……。

 顔を見合わせ、3人で笑い合う中、先程の会話が思い出される。"戦争"……………。

 

──戦争、か……その()()()()単語だけが頭を堂々巡りする。

 

 戦争が始まろうとも、少尉にとってそれはあまり実感の湧かない話だった。主戦場は宇宙であり、それもニュースで時々見飽きた同じ映像が流れるだけだ。地球上の人々が感じる戦争とは、夜星空を見上げ微かな閃光を見る事がある程度な上、最近は月面からの"マスドライバー"攻撃もなりを潜めている。平和なものだ。

 それに、その宇宙でも、"ルウム"では両軍が激しく激突し、お互いに激しく、それこそ時間を掛け再編する必要が出る程に消耗したのだ。ジオン側が勝利を収める結果となったが、連邦軍は当初の目的であった2回目の"コロニー落とし"は阻止したのである。ジオンは戦術的には勝利したが、戦略的には敗北し、それ以来、激しい戦闘など起きず、時折小競り合い程度の戦闘が起きるくらいだったのだ。

 

「そうか、ところで、伍長はどう思う?今については」

「はい!自分は、ジオンの反乱軍どもに正義の鉄槌を下すのは我々の仕事だと考えています。そのための連邦軍と、少尉考案の特殊訓練です!」

 

 ビシッと姿勢を正し、敬礼しつつ伍長が応える。カッコよく決めたつもりだろうが、帽子が曲がっているのが彼女らしい。その様子に苦笑しつつも、少尉は真面目な顔を作り直し言った。

 

「いい答えだな。軍人としては花マルだ。だが、無茶はするな、俺の訓練が役に立てばいいが、俺はお前と話せなくなるのは嫌だからな」

「ハッ、『絶対に死ぬな』ですね。承知して──!」

「──?……何を……!」

 

 話の途中で、空を見上げ目を凝らす伍長。それに釣られ空を見上げた少尉は、目に飛び込んで来た光景を思わず目を疑った。

 

「──おやっさん!あれは!?」

 

 昼間の蒼く澄んだ空を切り裂く、赤く輝く流星。キラリ、またキラリと光を放ち、雲の切れ間に表れるそれは昼間でもよく目立つ。その数は、時間と共に爆発的に増えて行き、とても数え切れるものではない。

…………明らかに人為的なものだ!!

 

「自然にゃありえねぇ!ありゃジオンの降下ポッドだ!!」

 

 正確には"HRSL"と呼ばれる大気圏突入用カプセルを主軸に行われる、ジオン公国軍の第二次地球侵攻作戦は今、火蓋を切られた。

 

 

 

 それは、彼の、今後想像を絶するほど長きに渡る闘争が始まった瞬間だった。

 

 

 

 おやっさんの声が早いか、けたたましいビープ音が、人の走る音が、怒号が静かだった基地を引っ掻き回し始める。

 

『総員、第一種戦闘配置!これは訓練ではない!繰り返す、これは訓練ではない!!』

 

 始めての"実戦"の雰囲気に、危うく飲み込まれそうになった少尉は自ら頬を張った。走る痛みに意識を向け、心を落ち着かせる事に専念する。そのまま頭を振って気を引き締め、上擦りながらも的確な指示を出し始めた。

 

「おやっさんは避難指示を!伍長は軍曹の"ロクイチ"へ!」

「りょ、了解!少尉も健闘を!」

「あぁ!」

 

 敬礼をする伍長に言い終わるが先か、少尉は愛機の待つハンガーへと走りだす。ハンガーはここから2ブロック先だが仕方が無い。体力には自信がある上、数がそれほど多くは無い"足"(車輌)を自分で使いたくはない。

 そして走りながら考える。遂にこの日が来てしまったと。今まで夢物語に近かった"戦争"と言うものが、この空気を揺さぶるサイレンと、凄まじい程のリアリティを伴いながらやって来たのだと。心が、身体が、ゾクッとする様な寒気に震えた。それは武者震いか、人の本能か、知り得る者は居ない。

 

 そもそも少尉は、既に3月1日には中央アジアにジオン地上侵攻軍が降下し、作戦を開始している事を知らない。これも、ミノフスキー粒子を利用した電撃戦と、"コロニー落とし"による補給、連絡線の寸断の影響だった。海底ケーブルは切断され、掻き混ぜられた大気と舞い上がった塵で長距離通信も麻痺している。衛星は殆どが破壊され通信網はパンク寸前だった。特にその被害が大きい北米では尚更で、五大湖が"6"大湖になっていることすら知っているものは極々少数なのだ。

 

 当たり前の日常が崩れ、非日常が日常へと変わって行く。その瞬間を、少尉は確かに感じていた。

 ぐるぐると頭を巡り、混乱の渦に巻き込まれて行く考えを、現実のクラクションが中断させるた。

 アスファルトを焦がす臭いと鋭い音。それらと共に少尉の眼前に滑り込み、急ブレーキをかけたのはおやっさんの軍用エレカーだ。

 

 エレカーとは、エレカとも略される電気動力車の略である。これは基本的にはバッテリー駆動車を指すが、燃料電池車も含む総称だ。旧世紀に憂いられた通り、石油などの化石燃料は枯渇こそしていないが、産出量は目に見えて減った為、殆どの車の動力は電気となり、宇宙世紀の地球全土、及びコロニー全域に渡り世界的に普及している。それは軍も例外では無く、連邦軍のM72 1/2tトラック "ラコタ"高機動車両やジオン軍のPVN.3/2 "サウロペルタ"軽機動車、地球連邦地上軍の誇る究極の主力戦車 M61A5 MBT "Type 61 5+"(ロクイチ)も電気駆動である。高性能のバッテリー、キャパシター等が実現したエレカは、環境にクリーンかつ低コストであり、今や生活を支える無くてはならない物として世界に浸透している。

 

「乗れ!少尉!」

「おやっさん!避難を!」

 

 エレカのドアを蹴り開け怒鳴るおやっさんに、少尉は乗り込みつつも怒鳴り返す。騒音に包まれ始めた基地内では、もう会話が殆ど届かなくなり始めている。エレカのモーター音は静粛性に優れているが、既に喧騒に包まれた基地では、これでも足りない位だ。今も視界の隅では、ビリビリと空気を震わせながら航空機が緊急発進(スクランブル)をかけている。

 先端がシュモクザメの様に広がった、薄べったいリフティングボディ……"フライ・マンタ"戦闘爆撃機(マルチロール・ファイター)だ。尾翼に彩られたマークから、恐らく"グレイ・ソード"隊だろう。"デプ・ロッグ"が見えない事から、衛星軌道上での迎撃は諦めたらしい。それか、空軍と宇宙軍のお偉いさん同士が争っているかだ。

 

「するか!お前の乗ってる機体を誰が整備してると思ってんだ?!あぁ!?それとも俺に逆らおうってか!年上の好意はありがたく受け取るのがウマイ出世のコツだぞ!」

「いえ!感謝します!……が、おやっさんがそれを言いますか?」

 

 少尉がシートベルトをつけ終わるやいなや、エレカが蹴飛ばされた様に走り出す。慌ててサイドボードに手をつき身体を支えた少尉が、強く吹き付ける風に負ける事なく言う。その口元は緩み、先程までの緊張感はやや薄れていた。

 

細けェこたぁいいんだよ(ニケル・ダイム・シット)!!」

「全く。ふふっ」

 

 風になびく髪を払いのけながら、口元を押さえ笑う少尉。吹っ切れた様子の少尉に満足したおやっさんは、アクセルをさらに踏みつつ笑い出す。

 

「そうだ、笑っとけ笑っとけ!うははははっ」

「前を見て下さい!!安全運転頼みますよ!!」

「任しとけって!」

 

 曲がり角に置かれたポールに擦り、弾き飛ばしたエレカは、ブレーキの音を響かせながら鮮やかなターンを決める。少尉が吹っ飛ばされ、音を立てて転がるポールの行方を目で追う時には、既にエレカの前に巨大なかまぼこ状の建造物が現れていた。2人の目的地の、航空機が格納された大型のハンガーだ。前面の大型ハッチは既に開かれ、喧騒が外まで聞こえていた。

 

 タイヤを軋ませて、エレカがつんのめる様に急停車し、ハンガーに到着する。パイロットは自分が一番乗りのようだ。整備士達はもう走り回っている。そこに降り立ったおやっさんが一声あげると、更にその動きが早くなる。浮き足立っていた整備士達が、おやっさんの指示を受け的確に動いて行く。その中で形成される大きな流れとそのうねり。個が集合し一体となり、まるで一つの大きな生き物の様に機能する様に、少尉は思わず圧倒された。

 

「おやっさん、もう既に指示出してたのか……」

 

 軍用エレカから飛び降りた少尉は、整備兵から差し出された耐Gスーツを大急ぎで装着していく。サイドアーム(セカンダリ)を確認し、手渡されたHUD付きヘルメットの作動を確認した後、それらを小脇に抱え走り出す。薄暗い格納庫の中、開け放たれた入り口から差し込む光に照らされた愛機に駆け寄りつつ、整備士にオーダーを出す。

 

スマートボム(INSB)クラスター爆弾(CB)を二発ずつ!空対地ミサイル(AGM)を六発、真ん中には試作のECMポットを!!」

「おう!おやっさん!あいつの初陣です!」

 

 整備士の怒鳴り声に、おやっさんはモンキーレンチを振り上げ応える。その後ろを他の整備士がミサイルが載せられたカートを押し通り抜ける。燃料補給車が脇を通り抜け、"マングース"に命の源を注いで行く。少尉は大きく、逞しい主翼を手の甲で軽く叩き、その感触を確かめた。これは、殆どいつも行っている儀式の様な物だった。

 

「最終調整は済んでる!持ってけ!!」

「はい!」

 

 返事を返し、機体の下に潜り込んでいる整備士に増槽は要らないと言いつつ、少尉は愛機にかけられたタラップに足を載せた。軽い音に軽快なステップ。導かれる様に手をかけ、コクピットを覗き込んだ。

 

「てめーら、モタモタしてっと海にぶっこむぞ!」

「「おう!」」

 

 おやっさんの怒鳴り声に整備士達が応え、方々へ散って行く。

 

 空の燃え尽きない流れ星は、すぐそこまで来ている。

 少尉は攻撃機(アタッカー)のパイロットだ。戦力増強の為の戦時動員により、繰り上がりで士官学校(OCS)を出たばかりの新米であるが、シミュレータ、実機訓練の時間は同期でトップだ。直ぐさま愛機である対地攻撃機、AF-01"マングース"攻撃機に飛び乗り、手慣れた動作でコクピットに滑り込む。機載電子機器(アヴィオニクス)を立ち上げ、システム・チェックを開始する。動翼を動かし、その動きを感覚と目で確かめながら。

 

 結果は全機能異常無し(オールシステム・オン・ザ・グリーン)

 

 出撃前の儀式とも呼べるプリフライトチェックを終了させ、シートベルトを取り付けてくれた整備兵にサムアップし、キャノピーを締める。ハシゴに車輪止め、爆弾とミサイルのセーフティピンを抱え走り去って行く後ろ姿から目を逸らし、バックミラーを確認した後は、少尉は目の前の光を放つ計器類に集中し始めた。グイと機体が揺れ、牽引車(タグ)による牽引(プッシュバック)が始まった。そのまま、"マングース"はその巣穴から引き摺り出され、輝く太陽の元に晒されキャノピーを煌めかせた。

 

「コンタクト」

 

 少尉はエンジンに火を入れる。轟音を高らかに奏でながら吠えるタービンが空気を食み、機体を大きく震わせる。周りに被害を出さない様、出力は最低限だ。しかし、その遠吠えは空気を揺らし、滑走路脇の看板や芝生、格納庫の窓を撫でて行く。

 

「整備班!いい仕事ありがとう!必ず戻ります!」

「おう!そいつぁ丈夫だが、キズは無いに限る!必ず返せよ!」

「了解!」

「肩じゃなく、腹に力を込めて行け!」

「はい!」

 

 AF-01"マングース"攻撃機は、鈍重であるが頑丈な機体に、11箇所のハードポイント、二発の大出力エンジンに加え、機首には20mm機関砲を4門備えた空飛ぶ戦車の様な飛行機だ。その外観は攻撃機神話を生み出したアメリカ空軍傑作攻撃機、フェアチャイルド・リパブリック A-10"サンダーボルトII"に酷似している。かなりロートルの旧型機であるが、その設計の堅実さとコストの安さ、そしてその生存率の高さから退役予定を迎えても尚使われ続けて来ていた。

 

管制塔(コン)!聞こえるか!こちらコールサイン、フライング・タイガー03、発進許可を求める!!」

『こちら管制塔(コントロール)緊急発進(スクランブル)符号(コード)確認。初陣か、フライング・タイガー03?』

 

 もう一度プリフライトチェックを行いながら、普段通り行っているはずの、管制塔への通信もいつになく緊張する。少し声を大きくし過ぎたかも……。周波数は?符号は?あらゆる事が頭をグルグルと駆け巡るのを、オペレーターの声が打ち止める。

 

「こちらフライング・タイガー03。肯定、この機体(マングース)の特性は把握している、必ず戻る。そのために発進許可を!!」

『管制塔了解、スクランブルだ。必ず帰って来い。進路クリア、第三滑走路へ、GOODLUCK!!』

 

 含み笑いを持たせた管制塔のオペレーターに感謝しつつ、少尉は機を操る。本来、航空管制官にこの様な発言は許されない。不明瞭な指示は大事故につながる可能性もある。しかし、ベテランは判っているのだ。その上で緊張し、パイロット達を送り出して行くのである。

 

「こちらフライング・タイガー03、感謝する」

 

 空の流れ星はまだ続いている。しかしまだ、航空優勢権はまだこちらにあるはずだ。航空機としてはかなり鈍足であるコイツの活躍は、航空優勢権に守られなければ発揮できない。だからこそ、出来てるうちにぶちかます。

 牽引車に引かれ誘導されたのち、舞う様に導く誘導員の指示に従い、機体を唸らせる様なタキシングにて滑走路に着く。

 

 ランディングギアのショックアブソーバーを縮める。機体が沈み込み、前傾する。そのニーリングの姿勢は、獲物に飛びかかる猛獣の様だった。

 

 準備は整った。後は、舞台へ向かうのみ。

 

《GOODLUCK、フライング・タイガー03》

「了解、フライング・タイガー03、出撃する!!」

 

 少尉はスロットルレバーを引き、機体がGを受け加速して行く。翼が大気を受け、その壁を打ち破り揚力を生み出し始める。窓の外を流れる景色はどれも後ろへと吹っ飛び、霞み、消える。

 2つのGが身体にのしかかるのを感じる。少尉はそれに歯を食いしばって耐える。いつも通りだ。

 そうだ。いつも通りだ。いつも通りやればいい。出来る事が出来るのは、幸運な事だ。

 

離陸決定速度(V1)到達」

 

 開いた口から、絞り出す様な吐息とともに報告を行う。空気を喰らうエンジンが、かすかな言葉を打ち消さんとする様にその轟音で機体を揺さぶる。カタカタとした振動がどんどん大きくなって行き、飾り気の無いコクピット内を別の世界へ変えて行く。

 中尉は一度操縦桿から手を離し、震える手で計器類を確かめる。これは少尉の癖だった。

 

「──引き起こし安全速度(VR)到達」

 

 異常無し。綺麗な青を放つ計器盤から目を離し、中尉は今度こそしっかりと操縦桿を握り込む。風を切り裂く音がかなりの物になって来た。管制塔の声が聞こえづらい。

 いつもと違う。その感覚は一瞬にして少尉をパニックに至らしめる。恐怖が身体を支配する。上手く呼吸が出来ない。身体が言う事を聞かず、震える。

 不安で押しつぶされそうだ。頼む、誰か助けてくれ。誰でもいい。ここから出してくれ。

 

 その時、リアビューミラーに格納庫が写り込んだ。そこには、整備士達がまだ帽子を振っていた。

 

離陸安全速度(V2)到達!」

 

 震えが止まった。何故かは判らない。でも、今、これ以上も無く落ち着いていた。頭の中が冴え渡って行くのを感じながら、少尉は更にスロットルレバーを引いて行く。機体が更に加速し、小さく音を立てながら、自分の二の腕の血管が切れるのを少尉はぼんやりと感じていた。

 いよいよだ。身体が慣れて行く奇妙な感覚。先程のパニックの片鱗も感じさせない動きで、少尉は儀式(・・)を終えて行く。

 凄まじいエンジンの振動と、猛烈な空気抵抗の振動にもみくちゃにされながら、少尉は前だけを見つめ操縦桿を引いた。時は来た。我は行く。

 

「──テイクオフ!!」

 

 見た目によらず、その機体がふわりと持ち上がる。みるみるうちに地面が離れていく。風を切り、舞い上がって風と一体化し、機体が空の一部となる。

 

《フライングタイガー03、高度制限を解除。幸運を》

「了解。かましてくるさ……ランディングギア格納。環境コントロール・システム(CECS)正常。計器類異常無し…いや、レーダーに若干のノイズあり。環境センサー反応無し…」

 

 手慣れた動作で確認を行っていく。この行為自体も既に離陸前に済んでいる。報告義務自体は無いが、声を出したかった。漸く不安定な状態から、揚力が釣り合った機体が安定し、少尉は満足気に安堵のため息をつく。

 一度肩の力を抜き、キャノピーから外の様子を伺う。あれだけ間近にあった芝生の大地は遠く離れていた。眼下には米粒の様な人や車が音も無く走り回る、広大なアスファルトとコンクリートが敷き詰められた箱庭があるだけだ。視線を水平に戻すと、遥かに続く地平線が、空を切り取る山脈の稜線が、天まで上がってきた青い海が、後光の差す大きな雲が、あと少しで手の届きそうなところまでやってきていた。

 視界は良好。操縦を乱す乱流(タービュランス)突風(ガスト)もなく、空は凪いでいる。雲も多くは無い。絶好の飛行日和だ。しかし、それはまるで、嵐の前の静けさの様に。

 一息ついた少尉の耳元でインカムが雑音を立てる。近くを飛ぶ管制機からの通信だ。

 

『こちらスカイアイ02、フライング・タイガー03へ、お前の事は聞いている、後続は待たなくていい。エンジェル二-◯(高度2000フィート)、ヘディング000。ポイントエコー32へ向かわれたし』

 

 上空を飛ぶ前線航空管制機(FAC)は、空の司令塔だ。彼の指示に従う事が第一条件かつ最適の答えだ。少尉は見えないその機影に目を凝らすのを辞め、旋回し陸標(LM)を確認しつつそれに応えた。

 

「こちらフライング・タイガー03。了解。ふんぞり返った奴らのケツに火をつけてくる。誘導頼む」

『こちらスカイアイ02、了解。護衛を付ける。派手にやって来い!』

 

 機首を転換、一路、北へ向かう。頭上で見下ろされる形で飛んでいる連邦軍早期電子哨戒機(サーヴィランス)"ディッシュ"からの高速データリンクが開始され、情報を受け取る。目に見えない情報が噛み砕かれ、目の前に現れる。それに目を通しつつ少尉は舌を巻いた。予想外に展開が早い。脚の遅いコイツじゃ奇襲効果が薄れる可能性がある。返討ちはゴメンだ。

 護衛は、同じくスクランブルにより邀撃へと上がった一機の"フライ・マンタ"だった。たった1機だが、頼もしい限りである。

 

 RP-02 "ディッシュ"は、大型の円盤型レーダードームに機首と左右2対の水平翼が付いた、名称通り皿のような機体形状が特徴的な連邦軍の早期警戒哨戒機(AWACS)だ。機体表面の大半をレーダー素子で構成された超高性能索敵機で、別名"空の支配者"とも呼ばれている。航続距離が長く、脚も速い為、連絡機としても使われるポピュラーな機体だ。

 BF-01 "フライ・マンタ"は、機首の左右に3連装ミサイルランチャーを装備し、また後期生産型には2連装30mm機関砲を備える地球連邦軍の戦闘爆撃機(マルチロールファイター)だ。戦闘機でありながら底面には大型の爆撃用爆弾層を有し、対空、対地戦闘に使用される。装備の切り替えにより多様な任務の遂行が可能であるため、開発されてからと言うものの、特に"一年戦争"中は連邦空軍の主力戦闘機として、多くの基地に配備されていた機体だ。航空祭でもよく見かける為、その愛嬌あるボディから長く愛されている一機だろう。少尉も流線型かつ丸っこさを残すボディは好きだ。

 

《こちらアロー06、しっかりエスコートしてやる。ついて来い》

「こちらフライング・タイガー03。了解、しっかり面倒見てよ?」

 

 ジオン降下部隊は"キャリフォルニア・ベース"北西海岸に続々降下して来ているとの事だ。悲観的観測は良くないが、あまりにも大部隊すぎる。

 "コロニー落とし"による未曾有の大被害に続き、連日月面からのマスドライバーを用いた戦力爆撃により戦力を削られた今の"キャリフォルニア・ベース"に、守り切れるかどうか。

 

 "キャリフォルニア・ベース"は地球連邦軍有数の大規模基地であり、大規模宇宙港を持つため戦略上、総司令部"ジャブロー"に続く最重要拠点である。

 そのため地球連邦軍基地有数の戦力を持つものの、敵であるジオン軍は最新兵器MSを所持している。MSは擬似重力下とはいえコロニー内の戦闘も確認されている。つまり、敵戦力にMSが出てきてもおかしくはない。敵の戦力は未知数だ。MSの戦闘はシュミレーションもやったことがない。不安は次々と浮かび上がってくる。

 

 視界が暗くなる。青かった空に雲がかかっていた。

 それと同時にレーダーにノイズが走り始めた。無線もガーガーと雑音を吐き出し始める。故障?いや、これは………。

 

「──…これが、ミノフスキー粒子の影響…ってヤツか……?」

 

 まさか、すぐ近くを飛ぶ"フライ・マンタ"とも連絡が取れないとは……。ミノフスキー粒子の効果に戦慄を覚える。戦場が変わる訳だ。とにかく、データを収集しつつ、通信設備の一新を提案しなければ、と考える。光通信などどうだろうか?幸いライトはある。最悪鏡があれば出来る。バンクを振る事でも出来るだろう。レスポンスの関係から有機的、能動的な運用は厳しいが、意思疎通くらいは容易い。

 

『コチラフライング・タイガー03、アロー06、キコエルカ?』

 

 カチカチと音を立て、手元のライトを光らせる。反応は直ぐに帰って来た。眩しい位の空の下、それを突き破り入ってくる光から、ヒトの意識を感じ取る。光通信は今も健在だ。やはり枯れた技術は役に立つ。少尉はホッと息を吐きつつ通話を続ける。

 

『コチラアロー06、ヨクオモイツイタナ、ダガ、キドウウンヨウハムリダナ、ドクジノハンダンデウゴクシカナイ』

『コチラフライング・タイガー03、リョウカイ、グッドラック』

 

 レーダーはもう使えない。目視で索敵………!

 

『コチラフライング・タイガー03。ジュウジホウコウ、ナニカヒカッタ』

『コチラアロー06、オナジクカクニン、テキノコウカポットトオモワレル、シカケルカ?』

『コチラフライング・タイガー03。モチロン。エスコートタノム』

『コチラアロー06。リョウカイ。シッカリツイテコイ』

 

 バンクを振り、機首を転換、敵へ向かう。遥か先に、艶消しされたグリーンのポッドが複数個転がっている。ここから見たら虫の卵ぐらいだが、本当はかなりの大きさになるだろう。ハッチが開いていて、既に敵部隊は展開している。戦車の様な物が見えるが、明らかに大きすぎる。

 

『コチラアロー06、エンゲージ、モクヒョウカクニン、コウゲキヘウツル』

『コチラフライング・タイガー03、リョウカイ。ハジョウコウゲキダ』

 

 射撃管制装置(FCS)起動、全武装セーフティ解除(マスターアームオン)、メインアーム、レディ。

 操縦桿のトリガーに取り付けられた最終セーフティの解除と同時に、ディスプレイ中の兵装データの一角、そこに明るいグリーンで表示されていた"SAFE"が一瞬で攻撃的な赤文字の"ARM"へと切り替わった。戦闘開始だ。

 

敵機視認(エネミー・タリホー)!フライング・タイガー03、エンゲージ!!」

 

 バンクを振った"フライ・マンタ"が先行し、油断していた敵に情け容赦無く対地ミサイルを撃ち込んで行く。眼下では敵が大慌てで走り回るが、効果的な手を打てていない。統率の取れてない動きで右往左往している。それを爆炎が包み込んで行く。まるで映画のワンシーンだ。

 

 ヘッドアップディスプレイ(HUD)を通し敵を睨みつける。ダットサイトが灯り、"VALID AIM"(確実な照準)と表示された。

 

「GUNs・GUNs・GUNs!!FIRE!!」

 

 "フライ・マンタ"が飛び去った後、そこへ"マングース"が突っ込んで行く。機首の20mm4連装機関砲が唸りをあげ、5秒間の制圧射撃を行う。

 一瞬、コクピット内が暗くなった。莫大な電力が機関砲をフル稼働させ、発電量が足りなくなったのだ。同時に、機体が減速し、猛烈な火薬の匂いがコクピット内に充満する。そして、吐き出された火の玉が、毎秒70発という凄まじい発射速度に後押しされ破壊の奔流を作り出す。"マングース"の40mm機関砲弾には5発に1発の割合で曳光弾(トレーサー)が組み込まれ、弾道を容易に視認出来る様になっているが、連射速度の前に全ての弾丸が曳光弾の様に見えた。その凄まじい威力の前に、ポッドと戦車が一瞬で蜂の巣にされる。すれ違いざまにスマートボム、クラスター爆弾を投下、慣性に乗り自由落下して行く爆弾が炸裂、下が猛烈な爆炎に包まれる。上手く直撃し、思わずガッツポーズする。下は炎が立て続けに上がり、二次爆発を起こしていた。弾薬や燃料に引火したらしい。火達磨の何かが蹌踉めき、さらなる炎に包み込まれて行く。まるで地獄のようだった。

 更に何かに誘爆したようだ。複数あったポッドが纏めて吹き飛ぶ。下の凄まじい様相を流し目で見つつ、反復攻撃は要らないなと考える。

 それに曳光弾の輝度を落とし、割合ももっと減らして大丈夫そうだ。古い軍のことわざに『曳光弾は双方のために働く(tracers work both ways)』と言う言葉が有るように、当たり前であるが激しい光を放つ曳光弾はよく目立ち、射点がバレてしまう。また曳光弾は弾道が安定しない上、威力も低い。改良され曳光焼夷弾やLEDを利用している弾頭もあるがそれでも気休め程度だ。更には銃口及び銃身などの発熱を促し、その性能を落としてしまう。見た目こそド派手であるが、それは実戦においてデメリットとなる場合の方が多い。高い輝度により暗視装置をホワイトアウトさせたり敵をビビらせられると言う側面も無きにしも有らずではあるが。それは今必要無い。

 

『コチラアロー06、ジュウニジホウコウ二テキエイカクニン(ヘッドオン)、ソチラヘムカウ』

『コチラフライング・タイガー03、リョウカイ、ツイジュウスル』

 

 初陣で戦果だ。それに多数の情報を得ている。次の攻撃で撃てるだけ撃ち、基地へ戻らなければ。この情報は、自分の命より重い。

 敵を攻撃し、それを確認することで得られる情報は多い。戦争はドンパチやる事だけが仕事じゃない。寧ろそちらより裏方の情報処理の方が大きい。戦闘を行うのは全体の一割程度であり、その他は情報処理と、補給や輸送、兵站管理(ロジスティクス)などの裏方である。そちらが一番大切なのだ。如何に優秀な兵器、人材が有ろうと弾丸、食料などの補給が無ければ軍は戦うどころか維持すら出来ないのである。それらは宇宙世紀になっても変わらない軍隊の台所事情であった。

 

 今、地球連邦軍は"コロニー落とし"、マスドライバー攻撃で補給線はズタボロであり、各基地は孤立してしまっている。この様に直様対応し、スクランブルが出来たのは"キャリフォルニア・ベース"という連邦軍有数の大規模基地だからである。

 付近を同じ様に索敵する。機体をロール、背面飛行させ、下を伺う。光だ。見つけた。目標を確認。僚機に指示を送る。返事は待たない。ストア・コントロールパネルの表示を確認。シーカーオープン。

 

「ライフル!リリース!ナゥ!!」

 

 今度は対地ミサイル(ライフル)を試す。機体から切り離されたレーダー誘導型ミサイルのロケットモーターが作動、白煙を引きつつ敵機へ突進して行く。ロックこそしたものの、誘導効果は殆ど発揮しないまま着弾、炸裂する。やはりミノフスキー粒子下では、電子機器、中でも特に通信、無線誘導関係は殆ど使えなくなるようだ。それらの電子機器の使用を前提とした兵器しかない連邦軍が苦戦するワケである。

 

 爆撃地点をパイロン飛行。戦果を確認する。反復攻撃の必要は無さそうだ。機首を転換する。"フライ・マンタ"の後ろに着いた。僚機の文句を聞き流しつつ、帰途に着こうと考える。

 深追いは良くない、まだ武器はあるが基地へ戻ろうという意味の電文を打とうした刹那、突然目の前の"フライ・マンタ"が火を吹き、あっという間に炎に包まれた。突然な事に絶句する少尉を他所に、"フライ・マンタ"は黒煙を噴き、きりもみ回転しながら失速、墜落して行く。

 

「!?」

 

 機首を引き上げ同時に電子対抗手段(ECM)を作動させる。その次の瞬間、激しい音と光を伸ばし、機体を掠めるかの様に火線が過ぎる。眼下では、黒煙を引き小さくなっていく"フライ・マンタ"が、遂に耐え切れなくなったかの様に歪に歪み、爆散した。

 

 べイルアウト(緊急脱出)は、確認出来なかった。

 

 あっという間だった。目の前の突然で呆気ない爆発が、"死"の現実を大合唱している。

 

「アロー06!!」

 

 思わず叫ぶ。機体は既に爆散している。通信機すら通じない現状で何の意味も発揮しないことは分かり切っている。しかし、叫ばずにはいられなかった。雲に飛び込み、大きく機首を振り、機体が大きな弧を描く。

 

「仇は取るぞ、アロー06──」

 

 思わず呟く。対空砲か高射砲(AAG)か、どちらにしても高脅威目標には変わりない。陣地転換される前に、友軍の為にも倒すべきだ。

 

 雲を突き抜け、"マングース"が目標を正面に捉えた(ヘッドオン)

 

 先程の様なポットの傍に、"奴"は居た。

 

 

 

 

 

 緑の巨人(グリーン・ジャイアント)が、バカデカいライフルを構えて立っていた。

 

 

 

 

 

 "巨人"の一つ目が輝く。銃口がこちらへ向く。

 

「うおおぉぉぉぉおっ!!!」

 

 思わず叫んでいた。恐怖で身がすくむ。頭は回らず、ぼんやりとしか考えられない。高高度から機関砲を乱射しながら突っ込んで行く。"巨人"か手にした大砲を放つ。近くを通った弾丸で機体が揺らぐも、突撃はやめない、やめられない。

 

 対地ミサイル全弾ロック。残りのスマートボム、クラスター爆弾も投下しつつ無理矢理機首を引き上げる。機体にかかるGで機体が悲鳴をあげ、身体はシートに押し付けられ、身体の血が足へと集まる奇妙で苦しい感覚と共に目の前が暗く(ブラックアウト)なる。歯を食いしばり、耐えに耐える。いつもの事だ。イレギュラーなんてアイツ(・・・)だけで十分だ。畜生。

 

 機首が中々上がらない、それどころか機体が緩やかにロールする。暴れる何とか姿勢制御し、現状を確認する。敵の"巨人"は、スマートボム、対地ミサイルをしこたま喰らい倒れ伏していた。黒煙を噴き上げる"巨人"は、次の瞬間大爆発を起こした。

 

 しかし、こっちもこれまでだ。機体がふらつく。警告がビービーうるさい。首を振り機体の状況を確認しようとした少尉はそこで絶句した。右の翼の先端が1/4程千切れ飛び、右エンジンも故障こそしなかったらしいが不調を訴えていた。装甲もあちこち剥げ、乱れた空力が生む風圧の前に負け、千切れはためいている。エンジン不調は恐らく、その所為でエンジンが異物を吸い込んだ(FOD)らしい。また息をついた。ほぼ片肺飛行に近い。キャノピーにもヒビが入り、醜く白化していた。"マングース"(コイツ)が頑丈な機体じゃなければ、先程の"フライ・マンタ"(アロー06)と同じ運命を辿る所だっただろう。コレは、"バスタブ"にまで損傷しているかもしれない。凄まじい火力とパワーだ。

 

 よろめく機体を何とか制御、震える手でコンソールを叩き千切れた翼端部への燃料循環を停止(フューエルカット)し、誘爆を防ぐ。

 重心が偏り、空力的にも不安定になり暴れる機体と操縦桿とを押さえつけ、フラフラと頼りなく基地へ向かう。翼端が白くヴェイパーを引いている。ごっそりと減った燃料計を見、タイマーを確認し出撃から一時間も立っていないことに今始めて気づく、自分がやった事に対し今更恐怖が沸き上がる。自分が、生きて、今空を飛んでいるのは、ただ運が良かっただけだ。

 

「アロー06……」

 

 フラッシュバックする"フライ・マンタ"の最期。

 

 かぶりを振り、そのイメージを頭から締め出す。そして、基地へ針路を取った。生きていることを噛み締めながら……。

 

 

 

 

 

 

 

 かつて、歴史上有名なある将軍は、

『上陸作戦の死命を制するのは上陸後の24時間だ。それは敵にとっても味方にとっても、"最も長い一日"(ザ・ロンゲスト・デイ)になるであろう』

と語った。

 

『鷲は舞い降りる』

 

 ジオン公国軍が第二次地上侵攻作戦を発令してからまだ数時間。

 『最も長い一日』(ザ・ロンゲスト・デイ)は、まだ始まったばかりだった……………




出てくる兵器は性能の独自解釈やマイナーアップなどがありますが全て設定にある兵器を出そうと思います。
主人公がMSに乗るのは先になりそうです。
軍事に関しては素人なので、航空管制のセリフはイメージです。この作品を機に、戦場の花形であるMSの影に隠れる、"戦場を支える兵器"にも魅力を感じ、興味を持ってくれたら幸いです。

出てくるジェシカ・ドーウェンとは、機動戦士ガンダム外伝設定資料集に出てくる記者さんです。生まれて始めてやって全クリしたゲームで思い入れがあるので出させてもらいました。因みにブルーは3号機が好きです。


次回 第一章 帰還報告(デブリーフィング)

「陸の王者、鬼戦車M61か……」

フライング・タイガー03、エンゲージ!!

追記
すみません。マングースの中央ハードポイントには増槽しかつけられませんでした。お詫びとさせていただきます。

更に追記ECMにルビ打てませんでした。長過ぎ………。

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