機動戦士ガンダム U.C. HARD GRAPH 名も無き新米士官の軌跡   作:きゅっぱち

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第七十三章 フォッグラントの空の下

観測されなければ、それはあり得ないのと同義。

 

知覚されなければ、それは存在しないのと同義。

 

広い世界に、泡の様に生まれ、消える無。

 

しかし、無かった事にはしてはいけない。

 

深い雪の下を風が暴き、それを語り継ぐ日が、きっと来る。

 

それが、今日なのだ。

 

 

 

── U.C. 0079 10.4──

 

 

 

 視界を白く染め上げ、耳を打つ吹雪の中、中尉は首を廻らせ、目を見張り、周囲を油断なく見回す。高性能な複合センサーはわずかな兆候、熱変化をも見逃さない。しかしそれを見る目はそうはいかない。

 人はそう簡単に変わらない。ユーザーインターフェイス(UI)は未だに完成形とはなっていない。これからも完璧に近づく事はあっても完璧となる事は無いだろう。ミノフスキー・エフェクトによる障害の中でも、それを克服せんと高まる性能と増える情報の洪水は、既にコンピュータや人の処理能力を凌駕しつつある。顔を撫で、こめかみを揉む中尉は、僅かに顔を顰めた。ハイテク兵器は負担を減らしたが、同時に負担を増やしたな。未だに慣れない。だが慣れなければならん。もう人が兵器に合わせる時代は終わった。だが兵器が人に合わせる時代も終わりつつある。

──お互い歩み寄らなければならない。お互いがお互いの性能を十全に発揮出来る様、お互いに進化し、新たなステージへと向かう必要がすぐそこまできている。マシンがヒトの形を得た今、世界はまた加速して行くだろう。波に乗らなければ。適応していかなければ……この先、生き残る事は難しい。

 

《それにしても、作戦名は皮肉か。副長も意地が悪い。戦力差を考えたら狐狩り(フォックスハント)だ》

《ふん。俺たちは狐を狩る者(フォックスハウンド)か?》

《おい。油断するな。追い詰められた狐は、ジャッカルよりも凶暴だぞ》

《どこの言葉だそりゃ?聞いた事が無いぞ?》

《知らんのか?ここから南西にある島国じゃ有名だぞ?》

 

 軍曹が罠を探している間、消毒済みの(・・・・・)物陰に身を潜め周囲を警戒していた中尉の耳に通信が入った。後続の連邦兵の愚痴が聞こえる。どうやら作戦名について話し合ってるらしい。逆探知の可能性を増やすなと言いたくなるが、この吹雪の中よく余裕があるものだと感心する。彼らの多くはパワードスーツやエグゾスケルトン等の強化服を装備していない。頼り無い防寒具のみだ。数の少ない倍力服の類は輸送部隊に回されてしまっている。彼らが頼りに出来るのは、己の肉体のみだ。

 彼らこそ真の歩兵だろう。いかなる地形も気象も物ともせず、重い荷を背負い歩き続ける。そして戦うのだ。彼らこそが軍の本質、軍そのものだ。

──今の自分は何なのだろうか。空を飛ばなくなって久しい。攻撃機乗りとはもう名乗れないかも知れない。パイロットである事は変わらないが、それでも、あの頃とは決定的に違う。気がつけば、こんなものに跨り、こんなところにいる。最後にあの空を見上げたのは、あの空から見下ろしたのは……随分と、遠くまで来てしまった。本当に、遠くまで……。

 それにしても……狐、狐か。"フォックス"諸島だからか、それとも、まんまと出し抜かれたノロマな犬(地球連邦軍)を指しているのかは判らない。確かに後手後手に回っている。だからこそ、ここで反撃(ストライク・バック)と行こうじゃないか。

 

《しょーいはどう思います?》

「いいや、俺達が狐さ。合っている。狐が、ニワトリ小屋に飛び込んだだけ(フォックス・イン・ザ・ヘンハウス)だ。番犬を飛び越えて、な」

《狐に鶏小屋の番をさせる訳にもいきません。何が合っても自分を見失う事の無い様、お願いします》

 

 中尉は上等兵の言葉に薄く笑った。ついさっきまで『カジキの皮』を被っていた人に言う台詞じゃないだろう。人生でこんな経験はまず無いだろう。もはや驚くまい。現実は小説より奇なり、だな。

 中尉達先遣偵察隊は、敵に気付かれる事無く、かつ素早く接近する為、特殊潜航艇を用い、魚雷発射管から射出されてここに来ている。酷い乗り心地だった。人が乗るもんじゃないぞアレは。いやフツー乗るもんじゃないが。コーウェン准将の言葉が今になって思い出される。まさかこんな事になっているとは准将も思うまい。世界を回す為には魚雷になる必要があるなんて、知りたくなかった。

 

《ん?》

 

 伍長が声をあげた。かなりの深さまで積もっている雪が珍しいのか、それとも初めてのパワードスーツが気になるのか、純粋に慣らしなのか判らないが、小型化された簡易型"シェルキャック"に粉雪を乗せ揺らしながら歩き回っていたのだ。初めはかき氷を作ろうとハッチを開けようとしたが凍り付いていた為諦め、雪だるまは形が崩れ、今は雪玉を作っては壁にぶつけていた。多少気持ちは判るがじっとしている事が出来んのかお前は。無理か。マグロみたいに動いてないと死ぬのだ。いや、トガリネズミ、は違うか?カワウソだな。そっちの方かも知れない。

 立ち止まった伍長に、中尉はやや呆れ半分に注意を促した。近くで軍曹は偵察と安全化を続行している。時間が無い今、戦力を遊ばせておくには勿体ない。

 

「SST03どうした?珍しいのは判るが、掃除が済んでない所をあんまりウロウロすると……」

《あ、コレ多分地雷踏みました》

「おい!」

《伍長!先ずは落ち着いてください!絶対に足を動かしてはいけません!》

《でも不発でしたー。えへへ、ラッキー、です!幸先いいですね!》

 

 最悪な報告に嫌な汗が噴き出した瞬間、思わず脱力する中尉。足を上げて指を指し笑う伍長は無邪気そのものだ。何が幸先いいだそんな占い地面に埋めちまえ。最近こんなのばっかだぞ。全く。

 因みに地雷は踏んでも足を離さなければ爆発しない、なんて事は無い。地雷も種類がある。一つ一つ丁寧に人が埋設するものから、航空機で空中散布するものまで威力も形も作動方式も多種多様だ。最近はセンサー式も多い。ミノフスキー粒子の所為でまた減るだろうが。そして埋設式は、踏んだ瞬間爆発するものが大半である。そもそも埋めない地雷もあるが。埋設式に対し設置式とも呼べるこちらも数が多い。埋めるより簡単に設置できる分見つけやすいが、簡単な分、数が多い場合が多くこちらも気が抜けない。作動方式もセンサー式やワイヤー式が大半でこちらも厄介である。中尉や上等兵が焦るのも無理は無かった。焦らない軍曹は地雷を知り尽くしているプロであるからだ。また同様に焦らなかった伍長はACGSを過信しているだけだ。

 

「全く!過去の遺物が仕事しなかった事に感謝しろよ?」

《こちら、SST02より、SST01。この地雷は、最新型、だ》

「……雪か」

 

 足を退けた伍長の元へ滑り込み、地雷をすぐ様無効化した軍曹の報告に、中尉は眉をしかめる。地雷を雪に埋設する時は、下に木の板などを敷く等地雷をしっかり固定しないと爆発しない。今回のパターンの様に圧力を検知する前に地雷そのものが沈み込んでしまうからだ。

 そもそも通常の地雷であっても、埋める時は底面に当たる部分を平らにし踏み固める等しっかり穴を掘らないと起爆しなかったり、不完全爆発したりするものだ。穴の深さや上に盛る土も同じく重要である。そんな基礎すら出来てないらしい。今回伍長が踏み抜いたのは対戦車地雷だ。文字通りその威力は丈夫な戦車をも各坐させる。その分、感圧部には数十キロ単位の力が加わらなければ起爆しない。通常であれば人はまず引っかからない。しかし、コレには罠がある。物にもよるが、対戦車地雷の感圧部の端を踏むと、本来起爆する重量の半分くらいの力でも起爆する時がある。また、成人男性が荷物を背負い走ると、自身の体重と荷物を合わせた数値以上の力が地面に加わる。走りと歩きでは膝への負担が数倍になる様に、推進する為に脚力を下へと叩きつければ数十キロなんてすぐだ。度胸試しと対戦車地雷の上でジャンプし、そのまま天国まで飛んでいった人もいる。今回は本当に運が良かったのだ。普通なら死んでいる。

 前述の通り、実は地雷を扱い、偽装し、解除防止を施し、また回収するのは工兵の基礎ではあるが同時に高等技術でもある。敵の編成や敵の練度が推し量れる。いや、スペースノイドだからか?どの道不慣れな敵だ。

 

 やり辛くなるかも知れん。

 

 軍曹と顔を見合わせる。無機質なセンサーのみを装備する()なので顔色こそ判らないが、向こうも同じ考えらしい。戦力的な話ではない。戦術的な話において、だ。プロなら動きが読める。だが、パニックを起こした素人は時に何をやらかすか全く判らない。特にこんな状況だ。苦し紛れの一手に手痛い反撃を喰らったり、最悪の事態に陥る等いくらでも考えられる。

 軍曹が顔を上げた。今度は何だ。これ以上悪くはならないで欲しいが。今よりマシにはならないなんて真っ平だぞ。

 

「SST02、どうした?」

《SST02より、SST01。小銃の、発砲音だ。距離6620。反響からして、屋外だ》

「どこの部隊だ?まだ発砲許可も申請も来てないぞ」

 

 軍曹の事だ。聞き間違いという事はないだろう。中尉が口を開く前に、にわかに無線が賑やかになる。

 

《こちらも近くで発砲音を確認。現在確認中》

《こちらでもだ。何者かが交戦している。小規模だが、確実だ》

「こちらSST01。報告が不明瞭だ。状況が掴めない。コールサインをつけてくれ」

《こちらウィザード01。施設への回線接続を確認、監視情報を手に入れました。そちらへ回します》

 

 上等兵の声と同時にサブモニターの1つが切り替わる。そこには歩哨につき、のんびりとタバコをふかすジオン兵の姿が映っていた。これで遂に疑念が確信へと変わる。次々と切り替わる画面どれにも複数の兵士が映り込んでいる。目の前に聳える建物にもいるらしい。もうここは完全に敵地(インディアンカントリー)だ。

 

「SST01了解。うわ、結構居ますね。この近くにもですか……交戦はみられませんけど……あー、SST02、どうする?」

 

 思わず操縦桿から手を離し頬をかく。随分と結構な戦力だぞコレは。こんな辺境に。いや、情報が筒抜けなのか?何にせよ問題は山積みだ。

 

《こちら、SST02。警戒を強めて、前進すべきだと、判断する。想定済みの、問題に、流されるべきでは、ない》

「そうか、よし。ウィザード01、聞こえました?」

《こちらウィザード01。情報はリンクしたまま、小手調べのクラッキングを開始します。慎重に探りますので、全施設掌握までには時間がかかりますが、そのドアくらいなら今でも開けられます》

「SST01からウィザード01へ。了解です。流石ですね。SST02の許可で頼みます。敵の動向のモニタリングも同時並行でお願いします。しかし現状は、輸送部隊の支援を最優先にして下さい」

《こちらウィザード01、了解》

「よし。正面から堂々と行こう。他に入れるドアがあるとは思えん」

《王の帰還です!裏口なんてまっぴら!レコンギスタ!》

 

 『キ』な。我が城でもないし。

 

 リンクされた地図によると、施設は平地にあるが、同時に谷間を縫う様に作られてもいた。風化や氷河による侵食、火山活動の結果か、複雑でかなり入り組んだ地形だ。施設を少しでも外れると即天然の要害にぶち当たる。装備は整っているとは言え、雪が渦巻き猛吹雪が吹き荒ぶ極地の山に分け入るのは危険だ。GPSは使えず、電波やレーザー通信、バースト通信も万全の状態ではない。時間に余裕があれば迂回し強襲をかけるのもアリだが、今回求められるのは時間だ。道に迷う可能性もある。その貴重な時間を浪費するのは避けたい。

 それに後続の問題もある。俺達の仕事は偵察と安全な搬出ルートを確保する事だ。本機、ACGSはこの島の殆どの地形を踏破出来る性能がある。だが、それに身を任せ人が通れない、物資が運べない道を拓いても意味が無い。どの道自分達は歩きやすい所を歩くしか無いのだ。

 

「さて、歴史の墓暴きと行こうか。この扉はパンドラの匣か、反応兵器の骨壺か……」

 

 大きな音を立て、こびりついた雪や氷を振り落としながらゆっくりと開きつつある扉に目をやり、中尉は各種センサーを用い慎重に探りを入れて行く。結構広い。格納庫……いや、錆びついたクレーンや一部崩れているキャットウォークを見る限り、整備場だったらしい。規模はそれなりだ。左右には小部屋も見える。驚く事にドアの表示を見る限り電力は生きてるらしい。いや、当たり前か。倉庫も併設されている様だが、しかし、その収納も活かされている様子は無さそうだ。床にはありとあらゆる資材が積みっぱなしだ。引っ越し間際の様に思えるが、殆どが真新しい木箱で、その合間合間にそこそこ古い金属のコンテナまで大小様々な障害物が視界を塞いでいる。どうももう出て行く、又は来たばかり、と言う訳では無さそうである。幸い、それでもACGSで動くに十分過ぎるスペースがあった。身を隠す余裕も。

 センサーに感あり。魔法の目が何かを見つけた。何かがいる。しかしそれ以外判らない。野生動物かも知れない。しかし、動物は天然のセンサーだ。十分に気をつける必要がある。すぐにセンサーをパッシブに切り替える。電気が生きている以上対センサー装置等も装備されていると考えるべきだ。索敵は目視と上等兵に任せるのが一番だろう。

 

《猫ちゃんがいるかいないかは開けなきゃわからないですよ!》

《それは少し違うと思います》

《あれ?》

 

 緊張感の無いやりとりの中、軍曹が指し示した先には、開き始めた扉に別段警戒する事も無く、吹き込む雪に悪態をつくジオン兵が居た。中尉は吹雪に紛れつつ、ゆっくりと身を隠し、ハンドサインを送りつつ観察を始める。はてさて……。

 彼らは視線の先で、あまり暖かそうには見えない防寒具に身を包み、寒さに震えている。恐らく、いや確実にまだ若い兵士だった。同い年かそこらに見える。子供じゃなかった事に少し安堵してしまっている自分に喝を入れながら、中尉は嘆息する。全く。俺はいつまで引き摺るのか、そして、いつからそんな慢心の余裕を飼う程弛んだ贅肉を纏っていたのか。全く!

 

《SST02から、SST01へ。歩哨だ。数は4。警戒は薄い》

「こちらSST01了解。やり過ごせそうか?」

 

 そんなに居るのか。もちろん戦力は遥かにこちらが上回っていると考えていいだろう。しかし、そう思いつつも中尉の発言は、交戦を避けるものだった。

 それもそのはず、上等兵のクラッキングにより、この付近一帯の詳細な地図が既に手に入っていた。一部はまだ辛うじて生きているセンサー、監視カメラもハッキングし、その行動はこちらに筒抜けだ。それに、奥に進むべき扉は既に見えている。藪をつついて蛇を出す人は多いが、悪戯に蜂の巣を突きたがるのはバカだけだ。

 

 しっかし、よく軍曹は人数まで把握出来てるな。中尉には2人しか見えなかった。そのもう1人は、視界の隅で既に扉を閉めようとしてボタンを操作し、閉まらない事に首を傾げている。怪しまれるまで時間は少ない。仕掛けるにも、どうすべきか。こちらに来ない様に祈りながら、中尉は軍曹の言葉を待つ。

 

《SST02からSST01へ。この人数、だ。難しいだろう》

 

──軍曹1人ならともかく、と言うことか。ゆらゆらと体を揺らしながら、ゆっくりとこちらに近づきつつあるジオン兵と、足元に転がるコンクリート片に目を落とし、中尉は決断を下す。

 

「サイレントキリングだ。SST03。構えてるマスターキーを下ろせ。SST02、2人任せられるか?」

《こちらSST02。3人、だ。任せてもらって、構わない。タイミングは、合わせる》

「了解!」

 

 言うが早いか、中尉は軍曹に目配せし、手に取った小さなコンクリート片を放り投げる。壁に当たったそれは派手に砕け、大きな音を立てる。そして、音に反応した兵士の背中へと、中尉はさらなる一石を投じた。中尉の動きと同時に、軍曹は摺り足で音も無く他のジオン兵の背後へと回り込み、一瞬で首をへし折っていた。更に、重力を感じさせない跳躍で、次なる獲物へと踊りかかる。

 結果は火を見るより明らかだろう。中尉は自らが投じた一石へ集中する。足元の手頃なコンクリート片を探しながら考えるのは、第2投は必要か。今はただそれだけが重要だ。

 

 中尉が投げ放ったコンクリート片のサイズは、なんて事は無い拳大のものだった。ACGSの掌のサイズと比較したら、それはかなり小さく見えただろう。しかし、それはそこらのイシツブテとは格が違うのだ。鋼の剛腕から投じられた砂利とセメントの混合物は、レーザービームの様な直線を描き、寸分違わず防寒具に包まれた背中へと突き刺さった。

 薄っぺらい防寒具を突き破り、肉を潰し骨を砕く湿った音と共に、男は殺風景な壁に叩きつけられ、赤く彩る花を咲かせた。ズルズルと灰色の壁に鮮やかな赤を伸ばしながら倒れたそれは、そのまま雪を染め上げる肉塊と化していた。即死だろう。軽く投げたつもりだったが、人体はやはり脆い。大穴が開き、その中身をぶちまけつつある挽肉を気に留める者は誰もいない。彼の仲間は既に全員事切れていた。視界の隅で、軍曹が3人の死体を抱え、空き部屋へと放り込むのが見える。つーかマジか。あんな動きが可能なのか……。人が歩いても音が出るキャットウォークへ翔んで着地して音が出ないってなんなんだよ。しかも朽ちかけてるときた。やはり軍曹は格が違い過ぎる。なんで俺の知り合いなんだ。ぶっちゃけ例の伝説の傭兵の物語に出て来ても違和感無いぞ。

 そんな中尉の感想を知ってるのか知らずか、軍曹がそのまま先行、安全を確認し、ハンドサインを送る。うなづいた中尉は振り返り、伍長へと呼びかけた。

 

「よし。SST03。ポイントマン」

《やったー!任されて!!》

「頼むぞ」

《はいなー!》

 

 解放された"シェルキャック"を翻し、意気揚々と前に進みでた伍長は扉の前に立ち、ACGSでも十分に押せるサイズの大きな開閉ボタンを押した。叩きつける様に押される為だろう、ボタンのサイズは掌よりも大きい。しかし、人間の手には大き過ぎるが、ACGSには小さ過ぎる。巨人が身を屈め、垂れるマントの隙間から指を伸ばしボタンを押すのは中々滑稽な光景だった。口に出しはしないが。

 

 因みに今回簡易型の"シェルキャック"を装備しているの伍長機だけだ。MS用の物は大掛かり過ぎる為、とてもじゃないがACGSには装備出来ない。そこで、軽量化と簡略化の研究中に生み出された試作段階の新型を装備している。繊維の積層で無く、繊維自体を強化する事で軽量化を図っていたが、柔軟性に難ありとされたモデルである。特殊な繊維と編み方で衝撃を全体に波及させ振動に変換し消費させる事で従来型の重量及び厚み以上の防弾性を手に入れたが、排熱の問題と熱に反応し繊維自体が硬化してしまい衝撃に対し脆弱性を増してしまうと言う問題も浮上、採用は見送られたものだ。現在更なる改良中であるらしい。

 製作はリッチヒル・ファイバニクス社だ。おやっさんが"ガンダムハンマー"をワイヤーにすべきと言う意見を聞いた時、役に立つかとツテを辿り材料開発部門の人員を引っこ抜き"アサカ"に開発研究員として乗せていたらしい。そして今回少尉が開発した"シェルキャック"の事をおやっさんが聞き、その改良プロジェクトに参加させたのである。この繊維業の老舗は縫い糸から防刃繊維、ドウグ社のフックロープからコロニーの河にかかる吊橋の超高張ワイヤー等数多くの製品を生産しているとの事で、宇宙世紀の発展はこの会社無しには20年遅れていたと称される程であるとか。

 因みに元はバイオテクノロジーを研究していたらしいが、クモの糸の研究中に分子配列レベルから繊維を編み上げる方法を発見、そこから方向転換、かなりの強度と柔軟性、伸縮性を併せ持つ超高性能繊維を得意とする会社になったらしい。ACGS本体にも機体を移動させる為の射出式アンカーワイヤーである"ロケット・ハーガン"のテザーワイヤーとしてこの会社のワイヤーが使われている。特殊高分子で構成されたワイヤーは、小指ほどの太さでありながらACGSの質量程度なら軽く懸架可能な強度を持つ。とても信じられなかったが目の前で使用されれば信じざるを得ない。よく考えたら宇宙空間での牽引・繋留は殆どこの会社の製品だ。まさに未来の繊維らしい。細かい事は判らんが。

 

《あれ?あれれ?むー!》

 

 そんな未来を纏い前時代的な事をする巨人は、更に原始的な問題に阻まれつつあった。扉が開かない。2回目、3回目、しまいには連打したが開かなかった。壊れるぞ。恐らくもう壊れてるけど。更に壊れるぞ。

 

《んあー!》

 

 地団駄を踏むな。音が響く。潜入の意味を判ってるのか?無駄な動作、無駄な音、無駄な痕跡……無駄のオンパレードに向き不向きどころの話じゃない。流石伍長。歩く広告飛行船の渾名は伊達じゃ無いようだ。

 

「SST03。聞いてるか?おい、伍長、その辺で……」

《ウィザード01からSST03へ。機材の故障からまだその先の安全も確認されていません。今迂回の最短ルートを構成中ですから、しばらく待ってて下さい》

《えぇー!!むきー!!》

 

 出鼻を挫かれた伍長が、腹立ち紛れに蹴りを入れた。癇癪を起こした子供そのものだ。ただ違うのはその子供が人など簡単に捻り潰せる力を持つ重機に乗っているという事だけだ。激しい火花と金属と金属がぶつかり合う耳障りで大きな音と共に、扉は軋み、なんと奥に向かってゆっくりと倒れた。

──最悪の土産を残して。

 

《ふふーん!この手にかぎ……ぉ?》

「え?」

 

 そこには多数のジオン兵達がたむろしていた。伍長はあまりの事に目を丸くしていた。まさか扉が倒れるとは思ってもいなかっただろう。そしてその先が敵の集合場所である事も。

 中尉達の前には、ここの規模を考えるとかなりの大部隊が展開していた。吹雪を避けてか、嵐を避け身を寄せ合う野生動物の様にバイク、車輌、"ワッパ"が、大型戦車が軽く2輌は並んでる通れるだろう通路を埋め尽くすかの様に所狭しとひしめき合い、その隙間に幌を張り、火を焚いてかなり早めの朝食を摂りながら休憩している最中だったのだ。大半が毛布にすっぽりと包まり眠っている。完全にリラックスしている様だった。

 突然の事に中尉と軍曹は反射的に銃を構えたが、引き金を引けないでいた。ここで発砲するのはマズい。幸い敵はまだ反応しきってはいない。降伏させる事が出来れば……。

 

 殆ど唯一こちらを視認出来るだろう位置である、一番扉の近くに座り込みスープらしき物を啜っていたジオン兵がスプーンを咥えたまま振り向き、硬直した。目深に被られた防寒帽の下でも判る程目を丸くしていた。それはそうだろう。休憩していたら、突然巨大な何かが扉を蹴破り現れたのだ。その反応は人間として最もだ。だが、兵士としてその一瞬は致命的過ぎた。

 

「…ぇ」

 

 ぽかんと開いた彼の口からスプーンが零れ落ち、音を立てて跳ねる。それが早撃ち対決のコインの様に、しかしあまりにも一方的な展開になるだろう勝負の火蓋を切って落とす死の合図となった。

──その瞬間、伍長は躊躇いなく持てる最大火力を叩きつけた。憐れ、スプーンの落とし主は、意思を持って声を出す時間も無く息絶えた。手元に転がしたライフルの事も思い出す事も無く、突然目の前が炸裂の閃光で真っ白になった視界を認識する事も無く、遅れて叩きつけられるだろう爆音と爆圧も感じる事無く、ただただ一瞬で絶命した。2条のレーザーが残像を曳いて激しく明滅する軌跡を描き、彼の身体を瞬時に焼き切ったからだ。

 真っ二つに溶断された彼の身体が地面へと叩きつけられる前に、続く機関銃の激しい唸りが生み出した毎秒数十発と言う破壊的な連射速度の嵐が襲いかかっていた。既に棺桶には入れ難かった彼の両断された身体は、対人に用いるには大き過ぎる弾丸とその衝撃波に噛み砕かれ、肉片混じりの血霧となり消し飛ばされた。その加工は至る所で繰り広げられ、あらゆる水分が蒸発し霧散していった。その後ろでは轟音と共にフルオートで放たれた大口径ショットガンの榴散弾がトラックをペーパークラフトか何かの様に軽く吹き飛ばし、同じく怒涛の如く連射された榴弾とサーモバリック弾がその威力を存分に発揮し炸裂、金属で出来た閉鎖空間と言う最も効果を発揮するフィールドを得たそれらは、周囲を爆風と破片でズタズタに斬り裂き、方々へ飛び散り跳ね回った鋭い破片が何度も何度も対象を更に細切れにし、原型を留めない程叩き潰した。そこに少し遅れて引火や誘爆、二次爆発が続き、内部からの圧力に鉄の塊が醜く内側から膨れ上がり、裂け、破裂する。火薬、爆薬、炸薬、装薬、バッテリー、ガソリン、灯油、軽油……熱を内側に秘める物は悉く発火し、様々な爆音と閃光が疾走り回った。破壊という名の棍棒が辺り構わず振り回され、形あるもの全てがその本来持っていた姿を無理矢理に歪められ、その機能を喪失し、無価値な物へと移ろって行く。

 

 彼等は、一瞬で壊滅した。多くが自分の運命と事の顛末を把握する前に生命活動が停止し、ありとあらゆる物品もその持ち得る機能を喪失した。それが何人、何輌、何個だったのか、正確に把握した者は地上から消えた。

 彼等は永遠に記録や記憶から抹消され、存在しなかったのと同義となった。コレから行うだろう仕事を前に、ただ浪費されたのだ。

 

 目の前に生起した地獄へと、弾丸の嵐が吹き荒れる槍衾の隙を突き、軍曹が素早く斬り込んで行く。燃え上がる残骸を吹き飛ばし、人だった名残を踏み締め、手足等を吹き飛ばされながらも辛うじて生き延びた極僅かの生存者へ確実に引導を渡し、死へと誘って行く。身体中を焼かれ、引き裂かれ、潰され、燃焼され尽くした無酸素状態の為、放置していても数十秒で事切れるだろう彼等には救いだったかもしれない。

 それは、たった数センチだけ、たった4秒だけ指先を動かした、たったそれだけしかしていない伍長によって引き起こされた。当の本人と言えば、無感動に、いや、おー、すごいね、位程度の感想だろう。火花を撒き散らし、何かが爆発して更に炎が逆巻くのを突っ立って見ていた伍長は振り返り、同じく棒立ちしていた中尉を見つめていた。軽く首を傾げ、どうしようとでも言いたげだ。

 我に帰った中尉はセンサーに目をやり、煙が充満しつつある周囲を警戒しながら頭をガシガシとかき混ぜた。頭の中では音を立てて崩れ落ちた初期プランを搔き消し、今後のプランを急ぎ練りながら怒鳴った。

 

「……戦闘は可能な限り避けろと言ったろうが!!」

《うぇ!?あ!避けました!避けようとしたんですぅ!!いや!可能な限り避けました!!むしろ褒めてくださいー!!ね!!》

 

 ね、じゃねぇ!!くそぅ。

 

「CQ、CQ。こちらSST01。全部隊へ。狼煙は上がった。繰り返す、狼煙は上がった!各自の判断で発砲を許可する。各員の判断で戦闘を開始しろ。ド派手にやれ!繰り返す。自由射撃を許可する!」

《え!?そう言えばなんか核とかなんとかかんとかあるんじゃなかったでしたんじゃなかったでしたっけ!?撃っていいんですか!?》

「その為の遮蔽服だ!落ち着け。何語だそれは」

 

 どの口が……。中尉は更なる叱責を吐き出そうとした口を閉じた。意味が無い。パフォーマンスを落とされても困る。是非も無し。部下の責任は自分の責任。上司なんて部下の責任を取る為にいるのだ。

 なんだかんだリスクを嫌う中尉ではあるが、嫌いなスリルと言う名の土産と引き換えに、給料分の仕事はするつもりだった。安いけど。危険手当も無いし。職業選択間違えたかな。給料以下の仕事で給料分貰いたいと最近思うようになってきた。良くない傾向かも知らんけど、ホントそう思うよ最近。うん。

 

 前へと向き直る。煙が風に吹かれ、逆巻き、やがて薄れて行く。晴れ行く視界の先では、撒き散らされた破壊の波は通路の奥まで到達し、外へと繋がる扉をも消し飛ばしていた。かつて扉だったであろう残骸の奥から、雪が吹き込み始め、初めこそ赤く滲み趣味の悪いカキ氷になっていたが、段々と凄惨な殺戮現場を覆い始めていた。

 彼等の名残である水蒸気が天井で氷柱になり、また、再び白くなり行く視界の中で、音も無く鋼鉄の巨人が動き回っている。星明かりや月明かりが届かなくとも、雪は不思議な光を放つ。青に近い、白。暗い闇を切り裂く、ぼんやりした亡霊の様な白。後ろ向きな黒さを匂わせる、拒絶の光だ。

 

《SST02よりSST01へ。生存者、無し。警戒へ移る》

「了解!ったく。はぁ……ウィザード01、そういう訳です。お願いします」

《こちらウィザード01、了解。こちらも仕掛けます。ご幸運を》

 

 吹き込んだ雪を踏み締め、進む。溶けた雪がまた氷となり、薄氷を踏み割る高い音がする。ACGSの足にも跳ねた水が凍りつき、それが剥がれ落ちる音がコクピットまで届いていた。幸いセンサー類に異常は無い。巡る水は、ここでの自然である氷へと還りつつあった。

 薄く降り積もった新雪につけた足跡からは残骸が突き出て、火花が散り、時に火が噴き出る。そして、その足跡は赤く滲み、染まる。

──過去ってヤツは、簡単には隠し切れないって事か。中尉はそんな足跡の事を考えない様に頭の隅に追いやり、締め出し、穴の開いた扉を無理矢理ひん曲げ、真に真っ白な外へ出る。滲み出す様な突然の白さに目が痛くなりそうだ。雪への照り返しが弱まり、揺らめく炎が収まりつつある後ろは振り返る事なく、白に覆われたグレーと黒、そして赤と紅の世界から抜け出す。

 

《むむっ!轍が深いです!これはなにかを満載してますよ!間違いありません!》

「ん?何故判る?」

 

 続いて外に飛び出した伍長が地面を睨みつけ、嬉しそうな声を上げる。雪が降りしきる中でも残る轍は、確かに深そうだ。しかし、中尉も伍長もスカウトの訓練を受けた訳で無い。そりゃ轍が深いって事は負担が大きいって事だろうけどさ。

 

《トム・クランシーの小説にそう書いてありました!》

 

 スティーヴン・ハンターじゃないのね。

 

「そうかい」

《SST02より、SST01、03へ。伏せろ》

「敵か!!」

 

 後方から前方を警戒していた軍曹の声に反応するのが早いか、中尉は雪を蹴立て、手近な岩の影へと飛び転がり込む。伍長もやや遅れそれに続いた。吹き溜まりになっていたのか、派手に雪を巻き上げ、その下に滑り込む。雪まみれになり、こんもりとした雪山になったACGSの目と鼻の先を、我先と複数のジオンの兵士が走って行く。センサーの死角だったらしい。軍曹はなんで気づいたんだ?いや今はそれどころではない。有視界戦闘で、索敵を怠ると言う最悪の致命的なミスだ。しかし、それは向こうも同じ様で、相変わらずの吹雪に、こちらへ気づく余裕も視野も無かったらしい。振り向きもしない。吹雪のおかげか。運が良かった。

 目と鼻の先と述べたが、実際その距離は十数メートルと言ったところか。現代の市街地戦においても至近距離と呼べる。それでも中尉の肝を潰すには十分過ぎるくらいだった。冷や汗を拭う事も忘れ、唾を飲み込んだ中尉は走り去る兵士を目で追う。

 

「──さっきのジオン兵と装備が違う?」

 

 驚きこそしたが、冷静に観察を続けていた中尉は、違和感の正体にようやく気付いた。正直少し混乱していた。理解の範疇を超えていたからだ。意味が、理由が判らない。

 見通しが効かないのは視界だけでは無いらしい。どこか変だ。おかしい。しかしそれが判らない。もしゃもしゃする。中尉は歯噛みする。クソ、情報が足りない。とても危険だ。

 

《SST02より、SST01へ。それだけでは、無い。走って、行く、方向もだ》

「どうなってる?」

 

 まるで冬用の装備も無く、今来たばかりの様な薄着の兵士達は、明らかに道も建物もない方角から、しかも今自分達が大騒ぎした逆の方へ向かって行っていた。その足取りに迷いは無く、雪を蹴立て走る姿は元気そのものだ。その姿は先程の歩哨達とは根本的に違う。その装いはどちらかと言うと強襲部隊に近い。最低限の動きやすい格好に、閉所で振り回す為のソコソコのサイズの銃、手榴弾、予備弾薬の重武装だ。

 恐らく、恐らくだ。訓練中なのかも知れない。彼等は対抗部隊なのだ。それならば説明もつく。敵にしては最悪のタイミングだろう。伏せたまま上等兵に連絡をすると同時に確認を取ろうと口を開きかけた中尉。その時だ。軍曹のハンドシグナルに気づいたのは。すぐ近くの伍長が声を上げたのは。

 

《ねーしょうい。わたしたち、先頭ですよね?》

「そうだ」

《……なんで前でもう始まってるんでしょう?》

 

──その瞬間、閃光が走り爆発音が響いた。マズルフラッシュの輝きがちらつく雪を灼き、曳光弾が飛び交う。何者かが交戦している。確実だ。このあまり広いとは言えない渓谷で、多くの兵士が入り乱れ、乱戦とも呼べる状況が生起していた。突撃銃(アサルトライフル)の破裂する様な発砲音、手榴弾の炸裂の中、人が斃れ、吹き飛ぶ。爆発音、鋭い発砲音、何かが空気を切り裂く音、悲鳴、怒号……中尉にとり久々の、戦場騒音(コンバットノイズ)だった。

 視界の先で、防寒着を着てアサルトライフルをぶちまけるジオン兵が血を吹いて倒れた。迷彩代わりの白い服を着て短機関銃(サブマシンガン)を構えた男が巧みに地形を縫い、側面を取り、その土手っ腹に弾を叩き込んだのだ。数こそはかなりいるが、ジオン兵達は混乱し、慌てふためいている様子だ。対して、正体不明の部隊は少数であるが、落ち着いている様で、しかし時に大胆に動いては確実に敵を処理していく。あの動きは間違いなくプロだ。それもかなりの場数を熟しているだろう。何度も鉄火場を潜り抜けて来たに違いない。

 

「ありゃ実弾だぞ?訓練中じゃないのか?同士討ちか?」

《仲間割れ?勝手にプリンとか食べちゃったから喧嘩してるの?》

「わからん。だが活用しない手は無い。行くぞ!」

《え?どっちからです!?》

「弱ってる方をまず確実に叩く!混乱してるヤツらを叩き潰せ!」

 

 戦争においては常に積極的先制を握る事が重要だ。軍事作戦は能動的でなければ成果を上げられない。戦術レベルでなく戦略レベルで攻撃側が有利なのはこれが理由だ。あの時のアレまだ怒ってます?等と記憶にない事を口走り始めた伍長の悪行を心の中にメモしつつ中尉が言うが早いか、FCSを起動、安全装置(セーフティ)を弾くようにして解除する。機体が反応し、防寒着の兵士を敵として認定、コンテナを表示しピックアップする。唇を舐め、機関銃が備え付けられた腕を振り上げようとしていた矢先、軍曹のスマートライフルが火を噴いた。既に狙撃準備に入っていただろう軍曹の一撃は、分隊単位の人間を瞬時に吹き飛ばす。一瞬で木の葉の様にバラバラに散らばる肉片が地面や壁面に叩きつけられ、積もる雪が紅く染まった。突然発生した威力の桁が違う破壊に、整然と、ある種の正しい戦闘を繰り広げていた場は瞬く間に騒然となる。そして、既にその隙を逃す程、中尉は素人では無かった。

 間髪入れず放たれる第2、第3射に後押しされた中尉と伍長が、感覚に任せ大まかに狙いをつけ(ケンタッキー・ヴィンデージ)機関銃を乱射しながら跳躍する。連続したカエル跳びは、あっという間にその距離を詰めて行く。それはもはや歩兵の戦闘では無く、MSの機動運用に近かった。

 

──ここに、現代に蘇った時代遅れの兵器による、前代未聞の極至近距離戦が展開した。

 

 耳に届くのは、身体を揺らさんばかりの唸りを上げるモーター音。視界を灼きかねない程の凄まじいマズルフラッシュと共に、焼け爛れた弾頭が連なる様にして撃ち出される。まさに迸ると形容すべき機関銃の反動はACGSにとってもかなり大きく、短砲身、多銃身と言う事もありその着弾は大きく散っていた。しかし、そんな事は空中の中尉には関係無かった。そもそもこの機関銃は面制圧を重視しており、散布界(スタッカー・ゾーン)をわざと広げる為、銃口が楕円配置されている対空機銃の砲身をそのまま転用しているのだ。そして、この交戦距離と威力の前には誤差以下の些細な問題だった。とにかく目につく的に片っ端から照準を合わせ、引き金を引く。擦過、いや至近弾でも衝撃波で人体など十分に引き裂ける。目に見えない死神は、目に見えない鎌を振り翳すものなのだ。

 死神の正体、その使用している弾頭は最新鋭の高性能13.2mm徹甲焼夷榴弾(HEIAP)だ。人体に当たれば運動エネルギーをほぼ失わないまま易々と両断し、装甲に直撃すれば貫入しつつ炸裂、焼夷効果を発揮し、更に劣化ウラン製の弾芯が貫き延焼する。炸裂する弾頭の、小さな破片1つで人は死ぬ。死神のひと撫では、あっという間に人から戦闘力を身体の一部ごと捥ぎ取っていく。中尉としては射程を求めていた為この調整に疑問を覚えていたが、その反対を押し切りやはり搭載したおやっさんに間違いはなかったらしい。近距離での散布界が広いのが結果としてプラスになった。混乱した戦場に、倒せない(・・・・)新たな敵が強襲、規格外の攻撃をかけられる。それはまさに蹂躙、いや、もはや虐殺だった。

 

 降って湧いた強敵に、ジオンの兵士達はなす術無く撃ち倒されて行く。慌てふためき転がる様に遮蔽物へと身を隠そうと、中尉はそれに向かって弾を撃ち込めば敵は死ぬのだ。装甲目標(ハードターゲット)を想定した攻撃兵器は岩や鉄製のコンテナを軽く噛み砕き貫通し、そもそも弾が当たらなくとも、銃弾の運動エネルギーが生み出す衝撃波、着弾の破片や榴弾の爆圧、破片効果で対象に深刻なダメージを与え、絶命させる。伍長の大口径ショットガン"ハイパーマスターキー"も同様で、一撃で障害物ごと消し飛ばすか、障害物を吹っ飛ばしまとめて押し潰している。見上げる様な岩が瞬く間に次々と丸く削りとられ、消失するのはまるでアニメで腹ペコの虫が食い荒らしたかの様で少し滑稽だった。飛び散る破片に鮮やかな赤が混じるのも、直ぐ慣れるだろう。

 スクリーンを睨み、引き金を引く中尉は下唇を噛んだ。正に一方的なゲームだ。隠れもせず、避けもせず、時折反撃の小銃弾が装甲を叩き火花を散らすも堂々と歩き、逆にお返しせんとばかりにその方向へただ無造作に引き金を引く。簡単な軽作業だ。大雑把な照準の前に薙ぎ払われ、千切れ飛ぶ人体をスクリーン越しに見ても、どこか遠い感覚だ。悲鳴は聞こえない。匂いもない。全ては画面の奥へと押し込められ、それを受け入れる器官を完全に遮断していた。宇宙にいるみたいだ。中尉はそう独りごちる。無機質な壁面とスクリーン、整えられた空調は、戦闘中でも静かであり続けるCICを想起させる。激しいマズルフラッシュと、轟音。微かな振動、そして、時折金属が装甲を叩く鋭い音だけが、彼の居場所がオフィスでない事を物語るのみだ。

 

──視界の隅が急に明るく照らし出された。揺らめくムラのある光は、計算し尽くされた火薬の炸裂ではない。この極低温の吹雪の中、空気をも燃やし尽くし、激しく荒れ狂う焔が疾走った。液体を噴射する独特の音と共に真っ白な世界を禍々しい赫で染め上げるのは、伍長の火炎放射器だ。

 白い雪化粧を瞬時に蒸発させ、ゴツゴツとした岩肌を舐め回す業火は、火山岩をも灼き、溶岩に戻そうとする様だ。凍りついた空気を溶かし、激しい水蒸気を伴い燃え盛る燃料を噴きつけられ、火達磨になり狂った様に転げ回る兵士達は声無き声で叫んでいる、つもりか?判らない。伍長は丁寧に、命からがら崖の隙間へと逃げ込んだ彼等に向かい、開いた洞穴の入り口1つ1つへ念入りに粘性を伴う死の焔を注いで行く。トドメとばかりに手榴弾を放り込むのも忘れない。

 

 敵が潜んでいる可能性のある部屋に入る時、ドアを開ける際に火炎放射器で焼き払ってから放り込んだ爆薬で一掃後、改めて部屋へ乗り込む『トーチランプ&栓抜き』と言う突入(エントリー)方法がある。近い事は手榴弾投擲後のトレバーシングファイアーでも行われる。安全圏から事前に敵を殺し尽くし安全を確保するやり方だ。同様に、外から窓という窓や扉という扉にランチャーを叩き込む安全化も使われていた。閉所における手榴弾を始めとした榴弾の効果は非常に高い。激しく酸素と反応し、空気中の酸素そのものを奪い、酸欠にする火炎放射器も同様だ。コレをやられて生き延びられる人間はまずいない。伍長はオマケとばかりに機関銃まで撃っている。中は跳弾でミキサーの様になっているだろう。中尉は薄く笑みを浮かべた。それでいい。それで。俺達の仕事だ。リスクは無いに限る。

 発生した水蒸気が瞬く間に凍り付き機体に張り付く。ピシピシと薄く貼り付いた氷を破り歩く伍長の足元では、人の形に近い、夥しい数の何かが、先程までのたうちまわっていた黒焦げの肉が最期まで口をパクパクさせながら有機物の最期である炭へと酸化を遂げていく。彼等に還元は無い。不可逆の暴力は、中尉と伍長に取り掃除と何ら変わらなかった。ただその対象が人であり、真っ白な世界が一時赤く染まるだけだ。無人機を操作し、世界の裏側で戦っているかの様だ。そして、それらを雪が覆い尽くし、隠してしまう。

 中尉は古いテレビゲームを思い出していた。撃った弾は弾痕を残すがその内消え、倒した敵は時間経過で消える、そんなゲームを。

 

 軍曹の狙撃で、最後のターゲットが消失した。表示が無くなり、スッキリしたメインスクリーンに中尉は満足気な溜息を漏らす。

 そして、粗方の片付けが済んだと、中尉は白い服の男達へ、真っ赤に焼けた銃身を原色に戻しつつある機関銃を指向した。消えない炎に照らされた銃口が、鈍色の艶めかしい光を放つ。中尉達の襲撃に、混乱しつつも方々に散った彼等は、再集結し物陰に隠れていた。しかし、それもACGSのセンサーの前には無力だ。例え身体を完全に覆い隠す岩であろうと、特殊金属で出来た建物だろうと、生体反応検知器や高性能サーマルセンサーはその姿を軽々と探り当てる。先程までと同様に、ただ引き金を引こうとした時だ。中尉の耳に驚くべき言葉が飛び込んできた。

 

「す、スゲェ!本物だ!」

 

──日本語!?

 

「ん!?待て!伍長!撃つな!」

 

 その場違いな台詞は、中尉が機関銃を向けた目の前の男からだった。半身を乗り出し、アサルトライフルの銃身の下に榴弾砲(グレネードランチャー)を取り付けた(オーバーアンドアンダー)を持った彼は、それを中尉へと指向し上ずった声を上げていた。

 慌てて腕ごと機関銃を上に向け、中尉は左手を後ろに向け水平に上げた。先程まであれだけ響き渡っていた銃声は止んだ。しかし、ピリピリと肌を灼く様な緊張は続いている。だが、中尉には確信があった。

 

《何でです!?》

「俺に任せろ」

 

 困惑する伍長を押しとどめ、腕を下ろし、ゆっくりと膝をついた中尉は口を開いた。日本語なら、日本語で呼びかければあるいは……。

──勿論、交渉が決裂したのなら、先程までと同じだ。人差し指を軽く動かす。安全装置は解除済み。遊びこそあるが、約2kgの力を加えればその効果を発揮するトリガーに触れない様、ピンと伸ばされたグローブに包まれた指は、触れる事の無い外気の寒さに凍える事も無く、いつも通りの感触と感覚を伝えていた。

 

「……自衛隊(セルフ・ディフェンス・フォース)、だろう?銃を下ろして欲しい。貴方達の事が聞きたい」

「存在しない。忘れろ」

 

 スピーカーモードにして呼びかける中尉の声に対して、いつのまにか彼の横にいたベレー帽の男が口を開く。どこにでもいそうな風貌ではあったが、その独特な雰囲気は画面越しでも伝わってくる。幾多の実戦を重ねて来た者のみが持つ瞳だ。減音器(サプレッサー)の組み込まれたサブマシンガンを持つ彼は、挑戦する様な目つきでこちらを睨みつけている。銃口こそ下げているが、引き金からは指が離されていなかった。

──やはり日本語か。日系人で無く、彼も日本人の様だ。宇宙世紀となり、英語を基にした共通言語が一般的となる中、複雑かつ使用箇所が著しく限定される日本語を流暢に話せる人種はごく僅かだ。

……伝統だのなんだの言って習わされたからな。苦痛では無かったが難し過ぎるだろと思った。表現とか丁寧語とかそりゃもう……つまり、彼等は日本人だろう。おそらく同胞だ。まぁ、少なくとも地球人ではあると思われた。なら交渉の余地はある。上手くいけばいいが。敵は少ないに越した事は無いからだ。

 中尉達は戦闘に際し派手に発砲し続けているが、弾丸自体のサイズから、実は携行弾数はそう多くは無い。射速が速いのもそれに拍車をかけている。瞬発投射火力はあるが継戦力はそう高くは無いのだ。弾切れは危険だ。補給に戻る時間も今は惜しい。

 

「そちらの指揮官と話がしたい」

「どうする?」

「撃っちまおうか?」

「馬鹿野郎」

「小松さん、敵じゃ無さそうですよ、味方でも無いですが」

「そうだな。デブに話してみよう」

「おい!勝手に判断するな!」

「仕方がない」

「畜生。俺の立場は……」

 

 続々と集まって来た彼等は、呑気にも目の前で相談を始めた。それを少し高い視点から見下ろす形となった中尉は、思わず頰をかく。

 彼らはかなりの少数、ほんの分隊程度の人数だった。相談しているベレー帽、メガネ、アサルトライフル、のっぽ、その4人がリーダー格らしい。アサルトライフル持ち以外は全員サブマシンガンである。まさに特殊部隊といった風体に装備である。

 メガネが無線機を渡して来た。苦労して受け取る。そのままは使えないし、ハッチを開けて身を乗り出すのも危険だ。手早くダミーを噛ましてデータリンクし、ウィルス等が検出されない事を確認する。行ったのは軍曹だ。この機体にもHSLが搭載されている。情報の共有はお手の物だ。周波数を素早く合わせ、緊張感に包まれながら口を開こうとした時、ノイズの少ない声が聞こえた。

 

『──事情は大体把握した。俺はバッドカルマ。そのチーム、オメガの指揮官だ』

「自分達は地球連邦地上軍です。ここにいるジオンを一掃しに来ました」

『そうか。ふむ。成る程。こちらも目的(OBJ)は同じだ。戦争以外の軍事作戦(MOOTW)中、とでも言うか?まぁいい。オメガ、行動を共にしろ』

 

 彼等に向き直る。彼等も無線機から漏れる音が聴こえていただろう。そんな彼等に、中尉はゆっくりと語りかけた。

 

「話の判る人でよかった。こんな姿で申し訳無いですが、よろしくお願いします」

 

 軽く会釈を送る。足元では、ACGSの逞しい太腿辺りを小突きながら、ベレー帽の男が口を開いた。

 

「お前達は信頼に値する戦力なのかよ?」

「火力はお前もさっき見てたろ。ま、ハイキング出来るくらいの練度はあるだろう」

「装備は十分です。これは対歩兵用の強化服ですから。かなり昔の兵器ですが最新型にアップグレードされてますね。ベース機は……」

「田中、お前ミリタリーオタクか」

「常識ですよ」

 

 のっぽとベレー帽は相当実戦慣れしているらしい。無駄口を叩きながらも警戒は解いてはいなかった。ACGSを興味深く観察しているアサルトライフル持ちは何故か親近感が湧く。何故か、何か懐かしい感じがする。うまくやっていけそうかも知れない。

 イレギュラーだ。ならイレギュラーで打ち消そう。今までそうやって来た。だから今回もそうやって行こうじゃないか。中尉は気を引き締める。敵の敵は味方だが、敵がいなくなった時、その時の味方は味方のままである保証はないのだから。

 

「よろしくお願いします。俺はレッドサンライジング隊隊長、コールサインはSST01です。こっちがSST02、SST03」

 

 上腕部に取り付けられた銃口の方向に気をつけながら、中尉は身振り手振りで自己紹介をする。やはり、腕に直接取り付けてある、と言うのはどうも慣れない。"ジーク"も最近シールド裏に武器懸架しないからなぁ。個人的には好みなんだが、おやっさんは破壊されたり投棄されがちなシールドを高価なモノにしたくは無いらしい。当たり前か。この前伍長武器まみれにしたシールドそっくりそのまま落としたもんなぁ。ウチの部隊のシールドは既に裏側の2脚は取り外されオミットされている。格闘機能こそ中尉の反対から健在であるが、いずれは外したいとの事だった。"ビームサーベル"搭載も見送りである。つらい。

 まぁ、パワーがあるとは言え、前腕の重量増加はフレームへの負担やら旋回速度にも影響を与えるしな。人間には不可能なMSのみの強みではあるが、余計なものを沢山つけても始まらんし。まぁ、おいおい試して、洗練して行くしかあるまい。その為の"ブレイヴ・ストライクス"(我々)でもある訳だし。

 

「オメガ7でいい」

「お互いコールサインの方が都合がいいな」

「ですね」

「俺は……」

《SST02よりSST01へ。攻撃許可を》

「敵襲!!」

「SST02!03!応戦!」

《SST02、了解》

《ほいやー!》

 

 自己紹介も半ばで、軍曹がスマートライフルを指向する。その先には複数の開きつつある扉と、飛び出してくるジオン兵がいた。手近な遮蔽物に飛び込みつつある彼等に対しベレー帽の彼、オメガ7が叫びサブマシンガンを発砲、中尉の声で軍曹が射撃を開始、僅かに開きかけた他のドアへ針の穴を通す様な射撃をし、通路の中へ榴弾を送り込む。内側からの圧力で吹っ飛んで来たドアを片手で軽く弾き、押しのけながら、伍長も敵弾を恐れず突撃し反撃する。

 中尉は残骸に隠れ、手榴弾を投擲してきたジオン兵にお返しとばかりに機関銃を叩き込み、複数個跳んで来た手榴弾を雪ごと蹴り返し、1つを踏みつけた。踏みつけられた手榴弾はそれでも設計通りの効果を発揮、炸裂したが、中尉にとってすれば軽い音と振動こそすれ、戦闘継続に支障は無かった。それはACGSも同様で、全くの平気だった。深い雪では破片手榴弾の効果は大きく減衰する。それに、ACGSは言うなれば対破片効果防護服とも呼べる。機体表面の大部分を構成する炭素繊維複合材の装甲は、ソフトターゲットを目標にした破片等物ともしない。そもそも手榴弾の破片は、対象である人体内でストップする程度のものである。あまりに威力が高くとも、人体を貫通したり投擲手を巻き込んでは意味が無いからだ。勿論、破片効果圏内の人にとってはたまったものでは無いが、それはこのACGSの脚を止める理由にはならない。

 中尉は被弾を気にも留めず、真っ赤に灼けた銃弾を、まるでホースから迸る水の様に吐き出す機関銃を大雑把に薙ぎ払う。連射される弾丸に紛れた曳光弾が銃口から飛び出した瞬間、蒼く目に残る光を発し、次の瞬間残光を残すオレンジ色へと変貌、空を切り裂き光り輝く。それはまるで空中に描き出された線として見えた。その死のハードルは、空間を切り取る斬撃だ。敵は先制をかけたがその効果はまるで無かった。そもそも逆に展開前を軍曹に叩かれ、大人数が戦闘参加前に死傷しており、現在攻撃を仕掛けてきている敵の数はそう多くはない。視界の端では、大慌てで操作され閉まりつつある扉をパワーで無理矢理引きちぎり、中へ"ハイパーマスターキー"の銃口を突っ込み、容赦無く弾丸を叩き込む伍長が見える。深追いはしないが、追撃はするらしい。ならばこの戦力差だ。すぐにでも決着はつくだろう。足元に蹲るアサルトライフル持ちを庇う様に膝をつき、スクリーンに映し出されるターゲットへ向け無造作に引き金を引く。映る景色が暴力的な嵐の前に形を変えられて行くのを眺めながら、中尉はそうひとりごちた。

 

 中尉の予想通り、戦闘は直ぐ様収束した。オメガと名乗った者達が恐々と遮蔽物から顔を出すと、周囲の風景は更に一変していた。そこかしこに爆発の破片が突き刺さり、鉄骨が捻れ、壁はグズグズの蜂の巣の様になり崩れていた。絶望の悲鳴はもう聞こえない。悲痛な呻き声も。焼け焦げ引き裂かれた爆心地の真ん中で、立っているのはのんびりとまだ銃口から煙を吐き出す機関銃の空弾倉を外し、危なげなく交換する巨人だけだ。

 その巨人がゆっくりと振り返る。やや人型から外れた体型と、武器と装甲の塊でありながら、その動作はあまりにも人間臭い。そのシュールなコミカルさとアンバランスさ故思わず溢れた笑みと共に、オメガと名乗った日本人達は口を開いた。

 

「それにしても凄い装備だな」

「手榴弾前に無敵です」

 

 中尉は軽く腕を振り上げ、手首をクルリと一回転させた後ピッと親指を立てた。予め設定さえしておけば、この様にハンドサインも自由自在だ。おやっさん、時間無いのに本当に凄いな。頭が下がる。

 因みに手の操作はほぼオートだ。一応操縦桿のトラックホイールを操作する事で手を広げる、握り込むくらいの操作は可能だが、手持ち武器を持たない中尉はほぼロックしている。手持ち武器に関してもFCSが認識すれば自動で掴み、適正な保持力で握ってくれる。崖や壁などの障害物に対しても同様だ。勿論機体のバランスを保つ時にも使用される。距離を測る物、圧力を感知する物等の簡単なセンサーこそ装備されてはいるが、基本的にダメージを受けやすい箇所で、故障が戦闘に大きく影響を及ぼす関係上、やや大きめかつかなり堅牢に造られている為、繊細な作業には不向きだ。一応操縦者の動きを感知するグローブを装着してマスタースレイヴ方式で操作する事も出来るが、指の1本1本、そして指先まで複雑に動かす機会はまずなく、必要性はかなり薄い。ACGS同士の取っ組み合いや格闘武器を持った白兵戦が起きるなら重要になるかも知れないが、その機会は今後ともまず起こり得ないだろう。対装甲目標への格闘は一応考えられていたらしく、本機には保険としてショックアブゾーバーを搭載した対装甲ナックルガードやタガネの様に装甲の隙間に差し込み、内部へワスプナイフの様に爆風を送り込み装甲を吹き飛ばす大型バトルナイフ、同様な機能を電気に変更したスタンナイフ、腕部アタッチメントに懸架する大型火薬射出式スパイク等の近接格闘用オプション装備が多数用意されていたが、今回は装備していない。その機会は少ないだろうし、それを積むくらいなら予備弾薬を持つ方が現実的だ。最悪蹴ればいいしな。まぁ、そんな状況は滅多に生起しないだろう。

 

 因みに、手榴弾というものはソフトターゲットに対しては絶大な効果を発揮するが、目標がハードターゲットととなるとその威力は激減する。人間が投げる以上、高い威力と効果範囲、加えて貫通力を持たせ過ぎてもいけない武器なのだ。それに、破片で攻撃する兵器である以上、厚い雪の中ではその効果も大きく減衰する。中尉はそれを狙っての行動だった。正直焦りもあったが。内心ヒヤヒヤである。おくびにも出さなかったが。

 

「いいな。俺達も欲しいぜ」

「近代化して欲しいよ」

「予算が無いんだ」

『ハードに頼るな』

「ちぇっ。うるせぇんだから」

「どうせなら戦車が欲しいな」

 

 ベレー帽がボヤく隣で、のっぽはそう独りごちた。その視線の先には、旧世代の遺物であろう、朽ちた戦車があった。半ば雪に埋もれたそれは、擱座し、一見すると崩れた設備の一部にも見えた。しかし、それでも形を保ち、だが動き出す事は無く、ただ静かに眠りについていた。

 サイズこそ()()()MBTとしては普通ぐらいだろう。しかし、"ロクイチ"と比べると一回り近く小さく見える。それでも昔見た旧世紀の他の戦車と比べたらまぁ大きいが。力無く垂れ、地面に向けられた錆び塗れの砲も勿論1門しかない。昔なら当たり前であるが、"ロクイチ"を見慣れた身からすればどうしても寂しげに思える。砲の口径もかなり小さく見えた。105mmか?いや、大きく見積もっても120mmあるかないかぐらいだろう。千切れ飛び、だらし無く垂れた履帯、方々に転がる転輪は雪に殆ど埋まっていた。厚ぼったく、不恰好で昔のゲームに見られたポリゴンの様に直線的な外装に、腐食以外の損傷は余り見られない。近くの雪の中には、蜂の巣の様な物が落ちていた。恐らくスモークディスチャージャーだろう。兵器としての形は、今も昔もそう変わらないらしい。

 

 履帯、回転砲塔、装甲、そして主砲。それは確かに戦車だった。今も昔も変わらない、兵器の姿がそこにあった。

 

「侘び寂びだな」

「鉄錆だよ。廃品回収も首を振るさ」

 

 中尉もその過去の遺物をしげしげと眺めていた。かなり珍しいものだからだ。博物館で見たり、本で見た"ロクイチ"が採用される前の戦車にデザインは似通っていた。アメリカ合衆国製のM1"エイブラムス"と呼ばれた戦車にとてもよく似ている。詳細は判らない。朽ち、半ば自然へと帰り始めているそれを判別する事は専門家にも難しいだろう。だが積もった雪を退ける義理もない。中尉は嘆息する。

 しかし、しかしだ。"ロクイチ"と比べるとやはりサイズが余りにも違う。まるでオモチャだ。当時の常識では、コレが最適解、作り得る最強だったのだろう。逆に歩行兵器なんてフィクションでもリアルじゃないと否定されていたんじゃないだろうか。古びた今の常識外れが、朽ちたかつての常識を見下ろす。皮肉なものだ。

 

「こんな古いの役に立ちませんよ」

「馬鹿言うな。軍隊のことわざで優れた兵士は優れた兵器に勝るって言うぜ。でもテクノロジーだよな」

「どんな気分?」

「ドラえもんの気持ちになるですよ」

 

 誰かが吹き出した。それに伴い含み笑いがやがて大きくなり、輪唱の様になった笑い声が谷に響く。どこまでも。雪崩とか起きなきゃいいけど。

 そして、どこまでも歩いて行ける歩き出した脚は、その足跡を刻んで行く。吹雪は変わらず、だが少しずつ収まりつつある。次の建物は、もう目の前だった。

 

 鉄の脚が紡ぎ出す心地良い振動。中尉はあくびを咬み殺す事に専念しながら、改めて情報を整理、精査して行く。静かに渦巻く暗闇に、ボンヤリと光るサブスクリーンに投影された地図には、既にかなりの情報が踊っていた。目紛しく更新される天気、風速、気温、湿度等の環境情報から、高度、地形、施設の位置、名前等の地図情報。そして、小さく、だが確実に揺れ動いているのが友軍の位置、判明した敵の位置、予想敵分布、重要物資が集積されているだろう箇所等の生きた情報だ。

 いくら上等兵が天才的な情報処理能力とクラッキング能力を持っていても、物理的に切断された、オフラインの箇所は完全にお手上げだ。電子の世界にて道がないと言うのは、その先の世界が存在しないとの同義だ。そこで中尉はそのオフライン領域のみを通って来たオメガと名乗る特殊部隊と情報を交換、共有したのだ。

 その結果、施設の名前、場所がさらに明確に特定された。未知の領域は殆ど無くなり、最新の情報で既存の情報を上書き出来たのは本当に助かった。更に、上等兵が情報の取捨選択をしつつ、軍曹が交渉の席に着いた結果、彼等についてもだいぶ判ってきた。傭兵であるとか、上から何も聞かされてはいないとか、ただ利益の為に動いているとかである。

 

 一応彼等とは友好的とも呼べる協力体制を築けたと考えているが、念には念を入れるべきだと上等兵による照合の結果、彼等の渡して来た情報との齟齬はほぼ無く、信頼しても良さそうとの事だった。しかし、人間嘘発見器である軍曹によると、それ以外の、彼等についての情報においては大半が(カバーストーリー)で塗り固められているとの事だった。装備こそこちらが大きく上回っているが、舐めてかかると痛い目に遭うだろう、彼等は寄せ集めの兵士であろうが、汚れ仕事(ウェットワーク)に慣れた不自然な程場数を踏んだ経験豊富な連中、と言うのが軍曹の印象らしい。

 秘密は、隠す者がいるから秘密になる。彼等には何かがある。中尉はそれを聞いて舌を巻いた。彼等は、実に強かだ。多くの真実に嘘を混ぜ信じ込ませる事に長けている。そして、それでいて自分達に不都合が起きない様分別も弁えている。視界の端に連なる軍曹のプロファクティングレポートを見、中尉は頬をかく。迂闊な発言は出来無い。軍曹に任せるべきだ。

 

 嘘を嘘と見破れるのなら、その裏側が判る。嘘と真実の境を確かめると、相手の本音が自ずと浮かび上がってくるものだ。嘘をついたり、隠し事をしながら会話すると言う事は、常人には負担が大きく、ただ雑談するだけでも色々と矛盾点が出て来る。そしてそれを取り繕う為に、新たな嘘を積み重ね、矛盾や違和感は膨れていく。そして、そこに隠したい本音が現れるのだ。また、自分を騙し、自分に嘘を真実と思い込ませる事の出来る人や、嘘をつき慣れた人は一筋縄ではいかないが、その様な事が出来る本来頭がいい筈の人が、わざと内容を遠回りな言い方をしたり、複雑にし煙に巻く様な話し方をする時等、何故わざわざこんな話し方をするのか、と言う時は大概秘め事を持っているものなのだ。決断を急かせるのは詐欺師の特徴、なんて話も聞く。要は、人は往々にして何かを抱え、隠し、信じられない所がある、と言うところか?

 しかし、中尉はその事は記憶の隅に留めるに抑え、気にしていなかった。彼等の本音は、自分達の事はあまり知らせたくないが、核はなんとかしたい、そんな所だろう。だから、少なくとも今は目的が同じである為、行動を共にするのが一番だと思われた。中尉は少なくともそう判断した。油断ならない相手ではあるが、だからこそ味方にしたら心強く、敵に回すと厄介だ。今はお互い信用するのだ。信頼でなく、利用し合うのがいい。こちらだって所属を偽っている。お互い様だ。向こうもそれに気付いてると思われる。だから、お互いに踏み込まない。それが最善だ。

 それに、最悪裏切られても装甲に覆われたこちらが即死する事は無く、対してこちらは確実に彼等を相討ち以上の被害を被らせる事が出来る。彼等もプロだ。かなり手練れの人質救出部隊または人質対応部隊(HRT)っぽい動きだけども。ACGSの性能も理解しただろう。下手な手は打たないと思われた。

 

 中尉の不安の種は伍長だったが、それも杞憂で終わりそうだった。伍長も余程焦らなければ、何だかんだで口を滑らせていい情報とダメな情報は大体把握している。そもそも知っている事も少ない。それに間違って覚えてる事も多い。懸念事項であった不信任感も無さそうだった。中尉の知らない内に、伍長も知らされない事は知りたいと思わない、判らないものは判らないなりに気にせず、受けとめる度量を身につけたらしかった。伍長も正しく兵士になって来たのだ。

 

「こちらSST01。件の核弾頭保存棟へ侵入したが……この山積みになっている箱は何だ?」

「おい、鉄の味がしないか?」

「気のせいだと思いますよ。そこまでの影響は無い筈です」

「やれやれ。変に知識つけるからだな」

 

 バキバキと張り付いた氷を砕き、轟音を立て開いたハッチから、中尉は慎重に一歩を踏み出した。油断無く薄暗い室内を見通すも、その視界は悪い。あいも変わらず雑然と積まれた資材だらけだ。センサー等に反応は無いが、しかしどうも、チリチリと肌を焼く様な、嫌な感じがする。その予感は正しかったらしい。扉の開閉と合わせ、少しずつ音を立て始めたガイガーカウンターは、今や耳障りな音で大合唱を始めていた。

 中尉は顔をやや顰め、緩やかなスロープに足を取られない様にゆっくりと足を運ぶ。集音マイクが雑音を拾う。いや、雑音を際限なく吐き出し始めた。マイクに放射線がぶつかり、雑音として拾われ始めているのだ。隙間から粉雪が舞い込み吹き溜りを作り始める中、目の前で更に開きつつある錆びついた扉を注視し、思わず立ち止まる。その時朽ちた何かを蹴飛ばしたが、それどころでは無かった。眼前に広がる異様な光景は、中尉の目に焼き付いていた。

 

 そこには、そこまで広いと言えない空間を埋め尽くす、大小様々な物体の森があった。

 

《すごいいっぱいありますね!何これ?ガラクタ?》

「……ならよかったんだがな」

「チョベリバ、ですね」

「何だそれ?」

「知らないんすか?」

《あ、きっと最新のコーヒー沸かし器……いや違う、かき氷を作る機械だ、間違いないです!こっちは温水装置です?》

《こちらウィザード01。いえ、恐らくは──いや、それが廃棄核弾頭です。それに、使用済みのプルトニウムが──そのまま放置されてます》

「──そのまま、ですか。連邦の管理もずさんなものですね」

「こんなにか」

 

 その場にいたもの全員が、圧倒され思わず立ち止まった。

 ありとあらゆる形の何かが、奥に奥にと物が詰め込まれ、積み上げられ、視界を塞ぐ様に鎮座していた。無造作に立てかけられた長い棒状の物、転がる尖った円錐形の物、崩れた鉄の箱、木箱、そして壊れた箱から覗く円筒形の物。得体の知れない袋や、転がされたドラム缶も膨大な数だ。倒れた容器から溢れた粒々は、見た目こそ普通であるが危険なペレットなのだろう。ここには、全てがある気がした。

 そう、そこには、ありとあらゆる破壊の残滓が、そのままの姿で見つけられるのを待っていた。

 

『……西暦が終わり、宇宙世紀が始まって三四半世紀が経ったが、今なお核廃棄物の処理にはこれと言った処分方法が確立されていない。宇宙へ飛び出した技術の進歩と共に、いつか必ず処理出来る技術が生まれると信じて疑わず、見たいものだけを見て、それ以外を忘れ、目を背け続けて来た末路が、これだ……』

『え?』

『このボケ!カス!無知と貧困は人類の罪だ!』

『畜生…いつかこr……』

 

 同時に、現着した核緊急支援隊(NEST)と輸送部隊からも悲鳴の様な報告が飛び込んできた。なんと、コレ以上に広く大きな格納庫にありったけ詰め込まれたものを何棟も見つけたらしい。とても人手は足りず、"アサカ"にすら運び込み切れるか、と言ったレベルらしい。

 まさか、ここまでとは。中尉は目の前にうず高く積まれた破壊の権化に、人類の愚かさの片鱗を感じた。積み重ねられた人類の狂気と叡智の結晶に、開いた口が塞がらない。閉口したくても出来ない。なんてこった畜生。最悪だ。俺まで鉄の味がしてきやがった。タフだ。フーバーだ。ナンバーテンだ。いや、ナンバーテンよりも酷い(ワン・サウザンド)。魔女のバァさんの呪いだ。この魔女の鍋は、この世界の最悪をまとめて煮込んだ災厄そのものだ。

 

「うわ、"ピースキーパー"ですよコレ!"アトラス"、"トーポリ"、コレは"エマード"、"トライデント"も……。中距離弾道ミサイル(IRBM)大陸間弾道ミサイル(ICBM)に、短距離弾道ミサイル(SRBM)準中距離弾道ミサイル(MRBM)潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)まで……まるでテーマパークに来たみたいだ。弾頭だけからうわ!ロケットモーターが付いたものまで……」

「お前ミリタリーオタクか」

「常識ですよ」

 

 アサルトライフル持ちが駆け寄り、辺りを見回し解説を始めた。大体全部同じに見える中尉は素直に感心する。旧世紀の、各国のミサイルをよくもまぁ識別できるものだ。しかも弾頭の一部しかないものも多い。本当に何故判るのか理解に苦しむ。そして判って他に判る人はいるのか?

 目を話した隙に、軍曹は無駄のない動きでその間をすり抜け、つぶさに確認して行く。中尉も一番近くに転がっていた弾頭へ近寄り、それを見下ろした。大きな円錐状のそれは、破壊の意志の塊だ。そう思うと禍々しく見えるそれは、無機質な金属の塊だ。途端に震えが来た。何故かはわからない。だが、中尉はこの空間に釘付けになった。

 

(スピア)に載ったままのもある。どこ見回してもタチの悪い爆竹だらけだ」

「酷い有様だな。再濃縮すりゃ馬鹿騒ぎじゃ済まされないぞ。世界を軽く数十回は吹き飛ばせる」

「今回はタマのガードつけてきてよかったな」

「気休め程度ですけどね」

チョベバ(・・・・)だな」

「チョベリバです」

 

 一通り見て回って来た軍曹曰く、信管は全て外されているらしい。整備点検や再濃縮した形跡も見られず、核反応の心配は無いらしい。それを聞き、必要最低限の部分だけを可能な限り回収する、少々手荒くなるかも知れんが、と言う言葉を最後に、輸送部隊は慌ただしく通信を切った。少しばかりの時間も惜しいのだろう。世界を救う作業に専念する為だ。

 呆けてはいられない。自分も動かなければ、しかし、金縛りの様に強張った身体は言う事を聞かない。目線を上げられず、足元を見れば、この寒さでも凍りつく事のない液体が、足元まで流れて染みを作っていた。ロケットモーターの燃料が変性し、タンクを腐らせ垂れて来たのか?判らない。かつては磨き上げられていただろう胴体を茶色く変色させ、形を歪ませた円筒形は煩雑に積まれたままだった。その隙間から垂れる液体は、世界の毒を示すかの様だ。

 結局、動いたのは、口だけだった。

 

「何というか……思った以上に世界は雑なんだな」

「雑じゃなきゃ生きていけない奴らもいるのさ」

「俺らみたいなのが生きていけないぜ」

「全くだ」

 

 中尉の独り言は彼らにも聞こえた様だ。スピーカーモードを慌てて切るが、オメガの面々は、そう言って溜息をついた。転がった箱を蹴っ飛ばしている者もいる。その事に、中尉は少なからず衝撃を受けた。彼等は、初めてじゃないのか。コレを見て、その感想なのか。彼等は、一体……。

 

「どんなに根が真っ当でも、真っ当に生きられない事なんてザラさ」

「それは……」

 

──誰の事ですか、と言う言葉を継ぐ事すら出来なかった。

 

「今のお前みたいに。雑じゃなきゃ、そう言ったヤツらはどこにもいられないのさ。けどさ、だからこそ。あんたはまだ若い。真っ当な生き方に戻れるなら戻るのが一番さ」

 

 言葉が重い。胸に突き刺さり、沈み込む様だ。震える手で、胸を抑える。動悸が酷い。汗が止まらない。息が苦しい。目眩がする。鉄の味が強まった。強張る身体に、腹が軋み、胃液が逆流しかける。こみ上げる吐き気も酷い。中尉は俯き動きを止め、それらが去るのを待つ。しかし、軽くなりはすれど、完全に消えて無くなる事は無かった。

 遮蔽は完璧だ。それはガイガーカウンターが証明している。放射線障害では無い。それでも、この事実は言葉ともに見えない矢となり、中尉を貫き続ける。

 それでも、目の前の光景から目は離せなかった。離してはいけないと思ったからだ。記録はされない。放言する者もいないだろう。この事実は闇から闇へ、今度こそ葬り去られる。永遠に。

 

──だから、せめてでも。

 

「セルフ・ディフェンス・フォースなのに、ですか?」

「俺達自衛隊(・・・)じゃねぇもん」

「やり直すチャンスがあるなら、ふいにしない事だ。そして、アンタはまだその機会を失ってはいない。そうだろ?」

「──そう……そう、ですね。はい。肝に銘じておきます」

 

 背後から慌ただしい足音がする。焦りの混じった賑やかな声も。また、高性能な聴音センサーとジャイロが、かすかなエンジン音と共に床が小さく振動を始めているのを捉えた。こちらにも漸く輸送部隊が到着したらしい。ここももう直ぐ戦場になる。俺達が戦えない戦場に。肩の荷が少し下りた中尉は、ゆっくりと物言わぬそれらに背を向け、歩き出した。もう躊躇いは無い。自分にも仕事がある。やるべき事がある。ここで止まる訳には行かない。行かなくては。ここでない、どこかに。

 

──自分の戦場に。

 

「──行こう」

《SST02、了解》

《……はい!》

《最後まで、見届けます》

「小松、ポイントマン」

「また俺かよ。手当て増やしてくれ」

「お前が一番ベテランなんだよ」

「知ってるよ。知ってる。俺の仕事さ」

 

 こんなにも残酷で、酷く醜い世界を、それでも救う為に。

 愚かで、反省しない人類を、それでも、救う為に。

 

 繰り返し、韻を踏む歴史に、それでも、と、仮初めの終止符を打つ為に。

 

 開かれた扉から指す光は、まだ朝陽では無かった。まだ闇の中にいる。その中で終わらせられればいい。本当に。

 

 すれ違う青い顔をした兵士達に軽く手を振りながら、中尉は心の中でエールを送る。頼むぞ。俺は俺の仕事を、君は君の仕事を。世界の為に。

 

 センサーが収まり始めた吹雪の音を拾う。真夜中であるにも関わらず妙に明るい雪原は、とても現実のものとは思えない。混迷を極めた地上からは、遥かなる星は、まだ見えない。

 

 

 

『次の世代に、あんな思いをさせてはならない』

 

 

 

白き闇と光の彼方に、閃光は輝く……………………

 




お待たせしました。二次創作故のめちゃくちゃをやっております。

世間はコロナ禍と、五輪に揺れてます。そこへ豪雨です。試練の年です。

それでも、自分はなんとかやっていけてます。久々に文を捏ねて、なんとか思い出しながら捻り出しましたが、だいぶ初期とは変わって来たのかも、なんて思っていますが、どうでしょうかね?
まぁきっと、この駄文を読んでいる人もそうであるはずです。変わって行くのは常ですから。だから、その変化を楽しめたらと思います。そして、その当たり前の幸運を抱きしめて、それを少しでも他の人と共有出来たら、きっと世界はもうすこし良くなると思います。

ガンダムは遂に閃光のハサウェイが映像化し、上海では1/1の新たな立像が立ち、ガンプラは転売され、これは良く無い事ですけれども、人気故でもありますね、そしてこうして二次創作をする人もまだ元気です。本当にすごいコンテンツなのだと再確認した次第です。この作品を好きになって良かったといつも思います。

まとまりのない文になってしまいました。自分の中で、この作品の終わりはもう決まってます。でも、遅筆故、ハサウェイ3部作が終わってもまだ終わらないと思います。永遠に終わらないのは避けたいですけれども、保障はありません。最悪ですね。それでも、たまーに覗いて、最新話が出てたら読んで楽しんでもらって、感想でもいただけたら何よりです。

それでは、激動の時代を生きる私達全員に、幸運が訪れる事を祈って。



次回 第七十四章

死を踏み、今を歩む

「捕虜にならない、捕虜を取らないだ」



ブレイヴ01、エンゲージ!!

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