機動戦士ガンダム U.C. HARD GRAPH 名も無き新米士官の軌跡   作:きゅっぱち

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待たせたな。


第七十二章 最果てへと至る道程は

宇宙世紀は既に、雲を払い、空を貫き通し、見上げればそこにある宇宙を真に身近な世界へと変えた。

 

月にまで手を伸ばした人類は、次なる目標を木星に定め、いつかオールトの雲を越える事を夢見ていた。

 

重力の軛を振り切り、押し出された人間は、かつて憧れ見上げていた宇宙に住み、架空の空を河へ映し生きてきた。

 

爆発的に広がる人間の世界に、取り残された場所は少なからず存在した。

 

無慈悲で行き詰まった極地より、厳しくも限りなく広がる宇宙を人類は選んだ。

 

宇宙の新天地と、地上の楽園の裏側。

 

忘れ去られた土地は、宇宙よりも、遥か遠く。

 

ここは、世界の片隅。果ての果て。

 

もう1つの、宇宙よりも遠い場所。

 

 

 

── U.C. 0079 10.4──

 

 

 

 また、風が吹く。視界が揺れたような気がした。気がしただけだ、判らない。真っ白だ。何も見えない。視界は限りなくゼロに近い。白で塗りつぶされた世界。ホワイトアウトというヤツだ。目を瞑っても差し込む様な、眼を刺激する程の純白は、白銀の世界と呼ぶに相応しい。その光の結界は、人を拒むかの様だった。この這い寄る冷気の様に、人を蝕み、消耗させて行く。猛吹雪はお互いに声を掛け合おうと逸れ、道に迷う程人の方向感覚を狂わせる。白くらみである。人は、荒れ狂う自然の前には無力だ。立ち向かおうとしても、死が待つのみである。

 森羅万象は、全て力を持つものだ。非力な人間は、対抗しようとも大概の場合は振り回されるしかない。それは宇宙世紀となっても変らない不変の事実だ。

──見えぬ物を恐れるのは臆病者だが、見える物を信じ過ぎるものもまた愚か者なり。よく言ったモノだ。この渦巻く白の中に、何か得体の知れないバケモノが潜んでいる様に思えてならないが、実際はそんな事は無いだろう。だが、この見える白は果たして俺に何をもたらすのか。そして、何を奪うのか。信じるに値するものとは何なのか。いや、この眼に映る視界全てが危険なバケモノなのか。視界に張り付く白はただのノイズだった。ワイパーがそのノイズを除くが、とても間に合わない。視野は少しずつではあるが、だが確実に狭まって行く一方だ。真綿で首を絞められている様な感覚に背筋が凍る。視界が生きる残り時間を暗喩しているかの様だ。

 時間制限(タイムリミット)は確かに迫りつつある。世界終末時計はただ静かに刻を刻んで往く。その先の世界を旅行する予定はまだ無い。氷結した世界、誰も知らないここは、あの日のカリブ海に浮かぶ島よりホットなのかも知れない。

 

 しかし、中尉達は、ただのヒトでは無い。負担にヒクつく眼を凝らせば、吹きつける白に混じり、微かな稜線を描き降り積もる白を見とる事が出来た。かつてこの地に住んでいたと言われる民族、"イヌイット(エスキモー)"は多くの白を認識出来、白を表す100を超える言葉を操ると聞いた事がある。それは嘘である、とも聞いたが。とにかく、今はそれが正しい事の様に思えた。確かに言葉の上では同じ白だが、言い表す事の難しい微妙な差異は確かにあった。吹き付ける雪、渦巻く雪、地面の雪、岩の上の雪、木の上の雪、雪の稜線……淡く濃く、薄く深く、浮かび上がる様な白は限りなく幻想的だが、音も無く忍び寄る冷気と、感覚を麻痺させる様な耳元を吹き荒ぶ風がこれが現実であると告げていた。

 その白の中でも、見上げれば途切れ途切れの視界の隅に、黒々と天を突き刺す剣山の様な針葉樹に紛れ、微かな黒が見て取れる。真っ黒で刺々しい間隙の先の闇。宇宙は空にある。群青(ダークブルー)を越え、真っ黒なペンキを満遍なくぶちまけたかの様な、限りなく宇宙に近い空。吸い込まれそうな程の黒は、高緯度特有の深い夜空だ。ブラックホールの様に全ての光を呑み込む北極圏の空は高く、遠い。今夜の混迷を極める地上からは、星もオーロラも見えない。ただ永遠と続くだろう黒い空間が広がっているのを感じるだけだ。

 

 限り無く、果てし無い白と黒。それが、この世界にある全て。

 

 ここは世界の果て、北極圏。極寒と死が支配する、隔離された世界。雪と氷が積み重なり、流氷が耳をつんざく様な音を立て軋む極地の1つ。海をも凍りつかせる凄まじい冷気を孕む、世界を二分する最北端の海峡。時には大型輸送船すらも呑み込む高波の海、それがここ、"ベーリング海"だ。

 そこに数多く浮かぶ島々、不揃いで不恰好なネックレスの様に連なる"アリューシャン列島"に属する小さな諸島の1つ。火山活動によって生まれた小さな隆起。既に生みの親である"オールド・モセス"は休火山となり久しい。加速する地球温暖化による海面上昇に伴い、迫る水没に抗うのは、地元民すら近寄る事の無い、かつての拒絶を今尚貫く幻の島。歴史からは抹消され、今は既に知る者も居らず、存在を消し去られた、忘れ去られた島、それこそが"シャドー・モセス島"。

 

──人類の終局、世界の終焉をもたらす封印された地。

 

 地球連邦政府による緩やかな、だが断固たる、気が遠くなる程の時間、それこそ世紀をまたぐ長きに渡る情報操作で、歴史から消されて久しいその島は、それでも確かに存在した。岩に打ち付け泡を砕き、荒れ狂う波と猛然と吹きつける吹雪の中に、切り立った黒い影を今も尚投げかけ続けていた。ゴツゴツとした真っ黒な岸壁は垂直にそそり立ち、来る者を拒むかの様で、その上を覆う万年雪は時折崩れ、青さより黒さが目立つ仄暗い海中にその身を投じていた。

 それは中尉に取り、まるで自分が1人になった様な心細さを加速させた。ここはもう、神の御加護も人の掟も及ばぬ土地だ。直ぐ隣に居るだろう味方すら見えないからかもしれない。それどころか、自分が踏みしめているこの地面すら幻の物と思えてくるぐらいだ。もしかしたら地面など無いのかもしれない。氷河の上なのか、大地なのか。白だけ。真っ白な何もない空間。自分1人。世界に1人。世界と向き合う自分は頼り無く、それが恐ろしい。身震いする事も忘れ、現実との境界を失って行く。囚われ、ゆっくりと呑み込まれて行く感覚。その感覚すら薄れ始める。この白に溶けてしまう様に。

 

《──隊長?聞こえていますか?隊長?》

《しょういー、どったのー?》

《中尉》

 

 外部センサーが拾う吹雪の音を掻き分け、暖かな声がインカムを満たす。生きとし生けるものが持つ暖かさだ。それが中尉を引き戻した。

 ハッと中尉は思わず息を呑み、唾を飲み込む。全く、最近はいつもこうだ。シン・レッド・ラインじゃあるまいし、大概にしなければ。こんな事でパイロットが務まるのか?今の俺はパイロットと言えるのだろうか?今の俺は何なのだろうか。

 

「な、何だ?」

《こちらSST02。LM"GB"を、確認した。情報に、誤りは無い》

「あ、あぁ…了解。各員、応答しろ。全員いるか?」

 

 その言葉に慌てて中尉はセンサーをパッシブにする。そして、目眩がする程の白の奥に、一瞬であるが人工物のシルエットを確かに捉えた。天を突かんとばかりに建てられた、今もなお並び立つ巨塔だ。かつて某国の世界の貿易を司ったタワーの様なその威容は、吹雪によって視界が直ぐ様再びホワイトアウトし、その塔を覆い隠してしまった。だが、中尉の目の前の画面には地形と予想図、そして一度確認したデータと言う形デジタル画像として処理、リアルタイムで投影され、その像を浮かび上がらせていた。

──あれが通信棟か。俺達の通称は"GB"。"ゴーストバベル"だ。機能はしていないが、まだ朽ちずそそり立っているな。それにしても、上の方はなんだありゃ?空爆でもされたのか?かなりめちゃくちゃに潰れてるぞ?でも"GB"だから耐えたのか?

 

 ま、それにしても、機能、か。そりゃしないだろう。機械、設備と言うものは基本的に建てておしまい、作っておしまい、と言うものはまず無い。どんなものも点検、整備、補修が欠かせないものだ。機械と言うものは人間と同じ様に働かせないとダメになるが、働かせ続けても休ませ続けてもダメになるのだ。よくポストアポカリプスもののSF作品では古代文明の遺跡として現代の設備が活きていたり、ガラクタや廃車からガソリンを抜いたりするが、残念だがそれはまず不可能だと言わざるを得ない。

 機械や設備は風雨にさらされ続ければ、あっという間に風化、劣化する。インフラ設備等も同様だ。例え嘗ての形を留めていようと、全くの別物、スクラップに早変わりだ。それはこんな極地になればなる程加速的に進行していく。器が傷めば、中の機材及び資材、つまり電子機器やガソリン等も酸化し、あっという間に変質してしまう。つまり、もし世界が滅びたら、専門職の人が多数生き延び、潤沢な資金や資材を投じ定期点検と修理を欠かさない限り生き残った人々は便利な機械や設備をあっと言う間に使い潰し、クメール・ルージュもびっくりの原始農業生活が幕を開けるだろう。まぁそれじゃお話にならないか。今手の中に収まっている銃だって弾丸だって消費期限はある。また、定期的には普通分解以上のオーバーホールや部品の交換もしてやらないと動かなくなる。形あるもの全て崩れるものだ。例え形を変えなくとも、変わって行くものなのだ。永遠など、ありはしない。決して。

 

 そう、不完全な人が作り出したものに、完全があろうか。永遠など、ありはしないのだ。それは、常に時代の最先端技術と枯れた技術を使い続け、使い潰されて行く兵士が一番知っている。特に、"()()()"が一番知ってるかもな、そう思い、中尉は手首を軽く回し、操縦桿を握りなおした。

 

『こちらマインスイーパー01、問題無し』

『こち…シーカー01。問題無し』

『…ちらアーク01、少々遅…ているが、問題無し』

『こちら…』

 

 鶴の一声が響き渡ると、静まり返っていた無線機がおしゃべりを始め、見えない電子の線の奥、繋がった各々が返事を返す。時々音声が不明瞭なのは、おそらくミノフスキー粒子の影響で無く天候の所為だろう。極短距離のバースト通信とは言え、大気状況があまりにも悪いと流石に無理が出る。これ以上の質を求めるとするならば、量子通信等になるだろうが、実用化まではまだ遠い。相変わらず夢物語だ。旧世紀からずっと研究され続けてるハズなのに。

 まぁ、それまでは、この不安定さとも上手く付き合っていかなければならない。

──テクノロジーが、魔法と変わるその日まで。

 

「"ギジンさん"の調子はどうだ?問題はあるか?」

《ぜっこうちょー問題なし!何かの遠吠えも聞こえますよーワォーん!》

 

 中尉がそろりと投げたボールを間髪入れず打ち返したのは、やけにハイテンションな伍長だ。中尉はその言葉に苦笑を漏らし、雪に埋もれる針葉樹林に目をやった。確かに、先程から狼か何かの遠吠えをセンサーはしっかり拾っていた。行く手を阻むかの様に鬱蒼と生い茂る暗い森の先の、それらしい熱源もだ。何かが自分達を見張っていた。人間では無い。そして、それを見る時、見られている物なのだ。この雪の白の深淵の奥の奥、神でなく、仏でなく、何かが。

──狼か。見た事が無いな。()()()なら襲われても大丈夫だろうが、生きた心地はしないだろうな。勘弁願いたいものだ。視線を再び前に向け、研ぎ澄まされた刃の様な稜線を輝かせる白銀を見つめながら中尉はそう考えた。

 極寒の何も無い所だとは思っていたが、こんな土地にも生命の息吹は確かに息づいていた。彼等は、今も昔と変わらない生き方を続けているに違いない。狼は仲間思いであり、お互いを助け合いながら群れて行動すると聞く。あの遠吠えも我々を警戒していて、威嚇やコミュニケーションなのかも知れない。一瞬、敵に勘付かれる前に始末すべきという考えが脳裏をよぎるが、直ぐ様否定する。それこそ危険だ。群れで生活する野生動物に、下手にちょっかいを出す程危険な事は無い。それが高い知能を持つ大型動物であるなら尚更だ。ジオンだけで手一杯だと言うのに、それ以外に知恵の狼(レイフ)まで相手出来ない。触らぬ神に祟りなしだ。中尉はスクリーンの一角に表示されたビロードの如き白銀の毛並みを持った獣を見つめる。こちらを見つめ返す黄昏色の一対の瞳は、まるで彫刻の様に動く事は無い。人間が勝てる相手では無い事をそれだけで推し量れる。悟れない者は死ぬだけだ。

 

《こちら、SST02。問題、無し》

「よし。戦闘は極力避けろ。敵に気取られるな。これよりガードチャンネルに切り替える。歩行モードも変更しろ。敵戦力は情報によれば250人程度、MSは無しだ」

 

 一度言葉を切り、中尉は深呼吸する。さて、ここからだ。

 逆巻く吹雪は相変わらず。空気まで音を立て凍りつく極寒のうねりも相変わらずだ。だが、自然の牙は俺達には届かない。雪も深く、コイツでも足を取られるが問題は無い。流石おやっさん。全て正常、オールグリーンだ。

 

「SST01より全部隊へ。これより突入を開始する。SST02。ポイントマンを頼む」

《こちらSST02。了解》

《えー?わたしじゃないんです?》

「まずは、なSST03。よく見とけよ?」

《せっかくの近距離装備なのに…》

 

 それはお前が弾を当てないからだ。中尉は声に出さず嘆く。事実を指摘しわざわざ士気を落とす事も無い。その必要も無い。それでいい。伍長は自分達に必要なのは今も昔も、未来も変わらないだろうから。

 

 中尉のボヤきも、伍長の言葉は最もである。だがぶっちゃけると経験の浅い女性兵士(WAC)を矢面に立たせるのは気が引けるが、自分が仲間の射撃で死ぬ(チープキル)のもゴメンだ。一番槍の一番先頭なら、前にいるのは敵だけだからな。頼むからみんなと同じ方向に撃ってくれよ。敵が出て来たら、な。

 軍曹はスカウト、コンバットトラッカーとしてもかなり優秀である為、最も危険と言える先頭も安心して任せられるが、同時に勿体無くもある。オールラウンダーの軍曹には常に臨機応変に対応する為備えて欲しい。しかし、隊長である俺が前に立って真っ先にヤられるのも考えものだ。軍曹ならすぐ指揮を継いでくれるとは思うが、お荷物になるのはゴメンだ。結局、初めは軍曹、俺、伍長の順番だ。消去法で一番マシになると思った上での布陣である。

 ふと気づく。微かにであるが、視界が晴れ始めている。あれ程雪を叩きつけて来た吹雪が、少しずつ収まり始めた。地形の影響か?中尉は眉を顰め、そして、目の前に現れた明らかな人工物、朽ちかけたコンテナの様な物に身を寄せ、油断無く周囲を索敵する。視界の隅で軍曹が音も無く先行し、同じく遮蔽物に身を隠した。安全を確認しているらしい。

 身動ぎし、ゆっくりと立ち上がろうとする中尉を軍曹は制止し、その姿勢のまま、ハンドシグナルで停止を出し、流れる様な動作で前方を指差した。身体に緊張が走るが、強張りはしない。ゆっくりと首を回し、数瞬の間を置いてハンドサインで応えた。使える道具は基本出し惜しみせず使うべきだが、隠密行動中は別だ。使わなくて済むのなら電波を発すると言うリスクのある無線は使わないに越した事は無い。逆探知に盗聴、ジャミングも難しいレーザーによる短距離バースト通信と雖もそれは同じだ。

 中尉はその先へ目を凝らす。しかし白の中には何も見つけられない。視界をサーマルモードに切り替えた瞬間、視界に赤く何かが浮かび上がった。ネックレスの様に、蛇が蛇行した跡の様に連なるそれは、動物によるものでなく、何者かの足跡だ。ズームし、それに反応した機体が解析を行い始めた。ソールパターンは連邦軍が正式採用しているものでは無い。足跡の淵は切り立っており、かなりエッジの効いた足跡だ。やや引きずっている。足跡はそこそこ深い。この吹雪だ。ほんの数分で足跡など跡形も無く消えてしまうだろう。この足跡は、かなり新しいと見て間違いないだろう。

 

──ビンゴだ。

 

 足跡が続く先、吹雪の合間に、巨大な門がその姿を表す。特殊合金で作られているらしいそれは、所々塗装が剥げ、朽ち、ボロボロになっていた。極地の軍事施設と雖も、長年の厳しい寒さと湿気の前に腐食し、穴が空き、その上を覆うかの様に雪が張り付き白く染め上げられていた。フェンスは破れ、監視カメラは根元から折れ、地面にその身を横たえている。横に備え付けられていた階段のステップは既に無く、その上を飾っていた投光器は分厚いガラスを方々に散らばらせ、胎にこれでもかと言う位雪を溜め込み沈黙を保っている。しかし、それでも黒々とした重厚なシルエットは、大規模な軍事施設としての威容を未だ失わずにいた。

 

 それは、地獄に現れた、魔王城の門の様で。

 

 彼の頭の中で、銃声が鳴り響き始めていた。

 

 

 

──U.C. 0079 10.3──

 

 

 

「今回の作戦の主目的は、敵の本隊に強襲をかけ制圧を行い、敵戦力を撃滅させる事が一つ。つまり、いつも通り、敵を1人残らず殲滅する事だ」

 

 青に近いグレーを基調とした壁は、いつも通りのイメージを部屋に与えていた。色と言うものは、その存在だけで大きな心理的効果を発揮する。薄暗い室内に、少ない光源で照らされていれば尚更だ。一面の寒色。空調が効き過ぎた室内は肌寒く、まるで靄の中の冬の日の朝の様だ。子供の頃行った富士山でのキャンプを思い出す。あの日も素敵な冬日和だった。ぶっちゃけ夏もそんな感じだったけど。つーか夏の時の雰囲気の方が似てる気がする。中尉は呑気に頰をかく。

 しかし、物騒な文言が並ぶ所から始まったブリーフィングは、ユルさもいつもの落ち着きも感じられなかった。どこかざわついている。誰もが敏感に艦内の雰囲気を感じ取り、この時を待って居たからだろう。

 

 "ブロークンアロー"、そして"チャイルドソルジャー"。今"アサカ"艦内はその2つの話題で持ちきりだ。箝口令が敷かれていたが、人の口に戸板は立てられないものだ。それに、艦内で完結する分だけまだマシだろう。艦長も副長も特に徹底せず、処罰も考えていない様だ。そして、今からそれは暗黙の了解、公然の秘密とやらになるのだろう。人の営みはそうやって出来て行くのだから。

 

「そしてさらにもう一つある。こっちがメインとも言えるだろう。コレだ。作戦エリア(OA)に格納されているだろう、重要物資を奪還、確保し、我が軍の庇護下に置く事だ」

 

 咳を一つ。副長が壁に投影されたエリアマップを指しながら、朗々とした声で今回の作戦の概要を説明する。数百人単位で推し詰めている老若男女の猛者達は、各々リラックスした態度でそれを聞いていた。しかし、目は画面から離さず、目を離している者はしっかり耳を立てていた。隣の人の脇を肘で突く者も同様だ。全員が全員、それなりに緊張しているようで、広い部屋の空気は緩い様で、その実極限まで張り詰めていた。

 中尉達"ブレイヴ・ストライクス"の面々は、後ろの端でそれを立って聞いていた。腕を組んだ中尉の顔は顰められており、唇は引き結ばれていた。先程までの穏やかな雰囲気は霧消し、スイッチが入りつつあった。軍曹は相変わらず、伍長はこっそり上等兵の袖を引き、何か話しているが内容までは聞き取れない。まぁ、おそらく作戦には関係無い事だろう。上等兵の顔をちらりと盗み見て、中尉はそれをそのまま放って置く事にした。緊張ばかりでは誰もが辛い。こんな時、違う話をするヤツがいてもいいものなのだ。

 

「重要物資の内容は、皆ももう知っていると思う。反応兵器だ」

 

 所謂、『通常の戦略兵器』と言うヤツだ、副長が自嘲気味呟き、スクリーンには、誰もが知っているだろう、切ったバームクーヘンの様なマークが浮かび上がる。いや、バームクーヘンはマイナーらしいから、パインでもいいか?まぁ、今は関係無い。マークが表示されると同時に、部屋のあちこちから呻き声が上がった。悪態も聞こえる。"アサカ"の兵士達は誰も彼もが精鋭揃いだが、それは各軍、各戦線からスペシャリストを集めてきた言う側面もある。その中には、あの"一週間戦争"を生き延びた宇宙軍(SF)も勿論少なくは無い。彼等の中には、自らの身体で、肌で、数世紀ぶりに使用され目の前で炸裂した、通常兵器とは一線を画す破壊力の反応兵器を味わった者も少なく無い。その反応は最もだと言えた。

 いや、経験して無くとも、誰もが知っている事だった。旧世紀の、悪名高き反応兵器のその名を。"ヒロシマ"、そして"ナガサキ"。この2つの地名と共に。地球連邦政府樹立と同時に世界各国から回収され、資源として平和利用されている筈の兵器を。

 

「作戦名は"オペレーション・ザ・クイック・ブラウン・フォックス・ ジャンプス・オーバー・ザ・レイジー・ドッグ"、素早い茶色の狐はのろまな犬を飛び越える。これについては言うまでも無いだろう。僕の趣味じゃない」

 

 小さな笑いが起こる。含み笑いは漣の様に広がるが、直ぐに消えて無くなってしまった。静まり返った海に、石を投げ込んでもまた直ぐ静まるのと同じだ。海の水は考えないが、この海は別だ。海をつくる水の粒1つ1つに意思があり、考えがあり、感情があるのだ。意思ある者の集まりは、何を考えているのか。今か、過去か、未来か。保身か、勇気か、後悔か。希望か、反省か、それとも自分か。それはわからない。

 中尉は腕を組んだまま上を見上げた。何も無い。天井だけだ。作り出された闇の中、微かに無機質な地肌が覗くのみだ。ちょっと恐ろしい。恐怖の根源はやはり判らない事、理解出来ない事だ。これからそんな世界へ漕ぎ出すのだろう。

──寒い、な。背筋が寒い。効き過ぎていた空調は今や正常だ。いや、判っている。決して温度の問題では無い事を。

 

 中尉は今でも視界に映り込むほど大きい画面に目をやる。その前に立ち指揮棒を振り回す副長に、心の中で問いかける。誰が狐で、誰が犬なのか、と。

 シニカルな笑みを浮かべた中尉の顔を、伍長は不思議そうに見上げていた。

 

「作戦はこうだ。まず、"ブレイヴ・ストライクス"を基幹とした偵察チームを派遣、10ヤードライン及び橋頭堡を確保する。ここだ。そして安全を確認次第本隊を送る。本隊は"アサカ"陸戦隊及び海兵陸戦隊を基幹とした突入部隊、陸軍工兵部隊を基幹とした搬出運搬部隊、そして我等海軍からなる輸送部隊、この4つだ」

 

 変わり行く画面に、メモを取る音が追随する。静まり返った部屋に、紙片の上を鉛筆やボールペン、万年筆が踊る音がちょっとした彩を加える。紙を引っ掻く懐かしい音に、万年筆とはまた洒落ているな、だがやはりいいものだとふと思った。つーか、電子ペーパー、あんまり定着して無いな。短時間のエンドレス動画だけではあるが映像資料も見られるのはいいけど、ねぇ?

 手元の小さなメモ帳を見下ろしながら中尉はふと思う。まぁ自分も使うが、最低限だけだ。適材適所なんて言葉は言い訳で、本音はやはりどうも慣れないからだ。隣を見ると伍長は手のひらになにやら書いていた。それでいいのか。

 

交戦規定(ROE)作戦規定(SOP)は以下の通りだ。各自確認しろ。また、可能な限り接敵、交戦は避けろ。極力敵に気取られてはなら無い。敵に判断の時間も自棄を起こす余裕も与えるな。だが、緊急時はその限りでは無い。最悪報告を後回しにし、各自の判断で交戦を開始しろ。その時は事前に潜入した強襲部隊が同時に突入を開始し本格的な交戦を行う。強襲部隊は火力を持って掃討及び殲滅を行い、輸送・搬出部隊の陽動(フェイントオペレーション)を行う。援護などは考えないでいい。その隙に輸送・搬出部隊は可能な限りの物資・資料を回収後、速やかに戦域を離脱せよ」

 

 雲行きがだんだん怪しくなって来た。前回もそうだったが、今回もまたずいぶんな作戦だ。時間が無いのがひしひしと伝わってくる。軍隊の行動とは思えない作戦の杜撰さに不安を覚える。勿論、作戦は秒単位、分単位まで決めるべきものでは無い。戦場の摩擦の前では、ある程度の遊びや余裕が必要不可欠だ。拘束が自由を生み出すとはよく言ったもので、要は、その塩梅が難しいのだ。

 しかし、言うなればそれは理想的でもあった。判断が現場に一任されており、そのカバーと責任は自分達が負う、と言っているのだ。刻々と変わるだろう状況に有機的に対応し、臨機応変に最善を尽くせ、と。好き勝手やれ、だから、確実にやれ、こちらにはその準備がある、自信がある、と。そう言っているのだろう、彼は。

 

「強襲部隊も同じだ。戦闘が開始されたら徹底的にやれ。だが、引き際を見誤るなよ。作戦は突入から撤退まで半日もかからない。実際、残されているだろう反応兵器の量もそう多くは無いと考えられている。それに、敵MS戦力は確認されていない。作戦地域(OA)のミノフスキー粒子濃度はほぼゼロだ。無線も使える。だが、今回MSの出撃を要請したが、諸般の状況から却下された。目立ち過ぎるそうだ。また、エアカバーも天気が安定しない為、飛ばす事は出来無い。パイロット連中は飛べると言っているが、万が一を考えてだ。だが緊急時にスクランブル出来る様には態勢を整えてはある。しかしながら、こちらの態勢は万全とは言えない。敵を見くびるな、弾薬は多めに持って行けよ」

 

 判っていたが、思わず溜息が出る。暗視ゴーグルと水筒、銃剣を置いて、代わりに()()とビールを持ってくる余裕はなさそうだ。やはりか。MSを出撃させない方便だと思われる。戦力的に辛いが仕方が無い。確かに、部隊を編成するには修理・点検が間に合わないだろう。前回も伍長が派手にやらかしてるからなぁ。俺も"ジーク"には中々負担をかけている。空を飛ばし陸を跳ね回り海に潜ったのだ。勿論それくらいじゃMSはビクともしない。だが、念には念を入れるのだろう。最近のおやっさんはいつもそうだ。それを悪いとは言わないが、行き過ぎている気がしないでも無い。勿論試作兵器という側面も含めてだ。今回もそうだろう。オーバーホールとまではいかないが、それなりの整備になっている筈だ。頭が上がらない。いつ寝てるんだ。

 それに、極地における行動のデータ収集はまだ行っておらず、その信頼性は未知数だ。一応テストそのものは開発時に勿論されているが、実戦投入にはおやっさんも慎重に成らざるを得ないのだろう。それに汎用兵器であるMSと雖も、今回の作戦においては特性が活かせない。汎用宇宙作業機器といってもあまりに細かい作業等は不可能だ。する必要も無い。巨体をねじ込み、狭い所に潜り込むのも同様だ。今回の作戦地域(AO)は旧世紀の建造物だ。情報によれば滑走路や軍港、演習場もあるらしいが、今回の作戦は基地内が主戦場となる。軍事施設と雖もMS並みの大型重機を動かす通路なんて存在しないだろう。そんな想定されている筈がない。仮にMSを出撃させようと、最悪外で待ち惚けか足手まといになりかねない。警戒も大切だが、ただでさえ少ない正面戦力を削減する訳にもいかないのだ。

 それにしても、行動のデータ収集か。恐らく、作戦が終わり次第順次テストを行うのだろう。また忙しくなりそうだ。関節部のシーリングやらセンサー部のガードやら、やらないと確実に性能は低下するだろうし。

 

 それに、MSを出せない、では無く()()()()とする方便とはいえ、敵の支配地域もかなり近いと言うのも確かだ。下手にドンパチやって刺激してしまい、増援を呼び寄せてしまっても厄介だ。慎重に行くべきだろう。

 "アサカ"戦隊の正面戦闘火力は決して低いとは言えない。むしろ過剰とも言える。やろうと思えば正規軍の大部隊とも正面から殴り合えるだろう。そして最大火力を維持している間は圧倒する筈だ。殲滅する事も不可能では決して無い。だが結局、"アサカ"戦隊は所詮潜水艦1隻のみの小規模戦隊に過ぎないのである。正面切って殴り合うには、絶望的に頭数が足りないのだ。その為、極少数だろうと友軍に倒れられてしまったら、瞬く間に戦力が細り始めてしまうのだ。各人が専門分野のプロフェッショナルの集まりである"アサカ"戦隊にとり、人的資源の損耗が最も避けるべき命題なのである。

 つまり、戦闘は出来るが可能な限り避けるべきであり、積極的にやってはいけないのである。それに継戦力もかなり低い。瞬発火力で叩き潰すのは得意だが、その火力を維持する為に一回の戦闘で莫大な弾薬を消費する。所詮は少数の強襲部隊、特殊部隊なのだ。つまり既存の特殊部隊と何も変わらず、そして映画の様に、大部隊を相手する戦隊では無いのだ。その点、正規戦や増援等にかなり弱い。極論を言うと、自分より弱い相手の不意をつき、火力の勢いに任せ徹底的に叩き潰す部隊なのだ。それに、この任務は正規のものでない。なるべくここに我々が居る証拠、居た形跡を残すべきでは無い。我々には追従するお掃除(消毒)部隊は居ないのだから。

 

 特にジオン北米方面、地上第2軍の司令官はあのガルマ・ザビだ。自ら部隊を率いて戦場に立つとも言われる彼のフットワークの軽さと判断力の高さ、決断力の速さは有名だ。あの若さにして大佐という階級、地球方面軍司令官という肩書きも親の七光りだと雖も、士官学校首席と言う優秀なエリート軍人である事には変わりない。それに、それらの意見を覆す為にと手柄を立てたがっていると言うのも有名だ。事を知れば確実に来るだろう。事前に得た情報により、これから戦闘を行うのはキシリア派の直轄部隊らしいが、彼は彼女、キシリア・ザビ率いる突撃機動軍の麾下だ。だからこそ下手に手を出さないか、恩を売りに来るかも知れない。その行動は予測不可能だ。高度に政治的な問題、と言うヤツか。どちらにせよ目立つのは危険だった。

 

 政治、そう、政治か。政治は判らん。俺は戦争屋だ。彼を知り己を知れば百戦殆からず。敵情や相手の心理を把握する事は重要だ。しかし、政治に関わるつもりは無い。軍人は政治に 関わるべきではない。政治家に取り軍人は道具でしかない。仲間内で相対敵とパワーゲームをする暇があるなら、明確な敵を撃滅すべきだ。勿論、絶対敵等存在せず、相対敵であり、戦争は政治の延長である事も重々承知している。だからこそ、餅は餅屋、俺達は俺達の最善を尽くすべきだ。俺達の出した結果をどう使うか考えるのが政治家の仕事なのだから。

 

「…どーしましたー……?」

 

 伍長が声を潜め聞いてくる。中尉は苦笑し、同じく声を潜めて応えた。

 

「…MSさ。使えないのは、やはりキツイなってね…」

「…ですか?」

「…だよ。ま、配られた手札でやろうか。いつも通り、な…」

「…ですね!」

 

 笑顔を浮かべ、親指立てた伍長は慌てて口を塞いで周囲を見渡す。どうやら大きな声を出し過ぎたのではと懸念したらしい。珍しく周りに気を使っている。流石の伍長も空気を読んでみたらしい。しかし、その場違いでコミカルな様子に中尉は頬をかく。締まらないなぁ。まぁらしいといえばそうか。それでいいんだ。伍長は。

 中尉は苦笑しながら、伍長の頭をかき混ぜた。伍長は甘んじて受け入れる。上目遣いが何かを訴えかけてきてるが、中尉はあえて気付かないフリをした。それでいい、そう思う。

 

「また、今回の作戦では、場合によっては高濃度の放射能汚染の可能性が考えられる。その為、作戦に従事する者は甲板作業員と雖も総員ノーマルスーツを着用しろ。これは命令だ」

 

 成る程な、手を止めず、中尉は独りごちる。作戦の規模の割に、戦闘員の数が少ないのはこの為だろう。中尉は漸く合点がいった。パイロット用の動きやすい軽装ノーマルスーツは数が少ない。物自体が高性能な分高価でセミオーダーメイドに近いものだから当然といえば当然だ。重装型も技術革新によって地上における行動にも支障が無い様ありとあらゆる工夫はされているが、それでも戦闘となると辛いものがある。戦争にリスクはつきものだが、避けられるなら避けるべきだ。彼等を戦闘に巻き込む訳にはいかないだろう。それこそが俺達の真の仕事だ。

 

「我々が引き上げた後、"ガリーナ"空軍基地からの"デプ・ロッグ"編隊による絨毯爆撃を行い施設ごと敵を殲滅する。コードネームは"アークライト"だ。施設の証拠隠滅を兼ねている為、特殊貫通弾頭を用い地下施設の基礎まで破壊するらしい。また、万が一の事を考え、我々が作戦を開始した24時間後、我々からの要請が無い場合は作戦が失敗したと判断、無差別絨毯爆撃(カーペット・ボミング)を開始する。島に留まっていたら、生存は不可能だと考えて欲しい。何か質問は?」

 

 "ガリーナ"?あ、そうか、そういや復活したんだっけ?まぁ、仕事してくれるならどうでもいいか。

 副長が言葉を切り、周りを見渡す。誰も何も応えない。その時、中尉の近くで1人が口を開いた。彼は確か、陸軍の古参だ。強襲チームの小隊長でもある。陸戦ユニットのかなりの古株で、以前はゲリラコマンド、対テロ特殊部隊の所属だった筈だ。市街地戦のスペシャリストで、今回は存分にその技能を発揮してくれるだろう。"アサカ"にはこんな人材が多い。引き抜きばかりだ。かく言う自分も能力はともかく元空軍だそういや。軍曹伍長は陸軍、おやっさんは元宇宙軍で今は俺と同じ空軍だ。上等兵はどうだっけ?でも海軍って感じはしないな。今は一応"ジャブロー"直轄特殊部隊と言う形となってるが、俺達は本当になんで今海の中にいるんだか。

 

「どの建物です?」

「現在確認中だが、"シャドーモセス"の核弾頭保存棟のどこかだ。

──場所を決めるのは僕じゃない」

「何も言ってません」

 

 情報の甘さを突かれた形となり、やや不満気な声の副長。それを意に介さない彼の戯けた様な言動に、中尉は小さく含み笑いを漏らす。こんな時にもジョーク、いや、こんな時にこそジョークか。リラックスした自然体に、かなりの場数を踏んで来た余裕が感じられる。頼りになりそうだ。

 そんな事を思いながら彼を見ていたら、鼻を鳴らし肩を竦めた彼と目があった。無言のままお互い目を逸らさず、同時に笑う。面白い人だ。覚えておこう。

 

「いいか、ミスは許されない。それは即ち世界の終焉に直結する。慌てず、冷静に、確実にやれよ。どんな事があっても自分を見失うな。また、何があるかわからん。各自、ガイガーカウンター及びシールバッジには気を配れ。帰還後は徹底的な洗浄も行う。しかし、作戦の規模と我が戦隊の規模からして、志願制で兵を募るのは不可能だと判断した」

 

 副長は息を吐き、脇に下がった。そして今まで沈黙を貫いていた艦長が悠然と立ち上がり、周りを見渡す。中尉も艦長と目があった。逸らす事はせず、見つめ返す。強く頷いた艦長は声を張り上げ、最後の言葉をしめくくった。

 

「すまないが、皆の命を、世界の破滅と天秤にかけて欲しい」

「「おう!!」」

 

 艦長、副長の敬礼に全員が返礼し、同様に声を張り上げた。艦内を慄さんばかりの衝撃は、全員の覚悟そのものだった。

 

「総員配置につけ!!」

「「おう!!」」

「よし」

 

 声と同時に動き出し、周りが忙しく自らの部署へ向かう中、中尉は組んでいた腕をそのままに、上半身の反動をつかって寄りかかった壁から身を起こした。軽く肩を回し、自分の頬を張ると、急ぐ流れを押しのけながらロッカールームへと歩き出した。後ろには軍曹、伍長が続き、3人の足音は雑踏を切り裂き、足早に目的地へと向かって行った。

 

「俺達は"リクビダートル"か?」

 

 誰かのボヤキが、耳にこびりつく。"リクビダートル"。ロシア語で後処理人等を意味する言葉だ。そして、この言葉には裏の意味がある。

 

──"チェルノブイリ"のあの事故を、命を賭して最前線で戦った人々の事だ。多くが帰らなかった。今とは状況が違うとは言え、確かに、とても他人事とは思えなかった。"火消し"は、やはり命を以ってその風を起こすものなのか。

 

 嫌な考えを頭から追い出し、何気ない事へ気持ちを向ける様にする。そういや、ここからだと結構距離があるんだな。音も無く動く床の上を歩きながら、中尉はふと思う。それでも艦備え付けの自転車を使う程では無いが。しかも自転車は甲板や滑走路ならともかく、廊下では使えない。無重力下なら動く手摺や壁蹴りで直ぐなんだが、そうは行かない。ま、それも慣れるまでは曲がり角で人やら壁やらに激突したり引っ掛けたり色々問題もあるしな。宇宙世紀になっても大なり小なり交通事情は旧世紀と変わらないのである。

 

 作戦前はそれこそ戦争の様に混雑するロッカールームは、今日に限っては静かだった。"ブレイヴ・ストライクス"以外誰もいない。それもそうだろう。今回は航空機の出撃も無い。そうなるとパイロットの数は自ずと限られてくる。静まり返ったロッカールームは何処と無く不思議な感じがした。不気味さでは無く、非日常感でなく、違和感で無く。すぐさま着替え外に出た軍曹を目で追いながら、自分の衣擦れの音だけに一抹の寂しさを感じる。活気が、元気が無い?寂れてる?わからない。中尉は手早く久し振りのパイロットスーツに袖を通しながら、その正体を夢想した。

 パイロットスーツの上から、野戦服を羽織る。白をベースに黒やグレーが散りばめられた冬季迷彩仕様だ。機を降りる予定は無いが、念の為である。ヘルメットを手に取り出た廊下では、軍曹が待っていた。続き隣の扉から慌てて転がり出て来た伍長は髪の毛がめちゃくちゃだ。ノーマルスーツの前もだらし無く開いている。足もブーツの奥まで入ってすらいない。何をそんなに焦っていたのか。歩きながら軍曹が伍長の髪を整え結んでいる間に、いつも通りの賑やかなハンガーに到着していた。

 

「伍長、ドッグタグは2セット用意しといたか?」

「はい!首と足首ですね!あ、お化粧します?」

 

 騒がしいハンガーの隅、半ば出撃前の特等席と化している弾薬箱に腰かけた中尉はマテバに弾を込めながら言う。命が吹き込まれた銃を構え、フィーリングを確認する。うん。久方振りに握った気がするが、違和感は無い。懐かしさを感じながら、腰のホルスターに収める。安全装置を忘れない。軍曹もハンドガンの弾倉に弾を込め、それをいくつも並べていた。手榴弾もセーフティピンにテープで脱落防止をし、同時にライフルの手入れもやっている。フラッシュライトが少し眩しい。中尉もそれとなくつられる様に刀を抜き、同じく確認を始めた。

 武器の最終点検をする2人に、走り寄ってきた伍長はキーチェーンの音と共にドッグタグを見せつけ笑いかける。中尉はドーランを塗っていた顔を上げ、歯の白さを際立たせながら笑う。お化粧も久し振りだ。いつぶりになるか。それにしても歯、目立つなぁ。もしかしてお歯黒は迷彩だったのか?

 

「軍曹を見ろ。死ぬ時と戦場に出る時はするもんさ」

「はーい……コレ、ピーナッツバターみたいな匂いがするんですけど…」

「知るか。ペロペロキャンディよかマシだろ。唇にも塗っとけ」

「…耳の、中…顎、首も、な…」

「はーい!」

 

 鏡から目を離さず、手を止めない中尉の発言は、この前の海兵隊員の事を思い出して、改めて思った事だった。彼はブーツの紐にドッグタグを挟み込んでいた。旧世紀からあるちょっとした工夫の1つだ。首にかけたドッグタグは、首が飛ぶと一緒に飛んで行ってしまう。そうなってしまえば、身元の判らない、または判り辛い死体の一丁上がりだ。

 戦場の死は悲惨だ。映画の様に、綺麗な死に様、死体になる事はまず無い。兵器の秘めたあらゆるエネルギーが解放された時、運悪くそこに居合わせた脆弱な人体等軽く引き裂き、消し飛ばしてしまう。戦場において生死が判らないのはかなり問題になる。身元が判らない死体もだ。KIAとMIAの間には深い溝がある。まだ前の紛争のMIA捜索は続いていた筈だ。終わる前に次が来ちまったが。ドッグタグはそれを避ける為の物だが、そのドッグタグそのものが吹っ飛んだら意味が無い。いざと言う時の為の保険の保険だ。

 因みに、ドッグタグが生まれたのは旧世紀の1度目の大戦の時だ。当時の物は熱や変形に弱く、その効果を果たす事は稀だった。また、折り曲げて千切る事で使用する物は戦闘中に千切れ飛びさらに混乱を招く事もあった。その為、現在は同じものを2つ用意し、戦死した場合片方を死体に残し、もう片方を持ち帰る事になっている。

 ま…使う事が無けりゃいいがな。それが一番だ。中尉は自分の手の平に横たわるドッグタグを見てそう思った。集めるのも、集められるのもゴメンだ。

 

「そうだ、伍長。一応テープを巻いて音が出ない様にな。俺はそれに加えて靴紐に通してるが」

「お守り、貼っといていいですか?」

「それぐらいなら。軍曹も貼ってるのか?」

「あぁ…」

 

 中尉はキーチェーンの音を嫌い、ブーツの靴紐にドッグタグを吊るし音が出ない様にしている。伍長に目をやると中身を抜いたパラコードにチェーンを押し込もうと四苦八苦していた。一本残しとけって言ったのに……これも工夫の1つだ。それに、違和感も少ない。ネックレスとかしないもん俺。また、隣り合ったドッグタグ同士が当たって音を立てない様に、ゴム製のドッグタグサイレンサと上からブラックテープを巻いている。そこに御守りも挟み込んでいた。

 因みに中尉は御守りとして、P-38"ジョン・ウェイン"に、刀と一緒に渡された5円硬貨と、"キャリフォルニア・ベース"の滑走路の隅で半分埋まってた大きな謎の金貨を貼っている。理由は無く、なんと無くだった。勿論気休めに過ぎない。しかし、鰯の頭も信心から。信じれば自信がつくものだ。これが幸運をもたらさなかったら、何がもたらすと言うんだ?迷信深くは無いが、御利益はあるだろう。お守りなんてそんなもんだ。他人から見たら無価値だろう。だが全てはそんなものだ。結局、モノの価値を見出すのは自分だけなのだから。

 

「ふふ、わたしはP-51〜タグちゃんは靴紐に挟もっと…あ、ブーツに血液型も貼っときましょうか!」

「…それは、いいな…」

「ん、ちょい縁起悪く無いか?」

「助けてくれるって事ですよ!」

 

 その言葉にハッとした中尉は、思わず伍長の顔を見やる。満面の笑みの伍長が、大きく口を開けて笑いかける。中尉も思わず笑みが溢れた。叩かれた肩に手をやり、逆の手で伍長の髪をかき混ぜた。俺達だけじゃないもんな。本当に伍長は……。

 

「そうか。そうだな」

「小隊長!最終調整終わったぜ!後はこの棺桶に主人を突っ込んでからだ!来てくれ!」

「了解!……行くか!」

「了解…」

「はーい!!」

 

 棺桶か、棺桶、ね。まぁそうだな。間違いじゃ無い。3人は格納庫の隅、蹲った影に近づく。そのサイズはMSと比べるとかなり小さい。民間販売されている小型の作業用モビルポッドくらいか。それでも、人と比べたら巨人だ。

 しばかれている少尉の隣のそれは、パワードスーツと言うには大き過ぎるかもしれない。だが、分類上は一応パワードスーツだろう。宇宙世紀黎明期に使用された倍力宇宙服をベースに、それを完全に戦闘用に調整したものだった。これは強化外骨格(エグゾスケルトン)と言うより、乗り込む甲冑(ライドアーマー)と言うべきなのかもしれない。今回の作戦において急遽その概念を引っ張り出され、最新鋭の装甲材やセンサー機材を積み込み再設計に近い改修を行ったものだ。

 全高3.2m、総重量0.3tの巨人は、開発計画などとっくに凍結された過去の遺物だ。動く甲冑、歩く戦車を目指し開発された汎用人型兵器は、そのコンセプトの方向性は決まっていた為、開発は比較的スムーズに進み、テストは高評価で、実戦でも市街における対人戦においては小火器、手榴弾を受け付けない為、無類の強さを発揮した。だが、それだけだった。山岳地や極地での兵士の活動に寄与したものの、平地での戦闘となると戦車や戦闘ヘリに対しては、サイズの限界から装甲及び火力、機動力は遥かに劣る為、正面戦闘ではまず勝てなかった。もちろん搭載兵装、戦術次第では勝てるが、それは歩兵も同じであり、何とも中途半端な兵器なのであった。また機銃を始め、大口径の重火器に対しても弱く、開発者の1人は旧世紀の戦車に例え"チハ"と呼んだくらいだった。勿論、全く役に立たない、と言う訳では無かった。あれば有利になる局面は幾らでも考えられ、実際に活躍した。しかし、その使い所をかなり選ぶコストの高い歩兵戦闘車の様な兵器となってしまった。あらゆる兵器が溢れかえる当時において、だ。

 

 中途半端なのは火力や装甲だけでは無い。この兵器は他の乗り物に比べて小回りこそ効くが、それでもそのサイズは室内においては大き過ぎた。入れない建物が多過ぎたのである。無理やりに入った結果、擱座し、脱出は愚か道を塞いでしまうケースもあった。しかし、単純な強化外骨格ではさらに制限が厳しいものになる。そのサイズでは活動時間も著しく短くなり、装甲も小銃弾すら弾き返せるか判らないレベルの装甲しか装備出来ず、値段だけ張る拘束具の様なものになってしまうのだった。

 かと言って、このサイズでも調達・運用コストも歩兵装備では異常とも呼べる値段であり、駆動系やセンサー系の多さから整備性も悪かった。更に、一般的な人間より遥かに大柄であり、その特性を活かすにあたり専用の武器を用意する必要があった。つまり、既存の兵器を流用し柔軟な戦い方をする事も出来ず、入れる建造物も選ぶ事から、機能性などを捨て代わりに柔軟性を持つ、と言う人型である意味が殆ど無くなってしまったのである。後述するが、操縦方法も直感的なマスター・スレイヴ方式でなく、スティックやレバーを操る必要のある複雑なものとなってしまっている。足は従来のパワードスーツの様に鎧の如く追従するセミ・マスター・スレイヴ方式となっているが、上半身はそうはいかない。肩幅が顕著であるが体型が成人男性と全く違う為、腕は通せず、かと言って中で動かすスペースもない。外に出す案もあったが却下された。結局はセミマスター・スレイヴ方式またはスティックレバー方式となり、その性能を発揮するには慣れが必要となってしまった。中尉を始め"ブレイヴ・ストライクス"のメンバーはMSに動きを学習させる為この方式で動かす事も多く、使い慣れている為簡単な訓練で運用出来るが、一般兵士なら慣熟には半年はかかる。その点も普及を渋らせる問題となっていた。

 そして最大の問題点は、動力が原子力電池であった事だろう。人型のシルエットを崩さず、かつ中にコクピット、生命維持装置、センサー類、電装系を組み込むにあたり、どうしてもスペースには限界があったのだ。内燃機関等勿論積めず、当時はバッテリーもサイズから十分な出力を発揮出来るものは搭載出来なかった。外付けやケーブルで繋ぐのは論外とされ、結局原子力電池以外選択肢は無かったのである。結果、出力こそ得られたが、被弾による放射性物質の漏洩、パイロットの被曝と言うリスクを背負う事になってしまい、当時は今の様な機能的な遮蔽服も存在しなかった事も併せて、使い所を更に限定してしまう結果となったのだ。

 結局、あらゆる制約を受けた上で開発されたが、あらゆる制約により持て余す形として完成してしまい、新時代、未来の歩兵兵器として華々しく発表されたのも束の間、宇宙開発の一部及び極地開発に細々と運用されるのみとなってしまった。それも一部重要拠点の設営終了と、同時の放棄と言う名の極地開発の終了、宇宙でも今尚使用されているMP(モビルポッド)の始祖の開発により、コストを含めてあらゆる問題から結局使われなくなったのである。

 そんな背景のあるものを、今回の作戦には当てはまるだろうと設計図を元に最新鋭の技術、機材、装甲材質を盛り込んだ形で再設計、新たに作り直した物がこの機体だった。おやっさんの"新兵器"のおかげである。既存の信頼性の高い技術の塊である為出来た荒技に近いが、それでも基本的なポテンシャルは高く性能は十分過ぎる位だ。改めて名付けられた通称は"アームド・コンバット・ギア・システム"、縮めてACGSとも呼ばれたこの兵器の動力は、現在実質入手不可能な原子力電池に代わり、エネルギーCAPの技術を援用し性能の上がったバッテリーで代用している。最大連続活動時間は78時間程と然程であるが、今回の作戦においては十分だ。

 

「コレが…おい、伍長、コイツは……」

厄が来ません様に(ノックオンウッド)に、って」

 

 立ち並ぶ3機の内の1機を見て、中尉は思わず絶句した。機体表面には今回の戦闘に合わせ、グレーを基調に白や黒を用いた迷彩が施されていたが、その上にド派手なステッカーがベタベタと貼られていたからだ。初心者マークから成田山、撃たないでなどと書かれたステッカーらの量は尋常で無く、折角の迷彩を台無しにし、結果趣味の悪いクリスマスツリーの様になっていた。

……目に眩しい。白地に映えるな。もしかしたら敵は一瞬撃つのを躊躇うかも知れない。だが、その後は親の仇の様に弾丸が雨霰の様に降り注ぐだろう。おちょくってる様にしか思えん。チンピラのバイクよりタチが悪い。"イバラキ"専用パワードスーツかよ。ん?イバラキ?イバラギ?どっちでもいいか。

 

「──あー…その金田のバイクか初心者の乗るフチコマか判らん位ベッタベタに貼ったステッカーは剥がしとけ。ウーデット気取りか?」

「がんばったのに…」

「その努力を別の方向に向けてくれ」

 

 肩を落とし、渋々と行った具合でトボトボ歩き始めた伍長を横目に、中尉は乗機を手を当て、見上げた。軽量化の為炭素繊維複合材を使用した装甲はあまり冷たく感じない。むしろ温かみを感じる位であったが、それが逆に不安を膨らませる。

 無論、軽量化は重要だ。運動性及び機動力、連続稼働時間や運用可能地点を選ばない汎用性の為の軽量化である。輸送の観点からも軽い方がいい。それでいて戦闘における防御力、負荷に耐える強度は十分と聞いてはいる。しかし、頭で理解するのと感じるのはまた別だ。ルナ・チタニウムとまでは言わないが、チタン・セラミック複合材位使って欲しかった。頼り無さを感じさせない、かつての愛機の"バスタブ"を思い出しながら、中尉はあの安心感を夢想する。

 

 軽く目をやり、すぐ横の筒の束を見やる。3連装の回転式銃身は静かに、艶のある黒光りを見せつけてくる様だ。右上腕部に装着された主兵装である13.2mm機関銃は、歩兵の兵器としては破格、いや、異常だろう。今回は中尉のオーダーから"ジーク"搭載の"バルカン・キャリバー"が装備されているが、本来は航空機用の20mm機関砲だったと言うのだから驚きだ。それに、頭部の2連装レーザー機銃も同様だ。これがスタンダードな装備となる。予備兵装や追加兵装としてミサイルを始めとしありとあらゆる兵装が装備出来るが、中尉はあえてそれをせず、予備弾薬を背負っている。追加兵装及び手持ち武器を装備しないのは、狭い室内での取り回しを考えての事だ。腕部固定式兵装の使い勝手は悪かろうが、使えないよりはマシだ。対照的に、軍曹機は13.2mm機関銃と、大型の専用手持ち武器である連射型57mmスマートライフル"ラピッドフラッシュ"を装備している。これはレールガンの一種であり、静粛性、高初速、連射性、精密性を兼ね備え、狙撃及び分隊支援に使用されるものだ。取り回しは悪いが、その分サイズに見合う莫大な火力と長射程を有する。戦車の正面装甲を容易く貫く事こそは出来ないが、装甲車位なら軽く吹き飛ばせる。機動力を活かし、上面、後面に回り込めば戦車も破壊出来るだろう。

 中尉と軍曹が乗る2機は比較的シンプルな装備をしている。歩兵の延長だ。2人がそれを望んだからである。その対局を行くのが伍長機だ。つけられる装備をつけられるだけ鈴なりにくくり付けた姿は、既に人型を大きく逸脱したシルエットとなっており、正にフル装備とも呼べる形となっている。旧世紀のSF作品から飛び出した様な姿は、正に開発当初のプロパガンダポスターに使われた宇宙の戦士(スターシップ・トゥルーパー)そのものだ。13.2mm機関銃が豆鉄砲に見える装備が連なる中、最も目立つのは右肩から突き出した76mmグレネードマシンガン"ラッシュバスター"の砲身だろう。その反対側にはグレネード投射機が搭載されている。両方とも面制圧攻撃を行う為の多目的榴弾で、76mmグレネードマシンガンはその名の通り、76mm多目的榴弾を毎分900発と言うサイクルで撃ち出せる、最大射程3600m、有効射程2500mの対装甲目標及びソフトターゲット殲滅兵装だ。ひらけた地形やビルが立ち並ぶ様な市街地においては頼もしい兵装となるだろう。グレネード投射機はその独特の形状から"Yラック"と呼ばれており、電磁式投射によりグレネードを自機を中心とした三方に撒き散らす無差別範囲攻撃武器だ。もちろん本来は装甲車輌に車載する為の兵器であり、通常の歩兵がこんなものを使っては、加害半径に自分が入り込み即死してしまうだろう。小口径弾及び破片防御において堅固な装甲を持つACGSならではの装備である。投射距離は設定可能で、100m近く飛ばす事も可能らしい。しかし今回の主戦場である閉所でそれらの武器が何の役に立つのかはわからない。更に、手持ちには専用武器である大口径のショットガン、"ハイパーマスターキー"を持ち、左手前腕部には火炎放射器"ウェイブブレイザー"が備え付けてある。伍長のオーダーで、積み込めるだけ積みたいとの事からこんな事になったらしいが、歩く火薬庫みたいな装備を、本当に使い熟しきれるのか……。因みに武器の愛称はカタログスペック見て伍長が即興とノリで決めたものだ。正式名称ではなく、なまじこの兵器が正式に採用されてもこっちは採用されないだろう。そもそもほとんどの兵器が既存の物の改良型である以上仕方無い事でもあるが。また、地球連邦軍の武器の命名は型式や直接的なものが多い。シャレた名前はジオンの十八番だ。そう考えると、伍長の感性はやはりスペースノイド寄りなのかも知れないとふと思った。

 

 不安はあるが、後はやるだけだ。準備は整った。後は2割を上手くこなすだけだ。人間は所詮思い込みでしか動けない。だが、思い込みだけが現実の理不尽を突き破り、不可能を可能にし、人を前に進ませるものだ。この渦中の中を突っ切るには、この気持ちが大切だ。かつて言われた事がある。自ら限界をつくり、限界を突破する本来の人間が持っている強烈な智慧と強さとひとつになる道に出会って欲しい、と。未だに意味が判らんが、なんかそんなもんだろう。そんなもんさ。

 サバイバルガンやロープ、携帯食料等が詰め込まれたサバイバルキットを片手に、装甲に手をかけ身体を引き上げ、人間で言ううなじのあたりに備え付けられたコクピットハッチを解放し、計器類に触れない様にして滑り込む。計器類はシンプルだ。ボタンやスイッチも少ない。限り無く直感的に操作出来る様、極度に簡略化され自動化された結果だ。急造の兵器を運用するにあたり、その成果を享受出来るのは大変ありがたい事だ。身体を固定するハーネスに手を伸ばしながら中尉は独りごちる。それに、コクピットハッチが前面に無いのはいい。正面装甲が厚いのもだ。やはり陸戦兵器たるもの、こうでないと。中尉は今も確かに感じる重力を腕に受けながら、そのハッチを閉じた。

 

 MSのコクピットハッチや放熱系等装甲が脆弱になりやすい弱点とも呼べる機能が基本的に前面に設けられているのはジオンの設計を真似ているから、らしい。正面装甲を重視する陸上兵器としては異例のレイアウトであると言えよう。

 しかし、それには勿論理由がある。そもそもMSは陸上兵器では無く、戦闘用に開発された宇宙汎用機器だ。上下左右の無い宇宙空間での機動力が最大となり、前面投影面積が最小となる対艦攻撃の姿勢における『正面』とは『上面』であるからだ。

 

 MSは宇宙空間を歩くのでなく、泳ぐのである。

 

 "ザクII"を例にとっても、F型とJ型では運用する戦場が全く違う為、見た目こそほぼ同じでも内装が全く違うのと同時に、装甲強化面も大きく異なっているとの事だ。それに、ACGSの様に背中や頭部を解放するコクピットハッチはMSに搭載するには規模が大き過ぎてしまう。高性能な電子機器を多数搭載した頭部は重く、それを支え、動かす首もまたかなりの重量となる。同様に重量のあるスラスターを搭載しており推力を発生させるバックパックの基部を動かすのも同様だ。又、タダでさえギリギリである胴体内部の容積を、それらを動かす為の頑丈な駆動軸が更に圧迫する事になるだろう。

 例外的に"陸戦型ガンダム"及び"陸戦型GM"のコックピットハッチが上部に設けられているのは、陸戦を主眼に設計されたからだ。正面にコクピットハッチを設けてしまうと、弱点であるハッチが一番攻撃が集中する前面に向いてしまう。更に、撃破され擱座しうつ伏せに倒れてしまった際、脱出が非常に困難になるからだ。また、コクピットそのものを腹部でなく胸部に設けているのは、緊急脱出用の射出座席を装備している点やコクピットハッチを解放し肉眼での偵察を行う事、河川での運用を考えられていたからである。しかし、その分コクピットが前面に突き出していると言う問題もある。追加の装甲を施しやすくもあるが、そもそも弱点が剥き出しで大きく張り出しているとも言える。全く新しい兵器であるMSは既存の常識が通じない所が多い。最適解が見つかるのはまだ先になるだろう。それは時間と閃き、技術革新、そして人の命と戦乱が自ずと答えを教えてくれる事になる。

──数多の屍の上に。

 

「よし……後は『カジキの皮』を被るだけか。卵を掴んだと思ったら、鳥の次は魚、貴重な経験だよ全く」

 

 ()()様にしてシートに腰を下ろした中尉は、火が灯り始めたスクリーンに目を落とし、独り呟いた。隣では伍長がステッカーを剥がすのを諦め、新聞紙を被せた上から水で溶いた石灰をぶっかけている。古い手だが有効だ。だが駆動部やセンサーだらけのハイテク兵器を何だと思ってるんだ?

 隣で軍曹は既に乗り込み、各種点検を終え主兵装であるスマートライフルを銃架から外し保持している。作戦開始まで後30分。中尉は軽く髪をかきあげ、いつもと同じ様に忙しく走り回る整備兵達と、いつもと違い、ただ立ち竦むだけの白亜の巨人を見上げた。

 

 

 

『アイリーン』

 

 

 

踏ん張って進め、氷を砕く様に………。




令和になりました。更新が遅過ぎる。と言うか久しぶり過ぎてやり方忘れてたよ。
激動の時代ですよね。1/1ガンダムも動いてるし。そんな中、4DXの逆シャア十数回見てきました。最高ですね。ナラティブ、00、パトレイバーも本当に楽しみ。あんなに合うとは。まぁガンダムザライドとかも良かったですし、相性いいですよね。宇宙の風を感じます。どんどんやってほしい。
ガンダムはいいニュースあるけど、世界は本当にカオスですね。世界中がバルカン半島です。コロナが世界を燃やしてる様です。やはり人は共通の敵を見つけても一つにはなれないんだな、とふと悲しくなりましたが。

本当に久しぶりの投稿の理由は、世界の危機の真っ只中ですが、出来る事をやろうと。暇つぶしの一つになればいいかなと。ぶっちゃけると最近は厭戦気分が蔓延してますが、それでも自分が今戦っているのも、力があるからでなく力が無いからこそ出来ることをしようと思ったからです。自分達は今、皆が水面下で戦ってます。勝利は見えません。だが戦う事が大切なのです。微力でも、自分が出来ることをやる。それがこの敵と戦う最高の武器であるのなら、やるだけです。大切なのはただ負けない事、本当にそれだけです。
自分はてんてこまいで、何も出来ない日々が続いてます。でも希望を捨ててはいないんです。決して捨てていけないのです。この状況でも、日々の小さな幸せに笑みを浮かべ耐える。そうしてこのままいければ勝てる。私はそう信じてます。きっとゴールはすぐそこです。結末はいつだってあっさりしていて、いつの間にか来るものですから。

その終わり方は特別じゃなくてもいい。

大事なのその戦いの日々をどう過ごしてきたのか。歴史の中を確かに生きていることを実感出来ればなによりかなと。今よりマシにはならないなんて事はありません。世界はいつでも昨日よりマシになっていきます。いいニュース悪いニュースありますが、それでも今は苦しくても、それでも未来は光で満ち溢れていると信じてます。夢を見てるんです。だから、配られたカードで戦いましょう。今の私達に求められるのは自制です。孤独に歩め。悪をなさず、求めるところは少なく。林の中の象のように。そうして世界を救いましょう。

一緒に!!

身バレの可能性がありますが、伝えたかった事を。幸せの青い鳥はいつもそばにいますからね。



次回 第七十三章

フォッグラントの空の下

「あ、コレ多分地雷踏みました」



ブレイヴ01、エンゲージ!!

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