機動戦士ガンダム U.C. HARD GRAPH 名も無き新米士官の軌跡   作:きゅっぱち

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MG ジムスナイパーII!!

お前をどれだけ待った事か!!

でも平手ヒデーよコレ左手だけでもいいからνガンダムと同じアレ欲しかったわ。


第六十八章 過去の残滓を謳う唄

この惑星を覆う、青い海。

 

浅く深く、明るく暗く。

 

全てを包み、内包するもの。

 

青きゆりかごだ。

 

しかしその青は、海の拒絶から来るものだ。

 

青を讃える海は、青を拒絶しているから、青なのだ。

 

 

 

──U.C. 0079 9.18──

 

 

 

 行くな、行かないでくれ。俺を置いて行かないでくれ。無意識の内に中尉は思わず身を乗り出し、必死に虚空へと手を伸ばす。身体に食い込むシートベルトが鬱陶しい。行きたいところがあるのに、掴みたいものがあるのに、身体はシートに縛り付けられたまま。動く事を許されない。

 狭いコクピットの中で伸ばされた手が、指先が空を掻く。無駄だとは頭の片隅で理解していた。しかし、それでも、どうしても、その手を伸ばさずにはいられなかった。出来る事がそれしか無かった。これは罪の意識からか?判らない。だが、心の底から必要で、現時点で最も不必要な行為だった。

 

 こつん、と震える指先がスクリーンに触れる。伍長が消えた場所。深い藍色の先。そこには何も無かった。何も。

 深い闇の色は決して黒ではない。深淵を縁取るものが黒なのだ。MSの高性能なセンサーも、無い物は捉えられない。

 

 そう。無くなった。喪失した。伍長は居なくなってしまった。

 

 覚悟はあった。理解もしていた。そのはずだった。しかしそれらは一瞬で撃ち砕かれた。粉々に粉砕された。

 世界が暗転し、急激な吐き気がこみ上げる。内臓が絞り上げられる様に収縮し、身体がそこから縮み震え上がり、激しい動悸が呼吸を浅くする。頭の中が騒がしい。身体が煩い。よく見えない目がボヤけた光だけを拾う。現実感がない。何を考えているのか、本当に考えているのか、ここは何処なのか、何故こんな所にいるのか、訳が分からなくなる。

 

『ブレイヴ03が墜落した』

 

 あれ程やかましかった通信はピタリと止んでいた。まるで時が止まったかの様に。その言葉を最後に、何の音沙汰もない。こちらも闇が奈落を作り出していた。深淵を。深い闇を。

 

《ブレイヴ02、エンゲージ》

 

 水を打った様に静まり返る通信網は、まるで家主が消えた蜘蛛の巣の様だった。その風通しの良い静寂を、軍曹の落ち着いた声が軽く引き裂いた。

 

「……──ッ!」

 

 闇に包まれ、モノクロだった世界に色が戻ってくる。近くを曳光弾が通り過ぎた。無意識の内に中尉の身体は律儀に反応し、足は素早くフットバーを蹴飛ばし、腕は強く操縦桿を引き倒していた。

 明滅していた視界が落ち着き、荒い息と動悸だけが渦巻いていたコクピットに電子音が舞い戻って来る。点と点が繋がる感覚。脳が理解をする感覚。頭が、身体が事態を把握していく。やかましい音の正体をようやく理解した。失速警報(ストールアラート)だ。唯でさえ不安定な機体であるのに、無茶をさせ過ぎたのだ。耳障りな電子の金切り声に気づいた途端、まるで大洪水の様に全ての感覚が中尉を揉みくちゃにして押し流す。

 気がつけばヘッドセットからは多量の怒声が濁流の様に喚き響き渡っている。途絶したデータリンクにコンソールが警告する様に点滅している。スクリーンは戦闘光を捉えピックアップし、オブジェクトを捉えてはデータリンクし、また散り消える火花を映し出す。耳元では通信網がパンクしかけながらがなりたてていたが、軍曹の声は元からそこにあったかの様にピタリと収まり、中尉を現実に引き戻す。

 

「クソ!!C2!ブレイヴ03の探索を!!1人落ちた!」

 

 耳元を流れる混沌の渦に、中尉もどもりながら、悪態と共に怒鳴り声を投げ込む。顔を顰めながら、バランスを崩しかけ、ふらつく機体を抑え込もうと怒鳴りながらもフットバーを踏みつける。ディープストールに近づいていた機体を無理矢理にでも持ち直す為、コンソールに目を走らせながらスロットルレバーをグイと引く。少々荒っぽいが、その無茶をしなければ海へ真っ逆さまだ。ごめん、中尉は機体の上げる悲鳴から目を逸らしながら呟いた。

 機体が予想通りの反応を返す。同時に、空気を切り裂く翼が軋み、エンジンが甲高い咆哮を上げる。フルスロットルで噴かされ、蹴飛ばされた様に加速する機体は、ジェットエンジン特有の高く尾を引く金属音を発し、海面を舐める様に飛び跳ねる。薄く照らす月光に、激しく散るスラスター炎に、白い波は虹色の光を宿し荒れ狂う。エンジンはこれ以上に無い苦しげな咆哮をあげている。大鴉は不規則に喘ぎ、咳き込みかける心臓部は燃えそうだ。しかし、それでも尚大鴉は力の限り、振り絞るの様に羽ばたいた。

 

 深く浅く波を蹴立てる"ジーク"は、海面反駁を利用し一気に上昇する。波を蹴立て飛翔する海鳥の様に、海面に大きな波紋を残し、その滑らな水面を濁らせる事無く舞い上がる。

 

 夜空を駆け上がるかの様な機動に、中尉の身体がまた悲鳴を上げるが構ってはいられない。Gに歯を食いしばりつつ手を伸ばし、コンソールに指を滑らせる。

 冷静な指先は正確にキーの上を跳ね回り、"ジーク"の持ち得るセンサーと、"コルヴィヌス・ユニット"両方のセンサーを最大稼働させる。仕事を終えた手は胸に添えられ、未だに肋骨を突き破らんとする心臓を感じ、押さえつけようとしていた。緊張と逸る気持ちはどうも抑えられない。絶望は鳴りを潜めていたが、未だに頭の大部分を占拠し譲らなかった。耳はドクドクと流れる血液の音が響いているかの様だ。それでも横目で軍曹の"ハンプ"が追従するのを確認しつつ、中尉は上等兵の声を待っていた。焦りは禁物だ。今出来る事をする為に、今は雌伏の時だ。

 

《こ、こちらC2了解。こちらでも確認しています!!直ちに捜索を──!

 

 状況に流されず耳を澄ました中尉の元へ、ややどもった上等兵の声が聞こえてくる。しかし、その声はすぐに自らによって打ち切られた。

 それと同時に、コクピット内に警戒音が鳴り響く。リンクされたレーダー上に光点(ブリップ)が表示された。燃える様な赤。脅威そのもの。(エネミー)だ。

 

《こんな時に──敵機を補足!12時方向(ヘッド・オン)、距離7200、敵MSは3機。画像照合の結果は全機"ザクII"です。それぞれA1、2、3と呼称します。目標を各個撃破後、ポイントブラボー26へ集結を!急いでください!!》

 

 一度切った言葉を継いで、上等兵の焦り声が畳み掛ける。機体のコンディションと地形情報、敵の分布を照らし合わせながら、中尉は息を吐き出した。敵は3機。こちらは2機。しかしこちらは戦闘行動にかなりの制約がかかっている。ちょっと無理をすれば空中分解が待っている。曲芸飛行など以ての外だ。

 しかし、"コルヴィヌス・ユニット"は鈍足だ。迂闊に近づけばあっという間にその翼を蜂の巣にされ、叩き落されるであろう。それこそ蚊トンボの様にだ。攻撃力、防御力、速度のどれに置いてもその性能は決して高くない。翅がつけば強くなる様な、ゲームのパワーアップユニットとは違うのだ。

 つまり、如何に迅速に"コルヴィヌス・ユニット"を切り離し、スムーズに陸戦に移行するかが鍵になる。着地の際、MSは最も無防備になる。何よりその隙は大きい。一か八かの賭けになるかもしれない。口には出さないが、焦りと緊張を雄弁に物語る頰に垂れる一雫の汗が、中尉の内心を代弁していた。

 

 幸いな事にMSは地上戦における対空戦闘は不得手と言える。攻撃力及び攻撃の自由度はともかく、機動力の差は歴然だ。どんな大火力も当たらなければ意味が無く、速度差が大きければ大きい程速いモノの攻撃の命中率と回避率を底上げして行く。

かつて中尉がそうであった様に、重力に縛られたMS相手なら、航空機は互角とまでは言わないが十分に渡り合えるのだ。速度はそれだけで攻撃力になる。最悪MSは持つアドバンテージを一切活かせる事なく、完全なワンサイドゲームと化す場合もある。それは空を舞う者の特権だ。

 腕を持つMSの扱う砲の自由度はかなり高いが、高速で飛行し三次元機動を行う航空機を捉えるのはかなり難しい。高性能なセンサー、高精度な砲、それらを支持し機敏かつ正確に動作する機体があっても、だ。高高度を悠々と飛ぶ航空機に対してもまた同じで、更にはミノフスキー粒子濃度が高く、ミサイル、そしてFCSが正常に作動しなくなる現代戦では尚更だ。それは航空機も同じだが、相対速度差がそれを緩和する。常に高速で進み続ける航空機と、自由に、そして瞬発的に高速で動くMSでは世界が違うのである。

 勿論、MSに勝ち目が無い訳でもなく、お互いの技量によりその差は簡単にひっくり返るだろう。要は使い手の問題なのだ。ただ、その性質上航空機優位に偏りやすいだけだ。正確に言うとお互いに攻め手に欠ける事となる。まぁ、同じ土俵に立つ事さえ出来れば……いや、それは厳しいだろう。

──宙を舞い、戦闘機を撃墜させるという曲芸を実践するMS乗りなど、ジオンと連邦軍両方を探しても皆無であろう。シミュレータ上で軍曹は蹴り落としたが、実戦においてはやりたがらないだろうし。

 

『エンゲージ アラート コンタクト A2 会敵までおよそ45秒』

 

「了解!!──全く簡単に言ってくれますね!!ブレイヴ01エンゲージ!!」

『こちらイーグルレイ401。ようやくご到着か!?』

 

 顔に汗を滲ませながら操縦桿を握りなおし、目の前のスクリーンに表示されたレティクルを睨みつける。特殊な磁場もなんのその。センサー一式(センサースイート)は感度良好だ。

 敵からは目を離さず、中尉は飛び込んできたクリアな声に応える。ついに守護天使(アークエンジェル)のお出ましだ。中尉は口角を上げつつ返信する。

 

「待たせました!散開(ブレイク)面舵(スターボード)!!」

 

 対空砲火を掻い潜り、泳ぐかの様に飛び交う"フライ・マンタ"の群れに飛び込み、その動きについて行く。1機がバンクを振り、そのまま流れる様にブレイクして行く。

 すぐ脇を流れ弾が飛び去った瞬間、怒涛の様な対空砲火が始まる。中尉はコールしつつグイと操縦桿を引き倒し、機体を大きく傾ける。軍曹は逆方向にブレイクし、離れ離れになる。敵の眼を逸らすためだろう。

 決してスマートとは呼べないだろう。分厚い大気の前に薄い翼がたわみ、軋む。そのジワジワと響く破壊的な音に背筋を凍りつかせながら、それでも強気で風を掴みにかかる。

 

 操縦を受け、滑る機体が90°近くロールする、ナイフエッジに近い機動だ。遠心力により足に血が集まり、意識が薄くなる感覚に歯を食いしばりつつ、暗くなり行く視界の中首を巡らせ着陸地点(LZ)で付近の地上を観察する。

 目の前の地上で激しいマズルフラッシュが瞬き、1機のMS──"ザクII"が照らし出された。吐き出された曳光弾(トレーサー)は夜空を彩り、眼に見る事の出来ない死神を引き連れ"フライ・マンタ"を掠めて行く。それでもなお体勢を崩さない"フライ・マンタ"のパイロットに、中尉はほくそ笑み、胸中で喝采を送った。厚い鋼板の如き凄まじい戦度胸(バトルプルーフ)だ。戦闘攻撃機(マルチロールファイター)パイロットには勿体無い位だ。いい攻撃機乗りになれる。

 

「ブレイヴ02!ブレイヴ03は後回しだ!まずはヤツらを叩く!!」

《ブレイヴ02了解》

 

 一方的に言い切った中尉の目つきが更に変わる。細められた目を大きく見開き、怪しげな光を灯す。心がざわめき、口元には歪んだ笑みが浮かぶ。

 ()()()()()のだ。中尉の頭はすでに切り替わり、激しく回転し始めた。情報では3機らしいが、他の2機は確認出来ない。これはチャンスだろう。この機を逃す訳にはいかない。

 

『情報とは1機違うが……援護に移る!』

 

 伍長の事は既に頭になく、ただ目の前の状況だけを見ていた。いや、追い出したのだ。肩を怒らせる様に前傾姿勢となり、ただ前だけを見る。通信はするりと抜けていったが、『援護』だけは拾っていた。

──戦える。また、あの戦いが出来る。自分の土俵に立てる。敵を叩きのめせる。

 

 楽しくなってきた。楽しく。恐ろしい程。本当に。

 

「ブレイヴ02!ヤツに集中砲火を浴びせる!!ロケット弾と機関砲をあるだけ掃射する!目標はA2!!その隙に切り離す!!イーグルレイ各機へ!俺達にドッグファイトは無理です!援護頼みます!!」

 

 一方的に怒鳴り立て、中尉は風に乗った機体を翻した。風を受け流し、時に大きく乗り、時に切り裂く。ぎこちなくも宙を舞う"ジーク"はまるで鳥の様だった。

 

《ブレイヴ02了解》

『こちらイーグルレイリーダー。各機了解。エスコートは任せろ。傷一つ付けさせないさ』

 

 動翼が稼働し、ベクタードノズルは推力方向を捻じ曲げる。力強く、大きく旋回し、島嶼を回り込む。隙を見つけ、軍曹が合流したのを背中で感じ、島影に紛れつつ低空侵入飛行に移行、海面を剥ぎ取る様に飛びながら目標を正面に捉える。視界の端には"フライ・マンタ"が護衛に回る。軍曹はその横だ。特徴的なリフティングボディを持つ守護天使達は、その出番を今か今かと待ち構えていた。その様子に軽くうなづきつつ、こちらに背を向ける機影がスクリーンに大きく映し出される。

 眼前で、A2はあたりを飛び回る"フライ・マンタ"に向けめちゃくちゃに弾丸をばら撒いていた。だがしかし、目の前の敵に気を取られ、背後から迫る猛禽には気づいていなかった。

 

『マスターアーム オン』

 

 中尉はシート傍の精密射撃用ヘッドスコープを引き出し、顔の前で固定する。FCSが活性化し、表示されたレティクルがA2の姿を捉え、ロックオンする。ビープ音が心地良い。スクリーンの隅に"VALID AIM"(確実な照準)と表示された。いつも通り。準備は万端だ。軽く唇を舐める。硝煙の味がした。

 先程の射撃で、空中からの射撃による誤差はある程度修正されている。地表に近づいた分、気流が安定しないが、それでも致命打は与えられなくても、貴重な時間を作り出す事は可能だろう。

 己が背中に向け照射された赤外線に気づいたのか、目の前でA2が慌てて旋回しようとしているが、もう遅い。遅過ぎる。足場の悪さもあるのかも知れないが、それ以上に反応が鈍い。湧き出した違和感を締め出し、中尉はそれを声と変え、口から吐き出した。

 

「喰らえ!!」

 

 トリガーを押し込む。その瞬間、暗闇を眩しいばかりの光が斬り裂き、炸裂した。編隊を組んだ混成部隊が、一点に向け一斉射撃を行ったのだ。戦術爆撃に近い破壊の雨が、地表の形を変えんとばかりに襲いかかる。

 13.2mm弾、25mm弾、100mm弾、ミサイル、ロケット、あらゆる射撃がA2に躍りかかる。その渦巻く火力の嵐は、地表を舐める様にしてその計算され尽くした効果を発揮し始めた。

 

 地獄の釜の蓋が開く。怒涛の如く殺到した弾丸が、弾頭が、爆弾が地面を耕し、立て続けに起こる爆発が地表を抉り、閃光と爆音を伴い消し飛ばす。その光の奔流の中で、巨人のシルエットが黒く浮かび上がり、持ち上げられ、グズグズに崩れて行く。魔女の鍋の様相に、魔女のバァさんは締めとばかりに鍋をかき混ぜにかかる。響き渡る重低音と高音が入り混じった音は、まるで高笑いの如く島に反響し揺らす。

 それでもなお攻撃は続き、飛び散った四肢を空中で更に噛み砕いて行く。そこに、"ザクII"がいた痕跡はすでに残っていなかった。ただ、爆炎で切り開かれ、硝煙に掻き混ぜられた荒れ地が残るだけだった。折れ飛んだ木々には火が燃え移り、抉られた地面からは黒煙が濛々と立ち上る。舞い散る火の粉が風に吹き散らされ、夜空を赤く染め上げようとその手を伸ばす。

 楽園(エデン)は止まる事を知らず、一瞬にしてその姿を変えて行く。"ゲルニカ"と言うワードが脳裏をかすめた。

 

 しかし、中尉はそれをのんびりと眺めていた訳ではなかった。それどころか、少しも気にも止めていなかった。この惨状は、あくまで陽動に過ぎない。

 中尉はただ、身体に力を込め、コンソールだけに集中していた。コンソールに赤く表示された弾切れの表示、青く表示された切り離し可能速度、降下可能高度計が点灯すると同時に、躊躇いなく切り離しスイッチを押し込んだ。

 

「降下!!」

 

 その声は出ていたのか否か。スイッチオンと同時に、爆砕ボルトが作動した。閃光と火花が疾走り、その大きな翼が根本から外れて行く。ゆっくりと揺らめき、薄い雲を纏い、白線を引く翼は、そのまま空気抵抗の前に引き剥がされ、大気へと溶け出す様に砕け散って行く。

 蝋の解けた英雄の翼は、バラバラになり暗い世界へ消えて行く。しかし、そこに悲壮な空気はなく、生まれ変わりの儀式の様な荘厳さがあった。暗闇の中、光と火を放つ爆砕ボルトの輝きは、まるで不死鳥が自ら放つ焔の様だった。

 

 センサーが捉えた背部の小爆発、それに続き翼が外れる軽い衝撃、大気の壁に激突する重い振動。巨人の身体が翼から解放され、同時に折り畳まれていた"シェルキャック"が展開し、風を浴びまるでマントのようにはためいた。

 突風が複雑な形状の装甲に切り裂かれ、耳障りな音を立てる。はためく"シェルキャック"はその音に彩りを加え、シンフォニーを奏でるかのようだ。

 

「よぉし!!切り離し成功だ!!」

 

 中尉は叫んだものの、一瞬の無重力状態も束の間、身体が、魂が重力に引かれる。まるで、運命の束縛、大地の呪縛の様に。

 ぐんぐんと近づく黒々とした地表は、所々に火種が燻り、地獄への門の様だった。その時間は数秒にも満たないごく短い時間であったが、中尉には長く遠い時間であった。脳裏に張り付く不安を振り切るには、その時間は少々長過ぎた。抉られた木々は暴風に揺さぶられ、火のついた木の葉が烈風に巻き上げられる。騒めく世界と手招きする木々。硝煙が漂い、空は赤く染め上げられていた。

 

「……っ、ッ!!」

 

 パラシュートが自動で展開され、中尉の身体が前のめりに投げ出される。シートベルトが身体を締め付け、身体を引き裂き、その中身を絞り出さんとするかの様だ。パラシュートが切り離され、一瞬、中尉はその莫大なエネルギーから解放される。しかし、そんな中尉に休む暇を与えず、"ジーク"はパラシュートを切り離しては展開を繰り返す。

 3度目のパラシュートが切り離され、トドメとばかりに"ジーク"に装備された脚部、腰部の追加スラスターが猛烈な逆推進をかける。身体がバラバラになりそうな衝撃、脳を揺さぶられる振動。もうめちゃくちゃだ。今まで世界に逆らった負債を、一気に返されたのかの様な衝撃。それは、人の乗るものとは思えなかった。

 

「……っ!?」

 

 "コルヴィヌス・ユニット"の一部にエラーが走る。背部に装着されたパーツの一つが外れない!?しかし、もう間に合わない。出来ることは無い……。

 不完全なまま速度を緩めた"ジーク"の爪先を、地面を蹴立てる様に掠める。装備された履帯がけたたましい音を立てながら駆動し、1度2度と小さくバウンドした後地面に食らいつく。砂を蹴散らし、泥を跳ね、焼かれた地面を踏み砕き、激しい爪跡を残しながらその轍を刻み込んで行く。バランスを崩しながらも決して倒れ臥す事は無く、暴力的な人工の嵐が、大地を削りにかかる。

 

『エンゲージ アラート 12時方向 A1 注意を』

 

「ンぐ!?お、おおお……」

 

 身体を強張らせ、衝撃を堪えていた中尉は、コクピット内に突如鳴り響くアラート音で弾かれた様に顔を上げた。機体は速度を殺し切れず、未だに滑走中だった。それはまるでローラースケートの様であり、ホバー移動の様でもあった。ただ違うのは、その制御がほぼ不可能な点である事だった。

 複雑で変化に富む地面によって激しい振動がコクピットに襲いかかり、その牙を剥いていた。バランスを取るのに精一杯だった中尉は反応が遅れ、慌ててスクリーンを睨みつけた。

 

 アラートの通り、スクリーンの中で目の前の森に火線が飛び込む。砂煙と共に森が揺れ、その中から1機の"ザクII"が顔を覗かせた。

 左肩のスパイクアーマーは無残にも吹き飛ばされ、根元から千切られていた。その装甲の大半を凹凸に無理矢理再構成された上、爆炎と煤で真っ黒に染め上げたその姿は、蹌踉めく動きと相まって悲惨な様相を見せていた。そして、焼け出されたかの様な"ザクII"は、こちらを捕捉したかの様に見えたが、そのまま硬直した。

 

「──………ぉおオォォォォォリャァァぁぁぁあああああ!!」

 

 射撃に追い立てられ、逃げたと思ったその先で、MSが信じられない速度で突っ込んで来たのだ。思考停止に陥っても仕方が無いと言えばそうであろう。しかし、その一瞬は戦場において致命的な影響を暫し及ぼす。無慈悲なまでに。

 だが、その衝撃は中尉も同じだった。まだ姿勢制御の途中だ。射撃をしようにも"100mmマシンガン・ツインバレル"は残弾0だ。頭部機関砲では致命打になり得ない。脚部の履帯は悲鳴と火花を上げ、今にも切れそうだった。選択肢は、ごく限られていた。

 

『シールド レディ』

 

 経験の差か、行動を起こしたのは中尉の方が先だった。苦し紛れの一手として、ただ腹の底から声を出しつつ、本能のままにシールドを突き出す事しか出来なかったが。

 しかし、それは決して悪手では無かった。事が此処において尺詰まった時、行動出来るか否かの差が、明暗を分かつのだ。中尉は、その博打に賭け、勝ったのだ。

 

 暴走とも呼べるスピードで、地面を蹴散らし滑走する巨人の持つ莫大な運動エネルギーをそのままに、"ジーク"はシールドを硬直した"ザクII"に叩きつける。展開されたシールドは、寸分違わず正拳突きの要領で突き出され、"ザクマシンガン"に直撃する。

 閃く様な鋭い一撃に、解放された運動エネルギーが牙を剥き、その効果を吐き出しにかかる。激しく破片と火花が散り、思わず耳を塞ぎたくなる様な重い金属音がコクピット内に響き渡った。重い一撃は"ザクマシンガン"を棒切れか何かの様にヘシ折り、元銃であった鉄屑に変えて天高く弾き飛ばした。同時に"ジーク"背面にへばりついたままの残骸も揺さぶられ、けたたましい悲鳴を吐き出した。

 

 突然の衝撃に、突き飛ばされたかの様に"ザクII"はバランスを崩し、思わずよろけた様だった。2度、3度とたたらを踏み、ズルズルと滑る地面に手こずり姿勢を保とうと四苦八苦していた。そこへ、激しく燃える火の塊が突っ込んだ。航空機の残骸の様なそれは、回避もままならずまともに受け止めた"ザクII"を押し倒し、地獄の火炎を撒き散らした。

 立て続けの攻勢に、堪らず"ザクII"は倒れ伏し、パニックを起こしたかの様にバタついた。その上に更に降り注ぐ残骸は、もはや流星が降り注ぐかの様だ。無慈悲で残虐、それでいて美しさを感じる様なその光景は、地獄絵図の一巻きの様であったが、中尉は見ていなかった。

 

「っ!」

 

 滑走を続ける機体は左腕をシールドごと振り抜き、"ザクマシンガン"を弾き飛ばした"ジーク"はそのままスピンする。パーツが飛び散り、辺り構わず一面に金属片を飛ばし、美しい木々をズタズタに切り裂いて行く。"ジーク"はその勢いのままシールドを地面に突き刺し、滑る機体を強引に止めにかかった。泥や木の根を掻き混ぜ、力任せに引きちぎる激しい音と共に、"ジーク"はその運動エネルギーをすべて消化し滑走を止めた。

 内心ホッと息をついた中尉は、切り替える様にすぐ様顔を上げ、膝をついた姿勢のまま迅速にリロードを済ませる。ロックオンはまだ有効だ。シールドで滑走を止めたため、機体は敵機の方を向いている。中尉の操縦に機体は間髪入れず反応し、泥まみれのシールドと"ツインバレル"を構えるが、"ザクII"は既に沈黙していた。

 

『アラート 射線軸に友軍有り 射撃を非推奨』

 

 中尉の目の前のスクリーンの中、IFFとFCSが警告を表示する先で、"ザクII"は既に事切れていた。あまりの事に、惚けた様にそれをぼんやりと見惚れる中尉の脳裏に、その光景がゆっくりと焼き付いていく。

 燃え盛る火の中、コクピットに突き立てられた"スローイングナイフ"が遅れて炸裂する。それはまるで死ぬ間際の痙攣か、断末魔の様だった。まるで地獄の釜で煮られる亡者の様に、力無く手足を投げ出し倒れ伏していた"ザクII"は、その一撃で呆気なく真っ二つになった。

 

《こちらブレイヴ02。敵機撃破(ワン・ダウン)。目標を、A3に》

 

 "スローイングナイフ"に続く様に小爆発が連続し、バラバラになり行く"ザクII"。スパークし爆発してるのは関節駆動用の超伝導キャパシタだろう。既に力尽きた四肢を嬲るかの様に燃え盛る炎の奥に立つのは、照り返しで赤く染まる軍曹の"ハンプ"だ。燻る黒煙の奥、右手に"180mmキャノン"を抱えたまま、キラリとメインカメラを光らせる。そこに映り込む炎は勢いを増し、対照的な"ハンプ"の冷たさを際立たせていた。"シェルキャック"越しに掲げられ、こちらに向けられた左腕だけが、その殺戮劇の残滓を纏っていた。

 中尉の乗る"ジーク"とは違い、"コルヴィヌス・ユニット"全ユニットをパージし、泥汚れの1つも無い装甲は、揺らめく炎を写し出す。それは、まるで巻き上がる風に"シェルキャック"を揺らしつつ立ち上がる"ジーク"と対比するかの様だ。

 跪く死神と、地獄を挟み、その傍に独り立つ天使。中尉は、目の前の守護天使の姿に目を細めた。

 

 鋭い音を搔き鳴らし、"ジーク"の背から最後の"コルヴィヌス・ユニット"が地面にその身を落とす。鈍い音を響かせ地面に横たわるそれは、使命を終え、満足気にその姿を泥の中へと沈めて行く。そのあまりにも呆気ない別れ際に、中尉は呆然とそれを見下ろすのみだった。

 そして、黒煙が渦巻く天からは、クルクルと回る鉄の棒がまるで神の杖の様に舞い降りた。耳をつんざく様な金属音と共に墓標の様に突き刺さったそれは、先ほど弾き飛ばした"ザクマシンガン"だ。周囲に破片が降り注ぐ中、コクピットには装甲を叩く乾いた音が音楽を奏でていた。

 

「了解──了解だ!任せられるか!?C2!!伍長機は!?」

《こちらC2!反応ロスト!──いや、プレッツ・エル2が救難信号を拾いました!!》

 

 最小限の動きで旋回しつつ、澱み無い動作で"180mmキャノン"を構える"ハンプ"に背を向け、中尉は生い茂る森林に紛れつつセンサーの調整を行う。並行して沈黙を続けるレーダーの強度を高め、同時に上等兵の支援を求める。MSは高性能なセンサーを多数搭載しているが、ミノフスキー粒子はその作動を阻害する。現在のミノフスキー粒子濃度ではそこまでの支障は来さないが、本来の性能はとっくに活かしきれない。

 それに加え、その機能も戦闘向けに調整されており、探索救難(SAR)にはあまり向いているとは言えない。そのため、電子戦能力は専用の電子戦機に任せる方が良く、また最終的には目視による情報収集が最も確実となるのである。

 飛び込んで来た返事に逸る心を抑えつつ、周囲の状況と戦火を伺いながら、中尉は待つ。

 速さが求められるSARであるが、不用意な行動は危険だ。軍曹が敵を引きつけてくれているとは言え、ここは敵地(インディアンカントリー)だ。どこに潜んでいるか判らない敵に対し不用意に無警戒な側面や背中を晒せば、それはミイラ取りの末路に他ならない。荒野のウェスタンに置いては、大胆かつ繊細な行動が必要となってくるのだ。

 

《バイタルサインは──やりました!安定しています!無事な様です!ポイントチャーリー84、海に沈んでいます》

 

 

 

ここだよ

 

 

 

 軽い電子音と共にデータリンクされ、地図に表示された海域を見つめる。比較的浅く、岩壁に囲まれており波も穏やかな一帯だ。その海の底、問題のビーコンは発せられていた。

 ここからでは直接見えないが、海岸沿いで繰り返し洗い流される砂に、その手がかりは残っていた。砕け散る波に紛れ、光る物や明らかな人工物が紛れ混んでいる。"ジーク"のセンサーはそれを逃さない。浮かび、撒き散らされていく油、バラバラになった魚の切れ端、海底付近の砂埃も舞い上がったままだ。伍長はまだ水底に沈んでいるのだろう。

 沈んでる、か。水と言うものは、速度が伴えば伴う程存外に硬度を発揮するものだ。特に、航空機の墜落、不時着時に水面はコンクリート並みの硬さとなり、それ以上の衝撃を与えるものだ。さらに、海には波がある。それは地面が波打っているのと同じだ。伍長はよく無事だったものだ。

 中尉の脳裏には、手酷くやられ、"マングース"で不時着した時の事が鮮やかに蘇っていた。あの時も酷かった。機体もコクピット周辺及び胴体の一部を除いて粉々に砕け散り、散らばった上火を噴いていたらしい。飛び散った破片の一部はまだ体の中にあり、火傷の痕は消えていない。砕けたキャノピーの切り傷はまだ治りきっていないくらいだ。今も、MSの戦闘機動に耐えられず、時折傷口を開き血を流す。後遺症と言えばそうであるが、生き残る代償としては軽いだろう。しかし、その時の衝撃は想像を絶する。メインコンソールは打ち付けられた頭で大きくへしゃげていたらしい。ヘルメットが無ければ即死していただろう。

 伍長も、息はあるらしいが継戦不可能な怪我さえしていなければいいが……。それは無理な相談かもしれない。MSにも不可能は多いものだ。脊椎にダメージが無ければいいが……。中尉はごく短い期間であったが、大切な教え子の1人であるマット・ヒーリィの言葉を思い出していた。

 彼がMSパイロットになるきっかけが、"ザクII"による降下時、着陸に失敗し、背骨を折り死んだパイロットの機体を無傷で鹵獲した功績であった事だと聞いていたからだ。機体がいくら丈夫でも、中の人間まではそうはいかない。衝撃を殺し切れなければ、MSはただの棺桶と化してしまう。一番脆いパーツが人だと言っても過言では無いかもしれない。MSのコクピット周りのパーツ構成にも、乗員保護及び生命維持には多くのリソースが割かれている。旧世紀の戦闘機の時点で、それは既に現れていた。人としての限界(マンポイント)を越える技術革新は宇宙世紀となり、宇宙開発と伴い発展して来た。新機軸の兵器であるMSにもその機能は援用されてるが、それでもまだ足りないのだ。MSは、既に技術革新が待たれているのだ。それは、きっとコクピット周りだろう。

 先程MSを棺桶と言ったが、その棺桶は最新の技術で構成された、機密情報の詰まった超高価で巨大な棺桶だ。凄まじいパワーを持つMSと言えど、そんな物を担いだり引きずったりしたまま戦闘など不可能だ。ゲームや漫画ではないのだ。

 

「了解。はぁ……良かった……さて、お転婆姫(ミンクス)を迎えに行きますか……」

 

 しかし、生きていると言う確証は得た。それは何よりも安心を中尉にもたらした。自分の中で渦巻き、噴出した感情が穏やかに凪いで行くのを感じて、中尉は戦場に立ちながら確かな安堵を覚えていた。それでいて油断無く周囲を警戒しながら、ふと思った。コクピット周辺が無事ならデータも無事であるだろう。おやっさんも大喜びそうだ。

 生きていたとしても…と言う最悪の展開を頭の隅に追いやり、中尉は唇を歪め軽口を叩く。その中尉の強がりに気づいているのかいないのか、軍曹はいつもと変わらない様子で続けて口を開いた。

 

《ブレイヴ02より01へ。A3撃破。周辺警戒に移る》

 

 当たり前の様に敵MSと交戦、撃破した軍曹は、それを事も無気に報告する。視界の端では、軍曹の"ハンプ"がトリプルキャノピーの密林の中へその身を沈めて行くのを捉えていた。軍曹の能力に、中尉もその事に違和感を抱く事も無くなりつつあった。

 求めた事をそれ以上の成果を持って応える軍曹。自分の部下には勿体無い。と言うかもはや指揮をとって欲しい。今更ながら、中尉は小隊長と言う地位と自分の立場に疑問を感じつつあったのであった。

 

「10ヤードライン、確保……っと、こちらブレイヴ01了解。こっちも見つけた。3分くれ」

《ブレイヴ02了解》

 

 肉眼と様々なレーダー、センサーで周囲を見回していた中尉は、返事は聞かずそれだけ言い切ると首を巡らせ、真っ黒な海を睨みつける。深く青い色で、柔らかそうにゆらゆら揺れる夜の海は、陸地の上と比べて静まり返っている様に見えた。しかし、夜の海は全く別の顔を持つものだ。その奥に見えない危険を内包している物なのだ。

 穏やかさの中に潜むであろうその危険に、中尉は思わず喉を鳴らして唾を飲み込んだ。吸い込まれそうな藍色は、月の光を乱反射させ揺らめく。その光はいつもとは違い、弾き返す光は人を拒む様で誘う様な妖しさを秘めていた。しかし、中尉は深く息を吸い込むと、それを大きく吐き出した。それと同時に意を決し、機体をその中へと進めて行く。抵抗が大きくなり、同時に発生する浮力に足を取られそうになる。中尉は慌てず、少しずつ探る様にして進んで行く。

 

 

 

だいじょうぶ?

 

 

 

『こちらイーグルレイ501。401と交代だ。周辺空域にストレンジャー無し。このままFARCAPに入る。上は任せろ』

「ありがたい!助かります!」

 

 "ジーク"が肩まで海に浸かり、動きの制限がかなり酷くなってきた。この機体は水中活動は基本的に考えられていない。可能な様には設計されているが、あくまで壊れないだけだ。その状況での作業、ましてや戦闘などは論外だ。この機体で、水中で取っ組み合いなんぞする輩が出て来たら、そいつには絶対に関わりたくは無いと中尉はふと思った。そいつはよほど追い込まれているか、よほど向こう見ずなヤツに違いない。

 上空警戒中のイーグルレイからの通信を最後に、"ジーク"は完全に水没した。バックパックに装備された投光器を探照灯の様に照射し、深い闇をかき分けて行く。スクリーンには舞い上がる塵、驚きその身を翻す魚などで賑やかになり、まるで水族館状態だ。もちろん、こんな状況なのでそれを楽しむ余裕はカケラも有りはしないが。"ジーク"の腕は水をかく様に動かしているが、意味があるのかないのか。……水中活動のシミュレーションもやった方が良いかもしれないな。

 意外と言ってはなんであるが、"陸戦型ガンダム"は水中で比較的スムーズに歩けていた。脚に装着されたままの"おしゃれブーツ"が適度な錘となっており、さらに装着された履帯が上手く水底を掴み、その歩を進めるに力を貸していたのだ。さらに、海面を通し深海までも届くブルーレーザーにより、C2からのデータリンクは健在であった。位置情報、地理地形情報、海流など様々なデータが見やすく視覚化されており、終いには目の前の魚のデータまで表示され始めた。中尉も流石に苦笑いを隠せず、一緒に流れて行く現地の伝統料理方法を眺めた。美味しそうだった。蒸し焼きとかいいよね。食べてみたい。

 

「おい伍長!生きてるか!?」

 

 ついにセンサーが伍長機を視界に捉えた。海底に跪く様に擱座しており、また、周りをカラフルな魚が興味深そうに泳ぎ回っており、周辺の岩場と相まって石像の様にも見えた。中尉は安堵のため息と共に逸る心を押さえつけ、蝶の夢を見る潜水服へとインカムを通し思わず呼びかける。口角が上がるのを抑えられない。とにかく、会えて嬉しかった。あの時の絶望がもう一度こみ上げ、どこかに消えていく。そんな気がした。

 返事は無い。それどころか通信がオフラインになっていた。またもむくむくと膨らむ危機感と焦りに、焦るな、焦るなと肝に銘じ、破片が沈む海底を踏みしめて行く。ばきりばきりと砂が砕けて行く。砂の中に様々な物が眠っているのだろう。

──既に役目を終えた物にも、さらなる眠りを。ただ深く、安らかな、永遠の眠りを。

 "ダンプ"は見る限り、大きな損傷は見られ無い。四肢の損壊も無く、中尉は落ち着いて傍に機体を跪かせ、"ダンプ"の引き起こしにかかった。

 起こすだけで悪い。すまないが、コイツはまだ眠らせるワケにはいかない。

 

 

 

やっほー

 

 

 

 傷だらけの装甲にマニピュレーターが接触し、同時にお肌の触れ合い通信(接触回線)がアクティブになる。機能に異常無し。冷静になると浮かんでくるのは作戦の事だった。既にかなりロスをした。時間も無い。上では軍曹が待ち、部隊の到着を地上部隊が待っている。これ以上の長居は無用だ。

 肩部装甲のフックにマニピュレーターをかけた中尉に、何やら通信が聞こえて来た。ここは海底、聞こえる通信は伍長だけだ。すわ問題かと中尉は耳を傾けた。

 

《……──す……》

「…す、なんだ?」

《…す、すごくきれいな花畑が……すてきな香りの白い花がいっぱい…花火かな?でも花火はもっとこう……パァーって…》

 

 思わず操縦桿からするりと手を離しそうになる。カクンと傾けられた首は脱力しきっていた。なんだかんだでなにやらヤバそうだった。そして、下を見たお陰で、機体の一部が砂に埋もれている事に気づいた。無理に引っ張り上げたら千切れるかも知れない。周辺を掘る必要がありそうだ。

 

『シールド レディ』

 

 小さく悪態をつきながら、素早くコンソールを叩きシールドを展開させる。

 微かな気泡と共に、シールドが前へと滑り出す様にして展開される。先程の戦闘でも、その先端は鋭さを失ってはいない。むしろ更に切っ先の鋭さは増しているかの様だ。ルナ・チタニウムの強靭性は凄まじい。そして、質量兵器の威力もだ。"ビームサーベル"は比較的消費エネルギーが少ない方のビーム兵器であるが、それでも大電力を必要とし、更に稼働率、整備性、信頼性などの問題も多い。コンパクトで軽く、先端に質量が無い為従来の格闘兵装と比べ段違いの速さで刃を翻し、捌く事が出来る反面、鍔迫り合いで余計な力が必要であったりコツが必要であったりするが…今回、最悪掘り出す事が出来なければ、"ビームサーベル"によって溶断する事も考えていたが、水中においてパフォーマンスが大きく低下するのもその問題の1つと言える。質量兵器の導入も検討して欲しいものだ。

 

「──大丈夫か!?無事か!!」

《…あれ?耳の奥で鐘が鳴り響いてるよぉ〜……》

 

 シールドを突き立て、地面を削る様にして抉って行く。掘られた泥濘が水中で拡散し、舞い上がる泥がさらに酷くなる。塵が視界いっぱいに広がり埋め尽くして行く。だが、軍事用に調整された煙幕などはともかく、その程度の妨害など、MSのセンサーの前には無力に等しい。あらゆる高性能センサーの情報が統合、モニターに反映、投影され、くっきりと浮かび上がった輪郭を、シールドが滑らかになぞって行く。

 センサーは伍長機がもたれかかる様にして背を預ける遺跡に、なんらかのレリーフが刻まれているのを見つけ出したが、残念ながら今は余裕が無い。手応えの違いから遺跡の一部を破壊している事に冷や汗をかきつつ、中尉は声がけを欠かさずに作業を進めて行く。

 

「はははっ!はっはっはっはっ!!来い!来い!行くぞ!!」

 

 シールドが仕事を終え、被っていた泥を掬い上げ、細やかな砂を落とす。中尉は伍長機を一気に引き揚げ、抱える様にして立たせる。舞い上がるチリに視界が再びゼロに近くなるが御構い無しだ。センサーが更に変わりつつある周辺環境に再適応を始めるが、それが終わる前にどうせこの後はもっと酷くなる。周囲の魚達が2度目の天変地異に驚き、泳ぎ回るのを眺めながら、中尉は微かに遠く揺らめく月明かりが差し込む上を見上げた。

 静かで、美しいところだが、ここは俺たちの世界じゃない。帰らなければ。この世界に別れを告げて。

 

「さぁ!行こう!」

 

 

 

もう。しんぱいかけないでね?

 

 

 

《しょ!少尉ぃ〜怖かったぁ〜……なんか声が聞こえるんですぅ〜…》

 

 

 

へん。へん?よくわからない…

 

 

 

「は?ワケが判らんがとにかく行くぞ?ブレイヴ02も待ってる」

《りょ、了解です。あー…マウスピースしてよかった……》

 

 寝ぼけていた様な声から一変、心の底から元気そうな伍長の声に安堵し、中尉は"おしゃれブーツ"をパージする。爆砕ボルトは正常に作動し、最後に残った"コルヴィヌス・ユニット"もその役目を終え、眠りについて行く。黙礼を捧げ、振り切る様にフットペダルを踏み込む。"ジーク"は"ダンプ"を抱え、その機体を持ち上げにかかる。"ザクII"を始めとするその他のMSには不可能だろうこの芸当は、"陸戦型ガンダム"にはお茶の子さいさいだ。

 そもそも、"陸戦型ガンダム"のポテンシャルはこんなものではない。そもそも機体出力及び推力は"ザクII"と比べ物にならないのだ。セミモノコック構造の堅牢な機体フレームが叩き出すそのパワーは折り紙つきで、1G下においても、片手でも"ザクII"を大きく投げ飛ばせるパワーがある。最大出力なら、自機の十数倍の質量すら押し留められるだろう。"オリジナル"は、一体どれ程の性能なのだろうか。いつか、少しでも触れて見たいものだ。

 

 仄暗い海底に、存在するはずの無い炎が疾走り、光と波を作り出す。生み出された力は波紋となり、波及し、織りなす世界に新たな理を描き出していく。

 音が鈍く響き渡り、爆発的なスラスター噴射が周囲の海水を蒸発させ、噴流を巻き起こす。あわててスラスターを噴かし始める"ダンプ"を置き去りにし、機体が持ち上げられ始めるのに合わせて、海底の砂や塵、魚などの生物がかき混ぜられ、大きく巻き上がる。振動が逆巻く渦を生み出し、有象無象を掻き分け、"ジーク"は"ダンプ"を伴い津波と共に仄暗い海面から顔を出し、身体を出し、そのまま深い夜の空へと舞い上がる。その時間は、まさに刹那の瞬きだ。躍り出る機体を持ち上げる莫大な推力は海面に大きな波紋を残し、人工の波が砂浜に打ち寄せ、戦闘の爪痕を少しずつ洗い流して行く。

 

 飛び散る海水を蒸発させ、煌めく光を纏った機体が、海岸にその脚をつける。ダバダバと装甲の隙間から滝の様に垂れる海水が砂を押し流し、下草を洗い、滑り落ちては水溜りとなり、また海へと還って行く。中尉は足元に気を配りながら機体を踏ん張らせ、伍長機を助け起こす。ぎこちなく立ち上がる伍長機に、中尉は苦笑を漏らしつつよく観察する。傷だらけだが、激しい損傷は見られない。データリンク上でもオールグリーンである。大したタフさだ。他の兵器ではこうはいかない。そこにMSの異質さがあった。その高過ぎる汎用性は、明らかに兵器という枠を逸脱している。極限環境においても作動するだろう堅牢さは、本当に求められていたモノなのか。

 中尉が周辺警戒を行う中、伍長機はその機能を確かめる様に機体を動かす。MSによる体操というデジャヴを感じる不思議な光景を背に、そこへ素早く音も無く軍曹機が集結した。

 3機のMSが立ち並び、その上空をC2が旋回する。漸くスタート地点に立った。漸くいつも通りの、俺たちのチームだ。

 

《C2よりブレイヴ03へ。ご無事で何よりです》

 

 心の底から安堵した様な上等兵の声が聞こえてくる。呼応するかの様に上空のC2がバンクを振る。

 

《はい!着陸しました!》

 

 思わず脱力し、首が下を向く。その動きに、"陸戦型ガンダム"も連動し下を向いただろう。ややずれたヘルメットを手で戻しつつ、中尉は人知れずため息をつき、呟く。──墜落だろ。その一言は誰の耳にも届かぬまま、空調へと吸い込まれていく。

 きっとこの機体のCECSフィルターは、色々な言の葉ががんじがらめに絡まって、それは酷いなってる事だろう。人は言葉に住むものだ。普段は地球連邦軍の共通語たる英語で喋るが、思考の根幹はやはり親しみ慣れた日本語(ジャパニーズ)だ。言葉遣いこそ変われど、日本語の複雑さは今もなお健在だ。軍曹は喋れない言語が無いくらい様々な言葉を使い分ける。伍長はスペースノイド訛り(コロニアル・イングリッシュ)である。おやっさんもまた違う訛りだ。上等兵も多くの言語を使い分けるが、英語は軍曹曰く地球のとある大学でしか学べない英語(オックスブリッジ・アクセント)だそうだ。軍曹がそれを喋れる事に驚いたと同時に親近感が湧いたとの事で、2人で話す時使うそうだ。俺には判らない。少尉はやはりと言ってはなんだが月訛り(ルナリアン・イングリッシュ)なのだ。人種というか、言葉の坩堝の様な部隊である。

 漢字仮名交じりに加え、英文が絡み合う魔女の鍋の様なフィルターを、少し見て見たいと思った。

 

《もう…はい、判りました。あまり心配をかけないでくださいね?》

《はぁーい!!》

 

 元気よく会話し、上空の上等兵へと親指を立てる伍長。本当に機体も本人も元気そうで何よりだ。続いて大きく腕を振り始める"ダンプ"を横目に、中尉の頭はそれを締め出し、ゆっくりと回り始めた。冷えた頭は、機体のコンディション管理を眺める目とは別に、同時進行で走り始め、今後の作戦を少しずつ組み立て始める。

 しかし、うまくいかなかった。決して厳しい訳でない。予定変更こそあれ、未だに奇襲をかけるには破格の条件だ。情報が揃っていない訳ではない。現時点では判断を下すに充分過ぎる程の量はある。追い込まれており、その打開策が無い訳でもない。

 では、何か。何なのだろうか。捉えようのない何かが、確かに中尉の頭の中で、何かが邪魔をしている。かぶりを振っても離れない。何か。何がだろうか。

 

 その違和感はすぐに判った。両隣りに並び立つ軍曹、伍長。上空を旋回している上等兵、海の向こうで待っているだろうおやっさん達……。仲間だった。

 今まで何度も死地に送り込み、別れを経験していたはずなのに。中尉は今、ようやく自分の手が小刻みに震えている事に気がついていた。顔の前に手を出せば、戦慄く指先がよく見て取れた。その先の闇を写すスクリーンに、唇を戦慄かせ、怯えた目をした骸骨の様な影が浮かび上がる。

 その幻影を頭を振る事で追い出そうとしたが、そんな事は出来ないだろうと頭でどこか冷めた声か囁きかける。

 

 中尉は、限りなく死に近づき、そして帰って来た伍長に恐れをなしていたのだった。失う、恐怖を、思い出したのだった。

 

「……ぁ」

 

 乾いた唇、喉の渇きに呻く声が漏れる。震える手が治らない。グニャリと視界が歪み、コクピットの内壁が迫り押し潰されそうになる。そんな中尉を、呼び戻す声が響いた。

 

()()

「え、なに?」

 

 水面から引き上げられる様に、中尉は現実に引き戻された。力が抜け、思わず間抜けな声が出る。軍曹が作戦中にコールサインで呼ばない事はまず無い。どうしたんだろうか?

 後方を警戒し、こちらに背をむける"ハンプ"から、軍曹の顔は拝めないが、その頼もしい背中が中尉には輝いて見えた。中尉の裏返った声を流し、軍曹は静かに、ゆっくりと続ける。

 

《気にしないで、欲しい。呼んでみた、だけ、だ。それで、何の話、だ?》

「…すまん。ありがとう」

 

 先程までの恐怖が、既に去っている事に中尉は気づいた。かるく頰をかきながら、恥ずかしそうに感謝の言葉が口を割って出て行く。

 どうやら軍曹にはすべてお見通しだった様だ。いつもと変わらないが、言葉の端にどこかおどけた様な余韻を残す軍曹の声は中尉の胸に染み渡り、暖かく広がって行く。その暖かさが指先まで伝わり、満たして行くのを中尉は幻視していた。

 

《気に、するな。それで、いい。その悩みは、悩む、必要は、無い》

「……おう」

《こちらC2。上空に到達。プレッツ・エル2より指揮権を譲渡、上空援護(ファースト・ムーバ)を開始します。周辺に敵影無し。移動前に装備を点検してください》

 

 センサーが微かな羽音を拾う。見上げれば、IFFがグリーンの反応を示している。遅れながらの、守護天使の登場だ。上等兵の声が響き渡り、状況が、動き出す。

 

「了かi……伍長、武器は?」

 

 見慣れたコンソール、そしてそのスクリーンの先には、手ぶらで突っ立っている"ハンプ"が所在無さげに周りを見渡していた。

 

《え?…………あっ》

「あ、て…オイ」

 

 伍長の気の抜けた声に、中尉は思わず額に手をやる。1番重武装で出撃したはずの伍長は、その装備を全てばら撒いて墜らk…墜落したらしい。"ツインバレル"も、シールドも、その裏に懸架された"ハイパーバズーカ"も、何1つ本来の仕事を果たさぬまま、輝かしい初陣を飾るどころか冷たい海の底だ。

 実戦において活用し、その運用データを録ると言う目標もイオク・オジャン。とんだ着陸もあったものである。せめて1つにまとまって木にでもぶら下がっていたら良かったのであるが、現実はそんなに甘くは無い。

 

《…な、ナッシングヒューマンライフです…はい……》

「──見りゃわかる。仕方無い。コイツをやる。下がれ」

 

『"スローイングナイフ" レディ FCS同調』

 

 中尉はリロードを済ませた"ツインバレル"を受け渡し、コンソールを叩き兵装を選択する。機体がオートで可動、最小限の動きで肩部装甲裏に装備された"スローイングナイフ"を抜き放った"ジーク"は、通常の人間には不可能な腕の動きをしていた。

 ここがMSの優れた点であると同時に操作上の難点でもあった。自分に不可能な動きはパイロットが機体操作時に想像し辛く、扱いきれない場合が多い。高いスペックがあろうと、活かせないどころか振り回されたら元の木阿弥だ。中尉もその中の一人で、敢えて格闘時の関節稼働範囲にはリミッターを設け、人間に極近い動きまでとしている。だが、オート動作はまた別だ。MSが設定した動きをするだけなら、関節の可動範囲を考える必要は無い。MSを身体の延長と考えた上で、中尉はその性能を活かしていると言えるだろう。

 

 中尉はコンソールに表示された文字を見つめ、唇を噛む。敵戦力、特にMSの数は完全に把握している訳では無い。既に3機、一個小隊を撃破しているが、この規模の環礁とは言え、戦いを有利に進める為敵はそこそこの戦力を投入して来ているはずだ。推測でしか無いが、恐らく中隊規模の展開が予想されている。

 "スローイングナイフ"は左右両肩合わせて8本。数こそ多少心許ないが、その投擲された運動エネルギー及び成型炸薬の破壊力は、直撃すれば正面からでもMSの装甲を貫き、撃破し得るに十分な打撃力がある。"サイドアーム"よりは役に立つだろう。

 

《わ、ありがとうございます!これで百人力です!》

「つまりゼロか?」

《10倍ですよ10倍!》

 

 ちげーだろ。ツッコミに中尉はもう声も出さなかった。キリが無い。こーゆーのはピンで終わらせるのがキチだ。ジョークは即興で。後に引きずると禍根になるとデータベースも弾き出している。結論じゃねーのソレ?

 歩行モードの調整を行うため、コンソールを叩きながら横目でスクリーンに映る伍長機を睨む。タンタンとリズムよくタッチパネルを叩く指先は踊る様に動き、必要な作業を終えて行く。 

 この動作にも慣れたものだ。世界各地を股にかけ転戦を続けているが、なんだかんだで熱帯雨林のジャングルばかりな気がする。実際間違ってはいない。中南米、東南アジア、そしてこの太平洋環礁。その分蓄積した経験はさらに"ジーク"の動きを軽くしなやかな物にして行く。

 

《こちらC2よりブレイヴ01、03へ。準備が完了次第、ポイントゴルフ94へ移動後、右翼防衛部隊の援護を。ブレイヴ02はポイントパパ81の『カラスの巣』制圧後、狙撃につき左翼の援護をお願いします》

 

 上等兵の声と同時に、地図が更新され、矢印が書き込まれる。二手に分かれ、中尉達は長機(リード)として伍長とロッテを組み、海岸沿いに移動し、展開した敵戦線の横腹を突く形になる。軍曹は『カラスの巣』、つまり見晴らしのいい高所の陣地を抑え、戦線の後方からそれらを援護する形になる。環状に連なった島々を渡りつつ、敵の包囲網の至る所に穴を開ける形で遊撃を行う形になるだろう。忙しくなりそうだ。

 スクリーンに映る"ジーク"の右手に、しっかりと握られた"スローイングナイフ"を確認した中尉は軽く安堵の息をつく。くるりと手首を回し、"ジーク"はマニピュレーターの中で"スローイングナイフ"を弄ぶ。滑らかに鮮やかに軌跡を描く切っ先に、マニピュレーターの動作は申し分無い。構造上、自己推進するものの発射はされない為、MSの腕を振り上げ、振り下ろす勢い投擲するが、それは飛ぶ勢いを付与する動作に過ぎない。標的へ命中させる為のコントロールは指先の動きに他ならない。最後までマニピュレーターにより細かく射線を調整出来る"スローイングナイフ"の命中率は、銃で行う射撃よりあらゆる要素が更に複雑に絡み合う。その為マニピュレーターの調子が重要となって来るのだ。

 

 しかし、オート動作はやはり慣れない。おやっさんを疑う訳でないが、普段から直感的な操縦の為セミマニュアルに近い操縦をしている中尉にはやはりあまり信用ならなかった。因みに、その近くで"ツインバレル"を振り回す伍長機の操作はフルオートである。これは操縦が単純で簡単である反面、画一的な動作であり読まれやすい。しかし、通常の戦闘であればそれで十分過ぎるくらいのデータ蓄積は為されていた。

 

「ブレイヴ01了解!」

《あいあい!引きずりおろして細切れにしてやっちゃいましょう!》

《こちらブレイヴ02。了解。予定通り。移動を、開始する》

 

 ここからは別行動だ。正直メインアームが無く、軍曹の援護が無いのはかなり辛いが、やるしか無いだろう。敵戦力は多いが、その多くが分散し配置されている。この地形のお陰だ。狭い島の集まりに、海、山、川が複雑に交わり平地はほぼ無いと言っても過言では無い。

 その為、大部隊を一極集中し配備する事による戦力及び火力の集中が出来ず、数の利を活かしきれないのである。数を活かし戦線を引き延ばす事で包囲こそしているが、複雑な地形により分断され連携が難しい状況に陥り、機能不全を起こしている。前線から離れた場所に配置された小隊は何も出来ず、襲撃されても戦力の逐次投入しか出来ないのである。だからこそ、各個撃破する戦術が有効になるのだ。

──それにしても、高地か。軍曹が行くんだ。ハンバーガーを作る為のミンチメーカーって所だな。もちろん取られる方が、だ。

 

 軍曹が普段狙撃に用いる"180mmキャノン"は、本来曲射による長射程と打撃力、カートリッジ式の弾倉による速射能力を活かした攻城兵器として開発された物だ。MSに長距離砲撃戦能力を持たせる為の装備で、今回の作戦においてうってつけと言えるだろう。

 勿論、砲撃精度や瞬発火力、継続火力その他は"ガンタンク"の持つ120mm連装砲に遠く及ばない。しかし、装備の変更のみで、ある程度の機動力を持たせたまま、"ガンタンク"に近い仕事が出来る存在となれるのは、機体そのものが汎用性に優れている証拠だ。

 機動力のある兵器に火力支援をさせるのは、カウンターバッテリーアーティラリー対策の迅速な陣地転換に対応していると言えるが、MSにその仕事をさせるのは役不足で宝の持ち腐れとも言える。MS本来の仕事は高機動を活かした強襲能力であり、既存の兵器とは一線を画す強みだ。他の仕事はあくまで高い汎用性の結果でしかない。

 

 隆起したサンゴ礁と火山岩からなる"キシラ"環礁の地質は非常に硬い。地下に壕を掘れば鉄筋コンクリートでなくとも爆撃や艦砲を防ぐだろう硬度を誇る、天然の要塞とも呼べるレベルだ。しかし、それは安易に地面を掘る事が出来ない事の裏返しでもある。

 ジオン軍はこの攻勢において、恐らく、いや確実に大規模陣地を構築する時間を確保していない。個人用のタコツボを掘る事さえ手間取る地質に阻まれ、航空写真には陣地とは名ばかりの粗末な部隊集団が確認されていた。押し込まれている守備隊が攻勢に出る事も無いだろう為、必要無いと言ってはそれまでだが、おそらく飛び込んで来たMSで暴れ回られたらひとたまりもないだろう。

 その様な、『まさか』を突くのが俺達の仕事だ。

 

《C2よりブレイヴ03へ。FCSは無事で何よりです。上陸隊に武器運搬の支援要請を出しておきました。また、整備班長からの伝言です。装備類は基本的に既存の技術のみであるので、機密保持の為の爆破は可能な限りで構わないとの事です。安心してください》

《あ、ありがとうござーい!!ってわー!すごーい!!》

 

 伍長が見る先では、思わず目を疑う様な光景が映し出されていた。"180mmキャノン"を抱え、"シェルキャック"をはためかせた軍曹機がスラスターを小刻みに噴かし、()()()を走っていた。不規則な走り幅跳びの様な動きで決して足を止めず、凄まじい速さで遠ざかって行く。その姿はあっという間に水平線の彼方へと吸い込まれて行き、最後に一際大きな跳躍と共に完全に消失した。

 確かに"陸戦型GM"は、機体を持ち上げるに十分な推力がある。そもそもMS自体が、地面効果を利用する事で極短時間であればスラスターを用い滑空する事が可能だ。しかし軍曹はそれをせず、あくまで2本の脚で海面を蹴り、走っていたのだ。

 

「海面を……?」

《えぇっ!?でもたのしそー!すごいですねー!》

 

 そのあまりの行動に、初めは驚いていた中尉も、その不規則な動きから違和感を覚え、コンソールを叩き地図を呼び出す。そして、地形を確認して漸く合点がついた。

──めちゃくちゃだ。なんつー事をしているんだ。思わず呻き、感嘆の声をあげる。

 

「──いや、岩礁の上か。流石だな」

 

 そう、軍曹は海の上で無く、点々と浮かぶ浅瀬や隆起した岩礁を蹴り、足場にする事で走っていたのだ。

 

 一度理解してしまえばタネは簡単だが、尋常では無い操縦技術である事には変わりなく、中尉は顔を顰め舌を巻く。いや、神技に近い。

 今尚更新されて行く地図上に示された軍曹のルートは、目的地へと最短距離を行くものであったが、その足場が酷過ぎた。たった数メートル四方の浅瀬や、中には数十センチ単位の岩礁を足場に、海を跳んで渡っているのだ。もはや異常とも呼べる。地上においてのケンケンでさえ、並みのパイロットがこなす事は難しい。その上この"キシラ"岩礁は大陸棚の上で無い為深度の差が激しく、1つ間違えれば深海へ真っ逆さまである。脚を踏み外しても同様だ。言うなれば目隠しをして飛び跳ねながら綱渡りをしてる様なものだ。とんでもない精神力である。

 

「よぉし。俺たちも動くぞ!!ついて来い!!」

《りょ!!》

「ちゃんと返せ!!」

 

 MSに乗り、万全のバックアップ体制を受けている今だからこそ悩まされる事はほとんど無くなったが、無線通信はノイズがつきものだ。古い言い方をするとエーテルの状況にもよるが、今は特にミノフスキー粒子散布下なら尚更だ。だからこそ聞き間違いを少なくする為、わざわざ長く特徴的な単語を用いるフォネティックコードなんて物が存在するのである。頼むからそれくらい何とかして欲しい。

 しかしいつまでも見惚れている訳にいかない。俺達には別の仕事が待っている。この様子では軍曹が先に交戦を始めるだろう。それに乗じ、こちらも合わせて陽動を行うのだ。本来交戦が起こるはずの無い地域で戦闘が勃発すれば、敵は大混乱に陥るだろう。その奇襲効果を上乗せする為にも、なるべく同タイミングの攻撃が有効だ。

 "ジーク"が砂を蹴立て走り出す。"ダンプ"がそれにやや遅れて続く。第一の目標は隣の島だ。一衣帯水を跨ぐ事になる。そこを狙い撃ちされない様にしなければ。

 

「C2。こちらブレイヴ01。敵MSの反応はあります?」

《C2よりブレイヴ01へ。現在確認されている機体は"カプレカ"島を挟んで向かい側のみです。現在、右翼防衛隊は"マゼラ"系統の戦車と交戦中です。プレッツ・エル2の情報から、従来型より長砲身である車輌が確認されていると言う報告があります。ご注意を》

 

 新型か。小さく口の中で呟き、その言葉を噛み砕く。慎重に島嶼の陰に隠れ、移動しながら中尉は口を開く。レーダーの少しずつ、確実に酷くなって行く。ミノフスキー粒子濃度が高まっているのだろう。

 1番怖いのは、海を渡る時、MSによる遊撃を喰らう事だ。腰まで水没しない程度の水深の場所は限られている。MSは潜水こそ出来るが、移動速度は劇的に低下してしまう。時間が惜しいが、待ち伏せも怖い。

 

 南国気分そのものの様な、目の前の枝葉を押し退ければ、目の前が大きく開けた。海が広がり、その先には戦火に照らされた黒い影が聳え、赤く染まる空とコントラストを描き出していた。

 燃え上がる木々に照らされて、夜の闇は薄められ、驚くほど明るくなっている。しかし、それはごく一部だけだ。照らされていない部分は深い闇が渦巻いており、底が知れない深淵の様だ。それがあちらこちらにある。海、砂浜、草木、岩、煙、空…それらが混じり合い、まさに魔女の鍋の中の様だ。

 

 センサーが何度も走査し、データリンクと合わせ見通して行く。

──敵は確認出来ない。

 

「了解。行くぞ!!伍長は俺の移動後に援護を待て!」

《はい!》

 

 中尉はぐっと操縦桿を握り込み、フットペダルを踏み込む。勢いをつけた"ジーク"が弾かれたかの様に走り出し、全力で飛び出して行く。

 

 

 

うん。わかったよ。

 

 

 

「──ん……?」

《どうたんです?》

 

 なんだその略し方。機体に感じた微かな違和感は、伍長の気の抜けた声に流されて行く。

 気持ちだけが先に進んで行く。前へ。前へ。ただ、その先へ。

 

「いや。なんでも無い」

 

 

 

ここだよ。ここ。

 

 

 

 機体が疾走る。空を裂き、波を越え、踏み切り、跳ぶ。

 

 海の上を、跳ね飛び、渡る。さながら韋駄天の如く。

 

 それは、波の槍衾の飛ぶトビウオの如く。

 

 それは、海面の極低高度を切り裂く様にして飛翔する"ゼロ"("ジーク")の如く。

 

 中尉は戸惑いながらも、その波へと乗って行く。確かに浅い所を走ろうとしているが、こんな事はやっていない。"ハンプ"とのデータリンクか?違う。判らない。だが、使わせてもらう。

 硬い皮膚より速い脚。兵は拙速を尊ぶものだ。速さは強さの裏返しである。戦場において、敵を上回る能力は、決してマイナスにはならない。後は、それを使いこなすか否かだ。

 

《わー!!少尉も出来rへばぁ!?》

 

 対岸に足跡を刻んだ中尉は、岩陰に身を隠し伍長へ合図を送る。興奮冷めやらぬふわふわとした感覚の中でも、センサー走査を忘れない。目の前には黒々とした闇が広がっている。熱帯雨林の密度の差が僅かな濃淡を作り出しているが、通常のリアル画像では殆ど何も見えない。中尉は舌打ちしつつ、センサーを切り替え、注意深く探って行く。

 一方、意気揚々と親指を立て、自信満々で踏み出した伍長は、二歩目で頭から水没した。言わんこっちゃない。

 

「おい!!……仕方ない。ブレイヴ03は迂回しろ!地に足つけてけ!」

《りょ、了解……》

 

 脚だけが海面から突き出たシュールな光景から目を背けつつ、中尉は今日何度目かのため息をついた。

 同時に、違和感も強くなる。軍曹はマニュアルで跳んだのだろう。しかし、伍長はオートだ。結果沈んだ。データリンクは正常だ。何が違うのか。何が。

 

「ブレイヴ03。ここは海辺一つとっても、砂浜、腐葉土、岩場と地面の様子は様々だ。陸地は陸地で木々も多いが湿地も多い。歩行モードに気を配れ。いいな?」

 

 

 

まかせて

 

 

 

《了解です!》

《こちらブレイヴ02。ポイントパパ81を、制圧。左翼の、援護を、開始する》

 

 目の前に集中し、目を細める中尉の耳に、早くも朗報が届く。思わずガッツポーズをした中尉は、明るい声で返答を行う。

 

「……速いな。流石だ」

《ブレイヴ02から、ブレイヴ01へ。気をつけろ。罠の、可能性が、ある》

「何?どうしてだ?」

 

 予想はしていたが確定した戦果に、喜びが滲み出す中尉の声とは対照的に、軍曹の声はいつもと変わらなかった。

 思わず眉をひそめる中尉。機体を停止させ、通信のノイズが少なくなる様アンテナの方向を調整する。先に交戦した友軍からの重要な情報だ。聞き漏らすわけにはいかない。

 

《まるで、素人の陣形だ。抜かれるための、様な、な》

 

──抜かれるため、ねぇ。

 

「了解だ。ブレイヴ02、攻撃は慎重かつ散発的に行い、評価を頼む」

《ブレイヴ02了解》

 

 中尉はかつて自分が取った戦術の1つである釣り野伏せを思い浮かべる。開戦からはや半年以上が過ぎ、戦慣れし始めたジオン軍はズル賢く狡猾だ。慢心すれば足元をすくわれるだろう。舐めてかかれる相手では無い事を改めて肝に念じる。

 

《相手が引くなら突撃あるのみじゃないですか?》

「敵が一歩引いたら、二歩踏み出せ。だが、敵が二歩引いたら、踏み出すなよ」

《んむ?》

 

 後方で足元を確認しつつ歩いているだろう相方に、中尉はそれだけ言い切って前を見る。広がる砂浜は、水際迎撃にもってこいの地形だった。

 ぞわり、と毛が逆立つのを感じる。うなじの疼きが腰まで、ヒヤリとした感覚が駆け下りて行く。口元が歪むのを感じた。

 

《こちらC2よりブレイヴ01へ。敵部隊は戦車2個小隊が確認されています。ブレイヴ03の援護が無い今、慎重な行動を》

「こちらブレイヴ01、了解。引き続き情報支援を頼みます」

 

 

 

……くる!

 

 

 

「んっ!?」

 

『エンゲージ アラートセンサーに感あり 12時方向 正体不明機(アンノウン) 数は不明 データベースに該当無し 注意を』

 

敵レーダー波 照準(エイミング・レーダースパイク)回避を推奨』

 

 いきなりコクピット内に警戒音が鳴り響く。ロックオン警報だ。目の端に、真っ黒なスクリーンの一部が瞬くのが写り込む。反射的にフットペダルを蹴飛ばし、つんのめる様にしてしゃがみこんだ"ジーク"を掠め、砲弾が後ろの岩を砕く。激しい擦過音。飛び散る火花と爆発音が畳み掛ける。先手を取られた。

 遅れて、やや間延びした発射音が島嶼の間を響き渡る。敵の砲はかなりの高初速らしい。心臓が跳ね、強張り熱を出す体とは別に、何故か切り離された様に冷めた頭の一部が冷静に判断している。発砲炎から音の到着まで約3秒。約1km前後の距離だ。

 

──なら、そこはもう、俺の距離でもある。

 

「っぶな!!このっ、喰らえ!」

 

 観測した射撃点に向け頭部機関砲をばら撒く。ばら撒いている。中尉はミノフスキー粒子濃度計を弾かれる様にして覗き込み舌打ちした。FCSが…ミノフスキー粒子濃度がレベル3か!もうFCSは当てにならない。機関砲を短い0.3秒単位のバーストに切り替え、牽制及び威嚇射撃を行う。スピンアップが0.1秒以内という性能だからこそ可能な荒技であるが、やらないよりマシだ。

 

『アラート コンタクト 射撃炎観測 敵戦力不明 撤退を推奨』

 

 姿勢はそのまま、機体を折り畳むかの様にしてスラスターを噴かしスライディング。激しいGに身体が軋むが、歯を食いしばって耐える。立ち上がる動作に組み込み、"スローイングナイフ"を投擲、同時に地面を蹴り跳ぶ。また別の方向から襲い来る砲弾が砂浜にクレーターをこさえた。焦る気持ちをグッと抑え、ランダム回避運動と敵射撃点の発見に尽力する。

 遠方で爆発し、一呼吸置いて連続した破裂音が続く。爆炎の奥、跳ね上がったのは砲塔か。どうやら"スローイングナイフ"はその仕事を真っ当にこなした様だ。

 

「次!」

 

 断続的な発砲炎。続く擦過音、着弾音、炸裂音と炸裂音が地面の形を変えて行く。降り注ぐ砲弾に、中尉は向かってくる死を感じ、一雫の汗を頰に垂らす。しかし、中尉は既に、射撃間隔と射撃点を割り出していた。最低限の足さばきのみで敵弾を躱し、シールドで弾き、少しずつではあるが確実に近づいて行く。

 

『シールドに被弾 損害報告 損傷度クラスC 戦闘に支障無し』

 

 視界の端でコンソールの待ち望んだ青を確認し、中尉は唇を歪める。大反撃の開始だ。ほぼ一方的に撃っていた驕りを、一方的に撃たれる恐怖にして返してやろう。

 その瞬間、足元が爆発する様に粉塵が舞い上がる。敵弾の炸裂では無い。"ジーク"のスラスターだ。莫大な推力が機体を押し上げ、投射する。炎の尾を引き、流星は烈火の如く進出する。

 

 ──敵陣の真上へ。

 

「遅い!」

 

 腰部に懸架されたグレネードを解放、移動に任せばら撒く。振り撒かれた破壊の意思が炸裂し、死の破片を撒き散らす。

 着地で突撃砲を踏みつけ、慌てて旋回を始めた別の突撃砲を返す刀で蹴り飛ばす。確かに、通常の"マゼラ・アタック"とは形が違う。主砲の砲身がかなり長く、突き出た翼もコンパクトだ。しかし、その長砲身も活かせなかったらただの宝の持ち腐れだ。物干し竿にもならない。そのまま目につく物に対し、フルオートで頭部機関砲を乱射する。ハルダウン、ダックインすらしていなかった突撃砲は、その側面に大量の穴を開けられ、炎と煙を噴き出し始める。蹴散らされ、怯え、逃げ惑う兵士が砕け散る。グレネードを投げつけ、吹き飛ぶ有象無象が地面に再び落ち、撒かれる。

 

「地形を利用出来ない突撃砲なんぞいい的だな。基礎からやり直すこったな"物干し竿"」

 

 Yラックが欲しいな。こんな時に使うものだろう。メインアームが無い以上、グレネードだけで殲滅は不可能だ。頭部機関砲も弾が足りん。

 それに、まだ居る筈だ。まだ。残骸の数が足りない。混ざり合ったものもあるだろうが……。

 その答えは既に、スクリーンに出ていた。履帯の轍。風化はしておらず、まだ新しい。

──まさか!?

 

 

 

そっちからくる!

 

 

 

『アラート 8時方向 至急回避運動を』

 

 ロックオン警報。何かが繋がる感触。慢心していた身体が跳ねる。考えていた頭が現実に引き戻される。それが命取りとなる。思わぬ一瞬の隙。それは、中尉にとって無限の時間に感じた。感覚でわかる。頭のどこかで声がする。

──間に合わない。

 

「──ッ!」

《…bない!!》

 

 何か聞こえたが、頭が理解しようとせず、ノイズとして処理する。死の迫る極限状態に、反射的に歯を食いしばり、身体を縮こめる。

 しかし、衝撃は来なかった。死んだ経験は無いが、うまく死ねたのだろうか?

 

 恐る恐る顔を上げる。どうやらまた死に損なったらしい。スクリーンに、蜂の巣になった"物干し竿"を今まさに踏みつける"ダンプ"が映る。そのまま、こちらに"ツインバレル"を振り上げ、ガッツポーズをする様にブンブンと振る。

 そのまま腕を振り下ろした"ダンプ"は、"ツインバレル"を乱射し、伍長はトドメとばかりにSマインを撃ち出す。左手も休まず、グレネードを投げ、対地掃討を行う。炸裂し、撒き散らされたキルボールで地面が捲れ上がったかの様に波立ち、のたうつ。

 中尉も合わせてグレネードを放る。装甲に飛び散った破片がが当たる軽い音を聞きながら、事態の収束を感じた。コンソールを叩く。やはりだ。周辺に動体、生体反応が消失した。殲滅完了。突撃砲2個小隊と傘下の部隊、この短時間で、おおよそ百数十人が消し飛んだのだった。

 

《ふー。やっぱ少尉は私がいないとダメですね。えへへ》

「そう、か?──ま、そう、だな……ありがとう」

 

 伍長の弾んだ声に、曖昧に返し中尉は頰をかく。助けられた。伍長は立派に僚機(ウィングマン)としての仕事を果たしていた。上空での軍曹の様に、しっかりと背中を守ってくれていたのだ。2機の分隊を最小単位とするこのロッテ戦術は、突出しがちな中尉に合っていると言えた。

 しかし、義理堅い中尉の礼がおざなりになる程には、それ以上に気になる事が多過ぎた。

 

 コンソールを叩き、ガンカメラを再生する。"物干し竿"を蜂の巣にした事で、弾薬が誘爆し、爆発するシーンだ。1番の違和感を感じたその瞬間をリピートする。やはりだ。爆発の瞬間シルエットが小さい。まるで子供みたいだ。いや、四肢が千切れ飛んだか?しかし、それにしては妙だ。

 周囲を伺いながら、前後のシーンも同時に画像解析へとかけて行く。予想はついていたが、理解し難かった。自分の勘が外れるその確証が欲しかった。

 しかし、状況はそんな中尉を待つ事はしなかった。

 

《やっはー!!わたしたちには朝ごはん前です!!》

 

 

 

にげて!

 

 

 

《へ?何か言いました?》

「ん?いや。なんだ?」

 

 何言ってんのコイツ。向こうも多分同じ顔してると思う。こっちのセリフだ。この不確かな言動は何とかならんのか。

 

《こちらC2。敵MSが対岸で展開中、こちらに向かって来ています。その場で待機し迎撃を…

──隊長!!伍長!!すぐにその場から退避を!!航空隊による爆撃が始まります!!》

 

──え?

 

《え?どこにです?ハワイ?》

《真上です!!》

 

 反射的に見上げる。遥か後方、雲の切れ間に、いくつもの翼端灯が輝き、流れるのが見えた。

 それが意味するのは、たった1つ。

 

 今回の作戦において、最も効果の高い高高度における水平爆撃が可能な戦略爆撃機は出動していない。爆撃も戦闘爆撃機によるものだけだ。航空機の損害を減らし、またレーダーに引っかからない様、航空爆撃はトス爆撃だったはずだ。

 トス爆撃とは、戦闘爆撃機による爆撃方法の1つで、低空侵入後上昇(ホップアップ)し、一定の高さで水平飛行後を行い、目標に近づく段階でさらに30°の揚げ角で上昇しつつ行う爆撃方法だ。これにより爆弾は緩やかな放物線を描き、アーチの様な山なりの弾道で約5km先の目標に30秒前後で到達する。低空侵入の様に上空まで侵入せず爆撃を行え、また長い滞空時間により比較的遠距離を爆撃出来る反面、風に流されやすく爆撃精度がかなり低いのが欠点である。

 

 轟く様な風切り音を、センサーが捉える。それも1つでは無い。夥しい数の音の波が、鼓膜をおどろおどろしく打ち付ける。破壊の足音が、ひゅうひゅうと夜の闇を切り裂き、まっすぐに向かってくる。闇の中にポツポツと浮かぶ、闇よりもさらに深い黒い楕円。そして、真円。まるで空間そのものに穴を開けた様な、黒が。ここへ。

 

『アラート 至急回避運動を』

 

「ま、ぅえ?うぉお?おっ?ぉぉぉぉおおお!!」

《きゃー!!もしかしてコレ!?助けてぇ!きゃ!逃げるって何処にです!?》

 

 近くで大きな爆発が巻き起こる。砂が舞い散り、岩が砕け、木が薙ぐ。それは地面を震わし機体を揺さぶり、思考と身体を、縛り付ける。その爆発は鋼の暴風を伴い、立ち竦む2機へとどんどん迫ってくる。

 所謂絨毯爆撃がその口を開け、地面を舐め回して行く。閃光と爆音はオーバーフローしシャットアウトされる。コクピットには、身体を震わせ、耳をつんざく警戒音ががなりたてるだけだ。

 

「当たんねぇ所にだ!逃ぃげるんだよぉぉぉぉぉおお!!」

 

 がなり立てる電子音を掻き分け、ただただ叫ぶ。恐怖を紛らわせ、強張り引き攣る身体が少しでも動き、その力を捻り出せる様に。後は声にならない。自分でも理解せず、理解出来ない文言を並べ、それでも叫びつつ、無意識に任せフットバーを蹴飛ばす。機体が急加速し、"ダンプ"を巻き込み猛然と突進を続ける。無我夢中だった。

 

「っだぁ!爆撃中止!!爆撃中止!!聞こえてっかおい!!」

《爆撃中止!!直ちにポイントゴルフ94への爆撃を中止して下さい!!友軍の頭上です!!》

 

 方向感覚も平衡感覚も何もかもが吹っ飛び、自分がどんな状況かも判らない。止まる事を知らない、断続的な衝撃の中、ただ喉が持つ限り叫ぶ。喉が張り裂けても叫び続けるだろう。吼える様な中尉の声は、誰が聞いているのか。

 

『I have control』

 

 あらゆる方向から圧され引かれ、ただ乱暴にかき混ぜられる。天地がひっくり返ったかの様に翻弄され、身体が悲鳴をあげる。痛くない所が無いぐらいだ。全てが壁床天井となりぶつかり、骨の髄から内臓まで打ち響く。

 

 

 

あれも、敵?

 

 

 

 音が止む。静寂が訪れる。コクピットには微かな呼吸音とビープ音だけだ。ベルトに吊るされる様にして支えられた中尉は、その痛みで生きている事に気付いた。目に刺さる光は、機体が正常な事を示していた。

 

『You have control』

 

 軋む装甲とフレームを高鳴らせ、"ジーク"が膝をつき、立ち上がる。普段とはまた違う駆動音に肝を冷やすも、機体はすぐさま強制排熱、冷却を開始し、陽炎を立ち昇らせ熱を吐き出しにかかる。メインカメラを海水がなだれ落ちるが、すぐさま正常化される。

 周りの様子は一変していた。何もなかった。何も。

 

「伍長!!無事か!!」

《し、死ぬかと……海で伏せてて、損傷は軽微ですぅ…》

 

 叫ぶと、近くで泥で濁った海水が持ち上がった。現れた"ダンプ"に、海よりも深い安堵のため息が出る。肋骨を突き破らんばかりの心臓を落ち着け、充血しきった肺を撫で下ろす。乾いた唇、カラカラの口内と喉。ヒクつくこめかみにヘルメットを感じる。俺たちは生きている。

 

 生きていた。俺も、伍長も。

 

 ぎこちない動作で歩み寄ってくる伍長機は、また肩アーマーすっ飛んでる。何でいつもそこばっか壊れるの?魔女のバァさんの呪いかよ。

 しかし、それ以外の損害は認められなかった。不幸中の幸いか。無我夢中で世界の危機100連発をくぐり抜けた様に、現実感が湧かなかった。

 

「はぁ……良かった。本当に……」

《こちらC2。良かった。お二人とも、無事で何よりです。今、上空支援隊へのバースト通信が来ました。繋ぎます》

 

 心なしか震えている上等兵の声にも安堵しつつ、中尉はイラつかせる様に首を振り、インカムに声を叩きつけた。

 

「了解……ったく!!全くこのイーグルレイめ!!バッキャロー!!殺す気か!!デンジャークロースにも程があるぞ!!」

 

 また別のブロークンアローってか!?悪趣味過ぎるわ!!

 

《こちらイーグルレイ601。本当にすまない!!ミノフスキー粒子が濃くて…》

「……はぁ……いえ、こちらも被害は軽微です。言い過ぎました」

 

 向こうの悔しそうで申し訳なさそうな声に、何とか冷静さを取り戻した中尉は、バツが悪そうに頰をかき、謝罪する。不満を飲み込んで腹を壊したという話は聞かない。それに、仕方が無い。仕方が無いのだ。

 

 

 

ちがう。まちがい。間違える。間違えた。私も?違う。

 

 

 

 訓練やシミュレーターを幾ら行おうと、実戦はその想定や予想を上回るイレギュラーが付いて回る物なのだ。それは中尉が痛いぐらいに経験し知っている物だった。

 

《イーグルレイ603だ!GPSにレーダーもFCSもIFFもダメだ!!夜では目視も効かん!!オマケにNVの画像も不鮮明ときた!!どうすりゃいい!!》

《イーグルレイ605よりブレイヴ01へ。1度爆装のため帰還します。ご武運を》

《上空の援護はイーグルレイ301が引き継ぎます。到着は150秒後です》

「ミノフスキー粒子か…アクティブ方式のNVはダメそうだな」

 

 呼びかけられるだけになった通信に耳を傾け、コンソールを叩く中尉は小さく呟く。スクリーンを目まぐるしく切り替え、最適化を図っているが、チラつくノイズがうっとおしい。

 どうもミノフスキー粒子濃度が急上昇を始めている様だ。妙である。戦闘が激化するにつれ、ミノフスキー粒子濃度は少しずつ高まるのが一般的だ。しかし、ここまで急激に上昇するというのは、ミノフスキー粒子散布が行われたと考える方が妥当だ。だが、ミノフスキー・テリトリーを形成するためには、戦艦クラスに搭載されるサイズの核融合炉が必要になってくる。ここにそんなものは無い。

 

《C2よりブレイヴ01へ。爆撃機隊への爆撃を中止させますか?戦線が入り乱れている上、この状況です。半数必中界(CEP)も広く、誤爆の危険は常に伴います》

「しかし…」

 

 言葉を濁らせる。確かにフレンドリーファイア(FF)は恐ろしい。だが、敵の猛攻はもっと恐ろしい。航空優勢はともかく、航空機による露払い、対地掃討はMSの能力を発揮する上で必要だ。機動力が高く、随伴歩兵を連れる事が難しいMSは、歩兵からの不意打ちに弱い。対ゲリラコマンド対策が必要であるのだ。接近され的確に弱点を狙い撃たれてしまったら、大破し擱座する可能性だってある。本来MSは対歩兵戦闘を行う兵器でない。宇宙空間における歩兵、戦力の最小単位なのだ。同等かそれ以上の兵器を破壊する兵器なのである。

 また、現在、打撃力を持つ火力支援は全て航空機によるものだ。今の俺達の様に、最低限の装備で戦線に投入されたMSの攻撃力などたかが知れている。中尉の懸念は火力不足にあった。対地掃討も対戦車戦闘においても火力不足が目立っている。機動力でなんとか補い喰らい付いているが、足りない火力が更に貧弱となっている今、その性能を十分に力を発揮し切れていない。そんな中航空火力まで無くしたら、本格的に何が出来るのか探すのが厳しくなる。

 MSは確かに戦場の主役となった。しかし、その主役を引き立てる為にはそれ以上のカバーが必要なのだ。万能な兵器など存在しない。軍は、戦力とは総合力なのである。

 

《ブレイヴ02からブレイヴ01へ。意見具申の、許可を願う》

「ブレイヴ01了解。意見具申を許可する。なんだ?」

 

 山の尾根に立つと、遥か先からでも視認されやすくなってしまう為、山の稜線に沿って移動しつつ、ふと振り返り先程までいた海岸を伺う。そこにはただ闇が広がるのみだ。戦闘の影響で燃え移った火も、月の光も一切届かず、黒を超えた深さを湛えるそこは、奈落の底の様だ。爆撃により根こそぎ吹き飛ばされ、燃える物すら残らず消失したのだろう。中尉は思わず身ぶるいをした。

……危うく彼処で仲間入りして、棺桶によろしく出来なくなるところだった。散骨はいいもんだが、まだちょいと早い。戦場に立っている以上、命は惜しく無いが、まだ出来る事はあるはずだ。ここはまだ死に場所では無い。犬死は勿体無い。

 

《赤外線ストロボを、用いる。目標をマークするんだ。それに、ペインティングレーザーを照射する。レーザー誘導のスマートボムを、使わせる。どうだ?》

《確かに、それならば友軍への誤爆の危険性は大幅に減りますが──しかし、このミノフスキー粒子濃度です。スマートボムもどこまで機能するか。そもそと敵味方の識別も…あ》

「──そのための攻撃目標マーク、という事か。よし、ブレイヴ03。重大な任務を言い渡す、いいか?」

 

 狼煙を上げるかの古い手だ。だが信頼性の高い枯れた技術は、土壇場において役に立つ時が多いのもまた言える事だ。問題は、問題に直面した時、冷静に辺りを見渡し、あらゆる手段から最適解を導き出せるか否かだ。軍曹は、その能力に優れている。彼が生き残って来たのは、決して運だけでは無いのだ。

 空を見上げ、雲間に紛れるジェット噴流が飛行機雲を突き立てるのを見届けながら、中尉は口を開く。かちりとパズルがはまった様な感覚。その快感を脳でリフレインさせながら、自分の仕事を考え始めていた。

 

《は、はい!頑張ります!お任せを!》

「C2から指令を仰ぎ、協力して爆撃地点をペインティングレーザーでマークする事に専念するんだ。戦闘は極力避けろ。グレネード搭載の赤外線ストロボをオンにする事を忘れるな。後…」

《なんです?》

 

 首を傾げているのが手に取る様に判るぞ伍長。判りやすくてありがたいが。

 

「──投げ損ねるなよ?」

《了解でぇす!!ふっふふ、燃えてきたぁ!!》

《C2了解。C2よりイーグルレイ各機へ。航空目標に対しては赤外線ストロボを投擲し、レーザーペインティングを行います。その為、その2つを確認した目標以外に対する爆撃を禁止します。繰り返し通達します…》

 

 おどけた様に、言うだけ言い切った中尉は、自分を鼓舞する為にも声を張り上げる。

 

「よぉし!気を取り直して行くぞ!」

《こちらC2。敵陣の第二波です。各機警戒を!》

 

 声と共に地図がまた更新される。それを睨みつけ、判断を下す。後は速度だ。

 

「ブレイヴ03は爆撃地点指示を!俺は正面を引っ掻き回して撹乱する!ブレイヴ02!そっちは!?」

MS1機を撃破(ワン・ダウン)。南東方面に展開中の、"マゼラ"部隊を、制圧中だ。任せておけ》

 

 軍曹のいつもと変わらない冷静な声は、どんな時も真実を紡ぎ出す。中尉は、黙って耳を傾けるだけだ。それだけで、明日をまた生きていける権利を勝ち取れる気がするのだ。

 

「了解!ブレイヴ02、さっきの件だが……」

《ブレイヴ02よりブレイヴ01へ。罠の可能性は、限りなく低い。素人、同然だ。統率無し。敵前逃亡。同士討ち。ジャミングだけでは、説明出来ない程だ。キリが、ない。酷いものだ。──だが、油断は、するな》

 

 先程の光景がフラッシュバックする。見間違いでは無かった。裏打たれた真実が中尉を正面から打ち倒そうと殴りかかる。

 しかし、だからと言ってやる事は変わらない。捩じ伏せた力を、口から吐き出す様にして言葉を繋いで行く。

 

「了解。俺も子供らしい影を見た。経験も浅そうだ。よし、ご苦労様、すまないな。……おいブレイヴ03!聞いてるのか!?」

《え?……も、もちの、ウィーズリーですよぉ!》

 

 嘆息。しかし、心の何処かで誰かが安心していた。知るべきでない事、知らなくていい事もある。そんなもの誰が決めるんだ。ただの驕りだ。

 

「ハァ…背中は預けたぞ。頼むぜ?」

《むふー、りょーかい!!神の雷が火を噴きますよー!負ける気がしないぜぇ!》

 

 伍長の元気良い声が、つばと共に飛んで来たのか、スクリーンに水滴がつく。ぺたりと張り付いたそれは、するりと流れて消えて行く。

……いや、そんな訳ない。転々と水滴が広がり、表面を撫で、その形を変えて行く。

 

「……雨?」

《あり、降ってきちゃいましたね》

 

 天から、集まった雲が装甲にあたり軽い音を立てる。ポツポツとパラつき、不規則だった音が変わる。引っ切り無しに立て続く音が、別の音へと変わって行く。

 もう既にずぶ濡れだった巨人達を、雨は更に濡らして行く。海の青を洗い流し、空の青をへと染め上げる様に。熱帯雨林を洗い、地面に吸い込まれ、溢れ出る。

 際限無く、どこまでも、どこまでも濡らして行く。

 

「ったく。畜生。なんてこった。魔女のバアさんの呪いか」

《熱帯、ならではの、スコール現象、か》

 

 それと同時にワイパーもその性能を変えて行く。メインカメラのグレイズシールドに張り付いた雨は、とてつもなく高いところからひっきりなしに降ってくる。

 足元の砂浜は水を吸い込んでいくが、腐葉土はそうはいかない。濁った水が溢れ、流れ出した。まるで地面そのものが蠢く様に、MSの足跡に溜まり、決壊させ、更に崩して押し流して行く。まるで戦闘の残滓を抹消するかの様に。

 

 グレイズシールドのワイパーの性能を越え、画面に張り付いた水滴が目に触る。賢いこの機体は、そのノイズを処理して行く。その視線の先で、彼方此方でみるみる水溜りが出来ていく。 

 まるで地面から湧き出たかの様だ。熱帯雨林は、その様相を変えて行く。本来の姿に、戻って行く。

 

《わたし知ってます!『巷に雨の降るが如く〜我が心にも雨ぞ降る〜』ランボーの詩ですね!!》

「いや、それを言うならヴェルレーヌだ」

《『秋の日の、ヴィオロンのため息の身にしみて、ひたぶるにうら悲し』ですか?》

《そうなんです?》

「……ホント学が無いな。無知と貧困は人類の罪だ。そんなんじゃD-dayに遅れるぞ」

 

 いや、この環礁そのものが大きな水溜りみたいなものだ。巨大な水溜りの、小さな水溜り。俺たちは、今、重力の井戸の底にいる。

 曇天の屋根の下、雨の底、膝まで水に浸かっている。沈んだ世界を泳ぐ魚達は、今は見えない。俺に、水を掻き分け、この世界を飛ぶ事は赦されるのだろうか?

 

 軽口を叩きつつも、歩行モードを変更。+9に。もはやアウトリガー無しでは走る事も止まる事もままならなくなる。岩の上にある腐葉土は、あこちらの足を取る事だけにご執心らしい。その分足音や足跡は消えるだろうが、それはMSにとってそこまでプラスにはならない。

 

《──C2よりブレイヴ01へ。2時方向、距離2800。"ザクII"が1機です。A5呼称します。離島を挟み、迂回する様に接近中です》

 

 上等兵の警告に、弾かれた様に顔を上げる。敵もこちらの位置を把握しているのだろう。しかし、こっちからはデータリンクのお陰で島の向こうだろうと丸見えだ。スクリーンに投影されたシルエットを睨みつけ、中尉は決断を下す。頭の中で組み立てた作戦を実行するため、操縦桿を握り締める。手袋が捻られ音を出す。中尉はこの音が好きだった。

 

「ブレイヴ01了解。仕掛ける!!」

 

 奥歯を噛み締め、フットバーを蹴飛ばす。走り出した"ジーク"が岩を蹴り、木を避け、軽々と崖を登って行く。

 スラスターを使わず、敵に察知される前に側面を取り、先制攻撃を行い一撃の元葬り去る。メインアームも無く、格闘戦を挑まず安全に倒すのにはコレが1番だろう。リスクを冒すものが勝利するが、リスクを避けるのもまた戦術であり、戦いだ。卑怯なんて言葉はイヌにでも喰わせればいい。勝つ方が生き残るのだ。

 

 

 

ここだよ

 

 

──んっ!?

 山の稜線を越えるか否かという時に、機体が何かに反応する。突然のビープ音とその反応に戸惑いながらも、中尉は一度動きを止め、注意深く辺りを索敵する。センサーの走査は行わない。これもリスク回避の為だ。リアル画像は雨の影響を受けるが、画像処理を行わない為ありのままを映し出す。センサー類が拾わない物は表示されない合成映像とは別の強みがあるのだ。

 

 

 

そこにかくれてる

 

 

 

「──!?アンブッシュ!……っておい、バレバレじゃねーか……」

 

 森林から突き出た人工物。円筒形のそれは明らかに砲身だ。それが3本。お行儀よく並び、明後日の方向を向いていた。思わぬ伏兵に、中尉は一度引っ込む。1対4。A5に釣られ飛び出せば、その背中を嫌という程撃たれただろう。

 その下を、元気よく意気揚々とA5が走って行く。その動きに釣られ、1つが砲身をA5に向け、慌てて砲身を逸らす。

……おい、敵ながら大丈夫か?

 

『こちらイーグルレイ201、爆撃準備完了、指示を待つ』

《ここです!パァーッとやっちゃって下さい!!》

『イーグルレイ201了解。爆撃開始』

 

 どうしたものかと首をひねる中尉の耳に、伍長の声が飛び込んでくる。どうやら向こうは順調らしい。"ジーク"は"スローイングナイフ"を握りしめるだけで、答えはくれない。ただこの状況を見下ろすだけだ。

 そんな伍長の脇腹を突かせる訳にはいかない。ならどうするか、答えは1つだ。爆撃の音に合わせ突っ込む!一瞬でも誤魔化し、一対一の状況に持っていけば、戦力差はあれ勝負にはなる!

 

 

 

いま

 

 

 中尉の操縦を受け、"ジーク"が最後のグレネードを投擲する。かなり急な放物線を描き投げ上げられたそれは、山の稜線を越え、地面に2度3度バウンドし斜面を転がって行く。

 

『グレネード 残弾ゼロ』

 

 それと同時に、中尉はフットペダルを力一杯踏み締め、目一杯スラスターを噴かす。唸りと共に溢れる光を孕み、凄まじい音と共に"ジーク"の巨体が宙を舞う。ブレる視界の中、中尉は"ジーク"に"スローイングナイフ"を抜かせるのを忘れなかった。

 

 

くるよ

 

 

 山々の谷間に、爆撃の音が遠雷の様に響き渡る。地面を揺さぶる衝撃に紛れ、グレネードが炸裂し、無数の破壊の意思が撒き散らされ、その殺意を全方位に突き立てる。砲身の正体であった"マゼラ・アタック"2輌が爆風をモロに受け、バラバラに吹き飛ぶ。飛び上がるべき砲塔は無惨にもへしゃげ、その機能を活かす間も無く醜い鉄の塊と化した。

 残る1輌も、焦った様に動き出すと同時に、"ジーク"の足の裏でスタンプされ、地面にその車輌を縫い留められた。

 ここまでは計画通り、だが、1つの誤算は地面が崩れ、激しい上昇と着地の衝撃にシェイクされた中尉をそのままに、押し潰され不恰好なボードとなり滑り始めた事だけだ。時間としてはほんの数秒、距離は2mも無かったであろう。しかし、地面を抉りながらずるずると滑り、湿った火花と金属片を撒き散らすパレードに、気付かないほど敵のパイロットは愚かでは無かった。

 

敵レーダー波 照準(エイミング・レーダースパイク)回避を推奨』

 

「──っふ!」

 

 コクピット内にアラート音が鳴り響く。手にした"ザクマシンガン"を振り上げようとするA5に、"ジーク"は素早く身を翻し、閃く様な速さで"スローイングナイフ"を投擲する。

 流れるかの如く回避と攻撃を兼ねた行動に、スローモーションで揺れる視界の片隅に、A5が射撃を諦め回避行動に移るのを、中尉は見逃す事なかった。

 瞬時に脳内で組み立てられる戦法、反射的に動く身体、それを受け止める操縦系統。寸分の隙は無かった。

 

『"スローイングナイフ" オールレディ』

 

 中尉自身は気付いていなかったが、中尉は笑っていた。声こそ出していなかったが、歪み吊り上げられた唇は隠し様が無い。描き出される敵の末路、先行するイメージ通りの撃破を確信していたのだ。それは錯覚か、幻か、否か。そのまま勢いに任せ、まるで舞踊を舞い踊る様に、"ジーク"は残る"スローイングナイフ"を全て抜き取り、放射状に投擲する。A5が何処へ回避しようと、必ず当たる様に、だ。感覚の様で、詰将棋の様に計算され尽くし追い込まれた時間差攻撃に、標的となったA5に逃れる術は無い。

 怒涛の如き攻撃に、哀れな獲物はどうする事も出来ず、防御を選択した。それは確かに、最善の策と呼べた。下手に回避すれば、致命的な箇所に損傷し、そのまま大破する事も十分に考えられる。しかし、敵の誤算は、"スローイングナイフ"から身を守るには、"ザクII"は明らかに装甲が足りていなかった事だ。

 

 金属が金属を無理矢理に引き裂き、貫く激しい音が響き渡り、突き立った"スローイングナイフ"が炸裂する。装甲を食い破り、内部から腕を吹き飛ばされたA5が蹌踉めく。千切れた断面からは煙が噴き出し、激しくスパークしていた。だが、それは既に関係無い事だった。足を止めた時点で、A5の運命は決まっていた。

 

『"ビームジャベリン" レディ』

 

 暗闇の中を、尾を引く様にして投擲された光の矢が、渦巻く煙を引き裂き目標に突き立てられる。降り注ぐ雨に照り返し、水蒸気を噴出し妖しく光るメガ粒子の刃が装甲を焼き切り、運動エネルギーに任せ無理やり貫入する。めちゃくちゃに掻き回された機体が揺らぎ、機体を支える事が出来なくなり、堪らずに膝をついた。

 動きを止め、スパークを散らすA5は、トドメとばかりに頭部機関砲を乱射し、スラスターを噴かながら接近した"ジーク"の"ビームサーベル"の一閃に幹竹割に引き裂かれる。金属が蒸発する激しい蒸気を無視し、中尉は貫通していた"ビームジャベリン"を蹴りと共に力任せに引き抜いた。それを皮切りに、最早A5だった物は火花を散らす事無く物言わぬ残骸と化し、原型を留めず崩れ落ちた。

 

「待ち伏せしてて、それでも攻撃に気づかないのかよ。連携もクソも無し。問題があるとすれば残弾だけか……」

 

 中尉は目の前で潰れた残骸を見下ろしながら、冷静な口調で独りごちる。烈火の如く畳み掛けた、目まぐるしい連撃は、ほとんど無意識の物だった。

 しかし、それは中尉の理念にかなったものであった。先制攻撃により敵に反撃の隙を与えず、迅速に回避不可能な最大限の一撃を畳み掛ける。如何に相手に先じて自分の持つ必殺の一撃を加えるか。その1つの答えと言えた。徹底的に破壊されたそれは最早"ザクII"と呼べる部分は無く、オーバーキルではあったが。

 周りに動く物はない。緊張から解かれた中尉はコクピットシートに寄りかかり、上を向いて深呼吸した。

 

「っふー。ブレイヴ01、A5を撃破」

 

 残骸を踏み躙り、両手に"ビームサーベル"、"ビームジャベリン"を持つ"ジーク"。滴る雨を照らす光は、揺らめき、"シェルキャック"に身を包んだ"ジーク"を暗闇から切り取る様だ。

 中尉はうなづいて得物をしまう。軽く手を握り直し、ゆっくりと動き出すと。そんな中尉の上空を、またも飛行機雲が通り過ぎていく。雨の中でも音を感じる。中尉は今、全身が感覚器官の様に鋭く研ぎ澄まされていた。機体と1つになる感覚。無意識の内だが、それは確実に訪れていた。

 

『こちらイーグルレイ201。爆撃完了。燃料補給と爆装のため一時撤退する。引き継ぎはイーグルレイ401が行う。到着は130秒後だ』

《お疲れ様でした!イーグルレイさん!聞こえます!?次はここにー!》

『イーグルレイ401了解。爆撃地点へ向かう』

 

 地面を伝わる振動に、その場所が手に取る様に判る位だ。初めて来た場所であるのに、そんな感じが全然しない。むしろ懐かしささえ感じる。見覚えがある様な気がしてならない。

 中尉はかぶりを振る。先程から何か自分じゃないみたいだ。その感覚に身体を任せていいのか。それは甘い誘惑の様で、中尉にそれだけの恐怖心を抱かせていた。死では無く、帰って来られなくなる恐怖。

 頰を張る。小気味好い音と共に、気持ちを切り替える。後で考えればいい。後で。時間はいくらでもあるだろう。

 

 

 

どうぞ

 

 

 

 アクティベートしたセンサーに、何かが引っかかる。鬱蒼と茂る森林の一部が削られている。まだこの地域で戦闘は起きてはいない。墜落した航空機か?しかし化学センサーは燃料や燃焼反応を拾っては来ない。なんだ?

 注意深く疑い、近づいていく中尉はその正体に気付き、感嘆の声を上げた。

 "ツインバレル"だ。恐らく伍長が撒き散らした物だろう。こんな所まで来ていたらしい。安易に持ち上げたりせず、念の為にブービートラップを確認する。確認出来ない。ただ種類の知らない鳥が止まり、その羽を休めているだけだ。南国に似つかわしくない地味な鳥は、巨人の接近に首をかしげ、一声鳴いて飛び立った。

 

《C2よりブレイヴ01へ。申し訳ありません。私が見逃していなければこんな事にはなりませんでした》

「ブレイヴ01からC2へ。雲が出て来ていますし、上空支援にも限界がありますから…気を落とさないで下さい。問題ありません。次のご指示を」

 

 上等兵の消え入りそうな声に、その弱気を吹き飛ばす語気で中尉は返答する。上等兵が如何に優れた人間であろうと、間違いを犯さない訳ではない。当たり前だ。彼女は神ではない。その神様だってうっかりぐらいするだろう。上等兵だって訓練こそやって来ていたらしいが、実戦での上空支援はぶっつけ本番だ。それだけでも良くやってくれている。

 中尉は空を仰ぎ見るが、C2の姿は捉えられない。しかし、確実にこちらを見守り、導いてくれている感覚がある。別行動をしていても、我々はチームだ。その事が中尉の胸を暖かく満たしていく。地図上に表示された、"ハンプ"、"ダンプ"、そしてC2の光点(ブリップ)を愛おしげに撫でた中尉の目に、青い文字が飛び込んでくる。

 

『データ解析 "ツインバレル"と識別 リンク成功 FCS同調開始 レディ』

 

 乾き始めていた唇を舐め、中尉はコンソールを叩く。"ツインバレル"を掴み、慣れた動作でチャージングハンドルを引き、構える"ジーク"。損傷は無さそうだ。バレルの歪みや給弾不良も問題なさそうだ。リンクと同時に自己診断プログラムが走査済で、そちらもオールグリーン。コイツはまだ戦える。

 

《こちらC2、了解です。周囲に敵影無し。出方を窺っているようです。ブレイヴ02も粗方掃討を完了させ、敵は南東方面に撤退しています。上陸部隊を呼ぶには今しかないかと思われます。一気に"キシラ・ベース"まで進軍し、南東勢力を排除、退路を確保し、撤退しましょう》

「よぉし!ブレイヴ03!信号弾を!C2、打電をお願いします!」

《あいよ!任されましたり!》

 

 向こうの島の影がから、"ダンプ"が顔を覗かせ"ツインバレル"を振る。その肩口から花火の様に閃光が飛び、炸裂する。反対側の山の上が微かに光り、流星が尾を引く。2機とも健在。データ上でなく、それを実際に目で見るのとはまるで別だ。歪みかける口元に気付かないまま、中尉は正面スクリーンに映し出された、かつての楽園を見下ろした。

 雨のカーテンの向こう、そこには、既に燃える物が少なくなったのか、火の手が収まりつつあり、煙がもうもうと立ち込める目的地が広がっていた。"カプレカ"島、"キシラ・ベース"。今回の騒動の発端だ。基地と呼ぶには余りにも粗末であったが、放つ殺気は鋭く尖り、全身を突き刺す様だ。

 

《こちらC2了解、"アサカ"に打電します。また、局地的に雷雨が発生してしまいました。そのため一時上空に退避します。その間、申し訳有りませんが情報支援が著しく限定されてしまいます。幸運を》

『こちらホエール01。丁度空中給油のお時間だ。お嬢さん』

『あー、こちらイーグルレイ101。イーグルレイ各機は一時後退する。爆撃は出来ないが、CAPは継続する。その間に補給を行う。イーグルレイ以上』

「了解。よし、ブレイヴ02、03へ。ポイントエコー64に集結せよ。集結後は円周防御を築く!急げ!」

 

 稲光が照らし出す戦闘の爪痕に眉を顰め、中尉はシールドを振り上げながら叫ぶ。ちっぽけな自分の声が、雨音と雷鳴にかき消されない様に。

 

《ブレイヴ02、了解。集結まで、90秒》

《こっちも降って来……ん?あ!ブレイヴ03りょっかい!取り敢えずデコイまいときますね?》

《こちら、ブレイヴ02。ブービートラップを設置しつつ、向かう》

 

 嵐なのに、引き絞られた様な月が見える。死人の様に青ざめた月が。何か嫌な予感がする。その考えを振り払うかの様に、中尉は声を届けんと張り上げる。

 

「"キシラ・ベース"!聞こえるか!!聞こえていたら応答しろ!!」

『──n……ザ…y、友軍か!?…ザザ…おい!!友軍g来たぞ!!』

『──ザ…─友軍!?uソだろ!?』

『ザ…いやった!!…ったz…!』

『──っtい…ザザザ……』

『……っsゅうの……ザザザ──びだ!!──』

 

 ノイズ混じりの荒い通信。混乱し、入り乱れており、正確な情報など得られ無い。しかし、返答はあった。彼らもまた、まだ生き長らえている。それだけでこの作戦の意味はあった。

 余計な事を考える必要は無い。今は、彼等を救い出す事が最優先事項だ。

 

「今から向かいます!!それまで持ちこたえて下さい!!」

 

 それだけ言い切り、両脇を確認すると、軍曹と伍長は既に到着し、次の指示を待っていた。"シェルキャック"の下から、傷1つない装甲を覗かせる"ハンプ"。"ツインバレル"をリロードし、こちらに顔を向ける"ダンプ"。準備は完了な様だ。頼もしい。

 

《防衛線が、崩されつつ、ある、な》

《急ぎましょう!!わっ!スベる!》

 

 冷静な声と共に軍曹は素早く膝をつき、身を隠しつつも"180mmキャノン"を構える。データリンクが開始され、機体が活性化して行くをその隣で足元を滑らせた伍長に中尉は出鼻を挫かれそうになるが、なんとか踏みとどまる。

 いや、これがそうだ。俺達はいつもこうだろう?いけるさ。俺達に敵はいない。

 

「了解!ブレイヴ02はこの場に留まり、可能な限り援護を頼む!!ブレイヴ03!カエル跳びだ!突っ込むぞ!!援護しろ!」

 

 フットペダルを踏み込み、機体が振動し始めるのを身体で感じながら、中尉は叫ぶ。返事は聞かない。判っている。今は、それよりこれから来る衝撃に耐えるだけだ。

 

『コンバットマニューバ オン メインアームレディ』

 

 今夜何度目かの大ジャンプ。それも息をつかせぬ連続ジャンプだ。いい加減Gにも慣れ始めて来た。始めて"ザクII"に乗った時が遥か昔の様だ。今は手足の様にコイツを使っている。

 中尉は空中で手足を巧みに捌き、姿勢を安定させる。宙を舞う機体がゆっくりと後退する"マゼラ・アタック"を捉える。標準はピタリと合いズレる事もない。セレクターを"3"、交互射撃モードに。マガジンは1つだけ。大切に使わなければ。

 

「撃て撃て!!援護しろ!!」

 

 引き金を引きながら自由落下。地面を抉る着地の隙もシールドを向け、"ツインバレル"の3点射を続ける。降って湧いた突然の乱入に反応する事も出来ず、瞬く間に3輌が蜂の巣になり、煙を噴き出し始めた。その奥では"180mmキャノン"の火柱が上がり、爆炎を撒き散らしている。それだけを確認し、中尉は"ジーク"を疾走らせる。砂浜なら十分な機動性が確保出来る。後は時間を稼ぐだけだ。

 

《むっ、後であそこに爆撃頼みます!!ココでーす!!》

『ブレイヴ02へ。予備隊を回す。爆撃地点にはイーグルレイ701が向かう。到着は150秒後だ』

『イーグルレイ701了解!やっと出番だ!張り切って行くから嬢ちゃんは下がってな!!』

《ブレイヴ02よりブレイヴ01へ。上陸隊を視認。直掩に、入る》

 

 遂に動き出した状況に、中尉は心の中で喝采を送る。セレクターを"タ"に。頭部機関砲を織り交ぜ、敵を驚かす事に集中する。ロックオン警報は無し。初撃が効いたのか、敵は組織立った反撃をして来ない。銃口を向ける前に逃げ惑うだけだ。

 

「了解だブレイヴ02!ブレイヴ03!」

《……え?何?あそこにも?…よぉし!怪しいとこにはぶっつけましょう!!》

「聞いちゃいねぇな。こちとら弾切れ寸前だってのになぁ」

 

 しかし、希望は見えている。後はやるだけだ。

 ただ疾走り、翔び、引き金を引く。その中で、中尉は沖を盗み見る。深い暗闇が混じり合う先に、希望の光が瞬くのを、"ジーク"の輝く双眸は捉えていた。

 

 

 

『人は誰しも刻の旅人だ。過去へは記憶が、未来へは希望が連れてってくれる』

 

 

 

静かに囁く啓示に、世界は調べを誘い、祈る………。




ガガーリンが「地球は青かった」と言ったのって、海を見たわけで無く、森林が発生させるなんか青く見えるガスを見て言ったとかなんとからしいです。じゃあ空はなんで青いねん。光の散乱とか?知らんわ。と思ったらアレだ。宇宙だからそら青いわNTにとっては。
宇宙から国境線は見え無いけど、万里の長城とかジャングルを走る道路とか長い物は見えるらしいですね。軽く行って見たいわ。


次回 第六十九章 海と爆薬

「よぉし。どんどん落とせ。デッケェ駐車場にしちまえ」

ブレイヴ01、エンゲージ!!

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