機動戦士ガンダム U.C. HARD GRAPH 名も無き新米士官の軌跡   作:きゅっぱち

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本当にごめんなさい。

正直2度消えたあたりで放り出してました。

いつ終わるかもわかりませんが、今後ともよろしくお願いします。


第六十七章 大鴉の夢

地球上の7割は海だ。

 

人の躰の様に。

 

人の世界は、大陸に広がる。

 

まるで、躰を繋ぐ心の様に。

 

その狭間は、何色なのだろうか。

 

精神は、白か、黒か。

 

 

 

──U.C. 0079 9.18───

 

 

 

 時折ふらりと不規則に揺れるコクピットで、中尉は小さく息をつく。目の前には闇を映すメインスクリーンと、仄かな明かりを投げかけるコンソールに文字が浮かび上がっているだけだ。

 眠れない夜だ。誰も寝てはならぬ夜だ。重く、くっつきそうになる瞼をこじ開け、しょぼつく目を凝らせば、その渦巻く闇が、白い波を砕く海と、星空を抱える夜空である事に気づくだろう。その上を、まるで流星の様に3機のMSが飛ぶ様は非常に非現実的だった。鋼鉄の巨人は翼の先に灯りを抱え、背中からは逆巻く炎を噴き出し、夜空を駆けて行く。

 暗闇に負け、吸い込まれそうな頼り無い光は、それでもやすやすと闇を切り裂き、その存在を誇示していた。翼端灯が残像を引く光は、まるで川の様だ。うねり、浮かび上がり、煌めく。そこには不安定の中に安定を見出そうとする自然の摂理があった。

 

 スラスターの吐き出す噴射炎は、夜の空気を無理矢理かき混ぜ、微かな白煙を引いて行く。低く唸るエンジンも、時折金属特有の高音を出すのみで、静かに輝く月を起こす様な事はしないようだ。眼下の波はその炎を写し、周り、揺らめく。幻想的な揺らぎは、まるで招き誘っているかの様だった。

 風を捉える翼がたわみ、軋む。その微かな音に身体が反応し、中尉は耳を澄ませ、計器を確認する。風向きがやや変わった様だ。しかし、そんな情報は特に無かった。違和感を覚えてざっとコンソールを見回すも、計器類に異常は見られない。鈍ったか、と1人少し寂しくなる。自分は今、果たして()()()()()なのか、()()()()()なのか。頰を軽くかき、浅く息をついた。

 

 夜の闇に紛れ、低空を、海面を舐める様に飛び続けて既に約20分。中尉は一度操縦桿から手を離し、2、3度ゆっくりと何かを掴むように動かす。強張った指が解され、みしりと骨が鳴る。飛び立った時の興奮も今は薄れ、今や、どこかボンヤリとした気分だった。

──やはり、自分は……。長かったものな。仕方がないのかもしれない。人は変わる。しかし、その変化を恐れてはいけない。変えない限り、変わらない限り人は生きてはいけないのだ。何も持たず、草原で1人投げ出されれば生きてはいけない様に。自分を変え、周囲を変え、世界を変える。そうやって人は生き延びて来た。

 変える事が出来る生き物が人間なのだ。変化を恐れてはいけない。全ては変わりゆく。だが、何も失われてはいない。

 

 やがて、このMSも主力兵器で無くなる日も来るのだろう。戦艦が、戦車が、航空機が、誘導弾が、主力兵器の座を譲った様に。

 だが、それは今ではない。まだだ。この生まれたばかりの兵器は、世界を変えた。確実に。これからも変え続けて行くだろう。いずれ、空海陸を支配し得るポテンシャルを持っているはずだ。俺は、ただその片鱗を示せばいいのだ。変える為に。変わる為に。

 

 微かに変わりつつある天気を見やり、コレが遊覧飛行なら、とひとりごみながら中尉は横に目をやる。IFF、いや今回はSIFか?の二次捜索レーダー(SSR)も使用していない為、目視で確認する。暗闇の中を同じく隣を飛ぶ"ハンプ"、やや遅れる"ダンプ"の様子を伺い、自分に確認する様にうなづく。異常無し。データリンクも上々だ。退屈かもしれないが、穏やかな海と静謐な星空は自然の美しさそのものだった。

 そこを横切る鋼鉄の鳥が翼に大量の火を抱えている事は、些細な問題と言えよう。

 

──生まれた国が違うなら、生まれた刻が違うなら、こんな光景は見なかっただろう。

 

「……」

 

 ちょっとした突風(ガスト)を機に、中尉は軽くフットペダルを踏み込むと、叫ぶエンジンが更に喚き出した。スラスターはその形を変え、飛行機雲がさらに太くなって行く。風を切る翼から雲が生まれ、残滓の様に一瞬で取り残され、消え散る。たなびく飛行機雲は、赤く白く照らされ、空気に解け流れて行く。

 星空に、ストライプが刻まれて行く。それはまるで、かつて世界の警察を名乗り出た国の旗(スターアンドストライプス)の様に。

 

 だが、俺たちは行く。今宵も、正義を御旗に。

 

「正義……チョコレートを2つ買う事か?」

 

 誰にも、自分にさえ聞こえないだろう呟きは循環する人工的な空気に混じって行く。しかし、その自分の言葉に、何故か中尉の胸中がざわめいた。それは、新月の暗い林の中を、乱暴に乾いた冷たい風が吹き抜けて行く様な寂寥感だった。

 それは、心の弱さか。

 

 暗視装置(NV)を作動させれば、この寂しさも消えるのだろうか。MSに搭載された複合センサーを総動員すれば、この闇を見通す事など造作もない。戦闘兵器においては過剰とも呼べるセンサー群は、今は沈黙を保っている。

 中尉は、この暗闇の中、消えてしまいそうな孤独感と、深く吸い込まれそうな海への恐怖を和らげようとコンソールに伸ばしかけた手を止めた。暗視装置は確かに闇を見通す目をもたらしてくれる。妖精を見るには、妖精の目がいる様に。しかし、それは世界を緑一色で埋めてしまう。そのせいで何かを見落としてしまうかもしれない。

 

 しかし、ここは既に敵地(インディアンカントリー)だ。アーリーバード4からの通信は無いが、余計な走査波を出して発見されるリスクはなるべく減らしたい。現在、"ブレイヴ・ストライクス"は必要最低限の前方監視赤外線システム(FLIR)のみを作動させ飛んでいる。データは共有され、戦術デジタル情報リンク(TADIL)及びHSLによりC2が統合管理している。俺たちの守護天使は、鷹の目を持つ電子の妖精なのだ。その指示に従えば、迷う事なく先駆けを行う事が出来るだろう。

 中尉はコンソールの端、ふらふらと頼りなく揺れる高度計を撫でる。得られる情報が限定されている為、これだけが頼りだ。戦闘により、軌道上の衛星の大半が破壊され、GPSもその精度は旧世紀にも劣る。軌道上の戦闘はあまり上手くいってないと聞く。噂話に過ぎないが、この前も"ボール"による機雷散布作戦も失敗し、小隊は全滅したらしい。"ザクII"に対し有効であると判断された、戦列を組んだ"ボール"による弾幕を"ザクII"は安易と潜り抜け、その接近を許した"ボール"は為す術も無く次々と撃破されてらしい。"ルウム"の二の舞だ。当たり前といえばそうだろう。しかし、直視しなければならない辛い現実だった。自由自在に動く相手を捉えるには、同様の力がいる。その事が再確認出来ただけでも僥倖だ。その度散って逝く命には、手を合わせる事しか出来無い。

 

 MSのコンソールはかなり自由度が高く多機能である。その汎用性の高さは、航空機のコンディション管理もお手の物だ。細かな計器を取り付けるのではなく、統合したタッチパネル方式を取っている為、あらゆる状況に迅速に対応出来るのである。

 それは偏に、MSが戦車等と比較すると航空機に近い操作が必要であるからだ。正確に言えば航宙機であるが。それを陸戦にも転用しようと考えたのは、やはり宇宙移民者(スペースノイド)的な考えだと思う。やはり重力から解放されているからかもしれない。地上において、戦車を飛ばし、航空機を水中に潜らせる必要は無い。それなら別々の物を作るべきだ。旧世紀、潜水可能な水上機が計画されたが、結局正式採用されなかった。そんなものなのだ。

 MSはその形から陸戦兵器の様に思われがちであるが、本来は宇宙空間における作業機器なのである。MSは陸戦においては2次元機動が主であるが、スラスターを併用した限定的な擬似3次元機動を展開できる事こそが、従来兵器との大いなる差なのである。

 その為、MSのコクピット及びサバイバルセルを戦闘機にすると言う、一見するととんでもなく無茶な仕様である"コア・ブロック・システム"が採用されたのもこの側面が大きい。目には目を、とまではいかないが、今回、連邦軍のMS開発においては、様々な分野のはぐれ者、一匹狼、変わり者、オタク、問題児、鼻つまみ者、厄介者、学会の異端児が集められたらしいが。

 しかし、かと言って操縦方法自体は大きく異なる為、操縦桿は別々の物が用意され、それが状況によって展開される仕組みとなっている。しかし、制限こそ出るが、緊急時には航空機操縦用の操縦桿によるMS制御や、そのまた逆も可能である。

 また、高度に自動化、簡略化、パッケージング化された操縦系統はかなりの汎用性があり、使いやすく設計されている。特に「コア・ファイター・バリエーション」で開発された機体はそれが顕著であり、『素人でも説明書(マニュアル)を読めば飛ばせる』と揶揄される程だ。

 しかしそれは、従来の航空機の形から大きく逸脱した"コア・ファイター"の空力特性が著しく悪く、操縦が極めて難しかった反省に基づいたものである。航空力学的に負の安定性を持ち、揚力を生み出す事が不可能であった機体設計は、推力比において莫大な出力を叩き出す熱核タービンの推力で強引に飛ばしているに過ぎず、機体サイズからすると破格の推力を活かし垂直離陸、短距離離陸が可能であった分その機体バランスは劣悪の一言であり、一瞬でもマニュアル操縦は不可能であると結論付けられる程だ。その分悪い機体バランスをさらにわざと崩し、機体に似合わないアクロバティックな空戦も可能であるが、それを制御出来なければ意味が無い。現に"コア・ファイター"の実験機は全機墜落、喪失しており、設計の強引さによる皺寄せから来る操縦性の悪さが伺える。

 また、『MSと航宙機は操作が似ている』と述べたがそれはあくまで戦車と比較してであり、それらを同一視するのには無理がある。その為、"コア・ファイター"には飛行機操縦用とは別に、追加する形でMS操縦用のコンソール及びスクリーンを別途配置し、回転及び展開させる事で対応している。

 

《真っ暗ですー。どうしましょう?上も下も、右も左も前後不覚です》

「前は判るだろ」

《はい!過去は振り返られないし、後ろも振り返られません!なのでその間逆が前!と言うわけで進みましょう!前に!そうしましょうか》

「はいはい」

《じゅんちょーですね。わたしの力じゃ無いですけど》

《どういう事でしょうか?》

 

 伍長が口を開く。返すのは中尉と上等兵だ。吐き捨てながら中尉は腕時計を眺めた。3分か。

 飛び立ち、機体が風を捕まえ安定すると、伍長は必ず口を開いた。今回も一定間隔で会話を投げ込んでいる。今回はおやっさんについてらしい。よくも話題に事欠かないもんだ。

 

「人の力を借りずに出来る事なんて、たかが知れてるさ。そうだろ?」

《今のレベルではわかりませーん》

 

 コイツ……と口には出さず、中尉は操縦桿を握り直す。それはいつも以上に手に馴染み、吸いつく様だ。この操縦桿もおやっさんにより突貫で取り付けられたものだ。かつての愛機、"マングース"に装着されていた専用の物を、おやっさんが復元したのである。コレも"コア・ブロック・システム"のちょっとした応用であると言うのはおやっさんの弁であるが、どこまでが本当なのか判断しかねる中尉だった。

 

《爆弾、あるんですかね?》

《ブレイヴ02よりC2へ。"本社"("ジャブロー")からの、情報はあるか》

《こちらC2。まだ何もありません》

《えらい人はからんでるんですかね?》

「さぁ?まぁ、お上さんの思惑はともかくだが、人助けには変わりない。そう思ってたら気が楽になるぞ」

《ですね!》

 

 海の色が変わって来た。そんな気がして来た。確実に作戦地域(AO)が近づいて来ている。それに応じて、徐々に高度を下げて行く。超水平線レーダー(OTH)対策だ。地球は丸いが、レーダー波は直進する。そのためレーダーをいくら高所の設置しようと、低空であればあるほど地上のレーダー設備には映り辛くなる。上から見下ろす(ルックダウン)レーダーはこちらの機しか飛んでない事を確認済みだ。ミノフスキー粒子濃度にもよるが、レーダーは未だに有効な兵器である。ミノフスキー粒子による阻害がなければ、最も広範囲を索敵出来るのがレーダーだ。その分一番影響を受けやすいが。

 また、水面付近を飛ぶ事により、海面反駁を受けるため燃費が良くなる。推力の大半を下方に向けており、航続距離の短い"コルヴィヌス・ユニット"の為の、せめてもの対策だった。

 

『こちらアーリーバード4。すまないが状況が変わった』

 

 通信が入る。その不穏な文言に、中尉は思わず反射的に切り返した。

 

「こちらブレイヴ01。どう言う事です?」

『戦闘光が確認された。"カプレカ島"、主戦闘地域の前縁(FEBA)の方向だ。時間が無い(ショート・ヒューズ)。それに応じて予定を早める。やや遠回りになるが、LM312へ向かってくれ。ヘディング045。その後進路を変え、LZに到着する予定だ』

 

 同時に地図がアップデートされ、新たなルートが表示される。環礁に沿ってやや回り込むルートだ。敵の包囲の側面を突くのは変わらないが、航続距離の問題もある。

 この"コルヴィヌス・ユニット"の航続距離はかなり短い。既にプロペラントタンクの半数近くが空に近い。正直遠回りはしたくなかった。最悪海水浴する羽目になってしまう。今回も水中活動が視野に入れられており、シーリングも施してはあるが、しないに越した事は無い。ハイテク兵器に潮風と海水は天敵なのである。

 

「C2。こちらブレイヴ01」

《こちらC2。どうぞ》

 

 コンソールに浮かび上がる燃料計を眺め、中尉は口を開く。頭の中でざっと計算はしたが、あっているかはわからない。中尉はあまり暗算に自信があるわけではなかった。それはパイロットとして致命的な点であったが、今まで誤魔化し誤魔化しやってきたのであった。

 やや顔をしかめ、左手は無意識の内に顎の下をかいていたが気づかない。聞いた方が早い。それが中尉の最終的判断だった。初めからそうするべきであるのだが、隊長を任されてから、考える事が増えて来たとふと思う中尉だった。

 

 

 

とおくへ、とおくへ。

 

 

 

 それも仕方がないといえば仕方がない。航空機の速度や燃費、航続距離は、車などに比べて分かりづらい。例えば速度。車が対地速度であるのに対し、航空機は対気速度である。もちろんこれは風の影響を大きく受ける。ジェット気流に乗る乗らないがその最たる例だろう。それが燃費にほぼ直接関わってくる。また、大気状況や高度にも大きく左右される。大気が薄いほど空気抵抗は減るがエンジンの燃焼効率は落ちる。そのあらゆるデータを照合しなければ正確な判断をしかねるのだ。

 因みに中尉は"マングース"に乗っていた時は、コンソールに直接書き込んだりメモを貼ったりしていた。当たり前であるが、車などと違い航空機は燃料が切れたら墜落するしかない。その恐ろしさは熟知していた。

 

「聞いての通りです。行けますかね?」

《C2よりブレイヴ01へ。肯定(アフマーティブ)。燃料にも余裕があります。このルートでは入り組んだ地形の匍匐飛行(NOE)になりますが、渓谷も十分な広さがあります。可能だと判断します》

「了解。各機、現在の隊形を維持しつつ旋回、目標地点まで向かう」

 

 操縦桿を傾け、機体を傾け(バンク)させる。センサー類もパッシヴがほとんどの為、やはり闇の中を泳いでるようだ。真っ暗な闇は距離感が掴みづらいため、吸い込まれそうな気まで来てくる。

 重力を感じれる分、下が分かるだけマシであるが、それがまた恐怖を煽るのを隠しきれなかった。引っ張られる感覚は、人間の本質的なところを刺激するのかもしれない。伍長は軽く言っていたが、その語尾は微かに震えていた。やはり恐ろしいのだと思う。もう少し、軽口に付き合うべきだったかも知れない。

 

《ブレイヴ02、了解》

《りょーかい!》

 

 応答を聞きつつ、眼下に目を凝らす。環礁が近い為か、それとも大陸棚でもあるのか、どうやら水深が浅くなり始めて来ているらしい。時折岩に砕ける白い波が視認出来るようになって来ていた。

 また、波も高くなって来ている様だ。天気は快晴だが、風も強くなって来ている。派手に巻き上げられ、飛び散る海水が、ジェット噴流を受け七色の水飛沫となり、"ジーク"の"ミスティック・ブーツ"(おしゃれブーツ)に包まれたつま先を濡らす。もはや水面を掠める様な低空飛行(ローパス)に、その姿は正に海燕(シースパロー)の様だ。

 嵐が来るのかもしれない。それはまるで、これから始まるであろう戦いの暗示であるかの様だった。

 

 かぶりを振った中尉は、すぐ近くを飛ぶ伍長機を見て言葉を失った。顔から血の気が引き、口の中が急速に乾いていく。

 出てこない唾を無理やり飲み込み、中尉は思わず声を荒げた。

 

「おい!伍長!高過ぎだ!高度を下げろ!」

《え!?──っで、でも怖いです!!》

 

 中尉の乗る"ジーク"の高度は、僅か90フィート(27m)程だ。軍曹はもっと低い。一番大きな武器を抱え、空力特性も最悪であるにも関わらずだ。MSの全高を考えると、これはかなりの低高度である事が分かるだろう。

 しかし、伍長の"ダンプ"は中尉の300フィート上空だった。レーダー波にかかれば一発で見つかってしまうだろう。敵に補足された時点で奇襲効果は薄れる上、この機体にドッグファイトはムリだ。ギリギリ援護出来る位置にイーグルレイ隊がCAP行動を取ってはいるが、敵もCAPを行なっていたら間に合わないだろう。

 

「敵に見つかる方が怖い!高度低下(ダウン)しろ!!」

 

 伍長の叫び声に近い返答に、堪らず中尉も怒鳴り返す。二の句を継ごうとした瞬間、上等兵からの通信が状況を動かし始めた。

 

《こちらC2。残念ながら手遅れの様です。敵をレーダーにて確認(ボギー・タリホー)ヘディング345(11時方向)、敵の緊急出撃(スクランブル)です。数は8。速度から回転翼機(ヘリコプター)と思われます。それぞれA1からA8とします》

「……!」

 

 思わず唇を噛みしめる。数は8機。おそらく攻撃ヘリだ。速度ではまだこちらが上回っている。だが、こちらの機動力は輸送機にも劣る。激しい機動は空中分解を引き起こしかねない。

 やはり、人の形をそのまま飛ばすという事に無理があるのだ。せめてハングライダーか何かの様にすればまだマシなのではないだろうか。今更言っても泥縄どころか泥棒を捕まえても逃してから考えるに近いが。

 

《げぇっ!?ご、ごめんなさい!!》

敵防空網制圧(SEAD)中のイーグルレイは!?」

 

 コンソールを叩き、航空運用情報(NOTAM)を呼び出しながら叫ぶ。こんな時のための先行したイーグルレイ隊だ。給料分働いてもらおう。スリルと言う名の土産は、とうに受け取っているハズだ。

 まったく。血の気が多いったらありゃしない。まるでどこかの『勇猛果敢、支離滅裂』を地で行くかの様だ……って彼らか。頼むからチップを弾むから勇気を分けてくんねーかな。

 

《C2よりブレイヴ01へ。繋ぎます。どうぞ》

「イーグルレイ、こちらブレイヴ01!」

『こちらイーグルレイ301。すまない!!こっちも手一杯だ!増援は5分後になる!!』

 

 その言葉に眉を顰め、思わず下を巻く。それじゃ間に合わないだろう。見殺しにする気か。こっちの性能を、向こうもわかっているハズだが。

 しかし、向こうにも事情がある。状況も最悪(FUBAR)でも、どうしようもなく(TARFU)もない。予想外、想定外、苦境(タイト・スポット)は俺達にとってはいつも通り(SNAFU)だ。

 

 ならば道は1つ。やるしか無い。事、此処に至れば是非も無し。覚悟は決まった。たった8機。それがどうした(ノット・ギブ・ア・デム)大した事は無い(ノー・マッチ・オブ・バーゲン)

 それにしても、なぜ回転翼機を……?判らない。

 

「ブレイヴ01より各機へ!全機戦闘準備!目視外射程(BVR)になるがセミアクティブレーダー誘導(SARH)による先制攻撃(プリエンティブストライク)を掛ける!合図と同時に一斉射撃(ライトアップ)だ!」

 

 言うが早いか、センサー(スイート)を全てアクティブにする。機械音が鳴り響き、真っ暗だったコクピット内が突然光で溢れかえる。眠れる巨人が、目を覚ましたのだ。

 世界が明るく、大きく広がり、戦うために最適化されていく。しかし、それによって捉えられる様になった戦闘光の増加と、アクティブになりデータリンクされたレーダーには敵影(ボギー)が多く映っている。戦闘は既にかなり激化の一途を辿っていたのだ。

 つまり、敵のスクランブルが基本的にスクランブルに用いられない回転翼機を使っている理由がコレなのだろう。こっちと苦しいが、敵も苦しいのだ。それにしても酷い対応であるが。

 

──いや、試されているのかもしれない。彼らは見定めているのだ。MSの存在を。

 

「ブレイヴ03!自己嫌悪なんて無駄な時間を過ごすなよ?失敗は失敗だが、成功に近づく事に成功してんだから」

 

 よろしい。ならば戦争だ。この時代の名前が、MSだと言う事を知らしめてやろう。

 中尉は言えるだけ言い切る。それは本心からだった。

 

《ブレイヴ02、了解。準備良し(グッド・トゥ・ゴー)

《りょーかいです!汚名挽回します!!》

 

 おい。

 

《伍長、間違えてます》

《うぇっ!?あっ!名誉返上です!はい!》

《「………」》

《?》

 

 無視無視。情報伝達は大切だが、今、この情報は正確性を求められるモノでは無い。

 コンソールを叩き、機体のコンディションを切り替えて行くと同時に、自分の心の中も塗り替えて行く。システムチェック、オールグリーン。全関節ロック解除、GPLをミリタリーへ。センサー・カメラスイートリセット、環境に合わせ再設定。FCS再起動、C2との同調に成功。セーフティ解除、マスターアームオン。

 "フェルデランス"の誘導方式は、紫外線、赤外線、補助でレーザーによる3波長シーカーにセットする。これで出来る事は終わりだ。

 FCSが()()()()()()と表示された事に思わずニヤリとする。懐かしい表記だ。通常、陸戦兵器扱いされるMSにおいては射撃統制装置となるからだ。おやっさんのこだわりか。因みに海軍は射撃指揮装置となる。

 

 ガチリ、と身体の中から聞こえるはずのない音が聞こえた気がした。幻聴でも構わない。スイッチは入った。

 胸のエンジンは熱く早く回り始めている。その振動と熱が伝わり、身体を手足の先まで満たして行く。

 

《分かりました。HSL起動、回線D開通確認。システムチェック──リンク開始》

 

『コンバットオープン』

 

 こっちの準備は万端だ。中尉は1度目を瞑り、唇を舐め、指を一通り動かす。深呼吸を1つ。身体は熱を持ち、だが頭は冷え冴え渡るかの様だ。その熱が顔に集まり、行き場を失い、開かれた目に、闘志として熱く滾り、燃え上がる。余った熱は吐く息に混じる。歪に曲がった口の端から漏れた息が、渦巻き、消えて行く。

 

 中尉がコンソールを叩き、翼の下に懸架された空対空ロケット、空対空ミサイルの弾頭を活性化(アクティベート)する。それに伴い兵装データに青く表示されていた『SAFE』が、一瞬で赤い『ARM』へと切り替わった。兵装使用ランプが電子音と共に点灯し、その存在感をアピールする。

 

『"ラグナ" レディ FCS接続 同調 調整 完了』

 

 

 

かぜ、ふいてる。

 

 

 

『"フェルデランス" レディ FCS接続 同調 調整 完了 追跡装置冷却(シーカーオープン)

 

 "バケモノ"と"毒ヘビ"を蹴りを入れる様にして叩き起こす。赤外線ホーミング装置は、発射前にその誘導装置の冷却が必要不可欠だ。冷却により、CCDイメージセンサーの熱ノイズを減らし、その命中精度を底上げするのだ。

 このミサイルの特徴としては、敵が出す赤外線を探知しホーミングする為、ミノフスキー粒子による影響を受け辛いと言う所か。しかしこれだけだと、太陽を背に向けられたり、フレアによる欺瞞によって誘導が効かなくなる為、紫外線による画像診断、レーダー照射による誘導を組み合わせている。赤外線ホーミングの特徴である敵へのロックオンを捕捉されづらい所が死んでしまうが、仕方が無い。

 コンソールを流れ行く、滞り無く進む準備は確実な様だ。試作兵器ではあるが、その稼働は十分だ。今頃コイツは、敵を見つけ、舌舐めずりをしているのだろう。

 凶暴な愛馬に、凶暴な相棒。役者は揃い、その舞台を今か今かと待ち構えている。後は、調教師のおやっさんを信じるだけだ。

 

《こちらC2。敵機、進路そのまま。ヘディング000(ヘッドオン)。距離8200。目標動作解析(TMA)完了。対電子対抗策(ECCM)開始》

《ふふ、ふふふふふふふ…》

 

 上等兵が搭載された戦術電子戦システム(TEWS)による電子防御(EP)電子防御策(EPM)及び電子支援(ES)電子支援策(ESM)を始めとした電子戦(EW)を開始した傍らで、伍長の機嫌の良さそうな含み笑いがレーザーに乗り飛んで来る。どうやら楽しみで仕方がないらしい。伍長は殺しが好きなわけではないが、決して否定はしない。ただ単に、新しい兵器を試してみたいのだ。

 

『データリンク完了』

 

 伍長のいつもと変わらない様子と、愛機のレスポンスに安堵する。それでいい。これでいい。俺たちはこうでなくちゃ。

 

『アラート エンゲージ A1 - A8 会敵までおよそ2分』

 

 メインスクリーンに情報が表示され、レティクルが表示される。そのレティクルが揺れ、何かを捉えたかの様に定まる。何も映ってはいないが、確かに敵がいるのだ。敵がこちらを捕捉し、探しているのだ。その不思議な感覚は、慣れそうにも無かった。

 時折ふらりと揺れるレティクルは、自分たちの生命線だ。ミサイルはともかく、無誘導ロケットは風の影響を大きく受ける。後は、運を天に任せるのみだ。

 

「ブレイヴ01エンゲージ!5秒後に一斉射撃だ(タイム・オブ・アタック)!弾薬を惜しむな!」

《ブレイヴ02了解》

《はいなー!》

 

 インカムに吹き込むだけ吹き込み、返事は聞かず後は目の前のスクリーンにだけ集中する。モニターの1つが切り替わり、3つの光点と相対する8つの光点を表示する。

 こちらはまだIFFを作動させていない。敵はまだこちらを正確に敵かどうかを判断していないハズだ。速度も遅いため民間の輸送機(バードル)か何かと誤認している可能性さえある。それは、この状況においてこちらに有利に働くだろう。

 操縦桿の最終セーフティを弾く様に解除する。断続的に響いていた電子音が、引き伸ばし音に変わる。"フェルデランス"に搭載された目標捜索装置(シーカー)がデータリンクを完了させ、見えない、遥か彼方の攻撃目標(オブジェクト)を捉える。

 

「5、4……!」

 

 秒読みを開始する。武者震いする手をしっかりと握り込み、揺れるレティクルに集中する。耳鳴りの様に、耳の奥底で心臓の音が聞こえる。

 作動不良(マルンファンクション)を起こしたら、不発(ミスファイア)だったら、躱されたら、懐に入られたら……。最悪の状況が頭に浮かんでは別の状況が割り込む様に塗り替えられていく。

 

 しかし、中尉には断固たる確信があった。撃つのは目視外射程空対空ミサイル(BVRAAM)でも無いのに、だ。それは、錆びつきかけていた飛行機乗りの勘だった。

 

「2…1……!!」

 

 機体が遂に環礁の海岸線に到達した。しかし、中尉はそれに気づいていなかった。スクリーンを睨みつけ、カウントダウンを告げる中尉の唇はひん曲がり、目は細められ、凄惨な笑みを浮かべていた。誰も見る事の無い無邪気で、それでいて残忍な笑みは、全くの無自覚のものだった。

 それは、まるで新しいオモチャを貰ったいたずらっ子が、それを使った悪巧みを思いついた時の様で。

 

 そして、三者三様の声を皮切りに、破壊の鐘が打ち鳴らされた。

 

「ってぇー!!」

《ブレイヴ02。リリース、ナウ》

《あいさー!ふぉいやー!!》

 

 その瞬間、まるで世界が停止したかの様に感じられた。目の前が爆発したかの様に真っ白な光に包まれる。防眩フィルターを突き破らんばかりの閃光は、一瞬でコクピット内を照らし出し、飲み込んでいく。

 数瞬遅れた爆音は、すべての音をその濁流に巻き込み、激しい振動と共にゼロに戻して行く。衝撃波を伴う原初の爆裂音の中、耳を聾する限りなく無音に近い環境で、中尉は2つの音を聞いた。

 

 次々とランチャーから撃ち出され、ぐるぐると入れ替わる重心は、翼を大きく撓ませる。生み出された乱流(タービュランス)は、その力を増幅し、金属が無理矢理引き延ばされる悲鳴を垂れ流す。未だに撃ち出され続ける"ラグナ"に、グラつく機体を中尉は巧みに操る。

 やはり無反動のロケットは不思議な感触だ。軽い振動と共に来る反動はほぼ無いが、重量バランスが著しく偏る。機関砲などとは真逆だ。それにしても凄まじい量である。質ではなく量で押し驚かす兵器と聞いていたが、この爆装量は異常過ぎる。

 撃ち尽くして行くにつれ危うく上を向きそうになった機体を押さえ込み、中尉は冷や汗を垂らしながら下唇を噛み締めた。おやっさん、こりゃシャレにならんて。マジで。

 

 溢れ出ていた光が収束し始め、続きていた爆発音が断続的な発射音に変わる。

 眼前のスクリーンは、夥しい量の白線で埋まり、遥か彼方へ伸びて行く様を映し出していた。メインコンソールのモニターも同じく、だ。

 

 真っ直ぐに突き進み、途中でバランスを崩したかの様に飛び回る"ラグナ"。蛇行し、まるで獲物を探すかの様なヘリカル走行を続ける"フェルデランス"。視界を埋め尽くす白煙は、空に軌跡を描き出し、淡く解けていく。

 中尉達が固唾を飲んで見守る中、雑音混じりの上等兵の声が響き渡る。

 

《時間です》

 

 白煙の先、水平線の彼方、一番星の様に小さな、だが力強い星屑の様な光が瞬き、連鎖し、そこからまるで陽の出の様に光が溢れ出て炸裂する。遅れて到達した大爆音は機体を揺らし、翼をまた軋ませた。

 まるでその空間が白く切り取られたかの様な光景は、サーモバリック弾頭が試験的に採用され組み込まれてたからだろう。今回撃ち出された弾頭は多種有るが、環状に威力の集中する通常のロッド型弾頭が多い。 その為、全て弾頭が漏れなく誘爆したのである。単純な仕組みが幸いし、同時発射されたロケット、ミサイルが次々と誘爆を引き起こし、誘爆に誘爆を重ね、その空間そのものを薙ぎ払ったのだ。

 弾頭は、多数の凹みを付けて成型炸薬効果を持つ物や、金属環が広がるコンティニュアス・ロッドなど類似種も多い。 これらは近接信管と連動して複数の起爆点をコントロールし、敵機側に威力方向を集中するなどの工夫もされている。航空機を全て叩き落とすと言う意思の塊、その集大成と呼べるだろう。

 

 暗い夜空を侵食するかの様な、空にポッカリと天国への門が開いたかの様な光景に、中尉は思わず目を奪われた。近づくに連れ、その白き穴、白い光の中に、黒いシミが浮かび千切れ飛ぶ様が確認出来た。ゴミの様にバラバラに砕かれるそれは、敵の()ヘリコプターだろう。その面影は全く無かったが、それだけの事を起こすには充分過ぎる程の破壊の嵐は猛然と吹き荒れ、その木の葉を散らすに至ったのだ。

 空を駆ける鉄の馬は、竜巻の中に飛び込んだかの様に、暴力的な鉄の雨に打たれ、煙と火花を激しく噴き上げる。それさえも更に度重なる爆発に打ち消され、掻き消されて行く。パーツを撒き散らしながら、弄ばれる様に上下左右に引っ叩かれるかの如く揺さぶられる。お世辞にも厚いとは言えない航空機用の装甲板が無理矢理引き剥がされ、揉みくちゃにされズタボロになり光に溶けていく姿は、花火に飛び込み軽く捻られる蚊トンボの様で、見るに耐えない光景だった。

 ただただ、哀れとしか言い様が無かった。

 

《目標A1、A3、A4、A6、A7を撃破、墜落しました。A5、A8が大破、コントロールを喪失。墜落も時間の問題でしょう。A2が中破、攻撃能力を喪失、撤退していきます》

 

 上等兵の声が、中尉を現実に引き戻す。眼前で収束して行く閃光に、黒煙を引いた機影が砕け散る。クルクルと回り黒煙を引くそれは、一つは暗い海面に飲み込まれ爆発し、また一つは山の斜面へ激突、破片を派手に飛び散らせ炎上する。巻き上げられる海水は炎に揺らめき赤い柱と化し、まるで現実の光景とは到底思えなかった。

 うねる海面には油面が広がり、炎が波の上を疾走る。木々を食い破った爆発は連鎖し、抉られた地面を舐める。木々を燃やし、薙ぎ倒した爆炎は、高い木の影を長く伸ばし、それががっぱりと口の裂けた悪魔の笑い顔の様な光景を生み出す。叩きつける様に吹く島風に、揺れる木々と炎が揺れ、明滅しているかの如し様子は、破れた血管から血液が噴き出したかの様だ。楽園は大きく引き裂かれ、そのそこかしこから地獄が広がり始めていた。

 

《やったー!!やーりぃ!!汚ねぇ花火だぜぃ!誰が何機ですか!?》

 

 戦果を聞き、中尉はほっと溜息をついて操縦桿のスイッチをリズム良く押し込み、撃ち尽くしたロケットポッド、ミサイル懸架フレームを切り離して行く。軽い振動と共に爆砕ボルトでパージされたそれは、風圧を受け、ゆっくりと機体から離れて行き、視界から消える。数秒の後、後方の水面へ着水する音をセンサーが拾い上げた。

 その音に満足げな笑みを浮かべた中尉は、窘める用に口を開いた。

 

《ブレイヴ03。それは、後だ》

「そうだぞ。パージ忘れるなよ?」

《……!》

《はぁーい。もうここは、荒野のウェスタンですかr》

 

 目の前の脅威を消し飛ばし、多少は余裕が出てきたのか、伍長が興奮しながら口走る。それをたしなめ、次の指示を出そうとした矢先だった。

 

敵レーダー波 照準(エイミング・レーダースパイク)至急回避行動を』

 

 突然コクピット内に電子音が鳴り響く。一番聞きたくない音だ。言葉を切った伍長、何も言えない中尉に、上等兵の声が突き刺さる。

 

地対空ミサイル(SAM)警報!》

「……っ!」

 

 一難去ってまた一難。眼下を見ると、闇夜を切り裂き、紅蓮の炎を吐き出す火の玉が、凄まじい速度で駆け上がって来るのが目に飛び込んで来た。

 その数、実に6発。喰らったらひとたまりもないだろう。

 

 そのかなりの足の速さは、携帯式地対空ミサイルシステム(MANPADS)の比ではない。恐らく地上設置型の防空ミサイル(SAM)の一種だろう。しかも、レーダー警戒受信機(RWR)及びレーダーホーミング及び警戒装置(RHAW)が無反応だった。赤外線画像式ホーミング(IIR)の地対空ミサイル、または手動指令照準線一致誘導方式(MCLOS)かも知れない。敵は相当のやり手か!?

 

 中尉がそう判断した理由は、ミサイルを発射するのは大まかに分けて二通りの方法があり、その煩雑な方法をやって来たと判断したからだ。

 誘導方式の一つはスレイブモードと呼ばれるもので、これはレーダーでロックした方向にミサイルのシーカーを追従させるものだ。アクティブレーダーホーミング(ARH)などでこの方式を使えば、激しい戦闘機動中でもシーカーが敵機の方向を向いてくれるため非常にロックオンがしやすくなる。欠点としては敵にレーダー波を照射するので敵に狙われている事を気づかせ、更に自分の位置を晒してしまう事である。そして、レーダー波をミサイル命中まで照射し続ける必要があり、無防備になる事だ。特にこれは致命的で、照射中は針路を変更出来ず、満足な回避機動も出来ない。すればミサイルは外れてしまうのである。

 もう一つがボアサイトモードで、これはレーダーを使わず、手動でシーカーをロックオンさせるもの。 おそらく、今回使用された方法だ。スレイブモードみたく自動でロックしてくはくれない分、レーダー波を使わないため、相手側に攻撃したことを気付かせない利点がある。

 スレイブモードで撃たれたなら、敵ミサイルの来る方向は分かるので比較的対処しやすい。 しかし、ボアサイトモードだと、撃たれたことすら判らないことが多いのでかなりヤバイ。 そのため、今回も発見が遅れてしまったのである。また、件のIRミサイルの存在を確認するには、どちらも目視に頼るしかない。 中尉達は本当にギリギリのところで気付く事が出来たのである。

 

 偽装効果が高い方法を取って来たという事は、恐らく、先程のヘリコプターは囮で、こちらが本命なのだろう。仲間の命を軽く無視したそのやり方に、中尉は寒気を覚えた。信じられない。人的資源の重要度が判らないのか。

 

「各機!迎げk…間に合わん!散開(ブレイク)!!」

 

 それにしても、凄まじい速さだ。恐らく、ミノフスキー粒子下に対応した超高速ミサイルだろう。誘導機能ではなく、純粋に脚の速さで勝負するタイプだ。かなり相性が悪い。まぁ、相性のいいミサイルなどこの世に存在しないが。

 そこからの中尉の対応は速かった。迎撃は諦め、逃げる事に徹する。断続した振動がシェイクするコクピットで、辛うじてチャフ・フレアディスペンサーを作動させる。レーダーや赤外線が照射されれば自動で展開される筈ではあったが、機能しなかったのだ。

 中尉は身体全体で操縦桿をぐいと引き上げ、次の瞬間押し倒す。急激な姿勢の変化に翼が悲鳴を上げる。身体もバラバラになりそうなぐらいのGを受け、くの字に折れ曲り苦痛の声を絞り出す。血管が切れ、視界も暗く赤く入れ替わる。しかし、遠くなる意識を手放す事をせず、殆ど無意識のまま操縦桿を振り続ける。

 

 激しく揺れるコクピット、霞むスクリーンの中で、まるで電柱の様な2発のミサイルがすぐ傍を掠め、通り過ぎ、かつて中尉のいた空間に漂っていたフレアを喰い、残りが誘爆する。装甲を破片が叩く乾いた音をぼんやりと聞き、中尉はその幸運に気づかないまま旋回を続ける。スラスターが喘ぎ、翼は遂に翼端が限界に達したが、まだ辛うじて揚力を産み出し続けていた。

 

 大地から伸びた天を衝く塔の様な白煙が揺らぎ、消えかけた次の瞬間、島嶼の斜面、白線の根元に巨大な火の玉が次々と飛び込む。一瞬の後、眼も眩む様な閃光が疾走り、木々を揺るがす地響きと共にあたり一面を丸々吹き飛ばす。

 

『こちらイーグルレイ301!待たせたな!!』

 

 突撃し、急降下爆撃を決めた"フライ・マンタ"が機首を上げ、そのまま大きく旋回する。続く僚機も爆弾を放り込み、更に機銃掃射による反復攻撃を行なっていた。執拗に行われる攻撃に、かつてのミサイル陣地は跡形もなく破壊し尽くされる。瞬く間に広がる地獄を、中尉はその様子を霞む頭で想像していた。

 眼下では、燃え盛る火炎が爆ぜ、黒焦げた何かを弾き飛ばしている。その阿鼻叫喚の魔女の鍋の状況に、人の生存は全く期待出来無かった。

 シャンとして来た頭が回り始める。錐揉みしかけていた機体の制御を取り戻し、中尉はインカムに怒鳴り込む。

 

「無事か!?」

《こちら、ブレイヴ02。問題ない》

《ひぃぇぇええ!!やられましたぁっ!》

 

 いつもと変わらない軍曹の声に安堵し、伍長の焦り声が耳に焼きついた。どっと冷や汗が噴き出し、背筋に氷が差し込まれたかの様な悪寒が走る。慌てて伍長の"ダンプ"を探すが、山の斜面にへばりつく木々と靄しか確認出来ない。

 墜落したか、と考え、直様考え直す。とにかく安否の確認だ。中尉は機体を引き上げ、大きく緩やかなパイロン飛行に移る。

 

「おい!伍長!!無事か!?どうした!?」

《あわわわ助っけて!!なんとか出来まさん!?》

「C2!ブレイヴ02の損害は!?」

 

 闇を孕む空の中、黒板にチョークで線を引く様な白煙の先。遂に見つけた伍長機は、島の陰をふらついて飛んでいた。新品の装甲は所々が無残にも灼け爛れ、黒く汚れている。背中の"コルヴィヌス・ユニット"も損傷を受け、翼端からは白煙を、その基部、エンジンユニットからは濛々と黒煙を噴き出していた。

 そのやられ具合に思わず息を呑み、短く息を吐き出す。一刻も早く状況が知りたい。しかし、データリンクは途絶している。中尉は上等兵に伍長機のコンディションを伺う。

 

 その答えは、かなり意外なものだった。

 

《問題ありません》

「は?」

《ブレイヴ01、03へ。"ダンプ"は航行上問題無い程度の損傷に留まっています。ご安心を》

 

 そんなバカな!こんなにも手酷くヤられているんだぞ!?

 中尉は操縦桿を倒し、フラつく伍長機に寄せる。"コルヴィヌス・ユニット"はひしゃげ、片方のスタブウィングは根元から無残に引きちぎられていたが、それだけだった。

 それだけだったのである。黒煙はその破口から流れ出しているのみで、他のパーツには甚大な損傷は見られなかった。

 

「伍長…」

《ご、ごめんなさい……》

 

 心の底から呆れ声を出す中尉に、伍長の消え入りそうな声が返事をする。機体も多少はフラつくが安定しており、問題はなさそうだった。

 ため息をついた中尉の目には、周辺警戒を怠らず旋回していた軍曹機が合流していたのを捉えていた。コレでいつも通りだ。

 目的地はもう直ぐ。これまでは前座に過ぎないのだ。中尉は改めて操縦桿を握り直し、頭を振りながら声を出した。

 

「まぁ無事で良かった。行くぞ。LZはもう直ぐだ」

《はい!》

《ブレイヴ02。先導する》

 

 逆境も良し。順境もまた良し。そのまま、霧の出始めた谷を縫う様にして飛行する。やや航路から外れたが、予定通りの匍匐飛行(NOE)だ。

 細い谷は入り組んでおり、眼下には木々が複雑に絡み合い、得体の知れない感じがひしひしと伝わってくる様な鬱蒼と生い茂った青黒い森が広がり、左右の崖はまるで迫るかの様だ。しかし、群青の空がその切れ間に顔を出し、優秀な航法装置は最適なルートを導き出していた。

 

 しかし、天気は悪化の一途を辿っていた。低く垂れ込め始める雲と靄、霧が混ざり、視界はどんどん悪くなって行く。どこからか遠雷の響く音まで聞こえて来た。急がなければ。

 中尉は頰を伝い、顎の下に垂れる汗を拭い、正面のメインスクリーンに大写しにされた軍曹機の背中を追う。スロットルを小刻みに変更し、ペダルと操縦桿を巧みに操る。ようやくゴールが見え始めていた。

 

《あr?ぺdrの震どuが……》

 

 集中する中尉の耳元に、雑音の様な伍長の独り言が聞こえてくる。その声は上手く聞き取れなかったが、どうも中尉の勘に触った。

 

「伍長?」

《はい?》

「はいじゃないが。問題か?」

 

 後方の伍長機を見やり、中尉が口を開く。その瞬間、風が吹き、雲が湧き上がった。谷を満たす様に、ムクムクと立ち上る雲が、視界を塞いで行く。

 その奥、濁った視界の先に、閃光が走った。その緑色に近い輝きは、中尉の目の奥底に焼き付いた。

 

《いや、計器類は全く正常です。問題な…zzZザザザzザ》

「!」

 

 突然通信が途絶する。立ち込める灰色の雲の奥で、何かが這う様にしてスパークし、跳ね回るのが見えた。驚く中尉は、開いた口から何も出す事が出来ず、ただその一瞬の状況を信じられないまま見守る事しか出来なかった。

 その異常は、電撃の様に"ブレイヴ・ストライクス"内に走り回る。しかし、その状況に瞬時に対応出来る者は居なかった。当事者の伍長さえ、その状況を把握しかねて居たのだ。

 

 それが、致命的な遅れとなった。

 

《ブレイヴ03、エンジンカットだ!》

 

 軍曹が怒鳴る。伍長機が雲から飛び出したその瞬間、閃光が三度走り、"コルヴィヌス・ユニット"が瞬く間に炎で包まれた。炎は風に大きく煽られ渦巻き、鋼鉄の翼を、四肢を呑み込んで行く。

 バチバチと飛び散る火花は目障りな程の光を出し、一瞬の後、激しく噴出する黒煙と共に炸裂した。エンジンが吹き飛び、弾け飛んだブレードが岩壁を抉り火花を散らす。飛び散る破片が、周囲をズタボロに切り裂いて行く。

 

「伍長ーっ!!」

「伍長!?お願い!!返事をして!!」

 

 ぐらりと姿勢を崩した"ダンプ"は、炎に包まれたまま隊列を崩し、離脱して行く。中尉は思わず叫び、手を伸ばしていた。無駄だと頭のどこかが冷静に判断し、無意味だと判っていても、溢れ出る衝動は留めようが無かった。

 

《メーデー!メーデー!!ブレイヴ03が墜落する!!墜落する!!》

 

 そのまま、紅蓮の彗星と化した伍長機は、一際大きな空中分解をした後、残光を曳きながら中尉の視界から消えて行った。

 

 手を伸ばし、叫び続ける中尉を残して、流星は群青の闇へ吸い込まれて行った。

 

 

 

『MT476応答しろ!脚を出せ』

 

 

 

過去は、応えない………。




次回 第六十八章 過去の残滓を謳う唄

「……──ッ!」

ブレイヴ01、エンゲージ!!

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