機動戦士ガンダム U.C. HARD GRAPH 名も無き新米士官の軌跡 作:きゅっぱち
それでも、オカエリナサイ(←逆に出来ない)と言ってくれたら、嬉しいです。
人はいつも、何かを求めて来た。
自分の為に、家族の為に、友人の為に、何かの為に。
その根底にあるのは、確かなエゴだ。
人は、手を伸ばす。
その手が空を切ろうとも、手を伸ばし続ける。
──U.C. 0079 9.18──
蒼を溶かした様な海水が、緩やかな波にうねり、キラキラと月の光を反射させる。波に紛れてはトビウオが飛び、空からは海鳥がそれを狙い旋回していた。少し自然が豊かであればどこででも見られる、当たり前の景色である。
人が争いを起こし、血で血を洗っていても、それは遠く彼方の事だ。戦争など、自然を前にすれば些細な事だ。そう、何かが特に悲劇だということはない。それが戦争だ。それはまさに、悲劇から視点を引けば喜劇に変わる様に、だ。
強い者が生き延び、栄え、弱い者は淘汰され滅ぶ。弱肉強食の世界において生死は
人類の歴史は即ち戦争の歴史だ。戦争は科学技術を発達させ、次に訪れる仮初めの平和はその技術を加速させて行く。時代は移り、また新たな火種を生み、増えすぎた人口を減らす。動物と変わらない。自然の摂理だ。自浄作用とも言い換えられる。
──ただ、その進歩の果実を享受できる側の人間と、人口を減らされる側の人間が半ば階級化しているのは、人類の都合でなく、
戦争を『必要悪』と捉えるのは、マクロな視点、人類を種としての全体と見ての話だ。種と言う括りの中においては、階級や国境、ましてや個人等は関係の無い事だ。自分が何考えてるか、どう感じているのか、そんな物全て関係の無いノイズ以下に過ぎない。
戦争も闘争も、紛争も、すべては生物が生物として生きる限り終わる事の無いものだ。
あらゆる生物は、他の生物を喰らい生きる。それでしか生きる事が出来ない。
その流れの果てを見るのはただ、死者のみだ。しかし、その死者もまた、廻りへと還って行く。
所詮は地球のノミ、人類の都合に過ぎない。度々繰り返されて来た戦乱も、この南国の海で、太古から果てし無く繰り返されて来た生命の営みを途切れさせる事は無い。青く透き通った水を少し濁らせる事はあっても、それを奪う事は出来なかった。
今やその戦乱も殆どが収束し、この楽園を残すのみだ。新しく始まった戦乱も、この地までにその手腕を伸ばす事は無かった。時代から取り残された人々は、ただ生きる為だけに漁をし、細々とした暮らしを受け継ぎ、次の世代へと渡していた。
そう、生きとし生けるものは全て生き残る為に戦っているのだ。ただ違うのは、人間は他の動物とは異なり、同じ種同士で激しく憎み合い、憎悪の念と共に殺し合っている事だけである。
透き通った水を背に、またトビウオが飛ぶ。弾ける水面が、飛び散る水滴がまた世界に一瞬の彩りを加え、また元の風景へと溶けていく。
彼らも好き好んで大空を駆けている訳で無い。彼らは己の身を天敵から守る為、逃げ延び、生き残るが為己が身体を進化させ、新天地への逃走経路を切り開いたに過ぎない。大洋を行く魚が大空へと飛び立つ。そこにどの様な
そして、それは今重要では無い。彼らが波をかき分け、飛んだ事自体が重要なのだ。彼らが飛び立つのは、身の危険を感じた時だ。
そう、今重要な事は、この穏やかな海の底に、彼らの恐怖を煽る存在が潜んでいるという事だ。
昏い水底が、ゆらり。揺らぐ。
仄暗い海面に、大きな何かが暗い影を落とす。凄まじい速さだ。しかし恐ろしいのは、それが全くと言っていい程音を立てていない事だ。初めは小さかったそれは、みるみる大きくなり、遂に海面を割り姿を現した。
物理法則を無視した、不可思議な飛沫と共に姿を現したのは、黒々とした滑らかな外装を身に纏う鋼鉄の鯨だ。巨大な潜水艦は、曲線美の極地とも呼べる優雅な船体で波と風を切り裂き、その速度を更に上げて行く。波飛沫がか細い月明かりを乱反射する中、凄まじい速度で波を蹴立てる"アサカ"は速度を緩めず、そのまま巨大なハッチを開放する。
静けさを打ち破る様にエンジン音を高鳴らせ、ハッチの開放から間髪入れず次々と飛び出して行く海鳥達は、暗闇を切り裂き闇夜を越えて行く。肚に大量の火の玉を抱えた海鳥達の正体は、
ストライク/CAPとは、
叩きつけられたジェット噴流により暖められた空気が流れる中、真っ向からぶつかり合う風と、警戒を呼び掛けるビープ音の中、宿主の去った飛行甲板に、超大型のエレベーターがせり上がってくる。風の中、誘導灯の光が濁った虹を描き、儚く消えていく。上昇を続けるエレベーターでは、青いジャケットを身につけた従者を従えた3機のMSが待機し、忙しない回転灯の光を受けながら飛び発つ瞬間を待ちわびていた。暗闇の中、回る光を浴びてはまた闇を纏う3機は、陰影が作り出した幻の様で、現実離れした幻想的とも呼べる光景だった。
"アサカ"が浮上し、この飛行甲板を開放するのはこの作戦において2回目である。先日、草木も眠る丑三つ時の闇に紛れ、電子偵察機である
そして中尉達は今、たった1つの打電を待っていた。
先日救難信号の出された地域に、現在"アサカ"は向かっている。そして、それが
「さて、どうなるんかな…」
潮を纏った海風に、おやっさんの改良により防御力が増加し、今は小さく折り畳まれた"シェルキャック"の裾を靡かせる"ジーク"は、とても兵器とは思えない荘厳な雰囲気だった。鋼の巨人は身動き一つ無く、修理を終え、鋭くエッジの立った新品同様の装甲をキラリと光らせ待機している。
泥汚れやキズの一つもない装甲に、天気雨の様に降りかかり、光を乱反射させる水の飛沫。雫が垂れる右手には、試作の新兵器"100mマシンガン・ツインバレル"を、左手にはシールドを装備していた。また、肩部装甲裏には新調された"スローイングナイフ"が装備され、腰部裏にもグレネードが懸架されている。今までの極貧ぶりとは比べ物にならない装備だ。それでもなお、今回の作戦上においては、これでも少ない方である。その為足元には赤いジャケットを身につけた兵装要員の甲板作業員が走り回り、搭載装備の最終チェックを行っていた。横では緑のジャケットを身につけたカタパルト要員が数字の書かれたボードを振り上げ、射出時の機体重量の確認を怠らないでいる。中尉もコンソールを叩く事で記録を呼び出し、数値と照合する事を再確認し、確認の合図を送る。手馴れたものだ。
《まだですかねー?今宵のパーシングちゃんは血に飢えてますのに》
"ジーク"の隣には、伍長が乗り込む"陸戦型GM"、"ダンプ"がメインカメラを光らせ、同じく"ツインバレル"を振り上げる。"シェルキャック"は同じだが、"ジーク"のとは違い、補給物資の一つ、機体のその殆どを覆い隠す程のサイズの菱形に、大きく十字の紋章を象ったシールド、FADEGEL RGM-M-Sh-003型を装備し、その裏に"ハイパーバズーカ"を懸架している。
このシールドは従来の物とは違い、取り回しを犠牲にしてでも機体の大半を覆う事の出来る大型の物だ。その分コスト、重量共に増加し、輸送や機体フレーム、各関節への負担なども増加しているが、取り回しより防御面積を重視した設計から、射撃戦における扱い易さはこちらが遥かに上である。また、大きいシールドは敵味方に与える心理的効果も大きく、複雑なプログラミングなどが必要無く簡単に扱える。つまり、この盾が増えていくだろう新米連邦軍MSパイロット用の
そんな伍長の様子に苦笑を隠せない中尉は、リラックスする様にぐるりと首を巡らせる。流し目に映る景色は、騒がしい周囲を浮かび上がらせ、中尉はどこか懐かしさを感じていた。視界いっぱいに広がる暗闇とグレー。回転灯が忙しなく巡りイエローの光を投げ掛ける中に、陰影を抱え、あらゆる色を掲げた人々が走り回り、その非日常な鮮やかさを振りまいていた。黄色、緑、紫、茶色、青、赤、そして白。
伍長は修理の終了とそれに伴う改良、更に新兵器の受領と大興奮だ。昨日"アサカ"に発見される危険を押して浮上してもらい、機体と新武装の動作点検、テストをしたが、その時から変わらないテンションである。良く続くものだ。その電池が作戦中に切れなければいいが。
因みに、おやっさんの言っていた新兵器とは、実は兵装では無い。地球連邦軍兵器開発局が用いているオートメーション装置を応用した、大規模かつ高度な開発支援システムである。言うなれば全自動
今までに類の見ない、特殊な
その実態は、数千、数万の工業製品の集合体であるMS、及びその装備品を現地設計、生産、改修及びその他諸々を運用現場で行い、運用効率、開発状況とその進捗状況管理、情報連携・共有や組み立て時のノウハウ構築などをその場でフィードバックとトライアンドエラーを繰り返す事で、あらゆるロスやミスを減らそうと言う複合生産システムであり、それ自体を大型艦に積めるサイズにパッケージングしたものである。おやっさんが"オーガスタ"で新兵器を設計、開発中、"新兵器実戦運用試験部隊"としての側面を"ブレイヴ・ストライクス"に求める動きがあった為、兼ねてから温めていたアイディアを同時進行で製作開始したものであったしい。
これは本格的に導入する事が出来れば、理論上新兵器をその場でポンポン開発し、調整を加えつつおよそ数日で実戦運用にまで持ち込めると言うかなり革新的な設備である。正に、あらゆる物を貪欲に取り込み『進化する』設備と言っても過言では無い。
しかし、いかんせん開発したばかりでそのデータ、特に部材に関する物が不足しており、その蓄積を実験部隊に付随させる事で効率化を図っている状況であった。その第一段階として、今ある装備を簡易改修するテストヘッドがこの"ツインバレル"だった。
"100mmマシンガン"の機関部を改造し、強装弾を用いる計画から、銃身内蔵型の
それにもめげず、この"ツインバレル"は伍長の提案であった。旧世紀からガンスミスのハンドメイドにより作られていた水平2連銃や、旧国名ロシアのダブルバレル半自動拳銃AF2011-A1、旧国名イスラエルのAR-15ギルボアスネークを参考に、
一見アタマの悪そうな提案であった。だがしかし、頭ごなしにはバカには出来無い発想だ。左右同時射撃なら瞬発火力は単純に2倍になり、撃ち分けであるなら継戦能力が銃身、薬室のクールタイムを含め2倍以上になる。MSサイズに単純拡大しても構造的な余裕により電子制御も自由自在だ。また、多少の大型化や重量増加は、等倍した人間よりパワーのあるMSには大きな影響が無いなど、単純でも強力な改修であり、作動テストの結果も良好であった。
1つ問題があるすれば、その提案を聞き届けた時、これを前述の装置を殆ど使わず、殆どおやっさんが1人で設計、開発をしてしまった事だけだ。本人曰く『まだ信用ならないし、良く考えたらやっぱ自分でやった方が早い』『そう考えたら俺には必要無い』からだとか。いや、経験値の蓄積が大切って自分で言っとったやん。まぁ新兵器は今他の武器の開発を急いでるらしい。楽しみではある。
《ブレイヴ03…実戦証明段階だ、積極的な戦闘は…避けろ…》
《こちら
軍曹と上等兵が交互にクギを刺す。その息の合い様は、まるで長年連れ添った夫婦の様で、中尉は思わず頰をかいた。
「了解です」
《はーい!》
その至極もっとも忠告に苦笑しつつ、中尉は口を開き、伍長がそれに続いた。まるで親子の様だ。頼り無い隊長である事を自覚する反面、甘えられる相手がいる事に安心も覚える。今はただ、2人の指示に従い、最終判断は自分が下すと言う、都合のいいポジションに甘んじる事が出来るのだ。中尉は、ゆっくりと目を瞑り、改めて自分の幸福さを噛み締めた。
因みに中尉の提案により、軍曹が乗り込む"180mmキャノン"を肩にかける"ハンプ"の装備は殆ど普段時と変わらない。これは運用実績のある装備で取り纏められており、いざという時の保険である。"ランチャー"や"スローイングナイフ"の時とは違い、メインアームが試験装備であるための対応だった。
今回は戦闘があるかも判らないが、上等兵の言う通り、用心に越した事は無いのだ。
また、今回上等兵は"イージス"では無く、"キング・ホーク"バリエーションの中の一機である
そのため今回の作戦には適さず、ティルトウィング機としても破格の脚の長さと速さを持つ"シー・ホーク"による
『偵察中のプレッツ・エル2より入電。コールサイン、『ゼーテオー』もう一度繰り返す、『ゼーテオー』。
「『ゼーテオー』!!」
《了解!ぜーてー!!おー!!》
インカムに、ノイズがなくクリアな通信が入る。その言葉に呼応する様に、中尉が進発信号を繰り返し、伍長がそれに続く。衣擦れの音から、大きく手を振り上げた様だ。安易に頭に浮かぶ光景に、中尉は薄く笑いを浮かべた。
《
軍曹が絞り出す様に締めくくり、事態が急速に回り出す。遡る事数時間前、既に
高濃度のミノフスキー粒子散布下でありながら比較的ノイズが少ないのは、大気の薄い高高度から高強度のレーザー通信を用いているからである。これならば、中継でありながら殆どタイムロスも無くかなりクリアな音声を展開中の全部隊やMS隊、そして"アサカ"発令所まで届ける事が出来る。また、"ブレイヴ・ストライクス"隊のMSの送信回路には、緊急通信以外には
そして、コールサインの意味は、『MSの出撃による支援を要請する』。事前に取り決められた、進発の合図……。
──俺たちの仕事だ。
『発令所より各員へ!!"オペレーション・アクアノーツ・ワン・オブ・ゾーズ・デイ"、潜水士達のツイてない1日発動!!総員!気を引き締めろ!!』
『やはり、作戦名長過ぎましたな。ルビも打てやしない』
『メタい事言うな!カッコイイからいいだろう?
──だから気を引き締めろと言っただろうが!!』
『鏡を見てくれ』
『こちら"アサカ"、
「こちらブレイヴ01。
艦内放送と漫才が流れ、飛行甲板上も俄かに騒がしくなる。飛行甲板にめり込むように配置された
眠っていたジェネレーターが高らかに吼え、各関節のフィールドモーターが低い唸りを上げ機体を持ち上げる。背中に抱えられたエンジンは、轟音とも呼べる独特な高周波の金属音を響かせ始める。軍曹、伍長もそれに倣い、暗闇の中、薄明かりに照らされる3機のMSが立ち並ぶ壮観な光景が出来上がった。
『"ブレイヴ・ストライクス"隊の
「ブレイヴ01了解…さて、行きますか」
管制官の指示と
ふと上を見上げると、暗い空が広がり、月明かりに照らされた灰色を帯びた雲がたなびいている。前方には、既に
この"ディッシュ"は、エスコートジャマーとして先行している
『各員、対空警戒を厳とせよ』
『現在のミノフスキー粒子濃度は4%。レーダーにノイズ、ゴースト無し。天候は晴れ、気温42℃、湿度52%。南南西の風、風速13m。時折、南東からの
「C2。ウィザード01、目標に動きは?」
通信を聞き流しながら中尉はコンソールを叩き、データの諸元入力を行う。これから先、向かう先はかつての戦場、空だ。一点の支えも無く、最もバランスの危うい世界では、ちょっとしたミスがそのまま命を奪う事に繋がる。その為の準備を怠るつもりは毛頭無かった。
《こちらウィザード01。プレッツ・エル2からの情報では変化無し、です。また、敵戦力はMSらしき機影が確認されています》
《わぁお!腕がなりますね!!》
伍長の無責任なテンションに、思わず溜息をつきそうになる。敵は居ないに越した事は無いのに。今回の任務は恐らく、対象の
サーチ・アンド・レスキュー、つまり、俺たちは戦場に飛び込み、護衛対象を見つけて防衛しつつ、敵戦力を全滅または壊滅させ、敵を撤退に追い込まなければなら無い。酷い事だ。たった一個小隊のMS、かつ最低限の武装しか無い"ブレイヴ・ストライクス"に未だ戦力が把握しきれていない敵部隊を壊滅させるのは不可能に近い。
「……ついさっきまで、サーチ・アンド・デストロイしてた俺たちが…サーチ・アンド・レスキューとはなぁ……」
《仮に…捕虜になっていたとしてだ……奪回出来なければ、殺害か…》
中尉のボヤきはコクピットに溶け、ダクトに吸い込まれて行く。指先で目元を揉む中尉は、それでも少しの救いを感じていた。軍曹の言葉に現実に引き戻されるまでは。
《上からの命令とは言え──私は承服出来ません》
軍曹の言う、冷酷だが軍としては確実な方法に、上等兵は苦しげに反論を言い放つ。しかし、その口調は重かった。
敵に情報が渡る危険性を、上等兵も理屈としては判っている筈だ。しかし、仲間の命よりもそれが重い事をおかしいと思ってしまう理性がある。けれども、1人の仲間が漏らした情報が、友軍に大打撃を与える可能性も忘れていない。このままでいいのか、いけないのか。それが問題なのだろう。上等兵は、常に理想と現実との狭間に苦しめられている。
それを、中尉は納める方法を知らなかった。まだ、彼は若過ぎた。
《だいじょーぶですよ!!私達が行く!戦う!そして救う!"ブレイヴ・ストライクス"みんなの力が合わされば、いつもどこも敵なしです!!》
「…そうだな!やってやろう!!」
《はい。伍長、ありがとうございます。お陰で勇気がつきました》
《えへへ》
伍長が声を張り上げた。その言葉に震えは無く、純粋に信じている声だった。伍長は、やはり強かった。
そうだ。悲観的になってどうする。軍曹はプロの中のプロだ。誰もが目を背けたくなる最悪に、常に目を向け、それを俺たちに喚起してくれている。そうだ。俺のモットーは『状況は最高を、備えは最悪に』だ。嘆いても始まらない。いつも通りやるだけだ。
《……それでねー少尉、コレ、着心地悪いです。脱いじゃだめですか?》
《ブレイヴ03…それは、耐Gスーツの事…か……?》
伍長の呑気な声に、中尉は溜息と共に脱力する。二足歩行ユニット、そしてスラスターを併用するMSの戦闘機動には、あらゆる方向からの莫大なGがパイロットにのしかかる。それは、航空機等とはまた違う形で、それこそ瞬間的には最大30G近いものだ。勿論、当たり前であるが常に30Gかかってる訳でもない。あまりの高機動は機体フレームを始めとするあらゆる所に強い負担をかけるため推奨もされていない。
Gには、衝撃などによる瞬間的な物と、旋回等による継続的な物に大別される。人間はどちらも耐えられる限界が存在し、瞬間的な物ならおおよそ30G、継続的な物はおおよそ9G程度と言われている。また、それらをあらゆる手段で変換する事で耐えられる幅を伸ばす事も可能だ。例を挙げると、着地による衝撃は、二足歩行システムによる衝撃の吸収により軽減する事が出来る。全体の慣性力こそ変わらないが、瞬間的なGがかかる時間を遅延させる事で、それを分散、軽減させる事が出来るという側面もあるのだ。最大負担量こそあるが、その負担が減るに越した事は無い。その点、MSは従来の兵器とは一線を画していると言える。
しかし、二足歩行システムで吸収、分散させる事が出来るのは極一方方向からの物だけに過ぎない。そのため、コクピットブロック及び、パイロットシートにもそのGを軽減するあらゆる工夫は凝らされているが、それにも限界がある。中尉は"ザクII"の時から気休め程度ではあるが、ある程度の効果は見込める航空機搭乗用の耐Gスーツを身につけていた。しかし、これは航空機の旋回等でかかる、継続的なGにしか効果は無い。また、改良による効果の増強こそあれど、その性能は2.5G程度耐G体勢を高める程度だ。後は身体能力や筋力の問題となる。そして、今回、初のカタパルト射出による出撃と言う事から、保険としてもパイロット全員に着用の義務が出て来たのである。
実は、航空機の場合はエンジンの生み出す推力よりも、翼の生み出す揚力の方が遥かに大きい為、急加速によるGよりも旋回等のGの方が苛烈である。しかし、今回の機は推力で無理矢理飛ばす上、ドッグファイト等の急旋回は考慮されていない為、耐Gスーツは急加速にその主眼が置かれている。
つまるところ、伍長の不満はその耐Gスーツにあった。伍長は何時ものボディーアーマーに加え、サイズの合わない耐Gスーツを突貫で加工、調整し装備しているため完全に着膨れていた。そのためいつもと違い、着心地が悪いと漏らしているのだった。
因みに、+のGは身体の固定と耐Gスーツによる脚の締め付けで、脳に血が行かなくなってしまいブラックアウトする事を防ぐ事が出来る。訓練を積めば、大体9Gまでは耐えられる。しかし、-のGはそうはいかない。脳に血が行き過ぎると脳内出血を起こしてしまう。かと言って、首を絞める訳にもいかず、結局人は-3Gでレッドアウトし、それ以上は目や脳から血が噴き出てしまう。Gとはそれ程恐ろしい物なのである。
「──正直、軍曹はともかく、これまで伍長も耐Gスーツを着ていなかったとは驚きだったが……」
《C2よりブレイヴ03へ。それは貴女の命を守るかもしれない物ですから、シートベルトと一緒にキチンと着用してください》
《はぁーい。わかりましたぁ〜》
上等兵の説得に応じ、伍長は渋々と言った様子で返事をする。伍長は小柄で、尚且つGに耐える訓練は中々の好成績を収めていたが…やはりネックはそこかと、中尉は小さく嘆息した。騎手とレイバー乗りは小柄に限ると言うが、限界はあるよ。
話は戻るが、しかし、だからと言って"アサカ"の援護も当てになら無い。"アサカ"本来の仕事は、MS隊の『
"アサカ"は繊細な超ハイテク機器の塊の、塊である。それはある程度敵弾に当たる事が前提のMSの比ではない。当たらない事が前提の兵器なのだ。
勿論、水圧に耐え得る硬い船殻に、その巨体とダメージコントロール能力の高さから凄まじいタフさを持つとシミュレーション結果は出ているが、"アサカ"の堅固な装甲の
"アサカ"の外殻は無反響タイルに融合している上記装置群を、刀鍛冶の様な性質の異なる物質を結びつける特殊な製法を応用しつつ、装甲そのものを基盤とする特殊高張力合金で作製されているのである。これはそれぞれの部材を単機能とはせず、構造材であり電子機器でもあり装甲としての機能を持つ部材とする技術である。そのため、装甲となる複合構造材そのものを通電する配電基となる性能を持たせ、構造材レベルでの微細な結晶状の電子素子を配置する事で、ケーブル、コード類の廃止、ブロックモジュール化を図っている専用の高価な物だ。多少の損傷でも航行には支障を来さないが、どんな小さなダメージでも複合モジュールを丸々交換する必要があり、その修理費は天文学的な物となってしまう。パーツ単位の交換で済む為、修理時間の短縮こそ達成したが、職人の手により一つ一つ手作りされるパーツ生産の時間は計り知れない。
そして、忘れてはならないのが、潜水艦と言う兵器の特徴である。圧力や衝撃波などを空気の何倍も早く、殆ど減衰させず波及させる水中は、たった1kmと言う爆雷の至近弾が致命傷になり得る世界なのである。
宇宙世紀の技術革新により、あらゆる炸裂弾一つ辺りの炸薬量も増え、炸薬自体の性能も日進月歩で上がっている昨今、これ程高価な兵器を危険に晒す理由は少ないに越した事は無いのである。少しでも傷つけたら、おやっさんの事だ、コーウェン准将が禿げ上がる事だろう。最近風の噂で生え際が後退しているのでは、と聞く。それは忍びない。
「っつってもなぁ……無茶振りも勘弁してくれよ。そもそも相手の戦力、狙いすら判ってないんだぞ?」
結局、ため息と共に片眉を上げて嘆息する中尉に、軍曹が言葉を継ぐ。
《狙いは、やはり"積荷"…なのか……?》
《それは現在のところ判りません。しかし、それより現実的な問題があります。先行しているプレッツ・エル2から
上等兵の言葉に、中尉は怪訝な顔をした。伍長は頭に疑問符を浮かべていたが、軍曹は何か納得した様に嘆息していた。中尉が口を開こうとした際、軽い電子音と共にHSLが起動、回線Bへの開通が承認され、リンク開始が開始される。
データリンクによりディスプレイに投影されたのは地図だ。浅い海と島が複雑に絡みあい、それが大規模な環礁を作り出している。
《今回の
画面の上で地図が踊り、情報がポップアップされる。逆立ちしたダルマの様な形の環礁は、南北で大きく水深が変わっており、北は浅く南はかなり深い様だった。環礁、つまり円状に連なった諸島群であるため、陸地は極一部に過ぎない。
《海底の、磁鉄鉱の影響…か……》
《はい。その特異地域にミノフスキー粒子、現地民などの様々な問題で混乱が生じ、泥沼化しているとの事です》
……聞きたくなかった。作戦に関係する手前、そんな事は言えないが……。パイロットシートにもたれかかり、中尉は上を向く。それをトレースした"ジーク"も上を向き、メインカメラを光らせた。額のマルチブレードアンテナが、月の光を沿わせ輝く。
……きしら……………"キシラ"…!
"キシラ"と言う発言に、"ジーク"のメインコンピューターにパルスが走る。それは、まるで古い記憶を突くかの行為であった。猛烈な勢いで回り始めるコンピューターに、気づくものは誰もいない。
ただ、何か感情を表すかのようにブレードアンテナが動くだけだ。しかし、それもハタから見れば、ただ電波を捉えようとしているだけである。気付きようが無いだろう。
中尉が眺める中、地図データに偵察機からの航空写真や、過去のデータなどの照らし合わせが行われる。現在、救難信号を発した
地形図から見ると、地面に問わず、海底にも激しい起伏がある様だ。大陸棚は一切無い。そのため、MSが移動できる範囲も限られており、アンノウンはそのポイントを押さえ防衛しているらしい。その為ジオン軍は、数で勝るも攻めあぐねいているらしい。
「そこに、乾坤一擲の勝負をMSで掛ける、と。大した作戦だねこりゃ」
《水陸両用…MSは……?》
《確認されたとの報告はありません。また、不手際も多く、地上慣れしていないのではと推測されています》
まるで水溜りに石を投げ込むみたいだ、と中尉はボヤく。いささか呆れ顔だ。"ルクノア"島の"キシラ・ベース"は名前こそ基地だが、その実態は研究所の分所に過ぎず、その通称は"アクアヘブン"だそうだ。"キシラ"環礁はその閉鎖的な環境から"ガラパゴス"の様な特異な生態系を形成しており、その事からつけられた名前だそうだが………。
"アクアヘブン"が戦場になってるのか…なんて皮肉な話だ。もう地上から楽園は消えた。どこもかしこも
《特例により、"ブレイヴ・ストライクス"隊はある程度の現場における独自判断の裁量が計られています。──しかし、それはこのイレギュラーさからでしょう。ROEは別紙参照となります》
「それ作戦の穴は現場の判断で、っつー事か?」
《一理、ある…な……》
《うわぁ〜!?海がすごい綺麗ですね!!まるで天国です!!》
衛星写真に参考画像が表示され、それに歓声を上げる伍長。水着を着なきゃ、なんて呑気な事を呟く伍長を無視し、中尉は伍長が水着を着て対MS戦闘を行わない事を祈りつつ、コンソールを叩きデータを参考に機体を微調整する。しかし、その作業は予想外に難航している。何せ、状況が特殊過ぎる。前例も無い。在る訳が無い。
中尉が眉をしかめ頭を掻いていたその時、おやっさんから割り込み通信が入った。中尉は小首を傾げつつ、それを開いた。
《俺だ。大将、聞いたぞ?次は"アクアヘブン"らしいな》
「え、えぇ…。よくご存知で。それよりこの…」
予想外の言葉に戸惑う中尉。おやっさんは何故知っていたのか、そして、それが今何の関係があるのか中尉には理解出来なかった。
困惑顔の中尉におやっさんは笑い、手元で何か操作をする音と共にそのまま続けた。
《うははははっ!そいつは良かった。"キシラ"周辺の詳細なデータ、そしてその対応アップデートをチョチョイとしとくぜ》
「え?」
聞き間違いかと聞き返した中尉。多分その時の顔は世界でトップクラスのマヌケ顏だっただろうが、それを見た人は誰もいなかった。口を開こうとした中尉に被せる様に、おやっさんは言葉を続けた。
「な」
《ふっ、聞くな、こんな事もあろうかとの状況判断だ。そいじゃ、健闘を祈るよ。データもソフトも、ハードも全てを上手く使えよ?そうすりゃコイツは応えてくれる。いいな?ん。俺は忙しい。そいじゃな》
「ちょ」
一方的に通信は切断され、同時にHSLが起動、アップデートが"ジーク"のみならず3機に並行して行われる。それを呆然と眺める中尉。上等兵は突然のデータに困惑しつつも擦り合わせを行ってくれていた。
その作業と並行し、上等兵がややごもりつつ口火を切った。
《さ、作戦の概要を説明しますね。我が隊は"アサカ"から出撃後、比較的敵の分布が薄い"ダニング"島付近に──ここです、ポイントゴルフ38。ここに着陸し散開、敵包囲網に突破口を開きます》
「ここなら開けてはいるが、周りが入り組んでる。よし、長距離砲撃やアンブッシュは無さそうだ」
《安心ですね!やた!》
《しかし…強行突破、か……》
《はい。そうなります。MSの突進力を活かした強行突破で敵戦線を食い破り、隙をつくります。そこへ"アサカ"から来るシーボーン部隊、シータクシー隊です。その
地図に矢印が描き出され、それに沿う様に
《準備が完了次第、赤と白の信号弾を撃ち上げてください。それを合図に脱出をかけ、全軍が撤退します。その時の進発コードは『フライハイト』です》
「『フライハイト』……了解です」
地球は丸く、レーダー波は真っ直ぐだ。この様な匍匐飛行を行えば、機体は水平線の影に隠れ、レーダーでは捉える事が出来なくなるのだ。今回は大気の特殊状態も無く、サブ・リフラクションやラジオダクトの問題も無い。仮に捕捉されようと、クラッター処理されるはずだ。
《今回の作戦における我々の任務は、
地図上に移動の矢印と交戦を表す十字が表示される。それはひときわ大きく光っており、そのまま環礁を回る様に大きく動いている。
また、その間を縫う様に別の矢印が到着し、MS部隊もそれに追従する形で離脱している。
《脱出部隊の撤退までの時間稼ぎ、及び離脱後の防衛です。残存戦力によって、敵は
《責任重大です!頑張りましょう!!》
伍長が鼻息荒く言い放つ。気合いは十分そうだ。かなり無茶苦茶な作戦であるが、当たって見るしかない。
これにしても、MSを過大評価しているかの様な作戦に違和感を感じる。MSは確かに既存の兵器を大きく上回る特殊兵器だ。しかし、欠点や劣る点も多数存在する兵器には変わりない。
《例の、"積荷"は……?》
《はい。今回の
──"スピア"。中尉は声に出さず呟く。
「最優先事項と言う事ですか……敵の航空戦力は?」
《現時点では確認されていません。近隣に飛行場、空母も確認されていませんが、
中尉はその言葉に困った様に眉を寄せ、サブモニターに目をやった。小さな溜息を一つ。流し目に見る画面はボヤけて光っているが、その特異な形は誤魔化し様が無かった。
そこに表示される機体の概略図には、人型を囲う様に追加装備が装着されている事を点滅して伝えている。その中で、機体から大きく突き出た一部に、複数の光点が煌めいていた。
《つまり、怪しいものは触っちゃダメ、って言うことですか?》
「そうだな。下手に触ってドッカーン、なんて事にならん事を祈っとけ」
中尉の言葉を受けて小さく息を飲む伍長に、そんな事はあり得ない、と内心付け加えておく。核兵器と言うものは週単位、月単位で保守点検が欠かせない。特に、今回のケースとは外れるが戦術核などの様に小型化のために高濃度の濃縮をしたら尚更だ。再濃縮を始め、それらはかなりの手間がかかるが、それを行わなければ核兵器は
また、核爆弾も普通の爆弾とは異なり、誘爆という事がまず起きない。一言で核爆弾と言ってもガンバレル型と爆縮レンズに代表されるインプロージョン方式型の2つに大別される作動方式があるが、どれも綿密な計算と高度な技術から導き出される起爆方式を取っており、二重三重の
《しかし、情報とは異なりますが、
核爆弾は材料があれば台所でも造れる、などと言う言葉があるが、それは正確に言えば間違っている。台所で造れるのは核爆弾ではなく
つまり、核という物は未だに人類の手に余る危険なシロモノだ。どちらにしろ、そんな物を相手に渡す訳にはいかない。宇宙世紀が始まって以来、連邦政府は核を回収、処分または木星船団の核パルスエンジンに転用している。
表向きはそうだが、裏でどうなっているかは知らない。大方そうなっていると信じているが、都市伝説に陰謀論、黒い噂は絶えない。
しかし、敵に持たれるならば、味方に渡す方がまだいい。
「ところで、撤退時のピックアップはどの様に?」
《LCACになります。無人の物が回されるとの事です》
中尉の帰り道の心配は、今の"陸戦型ガンダム"の装備にあった。
"陸戦型ガンダム"を大きく人型のシルエットから逸脱させている追加ユニット。それは一種の
その主なパーツとして、背中に大きなラジエータープレート兼プロペラントタンクでもある主翼が一対、
腰背部ウェポンラックにはジョイントが接続され、尾翼にプロペラントタンクとランディングギア、腰側面へとアームが伸ばされている。アームに接続されているのは小型の補助翼とスラスター、プロペラントタンクのコンボユニットだ。
最後に、脛部を覆う様に装甲が施されたスラスターユニットが搭載されている。脛部前面には展開式ローンチバーが備え付けられており、MSがカタパルトに足裏部を接続後、姿勢を落とすと自動でカタパルトシャトルと接続される様になっている。
これらはMSを安定させつつ加速させるための物で、脚部追加ユニットはこのためにあると言っても過言では無い。後は、オマケ程度にカタパルト接続部にはショックアブソーバーに衝撃吸収ダンパー、着陸時に機体を安定させ滑走させる為の履帯が装備されている。
それぞれが"ヴィーヴル・ウィング"、"スクランブル・ブースター"、"パワー・ベルト"、"ミスティック・ブーツ"と名付けられ、専用の飛行用OS"SILPHEED"と合わせ、全部で"コルヴィヌス・ユニット"と呼ばれたそれは、地上においてカタパルトを併用したMSを遠距離まで
自由度のある無重力宙域とは違い、地上におけるMSの移動速度はスラスターを併用した最高速度でも300km/hに届かない。これは、地上兵器においては破格の性能と呼べるが、それでも航空機と比べるとかなり遅い部類である。しかし、迅速に展開する為の手段としての空挺降下は撃ち落とされるリスクが高く、そのため航空機に露天繋留または簡易積載し低空侵入後降下する案も考案されたが、地球連邦軍にMSを搭載しても尚高い機動性を発揮出来る適当な航空機は無かった。その為に考案されたのがこの使い捨てブースターなのであるのだ。多数装備されたスラスターは様々な物が利用されており、メインスラスターは液体燃料を利用したロケットであるが、着陸時の逆推進をかけるものには、簡易的で軽量化が可能な、新型の"リテルゴル"式固体燃料ロケットが装備されている。これは空挺降下用のバリュートパックにも採用されている物と同型である。また、液体燃料もフレームに浸透させる事により軽量化を図っている。しかし、それだけでは燃料は到底足りず、プロペラントタンクが増設されている。距離と爆装の程度に対し、空中給油も考慮に入れられている。
しかし、カタパルトの加速もあるとはいえ、空力特性において大きく劣る人型のMSを、滑空に近い形とはいえ短距離飛行させるのだ。その設計の強引さのしわ寄せは、至る所に顔を出している装備である。
主な欠点としては主翼の揚力不足から、推力の4割を下方に向けており、燃費もかなり悪く
本装備は、あくまでMSキャリアーの延長に過ぎず、MSの活動をやや補助する程度の装備なのだ。
勿論戦闘時にはデッドウェイトとなる事からパージしてしまうため、壮絶な一方通行となってしまう。しかし、そのデメリットを補う程の、MSとしては破格である迅速な展開を可能としている。しかし、使い捨ての固体燃料を利用したロケットモータを多数使用しているが、通常の液体燃料ロケット等使い捨てにするには勿体無い程コストは高く、おそらくは正式採用される事は無いだろうとの事だった。
因みに翼に懸架される形で搭載された"フェルデランス"及び"ラグナ"、これらの兵装類は新兵器でなく、旧来のミサイル、ロケットポッドの改良型だ。弾頭には極単純な
その為、
《"ダニング"島には非公式自称国家、カプレカ共和国があり、コラテラル・ダメージを懸念に入れておいて下さい。また、最悪
「──厳しいな……それに、伍長、飛べるか?」
《またシュミレーターのみのぶっつけですからねぇ…まぁ、なるようになりますよ!!飛行機の勉強がこんなすぐ役立つとは思いませんでしたけど…》
尻すぼみに声が小さくなる伍長。殆どオートだとは言え不安である。特に今回は
《ブレイヴ02より…C2へ。ブレイヴ03に、何らかの…フォローは…出来無い、か……?》
中尉の懸念は最もで、それは軍曹も同じだったようだ。中尉はシステムを再度チェックする。その磁場の乱れがいかなる程度のものであれ、その上での飛行、ましてや戦闘など初めてだ。Xネブラだかブラッディロードだか知らないが地球で戦わせてくれ。
《そこは問題ありません。"コルヴィヌスユニット"はMSパイロットなら誰にでも使える様に、ユニット側に
上等兵が応える。手元の資料を読んでいるのかの様な淀みない答えに、中尉は通信を映像付きに切り替えたい衝動に駆られたが、実際読んでいるのだろうと納得させる。それでも間髪入れず質問に答えられるのは凄いの一言だが。
「よろしく頼みます。良かったな。伍長…おい、聞いてっか伍長。伍長?」
《…何故、マウスピースを……?》
《
MSの通信システムにはビデオカメラによる相手の姿を映す通信もあるが、"アサカ"戦隊の
「伍長、通信を切換えろ。ま、それでコストが上がっちゃ元の木阿弥ですけどね。試してガッテンは構いませんが、ガンガン作った試作品を俺達に全力投球は酷いと思いません?」
『"ブレイヴ・ストライクス"隊の
『ブレイヴ01はキャッツ2へ移動せよ』
愚痴っていた中尉はその言葉に返事を待たず、気持ちを切り替える。手元の操縦桿とフットペダルを確かめ、一つ頷くと機体を操作する。センサーが捉える"アサカ"の飛行甲板には警告音が鳴り響き、回転灯が光を放つ。中尉は緑のジャケットを身につけた誘導員の指示に従い、滑り込んで来て停止する
『カタパルト接続スタンバイ!甲板作業員は作業終了後、バンカーに退避せよ』
中尉の視界の隅に、やはり緑のジャケットを身につけたカタパルトオフィサーが走り込んでくるのが見えた。中尉は彼へのピックアップを設定し、その動向に細心の注意を払う。飛行甲板の上で彼に従わない事は、大事故に繋がるからだ。
カタパルト周囲は蒸気が漂い、光を受け止めてボンヤリと光っている。中尉が機体を屈ませると、脛部が開き、膝部からローンチバーが展開しカタパルトシャトルに接続される。
──まさに"ニーリング"そのものだ。中尉は独りごちる。悪い冗談もこれからにして欲しいものだ。足裏部とローンチバー、機体は2カ所で厳重に固定され、その固定はトラス構造となっている。これにより、もしカタパルトで脚だけが加速されても、機体が反り返り甲板上に叩きつけられる事は無いという仕組みだ。
『カタパルト接続を確認。射出タイミングをブレイヴ01に譲渡。誘導員は対ブラスト姿勢を取れ』
カタパルト上で屈む"陸戦型ガンダム"の後ろで、
──何処かで、
中尉はエルロン、フラップ、ラダー、エアダクトを正常稼動するかテストを行いつつ、スロットルレバーを全開に近づけていく。機体は心地良いレスポンスで反応を返し、中尉は満足気に頷くとシステムの最終チェックを行った。
結果は
「ブレイヴ01からLSOへ。準備、全て完了です。グリーンライト」
『了解。手順を最終段階へ。ブレイヴ01の発艦を許可する。幸運を』
メインエンジンに点火する。エンジンが空気を食み、ブースターが轟音と共に吐き出していく。一千万の鳥が羽ばたこうとも起こす事の出来無い、吼える様な空気の振動を肌に感じ、凄まじい振動が機体を揺さぶる。腹の底から震わせる様な音を背中に感じ、安心してその身をシートに預けた。
『発艦許可の最終信号受信。秒読み開始』
ブースターの爆音が高まって行く。ノズルからは青白い炎が吐き出され、高熱の排気を後方へ叩きつける。
「──ははっ……」
《C2より各機へ。通信を受信オンリーに切り替え、タブー・フリクェンシー及びガード・チャンネル設定完了。
その魂をも揺さぶる様な懐かしい感覚に、中尉は思わず薄く唇を歪めた。ふつふつと湧き上がる歓喜の中心が騒ぎ、衝撃に備える為操縦桿にロックをかけてしっかりと握り込む。
ブースターのパワーに、機体がミシミシと唸る。ノズルが窄まり、炎が眩い光を抱える。
──本当に飛べるのか、などと言う疑問や、余計な事は頭から全て吹っ飛び、虚空へ消えていく。
『"ブレイヴ・ストライクス"隊全機へ!!
何処と無く懐かしさを感じる通信と共に、モニターに表示されたローンチカウンターがゼロとなる。足元ではカタパルトオフィサーがサムアップし、中尉は"ジーク"に予めプログラムしておいたサムアップを返し、前を見る。モニターの隅で、彼は屈み込み、その手を前へと真っ直ぐ伸ばした。
「了解!!たくみ、行きまーす!!」
腹から声を出し、叫んだ中尉は奥歯を噛み締め、フットペダルを思い切り踏み込む。
次の瞬間、沈み込んだ機体が蹴飛ばされる様に加速し、爆発的な推力で向かい風に立ち向かう。コクピット内は耳を劈く轟音、エンジンの唸りに振動、センサーが捉えた風の切り裂く音で一杯になり、中尉は猛烈なGでシートに押し付けられる。それでも中尉は大胆にも唇を歪めて、光り輝く目でその先を見つめていた。
全てを置き去りにする様に、地上のしがらみを全て
次の瞬間には、突然、足元からレールが途切れ、四肢をピンと伸ばした機体が空中に放り出される。支えが無くなり、ガクンと下へ傾く機体を他所に、蒼く染まる風を翼が切り裂き、上へと、空へと向かう力に変換する。
「ィィィィィィィイイイイヤッホォォォォォォオオおおぉぉぉおォォォォォオオ!!!!!」
機体後部のメインブースター付近に、目も眩む様な閃光が疾走り、大気を震わす重低音が轟く。機体がまたも爆発的に急加速し、猛烈な噴射炎を影のように伸ばした。機体各部のあちらこちらからギシギシと言う金属が上げる悲鳴を響かせ、エンジンのファンが空気を吸おうと大きく喘ぐ。機体が風を切り裂く音を立て、突き進んで行く。
視界が暗く狭まり色を失い、ハーネスが、シートベルトが身体に食い込む。噛み締めた奥歯が軋み、瞼を開けるのも困難な程猛烈なGにブラックアウトしかけながら、中尉は腹筋に力を入れ、喉から声を絞り出す。実際に聞こえてきたのは苦しげな呻きだけだったが、中尉は、肌に感じる向かい風の中、確かに叫んでいた。そして、手も上がらない重圧の中、痛い程に締め付けられる太腿と、無防備な二の腕内側の毛細血管が切れるプチプチという音をボンヤリと聞いていた。
加速による烈風を越えて、大きな翼を広げ、太陽の様な焔の尾を引き空を掛けるその姿を海に映し出す。夜の静寂を打ち破り、先駆けを行う八咫烏達は、
まるで新世界への扉を開いたかの様に、猛然と発生したヴェイパー・コーンを一瞬で置き去りにし、圧倒的な推力で空へと翔け上がる"ジーク"。その後続に、同じくカタパルトから飛び立った2機のMSが続く。中尉は操縦桿のロックを解除すると、その場で大きく旋回を行った。
「こちらブレイヴ01、アーリーバード4へ、聞こえるか?現在高度
『ブレイヴ01、こちらアーリーバード4。誘導を開始する。目標地点まで後35分。
"ディッシュ"に同乗している
しかし、彼に従えば進路を失う事もなく、機体の持つ性能を最大限に活かす事の出来る前提条件を作り上げてくれるだろう。中尉は彼の言葉に耳を傾け、同時に命を預けていた。
「ブレイヴ01了解!」
《ブレイヴ02了解……》
《
『コンプリート。アーリーバード04より各機へ。低空進入後は
眼下で小さくなってゆく"アサカ"と、頼もしく追従する"ハンプ"と"ダンプ"にバンクを振る。
エンジンは快調で、ノズルが吐き出す焔の光が舞い散れば、飛行機雲のレールを鮮やかに彩る。空を切り裂く心地良さに酔いながら、中尉はグッと操縦桿を握り直す。
その揺れる後ろ影を追う様に、上空ではアーリーバード4が、海上では"アサカ"が負けじと疾走する。その全く新しい景色は、昨日とは違う世界を感じさせた。
向かう先は未知なる
先頭をひた走る中尉の胸中を、様々な不安や心配が横切る。高揚した気分の中、どこか冷静な何かが囁く様に。
「──答えは一つじゃない。夢見るくらいなら、構わず探しに行くさ」
独りごちた中尉は、空を見上げる。零れ落ちそうな星々の輝きは、静かに漆黒な海の上の中尉を照らし、見降ろすのみ。その光は月光の様に、波間に影を落とす程照らしていた。天の光は全て星とは、よく言ったものだ。
迷いを振り切る様にフットペダルを踏み込み、中尉は新しい景色を迎えに行く。
進路そのまま。"ブレイヴ・ストライクス"隊は一路、水平線の彼方を目指し、その長く続く路を、降り注ぐ未来へ向けて駆けて行った。
『渡り鳥に、何を言う』
世界で一番、遠い場所へ……………
ホントすみません。もう本当に。
サバゲーにかまけてました。最高です。撃ち合うのはBB弾に限るよ。戦争に行きたい!戦争がしたい!なんて宣ってる脳内おせち料理さんは餅を喉に詰まらせてむせて命の大切さと儚さを知ってください。おせちあんま好きじゃ無いけど。ホントは正月頃にはと考えてました。えぇ。あ、餅は大好きです。
そして戦争映画にもかまけてました、最高です。悲惨でリアルなのも必要だけど、戦争コメディ映画も観たい。現実と虚構と分けて考えて、ね。最近はBGM代わりにずっと流してます。トップガン2も楽しみだ。
さらにさらに劇場版ガルパンにもかまけてました。ガルパンいいぞ。大洗にも是非足を運んでみて貰いたいものです。アニメだけであんなに成功したわけでない事を実感出来ます。ただ単に戦車好きな自分も楽しめましたし。いやー、戦車の話が出来る時代が来て嬉しい。
ガルパン観てたらヒルドルブ思い出したよ。エンターテイメントとしての戦車の成功例だよ。知り合いの戦車乗りさんも面白い言っとったし本当にオモロイんやろうな。だから、ハンスの帰還とかハッピータイガーのアニメ化はまだですかね?クッソリアルで一見ツマラナイ戦車戦も観たいです。出来ればティーゲルIが観たい。
シリアではT72が暴れてましたけど。最近のドローンはヤバイね。パトレイバー2で荒川さんが言ってた、「見てるだけで何もしない神様」になれる時代になったね。
未来では、今はどう見えてるんですかねぇ?評価は歴史がする、とはよく言ったものですが、その歴史を綴る者がいる事を願うのみです。サバゲーしながら。
次回 第六十七章 大鴉の夢
《今のレベルではわかりませーん》
ブレイヴ01、エンゲージ!!