機動戦士ガンダム U.C. HARD GRAPH 名も無き新米士官の軌跡   作:きゅっぱち

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世間様は夏休み最終日なので。

待たせたな。

メタルギアが楽しみだよー!!


第六十五章 ポイント・オブ・ノーリターン

この世に絶対が決して無い様に、宿命なるものは存在しない。

 

この世の因果が決して収束しない様に、運命なるものは存在しない。

 

この世は全て、あらゆる偶然の積み重なりからなる。

 

しかし、人生において、決断の刻は必然的に訪れる。

 

そして、あらゆる偶然の連続は、時に必然とも取れる形で表出するのである。

 

 

 

──U.C. 0079 9.15──

 

 

 

 涼しい島風が頬を撫でる。海と風が交わり、耳元で音を立て過ぎ去ってゆく音を目で追う様に首を巡らした中尉の目に、写った物は特に何もなかった。風あざむ音に身を委ねると、緩やかに吹く風の涼しげな音だけか耳に残る。幾ら耳を澄ましても、風の調べは何も唄わない。

 

 人が生まれてから死ぬまで、自分の周りに吹く風はいつも同じ風、とは誰が言ったのか。俺はそうとは思わんが。でも、面白い。そう思う。

 

 南太平洋の真ん中、ただ茫洋と広がる海にポツリポツリと浮かぶ島々は、遥か彼方、宇宙(そら)から落とされ、砕け散った亀の甲羅の様だ。

 

 切り立った断崖にへばりつく様に生い茂る木々は、容赦無く照る南海の太陽を遮り、こんもりと盛り上がった島影は"アサカ"の巨大な船体を覆い隠していた。楽しげに揺れるマングローブの足元では、小さなカニがハサミを振り上げ、トビハゼが小さなヒレを振る。

 戦場とは程遠い、美しい世界がそこに広がっていた。

 

「地球最後の楽園、外側の避難所(アウターヘイブン)か」

 

 本来なら浮上すべきではない潜水艦、"アサカ"の広い甲板の上で、中尉はジリジリと照る陽射しに身を細めながらひとりごちた。

 

 戦争初期のコロニー落としに"マスドライバー"攻撃は、広い地域の沿岸部に大被害をもたらした。それは南海の孤島も例外ではない。しかし、奇跡的に被害の無かった島もあり、この群島もその中の一つである。そのため、"ジャブロー"以外にも政府高官が逃げ込む避難所として開発されている島もあると聞いていた。その通称が"アウターヘイブン"。世界の果ての避難所だ。

 

「しょういー。本当にここであってるんですかぁー?」

 

 目を細める中尉の隣には、伍長がぐったりとした様子でへたりこんでいる。立ち昇る熱気を払う風も、伍長を涼ませるには力不足のようだ。だらしなく座り込み、力無く扇ぐ団扇に一瞥をくれた中尉は、構わず続けた。

 

「間違いない。それに、そろそろ姿が見える時間だ。もう少し待て」

「…はぁーい…あー、暑くてチーズ蒸しパンになりそう…」

 

 目を擦り、瞬かせた中尉は、もう一度伍長を見やった。

……見間違いじゃなかった。全く。

 

「──おほん。貴様こんな時に何をしている!?」

「んん"っ、ごほん。ワインを飲みながらひなたぼっこですけどぉ〜」

 

 芝居がかかった中尉の言葉に、伍長が鼻をつまみ、南部訛りで返した。そんな伍長の手の中で、やや溶けかけたアイスが、汗をかいたコップにじんわりと溶けていく。カランと氷が音を立て、よく冷えたコーラに白が混じる。その華やかな音も、忙しなく扇ぐ団扇の音が打ち消していく。

 お互いに顔を見合わせ、ひとしきり笑い合う。笑い疲れ、ゆっくりと笑いが収まると、中尉は意地の悪い顔を浮かべながらそっと呟いた。

 

「暑いからってアイスばっか食ってると、アイスみたいに身体溶けるぞ?」

「えぇっ!?」

 

 驚きに目を瞬かせる伍長。それで手はコップを放すことはなかった。それどころかしっかりと握り締められている。もう片方の手で触るのはお腹だ。摘んでいる。違う、そうじゃない。

 

──本当に、全く。

 

「──ぁ…」

「そ、それより!見えました!!アレですか!?」

 

 口を開きかけた中尉に被せる様に、目を輝かせた伍長が立ち上がり、水平線の向こうを指差す。額に手を当て庇とし目を凝らすと、確かにぼんやりとシルエットを揺らめかせ、聳え立つマストがクルクルと回るアレイアンテナとレドームを覗かせていた。伍長の言っている事に間違いないだろう。

 

「……んー、"グライムズ"級、"フォーリー"級に、"チハヤ"型、かな?」

 

 安堵のため息をつき、中尉はガシガシと頭をかいた。お陰で汗で張り付いた髪の毛が無理矢理かき混ぜられるが、気にしない。

 

 今回の補給は航空機でなく、潜水母艦を旗艦としたシーボーン・トループスの輸送船団(TCS)であるとの事だ。本来なら集合地点(RV)に先に到着した船団が、極極極超音波(ELF)とブルーレーザーの複合式通信装置で合図を送る予定であったが、ジオン軍潜水艦部隊による通商破壊作戦の無制限潜水艦作戦からシーレーン(SLOCs)の確保が難しく、本来の航路で来られないため、今回は"アサカ"が先回りし、待つ事になったとの事だ。

 勿論、"アサカ"は飛行甲板を備えているため、滑走路の無い海上においても航空機による補給も行えるが、効率やリスクを考えての選択との事だった。特に今回は速度も重視されず、主戦線(HKL)からも遠い。敵の制空・制海権からも外れている事から、脚の速い貴重な輸送機を回す必要が無く、東南アジア戦線へと送られる補給物資を運ぶ船団と合流して来たとの事らしい。

 未だに"ハワイ"本島を抑えられ、太平洋においても制海権の確保が苦しい状態であるが、それは地球総軍の戦術ドクトリン的には()()()()()()()()状態と呼べる。地球連邦海軍こそ"ハワイ"を奪還しようと躍起になっているが、本部は違うらしい。それこそ我々下っ端には関係の無い事であるが。

──ただ一つ言える事は、上は無能では無い、という事か。

 

「伍長、ほら立て。準備するぞ」

「はーい!!」

 

 歩き出しながら手を振る中尉の言葉に、バネのように立ち上がった伍長が手早くアイスをかき混ぜ、腰に手を当て一気に飲み干す。その動作に若干感心しつつ、中尉は俄かに騒がしくなり始め、喧騒に包み込まれていく"アサカ"の甲板上を歩いて行く。向かう先は格納庫(ハンガー)デッキだ。MSは専門的な事柄が多く、更にパイロット個人による調整が必要不可欠な兵器である。また、中尉はそれらの作業に積極的に参加し、現地における調整や補修、簡易修理などのマニュアルを作成中でもあった。

 

 兵器とは信頼性が一番であり、それは昨今のハイテク兵器にも言える。また、機構が複雑であればある程故障率は高まるため、現地での応急処置マニュアルの製作は火急の案件であった。特にMSは今後の主力となる兵器であり、また搭乗員も1人と異常なまでに少ないため、出来る事も必然的に限られてくる。それはMSの利点と欠点が同時に効果を発揮した瞬間だった。

 

──中尉が頭を悩ませる点はそこであった。人手とはあらゆる作業における選択肢を増やし、効率を上げる最大のファクターだ。旧世紀の戦車に多人数が搭乗しているのは、弱点であり、脚でもある履帯の修理の為と言う一側面もあるくらいなのだ。弾丸を弾き乗員を守る、重たく分厚い装甲を持ち上げるのはそれだけでも重労働であり、モジュラー装甲と言えど1人で持ち上げられる重量と言うものも自ずと決まってくる。

 しかし、多人数が乗り込む兵器とは、それだけ人的コストも一気に数倍へと跳ね上がる。仮に損失した場合、そのダメージ量もまたそれに追従する。現在、どの分野においても専門職と言うのは引く手数多だ。どこも人手に人材が不足しており、オートメーション化が進んでいる今、そのリスクはなるべく抑えるに越した事はない。

 その為、1人乗りであるMSの修理において行えるのは電装系関連が限界となってしまうのが最近の結論だ。MSはハイテクの結晶とも呼べる存在であり、多数の予備回路が設けられてはいるが……。

 人間が足を負傷するのが致命的であるのは、MSも変わらない。そのため、中尉は最も損耗率の高い脚部が損壊した時のマニュアルに頭痛を感じていた。兵器にとって行動が取れなくなる足回りの損傷は即死に繋がると言っても過言ではないのだ。しかし、二足歩行システムは最も投影面積が広いため狙われやすく、かつ複雑で修理は不可能に近い。そこに兵器としての最大の()()を見つけたのである。しかし、その二足歩行システムがMSの兵器としての最大の()()()()()()()を生み出している事も。

 

……と言うより回収MSとまでは言わないが、回収戦車位ないものか…。

 

「……ちょ…っm…」

 

 またも考え始めた中尉の背中に、よくのわからない呻きが投げかけられる。押し出した様な声に中尉が振り向くと、頭を抱えた伍長が丸まって震えていた。先程までの勢いはどこへやら、どうにもドリンクに負けたらしい。アホか。

 

「おら行くぞ。新しいパーツが機体に合うかもわかんねーんだから。難儀なもんだよ全く」

 

 そう吐き捨て、歩き出す中尉の側を海鳥が横切る。そのまま空へと駆け上がる姿に目を細め、中尉は目を泳がせる。そんな中尉を知る訳もなく、海鳥は一声鳴いて遥か水平線を目指して飛んで行く。背後の島からは後続がまた一匹、また一匹と足元を掠め、耳元を過ぎ、小規模な群れとなり視界の端を通り過ぎて行く。時に力強く羽ばたき、時に羽を伸ばし風に乗るその姿は、空を舞う者のみが持つ優雅さを纏っていた。

 

「──………………」

 

 空を駆ける影に、思わず目を奪われ、口をつぐむ。中尉にとって、空を飛ぶ事は憧れであり、誇りであり、全てだった。幼い頃より空に憧れ、いつしか傾倒して行き、そこにしがらみのない自由を追い求めていた少年は、あらゆる挫折を味わいながらも手を伸ばす事を諦める事をせず、遂に飛行機乗りとなった。

 遥かなる蒼穹に想いを馳せ、空を掴んでいた男の手は操縦桿を握り、空を目指し地面を蹴った脚は、フットバーを踏む事でその身を空へと押し上げる事に成功した。どこまでも蒼く、自由な世界へ、男は墜落して行ったのである。

 しかし、そこに自由は無かった。地上よりあらゆる制限に雁字搦めに縛られたまま、男はそこが自由であると信じて疑わなかった。いや、自分にそう言い聞かせ、納得させようとして来た。そこに目標の終着点を見出そうとしていたのだ。

 上を向く人間に一筋の光をもたらすのが太陽であるなら、それに近づこうと手を伸ばす者の身体を灼き、苛むのもまた太陽なのである。男はいつの間にか疲れていた。本人の知らぬところで、前を見据え挑戦する事で見える景色より、振り向く事で見つけられる安息の地を求めていたのかも知れない。

 やがて、その日は激しい衝撃と爆音、そして羽根を繋ぎ止める蝋をも溶かす熱と共に訪れた。常に空を仰ぎ見、夢を見ていた男に、それはあまりにも過酷な現実だった。太陽の様な、真っ赤に焼ける弾丸に翼をもがれた男は、夢を渡る黄色い砂に導かれる様にして地面に叩きつけられた。翼はバラバラになり、血は地面に吸い込まれ、涙だけが空に溶け吸い込まれて行った。

 それでも、男は地を這いながらも、未だに空を見上げていた。その目に、絶望と諦めの色は見られなかった。ただ、磨き上げられたガラスの様な黒い瞳が、無感動に空を写すのみだ。

 

「……飛ぶ鳥は、空に憧れない……」

「……え…?」

 

 一人呟く。その言葉もまた空に溶けていく。雨の中の、涙の様に。

 

「──だが、地を這い、見上げる景色も……また、悪くない……」

 

 漸く頭痛を切り抜けたのか、中尉の隣に並んだ伍長は、顔を顰め頭に手をやりながら口を開いた。

 

「何か、言いました?」

「ン、いや」

 

 中尉は誤魔化す様に軽く笑みを浮かべ、肩を竦める。こんな事を言っても仕方が無い。所詮魚の人は、鳥の人にはなれないのだ。それに、隊長は弱みを見せるべきでもない。そして第一に、伍長に言っても一番どうしようもない。

 勝手に一人納得する中尉に、やや不満気に頬を膨らませた伍長は、そのまま会話を続ける。

 

「なら、良いんですけど……パーツは、なんでそんな事になってるんですかねぇ?」

「それはだな、元々別の機体の余剰パーツに合わせて別の場所で別の生産ライン作ったからだよ。リミッターである程度合わせているとは言え、調整その他は現地に丸投げだからな」

「それでいてパーツ数は少ない、って事ですか?」

 

 "陸戦型ガンダム"、及び"陸戦型GM"は、試験機(RX-78)の余剰パーツの再利用のため設計され、生産ラインを開かれた言わば生まれながらにしてポンコツとも呼べる機体である。優秀な機体性能を持つ試験機の簡易生産と言えば聞こえは良く、実際機体性能も"オリジナル"に匹敵し、部分的に見れば勝っているところさえあるぐらいだ。

 しかしその分生産性、整備性を始めとし、ランニングコスト、予備パーツ、拡張性、互換性など、兵器にとってかなり重要なあらゆる点において致命的に、それこそ試験機並みに欠けているのだ。その点、ジオンとのストップギャップを埋める為だけに計画された戦時急造機なのである。それでもこれだけの性能を持つのは、ひとえに連邦軍の技術力の高さと国力の凄まじさを物語っているとも言えるだろう。

 

「そ。だからもう壊すなよ?『デストロイヤー』レオナ」

「わっ!わたしにもかっこいい二つ名が!!うふふ〜撃墜王(エースパイロット)の仲間入り〜ぃ……ってうひゃあ!?」

 

 近くでばしゃり、と水が跳ね、伍長が身をすくませた。身を縮め、そっと周りの様子を疑う自称エース様にその風格は見られない。そもそも褒め言葉じゃないからな?という言葉を危うく呑み込み、中尉は水音に目を凝らす。キラキラとした海面反射に紛れ、違う光が混じっているのを中尉の目は逃さなかった。

 

「な、なんですか今の!?」

「んー?よく見ると、あれはイルカでも、カジキでもなく、未知の、なんかだ」

 

 既に正体を見切った中尉は、のんびりと口を開く。頭の中では、既に竹に巻き付けられ、クルクルと回しながら焼かれていた。中尉の好物である。

 

「なんですか!?うひー、まさかとは思いますけど…ここは遠い海……恐竜のクーとかじゃ……?」

「あれ俺にはピー助に見えて仕方がなかったんだが……つーか今のアレはモロあご(トビウオ)じゃねーかなんだその結論」

 

 伍長の逞しい想像力と認識能力の欠如に呆れながらも、中尉は水密扉に手をかける。大きく分厚い扉には、それにふさわしいハンドルが取り付けられており、実際開閉にはかなりの力がいる。伍長は開けられないのだ。

 

「そんなんでエースになれるんか?それにエースつったら軍曹がいるだろ。な?」

「…それは、中尉も…だろう…?」

 

 気がついたら背後にいた、軍曹に向けて振り向かずに言う。気配は2人分。おそらく上等兵だろう。伍長は気づいていなかったのか、それとも俺が気づいたからかびっくりしているのかは判らない恐らく前者であろう。

 

「そうですね。軍曹の戦歴には、その、眼を見張るものがありますから」

「むー!女のエースはままならないものですから!!」

 

 上等兵は伍長の頭を撫でながら、軍曹を上目遣いで見る。視線に気づいた軍曹は、フッと軽く息を吐き言葉を継いだ。

 

「…エースには、5機か……」

 

 軍曹の言葉に、中尉はようやく思い出す。地球連邦軍は、母体となった旧米軍を色濃く受け継いでいる事を。そこには、敵機撃墜のカウントもあったハズだ。その事か。確か、10機は多いっつって5機にしたんだっけっか?

 

「はい。我が軍は基本的に旧世紀の計測方法を取っていますが、統合の際共同撃破は単機撃破とは別カウントとする事にしたそうです」

「はー、わたし今どれくらいかなぁ?後で調べてみよう!」

 

………伍長って、共同撃破は兎も角、撃破あったっけ?いや、我が隊の基本戦法はチーム戦術で敵に当たり、生き残る事を優先し、奇襲と迅速な撤退が主体だから撃墜数はそう高く無い事は判るが………。

 

「──しかし、無理は禁物ですよ。戦果より、私達は生き残る事が一番です」

「そうだぞ?わかってるか?勲章(ブリキ)に命を張る必要はないぞ?」

 

 目を輝かせ想像の翼を広げる伍長に、上等兵と中尉が代わる代わるクギを刺す。人的資源の損失、最新兵器の喪失、データ回収の事もあるが、一番はやはり命だ。俺達兵士は、時として死ぬ事も任務の一つとなり、命令される。特攻に近い任務の達成が殆ど死と同意義な命令であってもだ。

 だからこそ、そんな命令があるまでは、そんな決断が下されるまでは、中尉は部下に決して死んでほしくなかった。中尉は隊長、部隊の司令官であり、いつか、そんな決断を下す必要が出て来る日が来るであろうと言う思いからの言葉だった。

 

「わかってますよー…ん?」

 

 にっこりと笑い、伍長は中尉と軍曹と手を繋ぎ、そのままぐいと引っ張って、無理矢理上等兵に抱き着く。その強引で自分勝手だが、伍長なりの思いやり溢れる愛情表現に、中尉と上等兵は思わず苦笑し、軍曹も優しい目を向けた。

 

「光信号だな」

 

 抱き着いた伍長が目を細め、顔を上げる。昼間でもはっきりとわかる強い光に反応したのだろう。艦橋から発せられ、波間を渡り彼方へと届く光は、人間には強過ぎる。思わず目をやった中尉も顔を顰め、額に手を当てる。

 

「何て言ってるんです?」

「っと、『善人はよい倉から良い物を取り出し』…」

 

 手をかざす中尉が光信号を識別し読み上げる。返答は、上等兵が引き継いだ。

 

「『悪人は悪い倉から悪い物を取り出す』…ですね」

「……?」

 

 首をかしげる伍長。中尉も読む事さえ出来ど、その意味までは判らない。と言っても、合言葉なんて山川みたく意味なんて無いと思うが、洒落ているなと中尉は独りでに納得する。

 

「…共観福音書、か…」

「福音…っつー事は聖書?」

 

 中尉の言葉に、軍曹が静かに小さく頷く。教養あるな軍曹。宇宙入植者(スペースノイド)が人類の大半を占めた今、無神論者が増大し三大宗教もその勢力を衰えさせて久しい。人々は神への信仰を喪い、かつて世界一の数を誇ったキリスト教徒(クリスチャン)も減り、聖書や十字架を持つ兵士も少なくなった。中尉もその周りも基本的に無神論者であり、従軍牧師(チャプレーン)も殆ど見かけた事がなかった。ただ、クリスマスなどの儀式は根強く残ってはいる。

 

……俺たちは、今年のクリスマスまでに帰れるのだろうか。

 

「そんな事より伍長、航空管制用語の一つでも覚えたらどうだ?」

「うぇ!?」

 

 中尉は横目で伍長を睨む。MSパイロットは戦闘機(ファイター)パイロットに近い事と、将来的に全てのMSに採用する事になるだろうと噂されている"コア・ブロック・システム"により航空機にも乗る事も考えられ、そのための訓練が課されていた。また、人手不足で、前線ではあらゆる事をこなせる人間を求めており、その一大プロジェクトはまだ始まったばかりだそうだ。元空軍の中尉は言わずもがな、電子戦士官(EWO)の上等兵は航宙機免許も持っている。軍曹もそれは同じだ。持っていないのは既に伍長だけなのである。

 中尉のその言葉と視線からサッと目を伏せ、明後日を見る伍長。不自然な頰に垂れる汗が、喋らない伍長の代わりに悠然とその事象を物語っている。

 

「──で、でも、いいですよね!合言葉!!わたしたちも決めません!?合言葉!!」

 

 また伍長が何か言い出した。多分今俺は『また何か言い出しやがったなコイツ』って顔してると思う。

 

 合言葉とはそもそも、その作戦、その場、その時間で決め決して長く使う物ではない。今ここで決めていつ使うのか。

 手をポケットに突っ込む中尉。カサリとした感触に顔を眉を上げ、それを取り出す。手の平の上でクシャクシャに丸まったそれは、レーションの中身の一つ、とあるチョコの包み紙だ。

 

「んー、じゃあ、えーっと……合言葉は、"ハーシー"。返事は"アップル"だ」

「………なんか、カッコ悪い。それなら"サンダー"、"フラッシュ"の方がいい……」

「なんでや!」

 

 苦い顔をし文句を言う伍長。中尉は中尉で即席にしては中々な物を考えられたと思っていた途端にコレである。"サンダー"と"フラッシュ"の方が大概だと思う、と言う言葉を危うく呑み込み、中尉はやれやれと言った様子で肩を落とす伍長にぐっと堪える。つーかその顔やめろ。腹立つわ。トランペットで殴りつけて血塗れバケツ(キーストーン)にするぞ。アレ?壊れて出ない音があるのは何だっけ?ファマス?ボンネット?

 伍長の態度に憤慨し、肩を震わせ拳を握り締める中尉に、上等兵が助け舟を出した。軍曹は我関せず、と言った感じでそっぽを向いている。

 

「しかし、伍長。頻繁に変わる合言葉が長かったら困りませんか?」

「メモしてて落としたらネビルって呼ぶからな?」

 

 言葉こそ戯けているが、真顔で目も一切笑っていない中尉に睨まれ、伍長が頰に一雫の汗を伝わせる。合言葉を知られる程危険な情報はない。知られた事をこちらが把握するまでこちらは一方的にハメ続けられてしまう。短く簡単な言葉である事が多いが、合言葉とはそれだけ重い意味を持つ。中尉は即席で決めたが、それは至極真っ当な事であり、決して遊びではないのだ。

 

「え?…ど、どうしよう……」

 

 顔を青くする伍長。覚える事が苦手で、未だにハンドシグナルの一つも覚えず忘れっぽい伍長は、中尉にとっても悩みのタネの一つだった。それが今表面化しただけである。中尉は額に手を当て、上等兵は眉根を下げている。2人の対応に一層言葉を詰まらせ、口を震わせる伍長は、最後の頼みの綱の軍曹の顔を見上げた。腕を組んでいた軍曹は、その視線に向き直り、微かなため息とともに口を開いた。

 

「…傘を、握り締めておけ……」

 

 

 

 

 

 

 

「気になってたんだが、あのコンテナは?」

 

 大体の資材の搬入が終了し、船団が抜錨の準備を始める。慌ただしかった船内は落ち着き始め、配給分をこっそり溜め込んでいた者達も物々交換によって得られた戦利品を抱えながら船内へ消えて行く。肩を叩き、力強く握手をする水兵達は別れを惜しみ、艦は少しずつ平静を取り戻して行く。そのような空気の中、俄かに賑やかさを増しているのがこのハンガーだ。

 整備兵達は新しく来た真新しい予備パーツの梱包を解き歓声を上げ、埃をかぶる程放置されていたにも関わらず新品同様の輝きを放つ検査機と調整機を立ち上げ始める。今までの搬入の時とはまた違う騒音が奏でられる中、暫く振りのMSの本格的な修理が始まっていた。

 

「コレです!パーシングちゃんをお願いします!!」

「はっは。確かに承りました故、お嬢もご安心くだされ」

 

 向こうでも伍長が機付長に書き込んだ電子ペーパーを渡している。

 損傷の最も大きい伍長機("ダンプ")は、今回四肢のほとんど全部が新規のパーツとなる。また、特に損耗率の激しい肩部及び前腕部は、予備パーツの不足が今後も予測されるため今回特別に製作、調整された大型の物を搭載する予定らしい。

 

 "ダンプ"は伍長が左利きである事、操縦にかなりのクセと偏りがある事、リミッターの設定がかなり強めである事に目をつけ、損耗率の特に高い左前腕部に小型の装甲板を追加し、肩部装甲自体は完全に新造のものを、フック部に固定し覆い被せる形で追加するとの事だった。それにより本来の肩部装甲の被弾を抑え、装甲が破損した場合は破損箇所のみを交換するモジュラー装甲方式で損耗率を低下させるらしい。また、本体(・・)が壊されるよりはマシと、爆発反応装甲(リアクティブ・アーマー)の使用も検討されているらしい。

 

「ん〜?聞いてねぇ。なんだろ?」

「聞いてみる必要がありそうですね」

 

 しかし、中尉にはあまり関係の無い話だ。パージした前腕下肢部は回収され修理中。今は既に新しい物に変更された。脚部は膝部から下を大きく損傷したが、装甲を取り外した結果、爆風に抉られ、歪にひん曲がった事による干渉部位以外、特に重要な駆動系伝達部には殆どダメージは無かったのである。勿論、装甲裏に張り巡らされた電装系は壊滅したが、その被害は見た目以上に軽いものであったのである。

 勿論、細かい損傷を全て含めると激しい損壊と呼べるが、全交換より手間はかかるものの、その影響は深くまで及んでいなかったのである。これも、現在、装甲材として最も優れていると言っても過言ではないルナ・チタニウムのなせる技と言えた。

 そのため、"ジーク"は"ジムヘッド"と名付けられるきっかけとなった頭部以外は"ダンプ"に返還せず、そのままリミッターの設定を変更し使用する事となった。"ダンプ"には新しい、"本物"の"陸戦型GM"用の四肢が装備される流れとなったのである。

 

 "ジーク"の機付整備長である少尉に電子ペーパーを渡した中尉は、その流れで顎をしゃくり、件のコンテナを指し示す。厳重に梱包されているMSのパーツの中でも、一際目立つ厳正な管理をされていたそれは、今ハンガーの隅に纏められている。"イージス"の20mm機関砲、"スモークディスチャージャー"及び戦術電子戦システム(TEWS)、電装系のテストが終わり、手伝ってもらっていたMSの修理にも目処が立った今、中尉達は小休止を取ろうとしていた時の事だった。

 

「新兵器かな!?」

「…不明であるなら、投棄を…提案する。……それで無くとも…十分、注意すべきだ…」

 

 ハンガーの隅、空の弾薬ケース(アモボックス)に中尉達は腰掛けていた。軍曹もその隣で布を広げ、音を立てず、整備油とウェスを手に銃の分解整備を行い、そのまま顔を上げず忠告する。軍曹らしい慎重さを表す一言は、弾薬ケースを小さく震わせ、ハンガーの喧騒に溶けていく。

 弾薬ケースと言っても、その実包の口径は100mm。MS用であるため、両手で抱える戦車砲弾の様な弾丸を収めるケースはそれだけでかなりのサイズと重量となる。なので、その中でも小さめのケースをイスや机の代わりとして使っているのだ。

──そう、"100mmマシンガン"でもコレなのだ。"180mmキャノン"の180mm弾、"ハイパーバズーカ"や"ロケットランチャー"の360mm弾頭などの大口径弾となると既に人間単位での持ち運びは不可能であり、現在それら専用のトレーラー、クレーン、リフトが手配されている程だ。

 

 例として、"ブレイヴ・ストライクス"の誇る整備班謹製、対MS用使い捨て兵器"ランチャー"。それに用いられているのは前例の無い240mm弾頭だ。コレはMSサイズから考える榴弾として、比較的小口径である。しかし、それでもコレが複数人単位で持ち上げる事の出来る重量の限界であり、それによって決定したサイズである。その為、弾頭も珍しい装薬分離式を採用しその負担を軽減する事に成功している珍しい一例と言える。

 また、一発撃ちっ切り方式であるため、コストをかけず、尚且つ短時間で大量生産しなければならないという側面もあった。そのためジオン軍が用いた個人携行用の無反動砲をそのままスケールアップする方法を取るわけにもいかず、独特のサイズと重量となったのである。その分軽量化され、MSのパワーを差し引いても大量に携帯する事が出来るという思わぬメリットも発生したが。

 

 そんな整備班達の血と汗、涙と努力の結晶が兵器であるのだが、そんな事もつゆ知らず、中尉の背に勢い良く伍長が飛びつき声を上げる。その目はいつも以上に輝いていた。余程補給を受けMSが修理出来る事が嬉しいのだろう。そのテンションで、コンテナの中身を都合よく解釈し更にブーストをかけているのだ。 

 

「ん、それを捨てるなんてとんでもない」

「そうですよ!MOTTAINAI、ですよ!」

 

…………その言葉を理解するのに、たっぷり5秒はかかった。

 

「おやっさん!?いつのまに!?」

 

 軍曹以外が、目を丸くし思わず立ち上がっていた。軍曹だけは、一瞥をくれ、小さく会釈をするだけだ。

 

「よっ、久し振りだな」

 

 いつもと変わらない作業着を着たおやっさんは、何事も無かったのかの様に帽子をちょいと上げ、中尉達に白い歯を見せた。サングラスが光を反射し、その奥に潜むやさしさを秘めた目が一瞬見えた気がした。

 

「変わらない様子で何よりです」

「ええぇ?久しぶりなのに!?」

「大将もな。いや、男らしくなったか?」

 

 中尉も笑顔を見せ、固い握手を交わす。"ミデア"に乗り込み、日本に向かった日がとてつもなく過去の事の様に思える。それから、たった一ヶ月程度だったが、それは物凄く長い期間の様に感じていた。

 

「…ご無沙汰、だな……」

「お久し振りです。整備班長」

「おうよ!」

 

 挨拶を交わすおやっさんの声に気づき、一人、また一人と整理班達が集まって来る。気がつくと、中尉達を中心に十重二十重の人の波が出来ていた。

 

「仕事は終わったんで?」

「あぁ、バッチリさ。その成果のテストも兼ねて来たのよ」

 

 おやっさんはにやりと唇を歪めサムアップし、コンテナを顎でしゃくる。後でのお楽しみだ、とウィンクし、席を立つ。

 ウィンク、と言っても、サングラスをかけてるから眉の動きからの推測だ。そう言えば、特に目が悪いとも聞かない。なんでかけてるんだろうか?

 

「………おやっさん!!」

「おやっさぁ〜ん!!お逢いとうございましたぁ〜!!」

「うははっ!成果も結果も残して来た!これからは安心しろ!!もうお前たちに苦しい思いはさせんぞ!?誰一人にもだ!!」

「「「うおぉぉぉぉおおおぉおお!!!」」」

 

 気がついたら整備兵でなく水兵も集まり始め、辺りがお祭り騒ぎの様になる。

 腕を組み、その様子を見ていた中尉の肩を叩く者がいた。

 

「……どうしたんですか?」

「……お話があります。隊員の皆さんも…」

 

 息を潜め、小さな声で耳打ちされる。中尉は軍曹にアイコンタクトを取ると、軍曹は伍長、上等兵の肩を既に叩き事情を説明していた。その事実に満足しつつ軍曹の耳の良さに戦慄する。大騒ぎの中、距離もある。なんつー聴力だ。ソナーかなんかか?

 

 そのまま隊員を連れ、喧騒に紛れハンガーを出る。すれ違う水兵に明るく挨拶をしつつ、先を歩く連絡役に話し掛ける。

 

「どうしたんですか?」

「艦長のご指示です。詳しくは艦橋、CICにて…」

 

 それを言ったきり口をつぐむ連絡役に肩を落としつつ、中尉は首を傾げる。そんな中尉に、伍長が近づき耳打ちした。

 

「なんでしょうか?」

「判らん。しかし…」

「今は、軽率な行動を取るべきでは無いですね」

「…何か、嫌な予感が…する……」

 

 話しているうちにエレベーターに到着し、全員が乗り込む。そのまま音も無くドアが……閉まらない。

 

「いった〜い!」

 

 伍長が挟まれた。もちろんストッパーが反応しそのまま両断されたり、エレベーターが動き出したりとホラーでスプラッタな展開にはならなかったが…。

 

「………」

「………」

「………」

「…ごめんなさい…」

 

 誰一人声を発すること無く、先程の空気は壊れもしなかった。重苦しい空気を抱えたまま、エレベーターは静かに早く上昇して行く。軍曹は壁際で腕を組み、その隣に上等兵が寄り添うように立っている。連絡役は溜息をつき、移り変わっていくカウンターを見上げるだけだ。伍長は所在無さげに手遊びを始めた。中尉は腰の刀を握り締める。儀礼用かつ服飾目的が主である軍刀(サーベル)では無く純粋な打刀であるため、閉鎖空間に置いてはぶつけない様に気を使うのである。

 

 軽い音共に、エレベーターのドアが開いた。インカムで連絡を取っていた連絡役はそこで一礼し、口を開く。

 

「私はここで失礼します。艦長がお待ちです。ご無礼の無い様に。本来、艦橋は基本的に左官以外は役職が無い限り立ち入り禁止であるので。今回は特例です」

「あれ?わたしこの前入りましたよね?」

「………それが、特例、です!」

 

 伍長が何も考えず、ただ思った事を口に出すクセが炸裂し、マヌケな禅問答が行われる。その様子を見て中尉は溜息をつくだけだ。

 

「………」

 

 目の前にある大きな扉に注視し、緊張が体を巡る。何の変哲も無いハズのただの扉から、この前とは違う威圧感を感じ立ち止まる。

 

「少尉?」

「いや…」

 

 伍長の怪訝な声に、振り返ってぎこちない生返事をする。少し固まった身体を解すと、背中にヒヤリとした感触がした。知らぬ内に汗をかいていたらしい。

 意を決し、中尉はその扉に踏み出す。

 

「"ブレイヴ・ストライクス"隊隊長、タクミ・シノハラ中尉以下4名、出頭いたしました」

「ました」

 

 滑らかに開いた扉に、中尉は少し狼狽えつつ敬礼する。地球連邦軍の規則から、帽子をかぶっていなくとも敬礼だ。逆に頭を下げる事は滅多にない。また、その敬礼も陸軍式でなく、脇を締めた海軍式である。

 陸海空、そして宇宙。統一と統廃合、時の流れと共に軍隊も様々な複合体系となっている。その一つである礼儀、敬礼の仕方もかなり幅が取られており、宇宙戦艦問わず、艦内はスペースに応じて使い分ける事となっていた。

 

「うむ。ご苦労」

「こっちだ。すまんな、わざわざ」

「いえ」

 

 艦長に副長が返礼し、大きな電子作戦板に手招きする。中尉達は招かれるままに移動し、作戦盤を囲うようにして立つ。隣には砲術長、航海長などの主要な人物が並び、萎縮気味だ。

 一体、何が始まるのだろうか?中尉の不安の糸は強く捩られ、張り始めていた。

 

「入るぞ〜」

「ん?許可の無い者は…」

「まぁまぁ。おーい、艦長!」

「お通ししろ。ささ、こちらへ」

 

 その声に驚いた様に振り向く中尉。そこにはおやっさんが立っていた。止めようとした人は端へ引っ張られて行く。そのまま、何事も無かったかの様に我が物顔で踏み込んだ。

 

「さ、イスをどうぞ」

「いんや。いいよ。それよか始めようや」

「はい」

 

 あまりの事に声が出ない中尉。その視界の隅では、先程おやっさんを呼び止めた海兵が部屋の隅ヘッドロックされ、小さい声であるが早口でまくしたてられていた。お気の毒に。

 

 艦長が咳を一つし、作戦盤に手をついた。副長がその傍に立ったのを確認し、その重い口火を切った。

 

「正午にも関わらず全幹部隊員を緊急召集したのは他でもない。現今の情勢下に"アサカ"戦隊としてその任務を全うするにあたっていかなる方針で臨むべきか。それを討議する為である。状況が状況であるので今日は特に"ブレイヴ・ストライクス"の列席をお願いした」

「一体、何が?」

 

 艦長に視線が集中する中、おやっさんが口を開く。その言葉に応えたのは副長だった。

 

「先程、我々の進路上から少し外れた海域より、緊急支援要請(エマージェンシー・コール)が全方位に向けあらゆる信号により発信された」

「大変です!!助けに行かないと!!」

 

 いの一番に反応し、声を上げる伍長。視線が集中し、伍長が目を丸くして手で口を押さえた。中尉の頬に冷や汗が一雫垂れる。艦長が帽子に手をやり、口を開いた。

 

「それが、そう簡単な話では無いのだ。……副長」

「は。一つは、本艦の最優先任務から外れる事だな。

──しかし、これは左程問題ではない」

「それでは何が問題なのですか?」

 

 上等兵が静かに問う。その言葉に頷いた副長は、手許の端末で作戦盤を操作しながら応えた。

 

 中尉の眼前で作戦盤が点灯し、周囲の詳細な海図と、"アサカ"の位置、そして緊急通信が入って来たと思われる海域がピックアップされた。リアルタイムで送信されているらしいそれは、離れ行く補給船団も映し出していた。

 

「通常、敵味方関係無く発信される信号が、友軍向けにしか発信されていない事、しかし、あらゆる波長で全方位に向けられた事がまず一つ」

「…罠、か…?」

「有り得るな」

「混乱から立ち直ったとは言え、まだ問題は多数抱えているしな。警戒線の位置は?」

 

 軍曹が呟き、砲術長が賛同する。その言葉に、顎に手を当てたおやっさんが反応し、指先で盤上を撫でる。副長が手元で操作を行うと、海底に線が映し出される。しかしそれはあちらこちらで途切れ、点滅していた。

 

「そうだ。その可能性も多いにある。更に、発信先の艦のIFFに反応は無く、そこに派遣された艦隊は存在せず、発信された艦籍も存在しない」

「罠ではないですかね…それは」

「そこまで判っていて、一体何が?」

 

 口々に口を開き、ざわめき始める場に揺られ、中尉は盤上の光点を見つめる。元空軍所属でありそこまで明るくない中尉は、軍曹の袖を引き質問する。

 

「軍曹、警戒線って何だ?」

「…海底ケーブル、及びSOSUS(ソーサス)の…総称だ…」

 

 それは中尉も聞いた事があった。海中において音速が極小となる音波伝達経路、通称SOFAR(ソファー)チャンネルを介すると、散乱・吸収されにくい低周波の音波は、非常に長い距離にまで伝わるのだ。ソーサスとはそれを利用した海洋音響監視システムの事である。また、それに用いられる海底ケーブル及び通常の回線用光ファイバーケーブルは磁気変動に敏感であり、ドップラー効果を利用する事で潜水艦の探知が可能となるのだ。

 しかし、そのシステム網はコロニー落としの影響でだいぶ断裂したと聞く。その補修作業は全くと言っていい程進んでおらず、そのアドバンテージを活かすどころかそれに頼り切っていた事が仇となり、ジオン軍潜水艦艦隊による跳梁跋扈を許している、と言うのが現状である。

 

 しかし、地球連邦軍の取った戦略ドクトリン的に、()()()()()()()のだ。

 

 地球連邦海軍こそ、組織としての威信やプライドをかけて制海権奪還を急いでいる状況にある。しかし、人口の半数以上を失った連邦政府と地球連邦軍は地上侵略に対する反抗作戦において、総大将レビル将軍指令の元、既に大胆な戦略を打ち出していた。

 

 それは、地球上に駐留しているジオン軍を決算主義的な漸減作戦により漸次殲滅駆逐するのでは無く、持久戦に持ち込み、地球上で兵糧攻めにするというものだ。現在、地球連邦地上軍はジオン軍の兵站輸送を上回る速度で戦線を拡大、停滞させ、更に物量を持って戦線を押し留めている。ジオン軍はその維持に喘いでいる。連邦軍がその様な兵力を大量消費し焦土作戦に近い撤退戦を行ったその背景は、敵MSの脅威もあったが、開戦時の様に大戦力を短期的に用意する事は不可能であった事が大きい。

 そのため今ある戦力を効率よく運用し、時間を稼ぎ、戦力の再編、再軍備を行う為の戦略である。

 

 その第一目標としてあげられているのが、ジオン軍地球方面軍を支えている一大資源補給地である"オデッサ"鉱山基地一帯である。地球上の補給源を絶ち、その上"ビンソン計画"とMSの開発によって得られた新戦力で制宙権を押さえさえすれば、本国からも孤立したジオン地球方面軍の未来は見えている。

 面でなく、重要な点へと攻撃を行い、干上がるのを待つ事にしたのである。この作戦が型にハマれば、反抗作戦発動時、比較的少ない戦力でも地球上のジオン軍を事実上無効化しつつ、大損害を被った宇宙軍の再編が容易となり、宇宙において決戦を持ち込む事が出来るのである。

 

 そして、この戦略に()()()()()()()()()()()()()。必要最低限の主要シーレーンのみ押さえ、残りは空輸と潜水艦による秘密輸送に頼る事にしたのだ。

 

「……艦長」

「構わん」

「おとなの会話だ…かっこいい…」

 

 会話の中、副長が艦長に向き直る。艦長はただ手を振り、一言だけ呟いた。それを聞き届けた副長が、また喋り出す。

 

「は。引っかかる点は2つ」

「目星はついてるな」

「さっぱり判らないが…」

「…何故、ここに届いた…か……?」

 

 艦長の後押しを受け、ピッと指を2本立て、副長が本題に切り出した。また新たな情報が盤上に追加され、盤上はクリスマスのイルミネーションの様に華やかだ。顔を上げ少し目を擦った中尉は、改めて盤上を見下ろし、その理解に励む。

 

「そう。この艦にその情報が届いた事だ。まず、緊急通信とは言え極極極超音波(ELF)を用いるのはおかしい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()おり、極秘行動中である我々に()()()()のような通信が混じっていた事が一つ」

「も、もう一つは…なんですか?」

 

 ゴクリと唾を飲み、航海長が口を開く。艦長は言葉を発さず、ただ副長にアイコンタクトをするだけだ。場に重くのしかかる圧力に殆ど誰もが息を呑む中、その重圧を押し切り副長が言葉を継いだ。

 

「同時発信された情報の主要素(EEI)だ。それがこの件の最大の懸念となる。『()()()()()()()()()』。それだけだ」

 

 その言葉に、その場に居た者たちほぼ全員がどよめいた。

 

 作戦盤に表示されている救難信号が発せられた海域には、陸地がほぼ無い。戦略価値もない。そもそも、そこには戦闘を行う地上部隊も、その地上部隊を支援する航空戦力もない。救難信号を発した艦さえ存在が危ういのだ。そんな中、味方の安全を考慮しない、投入可能な航空支援全般(エア・ストライカー)による総攻撃が必要となる状況などあり得ない。

 

 ならば、その意味は自ずと決まる。選択肢は無い。

 

「『ブロークン・アロー』………」

「………」

 

 中尉の呟きを最後に、場が静寂に包まれる。

 

 艦橋は、ただ作戦盤が光を放ち、幽鬼の様な影を揺らめかせるだけだった。

 

 

──それは、今にして思う。この時、この瞬間、この決断こそが、俺たちの運命を定めた、帰還不能限界点(ポイントオブノーリターン)だったのだと。

 

 

 

『いいか、言葉を信じるな。言葉の持つ意味を信じるんだ』

 

 

必然たりえない、偶然は、ない………………

 

 

 

 




お久しぶりです。久々の更新になります。以前と比べりゃ短いですけど。

もう最近はメタルギアとサバゲーで頭が一杯でして、はい。加筆修正も進んでねぇ。最近ホント戦闘にならない。ホントにこれでいいんですかね?

しかーし!!祝!!9月15日!!ようやく!!本作品は!!ガンダム本編開始日に到達しました!!題名のポイントオブノーリターンは、こっちにもかかっています!!

この日、とある少年が、とあるMSと運命的な出会いをし、この世界がはじまります!!

……と言うことで、これからもよろしくお願いします!!質問、感想、文句など受け付けておりますので、どんどん下さい!!

次回 第六十六章 明日への南風

「──答えは一つじゃない。夢見るくらいなら、構わず探しに行くさ」

ブレイヴ01、エンゲー、ジ?

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