機動戦士ガンダム U.C. HARD GRAPH 名も無き新米士官の軌跡 作:きゅっぱち
データが飛んだり色々ありまして……。
気がついたら初投稿から一年。
今年も、そしてこれからも末長くTBSの皆さんをよろしくお願いします!!
空の青。
海の碧。
その境界面は、ただ
そこに吹く、風の色は何色なのだろうか?
光る宇宙の下、人はただ見上げ振り仰ぎ、手を伸ばす。
──U.C. 0079 9.3──
「──"ジャブロー"へ?」
「そうだ。状況を終了次第、という話でな…」
「終わり次第、ですか…」
無意識のうちに電子ペーパーから目をあげ、虚空を見上げる中尉の肩を、艦長が軽く叩きつつ言う。
「まっ、所詮俺たちゃ組織のコマ、小役人だから、上の意向にへーこらして言うまま地の果てまで、ってやつよ」
「はは……公務員ってた〜のしぃ〜なぁ〜」
大きく肩を竦める艦長に、苦笑いする中尉。そんな中尉の横を轟音と共にキャリアーが通り過ぎ、巻き上げられた風が軍服の裾を揺らす。その空気の中に微かに混じる、電磁モーターが発する独特の鉄臭さが口中に広がり、中尉は一度言葉を切った。
先日まで繰り広げられた激しい戦闘の跡を色濃く残す"バンジャルマシン・ベース"。その巨大な
人気がなく、潮の香りと誰に聞かれるともなく涼しげな音を立てる海と砂浜とはたった一枚の鉄板でしか遮られていないはずであるが、まるで隔絶された別世界の様に大勢の人間に多くの重機が唸りを上げ動き回る。それらが声を上げ動き回る喧騒と砂埃、重機には必要不可欠な機械油や洗浄液の匂いが充満する空間は、人に優しいものでは決してない。周りを見渡し無意識の内に肩を竦めた中尉は手を振り、外へ出ようと言う素振りを見せた。
──それにしてもとんだ話だ。理解出来ない。現在最も緊張が高まっているのはここ、東南アジア戦線であり、何故そこから最新鋭兵器を有する我が部隊を遠ざけ、テストの機会を奪う必要があるのか?
…………俺は政治には詳しくはない。興味もないし関わる気もない。しかし、いつの間にか巻き込まれていた、という事か?
……そういや、コーウェン准将曰く、連邦軍上層部には未だにMSの性能に対し懐疑的で、大艦巨砲主義を推進する者も少なくないとの事だが…。ま、噂だ噂。そうしておこう。おやっさん曰く、現場が思う以上に、上層部は派閥争いやなにやらでグッダグダらしいし……おーおー。嫌だ嫌だ。快適なオフィスでは、笑顔で腹の探り合いかよ。
──パワーゲームに足の引っ張り合いか?勘弁してくれ。"ジャブロー"にある大砲は何のためにあると思ってんだ。
………愚痴っても仕方がない。それに、話をするのにも、ここは取り敢えず相応しくないな。うん。
顎に手を当て、ひとしきり考えた中尉は2人に手招きし、ハンガーの外へと出て、眩しいほどに照らす太陽の下埠頭を歩く。緩やかに吹き付ける海風が中尉の頭に巻かれた包帯を靡かせ、軽い音をたてながら吹き抜けていく。
中尉の身体は、万全とはとても呼べるものではない。この前の戦闘での負傷は完治にはまだ程遠く、軍服の下も至る所が包帯でグルグル巻きである。重症こそ無かったのが唯一の幸いか……。
あの時、戦闘服を赤へと染め上げた頭部の裂傷は、過去の古傷が開いたものであり、今は包帯の下、押さえつけられた髪に隠れている。帰還後、本格的な処置を施した軍曹曰く、治りかける毎に傷ついているためか皮が薄くなり、破れやすくなってしまっているとの事だった。
しかし、そんな事は全く気にも止めず、さんさんと太陽に手をかざし、目を細めながら中尉は歩いていく。親から授かったせっかくの身体に傷痕をつけてしまうのは忍びなかったが、それだけだ。もともとおしゃれや外見に気を使う事も無かった中尉にはとっては、傷痕は勲章以外の何物でもない。出血しやすくなるのは困り物だが……。戦闘中の出血は視界を遮る上、血が減る事や流血と言う事実から冷静な判断能力をも奪い去ってしまう。それに、血のシミは落ち辛い。特に白地に付いたものは……。
「んっ!」
中尉が足を止めたそこには、ちょっとした東屋の様な所があった。屋根だけの掘っ立て小屋に、簡素なベンチがあるだけのものだ。きっとジオン兵達が釣りの為にでも作ったのだろう。今は人気もなく、ドラム缶や鉄骨などの資材が置かれているが。
──釣りか、懐かしいな……。あの後、"ゴッグ"に殺されかけたっけ?お世話になった"ザクII"は、"ジャブロー"でまだ連邦軍の為に働いているのだろうか?ヒーリィ中尉に、カジマ少尉達をはじめとする訓練兵達、MS開発に携わっていたエイガー少尉は今は何をしているのだろうか……生きて、元気でいるのだろうか──………?
押し寄せてきた感傷の波にさらわれ、されるがままに浸っていたが、かぶりを振って中尉は艦長達に席を勧めた。頼りなくぐらつくベンチを軋ませ、どっかりと座り込んだ艦長がおもむろに口を開き、たどたどしく話し始めた。
「あー…なんでも、試作MSのテスト、生産に本腰入れがなされ、新たな戦術の構築が始まっている今、本格的なMS運用の為に一度戻り、データ取りを行う、とかなんとか……」
「そうですか……それにしても…また急な話ですね……」
波が防波堤に打ち寄せる音が響く中、艦長は頬を軽く掻き、額に軽く皺を寄せながら風と戯れるカモメ達を睨んでいる。こめかみに滴る一滴の汗が、何よりも雄大に事の経緯を中尉に訴えかけている様だった。
………………どうもあまり話を聞いていなかったと見える。そのままバツが悪そうに穏やかな音を奏でる海を眺め、つられた中尉もそちらへ視線を向ける。開戦から続く環境汚染でかなり濁ったそうだが、それを感じさせない揺蕩う渚の波打ち際の透明感は、強い陽射しの反射によりきらめき、誘うように揺れていた。
「補足すると、機体のオーバーホール及び改装、また参謀本部へのMSのお披露目も兼ねるそうだ。息抜き、とまでは言わんが、そう硬くならずともいいだろう」
その隣で、目を逸らした艦長を小突き、副官の少佐が眼鏡を中指で押し上げながら補足する。進水からつい先程まで行われていた"アサカ"のあらゆるテストも終わり、現場指揮官として火器管制室や機関室などを回っていた副長は、最近ようやく発令所に戻ってきて本来の仕事に就き始めたらしい。口調こそややフランクだが、とても堅苦しい印象である。艦長と正反対だ。
「了解しました。出発は何時に?」
「──あ、いつだっけ?」
それでいいのか艦長。
中尉が唖然と口を開きかけた時、間髪入れず副長が詳しく教えてくれた。
「積荷は下ろした。ここでやる事はもう残ってはいないから、今日には出る……ったく、"アサカ"は病院船じゃあないんだぞ……….」
「──とんぼ返りか……サーフィンしたかったんだがなぁ…」
頰に汗を垂らしたまま、またも誤魔化すように風に揺れる椰子の木を見てボソリと呟く艦長に、副長は気にも介さずゆっくりとであるが忙しなく動き働いているガントリークレーンを見上げる。今ちょうど、ハンガーがその巨大な鉄扉を腹の底から響く様な轟音と共に開放し、ガントリークレーンとその脇の"アサカ"へと地上駐機状態の"キング・ホーク"を引っ張り出しているところだった。
……と言うか副長、口の端からボソリと毒というか呪いと言うかが漏れ出しているが…。
なんか、こう……個性的と言うかフリーダムと言うか……。
「艦長……」
「むっ、ノーコメントだ」
中尉の言葉にすぐさま反応する艦長。しかしその言葉には意味が持たせられていなかった。あっけにとられつつ中尉は再度口を開いた。
「ノーコメントって……」
「1度、『ノーコメント』という言葉を使ってみたかったのでな?」
「…………まぁ、良かったです。ある程度の補給は受けられたとは言え、あの状況ですから……」
ごまかす様に笑い、中尉はその場を濁しつつ、何か誤魔化す物はと視線を巡らせる。ふと手元の電子ペーパーと目を落とし、そのまま引き寄せられる様に開かれたハンガーの奥、ジャッキアップされたMSトレーラーに寄りかかるようにその身を預ける2機のMSを見上げながら中尉はボヤく。
………いや、寄りかかると言うのもおこがましい位ボロボロな2機は、損傷により塗装が剥げ、下地が露出した装甲のあちこちを錆びつかせ、さらには泥をこびりつかせたその無惨な姿を白日の下に晒していた。
──すまんな……いや、ありがとう。"ジーク"……。
中尉は、目を細めるも決して逸らさず、それを見つめる。その視線に気づいているのかいないのか、艦長が口を開いた。
「うむ…まぁた派手にヤられたもんだなこりゃあ……何だ?スクラップか?」
艦長が呆れ顔で呟くのもごもっともな話だ。特に機体の欠損箇所が多く、胴体と左腕部のみでクレーンに吊り下げられた伍長機を見て、艦長は溜息をついた。その隣の"陸戦型ガンダム"も頭部こそ新しい物が装着されているが、撃ち潰され抉られた右腕部は取り外されたままな上、巡航ミサイルの爆風の煽りを受けた脚部の損傷は激しく、自立は不可能だった。
正直、酷い有様である。特に伍長機は車に轢かれた後の"人形遣い"見たくなっている。海の向こうのコーウェン准将とおやっさんには絶対に教えたくない。
「艦長、あれは我が軍の最新兵器だ。スクラップなのは艦長の目が……いや、頭じゃないだろうな?」
副長が相好を崩し、右手の人差し指をこめかみに立てて回す。眼鏡が陽光を反射しキラリと輝き、とても知的っぽい。言ってる内容は酷いが。
………何かこの人もイメージと違うぞ………?──あー、中佐、お元気でしょうか……。大西洋は如何でしょうか……自分は太平洋で困ってます…………。
「判っとるわ!!」
「──っふ、ジョークだよ」
「……たはは………」
「中尉もジョークは即興でな?後に残すと禍根になるからな」
「は、はい…」
艦長が怒鳴り声と共に振るった拳をひらりと躱し、副長は肩を竦め苦笑する。その光景に脂汗を垂らす中尉は、顔を引きつらせ喉をひくつかせ辛うじて返事する事しか出来ない。
「だいたいお前のジョークはつまらねぇんだよ!!」
拳を振りかぶった動作の収め所を、無理やりに大げさな様子で両腕を広げ、嘆くような素振りへとハードランディングさせて見せた。
「……ったくセンスが感じられねぇ……センスが……」
艦長は、誤魔化しきれなかった事を悟ったのか、更に誤魔化す様にそれだけ吐き捨て、左手で弄んでいたシガレットカッターと葉巻を取り出し、手慣れた動作で切る。
「ん?いつものパイプはどうした?」
「そう言えばパイプを咥えているイメージありましたね?」
「あー、あれは…咥えてないと落ち着かなくてな…ま、外でも吸うが……今日は葉巻の気分なんだ」
気分。気分、ね。それはタバコを吸わない中尉には理解出来なかった。中尉は好きな物はどこまでも好きなタイプだ。食べ物でもあればあるだけ食べ続けるタイプである。
ふと最近軍曹が吸っているのを見ないなと思う。それはいつからだったか……。
「まだソレ吸っているんだな?いい趣味だ」
「これぐらい好きにさせろ。お前こそそんな紙巻きじゃないか」
「僕はいいんだよ」
2人してタバコをくわえ始めたのを見て、中尉は1人頭を掻くだけだった。
…あの、ここ禁煙……どころか火気厳禁だよ!!艦長の後ろのドラム缶に
「俺は……ってなんだよ?」
「紙巻の良さは君には判らんだろうしな。それにだなぁ艦長、君のセンスが乏しいからだよ。それは僕にはどうにもならんのだよ……」
そんな中尉の心の叫びと脂汗に気づきもせず、副長は追加で火にニトロを注いで行く。煽って行くどころか爆発させて行くスタイルらしい。仲良しこよしと平穏を求める中尉には理解出来ない態度である。
根が基本的にチキンなのは、キルゾーンではないとは言え至近距離で巡航ミサイルが炸裂しようと変わらなかったらしい。
「そう言うところがだなぁ!」
「だからジョークだよ。そう熱くなるな。熱くするのはコイツだけで十分だよ」
咥えられたものの、火をつける前に噛みちぎられかけた葉巻に、オイルライターで火をつける副長。それを横目に睨んだ艦長は鼻を鳴らし、上を向いて長く煙を吐き出す。
「あータバコうめぇ」
「全く誰だ、タバコに悪いイメージ付けたのは。いや、悪いんだろうが」
ぽかり、と浮かんだ煙が海風に吹かれ溶けていく。空気に混じる匂いにどこか懐かしさを感じた中尉は、その考えを打ち消す様に口を開く。
「そうですよお二人とも……肺癌や喉頭癌になりますよ?タバコ多環式芳香族炭化水素は癌t…」
しかしそれを遮る様に副長が口を開く。その言葉は中尉を沈黙させるに十分だった。
「化学式を理解してもタバコの良さはわからんだろ?」
「…kなり…ごもっともです。それでも、安心しました」
「ん?それはどうしてだ?」
その言葉に艦長は意外そうな顔をし目を瞬かせる。その顔に中尉は微笑みかけながら言葉を続ける。
「煙草を吸わない上司は信用しない様にしているので」
「がははははっ!」
「面白いな、中尉。いいセンスだ」
腹を抱え大笑いする艦長に、フッと唇を歪める副長。中尉はそんな2人を見てまた口角を引き上げた。
中尉にとって、タバコは大人の象徴だった。それに、尊敬すべき身近な人物は皆吸っていたのもあった。実は少し興味もある。19歳の新米にしては数々の死線を潜り抜けてきた中尉であるが、根はやはりまだ子供が抜けきってはいないのである。
「中尉、一本どうだ?」
「いえ、申し訳ございませんが遠慮します。未成年ですし…」
副長の差し出したタバコを前に、中尉は目を伏せ首を振る。興味こそあれ、恐怖もまた大きかった。何か取り返しのつかない事になるんじゃ、そう思うと素直に手を伸ばせないのだ。
また、吸っていた人たちは皆煙を吐き出しつつ口を揃えて『吸わない方が良い』と言っていたのもそれを助長していた。
「モスレムに葉巻は……あーっとアメスピは?」
「僕はあと天狼星と、ソユーズだけだが…言っているだろ、中尉にはまだ早い」
「s〇ftbankのCMか!」
「伏せれてない伏せれてない」
それでもなおタバコを勧めようとする艦長とまたもコントを始めた2人の声は、打ち付ける波間へと消えていく。
「む、中尉、君にはコレをやろう」
「あ、ありがとうございます……」
どうすれば良いのか、いやそもそも何が何なのか判らず、直立不動で突っ立っていた中尉に、副長は懐から取り出したラムネを渡し、自身も2本目を吸い出した。
副長は空気も読める上体内でラムネが作れる人らしい。………いや、ちょっとヌルいんですけどコレ。ラムネがヌルいのとな何か2回目だよコレ。何でこんなワケの判らん経験を人生で2度も経験せにゃならんのだか……。
「それにしても……本当に凄いですね"アサカ"は……並べると"ジュノー"級がオモチャの様に見えます」
どうするか迷った挙句、大人しくラムネを懐にしまいこみ、ドラム缶に腰掛けた中尉が埠頭に接舷している"アサカ"を見て言う。周りを忙しなく走り回る整備士や、物資の積み込みを手伝う唯一無傷だった軍曹の"陸戦型GM"、今の地球連邦海軍の主力潜水艦となった"ジュノー"級が霞むほどのその姿は、まるで冗談の様な大きさだった。
始めて見た時から大きいのは判っていたが、ここまで大きいとは……"ジュノー"級も旧型とはいえ原子力潜水艦である。しかしそれがオモチャに見える程だ。旧世紀の"タイフーン"級だっけ?あれよりもデカイんだろうな……。
点検のため、格納式の砲塔を全て展開しているのもあると思うが、太陽に照らされ強烈なシルエットを浮かび上がらせ、攻撃的な巨影を落とすそれは、まさに鉄の城だった。
「全くだ。俺もこんなご時世に、こんなモンに乗る事になるとは思ってなかったさ」
煙を吐き出し呟く艦長の言葉を待ち、副長が口を開く。細められたその目は、中尉には窺い知れない感情が渦巻いていた。
「大艦巨砲主義は、未だ死なず…だな。──宇宙世紀が始まり、宇宙戦艦が造られる時に象徴として、建造された時から時代遅れだと言う事が確定していた戦艦が、今その性能を買われ再び前線に引っ張り出されていると聞く。………皮肉な物だな。宇宙空間における戦闘において、大艦巨砲主義を終わらせたミノフスキー粒子が、この海じゃそれを肯定するなんて、な……」
「「…………」」
副長の言葉に、中尉達が無言で見守る中、点検が終わったのかけたたましい警告音を発しながら"アサカ"がその砲塔を格納して行く。夥しい量の砲門がその装甲に吸い込まれていき、そこにはまるで何もなかったのかの様な滑らかな船体だけが残る。
最後に開放されていたVLSサイロが次々と閉じて行き、"アサカ"が潜水艦としての本来の姿になる。
「──そう言えば、忙しさにかまけて言えませんでしたが……援護、ありがとうございました。あれが無ければ、私達と基地は全滅でした……全員を代表し、改めて言わせてもらいます…ありがとうございました…」
それを見ていた中尉がふと口を開き、頭を下げる。艦長はそんな中尉に一瞥もくれず、手にしていた葉巻を放り捨てる。
「なぁに言ってんだ?中尉はやる事をやった。俺はそれをすこーし助けただけだ?な?」
艦長の言葉を副長が継ぐ。本当にこの2人の関係は不思議だ。また面白い人物に会えたと中尉は心で万歳三唱をしていた。これだから人生はやめられない。
「そうだな。顔をあげろ中尉。そもそもあの時のミサイルを慣性誘導したのは僕だしな。こんな事もあろうかと、火器管制室にいて正解だった」
「がはははっ!違いねぇ!!」
「いえ、本当に……人間というのは自分の手柄を多く見積もり過ぎる傾向にありますから。特にこの業界はそういう人間が多過ぎますね。実際私の周りはそうでしたし…」
中尉は今までの出会いを思い出す。彼等は、誰もが自分自身に期待と自信を抱き、常に自分を高く見せようと必死だった。幼少期も、士官学校時も、いつもいつも。誰もがその内、自分の限界を垣間見、絶望し、消えていった。その人達を否定するつもりは一切無い。ただ自分とは違うとしか思わなかった。
そんな中、全く自分を飾らず、自分の能力を見極め最大限に活かしていた軍曹に強く惹かれたのもまた事実だった。その時、中尉にとって軍曹は、正に理想の体現、目指すべき存在となったのだった。
「ま、約束通りパンケーキも美味かったしな。短い期間とは言え陸地にも上がれた。それで十分さ」
「そうだ中尉。もっと誇れ、胸を張るんだ。これは君の成果だ。僕たちのものじゃない。独り占めしてしてしまえ」
「しかし……」
雲の上の様な人物による畳み掛ける様な言葉に、中尉はゴクリと喉を鳴らす。正直、中尉には理解し難い話ではあったが、同時に頭の隅で
「うんうん。自分が成した事を誇れず自惚れられない奴はダメだ。能力がある、成す力がある上でそれを自分で認めないのもな。行き過ぎた謙遜は輪を乱す。自分と相手の立ち位置を考え、時に自惚れ、時に大きく出る事も必要不可欠な事だ。中尉、君が"ブレイヴ・ストライクス"の隊長、リーダーであるのなら」
艦長の言葉が、中尉の背を押す。自分の鼓動がやけに大きく耳の中で音を引きずる。大河の様に連なる刻は決して止まらず、時間は誰もに等しく、平等に流れる。それは中尉であっても例外ではない。中尉に、『
「………はい!!」
「あーっ!やっと見つけたっ!!少尉ー!!探したんですよぉ!!」
『ハロッ!』
力強くうなづいた中尉が、声に驚きびびくんと肩を持ち上げる。中尉達3人が声に振り向くと、その声の主は笑顔でペットロボットを抱え、腕を振りながら走り寄ってくるところだった。
「全くー!少尉は直ぐ何も言わずどこか行っちゃうんですからー!!」
「おい伍長俺より先に艦長と副長に敬礼をだな…」
腰に手を当て胸を張る伍長に中尉が苦言を漏らすも、それを聞いているのは中尉だけの様だった。
「あーいいさそんなの。だろ?」
「構わん。初めましてだな」
「はい!はじめましてー!艦長さんはおひさしぶりです!」
『ハロ!』
底抜けに明るい声を振りまき、伍長がぺこりと一礼する。ピンに結ばれたリボンが翻り、鮮やかな円運動を描くのは見ていて心地よい。伍長は何も考えてなさそうっつーか考えてないだろうけど。
「久しぶりだな、嬢ちゃん。楽しそうだな」
「はい!ハロと基地を探検してました!」
「はぁ、伍長は、いつも楽しそうだな……」
「ふっふー、そうでしょう!?わたしのお仕事は戦争ですからね!」
「「…………」」
伍長の言葉に全員が開きかけた口を閉じた。伍長はそれを気にも留めず、再度同じ調子で続ける。
「砲弾が飛び交う戦場で、一人でも多くの敵を倒し、一人でも多くの味方を助けるのがわたしのお仕事ですから!」
「「………」」
「死ぬつもりはないですが、いつ死んでもおかしくないところにいますからねー。だからこそ、日々を楽しく、得られる幸せは精一杯噛みしめるのもお仕事だとおもうんですよー」
「……そうか……」
目を閉じた副長がうなづき艦長が続く。船乗りと言うのは基本的に長く陸地から離れ、船の上に居続ける。それも何ヶ月もだ。それらが特に顕著である
「難しいお話の途中ごめんなさい。それではまたー。少尉、後でねー!」
「あ、あぁ…後でな」
来た時と同じ様にぺこりと頭を下げ、来た時と同じ様に駆けて行く伍長を見送り、中尉はそこで動きを止めた。
「行くよハロ!今度はあっち行ってみようあっち!!」
『ハロッ!』
「バイノハヤサデー!」
『ハロッ!!』
伍長の後ろ姿を眺め、ふと視線を下に落とした。伍長の駆けて行った後には当たり前だが何も無い。ただどこにでもありふれた舗装された道路、見慣れた基地の一角に過ぎなかった。しかし、何故か目が離せなかった。自分でも理解が出来ないその状態は、海鳥の声に気づかされるまで続いた。
「…強いな、嬢ちゃんは……」
「はい………」
「……あんな子がな…」
もしかしたら、ウチの部隊で一番
もちろん単純な能力ではない。戦闘能力を始めとしてあらゆる能力は軍曹が一番だ。学力や戦力分析、指揮能力は上等兵に遠く及ばないだろう。俺に掠らせる事すら出来なかった伍長の近接格闘下手は折り紙付きだ。交渉や人身掌握ではおやっさんの右に出るものはいない。少尉は金髪。
しかし、そうではない。人としての『強さ』。若く、人間として不完全でありながらその芯に持つ力はしなやかでとても強い。それが伍長なのかも知れない。
「それより、今後の航路をどうするか意見を聞きたい」
「そうだな」
そんな中尉に艦長が声をかけた。中尉は軽く肩を竦めながらそれに応ずる。先程より輝きを増した太陽が眩しい。遥か洋上で大きな雲が風に吹き散らされ、青い海と空の境界面に彩りを加える。
「私は素人ですよ?必要あります?」
「それを含めての僕の意見だ、中尉。軍曹、上等兵にも声を掛けて欲しい」
「了解しました」
軽くうなづき、敬礼をした中尉に2人は視線を外し、タバコをふかす。
「集合は
「はい。では後で」
──海を見ている、か……。彼等にとっての海は、何なのだろうか?
そのままくるりと方向転換し、格納庫へと向かう中尉の視線の先には、光を浴びて静かに横たわる"アサカ"をバックに、膝をついた"陸戦型GM"とこちらへと手を振る"ブレイヴ・ストライクス"のメンバーが待っていた。
──さぁ、行こう。
中尉の足は、恐れずまた一歩新しい歩みを踏み出していた。
『指揮官は人に頼るな。将軍だった父の教えだ』
どんな風も、のみこんで…………………………
以前は毎日更新、なんてなってましたけど今はホントこんな感じに……申し訳ございません。
ジョン・タイターが予言した第三次世界大戦の年となりました。AKIRAの様に2020年の東京オリンピックも近づいてます。世界はまだISISや紛争、テロで揺れています。日本も領土問題などでブレブレです。
今章で、"アサカ"戦隊はまた新たな旅立ちの門出を迎えます。
世界、日本、そしてこれを読んでいるあなたの、船旅の無事を祈って。
次回 第六十四章 海色
「ま、あのモグラ連中もやるってこった」
ブレイヴ01、エンゲー、ジ?