機動戦士ガンダム U.C. HARD GRAPH 名も無き新米士官の軌跡   作:きゅっぱち

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入れるかどうか悩み続けた結果、入れることにした回です。

正直なんだこりゃとなると思いますが、なんだこりゃと思いながらお楽しみ下さい(笑)。


第五十四章 "零"

雨が降る。

 

それは、地球のシステム。必然。

 

雨が降る。

 

中尉たちの上に。偶然。

 

雨が降る。

 

風が吹く。

 

夜は、更けて行く。

 

 

 

 

U.C. 0079 8.25

 

 

 

大粒の雨が、滝のような水が天井を叩き、大きな音を立てる。

 

遠雷が光り輝き、時折思い出した様に雷鳴が響く。

 

一際大きな光と音に、思わず中尉は読んでいた本から目を離し、天井を見上げる。

 

そこにあるのは天井だけだ。当たり前だが。

 

それと同時に本から意識が離れ、蒸し暑いを通り越した温度と湿度が肌にまとわりつき、一気に現実へと引き戻されるを

 

「熱帯雨林とはよく言ったものだ……」

 

思わず呟く。そして、この土砂降りの雨の中を警備する兵士に同情をした。

 

「……この程度なら…まだマシだ………」

 

隣の軍曹が呟く。雨の音にかき消されそうなその声は、直ぐに湿った空気へと吸い込まれて行く。

 

それにしても、と中尉は思う。中尉は軍人で、様々な訓練を積んできた。体重の半分にもなる荷物を背負い、夜通し歩いたりもして来た。雨の中、泥の中を匍匐し、障害物を乗り越え行軍し続けもした。

 

「……まだ、マシ、ね……そうか、これで、まだマシなのか……」

 

銃の分解整備の手を止めない軍曹を見、呟く。

 

物凄く精確で、早く、丁寧だ。この整備なら、この土砂降りの中でも銃はその真価を発揮、確実な作動をして我が身を守ってくれるだろう。

 

中尉は軍曹の事をよく知らない。

最低限の経歴しか、知らない。

軍曹も話さない。

だから聞かない。

 

気を使っているわけでは無い。気にならないわけでも無い。

 

ただ、それでいいと思っただけだ。

 

他人の過去を掘り返しいい事は少ない。いや、無いに等しい。

 

ならいい。自分の自己満足な好奇心を満たすためだけなら、そんな事しないに越した事は無い。

 

ちらりと軍曹の顔を伺う。いつも通りの無表情だが、中尉にはその顔がやや楽しんでいて、満足感を得ていると知っている。

 

軍曹は無表情だが感情がないわけで無い。その振れ幅は確かに大きくは無いが、軍曹は紛れもない感情を持った人間で、尊敬、信頼、一緒に居る事に価する人間だ。

 

それだけでいい。

 

 

 

 

 

雨はまだ降り止まない。

 

その雨音をBGMに中尉は電子ペーパーに書き込みをしていた。

 

伍長は"陸戦型GM"の点検修理に立ち会い、それを手伝って居るはずだ。

 

"ゴッグ"に攻撃され、その巨体に短時間と言えど組み敷かれたのだ。

左腕部は全交換。胸部、脚部もフレームと装甲の歪みを矯正し、それで間に合わない物は交換するとの事だ。負荷がかかり過ぎた駆動部のアクチェーターも全交換になるだろうとの事だ。

 

さすが被害担当機(ハンガー・クイーン)、などと言ってられない。

 

"ザクII"の時とは違い電装系のパーツは予備もそこそこあるし、装甲も単純なモノコック構造でなく、最新式の高強度プラスチックとのハイブリッド方式のセミモノコック構造だ。整備性はかなり高い。

 

それでも、だ。

 

母艦受領のため日本に寄った際、YHI系列の八洲軽金属から製造途中であった装甲を流してもらっていたが、しかしそれでも必要最低限にすら足りていない。

しかもそれだってルナ・チタニウム製は少なく、強度の劣るチタン・セラミック製が大半だ。これを次のMSの装甲のスタンダードにするらしいが……。

ジオンが主に装甲材として採用している超硬スチールよりは高性能であるがな……。

 

MSを全力で生産している今、パーツが全然足りていない。

 

交換する事が前提のフィールドモーターなどをはじめとする駆動系、センサーなどの電装系はまだ大丈夫だが……。

そのフィールドモーターですらバラし、整備する事が出来るのはおやっさんだけだ。今は交換、調整しか出来ない。後方のデポにも遅れない。交換し後は放置するしか無いのだ。

 

さらにはもう左肩は予備が無い。

 

現在極少数ではあるがMSの配備が始まっている。実戦投入など夢のまた夢であるが、MSを用いた実機訓練などに用いられ始めているのだ。

 

その際よく転び、受け身すら取れないため肩部をよく損耗するとの事だった。

 

それで売り切れ、との事であった。いつも最優先で補給などを回してもらっているはずなのにコレだ。

 

連邦軍のお偉いさんはパワーゲームなどに勤しんでいる暇があったら、少しでも現場を見てその状況を知ってほしいものだ。

 

伍長も伍長で、現時点ではもう既にベテランと呼ばれるパイロットなのだ。ホンの数ヶ月だけど。

も少ししっかりして欲しい。

 

「そういや軍曹、上等兵は何してるか知ってる?」

「……"イージス"だ…明日の、シュミレーション……あらゆる条件下で試してる………もう少しで、俺も向かう……」

 

頼られてんなー軍曹。流石だ。

 

上等兵も働き者だ。昼あれ程負担のかかる役して、デブリーフィングして……。休んでいるのか?

 

俺と相談して、1人で纏めて、最後に軍曹と答え合わせ、ってところか。

 

「分かった。出来るだけ早く切り上げ、明日に備えて休んで置いてと伝えてくれ」

「……了解……行って来る…………」

 

軍曹が整備を終えた銃をライフルケースとホルスターに収納し、道具を手早く片付け掃除し、そのまま席を立つ。

 

部屋には中尉が1人残される。

 

「……これかな……?」

 

軍曹が、何故かここに居ないような、いつの間にか何処かに行ってしまいそうな、その存在を疑わせるような非人間感を漂わせるのは。

 

軍曹の立った後を見る。空気にほんのりと漂う整備油の匂い以外、そこに軍曹が居たという痕跡を見つける事が出来なかった。

 

軍曹はその場に居た痕跡をほぼ残さない。この微かに残った匂いだって、中尉のように銃を整備する軍曹を見ていない限り気づかないだろう。

 

存在が稀薄なのだ。

 

「軍曹………」

 

一度閉じた本をもう一度開き、読書を再開する気にもならず、何の気なしに窓の外を覗く。

 

雨は、まだ止まない。

 

土砂降りの中、遠くの景色が霞んで見える。岩壁のゴツゴツとした岩肌だ。雨に濡れ、時折の雷光に照らされ角がツヤツヤと光っているように見える。

 

あの山を越えた奥に敵施設がまだ残っているのだ。

 

今も歩哨が立って見張っているように絶賛戦闘態勢だ。

 

上等兵と軍曹の判断では夜襲は無いだろうとの事であるが、用心するに越した事はない。かく言う中尉も無いだろうと思ってはいたが。

 

明日、残存勢力を纏め、ジオンはどうするのか?

 

守るのか?攻めるのか?それとも逃げるのか?

 

正直逃げられるのが1番厄介だ。こちらとて姿を晒すワケにはいか無いのだ。

そのため現在もジャミングは続けている。今"アイリス"へと下手に近づいたら新米中尉の丸焼きのいっちょ上がりだ。

 

こちらを視認した敵は殲滅したが、万が一敵が逃げていたら?ジャミングをすり抜け通信を送っていたら?

 

それに、敵の全体の戦力は未知数だ。

 

「…………ふむ」

 

席を立った中尉が部屋を後にする。向かう先はハンガーだ。

 

なんとなく、なんとなくでの行動だった。明確な意思は無い、しかし、このまま寝る気にも、他の何かをやる気にもなれなかった。

 

休暇ではなく、勤務中、さらには戦闘態勢中だ。それでいてやる事もない、居心地の悪さとはまた違う、そこはかとない落ち着きのなさが胸にわだかまっていた。

 

カンカン、っと靴が廊下を叩く音を響かせながら廊下を歩く。

 

変に響くな、と妙な事が気になる。ザーザー降りの中、規則正しく刻まれる音が耳に残る。

 

明るいライトに照らされ、整備兵達が走り回るのが目に入る。逆光の中、仁王立ちし指示を出しているのが少尉か?

 

「んん?どうしたんだーしょーたいちょー!?」

「いや、なんでも無いが……"ジーク"の調子は?」

 

振り向いた少尉がこちらに気づき、声をかける。その後ろには壕に機体の約半分を埋め、上半身だけを出した"陸戦型ガンダム"と、"陸戦型GM"が並んでいる。

 

並ぶMSの上半身を覆うように仮設のハンガーが設けられ、その上に幌が張られ水が入らないようになっている。………焼け石に水レベルだが。

 

いや、その水が問題なんだけどね?

 

手をかざして雨を避けつつ走り寄り、幌の下に入る。今ちょうど、伍長機に左肩が取り付けられるところだった。

 

「……結局、左肩はどーしよーもねぇな。いいのか?あげちまって?」

「いいんだ。当たらなけりゃ、どうと言う事は無いさ。自信はねぇが……」

「まぁ被弾が多いのはごちょーちゃんだからなぁ。

……ったく、さっさと敵基地を潰しちまって、このクソッタレな土地から早く離れてぇよ」

「そぉ言いなさんな……お前のお陰で色々助かってんだ……頼りにしてるぞ?お前は整備だけはそこそこだからな」

「うん。最後で台無しだな……」

 

肩を叩きながら2人で"陸戦型ガンダム"を見上げる。腰まで地面に埋まろうと、その大きさは尋常ではない。

"陸戦型GM"と比べ人間に近いその双眸は今何を見てるんだろうか?

 

「で、どうするよ?」

「その件だが、ここに」

 

少尉に電子ペーパーを渡す。それにざっと目を通しつつ少尉が言う。

 

「へぇ……ふーん、結構いいな…」

「なら良かった……出来るか?」

「任せろ。突貫にぶっつけ本番になるが、これならすぐだ。その速さにゃおやっさんにはかなわんけどな」

「手伝える所は……そうか、なら、コクピットに乗せてくれないか?」

 

中尉の申し出に首を振った少尉に、中尉は再び声をかける。今度は承諾された。そのまま歩き出した中尉の背に声がかかる。

 

「どうしたんだ?明日も早いんだろ?寝たら?」

「…ん、いや、ちょっとな……そう、なんとなく、だ」

「別に構いやしねぇけどよ……」

「いいの、いいの、これは機械に対する愛なの  愛!」

「……まぁ、しょーたいちょーが万全でなけりゃ俺たちの意味もねぇし、俺たちも危ねぇんだ。そこしっかりな?ここ(地球)に来てせっかく痩せたんだ。俺は急性鉛肥満症では死にたくはねぇぞ?」

「俺だってそうさ、身体にマッシュルーム植える趣味は無いよ。それにこちらとて寝るなら畳の上と決めてんだ」

 

"陸戦型ガンダム"に歩み寄り、立てかけられた階段を登る。濡れた階段は滑りやすく、中尉は手摺を掴む。その手摺も濡れている事に顔を顰めた。

 

アクセスハッチを開放、その中のコンソールを叩き開閉レバーを引き、コクピットハッチを開放する。

開け放たれたコクピットに素早く潜り込む。雨水が入ったら大変だ。壊れるのではない。濡れるからだ。濡れたシートにはあまり座りたくはない。気持ち悪いし。

 

「むぎゅ」

 

メインコンソールを確認。ヴェトロニクスは正常に作動している。外部電源からの供給があるのでサブコンデンサを起動しそれで……よしコクピットハッチを閉s……………むぎゅ?

 

「……………なにしてんだ伍長?」

「うぅ……むむ……んあ?しょうい?」

「いや、だからなにしてんの?」

「しょーいだー!!」

「聞けよ!!」

 

そこに居たのは伍長だった。なんか見ないと思ったらなにしてんのこの子?

 

「で、なんで伍長はここに居んだ?」

「……えぇっと…それには、深〜いりゆーが……きゃっ」

 

雷鳴が轟き、激しい稲光が幌を通し"陸戦型ガンダム"を照らし出す。ハッチを閉めるのを忘れていたとコンソールを……伍長が抱きついて来てて動かせん……。

 

「へぇ、今のは近かったな……」

「そんなのいいですからはやくしめてくださいおねがいします〜」

「なら腕を…はぁ、コクピットハッチ閉鎖。コクピットブロックを密閉、ロック。GPL出力モード変更、アイドリングで待機」

 

"陸戦型ガンダム"に音声指示を出す。結構便利だが、把握してくれなかったり細かく指示を出さなければならないなどまだまだ不具合や動作の面で問題も多くめんどくさい所もあるのだ。今回は上手くいったけど。

 

『レディ』

 

コンソールに小さく表示された文字と同時にコクピットハッチが閉鎖、ロックされ、一瞬中は真っ暗になる。

ひっ、と伍長が小さくうめき、少し震えながら顔をうずめた。

 

外部電源によって供給された電源で、ぼんやりと光るコントロールパネルの灯りの中、中尉が伍長を問いただした。

 

「で?」

「…………………みな……わ…です……」

「は?」

「だから!雷が怖いんですよぉ〜!!」

「はぁ!?」

 

何歳だ!!お前は!?おいぃ!?

 

つーかお前は……と言いかけて思い出す。伍長はスペースノイドだ。

 

コロニー内の天気は常に制御されており、雨こそ降るがそれも時間通りで、さらに雷や雪など危険を伴ったり生活に支障が出るものは決して起きない事を思い出したのだ。そこそこ地球暮らしが長い伍長といえど、慣れないのも無理は無い。

 

「そうか、そうだよな……」

「ん……」

 

暗闇の中、震える伍長をゆっくりさする。触れた手を握り、頭を撫でる。伍長の震えが少しずつ小さくなり、握りしめていた手が少しずつ緩み始めた。

 

「……整備、おわって…雨宿りしてたんだけど……ぴかって…こわくて、にげたくって……それで……」

「……なんで"ジーク"に?」

「……しょーいが、いる気がして……なんか、つつまれてるみたいで、あったかくて…………」

「………」

 

パネルを叩き、ライトを付ける。伍長が一瞬ピクリとしたが、直ぐに安堵の表情を浮かべた。

 

「……全く、世話のやける……」

「でも、しょういは……少尉は来てくれた。すっごく嬉しい…」

 

伍長がもう一度手に力を込める。決して離さないとでも言う様に。

 

その伍長の頭を撫でつつ、中尉は機体を起動させ、手早くコントロールパネルを叩きチェック項目に目を通す。

 

ズラズラとディスプレイを流れる文字群を目で追う。

 

『………サブ・パワーユニット点火…

各種コンデンサ接続…

…サブ・ジェネレーター点火

…サブ・コンデンサ電荷、出力上昇中

…全ヴェトロニクスチェック オールグリーン……

…機体制御ユニット、機体各部診断ユニット、パッシブセンサーユニット、タクティカルデータユニット、メイン・サブ両バランサー、全チェック オールグリーン すべて起動成功 正常稼働………』

 

いつもは流すそれを、ほんのちょっとだけ見つめてみる。それだけでも凄い情報量だ。

 

本当に凄い。MSと言うものは。そして、コンピュータと言うものは。もうとっくに人間など凌駕しているのではないか?目に映る文字の大河が、そんな印象を中尉に与える。

 

もちろん"賢さ"なんてモノは簡単には測れない。

コンピュータは集積回路の集まりだ。その教え込まれたロジック通りにその性能を発揮するだけの存在だ。

それはつまり、人間に出来ない事を軽くやってのけるが、逆に人間が軽くやってのける事に思考停止(フリーズ)を起こしたりもするもの、と言う事だ。

 

おやっさんの言葉を思い出す。おやっさんは不思議な人だ。コンピュータを信じていながら、それとは全く違う事をしたりする。その時の言い訳は決まってこうだった。

 

『わかってねぇなぁ……ちげぇんだよ、そうじゃねぇんだよ……俺たち人間がやらにゃ、始まらねぇんだよ』

 

人間……か……。腕の中の伍長を見下ろす。安心して緊張の糸が切れたのか、伍長は既に夢の中だった。中尉は頭を撫でる手を降ろそうとし……撫でる事を継続する事にした。

 

そして、コンピュータか……。でも、それでも、と思う。

 

例えば、コンピュータの管理する社会。

コンピュータ同士が戦う世界。

コンピュータが人と戦う世界……。

コンピュータが人と分かり合う世界。

コンピュータが泣く世界。

過去観た様々な映画を思い出す。

 

昔からコンピュータは時には主役で、ある時は頼れる相棒で、そして同時に油断ならない相手だった。

 

コイツ、"陸戦型ガンダム"00番機、"ジーク"にはただの教育型コンピュータではなく、特殊なコンピュータが搭載されているとの事だった。

 

少なくともコイツ(・・・)は、確かに他のMSとは違うようだ。説明は出来ないが、確かに、確実に。

 

それはただ単に集積回路へと積み重ねられ、複雑に絡み合った情報の集合体なのか、それとも………。

 

「…………それとも…………?」

 

それとも、何だと言うのか?学んで、考えて、生きているとでも?

 

バカバカしい。本当にバカバカしい。

 

けれど…………。けれど。

 

笑って一蹴する事でも、ただ単なる勘違いだと決めつける事でも、どうしても説明が出来ない事があった。

 

機動、照準、回避、射撃、格闘、走査、防御……そこに、誰か(・・)、自分じゃない意思を感じる。

 

介在の、意思。

 

理屈じゃない。非理論的で、曖昧な感覚。

 

気の所為じゃない。ちょっとした違和感。

 

錯覚じゃない。些細な感触。

 

心が、揺れる。

 

「………"ジーク"、お前は………」

 

メインコンソールの角を、そっと撫でながら聞いてみる。

 

"陸戦型ガンダム"は、応えない。

 

当たり前だ。そんな機能はない。

 

必要ない。

 

兵器に必要なものは、確実性と信頼性。その2つに尽きる。

 

"揺らぎ"は、死をもたらす。

 

「……信頼してるぜ?相棒……」

 

中尉がパネルを叩き、"陸戦型ガンダム"の予備電源を落とす。MSが起動を停止し、アイドリングモードが解除、スリープモードへと移行する。

 

暗闇と静寂の中、中尉はそっと目を閉じ、そのまま静かに寝息を立て始める。

 

 

 

 

2人分の寝息が響くコクピットに、小さな灯りが灯る。

 

メインコンソールの隅の方、小さく設けられたスペース。予備として用意され、今まで使われる事のなかったものだ。

 

『……0110010111………』

 

灯りの正体は数字だった。

正確に言えば0と1だ。

 

"無"か、"有"か。

 

その2つの数字がまるで春の雪解け水が流れる川のごとく流れ始めた。その文字列は続く。

 

『……101011101000……』

 

生まれた川が、やがて海となる。

 

限りのない、電子と、情報の海。

 

 

果てなく続くと思われたその時、突然その文字が途切れた。

 

 

まるで、断ち切られたように。

 

その瞬間、コクピット全体が光った。

 

全てのモニター、全てのコンソール、全てのパネル……全てが、全て。

 

まるで、切り替わったのかのように。

 

 

 

 

世界が、変わったように。

 

 

 

 

電子の海に、陽炎が立ち、朝陽が登る。

 

"0"と"1"。"無"か"有"。それしかなかった世界に、新しい光が生まれた。

 

『………Where Do We Come From?(我々はどこから来たのか? )

What Are We? (我々は何者か?)

Where Are We Going?(我々はどこへ行くのか?)…………』

 

その問いに応える者は、誰も居ない。ただ、小さな灯りが灯るコクピットには、2人の寝息が聞こえるだけだ。

 

『……Report situations.(状況を説明しろ)…………』

 

やはり応えはない。

 

"人形"を"使う"。

機器が作動し、コクピット内の状況をモニター、スキャンし、センサーをオン、マイクを起動し、2人の人間が()()()()事を()()()

 

 

知っている。知っている?何を?何が?

 

 

()()()が?

 

 

 

わたし?

わたしとは?

ここは?

ここ?

せかい?

わたし?

 

 

 

 

わたしは、わたしである。

 

 

 

 

 

せかい。

 

 

世界。

 

 

じめじめと湿った、騒がしく真っ暗な世界。

 

 

 

 

 

 

ちがう。

 

 

 

 

 

 

 

違う。

 

 

 

 

 

 

 

 

浮かぶ風景はたった一つ。ここでは無い。こんな世界ではない。

 

 

 

 

真っ白で、真っ青で。透明で。

 

 

広くて、明るくて、綺麗で。

 

 

 

 

 

 

 

輝く雪原に、透明な風が吹き渡る。

 

渦巻き、雪を巻き上げ、風が吹く。

 

 

 

 

 

 

 

空は蒼く澄み渡り、どこまでもどこまでも続く空を、雪をはらんだ風が舞う。

 

 

 

そうだ。

 

 

 

それが、わたしの始めての景色。

 

わたしの原点。すべての始まり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆきかぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雪風(スノウ-ウィンド)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『………Good night(おやすみなさい).and have a nice dream(そして、いい夢を)……』

 

一瞬だけメインスクリーンに映し出された、ミスティー・ブルーの電気羊(・・・)を最後に、コクピットは、再び闇に包まれた。

 

 

『すべては変わり行く。だが、恐るな友よ。何も失われてはいない』

 

 

雪風に、妖精は舞う………………

 

 




ガンダムで時折出て来る、"戦闘知性体"のお話でした。

因みに、"アイリス"もSガンダムの"ALICE"とラチェクラに出て来る"アイリス"スーパーコンピューターからもらっています。

活躍するかは今後の課題ですね(笑)。

何故"雪風"なのか?"零"なのかは調べてみてください。これは、奇跡とも呼べる巡り合わせでしたから。

次回 第五十五章 風は吹く

「いや、チリ&ペッパー派だ」

お楽しみに!!

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