機動戦士ガンダム U.C. HARD GRAPH 名も無き新米士官の軌跡 作:きゅっぱち
未来予想図は見ていて面白いし、希望も湧いて来ます。
けれど、そうなる事は少ないですが。
故郷の土を踏む。
土地を離れた人間にとってこれ程の喜びは無い。
人は、決して故郷を捨てる事など出来ない。
その土地で何があろうとも、必ず人はそこへ戻る。
はずだった。
どんなに破壊されようとも、土地は残るのが当たり前だった。
土地さえ失った者は、何処へと向かうのだろうか。
U.C. 0079 8.15
「……変わらないな、ここは……よりによって、
中尉達の乗った"ミデア"は、"ヒロシマ・ベース"に降り立って居た。
輝く太陽の下、中尉は手をかざしながら機を降り、生まれ育った土地を踏みしめた。
地球連邦政府が樹立し、軍隊を持たなかった国日本にも地球連邦軍基地が作られる事になって久しい。
その中の一つ、中国地方の一大基地"ヒロシマ・ベース"は古くからの軍港である"クレ・ドッグ"と提携出来る位置に作られた基地だった。
「わぁ~!!ここが少尉の生まれたとこなんですね!!」
「……陽射しが、強い……伍長、帽子を、被って…おけ……」
「……はぁ……日本……観光………」
「なぜか懐かしい匂い、です。日本の空気にはショーユが含まれてるいると聞きましたが、本当かも知れませんね。私の先祖も、この国に居たのでしょうか?」
夏の陽炎が立つ陽射しの中、伍長が真っ先に飛び出して行きカートに轢かれそうになっている。
少尉と軍曹を除き、皆口が緩んでいる。軍曹は相変わらずであるが、少尉はダークなオーラを立ち上らせて居た。
「じゃあ少尉、いや臨時整備班班長、"艦"は任したぞ?」
「…………へーい……」
「整備班の皆さんも、よろしくお願いします。おやっさんから、休暇を楽しむ事と、完成まで"艦"については秘密、と言われてしまいましたから……」
「「おう!!」」
「隊長殿も良い休暇を!!」
「楽しんで来てください!!整備はお任せあれ!!」
「伍長ちゃんに上等兵ちゃん!楽しんで来いよー!!」
「はーい!!お土産買って来ます!!」
「はい。すみません。よろしくお願いします」
「軍曹!!隊長を頼みます!!」
「……あぁ……」
整備班達は腐っている少尉を引きずってドッグへと向かって行く。
整備班たちは"キャリフォルニア・ベース"からの付き合いが大半だ。それに新しく参加した人たちもすぐ溶け込み、おやっさんに心酔している。
おやっさん……ホント何もんだよ……。
それを四人で手を振り見送り、中尉はバックたった一つの荷物を手に歩き出す。
基地内の受付で入国許可書に外出許可書を受け取り、銃器類を預ける。
軍曹だけは持ち出し許可書を貰って居た。いつものライフルにハンドガンだった。
日本の銃刀法は今だ健在である。
この宇宙世紀になっても、殆ど変化の無い国、それが日本だった。
「……で、本当に来るのか?貴重な休暇を?」
「はい!!」
「ご迷惑おかけします」
基地からレンタルしたエレカに乗り込みながら、中尉が念を押した。
それもそうだ。この戦争がいつ終わるかも分からない今、次の休暇などある事すら保証出来ないのだ。
「移動だけでも計2日、なんにも無いウチに居られるのは実質2日だし、周り何もないし……」
「でも海あるんでしょう!!海行きましょう海!!」
「上等兵は、いいんですか?」
「はい。何の予定もなく浪費するところでしたので。それに温泉、楽しみです」
「分かりました。では向かいましょう」
「……中尉、運転しよう……」
「いや、場所分からんやろ」
「…今、調べた……それに地図も、貰っておいた……」
え?この短時間で?一緒に行動しながら?
手回しやべーよ一体何もんだよ本当に………。
「……分かった。頼む」
「…あぁ…」
「ふふっ!!"夏休み"ですね!少尉!!」
「あら、伍長、その麦わら帽子どうしたんですか?」
「……そうだな……夏休み、か………懐かしいな……」
エレカが滑るように走り出し、中尉はつられて前を見た。
真っ青な空に、入道雲が立ち上り、真夏の太陽はギラギラとひまわりを照らしていた。
帰って来たんだな。本当に。
急に叫びたくなる気持ちをぐっと堪え、中尉は窓から手をだしはしゃいでいる伍長の首根っこを掴んだ。
夏の景色の中を、エレカが走って行く。
「どこかでお昼……テイクアウトにしてピクニックしません!?」
「近くにあるのは、マクダニエルかワンダーランドですね」
「マクダニエルにしましょー!!」
「はいはい」
「………ふっ…………」
川は太陽の光を受けきらめき、青々とした木も夏を体いっぱいに表現しているようだった。
伍長の言ったとおりだ。
世界は、美しい。
着いたのは日が翳り始め、夜の帳が下りようとしていた頃だった。
感慨深い。まさか、本当に帰って来られるとは。
あの地獄の様な戦場を生き抜き、五体満足でここまで来れたなんて……。
「へぇっ!!ここですか!!」
「まさに日本家屋、と言ったところですね。風情があります」
「軍曹。運転お疲れ様」
「お疲れ様でした」
「……尾行は無い…トラップも無し……問題無い…」
「いや、ここ日本だし……」
「少尉!早く入りましょー!」
「だ、そうですよ?隊長」
「そうだな」
インターホンを押し、その音を懐かしむ。少しヒビ割れ具合が加速していたが、間違いない、我が家の音だった。
「はーいもしも………うぉうっ!!」
「なんだぁ!?ってうおっ!!」
「ただいま。父さん、それに兄さんも」
「かーさん!!あ、ありのままに今起こった事を話すぜ!!戦争始まってから音沙汰無かったアイツ帰って来たぁ!!しかも女の子2人連れて!!な、何言ってるか…」
「あらあら……全く、心配かけて…良かった………そちらの方は?」
いや、母さん冷静だなおい。
父さん相変わらずなのに。
「俺の部下だよ。こちらは上等兵さん」
「始めまして。隊長の部下の上等兵です。いつも隊長には助けられています」
「まぁ、いらっしゃい」
「美人だなー。おい、弟よ、紹介しろ後で」
社交辞令だとしてもそれは何かと……俺何もしてないじゃん。
そして兄貴うっせーよ。なんなのこの人。生還した弟より目の前の美人か。
「こっちが軍曹。手紙に書いてた人」
「……始めまして…」
「おう、話には聞いていたぞ。今までコイツが面倒をかけたな」
「……いえ、そんな事は…」
はい。かけました。ごめんなさい。
つーか俺が生きてんの主に軍曹のお陰だよなぁ………。
1人卓越し過ぎてるよ戦闘能力が……。
「こっちが…」
「ごちょーです!不束者ですが…」
「いや伍長それ違う」
「おい犯罪だろこれ」
「何を勘違いしてんの!?」
さっきからうるせーよバカ兄貴!
どーゆー思考回路してんだよ!!
アタマ悪いんとちゃうか?
「お義父さん!息子さんをわたしに下さい!!」
「「えっ!?」」
「何言ってんのぉ!?」
「……ぶふっ……」
何コレ!?俺はどーすりゃいいの!?
つーか何!?伍長酔ってんの!?
あちゃー。脳を常温で保管してなかったからか?熱で脳がピーパッパ状態なのね。
「あらあらまあまあ」
「いや!?母さん!?おかしくないコレ!?」
「てめーこの犯罪者ぁ!?」
「うぉっ!!やめろこの!?こちらとて長旅で疲れてんだよ!!」
「うるせーこのアホ!この兄の手で直々に裁いてくれるわ!!」
「な、馴れ初めは……?」
「時は戦国時代、少尉がわたしを……」
「あらあら」
「うぉい!!デタラメ言ってんな!!どこの世界線の話だそれは!?つーか過去にそんな深くもねぇよ!!軍曹!止めて止めて!上等兵さんも口押さえて震えてないで!!」
このカオスなどんちゃん騒ぎは殴りかかって来た兄貴を問答無用で返り討ちにし伍長を何とか抑え込み気合で誤解を解くまで続いた。
つーかまだ家入って無いんだけど………。玄関でこんなにめちゃくちゃやったの生まれて初めてだわ。
帰って来て早々なんだよコレ。
もっとこう、感動の再会とか無いのかね………。
「………と言う事で、この3人泊めていい?」
「ダメ、とは言えないわね。せめて一報くれたら良かったのに…」
「すみません」
「いや、気にする事はないよ。ゆっくりして行ってくれ」
「ニガァ」
「……つーか伍長はどうしたんだよ」
「……夏という季節に、自分を磨こうと追い込み過ぎてヒビが……」
「ヤスリかけ過ぎですねきっと……」
「…………どういう錬磨してんだろ…………」
取り敢えず落ち着いたので報告。
丁寧な上等兵に父さんが応じている。伍長は緑茶を飲んで顔を歪めていた。苦いならムリして飲むなや。
「あの、少尉?砂糖とミルクありますか?」
「それをどうする気だぁ!?」
「隊長。緑茶はそのような飲み方もありますよ」
「いえ、コレに……あれ?軍曹は?少尉知ってます?」
「迎撃ポイントチェックしに行ったよ。定点に動体センサー仕掛けるんだってさ」
「……それ後で解析していい?」
「軍事機密だよアホ」
兄がまじまじと顔を見てくる。何?なんかついてる?
「……それにしても、変わらないなお前は」
「…変わらないのもまた答えさ。人間そう簡単に変わらんよ」
母さんは食事の用意中だ。肉じゃがらしい。その間に部屋に荷物を運びこむ。
古い日本家屋なのでいくらでも空き部屋があったのを、3人には自由に使ってもらう。
つーか何でこんな広いんだろウチは。意味が分からん。
「……周囲に異常なしだ。中尉…」
「分かった。ありがとう……警戒し過ぎじゃないか?」
「……問題無い…」
上等兵が食膳の手伝いに行き、夕食が揃った。
「「いただきます」」
久々の家庭の味に、家族揃っての食事。涙が出そうだった。
「美味しいです」
「そう?お口に合って良かった」
「少尉ー。コレつかえません…」
「箸な。素直にスプーンで食えよ」
「今の戦況は?」
「お、俺も気になるなソレ」
「…膠着状態だ……」
「今は何を?」
「詳しくは言えんが……次アジアに行くな」
「ここもアジアだ。ボケたか?」
「詳しくは言えねぇっつってんだろーがアホはてめーだ」
「……あの"艦"はお前達が使うのか?」
「そうそう。ウチもどっか造ったの?」
「まぁなぁ…」
「最近受注が増えてんだよなぁ。なぁ、あのバカデカい"バズ"もお前が使うんか?連邦にMSでもあんの?」
「えっ!!それホンも"っ……」
「さぁな?あったらこんな押し込まれてないだろ連邦は…」
「なら働けやこの血税ドロボーが」
「んだと!納税者だからって下手にでたらつけあがりやがって!!働くくらいなら食わぬ!!」
「なら晩飯食うなや!」
「いや!食うね!俺は血税ドロボーだが働いてはいるわ多分!!」
溶け込むの早えーなおい。何だコレ?俺がなんか疎外感感じるんだけど。
軍事機密を自然に漏らしそうだった伍長の口にジャガイモを突っ込みつつ答える。
「うぅ…少尉酷いです……ヤケドしちゃいました……」
「すまん…」
「あらこんな時間…お風呂どうぞ」
「上等兵さんに軍曹さん、お酒飲みません?」
「はい。お付き合いします」
「……俺は…」
「軍曹も大丈夫だよ。警戒は俺がする」
「ほどほどにね~」
「わたしも!」
「伍長は風呂入って寝ろ!!おら行くぞ!」
「ええっ!?お酒~」
「未成年だろうが俺ら!!」
伍長を引きずって酒から遠ざける。ダメ絶対。ビール一口でメロメロに酔うヤツが何をやらかす気だ。
「風呂ここな?……こんな機会滅多にない。ゆっくりしとけ」
「はーい!………覗いちゃダメですよ?」
「覗くか!」
「……むー…」
「なんだその顔は……………ぜんっぜん分からん。俺が悪いのか?俺なんかしたか?」
「……何もしてないですし、少尉は悪くないですけど、少尉が悪いです」
「えぇ~……」
伍長が去って行く。ったく。年頃の女の子はよく分からん。彼女いない歴=年齢だし。
「ゴホンっ!」
「んあ?何だ?うるせーよ息止めろ」
「咳じゃなくて!?死ねと!?」
「うるせーなおい。つーか覗きとはまた趣味が悪りーな」
「そうじゃねぇよ」
そこに居たのは兄だった。つーか酒飲んでたんじゃないの?なんでここにいっかね。
「お前と伍長、どうなんだ?」
「どう?」
「関係」
「上官と部下」
「あっれれー?おっかしいぞー?
そうじゃねーよ。付き合ってんの?」
「いや?なんだその勘違い。失礼じゃね?つーか似てねぇよ縮んだ後行く先々で殺人事件に遭ってから出直して来い」
「………どうなんだ?」
どう……ね?どうなんだろうね、俺たちは。本当に。
「…伍長は、俺に好意を抱いてる……かもしれない…可能性が、あるかもしれない可能性が、ある……?」
俺はフィクション特有の鈍感君では無い……はず……だ。うん。
人の機微なんて分からんけれども。
「気づいていてあの態度か?ヒデーなおい」
「言っただろ?『かもしれない』だ。伍長の勘違いかもしれないだろ?そんな異常な所に居たんだから…」
そうだ。勘違いするべきで無いハズだ。
伍長は若い。あの環境下で、寄るべき所が無かったんだろう。なら俺はその止まり木になる。
もうすぐ、伍長は飛び立つはずだ。
飛び立てるはずなんだよ。
「そうじゃねぇ。お前はどうなんだ?」
「俺は……」
俺は、どうなんだ?
「………ふっ、お前にゃ難問か?まぁ悩め若人よ」
「全くだ。つーかお前も2歳しか変わらん。会社はどうなんだよ?代表戸締まり役さん?」
「……きちんと取りしまっとるわ!!すまんなぁ、変な質問しちまって」
「ふっ、気にすんな。変な奴に変な質問をされたところで気にしねーよ。ちゃんと裏扉も閉めたか?」
「閉めたわ!」
笑いあいながら分かれ、部屋に帰る。家を出て士官学校に入った時から全く変わっていない自分の部屋がそこにあった。
勉強机、マンガや本でいっぱいの本棚。ゲーム機。プラモデル。違うのは埃だけか。
ベッドに座る。定期的に洗ってくれていた様でコレは綺麗だった。
そのまま寝転び、懐から血染めの本を取り出す。
表紙は血でドス黒く染まり、ページは付着した血で開かなくなっていた。
所々が焦げており、突き刺さった上で溶けているガラス片がそれにアクセントを加えている。もはや本としての機能を果たす事は叶わないだろう。
いつも肌身離さず持っていた、"大空のサムライ"だ。
ここを発った時から、ずっと持ち歩いていた。士官学校時代も、"キャリフォルニア・ベース"着任時も、"マングース"で撃墜された時も、その後戦い続けた時も………。
MSに乗ってもだった。いつも一緒にいた、中尉の宝物だった。
「……………死にかけた事や、最前線で戦って来て、またそこに戻る事は………言わなくてイイよな……」
帰って来た。その事を強烈に実感する。
その証がこの血染めの本だった。
今まで何人もの人を殺し、部下を殺して来た。
何もかもがそのままなのに、自分だけ変わっていた。
兄貴は俺を変わっていないと言った。でもそれは違う。俺は変わった。確実に。ただの人間が、大量殺人鬼だ。笑えてくる。
人の生死に関わり続けて来た。
何人殺したなど、数える事も出来ない。
殺して、殺して、殺し抜いて来た。
この手で、"マングース"で、"ロクイチ"で、"ザクII"で、そして、"陸戦型ガンダム"で。
3桁はくだらないだろう人の生死を見届け、命を踏みにじって来た。
途中までは数えていた友軍の、部下の戦死者数ももう数え切れない。
空で、陸で、海で。人がその命を散らすのを見てきた。自らの手で下したのも少なくはない。
ぼんやりとしていても、体は動いていたようだ。
気がついたら風呂から上がり、縁側にいた。
昼間はうるさ過ぎる位だった蝉の声は何故かなりを潜めており、満月に照らされ浮かび上がる庭をぼんやり眺めていた。
「あ……蛍……」
本当に久振りに見た、儚い命の輝きだった。
昔からこの庭で季節を感じながら育ってきた事を思い出す。
けれど今の中尉には、月下のその光はMSで初出撃をしたあの夜を連想させた。
月光に照らされた基地が、光とともにグズグズにその姿を崩し、消滅していく。
あの光は、何人の命を呑み込んで輝いたのだろうか?
雲が月に掛かり、蛍の光が一層強くなったように見えた。
右手を見る。何の変哲もない手だが、数百人の命を奪って来た殺人者の手。
見えない赤で赤く染まったこの手は、もう肘まで真っ赤なのだろう。
「少尉?ここに居たんですかぁー」
「伍長か?どうした?」
そこには寝巻きの伍長が目をこすりつつ立っていた。ご丁寧にナイトキャップを被り枕を持っている。
「少尉とお話ししたくて……探したんですよ?」
「……そうか……付き合うよ…」
伍長がストンと隣に腰掛ける。
俺が伍長をどう思っている……か………。俺は……。
「いい所ですね。ここは…」
「気に入って貰えたなら良かったよ」
「静かで…本当に……戦争なんて嘘みたいです」
「そうだな…この静かな夜空の中でも、撃ちあって殺しあってんだろうな……」
「はい……ホントは夢で、覚めたら…って思いますよ」
「そうだな……」
静かな光を讃える星空を見上げる。
19と17。こんな2人が肩を並べて戦っていたなんて、本当に笑える。
まるで
「少尉……本当にありがとうございます。わたしが生きているのは、少尉のおかげですよ……」
「そんな事はないさ、決して」
「ねぇ……少尉、"変わってない"って言われて、どうでした?」
「さぁ……な……人は変わっていくモノを恐れる生き物だからな……特にそれが劣化の一途を辿るなら尚更だ」
「劣化…?」
「姿形はそのままなのに、俺達が最も大切な物ととる心と呼ぶその部分は変わって行く。そういった本質的な意味なら、俺達もまた似たもの同士と言えるんじゃないのか……」
「似たもの同士、ですか?」
「あぁ……」
「よく、分かりません」
「あぁ……言ってる俺も分からん。でも、なぜか……そう思うんだ…」
この考えは、いつからのものだろう?
いつ、俺は"変わった"のだろう?
「でも、きっとそうなんですよ。わたしが保証しますよ?」
「ありがとう、恩に着る」
「こんな事で恩に着られたらずっと恩を返せなくなっちゃいますよ?いいんですか?」
「そうか?なら一生かかっても返していくさ」
「ふふっ。少尉らしいです」
人は変わるものさ、伍長。
いや、でも、そう簡単に変わらないというのもまた真理だ。
「わぁっ……」
雲から月が顔を出し、辺りを照らす。
照らし出された伍長の横顔が、何故だかとても綺麗に見えた気がした。
この笑顔を、もっと見ていたいと思った。思えた。
「ねぇ……少尉……少尉は、何で戦うの?なんで戦おうって、思ったの?………何で、ですか?」
「……初めは、明確な理由なんてなかった。でも、今は、今なら言える…」
「………」
「…自分の、手の届く範囲は守りたい。自分の世界を傷つけられたくない。
"守る"事は、何かを選び、切り捨てる事だ。その咎を受ける時が来たら、甘んじて受ける。
だが、それは今じゃない。その時まで、俺は……」
なぁ、伍長。さっき、人は変わる事を恐れると言ったな。
でも、変わるのも悪くない。そう思えて来るのが人間なのかもな。
「…この戦争が………終わったら、少尉は、どうするん…ですか?」
「さぁ。この身は、あの時から既に戦いに捧げている。何も……何も考えてない……」
「それな、ら………ですね……しょうい……わたしに………」
恒常性と能動性、この相反する矛盾を孕んででも存在し続ける、それが、人間の可能性なのかもな。
「なぁ、伍長………伍長?」
呼びかけても返事が無い。
「………またか、伍長らしいな………」
伍長は中尉に肩を預け既に夢の世界へと旅立っていた。
一切の不安や苦痛も感じさせない穏やかな寝顔は、歳不相応の幼さを残したままだった。
「……ふっ………今はお休み、伍長……」
服の裾を掴んで離さない伍長を抱え、中尉が部屋へと向かう。
この夢が、まだ続きますように……
そう、願いを込めながら。
『蛍ってなんですぐ死んでしまうん?』
夏は、終わらない……………………
再会、家族よ……
中尉の夏休み編、まだ続きます。
このつかの間の平和が、中尉達に何をもたらすのか?
最近色々と忙しくなったので、更新遅れるかもしれません。ご了承ください。
次回 第四十八章 不思議の海ブルー・ウォーター
「…………………………そうだね…」
お楽しみに!!