機動戦士ガンダム U.C. HARD GRAPH 名も無き新米士官の軌跡 作:きゅっぱち
頑張れ中尉!負けるな中尉!!
世間の荒波に負けるな(笑)!!
出会いがあれば、別れもある。
誰もが知っている、遙か過去から言われ続けて来た真理だ。
犬も歩けば棒に当たる、というように、
生きる限りはこの連鎖から逃れられない。
特に戦時の戦場などでは言うまでもない。
隣の戦友、眼前の敵兵。出会いは一瞬、別れも一瞬だ。
その一瞬を、人は、今も生きている。
U.C. 0079 6.28
磨き上げられた廊下を、規則正しく打つ音が響く。
とあるドアの前で立ち止まるその足音の主は、服装をただし、頬を軽く2回張る。
踏み出すと同時にプシュッという軽い音と共にドアが音もなくスライドし、部屋の中の世間話も止む。
部屋を歩き、壇上にたった中尉が口を開いた。眼前の者たちの視線が集中するのを肌で感じる。
「はじめまして。未来のエースパイロット候補達。これから君達を指導する訓練教官を務める、中尉だ。よろしく頼む」
中尉の前に座る1人が思い出したように手を叩く。
「あぁ!あの、色ボケ中尉かっ!」
中尉がずっこけるのと爆笑が部屋を包むのはほぼ同時だった。
「……そんな事は無いですからね?おいっ!伍長!!なんで顔を赤らめてんだ!!反論しろよ!」
「えっ?いや、あの……うぅ…」
「ヒューヒュー!中尉殿も隅に置けませんな!」
「けっ、アホくさ…」
頭を抱えそうになった。出だしは最悪だ。ただでさえ威厳もクソもねぇのに……。
「はーい、質問でーす教官殿ぉー」
「なんです?」
「なんで教官やってんすかぁー?」
「そうだな、どうしてです?」
「お前ら、失礼だろう?敬意を払わんか!」
「はぁ?」
はぁ、だよなぁ。前でまたガヤガヤ始めた候補生達を見る。階級は下は上等兵、上は大尉と広く、年齢も下が21、上が32だ。一番下すら中尉より年上なのだ。
ここは、何とか教官という事を知らさなければ、後が辛いなぁ……喧嘩ふっかけるか、苦手だし、リスクもあるが……。
「……それは、ここにいる全員の中で、1番の腕だからだ。
………分かるな?」
「………」
「………何?」
「………ふん…」
「……正直君らには失望したよ。君達は確かにベテランだ。経験もある。……だがそれはMS以外で、だ。君達を馬鹿にするつもりは無い。だが、ここにいる時は君らはただのヒヨッコだ!」
「……んだと!」
「…なら、見せて貰いたいものですねぇ?」
「……お前ら、よせって…」
「あぁっ!?」
よし、食いついたな。後は……何とか、やるかぁ……。
「……諸君らの言い分は分かった。それはもっともだと思う。……今日の訓練はまず俺と、そこの3人の"ザニー"を用いた模擬戦から始める!!反論は一切受け付けない!20分後に第二演習場に集合だ!」
「なっ!」
「……ふん…」
「……あの、私は……」
「君もだ、マット・ヒーリィ中尉!」
「はっ!」
「全員移動を開始しろ!3人はついて来い!」
そのまま部屋を後にする。3人はしぶしぶといった様子でついて来た。まぁ、そうなるわな。
「……ここだ。これが今回の模擬戦で使用する機体、RRf-06 "ザニー"だ、各員、搭乗し、チェックを済ませておけ。以上だ。何か質問は?」
「教官殿ぉ、質問がぁ」
「なんだ?」
「教官殿の僚機はぁ?」
「必要無い」
「………ナメられたもんだな…!」
「以上か?なら早くしろ!!」
各々機体に向かい始めた時、周りを諌めとばっちりを喰らった中尉が話しかけてくる。優しそうな容貌をしたちょっとのんびりそうな男だ。年上だが。
「……すみません教官殿……」
「…教官か、中尉でいいですよ、ヒーリィ中尉」
「……どうしてあんな事を?勝つ自信が?」
「いや、特には……まぁ、賭けですよ。こうでもしなきゃ、こんなヒヨッコの言う事なんか誰も聞きやしませんから……こんな風に接してくれる中尉の方が少数派ですよ」
「……だが…」
「頑張りますから、全力で来てください。……お互いに、全力を尽くしましょう、中尉」
「……あぁ!!」
ヒーリィ中尉と握手し別れる。これからが本番だ。ざっとみたシュミレーターの結果の2位と4位5位だ。手を抜く余裕は無いが、勝機がないワケでもなかった。
「……よし、いっちょやったるか!」
これまで幾度もの激戦を潜り抜けてきた愛機は、コクピット周辺のみを換えただけで後はスペアで修復され、"ゴッグ"にヤられた傷跡はもう分からない程だ。
「……頼むぜ、相棒……」
エンジンに火が入り、機体が目を覚ます。おやっさんがいなくなるまで、最後まで面倒を見てもらっていた
「……さて、行くか………戦争を教えてやる」
ゆっくり機体を演習場へ歩かせながら、中尉は独白した。
『演習開始!!』
ビーッというけたたましいビープ音とともに模擬戦が始まった。
「さて……」
中尉はゆっくり"ザクII"を歩かせ、物陰に伏せると、あろう事か補助電源を残し融合炉を遮蔽した。
そのままパネルを叩き、演習場のマップを出す。そこには散開してややばらけて移動する"ザニー"の位置が
「……成る程、先行する1機を囮にしつつ、後ろの2機で……って事か……伊達にシュミレーターやって無いな……なら……」
そのまま狙撃用スコープを引き出し、操縦モードを変更、軍曹特製の狙撃モードへ変更する。
"コレ"が中尉の最大の武器の一つだった。狙撃のプロである軍曹が立ち上げたこのプログラムは、使い方次第では8km先の目標すら狙撃出来る。これも中尉は何とか使用出来るようにし、5km先なら命中させられるのだった。
そう、
そのままアンブッシュする事2分、チャンスは来た。
「……………」
2時方向、距離4500。1機の"ザニー"が周囲を見渡しつつ歩いてくる。
FCSは正常に作動し、ビープ音と共にモニターの端には
目標をまっすぐ見据え、息を止め限界まで引き絞っていた引き金をコトリと落ちるように引く。この演習場は岩の柱が多く、チャンスは一度きりなのだ。ズドンという音と軽い反動と共に手持ちの120mm低反動砲が火を吹く。
「…うおっしっ!!」
モニター内では120mm弾を喰らった"ザニー"が真っ黄色に染まっている。そのまま機能を止めた"ザニー"に満足しつつ小さくガッツポーズし、機体を起こし迅速に移動を開始する。もう1機は素早く身を翻し姿を隠した。120mm低反動砲は連射が効かないが、いい判断だと思った。乗ってる奴はなるほど、いいセンスだ。
一度撃ったら射点がバレるため、120mm低反動砲を置き"ザクマシンガン"を構え走り出す。目標は、先行していた"ザニー"だ。
後方の奴のどちらかが隊長機か分からなかったが、取り敢えず撃破し、分断には成功した。
移動後、停止しもう一度マップを確認する。当に『計画通り』、というやつか、予想していた通りに動いてくれている!
「……やはりな、引っかかった引っかかった♪」
先行して来たヤツは後続を置いて突っ込んで来ていた。
こっそり歩きつつ、アンブッシュ場所を決め回り込む。マップの敵影が揺らぐが、センサーは既に"ザニー"を捉えていた。
「……そらっ!」
足元の岩を拾って投げ、壁へぶつける。岩に反応し、明後日の方向へ反応し銃を構えた"ザニー"の背へ"ザクマシンガン"を3点射で叩き込む。フルオートで撃たなかったのは罰則として搭乗機を掃除させようと思っていたための情けだった。
「っ!!」
コクピット内にアラートが鳴り響くと同時に機体を操作、"ザクII"を横っ跳びに転がらせる。元居た地点に7時方向から射撃が来て、着弾し青いペンキを撒き散らす。
「…後ろに!やはりヤるっ!!」
転がりながら振り向き、柱へ隠れる。これもOSのお陰だ。このような実戦的な動きならこちらの方が多い。経験も。それも中尉の大きな武器だ。
お互い柱の裏に隠れ、相手の出方を伺う。やはり、先程倒した"ザニー"より慎重なようだ。しかし、ジリジリ移動しているのが命取りだったな!
「ふっ!!」
スラスターを吹かし大ジャンプする。そのまま"ザクマシンガン"を撃ち放ちつつ上空から強襲する。中尉の最も得意とする戦術だ。"ジャブロー"が如何に大空洞だと言えその高さに限界はあるためそこまで跳べなかったが。
「……はぁっ!!」
"ザニー"が戸惑うのが手に取るように分かった。自分に真っ直ぐ向かって来る敵を撃ち落とすのは容易だ。それが特に身動きの取れない空中なら。
しかし中尉はそれを読んでいた。壁を蹴り付け、無理矢理かつ急激に軌道を変えたのだ。放たれた120mm低反動砲が壁に青い花を咲かせる。しかし、呆気に取られ硬直する"ザニー"の前方30m地点に降り立った中尉はそれどころでは無かった。
スラスターを使った大ジャンプ、それに急激な方向転換で掛かったGでクラクラしていた。完全に調子にノリ過ぎである。
「こ、これしきのGに身体が耐えられんとは……」
朦朧とした頭と目で射撃、"ザニー"の120mm低反動砲に"ザクマシンガン"をヒットさせる。かぶりを振って頭をシャンとさせ、120mm低反動砲を失った"ザニー"の前に立つ。
「……さて、"ショー"と行きますか…」
"ザクマシンガン"を投げ捨て、"ムラマサ"を構え、左手で相手を挑発する。
そう、これは『デモンストレーション』だ。なるべく、『ただ勝つ』だけでなく、少しでも『実力を見せて勝つ』必要があったのだ。それは先程の壁蹴りも同じである。
"ペイントサーベル"を抜き、"ザニー"が斬りかかる。これらの模擬刀は、心棒の入ったスポンジにたっぷりペンキを染み込ませたものだ。だから、ギリ打ち合いが出来る。
しかし中尉はそうしない。最低限の動きで躱し続け、焦りの見え始めた"ザニー"に足払いを掛け、転ばせたところに模造刀を突き付けた。
『訓練終了ーっ!!』
スピーカーが鳴り響き、中尉の圧勝を飾った。中尉はそんな事聞いておらず、"ザクII"の中で疲労困憊していたが。
「少尉ーっ!!お疲れさまーっ!!すごかったよ!!」
「……流石、ベテラン……」
「やりますね教官!!見直しました!!」
「教官やるぅ!!ただの色ボケじゃなかったんだな!」
「今色ボケって言った奴出て来い!!死なない程度に踏んづけてやっから!!」
ドッと笑いが上がる。模擬戦を終え、中尉達はハンガーへ帰って来ていた。
「3人も良くやったぞ。とてもシュミレーションしかしてない者の動きには見えなかったぞ」
「……はい…」
「…けっ、くそっ!」
「ありがとう、中尉もヤるな」
「ヤらなきゃ死ぬからな」
よしよし、まだ分かってくれたようだな。これから、出来る事を少しずつやって行こう。
"教え子"に、戦死者は出したくない。
「……よし!全員!シュミレータールームへ!……うん、ヒトロクマルマルまで時間いっぱいやったら今日の訓練は終了で!では、解散!!あ、3人は残ってね?」
「はーい!!まったねー!少尉ー!!」
「はっ!分かりました!」
「あいさー」
ゾロゾロと騒ぎながらシュミレータールームへ向かっていく背中を見送る。最後の1人が行った後、3人に振り返る。
「今日は付き合わせてごめんなさい。こうするしか思い浮かばなかったんです」
「……いや、悪かったよ、俺も……」
「……けっ」
「……だが中尉、中尉は我々の場所が分かるように攻撃をしかけてきたな、あれは何だ?」
「……それだ!何をしたこの!!」
げっ、やっぱバレたか。……鋭いねぇ。ヒーリィ中尉か、覚えとこ。
「あ、アレか?それはソナーだ」
「……ソナー?」
「あぁ。パッシブソナーを最大限に、"ジャブロー"という大空洞である事を考慮に入れて、その反響から位置を割り出したんだ」
そう、コレが中尉最大の武器だった。あらかじめ演習場をマッピングし、ソナーを最大限活用出来るよう設定しておいたのだ。ソナーなため移動中精度が落ちるが、それは仕方ない。
これは教官という立場ならではの方法だった。決して無謀にも勝負を仕掛けたワケでない。
ズルでは無い!!ただ、最大限に自分の地位と役職を活用しただけだ!! とは中尉の言い分である。
「……成る程……完敗です」
「いや、皆さんも凄かったですよ?そこは流石としか言いようがありません」
「……改めてよろしくな、教官」
「はいっ!」
「………負けは負けだ。従おう……だが、次は負けねぇぞ!!」
「はいっ!お互い努力して、ジオンに対抗しましょう!」
3人と握手する。うんうん。何とかいきそうだよ。全く。
「あっ、ちょい待ち、どこに行こうとしてるんですか?」
「…いや、シュミレーションルームへ…」
歩き出した3人を呼び止める。くくくっ。ここまでヤらせたんだ。それ相応対価を払ってもらおうか!!
「ダメですよ?まだ終わってませんから」
「「は?」」
「あなた達3人は特別訓練です!!"ザニー"で演習場をぐるっと10周!!その後、ペンキをぜーんぶしっかり落として下さいね……1人で!!」
「「なぁっ!?」」
くくくっ、教官を怒らしたらどうなるか、身を持って知ってもらおうか!!へんっ!ざまーみろはっはっはっーっ!!
「んなっ!このっ!!」
「ええええぇぇぇっっ!!?」
「……うぐっ、悪質な……」
「文句がある人は周回増やしますよ〜?そしたら、ペンキ、もっと固まっちゃいますね〜」
「「……………」」
「あ、逆らっちゃダメですよー逆らっても増やしますよー?俺、訓練中は少佐相等官ですから、上官ですよからねー♪」
「「…………………………」」
1人がめっちゃ睨んできてるけど気にしない!!
他2人は呆れてるっぽいけど。はっはー日本人怒らすと恐ろしいんだぜ?
「さぁ、張り切って行きましょうか〜?」
「はいはい」
「………………いつか殺す…………………」
「はっ!中尉。……後で話そう」
"ラコタ"に向かって歩き出す。うん、色々あったが、まぁいい日だった。
「あっ、転んだら一周追加ですからね♪」
『戦略が戦術に負けるはずがない!!』
連邦の巨人が、歩み始める……………………………
と、いうことで始まりました教官編!!
じつは、コレ中尉反則級のワザ使ってます(笑)。あらかじめフィールド、敵の性能を完全に調べ上げ、その上で作戦を立てるのも酷い話ですが。
OSのハンデもありますから、言い換えるなら酔っ払わせ目隠しした相手をボコった感じかな?非道過ぎる(笑)。
深く追求されたら非難轟々で危なかった感じです(笑)。
さぁ、これからは小細工通じないぞどうする中尉!?
次回 第三十章 中尉の訓練教官奮闘記③ 転機編
《……どこのハートマン軍曹だよ……》
お楽しみに!!