機動戦士ガンダム U.C. HARD GRAPH 名も無き新米士官の軌跡   作:きゅっぱち

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アリゾナ砂漠横断編、スタート!!

何にもないこの土地で、どう話を膨らませろと?

まぁ、ロクイチの一番得意とする土地だね。うん。

以上!!


第十章 砂漠の陽炎を追って

争いの起こる原点とは何であろうか?

 

人種?思想?富?領土?イデオロギー?エゴ?

 

共通点と、キーワードは、"違い"だ。

 

それを作り出す、"境界線"(ボーダーライン)だ。

 

この世界に一つとして同じものはないから。

 

人は、ボーダーラインを、越えて行く。

 

 

 

──U.C. 0079 4.23──

 

 

 

 空は青。雲一つない。だがそれだけ。

 見渡す限りの、砂、砂、砂。そしてたまーに岩。地平線の彼方は蜃気楼に揺らぎ、何も、何もない。

 ただ一つ、空の真ん中に、ギラギラと照る太陽が、地平と空を陽炎で繋ぐ。それだけ。

 それが360°すべて同じだ。それ以外は、時折乾いた風が吹くだけだ。だが、そのささやかなさらさらとした風に吹かれ、うねる砂山は刻一刻と姿形を変えて行く。まるで生きているかのように。そのうねりにはひとひらの意味もなく、形もなく、ただ移り変わるのみだ。

 

 熱気を孕み、揺らめく陽炎はまるで手招きをしている様に、儚く蜃気楼のように揺れ続けている。

 

 とても地球の光景とは思えない。小さな頃図鑑で見た火星かなんかの地表の様だ。まるで世界の果て、終わりの無い終わりだ。動くものは砂だけ。生き物の気配なんて毛ほども無い。視界には動植物など全く見えず、ただ砂が風に乗りまるで砂漠全体として大きな意思を持つ様に揺れ動くのみだ。

 

「……暑い!!」

「………………」

 

 少尉が巨大な防塵フィルターを片手に引きずりながら叫ぶ。その額には大粒の汗が浮かび、頬を伝い地面に垂れては砂に跡形も無く吸い込まれて行く。その様は焼け石に水どころの騒ぎでは無い。まるで宇宙空間に向けてBB弾を撃ち出したかの様だ。

 身につけていた下着はもう汗でぐっしょりだ。靴も蒸れて気持ち悪い。強烈な太陽光、紫外線対策として長袖である軍服も、手にしているフィルターもだ。それらは熱気にあてられすぐさま蒸発して行くが。少しでも口を開けると砂の味と共に水分が失われ、味もしなくなる。酷い有様だ。

 

 その隣にはもはや声も上げる気にもならないと、伍長が座り込み取り付ける筈のフィルターを頭から被っている。ピクリともしない。フィルターに覆われ、陰になった顔は見えないが、きっとマンガの様に目をグルグル回している事だろう。正直に言うとブーツ越しからの熱も凄い。よく座れるものだ。

 上も下も、右も左も外も中も何もかもが熱い。灼熱、焦熱地獄だ。熱はか弱い人間からあらゆるものを容赦無く、根刮ぎ奪って行く。その激しい自然界の厳しさに、背筋が凍りつく様な寒気が身を震わせる。それもまた一瞬で消えて行くが。

 

 さすが人を拒む土地(アネクメネ)、こんなとこに住もうと言う奴の気が知れねぇ。

 しかしまぁ、地上は加速的に砂漠化も進んでるし……まぁ、また違う厳しさを持つ宇宙を開発しようって思うわな。

 

 人の発明は人を豊かにしたが、地球を豊かにした訳ではなかった。それどころか、その資源を使い潰す勢いに乗った豊かさだったのである。

 

 大気中のCO2を始めとする温室効果ガス濃度の増大に端を発する、地球全土における平均気温の上昇。地球温暖化による気候変動、異常気象は今に始まった事では無い。

 しかし、激しい温度差は緑を穿ち、その土地を砂漠へと変える。温度を安定させる緑地が減ると、更に温度差は大きく激しくなり、砂漠化を進めるのだ。人はこの過ちに気づき、最大限とは言わないまでも、極々最低限の努力は続けて来た。それによる速度の停滞は、コロニー落としによる大規模変動により大きく損なわれ、大気中に舞い上がった海水やチリにより平均気温こそ下がったが、急激な寒暖の差に、命の恵みをもたらす太陽光線を遮られ木々はその数を大きく減らした。

 その結果砂漠化は進み、結局温暖化にも拍車がかけられなくなってしまったのである。

 

「……伍長、生きているか……?」

 

 しかし、今直面している事態に対応する少尉達に、そんな学会のお偉いさんが主張する高尚な説教は耳に入らない。

 

──あー、砂でザラザラだ……。シャワーを浴びたい。切実に……。目も違和感、異物感が酷い。粘膜という粘膜が熱と砂に侵されて行く様だ。服もジャリジャリ、口もジャリジャリ、ここにずっといたら進化して砂肝でも出来そうな勢いだ。勘弁してくれ。

 

「…おやっさぁん!修理はあとどれくらいで!?」

「後は点検だ!!夜には動き出せる!後少しは辛抱せぇよ!」

 

 怒鳴り声も砂漠に吸い込まれて行く様に錯覚したが、しっかりと届いていた様だ。帰って来た怒鳴り声にまたげんなりしつつ、少尉は自分の奥底に少しは残っているだろうなけなしの元気を振り絞り、握り拳を振り上げ大声を出す。ややフラついたが仕方がない。

 

「……聞いたか2人とも、各自、シーリング開始!!」

 

 頭の上を焼く太陽に挑む様に、その拳を振り上げた少尉は、粗削りされた抵抗者(レジスタンス)の銅像の様だった。

 

「……了解…」

「………」

「てめーら!!気合いれてけ!!俺達の仕事だ!!」

「「おう!」」

 

 タイヤの点検をしていた軍曹が、音も無く立ち上がり仕事に取り掛かる。少尉も自ら頰を張り歩き出す。この暑さは、流石の整備兵たちも少しキツイらしい。おやっさんも少々イラついている。それは暑さだけではなさそうではあるが。

 

──現在、我々は、"アリゾナ砂漠"中央部で立ち往生中だ。

 

 その原因は既に判明している。コンボイがエアダクトから砂を吸い込み、そのまま故障したのだ。故障の程度こそ小さな物で、修理、と言うより清掃は直様終了した。しかし、何らかの対策を打たなければもう一度同じ事が起きるのは明白であり、そのための作業が開始されたのだ。

 なので、気温が53°Cなんつーヤバい炎天下の下、コンボイ、兵器類の防塵フィルター装着大会だ。軽く死ねる。と言うより死に刻一刻と近づく。ジリジリと言う音が聞こえて来そうな中汗を拭う少尉は、確かに命が削れすり減る音を聞いていた。

 

 時間は一一○○(ヒトヒトマルマル)を回ったばかり、まだ太陽は頭の上にすら来ていない。これからもっと気温は上がって行くんだろうなぁ………。からりと晴れわたる砂漠の空に陽を遮る雲など浮かんでおらず、激しい光が歩く死者を照らしているかのようだ。

 

 汎用、と言ってもそれは土地に合わせた対策が出来るという事だ。ディーゼルと電気のハイブリッドで動くコンボイ、ディーゼルで動く"マゼラ"を始めはもちろん、冷却系の殆どが空冷式の機構を持つ"ロクイチ"、"ザクII"もその例外ではない。それに、砂が入り込むのは何もダクトだけでは無い。ホンの数ミクロンの隙間さえあれば、奴らはスルリと滑り込んでくるのだ。

 

 特に"ザクII"は全身に複雑な機構の関節を多数持つため、シーリングは絶対だ。そのままでも無問題とまでは言わないまでも、誤作動や作動不良は戦場において隙を作り出し、その隙は忽ち死に繋がるものだ。決して油断ならない。そのため間接部にはカバーを被せ、ダクトには防塵フィルターを装着している。また装甲表面からの廃熱も行われているが、"ザクII"の主な廃熱部分は機体表面に露出した動力パイプである。弱点となりうるパイプの露出は廃熱のためであるらしく、そこにも耐熱シートを被せ熱が籠ら無い様にする事となり、やや不恰好になってしまった。 

…後で関節の駆動状況やセンサーの稼働調整もしなけりゃなぁ……。一仕事を始める前に、やる事がどんどん積み重なって行く事に頭痛を感じつつ、少尉は角をぴったりと合わせフィルターを取り付けながらこっそりと溜息をついた。

 

「……伍長、頑張れ…」

「………………………………………………むり………………………………」

 

 軍曹に連れられ、日陰に座らせられた暑さに弱い伍長は溶けている。まぁ、予測はしていたが………。いや、待て。まだ、砂漠に入って数時間だぞ?

 しゃがみ込みフィルターをかぶった顔を覗き込む。案の定ぐーるぐるだ。頬に手を……って汗かいてねぇ!ヤバいかも!

 

「………少尉…」

 

 軍曹が目配せするのに頷いて答え、少尉は腰に手を当て残る手で伍長を指し示しながら口を開いた。

 

「…分かってる。コンボイの中で寝せといたげて。倒れられても困るし、たった一人の女性兵士(WAC)だし、ウチに伍長に対して文句いう奴もいないでしょ」

 

 人間は汗をかき、その汗が蒸発する気化熱で身体を冷却し体温を保とうとする。言うなれば水冷式ラジエーターと同じだ。人間の発汗機能は優秀で、他の動物とは一線を画す。長時間歩き続けられる体力や、あらゆる環境に適応する人間の特異さを支えているものでもある。ただ、冷却水と違うのは、その時に水分やミネラルなどを消費する事だ。そして、その汗が出ていないのは脱水症状の危険信号だ。そもそも喉が渇いたと感じる時点で身体はかなり脱水を起こしているのである。身体中の水分は汗として排出する以外もあらゆる事に使われ消費されていく。水は人の体を形作り、それを支えるものなのである。なので砂漠などの乾燥地帯などでは、自分の体感などに関係無く、定期的に水分を一定量取り続ける事が生き延びる上で重要なのである。

 

「……了解。少尉も、無理…しないようにな……」

「…分かってる」

 

 軍曹が手早く伍長を担ぎ、2重のハッチを開放したコンボイ内へと消える。一瞬中の空冷の効いた涼しい空気を感じたのも束の間、軍曹はコップに水を汲んだものをトレーに載せすぐに戻ってくる。それを集まり作業を既に始めている整備兵達と見届け、水を受け取る。ほんのりと塩と砂糖が混ぜられた水は、口に含んでもあっという間に身体に溶けていく。暑い時に良く冷えた水分は心地良いが、身体にはあまり良くない。そのため、適切な温度にする必要があるが……軍曹、いつ温度管理したんだよ?

 

「……美味い…」

 

 手早くコップを回収し、また戻る軍曹の背を見つつ、少尉は独りごちる。伍長は意識はあった。点滴は必要無いだろう。軍曹もそれを承知で水を取らせているはずだ。こんなつまらない事で戦死者(KIA)を出す訳にもいかん。後で部隊全体に通達を出しておこう。

 

 思い返すと、駄々をこねる伍長と、その世話を焼く軍曹が"夫婦"と揶揄されるのも納得がいく。相変わらずの2人である。

 

「あー、染みる……団長、ごちょーちゃんお昼寝っすか?」

「はい。すみません。環境の変化に耐えられなかった様です」

 

 腕をぐるぐる回しながら近づいて来た整備兵の1人が、少尉に問いかける。少尉の応えに肩を竦め、やれやれと首を振っているが、そこに妬みや嫉妬が無い事に少尉は安堵した。

 

 人間はストレスに弱い。そして、戦場の最前線は、居る事自体が大きなストレスとなる。大きなストレスがあると、日常生活のほんの些細な不平不満、ストレスは発散しようも無く蓄積し、それは士気の低下、治安の低下などに繋がる。それはさらなるストレスを呼び込み、負のスパイラルに落ち込むのだ。

 歴史を見ても、敵の攻撃による殲滅などは滅多にない。戦闘や撤退を繰り返したり、多大な被害を出したり、不衛生な環境や対人関係の悪化、傷病者の蔓延、あらゆる事による内部崩壊、脱走による人数の低下に機能不全、その結果による機能停止、壊滅が殆どだ。その先駆けとなる部隊内での虐めや私刑(リンチ)はシャレにならない。

 

「はっは。若いレオナ嬢に無理はさせてはなりませんからな」

「しっかたねぇなぁ…俺らががんばっか!」

 

 笑い声をあげる整備班。本当におおらかな人が多く、喧嘩など見た事も無い。勿論仕事にはプライドがあり、行き違いから言い合いになる事はしょっちゅうだが。

 この前も"ロクイチ"に取り付けるシェルツェンと車外装備品(OVM)について揉めていた。シュルツェンをつけるならOVMはロンメルキステに納めるべきという主張には頭が痛くなった。個人的にはガタガタギシギシ煩いのと作業の時に邪魔になるのが一番嫌だとは言い辛かった。おやっさんの仲裁によりおやっさん設計、モジュラー装甲のチョバム・スペースド複合アーマーの一部に叩き込む事になった。どんな設計だ。

 

「しっかし熱いぜ!滾るな!」

「それでは皆さん、頼りにしてますよー」

 

 声を上げる整備兵達を盛り上げる事に徹する少尉。因みにこの人はシュルツェン論争においてはそんなものよりスカートアーマーだとスカートアーマーに固執していた。同じ様なもんだろ。そしてOVMはシュルツェンの裏側に付けてはどうかと発言していたが、脱落して困るから採用されなくて良かった。

 

「やっとか野郎ども、ちゃっちゃと終わらせっぞ!!」

「「おう!!」」

 

 やる気を出し始めた整備兵達に、おやっさんがレンチを振り上げ鼓舞する。それに倣い、気合を入れ直した整備兵たちがテキパキと働き始める。少尉はそれを満足気に見つつ、フィルター部に簡易改造を行い始めたおやっさんに声を掛ける。

 

「おやっさん!"ザクII"のチェックに入ります!シーリングは任せました!」

「おうよ!何事の要もお前さんだ!好きな様にやれ!背中は支えてやる!!」

「感謝します!!」

 

 頼りになる人だ。ぺこりと頭を下げ一礼する少尉は、そんな感想を胸中で浮かべる。そのまま回れ右をし、コンボイへと向かう。その足取りは軽く、地面の砂に足を取られる事も無い。行き先は後方のコンテナ、"ザクII"だ。

 

 ウチのコンボイはおやっさんの横領、改造その他諸々による私物に近いため、かなり高性能だ。いや、異常とも取れる。

 駆動は基本的には電気駆動であるが、緊急時の為のディーゼルを搭載しハイブリッド運用も可能である。その電気も太陽発電に高性能バッテリーにより不足は無い。それに燃料電池により水があれば発電できる上、今は更に"ザクII"の予備の核融合炉で電力には困らない。流石に砂漠では廃熱の関係上頻繁に核融合炉はおいそれと使えないだろうが。

 それでも水の循環システムはかなりのもので、雨水や水溜りの水はおろか、大気中の水分さえも何でも取り入れ、濾過し安全に使用出来る。井戸を掘る機械も積んでいるとの事で、砂漠だろうと全員が毎日20分シャワーが浴びれる。それら全ての機能がほぼ全部おやっさんのお手製だ。ベースがあったとは言えその面影はなく、廃品のパーツを使ったハンドメイドに近い。

…………何者だよ…………。

 

「……少尉、偵察へ行ってくる…」

「おぅっ!?…出来るのか!?」

 

 歩く少尉の隣に、迷彩服の男が姿を現わす。その傍らには迷彩が施されたバイクがあり、荷物が無造作に括り付けられている。防塵ゴーグルを上げた下から現れたのは軍曹だ。殆ど警戒してはいなかったとは言え、フル装備の男が音も無く近くにいた事に驚きの声を上げた。

 

「……コンパスが、あれば……」

「流石だな…頼むぞ……って地図は?」

「……地図は、作る物、だろう……?」

 

 少尉の言葉に、当たり前だと言わんばかりの軍曹。陸軍地図作成部隊(トポ)がある様に、地図を製作するのはかなり専門的な技量がいる。かつて、カエサルが地図と暦製作に力を入れ、数学者を多く雇った様に、時間、場所を正確に把握出来る事は作戦上において大きなプラスとなる。全地球測位システム(GPS)が殆ど活躍しない今、それはありがたい。

 

「…そ、そうか…頼んだぞ?」

「…了解……」

 

 マッピング出来るのかよ。こんな目印も何も無い、数十分後には地形が変わる土地で………。それに軍曹なら見つかるなんてヘマは決してしないだろう。頼もしい限りだ。

 少尉含め、基本的に素人や実戦未経験者、実戦経験が薄い者が大多数な中、かつて傭兵として実践経験を積んで来たらしい軍曹は特異な存在と言える。少尉は士官学校(OCS)であらゆる専門的な事を学んで来たが、実践するのとはズレが生じ苦労していた。様々な点でイレギュラーな今を支えて来れたのは、軍曹の力が大きい。

 

「…分かった、任せる…気をつけろよ」

「…夜には、必ず……」

 

 相変わらずの|仏頂面(ドッグフェイス)で一切汗をかいていない軍曹がバイク1台で偵察へ出て行く。星も無い昼間でも偵察が出来るのは軍曹だけだ。そもそも明確に敵地(インディアン・カントリー)であると確認している訳では無いが、 中間地帯(ノーマンズランド)とは言え安心して単独行動を任せられるのは軍曹だけだ………本当に何でも出来るな……。

 

 エンジン音が鳴り、砂埃を上げ走り去る軍曹を見送り、最優先でシーリングが施された"ザクII"に乗り込む。機体は寝かしてある為、背の低いキャットウォークから簡単に乗り込めるのは有難い。地上におけるMSのコクピットへのアクセスは正直良いとは言えない。直立時など緊急時に素早く乗り込めないのは問題だと思うのだがそれは地球人(アースノイド)的発想なのだろうか?だからと言って寝かしても、今度は迅速な行動が取れないし…そこも宇宙での使用を大前提に作られている箇所である。

 無敵とも思えるMSも、まだ発展途中の兵器だ。その周辺機器や人もそうである。問題は山積みだ。

 

 さぁて、やる事は様々だ。地面の摩擦や接地圧から、廃熱状況、大気と映像の揺らぎ、気温によるレスポンスや動きの違いなど、改めて砂漠という環境にこの"ザクII"と共に慣れる必要がある。

 経験が必要なのは、決して人間だけではないのだ。

 

 もう立ち上げるのも慣れた物だ。既に少尉は、MS、そして"ザクII"と言う存在に適応しつつあった。大地を踏みしめ、巨体を浮かび上がらせ巨砲を振り回す巨人に。これから世界を席巻し、覇権を握り、次世代の尖兵となりうる存在に。

 少尉が乗り込んだ事によりCECS(環境コントロール・システム)が作動し始める。コクピット内は空調が働き始め、あっという間にコクピット内は温度、湿度などが最適の状態になる。

 

「ふー……」

 

 首を廻らせ、張り付いた襟を立て風を通し、少尉は一息ついた。いくらコクピット内が狭いとは言え、相変わらず凄まじい空調設備だ。大事な兵器であるから、万全な体制で戦って欲しいのだろうが……。与圧の速度も人間が耐えられるギリの速度である。その様な技術がコクピットには全投入されているのだ。それは人的資源を重視するスペースノイド的な進化であろう。

 空調一つとってもこれ程の性能を誇るのは、MSは元が宇宙機器であり、兵器としての耐NBC性も持たせる為でもある。本来人間の生きる事の出来ない過酷な環境、宇宙に対応する為ちはかなりのマシンパワーが必要であり、オーバースペックとも取れる位だ。実際宇宙空間においてコクピットが解放されても、ものの十数秒で与圧が完了されるレベルなのである。それ程の性能を持つ者物にとって、この程度の事は児戯にも等しい。

 

 マニュアルによるとMS搭乗時は戦闘用軽装宇宙服(ノーマルスーツ)の着用が義務付けられているが、少尉は基本的に野戦服である。しかし野戦服をベースに、タンカースジャケット、タンカースヘルメットを着用し、ベルトハーネスとサスペンダー、耐Gスーツを身につけるというかなりちぐはぐな格好をしている。MSは基本的に戦車的な運用であるが、航空機の様な高G機動を行う事もあるため、ある装備を工夫し身につけているのだ。

………それには、流石にジオンのノーマルスーツを着るわけにもと言う話と、またノーマルスーツは戦闘用であり、余裕を持った設計の重装宇宙服とは違い、その性能は最低限を満たしているに過ぎない事が挙げられる。要するに地上だと着心地があまり良く無いのだ。また、少尉はそれらの服装に加え、脱出時(イジェクト)に地上戦に参加出来るようチェストリグを身につけていた。

 

 あらゆるヴェトロニクスが立ち上がり、メインジェネレーターも稼働し始める。目の前のメインスクリーン映し出された光景には、雲ひとつない青い空が映る。既にある程度光量の調整がなされているが……眩しいな。少尉は直様手元のコンソールを叩き、メインカメラ、センサーの設定を始めつつ機体を操作する。

 

「動かします!!離れて下さい!!」

 

 ヘルメット一体型のインカムに呼びかけつつ、少尉は起動準備を終え、全関節のロックを解除しフットペダルを踏み込む。それと同時に、信号を受けたコンボイ側が自動で準備に取り掛かる。連動した動きで機体を横切る様にして巡らされたキャットウォークがスライドし、拘束が解除される。巨人の拘束は解かれた。

 

「了解!みんな離れてー!」

 

 上体を起こす"ザクII"。整備兵の1人が誘導棒を振りつつ周りに注意を促そうと叫んだ。コクピット内の少尉はモニター上に小さく映る彼をマニュアルでピックアップしつつ、起動後直ぐに誘導棒を振る人物が居たら自動でピックアップするプログラムを組み始めていた。チカチカと断続的に光を放つ棒をぼんやりと見つめ、少尉はその動きに合わせゆっくりと"ザクII"を操縦する。

 圧搾空気を搾り出すような音を出し強制排気が行われ、震えるジェネレーターと連動し機体各部の流体パルスモーターが唸りと共に駆動する。それらの一連の働きは大気を震わせ風を生み、濛々とした砂埃を巻き上げさせた。吐き出された熱が陽炎となり、蜃気楼の様にゆらめく。轟音が広い砂漠へと響き渡り、砂と岩の間に吸い込まれて消えて行く。

 

「うわっぷ!砂埃が!!」

「遠くからでも見つけられそうだな、うーん……」

 

 整備班達が額に手を当て見上げる中、砂漠の真ん中に18mの巨人が立ち上がり、陽の光を受けその姿を浮かび上がらせる。砂山の稜線をも越えて延びる長い影は、まるで伝説の中にのみ登場する巨人か、デイダラボッチの様だ。頭部のモノアイが独特の起動音と共に灯り、またも独特の音を出しながら再発光する。

 周囲を油断無く見渡し、走査する一つ目は、薄れ行く砂埃の中鈍く輝き、その先を見通していた。少尉はマスターモードを変更、試行的に歩行モードを再設定、データを取りつつ基本動作を行う。やはりレスポンスは重く、動きは硬い。そのぎこちない動作にまた振り回されつつ、少尉はその暴れ馬の綱を握る。砂上で踊る影は長く、それはまるでダンスのようだった。

 

「うわっ……と、とと……」

「少尉ー!歩行モードの変更を!!砂に足を取られてまーす!!」

 

 やや離れた位置から見ていた整備兵の1人が、大きく腕を振りながら足元を指差す。軽く発生した流砂に足を取られ、両手でバランスを取りながら斜面をゆっくりと滑り落ちる"ザクII"。何処と無くサーファーの様な動きに笑い声と拍手が聞こえてくる。シーリング作業を続けていた整備兵達も一度手を止め、面白おかしく踊るMSに失笑を隠さないでいた。

 コクピット内の少尉は内心焦りつつ、手元のコンソールを叩く。感に触る電子音。またエラーだ。もう2度目。自分の不手際とMSの融通の利かなさ、中々上手くいかない事に舌打ちしつつ再挑戦。『二度ある事は三度めまで』。またもビープ音。額から流れる汗を拭い、少尉は声を上げた。

 

「分かっています!センサーも誤作動が……細やかな変更がかなり必要っぽいですね…」

「こちらからモニタリングもしてまーす!安心してくださーい!」

「感謝します!後で摺り合わせ頼みます!!」

 

 サーバールームの窓から振られた手に振り返し、少尉は感覚を集中させる。

……そう、MSの感覚に乗るのだ。そして、それで出る誤差分調整すればいい。言葉では簡単であるが、実際やるとなるとそれは困難だ。それは砂漠と言う環境がジャマしているのが大きいが、少尉の不手際の方が大きかった。身体で覚えた事を理論化する事には困難が伴い、ズレが生じる。効果的な操作に慣れ始めたとは言え、少尉はまだこの世界の新参者に過ぎないのである。

 

 また、一口に砂漠と言っても、岩石砂漠(ハマダ)、礫砂漠、砂砂漠(エルグ)、土砂漠など全く別物と言ってもいいレベルで地質は違うのだ。環境やその性質も違うと言ってもいい。MSのパワーがあればそれを強引にねじ伏せる事も出来無い事も無い。しかし、それでは意味が無いのだ。効率的、効果的運用こそMSの真髄。常に最大限の能力を発揮させる為にも、対応は必須と言えた。

 

 それを困難にさせる最大のポイントは、戦車などの安定した履帯とは違い"ザクII"は不安定な二足歩行である事だ。接地面積の問題から圧力まで全然違う。カンジキでも履かせた方がいいかもしれないぐらいだ。

 二足歩行は、基本姿勢である直立状態が不安定と言うかなり非効率的な物だ。立っている事、それだけでバランサーに負担を掛けるのである。そのためMSは機体各所にセンサーを設けてはいるが、それも今砂漠の環境で麻痺している。言うなれば目隠しをして砂場で片脚立ちをしているに近い。

 

 少尉は決断した。マスターモードを変更し、歩行とバランスに重点を置いたモードへ設定する。そして、それら全てにリソースを割き、操縦桿、フットペダル、コンソールの殆どを歩行に充て、その動作全てを直感的動作によるマニュアルにて行った。

 

「ととっ、うん……よし……」

 

 下手をしたら転び癖などが付いてしまう危険な賭けに、少尉は運と実力を持って打ち勝った。大きく傾く機体に間一髪フットペダルを蹴飛ばし、操縦桿の操作でなんとか揺らぐ機体を安定させる。そこからさらにセンサー、レーダー、ダクトや冷却系、関節、駆動系、フレームなどのチェックと微調整を続ける。それにより移り変わる動作に、機体もまた追従する。

 少しずつ安定していく動作に、今度は拍手が上がった。少尉はそれにサムアップで応え、含み笑いと共に改めて操縦桿を握り作業を再開する。

 

 途中何度もよろけるが、転ばずにはすんだ。コクピット内の至る所に次々と緑のランプが灯って行く。自己診断プログラムを走らせてみても、機体各部の設定も順調だ。その事に満足気に息を吐き出し、一度背もたれに大きく身を預ける少尉。戦闘機動はまだまだであるが、最低限重機としては使いこなせそうだ。

 

「主なシステムチェックは8割がたすみましたよー!兵装やFCSはどうします!」

「それはまた後でお願いします!」

 

 "コロラド河"渡河作戦から、少尉はメキメキとMSの操縦技術を向上させつつある。それに、MSの事も分かるようになっていた。そのため、"ザクII"のパイロットは正式、と言っても部隊内であるが少尉となり、軍曹、伍長より優先して搭乗、及びシミュレーターが出来る様に取り計られていた。また、機体の設定や改良、新装備の開発なども少尉の発言権や優先権がかなり強くなり、実質専用機となっている。

 しかしその1人と1機も、全く新しい、過酷な砂漠という土地には慣れていなかった。ジオン軍とはゲリラ戦に近い遭遇戦こそあれ、追撃部隊が無いと言う事はバレていないか優先度が低いかである。それでも次戦闘がいつ起こるかなど誰も判る筈も無く、偶発的な戦闘に備え一刻も早く対応する必要がある。MSは、両軍にとって現時点での最大の戦力であり、それは我が旅団に於いても間違いではないのだ。このアドバンテージを活かせずして、この旅団に光明は差す事は無い。指揮官として、またパイロットととして、比喩では無くこの旅団の存亡は少尉の双肩にかかっていると言っても過言では無いのだ。

 

 また、少尉が急いでいるのにもただの焦りからでは無く、勿論理由がある。現在、"サムライ旅団"が警戒すべきなのは追撃部隊だけでない。

 周辺友軍基地の壊滅、都市の破壊と住民の疎開、インフラストラクチャーの破壊、ミノフスキー・エフェクトによる超長距離通信の断絶により"サムライ旅団"は敵味方からスタンドアロンな状態となっている。そのため、前線の状態など主な最新の情報源は時折砂嵐の奥からノイズ混じりに聞こえてくる海賊ラジオ局か、地球連邦軍、地球連邦政府、ジオン軍によるプロパガンダニュースぐらいしかない。それもノイズ混じりで、完全な情報が得られる訳で無かったが、そこに興味深い情報があったのだ。

 それは、地球連邦政府によるレジスタンスを呼び掛けるニュースの一つと、ジオン側の海賊ラジオ局による、都市の『解放』ニュースからだった。現在、ジオン地上侵攻軍・北米降下部隊の大半は"キャリフォルニア・ベース"、"ニューヤーク"および"シアトル"周辺に降り立ったが、この砂漠にも多く降り立ち、大気圏突入の際のイレギュラーや風により落下傘が流され、広範囲に渡って散らばった降下ポッドを集め、物資集積所を作っているという情報があったのだ。

 

 それに、少尉は腕を上げていると言っても、"1週間戦争"、"ルウム戦役"などの戦争初期から乗り続けてきた歴戦の猛者であるジオン兵とは比べものにならない。

 お互いMS戦事態は初めてであろうが、敵は鹵獲された事を想定した対MS戦闘訓練はあるだろうし、長く乗り、動かしているというその経験値の差は土壇場になって現れるもので、実際侮る事など出来はしない。仮に真っ正面から戦えば、恐らく赤子の手を捻る様にあっさりとヤられてしまうだろう。少尉にまだ直感的、咄嗟の対応を求めるのは酷だ。

 

 更にこの砂漠という特殊な環境下での戦闘経験の違いは大きい。人間の長所として、適応、即ち慣れの速さがあるが、それにも限界はある。

慣れない環境にやっと慣れ始めた兵器。問題は山積みだ。問題が積み重なれば積み重なる程、そこの問題は圧縮され、埋もれ、隠される。落とし穴とはその見失った問題が作るものだ。

 

 それに問題はそれだけではない、少尉の最大の懸念は、ジオン軍本隊の南下だ。

 

 地球連邦北米方面軍が抵抗を続けているとは言え、ジオンによる北米の実効支配は時間の問題だろう。それを終えたら、次は地球連邦軍総司令部"ジャブロー"だ。"キャリフォルニア・ベース"を奪われ、その軍需工場を利用しジオン軍は着実に迫ってきている。他の主要基地の大半も機能停止ないし奪取されてしまっている。そんな大隊にこんな戦力の少ない旅団が敵うはずも無い。逃げ切らねば明日は無いのだ。

 

「どうする………?」

 

 顔を顰め、唇を噛み締める少尉。少尉の判断がこの旅団の判断となる。少しでも判断を違えば、敵の戦線に突っ込みかねないのだ。まだ若く、経験の少ない少尉には荷の重い話だった。

 

《おーい!!少尉!ちょっといいか!?》

「なんです?ちょっと待ってください!」

 

 インカムからおやっさんの声がする。少尉は"ザクII"の膝をつかせ、コクピットを開放し目視する。モードを変更、掌をプラットフォーム代わりとして利用、人が小人を下ろす様にしておやっさんの前に立つ。おやっさんはパラソルの下、折り畳み式の机の前で腕を組んでいた。口にはタバコが咥えられており、ゆっくりと紫煙が立ち上っている。気づかなかった。やはり18mと言うサイズは巨大だ。それをいやでも実感させられる。それかメインカメラのノイズキャンセラーかも知れない。

 

 それにしても、この砂砂漠ではノミみたいなものであるが。砂山の描き出す稜線は高低差平均60m前後とも言われる。背の高いMSさえ、谷の底では発見されない。そのため、砂山の稜線に立たない限り案外視界は通らないのだ。しかし、稜線移動は相手に姿を一番晒している状態でもある。なので、この様な時は山の斜面中腹を行軍するのがいいのであるが……。こんな中、高濃度のミノフスキー粒子などが散布されたら、山一つ挟み、敵味方仲良く並んで行軍、何て事になるかもしれないな……。

 

「どうしました?」

 

 地図を前にするおやっさんに声をかける少尉。地図には様々な地形情報、敵の本隊、前線の位置などが書き込まれていた。その中に、一つのコマが置かれている。それが我が"サムライ旅団"だ。顔を上げたおやっさんは地図の一部を指し示しながら口火を切った。

 

「これから砂漠を南下して、"ジャブロー"を目指すんだろ?」

「はい、その予定ですが……?………トラブルでも?」

 

 地図上に指を這わせながら、おやっさんが続ける。紫煙が口から吐き出され、少尉は少し顔を歪めた。その時、不意に周囲が暗くなった。珍しく雲が陽を遮ったのだ。その事に妙な胸騒ぎを感じつつも、少尉は口を開く。

 

「いや?なら、この先に多くあると思われる物資集積所を襲撃しつつ進んでくれないか?」

 

 灰皿にタバコを押し付け、顔を上げるおやっさんの思わぬ提案に、少尉は思わず顔を顰めた。そのまま顔を下げ、顎に手を当てながら地図を見下ろした。なるべく戦闘を避けろ、なら理解出来るが、積極的に仕掛けて行けとは………?

──何故だ?この戦力で……そもそも積極的に戦闘を仕掛けるリスクを超えるメリットはあるのか?小規模の物資集積所であろうと保有戦力はそこそこのはずだ。何たってジオンには資源が無い。物資の確保は死活問題のはずだ。

 それにジオンは今破竹の進撃を続けているらしい。補給線、戦線も伸び切っているだろう。なおのこと物資やその輸送に関しては必死に………。

 

 もしかしてならんのか? 兵站や補給、輸送を軽視するなど愚の骨頂だと思うのだが……目先の勝利につられてんのか?旧日本軍かよ。

 

「……何故です?」

 

 怪訝な顔を上げ、少尉は問いかける。おやっさんはその顔を一瞥し、両腕を頭の後ろに組み背もたれに倒れかかりながら続けた。風にパラソルが揺れ、足元に砂埃が舞い上がる。風の生み出した小さな音は、直ぐに聞こえなくなる。

 

「水、それに"ザクII"のパーツが第一の目標、第二の目標はジオン軍南下を少しでも遅めることだ。それに、MS同士の戦闘データも取れる。"ジャブロー"への手土産にしたい」

 

 手土産、と言う言葉に少し引っかかりを感じたが、おやっさんの意見も最もだ。少尉は、自分が大局的な視点に立てていない事に恥じらいを感じ顔を伏せた。

 確かに俺たちは俺たちだけで戦争しているわけではない。分城がいくら奮闘しその場を死守しても、本丸が墜ちたら何にもならないのだから。今、苦しい戦いを強いられているであろう友軍を少しでも援護出来るなら、出来る限りでやるべきだ。

 

「成る程……ジオンは南下する時、ここら辺の物資集積所を当てにするから……判りました。偵察が帰還し次第、その様に動きましょう」

「よろしく頼む。資源に物資もまだ余裕はあるが………あるに越した事はないからな」

 

 頷く少尉に、新しく咥えたタバコひ火をつけ、含み笑いを漏らすおやっさん。タバコの火が強く光り、少尉の目前で揺れる。その光をボンヤリと眺める少尉から目を離し、おやっさんは空を見上げた。

 

 行く先々の拠点を墜とす……これは、"コルドンシステム"といって、どんな攻撃にも対応しやすいように慎重に兵を広く展開させて、相手の要塞を落としていく戦略だ。確か、中世に流行った戦法だったハズだ。

これにより行軍中は突発的な小規模な戦闘が主体となり、襲撃から発展する様な大規模戦闘で戦力を擦り減らす様な事が起きづらかったため、敵の攻撃により消耗する兵力も少ないという利点もあった。ま、だからこそクッソ長引いたんだよね戦争。夜も夜襲とかかけないし。

 またこれにより、小規模な小競り合いが起きた所へ蓋をするように予備戦力の漸次投入が可能であるため、情報次第で軍隊の柔軟な運用が出来たのも大きい。これには中世でも兵站の確保が難しく、高地などの有利な位置を多く確保した方が勝つ、要するに陣取りゲームに近かったという背景があったからだ。

 そして、その"コルドンシステム"を無駄と切り捨て、部隊の集中で敵軍主力を叩いて勝ちまくったのが、かの有名なナポレオン・ボナパルトである。部隊を一極化し、楔の様に敵陣を喰い穿ち、速さを持って敵を討ち破るのである。

 そのため、ナポレオンは攻城戦に関しても物資と補給が、何より時間が極端に必要になる事から無駄だと切り捨てたのだ。

 

………しかし、我々にはそんな戦力はない。そもそも一個中隊にも満たない逸れ兵力に、その様な戦法は不可能だ。そもそも展開したら一部隊素人2、3人と言う訳の分からん事になってしまう。これでは各個撃破どころか容易に包囲殲滅……つーか落伍した敗走軍だなこりゃ。実際そうなんだけどさ。

 つまり、我々は、その槍衾を突く事となる。かえる跳び作戦にも近いかも知れない。………いや、山賊の略奪か?

 これは只の軍隊であれば愚策となろう。しかし、我々が置かれている状態はいささか特殊過ぎるのだ。特殊ならば、特殊なりの新たな戦略の構築が必要となる。新しい兵器、新しい戦場、そして新しい秩序。これは、何もかもが新しい新世界への対応の第一歩となるだろう。

 

 話しながら時折吹く風に目を細める少尉。砂埃を巻き上げる風を目で追い、おやっさんも同じ様に遠くを見つめる。額に手を当て庇の代わりにし、翳り始め、紫を纏う日が沈み行く遙かな地平線を眺めている。ゆらゆらと揺れる陽炎の海に光を投げかける太陽は、誰にも平等だった。

 

「……綺麗、ですね。おやっさん」

 

 ポツリと言葉を零した少尉に、おやっさんは大きな笑い声で応えた。

 

「うははははっ。そんな歯の浮く様なセリフは、好きな女の為にとっとけや……ま、それには同意だ。美しいものは、美しい。それがなんであれ、な」

 

 話しながら、おやっさんが夕陽から"ザクII"へと視線を移す。戦争の道具であり、殺戮兵器である18mの巨人は、その緑色の装甲を赤く染めながら静かに膝をついている。果てなき大地、巻き上がる砂にも微動だにせず、燃え尽きる灰の中から生まれ出づるかの様だ。

 

 その姿に、少尉はアフリカのとある伝承を思い出していた。砂漠の民は、風がある紅い夕陽の刻、決して砂漠には出ないそうだ。

 砂漠の風(ジブリ)と共にやってくる"死神"の列に、魂を連れて行かれるから、と………。

 

「なんであれ、ですか……確かに、この"死神"も……」

 

 言葉を切り、"ザクII"を見上げる。シーリングが完了し、起動テストも終えた今、整備兵達が取り付き偽装用の幌を被せている。風にはためく幌は、死神の纏う外套に見えなくもなかった。

 

「"死神"?うははははっ。面白い事を言うな少尉は。この俺たちの"守護天使"(アークエンジェル)に向かって、"死神"だとは……うははははっ」

 

 おやっさんがポンと肩を叩き、そのまま手を振りながら歩いていく。叩かれた肩に手をやりながら、少尉はおやっさんを見送った後、紅く染まった"ザクII"を見上げる。

 当たり前であるが、身じろぎ一つせず、ただ主を待ち続ける姿は、美しい彫刻の様ではある。あるが………。

 

「──おやっさん……死神は、天使の振りをして微笑みかけるものなんですよ…………」

 

 誰に言うともなく呟かれた言葉は、風にさらわれ、陽の沈み行く砂漠へと溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 完全に日が落ち、気温がガクンと下がった。整備兵達は防寒の為コートを着て整備を続けている。が、それでも昼よりは楽そうだ。

 これからは移動などは夜だけにしようか……。見つかるリスクも下がるし、それに、闇夜に乗じて物資集積所を襲撃出来るかも知れない。お世辞にも戦力は高いとは言えないので、奇襲がこれからもメインとなるだろう。奇襲、闇討ち、夜戦、ゲリラ戦は戦争の常套手段だ。果たして、宇宙(そら)のシリンダーに住む宇宙人には理解出来るかな?

 

 仕事を粗方終え、少尉は伍長の様子を見に行く。見つけた伍長は、今度は整備兵の起した焚き火に当たりながら毛布に包まり丸くなっていた。ハタから見るとプルプル震えている毛玉に見える………。

 

「あ、少尉?どうかしました?」

 

 暖かな光が揺らめき、それに照らされた毛布が蠢き、中から顔だけをひょっこりと覗かせた伍長が首を傾げる。其の姿はペットキャリーに入れられた犬か何かの様だ。立ち竦んだ少尉は、困った様に頭を掻きながら口を開いた。

 

「……いや、なんか……」

 

 自由でいいね、と。少尉は喉元まで出かかった言葉を危うく呑み込む。てゆーか環境の変化に弱過ぎでしょ。元スペースノイドは分かるけどさ、地球(ここ)に来て何年よ?いい加減慣れ……られんかもう……。

 軽く息を吐き、呆れつつも顔にはださず、火に枝を焼べ、伍長の隣に座る。伍長が寄っ掛かって来るが、気に留めず火を調整する。風は止んだが、火は焼べる物が無いともちろん消えてしまう。種火が消えると厄介なのだ。

 

「寒いですねぇ。暑いのも寒いのも大っ嫌いですよ全く……はぁ~今日は疲れましたよ……な、なんか…ご褒美がほしいかな~って………えへへ」

「さいで」

 

──いや、何もしてないじゃん。一日を通して、って突っこんだら負け?寝過ぎて疲れたとかそーゆーヤツ?

ご褒美とか……何?腕ひしぎとかでいい?

 舞い上がる火の粉と煙を目で追い、そのまま星空に目をやる少尉。煙の中瞬く夜空は、星が降る様だった。

 

 パチリと火が爆ぜる音に満足し、薪を少しずらす。空気の通り道を微調整、燃え過ぎない様にする。火や煙が見つかる心配はなさそうではあるが、念のためである。

 

「……少尉、今…戻った……」

 

 声に少尉が振り向く。まるで溶け出したのかの様に、暗闇の中から姿を現したのは軍曹だ。鉄の悍馬に跨り、ひらひらと靡く布を被ったその姿は、まさしく荒野のガンマンだ。因みに軍曹の早撃ちは0.2秒前後らしい。次元よりはえぇじゃねぇかピースメーカー持って大道芸人でもやったらどうだ?

 

「おお!お疲れ様だ、軍曹」

「軍曹おかえりー。焚き火、一緒に当たろー?」

 

 手を振る少尉の目線に気付き、伍長も軍曹を視認した。伍長も毛布の中からちょこんと手を出し、小さく手を振る。軍曹は口元まで上げたスカーフを降ろし、薄く唇を緩め口を開いた。

 

「…そう、だな……夜の、砂漠は…よく冷える………」

 

 装備を置いた軍曹と3人で焚き火を囲む。軍曹は食べられるサボテンを持って帰って来たから食べようとしたらおやっさんも来た。やっぱこの人のセンサー凄いわ。見習いたいとは……まぁ、思わんが。

 

「結果はどうだった?」

「……ここから南南東へ、80kmの地点に……中規模の物資集積所が、あった……"ザクII"が、1機護衛していた……予備機も、無し…だ……」

 

 焚き火にあたりながら、少尉がおもむろに口火を切る。軍曹は地面に簡単な地図を描きながら応えた。かなりわかりやすくまとまっており、伍長は覗き込んでいる。

 

「1機か、妙だな。罠か?」

「その罠、かける相手がいるんですかね、今の連邦軍の戦力じゃとても…」

「どう()るの?迂回で()か?」

 

 疑うおやっさんに、片眉を上げる少尉。そこに伍長がサボテンにむしゃぶりつきながら言う。口の周りがベタベタだ。それに、食べながら喋るなよ。

 食事のマナーは大切だ。シノハラさん的にはそれ結構マイナスですぞ?全く………。

 

「いや、軍曹も帰って来た。準備が出来次第、ミノフスキー粒子を散布しつつ出発、明日明朝、敵の物資集積所を奇襲する」

 

 少尉はそう決断し、砂地に指で絵を書きつつ説明する。よく冷えたさらさらの砂が心地良い。その分あちこちに入り込んで身体中ザラッザラだけどな。シャワーの排水口も後で掃除、点検すべきだな。

 

「MS同士の戦闘になるな。よし、戦闘プログラム、仕様、モード、FCS、IFFなどを再チェックしておくか……」

「……少尉、その110km奥に……他の集積所が、あった……増援の、危険がある……」

 

 軍曹が枝を使い砂の上に書き足す。それを目で追いつつ、少尉はさらに考えを巡らせる。

 

「む」

「そこからの増援を考えてのか…その距離なら光ファイバーも敷設出来る、増援の到着も、MSなら十分過ぎる位に早く戦力を送り込めるしな…」

「ん~、んむ…ぷはっ…軍曹ありがと。なら切っちゃえばいいんじゃないですか?」

 

 手を伸ばし、書き込まれたラインを伍長が指でバッテンを重ね書きする。ミノフスキー粒子以前に、軍隊は確実性と信頼性を重視し、枯れた技術を用いる事が多い。有線はその最たる例だ。少尉もこれまでの作戦に多く用いていた。

 伍長の提案に、おやっさんが矢印を書き加え反論する。

 

「伍長、もし切ったら切った事がバレるだろ?」

 

 あ、声を出し、納得した様子で伍長が手を打つ。そこに軍曹と少尉が補足する。

 

「……その為の、だな………」

「そーゆー事。大規模回収なら泥棒にも見せかけられるが……ここにそんなもの好き居ない上、時間もないから偽装も出来ん」

「…あ、お洋服が……む、えーっと、やめて迂回した方がよくないですか?」

 

 ベタベタにした口の周りを軍曹に拭ってもらった伍長が言う。結構好戦的な伍長にしては弱気な意見であるが、冷静で至って普通の判断である事に若干の感心を覚える。

 正常の判断ならそうだろうな……こちらはあまりにも戦力と呼べる物が少ない。攻城戦では攻撃戦力は防衛戦力の3倍がセオリーだ。頭数こそまぁ張り合えるが、と言うところだ。正直無理がある。

 

──が、しかし……。

 

「ならばこそ、だ。迂回中に見つかったら、その2部隊から攻撃される。ならば、一隊ずつ相手取る方がマシだ」

 

 砂に書かれた作戦図を叩き、目の高さまで手を持ち上げ、砂を握りしめつつ少尉が言う。ここが正念場だ。時には強気に出て、部下を安心させる事も必要だ。少尉はそのまま力強く続ける。

 

「俺が先頭に立ち、敵陣に斬り込み突破しつつ、もう一つも崩し墜とす。これが俺たちの退路だ」

 

 その目は真剣そのものだ。少尉自身も覚悟を決めている。こちらは常に背水の陣なのだ。退却ではあるが、眼前の立ちはだかる敵は、打ち破らなければ前には進めない。挟撃を、全滅を避けるためには、進み続けなければならないのだ。

 

 そう、ここが俺たちの烏頭坂、篠原(・・)の退き口だ。

 

「そうだな……連戦になるかも知れないが。戦いは基本的に数で決まるからな…」

「一斉に攻撃されたらたまりませんしねー」

 

 伍長とおやっさんは承諾した様に頷く。少尉は軍曹に顔を向け、判断を仰いだ。

 

「軍曹はどう思う?」

「……少尉に、賛成…だ……」

 

 コーヒーを片手に軍曹。気がついたら人数分入っていた。ゆっくりと立ち上がり、喋りながら軍曹が地図を消した。

 

「……一つ目は…電撃戦で……二つ目は…敵の、出方を伺い……待ち伏せ、迎え撃つか。勢いと、共に…撃砕する……」

 

 書き込まれ過ぎてぐちゃぐちゃになった地図を軍曹が整理して書き直す。それと同時にコーヒーを渡し、自らも一口飲んだ。コーヒーの匂いがふんわりと広がり、白い湯気が少尉の顔をくすぐった。

 

「ありがとう。すまん」

「お、どうもな」

「おいしーです!ありがとうね軍曹!」

 

 少尉はお礼を言ってコーヒーを受け取る。軍曹はそこで一拍置いてまた喋り出した。

 

「……だが、一つ、気になる事が、ある……」

「何だ?」

「UFOの着地跡でもあったの?」

 

 焚き火の火がまたパチリと爆ぜる。

 その音に軍曹を除いた3人が反応し、空気の流れが変わった。

 軍曹はそれに気を少しも留めず、伍長のアホ発言も無視し続ける。

 

「……偵察時、遥か南西であるが……煙が上がっていた……」

 

 眉をひそめる少尉とおやっさん。伍長は小さく首をかしげた。

 少尉は焚き火に小枝を焼べ、灰をかき混ぜつつ口を開いた。目は巻き上がった灰を追っている。

 

「煙………?戦闘のか?」

「どーゆー事です?味方がいるってことですか?」

「判らんな。何とも言えん」

 

──煙、か………。何とも言えんな。憶測はよく無い。

……が、火の無いところには何とやら、だ。確実に警戒する必要が……いや、連邦軍の可能性は限り無く低そうではあるが………。

 

「……反乱か、同士討ち……または、友軍の可能性……アリ、だ……」

 

 軍曹の結論に少尉は立ち上がり、準備の為に動き出す。おやっさんも既に立ち上がって砂を払い、伸びをしていた。軍曹もコップを回収し焚き火の後始末に入っていた。

 

「分かった、考えておこう…………、友軍、か……?

よし、おやっさん!移動開始だ!!軍曹は、休んでおいてくれ」

「わたしもそろそろ眠くなって来ました………」

 

 お子ちゃまには……ってまだフツーに……お腹いっぱいで眠くなったか?

 少尉はまた呆れつつも船を漕ぎ始めた伍長を揺すり、寝ぼけ眼を半開きにさせる。トロンとした目を向けた伍長は、しばらく目を開けて何か呟いていたが、ゆっくりとまた目を閉じてしまった。

 

 焚き火を丁寧に消し、その跡を消毒(隠蔽)しつつ、少尉は軍曹に呼びかける。

 しかし軍曹は静かに首を振りつつ必要ないと告げ、続けてこう言った。

 

「……いや、先導する……」

 

 その言葉に少尉は驚きを隠せなかった。いつ寝るつもりなのだろうか?空を見上げた限り、夜はまだまだ続きそうだ。月は傾きかけてはいるが、暁は欠片も見えない。

 輝く星に混じり、流れ星や閃光が時折混じる夜空は、何百人、いや何千人の命を吸い込みこの色なのだろうか?深い群青色に混じる輝きは、ラピスラズリの様だった。

 

「戦闘には軍曹が必要なんだ。少しでも休んで欲しい」

「……命令、なら…」

 

 軍曹の応えに、少尉は溜息をつく。頭を掻きながら、少尉はきっぱりと応えた。

 

「──なら、命令だ」

「…了解……命令には、従う…」

 

 敬礼する軍曹に敬礼し返し、歩き出そうと…上着がぐいと引っ張られた。視線を落とすと、その先では伍長が裾を掴んでいた。座り込んだまましなだれかかり、動こうとする気配は微塵もない。

 

「……おやすみなさい…」

「あっこら伍長ここで寝るな!!」

「うははは!よっしゃ、あいつらと話つけてくるわ。メンバー選抜頼んだぞ?」

 

 少尉の叫びに反応し、帰って来た軍曹が笑い声を上げる。その言葉に何とか応え、少尉は伍長を抱き抱えた。軽い。

 軍曹は既に全てを終え、静かにいなくなっていた。存在感は凄いのに、気配を消す能力は凄まじいの一言だ。

 

「はい。おやっさんもお疲れの出ません様に」

 

 伍長を抱えつつ敬礼し、背負い直した少尉はトラックへと引っ込む。上着を離そうとしないため上着を脱ぎ伍長ごとベッドに寝かせ、少尉はそのままの足で"ザクII"の元へと向かう。

 

 コクピットに乗り込み、"ザクII"を操作しトレーラーに寝かせる。仰向けのまま、キャットウォークが動き出す音をボンヤリと聞いていた。整備兵にはここにいると声をかけ、開け放たれたコクピットハッチを通し夜空を見上げる。

 

「……?星が……」

 

 少尉の見上げる夜空の、光を投げかける星々は不規則に揺らめき、ブルブルと震えている。まるで夜空全体がはためき、振り落とされるかの様だ。何故?と思う前にコクピットハッチのエッジ部分も揺れている事に気づかされる。

 

「…なんだ………」

 

 揺れているのは少尉の方だった。より正確に言えば、トラック群のエンジン達が始動し、その微細な振動が増幅されたのだ。少尉は小さく含み笑いを漏らし、狭いコクピット内で伸びをする。

 

──タネが割れればこんなものか……タネ、タネが割れる、か………。

 

 かくしてトラック群は移動を開始する。砂埃をあげ激しく回転するホイールは軋みを上げ地面を揺らし、力強くトラック群を前へ前へと進めて行く。零れ落ちそうな夜空の下、砂を蹴立て走るコンボイは、旧世紀、かつて砂漠を渡っていたキャラバンの様だった。重く低いモーター音は砂漠の静寂をかき混ぜ、そこに人の営みの跡を刻むも、残される轍は吹き荒ぶ風に消えて行く。

 その心地良い振動に身を任せつつ、少尉は明日の作戦に思いを馳せる。

 

………よく考えたら俺らの考えと行動はゲリラとか山賊と変わらないな………。

 一応は正規兵の部隊なんだがなぁ……生き残るためならヤるけど。

 

 砂埃が入り込んでは一大事と、コクピットハッチ閉鎖ボタンを押し込む。コクピットハッチが完全に閉鎖し、密閉が完了するその瞬間まで、少尉は空を、その先に広がる宇宙(そら)を見上げ続けていた。

 

 

 

──U.C. 0079 4.24──

 

 

 

傾注(アテンション)!!」

「おはよう諸君。早速だが、作戦の概要を説明する」

 

 朝早く、日もまだ出ないうちに移動を完了し、展開したトラック群の前でブリーフィングを行う。隣の軍曹が声を上げて注目させる。視線が集まってくるのを肌で感じつつ、少尉は並んだ整備兵達の前に立ち、腹から声を出す。やや慣れ始めたとは言え、その声にまだ余裕は無い。

 

 目前を隅々まで見渡すと、集まった者たちの中にはあくびを噛み殺している者も少なく無い。それも仕方がないと言えばそこまでであるが、今回は少尉の緊張をやや緩める結果となった。少尉はそのまま、それを無視し声を張り上げる。

 

「我が旅団は、○三○○(マルサンマルマル)より進軍を開始し、◯三四◯(マルサンヨンマル)よりこの先のポイントゴルフ28にある敵物資集積所を襲撃する。先ず、俺が"ザクII"に乗り先行、それを擬装した"ロクイチ"、"ラコタ"、"ヴィークル"で追う。その後、俺が敵とコンタクトを図り、敵の油断を誘う。そこを軍曹が"ロクイチ"で狙撃、敵が混乱したその隙に俺が接近し敵の"ザクII"を撃破する。

 敵の主戦力はMS1機に"マゼラ"のみだ。それらが無力化された後、"ロクイチ"、"ラコタ"、"ヴィークル"隊は敵陣突破楔形陣(パンツァーカイル)で突入してくれ。敵に情けはかけるな。特に今回は捕虜も必要ない上、生かしたら更に悲惨な結果になるだろう。しかし撤退するものには深追いはするな。常に自軍の損耗を考慮に入れつつ戦闘を行うんだ。何か質問は?」

 

 いつもと違いやや騒ついているが、明確な声は上がらなかった。

………いつ聞いてもないな。コレ。無駄じゃね?つっても、無くしたら無くしたで困るんだろうけど………。

 

──まぁ、よし。後は、ヤるだけだ。

 

「作戦は日の出と同時に行う。"夜明けの電撃戦"(ドーン・ブリッツ)だ。各位の奮戦に期待する。以上だ………

      ──解散(ブレイク)

解散(ブレイク)!各員、準備せよ!!」

 

 整備兵達は敬礼後解散し、各々の持ち場へ散って行く。その中で1人、少尉は座ってどう集積所に近づくか考える。

 

 敵味方識別信号(IFF)出しつつ歩いて行くか?しかしIFFが更新されていたら終わりだ。偽の看板を抱え、間抜けヅラを晒しながら近づいて来たなら、問答無用で撃ち倒すだろう。誰だってそーする。俺だってそーする。呼び掛けるのも嫌だ。それこそバレるだろう。

 

「少尉ぃ~」

「どうした?って眠そうだな……」

 

 伍長がフラフラとやって来る。目は半開きだ。おそらく殆ど夢の中だろう。ブリーフィングでもゆらゆらしてたし……。伍長はそのままの足取りで少尉の隣に座り、肩にもたれかかる。

 

「はいぃ。そうです……夜更かしは、びよーの敵なのに……」

「もっと脅威な敵がいるからなぁ…」

 

 なんかじんわりと感じる暖かさに少尉が身動ぎすると、伍長もくすぐったそうに身をよじった。これは……寝る態勢だな……なんかあったかくなって来てるし………。

 

「……………ふ~………」

 

 息を吐き出し、伍長から目を逸らし、空を見上げてボンヤリと思う。そう言えば前もこうゆう事あったな。あの時は基地内のバーだったが……。静かだなと思ってたら壁に寄りかかって目を薄開きにしてんだから……全く……世話の焼ける……。

………ホント軍隊向いてねぇな伍長。働いて無いのに疲れているのか、寝息を立て始める。

………出撃まで5時間切ってんだけど……やっぱ17歳だしな……。

 

「……少尉……」

「軍曹!あ、ありがとう…」

 

 そこへ軍曹がコーヒーを持ってやって来た。コーヒーを渡しつつ隣へ座る。その身のこなしに一切の無駄は無く、眠気なども一切感じさせない。

 コーヒーがふわりと立ち上らせる湯気を胸いっぱいに吸い込み、その匂いを堪能する。それだけで目はパッチリだ。両手でカップを持ち、冷えた手を温める。一口口に含んで、ゆっくりと飲み下す。身体をじんわりと温める熱に心地よさを感じ思わず微笑んだ。そのまま隣の伍長を見下ろし、軍曹に提案する。

 

「………伍長、どうする?置いてくか?」

 

 顎をしゃくる少尉に、軍曹は軽く首を振り、手の中のカップを軽く揺らしながら口を開いた。

 

「……"ロクイチ"の、シートに座れば……すぐ起きる………いつも、そうだ……」

「……分かった…」

 

 ため息をつきつつ空を見上げる。草木も眠る……だっけ?周りに草木は無いが………やや深みが薄れ始めた空に、星は、静かに光を称えて輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 空が白み始め、重い夜のカーテンが開け始める。

 

 陽の照らす、紫色を讃える大地は熱を吸収し、急速に気温を上げて行く。

 

 夜の帳よ、さようなら。真新しい、硝煙が漂い、火花が飛び散る一日が始まる。少尉は一度立ち止まり、薄く明るくなり始めた空に目をやる。軽く目を細め、顔を背けた少尉は頬を張り、コクピットハッチを潜り滑り込んだ。

 

 "ザクII"に乗り込み、一度手を組み、深く背もたれにもたれ掛ける。目を閉じ、深呼吸をする。

 

 眩しい光が、稜線の彼方から照らし出す。金色の暁の中、"ザクII"を先頭に様々な車輌が入り乱れる一団を浮かび上がらせる。長く尾を引く影をそのままに、少尉は口を開いた。

 

出発時間(タイム・トゥ・ゴー)だ。全車、前へ」

()()

 

 敵物資集積所へ向かってゆっくり歩を進める。対地センサーを頻繁にチェック、更新し、それと同時に歩行モードも変更して行く。ここは戦場だ。隙を晒した者から死んでいくのだから。

 

作戦エリア(AO)だ。各員、無線を受診に切り替えろ。戦闘可能態勢(CR)に移行」

()()

 

 少尉はIFFを起動、発信する。あんまりやりたくない。もし捕まったら捕虜として扱ってもらえんだろうなぁ……。

 負ける気はサラサラ無いが、脳裏をチラリと最悪(・・)の事態が通り過ぎては消えて行く。かぶりを振ってそれらを頭から締め出し、操縦桿を強く握り直す。

 

 レーダーに感あり(コンタクト)レーダーにより目標発見(ターゲット・マージ)合成開口レーダー(SAR)が捉えた機影は、"ザクII"だ。

 

──ザ…と通信機が音をだす。レーザー通信によるコンタクトがあった。

 ミノフスキー粒子濃度は5%。決して高くは無く通常回線も使用可能であるが、念のためなのだろう。

 

 敵機視認(エネミー・タリホー)。"ザクII"だ。敵もこちらに気づいており、警戒しつつ、ゆっくりと歩み寄ってくる。

 

《そこの"ザク"!止まれ!!所属の部隊名と所属コードを言え!》

 

──言えるわけねーだろ、知らねーよ。

………そんな態度、欠片でもおくびに出すワケにはいかないが……。

 通信には出られない。ボロを出すのが関の山だ。

 

「……アルファ1、エンゲージ………」

 

 小さく呟き、"ザクII"を操作、大きく手を振る。トリガーロック解除、セレクターを操作、フルオートに。ランプが点灯し、『メインアーム レディ主兵装 射撃可能』と表示される。マニュアルでFCSは起動しない。しかし目視による簡易照準機能のみ作動させる。これは命中率は下がるが、赤外線などを照射しないため敵にロックオンマーカーが出ないのだ。ここで敵を刺激しても仕方が無い。自分はジオンの対応マニュアルを知らない。これは賭けだ。

 

《……レーザー通信機の異常か?》

 

 向こうが勝手に判断してくれた。大きくもう一度振る。気持ち歩を強め、少しでも距離を詰めて行く。確実に仕留める必要があるのだ。それならば近づくに限る。こーゆー時は慌てた方、ビビった方が負けだ。ならば強気で出るしかない。

 

《……その場で待機。少しでも怪しい行動をしてみろ、蜂の巣にしてやる》

 

 それは勘弁蒙りたいな。つーか物騒な。

………まぁ、疑われて当たり前だわな。砂漠からひょこり友軍機が帰って来て、通信機異常なんていったらそら疑うわ。でも、こっちは"ザクII"(最新兵器)、何故、疑われた?

 

 目の前の"ザクII"がゆっくり近づいて来る。お互いの距離が100mを切った。

 

 陽が稜線を越え、強い光を放つ。それと同時に強い風が吹き、砂が舞い上げられ渦を巻く。

 

 激しい光の中、その中に描き出される黒いシルエットは、やはり"死神"にしか見えなかった。

 少尉は無意識の内にゴクリと唾を飲み込んだ。引鉄に指をかけたくなるのを必死で押さえ込み、じっと待つ。

 

 その時、視界の隅で一瞬何かが光った。目の前の"ザクII"に、軍曹の放った155mm二連装滑空砲が直撃する。相変わらずの腕だ。といっても距離は"ザクII"の有効センサー範囲ギリの4km前後だ、有効打にはならない。遅れて響く音は、その距離の長さをありありと示している。

 

《な!?なんっ……》

 

──が、よろけ、そちらに向き直ればそれで十分だ。後はこちらの仕事。

 

「せめて武器は置かせろよ。中途半端な……」

 

 射点の方向へ振り向いた"ザクII"の無防備な脇腹に、少尉の乗る"ザクII"が"ザクマシンガン"を叩き込む。対艦攻撃用に開発され、調整された120mm弾の暴風が吹き荒れ、目の前で炸裂する。それは被弾と云うより、もはやデタラメに殴りつけるという表現の方が相応しい散り様であった。至近距離から胴体にしこたま120mm弾を食らい、"ザクII"はまるで踊る様にその機体をデタラメに震わせる。

 目の前で滅茶苦茶に砕け散る装甲をディスプレイ越しに確認し、少尉はようやくトリガーから指を離す。破口から黒煙を上げ、まるで内側から食い破られたかの様にボロボロのハチの巣になった"ザクII"が、がくりと膝を折る様にして倒れ伏す。核融合炉が誘爆しなくてよかった~。

 

 胴体の殆どが破壊され、ピクリとも動かないが……念のためと、まだ硝煙を上げる"ザクマシンガン"を持ち上げ、弾丸をコクピット周りに数発撃ち込んで行く。腕部、脚部の被弾はほとんどない。跳弾程度だ。よかった。おやっさんにドヤされる心配はなさそうである。予備パーツの確保は基本的に現地調達なのだ。

 

敵機撃墜(ワン・ダウン)!今だ!!行くぞ!!」

()()()()

 

 騙し討ちで"ザクII"を倒した少尉は、インカムに成果を叫ぶ。そのままの勢いに任せ、機甲部隊を伴い敵物資集積所に突撃する。

 

 最大速度で"ザクII"を走らせ、助走とする。そのままの勢いでフットペダルを思い切り踏み込み、フルスロットルでスラスターを吹かし跳躍する。身体全体に、のしかかる様にしてかかるGに歯を食いしばって耐え、最高到達点で機体を操作、手足を振りAMBACを行い機体を安定させる。そのまま上空から最も脅威となる敵、"マゼラ・アタック"に狙いをつけ、フルオート射撃を敢行する。轟音と共に吐き出された火の玉は、重力加速を得ながら目標に殺到した。

 

 眼下で120mm弾を受け、バラバラになり吹き飛ぶ"マゼラ・アタック"。敵は突然の奇襲にパニックを起こし走り回っている。太陽を背にし自由落下に移った"ザクII"は、それでも射撃を止める事は無い。

 地表が近づき、コクピット内に警報が鳴り響く。スラスターを再噴射、周囲の敵兵を焼き殺しつつ強引に着地、そのまま目につく車輌を片っ端から破壊して行く。足元の歩兵は残骸を蹴飛ばす事で巻き込み轢殺、圧殺する。爆炎の中、暴れまわる"ザクII"に、敵は有効打を与える事が出来なかった。

 

 スラスターによるかえる跳びは確かに早いが、機甲部隊が置いてけぼりだ。"ザクII"に対人機銃はついていない。だが歩兵に対し"ザクマシンガン"ではオーバーキルだ。しかし対戦車ロケットランチャーを食らう可能性があるため、効率良く歩兵を掃討出来る機甲部隊を迎えに行く。装甲の比較的薄い背面部を狙われない様、威嚇射撃を行いながら下がって行き、最後はスラスターを噴かし跳躍する。

 

「アルファ1よりブラボーチーム、チャーリーチームへ。"ザクII"、"マゼラ・アタック"は潰した。制圧頼む」

《こちらブラボー……了解……合流は75秒後を予定……》

《急ぐから待っててねー》

《こちらチャーリーリーダー了解。ヤツらのケツに火ぃつけたるぜ》

 

 着地し、立膝をついて"ザクマシンガン"を撃つ"ザクII"を遠巻きから取り巻く様に、到着した"ラコタ"、"ヴィークル"が重機関銃を放ち、その援護の下歩兵が展開、制圧を開始する。"ロクイチ"はまだであるが、その仕事は"ザクII"が行っている。走り、身を隠し、敵を撃ち倒していく整備兵達はもう一人前の歩兵になっている。頼もしい限りだ。

 時折、カンカンと金属を叩く軽い音と共に、装甲表面のセンサーが小口径弾の着弾を知らせて来る。必死の抵抗らしく、散発的にこちらにも攻撃が来るが、小口径弾で貫ける様なヤワな装甲では無い。しかしこちらは、陰に隠れたつもりでいる敵の集団に一発セミオートで撃ち込めばいい。"ザクマシンガン"の砲弾は障害物など御構い無しに目標を撃砕し、鉄屑と挽肉に変える。簡単なお仕事だ。

 

………実に、簡単だ……。

 

「アルファ1より本部(HQ)へ。おやっさん、コンボイを移動させ始めてください、その後40km地点で待機お願いします」

 

 後方のセンサーが、"ロクイチ"が到着した事を知らせる。少尉は振り向く事なく援護射撃を続け、状況を有利に傾ける事に徹していた。前線の整備兵達の指示通り、レーザーでペインティングされたところに"ザクマシンガン"を撃ち込むのだ。滑り込んで来た伍長、軍曹の"ロクイチ"もその作業に移る。そう、作業だ。

 

《よし来た!少尉はどうする?》

「"ロクイチ"と"ラコタ"を伴い、更に前進、もう一つも潰す予定です」

 

 一度言葉を切り、少尉は機体を軽く旋回させ、モノアイを動かし、遙か地平を眺める。何の変哲もない稜線と砂のみがあるだけだが、それを越えた先には敵の物資集積所があるのだ。今回増援が懸念される第二の集積所である。

 

《了解!気をつけろ、決して気を抜くな》

「了解!軍曹、伍長!ついて来い!前進する!」

《…了解……》

《あーいさー!》

 

 駆動音と共に立ち上がり、走り出す"ザクII"を先頭に、"ロクイチ"、次に"ラコタ"と縦に並んで砂漠を85km/hで疾走する。"ラコタ"には無理だが"ロクイチ"には十分随伴出来る。そのギリギリの速度を維持しつつ、なるべく砂埃を立てない様に気をつける。

 少尉は機体を走らせつつ、コンソールを叩き歩行モードを変更して行く。地面の質が変わって来たのだ。砂砂漠から岩石砂漠へと、かなり地盤がしっかりし始め、砂山も無くなって来た。少しずつではあるが細い木も見られる様になってきた。

 

 それにしてもだだっ広い平野だ。何も無い。後腐れ無く暴れる事が出来るため、戦車やMSが、最も得意とする戦場だろう。

 

《何か、手慣れてきましたよねー》

「そうだが、気を抜くな、今が一番危ないぞ?慢心は身を滅ぼす」

 

 "ロクイチ"を走らせる伍長が、余裕の表れか口を開く。少尉が伍長を諌めるが、正直少尉もそう思う節が無いわけで無かった。敵に回すと恐ろしいMSであったが、実際に乗り込み駆っていると、これ程頼もしい存在はそう有りはしないだろう。それは伍長も同じはずである。だからこその言葉であった。

 

《……そうだ。伍長は……気をつけるべき……》

《……はーい、でも、少尉もだいぶ"ザクII"に慣れてきましたよねー》

「……まだまだだよ」

 

 少尉はミノフスキー粒子濃度を表すインジゲーターを眺めつつ、また操縦桿を握り直す。湿った音で、グローブが汗でじっとり濡れている事に気づき、手早く交換する。それと同時に、身体全身が強張り、かいた汗で濡れている事に気づいた。

 

 それほど緊張していたのだ。フッと力を抜き、コクピット環境コントロール・システム(CECS)を調整する。額の汗を拭い、また目前のディスプレイに集中する。

 これが、少し余裕が出て来たって事なのか、ふと思う。

 

《私は戦車大好きですけど、MSもいいかもしれませんねー》

《……せめて、後2機。……一個小隊……欲しいものだ……》

 

 伍長の言葉に、珍しく軍曹が嘆息し続けた。

 確かに軍曹の言う事は最もである。MSの性能は高いが、弱点が無いわけでも無く、他の兵器との連携をは必要不可欠だ。しかし、現在において他の兵器群がMSの性能についていけず、その高い性能を持て余す結果となっている。もっと効率良く、効果的に運用する為には、MSの絶対的な数が足りていなかった。

 

「このまま続けたら、まぁ、もしかしたら出来るかもな……」

 

 それまでに戦争に負けてさえ無ければ、な。

 思わず上を見上げ、"ザクII"がそれに倣う。スクリーンに映し出される青い空は、何の変哲も無い様子であるが、今は見えない宇宙(そら)の輝きに、少尉は目を細める。一度頭を振った少尉は、油断無く周囲を見渡した。

 

《楽しみだねー!》

《……無駄口は、そこまで……》

 

 伍長の声に、他の整備兵達も忍笑いを始めていた。しかし、整備兵達は今も尚危険の側にあり、少尉達も危険へと飛び込もうとしている。軍曹が静かに口を開き、少尉がそれに賛同した。

 

「そうだな」

《…………はーい…》

 

 コクピット内にビープ音がなり少尉に注意を喚起する。反射的に顔を起こした少尉はインジゲーターに目をやると、ミノフスキー粒子濃度が高まっていた。軽く頬を張り気合いを入れ直した少尉が改めてスクリーンを睨み付ける。

 

「敵物資集積所に近づいた。速度を落とせ」

()()

 

 移動速度を落とし、10km手前からは、だいぶ少なく、そして小さくなった砂漠の稜線に隠れつつゆっくり前進する。もうMSが身を隠せる様な地形は殆ど無い。少尉は操縦桿のセーフティを解除した。

 身を隠し、ゆっくりと進む"ザクII"に"ロクイチ"も追従し、ジリジリと敵物資集積所へと距離を詰めていく。現在のミノフスキー粒子濃度は45。先程までとは打って変わって、段違いな濃度だ。開けた土地で効果を最大限に発揮出来るレーダーも、ノイズだらけとなり殆ど仕事をしなくなる。精々幽霊(ゴースト)の影に怯えてくれていればいいんだが……。

 

…8km、6kmとゆっくり距離を詰めて行く。意味は無いと言えど、少尉は息を殺し、歩を進める。重たいプレッシャーが少尉の喉を締め付け、浅い呼吸を繰り返させる。敵はいつ気づくか判らない。その時、対応が出来るのか……?

 

 

 

──5kmまで距離を詰めた時だった。

 

「!!」

 

 突然、轟音と共に目の前の物資集積所から火の手があがる。勿論、こちらは一切攻撃していない。少尉は呆然と、降って湧いた衝撃と立ち上る黒煙に、完全に度肝を抜かれていた。

 

《少尉!!》

 

 混乱する少尉に伍長が叫び、現実へと引き戻す。しかし、少尉の頭は依然として混乱したままだ。どうする、何が起きている?何が最善だ?敵は?味方は?位置は?

 

 何もかもが不明だ。訳が判らない、事故か?それもあるかも知れない。考えろ、考えるんだ。何がベストか。

 

 爆音がまた響く。今度は違う方角からだ。状況は転がり始めている。

 少尉は"ザクII"を操作し、低姿勢を取らせる。そのまま後ろを振り返り、待機している"ロクイチ"に目をやる。キューポラから身を乗り出し、心配そうな情けない顔でこちらを伺う伍長、軍曹は顔を見せず、周辺警戒を怠ってはいない。頼りにされ、信じられている、それには応えるべきだ。どんどん上がっていくミノフスキー粒子濃度も問題だ。

 

 コクピット内は適温に保たれているが、緊張から汗が頬を伝わり顎から垂れる。それを乱暴に袖で拭いつつ、少尉は決断を下す。この判断がどうなるかは、後で歴史が判断してくれる。今は、そう、行動すべきだ。常に最優先事項を考え、臨機応変に。迷うな、戦いはまよったら負ける。なら、俺は迷わない。迷わず最善を目指す。後悔と休憩は死んでからってね。

 

──何が起きてるかはまだ判らない。しかし、利用しない手はない!不確定な方が、未来に希望を持ちやすいのよ!!

 

「…………是非も無し…混乱に乗じて突入だ!伍長!軍曹!離れるな!」

《り、了解!!》

《……了解。そう、だな…戦場では、次を…考えない方がいい。2の手…3の手だけ、だ。…必要なのは…》

 

 

 

 事態は、走り出した。

 

 

 

『いつ、如何なる状況下でも、冷静に、流れを見極め、波に乗れ。それだけだ』

 

 

戦況が、変わって行く………

 

 

 

 

 




……キュイとサムソン、使おう使おうと思っていてタイミング外しました。

サムソンはともかく、キュイは名前といい形といいあれ程面白いスペースノイド然とした奴はないのに……勿体無いことしたな。ところで、キュイってあれ両脇のアレ伸びるのかな?

MSが出るとそれ中心に回ってしまうので、ものすごく書き辛いです。

やっぱ部隊に一機だけの特殊兵器は扱いに困る。ネェルアーガマがロンド・ベルではみ出るワケだ。

次回 第十一章 蜃気楼との邂逅

「それしかない。もし死んだら撤退しろ。旅団は任した」

アルファ1、エンゲージ!!

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