機動戦士ガンダム U.C. HARD GRAPH 名も無き新米士官の軌跡   作:きゅっぱち

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やっとこさグレートキャニオン編終了です!!

もっとポンポン進んで、書くこと無くなるんじゃ……という始めの懸念が吹っ飛んでます………

終わるかな?コレ…………。


第九章 コロラド河水中渡河作戦

人類の歴史とは、戦争だ。

 

野生動物、自然環境との戦争から始まり、

 

食料、領土、自意識、誇り、思想をかけて人は争い続けて来た。

 

同時に、敵より優れよう、敵より勝ろうと試行錯誤を続け、文明を生み出して行く。

 

技術の発展だってそうだ。

 

加速的に大規模化して行く戦乱が、科学の飛躍的な進歩を促して行く。

 

その無限の円環(メビウスの環)の、終わりを知る者は、居ない。

 

 

 

──U.C. 0079 4.18──

 

 

 

 轟音が辺り一面に響き渡り、頼り無く立ち竦む少尉を揺らす。少尉の顔は被っている軍帽の庇が陰をつくり、その表情はうかがいしれない。隣に立つ軍曹は双眼鏡で周囲を見渡し、伍長は惚けた様に座り込んでいる。頭を内側から揺さぶるようなその音に頭をぼうっとさせながら、少尉はただ一言呟いた。

 

「ここしかない、って………」

「そんなの、あんまりだよ。こんなのって、ないよ……もー!!」

 

 二の句を継げない少尉に、伍長が足元の石を拾い上げ、前に向かって放り投げつつ続ける。空を舞う石は河へと飛び込む前に斜面へ落ち転がり、音を立てて草むらへと消えて行く。

 伍長が手を振り上げ、投げようとした3個目の石を軍曹が手で制する。双眼鏡から目を離し、軍曹は少尉に向き直った。

 

「……他は、崩れて……近づくのも、危険だ……」

「おやっさぁーん!UAVでは、ここがって?」

「あぁ……」

 

 珍しく申し訳なさげなおやっさんに、少尉はもまた申し訳なさげになる。青い空を切り裂くかのような太陽光線と、それを反射しキラキラと光を放つ河の反射光に誰もが手を掲げ目を顰めている。正午を少し過ぎ 、上がりきった気温と太陽がさんさんと照る中、一行は予定渡河ポイントに到着した。

 草木が殆ど見えず、荒涼とした大地を引き裂くかの様にその姿を晒す大河は、悠久の刻を感じさせる雄大さで少尉たちの前にその姿を誇示していた。

 

 少尉は右腕にちらりと一瞥をくれる。巻かれた腕時計は一三三○(ヒトサンサンマル)を刻んでいた。真上からやや傾いた太陽がジリジリと照らし、トラックを降り立ち大河の縁へと走り寄った少尉にじんわりと汗を滲ませる。湿度こそ高くはないため不快ではないが、やはり暑い事には変わりない。額から流れ、頬を伝う汗を軽く拭い少尉は、目を瞑って太陽を見上げる。目を瞑っても差し込んでくる日の光は、まぶたの裏側を真っ赤に染め上げ、少尉に少尉自身が生きている事を伝えていた。

 

──時間のみは予定通りだったんだ、が………。少尉はしゃがみこみ、転がっていた土塊をつまみあげすり潰す。乾いた土は手の中であっけなく潰れ、サラサラの砂となりまた地面へと還って行く。足元ではしゃがんだ拍子に崩れた土が、砂煙を立てながら土手を滑り落ちて行く。

 

──………マジか……と思いながら目の前の濁流を見る。つーかナニコレ?海?軽く水平線が見えるんすけど?本日は晴天なれど波高し。つーか外国の河って、流れが緩やかだったんじゃないの?何が日本の川は滝だバカヤロー。それなら目の前のコレは天動説の世の果てだろ。

 

「………ま!でも………へぇ~!!ここがあの有名な!!初めて見ました!!来たかったんですよ~ねー少尉!凄いですねぇ!!ヤッホー!!」

 

 少尉の隣では、先程のしょげていた様子はどこへやら、頬を紅潮させた伍長が叫び、軍曹はナイフで足元の地質を確かめつつ伍長を諌める。

 伍長によって半強制的に現実に引き戻された少尉は大きく一つため息をつき、眉をひそめつつ頭痛がして来たこめかみを人差し指で掻く。頭痛が痛い(・・・・・)とはこう言う事を言うのだろうか、あまりの事に泣けてきそうである。この頭痛は温度や日の光の所為じゃあないだろうな、全く……。

 

「……伍長、よせ……それに、ここは"モニュメント・ヴァレー"では…ない……」

「えっ!?そうなんですか!!ならここは誰!?私はどこ!?」

「あーっ!!チクショー!!ここは地球だったんだぁ!!」

 

 騒ぐ伍長に触発され、同じ様に叫び出す少尉。軍曹はもはや何も言わず、ただ小さく肩を竦めるのみだ。最悪に近い状況にあるのにも関わらず、ギャーギャーと騒ぐ2人の様子を、不思議そうに眺めているのは3匹のリスだ。1匹は伍長の大声に驚いたのか引っ込んだが、残る2匹はまだ興味があるのか、そろりそろりとこちらを凝視している。

………かわいい。

 

………じゃなくて!!

 

 因みにUAVとは無人航空機を意味する。 "Unmanned Aerial Vehicle" や "Unmanned Air Vehicle" からUAVと呼ばれることが多い。"Unmanned" が男女差別を想起させるという日本人からしたらよく分からない理由から、遠隔操縦するパイロットが地上から操縦しているが機体には乗っていないという点を強調して、『人が居ない』という意味の "uninhabited" で表し、"Uninhabited Air Vehicle" 、または"Uninhabited Aerial Vehicle" の表記も見かけるがそれほど普及していない。またロボットを意味する"ドローン"(drone)とも呼ばれる。しかしその殆どが無線誘導によるものであったためミノフスキー粒子下では殆ど使えなくなったが……。

 

 高低差が激しく、複雑な地形である上脆弱な地質がたたり、コロラド河周辺は戦略的価値に乏しく、その大部分が無人地帯(ノーマンズランド)となっている。

 また、その様な背景から現在北アメリカを侵攻しているジオン軍の最前線(フロント・ライン)はここを境にストップしており、この荒涼とした渓谷と大河が連邦軍とジオン軍とを隔てる中間地帯、緩衝地帯となっている。

 今回は敵との接敵の可能性を極力避けるためミノフスキー粒子が散布されておらず、濃度が薄いところを重点的に、かつ核融合炉を停止させその上使える距離の偵察を行ったのだが……それがどうも裏目に出たようだ。

 

「いや、どうするよ?実際」

 

 いつの間にか隣へと足を運んでいたおやっさんがその河カッコカリに石を蹴り込みつつ言う。バウンドした石ころが小さな地滑りの様な現象を引き起こし、それを見た少尉の顔をさらに歪ませる。まるで子供の頃に伝説のライ魚を釣りに行ったジャリ穴だ。弱い地盤に崩れやすい表土。ヘタを打つとアリ地獄に囚われかねないだろう。そんなのはゴメンだ。河を渡る渡らない以前の問題となってしまう。

 かと言って悩んでる時間はあまりない。幸いにも敵の姿は確認出来ていないとはいえ、ここは敵地(インディアン・カントリー)だ。正直この状況では捕捉されるのは時間の問題で、こちらの保有戦力的に捕捉されたが最期、となりかねない。自分たちに授けられた時間はあまりにも短いのだ。

 

 少尉は腕を組みつつ立ち上がり、眼下をキラキラと揺れる河を見渡す。そんな少尉の隣を吹き抜けた風が髪を靡かせ、岩壁を撫で遥か下の河の流れへと溶けていく。まばらに生える草木は楽しげな音を立て揺れるが、それは少尉になにももたらさなかった。

 

「──ここが一番マシなら、ここしかないんじゃないですかね?モタモタして追いつかれたらなんの意味もありませんし…」

 

 結局、無難な発言を選んだ少尉に、おやっさんがいの一番に反応する。

 

「コンボイは、エアバックを展開してスクリューユニットを下ろせば渡河出来る設計だ。問題は、"ロクイチ"、"マゼラ"、"ザクII"だな…」

「え?"ロクイチ"は川渡れますよ?何で?」

 

 腕を組み鼻を鳴らしたおやっさんに、伍長が首を傾げて質問する。おやっさんが口を開く前に、軍曹が指を突き出し反応した。珍しい事もあるものである。

 

「……"ロクイチ"の…渡河限界深度は、10mだと…教えたろう……」

「そでしたっけ?」

 

 伍長が頭を掻きつつ素っ頓狂な声を出す。それに驚いたのかリスは今度こそ何処かへ行ってしまったが……おい、自機のスペックを知らずそれを使うとは愚かな……。

 

「……全く……本気で言ってるのか………?今が、宇宙世紀、何年かわかるか………?」

「んぅ?0079年だよ? 忘れちゃったんですか?」

 

 軍曹が片眉を微かに吊り上げ、珍しく皮肉交じりに問い質す。伍長はそれに気づかず、ポカンとした顔で応えた。顔を巡らせた伍長はしゃがみこんで木の枝を拾い、頼りなさげに風を受け揺れる雑草を押しのけ、地面に0079と書く。書き終え、眩しいくら位の笑顔に、少尉は堪らず突っ込んだ。

 

「そーゆー問いじゃねーだろ!この戦車おバカ!」

 

 パンパンと手をはたき、腰に手を当て胸を張る伍長。陽気な太陽はそれを暖かく照らし、影を深く落とす。詰め寄った少尉はその影を踏み躙る様に足を踏ん張り、伍長に人差し指を突きつけつつ怒鳴る。

 

「ありがとうございます!!サイコーにくーるな褒め言葉です!!」

「うるせーよ沸いた脳をクールにして来い!!」

 

 伍長は自他共に認める戦車好き(フリーク)であるが、細かいところまでは覚えていなかったらしい。と言うより見た目と一部のカタログスペック大好きっ子だからな……。

 少尉のツッコミは空気を震わせ、風に乗り渓谷の彼方へと響き渡る。その風がまた岩壁を侵食し、新たな歴史を刻み込んでいるのだが、少尉には関係のない事だ。

 

「………はぁ……その様な…まぁ、いい……今からの問いに、答えろ………」

「テスト?いやですーやりたくないですー」

「………アンケート、だ……」

「ならやります!!」

 

 まんまと嵌められ乗せられて、(猿でも分かる)一から十まで戦車講座を始めた2人をほっといて、少尉は懐から折り畳んだ地図を広げる。またコンボイの方で何やら指示を飛ばしていたが、騒ぎを聞きつけやって来たおやっさんの腕をひっぱり相談する。胸ポケットからPDAを引っ張り出そうとしたおやっさんは苦笑気味だ。ふん、と鼻を鳴らし、取り出したペンを回し、おやっさんは口を開く。

 

「で、どうすんだ大将?」

「うーん……」

 

 携帯情報端末(PDA)などの電波を発する機器は、特に小型で出力が低ければ低いほど、低濃度であろうとミノフスキー粒子の影響を大きく受けてしまう。その為、我が隊はこの様なアナログな方法に重きを置いている。──決して俺が保守的であり新しい物が苦手だからではない。パイロットと言うのは大概インテリなのだ。そこの戦車バカみたいなのも……いやアレは戦車バカか。…正直自分も大概だが……。

 

 顎に手を当て、少尉は地図に目を落とす。ジオン軍のAPCである"ヴィーゼル"は折りたたみ懸架方式のスクリューが付いており、元から渡河可能な設計だが、その他が不安なのだ。"マゼラ・アタック"は巨大なため渡れる橋も限られているだろうからまだ渡河能力があっても不思議ではないが、その保障は無く、"マゼラ・アイン"に至っては空挺戦車だ。

…………"シェリダン"かよ。つーか独特な感性とやらを持つスペースノイドの皆さんが設計するのなら、どうせなら"アントノフ"A-40みたいなぶっ飛んだデザインにすりゃ良かったんに……。

 因みに"ロクイチ"は車体やその大きさに反しかなり軽めで、LAPES(レイプス)と呼ばれる低高度パラシュート抽出システムで降下が可能である。連邦軍脅威のメカニズムである。また、これを改修し、ある程度の高度まで対応可能となった追加キットさえある。もう戦車が空挺を行う際、ハチャメチャになりながら砲を撃ち減速する時代は終わったのだ。

 

──ま、それはほっといて……と。少尉は細めた目をそのまま瞑り、空を仰ぐ。そう、その上びっくりどっきり性能である"ロクイチ"に至っては渡れない事が既に判明している。

──かと言って置いてく訳にもいかない。戦力分析で言えば、"マゼラ"より"ロクイチ"の方が総合的に見てかなり優秀なのだ。そこが、この問題の悩ましい点であった。

 

 単純に火力だけで見れば、175mm無反動砲に30mm3連装機関砲を持つ"マゼラ・アタック"の方が強そうに見えるかも知れない。素人目で見たらそうだろう。巨大で存在感のある"マゼラ・アタック"のその威容は戦車という枠組みを大きく外れている。

 

 しかし、"マゼラ・アタック"はその巨大さと形状故前面投影面積が大きく、その上独特な設計思想から装甲も戦車としては紙レベルなのだ。性能も見掛け倒しな面が多く、また実は戦車というより突撃砲に近い設計であるため砲塔も旋回出来ず、仰角も僅かにしか取る事が出来ない。それに加え走行速度も遅いのである。

 旧世紀から脈々と受け継がれて来た正統なMBTの直系として、多くの実戦により磨かれ続けてきた"ロクイチ"とは設計思想、戦術ドクトリンからまるで違い、同じ土俵で戦うとなると圧倒的に不利である。シミュレーションから得たキルレシオはなんと3:1。いかに"ロクイチ"という戦車が優秀なのか証明する結果となった。MSの登場によりその存在を疑問視されてしまった"ロクイチ"であるが、そのスペックはやはり目を見張るものがある。

 使い方を誤らなければMSさえ倒し得る陸の王者の風格は今尚健在で、その威容はまだ崩れ去っては居ないのである。

 

 その大事な戦力を手放す訳にはいかない。MSで砲塔に縄をかけてでも引きずっていくしか無いのだ。実際そんな事をしたら、かの超弩級戦艦"大和"と同じくその重さ故載せてあるだけの砲塔が外れてしまうだろうが。

 

「……んと、"ザクII"はいけそうじゃないですか?元は宇宙機器でしょう?気密性はバッチリじゃないんですか?」

 

 少尉の発言に、おやっさんは眉を顰め口を開く。その顔はやや失望した様であった。その意味を少尉が理解する前に、その疑問はおやっさんの口から放たれた言葉により氷解した。

 

「…水圧が不安なんだ。それについてのカタログスペックが書いていないからな……シノハラ少尉、その考えなら、深海調査艇貸してやるから宇宙行けと言う様なもんだ」

 

 少尉の頭の中で、星々の輝きが瞬く宇宙で、弱々しくマニュピレーターを動かし漂う深海調査艇が浮かび、次の瞬間破裂する。

………そうか、圧力の向きが真逆なんだ。少尉は潜水艦に乗った事はないが、その船体が水圧に軋み悲鳴をあげるのを映画で見たのを思い出す。宇宙船が損壊し、その内部のガスを噴き出すのも……。

 

「………すみません」

「よくある勘違いではあるがよ……少尉、お前さんの実家は重工業会社だったろうに……」

「返す言葉もありません……」

 

 肩を落とし、おやっさんの呆れた様な視線から、顔を赤くし目を背ける様に視線をトラックへとやる。トラックの側面は整備兵が群がり、トーチで激しく火花を散らしながらエアバックを取り付けている。軍曹と伍長はまだ講義中だ。今はトーションバーについて話している。ナニソレ?美味しいの?

 

………ってんな事言ってっからダメなんだろうなぁ………。少尉は自分で自分に突っ込み自己嫌悪に突入ふる。そりゃ、少しは勉強してますし、修理とかも出来る事は出来ますけど………言い訳ですけど、本職は飛行機乗りなんでるから堪忍してつかぁさい………。

 

 首を巡らせるも、頭の血の巡りは変わらず。少尉は小さくため息をついた。

 

──はぁ……暑いなぁ。急に意識する様になった暑さが肌に絡みつき鬱陶しい。湿度が上がってきたのか?

……トーションバーってなんだっけ?んなもんよりアイスバーでもいいから食いたいよ。懐かしいな。昔食い終わったアイスバーで……!

 

 その時、少尉の頭に閃きが走る。脳の中で網目のようになった神経組織、シナプス、ニューロンのノイズが、明確な電気として迸り、眠っていた記憶をつつき、刺激したのだ。コンピューターが人間の脳を模している様に、感情や記憶、感触、感覚などを始めとするクオリアは、この様な電気信号の集積、単純な化学反応の積み重ねに他ならない。その点において、この表現はあながち間違いではないと言えるだろう。

 

…コレ、結構いい案かも………!!

 

「……おやっさん、コンボイを繋げて、デカいイカダにしませんか?そうすれば揺れも抑えられるんじゃないですか?」

 

 少尉は顔を上げ膝を叩き提案する。その時一陣の風が少尉を撫で、空へ吸い込まれる様に上がっていった。そこはかとない清涼感を感じながら、少尉は目の前に道が拓ける幻を見た。

──いや、それは幻ではなかった。確かに見えていた。それは行き詰まった少尉の頭上から光が差す様に表れた、勝利への道(ウィニング・ロード)だった。

 

「……その発想はなかった!!確かにそうだ!バランスも良くなる!……問題は、突貫の溶接じゃあ少しのズレでばらけそうだが……やってみよう!!」

 

 その発言に、腕を組み整備士達の様子を見ていたおやっさんが、目を丸くした後、手のひらを突入大きく叩き同意する。帽子を脱ぎ一撫でされたその頭の中では、既に目まぐるしく計算式などがものっそい飛び交っている事だろう。

 現地でポッと出の意見などをその場で実装出来るのがおやっさんの本当の凄さだ。頭ん中どうなってるんやろか?その灰色の脳みそを少しでも分けてもらいたいものだ。

 

「"ザクII"の足回りにもシーリング頼みます。敵の兵器ですが、"ザクII"を信じましょう。仮にも宇宙機器とは言え、地上侵攻も視野に入れられたウチの虎の子の兵器なんですから」

「……おし、分かった。………よぉーし!!野郎ども!気合いれてけや!!モタモタしてっと川流しだ!!」

「「おう!!」」

 

 顔色を伺う少尉に、唇を吊り上げニヤリと笑いかけたおやっさんが、顔を引き締めて怒鳴り声を上げる。それに呼応した整備士達も同じく声を上げ、各々道具を持った手を振り上げる。その軍隊顔負けの一糸乱れぬ行動に、少尉は呆気にとられ、その光景をただ口を開けて見る事しか無かった。

 

「……大丈夫そうですかね?」

 

 突然の事に、思わず近くを通りかかった整備士に問いかけてしまう。ここに来てはイレギュラーな事ばかりだ。少尉は一度自分の命こそ投げ出しているが、今は全員の命を預かる身なのだ。杞憂という言葉もあるが、心配はし過ぎるに越した事はない状況下でもある。眉を八の字に下げるその少尉の不安げな顔に、整備士は笑いかけながら応えた。

 

「はっは。我々は常に最善を尽くします故、少尉殿、どうぞご安心を」

「そうだぜ少尉!おやっさん仕込みのこの腕、目ぇかっ開いて見てな!」

「任せて下さい!若輩者ですが、頑張ります!」

 

 そのまま整備士達はすぐさま作業に戻り、おやっさんも整備兵の中に混じって作業しつつ指示を飛ばし始めた。それを受け、整備兵達もスピードアップし始める。凄い手際だ。本当に頼りになる人達だ。本当に俺は何もしていない。ただただ支えて貰っているだけだ。腰に手を当てた少尉はそれだけ考えた後、独りごちる。

 

──いやー、謎のインスピレーションと子供のころ父親から聞いた話が役に立ったな。何だっけ?青壁だか赤壁だか?なんか信号みてーな名前の、何だっけ?なんか船を鎖で繋ごーぜコレでゆれねーや!ってやって勝ったんだっけ?たしか。覚えてねーや。

 

…………アレ?役に立って無くねコレ?

 

 巻き上がる風の中、少尉はまたもたらりと垂れた一筋の汗をかいた頰を拭い、大まかな方針が決まった事を軍曹、伍長に作戦を伝えようと振り向く。タイミング良くちょうど講義も終わったようだ。軍曹が仁王立ちし、その前に砂嵐を写すのみのPDAと両手両膝をついた伍長が項垂れている。その肩はふるふると細かく震えており、何とも声を掛け辛い。

 

…………ナニコレ?鬼軍曹のシゴキが終わった後ですか?微笑みデブが居なくてよホント。少尉自身は士官学校でしごかれた身であるが、伍長は違う。軍曹には何の心配も抱いていないが、伍長を一人でガンロッカーに近づけないようにしようと心に誓う少尉だった。暴発させかねん。

 

「………け、結果は……?」

 

 伍長が顔を上げないまま弱々しい声で呟く。消え入りそうに震えた語尾が哀愁漂うが、軍曹は気にもとめていないようだった。

 

「……2問ミス、だ……腕立て20…」

「うぇ~」

「……文句を、言うな……無駄は、減らすのがいい………」

 

………クイズやってた。正直しょうもないと思ったのは秘密だ。

 

「……問題が!!………難し!……過ぎますよぉ!!」

 

 しぶしぶといった緩慢な動作で地面に手足を投げ出した伍長が、その場で腕立てをしながら悲鳴を上げる。本人は大真面目の様子だが……全然顎が下がっておらず、ほぼその場でプルプル震えている様にしか見えない。近くの石の上ではリスがその様子を不思議そうに眺め、小さな鳴き声とともに姿を消した。

 見るにも耐えないその姿から少尉は目を逸らし、遙か彼方の雄大な峰へと視線をやる。空気に霞むも黒々と聳える山は、今も昔も変わらない雄大な存在感を醸し出していた。

 

「………それは無い。どれも、基本だ………」

「んぐ~!はー……、ふぐっ!!ぬぬぬ……だぁー!!」

「……………」

 

………しかも腕立て6回にして潰れたぞ伍長!!小学生か!それでいいのか!?つーかだからどうやって今までやってきたんだよ!?

……お前そんなんでよく就職できたな……俺この職場が怖くなってきたわ…。

 

 あまりの事に戦慄し絶句する少尉。その元凶はそんな少尉を寝転んだまま上目遣いで見る。弱々しく開かれた口から飛び出た単語は、少尉をさらに困惑させる内容だったのもそれに拍車をかけていた。

 

「……しょ、少尉ぃぃ~。助けてぇ…………軍曹がいじわるするぅ~…」

「……いや、それぐらいやろうぜ?流石にマズイって…」

 

 笑い飛ばそうとするも笑えず、唇を引き攣らせ、潰れた伍長の前にしゃがみ込む少尉。その隣には、珍しく額に手を当てため息をつく軍曹。作業をしつつ、時折手をとめてはじゃれ合う3人を暖かく見守る整備士達。"キャリフォルニア・ベース"の頃から変わらない、何時もの光景だった。

 

「うぅ~少尉のばかぁ~」

 

 うつ伏せのまま伍長が唇を尖らせる。それを見ていた軍曹はフッと息を吐き出し、引き出され幌が掛けられる"ロクイチ"を見ながら言った。

 

「……上官侮辱罪だ。+10……」

「……うぅ……少尉のせいだぁ~…」

「……うん?──え?」

 

 突然向けられた鉾先に、少尉は困惑した表情を軍曹へと向け疑問を口にする。何時もの表情をピクリとも変えず、軍曹は組んでいた腕を腰に当て応えた。

 

「俺、悪いか?」

「……悪く、無いだろう……」

 

 顔を見合わせる二人。奥では整備士達が腹を抱えて笑い、おやっさんにどやされている。そのおやっさんの口角が上がっているのを少尉は見逃していなかった。まったく愉快な職場である。

 

「……誰が…悪いとは、言いません、けど……少尉が悪いです……」

「えぇ~」

 

 伍長お得意の超理論に、少尉は戯けて声を上げる。

 

「…………」

「………ぐふっ」

「…………」

 

『うっ、ぐぺぺぺぺーーー!!!』とか言わないのな。潰れた伍長を見下ろし、少尉はふとそれだけ思う。悲しいかな、精神の均衡を保つには、時折現実から目を反らす事も必要なのだ。そこそこの苦労を積んで来た少尉は、それを本能で悟っていた。

 

 舞い降りた沈黙に、呆れて空を見上げる。太陽ギラギラ今日も暑い。蒼い空には白い雲がゆっくりとながれ、その揺れる隙間の空がキラッときらめく。

 柔らかな風が頬を撫で、砂埃と木の葉を巻き上げながら吹き抜けてゆく。吹き上げられ、クルクルと宙を舞う木の葉を目で追いつつ、その風がどこから来たのか、どこへ向かうのかに想いを馳せる。

 

 いい風だ。緩やかな追い風は嫌いじゃない。

 

 後ろから前へと吹き抜けて行く上昇気流に、指を添わせるかの如く手を翳す。空が、飛びたいなぁ……。空が飛びたい病罹患者になっちまったかもな……。

 

「……ま、頑張れよ」

「え、少尉どこ行くんですか!?わたしを助けてください~」

 

 泣き言を洩らす伍長に背を向けた少尉は、一拍おいて歩き出す。軍曹はそれに一瞥をくれるだけで何も言わず、足元の伍長に視線を戻した。

 

「俺は俺に出来る事をやりに行くさ。それは伍長を甘やかす事じゃねぇしな」

「……まだ…8回だ。回数、を…増やされたい、の、か………」

「ふぇぇぇええ~ん………」

 

 後ろ手に手を振りつつ"ザクII"へと向かう。背中に投げ掛けられた伍長の悲鳴は無視だ。無視。

…………………と言うよりせめて10回でいいから連続で腕立てぐらい出来て欲しいと言うのが実情であった。

 足元をさらさらと吹き抜ける風が小さく渦を巻くのに任せつつ、少尉は河の水面に目をやる。

………波が出て来たな。これ以上高くならなければいいが……。波という物は、存外強い力を持っているものだ。数千キロ、数トンともなる水の流れは時にあらゆるものを薙ぎ倒し押し流す力を発揮するものだ。決して甘く見る事は出来ない。

 

 早くもシーリング作業が始まった"ザクII"の前に立ち、足首付近のアクセスハッチを開放する。顔を覗かせた多数のスイッチの前に、少尉は迷う事無くお目当のボタンを押し込む。

 すると、頭上からは圧縮空気を開放する音が聞こえてくると共に、コクピットハッチが開放される。アクセスハッチを閉じ、上を見上げた少尉の目にはウィンチの静かなモーター音を立てながら垂らされたワイヤーが映し出される。ハッチの上面から垂らされたワイヤーに足を掛け、しっかりとワイヤーを掴みグイと踏み込む少尉。それに反応したウィンチがワイヤーを巻き取り、あっという間に地上十数mという高さへ少尉を連れて行く。そのまま開け放たれたコクピットハッチを潜り抜け、少尉はあっさりと機体に乗り込む。言葉にすれば簡単であるが、少尉のこの行為は実際に行うとかなりの恐怖を伴うものだ。しゃがんでいるMSのコクピットの高さとは言えど、地上十数mは大体ビルの3階の高さに匹敵する。その高さまでワイヤー一本で引き揚げられるのだ。初めてMSに乗った時の視界の高さ、コクピットへの行き来など少尉はまだ戸惑う事も多かった。それをおくびには出さなかったが。

 

──いくらコンボイ繋げてイカダにしても運びきれないだろう。"ザクII"(こいつ)もしっかり使わなきゃ。独りごちる少尉はぎこちなくシートに滑り込み、シートベルトを装着しヴェトロニクスを立ち上げる。ハッチが閉鎖し、メインコンソールに光が灯り、メインモニターは一瞬のノイズが過ぎたと思うと、高度な画像処理能力により調整された鮮明なデジタル画像を映し出す。真っ暗だったコクピット内が瞬く間に光の渦で満ち溢れ、明滅する光の奔流が目に飛び込んでくる。

 視線誘導によりモノアイを操作し、サイドモニターにピックアップされた伍長を見る。2回に1回は潰れつつも、なんとかやっているようだ。隣に立つ、腕組みをした軍曹の目はもう娘の成長を温かく見守る目だ、アレ。

 

 視線を巡らせ、それと同調したモノアイ、それが映し出すのをモニターを通し周りを見渡す。複合センサーでスキャニングされた風景は、コロニー落としの影響であちこちが崩れ、"グレート・キャニオン"は更に複雑で脆い地形となっている。

 "ザクII"のモノアイはただの大口径光学機器ではなく、様々な高性能センサー複合機材だ。それは、単純なカメラ、センサー、レーダーだけでは対応出来ない、ミノフスキー粒子の電磁波阻害効果が生み出した有視界戦闘の申し子と呼べる存在だ。その精度は高く、ミノフスキー粒子濃度が0に近い今、その性能は数ある光学機器や高性能センサーの中でも最高峰であろう。

 そのため肉眼では鼻先に突きつけられ様とも識別不可能であろうものまではっきりと見えるのだ。更には高性能なコンピュータの補助もある。草むらに紛れる小動物から露出した地層の模様までくっきりだ。

 

「ふふん……♪」

 

 上機嫌でアクティブセンサーを起動し、岩肌を注意深く観察……?人が張り付いている。それに……アレ化石じゃね?拡大しモニターに投影。肉眼では気づきもしないだろう僅かな凹凸反応した機体がすぐさまスキャニングを開始し、高度に解析された鮮明な画像を映し出す。あ、化石だわ………

 

 それは同時に整備服の男の横顔も解析し、その結果を映し出していた。

 

………って掘ってんのおやっさんかい!!

 

 身体はシートベルトでガッチリと固定されているため、首だけガックリと垂らす少尉。律儀に反応する"ザクII"。それを手を止め、不思議そうに眺める整備士達が、またパラパラと作業を再開するのも"ザクII"は捉えていたが、画面を見ていない少尉は知る由も無い。

 

──いや、働けよ整備兵班長と思う前に、大きな疑問が。

 

………なんで掘り方知ってんの?

 

 考えても仕方がないので、コンソールを叩きトレーニングモードに変更、おやっさんお手製シミュレーターを起動する。最近の日課だ。現時点で軍曹を除き一番適性があるのが俺だけなのだから仕方がない。それにクーラー完備でサイコーなんだよな。未知の敵の新兵器を操る事がたのしみでも無いと言ったら嘘になるし……。何とか、少しでも戦闘も出来るように………。

 

 シミュレーターが起動し、メインモニターが明滅、四角い画面に命が吹き込まれ、画像が躍り始める。目まぐるしく、激しく入れ変わる画面に、少尉は既に引き込まれていた。

 

 

 

 

──U.C. 0079 4.20──

 

 

 

 薄暗い夜明け前(トワイライト)、その静謐な空気を胸いっぱいに取り込む。そのまま後ろへ倒れこむ様にシートへと沈み込んだ少尉は、頬を張りコクピットハッチを閉鎖した。

 

 その直後、日が昇り始め、辺りを強い光が包み込む中、ハッチは音を立て完全に閉鎖し、コクピットの中は内部空調が気圧と温度の調整を始め新しい音で一杯になる。足元のジェネレーターが唸りを上げ、流体パルスモーターが空気を震わせる。機体各部から、周囲を揺らめかせる程の熱気を帯びた空気を吐き出しながら"巨人"が立ち上がる。荒れ狂う河に長く伸びた影が落ち、その虚影を揺らがせる。

 同時にモノアイが光を放ち、周囲を走査する。◯五◯◯(マルゴーマルマル)出発時間(タイム・トゥ・ゴー)だ。

 

「よし!行くぞ!!渡河開始!!」

《《了解!!》》

 

 インカムに吹きかけられた少尉の声はレーザーに変換され、数コンマの遅れと共に部隊全体に行き渡り、その返事を少尉に送り返す。コンボイが暖め続けてきたエンジンに発破をかけ、爆音を上げるモーター音が朝の空気を吹き飛ばす。その耳に残る音を撒き散らしながらゆっくりと進み出し、前後左右と組み合わせる事で完成した、デカいイカダが進水する。かがくのちからってすげー!マジで出来上がってる。いや、コレは人の力か?どちらにしても、恐ろしいまでの力を発揮するものだ。幼い頃より機械と共に歩んで来た少尉の人生にとって、機械は切っても切れないもので、尊敬しつつも恐れを抱くものだった。

 

 進水と同時に大きな波が発生し、荒れ狂っていた波を飲み込んで行く。その大迫力に目を奪われるも、少尉は気を引き締めてグリップを握り直し、メインスクリーンを睨みつけた。と、言うか、収まりかけていた波がまた………。すごい質量だな。まるで武蔵だ。進水時津波起こしたらしいし。

 

 そのイカダの約50m離れた地点で、やや波の収まったコロラド河を少尉の操る"ザクII"が波を掻き分け進んでく。膝位までの水深だ。右手には念のため装備されたMMP-78 120mm"ザク・マシンガン"、左手にはこれまた急造でギリ間に合った簡単なイカダに"マゼラ・アイン"が載せられており、繋がれたワイヤーをマニピュレーターで掴む事で曳航している。軽々と片手に巨砲を抱え、波を掻き分けイカダを引くその姿は、まるで神話の中の出来事のようだ。ただ違うのは、その巨神は人が創り出した兵器である事と、物語の中の空想で無く、明確な目標を持った人間が行っているという事だ。

 

「──頼むぞ……俺は、お前を………」

 

 足元から響く波が打ち付ける音と音響センサーが捉えた波の音がアンサンブルとなりコクピット内を満たし、揺れる機体と共に腹の底から揺さぶる様に響く。ちらりと目をやった深度計は一歩一歩歩みを進める程に沈み込んで行き、水深はどんどん深くなる。センサーが捉える水底の暗闇を見ない様にしながら、少尉は無意識のうちに肩へ力を入れていた。

 その水圧の様にのしかかる不安に押し潰されそうになりながら、少尉は独りでに唇を噛み締めてフットペダルを踏みこむ。背中に汗が伝い、脇を濡らす。額に吹き出した汗が目に染みる。手の震えを抑える様に握りしめた操縦桿は、濡れたグローブにより湿った音を立てた。

 

 一番深いと思われる河の真ん中に差し掛かる。水深は"ザクII"の腰ほどまでにきた。センサー、ジャイロ、バランサーは正常だ。まだ操縦に慣れていない事や、戦闘機動を行う必要は無い為殆ど高強度のオートバランサーに任せっきりだ。だがしかし、ここでマシントラブルが起きたら……っ!!頭を振り最悪の考えを締め出したその時、少尉はその意味に気づいた。

 

 弾かれた様に少尉はコンソールをチェックする。頬を伝っていた汗が散る。念のため自己診断プログラムも複数走らせる。ここは深く広い河の真ん中だ。仮にマシントラブルを起こせば回収は不可能だ。

 

 もし仮にそうなれば、一巻の終わりだ。仮に俺が脱出出来ても戦力は激減し、今後の戦闘でも逃げ回る羽目になる。

 

 機体を慎重に操作し、ゆっくりと、ゆっくりと歩みを進める。頼む、頑張ってくれ………お前の、力を見せてみせろ!!

 

 肩に力を入れて操縦する少尉の事を知る筈も無く、波を掻き分け歩を進める"ザクII"。きらきらと光を反射する水面に目を細めるも、水中の様子はよくわからないが…………。

 

 念のため機体を停止させる。打ち付ける波が"ザクII"をやや揺さぶるも、"ザクII"はそれに屈する事無く堂々と立ち続けていた。

 

──機体に、………異常はない!!

 

「よし!行けるぞおやっさん!」

《おっし、このまま渡り切っちまうか!!》

 

 "ザクII"が先導する様に波をかき分け、広い河を渡って行く。それに追従するトラック群も好調だ。轟音と共にキラキラと光る飛沫を巻き上げながら、ゆっくりと水の上を滑り始める。

 

──その時だった。イカダ周辺に大きな水柱が立ち、大きなイカダが木の葉の様に揺すぶられた。

 一瞬座礁かと考えたが、直ぐに否定する。その可能性も捨てきれないが、この水柱は明らかに異常だ!!

 

《な!なんだぁ!?》

 

 突然の事態に狼狽えるおやっさんの声で逆に平静を取り戻した少尉は、素早くセンサーを走査させ、視界を巡らせる。メインスクリーンが捉えた映像に、岸で爆発炎を確認する。あれはマズルフラッシュだ!

 

「! おやっさん!!ジオンの追撃です!!殿は任せて先へ!!」

《お、おう!!機関最大!!両弦、全速前進!!》

 

 インカムにそれだけ怒鳴りつけ、返事を待たず少尉は機体を操作する。その場に留まり、方向転換した"ザクII"の横を、トラック群が通り過ぎる。その速度のもどかしさに、少尉は歯噛みしメインスクリーンに目を走らせる。

 

 やられた!一昨日の一瞬見えた空の輝きは、航空機だったのか!!

 

 ミノフスキー粒子濃度は高くない。ロングレンジ・レーダーを起動……!

 

 コクピット内にビープ音が鳴り響く。レーダーに感あり(レーダーコンタクト)レーダーに敵影確認(ターゲット・マージ)合成開口レーダー(SAR)の画像から、導き出されたメインコンピュータの診断では……敵は"マゼラ・アタック"だ。

 

 同時にコクピットに別の警戒音が鳴り響く。機体表面のセンサーがレーダー波と照準用の赤外線を捉え、敵レーダー波に照準された(エイミング・レーダースパイク)事をがなりたてる。オートに機体が反応し、流体パルスモーターやオートバランサーの設定、トルク伝達率、ジェネレーター出力、マスターモード等を始めとする操縦系統全般が戦闘機動(コンバット・マニューバ)に切り替わった事にも気づくことは無く、その音に一気に緊張感が高まらせ、少尉は操縦桿を握りしめる事でなんとか緩和する。焦ったら負けだ。正常な判断を下せなくなった時、人は彼岸に片脚をのせるのだ。

 

 モノアイを光らせた"ザクII"が水に足を取られながらもなんとか振り向き、ゆっくりと後退しつつ敵影を確認する。思うように動かず、唇を噛み締め額から汗を流す少尉に、無慈悲にもメインスクリーンは現実を伝えた。

 

……敵機視認(エネミー・タリホー)。巻き上げられた砂埃や水蒸気、それに陽の光で霞んでいるが、見間違え様がない!

 長く伸びた主砲、光を弾くエッジが特徴的な左右のウィング、高い位置に固定された砲塔にはバブルキャノピーが太陽光を反射し輝いている……"マゼラ・アタック"が6輌だ。"ザクII"の重装甲といえど、主砲である175mm無反動砲を食らったらタダでは済まされないだろう。しかもこっちは水中だ。こちらの動きは鈍い上、食らって沈んだりしたら救助は不可。それに浸水するかも。それはごめんだった。

 

「クッソ!!アルファ1、エンゲージ!!迎撃行動に移る!!」

 

 セーフティを解除、セレクターを操作、セミオートに。ランプが点灯し、『メインアーム レディ(主兵装 射撃可能)』と表示される。同時にメインスクリーンにガンレティクルが投影され、敵をロックオンする。

 照準はFCS任せに"ザクマシンガン"を撃つ。長く横に伸びる独特なマズルフラッシュと共に弾丸が猛烈な勢いで撃ち出され、対岸の崖を削り砂煙を上げる。

 

「チッ!」

 

 無意識の内に舌を鳴らし、次弾を発射、また一発と射撃を重ねて行くが、なかなか当たらない。シミュレーター通りにいかない事に微かな苛立ちと湧き上がる緊張を押さえつけながら、必死に頭を巡らせる。

 

「!!」

 

 またも至近弾が機体を揺らした。幸運にも"ザクII"の撃破を目的としているためか、"マゼラ・アタック"隊は徹甲弾(AP)を使用しており、至近弾においても榴弾の様な水中炸裂による爆圧も無く、機体に損傷はない。しかし、降り注ぐ砲弾は確実に少尉の精神を削り取りにかかっていた。

 着弾と共に、噴水の様に吹き上げられた水が機体に水の束を叩きつけ、モノアイカバーを洗い流しては水滴を残していく。戦闘用のセンサーはこの程度の事にはビクともしない。モノアイカバーもワイパー機能をオートで作動させ、コクピット内のスクリーンもデジタル処理の段階でその影響を限りなく低いものとする。

 しかし、それらは少尉にとある決断を下させるには十分すぎるほどの理由となった。

 

「…っく、喰らえ!!」

 

 セレクターを弾く様に変更し、フルオートにした瞬間握り込むかの様にトリガーを引き絞る。次の瞬間質の違う轟音が渓谷に響き渡った。その残響を残したまま、長く伸びた曳光弾の火線が殺到し、1輌の"マゼラ・アタック"の砲塔と、それを支える艦橋の様な部位ごと紙切れか何かの様に吹き飛ばす。それを確認した少尉は舌を巻きつつセレクターを変更、次の目標を狙う。

 砲塔である"マゼラ・トップ"が吹き飛ばされ、抉られた部位から火花と黒煙を上げながら迷走する"マゼラ・ベース"は無視して、だ。それには、一つの理由があった。

 現時点において、脅威なのは"マゼラ・トップ"だ。"マゼラ・ベース"も戦車としては破格の装備である30mm3連装機関砲を備えており、決して脅威と呼べない訳ではないが、それより分離され襲いかかられたらこちらは万事休す、だ。分離後の奴らの機動性は決して高いとは言えないが、それでも腰まで水に浸かった"ザクII"は軽く圧倒するだろう。それにトラック群に戦闘能力は無い。すり抜けられたら終わりだ。

 

敵戦車撃破(エネミー・ダウン)!」

 

 誰に聞かせるという訳でなく怒鳴り、早く渡り切ってくれと願いながら振り返る事無く"ザクマシンガン"を撃つ。正直そんな余裕はかけらもありはしない。慣れない手つきで必死に機体を操り、反撃を加える少尉の顔は真っ青だ。その一瞬にも、ド派手な着水音と水柱と共に至近弾がまた新たな波を作り出し、"ザクII"を揺さぶる。

 本来交戦は予定しておらず、予備マガジンは無いのでフルオートで撃つ事が出来ない。しかしMMP-78は本来宇宙用かつ対艦攻撃を主眼に作られた物だ。重力下での命中率はお世辞にも高いとは言えない。この状況下において、これは大きなディスアドバンテージだ。それに、MSは人体を模しており、その動きは人体の拡大、延長となるものが大半だ。特に黎明期はそれが顕著である。また足場も悪く、水流もあり、その中での行進間射撃となっては、いくらFCSの能力が高かろうとその命中率は著しく低下してしまう。

 

──クッ、当たらん!!何でだ!!………ってオイ、コレ水がガンガンマシンガンに被ってるが大丈夫かコレ?どこぞのガンポッドみたくジャム(弾詰まり)らない?アレは海水だったけど。ジャムったらそれこそ終わりだぞ!?

 

 十数発目の射撃が、漸く3輌目の"マゼラ・トップ"を吹き飛ばす。残り半分、しかし残弾は少ない……。チラリと残弾が表示された画面に目をやり、少尉は焦りを隠せずにいた。その時、泳いだ目にほんの一瞬であるが鋭い光が飛び込んできた。それは、何故か少尉に既視感をもたらし、ぞわりと肌を粟立たせた。

 

──んっ、嫌な予感が……。

 

 その予感は、次の瞬間リアルな現実として少尉に降りかかった。

 

「!!」

 

 スクリーンが映し出す1輌の"マゼラ・アタック"の砲が、真っ直ぐこちらを捉える。それとコクピット内に耳障りな音が鳴り響くのはほぼ同時だった。メインスクリーンは黒々とした砲門が、縁を鈍く輝かせてこちらを睨むのを鮮明に捉えている。もし、このタイミングで撃たれたら……!

 

「うわっ!!」

 

 必死に機体を操作し、慌てて下がろうとして脚を取られた。河底の一部が削り取られていたのか、一部深かったらしい。そこに脚を突っ込んでしまったのだ。

 なんとかバランスを取ろうと無駄な足掻きをし、無様にバタバタと手を振りながら"ザクII"が水中に倒れこむ。これは戦闘機動モードの弊害だ。人型と言う形は、多脚歩行型や戦車等のような履帯とは違い決してバランスがいい形とは呼べない。しかし、あえてその安定性を捨て、バランスをわざと崩す事により急激かつ複雑な姿勢変更、回避運動、戦闘機動を可能としているのである。しかし、それは熟練者が操縦者である事が絶対条件である事を忘れてはいけない。崩されたバランスは、取り戻されなければ隙を晒す結果を残すのみだ。

 機体の各部から気泡を放ち、水没する"ザクII"。浸水こそしてはいないが、危険で無防備な姿勢である事には変わりない。コクピット内では体勢を立て直せとアラートが鳴り響き、少尉は思わず、喉から絞り出すようにして小さな悲鳴を上げた。

──し、浸水しないよね!?でもそのおかげで避けられたっぽいな……その証拠として、頭部側に水柱が上がる。しかし機体は完全に水に浸かり、上手く動けない。一難去ってまた一難。いよいよ少尉は追い込まれていった。弱々しく蠢く"ザクII"に、再び砲門が向けられていようとしていた。

 

「クっ、動け、動けよ!……! かくなる上は!!」

 

 操縦桿を動かすも反応しない機体に焦りを感じ、少尉は半ばパニックに陥っていた。そのまま一瞬の閃きを頼りに夢中でフットバーを蹴っ飛ばし、"ザクII"の背面に装備されたスラスターをフルスロットルで噴かす。

 水中で噴かしていいものかは完全に賭けだった。最悪メインブースターがイカれ、完全に水没してしまうだろう。しかし、それに一縷の望みを賭けるしかなかったのもまた事実だった。

 

「──っ!!」

 

 身体が引っ張られ、足に血が集まって行く奇妙な感覚。視野が黒く狭まり、血の足りなくなった頭がぼうっとする。それでも"ザクII"は与えられた仕事を忠実に再現する。轟音と共に機体へ馬鹿げたGがかかり、60t近い機体が持ち上がった。科学の鎧に身を包んだ巨人は噴射炎を引きながら離水し、宙を舞った。

 

 強引に押し退けられ、飛び散った水滴がスラスター炎に蒸発させられ、音を立てながら気化していく。発生した水蒸気が白く"ザクII"を取り巻き、スラスターの生み出す余波の前に雲散霧消していく。

 宙を舞い、きらめく水滴が太陽光を受け、青空に一つの虹が描き出される。その虹は見事なアーチを描き、空を駆ける"ザクII"の軌道を沿う様に空に刻みつけられた。

 

──賭けには勝った!!よし!!ここからだ!!

 揺さぶられ、混濁する意識の中でも、身体は無意識のうちにガッツポーズを取っていた。

 

 飛び上がった機体が最高到達点を通過し、Gが収まる。自由落下に移り始めた機体の中で、少尉は驚きを隠せないでいた。凄まじい推力だ。それに、既存の兵器とは全く異なる機動性である。その事実は少尉の胸に刻み込まれていた。

 

 "ザクII"は少尉を乗せ、そのまま水の尾を引きながら後方へ飛ぶ。奇妙な無重力感を感じながら、機体を操作し空中で手脚を振り回させ、AMBACを行う事で姿勢制御する。寄る辺のない空中でありながら態勢を安定させた"ザクII"は、銃口から水を垂れ流す"ザクマシンガン"の残弾をメクラ撃ちでばら撒く。スクリーンの捉える対岸は、撃ち出された弾頭が地面に着弾し生み出すエネルギーと、内部に込められた炸薬による影響で土煙まみれだ。120mmの威力は伊達ではない。弾丸は当たり敵を倒す事だけが仕事ではない。それが最善であるが、ばら撒かれ、相手の動きを封じるのもまた仕事の一つなのである。

 

「〜〜っ!」

 

 しかし、その時間も長くは続かない。巨人は重力に引かれ、加速しながら落下していく。少尉はグングンと地面が迫ってくる光景に身体を強張らせ、ぎゅっと目を瞑った。脳裏には、無惨にも地面に叩きつけられ、バラバラになる"ザクII"が翻る。

 着地の瞬間、機体がオートでスラスターの逆噴射を行い、落下していたはずの機体をふわりと浮き上がらせる。またも身体を押し潰そうと発生するGに少尉は歯をくいしばる。噴射されたスラスターの余波が同心円状の波をいくつも作り出した次の瞬間、"ザクII"は激しい衝撃と轟音を伴いながら再び着水し、起こした津波が岸辺を洗った。機体のフレームが金切り声を上げ、関節が猛烈な蒸気を噴き出すが、機体に損傷は無かった。

 

 あらゆる方向から襲いかかる、強烈なGに機体が、身体が悲鳴を上げる。しかし、()()()()()()()

 

──俺もこいつも、限界には程遠い。まだやれる。まだいける。どこまでも!どこへでも!!

 

 頭をシャンとさせようと首を振りつつ、少尉は改めてコクピット内を見渡す。念のため異常発見プログラムを走らせながら、少尉の頭の中は別の事で一杯だった。

……こりゃ凄いわ。そら連邦軍ボコられるわ。既存の戦場の常識、兵器の概念そのものを打ち壊しかねない。

──それほどの力を持つ兵器、なのか……コイツは。

 

 弾き出された結論の、その事実に鳥肌が立ち、ゾクゾクする。その心地よい高揚感と緊張感に身を任せながら、少尉はほぼ無意識の内に機体を操作し始めていた。

 

 今までのぎこちない動作はどこへやら、少尉は機体をまるで元からあった手足の様に操作し始める。指令を受けた"ザクII"は軽快な機動で撃ち出された"マゼラ・トップ砲"を回避し、軽いフットワークを交えながら動き出した。

 

 機体と身体が、まるで元から一つだったのかの様に思える。身体が、感覚が引き伸ばされ、まるで巨人になったのかの様な錯覚………このシンクロ感、嫌いじゃ無い。思わずニヤリと口角を上げた少尉は、その事に気付かないまま肩の力を抜き、操縦桿を握りなおす。

 

 少尉はそのまま、対岸に向かって"ザクII"を走らせる。機体のセンサーがヒュンヒュンと言う砲弾が風を切る音を捉えていたが、逆にそれは少尉に安心感を与えていた。知識としては知っていた、音を立てる砲弾は自分の方向に向かってこない事を実感したのだ。逆に言えば、音が聞こえなかったら時、それは死んでいるという事であるが。

 

「……どうした?俺はここだぞ?」

 

 余裕がもたらすハイテンションに身を任せ、少尉は1人呟く。既に水深は"ザクII"の足首を切っており、水溜りを蹴散らす様に"ザクII"は突っ走る。足元から来る心地よい衝撃に、少尉は今にも叫び出しそうだった。

 

 その浮き足立った気持ちは、スクリーンに映った画像によって現実に引き戻された。少尉の眼の前では、既に上陸したトラック群は"ロクイチ"、"マゼラ"を降ろし、岩に乗り上げるようにして仰角をとり曲射を行っている。

 

《無事だったか少尉!ご苦労!!》

 

 おやっさんの声に、少尉は含み笑いを堪えながら返答する。そうだ、戦闘はまだ終わっていない。逆に言えここからだと言える。両手で自分の頬を張った少尉は、強引に気分を入れ替えにかかる。

 

「おやっさん達こそ!被害は!?」

《ゼロだ。落っこちた奴もちゃんと拾った》

 

 死傷者0。その言葉にまた緩みそうになる頬をなんとか引き締め、少尉は反撃に行動を移した。ミノフスキー粒子濃度は以前よりやや高まっているだけだが、念には念をと作戦を声に出す。

 

「よし、"ザクII"(こいつ)観測手(スポッター)にする、レーザー通信でデータリンク開始!」

 

 抱えていた"ザクマシンガン"を地面に置かせ、身軽となった"ザクII"を素早く丘に登らせる。そのまま腹這いになり、漸く土煙が晴れ始めた対岸を見る。未だに射撃を続ける2両の"マゼラ・アタック"をロックオン、そのデータを解析、リンカーを通し"ロクイチ"、"マゼラ"へ送る。つーか撤退しろよ。保有戦力の3割がやられたらフツー撤退するだろ。何で3割になってもこんな果敢に攻めかかってくるんだよ。

 

 リンクされたデータを受け、砲撃の角度を調整にかかる。観測データという物は数が多ければ多いほど正確な数値を弾き出す事が出来る。それは距離に関しては特に言える事だ。間も無く撃ち出された砲弾が対岸の"マゼラ・アタック"、"マゼラ・ベース"に突き刺さり、弾薬に誘爆を起こしたのか激しい地鳴りと共に砕け散る。空気を伝わりビリビリと機体を振動させたのを断末魔に、敵は壊滅した。今はただ、赤くちらつく火花の混じった黒煙が、未だに火を噴く残骸から上がっているのみだ。

 この様子だと、増援の気配ははなさそうだ。

 

「──ふぅ……」

 

 "ザクII"に片膝をつかせ、コクピットハッチを開放する。コクピット内の調整された空気とは違い、埃っぽく焦げ臭い匂いを漂わせる空気を胸いっぱいに吸い込み、伸びをしながら機体から降りる手筈を整え始める。

 まるで現実感が無かったが、それでもシミュレーションとはまるで違う、リアルな実戦の雰囲気に飲まれかけていた。機体から降り立った少尉は、一歩踏み出そうとしてよろけた。足元は石ころだらけの砂地だったが、足を掬うものは一切無かった。膝が笑い、手も震えていた。そんな事にも気づかなかった。

 

 眼下では水面がうねり、光を反射する。その強烈な輝きが少尉の目に突き刺さり、少尉は思い出した様に身震いした。

 

 思い出したのかの様に現実感が戻り始め、無意識の内にクタクタだったのを堪えていた身体が限界を迎え、どっと疲れが押し寄せる。少尉はそのまま、操り人形の糸が切れたのかの様にドサリと座り込んだ。

 

「少尉ー!お疲れ様ですー!見たよ!凄いすごい!!」

「……少尉、無事で……よかった…」

 

 座り込み、それでも怠く、ばたりと仰向きに倒れこむ。不思議そうな顔の前で手を開いたり閉じたりしている少尉の元へと、軍曹、伍長の2人が走り寄り、上から覗き込むようにして話しかけて来た。

 

「……少尉が、居なければ……ヤられていた……感謝する……」

「すごい!すごいよ!!少尉かっこいいです!!」

 

 少尉は軍曹に助け起こされ、何とか上体を戻す。そのまま抱き着いてきた伍長の頭を震える手で撫で、辺りを軽く見渡した。

 

「ありがとう。伍長達も無事でよかった。おやっさんは?」

「向こうでエコバック外してるよ!」

「「…………」」

「…………?」

 

 思わず軍曹と顔を見合わせる。ようやく頭の回り始めた少尉に、伍長のぶっ飛んだ会話は少しハードルが高かった。

 もしかして、河に落ちたのって伍長か?脳に深刻なダメージがあるとしか思えない。すごいすごいとさっきからやけにボキャブラリー少ないし……。

 

「…掴まれ……」

 

 縋り付く伍長を引き剥がした軍曹がそのまま少尉に手を差し伸べる。平静を取り戻した少尉は、薄く笑みを浮かべながらその手を取った。

 

「すまない。恩に着る」

「もー、汚れてますよーうわっぷ!」

 

 そこにおやっさんが走ってくる。ようやく膝の笑いが収まった少尉は、グイと引っ張られ立ち上がり、被っていたヘルメットを手慣れた動作で取った。立ち上がった少尉の背中を伍長が手で払い、巻き立った砂埃に顔を顰める。

 

「良くやった少尉!!ミッションコンプリート!今夜は祝勝パーティだな」

「おやっさんこそよくぞご無事で」

 

 笑顔を浮かべるおやっさんに、少尉はサムアップで応える。おやっさんは少尉をヘッドロックし、ガシガシと頭をかき混ぜながら続けた。

 

「よくやった、本当によくやったよお前は。………MSの初実戦運用、どうだった?」

 

──そうか、これが初か!夢中で気づかなかった。目を細めやめてくださいと苦笑する少尉は、その言葉に弾かれる様にヘッドロックを外し、腕に力を込めながら力説した。

 

「最高でしたよ!おやっさんのおかげです!被害もゼロだし!!…………念のため、"ザクII"の点検頼みます」

 

 少尉は伍長を背負ったまま腰に手を当て、腕を組む軍曹と並び、未だに各部から水を滴らせている"ザクII"を見上げる。水浸しになり、今は埃まみれになりつつある"ザクII"は巨大な石像が何かの様だ。どんな機械も整備を怠れば故障する。それは精密な機械になればなるほど顕著だ。最先端の科学の結晶であるMSは、その最たる例と言えるだろう。

 

「おうよ、任せときな……──?……………」

 

 少尉の言葉にニヤリと笑ったおやっさんが、ふと突然何やら考え込む。どうしたんだろ?

 

「……少尉、少尉が曳航してた"マゼラ・アイン"の載ったイカダは?」

 

 

あっ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『流されて行け。留まる事しか出来ない、私の代わりに………』

 

 

 

 

 

 

戦場は非情だ。人は、ただ流されて行く……………

 




今回は戦闘アリなのにふざけ多めです。

少尉は新米なので、戦場では冷静になれず、ややハイになってるとお考え下さい。どんな時でも、ふと余計な事を考えてしまう感じです。

ロクイチとマゼラアタックの戦力分析は、小説版U.C. ハードグラフ ジオンサイドで述べられていたので。これも面白く、オススメです。当たり前ですけどプロの作品なのでこれよりかなり面白いです。

少尉の昔聞いた話は、読んでみたら分かりますが面白いです。とても日本が卑弥呼奉ってた同時代とは思えません。少尉の心にはあんまり残らなかった様ですが………

次回 第十章 砂漠の陽炎を追って

「今だ!!行くぞ!!」

アルファ1、エンゲージ!!

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