機動戦士ガンダム U.C. HARD GRAPH 名も無き新米士官の軌跡 作:きゅっぱち
戦争とは何か?
戦闘地域に住む人、非戦闘地域に住む人、高官、士官、兵士……全てに関して認識は変わってくる。
戦争によって何かを得た者。失った者。
戦争によって立場が変わった者。変わらない者。
彼らにとっての、戦争とは、何か?
答えは、自分で出すしかないのだ。
──U.C. 0079 4.4──
「──敵の物資集積所?」
朝のまだ陽が登って久しく、薄く朝靄がたなびく中だった。朝露をその身にたっぷり纏わせた下草が風に揺れ、その粒を地面に降らす。いつも通りの朝の事だ。練習がてら"ロクイチ"の整備を手伝うため砲塔に登っていた少尉にとって、おやっさんのその言葉はまさに寝耳に水であった。
………まだ少し肌寒い。肌寒いが……体感的なものだけでないな。確実に今の言葉は2、3℃気温を下げた。くそぅ。
「あぁ、偵察に出ていた軍曹からの
──どうする?」
「……ふむ…」
少尉は整備していた"ロクイチ"上部の
物資集積所とは、文字通り物資を集め、一時的に保管するところだ。
戦闘行動や、移動は言うまでもないが、それだけでなく軍隊という組織は平時において存在するだけでも常に大量の物資を消費し続けている。おかしな表現になるが、周囲を飲み込み肥大を続けるブラックホールの様なものである。飯を食べる数千人規模の人と、それが動かす燃料を喰らう巨大なマシン、その2つを抱えているから当然と言えば当然であるが。戦闘を続け、戦線を維持するには、当たり前であるが平常を遙かに凌駕する様な物資が必要である。
軍の維持かつ組織的行動には絶対に必要な
物資集積所とは、つまりそれらの輸送の労力、及び襲撃された時のリスク分散を行うため、至る所に散らばる様に物資を一時的に集積、管理した上で必要となる所へと輸送する為の仮置き場の様なものである。必要な物を必要な時に必要な場所へ、とは人間の活動の全ての基本であるが、だからこそ大切なのである。
ジオン軍は軍規により現地における物資の略奪行為を禁じていた。ジオン軍の地球降下の目的は資源の確保であり、
それにより、現地民との協力体制を築くため、手っ取り早い方法としてあらゆる戦争災害により不足していた物資をばら撒く事によりその足掛かりとしたのだ。今現在、ジオンが急ピッチで衛星軌道上からの物資投下に躍起になっているのは、そんな背景があるからなのだ。
地球上の各地で爆発的に発生した戦災であるが、それを救うべく動くべき地球連邦軍にも余裕は無く、戦災復興は常に後回しにされる事案であった。それらを起こした張本人であるジオン軍がそのケアを行うとはまた皮肉な話であったが、いくら高い志があろうと、今日食う飯が無ければ人は死ぬしかない。そして、人は腹が膨れると決意が揺らぎ、さらにその楽な状況に甘んじる様になってしまう。現に、ジオン軍による統治を歓迎した都市も少なくはなかったのも実情であった。この世界は、良くも悪くも『持つもの』が『持たざるもの』に対し強者であるのだ。その観点からは、この作戦は当初の目標を達成したと言えよう。
しかしそのため、ジオン軍は戦争初期において既に大量の物資を消費し、協力体制構築後でも伸びきった戦線と補給線、長期化する戦争の影響から深刻かつ慢性的な物資不足に悩まされ続けていたのだ。
戦争初期から、ジオン軍の主な物資確保は宇宙からの"HRSL"に頼っていた。しかし衛星システムを始めとするあらゆる監視、迎撃システムの多くが無効化、破壊されたとは言え、両目を潰され手足を捥がれた巨人がそれでもなお抵抗するかの様に、地球連邦軍も無能ではなかった。衛星軌道上では"ルナII"所属のパトロール艦隊及びコロニー駐留軍残党による、執拗な補給線への迎撃行動に、地上からの長射程ミサイルやレールガンによる対空迎撃に加え、邀撃機による
衛星軌道上での戦闘はMSの性能の前に連邦軍の一方的な敗退に終わり、ミノフスキー粒子により命中率が著しく低下した長射程兵器は十分な効果を発揮する事は出来なかった。しかし、当初、ジオン軍は航空戦力を保持しておらず、邀撃機による"HRSL"撃墜は多くの物資及び人員を地球の塵へと変えたのもまた事実であった。
それら大気圏内外の攻防戦を始めとするあらゆるトラブルにより、降下ポッドが予定
現在我々はコロラド河を遡り、水中渡河可能な場所を探している。戦力と呼べるものは"61式主力戦車"こと"ロクイチ"がたった6輌のみだ。この半端な数は、元の
しかし、地上最強の戦車、地球連邦地上軍主力兵器である"ロクイチ"も、乗るのが素人であればその機能の1/10も発揮する事は叶わないであろう。さらには、高性能化と人員削減のためハイテク化が進み、特殊技能が無ければまともに動かす事すら出来なくなった所に、それらハイテク装備を無効化するミノフスキー粒子だ。戦車は、正直手動で動かすには手に余る兵器なのである。
本来、戦車という兵器は4〜6名程度、少なくとも3名で運用されてきた兵器だ。2名なんて物は豆戦車でも少ない。通常の戦車においては、通常は車輌の統括指揮を行う車長、操縦を行う
『近い性能の戦車戦は、乗車人数で決まる』と言われる事もあり、自動化されているとは言え、2人で操縦するには戦車は複雑すぎる兵器である上、その自動化のアドバンテージすら失われているのである。簡単に言えば、素人を引っ張ってきて、初めて触らせる機器を使って2人分の働きをしろと言っている様なものである。
現在、あまりにも少な過ぎる戦力増強のため、我が隊の
「──おやっさん、ウチの資源、どれくらいあります?」
「余裕だ。あと半年は軽く持つ」
少尉の問いに人差し指をピンと立て、ニヤリと笑いながらおやっさんは答える。流石おやっさんご自慢の旅団だ。戦闘における人的資源以外は完全な様である。
人差し指を左右に振りつつ、残る片手を腰に当て、そのさぁ褒めろと言わんばかりに胸を張る悪ガキ大将の様な姿に苦笑しつつも、少尉は腕を組み頭をフル回転させる。
………正直、迷う。本来であるなら余計な戦闘は避けるべきだ。しかし、軍曹がわざわざ報告して来た位だ。先手を打てば被害をあまり出さず物資集積所を落とせるだろう。それはさらなる敵戦力を招き寄せる可能性があるが、放って置いてもその物資でジオン軍は我が軍を攻撃する………。
ならば、敵戦力分断、分析の為にも襲撃すべきだ。俺達は、俺達のだけために戦っているわけではない。
現在スタンドアロンな我々であるが、構成員は連邦軍所属の軍人が多数だ。それならば、連邦軍の勝利のため戦うべきだろう。
それに、今の戦力ではいずれ潰される。だからこそ、敵戦闘部隊は狙わない。こちらが先制をかけ有利な状態から奇襲をしようと、強い者とぶつかれば多かれ少なかれ損害が出る。戦術とは強い敵を避ける事だ。的確に弱点を突き、効率良く弱者を攻め立てるのが戦争だ。それでいい。時たま求められる勇気は今は置いておく。残忍で良心をかなぐり捨てた残虐性、酷薄な容赦の無い非道な無情さ、その様なものが今は求められる。姑息に、意地悪に、阿漕で、効果的に。それだけだ。
「おやっさん、皆を集めてください。敵の物資集積所を襲撃します」
独りでにうなづき、腰掛けていたキューポラから腰を上げ、砲塔から飛び降りつつ少尉が言う。眼を鋭く光らせるその顔は、19歳という年齢の概念を捨て去り、既に戦士の顔となっていた。
「あいよ。今日も忙しい一日になりそうだな」
しかも騒がしい、な。と手をひらひらと振り、おやっさんは去って行った。その背中が朝靄の中に溶けて行ったのを確認した少尉は、顔を顰め痛みを堪えるためピョンピョンと飛び跳ね痺れた足を振っていた。
「…………っつぅ〜っ………」
先程の雰囲気はどこへやら。朝靄の中、巨大な戦車の前で爪先を抑え飛び跳ねる新米少尉。なんとも間抜けな光景だった。
"ロクイチ"は大きい。そもそも戦車という兵器は実物を見るとそれは驚くレベルで大きい。普段目にしている乗用車とは比べ物にならないサイズだ。全高もだいぶ低くなっている5型でさえ4m近くあるのだ。まぁそうでないと戦車存在理由である『高い火力と装甲を持ち、時に歩兵の盾として、時に尖兵として悪路や塹壕を乗り越え進む』事が出来ないため当たり前と言ったら当たり前であるが。
しかしそれは、例えるなら大体2階から飛び降りるぐらいである。それでも怪我をしないのは、ひとえに少尉の日頃の鍛練の結果だろう。
世の中には3階から平気な顔して飛び降りる輩もいるが……。
「……と、とにかく……」
周りからの呆れるような視線に苦笑いをし、誤魔化す様に独り言を言いつつ少尉の頭は再びゆっくりと回転を始めていた。ふと上を見上げ、霧に隠れぼんやりと光る太陽がこちらへと光を投げかけているのを見つめてみる。
…………敵戦力は例の緑のデカイ戦車と、グレーの小さめな戦車のみ、とのことだが………。それなら、"ロクイチ"で十分戦える。いや、"ロクイチ"の方が性能的に優っているくらいだ。再度偵察を派遣した後、状況を把握次第動くべきだろう。
続々と集まりつつある仲間を見つつ、訓練をそこそこ受けた整備兵を"ラコタ"に乗せ戦力に組み込む事にする。騒がしくなりつつある中、少尉は頬をかいた。はてさてどうしようか。本当に。
──まぁ、この人数に、この兵器だけ、練度も、な中で出来る事なんて限られている。大体の作戦は決まった。後は、そうだな……。
……まぁ、いい。
「──それは、今考える事じゃない、な…………」
たなびく朝靄の中、そっと囁かれた呟きは、誰に聞かれるともなく空気に溶けていった。
数分後。ようやく全員が集結した。手に持ったままだった朝食を近くのベンチにおいた最後の1人を見やり、彼が並ぶのを待つ。なんか不思議な気分だ。軍曹の
「──皆、聞いてくれ。今日偵察に出た軍曹が、敵の小規模な物資集積所を発見した」
ざわざわと口を開き、三者三様の反応をする全員の反応を見つつ、一拍おいて話を続ける。
「トラック群はここでキャンプし、今夜、そこを襲撃する。夜襲、そして夜戦だ。奴らはスペースノイド、この重力にはまだ慣れていないはずだ。そこを突く」
拳を顔の前で打ち合わす。視線を集め、皆に一体感を持たせる。少尉の背には、先程火をつけた蝋燭がゆらめいている。蝋燭の仄かな灯りと揺らめきは心落ち着かせ、心を開かせやすい状況を作る、また、脳の判断を鈍らせ、一種の催眠状態、暗示のかかりやすい状態になるのだ。これも立派な
「──狙いは物資、情報、それに北米の連邦軍基地の支援になる。
誰も何も無いようだ。しかし、その目は静かに光っている。その眼は、既にただの人の眼では無かった。
ならば………よぉし、奴らにひと泡、吹かせてやりに行くか。
「──無いようだな。ならば、我が隊発足後初の作戦だ。全員、必ず生きて帰るぞ。
──以上。解散」
士気は高い。後は、訓練通り出来るかだ。敬礼をし、答礼には目を向けず踵を返して歩き出す。威厳だ。威厳。弱気を見せるな。堂々としろ。ふんぞり帰るくらいでいけ。内心垂れる汗をごまかす様に、少尉は足早にその場を後にした。
「──……ぃっ!少尉!タクミしょーい!!」
しばらく歩きトラックの影に隠れた後、深呼吸して胸を撫で下ろす。やはり慣れない。だが慣れていかなければ。ふたたび歩き出した少尉の後ろからの声に、足を止め振り向く。トラックの陰から出て来たのはやはり伍長だった。既にヘルメットを被り、ボディアーマーを着用した姿はやる気満々の様である。そんな伍長の後ろには、控える様に軍曹もその姿を見せていた。
「伍長、それに軍曹も。どうした?それに伍長!俺を呼ぶ時は少尉かシノハラ少尉だ。そーゆー事を気にする人の方が多いんだから……」
気がつくと高く登っていた太陽の強い日差しの下、巨大な胴体を晒すトラックの傍、日除けになり陰となる所に3人でタイヤを背もたれにし座りこむ。今夜の初めての作戦に、戦闘配備までまだ時間もあり、落ち着けなかった少尉にはまさに渡りに船だった。
「おやっさんに聞いたんです。物資はまだ余裕あるのに、何でですか?」
「一番必要なのは情報だな。後は、ジオンのIFVとAPCが欲しい。"ラコタ"では不安なんだ」
「なるほどー。──えっ?」
IFVとは、"Infantry Fighting Vehicle"(インフェントリー・ファイティング・ヴィークル)。歩兵戦闘車の事だ。つまりは歩兵を運ぶ事に主眼をおいた戦闘補助車輌の一種であり、高機動車輌である"ラコタ"と比べ厚い装甲を持ち、1台に8人程度乗り込める。
APCとは、
「……何で"ロクイチ"が、あって……それらが、無いんだ……?」
少尉の言葉に、軍曹が微かに首をかしげる。首の動きはスカーフでほぼ判らないが……しかし、軍曹の疑問も最もである。全く。バランスの悪い軍隊だ。平和ボケか、癒着か……どっちにしろ腐りかけだな。早過ぎたかな?
「そもそもあまり"キャリフォルニア・ベース"に配備してなくて、その上使われて無かったから手に入れられ無かったってさ」
少尉が肩を竦ませ両手をあげながら答える。そんな少尉の心情を表すかの様に、投げ出された足元では風に吹かれた小枝がコロコロと転がっていく。少し、風が出て来たか?
「大丈夫ですよ!こっちには"ロクイチ"があるんですよ?今更要らないんじゃないんですか?」
「……いや……制圧が、出来るのは……歩兵だけだ。……絶対に、必要だ…」
伍長のどこかズレた意見にすかさず軍曹が軌道修正を加える。しかし、次の一言で完全に脇道に逸れた。
「"ロクイチ"に乗っければ?」
口を開こうとしていた少尉はそのまま閉口し、沈黙する。伍長は何故そうなったのかも判らずニコニコ顔を崩さないのがそれをさらに助長している。脇道どころか獣道だ。
「……伍長は90km/hで走る"ロクイチ"にタンクデサントさせる気か?鬼だな……」
「あっ!なるほど……」
「はぁ、伍長……今度、一からやり直そうな?まだ間に合うから……」
手をポンと叩き納得した様子の伍長を見、ずり落ちた帽子を上げつつ、少尉はそう呟くのが精一杯だった。全く。泣けるぜ。
どんな兵器があろうと、最終的に制圧をするのは歩兵だ。それは、MSが戦場を駆け、宇宙戦艦がビームをぶっ放す宇宙世紀になっても変わらない。
"タンクデサント"とは、装甲車などがまだ浸透していなかった旧世紀で一時使われていた兵員輸送方式だ。
その名の通り、戦車に歩兵をへばりつかせ運ぶのだ。もちろん被弾や転がり落ちてしまう事で死傷率は高かった。平均寿命が2〜3週間と揶揄されるぐらいである。そのために装甲車などが開発されたのだ。ん?何故そんな事がまかり通ったって?そこは、まぁ……人が畑から採れるソ連軍だから……。良い子の諸君は、雪が積もっているからと言ってパラシュート無しで降下しちゃダメだよ?お兄さんとの約束だ。あまりにも戦線がズタズタで、大混乱していたからまかり通る話だったと言うけどな。よく言われる銃は2人に1つ、も本当に戦争初期だからね?勘違いしちゃダメだよ?
因みに"ロクイチ"にも兵員輸送のためのスペースがある。砲手、操縦手を含めずそのスペースのみで最大四人乗りだ。しかし、そこは主砲の弾丸を載せるスペースと共用のため、殆ど使われる事はないのが実情である。
「戦力が整ってない以上、敵兵器の鹵獲は有効だ。それに、こっちは大人数の整備兵を抱えている。
孫子曰く、敵の貨を取る者は利なり、だ。敵の一鍾を食べるのは味方の二十鍾分に相当するっていうし。どっちみち現時点での俺達にデメリットはあまりない。ならやるべきだろう。
「へー、いっぱい考えてるんですねー」
「……少尉は、今指揮官だ……全員の、命を預かっている………ならざるを、得ない……」
「そうそう。今は戦争だ。何の準備もせず、戦術も無しに戦いに挑めば……そこに待つのは己の屍だけだからな」
手を叩く伍長の頭に手をのせて軍曹が言う。伍長は目元までずり下がったヘルメットを両手で戻す。その姿は小動物の様だ。
「…という事。軍曹の言う通り、今の俺たちの戦力はあまりにも少なく、経験も少ない。軍曹、伍長は主力であり、教官だ。慣れない整備兵達の教官になって欲しい。よろしく頼む」
「はーい!少尉のため、レオナちゃんがんばっちゃいますよー」
「……了解」
両手を振り上げ立ち上がり、気合を入れる伍長、またもヘルメットがズレている。サイズがあってねぇな。でも、あれ以上小さいのねぇし……頭ん中すくねーから……。
少尉と言えばやっと理解してくれた伍長に安堵のため息をつく。そこへおやっさんがやって来た。手には大きな黒い筒を抱えている。艶消しがなされ、だいぶ重たそうな印象のそれを、軍曹が片手でひょいと持ち上げ見聞し始めた。
「話はまとまったか?」
「はい。おやっさんも、最高の整備、頼みますよ」
立ち上がり埃を払う少尉がおやっさんと向かい合う。舞い上がる埃とキラキラと反射する太陽光に目を細めつつ、おやっさんは陽気に返した。
「ああ、任しておけ、それに、奴らは場慣れしてない、お守り頼むぞ」
「……了解……それと、整備班長……反射防止策を、頼む……」
「分かってんよ」
軍曹の意味ありげな目配せに、おやっさんは胸を叩き応えた。その様子に安心した少尉に、理解出来ていない伍長が声を細め聞く。
「アレってなんです?」
「──後で分かる。よし、各員の奮戦に期待する。解散!」
……ま、すぐ合流するんだけどね?気分だよ、気分。それにいい合図にもなるし。
トラックに戻る。二重のハッチの中は、空調の効いた快適空間が広がっていた。首元をやや緩めつつ、少尉はどこへともなく歩き出したが、ふと思い立ち立ち止まる。
今のうちに
「軍曹!手伝ってくれるか!」
「…了解……」
トゥー・メン・ルールに基づいて軍曹も呼び、整備用の油と
軍曹は暇さえあれば銃の分解整備をしているため、こんな時でも頼りになる。つーかウチの旅団は軍曹とおやっさんに支えられていると言っても過言では無いな。俺はまぁ、代表の代わりで、伍長はマスコットかな?
地球連邦陸軍が正式採用しているアサルトカービンは、狭い空間での取り回しを考えられたブルパップ方式を採用している。そのため、全長の割りに長い射程距離と新たに組み込まれた反動軽減機構、減退器による高い命中率が特徴だ。更に軽く、
組み込まれた反動軽減機構の副産物である減音効果で難聴になる事こそなくなったが、更に機構は複雑になってしまい、平時においては整備手順の煩雑さから不評の銃だ。しかしその性能は
サイドアームは軍の正式採用品M-71でなくTYPE-22をチョイスする。TYPE-22は旧世紀に製造されていたSIG/SAUER P220をリメイクしたもので、構造が単純で信頼性が高い為貰い物の私物を持ち込んでいる。また、ダブルカラムマガジンではなくシングルカラムマガジンである理由としてはあくまで補助火器として運用する事を主眼に置いたためだ。これは友人の贈り物である。コンパクトで携行しやすいのはいいが、少し小さ過ぎて握り辛いのが難点だ。
軍曹は旧式の68式を整備している。これは軍曹がブルパップ式のM72は構造が複雑なうえに排莢孔が顔の近くにあり即座にスイッチングを行うことが困難である為、あえて旧式を使っているのだ。
それに単純な構造から来る信頼性や、銃身長も長い事も軍曹が選んだ理由の一つであろう。そちらの方が当たり前であるが命中率、射程距離、集弾率、速度全てにおいて勝る。軍曹は長身なため、それで十分なのだ。また、軍曹の物は精度の高い物をベースにマークスマンライフルとして再調整されたものであり、使用弾もM72より大きく射程も長い7.62mm弾を使用しており、中距離射撃、ストッピングパワーに優れている。
M-71はブローバック式のハンドガンに反動軽減機構を組み込んだもので、命中率こそ上がったが、やはり構造は複雑になったため2人とも使っていない。使うのは伍長だけである。軍曹のサイドアームはコルト・ガバメントM1911A3である。旧世紀に使われていた傑作ハンドガンのマイナーアップ版だ。流石北米出身。.45神話は健在のようだ。
軍曹のM1911A3以外、ライフル、ハンドガンの弾丸は正式採用品と共通なので、このように好きに運用できるのだ。それに地球連邦軍という組織はその様な装備に寛容であった事も大きい。その辺りもかつての米軍の気質を色濃く受け継いでいる。
「あっ、わたしも参加しまーす!!わたしの相棒どこだ〜」
ドアが気分良く開かれ、音を立てる。そこに居たのは伍長だ。
「伍長か、やっとけやっとけ。やらんに越した事は無い」
「……出来る、のか………?」
「バカにしないでください!見ててくださいよ〜あった!シャーリーンちゃん久し振り〜!」
るんるん気分の伍長も参加する。道具を揃え、意気揚々と分解を始めるが、早速バネを吹っ飛ばし、拾おうと動いてネジを撒いた。
「あぁぁぁあ……シャーリーンちゃーん!!」
「つーかその名前何だよ!!なんつーネーミングセンスだ今すぐヤメろ頼むから!!」
………涙目で結局軍曹にやってもらっている。既に主戦力の1/3が機能不全を起こしている。頭を抱えたくなった。
基礎の基礎が、全く出来てねぇぞコイツ…………。
こっそりと溜息をつく少尉は、気持ちを切り替え目の前の銃に向き合った。手を動かしていれば晴れる気持ちもある。手の中でドライバーをもてあそびつつ、少尉はウェスに手を伸ばした。
斜陽が揺らぐ中、閲兵式のようにピシリと並んだ整備兵達の前に立ち、少尉が声を張り上げる。
「よし、全員揃ったな。では、作戦を改めて確認する。敵の物資集積所1.5km地点まで接近。"ロクイチ"は目視にて"緑の戦車"を狙う」
人差し指を立て、少尉は淡々と作戦を説明して行く。確認の意味合いも大きいが、どちらかというと本音ははやる自分の心を落ち着けようとしていっぱいいっぱいだったからだった。
「まず包囲網が完成次第、軍曹が狙撃を行い、敵の頭数を減らす。そこから敵にバレ次第"ロクイチ"で砲撃を行い、その後"ラコタ"を伴い突入、制圧する」
少尉はそこで一度言葉を切り、深く深呼吸する。緩やかな風が服の裾を揺らして、砂埃と共に去って行く。一度瞑った目を開き、少尉は再度話し始めた。
「敵に容赦はするな。だが、非武装のものは出来るだけ捕虜にしろ、出来るだけ、だ。生き残る事を優先しろ。疑問、違和感は逐一連絡しろ。分かったな。質問は?」
全員顔が緊張気味だが、問題はなさそうだった。
「無いな。時計合わせ!では、状況を開始する。全員乗車!!」
「「
整備兵達が緊張しつつも動き出し、次々と乗り込んでいく。うん、問題は無さそうだ。乗り込む時の怪我とか稀にあるからな……。
「
"ロクイチ"に乗り込み、キューポラから上半身を乗り出した少尉かわ号令をかけ、陸の王者達が地面を蹴立て出撃する。もうもうと砂埃を上げ疾走する"ロクイチ"3輌に、その煙を避ける様にして、緊張した顔でライフルを抱き抱えた整備兵たちを荷台いっぱいに満載した"ラコタ"が6台続く。
「──あー、テステス。軍曹、伍長、聞こえるか?」
《聞こえるよー》
《……感度良好、問題無い》
ノイズも無く、クリアな声が返ってきた事に少尉は満足気にうなづく。データリンクは出来ないが、高いミノフスキー粒子下でさえも比較的安定して通信できるレーザー通信装置は快調だ。これは少尉のアイディアをおやっさんが設計、製作したものだ。
「よし、そろそろだ。各員、配置に付け」
《《了解》》
ミノフスキー粒子によりレーダーは無効化され、有視界戦闘が主体になった今、再びカムフラージュが有効になった。特に視界の悪い夕方、夜は少しでも輪郭が崩れていると目標の判別が著しく困難になる。整備兵達の手により、大量の草木を乗せられた"ロクイチ"の上はこんもりと盛り上がり、盆栽のようになった。その事に満足気にうなづいた少尉は独りごちる。戦車の上で百貨店でも開こうかね。
斜陽が世界を赤く染め上げる中、息を潜め、音を抑えて敵拠点へと肉薄して行く。敵はこの事を知らず、見えない。まるで死神だ。
「こちらアルファ、準備完了」
《……こちらブラボー、同じく》
《こちらチャーリー、同じく準備完了》
《こちらデルタ、準備完了》
全員の用意が完了したのを確認した少尉は、そこで口がカラカラに乾いているのに気づいた。自分で思う以上に緊張していたらしい。
チューブゼリーを啜り、一息つく。そのままシートに深く凭れかかり、手を組み目を瞑って素数を数える。
カウントが101まで行った時、少尉はゆっくりと目を開け、身体を起こし無線機へ怒鳴り立てた。
「──
《……了解…ブラボー、エンゲージ……》
"ロクイチ"の上部には13.2mm M-60 重機関銃が装着してある。軍曹のオーダーとは、おやっさんが抱えていた特注の大口径狙撃スコープだった。初めて作戦を聞いた際、重機関銃で狙撃?と首を捻る者が多数だったが、重機関銃は固定されており安定性が高く、更に重く威力のある大口径弾は風に流されにくいため、セミオートによる射撃を行えば十分に狙撃できるのだ。現に、旧世紀ではブローニングM2重機関銃で約2kmの狙撃に成功している。
軍曹が狙撃を開始する。
FCSとは
少尉は"緑の戦車"に"ロクイチ"主砲の照準を合わせつつ、軍曹の仕事ぶりを眺めていた。少尉の視線の先では、軍曹の高い狙撃技術と"ロクイチ"の高性能なFCS、それに長くバディを組んでいて息の合う伍長が合わさり、どんどん敵を撃ち倒して行く。
「──凄い……!」
実際そうとしか言えなかった。高性能なFCSの恩恵があると言え、今夜は風もある。距離も普通は狙撃する様な距離ではない。それでいて素早く、何より精確だ。センサーが捉えた、眉間を吹き飛ばされているも表情一つ変えず崩れ落ちていくジオン兵を、少尉は決して忘れる事は無いだろう。
その人数が30人に届くか届かないかぐらいになった時、基地内に警報が鳴り響いた。
流石にバレたか!!しかしもう遅い!!
「総員!作戦を第二段階へ!全車両、弾種、
《撃ち方、始めぇーっ!!》
《情無用!!フォイヤー!!》
轟音と共に"ロクイチ"の主砲、155mm二連装滑空砲が火を噴き、轟音と共に音速を遥かに超えた鉄の矢を撃ち放つ。センサーが捉えた遥か彼方では、装甲をいとも簡単に貫いた弾頭が、戦車をオモチャか何かの様に吹き飛ばして行く。この主砲の威力は折り紙付きだ。上手くやれば、MSとだって渡り合える。様は戦い方なのだ。"ロクイチ"のスペックは、それ程にも高い。
《敵戦車沈黙!!敵の反撃確認出来ず!!今です!!》
その報告を聞いた少尉は、
「よぉし!!突撃を開始する!!弾種変更
腕を振り上げ、怒鳴り声を上げる少尉。炎に照らされ揺らめくその姿は悪魔のようだった。
《ヒャッホォォォォォォオオ!!最高だぜぇぇぇぇぇぇえええ!!》
《了解……地獄、までも……ついて…行く………》
《《おぉっ!!》》
第三射斉射後、黒い煙をあちらこちらで上げ始めた敵物資集積所へと全軍を伴い突撃する。背中に感じる多くの視線と、無線を賑わす鬨の声が少尉を奮い立たせる。少尉が振り上げた手を振り下ろしたのと、"ロクイチ"がその巨体を震わせ前進を始めたのはほぼ同時だった。
「いくぞ!!
「了解!飛ばしますよ!しっかり掴まってて下さい!!」
パンツァーカイルとは、
もう敵に戦車はない。そしてMSの無い今、戦車に勝てる兵器はジオンには無い。
戦車に勝てるのは、戦車か、攻撃ヘリか、犠牲を顧みないかまたは隙を突いた歩兵による対戦車ロケットランチャーなどの攻撃しかない。それだって随伴兵によってほぼ無力化されてしまうのだ。敵戦力にMSや航空機が無ければ、戦車はまだ地上最強の兵器なのである。
「硬い皮膚より速い脚だ!!もっと飛ばせ!!もっとだ!!」
《
主砲が火を噴き、重機関銃が
「危険です!!エンジンが悲鳴をあげてるんですよ!?」
諌めるドライバーの提言に、少尉は手を振り拒否を示す。額に流れる汗を拭う事も忘れ、目はメインスクリーンから片時も離されず、ただ前だけを睨みつけていた。きつく握り拳を固め、少尉が口を開く。
「構うな!俺にはワルキューレの声に聞こえる!!大胆不敵であれ!!」
「ヴァルハラに連れて行かれたらどうすんです!!」
「そん時はコイツでラグナロクに備えるさ!喰らえ!お前たちの行くヴァルハラはないぞ、ジオンめ!!」
全速力で敵陣へと到達した少尉は、目に付く物へ手当たり次第に主砲や機関銃で攻撃しながら"ロクイチ"でバリケードを蹴散らし突入する。ジオン兵からしたらたまったものではない。時速100km近い鉄塊が死を振りまきながら突っ込んでくるのだ。殆どの者が恐怖に身体を竦ませ、顔を歪ませながら
「RPGに注意しろ!2時方向!!目標野営地!弾種変更
《うてぇーー!やっつけろ!!》
《行け!!潰せ!!》
《5時方向……RPG……》
無線に反応し、視界を巡らせる。その端に映り込んだ、キャットウォークから諦めずロケットランチャーを撃とうとしていた敵兵に、重機関銃を撃ち攻撃を阻止する。体勢を崩し、ロケットランチャーを取り落としたジオン兵はそのまま落ちて見えなくなった。
生身に対して重機関銃は当たらなくても良い。至近弾の引き起こす身を引き裂く様な衝撃波の中、射撃態勢を維持出来る人間などいない。それに口径は13.2mmもあるのだ。一発でも当たれば柔らかい人体など血霧と化す。
「敵を逃がすな!!突撃し、蹂躙しろ!!情無用!ファイア!」
《いいぞ ベイべー!!殲滅戦だ!掃討戦だ!!怪しいところには弾丸をブチ込め!!逃げる奴はジオン兵だ!!逃げない奴はよく訓練されたジオン兵だ!!まず殺してから考えろ!!生き延びたいなら引き金を引け!!情け容赦無く無慈悲なまでに!ホント!戦争は地獄だぜ! フゥーハハハーハァーッ!!》
《こちらデルタリーダー!"ロクイチ"隊へ!先導感謝する!!引き続き援護を頼む!!デルタ散開!!》
「出番だ!!行くぞ!!突撃ぃー!!」
突撃し、楔となった少尉の搭乗する"ロクイチ"の砲門が断続的に火を噴く。開いた突破口へと後続の"ロクイチ"、"ラコタ"が続き、"ロクイチ"を盾にし"ラコタ"から整備兵達が飛び降り、混乱し逃げ惑う敵を撃ち倒し、銃剣で突き刺し、銃床で叩き伏して行く。
「この野郎喰らえ!!」
分隊支援火器を抱え、
「これは俺の分!!そしてこいつも俺の分だ!!」
「まるで鶏撃ちだぜ!!」
「そっちにいったぞ!!追え!!」
「グレネード!!」
「ブラボー!前の建物だ!一発ぶち込んでくれ!!」
《ブラボー了解………ファイア……》
狙撃により減った戦力に、飯時の奇襲。魔女の鍋と化した敵陣は地獄の釜の蓋が開いたのかのような惨状だった。既に敵に組織的行動は不可能だった。総崩れとなったジオン軍は全員が全員バラバラに動き、整備兵たちに追い立てられ、背中に沢山の銃弾を浴び各個撃破されて行く。
「………クリア!!」
「クリアー!!」
「こっちもクリアだ!!」
あちらこちらで煙を噴き上げる物資集積所に、挽歌を唄うように声が響く。それを"ロクイチ"のコクピットで聞いていた少尉はおもむろに立ち上がり、キューポラから身を乗り出す。
かくして少尉達は1人の犠牲も出さず、ジオン軍の物資集積所を制圧した。状況の終了を確認した少尉は、インカムに手を当てトラック群のおやっさんに連絡する。
「おやっさん!敵物資集積所を制圧した!こちらへ向かってくれ!!」
《うおっしゃぁ!!少尉ならやってくれると信じていたぞ!!すぐ行く!!分解して!解体して!解析だぁー!
野郎ども!!祭りだぁ!!》
嬉しそうだ。物凄く。なんかものっそい複雑な気分だ………。ふと目をやると、向こうでは整備兵たちが
皆、アドレナリンと緊張が解け始める頃だろう。興奮から冷め、現実を直視した時、自分のやった事に耐えられるか……。人の命を奪った事に耐えられるか……。
「少尉!!これ見てこれ!!すっごいよ!!うわー……」
制圧完了と同時に真っ先に"ロクイチ"を飛び降り、目を輝かせ走り回り、転げ回っていた伍長の呼ぶ声が響く。何だ?ネコでも見つけたか?
曲がり角の先で手招きする伍長に軽く手を振りつつ、少尉はヒョイと顔を出した。
しかし、その予想は裏切られる。
"それ"を見て、少尉は思わず息を飲み、絶句する。
損傷し、夜風を受け頼りなく揺れるハッチがスローモーションに見える。その奥の物が、余りにも衝撃的過ぎたのだ。
砲弾を受け捻じ曲り、焦げ跡の付いたコンテナの奥に、"ヤツ"は居た。
そこには、"巨人"が横たわり、主を静かに待っていた。
『
時代が、世界が、変わってゆく…………
やっと、物語が動き始めました。遂に、主人公がMSに乗ります!!
………鹵獲がどうした!!敵の機体だが文句ある!!
連邦が!!MS!!全然開発しねーんだもん!!
地味で!!仕方ねーんだよ!!
ということで、これからもよろしくお願いします。
IFV、長過ぎてルビふれませんでした………。
次回 第六章 グレート・キャニオン砲撃戦前夜
「………もういいよーっだ。フンッ……」
アルファ、エンゲージ!!