機動戦士ガンダム U.C. HARD GRAPH 名も無き新米士官の軌跡   作:きゅっぱち

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キャリフォルニアベース、陥落。この地獄の様な戦場を、少尉は生き残れるのか。そして、おやっさんの言っていた事とは。長い長い一日が終わりを告げ、新しい時代がやって来る。


第三章 キャリフォルニア・ベース撤退戦

マングースとは、マングース科、哺乳綱ネコ目(食肉目)に属する科に分類される、小型の肉食動物だ。

 

主に小型の小動物を捕食するが、気性が荒い個体は群れで自分より大きな生物や、ハブのような危険な生物にも襲い掛かる。

 

小柄な身体つきや、その愛らしい見た目とは裏腹に、獰猛で、荒々しい生き物なのだ。

 

しかし、"巨人"には勝てるのか?

 

知っている者は誰もいない。

 

 

 

──U.C. 0079 3.11──

 

 

 

 力強い爆音が響き渡る。"マングース"が空を舞う。あれほどに澄んでいて、青かった空は黒煙で汚れ、黒と青のマーブル模様に時折赤い火花が混じる。そして、その汚染は今もなお加速して行く。酷い有り様だった。

 

 下は激戦の様相だ。カーキ色にの"ロクイチ"が砂煙を巻き立て駆け回り、その最大の武器である155mm二連装滑空砲を放つ。それを重力に縛られつつも軽快な挙動で回避し、手にした戦車の主砲並の"ライフル"で反撃を行う約18mの"緑の巨人"。"ロクイチ"はその筆舌に尽くし難い反撃の前になす術もなく吹き飛ばされて行く。

 自慢の主砲は折れ飛び、砲塔は打ち上げられ、履帯は散らばり車体(シャーシ)からは火を噴く。その無惨な姿に、"最強"と呼ばれた面影は見られなかった。

 

 戦車という兵器は正面装甲が一番厚く出来ている。目安としては、最低限自分の主砲に耐えられる程度の装甲だ。次に側面、後部、上面下面と続く。

 戦車の装甲は後面や上面、下面の装甲は薄く、いわゆる弱点である。これは全方位に堅牢な装甲を施そうとも、それこそ重量が嵩むだけであるため最も被弾する正面を重点的に装甲を施すという手法が取られているためである。対戦車ミサイル(ATM)がロックした戦車の手前で上に上がり、上面を攻撃する"トップアタック"を行うのもこのためだ。

 

 しかし"巨人"には必要ない。その"ライフル"を構える高さが既にだいたい地上15m前後なのだ。地上最強の兵器、戦車といえども、常に弱点を狙い撃たれるという大きなディスアドバンテージの前ではひとたまりもない。

 

 それに"巨人"は二足で地面を走り、時速100kmに近い速度を叩き出している。背部のスラスターを噴かしたジャンプを併用するとそれ以上だ。これは"ロクイチ"の走行速度を上回る上、戦車の様な二次元移動に限定されないという特徴がある。スラスタージャンプによる三次元機動は脅威だ。それに伴い"巨人"は、その巨体に似合わないフットワークの軽さを持ち合わせており回避能力も高い。360°全方位へ瞬発的に機体を移動させ、または機体の一部のみを逸らす様な回避は、"巨人"以外の機動兵器には不可能な芸当である。

 

 "巨人"は装甲も厚い。装甲の比較的薄い部分は背部や脚部であるが、"ロクイチ"の主砲を持ってしても一撃で戦闘不能に陥れるのは至難の技だった。

 

 "攻撃"、"機動"、"装甲"。それのどれも劣っている"ロクイチ"が、正面から殴り合って勝てるはずがない。

 

…………古来より、戦力は質×量×量で決まると言う。

 そして攻城戦では攻撃側は防衛側の3倍の戦力が必要とされる、というのが定説であるが、その"戦力"でも劣る連邦軍に既に勝ち目は無かった。

 

「クソッ、好き勝手やりやがって………」

 

 "マングース"のコクピットて少尉が歯ぎしりをしつつ毒づく。悪態をついても戦況は変わりなどしない。しかしつかずにはいられなかった。それほどにこの戦況は絶望的だった。『駆逐』の2文字が頭に浮かぶも、それを振り払う。

 

 少尉は機を旋回させ、薄汚れた雲に紛れつつ戦線に接近して行く。

 

 『勝てる』とは、到底思ってはいない。

 

「……だが、負けなければいい。少しでも時間を稼ぎ、撤退を支援すればいい──」

 

 だから、そのために。ここでは無く、次の勝利のために。

 

 この命、使わせて貰おう。

 

 FCS起動、マスターアームオン、メインアームレディ。

 

 HUDにガンレティクルが灯り、気休め程度ではあるが、目標をロックする。

 

 少尉の作戦は決まっていた。後は、実行に移すのみ。

 

「喰らえ!!MAD DOG!!リリース!ナゥ!!」

 

 目標をロック、コールしつつ6発もの空対地ミサイルを順次発射する。ミノフスキー粒子濃度は既に35%を上回っており、アヴィオニクス(機載電子機器)の大半がシステムダウンを引き起こしている。通信は不可能、レーダーもホワイトアウトし、FCSも殆ど機能がダウンし、ミサイルも無誘導で発射される。それでも言わずには居られなかった。それ程にこの孤独は、強過ぎた。

 

 ミサイルは機体から分離後、ロケットモーターに着火され無誘導のまま撃ち出された。これじゃ高いただのロケットランチャーだ。兵装をロケットポッドにすれば良かった。

 

「……勿体無い」

 

 ミサイルは高い。一発数百万ドル以上する。当たり前だ。爆薬をたんまり積んだ小さなロケットを撃っているようなものなのだ。ハイテク兵器の代名詞とも呼べるミサイルは、狙った目標へと確実に飛翔し撃砕する事を前提とした兵器なのである。

 

 それでも西暦を通し、宇宙世紀になってまでも使われ続けたのは、それ程高い物を撃ってまで壊す必要があった敵の兵器は、そのミサイルより高いからだ。

 つまり、ビジネスである。戦争も突き詰めればこのようになるのだ。良くも悪くも金は、世界を動かし、揺さぶりをかけるものなのだから。

 

 発射されたミサイルは、噴射炎から引きずる様に白い軌跡を描きながら地を駆ける"巨人"の群れに殺到する。直撃弾は一発もない。殆どがその焼け焦げ、赤茶けた地面へと吸い込まれ炸裂して行く。だが、狙いはそれじゃない。

 

「っしゃぁ!!見たかデカブツが!!」

 

 ミサイルは"巨人"の足元に着弾、小破程度が多数だが中破し擱座した奴もいる。作戦は成功だった。

 

 実は、敵の戦力削り、敵を効率良く撤退させるには敵を殺す必要はない。ただ戦闘継続が困難になる程度の怪我をさせればいいのだ。

 

 死体は放って置けるが、負傷者はそうはいかない。それが移動に支障をきたす足回りならさらにそうだ。特に足は『第2の心臓』とも呼ばれる器官であり、複雑な構造に大きな血管が通っており、太腿の内側などは些細な怪我でも命取りになり、動けなくなってしまう。

 ただ一人を殺すだけなら減る人数は一人だが、負傷なら付き添いなどが必要なために、2、3人が一気に撤退する。

 

 つまり一人を殺す労力以下でそれだけ多くの人数を一気に減らす事が出来るのだ。現代携行兵器の貫通力を重視した小口径化や、地雷が掛かった者の足のみを吹っ飛ばして殺さないのも、この考えから来ている。

 それは全長が18mに届くようなMSなら尚更だ。更に言うとMSはジオンの主力兵器であり、戦力的に大きく劣るジオンと物量で勝る連邦軍との差を埋めるアドバンテージであり、最新兵器であり切り札だ。それをほっぽる事など出来やしない。

 

「GUNs・GUNs・GUNs!!()ちろ!!」

 

 攻撃後上空を飛び去り、今度は戦車を機首の20mm機関砲で蜂の巣にして行く。対空迎撃能力が基本的に無い戦車は攻撃機の的だ。地上では最強を誇る戦車だが、その真価を発揮するには自軍による航空優勢圏を確保している時に限られる。ジオンは対空ミサイルを持っていない。恐らく自軍の散布するミノフスキー粒子の影響から使えない事が分かっていたからだろう。対空戦闘は戦闘機頼みなのかも知れないが、戦闘機もまだ使える状況ではない。ならば、MSにさえ注意すればまだこいつは戦える。

 

 そう、この時代遅れで、機体数も削減された、"お荷物"と呼ばれたコイツでも、役に立つのだ。

 

 ミサイルは残り14発。それだけがMSに対抗できる最後の手段だ。ジオンのでかくて緑の戦車と、小さくてグレーの戦車には機関砲で十分だ。まだ出来る事はある。それをやるだけだ。

 

「!」

 

 視線の端を過る火線、考える前に身体が反応し、フットレバーを反射的に蹴っ飛ばす。機体がロールする様な勢いでスターボード機動を行い横滑りし、迫り来る敵弾を回避した。

 この機体は攻撃機だ。高いGの掛かる戦闘機動を行う様な高速戦闘は考慮されてはいない。それを無視した少尉の操縦に、機体の耐久限界を超えた戦闘機動に、激しい負荷の掛かった機体がミシミシと悲鳴を上げる。

 頼む、持ってくれ。最後に酷使してすまない。だが、頼む。何とか………!!

 

 眼下に広がる"キャリフォルニア・ベース"のあちらこちらで爆発が起こり、噴煙が上がる。かなり奥まで侵攻された"キャリフォルニア・ベース"は既に死に体だ。しかしここが陥落したら北米は終わりだ。さらにここの軍港、空港を奪取されてら"ジャブロー"がマズい。

 

「──!!クソ……」

 

 次々と基地内に飛び込んでくる"巨人"の上空を飛び過ぎながらミサイルを撃つ。やはり直撃弾は無い。敵も重力下における機動に慣れ始めたのか、地上戦力もどんどん押され押し込まれて行く。

 

 既に連邦軍の航空戦力は壊滅と言っても過言ではない。航空機の生命線とも呼べる滑走路が殆ど稼働していない時点で既に分かりきっていた事であるが、上空を飛ぶのは、見渡す限り自分だけだった。

 

 この広い空に、ただ1人という孤独。それが少尉を苛む。

 

「………いや、まだだ、まだ終わらんよ!!」

 

 思わず叫ぶ。叫ばずにはいられない。通信機はもはや雑音すら吐き出さず、弱々しく小さな音を立てるだけだ。目視に置いても友軍航空機は全く確認出来ない。

 

 俺は、北米を支える地球連邦軍の一大基地、"キャリフォルニア・ベース"所属空軍最後の一機なのかもしれない。いや、そうなのだろう。ホワイトアウトしたレーダーに、雑音しか出さない無線が役に立つ事は、もう無さそうである。

 

 震える手を抑え、操縦桿を握る。青い空など既にどこにもない。あるのは焼け爛れた地面に、噴煙を纏う"死神"、それに薄汚れた空だけだ。

 

 ならば、往こう。友軍のためにも。何より、今なお地面で戦っているだろう戦友のために。

 

 機体を旋回させ、少しでも、と攻撃を加える。

 

 頼みの綱である、主兵装の4連装機関砲も弾切れ寸前だ。後程度の2秒の制圧射撃も持たないだろう。

 それに、砲身の異常加熱(オーバーヒート)により一つは使用が不可能になり、廃熱の間に合わない事から機体内の温度が上昇してしまっている。その発散仕切れない熱は既にほぼダウンしているアヴィオニクス、特に機首に搭載されている照準用レーザー照射装置などのFCSへと物理的に(・・・・)止めを刺しに来ていた。度重なる戦闘機動も機体にかなりの負荷を与え、更には燃料も尽きかけていた(ビンゴ)。状況は最悪とも呼べた。

 

 少尉だけでない。機体その物にも、既に限界が来ていた。

 

 それでも、飛ぶ。それしか出来ないから。それが出来るのも自分しかいないから。飛び続ける。

 

 ミサイルが残り3発になったその時、"巨人"の一機が正面に回り込み、"ライフル"をこちらに向けていた。厄介な蝿を無視してはいたが、ついにその堪忍袋の尾が切れたらしい。機体への照準レーザー照射(エイミング・レーダースパイク)を感知し、けたたましいビープ音がロックオンアラートを知らせ、危険を訴えかけてきている。

 

「! マズっ!!!」

 

 飛翔体を撃ち落とす難易度というのは、飛翔体と射手の立ち位置によって大幅に変わる。例えば、射手から見て右から左に飛んで行くのを撃ち落とす、いわゆる『追い撃ち』を成功させるのは至難の技だが、向かってくるものや通り過ぎたものを後ろから撃つのでは後者の方が簡単だと誰もが分かるだろう。

 航空機における戦闘では、如何に後ろを取られないかが生命線だ。少尉は今、その命運を握られてしまったのだ。

 

 気づいた時には既に遅過ぎた。"巨人"の目が鈍く輝き、その構えたバカデカい"ライフル"のマズルが火を吹く。

 フットレバーを蹴飛ばすも、間に合わない……せめてもの目くらましにと機関砲を乱射しミサイルを放つ。

 

「……んぐっ!!」

 

 激しい衝撃に何かが壊れ、ひしゃげる音が鼓膜を打ち付ける。焼け付くような熱さを感じる身体が、大きく偏りGを受ける。いや、そうではない。機体が傾いたのだ。しかし、幸いにも直撃は避けた様だ。あんなものが直撃したら、それこそバラバラだっただろう。…………だが、それだけだ。

 

 磨き上げられ、限りなく透明に近かったキャノピーは無惨にも砕け散り、大小様々な破片が全身に突き刺さった。噴き出した血はパイロットスーツを染め、コクピット内の至る所に飛沫を飛ばしていた。身体を揺すれば複雑に砕けた破片が体内で擦れ、激しい痛みが身体を貫き、駆け巡る。

 後方では、逞しい音を響かせ続けて来た右エンジンが火を吹き、あっという間に火達磨になる。右の主翼は中程から無くなり、漏れ出した燃料が気化し、白く尾を引く。2枚ある垂直尾翼も片方はほぼ吹き飛んでいる。もう片方も穴だらけだ。機体の至る所がひしゃげ、千切れかけのフレームがギシギシと悶える。目の前のコンソールは耳をつんざく様な電子音で金切声を上げ叫ぶ。耳障りだ。

 勝手に機体がロールする。方向舵が脱落した所為だ。姿勢が保てない。機体がガタガタと不規則に揺れ、その度に破片が食い込む。激しい痛みで頭がぼぅっとする。薄れ行く意識を保つので精一杯だ。

 

「……死んで……たま…か……」

 

 ごふっ。口から血が溢れ出て、ヒビが入り白くなったヘルメットバイザーに、さらなる彩りを与えた。マズい、肺に傷がついたか、それとも肋骨が折れて刺さったか、どちらにしても重症だ。アニメの様にはいかない。出血も止まる気配は無く、パイロットスーツを染め上げた血は行き場を探すかの様に垂れ流され、小さな血だまりをつくっていた。

 

「………く……」

 

 しかし、それでも少尉は何とか機体の姿勢を保たせていた。震える手は限界を迎え始め、出血多量で意識も薄くなり始める。だが、人としての本能か、或いはパイロットとしての習性か、ほぼ無意識のまま、おやっさんの言っていたポイントを目指し飛ぶ。恐らく、だが。何があるか、どうなるのか分からない。

 

 

 けれど、それは今置かれた状況下では、最後の希望であり最善の策だった。

 薄れ行く意識の中、少しでも気を抜いたら、力を抜いたらそこまでになりそうだ。エンジンの片肺飛行に、機体の制御を司る油圧系は深刻なダメージを受け、フラップ、エルロンは脱落して久しい。吹き飛んだエンジンへの燃料循環を止められず、燃料計は目に見えてダダ減りして行く。あらゆる機能が低下し、満足に飛ぶ事さえ許されない機体は失速(ストール)している。ガタガタと振動を伝えてくる操縦桿を握りしめる右手は麻痺し、トリガーから指を離せない。弾を吐き出し切り、それでもなお回り続ける砲身に電力を奪われ、損傷により火花を散らす計器盤に、アヴィオニクスもダウン寸前だ。左手は動かない。スロットルレバーも操作出来ない。あれほど喚き立てていた警告音すらなりを潜め、どんどん弱まって行く。ブラックアウトも時間の問題だろう。目の前が真っ赤だ。垂れた血が目に入り込んだらしい。そして段々暗くなって行く。赤黒い視界に映るのは、弱々しく明滅するランプの明かりだけだ。

 

 

 

 ふらつく"マングース"は既に満身創痍だ。もともとこの機体は攻撃機であるため、装甲は戦闘機などとは比較にならない程の重量比を持つ機体だが、それでも所詮は気休め程度だ。敵の武器はたった数発で戦車を葬り去る兵器なのだ。1発でも当たれば爆発四散していただろう。掠っただけでも落ちなかっただけ幸運だった。

 

 

 

 

 しかしその幸運も長く続きそうには無かった。片方のエンジンは既に無くなり、燃料だけが尾を引き垂れ流されて行く。残るもう片方も、ジワジワと出力が低下していた。いつ止まってもおかしくはなかった。"マングース"は、飛行機としての限界を迎えつつあった。

 

 

 

 

 

 どんどん高度が下がって行く。"キャリフォルニア・ベース"を通り過ぎ、もうすぐポイントだが、それまで機体が持ちそうにない。それは少尉も同じだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 最悪なのは、キャノピーを吹き飛ばしたコクピットまわりのダメージだった。直撃こそ無かったが、その余波は少尉をズタズタに切り裂き、ボロ布の様に仕立て上げていた。弾丸の衝撃波と弾体の擦過は深刻なダメージとなり、緊急脱出装置(インジェクション・シート)が作動しなかった。もっとも、仮に作動しても、そのショックでそのまま出血死しただろうが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界が白く染まり始めた。どこか音も遠い。雲、いや、霧か?わからない。事前の情報が思い出せない。しかし、無かった筈だ。目がダメになり霞み始めているのか?それともコクピット内で出火し、煙が充満してるのか。夢か幻か、隣に機影が見える。同じ"マングース"や形のはっきりしない物まで大小様々だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 周囲の航空機の1機が寄ってきた。見た事の無い機影だ。おおよそ空力的とは呼び難い、一昔前のポリゴンの様な、ステルスなのか?角ばった機体形状。大きさは大型戦闘機くらいだが、あるべき場所にキャノピーが無い。不釣り合いなサイズの旋回砲塔?航空機に?それに目を引く巨大な垂直尾翼とオフセットされた大型エンジン……やはり幻か?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 激しい衝撃。更に高度が下がる。視界はやや晴れたが、それでも風を切る音が、まるで断末魔の様に機体を震わせる。失速し続けていた機体速度が危険域を突破した。ディープストールだ。それに、機体もとうの昔に限界を迎え、空中分解一歩手前となっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぼんやりと、何かが見えて来た様であるが、血塗れの少尉の目は霞み、認識する事は出来なかった。ただひたすらに熱さだけを感じる身体は、生きているのか、死んでいるのかもハッキリしない様だ。それに、機体も限界だ。制御すら不可能、片方のエンジンも、回っているのが不思議なくらいだ。周りの砂漠が蜃気楼で揺らめき、まるで誘っているようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                死ぬのか、俺は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さ、よな…ら……ご、め………──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 残った1つのエンジンが停止した(フレームアウト)。終わりだ。ここまでらしい。俺も、コイツも。

 

──ただ無意識の内に、震える唇が言葉を紡ぎ出す。直後に激しい揺れが少尉を襲い、彼の意識はそこでブツリと途絶えた。

 

 

 

 

──U.C. 0079 3.13──

 

 

 

"キャリフォルニア・ベース"陥落

 

地球連邦軍 地球総軍 北米方面軍 北米軍 航空軍 戦術航空団 第1大隊 第3中隊 第5小隊所属 タクミ・シノハラ少尉 帰還確認出来ず。機体は喪失(ロスト)し、残骸も発見されず。作戦行動中行方不明(MIA)。尚、同戦術航空団は壊滅。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………

……………………

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 何かの音が聞こえる。何の音かははっきりしない。

 

 ここが地獄か?俺は無神論者だが、年末年始には神社へ行っていたからか………。

 

「──………!……!!……!」

 

 視界が薄暗い。薄っすらと目を開けてみる。真っ白い光だけが目に飛び込んで来た。その中に、ぼんやりと誰かの顔が視界いっぱいに広がり、浮かび上がった。まるでスローモーションの様に口が動き、何か言っているようだが理解できない。

 

 眠い。眠くて仕方が…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めた。『目が覚めた』?俺は死んだハズじゃ……?

 ぼんやりとした頭のまま、ゆっくりと首だけを巡らせ周りを見渡してみる。白く明滅する様な目に飛び込んで来たのは、眠っている様な伍長の顔があった。驚くが声が出ない。伍長の目が開いた。

 

「──ぃっ!!少尉!!少尉ぃ!!!良かった!!本当に良かった!!」

 

 伍長が泣きながら抱きついてくる。その頭を撫でようとしたら手が動かない。まさか……と首を巡らすと軍曹がいた。ゆっくり見つめ返してくる軍曹は、安心しろ、という風にゆっくり頷き、今だに抱きつきわんわん泣いている伍長をゆっくりと引き剥がす。相変わらずの無表情である。そして伍長を立たせ。敬礼した。

 

「……ここは?」

 

 喋るやいなやまた伍長が抱きついてきた。軍曹は溜息をつくだけだった。その騒ぎはおやっさんが飛び込んで来るまで続いた。

 

 

 

──U.C. 0079 3.24──

 

 

 

 包帯だらけで、言う事を聴かない身体を引き摺るように動かす。五体満足な事にホッとし、同時に神経の異常の可能性に身体がブルリと震える。冷や汗が背中をつたい、その妙な冷たさに逆に安心する。完全に混乱しているし、ハタから見れば悶えている様にしか見えないだろうが、それが限界だった。隣に立つ軍曹に手伝ってもらいながらなんとか身体を起こし、服装を正して改めて皆と向き合う。自分を含め何という強運の持ち主だ。つーか0fなら死んでた。おやっさんが口を開く。

 

「気分はどうだ?少尉。ベッドは柔らかいか?……伍長、聞い加減泣き止め!!」

「だ、だってぇ~。少尉が、少尉がぁ……」

 

 涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにした伍長はさっきから少尉にひしとしがみつき、離そうとしない。まだ感覚がしっかりとしておらず、震える手で伍長の頭を撫でる。ゆっくりと瞬きをし、口を開けたままの少尉は軍曹がいつも巻いているスカーフに吊られた左腕と、包帯だらけの自分をぼんやりと見つめていた。

 

「……少尉……よくぞ……ご無事、で……」

「──目が覚め過ぎた感じだ………すまないが情報を。──ここはどこで、今はいつだ?」

 

 咳き込んだが、掠れてはいるが声は出す事が出来た。また、声を出す事で、ようやく頭がしゃんとしてくる。身体を動かし、その度に貫く様なその痛みに顔を顰めつつ、生きている事を実感する。

 生き抜いたのだ。あの地獄の様な戦場を。

 

「ここはトラックの中。場所は"キャリフォルニア・ベース"から南にある、"グレート・キャニオン"周辺だ。今は3月の24日だな。年くらいはわかるだろ?ねぼすけめ」

「…トラックの中?それにそんなに──」

 

 だんだん状況を飲み込み始めた少尉はその言葉に絶句する。手を持ち上げようとするも激痛に顔を歪め、そのままベッドに倒れこむ。

 

 2週間近くも!?よく生きてたな。航空事故ほど死体が葬式に出せなくなる事故は無いのに……。

 もう一度、今度こそ完全に確認する。五体満足だ。一応動く。感覚もしっかりして来た。軍曹曰く神経系に後遺症もないらしい。幸運すぎて気持ちが悪いくらいだ。

 

「──迷惑をかけたな……」

「そんな!そんな事ないです!!少尉が生きてるだけでわたしはぁ~……」

「それは伍長と軍曹に言ってやりな。ずっとそばに付きっ切りだったんだぞ?」

 

 そうだったのか。意外だった。軍曹と伍長を見る。軍曹は少し首を傾けただけだったが、伍長は顔を赤くする。それを見て安心した。いつもの2人のようだ。

 

「………ありがとう」

「そんな事ないですぅ~」

「……俺も……当然の事を、したまで……」

「うははははっ。モテモテだな、少尉」

 

 おやっさんの言葉に苦笑する。おやっさんは少尉の様子に満足したのか、息を吐きつつベッド傍の椅子へと腰掛けた。

 

「あ、あぁ。皆もよく無事で。本当に良かった。

………"キャリフォルニア・ベース"は?」

「──陥落したよ」

 

 おやっさんがボソりと吐き捨てる様に言った。予想通りの答えに少尉は目を伏せ、一拍置いてから口を開いた。

 

「そうですか……。おやっさん、約束、守れなくて申し訳ありません」

 

 少尉が痛む身体を引き攣らせる様に屈め、頭を下げる。そんな少尉の肩に優しく手を置いたおやっさんが、諭す様に呟いた。

 

「……気にすんな。生きて帰って来た。それだけで十分だ」

「おやっさんの言う通り!!そんな約束より少尉です!!」

「──そんな、だと?」

 

 調子良く続けた伍長をおやっさんが眉を上げて睨む。少尉にはそれがハッタリだとすぐに分かったが、伍長にはわからなかった様だ。一筋の汗を頬に垂らし、手をブンブン振っている。

 

「…あ、ああ!!いいえ!!決してそんな事は…」

 

 軍曹がコップに水を汲み渡してくる。お礼を言いつつ受け取り、喉を潤す。……………美味しい。

 

……………生きているんだな。

 

 コップを片手に目の前の大騒ぎを含み笑いを浮かべつつぼんやりとながめる。皆元気そうでなによりだ。特に伍長。変わった、というよりアホの子になった?

 

 心の底から安心し、緩く微笑みながら目を閉じる。浅くではあるがしっかりと自分の肺で呼吸し、いびきをかく少尉に軍曹が布団をかける。

 おやっさんと伍長が少尉が寝ている事に気づいた時には、軍曹は既に部屋から出て数分が経った後だった。

 

 

 

 

 

 

「そう言えば、先程トラック?と仰いましたか?」

 

 数時間後の二◯三◯(フタマルサンマル)、軍曹に助け起こされ、ベッドに寄り掛かった少尉が尋ねる。それに対し、腕を組み壁に寄りかかっていたおやっさんが人差し指をヒョイと立てつつ応える。伍長は少尉のベッドに腰掛け、軍曹は窓の外を伺っている。

 

「ああ、移動用大規模トラック25台(コンボイ)での旅団だ。大量の物資付きで、戦力は"ロクイチ"が6輌。まぁ、ちょっとした基地の様なものだ」

 

 驚いた。前々からすごい人だとは思っていたがここまでとは……。あながちウワサも間違ってはいなかったようである。

 

「……そんな物をどこから…」

「本当ですよ!そう言えばどうやったんです?」

 

 ふと伍長が声を上げる。その言葉におやっさんは声を出さず、ただ口元をニヤリと歪ませ、軍曹は呆れた様に片眉を吊り上げた。

 

「……今更、気付いたのか?」

「ええっ!?だって、おやっさんならと……」

 

 その気持ちは痛いほど分かるが大丈夫か伍長。俺の知らんとこで詐欺とかにあってないか?

 

「まぁ、それはともかく……取り敢えず今は休んどけや。おら、てめーら少尉目ぇ覚ましたんだ。今までの分しっかり働けよ!!」

「……承知した……今まで、すまない……」

「うぇ~」

「………」

 

 舌を出して渋い顔をする伍長を、全員が凝視する。その視線に驚いたのか、一拍おいて伍長がどもりつつ言葉を続ける。

 

「は、はーい!!うれしいなー!!」

 

 慌てて取り繕う様に言うが、誰も反応しない。

 

「………」

「……ホントですよ!!」

 

 とってつけた様にぼそりと呟かれた言葉に、我慢し切れず少尉が噴き出した。

 

「──ふふっ」

「うはははははっ!!」

「あはははははっ!!」

「………………ふ…」

「!……イテテテ…」

 

 全員で声を上げ笑う中、思い出したかの様に少尉が顔を顰めて身体を押さえる。当たり前だ。治療が終わろうとも治り切ってもいない身体なのだ。

 

「少尉ぃー!」

「……無理をするな。……心配、させるな……」

 

 伍長が慌てて何かをしようとするが何をすればいいのか分からず混乱し、軍曹はただ冷静に少尉を助け起こす。その様子を見たおやっさんはまた笑うだけだった。

 

「全く、うははははっ!!」

 

 ホントだよ。全く。基地は取られる。敗走はする。愛機は落とされ鉄くずになる。約束は破る。その上負傷して2週間寝込む?最悪だ。

 

 でも、仲間がいる。

 

 それだけで、今は、

          とても心強い。

 

 

 

 

 

『帰ろう。帰れば、また来れるから……』

 

 

 

──U.C. 0079 3.24──

 

 

 

 開戦から三ヶ月。ジオン軍の地球降下作戦により、地球上の約1/4が、ジオンの支配地域となった。

 

 

 

 

戦乱は、続くいていく…………

 

 

 




時代は変わり、少尉はどうやらその淘汰から生き残る事が出来たようです。次回からは、少尉の陽だまりのんびりリハビリライフか、血溜まり殺伐迫り来るザクIIとたった数機の六一式戦車で殴り合い、のどちらかになると思います。本編開始までまだ六ヶ月以上。何とか完結させたいです。

ザクのスペックは諸説ある、と言うか、本や資料によって全く違うため、間をとってバランスよくしてるはず、です。最高速度ですら60km/h〜130km/hとかなり幅があるので。


次回 第四章 グレート・キャニオン近郊にて…

「………セント・アンジェ、と言う………町だった(・・・・)………」

フライング・タイガー03、エンゲージ!!

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