機動戦士ガンダム U.C. HARD GRAPH 名も無き新米士官の軌跡   作:きゅっぱち

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キャリフォルニアベース攻略戦などは全く描写されないので、尺の都合上ほぼ一日で落ちる上、ほぼ無傷で手に入れたという事に。その後の制圧に時間が掛かったという解釈をしました。大丈夫か?地球連邦軍。アムロは多分今パンツでハロ改造してます。


第二章 キャリフォルニア・ベース攻防戦

結局、"宇宙世紀"(ユニバーサル・センチュリー)とは何だったのか。

 

普遍的で、恒久的平和が実現するのでは無かったのか。

 

西暦に別れを告げ、神さえも否定し、争いの無い、新しい時代が来るのでは無かったのか。

 

宇宙世紀宣言から79年。

 

争いは終わらない。

 

人は、"変わらなかった"。

 

 

 

──U.C. 0079 3.11──

 

 

 

「少尉!聞こえてっか!そいつの調子はどうだ!?」

 

 心地よく、断続的に続く振動とけたたましい轟音の中、それに負けない様に少尉は声を張り上げる。唸りを上げるエンジンは、ハンガーの壁をガタガタと震え上がらせ、まるで吼える様だ。

 

「聞こえてますよ!調子は最高!流石おやっさん!いい仕事してますよ!!」

 

 "マングース"のコクピットの中、シートに収まりシステムチェックを行う少尉が声を上げる。エンジンを回しているため、お互いに怒鳴り合わないと聞こえないのだ。

 

「お褒めに預かり光栄だな!『貸して』やっから、必ず返せよ!!」

「了解!」

 

 ラフな敬礼をした後サムアップをし、キャノピーを閉じる。牽引車に引かれ、ガクンとつんのめりつつも動き出す機体に身を任せるが、視界の端でおやっさんが被っているヘッドセット一体型のインカムを叩いたのを見て、通信を開く。入って来たのは短距離通信用の超指向性レーザーバースト通信だ。何故わざわざ秘匿性の高いコレを……?

 

《今回は少尉のオーダー、レーザー誘導方式の空対地ミサイルを見繕ってきた。テスト頼むぞ。それと、ECMは無し。代わりに増槽だ。気をつけろよ》

 

 そこで、おやっさんが一度言葉を切る。少尉もコンソールに目を向け、最終チェックを再開した。

 

《──それと、"あの話"、忘れるなよ》

「……了解」

 

 応えつつ顔を上げ、正面扉を睨みつける。徐庶に開かれつつあるドアは、まるで地獄の釜の様に見えた。

 

《よし、進路開けろ!!》

「「おう!!」」

 

 要件は、最後のアレか。そうだな。心の拠り所にさせてもらうとしますか。

 目の前で鉄製の大扉がゆっくりと開かれ、眩しい光が差し込み始める。それに目を細め、手をかざしつつ、"マングース"が牽引車に引かれつつ進んで行く。

 

 無線が管制塔の指示を吐き出し始める。それきり、おやっさんの声は聞こえなくなってしまった。

 

《……GOODLUCK、フライング・タイガー03!!》

「フライング・タイガー03了解。出ます!!」

「行ってこいー!」

「はっは。健闘を祈りますな」

「奴らにドカンとかまして来てくれー!!」

「こんどこそ壊すなよー!!」

「戦果なんかどーでもいいから!帰って来いよなー!!」

 

 ハンガーから走り出て来た整備士達が整列し、帽子を振りつつ見送る。そちらに一瞥をくれ、サムアップで返す。快調に回るエンジンに、高レスポンスで帰ってくる反応。あの短時間でここまで調整するなんて……。改めて思う。何もんだおやっさん……。

 

 新しい愛機("マングース")は、心地よいエンジンの振動を少尉に与えていた。一日に二度飛ぶ(ソーティ)のは始めてだが、やるしかない。

 

《こちら管制塔、フライング・タイガー03、聞こえるか?》

「こちらフライング・タイガー03、現時点では感度良好。問題無い」

 

 牽引車で直前滑走路まで導かれ、役目を終えた牽引車がロックを外し離脱して行く。手を振るドライバーに対しまたもサムアップをしつつ、少尉は目前の戦争に向け集中して行く。

 

 青い空の下、今一度、獰猛な肉食獣がその軛を放たれ、ゆっくりと動き始めた。

 

《こちら管制塔。2番滑走路へ向かわれたし………よし、現在、ジオンは物資を集結、MSや戦車と伴い南下中だ。そこを叩いてくれ。機体は少なく、敵は多い。無茶はするな》

 

 判っているさ。心の中で呟きながらスロットルを上げる。エンジンが一際大きな唸りを上げ、ペダルを踏み込むのと同時に"マングース"がその巨体にいっぱいの風を浴び加速して行く。背がぐっとシートに押し付けられる感覚を感じながら、少尉は蒼い空を睨んでいた。

 

「こちらフライング・タイガー03。了解。今度こそ無傷で戻ります」

《こちら管制塔、貴官の健闘を祈る》

「こちらフライング・タイガー03、了解。テイクオフ!!」

 

 ぐっと身体がシートに押し付けられる奇妙な感覚と共に、大きく翼を広げた巨体が加速して行く。機体が風を切り、ふわりと浮き上がる。そのまま上昇し、上へ上へと昇って行く。その勢いを殺さず、ナイフエッジで大きく旋回してみる。問題無い。

 最後に、眼下の人達へと大きく翼(バンク)を振り、そのまま北へ。ジオン軍は目と鼻の先まで迫ってきている。もはや猶予は無かった。

 

 慣らし飛行は短めに、直様手早くFCSを起動し、スイッチを切り替えマスターアーム、オン。ヘッドアップディスプレイ(HUD)にガンレティクルが投影され、コンソールには真っ赤なランプが灯る。臨戦態勢を整え、集中する。

──もうここは、戦場だ。己が命をかけ、命をやり取りする、巨大な賭博場なのだ。

 

《こちらスカイアイ03、フライング・タイガー03、聞こえるか》

「こちらフライング・タイガー03。聞こえている」

 

 哨戒機からの通信に、データリンクされた内容に目を通しつつ少尉が応える。まだミノフスキー粒子はここまでは散布されていないようだ。クリアな声にホッとしたのを隠しつつ、少尉はレーダー上にのみに写し出された僚機の影を追う。

 

《こちらスカイアイ03、斥候部隊(スカウト)がポイントデルタ41にて展開中。MSは確認されていない。そちらへ向かわれたし》

「こちらフライング・タイガー03。了解。スリルという土産と引き換えに、給料分の仕事はするさ」

《こちらスカイアイ03、その言葉信じているぞ。やって来い!"片翼のサムライ"!!》

 

 ガクン、と首を落とし少尉がつんのめる。もちろんシートベルトに止められるが、そうせざるを得なかった。

…………浸透してるのかよ、恥ずかしい。伍長の嬉しそうな笑顔が脳裏によぎる。…………もしかして、いや、もしかしなくても、広めたのあいつじゃねーのか?

 

 雲はなく、晴れ渡っている。スロットルをいっぱいまで引き上げ、機首を傾けつつ高度を上げる。鈍重なこの機体じゃ、突発的な戦闘に対応出来ない。敵航空機は確認出来ていないが、索敵及び位置エネルギーを活かす事が出来るため、高度を高く保つ事は失策ではない。

 今まで休んでいて、タイミングがズレているから仕方が無いと言えば仕方が無いが、護衛の一機ぐらいつけてほしかった。普通じゃあり得んぞこんな状況……口には出さず愚痴る少尉の口元は、気持ちとは裏腹に引き締められたままであったが。

 

 機体を180°ロールさせ、背面飛行を行い対地警戒を行う。航空機はキャノピーの構造上、真下は見えないから仕方が無い。偵察機や爆撃機などは足元に窓がある機種もあるが、コイツは攻撃機だ。しかも"バスタブ"付きの。そんなものはない。頭に血が登るためこの飛行は嫌われるが、少尉は積極的に行っていた。

 

 レーダーにノイズ。ミノフスキー粒子濃度はぐんぐんと高まりつつあり、現在13%に達している。既にレーダー上には多数の虚偽標的(ゴースト)が現れ始めていた。目視による索敵を厳にする。まさか、ミノフスキー粒子のデメリットを、こうも使われるとは………ジオン軍も、バカじゃ無いと言う事か………。

 

 いや、でなけりゃ戦力差30:1ともそれ以上とも言われる相手に喧嘩なんぞ売らんか。ギレン・ザビさんとやらは、ウワサによりゃIQが200を越えるとかなんとか……。天才様とやらの考えは分からん。

 

 チラリ、と光が目をよぎる。飛行機乗りの勘が、少尉に何かを囁きかけた。

 

 ん?……あれは!!

 

「──敵機視認(エネミー・タリホー)!!フライング・タイガー03エンゲージ!!」

 

 そこへ無線機が雑音を垂れ流し始める……いや……微かに、声が……?

 

《──ザザz……こ…らFAC……ザザ…iング・タイ……聞こr…ザザ…るか

?》

「こちらフライング・タイガー03。展開中のFACへ。ノイズが酷い。こちらにはレーザー誘導の空対地ミサイルがある。"ペインティング"頼む」

《─こち…ッt・ワ…ザザ……了k……》

 

 ツいている。斥候部隊はFACを抱えていた。ミサイルをばら撒いて直ぐに基地に戻ろう。

 

 FACとは"Forward Air Contoller"(フォワード・エア・コントローラー)、つまり前線航空管制官の事だ。現地に赴き、最前線で航空機に指示をくれるありがたい存在だ。

 特にミノフスキー粒子下では、効果を発揮し辛くなるミサイルを有用な物へとしてくれるハズだ。近距離から目標へのレーザー照射によるレーザー・ペインティング、つまりミサイルの最終誘導を行ってくれる上、至近距離からの目視による確実な情報を届けてくれる。これならミノフスキー粒子下に置いても、ミサイルはある程度の効果を発揮してくれるだろう。あくまで推測であるが、恐らくこの推測はこの後的中するだろう。

 

《──…ザz…こtらキy…シ…nFAC、ミサイ…ザザザッ……誘…開始すr…いつd…来い……ザ……》

「こちらフライング・タイガー03、ライフル!!リリース!ナゥ!!頼むぞ!!」

 

 安全装置を解除したトリガーを握り込み、軛を解かれた空対地ミサイル(ライフル)を順次発射して行く。アニメの様に一斉発射などしない。ミサイルは切り離された後、ロケットモーターを作動させ自分で自己推進を行い加速、目標へと飛翔する。同時発射すると、ミサイルがお互いの噴射で押し合いズレてしまう。これはエネルギーのロスに繋がり、また些細なズレもミノフスキー粒子下ではそのまま誘導から外れる可能性もある。ニュートン力学がこの世界を支配する限り、ロマンで戦争は出来ないのだ。

 

 一瞬で視界から消え去り、跡には白煙を引き飛び去るミサイル。数秒後、遙か先の地面に、火薬の炸裂による花が咲く。ミサイルの弾着を確認し、機首を傾けそこへ突入していく。着弾点にMSは確認出来ない。例のデカすぎる戦車だけだ。その戦車も数台を残し吹っ飛んでいる。その残りにも、遅れて叩きつけられるであろう轟音と共にありたっけの20mm機関砲を叩き込んでいく。

 

 機首を上げ高度を取り直し、パイロン飛行を行い眼下の鉄くずを丹念に観察する。火花を散らし、炎と黒煙を噴く穴あきチーズの様になり崩れて行く戦車を見下ろし、最後のトドメとばかりに、走り回る兵士へとミサイルを撃ち込み、機銃掃射による制圧射撃を行う。2秒でも十分過ぎるだろう。

 技術革新により、かつて"サンダーボルトII"に装備された30mm機関砲、"アヴェンジャー"に勝らずとも劣らない威力を持った機関砲を4連装も備えているのだ。脆い人体など掠らずとも衝撃波のみでバラバラに消し飛ばせる。更に弾頭は徹甲榴弾だ。撒き散らされる破片だけでもソフトターゲットは灰燼に帰する。"マングース"の顎は目標を逃さない。

 

 あらゆる兵器(ハード)がハイテク化し、それを扱う兵にも特殊技能が求められる様になった今、最も高価でかつ調達が困難、さらに時間がかかる部品は人間(ソフト)である。いかに優秀なハードがあろうとも、それを扱うソフトがいなければ用を成さない。逆もまた然りであるが。

 それに、ジオンはサイド1つがまるまる国を名乗っているが、その人的資源も極限られた物に成らざるを得ないというのが本音であろう。戦争は国力の勝負だ。そして、その国力を為すのが国民である。ならば、この機会を逃すわけにはいかない。慈悲も情けも容赦も要らない。確実に殺し尽くす。

 

 地面を血と硝煙でデコレートした少尉は、そのまま基地に向かって針路を変更する。またも戦果、しかし、目視による警戒は怠らない。レーダーはまだ回復しない。完全にホワイトアウトしている。先程何とか効果を発揮してくれた無線も、今はただただガーガー騒ぐだけだ。

 

 そろそろ基地が見え始めるはずだ。それにしても、何だか胸騒ぎがする。先ほどの部隊編成は戦車だけ。MSはいないと言っていたが、何処へ?

 

「──!?」

 

 稜線の先に、黒煙を確認する。基地の方から煙が上がっているらしい。宇宙港の方だ。急がなければ。せめて、後一回補給が欲しい……。

 

 大きく回りこみつつ、滑走路上空まで来る。

 

 眼下には、既に地獄が広がっていた。あの時見た地獄が。敵に叩きつけた地獄が。地獄の釜が開いたかの様な様相は、魔女の鍋そのものだ。吹き荒れる鉄の嵐と、煉獄の炎が自分の帰る所を焼き尽くしにかかっていた。

 

「管制塔!聞こえるか!こちらフライング・タイガー03!管制塔!応答願う!!」

 

…………………返事がない。滑走路も所々砲撃を受けたのか、一部掘り返されている。宇宙港の方のドンパチもどんどん近づいてきているようだ。

 

 もしや……最悪の考えが一瞬頭を過ぎり、嫌な汗が全身に吹き出す。いや、まだだ。大丈夫なはずだ。

 頭を振ってその考えを頭から追い出す。考えろ、どうすればいい……。

 

 しかし身体は正直で、手は震え、グローブは汗でびっしょりだ。飛行服(フライトジャケット)も汗で濡れ気持ちが悪い。背筋をぞくりと寒気が走り、思わす身震いする。

 

「どうする………燃料に余裕はあるが……降りないわけには………!」

 

 高度をゆっくり落としつつ近づいたその時、滑走路に人影が走り出た。

 

 ふざけた事に、その両手には誘導棒が握られていた。

 

「──目視で、管制塔のコントロール無しで降りろというのかよ!!」

 

 しかも滑走路の路面はいつものように『綺麗』でない。言い換えるのなら、山の砂利道を目隠しして自転車に乗れと言っているようなものだ。

 

「……だが、やるしかないか……うん、誘導員がいるだけマシだ……うん」

 

 思わず独り言。心が落ち着かない。足が震える?背中が痒い?空が暗い?いや、緊張からの心理的圧迫だ。不安を頭から追い出そうとするも、うまくいかない。

 

「……俺ならいける!!」

 

 叫ぶ。叫ぶ事で自分を自分で鼓舞する。不安を吹き飛ばすかの様に、操縦桿から離した拳を握り、眼前へと突き出した。

 

 それにコイツ(マングース)の主脚は半格納式といってタイヤが翼からはみ出る程に大きい。可能性は多いにある、それに……向こうだって命懸けなのだ。俺が着陸に失敗したら、尋常ではない被害を周囲へ及ぼすだろう。

 

「……シュミレーションでは経験済みだ……」

 

 ゆっくり、ゆっくりと機体が下降して行く。ちょっとのミスが命取りだ。距離感が掴みづらい。計器類が頼りだ。いや、その計器もミノフスキー粒子で……ええい!!『状況は最高を、備えは最悪を』が俺のモットーだろうが!!イける!!

 

 手が震え、それに応じて機体も小刻みに振動する。両手を使い、操縦桿を包み込む様に握り……肩の力を抜く。そうだ。力はいらない。いるのは、最大限に力を発揮する為の、揺らがない、漣一つ立たない磨き上げられた鏡の様な……明鏡止水の心だけ。

 

 キャノピーを通し、地面に刻まれた滑走路が近づいて来る。ぼんやりとしていた周辺の構造物も細部まではっきりと見える様になって来ていた。流れて行く景色の中、少尉はただ前を見ていた。

 

 落ち着け……落ち着け………まだ、まだ……今!!

 

「──タッチ……ダウン!!」

 

 機体が地に着く。が、やや跳ね、機体が大きく揺さぶられ、もはや抑えきれないほどの挙動を描く。振動が凄い。ろ……ロクでもない!不安過ぎる!!

 戦々恐々の少尉を乗せ、"マングース"の着陸脚が破片を巻き込み跳ね飛ばす。ガクンと傾いた機体に、少尉は縋り付く様にしがみついた。

 

 ガタガタと激しく振動し、横滑りまでした機体が完全に止まる。

 

………成功した。

 

「うおっしゃぁ!!どうだこの!!」

 

 思わずガッツポーズしつつ叫ぶ。シートベルト等御構い無しだ。身体が痛みを訴えかけるが、今は喜びが勝る。そのまま眼前の、満面の笑みを見せる誘導員の指示に従い、格納庫へと機首を向けた。

 

 キャノピーを開放し、いつもと違う雰囲気の格納庫に違和感を感じつつ、走り寄って来たおやっさんに応対する。

 

「少尉か!着地見たぞ!!やるな!!」

「ありが……ってそれよりおやっさん!!状況は!!」

 

 一瞬黙り込んだおやっさんは、こちらを真っ直ぐに見て話し始めた。

 

 それは、いつに無く真剣な、戦う男の瞳だった。

 

「──見ての通りだ。戦線は崩れ、最終防衛ラインも突破された。………陥落も、時間の問題だろうな」

「基地司令部との連絡は!!」

「……途絶えてしばらく経つ……一時間位前の通信が最後だ」

「そんな……」

 

 その言葉に脱力し、シートにもたれかかる。早い、早すぎる!!確かに敵は大部隊だった。しかし、ここは"キャリフォルニア・ベース"。大小多数の基地を抱える一大拠点、地球連邦地上軍有数の基地だぞ!?

 

「帰って来たのもお前だけだ……俺たちはそろそろここを引き払う。少尉、お前はどうする?」

「……降りてきたって事は、分かるでしょう?」

 

 震える手でシートベルトを外す。声が震えない様にする事だけでギリギリだった。視線は合わせられずそっぽを向き、膝は軽く笑っている。それでも手のひらを握り締め、歯を食いしばり答える。

 それを見るおやっさんの目は冷静だった。冷たくとも見えた。

 

「……無駄死にしに行くのか?」

 

 呟く様に囁かれた一言に、少尉の頭に血が登る。握りしめた手が震え、歯がギリギリと音を立てた。

………無駄死にだと!!今まで散って行った仲間達が!!無駄死に!?

 

「違います!!」

 

 機体から飛び降り、足を踏み鳴らし怒鳴る。その声に周りの整備士達がギョッとした様にこちらへと向くが気にしない。それどころでは無い!

 

「違わん!!この基地はもう手遅れだ!!それが何故判らん!!」

「判っています!……いえ、判っているつもりです……死ぬのは怖いです。──ですが、死ぬ気はありません。いや、しかし……自分は!コイツはまだ!!……せめて、友軍の撤退を護衛します!」

 

 徐々に平静を取り戻し、肩を落とした少尉が、今度こそはおやっさんと向かい合う。士官学校からの付き合いだが、ここまで激しく、本気で怒っているのを見るのは始めてだ。

 

…………それ程思ってくれているのか、胸が暖かくなる。そんな人に、俺は………。

 

「……その言葉……信じろと?」

「──はい」

 

 力強く頷く少尉の顔を、おやっさんは片眉を吊り上げ睨みつける。

 

「……………」

「……………」

 

 しばらくお互い無言で睨み合う。作業を止めた機付きである専属の整備班達も、無言でこちらを伺っている。憎しみからでない、思いやりからの空白が、爆音が鳴り響く世界を切り取り、世界にたった2人しか居ない様な雰囲気を作り出していた。

 

 先に切り出したのはおやっさんからだった。諦めた様に肩を竦めて笑い、顔を引き締めて大声を張り上げた。

 

「…………野郎ども!!今の!ここで最後の仕事だ!!気合入れてけ!!」

「「おう!!」」

「…おやっさん!!」

 

 背中を向けたおやっさんに、少尉が感謝の声をあげる。それに振り向かず、背を見せたままおやっさんは続けた。

 

「……絶対に帰って来い!!俺に出来るのは…機体を整備して、送り出すことだけだ……」

「おやっさん……」

「絶対に帰って来い!!……死んだら、許さんからな………」

「はい!!」

 

 そのまま歩き出したおやっさんに、感謝に震えながら敬礼し、背を向ける。

 気がつけば喉がカラカラだ。しかし何も飲む気にはなれなかった。

 

「よっしゃ!聞いたか野郎ども!!」

「はっは。若者が戦って、我らが逃げては仕方がありませんからな」

「最高の整備をしてやる!神よ、導きたまえ!!」

「ジオンの腑抜け野郎に、俺たちの魂を見せてやる!!」

 

 おやっさんを中心にし、整備士が走り回るのを、少尉は弾薬ケースに腰掛け眺める。いつに無い程の喧騒が格納庫を濃く包んでいた。これで見納めだ。だから、目に焼き付けて、魂に刻み付ける。

──例え、機体が火に包まれ、この身体が朽ちても、決して忘れぬように。

 

 人生を振り返ってみる。まだ19年しか生きてはいないが、色々あった。本当に。

 

──目を瞑る。

 

──目の前を桜が舞い散り、青い海が鳴り、ひまわりが太陽を追って行く。

──葉が紅く染まり、月がススキを照らし、雪が降り積もる。

──それを親父と、母と、兄と俺とで幾度となく見てきた。

──始めて空を飛んだあの日、どこまでも行けると思えた。

──軍に入ると言った時は皆喜んでいたっけ。

──でも、夜、隠れて泣く母を親父が慰めていたのを俺は知っていた。

──笑顔で送り出してくれた家族がフラッシュバックする。

──士官学校での苦しい訓練と勉強の日々。

──頑固で、滅茶苦茶で、それでいてとても優しいおやっさん。

──仲間がどんどん脱落して行く中、支え合った仲間の顔が浮かぶ。

──別れたそいつは"シドニー"でコロニーと一緒に蒸発した。

──"キャリフォルニア・ベース"に来て知り合った伍長と軍曹。

──明るく、ムードメーカーであるが変な所で拘り、実は繊細な所のある伍長。

──"キャリフォルニア・ベース"着任前は戦場におり、おやっさんの勧めで士官学校で教官をしていたという軍曹、寡黙で、無表情だが、仲間第一で本当はとても優しい軍曹。

 

──全てが宝物だ。

 

──伍長も軍曹も今"ロクイチ"に乗って戦っているはずだ、二人のそのデコボココンビは有名で、"夫婦"と呼ばれるくらいだ、絶対に生き残って欲しかった。

 

 静かに目を開ける。整備はまだだ。機首の4連装20mm機関砲に弾薬を供給する専用の機材が見える。その装置の立てる音と、その独特の形状が好きだった。おやっさんがまた怒鳴っている。ハードポイントには一箇所に2発ずつの空対地ミサイルという大奮発ぶりだ。真ん中には増槽。まさに最終決戦仕様と言ったところか。

 

 最後に燃料を補給して完了、といった所で、座っていた弾薬ケースが揺れ軋んだ。隣に目をやると、帽子を深く被り込んだおやっさんが座ったところだった。空中給油や管制誘導、直掩を始めとする、あらゆる友軍の支援は一切期待出来ない。これっぽっちだ。

 

「……本当に行くのか?」

 

 静かに語りかけてくるおやっさんに、胸を叩いて答える。こみ上げる震えを抑え込み、傾いたハンガーが漏らす光に輪郭を照らし出された愛機を見る事で気を逸らす。

 

「──はい。もう、心は決まってます」

「そうか……」

「……心配しないでください!!必ず帰って来ますから!!なんたって俺は"片翼のサムライ"ですよ?」

 

 たった一言、それだけ呟き沈黙したおやっさんへと、何とかおどけて笑ってみせる。

──それがタクミ・シノハラ少尉の、死に直面した19歳の男の、最大限の強がりだった。

 

「……ふっ、ふふふ……あーっはっはっはっはっはっはっ!!……気に入ってるのか?その通り名?」

「……正直恥ずかしいです」

 

 目を伏せ肩を窄ませた少尉の背をバンバンと叩きつつおやっさんは笑う。喧騒の止まないハンガーに響き、整備士達も口元に笑みを浮かべた。いつもと変わらない笑いが心に響く。こんなにも暖かい物だとは意識しなかった。いや、出来なかった。

 

「だろうな、お前ならそう言うと思ってたよ。でも、俺はぁキライじゃないぜ?」

「ありがとうごさいます。素直に嬉しいです」

 

 今一度、笑顔で顔を上げる少尉。その様子を見ていたおやっさんは、また笑い声を上げた。

 

「うはははははっ」

「どうしました?」

「いや、思い出し笑いだ」

「思い出し笑いで爆笑しないでくださいよ」

 

 もっと話していたい。この人と。俺は、この人事を何も知らない。俺は、俺は…………っ!!

 

「おやっさーん!!」

「おう!終わったか!!」

「最高です!!今までに無いってレベルの!!」

「おっしゃ!」

「……行ってきます。おやっさん」

 

 ヘルメットを小脇に抱え立ち上がる。視線の先には、逆光の中重装備を施された"マングース"のシルエットが鮮烈に浮かび上がっている。

 

「あぁ。必ずだぞ?」

「はい。──お元気で」

「おい!!」

「お世話になりました、凄い、嬉しかったです!!ありがとうございました!!」

 

 振り切る様に、涙を見せぬ様に、機体に掛けられたステップを蹴たて、"マングース"のコクピットへと飛び乗る。アヴィオニクスを立ち上げ、エンジンに火を入れる。フラップ、ラダー、エアダクトを動かすと、機体はしっかりそれに応えてくれる。コンディションは最高だ。

 

「もう何も怖くない。………なんてね──」

 

 牽引車はもういない。整備士達に押され、開け放たれた格納庫の扉をくぐり、薄暗かった格納庫から光溢れる機体を滑走路へ進める。

 

 砲火は直ぐそこまで迫ってきている。おやっさんを先頭に、整備兵が全整列し、帽子を振らず敬礼して来る。今出来る最高の笑顔と共に、敬礼し返し前を見る。

 

 もう、振り返らない。

 

「──俺は……必ずここへ戻る……これは、誓いであり

                  ──宣誓だ……」

 

 呟きながらスロットルレバーを目一杯引く。二発のエンジンが唸りを上げる。爆発的な轟音に後押しされ、機体が加速し、翼が風を捉え、揚力を生む。機体がふわりと持ち上がった。

 

「フライング・タイガー03、テイク・オフ!!」

 

 それが、少尉のラストフライトとなった。

 

 

 

 

 

 

『天空を駈け、敵機を見つけ、ただ撃墜しろ。あとはくだらないことだ』

 

『我々は道をふさいだ岩石、小さな障害物にすぎず、

 流れを食い止めることはできなかった』

 

"嵐"が、吹き荒れる……

 

 




て次で、長かった『ザ・ロンゲスト・デイ』編終了です。本当に長過ぎだろこの日。そして陥落早すぎだろキャリフォルニアベース。多分今フェンリル隊が地下道を進んでいます。時代の主役がMSへと変わる中、移り行く時代の中で、飛行機乗りは何を見るのか?


次回 第三章 キャリフォルニア・ベース撤退戦

「まだだ、まだ終わらんよ!!」

フライング・タイガー03、エンゲージ!!

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