機動戦士ガンダム U.C. HARD GRAPH 名も無き新米士官の軌跡 作:きゅっぱち
↑と思ったら加筆修正で8000〜になりますた。
"飛行機"が兵器となったのは、第一次世界大戦からだ。
そこから、宇宙世紀へ至っても、飛行機は主力となり続けていた。
その高い機動力、攻撃力を持ち、代替し得る兵器は存在しない。
いや、存在しなかった。しないはずだった。
だが、その"秩序"は崩されつつあった。
新たな、戦場を支配し得る秩序によって。
──U.C. 0079 3.11──
時折思い出したかの様に息をつき、激しく咳き込むエンジンからは黒煙を噴き、千切れた翼端からは白く残燃料を気化させ、ヴェイパーを引く。それでも、ふらつきながらであるが風を切り、しっかりと飛んでいる。時折ガタつく機体からはパーツが脱落するが、全く御構い無しだ。機体側面についた生々しい擦過跡が、激しい戦闘を物語っている。
その正体は、少尉が乗り込んでいる満身創痍の"マングース"だ。
アヴィオニクスの一部がダウンし、更にはミノフスキー・エフェクトによりレーダー、衛星通信を含めあらゆる機材が使えないため、少尉は太陽と地形から居場所を判断し基地へ向かっていた。少尉はこれが海の上でも出来る事に誇りを持っていた。どうだ、役に立つもんだろう。
宇宙世紀となった今では、これにより飛行が出来るパイロットはぐんと減っていた。高度に進んだハイテク化による枯れた技術、ローテクの軽視である。自動航法装置も発達し、操縦の自動化もかなり進んでいる。"マングース"は最古参とも呼べる航空機だからこそ、この様な技術が生きると少尉は常に言って憚らなかったが、実際それは正しかったと言える。
少尉はまだ知らない。"キャリフォルニア・ベース"から飛び立った攻撃機隊の帰還数が、少尉を含めてごく少数しかいない事を。
「──見えてきた!よし!よし、帰ってきた……帰ってきたぞ。よくやったぞ相棒」
コンソールの上を軽く叩きながら、柄にも無く少尉がはしゃぐ。
……が、落ち着きを取り戻し始めた思考は、冷水を浴びせかけられた様に冷え込んだ。ぞくりと背筋に走る悪寒に、思わず身震いをすると冷静さを取り戻し集中する。着陸が一番危ないのだ。こんな事で死んだらつまらないし、せっかくの機体がものっそい勿体無い。安いと言っても軍用航空機だ。そこらの車なんかとは一緒に出来無い値段がするのだ。戦争は経済活動だ。当たり前であるが無駄遣いは良く無い。節約し過ぎも良くないだろうが。
漸く眼下に巨大な基地が見えてくる。"キャリフォルニア・ベース"は大規模な軍港、マスドライバー施設を含めた宇宙港、陸海空の兵器の生産及び
"キャリフォルニア・ベース"は、ジオン軍にとっては地球侵攻時に必ず抑えなければならない要衝であった。宇宙には、地球の様な多様な環境が無く、レアメタルがない。これがジオン最大のネックと言えた。
その為にジオンは、東ヨーロッパの"オデッサ"鉱山基地、中央アジアの"バイコヌール"宇宙基地、そして北米の"キャリフォルニア・ベース"を抑え、宇宙へと資源を送り出す必要があった。今回、通算3度目となる大規模な地球降下部隊の約半数とも言われる数が、この北米大陸に降り立っていた。北米は旧国名ウクライナ一帯に次ぐ大規模な穀倉地帯でもあり、ジオンにとっては今後の地球における活動を考えても抑えねばならない土地であった。
特に北米は南米"ジャブロー"侵攻の橋頭堡であり、プレッシャーを与える存在であるため、ジオン軍は明確な実効支配のためこの"キャリフォルニア・ベース"北西部と東海岸側の"ニューヤーク"近郊に分け部隊を降下させ、挟み撃ちを行っていた。もちろん、連邦軍はこの情報を知らず、分断された基地単位で戦う事を強いられていた。
「管制塔、聞こえるか?……聞こえてないなこりゃぁ…」
雑音を吐き出し続ける通信機に向かいボヤく。視界はクリアで、風も穏やかだ。それでもここまでイレギュラーな状況は初めてだ。
しかし目視や短距離であれば力技でミノフスキー粒子の影響を捩じ伏せる事が出来るのか、強力なレーダー、
眼下には離発着を激しく繰り返す滑走路が広がり、地平線の果てまで続く。見慣れたホームグラウンドの光景と、雑音混じりの無線越しとは言え、人の血の通った声は少尉に安心感とともに緊張を呼び起こす。操縦桿を操作し、機体を
「──さて………」
着陸シークエンスに入り、思わず身体に力が入る。ギアダウン、ロック。機体の油圧は十分だ。懐かしい振動が機体を伝わり少尉に少しの安心を与える。よし、正常に動いてくれた。見えなくても判る。手慣れた手続きを続ける。慌てるな。大丈夫。イケる。必ず。落ち着け……いつも通り、何も変わらない……。今は、機体を抑え込む事に集中しろ……。
「おやっさん!やっこさん、帰って来ましだぜ!!」
「よっし!……おい、ふらついて……羽根が!エンジンも調子悪そうだ!レスキュー隊、準備急げ!!ここまで来たんだ!!どちらも殺すな!!絶対にだ!!」
「「おう!!」」
滑走路上空、ジリジリと高度を落とし、ふらつきながらもしっかり機体を安定させて行く。目の端にレスキュー車が走り寄るのを捉えるも無視する。今は関係無い。
繊細に、繊細に……今っ!!
「──タッチダウン!!」
機体が地面に着く。ギアが地面を捉えるガクンという衝撃。タイヤが撓み、擦れ、焼ける音。そのまま機体が跳ねることも無く地面へと吸い付く。上手くいったようだ。機体が徐々にその速度を落とし、完全に停止する。座席の背もたれへと倒れ込んだ少尉は大きく一息ついて、ぼんやりと走り寄る車輌を見ていた。
やがて、"マングース"はレスキュー車に囲まれながら牽引車に引かれ、ゆっくりとハンガーへと帰還する。
深呼吸がしたい。息が苦しい。まるで溺れている様だ。新鮮な酸素が欲しい。
キャノピーを解放し、ヘルメットと酸素マスクを外す。途端に基地の喧騒とやや濁っこそいるが自然な空気が少尉を包み込み、懐かしい匂いとともに帰ってきた実感を激しく自己主張し立てている。
たった数時間前が、何年も前に感じる。それ程、さっきまでの時間は異質だったのだ。少尉の、初の実戦だった。生きて、五体満足で帰って来た。帰って来たのだ。
「少尉!無事か!てめぇ!心配させやがって!!」
「少尉が帰って来たぞー!!」
「おかえり!!お疲れ様だ!」
「うへっ!やめて下さい!それにコイツのお陰で俺は無事です!それより、フライトレコーダー、データを基地司令部へお願いします!」
ハンガーに到着した途端歓声が上がり、こちらにおやっさんが駆け寄って来た。万歳を叫びながら整備士がタラップをかけ、機体によじ登ったおやっさんは少尉をヘッドロックし、ガシガシと頭を撫で回した。整備士達は身体全身で喜びを表しながら、"マングース"に飛びつく様に取り付いて行く。どこか懐かしい、ちょっとしたお祭りの様だった。
「皆さんありがとうございます!助かりました!」
「おう!お前は休んどけ!ノックオフだ!!」
しかし少尉はその声に首を振る。機体のコンソールを指差しつつ、少尉はやや興奮気味で続けた。
「いいえ、おやっさんを含め意見したい事が多数あります!すぐ休みますのでお願いします!!」
「チッ!仕方ねぇな」チッ
「二回もしなくていいじゃないですか!?」
機体から胴上げをするかの様に引き摺り降ろされ、整備士達に囲まれ揉みくちゃにされた事で現状を実感し落ち着いた事で、ようやく笑う余裕の出て来た少尉。変に上がった口角と、下がったままの眉毛。目は神経質に瞬きし、まつ毛は震えていた。そんな様子におやっさんが苦笑するも、すぐに切り替えて指示を飛ばす。まるで人が変わったかの様なその様子に、敵わないと少尉は思わず頰をかいた。
「細けぇこたぁ気にすんなって!てめーらはこいつをオーバーホールしろ!最優先だ!パーツはケチるな!あとエレカを1台回せ!!」
「「おう!!」」
失礼します、と一礼入れながら手渡されたパックゼリーを啜る。やっぱこいつに限る。栄養があり、手軽にいつでも吸えて、中々イケる。喉越しスッキリだ。
「ホントは初陣を戦果で飾ったお前にゃビールを奢りたいぐらいなんだが……言ってられねぇか」
「そうですね、情報を伝え、少し休んだらまた出なければ………それに、第一俺はまだ19です」
吸い尽くしたパックゼリーから口を離し、それをゴミ箱に入れながら少尉が言う。喉が乾いており、欲を言うならもう一本欲しかった。無意識のうちに目を瞬かせ、目元を揉む。目薬も欲しい。体全体が乾き切り、水分を欲している様だった。まるでスポンジだ。
「19つったら立派な大人じゃねぇか。そういや……?」
「お察しの通り俺は極東の"島国"出身ですから。こんなん守ってる奴今となったら殆どいやしませんが……あ、どうも」
「うはははっ、お前らしくていいと思うぜ!俺は!!」
整備士に差し出されたコップを煽り、喉を潤す。そのコップの縁を無意識の内に齧りつつ考える。それにしても、あーゆーヤツ、何とか最後の一滴まで吸えないかね?ケチャップも最後まで使える何かを開発出来ればノーベル賞間違い無しだと思うんだがなぁ……。いや、イグの方か?
「おやっさん!エレカ回して来ましたぜ!お疲れだな少尉、さっすがだぜ!」
「機体の事は任せな!最高の状態にしてやっからな!」
「はっは。そう言う事になりますな。ゆっくり休みなさい」
次々と顔を見せる整備士達に挨拶をしていると、1人がエレカ、"ラコタ"に乗って来た。ピッカピカである。
どこから持って来たのやら。少尉は思わず含み笑いを漏らす。ここは本当に楽しくて、飽きない所だ。守れて良かった。帰って来て来れて良かった。
「おう!ご苦労、ほれ、乗れ少尉」
「お願いします」
先に乗り込んだおやっさんがドアを開け、シートをたたく。少尉はその言葉に素直に従い、一礼してからシートに腰を下ろしてシートベルトを手に取った。
「じゃ、飛ばすぞ、シートベルトは閉めたか?」
「安全運転でお願いしますよ」
「つまらんなぁ……まっ、飛ばすがな。しっかり捕まってろよ?」
言い終わるが早いか、急発進した"ラコタ"が蹴飛ばされたかの様に走り出す。慌ててシートベルトを締める少尉を横目におやっさんは高笑いし、更にアクセルを踏み込んだ。行き先は決まっている。そのまま真っ直ぐ基地司令部に向かう。その間にも報告をする。どんな些細な事にもおやっさんは興味津々だ。そういや幾つだ?この人?
取り敢えず服装を正し、サイドミラーでおかしなところがないかチェックする。というかそもそも、この服装で入っちゃダメなんじゃ?
「こっちも電波障害が起きたが、そっちでは?」
おやっさんが前を見つつ言う。吹き込む風が心地よい。周囲の喧騒は相変わらずであるが、不思議と声はよく聞こえた。
「すぐ傍でも通信は不可能でした。驚くべき事です」
「どうやって連携した?」
「光通信です」
「この軍オタが」
おやっさんのニヤリとした笑いに苦笑で返す。手持ち無沙汰となり、何と無くダッシュボードの扉を弄び中を覗く。入っていたカビまみれのパンに一瞬凍りつき、そっと戻した。俺は何も見なかった。うん。
「褒め言葉としてとっておきます。出来ればレーザー通信などどうでしょうか?」
「ふむ。レーザーか……」
話し込むうちに司令部に到着する。入り口を警備するMPが無言で道を開ける。おやっさんまさかの顔パス。なにもんだこの人。
「司令殿!来てやったぜ!新米の戦果報告だ!!」
司令の周りメッチャ苦い顔してますけど!?
……いや、司令、笑ってないで……俺殺されるんじゃ?
「で、こいつが司令に一言!だってよ」
おやっさん俺に怨みでもあるのか?
「ふむ、少尉、話してみたまえ」
当たり前の様に話しかけてくる基地司令にどもりつつ話し始める。権力とはほぼ無関係に生きて来たし、権力には弱いのだ。正直後悔してる。初対面では無いが話した事は一切無い。それが焦りと緊張を加速させる。少尉は基本的にシャイなのだった。実戦を一度程度経験しようと、人はそう簡単に変わらないらしい。変に冷静な頭の隅で、少尉はそう思った。
「は、はっ。一つはミノフスキー粒子の効果です。ミノフスキー濃度が15%程度で既にレーダーが使用不可能、20%で短距離無線が不可能になりました。これは由々しき事態です」
「嘘をつけ!!」
「ふっ、ほざくな若造」
「そうだ!こんな所まで来てそんなに出世したいか!」
「調子に乗るなよ!!」
案の定怒鳴られ身を竦める。汗が脇や背中を流れ落ちるのを感じ、思わず身震いする。というより、そんな唾を飛ばす勢いで怒鳴らないで欲しい。ちょっと泣きそうだ。
「………それに、敵戦力にMSを確認しました。情報は現在解析中です」
「なら何で今来た!!」
「MSなど恐るに足らぬ!!」
「
「お前同じ事しか毎回言ってないよな」
「何だと!!」
おやっさんの軽口に釣られ、罵り合いが始まる。
……な、何だこいつら、今まで話した事無かったが……
「……以上です。失礼します」
「あ、ああ、ご苦労」
「あー胸糞悪りぃ」
漸く解放されると気を抜いた瞬間、おやっさんが頭の後ろで手を組み、とんでもない事をのたまった。油断大敵。獅子身中の虫。あ、こりゃダメだ。殺されても文句言えへんわ。
「「!!」」
「ちょ!」
「今何と言った貴様!」
「その態度!前々から気に入らんかったんだ!!」
「お前、死にたいのか!!」
「失礼ー」
特に敬礼もせず出て行ったおやっさんに焦りつつも、少尉も慌ただしく敬礼をし部屋を出る。
「しっ、失礼しますっ」
「ま、待てっ!待たんか!!」
「辞めろ」
「し、司令、しかし!」
「辞めろ、と言っている」
「………はっ」
「……チッ…」
後ろを気にしていたら置いていかれそうだったので、慌てておやっさんの後を追う。心臓が破裂しそうだ。と言うか寿命縮んだ。多分、3年ほど。これはどこに請求すればいいんだろう。返して欲しいとは言わないが弁償くらいして欲しい。
「おやっさん!聞こえてましたよ!!」
「あの
……この人は……。
「ま、あんな地面にできた穴と尻の穴の区別もできないフルーツサラダ共は、
「は、ぁ…」
語尾を上げ、珍しく口汚くスラングで罵るおやっさんに、少尉はもう言葉も出ない。ただ出掛けた溜息を呑み込み、目を伏せるだけだ。汚い言葉はあまり好きでない。おやっさんもその筈だ。そして、そこに確かな意図を感じ取っていた。
大きな音を響かせ、2人分の足音が廊下を反響する。いつもは人の往来が激しく騒がしいここも、今いるのは少尉とおやっさんのたった2人だけだった。
「……少尉、俺には全部、話してくれるな、正直に」
「……はい──」
歩きながら顔をこちらに向けず、おやっさんが先程とは違い、トーンを落とし聞いてくる。その横顔は影で見えないが、先程までの様な軽い調子では無かった。その様子に思わず息を呑み、そして覚悟を決める。
「敵戦力は?」
「あり得ないほどの大規模に加え、新兵器だろうMSに巨大戦車……未知数です」
「まだあるだろ」
……全く。この人には勝てる気がしない。それでも、命をかけるレベルで信頼出来るのは、自分にとってとてもありがたく、幸運な事だと思った。
「……最悪、いや、恐らく……この"キャリフォルニア・ベース"を放棄する事になるかもしれません」
「……そうか、よし、今日はゆっくり休め。……と言っても聞かんのだろ?」
おやっさんがこちらに顔を向け、ため息混じりに聞く。それに小さくうなづき応えつつ、少尉はただ一言言った。
「──肯定です」
「そうか……」
玄関でMPが敬礼するのに返礼を返し、2人でエレカに乗り込む。ややサスペションが沈み込んだが気にせず、命を吹き込まれたモーターエンジンが唸りをあげはじめた。その低い音の中、おやっさんがぼそりと呟く。
「……伍長と軍曹にも言ってあるんだが……」
「………何です?」
律儀にシートベルトをしている少尉の手に一枚のメモが差し込まれる。ラブレターでは無さそうだ。それを胸ポケットにしまいつつ、少尉はすぐ傍を飛び立って行く航空機に目をやる。少し風が出て来た様だ。
「もし生きてる内に……いや、そうだな、大将は死なないさ。基地が陥落したら、この紙に記されたポイントに来い」
「は、はぁ……」
ハンドルを握りながら、まるで独り言のようにおやっさんが呟く。葉巻を取り出しが、そのまましまいこむ。その様子に違和感を感じつつも言及はせず、少尉は青く吸い込まれそうな空を仰ぐ。
「俺はお前を信じてる……ほらっ!行った行った!!機が準備完了したら呼ぶ、それまで休んでろ」
「はい。失礼します──」
気づけば、宿舎の近くに来ていた。歩いてすぐの距離だ。追い立てられる様にエレカから降ろされ、おやっさんと別れる。そのまま自室へと向かいながら渡された紙を開く。この"キャリフォルニア・ベース"の南東だ。おやっさんは何を……。
「少尉!やはり少尉でしたか!!」
考えに沈みつつ歩いていた少尉に声がかかる。紙をしまいこみその方向をみると、ヴィッカース伍長がブンブンと手を振っており、その傍らにはファーロング軍曹も佇んでいた。
いつもの2人が何事もなかったかの様に声を上げる光景に、思わずポカンとしつつ、一拍遅れて少尉も声を上げた。
「伍長!それに軍曹も。無事だったか!!」
「ええっ!この通りピンピンしてますよ!」
両手を広げ、その場でくるりと回って見せる伍長と、背筋を伸ばした軍曹は姿勢を正し敬礼する。少尉も敬礼を返し、それを見た伍長も思い出しかの様にラフな敬礼をする。
「……少尉……お互いに、無事か。良かった…」
「さっすが少尉!自分達に出来ないことをさも当然のようにやってのける!そこに痺れる憧れます!!」
小さく飛び跳ね顔を近づける伍長から顔を逸らしつつ、怪訝な顔をした少尉が聞き返す。伍長は伍長で鼻をひくつかせ、納得した顔だ。
「落ち着けって。……そんな噂になってるのか?」
「はい!……あ、その……」
「何だ?」
「……戻ってきたのが、少尉とあと数人だったんです……」
「……そう、か……」
声を落とした伍長の肩に手を起きつつ、少尉が応える。
目の前で火を吹き、爆散する"フライ・マンタ"がフラッシュバックする。もしかしたら、ああなってたのは自分かもしれないのだ。
「大丈夫なのか?」
「もちろんです!わたしの、ボナパルトちゃんが
「そうなのか軍曹」
「……そんな事はない……伍長のお陰…だ……」
伍長によると、戦闘前には既にデータリンクなどのあらゆる
頰をかきながら、少尉は妙に納得していた。軍曹は長く紛争地域におり、この3人の中で唯一実戦経験を持ち、戦場の掟を熟知している歴戦の兵士だ。少尉と伍長とはこの基地に来てからの付き合いで、まだ短くも、お互いに気心がしれていて頼りになる男である。
「伍長達も機体が
「はい、バイクの手持ちロケットを躱し切れず、砲塔に喰らってしまって……軍曹、ごめんね?」
「……気にしてない……伍長は、良くやった……」
やや縮こまり、上目遣いで軍曹を見上げる伍長の肩に軍曹が手を置く。身長差もあり、その光景はまるで親子の様である。
「直ぐ修理出来るさ、かく言う俺も翼をすっ飛ばされて……」
死ぬところだった、と言う前に、伍長が目を輝かせ少尉に詰め寄り大声を出した。
「ええっ!!まさか、"片翼のサムライ"って……このにおいにも納得です!!」
「……"サムライ"……で、気づくべき…だ…」
「うわっ!恥ずかしい名前が……」
思わず顔を覆う少尉と、それを囃し立てる伍長。そんな2人を見守る軍曹と言う構図は、いつもと全く変わらなかった。ちなみに伍長の言う匂いとは、"マングース"乗り特有の匂いのことだ。主兵装である4連装機関砲は、一度起動させるとコクピット内の電灯が一瞬消える程の大電力と、大量の装薬を一種の内に霧消させる。そして、パイロットには濃い火薬の匂いが身体に染み付くのだ。
「そんな事ないですよ!かっこいいですよ!"片翼のサムライ"っ!!」
「はずかしからやめてくれ!」
「顔真っ赤ですね〜、うふふ」
「軍曹!黙ってないでこいつを止めてくれ」
少尉の情けない声に、ふっと息を吐き出した軍曹は助け舟を出す。
「……伍長……少尉は、嫌がっている……辞めるべき…だ……」
「ちぇー」
「……伍長、お前性格変わったか?」
伍長がくちびるを尖らせてそっぽを向く。見た目も性格も子供っぽい伍長は、基地職員のほぼ全員に娘の様に扱われているらしい。それも納得である。
それに今、軍曹笑ってなかった?気の所為?気のせいだった。イケメンなんだから笑えばいいのに。
「そんな事ないですよ、ねっ、軍曹」
「……なら、俺のベレー……返してくれ……」
「…わ、わたしの…ちょっと…な、無くしちゃって……」
「……」
今度は軍曹が頭を抱える番かと思ったら何処からか予備を取り出し被った。よ、予測していたとでも言うのか……。
「まっ、とにかく、全員生きてて良かった、取り敢えず出撃まで休もう」
「さんせー!」
「……変わった、な……」
そうは言っても、空軍所属の少尉と陸軍所属である軍曹と伍長は住む宿舎も違う。なので直ぐ別れる事になった。
「まったねー少尉!!」
「……再開を、必ず……」
「あ、あぁ……」
伍長と軍曹と別れる。二人とも"ロクイチ"のドライバーだ。伍長が操縦手。軍曹が砲手兼車長だ。
「──陸の王者、鬼戦車M61か……」
"ロクイチ"。つまり地球連邦地上軍主力戦車 M61A5 MBT "Type 61 5+"は、地球連邦地上軍が誇る最強最高のMBTだ。
搭載された高性能ヴェトロニクスの高度な電子化、ハイテク化に加え、大きな車体は拡張性が高く、地球全土のあらゆる地形に対応可能だ。様々なセンサーを始め、通信装備にも改良が加えられ、衛星通信、高速データリンクを備え、なんと2人という少人数で運用出来る優れた戦車として完成した。U.C. 0061に正式採用され、マイナーアップをされ続け今だに運用されている最古参兵器だ。2人が乗り込むのは配備されたばかりの5型で、なんと主砲口径をもアップグレードした最新型モデルだ。外観も大きく変化した最新鋭の古参兵器は、既に中身外見含め全くの別次元となっている。空飛ぶ骨董品に乗る少尉とは大違いである。
武装は主砲として155mm二連装滑空砲、副兵装に13.2mm M-60 重機関銃、7.62mm主砲同軸機関銃、5.56mm M-299 分隊支援火器、
「ミノフスキー粒子……」
しかし、そのハイテク化は、ミノフスキー粒子の前に脆く崩れ去りそうだ。今日も、軍曹がローテクであり、かなりの高度技術である手動によるスラローム射撃技術を持っていなければヤられていたであろう……いや、待て。軍曹。なにもんだお前。単純な移動射撃すらコンピュータの補助が無いとほぼ不可能に近いと言うのに。
それでも、心配だけは募っていく。戦場は、腕だけでは生き残れない。少尉は既にそれに気づいていた。先程、理不尽に命がすり潰されるのを、目撃したばかりだった。拳を握りこむ。
「頑張れよ……頼むから、死なないでくれ……」
少尉には、薄れゆく二人の背中に、そう呟く事しか出来なかった。
足音を響かせながら自室へ向かう。廊下ではすれ違う度にヒソヒソ話だ。なんだよ、生き残っちゃそんなに悪いか。
ようやく扉の前に着く。今になりどっと疲れが出て来た。自室は2人部屋で、同じ攻撃機パイロットの下士官と同部屋だ。
いや、
隣のベッドには制服が丁寧に折り畳んで置いてあり、その上には一束の花が添えてあった。
「──気さくな奴だったな……安らかに眠れ」
敬礼をした後、ベッドに腰掛け、いなくなってしまった同居人に思いを馳せながらぼんやりとする。"死"と言う、今まで特に考えず、漠然としたものであった言葉が、強く心にのしかかっていた。
以前遺書に何て書いたっけ?
兄貴は、お袋、親父は元気かな。
ふと、地面に吸い込まれていく爆弾と、それが巻き起こした爆轟と共に炎が噴き上がる光景がフラッシュバックする。それと同時に僅かな吐き気が込み上げ、少尉は思わず口元を抑えた。その手は微かに震えていた。
今更になって人を殺した実感が湧いてきたのだ。陣地に爆弾を投下し、焼け出され逃げ惑う兵へ機銃掃射を行ったのだ。既にその人数は、両手を使っても足りない程、それこそ数え切れないレベルとなっている。
「……くっ……」
吐き気を押さえ込み、次々と浮かんでは消えて行く考えを追い出し、少尉はそのままぼんやりと天井を見上げる。手をかざし、開いたり閉じたりしているうち、突然冷めてきた。何もかも。力無く投げ出された手の中を覗き込むも、そこには何もなく、後には、ただ非現実感が残るだけだった。
「……俺は……」
……そうだ。HUD、キャノピーを通して見たあの光景は、演習やVR訓練と何も変わらない。まだ木銃をぶつけ合った時の方が実感があるぐらいだ。
──それでも、身体は覚えていた。空を駆ける、あの胸の高鳴りを、敵の放つ激しい奔流の様な殺意と、絶望と恐怖が入り混じり、身体を硬直させるプレッシャーを……そして何よりも、自分が生きているという実感を。
「……」
疲れはあるが寝るわけにもいかず、目元を揉みながら身体を起こした少尉は、ベッドに腰掛け本を読み時間を潰す。いつも肌身離さず携行していて、何度も読み返している一冊だった。流し読みしている内、次第に引き込まれて行き、100ページほど読んだ時室内電話が鳴り響いた。
気がつくと結構な時間が経っていた。本を胸ポケットにしまい、上から叩き立ちあがる。
取った受話器からはおやっさんの声がする。俺を呼ぶ、戦場へと誘う声が。
「
立ち上がり、身体を解すと、出口へ向かった。
戦場へと。
『最初に地上にキスをした者には、最上級の"マハル"産のワインを俺が奢るぞ!』
この調子で進みます。登場人物は本編のキャラ以外出さないつもりです。では、次回もどうぞよろしくお願いします。
キャリフォルニアベースは「激戦があった」、または「ジオンによる電撃的侵攻で無血開城」と行きなり全く真逆の設定があったので、激戦にしました。
テキトー過ぎだろ!!!
次回 第二章 キャリフォルニア・ベース攻防戦
「……その言葉……信じろと?」
フライング・タイガー03、エンゲージ!!