GANTZ観察日記 作:時械神メタイオン
7月16日(追記)
結局、文化部ちゃんを訓練に参加させることは諦めた。バイトなら仕方ない。
バイトが命より重い……とは全く思わんが、考えてみれば彼女、まだまだ「命のやり取りをしている」感覚が薄いのだろう。前回の戦闘は経験者組だけで狩れちゃったもんな。
「前回もあの “ミッション” とかいうものに呼ばれちゃったせいで、シフト一つすっぽかしちゃって怒られたんですよ。どうにかして呼ばれないようにできないんですか?」
いや、そんなことを俺に言われてもな。
彼女を訓練に参加させるには、次回のミッションで怖い目を見せるのが一番手っ取り早いんだろうが……それじゃ訓練の意図に反する。仕方がないので、夜間は常にスーツを着用すること、映画を見てイメージトレーニングを怠らないことだけいい含めて彼女とは別れた。
7月19日
おっさんに呼ばれて、文化部ちゃんを除く部屋の面子が集まった。何でも、ギャル子と厨房の鬼ごっこと銃の訓練を一通り終えたらしい。それで、次は増えた面子でドッジをやるんだとか。
「痛いから嫌です」「
キッパリと断る高校生。俺も乗っからせてもらおう。
「ふざけてんなよ。ダーがやれって言ってるんだからやれし」
ギャル子にバッサリ一刀両断されたが。
半分フザケているが、半分本気だぞ。おっさんの球を当てられたことないからそんなこと言えるんだ、いやマジで。
「ドッジとか小学以来だな。いや別に? 別にやんなくちゃいけないなら仕方ないつうか」
ウキウキを隠しきれない厨房が、視界の隅っこでソワソワしてた。
7月20日
おっさんの球速は人間の反射の限界を超えている、という見解で高校生と一致した。
青あざが痛む。
7月21日
おっさんはコートの端から投げるよう縛りを設けてもらった。
厨房がそれで何とかキャッチできるようになった。若いって素晴らしいなおい。
俺と高校生はそれでも避けきれず青あざを増やすだけだったが。
7月23日
高校生も球をキャッチできるようになりつつある。
俺か? 俺は無理だわ。とれるかあんなもん。
7月25日
「いいか、絶対に目を切るな!」
「星人の速さはこんなもんじゃない! 瞬きする間に殺されていると思え!」
「距離を取るのは有効な手段だが、自分より速い相手にそれができると思うな!」
「何より……スーツを過信するなバカモノォ!」
結局、訓練目標を達成できなかった俺だけ居残り訓練を喰らう羽目に。おっさんの投げるボールをただひたすら避けるだけなんだが……当たるわ当たるわ。痛くてたまんねーの。
厨房、高校生は訓練の末に捕球も避けるのもできるようになった。大学生はかなり初めの方からできてた。ギャル子は……あれ、才能の塊だな。捕る方はからっきしだけど、避けんのが抜群にうまい。結局最後の方では彼女をアウトにするのはおっさんにもできてなかった。文化部ちゃんは論外。
で、論外がもう一人。俺である。
「お前は俺の次に、スーツが “脆い” ところを見てきたはずだ! だというのに何だその体たらくは……」
跳ね玉に後頭部をやられて伸びた俺に、おっさんが嘆く。いや、おっさんも大分星人じみてるからな。
おっさんのボールを避ける訓練にしても、スーツを着てトントンだと思うぞ。
「馬鹿いえ。厨房と高校生の坊主も生身で反応できてたろうが」
俺の軽口に呆れて返すおっさん。
今日はもう危険との判断で、訓練を切り上げる。訓練帰りにラーメン奢ってもらった。
ラーメンをすすりながら、おっさんとパソコンの話をした。
「なぁ、坊主。お前さん、パソコンはできるか?」
うん? まぁ、人並みには扱えると思うが。エンジニアみたいなことは期待されても困る。
どうしてそんなことを訊くんだ?
「いや、そろそろ……敵の危険度が判らんと都合が悪くてな」
おっさんの話し方で、
おっさん、流石にバレないと思うが……外でこの話題をするのはやめようぜ。
「……ああ、そうだな。すまん」
その後は特に何かを語るわけでもなく、おっさんとは別れた。
で、おっさんと別れた後になって次第に気になり始めた。
パソコンと部屋……何の関係があるんだ?
7月30日
昨日が6回目のミッション。1ヶ月近く空くと、もう呼ばれないんじゃないか、なんて期待が首をもたげてくる。だが、おっさん曰く、「これくらいが正常なペースだ」らしい。
敵の呼称は「スパルタ星人」。内容としては、単純に数が多いだけ。何より……ボスクラスの敵が不在だった。前面に出過ぎた厨房が腕を折られてしまい、大学生に背負われて撤退した以外に大きいハプニングは無し。
気になっていたおっさんの新武装については……「今は使い
分担として、おっさんが新武装のテスト、俺と高校生が新人の誘導、大学生がプレッシャーガンでの殲滅。
ギャル子は多分、おっさんを手伝ってて、厨房は大学生の足を引っ張ってた。文化部ちゃんはわからん。
部屋に帰っての点数は俺が59点。高校生が7点。前回からの得点は無し。
まぁ、俺達は今回非戦闘要員だったからな。仕方ない。
文化部ちゃんが30点だったのに目を剥いた。いつどこで戦ってたのよ、君。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……今回の敵、1体5点だったんですね。私、6体狙撃しましたから」
なんてことを抜かす文化部ちゃん。
あちゃー、惜しいことをした。今回かなりボロい勝負だったのか。
「ま、俺は大したことしてないし。別に?」
なんてことを言ってソワソワしてた厨房は……15点だった。
普通に文化部ちゃんに負けとる。「おかしーって! 俺の方が戦ってたじゃん!」とか何とか喚いていた。
ギャル子に後頭部を叩かれて黙っていたが。
ギャル子は35点。おっさんが62点。性能テストが終わり次第戦闘に参加してたらしい。
新人は全員0点。まぁ、実際何もさせてないしな。新人たちは点数に一喜一憂する俺たちを見てても、何がなんだかわからないという顔をしていた。
最後に大学生の点数が表示された。その表示を読んで、全員の視線が厨房へと向く。
“だいがくせい 97点 あと……すこしだった”
これって、厨房が足引っ張ってなかったらクリアしてたんじゃないか?
8月1日
文化部ちゃんは相変わらず訓練に来ない。だが、厨房も来ないのはどういうことだ?
8月7日
あれから、厨房が訓練に参加しない。別に、直接非難を口したメンバーはいなかったんだが。
やっぱ視線がグサッと来たんだろうか。
俺もおっさんの足引っ張ることぐらい日常茶飯事だし、あんま気にすること無いとは思うんだが。
だが、差し当たってもっと大きい問題がある。前回からの新人共が訓練に参加しないのだ。
主婦が一人、学生が二人、リーマンが一人。おっさんが根気強く説得を繰り返していたみたいだが……うち一人にいよいよ警察に相談すると凄まれたらしく、諦めて今日は俺たちの訓練を見てくれている。
「せめて、ガキどもだけでも……くそっ」
けど、訓練中もおっさんは心ここにあらずという感じだった。
訓練に来ない新人共の心配をしているのは一目瞭然だ。
一度危ない目に合わせないとあの部屋の脅威が伝わらない。でも、経験者の数がある程度になると……。今のおっさんを見てると、なぜ部屋の “経験者” の数が一定に抑えられているのか、その理由が察せられた。
8月16日
結局、厨房も新人共も訓練に参加しない。おっさんはまだ諦められない様子だったが、警察沙汰となれば最悪自分の頭が吹っ飛びかねない。今でさえなかなか話を信じようとしない新人共が、どこで口を滑らせるかわからないのだ。これ以上は危険だとギャル子に説き伏せられ……新人たちの説得はやめてしまった。
厨房はおっさんから「来たくなったら来い」とだけ連絡が行っているらしい。「訓練の基礎は終えているのもある。今は優先度が低い。何より……プレッシャーを与えるとあのぐらいの齢の坊主は、なんとなく嫌になるものだ」とか何とか。おっさん教師みたいなこと言うよな。
なんだかんだ文化部ちゃんとは映画のディスクを借りるときに少し話をするようになった。相変わらず訓練には参加しないが、話してる感じこの子は何か大丈夫な気がする。気がするだけかもしれないが。
「夜間はスーツを着用、ですよね?」
約束事を守ってるか確認すると、軽く胸元を下げて、服の下に強化スーツを着てるのを見せてくれた。
今の仕草エロいな、おい。
ツ○ヤの帰りに気がついたのだが、そもそもスーツ持って帰っちゃ駄目じゃん。
彼女に部屋のルール説明したの俺だけど……今更「そもそも持って帰るな」とも言いにくいし。
おっさんにバレたら、雷落とされるんじゃね?
「文化部ちゃんは面倒みてるから心配しなくていい」
そんな文面でおっさんにメールを出しておいた。たいして面倒見てないけども。
「懸念事の1つだったからな。助かる。任せた」
そんな文面で返信が来た。雷回避。
やり取りの後で気がついたのだが……文化部ちゃんの面倒丸投げされたのか?
8月18日
映画のディスクを返すときに、文化部ちゃんを訓練に誘ってみた。
「普通にいやです」
普通に断られた。
「明確なマニュアルみたいなものとかないんですか? その内容を見て今後の参加を考えるので」
何とかそこまで譲歩を引き出した。俺えれーわ。
と言っても……おっさんにそういうの作れって言うのもな。部屋の知識と訓練の内容を網羅した文書とか、今パッと出せるものがあるわけないし……あるわけ……あるんじゃね? 例のネット上のフィクション小説とか俺の日記帳がまさしくそれじゃん。
とりあえず彼女にはおっさんから聞いたURLをメールで送った。
俺の日記に関してはコピーを後日渡す約束をした。家に帰ったら早速黒塗りを始めよう。
8月26日
「黒塗りだらけで読みにくいんですけど……」
先日渡したコピーを読み終わったらしい文化部ちゃん。感想を一言でまとめるとそうなるとのことで。
部屋の面子の個人情報、うっかり書いてた地名、俺のかっこ悪かったところ……万が一流出したらまずいところはあらかた削ったから仕方ない。
「でも大事な部分はわかりました。読み物としては……もっとボケた部分があってもいいですよ」
ボケた部分は全部黒塗りの下です。
というか、人の日記に面白みを求めないで欲しい。適当に書きなぐってる感はあるが、一応資料として渡したわけでもあるし。
「人に読ませるなら読ませる努力をしましょうよ」
文化部ちゃんのチェックの厳しさ、マジ文化部じゃね? とか思ったが流石に口には出さない。抗議はしたが。フィクション小説の方もあんじゃん。あれも大事なところは削りまくって無難な感じになってるんだろ?
「人に勧めておいて読んでないんですか? 地名も人名もバリバリ出てますよ?」
……は? はぁ!?
家に帰ってそのサイトを開く。サイト名は「黒い球の部屋」。
最新話だけ読んでみたが……あるな。「くろのけい」に「かとう」。
これ書いてる奴のネットリテラシーどうなって……以前に頭の爆弾が怖くないのかこいつ。
8月27日
流石に訓練は休んだ。「黒い球の部屋」を読むから休む、そうおっさんに断ったところ、「まだ目を通しとらんかったのか」と呆れられた。仕方ないだろ、星人の攻略法は一本道じゃないって言ったのおっさんだぞ。
で、読んでみたんだが……ちょっと読んでみたところでG○○gleアースで写真探してみた。小説中の地名を入力して、破壊の痕が残ったりしてないよな? な?
3件目ぐらいで巨大な道路の陥没写真がヒットしてしまったが。地名伏せろや。……いや、っていうかそれ以前に検証サイトとかにまとめられてないだろうな。
ツッコミたくて仕方ない部分も多々あったが、何とか読み進めていく。実際、一見してただの荒唐無稽な小説だ。読み手が部屋の面子でなければの話だが。部屋の秘密を外に漏らそうとすると頭の爆弾が弾けることについても、ちゃんと書いてある。書いているくせにこの赤裸々ぶりはなんなんだよ。
読んでいるうちに気がついたのだが、この小説書いてる奴……自分の名前は書いてないな。一人称の書き方だから不自然ではないが、そうやって自分の名前が明らかになるのを誤魔化している印象を受けた。
これ、部屋の実在がバレてしまったとき……頭が吹っ飛ぶのは、書いてる奴じゃなくて「くろのけい」だったりするのか? この小説の作者に対する印象が、確信犯のサイコパス野郎になりつつある。深く考えすぎだろうか?
8月31日
あれから大学生と高校生にも連絡をとって、二人にも黒い球の部屋を読んでもらっている最中である。
俺は、あれだ。活字に飽きたので映画と体を動かす訓練に戻っている。
大学生に至っては下手すると、おっさんより部屋の秘密について調べているし。
高校生の頭が回るのも以前見たとおりだ。
多分、俺が一人であのサイトを読むより収穫は多いはずだ。
9月2日
サイトを読んでの報告が上がって来た。
大学生から、「あらかた佐藤さんから聞いた情報ばかりで収穫なし。ただ……」
高校生から、「僕たちがミッションで得た経験以上の収穫なし。ただ……」
「「“カタストロフィ” について至急調べられたし。佐藤さんに要確認」」
メールの文面でハモるって相当難しいよな。
しかし、肝心のおっさんに訊いても「知らん」という返答しか得られなかった。
9月3日
久しぶりにおっさん以下、俺、大学生、高校生まで集まってドッジボールをやった。
常日頃体を動かしていないと、いざっていうときに動けないからな。厨房にも、訓練に顔を出さなくても、運動は継続しろと伝えてあるらしい。
ギャル子は外せない私用があるらしい。文化部ちゃんは相変わらずだ。
休憩の間に少し、部屋についてわかっていることを話し合う。
大学生曰く、部屋の黒い球についてはフェイクニュースなどでその情報がネット上に出回っているらしい。
一見すると荒唐無稽。しかし、それは部屋の面子からすれば真実だとすぐに分かる内容になっている。
“先生” がドイツ企業製だと確信を得たのもそこら辺かららしい。
「一応、その “黒い球” というキーワードと、 “カタストロフィ” というキーワードから追って、各国のメンバーが混じっていると疑わしき外国の掲示板までたどり着いたんだけど、ドイツ語でね。少し読むのに時間がかかりそう」
あまり寝てなさそうな目で大学生が言う。
地味に言ってることが凄まじい。
「横文字は苦手だ。すまんがそこらの話はすべて任せる」
おっさん丸投げである。仕方ない気もする。ドイツ語なんて俺も読めん。
その後で少し、大学生と高校生が話してた。聞く感じ、翻訳サイト使って高校生も少し手伝うっていう提案をしてたらしい。翻訳サイト使っても俺は読む気にならないが。なんだかあの二人には頭の出来で負けてる気がする。多分勘違いではないだろう。
9月18日
昨日、7回目のミッションに呼ばれた。
多分、今までで一番問題を孕んだままスタートしたミッションだったはずだ。
前回からの新人たちは訓練不参加な上、呼び出されるやいなや、「あの佐藤とかいう中年男を出せ! 監禁罪で訴えてやるぞ!」って喚いたり。厨房は厨房で、まだ前回のことを引きずっているのだろう。他のメンバーから目をそらしっぱなしだ。
さらに言えば、今回からの新人たちも、転送を誘拐と勘違いして混乱している。今回ちとやべぇかもな。
そう考えていると最後に転送されてくるおっさん。それに気づいたリーマンと主婦がおっさんに詰め寄ってなじった。
「……
あ、おっさんがキレかけてる。おっさんだけは終始冷静でいてくれないと……おっさんがミスって部屋が全滅とかマジでありえる。ヤッベ。
同じことを考えたであろう大学生と目が合った。うなずきあう。話の仲裁のために二人で割り込もうとしたところで、
“先生” が歌いだした。
「ちっ。どうしてこうも毎回俺を後の方で呼ぶんだ」
いつか聞いた台詞。おっさんは部屋を見回して叫ぶ。
「生き残りたければ、 “黒いスーツ” を着ている連中の真似をしろ! お前らのスーツは黒い球の中だ! いいか、ここで戦って勝てば生き返ることができるんだ! 逃げたら殺されるだけだ! 」
おっさんのよく通る声で、適切な情報を1つの台詞の中によくまとめている。
結局、訓練に新人を参加させることを諦めたおっさんはミッション前のこの混乱まで予測していた。
だから、ミッション前のこの短時間で必要な情報だけ伝える
こういうの見てると、カリスマって積み重ねがあるからカリスマなんだなって思える。
“殺される” という強い言葉に新人たちが反応した。空気が変わったのが見て取れる。新人たちは、今なら俺たちの言葉にも耳を傾けてくれるだろう。
「後の説明は任せた! 今回は俺が尖兵を務める! 先生、俺を最初に転……」
ちと待った。おっさん、待った。
思わずおっさんを呼び止めてしまった。
「ちっ、なんだ坊主。時間が……」
舌打ちして振り返るおっさん。仕方ないわな。空気ダダ壊しだし。
でも、その違和感を俺は放置できなかった。
なぁ、おっさん。今回の敵、星人じゃないみたいだぞ。そう言いながら “先生” の画面を指差しで示す。
「何を言っている? そんなわけ……」
画面を見たおっさんが押し黙った。
“ ル ✞ シ ✞ フ ✞ ァ ✞ ー ” “てめぇらはこいつをやっつけてくだちい”
星人呼称どこ行ったよ。その上、割とふざけた名称。記号の多さに、少しイラッとする。俺がこの部屋に来るようになってからはじめての経験。
おっさんに尋ねる。なぁ、これいつものとは何が違うんだ?
おっさんは答えてくれなかった。答えてくれないまま、その顔が苦悩に歪むのを俺は見た。
……え? 今回なんかやべーの?
じかいにつづく