GANTZ観察日記 作:時械神メタイオン
4月27日
気がついたら俺はこの場所に招集されていた。
まず最初に思ったことは「あれ、俺死んでないのか」である。トラックに轢かれかけた女の子を庇って、かわりにグチャっとされたところまで覚えてるんだが……。
寝ぼけていた、で片付けようにもあまりにも痛さを具体的に覚えているしな。一体どういう状況なんだよこれ。意識がプツンと途絶えたはずなのに……生きてんじゃん、俺。
混乱していた俺に背後から声がかけられた。
「死んだときの記憶があるか、坊主」
正直、びっくりしてちょっと飛び上がった。状況が状況だから仕方ない。仕方ないよな?
俺に声をかけてきたのはパツパツ黒ずくめののコスプレをしたおっさんだった。
「ここは死ぬ前に生き返るチャンスをくれる部屋だと思ってくれ」
何言ってんだこのおっさん。それに……部屋?
おっさんにそう言われてやっと周囲の状況が見えてくる。
俺が立っていたのは、
ここは天国……じゃないのはなんとなくわかる。パツパツ黒塗りのコスプレしたおっさんが天使役ってどこの宗教でもやってないだろ。
でも天国じゃないならここはどこなんだよ。いや、福岡なのは確定だがそういうことじゃない。俺達はどんな魔法、いや手品で死にかけの状況からこんなところに集められて、何を要求されてるんだよ。その疑問を訳知り顔のおっさんにぶつけてみた。
「そ、そうだ! 助けてくれたのか、それは有り難いが誘拐じゃないのかこれは!」
野郎の一人が乗っかってくる。
「わかった。説明する。だが勘違いするな。そもそも俺らはまだ助かっちゃいない」
おっさんはそう言って説明を始めようとして、
黒い球体が急に歌いだした。
「ちっ」
おっさんが舌打ちする。
「どうしてこうも毎回俺を後の方で呼ぶんだ」
おっさんが何か毒吐いたが、俺にはその意味がわからない。
「説明は転送された先で行うつもりだが、状況によっては各自で生き残るよう頭を使え!」
おっさんはそう大声で言うと、黒い球に歩み寄る。
黒い球には謎の画面が映し出されていた。
“ソクラテス星人” “てめぇらはこいつをやっつけてくだちい”
何のこっちゃ。
「先生、武器だ!」
おっさんがそう黒い球に呼びかけると、黒い球がガシャコンと開いた。
「基本はケースの中のスーツの着用だ! あとは各自可能な限り銃を携行しろ! トリガーを両方引かないと発射できないから気をつけろ! 先生、俺を最初に転送してくれ!」
おっさんが早口で捲し立てる。言い終わった次の瞬間にはおっさんの “転送” が始まっていた。
度肝を抜かれた。おっさんが頭のてっぺんから消えていくのだ。
理解できない、というより信じられない状況。マジ何が起きてんだ。
「スーツはオーダーメイドだ。他人のと間違えるn…―――」
おっさんの口の部分まで消えて、何かいいかけていたことが聞こえなくなる。
おっさんの足先が消えるまでを俺は立ちすくんで見ていた。
「おわ、なんじゃこりゃあ!」
野郎の一人が叫んだ。そちらの方を見る。そいつの目から上が消えていた。
何だ。何が起きてる。これ、全員が消えるまで続くのか? 理解不能の状況続きで頭がグルグルする。その中で何とか理解できたおっさんの言葉がリピートしだした。“スーツ”と“銃”だ。
俺は球に駆け寄って確認した。あんまり時間はなさそうだ。球の中のケースを一つ取り上げてみる。ケースには「新米パパ」と書かれていた。何のこっちゃ。中を見たら、おっさんが着てたのと同じスーツ。よし。コイツをとりあえず着て……着る余裕があるだろうか。
「ひぃ!」
俺の後ろではもうさっきの奴の転送が終わり、3人目の転送が開始していた。
「何でもいい! とりあえず武器をくれぇ!」
叫ぶそいつに、思わず黒い球から出てきた銃を1つ手に握らせた。握らせたのとほぼ同時に銃と一緒に野郎はどこかに送られてしまった。
それを見て気がつく。手に持っている物と一緒に転送されるなら、とりあえずケースごと転送されればいいのだ。ケースと銃を小脇に抱える。これでとりあえずOKのはずだ。
俺の真似をして野郎どもが銃とケースを手に取り始める。ケースにはそれぞれ、よくわからない固有名詞が書かれていた。何なんだあれ。そのうちの1つに「ナポリ」って書かれたケースがあって……あ、それ俺の渾名とおんなじだな。
“オーダーメイドだ”
おっさんの言葉が脳内でリピートした。
おい、あんた! それ俺のケースと交換してくれ!
「は? あ、ああ」
俺のケースを持っていた野郎は一瞬呆気に取られて、その直後に転送が開始された。
「あっ」
短く野郎が叫ぶ。
やべぇ! 俺は半ば引ったくるように「ナポリ」を奪うと、「新米パパ」のケースを野郎の手に押し付けた。
その野郎が転送されたあと、すぐに俺の転送が開始された。
転送された先には部屋の面子が揃っていた。住宅外ど真ん中。真夜中なのに、おっさんは大声で指示を飛ばしていた。と思ったら、いきなり目の前から消える。いや、もう驚かねぇぞ。とりあえずスーツを着用した。他の奴らもケースを持ってきた奴らはそうしていた。
その後、そこで何が起きたか説明すると長くなる。だから、結論から書く。
結局その日の夜、部屋に戻ってこれたのは俺とおっさんだけだった。
4月28日
昨晩は混乱もあった。整理のために、改めて昨日のことについて書いておこう。
俺は100点を稼ぐまであの部屋から逃れることができないらしい。
これだけじゃ、あとで読み返して全然わからないだろうから、一つ一つ整理していこう。
「黒い球の部屋」、便宜上あの部屋のことをそう呼称しようと思う。
呼称の通り、部屋の中央には黒い球が一個存在していた。直径1メートルぐらいの。俺の胴の高さまであるからそれくらいだろう。部屋の窓からは見えているのは福岡タワーだ。住所は……伏せる。
何かこういう書き方すると急にリアリティ出てくるよな。おっさん曰く、「部屋の面子以外にこの部屋のことがバレたら頭が吹っ飛ぶ」そうだが……「反省のために記録を残すのはまぁやるべきだろうな」とも言っていた。世の中にはフィクション小説の体でネット上にあの部屋のことを書きなぐっているツワモノもいるらしい。「日記は……まぁグレーだな」とおっさんも言っていた。念のために、引き出しの二重底の下にこの記録帳はしまうことにしている。
その部屋にはルールがある(らしい)。おっさんが把握していたルールは以下のものだ。
・数日~数ヶ月に1回のペースで黒い球の部屋には部屋の面子が招集される。
・部屋の面子は、「招集される日に死んだ者」と「以前から部屋に招集された者」に限る。
・招集された場合、ミッションが終わるまで部屋から出て帰宅は許されない。
・ミッションは1時間。内容は「星人」と呼ばれる化物と殺し合うこと。
・ミッション開始と同時に、俺達の場合は福岡のどこか一区画に転送される。スーツについたレーダー機のマップで確認できる区画から出ることは許されない。
・合計で100点を取るまで繰り返し、部屋に呼ばれる。
・部屋について、真実を部屋の外に漏らしてはならない。
・俺達の頭には爆弾が埋め込まれていて、24時間監視されている。
にわかには信じられないが……経験したとなれば話は別だ。
部屋の武装は基本持ち出し禁止だと念押しされた。持ち出し禁止の理由?
「ミッションにスーツを忘れたら生き残る目はほぼ0だと思え」
おっさんはそう言ってた。だが実は、スーツと銃を一丁持って帰ってきていたりする。おっさんに「次回からも生き残れるよう訓練をつけるぞ」と言われての特別処置だ。経験者が多いほうが部屋全体の生存確率が高いからだそうで。
おや? でもおっさんはおっさんしか経験者居なかったろ。もしかして毎回ほぼ全滅なのか?
俺、次あたりで死ぬかもな。あんなの何回も生き残れる気がしねぇ。
現在俺の点数が3点。
おっさんが97点。
一回平均3点だとしたら34回で解放。おっさんは次で解放。おっさんに置いてけぼりにされたら間違いなく詰む詰むするな。
ミッションの内容に関しては……気が向いたら書くことにしよう。共通していることは “殺し合い” ってことだけで、毎回、全然内容の異なる敵と戦わされるらしい。前回通用した手が、次の敵にも通じるわけではない、とはおっさんの弁だ。それなら、交戦の内容について反省する意味は薄そうだからな。……必死で逃げてて、初参加のミッションがどう終わったのか記憶に残っていないというのも多分にあるが。
4月29日
おっさんと鬼ごっこをした。二人で。
4月30日
おっさんと鬼ごっこをした。やはり二人で。
5月1日
おっさんと鬼ごっこをした。いや、遊んでいるわけではない。ただ、やっている訓練の内容を書こうとすると鬼ごっこだった以外の説明が見当たらないのだ。
5月2日
鬼ごっこじゃなくて銃の訓練。「大体これで問題ないな」とおっさんのお墨付きを得た。いやほぼ鬼ごっこしかしてない。銃の取り回しの悪さに正直びっくりした。トリガーが2個ある意味あるかこれ?
5月3日
そして、2回目のミッションに招集された。
内容については……今日は寝よう。明日、書くことにする。
5月4日
ミッションは “プラトン星人”。
招集人数は8人(内経験者2名)、帰還人数2名(内経験者2名)。
ぶっちゃけた話、前回以上に全滅だ。新人が生き残らなかったからな。おっさんも渋い顔をしていた。
敵は後ろが透けた影みたいな星人複数とギリシャ彫刻みたいな巨人一体。
戦闘内容は……おっさん曰く「攻略に必須手順のある敵」だったらしく、その攻略方法をおっさんが見つけるまでに新人が全滅してしまったのだ。全員スーツを着ていたにもかかわらずだ。
俺か? 俺は訓練どおり透明になってレーダーを覗いていた。
おっさんとの鬼ごっこにはある縛りを設けていた。
だが、影みたいな敵を幾ら撃っても数が減る様子はなかった。何か……巨人の足元から影みたいな奴が次々と湧いてた。あ、巨人を仕留めないと終わらない感じか、これ。そう気がついたときには影みたいな奴に新人が全滅させられていたが。
巨人相手にも何発か狙撃を決めてみたが……表皮で弾けるだけで大したダメージは無さそうだった。
俺も俺なりにこの招集を終わらせる方法を考えていたが……正直、「詰んだ」以外の解が浮かばなかった。
招集の終了条件は多分、「巨人を抜くこと」。だが、足元の影みたいな奴らは無限湧き。影野郎は人間大だが、スーツの耐久を数発で抜く膂力を有している様子だ。
遠距離からの狙撃では十分なダメージが見込めない。かと言って、距離を詰めようとすると……足元の影共に揉みくちゃにされて、あっという間にスーツの耐久を抜かれてゲームオーバー。距離詰めてでかい奴相手に意味があるとも思えなかったが。途中から狙撃の手を止めて、ずっとそればかり考えていた。
どうやったら帰れる? さらに思考に没頭しかけたところで、視界に変化が起きた。
影みたいな奴らが一斉に吹き飛んだのが見えた。正直目を疑った。
バチバチというエフェクトと共に、おっさんが姿を現した。透明化が解除されてしまう距離までおっさんが
影みたいな奴らが再び湧いてくるまでの、刹那。おっさんは居合の要領で巨人の首を落としていた。
巨人を倒して、十数秒後だったと思う。転送が開始された。
結果は俺氏、計……確か17点。おっさんが127点。
おっさんが100点のボーナスメニューを選択していた。内容は3択。かいつまんで書くと、部屋からの解放・面子の蘇生・新武器のいずれか。おっさんはたっぷり数分悩んで、新武器を選択。悩んでいる間、見捨てないでくれって懇願を続けたのが効いたのだろう。おっさんは黒い球に語りかける。
「先生。新しい特典はいい。 “プレッシャーガン” の二丁目を頼むのは可能か?」
ワット イズ プレッシャーガン? あと、何かおっさんの言い方に引っかかりを覚えた。
おっさんは部屋の左奥の扉を開けて、謎のスペースに入り込んだ。そして、手に直方体型の……銃? を引っ提げて出てくる。トリガー付いてるし多分、銃。
「また訓練に呼ぶ。銃の扱いについて、レクチャーが未熟だったことは謝る。明日は休みだ」
おっさんはそう言ってクールタイムをとってくれた。
5月16日
今日、部屋に呼ばれた。
今日は寝る。
5月17日
三回目のミッションだった。おっさん曰く、かなりのハイペースで呼ばれているらしい。
敵の呼称は “アリストテレス星人”。内容は……ボスの指揮者数体と、軍隊。
確実に、この3回の中で最強の敵だっただろう。兵の一体一体が武装し、銃のダメージを身にまとった鎧が砕けて受け流されるため、近接戦で即死させられなかったのだ。そして、手に持った剣で斬りかかられると、スーツの耐久を無視して斬り殺される。新人の殆どが為す術もなくやられ、俺も透明化して遠巻きの狙撃で兵の数を減らすくらいしかできなかった。
それらの兵をシステマチックに運用するボスの星人がいて……ボスらしい星人を付け狙って狙撃かましているうちに、透明化してるのに関わらず気がついたら袋小路に追い込まれていた、と言えば奴らのヤバさが伝わると思う。俺も死を覚悟した。
だが、結果を言えば俺は生還したし、新人も二人生き残った。
おっさんが “プレッシャーガン” を使って、擬似的な絨毯爆撃をかましたあげく、ボスの星人たちを一度に葬ったのだ。
「よくやった。お前がいてくれて助かった」
部屋に帰って、おっさんの第一声は俺の助力を称えるものだった。対して、俺はおっさんを
“あの凄え装備、どうしてミッションの最初から使わなかったんだよ! 最初からあれで指揮官まとめて潰しておけばもっと多くの奴が帰って来れたんじゃないのか?”
おっさんの返答はシンプルだった。
「……それじゃミッションが終わらなかったからだ」
俺が必死に狙撃を繰り返している間、おっさんは敵の観察を続けていたらしい。
俺は気が付かなかったが、俺の我武者羅な狙撃は数発ほど指揮官に当たってて、指揮官を俺は2体ほど葬っていたらしい。
「……で、吹き飛んだ指揮官の頭を拾った兵隊が、指揮官の兜をかぶっていた。そして指揮官に早変わりだ」
「そして、指揮官が指示すると、兵隊が分裂して増えていた。群体・分裂型の星人、ただし、特別なルールでしか増えないタイプ。比較的よくあるやつだ」
「倒すためには、兵が指揮官に変わるより早いペースで指揮官を潰すこと、次に間髪を入れず兵を潰すことを要求された。この順番は覆らない。加えて、対応力の高い相手だった。不意打ちは二度は決まらん」
「だから、 “指揮官を殺す敵” を殺すために袋小路前に指揮官が集まったタイミングを狙った」
「……だから、今回のミッションをクリアするためにはお前の力が不可欠だった」
おっさんは終始淡々とした口調だった。
淡々とした口調だったが、言葉の裏に複雑な感情が垣間見えた気がした。
「……どうしても、見捨てざるを得ないやつが出てくる。俺にできるのは、そいつらの死を無駄にしないように、素早く攻略手順を見つけ出すことだけだ。結果、多くのやつが帰ってこれる」
おっさんが目を伏せる。俺はバツが悪くなって何も言うことができなかった。
おっさんが新人二人にかいつまんで部屋の説明をして解散した。
次の訓練の日程についてはおっさんとは話し合わなかった。
俺氏、51点。おっさん97点。
6月1日
今日に至るまでおっさんから連絡が来ない。
多分、新人二人に訓練をつけているんだろう。俺まで手が回らないのだ。
俺はといえば、自主練に加えクリーチャーものの洋画をひたすら借りて見ていた。
俺が尖兵、おっさんが詰め、という役割分担ができつつある。だがそれは、おっさんしか分析ができないからだ。仮におっさんが先に
おっさんには経験があるが、俺にはない。それを補うためには想像力を養うしかない。
映画を見たところで意味があるかは疑わしいが、
「一見、理不尽な敵も、あくまで生物として根っこのところは変わらん。殺せば死ぬ」
「俺たちだって、怪我してもカサブタができて治っているし、男と女がいればセックスで数が増えるだろう」
「まず星人の再生能力も増殖もそれをオーバーにしただけのものだと理解しろ。一見ファンタジーだが、俺たちのセックス=奴らの分裂なだけだ」
「イメージを掴むためには映画だ。プレデターから始めろ」
おっさんがそうは言うものの、映画の内容に参考に出来そうなものは少ない。とりあえず、エイリアンの体液は強酸性で、浴びると危険なことだけはわかった。
……ん? スーツの耐久は対打撃は相当だが、斬撃には弱かった。対化学兵器はどうなってるんだ? 酸には溶けるのか?
なるべく敵の体液を浴びないように気をつけながら戦うようにしよう。
しんじまったひとのでーたをこうかいしておきます
・新米パパ
独身。少女誘拐事件を起こし、自宅地下室にその少女を監禁していた。
被害者に「パパ」と呼ばせていた。一晩目のミッション前に少女に刺されて部屋に送られる。