夏休み
ホグワーツでの一年を終えた私は夏休みのために家へと帰ってきた。久しぶりに帰ってきた家は長い間放置していたため埃が積もっていて、帰って早々大掃除から始めることになった。
帰宅する前日には成績表が生徒に配られた。成績は六段階評価となっている。
「優・O(大いに宜しい)」
「良・E(期待以上)」
「可・A(まあまあ)」
「不可・P(良くない)」
「落第・D(どん底)」
「トロール並み・T」
以上の六つで評価される。私の成績は優と良で占められているので十分な出来だろう。ちなみに二つの良が優になれば、オール優となっていた。
二日掛けて家を掃除し終わり、一息ついたところで二階にある作業場の部屋へと入る。この部屋には人形を作る道具や材料が置かれていて、基本的に人形の製作はここで行う。帰りの汽車の中で考えた新しい人形の設計図を引くために机へと向かった。
今回作る人形は上海や蓬莱と同じタイプの人形だ。新学期まで時間があるので、それまでに新しく一体の人形を作る予定である。作れたらもう一体作りたいが、時間的に全部は作れないので出来る範囲で作り、学校で仕上げることにする。
―――ガシャン!
机に向かっていると突然一階から何かが割れる音が聞こえた。私は溜め息をつきながら一階へと向かいリビングの扉を開く。リビングでは花瓶が床で粉々に散らばっており、その上では半透明の物体がフヨフヨと浮いていた。
「ピーブズ、一体何をやっているの?」
「いや~、色々と漁っていたらついついぶつかっちゃってね。ごめんごめん~」
気持ちが一切篭っていない謝罪を言って部屋の壁をすり抜けながら逃げるピーブズを見て再び溜め息をつく。そう、このホグワーツを騒がしているゴーストは何を思ってか帰宅する私に憑いてきたのだ。気がついたのが家に帰ってきてからだったので追い返そうにも出来ず、学校が始まるまで家に滞在させているのだ。どうやら、ホグワーツ憑きではなく私憑きになったことで学校の外にも行動範囲が広がったらしい。
割れた花瓶を片付けてから部屋へと戻る。一応、ピーブズには無闇に漁るな、物を壊すな、マグルの目につくなと言ってあるので、ある程度は大丈夫だと思う。ピーブズとてマグルの世界のど真ん中で大騒ぎをしたらどうなるか位は分かっているはず。それを防ぐ為ならある程度は大目に見てあげるつもりだ。もちろん、やり過ぎたらホグワーツに戻った時にキツイお仕置きを与えることにしている。
部屋に入り机へと向かう。机の上には先ほどまで考えていた人形の図面が書かれている。今回作る人形は“露西亜人形”という人形だ。基本的な外見は上海や蓬莱と一緒だが、露西亜人形は黄色い服にピンクのリボンをつけている。
さらに、今回からは素材にも拘ることにする。今まではマグルの世界でしか手に入らない素材で作ってきたが、これからは魔法界にある素材を使って製作するつもりだ。魔法界なら魔術的に優れた素材をあるだろうし、それを使うことでより高い性能の人形が作れるかもしれない。もちろん、上海と蓬莱も一緒に魔法素材仕様に作り変える。
―――ガシャン!
「……」
立ち上がり音が鳴った場所に向かう。どうやら、あのゴーストには忠告だけでは足りないみたいだ。今は口だけで済ますが、ホグワーツへ戻ったらどんなお仕置きを与えるかを考えておく。
数日後、ダイアゴン横丁に赴きグリンゴッツでお金を下ろした後、人形の素材として使えそうな物を物色した。生地や小物に関しては少し見つかったが、期待したほどの収穫は得られずにいた。今回は諦めて帰ろうかとした時にダイアゴン横丁の隅にわき道を見つけた。ダイアゴン横丁とは違って薄暗く、日が当たっていない為かじめじめとしている。壁に打ち付けられた看板を見ると煤けた文字で“夜の闇横丁”と書かれていた。
「何か……いかにもって感じのところね。でも、行ってみる価値はあるかな」
ダイアゴン横丁とは違い危険を孕んでいる雰囲気の夜の闇横丁に入っていく。ダイアゴン横丁とは違い人通りはなく、地面は湿っていて苔が生えている。建物はどこもカーテンで閉じられており生活感がまったく感じられなかった。
奥へと入り過ぎないようにしながら歩いていると一軒の建物を見つけた。他の建物と同じようにカーテンが閉められていたが、看板が出ているのと入り口にランプが灯っていることから人はいるみたいだ。看板には“ヴワル魔法図書館”と書かれていた。
「こんなところに図書館?」
こんな人の気配がしないところで図書館なんてやっていて意味あるのだろうか。そんなことを思うが、同時に興味が沸いた。こんな人のいないところで図書館を構えているなんて、主人が相当な変人か保管しているものが真っ当ではないかのどちらかぐらいだろう。となると、ダイアゴン横丁では見つからなかったような、それこそホグワーツの閲覧禁止の棚にあるような本があるかもしれない。そんな期待を込めて私は図書館の中へと入っていった。
図書館の中へ入った私が見たのは、人一人が通るのがやっとの間隔で並び立つ本棚だった。どの本棚も天井まであり、その全てに本がギッシリと並べられている。近くに受付らしきものも無かったので奥へと進みながら本棚を見ていく。並べられている本は、フローリシュ・アンド・ブロッツ書店にあるものもあれば、ホグワーツの閲覧禁止の棚で見た本も置かれていた。
奥へと進んでいくと大きなテーブルがあり、そこに一人の女性が座っていた。薄紫色のネグリジェのような服に同じ色の帽子を着た、紫色の髪をした女性だ。女性は本を読んでいた顔を上げて私のほうへ視線を向ける。
「……こんにちは。ここは図書館……でいいんですよね?」
女性に向けられた視線に一瞬からだが強張りながらも挨拶をする。一目見て分かった、というより感じたというほうが正しいか。ダンブルドア校長と対面したときよりも重く感じる空気。この女性……多分私が今まで見た魔法使いの中で間違いなく最高峰の魔女だ。
「……そうよ。図書館といっても相手を選んでいるけどね」
女性が口を開くと同時に、今まで感じていた重い空気が霧散する。私は軽く息を吐きながらも女性が言ったことに疑問を感じた。
「相手を選ぶ?どういうことですか?」
「言葉の通りよ。ここにある本は一般的なものもあるけれど、危険なもの、価値のあるものも多くあるわ。それをどこの馬の骨とも知れない者に見せるのは私のプライドが許さないの。だから、この図書館の周囲にはここの本を見るに値する者を選定する魔法を張っているのよ」
「ということは、私はここの本を見るのに値する……ということですか?」
「ここにいる以上はそうね。最も、ここ数十年は誰も訪れなかったから貴女を見たときは驚いたわ」
あんまり驚いていたようには見えなかったが、とりあえず置いておく。それより、この女性は何と言った。数十年は誰も訪れなかった?
見た感じは十代後半ぐらいのこの女性は、その実何十年も年を取らずにいるとでもいうのだろうか。
「数十年……ですか?失礼ですが、おいくつでしょうか」
「……本当に失礼ね。まぁ貴女の疑問も最もかしらね。見た目はこれだけど百年以上は生きているわ」
女性の言葉に私は驚いた。百年以上生きている?確かにそれだけ生きた魔女ならさっきの重圧も納得できるが、とてもそうは見えない。まさか不老不死とでもいうのだろうか。
「(不老不死といえば最近聞いた事があるわね。現在持っているのはフラメルだけだと言われているけどもしかして……)」
「あぁ、残念だけど賢者の石なんかじゃないわよ」
「……口に出てました?」
「いいえ、口には出してないわ。ちょっと貴女の中を覗かせてもらっただけよ」
「……覗く?」
「知らない?開心術という相手の心を覗く魔法よ」
開心術……確か本で読んだことがある。相手の心を覗き記憶や思考を読み取る魔法。術者の力量のよっては相手が忘れていることですら引き出すことが可能で、これを防ぐには閉心術を使うしか逃れる術はないというものだ。
「その通りよ。思ったより博識なのね」
「……できれば覗かないでほしいのですが」
「あぁごめんなさい。そうそう、自己紹介がまだだったわね。私はパチュリー・ノーレッジよ。貴女は?」
「アリス・マーガトロイドです」
それから、私はパチュリーと色々な話をした。どうやらパチュリーは“捨虫の法”“捨食の法”と呼ばれるものを身につけることで半不老不死になった魔女らしい。半不老不死というのは寿命や病では死なないが外傷などの物理的要因では死ぬかららしい。また、捨虫と捨食の法はパチュリーが開発したものらしく他に知っている者はいないのだとか。
ちなみに、最初はノーレッジさんと言っていたがパチュリーでいいと言われ、敬語も止めるように言われた。
「そう。魂を持った自立行動が出来る人形をね」
「えぇ、そのために色々魔法書を探しているんだけど、見つからなかったり見れなかったりでね」
「そういうことならここの本を見ればいいわ。魂関連の本もあるし、危険なのは封印してあるけど外すのは簡単よ」
「いいの?私がここの本を読んでも」
「構わないわ。ここに来れたというだけでも本を見る素質はあるし、話していてアリスに興味がでてきたからね。ただ持ち出すのは止めておいてね。中には原典ものの本もあるから魔法省とかに目を付けられると面倒だし」
「分かったわ。けど、そうなるとここにある本をどうやって読もうかしら」
ここにある本の数は膨大だ。全部を読むには相当な時間が掛かるだろう。九月からは学校が始まるため読める時間はさらに短くなる。それをパチュリーに相談したところ、以外にも解決策がすんなりと帰ってきた。
「そっか、アリスは学生だものね。中々時間が取れないか……あっ。アレまだあったかしら」
そう言ってパチュリーは椅子から立ち上がり奥へと進んでいき、数分後なにやら大きなキャビネットを浮かしながら持ってきた。
「これは姿をくらますキャビネットといってね。対になっているもう一つのキャビネットに呪文を唱えることで繋げることができるのよ」
「それが何の解決になるの?」
「以前私がホグワーツに通っていたときに、必要の部屋にこのキャビネットの対となっているキャビネットを置いておいたのよ」
「必要の部屋?」
「ホグワーツにはいくつかの仕掛けがあるのは知っているわよね。必要の部屋はそのうちの一つよ」
パチュリーの言う必要の部屋とは、ホグワーツの八階にある隠された部屋のことで、普段はただの石壁だが、石壁の前を三回歩き回りながら自身の目的を心に強く思い浮かべる事で、その目的に合致した部屋が現れるというものらしい。パチュリーはこの部屋にキャビネットを隠したとのことだ。
ちなみに、この部屋に入るためには“誰にも邪魔されずに本を読める部屋”と思い浮かべなければならないのだとか。
「分かったわ。ホグワーツに戻ったら探してみるわね。今日はありがとう」
「気をつけてね。またいらっしゃい」
パチュリーと分かれて薄暗い路地を進み、ダイアゴン横丁へと戻る。今日は思った以上に収穫があった。いや、収穫なんて言ったら失礼か。
ともあれ、これで研究を随分進めやすくなった。危険を冒して閲覧禁止の棚へ侵入する必要もなくなったし、必要の部屋の使用にさえ気をつければ問題ないだろう。
私はダイアゴン横丁の上でフヨフヨ浮いていたピーブズを回収してから帰路についた。
途中、電車に揺られながら毎回ダイアゴン横丁に行くのには大変だと思い、煙突飛行ネットワークを家の暖炉に組み込もうと考えていた。