魔法の世界のアリス   作:マジッQ

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遭遇

ある日の朝、授業の準備を終えて談話室へと降りると掲示板の前に多くの人が詰め寄っていた。いや、正確には掲示板横にある各寮の得点が記された砂時計に注目していた。

何かと思って、上海に視覚共有の魔法を掛けて覗こうとしたときに人ごみの中からアンソニーが出てきたので、上海を戻してアンソニーへと近付いていく。

 

「おはよう、アンソニー。一体なんの騒ぎなの?」

 

「おはよう、アリス。騒ぎどころの話じゃないさ。グリフィンドールが最下位に落ちた」

 

アンソニーの言葉に私は疑問に思った。グリフィンドールが最下位に落ちた?一体何があればそんなことが起きるのだろうか。グリフィンドールはクィディッチの試合でレイブンクローに勝利して、その数週間後に行われたハッフルパフとの試合でも勝利した。その結果、スリザリンを抜いて一位に躍り出たはずだ。

 

「昨日まではグリフィンドールは確かに一位だったわよね。何点減っていたの?」

 

「一五〇点だ」

 

本当に何をしたのだろうかグリフィンドールは。僅か一晩の間に一五〇点の減点なんて。

 

 

 

 

朝食を食べる為に、私たちは大広間へと向かった。向かう途中だけでなく大広間でもグリフィンドールの失点について騒がれているようだ。テーブルに向かいながらグリフィンドールのテーブルに視線を向けるが、当事者のグリフィンドールでさえ何がなんだか分かっていないようだ。

いや、よく見るとハリーとハーマイオニー、ネビルの三人は顔色が悪いようだった。三人程ではないがロンも様子がおかしい。

 

「アリス!アンソニー!」

 

レイブンクローのテーブルからパドマが手を振りながら私たちを呼んでいた。私たちはパドマの両隣に座りトーストとジャムを取りながら話し出した。

 

「パドマ、グリフィンドールについてパーバディからなにか聞いてない?」

 

「パーバディも詳しいことは知らないみたい。ただ、スリザリンから噂が広がっているみたいよ」

 

「噂?」

 

パドマの言う噂とは、ハリーが何人かの一年生と一緒にバカなことをしたことが原因で減点されたらしいというものだ。最初はスリザリンの言うことなので誰もまともに聞いてはいなかったが、スリザリンも一晩で二十点減点をされ、その当事者から広まったことから噂に信憑性が増したようだ。それに当のハリーたちが挙動不審なことも信憑性を高めている要因らしい。

 

「でも、何をやらかしたんだ?一晩で一五〇点も減点されるなんて聞いたこともないよ」

 

「噂ではドラゴンの子供を匿っていたとか言われているけど、どうなんだろう」

 

「……案外、その通りかもね」

 

「どういうことだ?」

 

「ハグリッドを見てみなさい。ハリーたちに負けず劣らず暗い顔をしているわ」

 

ハグリッドの顔は普段からは比べられないくらい暗くなっていた。いつもなら大口を開けて朝食を食べているのに、今日は手も付けていない。それに、減点にしてもドラゴンを匿っていたというなら一五〇点もの減点にも納得がいく。だが、普通の学生がドラゴンを匿うなんてことにはまずならないだろう。しかし、そこにハグリッドが関わっていたというならば話は別だ。ハグリッドがドラゴンを飼いたいというのは実のところ殆どの人が知っている。恐らくハグリッドが何らかの手段でドラゴンを手に入れ、それを見つけたハリーたちがバレてはいけないとハグリッドと一緒にドラゴンを匿った。だが、ドラゴンをいつまでも隠し続けるなんてことができずに教師にバレてしまい、それによって減点された。減点された原因の一端にハグリッドが関わっているからあんなにも落ち込んでいるのではないか。

 

「ということなら筋は通っているわ。まぁ、ドラゴン自体が見つかったなんて話はないみたいだから、逃がしたあとにバレたのかもね」

 

私がそう説明すると二人は「あぁ、ありえそう」と言い、半ば呆れたような顔をした。

 

 

 

 

 

その日から、生徒間でのハリーたちに対する態度が一変した。事件前までは英雄のような扱いだったのが、今では学校中の嫌われ者となっている。減点されたグリフィンドールだけでなくレイブンクローやハッフルパフの生徒までもハリーたちに対して侮蔑の視線を向けている。逆に、険悪の仲だったスリザリンからは感謝の言葉を廊下などですれ違う度に言われているようだ。

 

「自業自得といえばその通りだけど、ここまで態度が一変するとはね」

 

「期待が大きかった分の反動だろうね」

 

試験に向けて談話室で二人と勉強している間も、話題は専らハリーたちのことだ。私としてはグリフィンドールが減点されようがハリーたちがどう評価されようがどうでもいいのだが、パドマがパーバディから逐一情報を仕入れてくるので話題が尽きずにいた。

 

「それでハリーたちの罰則なんだけど、今夜禁じられた森に入って何かするみたいよ」

 

「禁じられた森だって?いくらなんでも危ないんじゃないか?狼男とか大蜘蛛にミノタウロス、食人植物まで生息しているって噂だよ」

 

「ハグリッドが一緒に入るらしいわ。さすがに生徒だけで入れるわけにもいかないでしょうし」

 

「ハグリッドは禁じられた森の森番だしね。それに今回の罰は二度とするなっていう警告の意味合いもあるんじゃないかしら」

 

そう言って私は談話室の窓から外を見る。外は日が完全に落ちて月だけが輝く漆黒の闇となっている。恐らく、今頃ハリーたちは森に向かっている最中だろうか。私は気休め程度にもならない無事を願ってから勉強へと意識を集中させた。

 

 

 

 

 

 

 

いよいよやってきた学年末試験当日。いつもは騒がしい朝食の時間も、今日ばかりはとても静かだった。生徒は誰もが朝食もそっちのけに教科書を読んだり、杖を振りながらブツブツ言っている。パドマやアンソニーも教科書を開いたり閉じたりしながら内容を暗唱したり、問題を出し合っている。

そういう私も朝食には手を付けずに教科書を読む…………ということはしていなかった。いつものように朝食を食べている私を見て、パドマが血走った目で話しかけてくる。

 

「アリスは余裕そうね。昨日もよく眠っていたみたいだし、今も普通に朝食食べているし」

 

「余裕っていうかいつものペースを保っているだけよ?ペースを乱すと本来の力も発揮できないし無理して体調を崩したら本末転倒じゃない?それに……いまさら詰め込んだところで付け焼刃よ」

 

そう言うと二人は「うっ」と唸り気まずそうにしていたが、すぐに詰め込み作業に戻っていった。別に二人は勉強をサボっていた訳ではないのだが、最後に出された魔法薬学の宿題に梃子摺ってしまい、結果他の教科の勉強が滞ってしまっていたのだ。寝る間も惜しんで勉強していたらしいが、どうやら間に合わなかったらしい。

 

 

 

最初の試験は魔法史だ。カンニング防止用の羽根ペンが配られて合図と共に目の前に置かれた用紙を捲る。

 

第一問:ホグワーツの創設者が学校を創設したのは何年か。

 

第二問:聖マンゴ魔法疾患障害病院が設立されたのは何年か。また誰が設立したか。

 

第三問:一六八九年に制定された国際法は何か。

 

第四問:……

 

問題は全部で五十問まであり、私はそれらを順に埋めていく。特に悩むこともなく、全部の答えを書き終えたのは開始二十分後で、終了まで半分以上も時間が余ってしまった。念の為に答案を見直すが特に間違いは見当たらない。

 

私は時間を潰す為に上海と蓬莱の自立プログラムの内容を頭の中で構築することにした。すでに様々なパターンについてプログラムしたが、これに関してはやりすぎて損ということはないので、暇さえあれば構築することにしている。コンピュータなどのプログラムと違って容量などがないため思いつく限りのことは記憶させている。ただ、このプログラムで制御できるのは行動だけで喋らすことが出来ないのは悔やまれる。

 

魔法史の試験が終わったら薬草学、闇の魔術に対する防衛術、天文学の試験が続く。天文学に関しては事前に実技試験が行われているので、あるのは筆記試験のみだ。

妖精の魔法、変身術、魔法薬学の試験では筆記試験に加えて実技試験も行われた。妖精の魔法ではパイナップルを机の端から端までタップダンスさせるというよく分からないのを行い、変身術では鼠を嗅ぎたばこ入れに変身させるというもので、魔法薬学は忘れ薬の調合を行った。

 

 

 

全ての試験が終わり、結果が発表される一週間後までは完全な自由時間となった。多くの生徒は試験が終わったと同時に晴れやかな顔をして、思い思いの時間を過ごしている。

 

「二人ともどうだった?僕はそこそこ出来たと思うけど、あんまり自信がないや」

 

「私も似たような感じよ。アリスは……問題なさそうね」

 

「……そこは形だけでも聞いてくれないかしら」

 

校庭の草むらに座りながら二人と雑談をしていると、森の方……というよりはハグリッドの家がある方からハリーたち三人が走りながら向かってくるのが見えた。

 

「三人とも、どうし……行っちゃったわ」

 

そんなに急いでどうしたのか聞こうとしたが、三人は私に気がつかなかったのかスピードを落とさずに走り抜けていった。一瞬だけ顔を見たけど、何か切羽詰っているようだった。

 

「どうしたのかしら。随分と切羽詰っていたみたいだけど」

 

「教室に忘れ物って訳でもないよな。そのぐらいで急ぐ必要もないだろうし」

 

「試験でカンニングしたのがバレて呼び出されたとか?」

 

「さすがにそこまでバカじゃないだろう。それよりアリス、試験が終わったら人形を動かすのを見せてくれる約束だろう?」

 

「そんなに急かさなくても覚えているわよ。上海、蓬莱」

 

三人が何を急いでいたのか気になったが、そこまで興味があるわけでもないので雑談に戻り、前から約束していた人形操作のお披露目をすることにした。

私が上海と蓬莱の名前を呼ぶと、ローブの内側から二体の人形が出てきた。上海と蓬莱はスーと宙に浮かび、パドマとアンソニーの前までいくとお辞儀をして手を出した。二人は恐る恐るといった感じで手を握って握手をする。ちなみに杖は使っていない。呪文の発動と魔力供給のパスしか出来ていないが、指輪を先日完成させたので、その試運転も兼ねているのだ。

 

「すごいな、どうなっているんだ。杖でアリスが操っている訳じゃないんだろう?」

 

「えぇ、とはいえその子たちに意識があるわけでもないわ。予め決められた行動にそって動いているのよ」

 

「前に話してくれたプログラムだっけ?私はよく分からないけど、実際に見るとすごいわね」

 

「シャンハーイ」「ホラーイ」

 

「「うわぁ!?」」

 

二人がまじまじと上海蓬莱を見ていると上海蓬莱が喋り、二人は驚いて後ろにひっくり返ってしまった。最初から見せるつもりだったけど、まじまじと見すぎるのはよくないわね。

 

「しゃ、喋った!?アリス!人形が喋ったよ!?」

 

「ど、どど、どういうこと!?」

 

二人は余程驚いたのか、物凄い勢いで迫ってきた。

 

「落ち着きなさい。今のは予め記憶させていた言葉を私の合図で喋らしただけで、別に本当に喋った訳ではないわ。会話まで自立させるのはまだまだ無理よ」

 

「な、なんだビックリした。脅かさないでよアリス」

 

「まったくだ。寿命が五年は縮んだよ」

 

「二人がまじまじと見すぎるからよ。特にアンソニーはパドマ以上に熱心だったわね。実はそっち系?」

 

「うわぁ」

 

私がそう言うと、パドマはアンソニーから距離を取り、引いた顔をした。アンソニーはというと、一瞬何を言われたのか分からないようだったが、私が言ったことを理解すると顔を真っ赤にさせて猛抗議してきた。

 

「そ、そんな訳ないだろう!?一体アリスは何を言っているんだ!?パドマもそんな引いた顔をしないでくれ!」

 

「え~、でも言われれば人形を凝視していた気もするし」

 

「それはアリスの人形が珍しいからであって、決して君たちが言うような邪な感情があった訳じゃない!こら!聞いているのかパドマ!?」

 

冗談のつもりで言った一言で何やら修羅場っぽい空間ができてしまった。アンソニーには悪いことをしたかな。まぁ、パドマも口ではああ言っているけど冗談だって分かっているだろうし、面白いからしばらく放置しておこう。

 

「でも、思い返してみると結構心当たりがあるかも」

 

「だから~!!」

 

「(……冗談だって分かっているわよね?)」

 

 

 

 

 

 

生徒が寝静まった夜。いつもなら私もベッドで寝ているのだが、今日ばかりは一人で談話室に残っていた。今までは決して行わなかった夜間の外出を決行しようとしているのだ。

今日から一週間の間は先生たちの警備も甘くなると考えての行動でもある。何せ全校生徒の試験結果を採点しなくてはならないのだから。一週間後までに終えなければいけないので、今日から手は抜けないはず。とはいえ、後々になるにつれて危険度は増すだろうし、採点スピードによっては予想よりも早く終わるかもしれない。マクゴナガル先生やスネイプ先生なんかは、明日には採点を終えていそうなので、夜に抜け出すのは今日だけにする。

 

 

談話室を出て廊下を進んでいく。目的地は図書室の閲覧禁止の棚だ。一冊だけでも見ることが出来れば、夏休みの間も内容を思い出しながら研究が出来るかもしれない。

 

上海を先行させると同時に視覚共有させる。さらに“目くらまし術”を掛ける。対象を周囲の質感・色彩に同化させることができるので滅多なことでは上海は見つからないだろう。本当なら自身に掛けられればいいのだが、人間一人を覆うことはまだ出来ず、人形が精一杯だったのだ。

音を立てず、気配を消しながら廊下を歩いていく。曲がり角があれば上海を先行させて人がいないか確認をする。通ってきた方から誰かがやってくる可能性もあるので、“警戒呪文”という一定空間を誰かが通ったら私にそれを知らせる呪文を一定感覚で唱えている。

 

 

階段を登り、もう少しで図書室に辿り着くところで足元から鳴き声が聞こえた。反射的に下を見るとフィルチの猫、ミセス・ノリスが私のことをじっと見上げていた。どうやら前後の警戒に集中しすぎて足元にまで気が回っていなかったようだ。

 

「こんばんは、ミセス・ノリス。いい夜ね」

 

他の生徒なら悲鳴を上げるか全力疾走して逃げるんだろうけど、私は普通に挨拶をした。実のところ、ミセス・ノリスとは前々から餌をあげたり遊んであげたりしているので、仲がよかったりする。

ミセス・ノリスは目を細めながら私を見上げている。まるで「何で夜に出歩いているんだ」とでも言いたげな目だ。

 

「ごめんなさい。ちょっと好奇心を埋める旅に出ているところなの。出来たら見逃してほしいな」

 

私がお願いすると、ミセス・ノリスは壁に寄って道をあけてくれたが、まだじっと見上げてくる。「見逃してやるから何か寄越せ」とでも言いたげな目だ。それなりに構っていたから言いたいことが何となく分かるようになっている。

 

「これで手を打ってくれないかしら?」

 

そう言って私はポケットから猫缶を取り出す。この猫缶、魔法界で流通している中ではそれなりに値を張る高級品である。

猫缶を開き中身をミセス・ノリスの前に出す。お皿は近くにあった小石を変身させて作って、餌がなくなったら消えるようにする。

ミセス・ノリスは餌のにおいを嗅いだ後、「ニャー」と鳴いて尻尾をフリフリと振る。これは「早くいけ」という合図なのだ。

 

「それじゃミセス・ノリス。いい夜を」

 

私はその場を後にして図書室へと向かっていった。途中、ハーマイオニーの声が聞こえた気がしたが、見渡しても誰もいなかったので空耳かと思った。

 

 

 

 

 

 

図書室奥の一角にある閲覧禁止の棚。一定間隔に並ぶ本棚の間を歩く。本棚に入っている本はどれも年季が入っていて、タイトルが擦り切れているものや縁がボロボロになっているものある。

余り時間もないので、タイトルを流し読みしながら目的となる本がないか探す。“魂の元素”“霊魂の始終”“不滅の魂”など興味をそそられる本が多くあったが、どれも簡単には閲覧できないようになっていたので今回は見送ることにしている。途中、文字が掠れて読めなかったが“ネク○ノ○○ン”や“ルルイ○異○”といった一目で危険だと分かる本があったが気のせいだろう。教育機関にそんな本があってたまるか。

 

その後も十分ほど回ったが目ぼしいものはなかった。いや、あるにはあったのだが、どれもこれも今見ることは出来なさそうなものばかりだったのだ。

まぁ今回はこのぐらいで切り上げることにして出口へと向かう。閲覧禁止の棚を出て扉に手を掛けようとした瞬間、目の前に半透明の物体が現れた。ホグワーツにいる者で知らない者はいないだろう。大きい口に暗い瞳、帽子を被ってオレンジ色の蝶ネクタイを着けている小男のゴースト。ピーブズだ。

 

「おやおやぁ?どうしてこんな夜更けに生徒ちゃんが図書室にいるのかなぁ?」

 

ピーブズは面白い玩具を見つけたかのように愉悦の顔をした。

 

「こんばんは、ピーブズ。こんな夜更けにどうしたの?」

 

私はいつものように冷静に話しかけるが、内心では焦っていた。最大の懸念であるピーブズに遭遇しないように細心の注意を払っていたのに、こうも簡単に見つかってしまったのだから。それに後の祭りだが、前方後方を注意したところで壁を通り抜けることができるゴースト相手には無意味だろう。

 

「それを気にしている余裕があるのかいぃ?知っているかなぁ?生徒は夜中に出歩いちゃいけないんだぞぅ」

 

相手の神経を逆撫でするような喋り方に軽く苛立つが、ここで怒りをぶつけても仕方ない。何とかこの場を切り抜ける方法を探さないと。

 

「もちろん知っているわ。それにしても、初めてゴーストを間近で見たけれど不思議ね。壁が取りぬけられて物にも触れるっていうことは、触るものの選択ができるということなのかしら?」

 

とりあえず、適当に話を繋げながらこの状況を脱する方法を考えようとする。しかし、考えれば考えるほどゴーストとは不思議な存在だ。触るものを選択できることもそうだけど、死んだ魂がここまで自我をもっているのだから。

 

「チッチッチ。それは勘違いだなぁお嬢さん。ボクはゴーストではなくポルターガイストなのさぁ」

 

「具体的にどう違うの?」

 

「やれやれ、無知なお嬢さんだねぇ。親切なボクはそんなお嬢さんのために教えてあげるよぉ」

 

ピーブズによると、ゴーストとは生前生きた人間が何かしらの未練を残したまま死んだことにより、魂が形を持って滞留している存在であること。ゴーストは生前残した未練を果たせば消滅するが、大抵のゴーストは未練なんてものは忘れているため、長い間残り続けているのだそうだ。

ピーブズは広義的にはゴーストだが、狭義的にはポルターガイストと呼ばれる存在らしい。ポルターガイストといえば心霊現象として有名だが、それらは本来形を持たない超常現象だ。しかし、ポルターガイストという超常現象にゴーストが巻き込まれた結果、二つの現象が融合したのがピーブズというゴーストらしい。ポルターガイストという性質をもっているからこそ普通のゴーストとは異なり、物にも触れるし触らないこともできる。

ちなみに、本来はポルターガイストとゴーストが融合するなんていうことは起こらないはずだが、何で融合したのかはピーブズ本人にも分からないらしい。

 

「なるほどね。つまりピーブズは普通のゴーストより遥かに上位の存在ということなのね」

 

「おいおい、そんなに褒めるなよぉ。上位の存在だなんて閣下の耳にでも入ったら大変だろう」

 

そう言っているが、言葉とは逆にピーブズは非常に嬉しそうにしている。あんまり褒められたことがないのだろうかと思うが、ピーブズの行動を思い出して特に褒められることはしてないことを思い出した。

 

気がついたらピーブズと三十分も話し込んでいた。最初はピーブズの話し方に苛立つところもあったが、話しているうちに対して気にならないようになってきた。慣れたともいえるが。

 

「そういえば、私が出歩いていることを先生に言いに行くって言ってたけど、どうするの?私としてはもう少し話していてもいいんだけど」

 

「……そこは普通、バラさないで~とか言うところなんじゃないの?」

 

「まぁ、出歩いているのは事実だし悪いのは私だしね。しょうがないわよ」

 

それにピーブズと話していた時間は非常に有意義な時間だった。この対価が減点や罰則でも十分元は取れたと思う。何点減点されるのかは分からないが五十点を超えることは滅多にないだろうし、六〇点位は私が得たものなのだから、それをどう使おうと私の自由だろう。

 

「……あぁ~ぁ詰まんないの。必死に懇願する顔が見たかったのに、そんな満足したような顔しちゃってさぁ」

 

「実際に有意義な時間だったしね。それで、どうするの?」

 

ピーブズは空中でクルクル回りながら何かを考えるように顎に手を置いている。時々、私のことをチラチラ見ているが何なのだろうか。

 

「決~めた!お嬢さんのことはチクらないであげよう」

 

「あら?どういう心境の変化かしら?」

 

「お嬢さんのことをチクるより、お嬢さんに憑いていた方が楽しそうな予感がするからね。言わない代わりにお嬢さんに纏わり憑くことにしたんだよぉ」

 

どうやら、私はピーブズに楽しい玩具的な感覚で気に入られたらしい。喜んでいいのか悪いのか。

 

「はぁ……別にいいけど身体を乗っ取るとかは止めてよね」

 

「おっ!それも面白そうだなぁ。早速今夜にでも試してみようか」

 

「止めなさい」

 

本気でやりかねないと思ったので、ピーブズの脳天目掛けてチョップを食らわす。とはいえ、ピーブズ相手に当たらないと思ったが、予想に反して私のチョップはピーブズに当たった。

 

「イテッ!もう~冗談だよ冗談。いくらボクでも身体を乗っ取るなんて出来っこないよ(動かすことはできるけどね)」

 

「忠告しておくけど、もしやったらどうなっても知らないわよ?」

 

「ん~?どうなるんですかぁ?」

 

「……」

 

「ねぇ~どうなるの~」

 

「……」

 

「……あの~、どうなるんでしょうか?」

 

「……」

 

「あの、その……冗談ですよ~」

 

「……」

 

「…………すみません。二度と言いません。絶対にしません」

 

勝った。

 

「それじゃ、そろそろ戻りましょうか。ピーブズ、人が来ないか警戒よろしくね」

 

「なんでボクがそんなことを」

 

「何か?」

 

微笑みながらピーブズに問い掛ける。ピーブズはビクッと身体を震わせたあと「なんでもありません」と言って私の前をフヨフヨと進んでいった。

 

 

 

 

 

「お~い、アリス~。寮に戻るんじゃなかったのかい?何で校庭に出てるのさ?」

 

「夜の学校を探索する機会なんて滅多にないからね。それにピーブズっていう優秀なゴーストがいるから誰かに見つかることもないだろうし」

 

「褒めたって何もでないよ~。ボクはそんなに安くはないからね~」

 

そうは言うものの、見て分かるほどにピーブズは浮かれているみたいだ。まぁ実際、ピーブズが優秀なのは本当なのだが。

校庭に来るまでに何回かフィルチや見回りの先生と遭遇しそうになったが、それら全部ピーブズのお陰で難なくやり過ごすことができたのだ。ゴーストというだけあって、気配を消せば何処にいるのか全く分からなくなるので、相手には気付かれずに察知することができるのは大きい利点だ。

 

暗い校庭で空に輝く満月を眺める。魔法の世界といっても、地上から見える月はマグルの世界と何も変わらないなと思うが、自然が多く残る為かこちらのほうが鮮明に見ることが出来る。

五分くらい月を眺めていたが、外気はまだまだ冷たく、肌に刺すような冷たさの風が吹き始めたので、城に戻ろうと振り向く。すると少し離れたところにピーブズがボーとした感じで私を見ていた。

 

「どうしたの?ピーブズ。私の顔に何かついてる?」

 

「……い~や、何でもないよ(月光に照らされる美少女。ボクとしたことが一瞬女神でも降りてきたのかと思っちゃったよ)」

 

「そう?そろそろ帰るから先行よろしくね」

 

「はいは~い。分かりましたy……」

 

気だるそうに返事をしていたピーブズが突然静かになり、森の方を凝視し始めた。その顔はいつもと違い緊張しているように強張っている。何かと思い、私も森の方へ視線を向けようとしたところで突如ピーブズが叫びだした。

 

「アリス!逃げろ!」

 

「なn!?……くっ!?」

 

ピーブズの叫びと同時に視界の端に赤い閃光が走り、反射的に倒れることで閃光をかわす。すぐに起き上がって杖を抜き、閃光が襲ってきた方へ視線を向ける。先ほどと変わらず暗い空間が広がるだけだったが、森の方で黒い塊が動くのが見えた。塊は少しずつ近付いてきて、次第に形がハッキリと見えてくる。

黒いローブを頭から被り仮面を被っているそいつは、男か女かは分からない。だけど一番の問題は身に付けている仮面だ。以前に日刊預言者新聞で見たことがある。十年前、闇の帝王ヴォルデモートに付き従った闇の従者。死喰い人だ。

 

「……ピーブズ。貴方は急いで学校に行って先生を連れてきてちょうだい」

 

「連れてきてって、アリスはどうするんだよ?」

 

「逃がす訳にもいかないし、逃げられるとも思えないわ。だから出来る限り足止めしておくから、その間に救援を呼んできて―――あなただけが頼りなのよ」

 

「…………分かったよ。アリス、死ぬんじゃないよ」

 

ピーブズは言い終えると同時に城に向かって全力で飛んでいった。目の前の死喰い人はピーブズに向かって杖を向けるが、それに対して妨害呪文を唱える。死喰い人はピーブズに向けていた杖を引き、杖を振って私の妨害呪文を弾いた。恐らく反対呪文を使ったのだろう。

 

「さて、何で学校の敷地に貴方のようなのがいるのかしら?」

 

「……」

 

やっぱり話しに付き合ってくれるほど甘くはないか。

 

「ステューピファイ! -麻痺せよ」

 

「プロテゴ! -護れ」

 

「ディフィンド! -裂けよ」

 

「インペディメンタ! -妨害せよ」

 

死喰い人が放つ呪文に対して護りの呪文や妨害呪文で対抗する。とはいえいつまでも持ちそうにはない。死喰い人は無言呪文を併用しているのか明らかに唱えている呪文に対して手数が多い。私がまだ渡り合えているのは、恐らく死喰い人が手加減をしているからだろう。そのことに悔しさを感じるが根本的に実力差があるのだ。むしろ手加減されていることに感謝するべきだろう。

 

「ペトリフィカス・トタルス! -石になれ」

 

「プロテゴ!レダクト! -護れ -粉々」

 

私の放った全身金縛り呪文が護りの呪文で防がれ、間髪要れずに死喰い人の呪文が襲ってきた。横にあった石が粉々に砕け、その破片が私に襲い掛かる。その衝撃で私は体制を崩し、杖が手から落ちてしまった。そんなに遠くに落ちている訳ではないが、杖を取りに行く一瞬で死喰い人の呪文が私を襲うだろう。

 

「……終わりだな」

 

今まで沈黙を保っていた死喰い人が口を開く。

 

「さすがは闇の帝王の僕と言われるだけはあるわね。魔法の腕には自信があったつもりなんだけど……お手上げね」

 

相手が口を開いたのを機に会話を繋げる。一秒でも長く時間を稼ぐしか手立てはない。

 

「見たところ一年か二年生か。その年でここまで持たせることができたのだ。将来はさぞ良い魔女になっただろうな」

 

「死喰い人からのお墨付きなんて光栄と言えばいいのかしら。ついでに、その有望な魔女の将来を見てみたいとは思わない?」

 

まだだ。もう少し。

 

「個人的には見てみたいがな。生憎とそういう訳にもいかないのだよ。見られた以上、君にはここで死んでもらう」

 

もう少し。もう少し。

 

「こんな子供相手に大人気ないわね。なら最後に一言だけいいかしら?」

 

「最後の言葉か?……聞こう」

 

「ありがとう。そうね……短い人生だったけど最後の最後で充実した時間を味わったわ。そして……」

 

もう少し……今!

 

「これからもっと味わうのでしょうね!」

 

「なに?……ぐっ!?」

 

死喰い人が苦痛の声を上げると同時に地面に倒れこむ。その隙を逃さずに素早く杖を拾い呪文を唱える。

 

「エクスペリアームス! -武器よ去れ」

 

杖から赤い閃光が走り、死喰い人の杖を遠くに弾き飛ばす。しかし油断は出来ない。相手は歴戦の魔法使いなのだから。息を吸う時間もなしに次の呪文を放つ。

 

「ペトリフィカス・トタルス! -石になれ」

 

呪文を唱えると、死喰い人は石にように固まり動かなくなった。念には念を入れて拘束呪文で縛っておく。足から血が出ているが治療する訳にもいかないので放置しようかと思ったが、出血多量で死なれても困るので包帯だけ巻いておくことにする。

 

「インカーセラス……フェルーラ -縛れ -巻け」

 

死喰い人の足に包帯が巻きつき、同時に身体にもロープが巻きつく。さすがにここまですれば単独での脱出は困難だろう。

私は死喰い人の足元に近付き、傍に落ちている二つの人形、上海と蓬莱を拾う。上海と蓬莱の手にはランスの形状をした武器が握られており、先からは血が垂れている。あの時、死喰い人が倒れたのは、上海と蓬莱に足を貫かれたからなのだ。上海と蓬莱には予め一つの命令を与えていた。命令の内容は「死喰い人の背後に潜み一定の距離を保つこと」というものだ。戦闘の間、上海と蓬莱は常に死喰い人の背後に潜み続け、私の杖が飛ばされると同時にマニュアル操作へと切り替える。会話で死喰い人の注意を私に引きつけながら上海と蓬莱を少しずつ近づけ、一息で攻撃できる距離にまで近付いたら上海と蓬莱を突撃させて死喰い人の足を貫く。

ぶっつけ本番過ぎて成功する確率は低かったが、運は私に味方をしてくれたようだ。

 

 

 

死喰い人に杖を向け、ピーブズが先生を連れてくるまで待つことにする。死喰い人は動けない為か、視線だけ私の方へと向けてくる。

 

「……話に付き合ってくれてありがとう。貴方が問答無用で襲い掛かってきていたら今頃殺されていたわ」

 

「……感謝される覚えがないな」

 

喋らないと思っていた死喰い人が喋ったことに驚き、思わず杖を握る手に力が入る。しかし死喰い人は喋っただけで抵抗をしているようなことはなかった。

こんな短時間で全身金縛り呪文を解除したことに対し冷や汗をたらす。もしロープで縛っていなければ、この死喰い人はすぐさま反撃してきたに違いない。

 

「君は自身が生き残るために策を弄したに過ぎないし、それにまんまと乗せられてしまった私の落ち度だ」

 

「……そう」

 

会話が途切れ再び警戒し始めた時に、城の方から何かが飛んでくるのが見えた。半透明の白いそれを見てピーブズが戻ってきたのかと思ったが、苦痛の声を響かせながらやってきたそれはピーブズなんかではなかった。ゴーストのようなそれは最初ここに向かってきたが、三十メートルぐらいの距離で方向転換し、空へと消えていった。方向転換する際、一瞬だけ目が合った気がしたのは気のせいだろうか。

 

「……任務は失敗か」

 

死喰い人が小さな声で呟くが、それ以降口を閉ざしてしまったので、言葉の真意を聞くことは出来なかった。

 

疲労と緊張がピークに達してきた頃、城の方から何人かの人が近付いてくるのが見えた。マクゴナガル先生、フリットウィック先生、スネイプ先生がピーブズを先頭に走ってきている。

私はそれを見て緊張の糸が切れたのか、身体から力が抜けて目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 

【マクゴナガルSide】

 

 

学年末試験が終わり、多くの答案を相手に職員室で採点を行っている時にそれはやってきました。日ごろから我々を騒がせているゴーストのピーブズが職員室に突撃してきたのです。

 

「大変だ大変だ!先生たち急いでボクに付いて来てよ!」

 

随分と切羽詰ったような顔をしていますが、いつものように演技でしょう。最近のピーブズの演技は本当か嘘か見分けがつかなくなっていますからね。とはいえ、九割以上は嘘なのでしょうけど。

 

「どうしたのかねピーブズ。またフィルチさんをからかったのかね?」

 

「それはいかんな。きつく絞られてきたまえ」

 

私と同じく答案の採点をしていたフィリウスとセブルスが適当といった感じでピーブズに答える。まぁ、私とて真面目に返答する気はありませんが。

 

「そうじゃないんだよぉ!本当に大変なんだって!このままじゃ死んじゃうよぉ!」

 

「死ぬとは穏やかではありませんね。ピーブズ、一体何があったのです?」

 

ピーブズが頭を掻き毟りながら叫ぶのを見て、このままでは埒が明かないと思い何が大変なのかを聞きます。それにしても死ぬとは、いつもにも増して物騒ですね。

 

「校庭に死喰い人が現れたのさぁ!」

 

「……何を言い出すかと思えば、馬鹿馬鹿しい。ホグワーツの敷地内に死喰い人が現れるはずがありません」

 

「ピーブズ、あまり大げさな嘘は自身の為にならないぞ?」

 

セブルスがピーブズに対して忠告を与えているのを聞いて、フィリウスも同意するように頷いている。

 

「嘘じゃないよぉ!そりゃいつも嘘ついているけど今回はマジなんだってぇ!いいから早く来てくれよぉ!じゃないとアリスが死んじゃうよぉ!」

 

今ピーブズは何と言いましたか?アリスが死ぬ?

 

「ピーブズ、アリスというのはマーガトロイドのことですか?」

 

「そうだよぉ!他に誰がいるんだよぉ!」

 

「何で校庭に死喰い人がいるとミス・マーガトロイドが死ぬことになるのかね?」

 

フィリウスがピーブズに問い掛けます。ミス・マーガトロイドは成績優秀で授業態度や生活態度も大変良い生徒です。そんな彼女が何故校庭にいる死喰い人と死ぬということに繋がるのでしょうか。彼女が夜の学校を歩くとは到底思えませんし。

 

「わからないのかなぁ!?今!アリスが校庭にいて!死喰い人と遭遇しているからだよぉ!」

 

ピーブズが叫び終えると同時に、校庭の方から何かがはじける音が聞こえました。私は急いで窓に近付き目を凝らして校庭を見渡します。すると森に近い場所で光が弾けているのが見えました。

 

「な!?ピーブズ!すぐにマーガトロイドのところに案内しなさい!早く!」

 

私の言葉にピーブズは職員室を出て廊下を猛スピードで進んでいきます。私も急いでそれに続き、私の言葉で事態の深刻さに気付いたフィリウスとセブルスも続きます。

 

廊下を駆け抜けている間もマーガトロイドと死喰い人がいると思われる場所からは光が弾けています。恐らくマーガトロイドが死喰い人と戦っているのでしょう。余りにも無謀すぎます。マーガトロイドは確かに一年生でトロールを倒すほどの力量を持っています。しかし、トロールと死喰い人では根本的に違うのです。死喰い人は例のあの人が己の手足とした闇の魔法使い。いわば人殺しに長けた対魔法戦のプロとも言える存在です。そんな死喰い人に一年生、ましてや魔法を知って一年も経っていない彼女が勝てる相手ではありません。

 

近道を抜け、もう少しで一階の扉に辿り着くというところで、校庭から光が失われました。それを見て青ざめた私は形振り構わずに走り続けました。

 

 

 

 

 

 

現場が見える距離まで近付いた私たちが見たのは、一人の立っている人影と一人の倒れている人影でした。いよいよ私の脳裏に最悪の展開が過ぎりました。フィリウスやセブルスも顔は見えませんが、恐らく私と同じで蒼白にしているのでしょう。

 

 

二人の顔が見える距離に近付いたところで、私は信じられないものを見ました。私はマーガトロイドが倒れ、死喰い人が立っていると思っていました。しかく事実はその逆、マーガトロイドが立ち、死喰い人が倒れていたのです。まさか、死喰い人を倒したというのですか。

 

マーガトロイドは私たちの方に顔を向けると同時に、力が抜けたように倒れこみました。地面にぶつかる寸前でフィリウスがマーガトロイドの身体を浮かせ、ゆっくりと下ろしていきます。セブルスは倒れている死喰い人に杖を抜け警戒しています。私はマーガトロイドに近付き、怪我がないか念入りに調べていきます。

 

「どうですか?マクゴナガル先生」

 

「……目立った怪我はないようです。倒れたのも、恐らく疲労と緊張のせいでしょう」

 

マーガトロイドは後でマダム・ポンフリーに診せれば大丈夫でしょう。問題はセブルスが尋問している死喰い人です。

 

「もう一度聞く。何が目的でホグワーツに侵入したのだ」

 

「教える気はないと言っているだろう。おっと、そんなに警戒しないでもご覧の通り何もできないさ。あのお嬢さんの呪文が強力なのでね」

 

「ほぅ、最近の死喰い人は一年生の魔女に負けるほど腑抜けているのかね?それはよいことを聞いた」

 

「おいおい、我々を過小評価しないでほしいな。むしろお嬢さんを評価するべきだと思うがね。君の言うとおり一年生が私を倒すなんて思ってもいなかった。将来有望なお嬢さんだね」

 

「そうだとしても、みすみすやられるほどお人好しではあるまい?君ら死喰い人は」

 

「当然だ。魔法だけの戦闘なら私が勝っていたのだがね。思わぬ伏兵に不意を突かれてしまったのだよ。ほら、そこの人形だ」

 

死喰い人は、マーガトロイドの近くに落ちている二つの人形に視線を向けました。人形の手にはランスが握られており、その先は血が付着しています。死喰い人の足を見ると、丁度ランスの大きさに近い傷がありました。

マーガトロイドが人形を動かしているのは何度か見たことがありますが、まさか戦闘で使用できるほどだったとは。

 

「ともかく、君を連行しよう。久しぶりの死喰い人捕獲だ。さぞやアズカバンが賑やかになるだろう」

 

セブルスが死喰い人を連れて行こうと杖を振ろうとした瞬間、いきなり死喰い人の身体が痙攣を始めました。

 

「ぐっ……ふっ、素直に私が連行されると思ったのかね……がぁっ!がはっ!」

 

死喰い人は血を吐きながら何回か痙攣したのを最後に動かなくなりました。

 

「セブルス、どうなったのですか?」

 

「恐らく、何かしらの毒薬を飲んだのでしょう。予め歯にでも仕込んでいたのでしょうな」

 

「そうですか。とにかく、マーガトロイドを医務室へ連れて行きましょう」

 

私たちはマーガトロイドと事切れた死喰い人を連れて城へと戻っていきました。

 

 

【マクゴナガルSide OUT】

 

 

 

 

 

「……ん」

 

 

目を開けると視界いっぱいに白い世界が見えた。視線を左右に動かし周囲を見ると、私を中心に四方が白いカーテンで囲まれているようだ。加えてツンとする独特の薬品のにおいがすることから、医務室にいるのだろうと考える。

 

どうやら気を失っていたみたいだ。暗い校庭の中、ピーブズやマクゴナガル先生たちの姿を確認してからの記憶がない。

 

どれだけの間眠っていたのかと思い、身体を起こしてカーテンを開ける。そのとき医務室の扉が開き、パドマとアンソニーが入ってきた。

 

「アリス!?目が覚めたの!?」

 

「ていうか、何で起きているんだよ!?まだ寝てなきゃだめだろう!」

 

開口一番怒鳴られた。寝起きなのだから少しボリュームを下げてほしい。

 

「起きたのはついさっきよ。どのぐらい寝ていたのかしら?」

 

「二日よ。いきなりアリスが医務室に運ばれたって聞いて心配したんだから」

 

「何があったんだい?」

 

何があったか。言ってもいいんだろうか。二人のことだから先生たちにも聞きに行っているはず。なのに知らないということは先生たちから教えられていないということか。

 

「ちょっと夜に出歩いてね。その途中で悪い魔法使いに遭遇しちゃったのよ」

 

「悪い魔法使いって?」

 

「死喰い人」

 

どうせ隠していてもこの手の話はバレる時にバレる。ありのまま隠さず告げた言葉に二人は理解が追いついていないようにポカンとしていた。

 

「ごめんアリス、私の耳がおかしかったのかしら。もう一度言ってくれる?」

 

「死喰い人に夜中の校庭で遭遇しちゃったのよ」

 

「……なんで学校の校庭に死喰い人が現れるのよ!?」

 

そんなことは私が知りたい。

私はあの夜あったことを二人に話した。閲覧禁止の棚に入ったことは誤魔化して話したが、聞いていくうちに二人は驚愕半分呆れ半分といった感じになった。

 

「アリスが夜の学校を出歩くなんてね。校則違反は絶対にしないと思っていたのに意外だ」

 

「それより死喰い人よ!死喰い人に勝っちゃうなんて凄いわ!」

 

「あら心外ね。私は自分の好奇心には正直なのよ。あとパドマは騒ぎ過ぎ。勝ったなんていっても辛勝よ。実力では完全に相手が上回っていたし、一歩間違えていたら今頃私は死んでいるわ」

 

実際、あの死喰い人は相手が学生であることで完全に油断していただろう。或いはちょっとした遊び程度のつもりだったのかもしれない。もし最初から私を殺すつもりで強力な闇の魔術を使ってきていたら、抗う術はなかったと思う。

 

一通り話し終わり一息ついたところで、医務室に騒がしいものが突撃してきた。

 

「おぉ~アリス。起きたのか~いぃ?」

 

「ピーブズ!?」

 

ピーブズが壁をすり抜けて現れ、それを見たパドマが身構える。まぁ普段から悪戯やり放題のピーブズが医務室に乱入してきたのだから無理もないだろう。

 

「おはようピーブズ。あの時はありがとう、ちゃんと先生に伝えてくれたのね」

 

「まぁ~ね~。ボク頑張ったからね~。もっと感謝してくれていいよぉ」

 

「そうね……ならこっちに来てくれる?」

 

「おっ?何々?何かくれるの?」

 

ピーブズはフヨフヨと私に近付いて期待に満ちた顔をする。

 

「そうね、期待してくれていいわよ」

 

そう言って、私はピーブズの顔を掴み手元に引き寄せる。そしてほんの一瞬だけ、ピーブズの頬に唇を当てた。

 

「……へっ?」

 

「ア……アリス?」

 

「まじかよ?」

 

ピーブズもパドマもアンソニーも何が起こったのか分からないといった顔をしていた。ピーブズはいち早く正気に戻り、普段からは想像できないぐらいに顔を真っ赤にさせて空中をグルグル回っていた。

 

「な、なななななな……何するんだよ~!」

 

と思ったら、壁を抜けてどこかへと飛んでいってしまった。意外と初心なのだろうか。

 

「アリス……いまのって……」

 

「ん?別に深い意味なんてないわよ。あくまで感謝の印。とはいえ、少し過ぎた感謝だったみたいね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マダム・ポンフリーに一通りの診察をしてもらい、問題はないようだったので医務室を後にする。医務室を出る途中、一つのベッドにハリーが寝ているのが見えたので、パドマに聞こうとしたら医務室の前で待ち構えていたフリットウィック先生に捕まり、そのまま校長室へと連行されてしまった。

 

校長室ではダンブルドア校長にマクゴナガル先生、スネイプ先生がいて、あの夜のことについてキツイ説教を受けたあと、あの夜に何があったのか聞かれた。ある程度はピーブズから聞いていたらしく、所々不明瞭な部分を私が答えるという流れだ。

 

「ふむ。では君は閲覧禁止の棚に入ったあと校庭に向かい、そこで偶然死喰い人と遭遇してしまったというわけじゃな」

 

結局あの夜、閲覧禁止の棚に入ったこともバレてしまった。魔力の残照が残っていたのだとか。次からはそこら辺の隠蔽も徹底しないといけないな。

 

「はい。そこでピーブズに先生を呼びに行ってもらって、その間持ちこたえていたというわけです。勝てたのは運が良かったからですね。一歩間違えれば死んでいたと思いますし」

 

「そうじゃな。一年生が死喰い人に勝つというのは、まさしく奇跡にも等しいことじゃ」

 

そう言ってダンブルドア校長は青い眼でじっと私のことを見る。心が見透かされているような不愉快な気持ちになるが、ダンブルドア校長はすぐに視線を外して時計を見る。

 

「ふむ、もうこんな時間かの。話はここまでとしておこう。君は自分の寮へ戻りなさい。それと今回の件に関する処罰は追って知らせることにする」

 

「分かりました。失礼します」

 

先生たちにお辞儀をしてから校長室をでる。螺旋階段を下りながらダンブルドア校長が言った処罰について考える。

 

「もう学期は終わるから罰則も限られているだろうけど、減点だとしたら事が事だし。一〇〇点から一五〇点は固いかしら……どうしようかしら」

 

私は、手っ取り早く点を稼ぐ方法はないかと考えらなら寮に向かっていった。当然、そんな都合のいい方法は思いつかなかったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

「また一年が過ぎた」

 

ダンブルドア校長が教師陣の座るテーブル前の演説台に立ち話し始めた。学年度末パーティーが開かれている大広間はスリザリンを象徴するかのように緑と銀の色で飾られている。寮対抗杯をスリザリンが獲得した証だ。

 

「宴を始める前に少しお聞き願いたい。早くも一年が過ぎ、最初は空っぽだった諸君の頭にも多くの知識が詰まっていることじゃろう。新学年を迎える頃に再び空っぽになっていないことを願っておる」

 

何人かの生徒がダンブルドア校長の言葉に渋い顔をする。ダンブルドア校長はそれに気がついているのかいないのか、構わずに話を続ける。

 

「さて、それでは寮対抗杯の表彰を行う。点数は次の通りじゃ。四位グリフィンドール三一二点。三位ハッフルパフ三五二点。二位レイブンクロー四二六点。一位スリザリン四七二点」

 

スリザリンのテーブルから歓声と足を踏み鳴らす音が大きく響き渡る。それを見た他三寮の生徒の殆どは悔しさを顕わにしていた。

 

「よしよし、よくやったスリザリン。しかし、つい最近の出来事も勘定に入れなくてはなるまい」

 

その言葉と共に大広間が一気に静寂に包まれる。

 

「駆け込みの点数をいくつか与えよう。まずはロナルド・ウィーズリー」

 

グリフィンドールの席からざわめきが広がる。呼ばれた本人は困惑の表情をしていた。

 

「近年、ホグワーツで見ることが出来なかった最高のチェス・ゲームを見せてくれたことを称えて五〇点を与える」

 

グリフィンドールのテーブルからは先のスリザリンに負けないような歓声が上がる。ロンは顔を真っ赤にしながらも胸を張っていた。

 

「続いて、ハーマイオニー・グレンジャー。火に囲まれながら冷静な論理を用いて対処したことを称えて五〇点を与える」

 

再びグリフィンドールから割れんばかりの大歓声が上がる。ハーマイオニーは涙を流しているが、嬉し涙だろう。

 

「そして、ハリー・ポッター。その完璧な精神力と並外れた勇気を称えて六〇点を与える」

 

瞬間、耳をつんざくような大騒音が響き渡る。その中で誰かが叫んだのか、スリザリンと並んだというのが聞こえた。あと一点でも入っていればグリフィンドールがスリザリンを追い抜き優勝できていただろう。

 

「勇気にも様々なものがある。敵に立ち向かっていくのにも大いなる勇気が必要じゃ。しかし、味方の友人に立ち向かっていくのにも同じくらい勇気が必要じゃ。よって、ネビル・ロングボトムに十点を与える」

 

大広間は大騒ぎとなった。スリザリンを除き全ての生徒が立ち上がり、叫び、歓声を上げた。その中でもグリフィンドールは凄まじいもので、ハリーたちを中心に人が集まっていった。

 

「結構結構。じゃが、話はまだ終わっておらんのでな。もう少しばかり老人の言葉に耳を傾けてくれるかの」

 

ダンブルドア校長の言葉で大広間は次第に静かになっていくが、みんなすぐにでも騒ぎたいのか、忙しなく身体が動いていた。

 

「さて、喜んでいるところに水を差すようで申し訳ないのじゃが、残念なお知らせがある。試験が終わった夜にいくつかの校則違反をしてしまった生徒がおる」

 

大広間が先ほどより静かになった。

 

「無断で廊下及び校庭を歩き、図書室の閲覧禁止の棚に入ったアリス・マーガトロイドを罰し、レイブンクローから一〇〇点減点」

 

多くの生徒の視線が私に集まるのを感じた。特にレイブンクローの生徒からの視線が一際強い気がする。周囲を見ると、困惑していたり蔑むような視線を向けていたりしている生徒が多い。一位がグリフィンドールになったことで三位に落ちたレイブンクローが、さらに四位に落ちてしまったのだ。いくらスリザリンを一位から引きずり落としてもこれでは素直に喜べないだろう。まさしく、ダンブルドア校長が言ったように水を差された感じだ。

とはいえ、私が校則違反をしてしまったことは事実なのでどうしようもない。

 

 

「しかし、罰だけではなく同時に評価もせねばなるまい」

 

生徒の視線が再びダンブルドア校長に集まる。

 

「その夜、先生たちが答案の採点を行っているとき、薄くなった警備網を抜けてホグワーツに侵入した賊がおった。彼女が賊と遭遇したのは偶然であったが、自身の持てる力を最大限に駆使して、見事、賊を捕らえることに成功したのじゃ。よって、その功績を称えて一五〇点を与えることにする」

 

再び喝采が上がった。グリフィンドールのときほどではないが、特に気にしてはいない。減点で終わると思っていたところに追加点を貰ったのだからよしとしよう。

今の加点でレイブンクローの得点は四七六点になり四位から二位へと上がった。一位から三位へと落ちてしまったスリザリンは他とは変わって静かであり、多くのスリザリン生はグリフィンドールを睨みつけていた。

 

「さて、得点に変動があったので、飾り付けをちょいと変えねばならんのう」

 

ダンブルドア校長が手を叩くと、緑と銀で飾られていた大広間は赤と金の飾り付けに変わり、スリザリンの象徴である蛇が消えてグリフィンドールの象徴であるライオンが現れた。

 

それから学年度末パーティーが始まり、生徒たちは思い思いに話し食べていた。私もパドマとアンソニーと話しながら料理を食べていたが、ハリーたちのことが気になり、視線をグリフィンドールのテーブルへと向ける。

私が死喰い人を倒したことが一五〇点の評価だとするなら、三人……いや四人で一七〇点を得たハリーたちは何をしたのだろうか。ダンブルドア校長が言った評価内容は意味不明だった。試験が終わった時はまだグリフィンドールは最下位だったはずなので、私と近いタイミングで得点を得たはずだが。

短い時間で多くの点を獲得したハリーたちを不思議に思いながらパーティーを過ごした。

 

 

 

 




ホグワーツに死喰い人が現れたのは、事前にクィレルが手引きしていたからです。この死喰い人は保険で、クィレルの身に何かあった際のヴォルデモートの新しい寄生の器となる存在でした。
寄生しようと近付いたはいいが、死喰い人が捕まっているのを見て、器としては使えないと判断したのが逃げた原因。ちなみに、死喰い人を倒したアリスはヴォルデモートに目をつけられたかもしれません。

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