魔法の世界のアリス   作:マジッQ

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スランプ。

またの名を、作者キラー。

読者キラーとも呼べる。



――――――2016/01/2 修正
次話の都合上、修正しました。
本文の一部”破れぬ誓い~”の部分を削除。



秘密

クリスマス休暇が終わり、ホグワーツへと戻ってきた多くの生徒から、行方不明だった間のことを色々と聞かれるということがあったが、あまり重要なことでもないので割愛する。

 

休暇明けの最初の授業、つまり私にとって六学年になってから初めての授業は闇の魔術に対する防衛術だった。なお、グリフィンドールとスリザリンの合同である。

恒例と化した教師の入れ替えによって、今年は誰が就任したのかと思って教室で待っていると、奥の準備室の扉が勢いよく開かれた。

 

「―――何度言えば理解するのかね? 吾輩が指示をするまで杖を出さず、教科書を机の上に置いて待っているようにと、幾度となく申したはずだが? それすらも理解できないのかね。グリフィンドール十点減点、レイブンクロー五点減点」

 

教室に現れると同時に流れるような言葉でそう告げたのはスネイプだった。長年、この教科の担当にならなかったスネイプが、今年になって就任したということを聞いた時には驚いたが、早々に減点を行った手腕にも驚いてしまった。というか、まだ授業開始の合図もないのにその理由で減点とか、無茶ぶりが過ぎるだろう。

 

スネイプは教室が静かになるのを見渡し、授業が始まると同時に出席を取り始めた。全員の名前を読み上げた後、暫しの間、無言で教室を見渡す。

 

「さて」

 

十秒か一分か、全員の意識がスネイプへと完全に集まっただろうタイミングで、スネイプが口を開いた。

 

「吾輩は今学期が始まって以来、多くのことを諸君へと教授した。諸君らがそれらを十全に理解しているだろうという、儚い期待を持って教壇に立っている訳だが―――諸君らの腑抜け顔を見るに、休暇中にそれらが抜け落ちているものが多くいるようで、大変嘆かわしく思う」

 

開始早々、良く回る毒舌だ。

ハリー達から聞いた今期の授業は、無言呪文を主軸にした授業らしい。他の生徒は知らないが、少なくともDAのメンバーに限れば無言呪文は一定レベルで習得していたので、心配はいらないだろう。

 

「あぁ、この教室には今日初めて授業を受ける者もいたな。尤も、その者は長い期間、闇の魔法使いから逃げ続けてきた猛者のようなので、吾輩が一から教えを繰り返す必要はあるまい」

 

いや、死喰い人から逃げ続けることと、無言呪文がどうこうは関係がないと思うのだが。精々が、相手の無言呪文に対しての対応程度だろう。

 

「しかし、いくら必要がないとはいえ、どの程度の練度なのかは把握しなければなるまい―――マーガトロイド、前に出たまえ」

 

何となく話の流れからくるだろうとは思っていたので、素直に教室の前へと向かう。

 

「君にはこれより、呪文の打ち合いをしてもらう。ただし、使用する呪文は全て無言呪文で行うのだ。相手は―――ほぉ、君がやるのかね、マルフォイ」

 

スネイプが対戦相手を指名する前に、ドラコが高く手を上げた。それを見たスネイプは目を見開くも一瞬で直し、続く言葉でドラコの自薦を認めた。

ドラコが前へと進み出て、最前列の机が動かされることで出来た空間で私と向かい合う。ドラコは何も言わず、只々、私のことを見つめてくるだけだ。

 

「では、両者とも準備はいいな。他の者は、二人の無言呪文を観察し、それぞれがどのような呪文を使用しているのか探りたまえ―――では」

 

スネイプの言葉と同時に私とドラコは杖を構える。私のいない間にドラコがどれほど腕を上げたのか分からない以上、警戒を最大にして待ち構える。ハリーという前例があるので、油断はできない。

 

「始め」

 

開始の合図と共に杖を素早く振るう。まずは様子見で速さ重視の呪文を放つ。その数は三つ。一呼吸足らずの間で放った呪文はドラコへと真っ直ぐに向かっていくが、ドラコは動く様子を見せずに立ったままだ。

何の妨害もないため、私の放った呪文は吸い込まれるようにドラコへと向かう。しかし、ドラコまで十センチ程となったところで、三つの呪文全てが弾かれるように霧散した。

 

「なっ」

 

そのことに驚き、硬直こそしないものの確かな驚きに包まれる。私が見ていた限り、ドラコは呪文を使っていない。手に持つ杖はピクリとも動かず、ドラコ自身も直立したままだ。始める前に盾の呪文を使っていたという可能性ならあり得るが。

 

「!?」

 

不可思議な出来事について考察していると、背中を悪寒が走った。私は危険を知らせる直感に従って横に移動する。その瞬間、私がいた場所を何かが通過していくのを感じた。続けて襲った悪寒から逃れるために反射的に盾の呪文を前面に構築する。盾の呪文が何かを防いだというのは確認できたものの、一体何を防いだのかは分からない。

 

間違いない。ドラコは呪文を使っている。それが一体どういった原理で成立しているのかは知らないが、ドラコは“杖を振るうという呪文を使う上での絶対条件を破棄した上で、最低限でも必ず発する呪文の反応光を完全に無くしている”のだ。

 

その本来ありえない現象に懐疑的になるものの、この不可思議を説明できるのはそれしか思い浮かばない。盾の呪文によって不可視の呪文は防げている。その隙にドラコの全身の動きを観察するも、ドラコは杖を下げたまま動かずに立っている。

 

数秒間、不可視の呪文を放つドラコと盾の呪文で防ぐ私とで出来ていた膠着状態も、ドラコが行動に出たことで崩れた。ドラコは今までの不動から一転、流れるように杖を振り赤い閃光を放つ。失神呪文だ。加えて、失神呪文を放つまでの間に不可視の呪文が途切れる様子がない。私は盾の呪文を重ねて発動し、私を半ドーム状に覆うように五重の盾の壁を築く。

 

ドラコの放った失神呪文は、不可視の呪文を防ぎ続けたことで脆くなった盾を難なく破壊し、さらに重ねて張った盾を三枚破壊したところで霧散した。その威力に驚きつつも反撃するために杖を振るう。最初よりも速く鋭く力強く振るったことで放った呪文の威力や速さは、先ほどの非ではない。これにはどう対処するのか。

ドラコは杖を大きく振るい、光と闇が入り混じっているような斑模様の壁を構築した。その間にも不可視の呪文が止まることはなく、破壊された盾を再度構築することで対応する。一体どのような呪文が襲ってきているのか分からない以上、盾の呪文で防ぎ続けるしかない。

 

私の呪文が斑模様の壁に衝突する。それにより発生した衝撃が、前列にいた生徒を煽り、机の上に置いてあった教科書を吹き飛ばしてしまった。呪文が当たった斑模様の壁は、大きな亀裂が走っており、もう一度同じ呪文を当てれば破壊できるだろう。そう思って再度呪文を放つが、斑模様の壁の亀裂が瞬く間に修復されていったことで、破壊するには至らなかった。

 

そこからは、これの繰り返しだ。ドラコが不可視の呪文と高威力の呪文を放ち、私が多重の盾で防ぐ。私が呪文を放ち、ドラコが斑模様の壁で防ぐ。互いの護りが壊されかけても、私は張り直し、ドラコは復元して護りを固める。

 

「そこまでだ」

 

私とドラコの応酬は、スネイプの介入によって終わりを迎えた。私とドラコは同時に動きを止めて、杖を下ろす。予想外の連発で僅かにだが冷や汗が頬を伝う。尤も、目の前のドラコよりは大分マシだろう。ドラコはかなりの量を発汗しており、呼吸も荒い。頭痛もするのか手で頭を押さえている。

 

「ご苦労。二人共、席に着くのだ―――さて、今マーガトロイドが使用していた呪文を書き出すのだ。時間は鐘が鳴るまでだ。マーガトロイドとマルフォイの二人は、鐘が鳴るまで休んでいてよろしい」

 

スネイプの言葉に従って、私達はそれぞれの席へと戻っていく。その際に一瞬だが視線が交差する。同時に、私はドラコの内面へと意識を潜り込ませた。その際に僅かな抵抗があったものの、私の侵入を阻める程のものではなかったので、そのまま心へと入り込んでいく。

時間にして一瞬。されど、断片的であれ確かに情報を引き出すことが出来た私は、そのまま自分の席へと戻った。ドラコは苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、気にしないことにする。

 

 

 

午後の最初の授業は魔法薬学だが、一限分の時間が空いていたので、先ほどのドラコとの勝負を思い出す。

 

開心術で心を覗いたことで僅かに読み取れたことがある。僅かというのも、ドラコの閉心術は障害ではないものの時間がなかったからだ。

ドラコが用いた、予備動作の一切ない不可視不動の呪文行使。どのような経緯で習得したのかも手法も不明だが、どうやらドラコが自ら編み出した技術らしいというのは分かった。形にしたのは最近。現状では長い時間は使えず、時間に比例して頭痛が増すという欠点がある。無言呪文にも関わらず、呪文の威力が減少しないこと。本来の無言呪文とはまったくの別物ということで、不可視不動の呪文、無言呪文、通常の呪文の最大三つの呪文を同時に繰り出せるということだ。さらに、不可視不動の呪文の技術の影響なのかは定かではないが、威力が下がるはずの無言呪文が、通常の呪文相当かそれ以上に強化されている。このことから考えるに、通常の呪文の威力はさらに強化されていると考えた方がいいだろう。

 

一通り整理をして思う。なるほど、確かに驚異的な技術だ。単純な手数だけでいえば数いる魔法使いの中でも上位に食い込むだろう。一転に集中した際の火力も相当なものだ。研鑽を続けていけば、ダンブルドアやヴォルデモートに匹敵、いや、両者以上の魔法使いとなることも夢ではないかもしれない。そう思えるだけの可能性を秘めた技術だ。

 

ハリーにしろドラコにしろ、少しの間見なかっただけで随分な成長を果たしている。単純に実力では二人よりも上であるという自信はあるが、特定条件下に持ち込まれてしまえば、敗北することもありえそうだ。いや、物事は常に最悪を想定して臨むべきであるし、正面から堂々と戦った場合でも負ける可能性があると考えておこう。

 

そこまで情報を整理したところで、授業の終わりを告げる鐘が鳴る。魔法薬学の教室へと向かいながら、ハリーとドラコの思わぬ上達ぶりに対抗心が溢れ、私の今ある戦力戦術をどう強化していくかを考えながら魔法薬学の教室へと入った。

 

 

 

「さて、では授業を始める前に。このクラスには。この授業を始めて受ける生徒がいるね。まぁ知っているかも知れんが、一応紹介しよう。今年から魔法薬学を教えることになった、ホラス・スラグホーンだ。ミス・マーガトロイドでよかったかな?」

 

魔法薬学の教室は、今までの地下牢や拷問室を思わせる部屋ではなく、少し散らかった実験室という感じに変わっていた。薬品の匂いが充満しているのは同じだが、教師の雰囲気や十分な光源によるものか、冷たいというより暖かい空気を醸し出す部屋だ。正直、私としてはこちらの方が好みである。

 

「はい、先生。汽車でのことは申し訳ありません。せっかく食事に誘っていただいたのに」

 

「いやいや、気にすることはない。あのようなことが起こったのだから、君が責任を感じることは一切ないよ」

 

スラグホーンという新しい教師と始めて言葉を交わすが、雰囲気通り陽気で気さくな人物のようだ。

 

「君さえよければだが、今度お茶に誘っても構わんかね? 君の優秀さは常々聞いているからね。是非とも一度、ゆっくり話がしたいよ」

 

「そうですね、その時はお邪魔させていただきます」

 

会話もそこそこに切り上げ、スラグホーンは授業に移った。

 

「今日は愛の妙薬を実際に調合してもらおう。この魔法薬は毎年のN.E.W.T試験でほぼ必ずと言えるほど出題されるものだ。質はともかく、時間内に目立った失敗なく調合できるようになれれば試験は問題なかろう。調合のポイントや必要な材料は黒板に書いてあるので、それを参考にしなさい」

 

スラグホーンの合図と共に、生徒が一斉に動き出す。教室にいる目立った知り合いはハリー、ロン、ハーマイオニー、ドラコ、パドマ、アンソニーで、他にはそれぞれの寮から疎らに出席している。割合的にはレイブンクローとスリザリンが多いだろうか。

 

材料棚や器具棚からそれぞれ必要なものを取りだして調合を始める。愛の妙薬程度であれば教科書を見ることなく作ることが出来るので、教科書を開くことなく作業を進めていく。

 

鍋の中身を混ぜ終わり、あとは時間まで煮込むだけとなったので、周りの様子を伺う。パドマとアンソニーは全行程の半ばあたりだろうが、特に危なげなく慎重かつ確実に進めているので、時間までには完成できるだろう。ハーマイオニーはパドマ達よりも進んでおり、鍋の中身を混ぜている。ドラコはハーマイオニーに若干遅れている程だ。ロンは―――残念としか言えない。

残るはハリーだが、驚いたことに煮込みの作業へと入っていた。去年までのハリーであればドラコと同じ作業速度だと思ったが。どうやら、戦闘や考え方だけでなく勉学の方でも著しい成長をみせているようだ。ハリーの手元に置かれている魔法薬学の教科書も随分とボロボロで書き込みも多くしてあるのを見るに、よほど勉強しているのだとわかる。

 

「そこまで」

 

スラグホーンの声で一斉に作業を終える。中には瓶詰作業をこっそりやっているのもいるが、スラグホーンは気づいているだろうに、特に注意はしないまま教室を回っていく。

 

「どれどれ―――ふむ、まぁまぁだな。君のは、もうちょっと頑張りなさい。君は、うむ、休み時間にもう一度教科書を読み直したほうがよいな」

 

各テーブルの上に置かれた薬を順に見渡し、効能を確かめて評価していくスラグホーンは、成功と失敗における反応が分かれている。教師としてそれはどうかと思うが、スネイプも大概だったことを思い出し、今更かと思考を打ち切る。

 

「うむ、ミス・グレンジャーの妙薬の出来はいいね。ただ、これだと相手を虜に出来る時間が短くなってしまうな。次に調合するときはもう少しゆっくりと鍋を混ぜるといい」

 

ハーマイオニーの薬を見終わったスラグホーンは、次に私のところへとやってきた。

 

「さてさて、ではミス・マーガトロイドの薬を見せてもらおうかな。スネイプ先生から、君は一年の頃から魔法薬の調合に秀でていたと聞いているのでね。授業を始める前から楽しみにしていたよ」

 

スネイプはそんな高評価をしていたという事実は正直どうでもいいが、教室のど真ん中で周囲に聞こえるようにそういうことを喋るのは止めてもらいたい。

 

「ありがとうございます」

 

「それではさっそく―――ほぉ! これは素晴らしい! 完璧、まさに完璧だ! 見ていたが、誰よりも早く完成させたにも関わらずこの出来栄えとは恐れ入る。うむ、やはり聞いていた通りの優秀な生徒のようだね!」

 

スラグホーンは私の薬の出来を確認すると、声を大きく張り上げて興奮した声を上げる。その反応に思うところはあるが、言ってもどうこうなるとは思わないので適当に流していく。やがて満足したのか、最後となったハリーのところへと向かった。

 

「では、最後に本命といこうかね―――ほっほーッ! こっちも素晴らしい。完成度でいえばミス・マーガトロイドにも劣らない出来栄えだ! 彼女より多少時間はかかっていたが、この程度は問題ともいえない誤差だ。よしよし、見事な完成度で妙薬を調合した二人には、それぞれ五点を上げよう!」

 

スラグホーンが私とハリーに点を与え、材料や器具を片付けたところで鐘が鳴り響く。それと同時に生徒は次々と教室から出ていき、次の授業の教室へと向かっていく。私もパドマと一緒に次の変身術の授業へと向かうが、その途中でドラコが一人だけ別方向に歩いていくのが視界に入った。普通に考えるなら、次の授業のない自由時間だとでも思うところだが、最近のドラコが纏う氷のような雰囲気が気になった。変身術の教室へ入る前にトイレに行くと言って一人になった後、本の虫を開いてドラコの様子を伺う。ペラペラと頁を捲っていくと、八階の廊下にいるようだ。少しすると、壁のある場所に部屋が現れ、ドラコはその部屋へと入っていった。

 

「必要の部屋ね」

 

別におかしいということはない。私だってよく使用しているし、DAメンバーは言わずもがな。知らないだけで、他にも使用している生徒はいるだろう。今更ドラコが必要の部屋を使っているというのは特筆するべきものでもない。恐らく、午前中に見せたあの技術の磨くために訓練をしているのだろう。

 

 

その日の夜、夕食が終わった後にハーマイオニーに呼び止められ、話したいことがあるということで図書館へとやってきた。途中でハリーとロンの二人とも合流し、四人掛けのテーブルへと座る。

 

「それで? 話したいことって何かしら?」

 

会話を聞かれないように呪文を張り、ハーマイオニーへと問いだす。

 

「ねぇ、アリス。誰が書いたかも分からない呪文が書かれた本をどう思う?」

 

ハーマイオニーがそう言うと、一瞬ハリーの顔が強張った―――いや、今も強張っている。ある程度話を聞いてから、私の意見を伝える。

 

「別にどうとも思わないけれど。ハーマイオニーが言っているのはつまり、過去誰かが使っていた古本に書き込みがしてあり、それが自分達の知らない呪文だということでしょう? そんなもの沢山あるじゃない」

 

私がそう言うと、今度はハーマイオニーの顔が僅かに強張った。逆にハリーは、我が意を得たりとばかりに得意顔になっている。ここら辺は、去年までのハリーを連想させるな。

 

「でも、アリス。以前にも話したけど、リドルの日記っていう前例がある以上、警戒するべきだと思わない? もしかしたらっていうことがあるかもしれないわ」

 

「あの日記は一際特殊な物だけれどね。確かに、可能性だけで言えばハーマイオニーの言うことも一理あるわ。何事も取り返しのつかないことになってからでは遅いからね。その本、今も持っているの?」

 

「うん、これだよ」

 

ハリーから手渡された本を見る。見た目は使い古された魔法薬学の教科書だ。というより、魔法薬学の授業中に見たハリーの教科書そのものだ。ペラペラと頁を捲って中身を見ていく。いたる所に書き込みがしてあり、余白が真っ黒と化している頁もある。偶々開いた愛の妙薬の頁にも多くの書き込みがしてあり、その全部が事実かつ合理的な考えだった。なるほど、ハリーがあれほど上手に妙薬を調合できたのは、こういう訳か。

 

「見たところは、書き込みのしてある普通の教科書ね。特に魔法が掛けられている様子もない。書いてある内容も理にかなったものばかり。正直、教科書としてこれを得られたのは運がいいわよ? 知識は出来るだけ正確な情報から得られた方が、いいのだからね」

 

しかし、所々に気になる部分もある。

 

「尤も、魔法薬の知識に関してはということだけど。この本、所々に呪文も書かれているわね。私も見たことも聞いたこともない呪文だわ。これを怪しいとしてハーマイオニーが危惧するのは納得できるけど、ハリーもこの呪文を使ったりはしていないでしょう?」

 

去年までのハリーならば、本に書かれている呪文を興味本位に使っていたかもしれないが、今のハリーならばそんなことはないだろう。

 

「勿論だよ。失敗したら授業で散々になるだけの知識とは違って、呪文は下手したら取り返しのつかないことになるかもしれないからね。使うにしても、アリスの意見を聞いてからにしようと思っていたさ」

 

「ダンブルドアやマクゴナガルには聞かなかったの?」

 

「ダンブルドアは忙しいし、僕も別のことに取り組んでいるから、聞ける感じじゃないんだ。マクゴナガルは、分かるだろ? どんな反応が返ってくるか」

 

「まぁね」

 

苦笑しながらマクゴナガルの反応を想像してみる。マクゴナガルにこのような相談をしたら、ハーマイオニーの数段上の詰問と説教が襲ってきそうだ。

 

「とりあえず、ハーマイオニー。この本に書かれている魔法薬の知識だけなら問題はないと思うわ。私もそういった本は多く持っているし、例え間違っていても、授業で使う分にはスラグホーンが訂正してくれるわ。呪文に関しては何とも言えないから、適当な的に対して使ってみるしかないわね」

 

ハーマイオニーはまだ仏頂面だが、一応は私の言葉に納得してくれたようだ。話はこれで終わりなのかと思ったが、どうやらまだ続きがあるようだ。

 

「マルフォイがヴォルデモートから指示を受けて何かをやっているんだ。それが何なのかは分からないけれど、よく必要の部屋の前で姿を消すのを見るから、隠れて何かをやっているというのは間違いないと思う」

 

なるほど、今日の魔法薬学が終わった後にドラコが必要の部屋へと向かったのはそういう訳か。

 

「まぁ、事実がどうであれ、現状私達にどうこうできる問題でもないし。何があっても対処出来るように自力を上げることに専念したほうがいいと思うわ」

 

「そうだね。出来ることと言っても忍びの地図で行動を見張るぐらいか。マルフォイが何を考えて動いているか分からない以上、必要の部屋に突入することもできないし―――そうだ、アリス、今度の土曜の夜だけど、ちょっと付き合ってほしいんだ」

 

「別にいいけれど、どこへ?」

 

聞けばハリーは、不定期ではあるが土曜の夜にダンブルドアによる個別授業を行っているらしい。授業と言っても、ダンブルドアが特別ハリーに呪文などを教えるのではなく、憂いの篩によって様々な人の記憶を探っていくというものらしい。ハリーはその記憶から、ヴォルデモートの出生に関わるゴーント家、ヴォルデモートが幼少期を過ごした孤児院の二つを知ったという。今後の授業でも恐らくヴォルデモートの過去に関わることについて知っていくというのがハリーの予想だが、ダンブルドアが言うように予言にどう関係していくのかは未だに分からないようだ。

それで、次の授業では私にも関係がある、というよりは私の意見を聞きたいというらしく、ダンブルドアに連れてくるよう言われたのだとか。

 

 

 

 

「よう来てくれた、アリス」

 

ダンブルドアと、先に訪れていたハリーと視線が交わる。

夜に訪れた校長室では明かりがついておらず、月の光のみで光源を取っていた。机の上には憂いの篩が置かれ、その傍には二つの小瓶が置かれている。一つは中身がなく、もう一つには白い靄のような気体とも液体とも表現できるものが入っている。

 

「こんばんわ、先生―――その右手はどうしたんですか?」

 

ダンブルドアの右手は黒く萎びており、どう贔屓目に見ても正常とは言えないような有様だった。

 

「これかの? 休暇中に手痛い失敗をしてしまっての。わしの愚かさが招いてしまったものじゃ」

 

そう言って、ダンブルドアは右手を隠すように袖の中へと引っ込める。

 

「―――見たところ、相当強力な呪いに侵されているみたいですが? 何が原因でそうなったのかは聞きませんが。何かしらの処置は?」

 

「大丈夫じゃ。今は呪いを押さえ込めておる。それよりも、優先すべきことは他にある」

 

正直、私からしたらダンブルドアの負傷の方が気にかかるが、当のダンブルドアがそれを問題視していないと言う以上、どうこう言うべきことでもないだろう。ここで何か言ってもダンブルドアが自身の優先順位を覆すとは思えないし、負傷が本当に些事と思えるようなことでもあるのかもしれない。ダンブルドアにはダンブルドアの考えと計画があるのだろうから、とりあえずはそれに集中しておこう。

 

「さて、この授業で何を行っているかはハリーから聞き及んでいると思う。今も、ハリーと共にヴォルデモートの過去に関わる記憶を追体験しておったところじゃ」

 

そう言って、ダンブルドアは憂いの篩から白い靄―――記憶を取り出し、小瓶へと入れて栓をする。それを脇に置いて、残る瓶を手に取ると中身を憂いの篩へと落とす。

 

「アリスに見てもらいたいのは、この記憶じゃ。これはスラグホーン先生の記憶での、ヴォルデモートの不死の秘密の一端に触れることができる」

 

「不死の一端ですか―――何となく私が呼ばれた理由は分かりましたが、力になれるかは知りませんよ? 私が知っていること程度なら、先生も知っていると思いますが?」

 

「無論、知らないということはないじゃろう。じゃが、わしが知りたいのは単なる知識によるものではなく、実際に触れたことのある者の意見なのじゃ」

 

触れたと言っても、あくまで私は参考にしただけであって、実際に行った訳ではないのだが。ダンブルドアがハリーを最初に促し、次に私に記憶へ入るよう促す。とりあえず、ここで何かを言っていても仕様がないので、素直に憂いの篩へと近づき、記憶の中へと入った。

 

記憶の中では、今よりも若いスラグホーンが豪奢なローブを着て、これまた豪奢な椅子に腰かけている。スラグホーンを中心に半円状のテーブルが広がり、幾人かの当時の生徒が着席し、スラグホーンを中心に談笑していた。

 

「スラグホーン先生は優秀な生徒を囲うのが好きでの。こうやって自分のお気に入りの生徒を呼んでは交流会のようなものを定期的に行っていたのじゃ。おう、もう気がついたじゃろう。スラグホーン先生の右の席に座っているのが若き日のヴォルデモート、トム・リドルじゃ」

 

ダンブルドアに言われるまでもなく、一目見て分かった。容姿こそ今とはかけ離れてしまっているが、その身に纏う雰囲気、何よりも目がそっくりだ。

 

元々終わり間際だったのだろう。交流会は記憶に入ってから程なくして終わり、生徒が次々と部屋を出ていく。その中で、トム・リドルだけが部屋に残り、スラグホーンと二人きりになった。

 

「どうしたね? トム、夜間外出の罰則を貰いたくはないだろう?」

 

「先生、お伺いしたいことがあるんです。この前、とある文献で見かけたものなのですが、読んでも要領を得ないものでして。先生ほどの魔法使いであれば、それのことも知っているのではないかと」

 

「ほう。君でも解き明かせないものなのかね? どれ、言ってみなさい」

 

「はい、その、ホークラックスというのですが―――」

 

トム・リドルがそこまで言ったところで、記憶は濃霧のように白く染め上げられ、次にはスラグホーンの怒鳴り声が響き渡った。

 

「ホークラックスのことなど知らん! 知っていても教えることなど絶対にない! さぁ! 出ていきたまえ! そのような話は二度と聞きたくない!」

 

そこで記憶は終わり、私の意識は現実へと引き戻された。

 

「―――予想はしていましたが、ホークラックスですか。記憶にあからさまな改竄がされている以上、スラグホーン先生はトム・リドルにホークラックスのことを教えてしまったようですね」

 

まったく、随分と厄介なことになったものだ。ヴォルデモートがホークラックス―――分霊箱を本来の使い方で運用しているなら、まず分霊箱を破壊しなければ永遠にヴォルデモートを殺すことはできない。

 

「あの、ホークラックスっていうのは何ですか?」

 

ここで、ハリーから疑問の声が上がる。まぁ、普通は知ることのない闇の魔術だから無理もない。

 

「ホークラックスっていうのは、切り分けた魂を封じ込めておくモノを指す言葉で、別名は分霊箱と呼ばれるものよ。小難しく説明すると長くなるけど、簡単に言ってしまえば不死を得られる方法の一つ。ただ、それを得るための代償の大きさから、闇の魔術の中でも相当に深い外法とされるわ」

 

「不死って―――それじゃぁ、ヴォルデモートは死なないっていうのことなの?」

 

「いや、必ずしもそうではない。この世には完全というものは存在しないのじゃよ。分霊箱は極めて強力な魔術じゃが、その名の通りモノに依存している以上、それが壊れてしまえば不死性は失われる」

 

「ということは、ヴォルデモートを殺すには、奴が作った分霊箱を破壊することが不可欠ということですか。でも、どうやって分霊箱を探し出すんです? そもそも、分霊箱はどんな形のものなんですか?」

 

「形は様々よ。大凡、モノと判別出来るものであれば、どのようなものでも分霊箱足り得るわ。それこそ、そこら辺に転がっている小石でも十分だし、その気になれば野生の動物を分霊箱とすることも出来る」

 

「じゃが、ヴォルデモートが小石や野生の動物を分霊箱とするとは考え難い。自らの生死の要ともなる重要なものじゃ。ヴォルデモートの性格を考えれば、それ相応のものが分霊箱として使用されていると、わしは考えておる。しかし、問題なのはそこではない―――ヴォルデモートがいくつの分霊箱を作りだしたかが最も重要なのじゃ」

 

「いくつかって、分霊箱なんてものがそう何個も作れるものなんですか?」

 

「理論上は不可能ではないわ。とはいえ、数を増やせばそれに比例して代償も大きくなる。分霊箱は自身の引き裂いた魂を封じ込めるものだけど、魂を引き裂くなんて行為を行っておいて、肉体が無事に済むと思う?」

 

「―――そうか、昔の面影がないほどにヴォルデモートの容姿が変わってしまったのは」

 

「代償でしょうね。あそこまでの変化が起こっている以上、ヴォルデモートの魂はズタズタになっているはず。恐らくだけど、容姿が過去と現在とであれ程変化していることから、一度や二度の影響じゃないわね。少なく見積もっても、三回か四回以上は魂を引き裂いているはず。とはいえ、その影響を受けるのは肉体や精神だけであって、知識や魔力は変わらないから、ヴォルデモートが昔より弱くなっているというのは期待できないわ」

 

「分霊箱についてじゃが、現状で判別していると思われるものは二つじゃ。一つは四年前にハリーが破壊した日記、もう一つはこの指輪じゃ」

 

ダンブルドアは机の引き出しから黒表紙の本と黒い石の嵌った指輪を取り出す。

 

「トム・リドルの日記。確かにあの時、トム・リドルは十七歳の頃の記憶を日記に封じたと言っていた。あの言葉の本当に意味はこれだったのか―――先生、その指輪は記憶で見たゴーント家の指輪ですか?」

 

「如何にも。去年の夏に廃屋となったゴーントの家で発見した後に破壊したものじゃ」

 

そう言うダンブルドアがさりげなく右手をなぞるのが視界の隅に映った。あの右手の有様は、指輪を破壊する際に負ったものか。

そう考え指輪から目を離そうとしたところで、ふと気になるものが目に映った。気になり、もう一度指輪をよく見てみる。

 

「さて、二人共に事の重大さを分かってもらえたと思う。そこでじゃ、ハリーにはこの授業で初めての宿題を出す。スラグホーン先生の本当の記憶を引き出すのじゃ。これはわしにもアリスにも出来ん、ハリーにしか出来ないことじゃ。少なくともわしはそう思っておる」

 

「わかりました、先生」

 

「アリスには分霊箱について知ってることを全て教えてもらいたい。無論、わしもある程度のことは知っておるが、全容を把握しているわけではないのじゃ」

 

「まぁ、仕様がないですよね。わかりました、私が知っている限りのことは教えましょう」

 

その後は、私の分霊箱の知識を明かしたのを最後にお開きとなった。ダンブルドアに促されハリーが校長室から出ていくが、私はダンブルドアに確認したいことがあったので、残ることにした。

 

「どうしたのかね、アリス」

 

ダンブルドアの問いにすぐには答えず、未だテーブルの上に置かれた指輪を手に取る。

 

「この指輪、いえ、この石は“蘇りの石”ではないですか?」

 

私がそう告げると、ダンブルドアの顔が僅かに揺らいだように見えた。

 

「なぜ、そう思うのかね?」

 

「指輪にペベレル家の紋章が刻まれているのを見て、そこから推測しました。吟遊詩人ビードルの物語の一つである“死”と三人の兄弟の話。これに出てくる兄弟は実在しており、それがペベレル三兄弟とされています。そして、“死”が三兄弟に与えし三つの宝であるニワトコの杖、蘇りの石、透明マント。三兄弟が実在し、これほどに有名な話ともなっているなら、入手経路は異なれど三つの宝は存在するという仮定も十分に成り立ちます。ゴーント家はスリザリンにも連なる程の古い家系です。それほど古ければペベレルの血が流れていても不思議ではありません。その一族が家宝として扱っていたとなると、その石の価値も相当でしょう。改めて見ると引き寄せられるような不思議な魔力を感じますしね。物語のモデルともなったペベレル三兄弟、ペベレル家の紋章、不可思議な魔力を秘めた石、何世紀も続く純血の血筋であるゴーント家。これだけの要素があれば、その石が秘宝とされる蘇りの石というのも、的外れとは思えません」

 

私が立てた推測を述べると、ダンブルドアはゆっくりと息を吐き、近くにある椅子へと座りこんだ。

 

「今ほど、君の知識と推察力に驚いたことはない。そうじゃ、これは蘇りの石と呼ばれるもので間違いはない」

 

「死んだ人と再び会える石ですか―――ダンブルドア、貴方はこの石の誘惑に負けたんですか?」

 

ダンブルドアの黒く萎びた右手を見ながら尋ねる。

 

「実に愚かしいことじゃが、その通りじゃ。」

 

ダンブルドア程の魔法使いが何を思って蘇りの石の誘惑に屈したのかは知らないが、今私が考えたところでどうにかなるわけでもないし、とりあえずは思考の外に追いやっておく。

 

「それにしても、ヴォルデモートは何で態々、死を超越すると言われる秘宝の一つである蘇りの石を、不死の依代たる分霊箱にしたんでしょうね?」

 

「わしが思うに、死の秘宝という存在自体を知らなかったのじゃろう。吟遊詩人ビードルの話は、魔法界で育った者であれば子供でも知っているものじゃが、反面マグルの世界で過ごしていたものには馴染みのないものでもある。余程、魔法界の物語に興味を持って調べでもせぬ限り、知る機会は早々あるまいて。幼少期をマグルの孤児院で過ごしたヴォルデモートが、子守歌にも使われる魔法界の物語に興味を示すと思うかね?」

 

「ないですね」

 

タイトルと概要くらいは知っていたのかもしれないが、態々手に入れてまで読もうとはしなかったことは容易に想像できる。

 

 

 

 

授業やDA、ヴワルでの作業や研究、ハリーの訓練と実験などに付き合っている内に、すっかりと月日が過ぎていった。授業については、スネイプが闇の魔術に対する防衛術の担当となったことで波乱が起こると多くの生徒が予想していたがそんなことはなく、比較的平穏に馴染んでいった。スリザリン贔屓や理不尽な減点は多々あれど、授業内容自体は過去の教師のなかでも一番で、経験と理に適った理想的なものだった。これまで、スネイプへの反抗態度体現者筆頭であったハリーが、ちょっとやそっとの挑発では怒りすら見せない―――少なくても表面上は―――ことで安定している感じだ。ハリーへと罰則を与える口実が得られない苛立ち故か、宿題の量がやたらと多いのがネックだが。

 

DAでは、一対一や一対多という実戦を想定した戦闘訓練が行われている。上級生は上級生同士、下級生は下級生同士で戦い、時には一人の上級生に対して多数の下級生でというのもある。ドールズも完全に復活し、人形も質と数が揃ってきたので、何人かには罠や不意打ち闇討ちといった搦め手の特訓も行っている。

ついでに、姿現しコースを受講している生徒に限り、課外授業のようなものも行っている。本来ホグワーツの敷地内では姿現しは出来ないが、必要の部屋の中でのみ使用できるのだ。尤も、部屋の中を移動するだけで、外に出ることが出来ないが、それでも十分だろう。

ちなみに、私は姿現しを既に習得しているので受講はしていない。十七歳以下の魔法使いの使用制限などは今更なので、もはや無視だ。

 

ヴワルでは、ダンブルドアから得られた材料を元に魔法薬を調合し貯蔵するほか、禁書庫を閲覧して得られた知識とヴワルの魔導書の知識によって、新たな呪文の開発が終息に向かいつつある。開発したのは、双子の呪いの上位互換と言える“影法師の呪い”と名付けた魔法だ。双子の呪いで複製したものは、その効力が無効化されると消滅してしまうという欠点を持っている。影法師の呪いは、対象の構成するあらゆる要素を完全に複製し固定する魔法なので、たとえ終息呪文を受けたとしても消滅することはない。影とは実体の動きに従って動くものだが、これは逆に実体が影によって動かされているとも解釈することもできる。実体は同時に影であり、影は同時に実体でもある。片方が片方によって生まれたにも関わらず、双方が実体としての、影としての役目を持っている。影法師の呪いは、そういった依存存在の繋がりを利用した魔法であるのだ。

 

ただ、思わぬ誤算もあった。と言っても、嬉しい誤算ではあるが。影法師の呪いで複製した人形の耐久度や精度をチェックしていたときに発覚したことで、当初の構想では物理的になら破壊できたはずの人形が、時間を巻き戻すように壊れた部分を復元していったのだ。何故そのようなことが起こったのかを追及した結果には、大声上げる程に驚愕した。影法師の呪いは相互依存の関係を利用したものだが、この“双方が同時に在ることでしか存在できない実体と影の依存関係”が“片方が存在するために片方を存在させる”という結果を招いたようだ。これによって、例え片方の人形が壊れても、片方の人形が存在している限り、何度壊れても復元してしまう異常な自動復元機能を得るに至ってしまった。つまり、影法師の呪いで人形を増やし続けていくと、最終的には人形の総体をまとめて破壊しない限り、時間はかかろうが何度でも復元するという恐ろしいことになるのだ。

どことなく分霊箱に似ているように思えるが、まぁ分霊箱ほど道を外している訳ではないし、出来てしまったものは仕様がない。気にしたら負けだ。

 

ハリーとの訓練は、ハリーが閉心術を本格的に学び直したいというので手を貸している。まぁ、今更スネイプに頼み辛いだろうし、自発的に学びたいという意欲を見せている以上、無碍にも出来ないだろう。また、例の魔法薬学の教科書に記されている呪文の検分にも付き添っている。今のところ、これといって問題視するような呪文はなく、精々が“セクタムセンプラ”という強力な切断呪文ぐらいだろう。これにしたって、使いどころを間違えなければ強力な武器になる。ハーマイオニーはあまりいい顔はしていなかったが、それでも横槍は入れずに見守っていた。

 

 

そんなある日、夕食を食べ終わり寮の談話室の暖炉前で研究ノートを読んでいると、ふとした違和感に気がついた。談話室には多くの生徒がいるが、また就寝時間には時間があるにも関わらず、順に寝室へと向かっているのだ。別に寝室に行くのが早いだけで気にすることなどないはずだが、不自然なく流れるようにという一種の統率されたような行動は無視できない。

やがて、私以外の生徒が寝室へ向かって、談話室が静寂に包まれた頃に姿現し特有の音が鳴った。

 

「マーガトロイド様、校長先生の指示でお迎えにあがりました」

 

現れたのは屋敷しもべ妖精だった。恐らく、ホグワーツで働いているしもべ妖精の一人だろう。

 

「わたしの手にお触れください。校長室へと姿現しいたします」

 

しもべ妖精は恭しくという表現がピッタリな動きで、私へと手を差し出す。私は一言断ってから、その手に触れる。態々しもべ妖精を寄越すということは、急ぎの用事なのだろう。

 

 

 

 

「校長先生、マーガトロイド様をお連れいたしました」

 

「ありがとう。持ち場に戻ってよいぞ」

 

ダンブルドアの言葉を受け取り、しもべ妖精はお辞儀をした後、姿現しで退出していった。残された部屋には、私とダンブルドア、ハリーだけとなる。

 

「急に呼び出してすまなかったの、アリス」

 

「それは構いませんけど、何があったんですか?」

 

そう問いかけると、ダンブルドアはテーブルの上に置かれていた小瓶を手に取る。

 

「ハリーがスラグホーン先生から真実の記憶を得ることに成功したのじゃ。ヴォルデモートが過去、何を知り得たのか。それを君にも見てもらいたいのじゃ」

 

ダンブルドアは小瓶に入った記憶を憂いの篩へと落としていく。それを見ながら、隣にいるハリーへと声を掛ける。

 

「やるじゃない、ハリー。どうやって記憶を手に入れたの? 私が見た感じ、スラグホーンは殻に籠って出てこないタイプだと思ってたけど」

 

「特別なことはやってないよ。ただ運がよかったのと、スラグホーンの勇気が恐怖に打ち勝った。それだけさ」

 

そう言って、ハリーは僅かに口角を上げる。それを見て何かしらの一計を講じたのだろうとは思ったが、今重要視することではないので、意識を記憶へと向ける。注がれた記憶は、憂いの篩の中でゆっくりと渦巻いていた。

 

「では、行こうかの」

 

ダンブルドアの声を合図に、私達は記憶の中へと入っていった。

記憶は前回と同じ場面から始まり、解散の後にはスラグホーンとトム・リドルだけが残る。

 

「どうしたね? トム、夜間外出の罰則を貰いたくはないだろう?」

 

「先生、お伺いしたいことがあるんです。この前、とある文献で見かけたものなのですが、読んでも要領を得ないものでして。先生ほどの魔法使いであれば、それのことも知っているのではないかと」

 

「ほう。君でも解き明かせないものなのかね? どれ、言ってみなさい」

 

「はい、その、ホークラックスというのですが―――」

 

「―――、闇の魔術に対する防衛術の課題かね?」

 

そう言うスラグホーンだが、内心では違うと断定しているだろう。学生の授業なんかでホークラックスを取り扱うなどまずありえないからだ。闇の魔術を積極的に取り入れているダームストラングですら教えるとは思えない。寧ろ、知っている者自体いない可能性の方が高いが。

 

トム・リドルはスラグホーンの言葉を否定し、本を読んで見つけたと言う。そして言葉巧みに、ホークラックスのことを聞きだしていく。流れるように相手をその気にさせて情報を引き出す話術には、素直に感嘆してしまった。最初は言うのを渋っていたスラグホーンも、今ではトム・リドルの問いに対して気が乗らない風を装いながらも律儀に答えていっている。

 

「でも、先生。気になったことがあるのですが、分霊箱が不死の力を与えてくれるのだとしても、その、一つだけの分霊箱に意味はあるのでしょうか?」

 

きた。

私達が最も気にしていた、ヴォルデモートはいくつの分霊箱を作ったのかという事実。全容がわかるとは限らないが、大きなヒントになることは確かだろう。

 

「一つの分霊箱では、それを失った場合、自身を守るものはなくなってしまいます。それなら、複数個の分霊箱を作っておく方が、より確実な不死を得られるのではないでしょうか。例えば、“7”という数字は最も強力な魔法数字とされています。魔術的な意味も含めると、七個の分霊箱というのが、より強力な不死を得られるのでは?」

 

「何と―――、トム、今何と言った? 分霊箱を七つだと? あり得ない、一つの分霊箱を作るだけでも許されない罪深き行いだというのに、七度も繰り返すなど―――あくまで学問的な、仮定の話だろうね?」

 

「―――勿論です、先生」

 

 

 

 

 

記憶が終わり、私達は現実へと戻る。全員が椅子に腰かけ、場には重苦しい空気が漂う。

 

「ヴォルデモートは、分霊箱を七個作っている」

 

そんな中、ハリーが呟くように言葉を漏らす。それに反応したのはダンブルドアだ。

 

「いや、正確には六個じゃ。記憶の中でヴォルデモートが言っていた“7”という魔法数字を元にしていると考えるならば、分霊箱―――魂の一つは自身でなければならない。であれば、分霊箱として作られたのは全部で六個となる」

 

「それが正しいと仮定して、日記と指輪を破壊したことで残りは四個ですか。心当たりはあるんですか?」

 

どのようなものでも分霊箱とすることができ、どこにでも隠すことができるそれを見つけ出すのは困難極まる。手がかり無しで探し出せるほど甘いものではない。

 

「恐らく、といったものじゃが、今までハリーにも見せた記憶で分霊箱足りえるモノの目星はついておる」

 

ダンブルドアが言うには、過去にヴォルデモートはサラザール・スリザリンの遺産のロケットと、ヘルガ・ハッフルパフのカップを手に入れたようで、その二つが分霊箱とされた可能性があるようだ。というのも、ヴォルデモートは純血や魔法、伝統、権威、歴史といったものに重きを置く性格をしており、自身の不死の要たる分霊箱にも、それ相応の代物を選んでいるということ。

 

「わしの推測は正しければ、ヴォルデモートの分霊箱は日記に指輪、スリザリンのロケット、ハップルパフのカップ。そして、ロウェナ・レイブンンクロー縁の品、ヴォルデモートが傍に置いている蛇のナギニじゃ」

 

「グリフィンドール縁の品が除外されているのは?」

 

「現存するグリフィンドール縁の品は一つのみじゃ。そして、それは今もここに保管されておる」

 

ダンブルドアが振り返った先には、暗闇の中でも確かな煌めきを放つ銀色の剣が安置されていた。あれが、ハリーがバジリスクを殺す際に用いたというグリフィンドールの剣か。

 

「ナギニが分霊箱の可能性があるというのは、ヴォルデモートがナギニを常に傍に置き、死喰い人にすら向けない確かな愛情を抱いているからじゃ。蛇を分霊箱とすることでスリザリンの関係性を際立たせ、同時に神秘的な印象を得られるだろうとも考えておるのじゃろう」

 

ヴォルデモートがナギニという蛇を大事にしているということを、どうやって知り得たのか疑問に思ったが、かつてヴォルデモートと意識を共有していたハリーの言葉と、スパイとして潜入しているスネイプの情報によるものらしい。

 

「幸いにも、分霊箱の一つが隠されているであろう場所の候補がある。それらを検証しだい、ハリー、君の力を貸してほしい」

 

「勿論です、先生」

 

「アリス、君には何かをしてもらうということは指示せぬ。君は君の思うように、自由に動いてもらって構わん。特例として、君には夜中の外出を許可しよう。城の中と、離れ過ぎなければ校庭へと出ても不問とする」

 

「それはまた―――私をそんなに自由に動かしていいんですか?」

 

「構わんよ。君には下手に指示を与えておくより、君自身の判断で行動してもらった方が良いように物事が動く。何となく、わしはそう考えておるのじゃ」

 

ダンブルドアのその考えは今一分からないが、まぁ、私のことを信用しているが故の放任として受け止めておこう。自由に動けるなら、それはそれで色々と都合がいい。

 

時間も遅くなっていたので、今後のことについて軽く話し合った後、私とハリーはそれぞれの寮へと戻っていった。ダンブルドアが分霊箱についての有力な情報を得るまでは、これまで通りに動くというのは変わらないが、何時分霊箱の情報が手に入り動くことになるか分からない以上、何時でも万全の状態で動けるように心掛けておくこととなった。

 

 

 




投稿遅くなってしまい申し訳ありません。
本当なら大晦日に投稿予定でしたが、諸事情により新年に(言い訳

【毒舌】
スネイプと言ったら毒舌。
毒舌なくして何がスネイプか!

【超絶強化】
ハリーが強化された現状、マルフォイを強化しないでいつ強化するのか?
―――今でしょ!

ハリーがセドリック化なら、マルフォイはアリス化。
無駄な言動は無くし、独自の戦闘方法を確立し、氷のような精神力で瞬間的火力にて敵を打ち倒す。
このぐらいすれば、ハリーのライバルとして十分な活躍が期待できるはず。

【スラグホーン】
糖尿病予備軍。

【半純血で王子な本】
読んだだけでも危険な魔導書を読んでいるアリスからすれば、ただの古本。

【破れぬ誓い】
指きりげんまん。

【不死】
ありとあらゆる、どのような手段を講じても、決して破ることのできない真の不老不死は存在するのか?

【指輪】
アリスの博識ぶりは、最早ダンブルドアにすら届く気がしてきた。

”いとしいしと”
―――指輪違い。

【最近のDA】
最近では、休憩時間にアリスお手製の”不思議な飴”がおやつとして提供されている模様。用法は一日一個。食べるたびに、どこからともなく軽快なメロディーが聞こえてくるとかこないとか(大嘘

【影法師の呪い】
バランスブレイカーなオリジナル呪文。
双子の呪いが、”A”を元に”B””C””D”……と複製し、終息呪文にて”A”から複製された”B”以下の複製品が消滅するのに対し。
影法師の呪いは、”A”を元に”A””A””A”……と複製していくもの。さらに、某無限転生者な吸血鬼と某カレーシスターの関係よろしく、モノとしてのラベルが同一存在である故に、片方が破壊されても片方が健在であるという矛盾から、破壊された片方が自動復元してしまうという謎機能を得るに至る。”A”=”A”ならともかく、”A”=”A”=”A”(以下略)となってしまうと、もう手がつけられない。一体でも戦いの場から離しておけば、実質破壊不可能。もはや禁呪指定レベル。

結論―――やり過ぎた。

【自由行動】
アリスを行動を縛るなんて鬼畜外道な方針、取れるはずがない。
もしそんな手段を取れる奴がいたら、そいつは”たいへん”や。

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