魔法の世界のアリス   作:マジッQ

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遅れて申し訳ありません!
魔法の世界のアリス第三弾アズカバン編 いよいよ始まります。

最初はタイトル通り新学期が始まるまでのひと時。次話から新学期が始まります。





PRISONER OF AZKABAN
アリスのなつやすみ


 

蝋燭だけが灯る薄暗い部屋で、私は水銀の入った水差し片手に忙しなく動いている。

場所はヴワル図書館の一室。水銀を床に垂らしながら描いているのは今回の儀式に使用する魔法陣だ。

この水銀には私の血が少なからず含まれており、薄っすらと赤みを帯びている。

 

直径二メートル程の魔法陣を描き終えると、魔法陣の要所に媒体を置いていく。魔法陣は二重円の間に文字、内円部には三角形を組み合わせる形で六亡星が描かれている。さらに魔法陣の中心には二つの小円とそれを結ぶように二本の線が交差するようになっている、

 

私は二つの小円の片方に上海を置き、残りの小円に私自身が入る。これで儀式の準備が整った。

 

「出来たようね。一応万が一に備えてサポートの準備はしておくから限界だと思ったら迷わず言いなさい」

 

そう言いながら魔法陣の外で魔導書を開きながらパチュリーが構えている。彼女には今回の儀式で不足の事態が起きた際に備えてサポートに付いてもらっている。最初は一人で行おうと思っていたのだが、初めて試みる魂なんていう高難易度の儀式なので失敗したらどうなるか分からないし、最悪死んでしまう可能性もゼロではない。流石にこんなところで死にたくはないので協力をお願いしたのだ。

その代わり、対価として学校で採取したバジリスクの毒を要求されたが。

 

「分かったわ。まぁ、失敗する気は無いけれどね」

 

魔術儀式を行う際には心を強く保つことが重要で、何よりも儀式の失敗を恐れているのとそうでないのとでは成功率が大きく異なる。たとえ準備が万全でも心が不安定であったために失敗した例は数多くあるのだ。

 

一度静かに深呼吸をして気分を落ち着かせる。ゆっくりと目を開き、左手を胸に当て、右手を上海へと向ける。そしてゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「我が名はアリス・マーガトロイド 創造主として血と魂の契約を結びし者」

 

最初の一文を紡ぐ。すると、魔法陣が赤く輝きだし薄暗い部屋の中をてらしだした。

続く言葉をゆっくりと紡いでいきながら、魔法陣が輝きを増し、陣を描く水銀が僅かながらに脈打ち始めていくのを感じる。

 

「我が魂 その一片を人の形せし物に与えん 其の名は上海 人の形をせし人ならざる者」

 

いよいよ魂を分ける文に入ったことにより、先ほどまで赤く輝いていた魔法陣が色を変えて青色に輝きだす。そしてその変化と同時に全身に鋭い痛みが走った。

 

「―――!」

 

反射的に声を漏らしそうになるのを、歯を食いしばって堪える。一瞬でも儀式に関係の無い言葉が入ったら失敗に終わってしまうため、これからさらに襲うであろう痛みに備える。

 

「魂は種 されど種は孤独 孤独の種は光を得て 大樹へと姿を変える」

 

身体を襲う痛みに涙が溢れ崩れ落ちそうになる。刃物で切ったような鋭い痛みは、熱した鉄を当てた痛みと同時に形容し難い痛みへと変化していく。あえて例えるなら肉を削がれる感じだろうか。経験したことはないがイメージ的にそんな感じだ。

ふと、身体を襲う激痛の中そんなことを考えている自分に驚く。意外と余裕があるのか思った以上に我慢強かったのか。

 

「其は人形 されど無にあらず 其は人形 有を内包した物にして者 其は上海 今こそ意思を持ちて目覚めよ!」

 

最後の言葉を紡ぐと同時に身体中の力が抜けその場に崩れ落ちる。魔法陣は役目を果たしたかのように徐々に輝きを失っていき、部屋は元通りの薄暗い空間へと戻った。

 

私は身体を襲う痛みと疲労で気を失いそうになるが、歯を食いしばって何とか持ちこたえる。とはいえ、呼吸は荒く視界はグラグラと揺れていて焦点が定まらない。気持ち悪さから吐気を感じるが、儀式前に何も食べなかったのが幸いしたのか嘔吐はしなかった。

 

体調が最悪の中、儀式はどうなったのだろうと思い出した私はゆっくりと顔を上げていく。視界は戻ってきたが部屋が薄暗いためよく見ることができない。そんな中、小さな光が視界に入り徐々に照らしていった。光が来た方に視線を向けるとパチュリーが指をこちらに向けている。

 

小さな光で照らされた先に上海を見つけた。上海は儀式が始まる前と同じように置かれており一向に動く気配を見せない。

 

失敗

 

脳裏に浮かんだ言葉に眩暈が起こる。何故?儀式が完璧だったはず。準備も万全に整えた。理論も術式も間違いはなかったはず。

 

―――しゅる

 

頭の中が色んなことでゴチャゴチャになっていったが、ふいに聞こえた衣擦れの音に思わず顔を上げる。再び視界に入ってきた中でゆっくりと動いているものがあった。いや、いた。

 

「上……海」

 

いまだ落ち着かない呼吸の中、無理やり声を絞り出す。すると上海は私の方に顔を向けて、ゆっくり、本当にゆっくりと私に向かって歩いてきた。

一メートルも離れていない距離なのに、上海は十分以上の時間を掛けて私のところに辿り着いた。私は静かに上海を持ち上げて同じ視線の高さに持ってくる。上海の目は、儀式の前までは決して宿していなかった光を宿している。

 

「はじ……おはよう上海。私のこと分かる?」

 

はじめまして。そう言おうと思ったが、この子は私の一部から生まれた存在だ。なら、言うべき言葉は“おはよう”が相応しいだろう。

 

「……あ……り……す?」

 

上海の言葉を聞いた瞬間、涙が流れたのは仕方がないと思う。今この子は、私に操られてもなく事前にプログラムされていたのでもなく、自分の言葉で、意思で私の名前を呼んでくれたのだから。

 

「そう、アリスよ。偉いわね上海」

 

「しゃ……ん……はい?」

 

「そうよ。上海、それがあなたの名前よ」

 

上海は自分の名前を何回か繰り返し喋ったあと、目を閉じて動かなくなった。一瞬不安になったが、よく見ると僅かに顔が動いている。

 

「おめでとう、アリス。儀式は無事成功したみたいね」

 

私が落ち着いたタイミングを見計らったのか、パチュリーが部屋に明かりを灯しながら近づいてきた。

 

「なんとかね。これからはしばらく上海の様子を見ていかないといけないけど」

 

「そうね。でも今は自分のことを気にした方がいいんじゃない?」

 

そう言われて、改めて自分の身体を見ると酷い有り様だった。服は汗を大量に吸ってぐっしょりしていて、その服も何故か所々切れたり破れたりしている。儀式の途中で強い風が吹いた気がしたからそのせいだろうか。当然、服が切れるほどのものだったので身体に無数の切り傷ができて血が流れていた。

 

「いった~」

 

一度気づいてしまうと切り傷から痛みが襲ってくる。儀式中の痛み程でないにしろ、ズキンズキンと鈍い痛みがジワジワ襲ってくるのは地味に辛い。

 

「ほらほら。傷の治療と身体に不調がないか調べるから部屋を出るわよ。さっさと歩く」

 

「……もうちょっと気遣ってくれてもいいんじゃない?」

 

「そんなこと言えるうちは気遣いなんて無用よ」

 

「……はぁ」

 

私はパチュリーに急かされるままに部屋を出て、医務室(仮)へと歩いていった。

 

 

 

 

 

 

それからは上海の様子を見つつ休養を取ることになった。流石に儀式の疲労が激しく、次の儀式を行おうにも身体を休めないともたないのだ。

 

予定では夏休みの間に蓬莱と露西亜の儀式を行い、京の儀式はクリスマス休暇に行う。それまでは双子の呪文、魔術ライン、人形の作成を行っていく。とはいえ人形についてはどのような人形を作るかは決まっていて設計図も完成しているからそれほど時間は掛からないだろう。今も魔法は控えているので人形作りを行っている。

 

人形作りの他にもバジリスクの毒について研究も平行して行っている。前学期に学校で採取した毒だが、量も少なく不用意に触れただけで危険な代物なので取り扱いには十分に気をつけないとならない。

現在行っている研究はこの毒の成分を分析して人工的に精製することだ。バジリスクは埋めてしまったので新しく採取ができなく新しいバジリスクを創ることもできないため、この研究はそれなりに重要なものとなっている。

普段は自分のことにしか興味がないパチュリーもバジリスクの毒の人工精製には興味があるのか惜しみなく協力してくれているので、研究も随分捗っている。

 

「とりあえず毒の成分を分解できるだけしてみたけれど……流石といったところかしら。判明しただけで千種類を超えるとは思わなかったわ」

 

「殆どがマイクロ単位での配分な上に、中にはナノ単位やヨクト単位の成分まであるしね」

 

バジリスクの毒の成分を分解できるところまでしてみた結果、種類は千種以上にのぼり、配分量は多くてもマイクロ単位、少ないとヨクト単位まで分けられた。しかも中には、数種類の毒が混ざっているのに分解できず成分が不明のものまである。

 

「これは骨が折れそうね。アリスの夏休み中に解析するのは無理そうだし、休みが終わったら一人でも続けてみるわ」

 

「お願いね。流石に学校でやるわけにもいかないし時間も取れないだろうから」

 

「私は時間だけは無駄にあるからね。研究経過は定期的にふくろう便で送っておくわ」

 

パチュリーと今後について話していると、茶器が置いてある場所から上海がフヨフヨと危なげに紅茶を載せたトレーを持ってきた。

 

「ありす~おちゃ~」

 

まだ言葉はたどたどしいが、魂をもってから三日目と考えればかなりの成長速度だろう。私の魂を基礎にしているので知識などもそれなりに宿っていることもあるのだろうか。

とはいえ、私の魂を使用しているからといって私と同じように成長する訳ではない。与えたのは種のようなもので、芽吹き成長する間に与える水や肥料が異なれば私とは異なる成長をする。そこに上海固有の意識・自我が生まれるのだ。

 

「ありがとう上海。もう一人で紅茶を入れられるようになったのね、偉いわ」

 

そう言って上海の頭を優しく撫でる。すると上海は嬉しそうに表情を和らげた。

 

「ふむ、儀式は成功したとみていいかしらね。早くも感情が宿っているみたいだし」

 

上海が持ってきた紅茶を飲みながら、パチュリーは上海を眺めて儀式の結果を評価している。

 

「……紅茶も美味しいし」

 

そこは関係あるのだろうか。

パチュリーの言葉に首を傾げながら私も紅茶に口をつける。

 

―――美味しい。

 

 

 

 

 

 

蓬莱の儀式を終えて露西亜の準備を行っていると窓が叩かれる音がして振り向くとふくろうが窓の縁に捕まりながらこちらを見ていた。

窓を開けてふくろうを腕に乗せると足に手紙が結ばれており、それを手に取る。ふくろうは手紙を取ったのを確認すると私の腕から離れて机の上に移動し、置いてあったビスケットを咥えて飛び去っていった。

 

最初は幾重にも認識阻害の魔法が掛けられているヴワル図書館によく辿り付けるものだと思っていたが、パチュリーによるとヴワル図書館は表向き普通の図書館と認識するようになっているらしく、さらには夜の闇横丁ではなくダイアゴン横丁に存在しているように惑わせているのだとか。

 

なので、夏休み中に私がいるのは“夜の闇横丁にある謎の図書館”ではなく“ダイアゴン横丁にある一般的な図書館”となっている。学生の身分である私としては夜の闇横丁にいることが知られるのは避けたいから助かっているが、改めてパチュリーの規格外さを思い知った。

 

それはともかく、ふくろうがもってきた手紙を開いて読む。中身はホグワーツからの新学期へ向けての案内と数枚のお知らせで、内容は週末のホグズミード村へ行くための許可証だった。

 

「両親か保護者の同意署名……ねぇ」

 

これはまた無理難題を言ってきたものだ。私の両親は死去しているし、保護者と呼べる人もいないのだ。強いて言えば、私が一人で暮らせるようにしてくれたおじさんが保護者であったが、その人もすでに死去。以前は定期的に生活支援の職員が様子を見に来ていたが、ホグワーツに入ってからは夏休みの間に近況状況を話しに行くだけで終わっている。どちらにしろ、保護者といえるほどの関係性はないが。

 

新学期が始まってからマクゴナガル先生にでも相談した方がいいだろうが、規則に人一倍厳しい人だから多分無理だろう。抜け道を使ってこっそりいってもいいが、ばれたらばれたで面倒だ。

 

そもそも、今の時期にホグズミード村への外出なんて行われるのだろうか。そう考えながら机の上に置きっぱなしになっている日刊預言者新聞に目を向ける。

 

『シリウス・ブラック アズカバンより脱獄』

 

アズカバンに収容中の囚人の中で最も極悪とされているブラックが脱獄したということで、世間は大騒ぎしている。魔法界だけでなくマグルの世界にも、多少内容がぼやかしてあるがそのことについて報道されているということから事態の重さが伺える。

 

そんな凶悪犯がどこかにうろついている中、生徒を学校の外に出すだろうか。

まぁ、外出が出来ない私には正直関係のない話だけど。

 

 

 




上海始動。
早すぎた感はいなめないが、後回しにはできないので一足早く登場。

犬っころが脱走したようですが、我が家のアリスさんは警戒すれど興味はないご様子。本当に十代前半か疑わしいアリスさん。


PS:作者は最近おぜう様の軍門に降りそうです。

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