大河の影響がそこかしこに出てる感じにしてみました。
8月も残りわずかとなり、もうすぐ楽しかった夏休みも終わりを迎える。
一部の子供たちはやり残した宿題に戦々恐々としており、隠していた酷い成績表を母親に見つけられてアルマゲドン(お叱り)を食らった夏海もその1人だった。
しかし、ちゃんと宿題を終わらせている良い子な蛍は、自分の部屋で楽しげにぬいぐるみを作りながら、残り少なくなった夏休みをエンジョイしていた。
「えへへ~! とうとう作っちゃった~、たいぐるみ!」
完成したばかりのたいぐるみ(大河をデフォルメしたぬいぐるみ)を両手で抱え上げて嬉しそうに眺める蛍。
それ自体は年相応の可愛らしい様子だと言えるのだが……部屋全体を見回してみると、そこには見る人によって恐怖すら抱かせる光景が広がっていた。
なんと、小鞠とこなみの形をしたぬいぐるみが部屋中に置いてあるのだ。
ぱっと見でも20体以上はあると分かる量で、たった今大河のぬいぐるみが1つ加わりさらに増えた。
小学生とは思えない技術力と生産力であり、まさに愛のなせる業と言える。
「ふふふふ、いいな~。大河先輩はぬいぐるみになってもカッコイイな~。とはいえ、ちょっと作り過ぎちゃったかも。流石にこの部屋、先輩達には見せられないな~」
幸いながら、本人にも「これちょっとヤバイんじゃね?」という意識はあるようだ。
とはいえ、蛍は純粋に可愛いと思って小鞠とこなみのぬいぐるみを作っただけなので、ここは温かく見守ってあげるべきところだろう。
ただ、大河のぬいぐるみに関しては事情が違うのだが、こちらの方はいたって健全だから言い訳の必要は無いかもしれない。
「まぁ、作っちゃったものは仕方ないし。どこに飾ろうかな~」
ちょっぴり気恥ずかしいけど、親以外の誰かに見せるわけでもないので問題無いと結論付けた蛍は、のんきに新しいぬいぐるみのレイアウトを考え始める。
すると、唐突にチャイムの音が鳴り、聞き覚えのある声が階下から聞こえてきた。
どうやら小鞠たちが遊びに来たようだ。
「こんにちは~」
「ちわ~」
「にゃんぱす~」
「なますて~」
「いらっしゃい、こなみちゃん。今日は、お友達と一緒なのね?」
「は~い、初めまして」
「はい、初めまして。さぁ、あがってあがって」
「お邪魔しま~す」
挨拶でも分かるとおり、こなみは既に蛍ママと面識があるので、一条家では顔パス状態となっている。
しかし、準備の出来ていない今の蛍にとっては寝耳に水であり、想定していなかった緊急事態に慌てた。
「(あの部屋をみんなに見られちゃう~!?)」
もしそうなったら身の破滅だ~、なんて大げさな危機感を抱いてしまう蛍。
しかし、真っ青になってる彼女を他所に、みんなはワクワクしながら彼女の部屋がある2階に上がっていく。
「ほたるん家綺麗だな~!」
「さぞかし部屋も綺麗に……」
「あ、あの! ちょっと待ってください!」
「ん? どうしたの?」
「そ、その、部屋が汚れてて……」
「うちの部屋も散らかってるし、気にしないよ~?」
「その、散らかってるというより……じ、地雷とかがあるかもですし」
「なぜ部屋に地雷が?」
「とにかく、今掃除しますので! ちょっと待っててください!
間一髪のところでみんなを足止めして、部屋の中を片付け始める。
ベッドや棚に置いてある物や天井からぶら下がってる物まで、全部集めるのは一苦労だ。
しばらくの間、閉ざされたドアの向こうから、ドタバタとした物音と蛍の悲鳴が聞こえてくるのだった。
「あははぁ~ん!」
「「「「……」」」」
そして数分後、ようやくドアは開かれて、中から疲れた様子の蛍が出てきた。
「す、すみません。お待たせしました」
「おんじゃま~ん」
「なんだ~、普通に綺麗じゃん」
「今片付けましたから……」
「まぁ、夏海の部屋より全然綺麗だよ」
小鞠の言うように、あれほど部屋を占拠していたぬいぐるみが一つも見当たらない。
一体どこに隠したのだろうか疑問に思うものの、事情を知らない小鞠たちは特に気にすることも無く、早速面白そうな物はないかと物色しだす。
「お、これ蛍のアルバム? 見てい~い?」
「はい、どうぞ」
「どれどれ~?」
目ざとくアルバムを見つけた小鞠は、それを手に取って目を通していく。
当然ながら幼い頃の蛍が写った物が多く、中にはこの辺りの風景をバックにした物もあったので若干興味が湧いた。
しかし、それ以上に気になるものを見つけてしまう。
どうやら、最近撮った写真らしいが……。
「むむ? 大河先輩とツーショットの写真が一杯ある……」
「えっ? あ~それは、この間一緒に夕食を取った時の写真です」
「へぇ~、そんなことやってたんだ~。ふぅ~ん、ほぉ~う」
「は、はい……同時期に引っ越してきたご近所さんなので、大河先輩とは家族ぐるみで仲がいいんです」
「ぐぬぬ~……ご近所さんだったら、こんなに仲良くなれるのか~?」
思わぬところで思わぬ事実を知ってしまった小鞠は、ぶつぶつと呟きながら思考にはまってしまう。
それとほぼ同時に、彼女の後ろにあるテレビの辺りでゲーム機を発見した夏海が騒ぎ出した。
「おお~! これは、大河兄ぃのとこでも見かけた最新のゲーム機! 少しばかりゲーム嗜ませてもらってもいいですか~!?」
「もうしてるように見えますけど……」
「ん~、このソフトは……ガールズビルドパンツァー?」
ガールズビルドパンツァー、通称ガビパンは人気アニメをゲーム化したもので、戦車のプラモデルを実際に動かして戦うシミュレーションゲームに青春をかける女子中学生がヒロインの物語である。
基本的には戦車を操作して戦うアクションシューティングなのだが、スケールや機種の違うパーツを組み替えられるので、夢のような超兵器を作れたりするマニアックなゲームだ。
「これ、ほたるんが買ったの?」
「いいえ、大河先輩から借りたものです。難しいけど面白いですよ?」
内容がアレなので意外に思われるかもしれないが、借りることにした主な理由は可愛い女の子がたくさん出てくるからというものなので、一応おかしな所はない。
ただ、攻撃を受けると聞ける「や~ら~れ~た~!」という可愛い声でニヤニヤしちゃったりしているのは内緒だ。
「まぁいいや。とにかくやってみよ~!」
「う~ん、家族ぐるみのお付き合いか~……」
このように、部屋に入って早々に興味のある物を見つけて動きを止める越谷姉妹。
蛍は、その様子を見てとりあえず一安心する。
このまま誤魔化していれば、ぬいぐるみの存在を隠し通せるはず……。
「(どうなるかと思ったけど、これならバレないかな)」
しかし、こういう場合にトラブルが起きるのはお約束で、手強いちびっ子2人が残っている事を蛍は失念していた。
彼女たちもまた面白い物を探しており、さりげない動作で開けてはいけないパンドラの箱に近づきつつあった。
「う~ん……おもちゃ無いのん」
「そうだね~。このクローゼットの中はどうかな?」
「おお、ここにあるのん?」
「(ぎゃ~!!? いつの間に!?)」
2人の会話を聞いてふと見てみると、れんげがクローゼットを開けようとしているじゃ~ありませんか。
ギリギリのところで気づくことが出来た蛍は、れんげを持ち上げることでピンチを防ぐ。
「おっ! うち、浮いてるのん!?」
「浮いてるね~! あははは! (まずい! クローゼットの中にはコマぐるみが!)」
急展開で大ピンチに陥った蛍は、思いっきり焦った。
どうやって誤魔化すか、突然すぎて良いアイデアが出てこない……。
すると、彼女を追い詰めつつある張本人から助け舟が送られてきた。
「おもちゃ無いなら、鬼ごっこするのん」
「えっ、部屋で鬼ごっこは無理だよ」
「のんのん、うちの鬼ごっこは部屋でもできるん」
「んん?」
「うちが作った新鬼ごっこ! ルールは簡単、より鬼になりきった方が勝ちなのん。まず、うちがお手本見せますのん」
「う、うん……」
よく分からないうちにれんげ考案、新鬼ごっこのデモンストレーションが始まる。
はたして、どのような内容なのか。
「ふん、ふん! シュ、シュ、シュ! ほぁ~ッ!! 天パではございませんっ!」
「……」
れんげは、シャドーボクシングをした後に真空飛び膝蹴りと思しき技を繰り出した。
もし最後の技を知っている人がいたら「キックの鬼かよ!」とつっこんでいた所だが、この場に70年代ネタを知っている人物はいなかった。
因みに、意味が分かりづらい最後の一言は、天然パーマを気にしている鬼が反論した、ということだと思われる。
何にしても、解読が非情に難しいモノマネだった。
「(なに、これ……)」
「何でこんなにスベった感じなのん?」
「ちょっと分かりづらかったから……」
「ふふふ~、どうやらここは私の出番のようだね~」
「おお、こなみん! 行ってくれるのん?」
「うん、任せてよ~!」
「あ、あの~……」
蛍を置いて盛り上がる2人は、さらに新鬼ごっこを続ける気らしい。
次に鬼を演じるのはこなみだ。
はたして、彼女が選んだ鬼とは一体何なのか。
「ダーリン好きだっちゃ☆」
「!!!?」
「この浮気者~! ビリビリビリ~!」
「うぎゃ~~~!!」
「(か、可愛い!)」
こなみのチョイスした鬼は確かに鬼族ではあるが、どちらかというと鬼のコスプレをした宇宙人である。
その上、このネタも割かし古い80年代モノなので、蛍にはよく分からなかった。
しかし、こなみの可愛さにはしっかりとときめいてメモリアルしてしまう。
「(いいな~! よく分からないけど、この鬼可愛いな~!)」
危機的状況であることも忘れて、可愛らしい演技を見せてくれたこなみに熱視線を送る蛍。
その隙を突かれて更なるピンチに陥ってしまうのは、こういう場合のお約束である。
「じゃ、次はほたるんの番なのん」
「ええっ!? お、鬼のマネって言われても恥ずかしくてできないよ……」
「じゃあ、おもちゃ探すのん」
「ああっ!?」
こうなってしまったら、もう引くわけには行かない。
何でもいいから鬼のモノマネをしなければ……。
「(鬼ぃ!? 鬼ってどうやるの~!? おに、おに、おにぃ~、お兄ちゃん……って、何でお兄ちゃん!!?)」
テンパった蛍は、思わず最近気になっている言葉を思い浮かべてしまう。
彼女はこの頃、大河のことを思い浮かべてはお兄ちゃんという存在についてよく考えてしまっているのだ。
1人っ子であるが故に優しいお兄ちゃんを欲しているのか、それとも1人の女性として年上の男性に憧れているのか、まだ幼い彼女は正しく理解できていないらしい。
そんな影響がこの状況で出てしまうとは思いもよらなかったが、もうどうにも止まらない。
「(お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃんって言ったら……大河先輩!!?)」
何故か鬼のことを考えているうちに大河へと行き着いてしまう蛍。
この瞬間、彼女の心は助けを求めるように大河で一杯になってしまった……。
一方、新鬼ごっこに参加していなかった越谷姉妹だが、彼女たちもまた各々の悩みにぶち当たっていた。
「う~ん、やっぱりこの短期間でここまで仲良くなるには、何か秘密があるんじゃ……」
「むぅ~、タイガーとパンサーに挟まれるとこで先に進めん! どっちを攻めれば突破出来るんだ?」
それぞれ違う問題で悩む2人だったが、蛍に聞けばいいという共通点があったので、同時に質問を投げかける。
「蛍、どうやったら大河先輩と仲良くなれるの?」
「ほたるん、ここはどっちを攻めればいいの?」
しかし、タイミングが悪かった。
蛍は、テンパった状態で鬼のモノマネをしている最中だったのだ。
思考が止まって大河の名前しか思い浮かばなくなってしまった彼女は、人差し指を頭上に立てて鬼の角を作りながら彼の名を口に出してしまう。
「タイガー! タイガーだよ~!?」
「どゆこと!? 大河先輩を呼び捨てにしろってことなの!?」
「マジで!? 虎穴に入らずんば虎子を得ずってことなのか!?」
「なにがですか~!?」
「よく聞こえなかったからもう一回言って!」
「お、おにぃ……」
「顔赤くて鬼っぽいのん!」
「ほんとだ~!」
「やっぱ呼び捨て!? 呼び捨てなの?」
「あ~! よく分かんないけど、勘弁してくださぁ~い!!」
まさにカオス。
みんなから畳み掛けるように言葉攻めを受けたせいで蛍はさらに混乱し、目をグルグルさせながらフラフラとなってしまう。
そして、危ないと思う間も無く体勢を崩した彼女は、よろけた弾みでクローゼットの取っ手に肘を引っけてしまい、自ら禁断の扉を開けてしまった。
すると、そこから隠していた大量のぬいぐるみが転げ落ちてきた。
その光景を見た瞬間、みんなの時間が少しだけ止まる。
「何で姉ちゃんとこなみんのぬいぐるみが……」
「何でこんな一杯?」
「なんで~?」
「いや、これは……練習とかしてて……」
顔を真っ青にしながら必死に言い訳をしてみるものの、焼け石に水みたいな言葉しか出てこない。
これは万事休すか……と思われたところで、事態は蛍を助けるような方向に急転する。
「なるほど、全て分かったのん」
「わ、分かったってなに?」
「このたくさんのぬいぐるみ。今の練習という言葉」
「れ、れんちゃん、何を……」
「ズバリ、夏休みの自由研究なのん!」
「……へ?」
「そうだ、忘れてたよ! ほたるんに自由研究見せてもらおうと思って来たんだった~」
「実は私もまだやってないんだ」
「うちもです」
「もちろん私も~」
「折角だし、蛍に教えてもらってぬいぐるみを自由研究にしようよ」
「おっ、それいいね! じゃ~うち、れんちょん作ろ~。いいっしょ、ほたるん?」
「はぁ……(なに1人で騒いでたんだろ……)」
何だかよく分からないうちに、蛍の悩みは無くなっていた。
ほんと、小鞠たちが純粋な良い子で良かった……。
何はともあれ、みんなで自由研究用のぬいぐるみを作ることになったので、蛍の手ほどきを受けながら数時間ほど針を縫い縫いしていく。
こうして出来上がったぬいぐるみを、みんなでお披露目することにした。
「れんちょん、で~きた! 姉ちゃん猫できた?」
「顔だけね。もう体は良いかな?」
「うちはコレ作ったのん!」
「何コレ?」
「具なのん」
「コレが狸?」
夏海は薄い紫色の円柱に目と2本のアホ毛と2本の黄色い棒が付いた得体の知れない物体を作り、小鞠はネコの頭部をごく普通の出来栄えで作りあげる。
そして、天才肌のれんげは、アバンギャルドなセンスで独創的なデザインに仕上げた狸のぬいぐるみを完成させた。
みんなそれぞれの個性が出ていて味のある作品に仕上がっているが、最後に発表するこなみはどうだろうか?
「こなみんは何作ったのん?」
「じゃ~ん! 【oonちゃん】だよ~!」
「「「「ダブルオーンちゃん?」」」」
oonちゃんとは、北海道にお住まいの方々にはお馴染みの某テレビ局で使用されているマスコットキャラクターで、そこはかとなく全国的に知られている、丸くて黄色いあんちくしょうである。
神奈川でも同テレビ局が製作した番組が放送されているので、横浜に住んでいたこなみも見かける機会があったようだ。
見た目は、黄色いまんじゅうみたいな体にひょろ長い手足が生えていて、両目に【o】、口に【n】というように名前に使われている文字が付いたゆるいぬいぐるみである。
「へぇ~、【O】が2つでダブルオーって言うんだ~。何かオシャレだね」
「すごいカッコイイのん!」
「いや~、完全に名前負けしてるでしょ」
「でも、見た目は可愛いですよ?」
確かに、名前はちょっとアレだけど、こなみの作ったぬいぐるみは結構良い出来で、みんなの評価も高いようだ。
この完成度なら学校で提出しても全く問題ないだろう。
「まぁ、これで自由研究終わったね」
「自由研究が終われば、宿題はほとんど終わったもどーぜん!」
「夏海はまだドリルがあるでしょ?」
「ほぉ~~~~~~……」
折角の達成感に水を差されてため息をつく夏海だったが、とにかく当初の目的は達成出来たので再びゲームをやり始めた。
小鞠と蛍も一仕事終えた疲れを癒すように椅子やベッドに腰掛ける。
しかし、まだまだ元気なれんげとこなみは、次の遊びを提案してきた。
「こまちゃん、ほたるん、おままごとするのん」
「いいよ~」
「え~、子供っぽい~」
「こまちゃん、お父さんで、ほたるん、お母さん。そんでもって、こなみんは子供役な?」
「あ~はいはい」
「おっけ~」
「じゃあ、れんちょんも子供役?」
「うちはトビウオさん!」
予想の斜め上を行く配役である。
小鞠と蛍は、何で魚?と思いながらも、特につっこむこと無く素直に付き合うことにした。
「がらがら~。ただいま~、帰ったぞ~!」
「おかえりなさ~い、今日のご飯はグラタンで~す」
「ぴっちぴっち~」
「パパ、グラタン大好きだぞ~」
「ぴちぴち~」
「こなみちゃんも、晩御飯ですよ~?」
「わ~い! 一杯食べちゃうぞ~」
蛍から晩御飯という設定で話を振られたこなみ。
すると、持ってきたかばんから神奈川県を代表する銘菓として有名な【鳥サブレー】を取り出す。
これは鳥の形をしたクッキーの一種で、こなみのフェイバリットフードだ。
海川家では定期的に購入していて、みんなも何回かお裾分けしてもらっているので、仲間内では既にお馴染みとなっていた。
そんな鳥サブレーを晩御飯に見立てて、トビウオ役のれんげを釣るように話し出す。
「おいしそうな晩御飯でしょ~?」
「ぴちぴち~!」
「お魚さんも食べたい?」
「ぴっちぴち~!!」
「でもな~、お魚さんじゃあこれは食べられないもんね~?」
「ぴ、ぴち?」
「可哀そうだけど~、しょうがないから私が全部食べ「じゃ~ん! トビウオさんは人間に進化しましたの~ん!」
「ええ~?」
「唐突にファンタジー設定入ってきたな」
「のんのん、これはファンタジーじゃなくてマジックだよ」
「マジックって手品のこと?」
「そうだよ~。トビウオさんが人間になった理由は【鳥サブレーを食べる】だから~、鳥を食べる……鳥食う……
「まさかの駄洒落オチ!?」
「ぷぷ~い! こなみんのギャグは今日もキレキレなのん!」
「もう、普通にやろうよ……」
とまぁ、そんなこんなで遊んでいるうちに時刻はすっかり夕暮れ時となり、みんなはオレンジ色に染まる風景の中それぞれの家に帰っていった。
外に出て友人たちを見送った蛍は、疲れを感じつつもほっと胸をなでおろす。
結局ぬいぐるみは見られちゃったけど、大きな問題にならなくて本当によかった……。
「あっそうだ! たいぐるみを出してあげなきゃ!」
実を言うと、大河のぬいぐるみだけは下着を入れている引き出しに押し込んでいたので、クローゼットから出てきたぬいぐるみの中には無かったのだ。
蛍のパンツに埋もれた大河のぬいぐるみ……実にアブナイ構図であるが、本人が気にしていないのなら別にいいか。
「えへへ~、どこに飾ろうかな~?」
◇◆◇◆◇◆
午後7時頃、夕食を済ませた海川一家が居間でのんびりくつろいでいると、一本の電話がかかってきた。
こんな時間にかけてくるとは、一体誰だろうか?
『やぁやぁ、大河兄ぃ! おばんです』
「その声は夏海か。用件は何だ?」
『へっへっへ~、実は大河の兄貴に頼みたいことがありやしてね……』
「ほう。その言い回し、興味深いな。君の言う頼みとやらを、詳しく聞かせてもらおうか」
『いやね、これからみんなで肝試しやるんだけどさ、大河兄ぃには脅かし役を頼みたいんだよね~』
「ふむ、脅かし役か……面白そうだな」
『でしょ~? うちらの中からも1人出すから、いっちょ盛り上げてくれませんかね~?」
「ふっ、そこまで頼まれたら断るわけにはいかないか。いいだろう、恐怖の水先案内人は、この海川大河が引き受けた!」
『流石大河兄ぃ、話が早い! じゃ、こなみんと一緒に神社の階段前に来てね~』
「了解だ」
こうして、夏海の誘いを受けた大河とこなみは、準備を整えてから集合場所に指定された神社の階段前へとやって来た。
既に集まっている面子を見ると、分校組の他にも保護者として付いてきた一穂と小鞠から誘いを受けたこのみが来ていた。
街灯も無く、か弱い月明かりだけが頼りなく辺りを照らすこの場所で、真夏の夜に相応しいイベントが始まる。
「ちゅ~わけで、肝試しやっちゃうぜ~!」
「えっ、これって肝試しだったの?」
「夜に呼ばれたから、花火でもするかと思って持ってきたんですけど……」
「花火じゃありませ~ん。肝試しで~す。本当は、お墓でやろうと思ったんだけどね~。暗くて危ないから明かりがある神社でやれってことになりました」
「肝試し許可しただけでもいいじゃないか~」
今のやり取りから分かるとおり、夏海は肝試しのことを一穂と大河以外には話していなかったらしい。
ただ単にサプライズにしようとしたのか、特定の人物が欠席しないようにワナを張ったのか、彼女の真意は定かではない。
「で、ルールは、神社の賽銭箱の縁に5円玉を置いて帰って来ること。あと、脅かし役の道具持ってきたから、誰かが脅かし役に……」
「ばっかじゃないの!?」
「何なの、藪から棒に」
「まぁ、最初からこういうことかと思ったけど。とにかく、そんなつまらないことする気ないから」
「はぁ~? ノリ悪いなぁ~! こ~いう怖いの苦手だからってさ~」
「うぇ!? 別に怖くなんてないもん! ただ、もしお化け出たらビックリするじゃん……」
「出ないから脅かし役がいるんだよ……そのために大河兄ぃにも頼んでおいたしね~」
「えっ、そうなんですか!?」
「ああ、出来る限りの準備はしてきている。だが、それを十分に生かせるかはパートナー次第かな」
「パートナー?」
「ああ、うちらの中からもう1人脅かし役を出すんだよ」
「「なんですと!?」」
パートナーの話を聞いて、小鞠とこのみが食いついてくる。
運よく選ばれれば、大手を振って大河と2人きりになれるではないか。
上手くすれば、2人の仲を進展させる絶好のチャンスとなる……かもしれない。
「ほら、ささっとジャンケンで決めよ~。出っさなきゃ負けよ~」
「「ああっ、ちょっと待って!」」
あわてて夏海を止めた2人は、真剣な表情で何やらやりだした。
両手を交差させて組んでから腕をひねり上げ、丁度目の前に来た両手の隙間を覗くという、占いだかげん担ぎだかよく分からないアレだ。
その行為にどれほどの効果があるのか不明だが、とりあえず何を出すかは決めることが出来たらしく、一発勝負に打って出る。
「んん~!」
「見えた!」
「ジャ~ンケ~ン」
「「「「「「ホイッ!」」」」」」
結果は、小鞠がチョキで、彼女以外は全員パーだった。
「あっ、勝った! これ、私が脅かし役よね!」
「うへぇ、負けた~」
「あぁ~ん、何か悔しい!」
「まぁ、私は日頃の行いが良いしね」
「私だって良い子にしてるけどな~」
「はは~、決まったモンはしゃ~ないよ、このみちゃん。そんなわけで、姉ちゃんは大河兄ぃと準備しといて~」
「はいはい、あんまり脅かしすぎて泣かれても困るし、手加減してあげる~」
「確かに、やり過ぎはいかんからな……では、行こうか小鞠」
「はいっ! にゅふふ~」
大河と一緒に脅かし役が出来ることになって、ついニヤニヤと笑みを浮かべてしまう小鞠。
浮き足立った彼女は、悔しげなこのみの視線を背中に受けつつも、軽快な足取りで大河の前を進んでいく。
しかし、怖いものが苦手という弱点が無くなったわけではないので、階段を上りきった先に怪しく佇む神社を見て、先ほどまでの元気は一気に吹っ飛んでしまった。
「(うぅ~、やっぱり夜の神社は不気味だな~……でも、大河先輩が一緒にいるから平気だもんね~)」
とってもかっこよくて頼もしい大河がいれば、このぐらいの怖さなんてどうってこと無いさ。
そう思って彼がいるだろう後ろを振り返ってみると……口から血を流した生首が、ぼうっと光りながら闇夜に浮いていた。
「ギャ~~~~~~~~~~~~~~~~~!!?」
「うおっ、何事だっ!?」
「うぇっ!? その声は……大河先輩!?」
「ああ、そうだが。……どうした、小鞠。鳩が粒子ビームを食らったような顔して」
「えっと、あの……その格好は?」
「これか? 夏海に頼まれて持参した小道具だ」
小鞠が見た生首は、いつの間にか黒いマントを羽織っていた大河だった。
去年のハロウィンに使ったマントで暗闇に溶け込み、母親から借りた口紅を口元に塗って血を流しているように見せかけ、最後に家に備え付けの懐中電灯で顔を照らして暗闇に浮いて見えるようにした訳だ。
即席のお化けとしては良い出来栄えと言えるだろう……その犠牲者第一号が、同じ脅かし役というお約束も踏まえて。
「はぁ~……ビックリしちゃいましたよ!」
「はっはっは、済まなかったな。しかし、時間が無いから早速準備を進めるとしよう」
「は、はいっ!」
大河に促された小鞠は、夏海に渡されたダンボール箱から使えそうな道具を探そうとする。
碌な物はなさそうだなと思いながら上面を開いて中を見てみると、真っ先に白い布状の物が目に入ってきた。
「なにこのシーツ……ああ、これ被ってお化けになれってことか~。夏海も典型的な仕掛けを……」
「とりあえず、試してみたらどうだ?」
「そうですね……あ、あれ? 前見えない……って、なにコレ!? 目のとこマジックで書いてあるだけじゃん!!」
「なんと。迂闊だぞ、夏海!」
意外とウッカリが多い夏海は、ここでも致命的な失敗をしでかしていたようだ。
せっかく試してみたけど、こんな状態ではコレを使うことは出来ないだろう。
実際にシーツを被った小鞠はそのように思ったが、様子を見ていた大河はちょっとしたアイデアを閃いた。
「小鞠、そのシーツ使えるかもしれんぞ」
「ん~? どうやってですか?」
「ほら、マントを羽織った俺がシーツを被った君を肩車すれば、お化けが宙に浮いているように見えるんじゃないか?」
「ああ、なるほど! それいいですね~……って、肩車!?」
「うむ。生首では刺激が強すぎるからな。可愛らしいお化けぐらいで丁度良いだろう」
「えぇ~っ!? でででっでもぉ、かかかっ肩車なんてしたら、わわわっ私スカートだし~!?」
顔を真っ赤にしながら弱めに否定するものの、ちょっぴり何かを期待してしまう小鞠。
そんな彼女の様子に気づいているのか分からないが、既に肩車をする気になっている大河は、いつでも来いとばかりにしゃがみこむ。
彼はこなみを肩車する機会が結構あるので、女の子と触れ合うことに慣れているのだ。
「どうした、遠慮しなくてもいいんだぞ?」
「で、でも……恥ずかしいし……」
「ふむ、こなみにこれをやってやると、「お兄ちゃんと合体だ~」なんて言って喜んでくれるんだがな」
「えっ……合体?」
「ああ、合体だ」
「たたたっ、大河しぇんぱいと……合体!!」
何を思ったのか、小鞠は合体と言う言葉にやたらと反応する。
もしかしたら、大河との仲を進展させるチャンスはここなのではないかと。
だとすれば躊躇している場合ではない……女は度胸だ!
「た、大河先輩! 私、合体します!!」
「ん、そうか? では、やってみよう」
「はいっ! 小鞠、いっきま~す!」
気合を入れて大河に跨ると、小さい子供のように軽々持ち上げられる。
太ももと股間が大河の頭に触れて恥ずかしさに悶えてしまうものの、それ以上に嬉しい気持ちが湧いてくる……これが、若さか。
「名付けて、ツインドライヴシステム!」
「うにゃ~?……わぁ~! すごく高~い!」
高身長の大河に跨り普段より視点が高くなった小鞠は、思わず感動してしまう。
子供っぽい行動だと思っていたが、こうやって自分でやってみると案外面白いものだ。
「よし、この状態でシーツを被ってみよう」
「はいっ……どうですか?」
「うむ、もう少し上にまくらないと俺の視界が確保できないかな」
「そうですか? じゃあちょっと待ってくださいね……」
大河と小鞠は、シーツを被ったことで新たに出てきた問題に対応しだす。
いつの間にかやって来ていた第3者の存在に気づくことなく……。
この時、2人は視界を遮られた上に音が聞こえにくくなっていたため、後ろを通り過ぎていく卓の存在に気づけなかったのだ。
どうやら、準備に時間をかけている間に肝試しが始まってしまったらしい。
幸か不幸か、卓の方も2人がお化けを演じていると勘違いしており、5円玉を賽銭箱に置くと静かに立ち去っていった。
「こんな感じでどうですか?」
「よし、これで見えるぞ!」
間一髪(?)で卓を確認できなかった2人は、そのまま脅かし役を続行する。
この格好で物陰からひょっこり出てくればみんなを驚かせることが出来るだろう。
そう考えて、隠れられそうな場所へ移動しようとしたその時、2人の耳に原因不明な物音が聞こえてきた。
「きゃっ! な、なに!?」
「どうせ自然のイタズラだろう。とはいえ、一応危険は無いか確かめて……なにぃ!?」
「ど、どうしたんですか!?」
「シーツを取って賽銭箱を見てみろ」
「さ、賽銭箱~?」
大河に言われて恐る恐る視線を向けてみると、賽銭箱の縁に5円玉が置いてあるのが見えた。
これは、先ほどやって来た卓が置いていったものだが、彼の存在に気づいていない2人にとっては唐突に現れた謎の物体でしかない。
「な、なんで誰も来てないのに5円玉が……」
「ええい、面妖な!」
「だ、だれ~、勝手に参加したのは! 謎の参加者だれ~!
不可思議な現象に恐れおののく小鞠。
さらに間の悪いことに、このタイミングで新たな招かれざる客が現れる。
小さな物音が聞こえたのでそちらに顔を向けると、2つの光がこちらを見つめていた。
「にゃお~」
「く、黒猫……?」
「チィ、黒猫とは! 不吉な前兆とでも言うのか!」
「えぇ~!? やっぱり、お化け!? お化けがイタズラしちゃってるの!?」
「うむ……そんなものは存在しないと言いたいところだが、それを証明することが出来ない以上、全てを否定することも出来ない」
「うわ~ん!! そんなぁ~!!」
場の雰囲気に飲まれてすっかり弱気になってしまう小鞠。
しかし、このような状況でも大河の心は揺るがない……というか、普通に楽しんでいた。
基本的にノリの良い男なのだ。
「大河せんぱ~い、どうしたらい~の~?」
「そうだな……実体の無い相手では流石に俺でも倒すことは出来ない。しかし、恐れることはないぞ小鞠」
「え?」
「そこにあるではないか、この世ならざる者たちと【対話】をするために人類が作り上げた通信システムが!」
「通信システムって……神社のこと?」
「そうだ。この神社を通して彼らと対話するんだ」
「対話って、何をすればいいんですか?」
「なに、祈りを捧げてこう伝えればいい……たとえ矛盾を孕んでも存在し続ける、それが生きることであり、矛盾を超越しても存在し続けるは、この世の理に反するものだと!」
「ん~……つまりぃ……どゆこと?」
「つまりは、悪霊退散ということだ!!」
くわっと目を見開きながらそう叫ぶと、獰猛な笑みを浮かべた大河は小鞠を肩車したまま神社へと近づいていく。
そんな感じで、2人が超常現象(間違い)に対抗しようとしている頃、騒ぎの元を作ってきた卓が階段を下りてスタート地点に戻ってきた。
彼を待ち構えていた夏海は、早速上の状況について聞いてくる。
「おっ、兄ちゃん戻ってきた。姉ちゃんたち脅かし役やってた~?」
「(コクリ)」
「よっしゃ~、次はうちの番~!」
「いってらっしゃい!」
卓の返事を聞いて少しは期待できるかなとワクワクしながら出発する。
小鞠に関しては、ザンネンなことになってる気しかしないが。
「さてさて、姉ちゃんはどんな方法で脅かしてくるかな~? 場合によっちゃ、逆に脅かしてやろうかな~?」
いつものようにお茶目なことを考えながら階段を上っていき、神社を視界に捕らえる。
恐らく2人はどこかに隠れているから、ぱっと見では分からないだろう。
そう思ってたんだけど……。
「うわ~!! 悪霊退散~!! 悪霊退散~!!」
「行け小鞠! 悪を祓って未来を切り拓け!」
「うおぅ!? 一体どういう状況なんだ~!?」
思いっきり神社の前にいた2人は、何故か肩車しながら悪霊払いをしていた。
盛大に鈴を鳴らしながら荒ぶっている小鞠の姿はある意味恐ろしい気もするが、それを見た夏海は強烈なコレジャナイ感を受けてしょぼぼ~んとなるのだった。
そんなこともあって、小鞠と夏海のテンションが下がってしまい、結局肝試しは中止となる。
その変わりに、蛍と大河が持ってきた花火で遊ぶことになった。
夜空に綺麗な花を咲かせる打ち上げ花火を見上げながら、あっさりと元気を取り戻した夏海が叫ぶ。
「ア~ルマ~ゲド~ン!」
「花火持ってきてよかったのん!」
「綺麗だね~」
安全性を重視したおもちゃの花火でも、親しい仲間と一緒なら十分に楽しめる。
大物の打ち上げ花火を堪能し、色々な種類の手持ち花火で盛り上がり、最後に定番の線香花火で締めくくる。
「こなみ、あれをやるか!」
「うんっ!」
「よし、いくぞ!」
「「火の玉ユニオン(合体)!!」」
「ほんと、仲良いね~君たち」
線香花火の先端に出来た玉をくっつけ合うことで兄妹の絆を深め合う大河とこなみであった。
これで、やっと半分まで来ました。
後半は駄菓子屋の登場する話が多いので、面白い展開にしていきたいです。