8月も半ばに入り、子供たちがそろそろ残った宿題に焦りだす頃、大河たちはバーベキューをやることにした。
場所は地理に明るい夏海から聞いて選び、程よく木陰があって涼を取れる近場の河原となった。
大河の家にあったキャンプセットに加えて手広く商売をしている楓から必要な物を買い、用意しておいた食材もしっかりと持って目的地に到着する。
「まったく、何で私まで付き合わされなきゃならないんだ……」
ふてぶてしい様子でぶつぶつと文句を言う楓。
彼女は、れんげの泣き落としと大河の強引さに負けて強制参加させられていた。
因みに、このみは高校の友人と町の方へ遊びに行っており、今回は不参加となっている。
「これくらいならお前だけで良かったんじゃないか?」
「いや、れんげたちを楽しませるには君の存在が必要だ。それに、愛する者同士、一緒に手を取り合うのは必然だろう?」
「えっ……愛するって……」
「そう、れんげとこなみという幼き子供たちを愛する者同士、とも「そんなこったろーと思ってたよ、こんちくしょー!!」
いつもどおり、仲良くケンカしながら準備を進める2人。
口を開けば憎まれ口が出る楓だが、表情を見ると満更でも無さそうなので、何だかんだと言いながら大河とのやり取りを楽しんでいるようだ。
女心ってのは複雑な物なのである。
そしてもう1人、複雑な乙女心を抱いた小鞠が、控えめな様子で声をかけてきた。
「あの、大河先輩。私も何かお手伝いします!」
「ああ……その申し出は有り難いが、こちらは人手が足りているから、君にはこなみたちの面倒を見てもらいたいんだ」
「ええ~」
「皆の中では君が一番お姉さんだしな。引き受けてくれると俺も心強いんだが」
「お姉さん……はい、私に任せてください!」
「そうか。では、頼んだぞ」
「えへへ~、がんばりますっ!」
大河は、小鞠の頭を撫でて労をねぎらう。
そのおかげで彼女のやる気はさらに上がり、嬉しそうにれんげたちのいる所へ向かっていった。
「小鞠のヤツ、すっかりお前に懐いてんな」
「ああ。今はまだ幼さ故の憧れだろうが、俺自身もそんな小鞠に魅力を感じているからな。この先彼女が成長して現在の関係がどう変わっていくかは、俺にも分からん」
「はぁ。お前、正直過ぎだろ……」
「嘘つきよりはいいだろう?」
「とか言って、色んな女に目を付けるのはダメだろ」
「ふっ、この土地に来てから君たちのように美しい女性とばかり出会っているからな。乙女座の俺は、センチメンタリズムな運命を感じずにはいられないんだ」
「ばっ! そういうことをさらりと言うんじゃねぇっ!!」
放胆な大河の言動に意外と初心な楓は振り回されっぱなしで、傍から見てるととても可愛らしい。
自分の心に素直すぎる男は、彼女の天邪鬼な心を少しずつ解きほぐしているようだ。
一方、小鞠と合流した子供たちの間では、何をして遊ぶかという円卓会議がとり行われていた。
魚釣りはみんなで出来ないし、持ってきた道具は既に卓が使っている。
なので、定番のカニ取りでもするかと思っていると、近くに生えている笹の葉が夏海の目に写った。
「そうだ、久しぶりに笹船でどこまで行けるか競争しよう!」
「わ~い、おフネ作るのん!」
「えっ、笹船ですか? 私作ったことないです」
「私も~」
「大丈夫だよ、ちゃんと教えてあげるから」
こうして夏海の提案は採用され、小鞠たちが丁寧にレクチャーしながらみんなで笹船を作ることになった。
試行錯誤の末、何とか水に浮く代物が作れるようになった所で、最終エントリー用の一品を完成させる。
「じゃ~ん、出来上がりましたの~ん」
「おう、いい出来栄えじゃん」
「折角なので、名前も付けましたのん」
「え~、れんちょんはネーミングセンス無いからな~」
「ノンノン、うちも日々勉強してパワーアップしてますのん」
「じゃあ教えてごらん」
「それでは発表しま~す。この船の名前は~、みなさんご存知の~、【湿布】でした~」
「あ~なるほど、
やはり、れんげのネーミングセンスはイマイチだった。
「私も名前付けたよ~」
「えっ、こなみんも?」
「うん。最近見たマンガを参考にして、ゴーイングメリケン号だよ~」
「それ最近じゃないよ、幕末まで遡ってるよ!」
そして、こなみのネーミングセンスもまたイマイチだった。
とはいえ、せっかくれんげたちが名前を考えたのだからと、小鞠たちもそれぞれ名前を付けることにした。
夏海は自分の名前を英語読みしてサマーオーシャン号、小鞠はネコ好きだからリトルニャンコ号、蛍は特に思いつかなかったので、夏海が代わりに蛍の光号と名づけた。
「安直だな」
「別にいいじゃん、好きなんだから」
「私のなんて真っ先に沈んじゃいそうですよ……」
お姉さん方も、れんげたちのセンスをバカに出来ないレベルのようだ。
まぁ、何にしても準備は整ったので、早速レースを開始することにした。
ルールは簡単、一番長く浮いていられた船の勝ちとなる。
完成した笹船を手に持ち裸足になって川に入ると、みんなでスタートラインに並ぶ。
「それじゃあ行くよ~。レディー、ゴー!」
夏海の合図と共に各船が一斉に発進し、みんなでその後を追いかける。
この付近は比較的流れが穏やかだが、笹船は結構簡単に沈んでしまうものなので、運が無いとすぐにリタイアとなってしまう。
案の定、不運に襲われる船が早速現れた。
「ああっ!」
「私のリトルニャンコが!」
小鞠の船は蛍の船に衝突した衝撃であっけなく沈没し、蛍の船も弾き飛ばされた先にあった岩にぶつかって川の藻屑と化した。
装甲の薄い笹船の世界はとてもシビアだった。
「ほたるんを巻き添えにするなんて酷いな姉ちゃん」
「しょうがないじゃん! こんなの運任せなんだから」
「ですよね~。だけど、やっぱり速攻で沈んじゃいました」
蛍の危惧したとおり、蛍の光という名前では流石にまずかったのかもしれない。
しかし、運と言うものは名前だけで決まるものではないようで……。
これまで安定した運行を続けていた夏海の船が、蛍の船以上の不運に見舞われることになる。
「なんとぉ!?」
「サマーオーシャン号がお魚さんにやられたのん!?」
故意か偶然か、夏海の船は飛び跳ねた魚に突撃されて轟沈してしまった。
魚相手に草装甲の笹船では一溜まりもなく、サマーオーシャン号は道半ばで水面下に消え去った。
「まさか、笹船が魚雷攻撃されるとは!」
「劇的な最後だったね」
「はい、ビックリしました……」
「さらば、サマーオーシャン号。君の勇士、しかと見届けたのん!」
「さようなら~」
「「ビシッ!」」
あまりにも壮烈な最期だったので、れんげとこなみは敬礼をして彼女を見送る。
しかし、そうしている間に2人の船は追跡出来ない所まで行ってしまっていた。
「お~、あんなとこまで行っちゃったのん」
「へぇ、すごいじゃん。あの強力な魚雷攻撃をかいくぐるなんて」
「あんなの食らうのアンタだけだよ」
「ふふっ。この勝負、れんちゃんとこなみちゃんの勝ちだね」
「うん。でも、あの子たちとはお別れだね……」
このまま彼女たちは、遥か先に続く広大な海へと進んでいく。
ちょっぴり寂しいけれど、だからこそ笑顔で送ってあげよう。
「うちらの船は希望を乗せて海へと旅立ったのん!」
「湿布って名前のどこに希望乗っけてたんだよ!」
「メリケンでしっかりお勉強するんだよ~」
「海賊船みたいな名前なのに、海外留学だったのかよ!」
最後はれんげとこなみがオチを付けて、笹船遊びは終わりを迎えた。
みんなは妙な達成感に満たされつつも、次はれんげの提案でサワガニ狩りを始める。
そのように色々と川遊びを満喫しているうちに時間は過ぎて、子供たちのお腹も良い塩梅に空いてきた。
「大河兄ぃ、お腹空いたぞ~」
「うちもうちも~!」
「そうか。では、そろそろ始めるとしよう。炎の祭典、真夏のバーベキュー祭りを!」
「うおお~! 肉肉肉ぅ~!」
準備は既に整っているので、今すぐレディーゴーできる。
タイミングを見計らったように卓も戻ってきたので、彼が釣り上げた魚も加えて、みなさんお待ちかねのバーベキューを始めることにした。
「ほう、魚をさばくのが上手いな、卓」
「(コクリ)」
「なるほど。自信があるから、いつかはフグ料理にも挑戦したいと?」
「(コクリ)」
「ふむ、確かに毒は心配だな。しかし、当たらなければどうという事はない」
「(コクリ)」
「いやいや、どうという事あるよ! っていうか、何で今のやり取りで会話が成立してんだよ!」
意外な特技を見せる卓に感心しながら、大河自身も巧みに火加減を操って食材の美味さを存分に引き出す。
この日のために入念なシミュレーションをしていた成果だ。
そんな彼の努力のおかげで程よく熱せられた鉄板をみんなで囲んで、各々が好きな食材を焼いていく。
「うお~、肉うめ~!」
「あ~!! 私が育ててた肉が~!?」
「せ、先輩、私のお肉あげますから!」
真心を込めて焼いていた牛肉を夏海に横取りされて怒る小鞠。
2人は定番のバーベキューあるあるで盛り上がり、蛍はお姉さんのようなポジションとなって小鞠の世話をしていた。
そして、れんげとこなみの仲良しコンビは、楓に焼いてもらった食材を受け取っておいしく頂いていた。
「おお~、なんという濃厚な肉汁。宝石のようにキラキラと輝くこの姿に、うちはウットリしてしまいます」
「変な評論してないでさっさと食え」
「お肉は熱い内に食べた方がおいしいもんね~」
「そのとおりだ。まだまだあるからじゃんじゃん食えよ、子供たち!」
「「「「「は~い!」」」」」
元気な返事を返して、小鞠たちは新たな食材を鉄板に投入する。
肉だけでなく野菜や魚介類といったオーソドックスなものからフルーツやマシュマロといった変わり種まであるので選り取り見取りだ。
しかし、れんげとこなみは特定の食材を食べようとしなかった。
子供の嫌いな野菜として常に名前が挙がってくる可哀そうな彼らだ。
「コラ、れんげ。ピーマンも食べなきゃダメだろ?」
「ぐぬぬ……」
「お前もだぞ、こなみ。トマトぐらい食べられるようにならないとな」
「むぐぐ……」
そう言ってそれぞれのお皿にピーマンとトマトを乗っける。
これも全て彼女たちのことを思ってこそだ。
なんて、親のような心境で彼女たちに接していると、それを見ていた夏海が茶化してきた。
「はは~、駄菓子屋が母ちゃんみたいなことやってるよ、似合わねぇ~!」
「ああっ!? 何言ってんだコラ」
「うおっと! 奥さんが怒ってるぞ~大河兄ぃ!」
「奥さん?」
「だってさ~、さっきの2人、夫婦みたいだったじゃん? にひひ~」
「ほほぅ、どうやら調子に乗りすぎたようだな、夏海ぃ!」
「そうだそうだ~!」
「ぐはぁ!! 何で姉ちゃんまで攻撃してくるんだ!?」
「負けられない戦いがそこにあるからだっ!」
「わけ分かんねー!?」
おふざけが過ぎた夏海は、楓だけでなく何故か怒り出した小鞠からも修正を受けるハメになった。
楓は、夏海のこめかみに軽くグリグリをきめてくると、大河の隣に戻って盛大に愚痴をこぼす。
「はぁ、アイツはほんと懲りねぇな。いきなり夫婦とか言いだしやがって」
「しかし、夫婦になった姿を想像するのも悪くはないんじゃないか、楓?」
「えっ? あ、ああ……って、ええっ!?」
「家族でバーベキューをして、美味しそうに肉を頬張る可愛い子供たちを美しい妻が優しく見守る……実に素晴らしい光景ではないか!」
「う、美しい妻っ!? い、いや、私はそんなに……」
「しかし、こなみが嫁いでしまうと思うと寂しさを感じずにはいられん! 二律背反とはこういうことか!」
「って、妹のことかよ!? お前はど~なんだよ、お前はっ!」
「ふっ、無論俺自身のことも考えている。でなければ、君をこの場に誘ったりはしないさ」
「……」
「どうした楓?」
「いや……何でもね~よっ! ほらっ、お前も肉食え、私が食べさせてやるからさ!」
「ぐおっ! 熱いじゃないかっ!? こらっ、焼きたてを押し付けてくるんじゃない!」
やっぱり駄菓子屋はいいですね。
彼女のデレた姿を出すかどうか迷ってしまいます。