折角の水着回ということで、原作よりもお色気要素を増した結果、内容が膨らんでしまいました。
とはいっても、To LOVEるレベルのハレンチは期待しないでくださいね。
夏休みも残りひと月を切った8月上旬、海水浴に行く日がとうとうやって来た。
みんなそれぞれ準備を済ませて、後は出発するだけとなっている。
でもその前に、夏休みのお約束であるラジオ体操をこなさなければならない。
早朝の神社に集まったみんなは、ラジオから流れてくる曲に合わせてお馴染みの体操をする。
「とう! もっちょろけ~ダンシンッ!」
1人だけ高速回転しながらアグレッシヴなダンスをプレイしている幼女がいるが、遊び盛りの彼女は常日頃から体操しているようなものなので問題ない。
曲の終了とともに踊りを終えると、サタデーナイトなポーズを決めつつ得意げな顔でみんなに視線を送る。
「フフ、どうですか? うちのダンスは?」
「これダンスじゃなくて体操だけどね」
「それでも、れんげの動きは賞賛に値するぞ。良い運動神経を持っているようだから、将来バレー部に入れば大いに活躍できるだろう」
「いやいや、今のはバレーというよりバレエでしょ?」
「はっはっは、上手いことを言うな! 夏海は機転が利くようだから、バレー部のマネージャーが適任だぞ?」
「どんだけバレー部に愛着持ってんだよ!」
こなみの付き添いでこの場にいる大河に、夏海の鋭いつっこみが入る。
今日は楽しみにしていた海に行けるからか、いつもより元気一杯だ。
それは他のみんなも同じようで、どこか浮き足立った様子でラジオ体操の監督役である雪子の前に集まる。
出席カードにハンコを押してもらうためだ。
「はい、こなみちゃん」
「わぁ~、にくきゅーが一杯になってきた~」
こなみは、ネコの足跡のような可愛らしいハンコを押してもらい、ささやかな充実感を得る。
子供ならではの穢れの無い感性であり、汚れちまった大人ではもう二度と味わえない感動である。
しかし、幸いながら次に続くれんげも純粋な心を持った子供なので、嬉しそうに出席カードを差し出してきた。
「ハンコおくれ~!」
「はいよ~……こういうのはカズちゃんの役目だと思うんだけどね」
「ねえねえは今日も寝てるのん」
「今度ビシっと言ってやらなイカンね」
「言ってやって欲しいのん」
本来ならこのラジオ体操も一穂が監督役をするはずなのだが、いつものように寝坊する日が多いので、雪子がしょっちゅう代役を任されているのである。
時間は空いているから自分にとっては問題ないけれど、責任のある一穂には問題有り祭りなので、彼女のためにも指導してやる必要があるとは感じていたりする。
そのような経緯もあって、一穂へのオシオキが実行されそうな雰囲気が出来上がってしまった。
自業自得とはいえ、テレビから気になる情報を得ていた小鞠たちは、未だに気持ちよく寝ているだろう一穂の身を案じずにはいられなかった。
「朝の占い、『知人に災難が』だったんだよね……」
「海行く前に、保護者がKOされないかな……」
どうやら、一穂のことより海水浴が頓挫することを心配していたようだが、はたして、小鞠の言っている占いは当たってしまうのだろうか?
真相は、今日と言う日が終わるまで誰にもわからない。
「そういえば、れんげちゃんとこ、ご両親朝から畑仕事だったけ? カズちゃん寝てるなら、家でご飯食べてく?」
「食べるん!」
「蛍ちゃんとこなみちゃんたちも食べてく?」
「いいんですか?」
「いいよ、人多いほうが楽しいしねぇ」
「お兄ちゃん、私たちも行こうよ~」
「ああ、折角だからお言葉に甘えさせていただくとしよう。見せて貰いますよ、越谷家の母親の腕前とやらを!」
「ふふっ、そこまで言われたら頑張らなくちゃねぇ。こうなったら、
「母ちゃんも結構お調子モンだな~」
自分のことを棚にあげたようなぼやきを呟く夏海を他所に盛り上がる2人。
何はともあれ、大河からはっぱをかけられた雪子はやる気が上がったようなので、今日の朝食はなかなか豪勢になりそうだ。
ただ、約2名だけは、食事そのものよりも他に興味がイッてしまっている模様だが……。
「先輩のお家で朝ごはん……」
「大河先輩と一緒に朝ごはん……」
朝からささやかな幸せを手に入れる2人。
今のところは『知人に災難』という占いからもっとも遠そうだが、この先どうなることやら。
◇◆◇◆◇◆
所変わって、ここはとある地方の海水浴場。
電車を何回か乗り換えてようやく到着した一行は、膳は急げと早速準備を開始した。
子供たちは水着に着替えるために更衣室へ行き、保護者の一穂は外でみんなを待つことにする。
どうやら彼女は海に入る気が無いらしく、海の家でパラソルをレンタルすると適当な場所に陣取ってさっさとくつろぎ始めた。
そんな彼女の元へ最初にやって来たのは、れんげ、こなみ、夏海の3人だった。
「いやっほ~う!!」
「海だぁ~!!」
「海だね~!!」
れんげの水着は、肩紐のリボンが可愛らしいピンクのスカート付きワンピースで、こなみの水着は、フリル状のスカートが花のように可憐に映えるオレンジのビキニだ。
2人ともにまだまだ幼い少女だが、将来はきっと美人になるだろうと思わせる愛らしさを十分に感じることが出来る。
対する夏海の水着は、赤を基調としたスポーティーなビキニで、中1にしては背が高くスタイルも良い彼女の魅力をさらに増している。
そのように可愛く着飾った彼女たちだったが……オシャレには余り興味を抱いてないらしく、早速砂遊びをしだした。
最近大河の影響で見るようになったマンガを参考に、壮大なストーリーを仕立てて盛り上がる。
「うお~!」
「なんと、れんちょん型巨人にウォール・コマリが突破されたぁ! やはり背が低すぎたんだ!」
「がお~!」
「そんな、今度はこなみん型巨人にダガシヤがやられたぁ! サブキャラの宿命には抗えなかったか!」
小さな巨人たちによって、砂の城壁と貝殻の兵隊で守られた夏海の王国が蹂躙される。
「随分と物騒な砂遊びだねぇ……おや?」
れんげたちを眺めていた一穂が、こちらにやって来る大河と卓に気づく。
彼ら兄貴兵団は、妹たちの安全を守るために辺りに危険が無いか調査してきたのだ。
「お疲れ様です、一穂さん」
「あいよ~……って、なかなか良い身体をしてるじゃないか、大河君。流石バレー部だね~」
「お褒めに預かり光栄です」
「ほんと、大河兄ぃの身体ってかっちょいいよね~!」
「タイガーの細マッチョバディーは何度見ても惚れ惚れするのん!」
「ムッキムキでカッチカチだね~」
「はっはっはっ、よさないか子供たち!」
砂遊びを中断したれんげたちは、ぺたぺたと大河の身体を触りまくる。
夏海はともかく幼い子供の目にも彼の鍛えられた身体はかっこよく見えるようだ。
隣にいる卓もそれなりに引き締まった体つきをしているのだが、そちらには興味を示そうとしない。
その様子を黙って見つめる卓は、今の内に身体を鍛えてリア充な高校生活を目指そうかと画策するが、今はどうでも良い話だった。
「さぁて、大河兄ぃたちも来たことだし、今度は何をしようか……ん~?」
夏海が何かに気づき怪訝そうな目で視線を向けると、そこには小鞠の姿があった。
なぜかタオルにくるまって身体を隠した状態で、こちらに歩いてくる。
「何やってんの、姉ちゃん?」
「タオル取らないの?」
「う、うん……恥ずかしいというか、自信が無いというか……」
小鞠は、大河の顔をちらちらとうかがいながらモジモジとする。
着替える前までは新しい水着を見せて褒めてもらうんだと意気込んでいたものの、基本的に弱気な彼女は本番で尻込みしてしまったのである。
「小鞠、自信が無いと思った理由はなんだい?」
「それは……私が子供っぽいから……」
「なるほど、そういうことか。いいかい、小鞠。子供っぽいということは何も悪いことばかりじゃないんだぞ」
「……えっ?」
「子供のように若々しくて可愛らしいと感じられるのだから、女性にとっては大きいチャームポイントのひとつとなり得るだろう。しかも、意図的に身に着けることは出来ないから、とても貴重な特徴でもある」
「そ、そうなの?」
「ああ、小鞠は恵まれた魅力を持っているんだ。だから、子供っぽいことを嫌いになる必要は無い、ただ好きになればいいんだ。そうすれば、君はもっと素敵になれる」
「す、素敵に……なれる!」
「そうだ。まずは、そのタオルを取って水着姿を見せてくれ。そして、いつかは君の全てを開放して、他の誰でもない君だけの輝きを手に入れるんだ!」
「はいっ! ピッカピカに輝いてみせますっ!!」
「えっ、何この展開!? ちょーこっぱずかしいんですけどっ!!」
夏海のつっこみをバックに受けながらも、イイ笑顔になった小鞠はバッとタオルを脱ぎ捨てる。
現れたのは、勿論全てを開放した全裸ではなく買ったばかりの真新しい水着だ。
フリルをふんだんにあしらうことでボリューム感を持たせたエメラルドグリーンのビキニで、爽やかな雰囲気が彼女に良く似合っていた。
「うむ。俺の思っていたとおり、素晴らしい魅力に満ち溢れているぞ、小鞠!」
「ほ、ほんとですかっ!?」
「ああ、本当だ。自信を手に入れた今の君は、とても美しく輝いている!」
「っ~~~~~!! ふにゃ~♪」
大河に誉められて夢見心地になる小鞠。
一生懸命水着を選んだ甲斐があったってもんだ。
しかし、残念ながらこの幸せもそう長くは続かなかった。
「すいませ~ん、水着着るの手間取って遅くなりました~!」
「いや~、着慣れてないからアッチコッチ気になっちゃって~」
声をかけられたので振り向くと、こちらに向かって走ってくるこのみと蛍がいた。
このみの水着は、ピンクの縁取りで愛らしさを加味した白色のビキニで、ピンクのパレオとセットで着こなして、年相応に成長した女子高生の魅力を存分に発揮させている。
そしてもう1人、蛍の水着は、胸元をリング状の金具で繋いだとても大胆なデザインの青いビキニで、オシャレなパレオと相まって彼女の年齢ではありえないような色気を発散している。
2人ともに誰もが認めるほどの可愛らしさだが、ここで特に注目すべきは蛍の発育っぷりで、高校生のこのみと同年代に見えるくらいに彼女の身体は大きく育っていた。
そんな脱いだらすごかった蛍に今更ながら気づいた小鞠は、先ほどの有頂天から一転して奈落に突き落とされる。
「あばばばば~~~~~~!!?」
「のんっ!?」
「うにゃ!?」
「ちょっ、今の一瞬で何が起こったんだ、姉ちゃん!!」
突然壊れかけのレディオみたいになった小鞠にお子様たちが驚く。
彼女たちはまだ精神的に幼いので、小鞠の受けた衝撃と悲しみに気づけないのだ。
さらにもう一人、当事者である蛍もまた真相に気づいていないという事実が、何とも皮肉な話であった。
「先輩、どうかしたんですか!?」
「それは自分の胸に聞きなよ。それより君は本当に小5ですか?」
「まったくだよ。適度に成長してる私でも小鞠ちゃんの気持ちが分かるからね~……」
「なるほど。独自の魅力を持っていても、別の魅力を追い求めてしまうものなのか……美の探究とは奥が深いな!」
「(コクリ)」
まったくオッパイというヤツは、男も女も惑わしてしまう魔性の存在だ。
とはいえ、このまま胸の話を続けるのもアレなので、何とか蛍ショックから小鞠を復帰させて軽く準備運動をこなし、これから何をするか相談する。
すると、こなみから具体的な提案が上がった。
「は~い! 私は、お兄ちゃんがビーチフラッグするとこが見たいで~す!」
「ビーチフラッグ?」
彼女の提案したビーチフラッグスとは、約20mの直線コースをゴールの反対側に向けてうつぶせに寝た状態から合図と同時に走り、選手の数より少なく置かれたフラッグを取り合う競技だ。
そのルールを知っているこなみは、置いてあったかばんからゴムと布で作られた特製の黒い旗を取り出す。
「この旗を先に取った方が勝ちなんだ~」
「おお、その旗は、去年俺が自作したフラッグカスタムではないか!」
「タイガーが作ったのん?」
「ああ、バレー部の特訓として効果があるか試してみたくてな。家族で海に行ったときに使ったんだ」
「お兄ちゃん、すごいカッコ良かったんだよ~。パパなんて全然勝てなくてダメダメだったもん」
「う~ん、パパさんが不憫過ぎる……だけど、面白そうだね」
「うちも賛成! 勝負事なら何でも受けるぜ!」
「まぁ、海に入る前に軽く走るのもいいかもね」
「そうだ。負けた人は自腹でみんなのジュースを買ってくるってバツゲームを入れよう!」
「え~!?」
「確かに、そのほうがやる気が出るな。しかし、このままでは個人差が大きいから、力を分散させて3対3の3本勝負にしよう」
という訳で話は纏り、大河は卓と、女子は年齢の近い順にペアを作ってグ-とパーでグループ分けをする。
その結果、大河、蛍、小鞠チームと卓、夏海、このみチームが出来上がった。
れんげとこなみは、勝敗をつけるための人数あわせで今回は参加できないので、パラソルの下で実況役をお願いする。
コースに関しては、幸いながら周りに人が少なくて目の前に確保出来るから、準備を整えたみんなは早速ゲームをやることにした。
「さぁ、ついに始まりました、第1回ジュース争奪ビーチフラッグ対決~! 実況は宮内れんげと~」
「海川こなみでお送りしま~す!」
「注目すべき1試合目は、男だらけの暑苦しい勝負なのん」
「がんばってね~、お兄ちゃん!」
「おう! まずは俺たちが先陣を切るぞ、卓!」
「(コクリ)」
「とはいえ、俺と君では流石に差がありすぎるからな、ハンデをつけたほうがいいだろう」
「(フルフル)」
「何? ハンデはいらずに正々堂々と勝負したいと言うのか?」
「(コクリ)」
「うむ、よく言った卓! 君の潔さに敬意を表して、俺は全力で戦うことを誓おう!」
「!!(嬉)」
一言も喋っていない卓と何故か正しく意思疎通出来ている大河は、やる気に満ちた様子でスタート位置に着いた。
どう考えても彼とまともに勝負するのは無謀だと思うが、卓はああ見えて結構足が早く、本人も自信を持っているので、もしかすると意外な番狂わせが起こるかもしれない。
なんて夏海たちは思ったりもしたが、いざやってみたらやっぱり大河はすごかった。
「抱きしめたいな! フラッグ!!」
などと、心に浮かんだ気持ちをストレートに叫びながら、あっという間に20mを駆け抜けてフラッグを掴み上げた。
「イエスッ!」
「抱きしめてないじゃん!」
もっともな夏海のつっこみも空しく、勝負は卓の負けとなった。
ハンデ無しにも関わらずかなりの健闘を見せたが、流石に相手が悪かったと言うしかない。
しかし、これで次の2試合目に夏海が勝たないと勝負が決まってしまう状況になってしまった。
「れんげちゃん、次の勝負はどうなると思いますか~?」
「なっつんは、おばちゃんとよく追いかけっこしてるから、逃げ足は速いのん」
「コラ、そこの実況! ちょっとは選手のメンタルに気を使いなさい!」
夏海はれんげに文句を言いながらスタート位置に向かい、相手の蛍も彼女に続く。
2人の年齢差は僅かで体格差もほとんどないが……いや、一部分は蛍のほうが育っているので、例え年上でも油断は出来ない。
「待てよ、逆におっぱいが大きい分だけ走りにくいかもしれん」
「?」
自分の胸に対しておかしな分析をされているとも知らずに蛍はスタートの体勢を整え、続いて夏海もうつ伏せになる。
夏海は年相応に、蛍は年齢以上に胸があるので、砂浜に押し付けられた胸元が実に悩ましい。
しかし、そこを楽しむことがメインではないので、すぐに試合を始める。
「うおお~~~!」
「くうぅ~~~!」
見た目は同じ位でもやはり年齢差が出たのか、明らかに夏海の方が足が速く、一足先にフラッグを掴むことに成功する。
だが、ここで彼女に災難が起こった。
身体を捻りながらフラッグを取って仰向けの体勢になった夏海の上に、後から来た蛍がふわりと乗っかってきたのだ。
夏海の顔は、蛍の豊満な胸によってムニュっと押しつぶされる。
「むぐぐ~~~~!?」
「あんっ、くすぐったいっ!?」
「むむむ~~~!? ぷはぁ!」
「あ、あの、大丈夫ですか?」
「い、いや~、危うくほたるんのおっぱいで昇天するとこだったよ……」
「恐るべし、ほたるんのおっぱい!」
「おっぱいがいっぱいだね~」
「あーん! 恥ずかしいから、そんなに連呼しないでぇっ!?」
とまぁ、ちょっとしたハプニングが起きたものの、これで勝敗はイーブンに戻ったので、勝負は最終戦までもつれ込む事になった。
最後は小鞠VSこのみという恋のライバル(?)対決だ。
「絶対勝つ!」
「私だって!」
「おおっ、試合前からすごい迫力なのん!」
「もう戦いは始まってるんだね~」
恋とはあまり関係ないのに何故か気迫に満ちた2人は、負けられない戦いへと赴く。
スタート位置でうつ伏せになると、夏海たちと同様に2人の胸元が砂浜に押し付けれる。
このみの胸は蛍と同じくらいのボリュームがあるので柔らかそうに形を変えるが、小鞠の胸は……言わぬが花だろう。
「ふふん、このくらい短い距離なら私にも勝機はあるもんね~」
「確かに、身体がこまい小鞠ちゃんは砂に埋まりにくいかもね~」
「こまい言うな!」
軽く言葉でも戦いながら、ついに試合は始まった。
2人は、同じようなスタートダッシュでそのまま並走状態になったので、勝負はフラッグを掴むその瞬間に決まりそうだ。
観戦しているみんなからはそんな風に見えたのだが……事態は急展開を迎えることになる。
このとき小鞠は、隣で走っているこのみのある一部分に視線を向けてしまい、想定外の衝撃を受けてしまったのである。
プルンプルンと揺れる2つの物体に。
「(このみちゃんの胸がダンシングしてる!!?)」
適度に膨らんだこのみの胸が、走る動きに合わせてリズミカルに揺れているじゃ~ありませんか。
それに対して自分の胸は……。
「無可動ォ~~~~~~~~~~~!!?」
悲しい現実を目の前で見せ付けられた小鞠は、ゴール寸前でヒザをついてしまった。
そうとは知らずにそのまま走り抜けて先にフラッグを掴んだこのみは、後ろでガックリと肩を落としている彼女に気づいて声をかける。
「小鞠ちゃん、どうしたの?」
「負けたよ……何もかも皆負けたよ……」
「ん~、どゆこと?」
こうして小鞠は色々な面でこのみに敗北し、全体的な勝負でも2対1で負けてしまったので、大河たちはバツゲームで海の家にある自販機にジュースを買いに行くことになった。
何故か落ち込んでしまった小鞠を慰めながら自販機の前まで行き、大河は自ら進んでお金を入れる。
どうやら勝っても負けても自分がお金を出すつもりだったらしいが、何にしても後はボタンを押すだけだ。
しかしその前に、大河はとあることを思いつき、すぐさま実行した。
どういうわけか、後ろから小鞠の脇に手を入れて彼女を持ち上げたのだ。
「たたた、大河しぇんぱい!? にゃにゃにゃ、にゃにを!?」
「うむ、このバツゲームは俺たち3人が受けたものだからな、当然一緒にやり遂げるべきだろう?」
「一緒にですか?」
「そうだ。ボタンに手が届かない小鞠を俺が持ち上げ、皆の好みを知っている小鞠がジュースを選び、最後に出てきた缶を蛍が取り出す。即ち、愛と友情の共同作業だ!」
「愛の共同作業!? えへへ~、何かいいかも~!」
主に愛と言う言葉に反応して喜ぶ乙女な小鞠。
まぁ、憧れの先輩とお肌の触れ合いをしながらなので仕方が無いとも言えよう。
持ち上げ方が思いっきり子供扱いなのが気になるけど、子供っぽいからこそこんなシチュエーションが実現したのだから面白いとも感じる。
「(大河先輩の言ってたとおり、子供っぽくてもいいことはあるんだ~)」
実を言うと、近くにいた監視員のお兄さん方には保護対象年齢と見られていて、もし大河と蛍が一緒にいなかったら迷子センターに連れ込まれていたところなのだが……知らぬが仏というヤツだろう。
一方、そんな小鞠を静かに見つめていた蛍はというと……。
「(いいな~、私も先輩を抱っこしてみたいな~。でも、ちょっとだけ……抱っこされてる先輩が羨ましいかも)」
小鞠の可愛さに見とれつつ、自分も同じように大河と接してみたいなんて思ってしまうのだった。
◇◆◇◆◇◆
楽しかった海水浴も終わりを迎えてのんびりと帰途についた一行は、行きと同じようにいくつかの電車を乗り継いで、午後8時にようやく最後の乗換駅までやって来た。
既に夕食時を過ぎており、昼から何も食べていない子供たちはすっかりお腹が空いてしまったので、丁度降りた場所から近くにあった立ち食いそば屋に入ることにした。
終電は20分後なのでかなり急がないといけないが、普通に食べれば何とか間に合うだろう。
「うちは先に反対路線行っとくけど、次が最終ってこと忘れんなよ~。遅れたら置いてくぞ~」
「「「「「「は~い」」」」」」
ほとんど何もしてないのに妙に疲れた様子の一穂を除き、みんなで店に行くことにする。
都市部の駅ではそれなりに見かけるものだが、利用者数が少ないこの辺りでは珍しい場所である。
「わぁ~! 私、こういうところで食べるのって初めてなんです~」
「ここも都会だけあって、駅に店あるなんてスゴイよな~」
「駅員もいるしね~」
「結構郊外なような……」
きつねうどんを受け取って窓に面したカウンターに着きながら、田舎あるあるで盛り上がる夏海たち。
席の順番は、右からこのみ、こなみ、れんげ、夏海、小鞠、蛍となっており、卓は向かい側のカウンターで孤独にうどんを啜っている。
そんな中、1人だけ何も注文しなかった大河は、こなみとれんげの世話をするために甲斐甲斐しく行動していた。
「店主殿、子供用の椅子を2つお貸し下さい」
「はい、分かりました~」
「大河君は何も食べないの?」
「ああ、子供たちの様子が気になるし、たぶんこなみは全部食べきれないだろうからな」
「そっか~、気配り上手だね」
「なに、このくらい兄として当然の嗜みだ」
そのように、このみと会話しているうちに店主が子供用の椅子を持ってきたので、れんげとこなみを座らせる。
2人とも仲良く椅子に座れてご機嫌だ。
「こなみんと一緒~」
「れんげちゃんとおそろ~」
大河たちは2人の様子を見て微笑む。
海水浴も楽しめたようなので、今日は良い思い出になっただろう。
そして、年上連中の中にもれんげたちに負けないくらいご機嫌な人物がいた。
「んふふ~♪」
「先輩、すごく嬉しそうですね」
「あれ~、やっぱ分かっちゃう~?」
「は、はい……何か良いことがあったんですか?」
「まぁね~。今日は大河先輩といっぱい遊べたし、おまけに知人に災難がって言ってた朝の占いもハズレたみたいだから、言うこと無しだね」
嬉しそうに今日の感想を話す小鞠。
今のところは彼女にとって最良の日と言えるようだ。
一方、彼女の隣にいる夏海も、楽しそうに鼻歌を歌いながらうどんに唐辛子を振りかけていたが……。
ここから新たなアクシデントが発生して自身に災難が降りかかることになろうとは、浮かれている小鞠に気づける訳が無かった。
「とうがらしぃ~、フフンフフフ~ン♪」
シャッ、シャッ、ドサッ!
なんということでしょう、振りかけていた唐辛子のフタが取れて、中身が全部お揚げの上に乗っかり、赤い山を形成しているではありませんか。
「……」
静かに大ピンチを迎えてしまった夏海は、一瞬だけ固まった後に左隣にいる小鞠を見る。
すると、タイミングの良い事に彼女と蛍は会話に夢中で隙だらけだった。
これなら行けると咄嗟に判断した夏海は、お揚げをひっくり返して上に乗っていた唐辛子を隠し、それを小鞠のドンブリとすり替えた。
隣でそのような事が起こっていようとは露知らず、楽しそうに話をしていた小鞠は、ようやくうどんに箸を付ける。
「今日は気持ちよく眠れそうだよ」
「はい、私もです」
笑顔で蛍との会話を一旦切ってうどんを一口啜る。
その途端に小鞠は動きを止め、しばらくすると無言で箸を落としてペタリと座り込んでしまった。
「く、くひが……くひが……ナンジャこら~~~~~~~~~~~~~~~!!?」
「先輩!?」
「もしひゃして、これがしゃいなんなのか~! (もしかして、これが災難なのか~)」
口の周りを真っ赤にしながら小鞠は泣き叫び、蛍はビックリしてオロオロしてしまう。
彼女たちの異変に気づいた大河とこのみは、一体何事かと様子を見に来た。
「どうした小鞠、何があったんだ?」
「熱くてヤケドしちゃった?」
「ち、ちひゃうよ~(ち、違うよ~)」
「ん? うどんがどうかしたのか?」
何かを訴えるように盛んにうどんを指差す小鞠。
熱で舌が痺れているのか、どうも上手く喋れないようなのでそちらを確かめてみると、うどんの中に大量の唐辛子が入っているのが分かった。
どうやら原因は、熱ではなくてコチラのようだ。
「これって、唐辛子ですか?」
「うむ、こんなに入れたらダメじゃないか」
「わらひはいれてないれふよ~!? (私は入れてないですよ~)」
必死に弁明するも、痺れた状態では上手く喋れず、誤解されたまま話は進んでいく。
とはいえ、それは幸運にも小鞠にとって悪い話ではなかった。
「こうなっては辛すぎて、君では食べられないだろう」
「ふぁい……(はい)」」
「ふむ……このまま残すのも勿体無いから、俺が頂いてもいいか?」
「ふぇ?……ふんふん!!」
突然のありがたい申し出に対して、小鞠は即座に肯定の返事を返す。
しかも、よく考えてみたらこれって間接キスじゃない?
その事実に気づいた小鞠は、辛さに悶えながらもニヤニヤと笑みを浮かべてしまうのであった。
このみに気づかれて怪訝そうな目を向けられても平気へちゃらだ。
他の誰にも気づかれることなく始まった女の戦いが静かに繰り広げられる中、大河は平然と激辛うどんを食べ始める。
「ではいただきます。ずるる~」
「「「「……」」」」
みんなの視線を集めながらゆっくりと咀嚼してごくりと飲み込む。
「うむ、美味いな。度を越した辛さが元のうどんの味を完膚無きまでに破壊して、暴力的な新しい秩序を舌の上で構築していく……これぞまさしく味の大革命!!」
「それって、おいしい物を食べた時に使う表現じゃないよね?」
「(なんてこった! 普通に食べてる!?)」
どうやら大河は激辛料理が平気らしく、平然と食を進める。
その様子を見た夏海は、無事に証拠隠滅出来そうだと喜ぶが、そうは問屋が卸さない。
不意に隣から視線を感じたのでふり向くと、れんげが自分の事をじっと見つめていた。
まっすぐで純真無垢な彼女の瞳は、夏海の良心に訴えかけてくるようだった。
「もしかして、れんちょん見てた?」
「……」
れんげは、夏海の問いに何も答えず、ただ見上げてくるばかり。
自分のやってしまったことに対して、何でそんなことをしたのと逆に問いかけてくるようだ。
流石にいたずら好きの彼女でも、罪悪感を感じずにはいられない。
「ぐぬぬ~……た、大河兄ぃ! うちも激辛うどん食べたいからちょ~だい!」
「なにっ?」
良心に突き動かされた夏海は、不自然にならないように誤魔化しつつ大河から箸ごとドンブリを奪うと、勢い良く食べ始める。
当然ながらそのうどんはものすごく辛かった。
美味そうに食べていた大河に釣られてそんなに辛くないと思い込んでいたので、余計に辛さが舌に染みる。
「う、うめ~! これちょ~うめ~!!」
とても美味そうには見えないが、必死に意地を通す。
そんな夏海の行動を呆気に取られながら見ていた小鞠とこのみだったが、次の瞬間ある事実に気づく。
自分があのうどんを食べれば、大河と間接キスになるのではないかと。
「な、なっちゃん、私にも食べさせてっ!!」
「あ~、ひゅるいぞひょのみちゃん!!(あ~、ずるいぞこのみちゃん)」
「うわっ、何事!?」
突然乱入してきた2人によって激辛うどんは奪われ、何だか良く分からないうちに苦行から開放される夏海。
口に広がる辛さを耐えながらカウンターにもたれかかると、隣かられんげとこなみの会話が聞こえてきた。
「れんげちゃん、何見てるの?」
「天井の電気に虫飛んでるのん」
「あ、ほんとだ~」
「うち無視して、虫見てたってか! ははは……」
「なっつん、なんで泣いてるのん?」
「何か嫌な事でも思い出したのかな~? 宿題終わってないとか」
「ぐはぁっ!? 別のトコから追加ダメージキター!!」
「おや、さっきより涙の量が増えたのん。よくわからないけど、なっつんどんまいなのん」
「はは、良きに計らえ……」
気遣われたのかどうか微妙な励ましを受けて、夏海は苦笑いするしかなかった。
一方、激辛うどんを仲良く(?)分け合った小鞠とこのみは、辛さで涙目になりながらも幸せそうにしていた。
「たいはふんとかんふぇふきふひひゃった~! (大河君と間接キスしちゃった~)」
「ふふん、わらひもひひゃったもんね~! (ふふん、私もしちゃったもんね~)」
「なるほど。2人は、そんなに辛いものが好きだったのか。だったら今度、俺の家で特製激辛カレーをご馳走しよう! とてもスパイシーでホットなチリペッパーがたっぷりだっ!!」
「「あーん! 嬉しいやら悲しいやら!?」」
妙な勘違いをされて、泣き笑いしながら叫ぶ小鞠とこのみ。
これは早急に誤解を解かないといけない……けど、激辛うどんを食べた本当の理由は言えないし……。
なんて乙女チックに悩んでいると、隣のホームに電車が入ってきたことを知らせるベルが聞こえてきた。
「先輩、電車来てます!」
「うわ! コレ逃したら電車ないじゃん! れんちょんたちも早く準備して!」
「この滑らかかつコシのある麺には、流石のうちも気後れしてしまいます、チョルン」
「そうだね~。確かな歯応えと喉越しの良さには私も感動しちゃうよ~、チョルン」
「だぁ! 早くしないと手遅れになるっつ~のぉ!!」
「そのとおりだ、急ぐぞみんな!」
思わぬイベントが発生したため、時間を誤ってしまったようだ。
見れば既に電車の姿が見えるので、急いで出なければ間に合わない。
店主にお礼を言いながら、スピードを速めるために大河はこなみを、夏海はれんげを、蛍は小鞠を抱いて隣のホームに向かう。
「急げ急げ~!!」
素早く階段を駆けて最寄の出入り口に全員が飛び込むと、その直後にドアが閉まった。
まさに間一髪である。
「何とか間に合った」
「ですね~(良かった~、先輩持ち運びしやすくて~)」
「兄ちゃんも居たか。こういうときは素早いな~。いつ乗ったんだ?」
見ると座席に座っている卓の姿も確認できたので、どうやら乗り遅れた面子はいないようだと安堵する。
でも、まだ誰かを見ていないような気がするけど……。
そう思った夏海がドア窓から外を見てみると、ホームの椅子に座って熟睡している一穂の姿があった。
そして、無情にも彼女を置いて電車は走り出す……。
「ねえねえ、乗り遅れたん?」
「うむ……もう少し早く来ていれば一穂さんを連れてこれたのだが……。認めたくないものだな。自分の運動能力を過信した、バレー部ゆえの過ちというものを」
「まぁ、そんなに気にする必要ないよ。先に乗ってるような事言ってた一穂さんが悪いんだし」
「そうですよ、大河先輩は全然悪くありません!」
「ふっ、そう言ってもらえると助かるが、このままでは申し訳ないからな。せめて、我がバレー部式の礼をもって彼女を見送ろう」
「バレー部式の礼?」
「一穂さん、俺たちからの手向けです。どうか風邪など引かれませんように……総員、敬礼!!」
「「ビシッ!!」」
「バレー部関係ねー!!」
「っていうか、やりたかっただけでしょ、ソレ」
「はっはっはっ、どんまいどんまい!!」
◇◆◇◆◇◆
一穂を置き去りにしてしまったものの、その後は特に問題もなく無事に帰宅した子供たちは、それぞれの家で疲れを癒していた。
越谷家では、小鞠がお風呂に入るようだ。
服を脱いで下着姿になった彼女は、何やら神妙な表情で胸元を見つめる。
「(大河先輩は子供っぽくてもいいって言ってくれたけど、やっぱりもうちょっとは欲しいなぁ~……せめて揺れちゃうくらいは……)」
このみや蛍のでっかい胸を思い出して自分のちっさい胸を触ってみる。
そういえば、揉んだら大きくなるって聞いたことあるけど、本当かな?
モミモミ……。
ほんのちょっぴり噂を信じてみたくなって胸を揉む。
その時、不意に引き戸が開いた。
氷を背中に入れて遊んでいるうちに床を水浸しにしてしまった夏海が、いつものように母親に怒られて雑巾を取りに来たのだが……。
「「……」」
あまりに予想外の行動をしている姉を目撃してしまった夏海は、とりあえず考えることを止めた。
この場は何も言わずに立ち去ろう……それが優しさってモンだ。
ガラガラ~、パタン。
「ギャ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!?」
このアクシデントが『知人に災難』という占いの結果なのかどうかは定かではないが、この場合、どちらが災難だったのか判断に迷う所であった。
今回のこまちゃんは、原作よりかは幸せになれた……かな?
このみも活躍させることが出来たので満足してます。
後は駄菓子屋をどうするかですね……。