のんのんでいず   作:カレー大好き

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今回の話は、アニメのようにれんちょんが泣いてしまう場面はありません。
ほのかちゃんとのお別れは経験しているのですが……詳しくは、本文でお楽しみください。
さらに、アニメでは無かった駄菓子屋とこのみの出番がありますので、今後の展開にも変化が出るかも。



第4話 「真夏の海に誘われた」

季節は夏を向かえ、全国の子供たちが楽しみにしていた夏休みが始まった。

午前中に終業式を終えた分校のみんなは、れんげの家で遊ぶことに決めた後に自分の家で昼食を取るため一旦帰っていく。

そんな中、こなみはれんげに勧められて彼女と一緒に昼食を取ることになった。

夏の定番メニューであるそーめんをツルっと食べて満腹になったお腹を落ち着けながら、みんなが来るのを待つ。

 

 

「ねえねえも明日から夏休みなのん?」

「だといいんだけどねぇ、色々仕事があって君たちほど自由は無いんよ……まぁ、うちの代わりってわけじゃないけど、今日姉ちゃん帰って来るってさ」

「姉ちゃん?」

「何言ってるん、ねえねえは目の前にいるのん」

「いや、私じゃなくて、東京の高校行ってるひかげ姉ちゃんね~」

「お~、久しぶりなのでウッカリしてたのん」

「へぇ~、れんげちゃん、もう1人お姉ちゃんがいるんだ~」

「そうなん、今頃ひか姉はすっかり都会に染まってイケイケになっているはずなのん!」

「はは~、それはどうかな~?」

 

 

れんげの予想を聞いて一穂は懐疑的な返事を返す。

夏休みを利用して帰省してくる宮内家の次女、ひかげ。

はたして、彼女はれんげの期待どおり洗練された都会っ子へと変貌を遂げているのだろうか。

 

 

「ただいまぁ~」

「お、噂をすれば」

 

 

玄関の方からダレた声が聞こえてきた。

どうやら、話題のひかげが帰ってきたようだ。

 

 

「外ちょ~あっちぃ~」

 

 

そう言いながらダイニングに入ってきたのは、夏海と同じくらいの背格好をした少女だった。

見ると、一穂とそっくりの黒髪にれんげとそっくりの気だるげな目をしており、まさしく彼女たちと同じ遺伝子を受け継いだ姉妹だと分かる。

可愛いのは間違いないが、今は夏の熱気にやられて少々だらしない様子である。

 

 

「おかえり~」

「あぁ~、ってお客さんがいたんか……随分とちみっこいけど、もしかしてれんげと同い年?」

「はい! 海川こなみです。よろしくね、ひかげお姉ちゃん」

「あいよ~、ヨロシクね~」

 

 

気力の無さそうな返事を返しながらこなみの頭を撫でる。

全体的な雰囲気はぶっきら棒に感じられるが、末っ子のれんげがいるからか子供の扱いには慣れている様子だ。

 

 

「東京からここまでどのくらいかかったの?」

「え~? 6時間ぐらい? 何かやたらと人がいて無駄に時間かかってさ~、いや参ったよ」

「そりゃ夏休みだからしょうがないね。まぁ、冷蔵庫にジュースあるから飲みなよ」

「へぇ~い」

 

 

一穂に促されるまでもなく、冷蔵庫の中の冷気を求めるように扉を開ける。

そうして、しばらく身体の火照りを沈めていると、れんげが駆け寄ってきて服のすそを引っ張ってきた。

ひかげの都会レベルを早く確認したいのだ。

 

 

「あぁ~、涼しい~」

「ひか姉、ひか姉」

「ああ?」

「都会どんなだったのん?」

 

 

蛍やこなみたちが来てかられんげの都会に対する興味は増すばかりで、当然ひかげの経験談にも興味深々だ。

そして、聞かれたひかげもまんざらではないらしく、缶ジュースを取りながらもったいぶった言い回しでれんげに問いかける。

 

 

「……聞きたい?」

「うん」

「フッ……やっぱ都会はビル一杯だよねぇ~、もっのすごい高いしさ~」

「どのくらい高いのん!?」

「う~ん…………これくらいアゴあげね~と見てらんね~」

「そんなに高いん!? こなみん、本当なのん?」

「そうだね~、間近で見たら怪獣みたいに高いよ」

「おぉ~、やっぱ都会すごいのんな~」

 

 

何故かこなみに同じことを聞いてから感動するれんげ。

彼女としてはより多くの情報が欲しかっただけなのだが、自慢ぶっこいてたひかげからすれば当然面白くないし疑問も感じる。

 

 

「おい、れんげ。何でこなみに確認してんだ?」

「ふふ~ん、こなみんは横浜からやって来た都会っ子なのん。だから、色々と教えて貰えるん」

「えっ、そうなの?」

「うん、横浜生まれのハマっ子だよ~」

「ほほ~う、横浜っすか……」

 

 

やばい、やぶ蛇だ。

実を言うとひかげは都会暦3ヶ月のエセ都会っ子なので、真の都会っ子とやりあったらフルボッコで負けてしまうのだ。

しかし、相手はまだ小1のお子ちゃま、現役女子高生の自分には敵うまいと強気に話を続ける。

 

 

「な~るほどねぇ、横浜って言ったら中々の都会じゃないか~。まぁ、東京ほどじゃ~ないけどね、うん」

「子供相手に張り合いなさんなっての」

「ん~げふんげふん……それはそうとさぁ、実は今日乗っちゃったんだよね~……新幹線ってヤツ?」

「あの長いヤツ!?」

「そう、あの長いヤツ!」

「電車は大体長いだろ?」

「この辺のヤツは1、2両しかないだろが! しかも、新幹線は台車でジュースとか持ってきてくれるんだぞぉ」

「ハイ……テク!」

「ハイテクではないな」

 

 

確かにそのとおりだ。

それでもれんげは、ひかげから聞いた新幹線の車内販売に食いついてきた。

田舎の電車でも車内に売店を設置している場合があったりするが、残念ながらこの近辺では見られない。

そのことが影響しているのかどうかは分からないものの、異様に興味を持ったれんげはごっこ遊びまで始めた。

 

 

「うち台車役やりたい! 新幹線ごっこ~!」

「おう、やれやれ!」

「こなみんは、お客さん役をお願いします」

「おっけ~!」

「ごろごろ~、おジュース要りませんか~? ピーマン汁、小松菜汁、ほうれん草汁~」

「全部青い汁じゃねえか」

「売り子さ~ん、たぬき汁くださ~い」

「メニューにねーよ! 汁って付いてるけど別もんだよ!」

「たぬき汁ですね~? そんなこともあろうかと、ご用意してありますのん」

「あんのかよ! サービスの方向性、明らかに間違ってるよ!」

「因みに、材料はうちが飼っていた具なのん」

「衝撃の事実だよ! 背景が重過ぎて、楽しい新幹線の旅が台無しだよ!」

「悲しいけど、これ自然の掟なのよね~」

「確かに悲しいよ! 小学生からそんな切ないセリフを聞かされた、私が悲しいよ!」

 

 

れんげとこなみから波状攻撃を受けたひかげは、連続つっこみで対抗する。

やらなくてもいいのについ言葉が出てしまうつっこみ役の悲しい性である。

そのように、ひかげが地味に疲労してしまっているところで、玄関の方から戸の開く音がした。

約束どおり越谷姉妹と蛍が遊びに来たのだ。

 

 

「ん?」

「おじゃましま~す」

「おっ、ひか姉帰ってたの?」

「うぃ~っす、ちょうどさっき帰ってきた。……ん? その子もお初だね」

「あっ、初めまして、一条蛍と言います」

「おう。ヨロシクね、蛍」

 

 

先ほどのこなみと同様に、初めて会った蛍にもフレンドリーに挨拶する。

しかし、次の発言によってひかげの余裕はピンチに陥ることになる。

 

 

「この子は東京から引っ越してきたんだよ~」

「とうきょ!? ……えへへ、どれくらい東京にいたの?」

「幼稚園から今年の4月までいました」

「え……じゃ、じゃあ私なんかより都会っ子だね~」

「よりって……ひか姉、根っからの田舎っ子じゃん」

「さっきまで小1相手に都会風ぶっこいていたんだよ~?」

「いや……ちょっと気取ってみたというか、何というか……」

 

 

さっきはお子様のこなみが相手だったので問題なかったものの、今回はどう見ても分が悪かった。

東京に数年住んでいて見た目も大人っぽい蛍には流石に勝てそうにない。

とはいえ、東京にいても経験していないものはあるようで……。

 

 

「ほたるん、新幹線乗ったことあるのん?」

「う~ん、新幹線は無いな~」

「お~やお~やぁ、新幹線はお乗りでなぁ~い?」

 

 

思わぬ所で突破口が開かれた。

活路を見出したひかげは、ここぞとばかりに小鞠と夏海の肩に手を置きながら自慢話を再開しようとする。

弱点を突くのは戦いの基本なのだ……。

例え大人気ないと思われても、都会に行ったという優越感を満喫したい時があるもんさ。

しかし、引き際が肝心という言葉もあることを忘れてはいけなかった。

 

 

「いや~、新幹線は良いよ~? どれ、お姉さんが新幹線の話でもしてあげようか~?」

「ほたるん、引越しのとき新幹線乗らなかったのん?」

「私は新幹線じゃなくて飛行機で来たから……」

「えっ!?」

「「「飛行機っ!!?」」」

 

 

利用者数では新幹線の圧勝だが、珍しさでは飛行機に太刀打ちできない。

この瞬間、ひかげの敗北は決まった。

ショックのあまり小鞠と夏海の肩に手を置いた状態のまま固まるひかげ。

 

 

「飛んだの? 飛んだの?」

「何で飛んだこと黙ってた!?」

「飛行機! 隣の部屋でゆっくり飛行機の話するのん」

「ナイス、アイデア!」

 

 

興味を失ったひかげを無視して話を進める3人は、蛍から話を聞きだそうと彼女を居間に連れ込んだ。

そして、話を聞くために集まった面子を確認してから引き戸を閉めた。

話に集中するために周りの雑音をシャットアウトしようとしたのか、過去の女となったひかげの存在をシャットアウトしようとしたのか、真相は定かではない。

 

 

「ほ~ら、ほたるん座って~」

「早く早く~!」

「あっ、はい……」

「飛行機どれくらい高く飛ぶのん?」

「えっと……雲の上までは……」

「雲!?」

 

 

隣の部屋は大分盛り上がっているようだ。

 

 

「新幹線はさぁ、イスにこう、ひじ掛けがあってさぁ……」

「そうだね~」

 

 

ひかげの独白に一穂だけが答える。

しかし、この気まずげな空間には飛行機に興味を示さなかった少女が1人残っていた。

 

 

「ねぇねぇ、ひかげお姉ちゃん」

「うぅ……なんだよ、こなみ?」

「私ね、今度新幹線に乗って横浜に行くから、ひかげお姉ちゃんのお話聞きたいな~」

「なっ……なんですと……!!」

 

 

今、ひかげの眼前には小さな女神が降臨していた。

それほどこなみの優しさが心に染みたのだ。

大河の影響によって空気の読める子に育っているおかげでもある。

 

 

「うぅっ、今の私にはこなみの姿が神々しく見えるよっ!」

「そうでしょうね~」

「?」

「よしっ、気に入った! 良い子なこなみに、お姉さんがアイスを奢ってあげよう!」

「えっ、いいの?」

「ああいいとも。奴らが気づかないうちにこっそりと駄菓子屋に行こう」

「おや、ほんとに行くの?」

「おう。顔出ししようと思ってたし、丁度いいだろ」

「ふぅん、だったら日差しに気をつけて行っといで。こなみんは喘息持ちで身体が弱い子だからね~」

「おっけ~、んじゃこっそりと行くか、こなみ」

「うん、こっそりとだね~」

 

 

2人は小声で話を合わせると、みんなに気づかれないように注意しつつ静かに家を抜け出る。

外に出ると午後の厳しい日差しが照りつけてきたが、こなみは新しく買った帽子を被れるのでご機嫌であり、そんな彼女を見つめるひかげの表情も優しげに笑みを浮かべていた。

道中は、新幹線の話などで盛り上がりながら楽しく歩みを進めて、割と早めに駄菓子屋へと着く。

相変わらずの古めかしい佇まいで出迎えてくれる駄菓子屋は、ひかげにとっては勝手知ったる知り合いの家なので、今更目新しさを感じることなどない場所だ。

しかし、今日は違った。

 

 

「なん……だと……」

 

 

ひかげの視線の先には、店番中の楓と親しげに話をしている長身のイケメンがいた。

普通なら店員が接客しているだけの光景だが、この近辺にあんなカッコイイ青年が住んでいる記憶などひかげには無いし、ただの客が外から来る可能性も非常に低い。

そこから導き出される結論は……。

 

 

「駄菓子屋ぁ!! 私が東京行ってる間に彼氏作りやがったのか~~~っ!!?」

「違うわ~~~っ!!!」

 

 

再会して早々に仲良くシャウトする2人。

 

 

「何勝手に勘違いしてんだ! コイツはそんなんじゃねーよ!」

「えぇ~? ほんとかねぇ~? すっげぇ親しそうだったしぃ~、照れて誤魔化してるだけなんじゃね~のぉ?」

「あんま調子に乗んな! コイツはそこにいるこなみの兄貴で、たまに話し相手してやってるだけだっての」

「えっ、そうなの?」

「そうだよ~。ね、お兄ちゃん」

「ああ、俺の名前は海川大河だ。よろしくな」

「お、おう。私は宮内ひかげだよ。ヨロシク……」

 

 

ひかげは、挨拶を返しながら握手を求めてきた大河の手を取る。

東京の高校に通っている彼女だったが、これほどのイケメンと触れ合う機会などはまだ無かったので、柄にも無く照れてしまった。

 

 

「宮内ということは、れんげと一穂さんの血縁者か?」

「ああ、そうだよ。私は次女なんだ」

「なるほど、それで合点がいった。れんげという末っ子がいるから、こなみにも懐かれているのだな」

「うん? まぁ、そうなのかな~」

「君の優しさが子供たちに安心感を与えているのだろう。妹がいる俺としては、好意を抱かずにはいられないよ」

「こ、好意って!? 唐突だなおい!?」

「そんなに驚くことじゃないさ。君は子供たちに好かれるくらい素晴らしい魅力を持っているのだから、俺が好きだと言ってしまうのは自然なことだ」

「えぇ~っ!? 今、好きって言われた!!? 生まれて初めてなんですけどっ!!」

 

 

冷静に聞いたら噴出してしまいそうなセリフでも雰囲気と相手次第では効果抜群になるもので、ひかげは大河の言葉に嬉しさとときめきを感じてしまった。

彼女がちょろいわけではない、お互いに愛しい妹がいるという強いシンパシーによって大河の魂が刺激され、彼が持っている男の魅力を過剰に発揮してしまったからだ。

まぁ、ひかげとしては半分ほど悪乗りしているだけなのだが、残りの半分は割りと本気だったりする。

やっぱり、カッコイイ男性から好意を向けられれば、年頃の少女としては嬉しいものなのだ。

 

 

「いやぁ~、いきなりコクられちゃうなんて、私も罪な女だなぁ~」

「アホか。コイツの言葉を真に受けんな」

「ん~? おやおや駄菓子屋さん、何だかさっきより不機嫌になっておりませんかぁ~?」

「ああっ!? そんなことねぇ~っての!」

「でもさ~、駄菓子屋の顔、真っ赤なんですけど~? プークスクス!」

「ほぅ……オマエの顔も真っ赤になりたいようだな」

「おぉぅっ、不良が怒った!? 久しぶりに校舎の裏的な展開かー!?」

「んなことやった記憶ねーし、オマエはこの場でぶっとばす!!」

「あーん! グリグリちょーいてー!!」

 

 

調子に乗りすぎたひかげは、楓の姉さんから手痛い制裁を受けてしまうのでした。

引き際を誤ったのは、楓の反応が予想以上でつい止まらなくなったからか、それとも大河の発言が嬉しくて浮かれ過ぎてしまったからか……。

 

 

「お姉ちゃんたちは暑くても元気だね~。ところでお兄ちゃん、駄菓子屋さんで何してたの?」

「ああ、東京にいる友人に持っていく土産を買っていたんだ」

「へぇ~、なに買ったの? ……モビルフォースガンガル?」

「強化新型ガンガルもあるぞ! よもやこれほど貴重な品に出会えようとは。侮れんな、駄菓子屋!」

 

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 

夏休み真っ只中の7月下旬、横浜に単身赴任中の父親を尋ねてしばらく実家を留守にしていたこなみたちは、大量のお土産を持って帰ってきた。

知り合いのみんなから、都会で買ってきてもらいたいリストを預けられていたので、中々の大荷物となっている。

 

 

「お兄ちゃん。このお土産、私だけじゃ運べないからお手伝いしてくれる?」

「無論だ! 可愛い妹に頼み事をされるなど、まさに兄冥利に尽きると言うもの、快く引き受けよう!」

「うわぁい、ありがと~!」

 

 

見事な手際で難無く荷物持ちをゲットしたこなみは、早速次の日の朝から行動を開始した。

まずはご近所に住んでいる蛍からだ。

チャイムを鳴らしてすぐに出迎えてくれた蛍と玄関先で会話する。

 

 

「わぁ、すごくおいしそう! ありがとうね、こなみちゃん!」

「どういたしまして~」

「大河先輩もありがとうございます!」

「いや、どうってことはないさ」

 

 

土産を受け取った蛍は、お礼を言いつつ大河に視線を向ける。

出会った当初は彼に対して嫉妬のような感情を抱いていたが、最近はとても好意的に変わってきている。

小鞠が彼の話をする時に見せる表情はとても可愛らしくて、彼女が大好きな蛍としても喜びを感じているからだ。

若干寂しい気もするけれど、恋をしてどんどん可愛くなっていく小鞠や、彼女に好かれるほどカッコイイ大河の存在に憧れる気持ちの方が遥かに強い。

蛍もまた、恋に恋するお年頃なのだ。

 

 

「ん? どうかしたか、蛍?」

「蛍お姉ちゃん、お顔が真っ赤だね~」

「……えっ!? いいえ、なんでもありませんよっ!?」

「そうか? ならいいが」

「えっと……こなみちゃんたちは、これからどうするの?」

「うんとね、蛍お姉ちゃんの次はれんげちゃん家に行って、その次にこのみお姉ちゃん家と小鞠お姉ちゃん家に行くんだ~」

「そうなんだ。だったら私もついていこうかな。いいですか、大河先輩?」

「勿論いいとも。旅は道連れ世は情けだ」

 

 

こうして、お供に蛍が加わった。

彼女が一緒に行くことにしたのは、小鞠の応援をしようと思ったからだ。

それと同時に、大河と一緒にいると楽しいからという理由もあって、彼女の心もなかなか複雑だったりするのだが、今はまだ本人すらも気づいていない。

 

 

「ふふふ~♪」

「「?」」

 

 

妙に楽しそうな蛍を伴って、こなみ一行はれんげの家へとやって来た。

1週間も会っていないので、こなみはわくわくしながらこの時を待っていたのだ。

そして、その気持ちはれんげも同じだったようで、玄関先で声をかけるとすぐさま飛んできて、こなみに抱きついた。

 

 

「れんげちゃ~ん、遊びに来たよ~!」

「うおぉ~~~! こなみ~ん!!」

 

 

幼い子供が1週間ぶりの再会を喜び合っている光景を眺めて、大河と蛍は目を細める。

しかし、どうもれんげの様子がおかしく、抱きついたまま離れようとしない。

 

 

「れんげちゃん、どうしたの?」

「……こなみんは、ずっとここにいるん?」

「んにゃ? どゆこと?」

 

 

れんげの不可解な言葉にこなみたちが当惑していると、タイミング良く一穂が挨拶をしにやって来た。

これは、本人に聞くより彼女に尋ねたほうがいいかもしれない。

 

 

「やあやあ、いらっしゃ~い」

「おはようございます、一穂さん。ところで、どうもれんげの様子がおかしいのですが、何か心当たりはありませんか?」

「あ~……実はね、数日前にほのかちゃんって子がここに里帰りして来てたんだけど、その子とたまたま出会ったれんちょんは仲良しになったんよ。

でもね、親御さんに急な用事が出来たとかでお別れも出来ずに帰っちゃって、れんちょんはショックを受けたってわけなんだ」

「なるほど、そのようなことがあったのですか」

「れんちゃん、可哀そう……」

 

 

仲良くなった友達との唐突な別れ。

これまで大きなお別れを経験したことが無いれんげにとっては、想像以上に悲しい出来事となってしまったのである。

仕方が無い話だと言ってしまえばそれまでだが、妹思いで子供の味方である大河が、傷ついた彼女を放っておける訳が無かった。

れんげのために何をすべきか、導き出される結論は……。

 

 

「夏休みとは、子供たちにとって夢のように楽しい時間であるべきだ。故に俺は、皆で遊びに行くことを提案する!」

「えっ!?」

「のん!?」

「遊びに行くって、何をするんですか?」

「フッ、ここは定番の海水浴で決まりだろう!」

「「「海水浴!!」」」

「夏と言えば海! 海と言えば、浜辺で遊ぶ子供たちの笑顔! まさに、この世のパラダイスっ!!」

「うん、言ってることは間違っちゃ~いないけど……」

 

 

受け取り方によっては危険な発言をする大河。

しかし、この男は純粋に子供たちの幸せを願っているジェントルマンなので問題は無い。

 

 

「どうですか、一穂さん。俺たちで、皆に楽しい思い出を作ってあげようじゃありませんか!」

「う~ん、そうだね~。うちも姉ちゃんっぽいことしとかなきゃダメだろうし、丁度いいかな」

「うほほ~い、海に行くの~ん!!」

「やったね、れんげちゃん!!」

「私も嬉しいです! 実は、新しい水着を買ったばかりだったんですよ!」

「そうかそうか、喜んでもらえて何よりだ」

 

 

みんなの歓声からも分かるように、大河の提案は正解だったようである。

なにはともあれ、海に行くことが正式に決まったので、これから会う面子にも話を持ちかけることとなった。

元気を取り戻したれんげも一行に加わり、勢い込んで次の目的地であるこのみの家へとやって来る。

 

 

「朝早くに済まんな、このみ」

「まったく問題ないよ~、丁度ヒマしてたから……あれ、もしかして君、噂の転校生?」

「えっ? あ、はい」

「やっぱり! 初めまして、富士宮このみです」

「えっと、一条蛍です……」

「うん、噂に違わず大きな美人さんだ。よし、握手しよう」

「はい……よろしくおねがいします」

「うんうん。よろしくねぇ、蛍ちゃん」

 

 

マイペースに蛍との初顔合わせを済まるこのみ。

幸い今は時間が空いているらしいので、お土産を渡してから海水浴の件を話してみる。

彼女は何かと忙しい高校3年ではあるが、大河と一緒にやるべきことはきちんとこなしているので学業の面で心配する必要は無いから、話を持ちかければ乗ってくるだろう。

案の定、大河の誘いを二つ返事で承諾してきた。

 

 

「うんっ! 行く行く! 絶対に行くよ!!」

「あ、ああ、そうか。そんなに海に行きたかったのなら、誘った甲斐があるというものだ」

「ん~……まぁ、海に行きたかったのは確かなんだけどね~……ふふっ」

「?」

 

 

意味ありげに含み笑いをするこのみだったが、海に行くことを楽しみにしているのは間違いない。

それも当然、気になる男子と一緒に海で遊ぶなんて憧れのシチュエーションが現実になるのだから、ピッチピチな女子高生としては浮かれずにはいられない。

もしかしたら、ひと夏の甘い思い出になっちゃうような素敵なイベントが起きるかも……起きればいいなぁ…………起きるのかぁ?

 

 

「う~ん……どう考えても、こなみちゃんと遊んでるイメージしか湧いてこない……」

「ん? どうしたこのみ。まるで『大好きなお兄ちゃんが、他の子ばかり構うから拗ねてしまった』ような顔をしているぞ?」

「鈍いのか鋭いのか分かりにくいよ!?」

 

 

ごく自然に仲良くコントをしてしまう2人。

傍から見たら「もうお前らつきあっちゃえYO!」と言われかねないやり取りをしつつ、お隣さんの越谷家に向かう。

こちらでもお土産を渡した後に海水浴の話をすると、当然ながら3人ともにOKの返事が戻ってきた。

 

 

「うわぁ~い、大河先輩と海に行けるぅ~!」

「でかした、大河兄ぃ! 愛してる~!」

「……(嬉)」

 

 

三者三様に喜びを表す越谷兄妹。

しかし、一番はしゃいでいた小鞠だけが何故か段々と沈んでいき、その様子に気づいたこのみが声をかける。

 

 

「小鞠ちゃん、どうしたの? さっきまで嬉しそうだったのに」

「うん……実はね、お母さんが新しい水着を買ってくれないことを思い出して……」

「えっ、なんで?」

「……前の水着がまだ着れるから、それでいいでしょって……ぐすっ」

「あ~、それはおばさんが悪いね~」 

「そうですよ、先輩が可哀そうですっ!」

 

 

小鞠の告白にこのみは同情し、蛍は憤った。

年頃の少女にその対応はまずいでしょう、雪子さん。

一緒に話を聞いていた大河も彼女たちの気持ちを理解したらしく、俯いた小鞠の肩に手を置いて解決法を提案する。

 

 

「小鞠、俺から雪子さんに話をしてみよう。もしかしたら説得できるかもしれないぞ」

「うぅっ、大河しぇんぱい、ありがとうございまふぅ~」

「なぁに、心配は無用だ。もし失敗しても、その時は俺が君の水着を買ってやるから安心しろ」

「えっ……うえぇ~~~!?」

「よかったね~、小鞠お姉ちゃん」

「ブーブー、姉ちゃんだけずっこいぞ~って、姉ちゃん!?」

「きゅ~~~」

「先輩!?」

 

 

嬉しさのあまり一気に興奮したからか、小鞠はイイ笑顔のまま気を失って大河にもたれかかった。

 

 

「おっと!」

「だ、大丈夫ですか!?」

「こまりは【あぶないみずぎ】をてにいれた! ……にゅふふ」

「変な夢見てる!?」

「こまちゃん、寝ちゃってるのん」

「なんだぁ~、ビックリした~」

「どうやら心配はいらないみたいだね」

「でも姉ちゃん、装備するなら【まほうのビキニ】のほうがいいよ?」

「ソッチの心配はするんかい」

 

 

気絶したまま眠ってしまい、尚且つ寝言まで言い出した小鞠の様子を見て、みんなは呆気に取られながらも安堵する。

とりあえず、幸せな夢を見てるらしい彼女はしばらくベッドで寝かせておくことにして、みんなは雪子のところへ直談判しに行った。

そして、数分後……結果から言えば、大河の説得は成功した。

その際の会話内容は次のとおりである。

 

 

「雪子さん。貴女が身に着けた大人の女性としての美しさは、綺麗に着飾った姿を周囲の人々に見てもらうことで、女性の魅力を磨きあげてきた結果だと思うのです」

「ちょっ、美しさだなんて、おばさんをからかうもんじゃないわよっ!?」

「別にからかってなどいません。貴女はとても美しい。そして、貴女の遺伝子を受け継いだ小鞠もまた、その素質を十分に持っています。だからこそ、美しくなる機会を親である貴女が応援するべきなのです!」

「え、ええ……確かに、親なら応援するべきよねぇ……見た目が変わらないからウッカリしてたけど、あの子ももうお年頃だし」

「そうです、幼い少女から大人の女性へと変化しつつある今こそ、大いにお洒落をするべきなのです!! 可憐な花は自然のままでも美しいですが、多くの者に愛でられることで、さらに輝きを増すものですよ」

「ふふっ。まったく、大河君は上手いこと言うわねぇ。わかったわ、小鞠に水着を買ってあげる。あの子を目一杯輝かせてあげるわ」

「感謝します、雪子さん!」

 

 

以上のように、この男の話術は、マダムにも通用することが判明した。

そんな彼の辣腕振りに、見守っていた夏海たちが沸き立つ。

 

 

「すっげぇ!! あの母ちゃんを丸め込んじゃったよ!!」

「……!!(敬)」

「流石です、大河先輩!」

「まぁ、こんなことになるんじゃないかとは思ってたけどね……ほんと、恐るべしだよ大河君」

 

 

このみだけは苦笑いするような展開になったものの、おかげで小鞠は新しい水着を買うことが出来るようになった。

その結果、大河に買ってもらう機会が無くなってしまったので、その点は残念がるだろうが、当初の希望は適ったので良しとしてもらおう。

 

 

「小鞠お姉ちゃん、どんな水着買うのかな~」

「さっきは【あぶないみずぎ】って言ってたのん」

「いやいや、そんなの着たらほんとにアブナイから」

「そうそう、姉ちゃんは一番良く似合うスク水で十分だと思うよ」

「ソッチも色々と問題アリだけどね……」

「(スク水姿の先輩かぁ……いいな~、夏バージョンのこまぐるみ、作っちゃおうかな~)」

 

 

確かに、スク水姿の小鞠は一部の人間にとっては魅力的過ぎるかもしれない。




このみは、次話の海水浴にも登場します。
アニメでも彼女の水着姿が見たかったもので、ついやっちまいました。
1人残った駄菓子屋は、奢らされるのがヤダとかお肌の手入れが面倒とか言い訳して、誘いを断ったことにしてます。
これ以上のキャラ追加は厳しそうなので……泣いて馬謖を斬るとはこういうことか。

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