そのキャラのおかげで、のんのんガールズとの恋愛話も作れそうです。
これからの展開はどうするかなぁ。
こなみが転校してきてから数日が過ぎた。
子供ゆえの柔軟さですぐにこの学校独特の勉強法にも慣れて、今ではすらすらと算数の学習ドリルを解いている。
そんなこなみと仲良く机を並べているれんげも中々頭が良いらしく、迷うことなく問題を解いてあっさりと今回のノルマを達成していた。
「よっしゃー、問題集できたぁ」
「れんげちゃん早いね」
「こなみんはどうなん?」
「私ももう少しでできるよ……うん、できた!」
ほとんど同じ時間でこなみもやり終える。
どうやら今年の1年生は2人とも優秀らしい。
「えっと、できたらどうするのかな?」
「ん~、ねえねえはなんて言ってたっけ……」
「終わったら先生に提出してくださいって言ってたよ」
「おお、そうだったん」
「ありがとう、蛍お姉ちゃん」
「うん、どういたしまして~(こなみちゃんにお姉ちゃんって言われるの、いいなぁ~。クセになりそう)」
背中越しに2人の会話を聞いていた蛍が助け舟を出してあげる。
そのお礼としてこなみから感謝の言葉を貰い、彼女はとても幸せそうな表情になった。
若干ヨコシマな気配がある気もするけど気にしてはいけない、可愛いは正義なのだ。
「ねえねえできた~」
「先生~起きて~」
「んぁ? ああ、できたのね~」
問題集を持って教卓の前に来たれんげとこなみは、授業中にも関わらず鼻ちょうちんを作りながら寝ていた一穂を起こす。
碌に指導することもなく堂々と眠っていられる彼女は、ある意味大物だと言える。
いや、大物とか言ってる場合じゃなくて、これは流石にダメ過ぎるだろう。
今後のことを思うと懸念は尽きない。
とはいえ相手は強敵なので、今はさっさと問題集を提出して休み時間を楽しんだほうが得策だ。
「のん!」
「どうぞ!」
「はい、よくできました~」
「わ~い、休むんじゃ~い!」
「なにしようかな~」
「ねえねえがもっかい寝たら2人で顔に落書きしましょ~」
「面白そうだね、私はおヒゲ描きたいな~、海賊王みたいなすっごいの」
「うちのオススメは額に肉なのん。定番のつながり眉毛とかもいいん」
「お~い、お願いだからそんなことしなでくれよー。先生は少年マンガの登場人物じゃないんだからね」
「私は既にやられてるんですけど……」
「先輩、ファイトです!」
地味に小鞠をへこませつつも、やるべきことをやり終えたれんげとこなみは自由になった時間を楽しんでいた。
だがしかし、そんな2人とは正反対に今だ問題集と格闘中の夏海は負のオーラを発していた。
お世辞にも成績が良いとは言えない彼女は、小難しい数学の問題に苦悩している最中なのだ。
「あぁ~ダメだ、全然わからん。このままでは休み時間が潰れてしまう~」
「それでも終わらなかったら宿題ね」
「マイガッ!?」
一穂の口からもたらされた非情な宣告によってショックを受けた夏海は、両手をワナワナとさせた後に頭を抱える。
これは、そろそろ限界に近いという合図だ。
「うぅ……うち、終わった……(終わってるから休み時間にしよう)」
そして、あっさりと誘惑に負けた。
どうせ宿題になるなら早めにギブアップしたほうがましだ。
「ちゅうわけで、休みに入ってもよろしいですか?」
「なーに言ってんの、君は。まぁ、先生は君たちの自主性を重んじてるから止めないけど、その結果どうなるかは自己責任でお願いします」
「丸投げすぎだろ!」
「そりゃうちは君じゃないからねー。自分がどうしたいかは自分で考えてくださいと言うしかないんよ」
「自分で考えろって言われてもねぇ……」
そうつぶやきつつ立ち上がった夏海はうんうん唸りながら教室後方に歩いていき、かばん置き場の上にあるバケツにはめてあったドッジボールを手に取る。
この時点で彼女が何を考えているのか大体察しはつくが、次の行動に移る前にこなみから声がかかる。
「夏海お姉ちゃん、お勉強しないの?」
「うぐっ!!」
「ママが言ってたんだけど、お勉強という下ごしらえ次第で人生というカレーの味は美味しくなったり不味くなったりするんだって。だから、夏海お姉ちゃんにはお勉強頑張ってほしいと思うんだ。おいしいカレーを食べてもらいたいもん」
「うちもー、おいしいカレー食べたいんー!」
「「「(良い例えだけど、なぜにカレー?)」」」
「ふふ……こなみん……できればうちも上手にカレーを作っておいしく戴きたいよ。でもね、今はうちの勉強よりもっと大事なことがあるんだ」
「カレーよりも大事なこと?」
「一体なんなのん?」
「それはね……君たちのピュアな気持ちさっ! 問題集も終わり晴れて自由な時間を手に入れた君たちは……」
そこで一旦言葉を切った夏海は、ボールを持ちながらくるっと回ってれんげたちの方を向くと、にこやかに聞いてきた。
「うちとボール遊びしたいんじゃないかなー?」
「「したーい!」」
「おぉ、なんという論点のすり替え……その要領の良さを勉強に活かせたらいいのにねぇ」
こうして、夏海は一時的とはいえ数学地獄から逃れることが出来た。
しかし、世の中そんなに甘くは無く、その代償は後々別の形となって襲い掛かってくることになる。
彼女のひどい成績を知った母親の怒りという形に……アルマゲドンの日はそう遠くない。
◇◆◇◆◇◆
休み時間が終わり、外でボール遊びをしていたれんげたちが校舎に戻ってくる。
一足先に入ってきたのはこなみを抱っこした夏海だ。
面倒見の良い彼女は、激しい運動が出来ないこなみをボール遊びに参加させてあげるためにずっとこの体勢でいたのだ。
そして、その後にボールを持ったれんげが続く。
しかし、こなみたちに追いつこうと廊下を走ったので、後ろを歩いている小鞠に注意されてしまった。
「なっつ~ん、こなみ~ん、待つの~ん」
「コラーッ、廊下は走っちゃダメだぞー!」
「はーい」
れんげは特に反逆精神旺盛ではないので、大人しく返事をしながら走るのを止めてゆっくりと教室に入る。
すると、中ではこなみを下ろした夏海が何かの準備を進めていた。
「なっつん、何してるん?」
「ああ、久しぶりにコイツを仕掛けてみようと思ってね」
そう言って見せてきたのはチョークの粉がたっぷりとついた黒板消しだった。
夏海が仕掛けようとしているのは昔懐かしい黒板消しトラップだが、引き戸の間に挟むだけの単純なものではない。
テープなどで引き戸に付けた紐が引っ張られるとフックが外れるような簡単な装置を用意し、それを引き戸上面にある枠の真ん中当たりに設置してフックに黒板消しを引っ掛けるという本格的なものである。
これなら紐の長さ次第で落下のタイミングをある程度調節出来るので、上手くいけば頭の上にクリーンヒットさせることも可能だ。
フック装置は過去の悪ガキが作って残していったものがあるから、後は取り付けるだけとなっている。
「よし、これで先生はぎゃふんこだ」
「こんなことしていいのかな~」
「いいんだよ、こういうことができるのは仲良しな証なんだから」
適当なことを言いつつ、こなみの頭を撫でて誤魔化す夏海。
そうしている間に、トラップを仕掛けた引き戸を開ける音が響く。
もう一穂が来たのかと思ったら、入ってきたのは小鞠だった。
しかも、見事に黒板消しが頭にのっている。
そういえば、まだ教室に入ってきてなかったっけと思いつつ、夏海は何食わぬ顔で話しかけた。
「あ~あ~、何してんのコマちゃん。先生に仕掛ける予定だった黒板消しトラップに引っかかっちゃって」
「綺麗に黒板消しのせてるのん」
「頭のてっぺんがケーキにかかってる砂糖みたいだね」
「はは、確かにナイスデコレーションだよ、コマちゃん」
「コマちゃんって言うな!!」
「ん~? なぜに黒板消しよりそこに食いついてんの?」
「前からずぅ~っと言ってるのに止めないからだよ! 私はお前の姉だし、この中では一番年上なんだから、ちゃんとお姉さんって言え!」
夏海の不遜な言動に腹を立てた小鞠は、体全体を使って怒りを表現してきた。
ただその仕草は、お姉さんと言っている割に子供っぽくて可愛らしいので、まったく脅威を感じない。
「わかったから落ち着きなさい、チョップ」
「何でそこでつっこむんだ、ボケてないぞ!」
「いや、百歩譲っても姉に見えないのにお姉さんとか言ってるじゃん」
「なんで本当のこと言ってボケ扱いされるんだー! お姉さんに謝れ! ついでに黒板消しのことも謝ってひれ伏せ!」
「黒板消しはついでなのね」
好き勝手言う夏海と冷静につっこみを入れるれんげの態度は、小鞠の気持ちを逆なでするばかり。
そんな様子を見かねたこなみが、すかさず擁護に入る。
「ねぇねぇ、夏海お姉ちゃん」
「ん? 何かなこなみん」
「夏海お姉ちゃんは、間違ってると思うよ? 『小さいお姉さんも良いものだ』って私のお兄ちゃんが言ってたもん」
「「「……え?」」」
「こなみん、君のお兄さんはそのセリフを一体どのような状況で言ったんだい?」
「えっと、お兄ちゃんが私に新しい服を一杯買ってあげるよって言った時に無駄遣いはダメだよって注意したら、そう言ってたよ?」
「実に良い話なのん」
「いやいや、その感想は間違ってると思うよ?」
夏海のつっこみに対して、ケンカ中にも関わらずうんうんとうなずく小鞠。
蛍も、こなみの話から不穏な気配を感じて、なぜかライバル心を掻き立てられる。
はたして、こなみの兄とはどのような人物なのか。
気にはなるが、今はまったくどうでもいい話だった。
「だから、小鞠お姉ちゃんは立派なお姉さんなんだよ。だって、お兄ちゃんは嘘言わないもん」
「そ、そうですよ、コマちゃん先輩。もっと自信を持ってください」
「うん……なんか認めたくない気がするけど、一応ありがとうと言っておくよ。だけど蛍、さりげなくコマちゃんって呼ぶのは止めて」
「あれっ、いつの間にか移っちゃってました!?」
「そりゃコマちゃんって呼び名がしっくりと来る証拠だよ」
「だってコマちゃんだもの」
「うがー、コマちゃん言うな!!」
「コマちゃ……あ~いや先輩、そんなに怒らないでください。私がチョーク取りますから」
「……うん」
蛍の提案に従った小鞠は大人しく頭を差し出し、そこへ蛍が手を載せる。
そこまではよかったのだが……なぜか蛍の撫でる勢いが加速しだして小鞠が激しく揺さぶられる。
どうやら小鞠を撫でられる嬉しさがエスカレートした模様なのだが、チョークを取るというよりも練りこむ結果となっていた。
「うちんとこのコマちゃんに、チョーク練りこまないで!」
「ご、誤解ですっ!?」
必死に弁解する蛍はさて置き、さっきよりひどい状態になってしまった小鞠は1人悲嘆に暮れた。
「うぅ、なんで私ばかりがこんな目に……」
「小鞠お姉ちゃん、今度は私がチョークを取ってあげるよ。ほら、椅子に座って?」
「うん……」
言われるままに席に着いた小鞠は大人しくこなみのケアを受け始める。
その様子は年の近い姉妹のようだ。
「どこか痒いところはありませんか~?」
「あ~、アホ毛のとこお願い~、うん、ソコソコ~」
「美容室かよ」
夏海のつっこみを他所に、こなみのケアが始まってから急激に小鞠の機嫌が良くなってきた。
目がトロンとなっているところを見ると、かなり気持ちが良いらしい。
「こんなんどーですか~?」
「はあぁ~、気持ちイイ~、サイコ~だよぉ~……」
「すごいなこなみん、姉ちゃんをここまで虜にするなんて」
「いいなぁ、私もやってもらいたいなぁ」
「おお、ほたるんまで魅了するとは」
かく言う夏海も興味が湧いているのだが、こなみの意外なこのテクニックは一体……。
「これは……動物がやってるグルーミングを取り入れた新式マッサージなのん。あんな技をやられたらコマちゃんでは一溜まりもないん。恐るべし、アニマルマスターこなみん!」
「確かに、姉ちゃんは小動物っぽいけどね……」
実を言うと、頭髪を気にしている父親にマッサージをしてあげていた経験が活かされただけなのだが、仕草が猫っぽい小鞠には特別に効果抜群だったのかもしれない。
なにはともあれ、ひどい目にはあったもののこなみのおかげですぐさま復活できた。
「こなみはほんとに良い子だよ~(……そうだ、何かお礼してあげようかな)」
そう思い立った小鞠は、かばんの中を漁ってお礼出来そうなものを探す。
すると、昨日駄菓子屋で買った飴玉を発見することが出来た。
そういえば、かばんに入れたまま出し忘れてたっけ。
「こなみ」
「ん、なぁに?」
「さっきのお礼にこれあげる」
「えっ、いいの?」
「もちろん、はいっ」
「わぁ、ありがと~」
小鞠は、持っていた飴玉をこなみに手渡す。
それに興味を持ったれんげたちがすかさずチェックに入った。
「お~、それは新作のミルクコーラ味なのん!」
「いいな~こなみん。姉ちゃん、うちらにもオクレ~」
「オクレ~」
「ふん、あんなことしたお前たちにあげるものなんかないね」
「何だよソレ、横暴だぞ~」
「そうだそうだー、オーボーだー」
「その言葉、そっくりそのままお前たちにお返しするよ!」
「だったらうちは『倍返しだ!』」
「うわっ、なんでくすぐるんだっ! きゃははは、ニャメロ~!」
「……」
再びもめ始めた小鞠たちと飴玉を貰ってホクホク顔のこなみ。
そんな彼女たちを眺めながら蛍は思った。
あの時、小鞠の頭についたチョークをちゃんと落としていれば、あの飴玉は自分の手にあったのではないかと。
「(いいなぁ、先輩の飴……喜んでるこなみちゃんも可愛いから、見てるこっちも幸せになっちゃうけど……でも、やっぱり欲しかったなぁ)」
後悔先に立たず……だけど、次のチャンスでは絶対に選択肢を間違えないぞ。
そして、先輩やこなみちゃんと、もっと仲良しになるんだ。
そう心に誓った蛍は、自分の両頬をピシャッと叩いて気合を入れた。
「(ファイト、私っ!)」
「……蛍の虫歯、そんなに酷いのかな?」
「ほたるん、虫歯なのん?」
「いや、知らない。ちょっと前にそんな感じの仕草をしてたんだけどね……」
小鞠の勘違いっぷりからみるに、蛍の願いは前途多難かもしれない。
◇◆◇◆◇◆
今日は全国的に日曜日、大体の学校がお休みの日だ。
天気も良くて実にお出かけ日和なので、こなみはゆっくりと昼食を取った後にれんげの家へとやって来ていた。
鍵の掛かっていない引き戸を開けて中に入り、定番のフレーズで呼びかける。
「れーんげちゃーん、あーそーぼー!」
「はぁーい!」
待ち構えていたかのように、すぐさまれんげが返事を返してきた。
居間からヒョイと現れた格好から見るに、彼女もお出かけ準備万端だ。
「こなみんが遊びに来ることはマルっとお見通しだったのん。例えどんなに距離が離れていようとも、うちにはわかるん」
「さっき電話したからね~、どんな距離でも一瞬だよ」
「まったく便利な世の中になりました」
「フワァ~、また随分とシュールな会話しとるねぇ、君たち」
れんげに続いてパジャマを着た一穂も現れた。
眠そうに欠伸をしている所を見ると、どうやら起きたばかりのようだ。
「れんちょん、遊びに行くの?」
「うん、なっつん家に行って遊ぶん」
「ふんふん、越谷家に行くのか。気をつけていっといで~」
「「は~い」」
気だるげな一穂に見送られながら、れんげとこなみは越谷家に向けて出発する。
れんげの家からは少し離れているものの、子供の足でも歩いていける距離なので、歌でも歌っていけばあっという間に着く。
「暴れん坊の米公方ー♪ 刀振り振り暴漢退治ー♪ 暴虐家来の暴走止めてー♪ 失敗人事を忘却だー♪ 乱暴、横暴、暴れん坊ー♪」
「うわ~、良い人なのか悪い人なのか良くわからないね~」
これまたシュールな歌で辺りの清々しい雰囲気にはまったく合っていなかったが、幸いと言うべきかそれにつっこみを入れる人は誰もなく、そうこうしているうちに目的地へと到着していた。
越谷家は平屋建ての大きい一軒家で、れんげの家と同様に大きな庭を持っている。
その庭先に目をやると、窓に面した廊下に小鞠と夏海の姿が見えた。
「お~い、なっつ~ん、コマちゃ~ん」
「遊びに来たよ~」
「おお、れんちょんにこなみん、いらっしゃ~い」
「2人とも、どっか行くつもりだったのん?」
「ああ、みんなを誘って外で遊ぼうと思ってたんだけどねぇ……」
「ふんっ」
小鞠を見ると何やらご機嫌斜めの様子だ。
どうやら、ケンカしている真っ最中の所に来てしまったらしい。
「なにかあったの?」
「実はさー、姉ちゃんが新しく買ったワンピースの感想を聞いてきたから思ったことを素直に言ったんだけど、その答えがどうやらお気に召さなかったみたいなんだ」
「当然だろ! 私の服見て『フッ、姉ちゃんにはお似合いだよ』なんて言い方されたんだぞ!」
「そんなこと言われても、その格好じゃねぇ……」
夏海の言葉に促されて小鞠の着ている服に目をやる。
彼女の格好は、フリルの付いたピンク色のワンピースという姿だった。
夏海の言うとおりものすごく似合っているが、彼女の言い方には子供っぽいという揶揄が含まれていたため小鞠の機嫌を損ねたのだ。
しかし、今の小鞠を見ればほとんどの人が同じような感想を抱くだろう。
現にれんげとこなみも……。
「確かに、コマちゃんにはお似合いなん」
「あんたも同じこと言うんかい!」
「それと似た感じのワンピース、私も持ってるよ~」
「ぐはぁ!」
畳み掛けるように精神的ダメージを受ける小鞠。
本人はいたって真面目に大人っぽい服だと思い込んでいたので、そのショックはかなりのものだった。
「チクショウ、お前たちに聞いた私がバカだったよっ!」
そんな捨て台詞を言うと、小鞠はズカズカと玄関のほうへ歩いていってしまう。
「姉ちゃんどこ行くの?」
「私は蛍と遊ぶ! お前たちは勝手に遊んでろ!」
「あ~あ、コマちゃん怒っちゃったのん」
「なんでだろうね~」
小1の2人は疑問符を浮かべるものの後の祭りだった。
仕方ない、今日は3人で遊ぶことにしよう。
「さぁて、何をしましょうかね~」
「なっつんが仲間になりたそうにこちらを見ているのん」
「うちは君たちにボコられたモンスターかよ」
「こんごともよろしく・・・」
「今度はそっちが仲魔になりたいんかい」
夏海をからかいながら何をして遊ぶか相談しあう。
ボール遊びか、魚釣りか、それより探検ごっこのほうがいいかも……。
しかし、それらの計画はすぐさま頓挫してしまうことになる。
「夏海、あんたは遊びにいっちゃダメよ」
「え?」
急に割り込んできたその声の主は、夏海たちの母親である越谷雪子だった。
「何でだよ母ちゃん?」
「あんた、明日持って行く宿題まだやってないんでしょう?」
「げぇっ、何で母ちゃんが知ってんの!?」
「さっき姉ちゃんから聞いたのよ」
「なにぃ~!? 姉ちゃんめー、なんて卑怯な手を……」
「ご託はいいからこっちに来なさい!」
「えっ!? ちょ、まっ!!」
「そんなわけだからごめんね、2人とも。夏海のことはすっぱり忘れて、2人で仲良く遊んで来てね」
「「は~い」」
「あっさり見捨てられた!?」
こうして、夏海もまた2人の前から消えていった。
遠ざかる彼女の後姿が物悲しく見えるのは気のせいじゃないだろう。
「今のなっつんは最高にドナドナが似合う女なのん」
「うん、私の耳にもドナドナが聞こえてくるようだよ」
「ところで、これからどうするん?」
「そうだね~、どうしよっか?」
思わず感傷的になるがそれも一瞬、その後すぐにいつもの調子に戻る2人。
夏海はもうここにはいない、過去の女なのだ。
「う~ん、何がいいかな……あれ?」
「どしたん、こなみん」
「あそこにネコさんがいるよ」
「あらほんと」
れんげたちの視線の先には、茶と白が混じった毛並みの野良猫がいた。
何となく越谷家の中を伺っているような怪しい動きをしている。
「そうだ、あのネコさんを追跡しよう」
「探偵ごっこなんな! ところで、あのネコさんはなにをやらかしたん?」
「お魚ドロボーでいいんじゃない?」
「おお、なんという重罪!」
遊びのために勝手に罪を捏造する何気にひどい2人だったが、この猫は後々越谷家で罪を犯すことになるのだから世の中わからないものだ。
とはいえ、今のところは無罪なので堂々とこの場を去っていく。
「あっ、行っちゃう!」
「ミッション開始なのん! 途中でダンボールを入手せねば!」
こうして越谷家から野良猫を追って移動を開始したものの、歴戦の野良猫相手に素人探偵が敵うわけもなく、スニーキングミッションはあえなく失敗に終わった。
しかし、怪我の功名とでも言うべきか、猫を見失った場所はれんげ行き着けの駄菓子屋に近いところだったので、ついでにそこへ行ってみることにした。
目指す駄菓子屋は、丁字路の角に建っている木造二階建ての古びた一軒家で、軒下に自販機とガチャガチャが置いてある古式ゆかしい作りをしている。
よく見ると、自販機の横に設置されている腰掛にはちょっと前に別れた小鞠がいて、なぜか見知らぬ大人の女性とカキ氷を食べていた。
「あれ、れんげとこなみじゃん。2人も駄菓子屋に来たんだ」
「ネコさん追跡ミッションに失敗したので、腹いせに駄菓子屋を冷やかしに来ましたん」
「何気にひどいヤツだな……ところで、夏海は?」
「夏海お姉ちゃんは雪子ママさんに捕まってたよ」
「ふふん、私が仕掛けた最強のトラップが炸裂したようだね」
得意げな表情で勝利の喜びを味わう小鞠。
女性としてのプライドを傷つけられた恨みは強いのだ。
「ところでコマちゃん、隣にいるお姉さんはどちらさま?」
「え? え~っとぉ……」
「何となく蛍お姉ちゃんに似てるけど……もしかして、蛍お姉ちゃんのお姉ちゃん?」
「えぇ~っ!? ち、違うよこなみちゃん、私は蛍だよ!」
「「「なっ、なんですとっ!?」」」
「どうして先輩まで驚いているんですか?」
「えっ!? あ~いや、そのね……」
「もしかして、コマちゃんも気づいてなかったのん?」
「……うん。実は、東京から一人旅して来たお姉さんかと思ってた」
「そうだったんですか!? ……確かに、前にも新婚さんに間違えられたことがあったけど……」
どうやら、大好きな小鞠と2人きりで出かけられる嬉しさのあまり着飾りすぎたのが仇となったようだ。
因みに、小鞠が見知らぬ女性と一緒に行動した理由は、気の弱い彼女が大人の雰囲気を持った女性に逆らえなかったからで、今のやり取りでその事実に気づいた彼女をさらに打ちのめした。
「うぅ、素敵なお姉さんだと思ってた人が、まさか年下の蛍だったなんて……」
今期一番の屈辱に思わず涙目になる小鞠。
だがしかし、神は彼女をちゃんと見守ってくれていた。
あうあう言って悲しんでいる小鞠に向けて、不意に凛とした声がかかる。
「少女よ、素敵な君に涙は似合わない」
「……え?」
聞き覚えの無い声に反応してみんなが顔を向けると、そこには1人の青年がいた。
薄い栗色の髪に紫色の瞳、190センチ近くはある高身長、そして多くの女性が認めるであろう整った顔立ちをした、いわゆるイケメンだ。
唐突に現れたこの男は一体何者なのだろうか?
「あっ、お兄ちゃんだ!」
「「「お兄ちゃん!?」」」
「遠く離れて幾星霜、今日と言う日をどれほど待ちわびたことか……会えて嬉しいぞ、我が愛しの妹、こなみ!」
「お兄ちゃん!」
「うわ~い、良くわからんけど良かったのんな~、こなみん」
「「……」」
ひしと抱き合う海川兄妹とそんな感動の再会を祝福するれんげ。
あまりの急展開に小鞠と蛍は思考がフリーズしてしまうが、そんな隙を突くようにこなみの兄が小鞠に接触してきた。
彼は泣いている女性を放っておけない高レベルのフェミニストなのだ。
「君はこなみの友人だね?」
「えっ、は、はい!」
「そうか……何に悲しんでいるのかは分からないが、そんな負の感情に飲み込まれてはいけない。でないと、心が冷たい闇に囚われてしまう」
「えっと、あの……」
「人は温かい光であるべきだ。ほら、こうして触れ合えばよく分かるだろう?」
「~~~~~!!?」
こなみの兄はごく自然に小鞠の頭を撫でた。
普通だったら初対面の少女にこんなことをしたら恐ろしいことになりかねないが、この男にはソレができる雰囲気があった。
別に絶対遵守の力といったチート能力があるわけではないのが余計に厄介である。
そして、そのような男に撫でられた小鞠はというと……速攻でデレた。
「大人の男性だ……ステキ!」
「今ので惚れるって、どんだけちょろいんだお前は」
「え?」
「誰?」
「駄菓子屋なん。店番はどうしたん、サボり?」
「お前たちが店の前でギャーギャー騒いでるから商売にならないんだよ」
外の喧騒を聞いて駄菓子屋を経営している加賀山 楓が店から出てきた。
ラフな格好をした金髪の若い女性で、年は20歳前後に見える。
「ん? なんだ、新入りがチラホラいるな」
「あ、はい、ご挨拶が遅れました。私は一条蛍と言います。先月、旭丘分校に転校してきました」
「えっ、あんた学生だったの?」
「はは、やっぱり間違えられてましたか……」
「蛍は小学5年なんだよ」
「へぇ~、最近の子供は発育がいいんだな。んで、そっちのちっこいのとでっかいのは?」
「はいっ、私は海川こなみ、小学1年です」
「そして、俺の名は海川
「ふぅん、高3だったのか。どこ通ってんだ?」
「今はまだ東京だが、まもなくこの付近の高校に転校する予定だ」
「えぇ~っ、お兄ちゃんこっち来るの!?」
「ああ、これまで両親に手間をかけまいと思っていたが、お前に会えないことが辛くてな。大学に入ったら会える機会が殆どなくなるから、せめてこの1年は傍にいさせてほしい」
衝撃的な事実をさらっと言う大河に驚きを隠せない一同。
ただ、一点だけはつっこむことが出来る。
「お前、すっげぇシスコンだな」
「はははっ、俺にとっては最大の褒め言葉だ。それに、君だって幼い者を慈しむ心を持っているだろう? 俺には感じるぞ、あの子を見つめる君の眼差しが慈愛に満ちていると!」
そう言ってれんげを見る大河。
「うちがどうかしたん?」
「ああ、君は彼女に愛されている。そして、俺もそんな彼女に好意を抱いている。いや、好きだと断言してもいい!」
「~~~~~!? ばかやろう! 何ドサクサにまぎれてこっ恥ずかしいことぬかしてんだっ!」
「身持ちが堅いな、駄菓子屋の主!」
「なんだコイツ、すっげぇやりにくい!!」
「おお~、すごいのん! あの駄菓子屋を手玉に取ってるん! うちは今猛烈に感動しているのん!」
これまでに出会ったことのないタイプの人間に戸惑う楓と、なぜか大河を尊敬しだすれんげ。
楽しいお買い物をするはずだったのに、中々カオスな状況になってきた。
「はぁ……かっこいいなぁ、大河先輩……もしかして、これが恋なのかなぁ……」
「(はっ、先輩の目が恋しちゃってる目になってる!?)」
「むぎゅ~、蛍お姉ちゃん苦しいぃ~」
恋に恋する小鞠を見て、愛しさと切なさと心憎さを感じずにはいられない蛍は、思わずこなみをきつく抱きしめてしまうのだった。
大河は自分の好きなアニメキャラを色々と加えて作りました。
分かる人には分かる感じですが、クロス作品ではないのでほどほどにしておきます。
だけど、動かすのが楽しいキャラになりそうです。