会いたかった……会いたかったぞ、完結!!
そんなわけで、やたらと長文になっておりますが、最後までお付き合いくださいますようよろしくお願いします。
寒かった冬もようやく終わり、穏やかな気温が心地よく感じられるようになってきた3月上旬。
春の装いに衣替えしたれんげが、見た目どおり身軽な足取りで海川家へと向かっていた。
こなみたちがこの土地に引っ越してきてからもうすぐ1年経とうとしているので、彼女にとっても既に通い慣れた道となっている。
この1年間で、初めて出来た同い年の友達から1番大切な親友となったこなみの家へと続く道。
今ではこの道を歩くだけで楽しい気分になってくる。
今日は2人で何をして遊ぼうか……そうだアレにしよう。
これからの予定をあれこれと考えているうちに、あっという間に海川家へと到着した。
「ポチッとな」
いつも通りの掛け声と共にチャイムを鳴らす。
彼女は良い子なので、ピンポンダッシュなどすることなく大人しくドアの前で待つ。
すると、ほとんど間を置かずにドアが開いてこなみが顔を見せた。
「にゃんぱすー」
「おはこんばんちわ~」
れんげはすっかりお馴染みとなったオリジナル挨拶をして、こなみはペンギン村発祥の懐かしい挨拶を返す。
息がぴったりなこの辺りも仲良しな証拠と言える。
「れんげちゃん、何して遊ぶ~?」
「うちは、なっつん家で魔導村やりたいのん。今日こそはレッドアリーマンを倒すのん」
「やる気満々だね~。私もロックマン・ストラトスで『狙い撃つぜ~』ってやりたいからいいよ~」
れんげの提案に速攻で乗ったこなみは、パパッと支度を整えると元気に出かけていく。
ここへ引っ越して来た当初は身体の弱かった彼女も、今では大分健康的になっていた。
しかも、この1年間で変化したのはそれだけではない。
都会っ子だったこなみも、今ではすっかりこの土地の環境に適応して、季節の移り変わりを楽しんでいた。
「あっ、ウグイスさんが鳴いてる~。春が来た~って感じだね~」
「そうなんな~」
「あっ、冬眠から目覚めたスネークさんだ~。スニーキングミッションご苦労様です!」
「ご苦労様です!」
「あっ、蝶々さんだ~。可愛いね~っとぁ!? ふぅ~危ない、もう少しで牛の糞を踏んじゃうとこだったよ~」
「糞を踏んじゃう……ぷぷ~い! ナイスジョークなのん」
ものすごく馴染みまくっているようで何よりである。
一見すると深窓の令嬢のように見えるこなみだが、兄と同様に異常な……もとい、素晴らしい適応能力を持っているようだ。
「フフッ。やっぱりここってすごいね~。ちょっと歩いただけで色んな動物に会えるよ~」
「ん~? そんなにすごい事なん? 普通だと思うのん」
「ここだったらそうかもだけど、前に住んでた横浜じゃこんなに一杯お目にかかれないよ?」
「そうなのん? やっぱりここって都会とは大分違うのんな……」
こなみはまだ都会暮らしの方が長いためこの土地の自然が物珍しく見えるのだが、生まれてからずっとここに住んでいるれんげは違う。
そのせいか、彼女は以前から都会に対して憧れとも劣等感とも言える複雑な感情を抱いているのである。
蛍が来た頃から何となく気になりだし、こなみという親友が出来てさらに興味が増したわけだ。
都会とは、一体どのような所なのだろうか。
銃を持ったスイーパーがドンパチしてたり、中二病というおっかない病気が流行っていたり、超能力者を育てる学校があったり,ご近所同士で聖杯戦争なんて物騒なことをしてたりするのだろうか。
「うむむ~、都会恐るべし! でも、行ってみたいのん……」
「んにゃ?」
ちょっぴり怖そうだけど、やっぱり一度は行ってみたい。
都会には人を魅了して止まない魔力があるのだ。
それを証明するように一穂やひかげも都会の学校に進学しているので、恐らくれんげも後を追うことになると思われる。
勿論、その時は仲良しのこなみも一緒のはずだ。
そんな未来を想像したら楽しくなってきたので、2人で大いに盛り上がる。
そうして、談笑しながら歩いていると、前方にいる人影が目に映った。
「あれ? あそこにいるの蛍お姉ちゃんじゃないかな~?」
「あらほんと」
よく見ると、その人物は蛍だった。
ちょこんと腰を下ろして、道端に咲いている花を見ているようだ。
彼女もまた、れんげたちと同様に春の訪れを楽しんでいたのである。
「お~い、蛍お姉ちゃ~ん!」
「にゃんぱすー!」
「あっ、れんちゃん、こなみちゃん。おはよ~!」
3人共に仲良く手を振りながら合流する。
蛍の服装も春らしく身軽な格好で、どこかに行こうとしている途中のようだ。
「ほたるん、何してたのん?」
「今はお花を見てたんだけど、これからこま先輩の家に行くんだよ」
「あっ、奇遇だね~。実は私たちもそうなんだ~」
「そうなの? だったら一緒に行こうよ」
「「がってん承知の助!」」
こうして、れんげたちのお供に蛍が加わった。
その道中で、こなみは嬉しそうに蛍の手を握る。
いつも優しくしてくれる彼女のことをお姉ちゃんとして慕っているからだ。
実を言うと、その優しさにはちょっぴりヨコシマな気持ちが混ざっていたりするのだが、あえて知る必要は無い。
蛍がこなみのことを大切に思っていることは間違いないのだから。
「(えへへ~、こなみちゃんの手、ちっちゃくて可愛いな~♪)」
うん、たぶん大丈夫だと思う。
将来百合的な方面に進んでしまう気がしないでもないが、年頃の少女らしく大河のことも気にしているので、まぁ問題あるまい。
現に、彼女は今、彼のことを想って若干沈んでいるからだ。
「はぁ……」
「どうしたの、蛍お姉ちゃん?」
「うん、大河先輩のことを考えてたら悲しくなっちゃって……一緒にいられるのも後少しだから……」
「タイガー、東京に行っちゃうのん。うちも寂しいのん……」
2人の言うとおり、東京にある大学に無事合格出来た大河は、3月一杯でここからいなくなってしまうのである。
悲しいけど、これ現実なのよね。
しかし、一番寂しがっていてもおかしくないこなみは、意外にもあまり悲観していなかった。
彼女は、兄にも負けないくらいポジティブな精神の持ち主なので、このくらいのことではへこたれないのだ。
「ごめんね、こなみちゃん。こんなこと言っちゃって……」
「ううん。私もすっごく寂しいけど、大丈夫なんだ~。だって、会いたくなったらお休みの日にみんなで行けばいいし、その時は東京で遊べるよ~?」
「おお! それは名案!」
「しかも、これがあるからいつでもお話出来るのだ~」
「それってスマートフォン?」
「な、なんと、これが噂のスマホなのん!? ちょー、ハイ、テク!」
肩にかけていた小さなかばんの中から、ピンク色のスマホを取り出して2人に見せる。
大河の東京行きが決まってから、母親にねだって買ってもらったものだ。
これさえあれば、大好きなお兄ちゃんとどこにいても繋がりを感じられるというわけである。
「うお~、こなみん、使ってみせて欲しいの~ん!」
「ふっ、見せてあげようか。新しいスマートフォンの性能とやらを!」
「う~ん、これでいいのかな?」
良くも悪くも切り替えの早い2人だった。
まぁ、こればっかりは仕方が無いことだし、良い話なのだから素直に祝福すべき所だろう。
だがしかし、蛍と同様……いや、それ以上に嘆き悲しんでいる少女がいた。
「あうう~、大河しぇんぱ~い……」
れんげ一行が越谷家に着くと、そこでは小鞠が悲嘆にくれていた。
彼女も大河の東京行きを悲しんでいる1人であり、まさにその真っ最中であった。
話を聞いてからずっとこんな感じで、今日は居間でラムネを煽りながらメソメソとぐずっているのである。
「ああっ、先輩が泣いてる!」
「何故かラムネをがぶ飲みしてるのん」
「やけ酒ならぬやけラムネってやつだね~」
「姉ちゃん……大河欠乏症にかかって……」
「恋の病ね……こりゃ重症だ」
みんなで集まって小鞠の様子を見守る。
夏海は当然として、つい先ほどやってきたれんげたちに加えて、たまたま遊びに来ていたこのみの姿もあった。
せっかく来たけど、この様子では遊ぶ気にはなれそうにない。
こういう場合は放っておいた方がいいのかもしれないが、あまりに痛々しいので思わず声をかけてしまう。
「小鞠ちゃん、そろそろ落ち着きなよ。お別れっていっても会えなくなる訳じゃないんだから」
「ふんだっ! そんなこと、このみちゃんに言われたくないね!」
「え~、なんでよ~?」
「だって、このみちゃんも東京の大学に行くじゃん!」
「んふふ~。ちょっとばかり頑張っちゃったからね~♪」
「ぐぬぬ~! 同い年の強みを最大限に生かしてくれちゃって~!」
このみは大河の影響を受けて夏から猛勉強を始め、その結果、東京にある大学に合格することが出来た。
大河とは別の場所だが、距離はさほど離れていないので、時間が合えば今と同じくらい気軽に会える。
当然ながら、恋のライバルである小鞠にとっては看過できない状況だ。
とはいえ、このみが圧倒的に有利という訳でもない。
恋愛に関しては意外に奥手な上に、これまでお姉さん的ポジションにいたせいか、小鞠を出し抜いてまで積極的な行動に出られないでいたのである。
自分自身でも自覚しており、ちょっとばかり損をしている気がしないでもない。
しかし、今の状況を気に入っているのも確かなので、もう少しだけこのままでもいいと思う。
だから、敵に塩を送ってみたりしてしまう。
「小鞠ちゃんは小鞠ちゃんらしくアタックすればいいと思うけどな」
「うう、私らしく?」
「そうだよ。小鞠ちゃんには私とは違う魅力があるんだから、それをアピールすればいいんだよ」
「う~ん。でも、何をやればいいの?」
「何も特別なことをしなくてもいいと思うけど……そうだ、今度のお休みに大河君を呼んでピクニックをしよう!」
「ピクニック?」
「送別会を兼ねてみんなでお花見するんだよ。そこで、自作の料理を振舞ったり仲良くお話したりすればいいんじゃないかな? 大河君とそういうことするの、楽しいと思うでしょ?」
「……うん」
このみの言葉を聞いた小鞠は、目から鱗が落ちたような気持ちになって素直に頷く。
そうだ、自分は1番肝心なことを見失っていた。
「(大河先輩のことを想うと楽しいんだ)」
破天荒な彼のことを思い浮かべると、いつでも楽しい気分になれる。
それなのに、いつまでもメソメソしているのはおかしいじゃないか。
確かに、遠く離れてしまうのは悲しいけれど、泣いて大人になるなんて悲し過ぎるし、彼とのお別れには絶対に似合わない。
だったら、最後の最後まで楽しんでやろう。
わかってくれるよね? 大河先輩にはいつでも会いに行けるから。
自分にそう言い聞かせつつ、小鞠は立ち上がる。
「姉ちゃんが……姉ちゃんが立ってる……」
「良かったです、こま先輩!」
「いやっほー! 立った、立った~、こまちゃんが立った~!」
「小鞠お姉ちゃん、大地に立つ!」
まるでクララが立った瞬間に立ち会ったかのように喜ぶ子供たち。
1人だけ違う反応をしているが、そこは問題ではない。
ようやく、深い悲しみの淵より小鞠が生還したのだ。
そう、心の迷いを気に病む事はない。ただ認めて、次の行動に活かせばいい。それが恋する乙女の特権だ。
「やる気になったようだね、小鞠ちゃん」
「勿論……やらせてもらおうか、大河先輩と一緒の楽しいピクニックとやらを!」
「ははは、なんか言い方が大河君っぽいね……」
こうして、合格祝いと送別会を兼ねたピクニックを催すことになった。
開催日は次の日曜日。
当日まで大河には知らせないサプライズパーティにすることとなったが……はたして、どうなることやら。
◇◆◇◆◇◆
あっという間に時間は過ぎて、ピクニック当日の朝。
そのような企画が立ち上がっていることなど露知らず、こなみから遠くに出かけるなと念を押されていた大河は自宅でくつろいでいた。
すると、タイミング良く彼の元に電話がかかってくる。
こなみの持っているものと同じメーカーのスマホを手に取り、相手の名前を確認することなく電話に出る。
直に声を聞いて自身で確認することが彼の信条なのだ。
「こちらは海川大河だ。用件を聞く前に、所属と氏名を問わせてもらおう」
『高校1年、宮内ひかげだよ~』
「おお、ひかげか。チョリーッス!」
『おう、チョリーッス!って、キャラ変えすぎだろ!』
相手は東京にいるひかげだった。
合格報告を聞いてからというもの、大河の上京が待ち遠しいらしく、暇ができると電話をかけてきてくれるようになった。
弾んだ声から、彼の合格を我が事のように喜んでくれていると分かる。
『希望通りの大学に合格出来てほんとに良かったね』
「どうもありがとう。このほど無事に昇進して上級大尉となれたのも、君の応援があったおかげだ」
『いやいや、そんなことないよ~。大河先輩の戦歴なら当然の昇進……じゃねーだろ! 上級大尉って何だよ!』
「うむ。実に良いノリつっこみだ。その手際、賞賛と好意に値する!」
『あ~もう、相変わらずだな~』
呆れたような声に聞こえるが、内心では十分に会話を楽しんでいるひかげ。
彼女もまた大河に好意を寄せているので、変なやりとりでもときめく事が出来るのだ。
これも惚れた弱みか。
『それにしてもすごいよね、結構有名な大学だしさ~。話を聞いてから友達に自慢しまくりだよ』
「喜んでもらえて何よりだ。この栄光、溢れんばかりの愛で俺の心を支えてくれた、ひかげに捧げよう!」
『うぇっ!? あ、愛だなんてそんなこと……ちょっとはあるかもだけど』
「謙遜は無用さ、愛はいつもこの胸に、
『のわ~! すっげーはずいセリフなのに、ちょっと嬉しい自分にビックリ!?』
電話の向こうで身悶えているような音が聞こえる。
恥ずかしがってゴロゴロと転げまわっているのだろう。
普段はアンニュイな様子の彼女も、好きな相手の前では可愛らしい恋する少女に早変わりだ。
『ふぅ、私としたことが、つい取り乱しちまったぜ』
「悪かったなひかげ。俺も浮かれていたらしくて、つい調子に乗ってしまった」
『あ~、別にいいよ。大河先輩が頑張ったのは事実なんだし』
「優しいな君は。その想いに報いるために、東京に行った暁には是非奢らせてもらおう。望むのならば、どこへなりともお供するぞ?」
『それって、デートってこと?』
「そのように受け取って貰っても構わない」
『マジで!?』
デートとなれば食いつかないはずが無い。
純情田舎娘であるひかげは、未だにそういったお付き合いをしたことがないので、弥が上にも心が弾む。
こういう恋愛イベントがあってこそ花の女子高生というものだ。
それでなくとも大河と遊ぶのは楽しいので、とても嬉しい申し出だった。
『デートかぁ……実は私、そういうの初めてなんだ~』
「そうか。ならば、定番かつ鉄板の浦安ネズミーランドに行くとしようか。ハローキティのコスプレをしてな」
『うん、いいねソレ!……って、何でコスプレ!?』
「ネズミに対抗するならやはりネコだろう? その点、仕事を選ばないことに定評のあるキティさんなら打って付けだ!」
『打って付けだ、じゃねーよ! 対抗意識なんて持ってねーし、流石のキティさんもそんな仕事受けねーよ!』
「それはどうかな。ネコとネズミによる闘争の歴史を忘れたとは言わさんぞ。トムはジェリーに、ニャースはピカチュウにやられっぱなしではないか!」
『知らねぇよ! アイツらの因縁をキティさんに背負わせんなよ! 仲良くやってんだから、そっとしといてやれよ!』
「愛を超越すれば、それは憎しみとなる……人の心とは御し難いものさ」
『カッコイイセリフだけど、内容はすっげー幼稚だよ! そういうのいいから、もう普通に行こうよ!』
「ふむ、君がそこまで言うのなら止めておこう。だが、俺はしつこくてあきらめも悪い、俗に言う人に嫌われるタイプだ。この挑戦、まだ終わらんよ!」
『自覚してんならその性格を治せよ!』
やはり、この男とのデートは、普通という言葉とかけ離れたものになりそうだった。
それはそれで面白そうではあるが、通常の3倍は疲れること請け合いである。
反骨精神の塊である彼は、何かと張り合うことが好きだからだ。
しかし……
「とまぁ、面白おかしい冗談はさて置き、俺とのデートを楽しみに待つといい」
『さて置けないほど長ぇーよ!』
先ほどのやり取りは冗談だったらしい。
多少の本音はあろうが彼も一応は常識人、流石にそこまでアホなことはしない……と思う。
何はともあれ、デートの約束は取り付けたので、ひかげは朝からホクホク気分となった。
『じゃあ、春休みにそっちに行くから、また一緒に遊ぼうね!』
「ああ、一日千秋の思いでその日を待つとしよう」
元気な様子でお別れの挨拶をすると、ひかげは電話を切った。
結構長く話をしていたようで、時計を見ると30分近く経っていた。
これは、余計な電話代を使わせてしまったな。
気遣いが行き届かなかったことに反省しつつ、先ほどの会話を思い返す。
「春休みか……もうすぐ1年経つのだな」
窓の外に広がる田舎の風景を見ながら思わず感慨にふける。
海川家がこの土地に引っ越してきてから1年が過ぎようとしている。
大河の長い人生においてはまだ僅かな時間でしかないが、その内容は実に濃密だった。
健全な空気のおかげですっかり元気になった最愛の妹。
そのような土地で健やかに育った、心身ともに美しい乙女たち。
気持ちの良い自然の中、大切な彼女たちと共に遊び、学んだ日々は、かけがえの無い思い出となっている。
「東京へ行く前に望郷の念に駆られるか。俺のメンタルも存外弱い。しかし……」
懐かしい出来事を思い返しているうちに、これまで歩んだ道をたどってみたくなった。
初めてこの土地にやって来た日、家から出かけていたこなみを探して駄菓子屋へと行き、そこで彼女たちと出会った。
そういえば、ひかげとの出会いも駄菓子屋だったか。
「なるほど。運命の女神は、あの場所にご執心らしい。俺と同様にな」
古めかしくも懐かしい趣を感じさせる駄菓子屋を思い浮かべると、何だか無性に行ってみたくなった。
こなみから遠くに行くなと言われているが、駄菓子屋ならそう遠くないし、用があるなら電話をかけてくるだろう。
思い立ったが吉日という故事もあることだし、行ってみようという気分になる。
「これもまた運命だろうか……ならば、女神との逢瀬を楽しませてもらうとしよう」
心は決まった。
早速準備を整えると、軽快な足取りで駄菓子屋へと向かう。
もう何度も通った道だが、思い入れのある大河にとっては飽きることの無い大切な風景だ。
広々とした田園を横に見ながら小さなトンネルを抜けて、目的地である駄菓子屋に到着する。
時間と言う概念から外れてしまったように昔のままの姿を留めるその建物は、今日も変わらずそこにあった。
「ご無沙汰だったな、駄菓子屋。元気そうで何よりだよ」
まるで友人に会ったように建物に向けて話しかける。
それほどまでに愛着を持っているということであり、だからこそ多くの思い出が詰っている。
「改めてここに来ると、これまでの思い出が走馬灯のように蘇るな……」
そこはかとなく危ない例えを使いつつ、かけがえの無い過去の記憶を辿っていく。
真っ先に思い浮かぶ光景は、こなみの新しい友達である子供たちや駄菓子屋を営む楓との初めての出会いだ。
今でもあの時のときめきを鮮明に思い出せる。
身体の弱かったこなみを元気にしてくれる豊かな自然と、優しさを与えてくれる人の心の光。
そんな素晴らしい喜びを一瞬で感じ取ることが出来た感動は、大きな衝撃となって大河の心に影響を与えた。
「ようやく理解した! あの瞬間に俺は心を奪われた。この気持ち、まさしく恋だ!」
大河の言う通り、彼の感じた想いは恋心である。
ただ、その想いは衝撃の強さに比例して大きくなりすぎた。
この土地を気に入りすぎたため、この土地の優しい雰囲気を感じさせる女性に対して、特に好意を持つようになってしまったのだ。
勿論、楓たちがそれだけの魅力を持ち合わせていたということでもあるので、その点は何も不自然なことではない。
そして、大河の想いを受けた少女たちが、彼に対して心惹かれたことも同様だ。
しかし、その中で結ばれるのはただ1人であり、いつかは答えを出さなければいけない。
「退くも進むも茨の道……それでも、逃げ出すわけにはいかんのだよ。海川大河の名にかけて!」
店の前に立ちながら、やたらと意気込む大河。
とはいえ、それはまだまだ先になりそうだ。
大河はもとより、彼に好意を寄せている乙女たちも全員が超奥手だからだ。
現に、その1人である楓が、内心の喜びを隠しながらぶっきら棒に話しかけてきた。
「店の前で変なこと叫んでんじゃねーよ」
唐突過ぎて意味不明な大河の独白につっこみを入れつつ近寄る。
今日の楓の服装は、いつもの簡単な格好と違ってかなりオシャレをしているように見える。
意外にも春を楽しんでいるのか、もしくは乙女心の変化故か。
そんな彼女に気づいた大河は、好意的な視線を向けて朝の挨拶をする。
「やぁ、楓。朝の挨拶、すなわち『おはよう』という言葉を、謹んで贈らせてもらおう」
「回りくどいわ! で? 何しにきたんだよ」
「何しに、か……あえて言うなら、運命の女神に導かれた、と言うべきかな?」
「訳分からんわ! 運命の女神って何だよ。中二病かっつーの」
またしても意味不明な言葉を受けて呆れている楓を見つめながら、大河は過去に想いを馳せる。
そうだ、初めて会った時もこんな感じだったな。
彼女の勝気な瞳は、いつまでも輝きを失うことの無い宝石のように大河の記憶の中で輝いていた。
友達のおみやげにガンガルを買った時も、居間に上がってれんげやこなみとグレートマンを見た時も、レンタルしたスキー用品を一緒に運んだ時も。
「そして、深い愛情で結ばれ、熱い口付けを交わした時も……」
「したことね~よ!? 何勝手に捏造してんだ!!」
「ほぅ。俺の思考を読み取るとは、ニュータイプだとでも言うのか?」
「普通に喋ってただろーが! 私はニュータイプでもエスパーでもないわ!」
勝手に妄想の中でキスをされそうになったので慌てて止めに入った。
とはいえ、内心では満更でもなかったりする。
見た目通りに身持ちの硬い楓だが、最近ではそれなりにデレて来ているのだ。
そのため、今のやり取りはかなり魅力的であった。
だから、ついこんなことを口走ってしまう。
「まぁ、ほっぺたにするぐらいならいいかもな。ほら、外国で挨拶する時にやってるだろ?」
「おお、なんという魅力的な提案だ! 是非お願いしたいぞ、楓!」
「えっ!? あ、ああ……いいぜ。ほら、ちょっと顔寄せな」
「フッ。この間合い……君の鼓動すら聞こえてきそうだ」
「あーもう、そういうのいいからじっとしてろ!」
思わぬ展開になって急接近する2人。
大河は普段通りに見えるが、楓は内心で嬉しさと恥ずかしさが入り混じっていた。
それでも、勝気な様子を装いながら近づいていく。
これは只の挨拶なんだから、堂々とやればいい。
そうだ、ほっぺにチューぐらいどうってこと……
「あ~、駄菓子屋がタコのモノマネしてるのん!」
「のわぁ~~~~~~~~~~~~~~っ!!?」
後もう少しで接触出来るといった場面で、狙っていたかのようにれんげが現れた。
楓にとって間の悪いことに、ちょっと意識しすぎて唇を突き出してしまった恥ずかしい瞬間を目撃されてしまった。
慌てて顔を向けると、れんげの隣にはこなみの姿もあって、2人で一緒に先ほどの様子を見ていたらしい。
ものすごく恥ずかしかったが、上手い具合に勘違いをしてくれている点が救いだった。
「顔を真っ赤にして、タコそっくりなのん」
「違うよれんげちゃん。あれはシャアザクのモノマネだよ~」
「そんなことないのん! ザクとは違うのん、ザクとは!」
「ほぅ、思いきりのいい考え方だね。手強い……しかし!」
勘違いがこじれて論争にまで発展してしまったが、楓にとっては都合が良い。
内容はトホホな感じでも、変につっこまれないならそれで良しだ。
この機会を生かして、これ幸いにと話題を変えることにする。
「と、ところで、何しに来たんだ~お前ら?」
「何言ってるのん。うちらは駄菓子屋を迎えにきたのん」
「みんなの準備はもう整ってるよ~」
「あー……そういえばそうだった」
どうやら、例のピクニックに楓も参加するらしい。
「なんだ、みんなで何かやるのか?」
「うん。この後にお兄ちゃんも呼びに行こうとしてたんだけど、ここにいてくれて丁度良かったよ」
「ふむ、そうだったのか。で、何をするというんだ?」
「ふっふっふ~、それは着いてからのお楽しみなのん」
「乞うご期待だよ~」
そう言うと、れんげとこなみは大河の手を握って、駄菓子屋の外まで引っ張っていく。
その後から、風呂敷に包まれた荷物を持って楓も出てきた。
特に戸締りをすることもなく、店はそのままにして出かける。
「じゃあ行くか」
「「おお~」」
元気よく返事を返すと、揃って目的地へと歩き出す。
このように4人で歩く機会もあと少しだけだと思うと心に寂しさが広がってしまう。
それでも、今この瞬間が楽しいという事実は間違いないので、目一杯楽しむことにする。
楽しい会話を交わし、大河に肩車をしてもらい、時々楓をからかいながら、このみたちが待っている河原のほとりまで向かう。
十数分後、みんなの姿が見えるところまで来ると、こちらに気づいた夏海が大きな声を出して呼びかけてきた。
「お~い!!」
「おや、なっつんが飛び跳ねてるのん。朝から元気なんな~」
「春だからね~」
「時々お前たちが小1とは思えなくなるんだよな……」
妙に落ち着いた物腰の小1コンビに呆れつつ、先に来ていたこのみたちと合流する。
見ると、もう既に準備を整えており、川伝いの土手にぽつんと1本だけ立っている梅の木の下にレジャーシートを敷いて、そこにお弁当や水筒が置かれていた。
桜の開花はもう少し先だが、ここの梅は既に咲き誇っているので、一足早いお花見を楽しもうという魂胆らしい。
「いらっしゃい大河君!」
「合格祝いと送別会を兼ねたピクニックパーティにようこそ!」
「実はみんなでこっそりと準備してたのさ~」
「なんと……俺は今、モーレツに感動しているっ!」
愛しい少女たちが自分のために用意してくれたサプライズに、大河はとても喜んだ。
素敵だ……やはり人間は素晴らしい。
そして、このような気持ちにさせてくれる優しい世界に感謝を。
「フッ、俺は本当に幸せ者だな……」
「はいはい、感動するのは後でいいから、ここに座って~」
「ああ。お言葉に甘えさせてもらおう」
このみに言われるがままにレジャーシートの上座へ腰を下ろす。
それを見届けた少女達は、大河の前面を取り囲むように座り、各々が作ってきたお弁当を広げた。
自分たち用と大河用の2つ分用意しているのでかなり豪勢だ。
料理の製作者は、楓、このみ、小鞠、蛍の4人で、和風、洋風、中華といった様々な内容になっている。
まぁ、経験の浅い小鞠のものだけは明らかに出来が悪そうだが、大河に料理を教わった後もこっそり努力を続けており、それなりにスキルアップしている様子が伺えた。
「まず最初に大河君から食べてよ」
「いいのか?」
「はい、遠慮せずに食べてください♪」
「そうか。では、いただくとしよう」
みんなの期待に満ちた視線を受けながら、それぞれのお弁当から一品ずつ食べる。
うん、どれも美味しく出来ている。
「どうですか?」
「うむ。この海川大河が断言しよう、美味であると!」
「普通に美味いって言えよ」
「ははは。でも、嬉しいよね」
「はい!」
大河から良い答えが聞けて、みんなは嬉しそうに笑顔を浮かべる。
それだけで、全ての努力が報われるってもんだ。
しかし、4人が感動に浸っていられるの一瞬で、すぐさま騒動が巻き起こる。
そのきっかけは、やはりというか夏海であった。
「ねぇねぇ、大河兄ぃ。うち、その唐揚げが食べたいな~」
「了解した。ほら、あ~ん」
「あ~ん」
このみが作った唐揚げに目をつけた夏海が、大河にねだって食べさせてもらったのだ。
しかし、その唐揚げは、辛い物好きな彼のために作った特別仕様だった。
「かぁらぁ~~~~~~~~!!?」
あまりの辛さに悶絶する。
どうやら夏海は、この面子で食事をすると辛い物を食べてしまう運命にあるようだ。
とはいえ、今回はそんな彼女に仲間が出来る。
大河に『あ~ん』をしてもらいたいがために、楓たちも食べさせて欲しいとねだってしまったのである。
「大河君、私にもあ~んやって!」
「あ~、それじゃ私もあ~んしてください!」
「じゃあ、先輩の次にお願いします!」
「まぁ、子供っぽいとは思うけど……そのハンバーグ、食べさせてくれよ」
「勿論いいとも。さぁ、大いに食すがいい!」
辛いと分かっていても、このチャンスを逃すわけにはいかない。
恋する乙女は、時に無茶をするものなのだ。
「「「「くひがいひゃい……(口が痛い)」」」」
まさしく因果応報である。
それでも、幸せそうなので問題は無いだろう。
辛さでしびれている口をフルフルとさせつつ嬉しそうに笑みを浮かべる姿は少し怖いけど。
そんな微笑ましい(?)彼女たちの様子を見つめながら、大河は感謝の言葉を送る。
「みんな、このような素晴らしい催しを開いてくれたことに改めて礼を言おう。君たちの優しさが、俺の心を見事に射抜いたぞ」
「えへへ~。いつも優しくしてくれる大河先輩と比べたら、このくらいどうってことないですよ~」
「そうですよ。日頃お世話になってるお礼ですから」
照れて謙遜する小鞠と蛍。
しかし、大河の感激は止まらない。
「そう言ってもらえるのは嬉しいが、俺はそこまで出来た人間ではないよ」
「え?」
「本当の俺は、空気が読めず、すこぶる調子に乗り、なおかつ我慢弱く、人の話を聞こうともしない、単なる愚者に過ぎない。あえて言おう、カスであると!」
「「「「「そこまで言わなくてもー!?」」」」」
「しかし、優しい君たちは、そんな俺にすら手を差し伸べ、温もりを与えてくれる。だからこそ尊敬に値するんだ……本当に感謝している」
「って、急に真面目になるな!」
「そうだね、どう反応していいか困るよ……」
急に殊勝な態度を取り出した大河に途惑う。
今回のように全員で集まる機会もあとわずかなので、寂しい気持ちが湧いてしまったようだ。
話を聞いていた少女たちも、大河の気持ちと同調して言葉が出なくなる。
しかし、基本的にポジティブな彼が、このような暗い雰囲気を許すわけが無かった。
「それと、もう一つみんなに言っておきたいことがある」
「ふぇ?」
「何ですか?」
「実は俺、甘党なんだ!」
「すっげー今更~~~~~~~~~~!!?」
「そ、そうだったんですか~!?」
「そういえば、辛い物が好きだって聞いたこと無いかも」
「あっ……」
確かに、激辛料理を美味そうに食べる姿は何度か目撃されているが、彼自身が進んで注文したものは1つも無いし、好物であるとは一言も言っていない。
1年越しに明かされた割とどーでもいい衝撃の事実(?)に、みんなで唖然とするのだった。
◇◆◇◆◇◆
楽しいピクニックからさらに数日が経ち、子供たちは春休みに突入していた。
2週間ほどの短い連休なので遠出は出来ないが、その代わりとでも言うように東京からひかげが帰省してきた。
それに対するれんげの反応はイマイチだったものの、彼女は大河に会いたくて帰ってきたので問題は無い。
彼と会話出来てご機嫌になっている様子を見れば丸分かりだ。
暖かい木漏れ日の差す山中に、少女たちの楽しげな声が響く。
今日は、とあるイベントの都合により、いつもの面子で近くの山に集まっていたのである。
「いや~、
「まったくだね~」
ひかげとこのみの女子高生コンビで仲良く頷きあう。
彼女たちが言っている道普請とは、各地域の住人が集まって、共同で使う道路や水路などの修理・草刈りを行うボランティア作業だ。
本当なら、高校生組は有力な人手として借り出されていたところだが……。
「大河君、一穂さんに何て言ったの?」
「なに、前に作ったことのあるフルコース料理をいつかまたご馳走しますと言っただけさ」
「思いっきり買収じゃん!」
「実に一穂さんらしいね……」
どうやら、一穂の粋な計らい(?)があったおかげらしい。
まぁ、絶対に参加しなければいけないものでもないし、遊び盛りな子供たちに強要するのも気が引けたのだと思っておこう。
つい先ほど合流したれんげたちも、大河と遊べることになって喜んでいるので、一応感謝しておくべきかもしれない。
「後は蛍だけだな」
「はい、もうすぐ来ると思います」
「そうか。ならば、彼女が来るまで、この海川大河が余興を披露してみせよう!」
「「「「「「わ~い!」」」」」」
「……(楽)」
そのように、大河の余興とやらを楽しみながら待つこと十数分後、ようやく蛍がやって来た。
これで全員集合である。
「おはよ~!」
「おはよ~ございま~す!」
「ほたるん、にゃんぱすー」
「にゃんぱすー」
「蛍お姉ちゃん、んばば!」
「んばば! って、何ソレ!?」
合流してから真っ先に朝の挨拶を済ます。
意味不明なこなみの言葉に思わず反応してしまうものの、すぐに落ち着いた蛍は、集まっていたみんなを見回してみる。
山で遊ぶということで全員が動きやすそうな格好をしており、特にれんげとこなみはお揃いのオーバーオール姿でとても可愛らしかった。
まるで配管工の兄弟……もとい、双子の姉妹のように見えたため、思わず頬を緩めてしまう。
2人の姿にインスピレーションを掻き立てられて、新しいぬいぐるみのネタにしようかな~などと思っていたが、こなみを見ているうちにあることに気づいたので小鞠に聞いてみた。
「ところで、大河先輩が見当たりませんけど、どこにいるんですか?」
「あ~大河先輩なら、あそこにいるよ~」
「え?」
聞かれた小鞠は、何故か上の方を指差す。
もしかすると、以前にもやっていたように木登りをしているのだろうか?
しかし、あの男は人の想像の斜め上を行くことにかけて定評があることを忘れてはいけなかった。
なんと、高所に生えた木の枝と自分の身体にロープを結びつけた大河が、後方に向けて思い切りジャンプすると、空中でロープを張って振り子のように落下してきたのだ。
「人呼んで、タイガー・マニューバ!」
「えぇ~~~~~~~~~~~!!?」
決め言葉と共に颯爽と下りてきた大河は、半円を描きながら驚いている蛍の前に着地する。
もうお分かりだと思うが、これこそが彼の余興だった。
お前は立体機動で巨人と戦う兵士かと言いたくなるような行動に、当然の如くつっこみを入れる。
「ななな、何やってんですかー!? というか、そのロープは何ですー!?」
「フッ。山で活動するには、相応の準備が必要だからな。要するに、備えあれば憂いなしだ!」
「は、はぁ……そうですね」
とりあえず納得しておくことにした。
何だかんだとお騒がせな行動をする大河だが、意外にも理に適っている場合が多いので、もしかしたらあのロープも後々役に立つかもしれない。
……たぶん。
「よし、蛍も来たことだし、余興は終わりだな。俺はロープを解いてくるから、みんなは先に行くといい」
「「「「は~い」」」」
「……」
そう言って再び木によじ登っていく大河。
余興として使ったらしいが、今のところはあまり役に立っていないようだ。
「え~っと……これから何をするんですか?」
「食べられる野草や山菜採るんだよ」
「へぇ~。私、山菜採りって初めてです!」
「おっけ~おっけ~。あっちの山道の辺りに色々あるから、散歩しながら採ろ~?」
「はい!」
やる気満々の夏海とお目付け役の卓を先頭に、ぞろぞろと歩き始める。
舗装はされていないものの比較的なだらかな山道なので、軽快に進んでいく。
その数分後、小走りに後を追って来た大河が、先行していたれんげたちと合流する。
彼女たちは、何故か看板の前で立ち止まっていたのだが、理由を聞くと、この山の所有者がれんげの家だという話をしていたようだ。
東京育ちの蛍は都会との違いに驚いてしまい、その様子を見た田舎育ちのれんげが、同じような理由でさらに驚いてしまったという訳である。
地理の都合上、地方において山を所有している人は珍しくないが、地価が高い上に山自体が無い都会ではあまり聞かない話なので当然の結果だろう。
「ほぅ、そういうことか……」
「タイガーも山持ってないのん?」
「いや、俺は山を持っているぞ」
「な~!? 本当なのん!?」
ダメ元で聞いてみたら、意外な答えが返ってきた。
海川家も蛍と同様に山の無い都会出身だが、本当なのだろうか。
みんなで疑問に思っていると、大河は持っていたリュックから小さな箱を取り出した。
よく見るとそれは、子供でも買える安価なお菓子だった。
「ほら、これだ」
「って、【きのこの山】じゃん!」
「なに、簡単に考えればこれも山さ。要は、山という名前の物を所有しているか否か、只それだけだ。故に、君たちが気に病むことなど一切無い!」
「「「「お~、なるほど!」」」」
「相変わらず、口が上手いね~」
「ちょっと強引だけどね」
「因みに、俺は【たけのこの里派】なのだが、残念ながら売り切れていてな。仕方なくこれを買ってしまったのだが……口惜しいぞ、駄菓子屋!」
「すっげーしょーもないことで気に病んでたー!?」
これでは、せっかくの力説も台無しである。
まぁ、そこはかとなく気分転換にはなったので良しとしておこう。
そのように、とりあえず話をまとめていると、先に進んでいた夏海が手に何かを持って声をかけてきた。
「おーい! 山菜ゲット~!」
「なぁ!? 先越されたん! なっつん何採ったん?」
「タラの芽!」
「ほぅ、やるじゃないか」
「よし、私たちも探そっか?」
「はい!」
「こなみん、一緒に探す~ん!」
「おっけ~。山菜ゲットだぜ!」
「いくぞ、サーチアンドデストロイ!」
「目的変わってるよ!」
「大河君はほどほどにね……」
何はともあれ、ようやく山菜取りが始まった。
夏海の案内でたくさん採れそうなポイントへ行き、そこで一旦散開して作業を進める。
地面にヒザを突きながらじっくり探すと、雑草の中に紛れて生えている山菜を発見できた。
「蛍! ほら、ぜんまい採れた~!」
「あっ、それ、写真か何かで見たことあります!」
「こっちもわらび採ったよ~」
「私はふきのとうを見つけた~」
「わぁ、みなさん早いですね」
小鞠に続いてこのみとひかげも山菜をゲットする。
彼女たちは小さい頃からやっているので、このくらいお手の物だ。
まるっきり経験の無い大河や蛍では、到底太刀打ちできない速度である。
しかし、当初の予想に反して、それほど間を置かずに大河も山菜を採ったと言い出す。
「未熟な蕾を摘み取ってしまうとは、俺も罪な男だ……」
「如何わしい言い方しないで欲しいんですけど!」
「でも、結構早かったね」
「そうだね~」
興味があったのでみんなで確かめてみる。
はたして、どんな山菜を採ったのだろうかと、振り返った大河の手元に視線を向ける。
すると、そこには……緑色の傘に白い斑点があるでっかいキノコがあった。
「「「「1UPキノコー!?」」」」
「見よ、この猛々しき姿、実にご立派だろう!」
「って、山菜じゃねーし!」
「それ以前に作り物だよね?」
「ほんとだ。これ、ヌイグルミです」
触ってみると、ボア生地で作られたヌイグルミだと分かる。
というか、こんなキノコはこの世に存在しない。
「この日のためにわざわざ用意したの?」
「その通りだ。どれほど小さな笑いであろうと死力を尽くす、それが俺の流儀だ」
「いや、笑いに死力を尽くさんでも……」
「そんな甘えは許されんのだよ。俺は全力で笑いを取ってみせる、他人の生き血を啜ってでもな!」
「もはや笑える状況じゃねーよ!」
まぁ、笑いはともかく山菜を採れなかったのは間違いない。
最初の予想通り、大河には山菜採りの知識が無かったので、結局は蛍と一緒に教わることになった。
普段は如才無いのに、変な所で世話のかかる男である。
とまぁ、またしても大河のせいで一騒動起こったわけだが、その同時刻、別の場所でよもぎを採っていたれんげとこなみにも衝撃的なことが起こっていた。
たくさんよもぎが採れて気を良くした2人が、さらに採ってやろうと場所移動したその途中で異様な光景を目撃してしまったのだ。
なんと、2人の目の前にいる卓が、大量の草を口に含んでムシャムシャとしていたのである。
その草はカタバミと呼ばれるもので、生で噛むと酸っぱい味がする山菜だ。
卓は夏海に勧められるがままにその場で食べてみたのだが、その姿はあまりにも野性味に溢れ過ぎていた。
「「「……」」」
しばらく時間が止まったように見つめ合う3人。
すると、突然れんげが走り出した。
「あっ、れんげちゃ~ん!」
一体どうしたというのだろうか。
置いていかれたこなみが後を追いかけると、れんげはしゃがんで山菜を採っている夏海の背中に飛びついていた。
「とあっ!」
「ん……どうしたの、れんちょん?」
「あれは流石にやりすぎなん。あんなん平成時代じゃないん!」
どうやら、先ほど見た光景が酷く原始的に見えてしまったようだ。
特に、都会に憧れている節があるれんげにとってはショックが大きかった。
やっぱりここは田舎なのか、と。
「お~い、採れた~?」
「あっ、小鞠お姉ちゃん」
先ほどの場所で一通り山菜を採り終えたので、小鞠たちが合流してきた。
それと同時に夏海の背中から離れたれんげだが、どこか様子がおかしい。
「どうしたの、れんちゃん?」
「ほたるん、やっぱりここは田舎なんな……都会には山も砂も山菜も無いのに、ここには一杯あるのん」
心の中で思っていた事を口に出してみる。
れんげは都会との違いを気にしすぎたせいで、田舎を感じさせるものがちょっとだけ嫌になってしまったらしい。
あまりに唐突だったので、問いかけられた蛍は一瞬だけぽかんとしてしまう。
しかし、次第に笑みを浮かべると、この土地にやって来て感じることが出来た魅力を話してみることにした。
「都会と違う所が一杯あって、山も砂も山菜も一杯あって、私はここが大好きだよ」
「はっ! じゃあ、草をモサモサ食べてる人がいてもいいのんな!」
「え? ……い、いいと思うよ?」
「おお~!」
「そうだ、何も問題は無いぞ。都会では、人間のタイプを肉食系と草食系に分けて表現することが流行っていてな。草をモサモサ食べてる人は、まさに草食系というわけだ!」
「ええ~!? それじゃあ、兄ちゃんは流行の最先端を行ってたんな~!?」
「って、さらっと嘘つくなー!? 流行ってたの大分前だし! そもそも意味が違うしー!!」
「なにっ、そうだったのか!? 俺は聞いていないぞ!」
「本気で勘違いしてたー!?」
「はは、ものすごいつっこみラッシュだね……」
このみも呆れてしまうくらいの暑苦しいやり取りで、れんげの落ち込みもどこかに吹っ飛んでしまった。
過程はともかく、結果はオーライなので良しとしておこう。
「ん~よく分からないけど、一緒に山菜採ろうか?」
「採るん!」
「今度はキノコ採ろうよ~」
「俺は既に採っているぞ!」
「「「って、1UPキノコー!?」」」
さっきは不発に終わった出オチギャグを、初見のれんげたちでもう一度試してみる懲りない大河。
そのように楽しく騒ぎながら山菜取りを続けて、適当な量が集まった所で切り上げる。
人数が多かったからか結構早く終わってしまったので、今度は近くにある花畑に行って遊ぶことにした。
しばらく移動すると、山の中とは思えないくらい開けた場所に着く。
れんげの花が広々とした土地一面に咲いており、壮観な眺めを作り出していた。
白とピンクの可愛らしい花が視界一杯に広がる
「わぁ~! 綺麗~!」
「ほぅ、れんげか。心を奪われてしまうほどに愛らしい姿だ」
「タイガー……もしかして、うちに愛の告白してるのん?」
「ま、まさかー!?」
「そんなわけないだろ!」
「この花の名前がれんげなんだよ」
「ほほ~!」
大河の言葉は、当然ながられんげに向けたものではなく花を見た感想だ。
それを聞いて、自分と同じ名前の花に興味が湧いたれんげは、その場にしゃがんで見つめる。
じっと眺めているうちに愛着も湧いてきた。
「同じ名前と思うと、可愛く見えるな~。この花、好きになりました」
「れんげちゃんの量産型みたいなものだもんね~」
「そうだね~って、量産型!?」
「う~ん、そう考えたら、ちょっと怖くなってきたのん」
「確かに、クローンが一杯いるみたいだからね……」
考え方を変えたら、同じ形の物が一杯ある景色が、何となくおっかないものに思えてきた。
所謂、御坂さん家のシスターズみたいなもんと言えばお分かりいただけるであろう。
「こらこら、こんなに綺麗なお花畑を、変なSFに置き換えちゃダメでしょ!」
「まったくだよ、ここはうちの思い出の場所なんだから……お~、そうだ」
思い出と言った所で何かを思いついたらしい夏海は、しゃがんで花を集めると何かを作り出した。
さらに、何を作っているか察した大河も一緒に加わり、2人で黙々と作業を進める。
あまりにも真剣なので、他の面子は大人しく見守ることにした。
そうして、数分かけて目的のものを完成させた夏海と大河は、れんげとこなみの頭にそれを乗せてあげた。
「ふっふっふ~、れんげで作った冠の出来上がり~!」
「「「おお~!」」」
見事な手際にパチパチと拍手する。
それにしても、夏海にこんな特技があったとは意外だ。
「お花の冠なん! なんでなっつん、こんな乙女チックなん作れるん!?」
「そりゃあ、うち乙女ですもの」
「そして、この俺は乙女座だからだ!」
「って、乙女座関係ねーだろ!」
「でも、なっつんの乙女発言より納得なのん」
「ぐはぁっ! 乙女座の男に負けただとぅ!?」
もはや定番となっている乙女座ネタのせいで、不運にも女のプライドにダメージを負ってしまう夏海。
それでも、彼女は子供たちのために献身的な行動を続けた。
近くの林から大きな葉っぱを8枚採ってきて、れんげとこなみの背中に付けてあげたのである。
オーバーオールの肩紐が交差している部分に4枚ずつ挟み込んで、可愛らしい羽のように見せるという心憎い演出だ。
「お~っし、これで羽の生えた妖精っぽい感じだ~!」
「お~、妖精さんな!」
「なるほど! その特徴的な髪色とツインテール、そして、憂いを秘める眠たげな眼差しは、まさしく【電子の妖精】だ!」
「電子の妖精なん!? すっごい都会的でカッコイイの~ん!!」
「って、そーじゃないだろ! 電子どっから出て来たんだよ!?」
大河の言っている妖精とは、『バカばっか』が口癖の美少女オペレーターである。
確かに、れんげと彼女には共通する部分が多く見受けられる。
しかし、残念ながられんげはマシンチャイルドではなく、ちょっと風変わりな田舎の美幼女に過ぎない。
そして、それはこなみにも言えることなのだが……。
「じゃあ、こなみんは何妖精なのさ?」
「勿論、こなみは……」
「カレーの妖精だよ~」
「あんま妖精っぽくねー! っていうか、何故にカレー!?」
「見た目とイメージ違うよね」
「うん。カレーっていったら、ターバン巻いたヒゲのオジサンかな……」
やはりと言うか、こっちもこっちで問題があった。
とはいえ、名前がアレでも彼女たちの魅力は変わらない。
「でもまぁ、2人ともファンシーな感じになって、なかなかいいんじゃな~い?」
「ふぁんしーってなんなのん?」
「ふなっしーとキョンシーが合体したものかな~?」
「違うわ!」
「そんな怪しいモンじゃなくて、可愛いってことじゃない?」
「なぬ! この格好可愛いん?」
「うん、凄く可愛いと思う」
「お~! 駄菓子屋とねえねえにも見せてきていいですのん?」
「はいはい、じゃあ戻ろっか?」
「わ~い! こなみん、一緒に行くの~ん!」
「ラーサ!」
可愛いと言われて気を良くしたれんげは、こなみと一緒に楓たちがいる山道の入り口へ向かって走り出す。
ピョコピョコと羽を揺らしながら駆けて行くその姿は、本当の妖精のように見えた。
実に優しい風景だ……。
大河たちは笑みを浮かべながら2人を見送る。
しかし、その平穏を脅かす存在が唐突に現れた。
急にガサガサと草を揺する音が聞こえたかと思った途端、黒い大きな物体が飛び出してきたのだ。
しかも、その物体は走っているれんげたちに狙いを定めているように見えるが、あれはもしや!
「「「「「クマだ~~~~~~~~!!?」」」」」
思わずみんなで叫んでしまう。
しかし、そのせいで今度はこちらに注意を向けてきた。
見ると、平均的な体格のツキノワグマであり、頭胴長は少なくとも100センチ以上はある。
冬眠から目覚めて間もないので体重は減っているようだが、それでも危機的状況であることは変わらない。
「ええい! 迂闊なマネを!」
自身の甘さに怒りが湧く。
れんげたちはこちらの異変に気づかずそのまま遠ざかっているのでいいが、今はこちらの方がピンチだ。
一連の騒ぎのせいか大分刺激してしまったようなので、大人しく帰ってくれる気配も無く、ゆっくりとこちらに近寄ってくる。
本当なら穏便にやり過ごしたい所だが、みんなを守るには積極的な囮役が必要だろう。
「こ、こっちに来ますよ~!?」
「どどど、どうしよ~!?」
「みんな、慌てることはない。俺がヤツを引き付けている間に、ゆっくりと背中を見せないように移動するんだ」
「で、でも、それじゃあ大河君が!」
「心配は無用だ! こんなこともあろうかとクマ撃退スプレーを用意して……なかった! 1UPキノコに気を取られて入れ忘れたようだ!」
「あんたって人はぁーっ!?」
お笑いに死力を尽くした結果、本当に死んでしまいそうだ。
しかし、装備が不十分ても逃げるわけには行かない。
愛しい少女たちは絶対に守ってみせる。
男の誓いに、訂正はないのだ!
「行け、みんな! 生きて未来を切り開け!!」
「大河先輩ー!?」
まるで、最後の突撃を敢行する兵士のようなセリフを言いながらクマに歩み寄っていく。
これは死ではない、みんなで生きる為の――
「戦いだ!!」
「グオォォォーーーー!!!」
とうとう大河とクマとの死闘が始まってしまった。
果たして、どのような結末が待っているのだろうか。
答えはまだ誰にも分からない……。
「堪忍袋の緒が切れた! 許さんぞ! クマダム!!」
「グォゥッ!?」
「どれほどの筋力差であろうと! 今日の俺は阿修羅すら凌駕する存在だ!!」
言葉通り軍神すら竦みあがるような気迫で猛り吼える。
覚悟は既に十分であり、後は行動あるのみだ。
リュックの中に手を伸ばし、持てる力の全てをかけて強大な敵に立ち向かう。
その同時刻、後方で起きている異常事態に何も気づいていないれんげとこなみは、2人で競い合うように山道を駆け下りていた。
「ぶっうぉうぉおおお~!」
「うりゃりゃりゃりゃ~!」
可愛らしい声を上げながら走り抜け、割と短時間で目的地に到着する。
2人は掃除をしている楓たちの元に駆け寄ると、早速妖精コスプレをアピールしだした。
「駄菓子屋~! ねぇねぇ~!」
「ただ今帰還しました~!」
「おかえり~」
「何だその格好?」
「なっつんに作って貰ったん。この格好……ファ……ファ……ファンキーなのん?」
「ファンキー?」
本当はファンシーなのだが、ここに来るまでに忘れてしまったようだ。
残念なことに隣にいるこなみも同様で、間違った単語を覚えてしまっていた。
「あれ? フランキーじゃなかったっけ?」
「余計に分からなくなったな!」
「で、どうなのん? ファンキーなん? フランキーなん?」
「それともふなっしー?」
「何か増えてるし! ってか、趣旨変わってるしー!」
「よく分からんけど、格好からしてファンキーでいいんでない?」
「そ、そうっすね。見ようによってはファンキーかも」
「おお~、ファンキーなの~ん!」
「おめでと~。ファンキーオブザイヤーはれんげちゃんの物だよ~」
「お前も同じ格好じゃねーか!」
とまぁ、ちょっぴり混乱を来たしたものの、ファンキーな妖精たちは目的を達成できて満足そうだ。
強制的に付き合わされた楓は若干疲労してしまったが、これも大人の役目なのだと達観するしかないだろう。
とはいえ、そんな気遣いを受けていることなど知る由も無い2人は、のんきに妖精ごっこをし始める。
実に穏やかな時間だ……。
しかし、その平穏を打ち破る不吉な知らせが唐突に齎された。
クマから逃げ出すことに成功したこのみたちがここまでやって来たのである。
「た、た、大変だよー!?」
「ん? そんなに慌ててどうしたんだ?」
「ククク。クマが出たんだよー!!」
「何だって!?」
「本当!? みんな大丈夫なん!?」
「う、うん、私たちは大丈夫だけど、大河先輩がっ!!」
「おいっ、アイツがどうしたってんだ!?」
「大河先輩は、私たちを逃がすために囮になってくれたんだ……」
「そんな!? お兄ちゃん!」
大河のピンチを知らされたこなみは、無謀にも彼の元へと向かってしまう。
当然ながらすぐに止めようとしたが、火事場の馬鹿力が発揮されたのか、思いのほか足が速くて振り切られてしまった。
「ちぃ! 先輩! 私がこなみを追いますから、関係者とかへの連絡は任せます!」
「ちょっ、楓!?」
「あ~もう! やっぱり私も戻るよ!」
「って、このちゃんまで!?」
「だったら私も!」
「怖いけど……行かなきゃ!」
「ええい、女は度胸だ!」
「……!」
「あーん、こませんぱーい!」
「こなみーん! タイガー!」
「あー、れんちょんまでー!? って、こうしちゃいられん!」
結局、制止を聞かずにみんなで行ってしまった。
こうなったら一刻も早く連絡して助けを呼ぶしかないと、一穂は急いで人が集まっている場所に向かう。
一方、途中でこなみに追いついた楓たちは、そのまま全員で大河の救出に向かうことにした。
本来クマは臆病で警戒心の強い動物なので、大勢で賑やかな方が寄り付かない可能性が高い。
大河たちに襲い掛かってきたクマは、たまたま凶暴な個体だったのだろう。
だとすれば、尚更彼の身が心配になってくる。
「くっ、無事でいろよ……!」
祈るようにつぶやきながら山道を走り抜け、数分で花畑に到着する。
すぐさま視線を巡らして人影を探すと、中央付近で仰向けに倒れている大河と横倒しになっているクマの姿を見つけた。
なんと、たった1人でクマを撃退してしまったようだが、彼自身も倒れているので心配だ。
「大河ー!!?」
「お兄ちゃーん!?」
「大河せんぱーい!?」
「ちょ、大丈夫なの!?」
みんなで一斉に駆け寄る。
大河は目を閉じており、胸や腕に爪でやられたらしい切り傷が数箇所見られた。
幸いにも致命傷は受けていないようだが、意識が無いのはまずい。
楓は頭に傷が無いことを確認すると、労わるように膝枕をして大河に呼びかけた。
「おい、大河……目を覚ましてくれよ」
「やぁ、楓。昼の挨拶、すなわち『こんにちは』という言葉を、謹んで贈らせてもらおう」
「って、起きてたのかよ!?」
「うむ。眼をつむって勝利の余韻に浸っていたのだがな。そのおかげで膝枕を堪能できようとは、まさに僥倖!」
「ていっ!」
バシッ!
「ぐおっ! 痛いじゃないか」
「余計な心配させたバツだ!」
「でもよかった~! いつもの元気なお兄ちゃんだ~」
「フッ。心配をかけて済まなかったな、こなみ」
兄の無事を確認して勢いよく抱きついてきたこなみを優しく受け止める。
見回すと、大河を囲んでいるみんなが涙ぐんでいた。
「あう~! 無事でよがっだよ~!」
「ほんとだよ。すっごい心配したんだからね」
「そうか……ならば、この海川大河が心よりお詫び申し上げる! この思い、全身全霊をもって受け取るがいい!」
「あんまり謝ってる感じしないんですけど!」
「ふふっ、でも、本当にすごいですよね。1人でクマを倒しちゃうなんて……」
「マジですごいよ、大河兄ぃ!」
「……(尊)」
「なに、君たちを守るためなら、ロシアの荒熊でさえ倒してみせるさ」
「いや、別にロシアの荒熊と戦わなくてもいいんだけどさ」
蛍の言葉を受けて全員でクマに視線を向ける。
よく見ると、クマの口には1UPキノコが詰め込まれており、両腕と両足にはロープが複雑に絡んでいた。
一体どんな戦い方をしたのだろうか?
「アレはどうやって倒したんだ?」
「簡単なことだ。1UPキノコでファングを封じ、ロープでクローを封じれば、クマとて只の毛だるまに過ぎん」
「普通の人はそんなこと考えもしないけどね……」
「無論その通りだが、幸いにも俺はバレー部なのでね。クマのうなじに蹴りを入れてけりをつけてやったぞ!」
「バレー部関係ねーし! どっちかってゆーとサッカー部だし!」
やはり、この男は只者ではなかった。
ただ、バレー部というものを別の何かと勘違いしている気もするが……この際どうでもいいだろう。
「タイガー、このクマ死んでるのん?」
「そうだ。よく見ておくがいい。戦いに敗れるとは、こういうことだ」
「ちょっぴり悲しいのん」
「その思いは当然であり大事なことだ。後は、そこに感謝の気持ちを込めればいい」
「感謝?」
「このクマは後で食肉となる。命をいただき、美味しくいただくことで、俺たち人間が生かされるのだ。故に、この世のすべての食材に感謝を込めて、いただきますと言わせてもらおう!」
「おお~! いただきますって素晴らしいお言葉だったのんな!」
さりげなく食育までしてしまう抜け目の無い大河。
生きるための戦いとは、何気ない日常の中にもあるのだ。
それを実感出来たのだから、クマとの戦いも強ち悪い出来事ではなかったのかもしれない。
とはいえ、このイベントにおける大河の役目はここまでであり、後始末は専門家の出番である。
救助に来た大人たちにクマの処理を任せて一穂に無事を報告すると、みんなは賑やかに山を下りていく。
「いや~、安心したらお腹空いてきたな~」
「緊張感の無いヤツだな」
「でも、いつの間にかお昼になってますね」
「うちもお腹空いた~ん!」
「私も~、お腹と背中がラブラブだよ~」
「もう少し我慢しな。大河先輩の治療が先なんだから」
「気遣い感謝する。しかし、俺の心配は無用さ」
「痛くないの大河君?」
「問題ない。人々からは鈍感野郎と言われているくらいだからな」
「確かに鈍感だけど、こうすればどうだ?」
楓はそう言うと、怪我をしている左腕に抱きついてきた。
胸が当たってるって? わざと当ててるんだよ!
「おおぅっ!? これはこれで新たな快感に目覚めてしまいそうだ!」
「何でもありか!」
「お願いだから、ソッチには行かないでね」
順応性が高すぎるのも困りものだ。
お子様たちは少し先を歩いているので聞かれずに済んだが、教育上よろしくないので、このみは注意をしておくことにした。
「大河君、もうすぐ私たちも
「……そうだな。最初で最後の
「うん、よろしい!」
大河の返事に気を良くしたのか、綺麗な笑顔を返すこのみ。
そんな彼女を見つめながら大河は思う。
この世界の有り様を……。
「(同じ時を繰り返す、永遠の17歳か……これでは道化だよ)」
突然すぎて信じられないことだとは思うが、この世界は同じ時間をループしている。
正確には、人だけが閉じた時間の中にいる。
ほとんどの因果は蓄積されるので時代は移り変わっていくのだが、人に関する時間の流れにだけ異様な変化が起きているのだ。
人はある年を境に一切年を取らなくなり、年度の流れが一切無視されて、学生はずっと同じ学年のまま時が流れていくようになってしまったのである。
そのため、大河にあった大学へ進学するという因果が年度末を境に無くなり、再び同じ年齢で同じ高校3年生を過ごすこととなる。
所謂、サザエさん時空である。
この呪いにも似た現象は、大きな矛盾を生み出さないために人の心にまで干渉してくる。
特に、未来へ大きな影響を及ぼす恋愛感情などが顕著であり、告白しそうな段階まで来ても心にブレーキがかかってしまう。
つまり、この歪んだ世界で恋を成就させることは至難の業となってしまっているのだ。
「(よもや、このような世界の歪みに気づいてしまうとは。乙女座が導いてくれた未来への道しるべか、それとも滅びの罠か……)」
こなみがこの土地にやって来た日、唐突に過去の記憶を思い出した大河は、その事実に気づいてしまった。
ネタキャラになり過ぎてメタ存在になってしまったのか。
実際の理由は分からないが、きっかけは家族がこの土地にやって来たという点にある気がする。
曖昧な予測ではあるものの、思いつく出来事と言えば家族の引越しぐらいしかなかったからだ。
どちらにしろ他に良い手立ても無いので、とにかく原因を探るために適当な理由を作って転校してきた。
とはいえ、そんな途方も無い超常現象の仕組みなど一介の学生に分かるはずも無く、いまだに対処の方法も見つからない。
しかし、最近ではそれでもいいのではないかと思うようになってきた。
確かに、この世界は歪んでいる。
だが、あえて正しい秩序を再生させる必要はないのではなかろうか。
例え歪んだ世界であっても、自分は1人ではないのだから。
「お兄ちゃ~ん!!」
「タイガー!」
「「大河せんぱ~い!」」
「大河兄ぃ~!」
「ふっ……まだ俺には帰れる所があるんだ。こんなに嬉しいことはない」
ならば、そこへ帰ればいい。
これにて「のんのんでいず」は完結となります。
初投稿ということで絶対に完結させたいがために話数を少なめにしたのですが、それでも大変でした。
連載というプレッシャーは、なかなかのものですね……。
それでは、短い間でしたが、「のんのんでいず」をご覧頂いた皆様、本当にありがとうございました。