のんのんでいず   作:カレー大好き

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偏頭痛祭りで完成が遅れてしまいました。
因みに、今回もネタだらけです。


第11話 「かまくらを要塞化した」

新年気分もようやく抜けきろうとしている2月上旬、れんげたちの住まうこの土地に大雪が降っていた。

昼頃から急激に強く降りだしてあっという間に積もってしまったので、子供たちを帰宅させる前に通学に使っているバスの運行が止まってしまう。

そのため、今夜はみんなで分校にお泊りすることとなった。

当然ながらパジャマなど無いので、とりあえずジャージに着替えてから宿直室に集合し、今後の行動を確認する。

まずは、夕食をどうするかだ。

まぁ選択肢はほとんど無くて、非常食や買い置きしてあった宿直用のカップ麺などしかないのだが、この状況では仕方が無い。

家に帰れないし、やたらと寒いし、食事もお粗末ときたもんだ……。

あまりよろしくない状況を迎えて、一穂のテンションは下降気味であった。

 

 

「いやぁ、まさか学校に泊まることになろうとはね……」

「ま~いいじゃん。こういうのも面白い」

「はい。みんなで学校にお泊りなんて生まれて初めてだから、私も楽しいです!」

 

 

一穂とは違ってこんな状況でも子供らしく元気な蛍は、雪景色を見ようと嬉しそうに窓へ近づいていく。

外は既に真っ暗で、窓から漏れる光を受けた部分しかよく見えない。

それでも、東京育ちで雪自体が珍しい蛍にとっては十分に楽しめるようで、とても生き生きとした笑顔を浮かべながら外に目を向けた。

しかし、その笑顔が急に凍りつく。

勿論、寒さのためではなく、恐怖を感じたせいだ。

 

 

「キャ~~~~~~~~~~!!?」

「何事!?」

「どどど、どうしたの、蛍!?」

「宇宙人の襲来なん!?」

「スペースノイドが独立戦争を挑んできたの!?」

「そ、それはどうか分からないけど、校門の方からこっちに近づいてくる人影が……」

「え~、こんな吹雪なのに~?」

 

 

蛍の発言を聞いて、一穂は疑問に思う。

車も止まってしまうような積雪の中、わざわざ人里離れたこの場所に人がやって来るとは考えにくい。

たぶん彼女の見間違いだとは思うものの、これでも一応教師なので安全確認はしないといけない。

 

 

「まぁ、念のため見ておきますか」

「ねえねえ、気をつけるのん。ヤツらは光線銃を持ってるのん!」

「もしくは、メガ粒子砲でズピューンだね~」

「こんな辺鄙な学校落とすのに、どんだけ全力なのよ」

 

 

れんげとこなみは、突発的なイベントが起きて興奮気味だ。

それに対して、この手の話にめっぽう弱い小鞠は、寒さではなく悪寒によってブルブルと震える。

 

 

「何でこんな真冬に出るんだよ~!?」

「夏休みのバイトだけじゃ物足りないんじゃないの~? 新しいゲーム機も出たし」

「幽霊ってアルバイトなんですか?」

「だって遊園地とかにいるじゃん」

「こんな辺鄙な学校を遊園地と間違える奴はいないよ」

 

 

蛍が見たという人影に対して、それぞれ想像を掻き立てる。

どうせ、「幽霊の正体見たり枯れ尾花」というようなオチだろうが、自身の目で確かめてみないとどうにも落ち着かない。

こんな状況のままでは安眠できそうにないので、だったら見てやろうじゃないかと、覚悟を決めた一穂は窓の前に立った。

 

 

「それじゃ~、窓を開けるよ~?」

「「「「「ごくりんこ」」」」」

 

 

全員が固唾を呑んで見守る中、一穂は思いっきり窓を開ける。

すると目の前に……シロクマがいた。

宇宙人でも幽霊でもなく、シロクマが現れたのである。

 

 

「「「「「「ほわいっ!!?」」」」」」

 

 

まさかの展開に、みんなで仲良くビックリしてしまう。

どうしてこんな所にシロクマがいるのだろうかと、しばらく金縛りにあったような状態で考え込む。

ていうか、いるわけないじゃん。

よく見れば、雪が付いて白くなっているだけだと分かる。

その事実を証明するように、シロクマ(仮)は身体を左右に振ってボロボロと雪を落とし始め、そして中から……トラの顔が現れた。

 

 

「「「「「「タイガー!!?」」」」」」

 

 

クマかと思ったらトラだった。

はっきりいって訳分からん状態だが……雪を払った後の姿はどう見ても人間なので一先ず安心出来た。

トラの被り物を被っている点を除けば、フード付きの白い厚手のコートを着込んだごく普通の格好だ。

しかも、一穂、れんげ、こなみの3人にとっては、見覚えのある姿でもある。

 

 

「この荒ぶる吹雪の中、心の芯まで寒さがしみた。だが、愛しき天使の微笑が俺に命の火をともす! 会いたかった、会いたかったぞ! みんなっ!!」

 

 

どこかで聞きいたことがあるような、大げさな言い回し。

もしかして、もしかすると……。

この男の正体に気づいた数人が心の中で確信する中、当の人物がトラの被り物を取る。

そして、中から現れたのは……目出し帽を被った不審人物だった。

 

 

「「「「「「誰なんだー!?」」」」」」

 

 

やっと正体が分かるかと思っていたら変化球を投げ込まれて空振りしてしまう。

まさかの3段変身に、みんなで仲良くつっこんでしまった。

とはいえ、先ほどの声で既に正体は判明している。

 

 

「その目出し帽買ったんだ」

「はい。以前一穂さんが使っていたのを見て欲しくなりましてね。素顔を隠すこのフォルム、身持ちの固いしとやかな乙女を彷彿とさせます」

「いや、そんな風に思うのは君だけだよ……」

 

 

一穂のつっこみを受けながら目出し帽を取ったその人物は、やはり大河だった。

今日は吹雪いているので、防寒対策を念入りに施してきたらしい。

 

 

「そ、それはともかく、どうして大河先輩がここに?」

「うむ。食料の乏しい学校で君たちがひもじい思いをしていると思って夕食を持って来たんだ」

「えっ、マジで!?」

「やったぁ!」

 

 

大河からの朗報を聞いてみんなで喜ぶ。

彼の後ろを見ると、大型のリュックに加えて子供用のソリにも大きな荷物を載せて持ってきたらしいことが分かる。

あの中に料理や食材が入っているのだろう。

そうとなれば、膳は急げとみんなで宿直室へと荷物を運ぶ。

最後に一番重たい物を持って部屋に入ってきた大河は、コートを脱いで一息ついた後、ささっと台所を確認すると早速夕食の準備を始めた。

 

 

「まずはカレーから行こう。炊飯器も持参したので、あったかご飯で召し上がれだ!」

「うわ~い! カレーなの~ん!」

「金曜日にカレーは欠かせないよね~」

「しかもそれだけではない。オードブル、スープ、パン、ポワソン、ソルベ、ヴィアンドゥ、レギューム、フロマージュ、フルーツ、デザート、そして食後のコーヒーもあるぞ!」

「何それ!?」

「ゲームの呪文!?」

「って、フランス料理のフルコースじゃん!?」

 

 

どうやら、想像以上に豪華な夕食を用意してきたらしい。

重量を感じてしまうほど愛が大きい大河は、みんなの窮地を大げさに受け取ってしまったのだ。

確かに、お腹が空いていたのでとっても嬉しかったのだが……やっぱり量が多すぎた。

 

 

「うっぷ……美味しかったけど、苦しいです……」

「でも、ちょ~幸せ~♪ 丁度、フルコース料理食べてみたいって思ってたんよね~」

「……(満)」

「い、いかん、リバースしそうだ……」

「ちょ、こっち向いて言わないでよ!?」

「わふ~! お腹一杯でうちは大満足なのん」

「おお~、れんげちゃんのお腹、タプタプしてる~」

 

 

まぁ、多少苦しそうだが、料理には満足できたようなので何よりだ。

とにかく、時間をかけた豪勢な夕食も無事に終わった。

大分ゆっくりとした食事だったため時刻はもう午後9時を過ぎているので、そろそろ就寝の支度をしなければならない。

しかし、ここで新たな問題が発生した。

 

 

「布団が足りない」

 

 

宿直室にあった布団と保健室に2つあるベッドの布団を入れて合計3つ。

それに非常用の寝袋と大河が持参した寝袋の合計2つ。

以上が今用意できる寝具の全てだ。

1つの布団に2人で寝るとしても、寝袋は必ず使わないといけない。

そのため、部外者の大河は寝袋で決定なのだが……。

 

 

「そんなのダメです! あんなに美味しい料理を持ってきてくれた大河先輩に、寝袋を使わせるなんて出来ません!」

「そ、そうです! 絶対布団で寝てもらいます!」

 

 

何故か、小鞠と蛍が待ったをかけてきた。

実を言うと彼女たちには、大河と一緒の部屋で寝られるチャンスだという下心があった。

恋する小鞠は言わずもがなだが、蛍も彼のことが気になっており、時々こなみから一緒に寝ることがあると聞いて少し羨ましかったのだ。

異性と言うより兄として慕う気持ちの方が大きいとはいえ、なかなか大胆な行動である。

しかし、こういう場合に話がすんなりと通らないのはお約束だった。

 

 

「そうだねぇ……兄ちゃんと一緒に保健室で寝てもらえばいいかな」

「えっ!?」

「それじゃ意味無いよ!」

「ん? 意味ってなにさ?」

「うぇっ!? えっと、それはその~……」

 

 

一穂に指摘されて言いよどむ小鞠。

そんなこと言われても、本当のことなんて本人の前で言えるわけないじゃないか。

でも、このままではせっかくのチャンスがパァになってしまうし、どうすればいいんだろう……。

思わぬ所でピンチを迎えてしまった小鞠は涙目になる。

その時、兄の直感で妹の心を読み取った卓は、目をキラーンと光らせながら彼女を助けるための行動を開始した。

スッと姿を消して保健室から2組の布団を持ってくると、宿直室にある寝袋2つを掴み取って、不思議そうな顔をしている一穂と共に部屋から出ていこうとしたのだ。

なんと、自分を犠牲にしてまで妹の望みを叶えるつもりらしい。

 

 

「はっ! もしかして、うちがみんなの隙をついて布団で寝ようとしてる事を見抜いたというの!?」

 

 

一穂も一穂でよからぬ計画を練っていたようだ。

 

 

「バカな事は止めなさい! 先生の睡眠は始まっているんだぞ!」

 

 

よほど布団で寝たいのか必死に抵抗する。

彼女が大人げないのは今に始まったことではないものの、堂々とやられるとやるせない気分になってしまう。

それでも卓は、妹のために一穂の封印を強行する。

 

 

「兄ちゃん! アンタはうちの……!!」

 

 

『安眠を奪うのか』と続くはずだったらしい怨嗟の言葉を残して、一穂は宿直室から連れ出されて行く。

あっという間の出来事で事態が飲み込めなかったみんなは一瞬だけ唖然とするものの、ちゃんと寝袋を持っていったのでまぁいいかと気を取り直す。

とにかく、卓のおかげで全ての布団を確保できたので、後はどのような組み合わせで寝るかを決めるだけである。

とりあえず、功労者の大河と身体の小さいれんげやこなみは、それぞれ1つずつ布団を使ってもらうとして、残りの面子がどこに行くかが問題だ。

そこで小鞠は、すぐさま先制攻撃をしかけてきた。

 

 

「大河先輩おっきいから、一緒に寝るのは身体の小さい私で決まりだよね。うんうん」

 

 

普段は身体が小さいことを気にしているクセに、それを武器にしてまで勝利を求めるほどの貪欲さである。

しかし、当然のように夏海と蛍が待ったをかけてきた。

蛍は先述の通り大河に興味があり、夏海は大河の身体が大きい分布団が温かくなりそうだと思ったからだ。

 

 

「おっと、抜け駆けはダメだぜ姉ちゃん。大河兄ぃのとなりはうちも狙ってたんだから」

「なんだとぅ!?」

「わ、私も大河先輩と一緒に寝てみたいです!」

「嘘だと言ってよ、蛍!?」

「フッ。引く手あまたとはこういうことか。乙女座の俺としては、甘美なときめきを感じずにはいられないな」

 

 

やはりと言うかお互いに譲る気は無いので、3人の意見はすぐさまこじれてしまう。

そんなわけで、大河の隣を賭けて勝負をすることとなった。

ただ、それすらもすんなりとは行かないようで、普通なら定番のジャンケンで簡単に決めるところを、それではつまらないと夏海が言い出す。

 

 

「せっかくだから審査員の大河兄ぃに勝負方法を決めてもらおう!」

「うむ。そうだな……ここは単純明快な力勝負でいくとしようか」

 

 

大河はそう言うと、残っていた1個のリンゴを丸ごと手で掴んで目の前にかかげた。

どうやら、力勝負とやらを実演するつもりらしいが、もしかしてこれは……。

 

 

「見よ、全てを砕く極みの一撃! ゴッド・タイガー・フィンガーッ!! ヒート・エンド! アップル!」

 

 

次の瞬間、大河の手に握られたリンゴがグシャッと派手に砕け散った。

 

 

「んなもん出来るかー!」

「その意見、実にごもっともだ!」

「じゃあ何でやったんですか……」

 

 

まったくその通りである。

当然ながら少女の力でアレをやるのは無理なので、結局は夏海の意見を取り入れて腕相撲をすることになった。

3人総当りで戦っていき、成績の良い順に寝る場所を決められるというルールだ。

最初の対戦は年齢順に夏海VS小鞠となり、絶対に勝てないと嘆く小鞠をなだめながら何とか試合を始めた。

その結果は、案の定夏海の勝利に終わる。

 

 

「やっぱり負けたぁ……ぐすっ」

「えっへ~、姉ちゃんなんてうちの敵じゃないね~」

「きぃ~、くやしぃ~!」

「(ああっ、こま先輩が泣いてる……今は私も敵だけど、先輩の敵はきっと討って見せます!)」

 

 

複雑な立場にいながらも小鞠のことを大切に思っている蛍は、彼女のためにやる気を増大させる。

そんな心境の変化が、夏海に襲い掛かる悲劇をさらに大きくしてしまう。

蛍は夏海より年下で腕相撲初心者だが、小鞠をお姫様抱っこしながら数十メートルダッシュ出来る腕力があることを忘れてはいけなかった。

小鞠のためにやる気スイッチを入れた蛍のパワーは伊達じゃないのだ。

 

 

「えい!」     

「うぎゃ~! 腕が、腕がごきゅって鳴った! ごきゅって!」

 

 

腕からちょっとヤバそうな音が聞こえるほどの衝撃を受けて夏海は悶絶する。

 

 

「痛いよ~、絶対腕の筋変なことになってるよ~。螺旋状に天元突破しちゃってるよぉ~」

「ほんと、すみません。さっきの勝負無しでいいですから」

「ていうか、もう身体使う勝負はやめやめ! 違う勝負にしよ~?」

 

 

思わぬ痛手を受けてしまった夏海は一撃で心が折れてしまったらしく、あっさりと投げ出して別の勝負を提案しだした。

多少身勝手な行動だが、不利だった小鞠にとっては願ったり叶ったりなので文句も出さずに受け入れる。

しかし、次の勝負も微妙なものだった。

 

 

「よしっ! じゃあ次はモノマネ勝負にしよう! より似ていた方が勝ちで」

「え~、なんだよそれ~?」

「モノマネなんて出来ませんよ~」

「そんなことないって。大河兄ぃもそう思うでしょ?」

「うむ。恋し焦がれるが故に己の本質すら変えて同化してみせる、それがモノマネというものだ。ならば、愛に目覚めた君たちに出来ぬはずがない!」

「愛に目覚めた私たちなら……」

「モノマネが出来る?」

「勿論! その愛を持ってすれば、あらゆる姿に変幻自在だ! さぁ、君たちの圧倒的な演技力で、俺の心を奪ってみせるがいい!」

「「は、はい!」」

 

 

始めは乗り気でなかった小鞠と蛍だが、妙な力を感じてしまう大河の言葉によって急に張り切りだす。

その様子に気を良くした夏海は、さらに盛り上げようとれんげに話を振った。

彼女の個性的な感性から繰り出されるモノマネなら、さぞ面白いに違いない。

 

 

「じゃあまず、モノマネ師範代のれんちょんからお手本をやってもらいます」

「うちがモノマネのお手本するん」

「ああ!」

「ん~、仕方ないのんな~」

「よろしくお願いします!」

「じゃあ、うちの新作モノマネ、ちゃんと見てるのん」

 

 

自信満々にそう言うと、れんげは早速行動に移った。

肘を外側に突き出しながら両手を頭上に乗せ、右ヒザを直角に曲げながらつま先を左側に突き出す変なポーズを取る。

はっきりいって見ただけでは訳分からないこれは、一体何のモノマネだろうか。

 

 

「ん~……ア・バオア・クー!」

「ありがとうございます……って、何それ!?」

「こんな感じで、こんな感じで3人とも頑張ってください!」

「説明無しかい!」

 

 

恐らく、大河から仕入れた情報だったのだろうが、残念ながら夏海たちは一切知らなかったので全く参考にならなかった。

それでも、何となく物であるらしいことは想像できたので、言い出しっぺとして1番手に選ばれた夏海は、なるべく似たような物を演じてみることにした。

 

 

「大文字焼き~」

「冗談ではない!」

「って、判定早っ!? 何で、悪くなかったでしょ? 似てたでしょ~?」

「何でって言われてもな~。それちょっとモノマネじゃなくない?」

「何だよそれ~。ちょっとれんちょん、なんか言ってやってよ~」

「う~ん。やっぱりうちみたいに思い入れのあるものじゃないと、モノマネしても評価出来ないのん」

「思い入れ以前に初耳なんですけどー!?」

 

 

れんげの説明に納得できずシャウトする夏海。

確かにつっこみどころ満載の内容だったが、モノマネのレベルが低かったのも事実なので、まぁ妥当な判定と言えるだろう。

そんな夏海の失敗を静かに観察しながら、2番手の小鞠は考えた。

 

 

「(要するに、大河先輩にとって思い入れのあるモノマネをすればいいんだよね……)」

 

 

その条件で小鞠が思いつくものと言えば……バレーボールぐらいしかない。

あんまり詳しくは知らないけど、ええいままよ!

思い切って演技を始めた小鞠は、レシーブ、トス、スパイクの動きをやった後に、両手をつき身体を斜めにして座りながらこう言った。

 

 

「だけど、涙が出ちゃう。女の子だもん!」

「ネタ古!」

 

 

スポーツに疎いので、テレビの特番などで見た事のある懐かしアニメを参考にバレーボール選手のモノマネをしてみたらしい。

多少無理があるとは思うものの、小鞠の思いをしっかりと読み取った大河の評価は良さそうだ。

 

 

「実に良い物を見せてもらった。その熱い演技、賞賛と好意に値するぞ!」

「はいっ、ありがとうございます!」

 

 

大河に褒められて良い気分になる。

しかし、小鞠にとって予想もしていなかった誤算が起こった。

彼女のモノマネを見て1番効果があった人物が蛍だったことだ。

可愛らしい小鞠の演技を見て妙にテンションが上がってしまった蛍は、モノマネに対する価値観が変わってしまった。

 

 

「(モノマネって、楽しいものなんだ)」

 

 

以前、鬼のモノマネをやらされた際のショックでちょっとしたトラウマになっていたのだが、状況が変われば見方も変わる。

現に、こなみのポジションを体験したいがためにこのような状況になっているのだから、この機会を利用して妹を演じてみればいいのではないか。

そう思い至った蛍は、大河の腕に抱きついてこなみになりきりだした。

 

 

「お兄ちゃん大好き~♪」

「その甘美なる演技、まさに我が愛すべき妹の如し! 実に素晴らしい! 勝利の女神は、君に微笑んでいるぞ、蛍!」

「「その手があった~~~~!?」」

 

 

インパクトの強かったれんげの例題に影響され過ぎて、大河の1番大切な存在を失念してしまったことが越谷姉妹の敗因となった。

何はともあれ、漁夫の利を得る形となった蛍の勝利によって勝負は終わる。

その後、穏便に話し合って夏海はれんげの布団、小鞠はこなみの布団で寝ることになり、午後10時にようやく就寝についた。

 

 

「大河先輩、おやすみなさい」

「ああ、お休み蛍」

「えへへ~」

 

 

念願だったお兄ちゃんと添い寝が出来て喜ぶ蛍。

一方、悔し涙で枕を濡らす小鞠は、一緒に寝ることになったこなみに慰められていた。

 

 

「あうあうあ~(涙)」

「よしよし、良い子だね~。でも、今のうちに眠っといた方がいいよ~。戦いが終わったら、ぐっすり眠れるって保証はないんだから~」

「えっ、まだ何か起こるの!? って、もう寝てるし!」

「ZZZ……」

 

 

妙に意味深な言葉を残して先に眠るお茶目なこなみ。

兄妹揃って小鞠を惑わす困ったちゃんな2人であった。

 

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 

草木も眠る丑三つ時、まだまだ起きるには早い時間に蛍は目を覚ましてしまった。

いつもと違う環境に興奮したのか、なかなか寝付けないようだ。

このまま眼をつぶっていても上手く眠れそうにないので、水でも飲んで落ち着こうと身体を起こす。

すると、隣で寝ていた大河の姿が無いことに気づく。

 

 

「あれ? 大河先輩どこ行ったんだろ?」

 

 

部屋を見回しても見当たらないので、トイレに行ったのかもしれない。

そのようなことを思いつつ、みんなを起こさないよう静かに起き出して台所で水を飲む。

喉の渇きを潤して落ち着きを取り戻すと、雪が止んで物音が聞こえなくなった外の様子が気になりだす。

あれだけ降ったのだから、かなり積もっているはずだ。

その光景を直接確かめるため窓を開けると、見慣れた校庭が真っ白に変化していた。

 

 

「わぁ~! 雪凄く積もってる! こんなに積もってるの見たの初めてかも」

 

 

滅多に見れない光景に感動する蛍。

とても寒いけど、そんなことなど気にせずに見入ってしまう。

その時、不意に人影が眼に入った。

フードを被って反対方向を向いているため顔は見えないが、あの白いコートは大河のものだ。

 

 

「(大河先輩、外にいたんだ)」

 

 

彼も自分と同じように寝付けなくて散歩しているのかもしれない。

だったら便乗してお付き合いさせてもらおうと、蛍は上着とマフラーを身に着けて校舎の外へと向かう。

扉を開けると肌を突き刺すような寒さを感じたが、それを忘れさせるくらい綺麗な光景が目の前に広がっていた。

一面の銀世界と満天の星空が蛍を出迎えてくれたのだ。

 

 

「わぁ!」

 

 

夜空を満たす数多の星々がキラキラと輝き、遥か彼方から届いたほのかな光を白銀の雪が優しく受け止める。

お馴染みの学校なのに、まるで幻想世界にいるように思えるほど神秘的だった。

 

 

「雪も止んで星も見えるし……きれ~い!」

 

 

空を見上げているうちに気持ちが高ぶった蛍は自然と走り出してしまう。

確かに、感動すべき光景なので、そうなっても不思議ではない。

そして、蛍と同じように空を見上げている大河もこの感動を味わっているはずだ。

自分と同じ気持ちになっているだろうと予想して嬉しくなった蛍は、ニコニコと笑みを浮かべながら大河に駆け寄って声をかけた。

 

 

宇宙(そら)か……」

「大河先輩!」

「ん? 蛍か。どうやら君も、宇宙の心を感じ取ったようだな」

「えっと、宇宙の心ってなんですぅ~~~!!?」

 

 

謎のセリフを吐きつつ振り返った彼の顔を見て、蛍は驚いてしまう。

性懲りも無くあのリアルタイガーマスクを被っていたからだ。

夏海がいたら「どんだけ気に入ってんだよ」とつっこみを入れてるに違いないほどの活躍っぷりである。

 

 

「おっと、すまない。驚かせてしまったか」

「い、いえ、大丈夫ですけど……大河先輩は何してたんですか?」

「うむ。なかなか寝付けなくて外に出たら、この星空に魅了されてしまってね」

「あっ、私も同じです!」

「フッ、よもやそこまで共感出来ようとは、実に相性が良い。どうやら、俺たちの運命はこの美しい星々に祝福されているようだな! 乙女座に感謝だ!」

「えっ……ええ~~~!? 相性が良い、運命が祝福……あわわー!?」

 

 

まるで口説いているかのような大河の言動に蛍は動揺する。

この男、小学生であっても平気で愛を語れる勇者だった。

 

 

「それはともかく、この貴重な瞬間、共に享受して記憶に刻もうではないか」

「は、はい!」

「美しいな……もはや、それ以上の言葉はいらない」

「はい……こういうの手が届きそうな星空って言うんですかね? 東京じゃ見られないです! えへへ!」

 

 

今にも降ってきそうな星を受け止めるように両手を広げて空に掲げる。

見た目どおりに少女らしい感性を持っている蛍らしい仕草である。

それに対して、となりにいる大河は、彼女とは違いすぎる独創的な感性を持っていた。

何を思ったのか、突然意味不明な言葉を叫びだしたのだ。

 

 

「ユニバァァァス!!!」

「!!?」

 

 

確かに、ユニバースとは宇宙という意味だが、叫ぶ必要性は全く無い……というか、かえって不自然である。

 

 

「な、なんですか今の?」

「なに、単なる感嘆詞のようなものだ。宇宙に想いを馳せる時は、こう叫ぶと気分がよくなる」

「はぁ、そうなんですか……」

「そういうわけで、蛍もやってみるといい」

「えっ!? 私もですか?」

「さぁ、いくぞ! ユニバァァァス!!!」

「えっえっ!? ユ、ユニバース!」

「声が小さい! ユニヴァァァァス!!!!!」

「あーん! ユニバァァァス!!!」

 

 

もう何が何やら無茶苦茶だ。

それでも、大河と2人きりで特別なことをしていると思うと、蛍は嬉しい気分になった。

その同時刻、蛍を心配して付いて来た越谷姉妹が、そんな仲睦まじい2人の様子を目撃してしまう。

校舎の影に身を隠しながら、今見た状況を再確認する。

 

 

「「大河先輩(大河兄ぃ)と蛍が真夜中の校庭で、手を空に掲げながらユニバースと叫んでいる!?」」

「な、何してるの2人とも?」

「これは恐らく、月の民を呼び出している」

「月の民って……宇宙人!?」

「シ~ッ! バレたら月光蝶で黒歴史にされちまうぜ」

「ええ~!? 大河先輩と蛍、その何とか蝶ってのされちゃうの!?」

 

 

ア・バオア・クーは知らなかったのに月光蝶は知っているらしい。

作品の選択に偏りがあるようだが、当然これも大河の影響だろう……。

まぁそれの是非はともかく、変な知識を身に着けた夏海がよく分かっていない小鞠をからかっている間に、大河たちの方で新たな動きが起こった。

 

 

「明日、こま先輩やこなみちゃんと雪だるま作ろうかな~。かまくらとか作れるかも……あっ!」

「どうした?」

「さっき水を飲んだ時に蛇口を閉め切れてなかった気がして」

「なるほど。だったら戻らなければいけないな。これ以上は身体が冷えてしまうし、丁度良いだろう」

「はい。じゃあ、戻りますね」

「あっ、ちょっと待ってくれ。ついでにこのマスクも持って行ってはくれまいか」

 

 

そう言って被っていたリアルタイガーマスクを外す。

実は、さっきまでのやり取りの間ずっとこれを被っていたので、傍から見たら美少女と野獣状態になっていたのである。

 

 

「もう使わないんですか?」

「うむ。暖かいのはいいんだが、視界が悪くてな。せっかくの星空がよく見えないんだ」

「ですよね~。じゃあ、持って行きますね」

「よろしく頼む」

 

 

大河からマスクを受け取った蛍は、小走りに校舎へと戻っていく。

その様子を物陰から見ていた越谷姉妹は、慌てて身を隠した。

 

 

「まずい、こっちに走って来る! 隠れろ!」

「えっ!?」

「校舎の中に入っていった……」

「何であんな走って……もしかして、もう宇宙人に操られてるんじゃ!?」

「ん~、正直宇宙人のくだりは冗談だったんだけど、確認してみるか」

 

 

ここまで来たら最後まで話に乗ってやろうと、2人は宿直室を覗くために外からそちらへ向かう。

一方、校舎の中に入った蛍は、胸に抱いたマスクが気になっていた。

ついさっきまで身に付けられていたので、まだ大河の温もりが感じられる。

彼に対する好感度が上がったばかりの蛍には、それがとても魅力的なものに思えた。

 

 

「ちょっとだけ、被ってみようかな……」

 

 

魔が差したというべきか、そんなことを思いついてしまった蛍は、女は度胸とばかりにえいっとマスクを被ってしまう。

こうして、頭だけリアルタイガーという萌えから程遠い虎少女が現れた……。

そして、その格好のまま廊下を走っている所を、いつの間にか起きだしていたれんげとこなみに目撃される。

 

 

「な~!? タイガーマスクが夜の廊下を1人で走ってる~ん!!?」

 

 

はっきり言って夜の怪談状態である。

しかし、れんげとこなみは怖がるどころか逆に喜んでいた。

 

 

「分かったん! 仮装祭りなんな! うちもお祭る~ん!」

「トラ頭にオレンジ色のジャージってことは、【砂漠の虎】かな~?」

 

 

とてものびのびとした思考力をお持ちのようだ。

何にしても、怖がらせずに済んだと安心した蛍は、2人と一緒に宿直室へと戻り、閉め切れていなかった蛇口を閉めてホッとする。

さらに、外からこっそりと様子を伺っていた越谷姉妹も、蛍の無事を確認できてホッとしていた。

 

 

「普通の蛍だ」

「タイガーマスクを被ってること以外はね。でも、宇宙人とは関係ないからもう戻ろ~。寒いしさ~」

「ん~、そうしよっか~。でも、あの手を上げながらユニバースって叫んでたのは何だったんだろ?」

「さぁ~? 後で聞いてみればいいじゃ~ん?」

 

 

寒さと眠気に負けた夏海は、もうどうでもいいとばかりに話を受け流す。

まだ夜中だし、早く部屋に戻って暖かい布団の中で寝てしまいたい。

しかし、油断した所で不意に背後から声をかけられ、必要以上に驚いてしまう。

 

 

「雪の精霊かと思えば、眉目麗しい天使の姉妹だったか」

「「うはぁっ!!?」」

 

 

思わず大声で叫び声を上げてしまった。

その瞬間、校舎の屋根から大量の雪が落ちてきて彼女たちの真上に覆いかぶさった。

ドサッ!!!

 

 

「「「うぎゃっ!!?」」」

「なにっ!? なに今の音!?」

「外から聞こえたん! 今度こそ、今度こそお祭りなんな~!」

 

 

宿直室の中からでも聞こえた大きな物音に反応して、れんげたちは急いで窓に駆け寄り外を見る。

するとそこには……得体の知れない存在がいた。

 

 

「「目が光る10本腕のイカ人間が寝転んでるでゲソー!!?」」

 

 

当然ながら、れんげたちが見たものはイカ人間などではなく、雪に埋まった大河たちだ。

越谷姉妹は身体全体が埋まり、腕と足だけを表に出して、手に持っていた懐中電灯が丁度光る目のようになっていた。

そして、大河は下半身だけが埋まり、胸から上と足だけを表に出して、フードを被って両手を広げた状態が丁度イカ帽子のようになっていた。

これで、越谷姉妹の手足8つと大河の足2つを加えて10本腕のイカ人間が出来上がったわけだ。

 

 

「フッ。この冷たい素振り、返って口説き甲斐があるというものだ」

「っていうか、実際に冷た過ぎるんですけど!?」

「でも、大河先輩はあったかいな~♪」

 

 

幸いながら怪我は無く、雪に埋まりながらもいつも通りな3人であった。

 

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 

子供たちが学校に泊まる事となった大雪の日から数日経ったとある日曜日、再びこの村に大雪が降り積もった。

天気は夜明け前に回復して朝から快晴となっており、今日は思う存分外で遊べる。

前日から楽しみにしていたこなみは、目を覚ました直後に外を見て確認すると、すぐさま飛び起きて大河に纏わり付きながら喜びを表した。

すると、彼女と同様に遊ぶ気満々のれんげから、早速お誘いの電話がかかってきた。

 

 

「うん……分かったよ~。じゃあまた後で~、バイバイキーン」

「れんげからか?」

「うん。これからみんなでスキーやるから、れんげちゃん家に集合するんだって。お兄ちゃんも一緒に行こうよ~」

「ふむ、スキーか。確かにそれもいいが、ここは密かに製作していたあの機体を使う時だな」

「それって、もしかしてあの子のこと~?」

「そうだ、我が愛機を披露する日がとうとうやって来たのだ。この機会、一分の隙も無く活用させていただく!」

 

 

スキーの話を受けた大河は、本件そっちのけで怪しげな作品を持ち出す決意をする。

はたして、彼が作ったという愛機とはどのようなものなのか。

そこはかとなく気になるものの答えは一先ず後回しにして、宮内家でみんなと合流した後に服を着替えてから目的地へと向かう。

楓の車で運んできた道具や荷物をえっちらほっちらと担いで辿り着いた場所は、れんげの家の近くにある丘だ。

冬以外の季節では原っぱの広がる只の空き地だが、雪が積もればちょっとしたゲレンデとして使える。

 

 

「「「「「スキーだー!!」」」」

 

 

広々とした斜面を前にして元気にはしゃぐ子供たち。

借り物のスキーウェアと道具を身に着けて、普段味わえない特別な雰囲気を目一杯楽しむ。

特に、雪が大好きらしい蛍は、傍から見てても分かるくらい嬉しそうだ。

 

 

「いや~、子供たちは元気だね~」

 

 

みんなと同じくスキーウェアを着込んだこのみが大河に話しかける。

彼がこの土地に来てから一緒に遊ぶ機会が多くなった彼女も、当然のようにお呼ばれされていたのである。

しかし、今日はいつもと違って少し浮かない顔をしているのが気になる。

 

 

「興が乗らないのか?」

「ううん、そうじゃないけど、初めてだからちょっと怖いかなって」

「ならば、この俺が教えてやろう」

「えっ、いいの?」

「勿論。乙女を口説くように、繊細かつ優雅な作法で君をもてなそう。この想い、受け取ってくれるかな、このみ」

「う、うん、よろしくお願いします……」

 

 

言葉通りに優雅な動作で手を差し出す大河。

普通なら鼻で笑ってしまいそうなキザな行動も、この男がやると様になってしまうからたちが悪い。

案の定雰囲気に酔ってしまったこのみは、顔を赤らめながらも嬉しそうにその手を取る。

そして、2人は……

 

 

「って、人前で何さらしとんのじゃおまんらー!?」

 

 

いい感じに会話を進めていたら、2人のやり取りに聞き耳を立てていた楓が割り込んできた。

ついさっきまで蛍にレンタル&通販の営業をかけていたのだが、それを中断してしまうほどイラッとしたようだ。

 

 

「まったく、油断ならねぇな」

「何よ~、別にいいじゃない」

「フッ。俺を巡って可憐な乙女が争うか。どうやら、運命の女神にすら好意を抱かれているらしい」

「おいおい君たち、そんなことしてないで早く滑ったらどうなんだい?」

 

 

アホなきっかけで年上3人が揉めていると、呆れたように見ていた一穂が本当に珍しく正論を言ってきた。

なるほどその通りだ、せっかく苦労してここまで来たのだから、全力で楽しまなければ勿体無い。

というわけで、何やら夏海の話を聞いているらしい子供たちの所へ近寄ってスキー遊びに参加する。

 

 

「じゃあ、ここは夏海ちゃん直々にスキーの講義を始めたいと思いま~す。大船に乗ったつもりで宜しく」

「大きな船も船長がヘッポコだと沈んじゃうよね~」

「泥船なん! 泥船禁止なん!」

「別の意味で抗議始まったな」

 

 

妙に自信満々な夏海にみんなで疑心の目を向ける。

確かに、これまでの経験からすれば疑ってしかるべき状況だろう。

しかも、怪しげな彼女の講義を受けるよりもっといい方法がある。

 

 

「ていうか、大河先輩に教えてもらった方がいいんじゃない? 大河先輩滑れますよね?」

「ああ、勿論。俺の話し方は、独創的でよく滑ると言われている!」

「スキー関係ねー!」

「ははっ、冗談だ。バレー部は伊達ではなくてね、スキー、スノボー、何でもござれだ」

「やった~!」

「まさに大船なん!」

 

 

頼もしい大河の言葉を受けて、れんげたちは喜び勇んで彼の元へ集まる。

対して、つい先ほどまで優越感に浸っていた夏海は不貞腐れていた。

 

 

「何だよ~、いいとこだったのに~」

「とか言いながらお前も行くのかよ。滑れるんだろ?」

「いんや。うち、スキーなんてしたこと無いよ?」

「今さっきスキーの講義するとか言ってたよな?」

「こういう時、騙された方が負けなのよね」

「開き直るな!」

 

 

どうやら、いつものように適当なことを言っていただけのようだ。

幸いにもギリギリの所で彼女のイタズラを回避出来た小鞠たちは、大河による普通のレクチャーを受けることになった。

楓以外はみんな初心者なので、とりあえず初歩のボーゲンを教える。

ボーゲンとは、板をハの字に開いて内側の縁(エッジ)に体重をかけるように力を入れることで雪面との抵抗を作り、減速や旋回運動を行う基本動作だ。

ポイントは重心を崩さないように前傾姿勢を保つことで、恐怖心やスピードに負けて腰が引けると、力が上手く板に伝わらずコントロール不能になってしまう。

 

 

「……以上のことを踏まえつつ、後は経験を積んでいくといい」

「う~ん、話を聞くだけなら簡単そうだけど」

「実際にやるとなると、何か怖いかも……」

「そうか。ならば、纏まって滑るといいかもしれんな」

「纏まって?」

 

 

レクチャーを受けても気後れしている小鞠に対して特殊な滑り方を提案してみる。

それは、前の人に掴まりながら数人で連なってボーゲンを滑るトレインとかムカデと呼ばれている走法だ。

みんなで行けば多少は恐怖心も和らぐだろうという算段である。

 

 

「どうだ! ひとりぼっちでなくなれば、もう何も恐くない!」

「なんか不吉な予感がする言葉だけど、やってみます!」

 

 

マミってしまいそうな言い方に嫌な気配を感じるものの、せっかくの提案なので試してみることにする。

話し合いの結果、家族の絆を重視して越谷兄妹が挑戦することとなった。

卓を先頭に、小鞠、夏海の順で肩に手を置きスタート準備を整える。

 

 

「人呼んでジェットストリームアタック! 行け、越谷兄妹! 忌わしい記憶と共に!」

「「そんな記憶、同行させないでほしいんですけど!?」」

 

 

大河から物騒な言葉を受けながら不安げに滑り出す。

しょっぱなにそんな事を言われたら何か起こりそうではないか……と思っていたら早速予感が的中してしまう。

やはり、簡単なレクチャーだけでいきなり滑走させるのは無理があったようで、ブレーキが上手く使えず徐々に速度が増してきたのである。

 

 

「わぁ~! ダメだ怖い~!?」

「うぎゃぁぁぁあ~~~~~~!?」

「……(焦)!!」

 

 

スピードが出て恐怖心を抱いてしまいコントロール不能に陥る。

こうなったら、こけて止まるか下まで滑り降りるしかない。

しかし、一番後ろにいる夏海にはもう一つ選択肢があった。

前にいる2人を見放して1人で離脱するという禁断の手が……。

 

 

「残念だけど、2人とはここまでのようだね」

「まさか、私たちを踏み台にする気!?」

 

 

夏海の異変に小鞠が気づくも時既に遅く、後ろを向いた瞬間に彼女は手を離してしまっていた。

驚愕の表情を浮かべて離れていく小鞠たちを見つめながら手向けの言葉をかける。

 

 

「姉ちゃん、聞こえていたら君の生まれの不幸を呪うがいい」

「夏海! 謀ったな、夏海ぃ!」

「君たちはいい家族だったが、君たちの運動オンチがいけないのだよ!」

「あーん! お~ぼ~え~て~ろ~……」

 

 

怨嗟の言葉だけを残して卓と小鞠は遠ざかっていった。

2人の尊い犠牲によって夏海は脱出できたのだ……。

しかしそれも一瞬で、家族を見捨てた夏海にすぐさま天罰が下る。

小鞠たちから離れた直後に雪で足を取られてしまい、クルッと旋回して後ろ向きに止まってしまったのである。

 

 

「助けてぇ~! 動いたら落ちるぅ~!」

「これまた変な体勢で止まったね~」

「自業自得だ!」

「え~、本当にピンチなのに~!」

「それが甘ったれなんだ! 恐怖を経験せずに一人前になった奴がどこにいるものか! 怯えろ! 竦め! 己の未熟さを噛み締めたまま、落ちてゆけ!」

「すっげぇスパルタ!?」

 

 

基本的に体育会系な大河は、こういう時に容赦なかった。

そして、一部始終を上から見ていた楓たちも彼女を助ける気は無かった。

そんなわけで、みんなで夏海を放置しつつ、先ほどの反省を踏まえて再度このみと蛍にレクチャーする。

今度は少しだけ斜面を滑りながら確認したので大丈夫そうだ。

 

 

「これで準備も整ったし、れんげちゃんたちと一緒に行こうか」

「そうですね」

「うわ~い、ようやっとうちらの出番なのん!」

「こなみ、いっきまーす!」

 

 

今までずっと待機していたれんげとこなみがソリに乗ってスタート位置に着く。

子供用のスキー板が無かったので彼女たちだけソリになったのだ。

まぁ、2人ともサンタさんみたいだと言って喜んでいたので問題は無い。

 

 

「さぁ、お前の力を見せる時なのん、【髭】!」

「こっちも負けてられないね、【ゴッド】!」

「って、レンタル品に変な名前付けんな」

 

 

因みに、れんげは【ヒゲソリ】、こなみは【カミソリ】から取った名前である。

 

 

「それじゃあ行ってくるね」

「ああ、貴君らの武運を祈る」

「それだけ転ぶってことですよね……」

「そうだ、この世に痛みを伴わない成功など有りはしない! なればこそ、何度泥をすすろうと、果敢に立ち上がってみせろ!」

「は、はい!」

「ここに泥なんかねーけどな」

 

 

おかしなセリフに楓だけ冷静につっこむものの、既にやる気を注入されているこのみたちは元気に滑り降りていった。

やはり何度か倒れたが、それでも初めてにしては上出来と言える滑りを見せて、途中で悪戦苦闘している夏海を順調に追い抜いていく。

一緒にスタートしたれんげとこなみも、スキー組を追い抜いて無事に麓までたどり着いているので、後は大河と楓だけとなった。

 

 

「さて、それじゃあ私らも行くか……と言いたい所だが、お前は本当にそれでいいのか?」

「無論だ。我が愛機の処女走行、何人たりとも妨げることは出来ない!」

「はぁ、さいですか……」

 

 

楓は、大河が持参した例の愛機を見つめながら呆れたように相槌を返す。

それは、一言で言い表すと馬だった。

正確には、赤い頭に黄色い角を生やした白い馬型ロボで、足にスキー板をくっつけた特製の仮装ソリである。

 

 

「行くぞ、風雲再起!」

「って、やっぱり名前があんのかよ!」

「愛機に名前をつけるのは当然だろう」

 

 

楓のつっこみに軽く答えながら、颯爽と白馬にまたがる。

若干サイズが小さいとはいえ乗っている大河がイケメンなので、それなりに格好良く見えるのが楓にとっては腹立たしい。

 

 

「まぁいいや。せっかくだから勝負しようぜ!」

「応! 流派東方不敗は王者の風よぉっ!」

 

 

勇ましい掛け声と共に一斉にスタートを切る。

楓の滑りは、長年趣味でやっているだけあってとても上手く、華麗にショートターンを極める。

対する大河の風雲再起は、基本的に只のソリなので、ほぼ直滑降しかできない。

しかし、乗っている人間が只者ではなかった。

楓とほぼ同着でコース後半へと突入した瞬間、腕を組みながら馬の背に仁王立ちになるという離れ業をやりだしたのだ。

 

 

「駆け抜けろ、風雲再起! 我が駿足に追いつける者無しっ!」

「なにぃ~~~~~!!?」

「「「「「「馬の上に立ってる~~~~~~!?」」」」」」

 

 

見た目のインパクトは凄かった。

とはいえ、その分空気抵抗が大きくなってスピードが落ちてしまい、しかも、途中でバランスを崩して大河は落馬してしまう。

運動神経の良い彼も所詮は一般人の範疇であり、流派東方不敗のマネは当然ながら無理だった。

そして、主を失った風雲再起は、勢いよく斜面を滑り降りて進路上にあった木に激突し、無残にも砕け散る。

 

 

「なんと! 我が身を盾にして主を守ったか! その天晴れな生き様、この海川大河がしかと見届けたぞ!」

「お前が止めを刺したようにしか見えねーけどな!」

 

 

こうして、風雲再起の余りにも短い生涯は幕を閉じた。

その後、丁重に残骸を拾い集めた大河は、先に到着していたみんなと合流する。

徒歩で先回りしていた一穂は、楓やこのみと協力して豚汁用の支度を進め、未だに斜面で苦戦中の夏海を除いた子供たちは、蛍の提案でかまくら製作に取り掛かっていた。

豚汁の方は女性3人で人手が足りているので、遅れてやってきた大河は子供たちの方に加わってかまくら作りを手伝う。

そうしてしばらく時間が経った後、ようやく夏海が到着した。

彼女は意外に運動神経が良くないので、思いのほか時間がかかったようだ。

そのせいで、着いた当初は疲れた様子を見せていたが、かまくらに気づくと嬉しそうに駆け寄ってきた。

 

 

「おお~!? なになに、かまくら作ってんの~?」

「そうですよ~、夏海先輩!」

 

 

大河の協力によって、かまくらはもうほとんど完成していた。

2人も男手があったおかげで、かなり大きくて立派なものに仕上がっている。

まぁ、そこまではいい。

しかし、何故かかまくらの外側に円錐状のトゲがたくさん付いていて、物々しい雰囲気を醸し出している点が気になる。

一見すると、ゲームに出てくる敵キャラかジオニック社製のパーツのようだが……。

 

 

「よく見るとアバンギャルドな形だな~」

「大河先輩の提案で、せっかくだから独創的なものにしようってことになったんです」

「ん~、確かに独創的だけど……みんなは納得したの?」

「もちろんです! コンペイトウみたいで可愛いから、コンちゃんって名前も付けたんですよ~、えへへ~♪」

「お、おう……今日はほたるんテンション高いね」

 

 

夢だったかまくらを作れてやたらと元気な蛍に気圧される夏海。

その最中に、他にも気になるものを見つける。

楓たちがいる所では豚汁を作っていると聞いて喜んだ。

そして、かまくらとは別に何かを作っている大河、れんげ、こなみにも注目する。

大河はかまくらの近くに長い漏斗状の円柱を作り、れんげとこなみは大きい雪玉をせっせと転がしているが、一体何なのだろうか?

 

 

「ねぇ、大河兄ぃたちは何作ってんの?」

「うむ。もうすぐ完成するから、しばし待つといい。れんげ、こなみ、もうそのくらいでいいぞ」

「「は~い」」

 

 

そう言うと、大河は2人の作っていた雪玉2つを円柱の根元に設置した。

どうやらこれで完成らしいが、その見た目ははっきりいって男性の股間についているアレである。

 

 

「おい! その卑猥な雪像は何だ!?」

「卑猥とは失敬な! これは【ビッグキャノン】である!」

「【ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲】じゃないの?」

「違うぞ夏海。コロニーレーザーすら凌駕するこのビッグキャノンを、そのような卑猥で矮小なものと一緒にされては困る」

「って、どっちもどっちだろーが!」

「ぐおっ、粒子加速装置が破壊された!?」

 

 

何となく顔を赤く染めた楓が雪玉を踏み潰す。

その瞬間を目撃した大河と卓は、思わず股間を押さえてしまう。

男にしか分からないあの痛みを疑似体験してしまったのだ。

 

 

「何やってんだお前ら」

「この痛み、乙女座の俺であっても抗い難いものなのさ。まったく難儀なことだ」

「お前はそろそろ乙女座の人たちに謝るべきだろ?」

 

 

こうして、大河の作った主砲は楓によって破壊されてしまったが、本体である宇宙要塞ソロモン……もとい、コンペイトウ型かまくらのコンちゃんは無事に完成した。

子供たちは一通り喜びを表した後に中へと入り、一穂から渡された七輪でお餅を焼き始める。

すぐさま美味しそうな焦げ目が出来て、もうまもなく食べごろだ。

後は楓とこのみが作っている豚汁を待つのみだが、この時既に出来上がっており、それを夏海が確認すると子供たちから豚汁コールが巻き起こった。

 

 

「「「「「と~んじる! と~んじる!」」」」」

「向こうの豚汁コール黙らせてくれない?」

「いいだろう。俺たちの愛情を込めたこの豚汁、たんと召し上がるがいい!」

「お前は作ってないだろ」

 

 

調子のいいことを言いながら子供たちに豚汁を運んでいく大河。

このみは、そんな彼の後姿を見送ると、隣にいる楓に話しかけた。

 

 

「まぁ、私たちが愛情を込めたってのは合ってるけどね」

「……」

「別に隠さなくてもいいと思うよ?」

「……私だって生きてる間ぐらい、人並みに上手に生きてみたいと思うけど、不器用だからな……」

「確かに、不器用だよね~」

「ふ、ふん! そんなのお互い様だろ~が! 恥ずかしがって今より先に進めないクセに」

「あ~! それ言っちゃうの禁止~!」

「いやいや、青春だね~」

「(コクリ)」

 

 

好きな相手を想いながらお互いの腹を探り合う2人。

乙女たちの心の中には、一足早く春が訪れているようだ。




次回はいよいよ最終回です。
何とか完結出来るように頑張ります。

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