秋も深まり時折吹きつける風からは肌寒さも感じ始めた10月中旬、越谷家に集まった子供たちが辺りを散らかしながら何かを作っていた。
急遽ながら、イベント大好きな夏海の思いつきで文化祭をやることになったのである。
本来は、生徒数が少ないことや予算が無いなどの世知辛い理由で行われていない行事なのだが、一穂の特別な計らいにより実現したのだ。
ただ、彼女がお金を出した訳でもないのに何故か得意げな顔をしていたため、みんなで仲良くイラッとしたのだが……今ではもう過去の話だ。
そんな事を気にしているほど開催日までの時間が無いので、みんなは夏海の部屋に集まってせっせと準備を進めているところだった。
夏海の要請で手伝いに来ていた大河も加えて、今日も大賑わいだ。
「おお、これは良いものを見つけたぞ!」
「どれどれ~。あ~それは、うち秘蔵のオモチャ箱じゃないか」
大河の提案で使えそうな物を探すために押入れの中を物色していると、希望どおりに珍しいものが出てきた。
大分前に夏海が買い集めた懐かしいオモチャと、昔のアニメを録画したビデオテープだ。
物持ちの良い越谷家なら探せば何かしら出てくるだろうという予想は当たった。
展示物として使うには若干手抜き感があるものの、それなりに歴史を感じさせる文化的なシロモノではあるから問題ないだろう。
「まさに僥倖だな。この懐かしい品々を見たお客は、君たちと過ごした掛け替えのない思い出を呼び起こすことだろう」
「お~、なるほど。ノスタルジーってヤツだね」
「そうだ。大事にしてきた物には持ち主の歩んできた歴史が詰っている………言わばこれは、【夏海クロニクル】なのだ!」
「なにそれかっこいい!」
「クロニクルって言うよりクロレキシっぽいけどね~」
夏海は大河のネーミングを気に入って喜ぶが、彼と話せなくてちょっぴり面白くない小鞠は茶々を入れてくる。
とはいえ相手もさる者、やられた分の倍返しで応戦してきた。
「確かにこれは黒歴史かもね~。ほら、姉ちゃんが小1の時に書いた感想文!」
「なんやてっ!?」
「なになに~? 私は小鞠と言います。私は大きくなったらお花さんになりたいです。私はチューリップさんになり「ちょっと!? 何声に出して読んでんの!? 返してよぉ!」
幼い頃の拙い作文は、若気の至りで妄想を書き記したノートや思春期の甘酸っぱい思いを込めたポエムに次いで、他人に読まれたくないものだ。
無論、小鞠も同様なので、腕を上げて作文を守る夏海にピョンピョンと飛び掛り必死に奪還しようとする。
その様子を、蛍は「えへへ」と笑みを浮かべながら見つめ、れんげとこなみは「またやってら~」という感じで傍観して誰も止めようとしない。
同じように静観していた大河は彼女たちのマイペースさに苦笑したが、このまま放っていては作業が進まないので小鞠に助け舟を出すことにした。
「夏海、優越感に浸っている所でなんだが、君の黒歴史も発見したぞ」
「え?」
「ほら、0点の答案」
「オゥ、ジーザス!?」
「へへ~ん、私をからかった天罰だ!」
悲惨な答案に気を取られた夏海が隙を見せた瞬間にすかさず作文を取り戻した小鞠は、大河の腕に掴まってあっかんべーをする。
まさにやぶ蛇……忘れたい黒歴史など、大なり小なり誰にでもあるものなのだ。
それを知ってか知らずか、れんげとこなみはのんびりと工作しながら意味深な歌を歌う。
「塗~り塗り~、塗~り塗り~♪ ま~っ黒に塗~り塗り~♪ あの日のことも塗~り塗り~♪」
「切~り切り~、切~り切り~♪ 余分な物を切~り切り~♪ 真っ黒な記憶も切~り切り~♪」
「「……」」
「うちらの黒歴史は封印しとこう」
「だね」
2人の歌を聞いて冷静さを取り戻したのか、作文と答案を押入れ深くしまいこんだ夏海たちは、再びそれぞれの作業に戻っていく。
忘却を、苦しみから逃れる為の手段に使ってはならないが、彼女たちだけにはそれが許される……いや、許されるような気がする。
もし神がいるのなら、それは神が与えたもうた、救いなのだ。
「ところで、話は変わりますけど、招待客とかはどうするんですか?」
「う~ん。まぁ、普通に親とかでいいんじゃない?」
「はぁ~? 親はありえんでしょ~? 母ちゃんなんて来たら、文化祭が地獄絵図になるよ~。奴は地獄の使者ですよ~♪」
雪子にしょっちゅう叱られている夏海は、安全地帯の学校でも小言を言われては堪らないと否定する。
確かに、彼女を招待したら夏海の危惧は現実の物となっていたかもしれない。
だが、時既に遅しであった。
にこやかに話をしている夏海の後ろに、当の雪子がフルーツを盛ったお皿を手にして立っており、先ほどの話を全て聞いていたのだ。
当然ながらお怒りのご様子で、「上から来るぞ! 気をつけろぉ!」と言う間も無く、夏海の脳天にお皿を打ちつけた。
ゴスッ!
「まそっぷ!?」
「おほほ~。みんな、ゆっくりしていってね~」
「「「は~い」」」
「ありがとうございます」
痛恨の一撃を受けた夏海はテーブルに突っ伏すが、みんなは何事も無かったかのように放置してオヤツタイムに入る。
悲しいけど、慣れていくのね……。
「あ~そうそう小鞠、その果物、このちゃんが持ってきてくれたんだよ~」
「ん、このみちゃん来てるの?」
「果物剥くの手伝ってくれてたの。このちゃ~ん!」
雪子は去り際にこのみを呼んだ。
すると、台所で後片付けをしていたらしい彼女が元気よく現れる。
黄色い三角形の髪留めが小さい鬼の角っぽく見えて可愛らしい……ホンモノの鬼が去った後なので特に。
「はいはいは~い! お疲れ~、お邪魔してるよ~って、大河君も来てたんだ」
「ああ。みんなに頼まれてな」
「ん~? 頼まれたって、この散らかった部屋と関係あるみたいだけど、みんな揃ってなにしてるの?」
「文化祭の準備だよ」
「文化祭? あの学校、そんな小洒落たことしてなかったじゃん」
「夏海がしたいって言い出してさ」
「ふぅん。何するの?」
「えっと、工作の展示と、それから喫茶店をしようかなって」
「【くろくまカフェ】って名前なんだよ~」
「へぇ~、どっかで聞いたような名前だけど、そうなんだ~」
文化祭に興味を持ったらしいこのみに、事の経緯を詳しく説明する。
彼女のことも招待する気だったので、丁度良い機会だからここで誘ってしまおうという魂胆だ。
その時、これまで突っ伏したまま沈黙していた夏海が、唐突に起き上がって意味不明な言葉を叫ぶ。
「
「なにそれ?」
「いや、閃いたって意味なんだけど、ちょっとカッコよく言ってみようかな~と」
「中二病か!」
「出所は大河兄のマンガなんだけどな~」
「超ステキ!」
「もう変わり身かい? 早い、早いよ!」
「で、何を閃いたというんだ、夏海?」
「あ~そうそう。さっきの招待客の話だけどさ、卒業生! 卒業生を呼ぼう!」
「おっ、私も呼んでくれるの?」
「もち。あと、ひか姉と駄菓子屋も呼ぼう!」
「「「おお~」」」
何としても母親を呼びたくないらしい夏海は、このみが来た時にこのアイデアを思いついたようだ。
まぁ、彼女たちの親は仕事が忙しくて招待してもほとんどの人がこれないだろうから、案外妥当な意見かもしれない。
という訳で、善は急げと作業が残っている小鞠と蛍を除いた全員で、早速誘いをかけてみることとなった。
大河とこのみは既に了承済みなので、後は楓とひかげの2人となる。
「まずは、ひか姉からいってみよう」
「うちが電話するのん」
そう言って、滅多に使わない電話を嬉しそうに手にするれんげ。
東京にいるひかげを文化祭のためだけにわざわざ呼び寄せるのはちょっと可哀そう……なんて気遣いは全く無いらしい。
今の時間なら学校も終わっているはずなので、ポチッと短縮ダイヤルのボタンを押すと、予想通りすぐ電話に出た。
「にゃんぱす~。うちれんげ」
いつもの言葉で挨拶を済ませて、さっさと本題に入ろうとする。
しかし、相手はお喋り大好きな女子高生なので、そう簡単にはいかせてもらえない。
「うん、こっちは今大忙しなのん…………………………………………散髪の話なんてどうでもいいのん! うちは文化祭の話をしたいん!」
突然れんげが声を荒げる。
どうやら、聞いてもいないのに東京での散髪自慢をしだしたらしいひかげにイラッとしたようだ。
少しぐらい乗ってあげれば良いのにと思わなくも無いが、文化祭に並々ならぬ思いを抱いているれんげは自分優先で話を進める。
「学校で文化祭するん。ひか姉来れるん?」
「来い来~い、絶対来~い!」
「……ひか姉駄目駄目なのん、付き合い悪いのんな」
誘いの言葉に対するひかげの答えを聞いた直後に悪態をつくれんげ。
やはり、断られてしまったみたいだ。
妹の学校行事のためだけに何時間もかけて帰省してくるのは確かに億劫だろう。
そんなひかげを引っ張り出すには、多少の強引さに加えて来たいと思えるほどの旨味が必要だ。
そう考えたこなみは、れんげに助言してみた。
「ねぇねぇ、れんげちゃん。ひかげお姉ちゃんはお兄ちゃんと仲が良いから、お兄ちゃんに説得してもらおうよ」
「それは名案! タイガー、お願いするのん」
「了解した、2人の期待に応えてみせよう」
子供たちの要求に、大河は快く応じる。
ひかげとは夏休み以来なので、自身も久しぶりに会いたいと思ったのだ。
「やぁ、ひかげ。久しぶりだな」
『ちょ、誰だ!? もしかして……大河先輩!?』
「ああ。文化祭の件で君と話がしたくて代わってもらったんだ」
『あ、ああ、その話ね……れんげにも言ったけど、お金が無いから無理だよ』
「なるほど、金か。それぐらいなら俺が出してやろう」
『うぇ!? い、いや、流石にそれは悪いって! 往復で結構かかるし!』
「そうか? だったら、文化祭の開催を決めた一穂さんに金を出してもらうよう説得してみるか」
『ん~、それならいいけど。姉ちゃん、金出してくれるかな?』
「なに、俺たち2人がかりでなら大丈夫さ」
『2人がかり?』
「うむ。金を欲する心ではなく2人の愛をもって一穂さんと戦うんだ。その心が通じたとき、一穂さんは向こうからお金をあげますと言ってくるだろう!」
『説得っていうより脅迫じゃね~か!……でも、2人の愛をってトコは良いかも……』
話し相手がちょっと気になっている大河に代わったことで若干舞い上がっていた所に、愛の告白のようなことを言われたので思わず良い気分になるひかげ。
2人の愛をもって姉ちゃんと戦うって、何となく【妹さんを俺にください】的なイベントじゃね?
なんていうような妄想が頭の中を駆け巡る。
『……うん、何か良いなソレ』
「ふっ。そうかそうか、やっとその気になってくれたか」
『えぇっ!? いやいや、ちょっと待って! まだ心の準備がっ……』
「文化祭は今度の土曜日だからな、忘れずに来いよ」
『って、ソッチの話かよ!』
「では、楽しみに待っているぞ、ひかげ!」
『おいっ!? ちょ、まっ』
プー、プー、プー……。
無常にも電話は切れる。
恐らく、東京にいるひかげは、携帯電話を持ったまま呆然としていることだろう。
「喜べ子供たち! ひかげの勧誘に成功したぞ!」
「「「おお~!」」」
「流石だよ大河君。実に巧みな話術だったね」
「褒めてくれるのは嬉しいが、何で腕をつねる?」
「さぁ、何でかな~?」
女の感でひかげの純情な感情を感じ取ったこのみは、何となく大河に八つ当たりをする。
現に、彼女の読み通りひかげを口説いたような感じになっていたのだが……とにかく当初の目的は達成出来た。
これで残るは楓1人だけなので、ひかげを墜とした勢いに乗じて速攻で駄菓子屋へと乗り込む。
しかし、大人の楓はひかげほど甘くはなかった。
「駄菓子買ってさっさと帰れ、買わないなら今すぐ帰れ」
訂正、甘くはないというより世知辛かった。
「で、どう? 文化祭来れそう?」
「店あるから無理だな」
「ええ~、いいじゃん。この店、うちらくらいしか来ないんだし、駄菓子たっぷり持ってきてよ~」
「アホか。そこの田んぼにタニシいるだろ? そのタニシ食えよ。お前タニシとか食うだろ」
「喰ってたまるか!」
「まぁ、喰えなくも無いが、十分に熱さないと寄生虫を取り込んでしまう危険性があるので要注意だ!」
「「「「なにそれ怖い!?」」」」
「って、要注意だじゃね~よ! 何普通に答えてんだよ、冗談に決まってんだろ!」
せっかく、夏海との会話を優位に進めていたのに、大河の介入であっさり立場が逆転してしまう。
ある意味、彼は楓にとって天敵となりつつあった。
「それはそうと、君は文化祭に来ないのか?」
「言ったろ、店あるから無理だって」
「うまい棒を買うから、もう少し考慮してはくれまいか?」
「10円で動くほど私は安くねぇ!」
「では、このベビースターを1箱買うと言ったらどうだ?」
「……」
「1000円くらいだと動くんだね」
「うっさいっ、箱で売れると気持ちいいんだよ! けど、それとこれとは話が別だ」
箱買いの魅力に若干心が動かされるも、文化祭に行く気を起こさせるまでには至らないようだ。
駄菓子は安過ぎるので、このまま大量に買っても説得材料には使えそうに無い。
だったら、別の方法で行くまでだ。
「残念だよ楓。君は、れんげの事を我が子のように可愛がっていると思っていたんだがな」
「そりゃ子持ちに見えるって嫌味か?」
「いいや、見た目ではなく心が母親のように温かいと言っているんだ。だからこそ、れんげは君に来てもらいたいと思った、そうだろう?」
「その通りなのん! 駄菓子屋は、うちの大切な家族なのん!」
「えっ……」
れんげの告白に不意打ちを食らった楓は、思わずキュンとなってしまう。
素直じゃない彼女はぶっきら棒に接しているが、心の中ではれんげの事を愛しく思っているのだ。
その事実を見抜いている大河は、キュピーンと目を光らせながら自信満々に語りだす。
「そう、君たちは既に家族も同然なんだ! 即ち、君が文化祭に行く事は、もはや必然!」
「はぁ!?」
「娘であるれんげたちが頑張っている様子を、母親である君と父親である俺が優しく見守る。実に自然な光景じゃないか!」
「何でさりげなくお前が混ざってんだっ!」
「細かいことは気にするな」
「細かくねぇよ、粗だらけだろ!」
まさしく正論で文句を言う楓だったが、実際は結構満更でもなかった。
夫婦は行き過ぎだけど、恋人同士……いや、仲の良い異性の友達と文化祭に行くなんてシチュエーションなら経験してみたい気もする。
それに、ちょっとだけれんげの様子も見てみたいし……なんて事を考えたら、意地になっているのがバカらしくなってきた。
「ああ、もう! わかったよ! 文化祭行くよ! 行けばいいんだろ、ったく!」
「駄菓子屋来るん!?」
「やったね!」
「おっほ~、よかったね~れんちょん。楓母ちゃんが来てくれるってさ」
「うっさい! タニシ喰わすぞ!」
夏海のからかいを受けて照れを隠すように叫ぶ楓。
彼女が素直になる日は、まだまだ遠いようだ。
まぁ、このみぐらいストレートになられるのも大変だが。
「流石だよ大河君。今回も実に巧みな話術だったね」
「褒めてくれるのは嬉しいが、何で頬をつねる?」
「さぁ、何でかな~?」
何はともあれ、招待客の勧誘も無事終わったので、後は準備に集中するだけとなった。
◇◆◇◆◇◆
そして、数日後。
みんなで頑張っている間に時間は過ぎて、あっという間に文化祭当日を迎える。
秋晴れの清々しい青空に、一穂が打ち上げた花火の音が響く。
パ~ン、パ~ン!
「やぁやぁ、よく来てくれたねぇ~」
「あ~オッス」
「ここに来るのも久しぶりだな~」
「私は去年までいたからそんな感じはしないな~」
「今思うと、よくこんなボロ屋に毎日来てたもんだ」
「ふっ、何もかも皆懐かしい」
「いや、大河先輩通ってね~し」
「勝手に過去を捏造すんな」
中学を卒業して以来ここへ来ていなかった楓たちOGがそれぞれの心境を述べる中、1人だけ仲間はずれな大河は無理やり話に入ってくる。
そんな彼と軽い会話を交わしつつ校舎の中に入ると、さらに懐かしさがこみ上げてきた。
ここは何も変わってないな……。
徐々に記憶を取り戻しながら過去に戻った気分で廊下を進む。
すると、教室の前で待っていたれんげ、こなみ、蛍の小学生トリオに出迎えられる。
「いらっしゃいませ~。わざわざ足を運んでもらってありがとうございます」
「らっしゃい~ん!」
「らっしゃいあせ~」
慣れた店員のように元気の良い声をかけてくる3人。
それぞれの格好も気合が入っており、普段とは違ったものとなっていた。
「お~、何それ~」
「あ、これですか? みんな、動物の格好して喫茶店しようという事になりまして」
「ほたるんは、にゃんこなのん」
「ほ~猫か……」
確認しやすいようにクルッと回転する蛍を改めて見てみると、頭に黒いネコミミのヘアバンド、腰に黒いしっぽを付けて、確かにネコっぽくなっている。
大人っぽい彼女だと可愛いというよりセクシーな感じだが、ある意味よく似合っていた。
とはいえ、元ネタが全然分からないれんげとこなみの格好に比べたら、魅力的な蛍の姿も普通に見えてしまう。
一体2人はどんな動物に扮しているのだろうか。
「う~ん、こなみちゃんの格好は何なのかな?」
「鳥か?」
「飛行機か?」
「いや、スーパーマ「それは絶対に違う」
「じゃあ、何だろね~?」
答えを知っている大河以外の面子は、こなみの格好に疑問符を浮かべた。
彼女は、鋭い牙と目が描いてある青いとんがり帽子を被り、背中に水平翼と垂直尾翼みたいなものを付けている。
一見すると、ノーズアートが描かれた戦闘機のように見えるが……。
「ふっふっふ~、答えが出ないようなので発表しちゃいま~す。これはみなさんご存知の、サメでした~!」
「魚類かよ!」
「まぁ、動物ではあるけどな」
「流石大河君の妹、意外な所を突いて来るね」
「くっ、立派に成長したな……こなみよっ!」
「何故泣く!?」
こなみのサメコスプレを見た大河は、大げさに感極まってしまう。
突然だったので思わず引いてしまったものの、まぁいつものことかと思い直したみんなは、気を取り直してれんげの姿に注目することにした。
彼女の頭には1本の白い角が付いたヘアバンドが付けられており、身体には赤い縁取りの白いエプロンを着けている。
「な~な~、駄菓子屋~。うち、何の格好だと思うん?」
「なんだそれ? サイの角か?」
「いや、こなみがサメだったから、イッカクかもしんね~ぞ」
「ブッブ~。サイでもイッカクでもないの~ん。これはみなさんご存知の~、ユニコーンです!」
「今度はファンタジーかよ!」
「でも、意外とまともだね」
「まぁな、れんげにしては普通だ」
れんげのことだからもっとトンデモないものだろうと予想していたみんなは、ユニコーンと聞いて少し拍子抜けしてしまう。
ところがどっこい、当然ながらただでは済まなかった。
「のんのん、みんな甘いのんな~。この角を2つに分けると~……デストロイモードに変身出来るの~ん!」
「もはやユニコーンじゃね~よ!!」
「自分の姿をデストロイすんな!!」
急に出てきたトンデモ設定に、楓とひかげは堪らずつっこみを入れる。
しかし、れんげが考えたにしては妙に創作的過ぎる気がする。
流石にこれはおかしいぞと思っていると、その答えは向こうからやって来た。
「素晴らしい。純粋であるが故に、慈愛を与える存在にも破壊を齎す存在にもなれる可能性の獣。これぞまさしくユニコーンだ!」
「やっぱりお前の入れ知恵か!」
「ふっ、よく見ておくのだな。祭りというのは、ドラマのように鑑賞するだけのものではない。参加することに意義があるのだ!」
「お前のは武力介入レベルだっつ~の!」
「はっはっは、ぬかしおる!」
笑ってやり過ごそうとする大河に、みんなはジト目を送る。
この時、彼も準備に参加していたということを知っているこのみだけは、まだ何か仕込んでいるかもしれないと予想して含み笑いを浮かべる。
いいね、この先もTo LOVEるの予感がビンビンするよ。
蛍からメニューとパンフレットを受け取って、何が起こるかワクワクしながら引き戸を開ける。
すると、教室の中では、銀色に塗られた馬の被り物を付けた夏海が待ち構えていた。
「ん~だっつ、みなさんご存知UMAです!」
「「「「……」」」」
「それでは4名様ご案内! お好きな席にお座りくださ~い」
とりあえず、夏海をいじるのは後回しにして、教室の中を見回してみる。
中央に白いテーブルクロスをかけた机と椅子5脚があり、窓際に学校で作った工作品や夏海の部屋で見つけたオモチャなどの展示品を設置していた。
それと、用途は不明だが、教卓の上に置かれているテレビと古いビデオデッキが確認できる。
ぱっと見た感じではかなりまともで、1週間という短期間で準備したと考えれば上出来な作りだろう。
夏海主催ということでかなり心配していたが、ちゃんとやっているようなので、みんなは一安心しながら席に着いた。
ただ、教卓の前に立っている彼女の格好はいただけないが……。
「おい夏海。その被り物、なんで銀色なんだ?」
「のんのん、夏海ではございません。かの有名な未確認生物、UMAです」
「UMAって言うか馬だろ?」
「違います。地球外変異性金属体と同化してるので、正確に言うと宇宙馬です」
「んなもん分かるか!」
「地球飛び出すなよ!」
とうとう宇宙生物まで出てきてしまった。
れんげのユニコーンに続いて穏やかじゃない展開である。
それに、何となく出所が同じ気がする……。
「いいぞ夏海、馬だけに上手いオチだ!」
「また適当なこと言って~。どうせこれも大河君の仕込みでしょ?」
このみの言うとおり、これも大河の入れ知恵である。
受け狙いに走った夏海と新たな知識を求めたれんげが彼に相談した結果、こんなことになったのだ。
そのせいで、可愛い動物カフェになるはずだったものが、怪しげなコスプレ会場になってしまった……。
「まぁ、それは置いておいて、とりあえず注文何にしやしょう?」
「私、アップルケーキとレモンティーにしよ」
「じゃあ、私もそれにするかな~」
「んじゃ~、私はアップルティーで」
「私はブドウのタルト」
「俺はリンゴ抜きのアップルケーキを所望する」
「あいよ~って、リンゴ抜いたら只のパンじゃん!」
軽く夏海をからかいながら注文を済ませる。
若干メニューの内容が凝っているので本当に作れるのか不安は残るものの、今は子供たちを信じて待つのみだ。
注文を書き留めている夏海を見ながらそんなことを思っていると、間を持て余して辺りを見回していた一穂が、展示品の中から気になるものを発見した。
「ねぇ、な~にあのギザギザしたの~」
「これは、うちとこなみんが協力して作ったん。流石ねぇねぇ、目の付け所が違うん」
そう言ってれんげが手にしたのは、板状のダンボールを切り抜いて枠を作り、そこに集中線を貼り付けてマンガの一コマを再現したものだった。
「これはタイガーの話を参考にしてうちが考えた最新のおもちゃなん」
「またお前が関わってんのか……」
「ほぅ。なかなか面白そうだな。どうやって遊ぶんだ?」
「こうやって裏から顔を出して、こんな感じで遊ぶん」
何となくマンガの一コマを演じるんだろ~なとは分かるが、れんげが何をチョイスして来るかが全く予測不能だ。
はたして、どんな展開が待っているのか。
みんなの注目を受けたれんげは、手に持ったダンボールを顔の手前に掲げると、俯きながら静かに語りだした。
「私たちはこんな生活を……強いられているんだ!」
「「って、どんな生活だよ!」」
れんげによる迫真の演技を見て同じ事を思った楓とひかげは、仲良くハモってしまう。
マニアックな遊びだったが、それなりに良い反応を得られたようだ。
「こりゃまた難易度の高い遊び覚えちゃったねぇ~」
「1人でやっても2人でやっても面白いん。駄菓子屋もやるん!」
「マジ勘弁」
あまりに子供っぽい(?)ので、アレに付き合うのだけは絶対にご免だと、速攻で断る楓。
そして、大河とれんげが絡んだら碌なことにはならないとため息をつく。
確かに、あの手この手で楓を悩ませるあの2人は、彼女にとって最凶最悪の組み合わせと言えるかもしれない。
「お水お持ちしました~」
「あ、ど~も」
「こまちゃんは何してるの~?」
「先輩は待機中です。先輩の衣装は私が作ったんですけど、一番出来が良かったんで楽しみにしててください!」
「ほぉ~」
「しかも、こなみちゃんとお揃いなんですよ。2人に着せたくて頑張っちゃいました!」
「へぇ~。そういえば、いつの間にかこなみちゃんがいなくなってるけど……」
「今、別室で着替えてるんです。もうすぐ先輩と一緒に来ますので、可愛い写真をお願いしますね、大河先輩」
「おう、心得た!」
蛍のお願いに答えるようにデジカメを掲げる。
こなみが絡んでいるならこの男に隙は無い。
「じゃあ、注文も聞いたし、家庭科室に行って料理始めますか~」
「は~い。れんちゃん、後ヨロシクね~」
「分かったの~ん!」
「れんげは料理作りに行かないのか?」
「うちはお遊戯するん」
「おっ、リコーダー吹くの?」
「うちだけじゃないん。こなみんとこまちゃんもやるん。こなみ~ん、こまちゃ~ん、お遊戯やるの~ん!」
手にしたリコーダーをセットして準備を整えたれんげは、廊下でスタンバッてるらしい2人に声をかける。
しかし、扉越しに聞こえてきた小鞠の声からは覇気が感じられない。
「んん~、やっぱりやるのやなんだけど~」
「なに言ってるのん。早く来るん!」
「ほらほら、行こうよ小鞠お姉ちゃん」
「ちょ、まだ心の準備が!?」
何らかの理由でみんなの前に出たくない様子の小鞠だったが、一緒にいるこなみが問答無用で彼女を教室に押し込んだ。
そうして中に入ってきた2人の格好は……タヌキだった。
蛍が自画自賛していたのも納得出来る力作で、顔以外の全身を覆う着ぐるみ仕様で作られた完成度の高い一品だ。
ちゃんと肉球の付いた手袋まで付けている芸の細かさが、異様なほどの愛情を感じさせる。
しかし、度を越えた作り込みが逆に仇となって、楓たちを引かせる結果となってしまった。
「なんだそれ?」
「え、えっと、これはジャンケンに負けて無理やり夏海に着せられただけで……あうぅ」
みんなからの微妙な視線に晒されて、やっぱりこうなったかと心の中で嘆く。
見た目はとても可愛いのだが、中二のお姉さんとしてのプライドが邪魔して、その魅力を十分に発揮できていないのだ。
こんな情けない姿を大河に見られていると思うと、恥ずかしさと怒りで心が一杯になってしまう。
「(夏海のヤツめ~、大河先輩の前でこんな格好させやがって~!)」
自分をピンチに陥れた張本人を思い返して、小鞠の怒りが段々とヒートアップしていく。
落ち込んでいるのに盛り上がるという、器用なのか不器用なのかよく分からない状態だ。
そんな不安定な彼女に、何も知らないのんきな大河は、さらなる燃料を投下してしまう。
「うむ、実に可愛らしいな! まるで姉妹のようだ!」
「えっ……姉妹? 私とこなみが?」
「ああ。君たちの圧倒的な可愛さに俺は心を奪われた。この気持ち、まさしく家族愛だ!!」
「か……家族愛!!?」
色んな感情が渦巻いて冷静な判断を欠いていた小鞠は、大河の言葉が通常の3倍魅力的に聞こえてしまった。
先輩と家族でこなみが義妹と言うことは……私ってお嫁さんじゃね!?
都合の良いように受け取ってみたらすごく嬉しい内容になったので、さきほどの暗い雰囲気から一転して一気にテンションを上げてしまう。
「イヤッホ~ウ!!」
「こまちゃんノリノリなん!?」
「実はやる気満々だったんだね~」
嬉しさのあまりゲームで有名なあのヒゲのオジサンみたいに飛び跳ねる小鞠。
気分はもうヒアウィゴーである。
「腹太鼓! やります!」
「こなみ、行きま~す!」
「ピュ~~~~~~!!」
「「ぽんぽん、ぽこ、ぽん! ぽんぽん、ぽこ、ぽん!」」
れんげの笛に合わせてタヌキに扮した小鞠とこなみが腹を叩く。
本来なら、そんな微笑ましい光景が見られたのだろう。
しかし、変なテンションに毒されてしまった小鞠は、次第に激しい動きで喜びを表現しだした。
小さい身体で軽快に動き回るその姿もすごく可愛らしいのだが、どこか危うい気もする。
浮かれる彼女を見てそのように感じた一同が何となく心配していたら……やっぱり事件が起こった。
「ウッギャ~~~~~~~~~~~~~!!?」
ドカッ!という音と同時に、突然叫び声を上げる小鞠。
クルッと回転した時、教卓の角に足の小指をぶつけてしまったのだ。
さっきまでの調子はどこへやら、あまりの痛さに我に返って急激に元気を失ってしまう。
はしゃぎすぎた子供が思いもよらぬアクシデントを起こしてテンションを下げてしまう、学校あるあるが起こってしまったのである。
「……もうやだ! うわぁ~ん!」
「こまちゃん、まだ終わってない~ん!」
冷静になりこれまでの行動がものすごく恥ずかしくなった小鞠は、手で顔を隠しながら教室から出て行ってしまった。
彼女を連れ戻そうとしたれんげも後を追っていってしまい、結局お遊戯はそのままお流れとなってしまう。
急な展開で呆気にとられたみんなは一瞬だけ黙り込むが、すぐに気を取り戻すと小鞠が置いていった微妙な空気を振り払うように話を始めた。
「小鞠ちゃん、頑張ったよね。褒めてあげたいくらいだったよ」
「いや、あそこは黙って見送って正解だったろ」
「本人に言ったら止めを刺さしちゃうからね~」
「しかし、こなみとのツーショットを撮り損ねてしまったのは残念だな」
「だったら、ひかげお姉ちゃんに着てもらうのはどうかな~?」
「それは良い! 今度は君がこなみのお姉ちゃんだ!」
「勝手に決めんな!」
この場に残ったこなみも加えて盛り上がる。
もうイベントもないだろうし、料理が来るまでこのまま楽しく喋っていよう。
この場にいる誰もがそう思っていたら、今度は夏海がひょっこり現れた。
「あ~済みませ~ん、うちのこまちゃんがやらかしたみたいで。かくなる上は、責任者のうちがちょっとした余興をご用意いたしますです」
「えっ、また何かやるの?」
どうやら、小鞠の退場を知って別のイベントをやりに来たらしい。
一体何をするのかと注目していると、夏海は手に持ったビデオテープを教卓に置いてあるビデオデッキに入れた。
これまで何に使うのか謎だったテレビをここで使うようだ。
「何のビデオだ?」
「これはうちの部屋の押入れで発見した【プリティキュット】を録画したものです」
「へぇ、随分と懐かしいものが出てきたねぇ」
「でしょ~? 今から昔のアニメを鑑賞していただいて、子供の頃の思い出に浸ってもらお~と思います」
「このボロッちい学校だけで十分お腹一杯だぞ」
「まあまあ、そう言わずに。ポチッとな!」
楓の言葉を受け流して再生ボタンを押す。
これで、画面には懐かしいプリティキュットが写るはずだ。
しかし、出てきた映像は、何故か幼い頃の夏海を撮ったホームビデオだった。
「あっ、昔のなっちゃんだ」
「ははっ、こりゃ確かに懐かしいや」
「ププッ、そうだね~」
越谷家の庭で撮影したらしいその映像の中で、幼い夏海が元気にはしゃいでいた。
現在とは違ってとても無邪気なので楓やひかげの笑いを誘ってしまうものの、普通に見れば和む光景である。
そのため途中までは安心して見ていたのだが……直後に衝撃映像が映し出された。
『うわ~い! 兄ちゃんだ~! うち兄ちゃん大好き! うちね~、おっきくなったら兄ちゃんのお嫁さんになるの!』
なんと、夏海が卓に抱きついて愛の告白をしている瞬間が映っていたのである。
しかも、こんなに大勢に目撃されてしまった……。
若干の間を置いてその事実を自覚した夏海は、速攻で電源をオフにすると、顔を真っ赤にしながら立ち去ってしまう。
「まぁ、子供ならあんなもんじゃない?」
「うん。まぁその、なんだ。よかったな兄ちゃん。妹にめっちゃ愛されてるのが分かって」
このみとひかげは、教室の後ろで犬の格好をして座っている卓と目を合わさないようにしながら語りかける。
実は、これまでずっとそこにいて、さっきのビデオも一緒に見ていたのである。
普段は感情を表に出さない卓も、みんながいる場所であんなものを見せられてはいたたまれない。
結局、羞恥心に負けて、自分で作った犬小屋に頭をつっこんで隠れてしまった。
「はっはっは、卓は照れ屋さんだな。俺がこなみに同じ事を言われたら、思わず服を脱ぎだして裸踊りをしてしまうくらい喜んでしまうところだぞ!」
「お前は曝け過ぎだ!」
「えへへ~、私もお兄ちゃんのこと大好きだけど、犯罪者にしたくないからお嫁さんは諦めるよ~」
「妹の方が大人だな……」
こうして、予想外のお嫁さん発言によって夏海の余興もあっさり終了した。
小鞠に続いて夏海までリタイヤしてしまったので、イベントはもう打ち止めだろう。
急に暇になってしまったみんなはそう判断して、置いてあったオモチャを手に取り、思い出に浸りながら時間を潰した。
しかし、待ちくたびれた一穂が寝てしまうほど時間が過ぎても、一向に料理が出てこない。
30分経っても音沙汰が無いので、いくらなんでも遅すぎると、みんなで家庭科室に行ってみることにした。
「なぁ、注文したのが来ないんだが……」
楓が声をかけながら部屋に入ると、そこでは越谷姉妹の悲痛な声が響いていた。
「ああぁっあぁぁ~~~っ、ああぁあぁあ~~~~~~っ……」
「なっつん、ちゃんとする~ん!」
「燃えたよ、燃え尽きたよ、真っ白にね……」
「せんぱ~い、復活してください~!」
小鞠は調子に乗って失敗した自分を思い出して落ち込み、夏海は恥ずかしさのあまり悶えていた。
まぁ、確かにあんな目に遭ったのだからダメージは大きいだろう。
その点は同情するものの、お客である自分たちをほったらかしにしていることは頂けない。
「なんだぁ、このやる気の無さは。注文したのは作ってんのかぁ?」
「あばばばばばぁぁぁぁぁあぁぁ~~~~~~~~~~」
「よぅ、お前は満足か、こんな世界で。私は嫌だね……」
「あ~、ダメだこりゃ」
今は何を言っても無駄なようだ。
予想以上に痛恨の一撃だったらしく、れんげと蛍の説得も右から左へ抜けていくばかりである。
この様子だと、しばらくはこの状態が続くと思われるので、料理は自分たちで用意した方が良いだろう。
「仕方が無い。材料やレシピは揃っているようだから、俺たちで作るとしよう」
「うん、そうしよっか」
「はぁ、やっぱりこんなオチかよ……」
「いいじゃないか。俺は君と料理が出来て嬉しいぞ」
「えっ!? そ、そう?」
「ああ。美しいものが嫌いな人などいないだろ?」
「ほわぃっ!? ううう、美しいだなんて言われたの初めてなんですけどっ!?」
こんな時でも大河は通常運行で、嘘偽りない本心をさらけ出してひかげに語りかける。
例え人前であっても自分を曲げずに愛を語れるとは、相変わらず恐れを知らない男である。
案の定、傍で聞いていた楓とこのみの不興を買ってしまうのだから困った話だ。
「お前ってヤツはぁ! さりげなく口説いてんじゃね~よ!」
「むぅ、ひかげちゃんまでその気にさせるとは。まさかの展開だわ……」
とまぁ、ひと悶着あったりもしたが、とにかくレシピを参考にメニューどおりの料理を作って教室へと運ぶ。
家庭科室に様子を見に行ってからさらに数十分かかったものの、これでようやく喫茶店らしくなった。
まぁ、お客に料理を作らせてる時点で破綻しているけど……。
「ん~! おいし~! 自分たちで作ったお菓子は10倍増しで美味しい!」
「先輩元気になって良かったです!」
何とか復活を遂げた小鞠も嬉しそうにケーキを食べている。
他のみんなも同様で、ケーキを掬ったスプーンを口に運びながらにこやかに談笑していた。
「こなみ、口の周りにクリームが付いているぞ」
「うにゃ~。お兄ちゃんありがと~」
「結局、私たちも手伝うハメになっちゃったね……」
「まぁ、楽しかったから良いじゃない」
「う~ん……まぁね」
言葉どおり楽しそうに語るこのみに返事を返しつつ、ひかげはチラッと大河を見る。
色々あってちょっぴり疲れたけど、文化祭を見に来て良かったかもしれない。
その気持ちは、れんげの隣でアップルティーを飲んでいる楓も同様で、何だかんだと良いながらも穏やかな表情をしていた。
いや、よく見てみると穏やかじゃないみたいだ。
「駄菓子屋、美味しいのんな!」
「ああ。愉快な余興を見ながらだと、さらに美味さが増すな」
そう言いながら楓が見ているのは、例の衝撃映像が写っているビデオだった。
幼い夏海が卓に告白しているシーンを何度も繰り返し再生する。
これは、言いだしっぺのくせに途中で文化祭を放棄した夏海に対するバツであり、決して日頃からかわれている恨みを晴らしている訳ではない。
しかし、それを見かねたれんげたちは、次々に励ましの言葉をかけてくる。
「夏海、どんまい」
「なっつん、どんまい」
「夏海先輩、どんまいです」
「………………ぬわーーっっ!!」
どうやら逆効果だったようで、さらに夏海の言語崩壊が進んでいく。
というか、ビデオを見てからまともな言葉を聞いていない。
そこで、何かを思いついた楓は、れんげが作った集中線付きダンボール枠を夏海に手渡す。
「ほら、これ使って今の心境を言ってみろ。スッキリするかもしんね~ぞ?」
「……うちばかり不遇な待遇を……強いられているんだ!!」
「いや、いつも自業自得だから」
「あーん! 至極正論!」
最後に身を張って文化祭を盛り上げる夏海であった。
だんだんひかげが可愛く思えてきました。
次回も登場するので、上手く動かしたいです。