のんのんでいず   作:カレー大好き

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今回は料理描写があったので、ネットで調べ祭りでした。



第8話 「友達の家でごはんを作った」

とある日曜日、小鞠に会いに来た蛍とこのみは、彼女の部屋でガールズトークに花を咲かせていた。

小鞠が買ってきたポータブルCDプレーヤーから話が弾んで、音楽、ファッションと話題がつながって行く。

しかし、あまりにも知識が浅過ぎた小鞠は、2人の女子力に圧倒的な敗北を喫してしまう。

大河のおかげで自信があった恋バナでも思いのほか苦戦を強いられたので、やはり蛍とこのみの方が自分より大人っぽいらしい。

ここまで来てようやくそこに気づいた小鞠は、思い切って2人に相談してみることにした。

 

 

「ねぇ、どうすれば大人の女性っぽくなれるかな?」

「後6年待てばなれると思うよ?」

「そんなの当たり前じゃん! っていうか、歳以外は大人っぽくなれないって言われてる気がするんですけど!?」

「いやいや、そんなことないよ~(笑)」

「とか言って、笑ってるじゃん!」

 

 

小鞠から抗議の声が上がるものの、先ほどからのやり取りで彼女の子供っぽさを十分に見せ付けられているこのみとしては、苦笑せざるを得ない。

恋について話をする蛍の大人っぽさに嫉妬して、「もう! なんで私の方が年上なのに、蛍の方がお姉さんっぽいの!? や~だ! 私の方が大人なのに! やだやだやだやだやだあ~!」なんて駄々を捏ねられたら仕方無いだろう。

とはいえ、年上のお姉さんとしては、ちゃんとした助言もしてあげないといけない。

 

 

「まぁ、大人っぽいって言っても色々あるけど、簡単に出来る事と言えば……料理かなぁ」

「そうですね。料理が出来ると大人っぽく感じます」

「ふぅん、料理かぁ……2人とも出来るの?」

「私はそこそこかな」

「私もそんな感じです」

「ん~、つまり出来るってことだよね……」

 

 

このみたちの話を聞いて小鞠は考え込んでしまう。

確かに、この前学校でやった調理実習でも、お米に水を入れ忘れるという大失敗をしでかして、自分の未熟さを思い知ったばかりだ。

大河も料理が得意だし、会話の幅を広げるためにも上手く作れるようになった方がいいかもしれない。

 

 

「(待てよ……これって大河先輩に教えてもらえば一石二鳥なんじゃない?)」

 

 

彼の事を考えているうちにティンときた。

そうだ、大河先輩に教えを請えば、手取り足取り丁寧に教えてくれるに違いない。

しかも、上手くすれば彼との仲が進展するかも。

2人で仲良く料理を作ってぇ~、2人で仲良く料理を食べてぇ~……。

 

 

「そして、私も召し上がれ♪」

「「どゆこと!?」」

 

 

突如妄想にはまって問題発言をかましてしまう小鞠であったが、その後すぐに気を取り戻して、早速大河に電話をしてみた。

何事かと一緒に付いて来たこのみたちの前でおずおずと料理の件をお願いすると、予想通り二つ返事で引き受けてくれる。

しかも、丁度家に素材が揃っているので今からこちらに来いという。

なんという好都合。

こいつぁ幸先が良いぞとばかりに、小鞠はささっと着替えると、喜び勇んで海川家にやって来た。

 

 

「良く来たな、みんな」

「はい、今日はよろしくお願いします!」

「私もよろしくお願いします」

「右に同じく~」

「はぁ、やっぱりこのみちゃんたちも参加するのね……」

「そりゃ当然でしょ? こんな楽しそうなイベント滅多に無いんだから」

「って、何で夏海がいんだよ!」

「何でって、れんちょんと一緒に遊びに来てたんですけど~?」

「なんかムカツク言い方だな!」

 

 

小鞠たち3人が海川家へやって来ると、そこには夏海とれんげもいた。

れんげはこなみと一緒に2階でゲームをしているみたいだが、階下の騒ぎに気づいて様子を見に来た夏海は、どうやらこのイベントに参加するつもりらしい。

 

 

「(ぐぬぬ~、夏海がいるなんて計算外だよ! 変な邪魔しなきゃいいけど……)」

「どうした、小鞠? 誰かのせいで計算が狂ってしまったような顔して」

「うぇ!? ななな、なんでもありませんよぉ?」

「ふむ。それはそうと、今日は髪型を変えてみたのか。良く似合っているぞ」

「えっ! えへへ~、そうですか~?」

 

 

ここへ来る前にさり気なくサイドポニーにしていたのだが、意外にもすぐに気づいてもらえた。

実を言うと、妹思いな大河はこなみのヘアアレンジもやっていたりするので、女性のオシャレには結構敏感なのだ。

しかし、そんな事など露知らず、自分の変化に気づいてくれた彼に対して素直に喜んでしまう。

 

 

「このシュシュ、私のお気に入りなんです!」

「ちょっと前までシュシュって名前も知らなかったんだけどね~」

「コラそこ! お黙りなさい!」

「ははは……」

 

 

覚えたばかりの知識を堂々と使って話す小鞠に、思わず苦笑するこのみと蛍。

思春期によくある光景で一見微笑ましいが、気をつけないと重度の中二病に陥ってしまう危険性もあるので要注意だ。

 

 

「よし。雑談はこのぐらいにして、調理実習を始めるとしよう」

「「はいっ」」

「で、何を作るの?」

「うむ。俺も人に教えるのは初めてだから、今回は比較的簡単なハンバーグを作ることにした」

「いいね~ハンバーグ! 早く食べさせろ~」

「お前、作る気ないだろ?」

 

 

しょっぱなから1人だけ脱落気味だが、とにもかくにもハンバーグ製作は始まった。

まずは基本中の基本である野菜の下ごしらえからだ。

使うのは、中に入れるタマネギと付け合わせのニンジンである。

 

 

「最初は切りやすいニンジンからいってみようか」

「はいっ、がんばります!」

 

 

家から持ってきた可愛らしいエプロンを身に着けて張り切った様子の小鞠は、まな板の上のニンジンに挑む。

作業を始めた彼女の様子を、大河は後から、このみと蛍は左右から覗き込んで見守る。

 

 

「(ふふん、包丁の使い方はもうバッチリだもんね~。秘技、にゃんハンド!)」

 

 

事前に蛍から伝授されていた基本技を繰り出し、ニャンコな左手でニンジンを押さえ込む。

後は右手の包丁でサクッと切ればおっけ~だ。

しかし、選んだニンジンが悪かったのか、ヘタの部分がやたらと硬かった。

 

 

「んぐぐぐぐ……ふん!」  

 

 

スパンッ!

バシッ!

 

 

「はう!」

「切ったヘタが消えた」

「あうぅ……こっち来ました」

 

 

力を込めすぎたせいで切り落としたニンジンのヘタが勢いよくすっ飛んで行き、小鞠の右隣にいた蛍のおでこに直撃してしまった。

実は、前にも同じようなことがあったため、蛍は微妙な気持ちになる。

痛いけど、先輩と縁があるって思えば嬉しいかな……でも、やっぱり痛いかも。

 

 

「にゃはは~。ごめんね、蛍」

「い、いえ。これくらい平気です!」

「ふむ。大事に至らなくてよかったが、それではいずれ怪我をしてしまうだろう」

「は、はい……」

「よって、今から特別コーチをしてやろう!」

「特別コーチ? って、うえぇ~!?」

 

 

コーチと聞いて何をするのかと思ったら、小鞠の背後にぴったりと寄り添って彼女の手に自分の手を添えてきた。

最近ではラブコメマンガですらやらなくなった嬉し恥ずかしシチュエーションだ。

 

 

「いいかい、野菜は向こう側に押すようにして切るんだ」

「ひゃ、ひゃい~♪」

「ぐぬぬ~、その手で来たか」

「そうか~、その手があった」

「「……ん?」」

 

 

意図せず大河と密着できて幸せそうな小鞠を見て、同じようなことを思い浮かべるこのみと蛍。

まぁ、蛍の方はどちらの状況も羨ましいという変わった心境だったが……。

とにかく、大河からコツを教えてもらったおかげで小鞠の包丁さばきも大分さまになり、ニンジンはしっかりと切れるようになった。

しかし、次に取り掛かったタマネギはそう簡単にはいかず、切る際にどうしても涙が出てしまう。

 

 

「ぐしゅっ、涙が止まらないよぉ~」

「慣れてくれば涙を出さずに切れるようになるさ」

「ぞうなんでずか~?」

「ふふっ、色んなところから液体が出ているな。拭いてあげるからこっちを向いてごらん」

「ふぇっ!? あふぅ~……」

 

 

涙と鼻水で濡れまくっている小鞠の顔をティッシュで優しく拭いてあげる。

すると、気持ちよさのあまりヨダレまで垂らしてしまう。

 

 

「えへへ~、じゅるり」

「おっと、口からも液体が出ているぞ」

「ふにゃ~、ごめんなさ~い」

「う~ん、私が拭いてもらうのはねぇ」

「えへへ、私も拭いてあげたいですぅ」

「「……え?」」

 

 

ここでも何となくシンクロ(?)してしまうこのみと蛍。

それぞれ思ってることは若干の違いがあるものの、小鞠たちのやり取りが羨ましいという気持ちは同じで、モヤモヤとしながら見つめる。

そんなラブコメ空間の中、これまで静かにしていた夏海はヒマを持て余して、とうとう遊び始めた。

 

 

「姉ちゃん見てみ~」

「……うん?」

「正義の味方~、ヘタレンジャイ参上~!」

「なに幼稚なことしてんだよ」

「だってヒマなんだも~ん」

 

 

夏海は、切り取ったニンジンのヘタを両目に当てて戦隊ヒーローのマネをしだした。

はっきりいって幼稚な行動である上に、そこはかとなくウザい。

特に、大河との良い雰囲気を邪魔された今の小鞠にとっては……。

 

 

「夏海、ちょっとこっち見な」

「ん~、なんじゃい?」

 

 

話しかけられた夏海が目からヘタを離した瞬間、タマネギのきれっぱしを目の前に突き出して、それを思いっきり絞った。

 

 

「バルスッ!」

「ぐおぉ~~~~~~!? 目がぁ~! 目がぁ~!」

 

 

タマネギの汁が無防備な夏海の目に襲い掛かり、彼女の視界を奪う。

これには流石の夏海も堪らず、洗面所へと逃げ込むしかなかった。

 

 

「こんちくしょ~、覚えてろよ~! アイル・ビー・バ~ック!」

「ふん、悪は滅んだ!」

「容赦ないですね……」

 

 

そのように定番のネタで夏海を撃退した後は無難に作業が進み、ハンバーグのタネを捏ねる段階まで来た。

そこで、大河から耳寄りなアドバイスがもたらされる。

 

 

「このまま普通に作るのもいいが、隠し味を入れて自分らしさを追求するのもいいだろう」

「隠し味ってどんなの?」

「そうだな。マヨネーズ、味噌、赤ワイン、ジャム、チョコレートなど色々あるが、俺のオススメはスパイシーなカレー粉だな」

 

 

そう言うと、隠し味として使えそうな物を一通り揃える。

 

 

「よかったら試してみると良い」

「へぇ~、隠し味かぁ。ものすごく美味しくなりそうですね」

「それだけではないぞ。相手の好みに合わせてあげることで愛情を込めることもできるんだ!」

「愛、情……」

 

 

それを聞いた小鞠はとある事を思いつく。

アレを入れれば、きっと大河先輩も気に入ってくれるはず。

そう思ったら止まらなくなり、無謀にも大河に内緒で隠し味を投入してしまう。

隠し味の意味をちょっぴり勘違いした小鞠は、こっそりと隠れながら仕込んだのである。

そのせいで、未知なる味に変化してしまった事を誰にも気づかれること無く、彼女のハンバーグは完成した。

 

 

「うむ。良い出来だ」

「うわぁ、美味しそう! 自分で作ったように見えないよ~」

「やりましたね、先輩!」

「よくがんばったね、お姉さんは嬉しいよ」

 

 

上出来なハンバーグを見たみんなは小鞠の健闘を称える。

見た目はとても美味しそうなので当然だろう。

ただ、丸分かりの【カレー臭】にはかなりの不安を感じるのだが……とにかく、後は試食をするだけだ。

しかし、ここで再び夏海が現れてひと騒動起こすことになる。

洗面所で目を洗い終わった彼女は、これまで復讐の機会を伺っていたのである。

 

 

「もらったぁ!」

「なにぃ!?」

 

 

目標は、小鞠のハンバーグただ1つ。

テーブルに置いてあったそれを皿ごと奪うと、いつの間にか持っていた箸を使ってがぶりと食べてしまう。

ここまではよかったのだが……直後に悲劇が起こる。

 

 

「かぁらぁ~~~~~!!?」

 

 

ハンバーグを飲み込んだ夏海は、唐突に叫び声を上げると、テーブルに皿を置いてから急いで水を飲みに行ってしまう。

 

 

「あばばばば!」

「急にどうしたの、なっちゃん?」

「ふむ……どうやら、このハンバーグに大量のカレー粉が入っているようだ」

「やっぱり。だから辛かったんですね」

 

 

案の定、隠し味が効き過ぎていたらしく、夏海は返り討ちにあってしまった。

自ら災難に向かっていってしまうとは、オチ担当の悲しいサガか。

 

 

「小鞠、隠し味とは隠れてこそ隠し味であって隠れてなければ隠し味ではないぞ?」

「てへっ、ですよね~」

「初歩的すぎる!?」

「まぁ、失敗は成功のもとだから気にすることはない。だが、ここまで辛いと君たちでは食べられないだろうから、俺が頂いておこう」

「はいっ! よろしくお願いします!」

 

 

失敗したにも関わらず何故か笑顔の小鞠。

いつもだったら、しょんぼりするか駄々を捏ねるところなのに、今は何かが違う……。

ふと感じた違和感にこのみたちが頭を捻っていると、大河に見えない角度に顔を向けた彼女がニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。

 

 

「(計画どおり!)」

「(はっ!? まさか、自分の料理を大河君だけに食べさせるために無茶な隠し味を仕込んだというの!? 小鞠ちゃん……恐ろしい子!)」

 

 

この時このみは、ダークサイドの力を使い始めた小鞠から大人の気配を感じて戦慄した。

確かに、恋をして急激に経験値を貯めている彼女は、大人の女性として成長しているようだ……。

 

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 

秋の穏やかな気候が心地よく感じられる9月下旬、小鞠は綺麗に色づいた紅葉を楽しむために近くの森へとやって来ていた。

本人曰く、「大人の女性としてセンチメンタルな秋を過ごす」ということらしい。

テレビで見た女優を参考に、気取った様子で辺りを見回して大人的な気分に浸る。

まぁ、一種の中二病とも言える行動だが、彼女は紛うこと無き中二なので問題は無い。

 

 

「あ~、小鞠お姉ちゃんだ~!」

「ん?」

 

 

急に声をかけられたので前方に意識を向けると、小さい祠の前にいるれんげ、こなみ、蛍を発見した。

3人ともバッグを持っていて、さらにれんげの手にはデジカメが握られている。

もしかすると彼女たちも紅葉狩りに来たのだろうか。

それに、れんげが持っているデジカメも気になる。

確か、オールドタイプな宮内家に生活必需品以外のハイテク機械は無かったはずだが……。

 

 

「おはよう、みんな」

「おはようございます、先輩」

「にゃんぱす!」

「Meowning!」

「なにそれ、英語!? じゃなくて、れんげの持ってるそれ、どうしたの?」

「じゃじゃ~ん、これは最新式のデジタルキャメラなの~ん!」

「いや、キャメラは分かってるけど、誰のってことだよ」

「これはお兄ちゃんのだよ~」

「あ~、なるほどね~」

 

 

一番納得の出来る名前が出てきた。

最新ゲーム機やエレキギターまで持っている彼ならデジカメぐらい所有していても不思議ではない。

 

 

「大河先輩から借りてきたの?」

「今さっきここで借りたのん」

「ん? ここで借りたって、どゆこと?」

「実は大河先輩も一緒に来てるんですよ」

「えっ!? ど、どこにいるの!?」

「俺ならここにいるぞ!」

「へっ?」

 

 

大河がいると聞いて慌てて辺りを見回していると、何故か上の方から声が聞こえてきた。

一体どういうことなのかと疑問に思う間も無く、小鞠の前方に大きな人影が落ちてくる。

ドサッという音と共に色とりどりの木の葉が舞い散り、その中心では大河がヒザをついてポーズを決めていた。

冷静な状態だったら「忍者かよ!」とつっこんでいるところだが、今の小鞠では無理そうだ

 

 

「ふっ、俺も重力に魂を縛られた人間ということか……」

「ウッギャ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!?」

「おっと、驚かせてしまったようだな」

「にゃ、にゃんで上から!?」

「いや、あまりにも見事な紅葉に感動してしまってな、上から見たアングルも撮ってみたくなったんだ」

 

 

そう言って手に持ったデジカメを掲げて見せる。

どうやら、複数所持していたらしい。

しかし、そんなものを持って木に登っていようとは思いもよらなかった。

 

 

「しゃ、写真を撮ってたんですか……」

「ああそうだ。こなみやれんげが写真を撮りたいと言っていたんでな」

「そうなのん! うち今、カメラマンなのん! もっと光を、ライチングを!」

「はっはっは、なかなか本格的じゃないか、れんげ!」

「はぁ、そですか」

 

 

出会って早々に驚かされて気が抜けてしまう小鞠。

好きな相手でも全てを受け入れられるわけではないのだ。

それでも、笑顔を向けられるだけであっさりと機嫌が直ってしまうのは惚れた弱みか。

 

 

「……それじゃあ、みんなは写真を撮りに来たの?」

「のんのん、写真だけじゃないよ~?」

「ずばり、芸術の秋祭りなのん!」

「どういうことなの?」

「え~とつまり、写真だけじゃなくてスケッチもやろうと言うことになりまして」

「うむ、写真は有りのままの現実を写し、スケッチは有りのままの心象を写すものだからな。比べてみると個性が出ていて結構面白いものなんだ」

「へぇ~、そうなんですか~」

「よかったら先輩も一緒に行きませんか?」

「(芸術の秋も良いかも)……うん、行く!」

 

 

二つ返事で蛍の申し出に乗っかる。

大河と一緒なら、センチメンタルな秋とロマンチックな恋を同時に満喫できるかもしれない。

よし、今日は朝からついてるぞ~。

そう思ったら自然と笑いがこみ上げてきた。

 

 

「にゅふふ~」

「小鞠お姉ちゃんの様子がヘンだね~」

「秋だから仕方ないのん」

「れんちゃん、大人な反応だね……」

 

 

秋は恋の季節とも言われるので、れんげの意見はかなり的を射ていた。

まぁ実際の所、幼い彼女は食欲の秋を連想して、どうせ食べ物のことでも考えているのだろうと思ったのだが、ちょっぴりお姉さんな蛍は恋の話と受け取って苦笑する。

そのように和気あいあいと話しながら移動して森を抜けると、眼前には秋色に染まった美しい田舎の風景が広がっていた。

 

 

「ふむ、良い眺めだな。実に芸術意欲を掻き立てられる」

「そうですね」

「れんげちゃん、ここに座ろう」

「おっけ~」

「40秒で支度しな!」

「おお~!」

 

 

早速良いポジションを見つけたれんげとこなみは、仲良く並んで木の根元に腰をかけると、持ってきたバッグから道具を取り出して準備を整えた。

実にやる気満々であるが、はたしてどのような作品が出来上がることやら。

 

 

「おっえっかき~♪ おえかきなのん」

「芸術を爆発させるよ~」

「紙とか持ってきてないんだけど、私の分もある?」

「はい、画用紙と色鉛筆ならありますよ。あと下敷きも」

「こまちゃん、なに描くん?」

「別に決めてないけど、せっかくここまで来たんだし風景でいいんじゃない?」

 

 

成り行き任せでやって来た小鞠は、無難な答えを返す。

夢見がちな彼女だが、こんなに綺麗な景色を前にして妄想世界を描いてしまうほど中二病ではない。

しかし、大河の美的センスはとある要素を求めたため、条件を満たしてくれる子供たちに提案してきた。

 

 

「いや、それでは物足りないから、ここはみんなに協力してもらおうかな」

「協力?」

「ああ。せっかく可愛い少女たちがたくさんいるのだから、ぜひモデルをやってもらいたい」

「ええっ!? モモモ、モデルぅ!?」

「私たちがですか!?」

「うむ。題して、幻想的な景色に舞う美しき妖精!」

 

 

くわっと目を見開きながら力説する大河。

既にやる気満々であり、引くに引けない雰囲気を放っている。

更に、れんげとこなみも便乗して話に乗ってきた。

 

 

「お~、ナイスアイデア~」

「うち、こまちゃんモデルにしたいのん!」

「ええ~? モデルとか恥ずかしいんだけど……」

「何事も経験なのん」

「そうだぞ小鞠。女性の美しさは、他者の視線を集めるために努力する事でより一層磨きがかかるものだから、君たちにとって良い経験となるはずだ」

「美しさを磨く……」

「うむ。俺は可愛い君を描いてみたいのだが、やってみてくれないか?」

「かかか、可愛い!?……はいっ! 私、モデルやりますっ!!」

 

 

口の上手い大河に乗せられた小鞠は、あっさりとモデル役を引き受けてしまう。

恥ずかしい気持ちは当然あるけど、ここは彼の期待に答えて好感度をアップする大チャンスなのではないか?

だったら、とびっきり可愛いポーズを極めちゃうときでしょ!

 

 

「こ、こんな感じでどうにゃん?」

「!!?」

 

 

語尾で分かると思うが、小鞠は好きな猫をモチーフとした【招き猫のポーズ】で勝負に出てきた。

小首をかしげる事でさらに攻撃力を増し、大河にアピールする。

しかし、一番効果抜群だったのが彼ではなくて蛍だったことは誤算であった。

 

 

「せ、先輩! すごく可愛いですっ!」

「えっ、そう? ありがと……」

「私も色んな先輩描きたいので、可愛いポーズ提案させてください!」

「うぇ? て、提案?」

「はい、こういうポースとかどうですか!」

「ええ~、それは流石に恥ずかしすぎるでしょ」

「あは! じゃあこういうポーズとか」

「あ、それはありかも!」

「蛍も年頃故か、美に対して只ならぬ興味があるようだな」

「すっごい楽しそうだね~」

「でも、そんなノリノリじゃなくていいと思うんよ?」

 

 

とまぁ、蛍の暴走によって若干ドタバタとしてしまったが、数分間の議論の末にようやくポーズが決まる。

結局、不自然なポーズではバックの自然に合わないという結果となり、普通に立っていることになった。

せっかくのアピールチャンスが不意に無くなったため呆然となった小鞠を、みんなでせっせとスケッチする。

 

 

「せんぱ~い、こっちに目線を!」

「あ~い」

「おっと、しくじってしまった。そんな間違い、修正してやる!」

「にゃんにゃんにゃ~ん♪」

「……(みんな、ちゃんとした絵描いてるよね?)」

 

 

面子を見回してみると、どうにも疑心を感じてしまう。

目の前で異様にハッスルしているれんげの様子を見ては、そう思ってしまうのも当然かもしれない。

 

 

「う~ん……ふん! ふん!」

「れんげ、どんな絵描いてんの?」

「こまちゃんを濃縮して、マルっと丸めて裏から見た感じの絵なのん」

「なるほど、わからん!」

「だったら、私が見てみるよ~………………………………」

「って、何で黙るの!?」

「ほぅ、興味深いな。今度は俺が見てみよう」

「ごくり」

「……なにぃ!? これはもしや量子力学の……シュレーディンガーの猫か! 不確かながらも様々な可能性を秘めた小鞠の将来性を見事に表現しているな!」

「ちょ、なにそれ!? よくわかんないけど、そういうのいいから普通に描いてくれない?」

「え~、普通なんかでいいのん?」

 

 

大河たちの反応を見て不安が強まった小鞠はれんげに懇願する。

猫とか言っていたが、どうもただの猫とは思えなかったからだ。

大好きな動物であるだけに、変な猫の絵など見せられてしまったらトラウマになりかねない……。

そんなわけで、せっかく気持ちよく描いていたれんげだったが、モデル当人からダメだしを食らってはそのまま続けるわけにも行かず、不満げな顔をしながらも普通の絵を描くことになる。

しかし、気乗りしなかったにも係わらず、小鞠の姿を写実的に描いたその絵は誰の目から見ても素晴らしいものであった。

 

 

「うまっ! 小1でこれだけ描けるって普通に凄くない?」

「コンクールとかに出せば、賞とか取れるんじゃ……」

 

 

小鞠と蛍は素直にれんげを褒め称える。

確かにそれだけの価値がこの絵にはあるが、当のれんげは納得していないようだった。

 

 

「なに言ってるん? こんなの芸術性のかけらもないん。うちが描きたかったんはこんなのじゃないん」

「れんげの言う通りだな。芸術とは、己の個性を様々な手法で表現し具現化させる唯一無二の存在だ。故に、れんげの個性が反映されていない凡庸なこの絵は芸術ではないのさ」

「流石タイガー、芸術とゆ~ものをちゃんと理解してるのん!」

「ふっ、当然だと言わせてもらおう!」

 

 

何気に気の合うれんげと大河は、芸術論でも話が合ったようだ。

仲良くハイタッチしている2人を見ながら、小鞠と蛍は話に入り損ねて呆然とする。

しかし、そんな彼女たちに助け船を出すようにマイペースなこなみが話を変えてくれた。

 

 

「う~ん、芸術を爆発させたからお腹減っちゃったよ~」

「カロリーを消費したってことね……」

「そういえば、もうすぐお昼ですもんね。私家近いし、サンドイッチでも作ってきましょうか?」

「「サンドウイッチ~!」」

「手伝おうか?」

「大丈夫ですよ、すぐ戻ってきますから」

「しかし、君1人では流石に大変だろうから俺も行こう」

「えっ、大河先輩が!?」

「ああ、俺なら料理も作れるし、荷持ち役としても適任だろう?」

「は、はい、そうですね……(赤)」

 

 

大河の申し出に喜びながらも照れてしまう蛍。

最近気になっている彼と2人きりで行動するのは、嬉しいけれど恥ずかしいのだ。

 

 

「じゃあ、私も行きます!」

「いや、君はここでこなみたちの相手をしてやってほしい。せっかく遊びに来たのだからな」

「ええ~……じゃあ、後で私と一緒に写真撮ってくれます?」

「もちろんいいとも」

「ほんと!? やった~!」

「ふふっ。じゃあ、ちょっと行ってきますね~」

「は~い、気をつけてね~」

「サンドウイッチ~ん!」

「トマト無しでお願いしま~す!」

 

 

ちょっぴり問答があったものの上手く話を纏めた大河たちは、3人に見送られながら一条家へと向かう。

蛍の言っていたとおり、ここから彼女の家まではさほど離れていないのですぐに到着した。

こなみと同様に何回かこの家に来た事のある大河は、挨拶をすると躊躇することなく上がっていく。

すると、蛍の母親がわざわざ居間の方から来て出迎えてくれた。

 

 

「あら、大河君。いらっしゃい」

「お邪魔します、ママさん」

「うふふ、大河君だったらいつでも大歓迎よ」

 

 

出会って早々、随分と親しげに会話する2人。

実を言うと、前から男の子を欲しがっていた蛍の母親は大河のことがとても気に入っていて、自分のことをママと呼んでほしいと頼んでいたぐらいなのだ。

その結果、困った大河は妥協案としてママさんと呼ぶことにしたため、先ほどのような会話となったわけである。

 

 

「それでは、台所をお借りします」

「は~い。蛍ちゃん、頑張ってね!」

「もうっ、余計なこと言わないでよ、ママ!」

 

 

娘の反感を買いながらも、ムフフと笑みを浮かべながらエールを送る蛍ママ。

彼女は、普段の会話や部屋にあるぬいぐるみから、自分の娘が大河に対してほのかな思いを寄せていることを看破していたのだ。

少し年齢が離れているけど彼は良い人だし、両思いなら問題ない……と思う。

それに、2人がお付き合いすれば大河も自分たちの息子となって、まさに願ったり叶ったりではないか。

 

 

「むっふっふ~、いいわね~それ!」

「なんだかママの様子が変です……」

「こういうときは、見なかったふりをしておくべきだろう」

 

 

まともに相手するのもアレなので、頬に手を当ててクネクネしだしたママさんは放置してさっさと台所へ向かう。

定番のタマゴサンド、ポテサラサンド、ハム&チーズサンドを作り、そこに甘いフルーツサンドも加えて盛り付ける。

後は、温かい紅茶を用意して準備万端だ。

 

 

「よし、これで完成だな」

「はい! ところでぇ……さっきから何こっそり見てるの、ママ!?」

「フフフ、私のことは気にしないでください!」

「気になって仕方ないよ!」

 

 

サンドイッチ製作は早めに済んだものの、2人の動向に興味津々なママさんを相手にしたため少し時間がかかってしまった。

時刻はもう午後1時を過ぎているので、大河たちは急いで一条家を出ると、小走りでれんげたちの元へ向かう。

 

 

「すみませ~ん! ちょっと遅くなっちゃいました~!」

 

 

蛍は謝りながら先ほどスケッチしていた場所に到着する。

すると、大きな木に寄りかかって熟睡している3人に気づき、慌てて口をつぐむ。

どうやら、昼食を待っている間に眠ってしまったようだ。

 

 

「皆、可愛らしい寝顔だな」

「はい。スケッチしたくなるくらい可愛いです……」

「ふむ。スケッチもいいが、ここはこいつを使うべきところだろう」

「あっ、それは……」

 

 

大河が言っているこいつとは、冒頭で使っていたデジカメだった。

その一つを蛍に差し出して、そこはかとなく危険な提案をする。

 

 

「さぁ蛍よ! これを使って自然と一体になった美しい彼女たちを完璧に記憶するんだ!」

「はいっ! ちょっと申し訳ない気もするけど、こんなに綺麗な光景だったら記憶に残しておくべきですよねっ!」

 

 

ソレっぽく言いわけをして罪悪感を振り払った蛍は、迷うことなくデジカメを手に取ってしまう。

これは欲望ではない、愛しい者をより美しく記録するための正義ある行動なのだ!

勝手な解釈で色んなしがらみから開放された2人は、本能の赴くままにシャッターを切り続けるのだった。

 

 

「えへへ~、みんな可愛いな~。抱っこしたいな~」

「抱きしめたいな、少女たち! まさに眠り姫だ!」

 

 

何気にこの2人も似た者同士なのかもしれない。




次回は、ひかげの描写に力を入れたいと思っております。
実を言うと、結構好きなキャラなんですよね~。

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