のんのんでいず   作:カレー大好き

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アニメにはまった勢いで作ってしまいました。
ちょっぴり変化したのんのんびよりの世界を楽しんでいただけたら幸いです


第1話 「お友達ができた」

ここは、日本のとある田舎町。

これといった名物も無く観光地でもない静かな土地。

しかし、魅力的な物が全く無いわけではない。

豊かな自然に囲まれているおかげで空気はとても綺麗で、そこに住まうありとあらゆる生命を健やかに育んでくれている。

それこそがこの土地における最高の宝であり、そんな環境を求めてやって来る人間もいた。

ほら、あそこに……空気の良い住みどころを求めていた一組の家族が引っ越して来た。

これは、喘息治療のために田舎へやって来た少女を中心とした、のんびりのんきな日々をめぐる物語である。

 

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 

「じゃー自己紹介してもらおうかー」

「は~い」

 

 

どこか気の抜けた女性の声に続いておっとりした幼い少女の声が教室に響く。

4月下旬、この古き良き時代の雰囲気を現代に残した旭丘分校に転校生がやって来た。

つい最近にも1人の転校生がやって来ているのだが、それても全校生徒は5人という過疎っぷりであり、そのような事情もあって学年の違う生徒全員が一つの教室に集まって少女の言葉を待っている。

中でも、薄い紫色の髪をツインテールに纏めた小学1年生の少女、宮内れんげが一際目を輝かせて前方を見つめていた。

それはもう、本当にキラキラとした光が見えるんじゃないかというほどに……。

そんな熱視線を一身に受けている当の少女は、目の前の光景に少し気後れしながらも精一杯の元気をこめて挨拶した。

 

 

「みなさん初めまして、私の名前は海川(あまかわ)こなみです。学年は小学1年生です。体が弱いので皆さんに迷惑をかけてしまうことがあるかもしれないけど、よろしくお願いします」

 

 

こなみと名乗った少女は、ぺこりと頭を下げた。

腰にかかるくらいまで伸ばした薄い栗色の髪がサラサラと揺れる。

よし、転校初日で緊張していたけどちゃん挨拶ができた。

内心でそう喜んだものの心の奥底ではまだまだ不安で、空色の瞳が心配そうに揺れていた。

それも仕方が無いことで、子供にとって学校が変わるということは世界が変わることと同じような物だからだ。

しかし、この優しい世界ではそんな心配は無用だった。

 

 

「こなみん!」

「えっ?」

「にゃんぱすー」

 

 

唐突に立ち上がりながら片手を挙げたれんげが、こなみのあだ名と思しき言葉を叫んだ後に謎の挨拶(?)をしてきた。

意味は良くわからないが、どうやら彼女なりの親愛表現らしい。

 

 

「おーなーみー、こーなーみーで、ぐるりと回してニャンコの目ー♪ うちの名前は宮内れんげなのん。よろしくなのん、こなみん」

「うん……よろしくね、れんげちゃん」

 

 

おかしな踊りをしながら挨拶を返してくるれんげ。

有無を言わせぬ自然さに、こなみはこなみんというあだ名を受け入れるしかなかった。

でも、出会ったばかりのクラスメイトに早速付けてもらったあだ名はとても可愛らしくて、思いのほか嬉しかったのも事実だった。

とにもかくにも、さっきまで心配していたのが嘘だったように、こなみは速攻で友達ができたようだ。

 

 

「ははっ、れんちょんすごいはしゃぎっぷりだねぇ」

「まぁね、ここで同い年の友達ができるのって珍しい、というより奇跡に近いからね」

 

 

そんな微笑ましい様子を見ながら、中学1年生の越谷夏海と中学2年生の越谷小鞠が会話に参加してくる。

確かに小鞠の言うとおりこの土地には子供が少なく、最近では同学年の生徒などいないのが当たり前のようになっている始末だった。

だからこそ、れんげの喜びようもうなずける。

 

 

「今日からこなみんはうちのお友達なん!」

「うん……お友達なの」

「ふふ、照れてるこなみちゃん、ものすごく可愛い……(いいなぁ、こなみちゃん。ぬいぐるみ作りたくなっちゃうなぁ)」

 

 

2人の様子を見ていた小学5年生の一条蛍は、こなみの容姿に対して言及する。

彼女は先月東京から転校してきたばかりの生徒で、都会育ちだからか発育が非常に良くて年齢以上に大人びているが、内面は年相応で可愛いものが大好きなのだ。

そう、あくまで可愛いものを純粋に可愛いと思っているだけであって、それ以上でも以下でもないのです。

そして、そんな蛍によって既に可愛い認定されている小鞠が、彼女の意見に同意してきた。

 

 

「確かに、蛍の言うとおり可愛いね。着てる服も都会っぽいし」

「そうだねぇ、こなみんは中々の美少女だね。うちみたいに!」

「……自分で美少女とか言わないでよ、恥ずかしい」

「別に恥ずかしいことなんてないよ~ん、うちは見たまんまの事実を言ってるだけだしー」

「お~、なっつん、自信満々で自画自賛なのん」

「根拠は全く無いけどね~」

「なんだよー、自分がチンチクリンだからってそんなにやっかまないでよ、コマちゃん」

「うがーっ、コマちゃん言うな! チクショー、もうちょっと背が高ければ私だってぇ……」

「だ、大丈夫ですよ、先輩は今のままでも十分に魅力的です!」

「あ、あの~」

「おっとこなみん、心配は無用なのん。なっつんはともかく、こなみんがびしょーじょなのは確かなんよ?」

「ノゥ! そりゃないぜ、れんちょん!」

「えっと、ありがとう」

 

 

何やら夏海の発言からちょっとした揉め事に発展してしまった。

その光景にこなみだけがオロオロするものの他の連中は慣れているので気にもしない。

これこそこの学校における日常であり、こんな騒がしい日常においても旭丘分校唯一人の教師にしてれんげの姉である宮内一穂のマイペースさは全くブレなかった。

 

 

「コラコラ、もうすぐ授業が始まるんだから、いい加減に静まれよー」

「「「「はーい」」」」

「いいかい、君たちの成績が悪くなると回りまわって私の責任問題になるんだからねー。そんなわけなんで、しっかりやっとくれよー? 私のために」

「……色々とダメ過ぎる発言だな」

 

 

ちなみに、今に至るまで全く存在感を出していない夏海と小鞠の兄である越谷卓(中学3年生)のステルス能力もまたブレなかった。

 

 

「(こくり)」

「兄ちゃん、何であさっての方向見て頷いてんの? もしかしてなんかいるとか?」

「ちょ、止めてよねそういうのっ!?」

 

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 

そんなこんなで時間は経って、毎度お馴染みとなっている一穂の寝言をBGMにしながら午前中の授業が終わりお昼休みとなった。

楽しみにしていた給食を食べながら、新しい仲間との親睦を深めるために会話を進めようと張り切るれんげ。

実は、自習中心の授業に慣れていないこなみに色々と教えることがあったため、彼女の個人的な話を聞く機会がいままで無かったのだ。

 

 

「ねぇねぇ、こなみんはどこから来たのん?」

「私は神奈川県の横浜から来たんだよ」

「おお~、ヨコハマかぁ。すごい都会じゃん」

「えっと、神奈川県ってドコだっけ?」

「先輩、神奈川は東京のすぐ南ですよ」

「あ~そうだ、東京の下にある県だ」

 

 

何気に場所を知られていないことがある神奈川県だが、東京と接しているほど近いこともあってかなりの都会だ。

特に横浜市は日本有数の大都市で有名な観光名所も多いので、それらを聞きかじっている夏海たちの興味を引いた。

すると、なにやらインスピレーションを感じとったらしいれんげが歌い始めた。

 

 

「ヨコハマベイブリッジ♪ ブルーライトなハーバーでー♪ 若者たちがフィーバー、オゥイェー♪

 ヨコハマベイブルース♪ 赤レンガなカフェバーでー♪ 恋人たちがフォーエバー、ウォンチュー♪」

「うむ、言葉の意味はよくわからんが、とにかくすごい楽しそうだ!」

「いや、そう感じるのはあんただけだよ」

 

 

流石にサタデーナイトな雰囲気の歌はれんちょんには早すぎた。

本人も聞いた事のある言葉を並べただけで深い意味はあまりわかっておらず、それは他の面子も同じだった。

 

 

「さっきのはちょっと難しかったかな」

「仕方ないのんなー、じゃあ2番いくのん」

「まだあるの!?」

「楽しく遊んだ後はーウキウキお食事ー♪ 赤い靴をーはきましてー♪ チューカなシューマイ食べましょうー♪ そんでもってお食事の後はーナイター見ましょうー♪ あーあーベイがーまた負けたー♪ ファンは泣いたー♪ うち飽きたー♪」

「ひどっ、れんちょんオチがひどいよ!」

「野球のことは知らないけど、可哀想だなってことはよくわかるよ……」

 

 

れんげなりに横浜をイメージした歌と踊りを披露するが……何というか、実際に行ってみないとどうにもならないということだけは伝わってくる。

横浜と同じ雰囲気を味わえるのは、ベイの偏った勝敗結果で一喜一憂する切ない気持ちだけだ。

それほどにここは田舎であり、天才肌のれんげでもその事実は覆せないのであった。

 

 

「やっぱ話し聞くだけじゃようわからん。実際に行ってみなきゃなー」

「そうだね。ところで、どうしてこなみはこんな田舎に引っ越してきたの?」

「うんとね、私の喘息を治すためなの。この辺は空気が良いから治療には最適なんだってパパが言ってたよ?」

「あーそうだったんだー、こなみんも色々と大変なんだなぁ」

「そうでもないよ、私のはすごく悪いってわけじゃないから激しく動かなきゃ……ごほっ、げほほ~っ!?」

「って、えー!? 言ってるそばから大変なことにぃー!」

「あばばばばー!?」

「せ、せんぱーい、もちついてー!?」

「衛生兵ー、衛生兵を呼ぶのーんっ!!」

 

 

普段起こらない非常事態に流石のれんげたちも恐慌状態に陥る。

 

 

「気をしっかり持てー、こなみん!?」

「傷は浅いのん!」

「はぁはぁ……だ、大丈夫だよ……今のはちょっとむせただけから」

「……あー、なぁんだ……びっくりしたー」

「ごめんなさい」

「ノンノン、こなみんは気にしなくてもいいのん」

「そうだよ、喘息の症状がひどい場合は命に関わるときもあるから心配するのは当然のことだよ」

「えっ、喘息ってそんなにアブナイの?」

「うん……でも大丈夫なの、今のは本当にむせただけだし。それに、ここで暮らせば良くなるって言ってたから……私はとてもワクワクしてるの」

 

 

呼吸を整えながら綺麗な笑顔を見せるこなみ。

今の彼女は、希望を持ってやって来た場所でこんなにも早く素敵な友達ができたのだから暗くなる要素など微塵も無いのではないか、そう思えてきたのだ。

そんなこなみの前向きな気持ちが伝わったのか、れんげたちにも笑顔が広がる。

 

 

「うん、そうだね。みんなで楽しく遊んでいればそのうちパパッと良くなるって。なんたって空気だけは良いもんねー、ここは……言ってて悲しくなるセリフだけど」

「まぁ自虐ネタなのは間違いないけど、それでこなみが元気になるんなら田舎も捨てたもんじゃないね」

「そうですね」

「うぉー、この土地ですくすくと生きているみんな、元気な自然エネルギーをこなみんに分けてくれ、なのん!」

「はは、それじゃこなみんが超絶戦士とかラーメン忍者になっちゃうよ」

「そのくらい元気になってもらいたいのですっ。こなみんなら行ける、なっつんでは超えられなかったあの壁の先だって突き進んで行けるのん!」

「どの壁だよ! っていうか、そんな挑戦した記憶うちには無いよ!」

「ふふっ」

 

 

優しい少女たちの不可思議な会話には、元気になる力が宿っているようだった。

現に今のやり取りでこなみはみんなのことが大好きになり、同時に元気が出てきた。

そうなってくると、元来好奇心旺盛なこなみはみんなのことに興味津々になってきた。

もっと仲良くするにはどうすればいいかなーと思っていると、不意に1人で本を読んでいる卓の姿が目に映った。

そういえば、まだちゃんとお話をしていなかったっけ。

 

 

「(確か小鞠お姉ちゃんたちのお兄ちゃんだったよね……どんな人なのかな?)」

 

 

何となく興味を持ったこなみは、思い立ったが吉日とばかりに彼の元へと足を向けた。

 

 

「ねぇお兄ちゃん、あっちでみんなとお話しよ?」

「……」

 

 

意外にもすごく親しげに話かけるこなみ。

見た目はいかにも大人しそうな感じだが、性格はけっこう大胆で積極的なようだ。

とはいえ、この行動にはちゃんとした理由があって、実を言うとこなみには東京で下宿しながら進学校に通っている年の離れた兄がいるので、単に慣れているだけだったりする。

タネを明かせば簡単な話ではあるもののそんなことなど知る由も無い夏海たちは、その急展開な様子を驚きつつもなぜか緊張感を伴いながら見守る。

 

 

「ねぇ、どうかな?」

「(フルフル)」

 

 

こなみの提案に、卓は首を振って答える。

別に意地悪をしているわけではなく、彼なりの考えがあっての否定だ。

そのことはこなみもわかっているものの、残念な気持ちになる。

 

 

「お兄ちゃんとお話してみたかったんだけど」

「……(汗)」

「でも、しょうがないかな」

「…………(困)」

 

 

あまりにも子供らしいピュアな思いを向けられた卓は、こなみ以外には珍しいと思える反応をしだした。

彼は今、己のアイデンティティーが危機に瀕していると感じているのだ。

そうだ、自分には守らなければいけないものがある。

これは逃亡ではない、世界を守るために必要な正しい選択なのだ。

ダダッ~!

 

 

「あっ」

「「「「逃げた!」」」」

 

 

どう見ても逃亡だった。

しかし、なぜ彼はそのようなことをしたのだろうか。

こなみの頭の中も疑問符で一杯だった。

 

 

「お兄ちゃん、怒っちゃったのかな……」

「いんや、兄ちゃんは別に怒っちゃいないよ。ただ、譲れないものがあっただけなのさ」

「譲れないもの?」

「なんなのそれは?」

「無口キャラ」

「「「……あ~」」」

「?」

 

 

確かに、彼からそれを取ったらいけない気がする。

強いられているんだっ、というか……アッカ○ーン、というか……まぁそんな感じだと言えばご理解いただけるだろうか。

とりあえず、この件はこれ以上踏み込まないほうが良さそうだとこなみ以外のみんなは理解したのだった。

 

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 

お昼休みにひと悶着あったものの、その後の授業は滞りなく終わった。

逃亡していた卓もいつの間にか戻ってきており、今は何食わぬ顔で帰り支度を進めている。

他のみんなも同様で、れんげと夏海などは既にランドセルとかばんを持ってハイタッチをしながら放課後の開放感を満喫していた。

 

 

「「イェーイ!」」

「コラ、はしゃぎすぎだぞー夏海」

「なになに、こなみんがいるから大人ぶってるの、姉ちゃん?」

「ふんっ、そんなんじゃないもん!」

「(えへへ、照れてる先輩も可愛いなぁ~)」

 

 

それぞれの時間を気ままに過ごしているみんなの様子を見つめながら、こなみは小さく一息ついた。

何とか無事に転校初日を乗り切ることができたよ、これもみんなのおかげだね。

 

 

「くすっ」

「おや、何か楽しいことでもあったのかい、こなみん?」

「うん、みんなを見てるととっても面白いの」

「そうかそうか、それはよかった。気に入ってもらえてお姉さんも嬉しいよ」

「なんだよ、お前こそ大人ぶってるじゃん……」

「こ~なみん!」

「なぁに、れんげちゃん?」

「この後うちに遊びに来る?」

「いいの?」

「もちのろんなのん」

「じゃあ行く!」

「うわーい、お一人様ご案内なのーん」

 

 

そう言うと、れんげはこなみの手を取って歩き出した。

そんな2人を見つめる年長組の視線はとても優しくて、その時だけは大人のようだった。

 

 

「私たちも行きますか」

「だね」

「はい」

 

 

2人の後を追って小鞠たちも教室から出て行く。

卓も気づかないうちに帰ったらしく、教室に残されたのは一穂だけとなった。

 

 

「いやぁ、みんなしっかりと成長してるねぇ……教師としては喜ぶべきなんだろうけど、なんだかものすご~く年を取った気分になっちゃうのは何でだろうなぁ」

 

 

一穂の空しい独り言は置いておくとして……帰路についた子供たちは、オレンジ色に輝く午後の日差しを受けながられんげの家へと向かう。

途中、バス停で待っていたこなみの母親と話をして寄り道の許可を得たので大手を振って行ける。

新しい芽が育ち始めたみかん畑、田植えの準備を始めている田んぼ、色々な作物を栽培している畑といった自然豊かな風景をバックに静かな田舎道を仲良くゆっくり歩いて進む。

普段より遅いのは、あまり激しい運動ができず体力の無いこなみに合わせているからだ。

 

 

「へぇ、こなみん家ってほたるん家に近いんだ」

「そうなんですよ。だから、帰りは送っていってあげるね」

「うん、ありがとう蛍お姉ちゃん」

「はうぅ~(蛍お姉ちゃんって言われちゃったー)」

「?」

 

 

急にクネクネしだした蛍にこなみは疑問符を浮かべるも、直後にれんげから話しかけられたので蛍は危険な追求から逃れることができた。

 

 

「こなみん、こなみん、あれがうちの家なのん」

「わぁすご~い、お庭が広いんだねぇ」

 

 

れんげの家は、木造2階建ての一軒家で広い庭を有しており、日本の農村にある家屋を代表するような造りをしていた。

両親は朝から夜まで農作業にかかりきりで、この時間だと家には誰もいない。

ちなみに、一穂とれんげの間にもう1人姉妹がいて、今は東京の高校に通っているため不在だが、夏休みなどの大型連休になればこの家に帰省してくるだろう。

 

 

「さぁさぁ、どうぞお入りください」

「おじゃましま~す」

 

 

れんげに促されてこなみが家に入る。

子供が女性だけということもあってか、中はかなりきれいに整理されているようだ。

案内されて居間に入り、みんなでテーブルを囲んで座り込む。

一息ついたこなみは、初めて来た友達の家をゆっくりと観察した。

慣れていない場所なので多少は戸惑うものの、居心地が悪いという気がしないのは、れんげが全力で【おもてなし】を実行しているおかげか。

 

 

「どうぞ、つまらないものですが、こちらの菓子でもお食べになってください!」

「うん、ありがとう」

 

 

そう言ってれんげが差し出してきた入れ物にはたくさんの駄菓子が入っていた。

これらのお菓子は、自分のお小遣いで買ったり駄菓子屋で働いている知り合いから貰ったりしてキープしていたれんげの秘蔵品だ。

 

 

「あっ、これってもしかして駄菓子?」

「そうだけど、こなみんって駄菓子見たこと無いの?」

「うん、前に住んでたところでは売って無かったの」

「そうそう、私のところにも無かったんですよ」

「へぇ、蛍の住んでた東京ならわかるけど横浜にも無いもんなんだね」

 

 

あるにはあるが、バブル崩壊から始まった不景気と少子化によって需要が減ったため販売規模が縮小して地域によっては買い辛くなっているのだ……寒い時代になったと思わんか。

 

 

「ふぅん、うちらにとってはあるのが当たり前なんだけどねぇ」

「珍しいお菓子ばかりで面白そうだから、駄菓子屋さんに行ってみたいかも」

「あっ、実は私も前から駄菓子屋に行ってみたいな~って思っていたんです」

「だったら今度みんなで行ってみようか」

「えっ、本当ですかっ!?」

「へっ!? う、うん……」

「行きましょう! ぜひ行きましょう、先輩! こなみちゃんと一緒にっ!」

「う、うん……」

「お、おっけー、蛍……」

「すごい迫力なのん。そんなに行きたかったのんな、ほたるん」

 

 

思いのほか蛍が食いついて来てびびったものの、その後はみんなでお菓子を食べながらまったりとする。

話をしたりゲームをしたり……楽しい時間を過ごしているうちに、ふとれんげが思い立つ。

そうだ、こなみにアレをやってあげよう。

 

 

「のんっ!」

「どしたのれんちょん?」

「こなみんにうちの特技を見せなければ!」

「特技?」

「あっ……」

 

 

蛍はそれが何であるかすぐにわかった。

なぜなら、自身も転校してきたばかりのときに見せてもらったからだ。

ほどなくして小鞠と夏海も気づいたが、ネタばらしをしてはいけないと空気を読んでれんげの行動に従う。

そうしてみんなで外に出て、家の左手奥にある生垣の前にやって来た。

 

 

「ぱんぱかぱ~ん、それではうちの特技をお見せしますのーん」

「わーぱちぱち」

「楽しみだねぇ、こなみ」

「えっ、うん。何をやるのかな?」

「本当に何だろうねぇ~」

 

 

1人何をやるのかわかっていないこなみを誤魔化しながら、何が起こるか見当がついている小鞠たちはれんげを盛り立ててやることにした。

予想が確かなら、彼女の特技はスベッてしまう可能性が高いからだ。

アレはアレですごいのかもいしれないけど、微妙な空気になるのも確かなので……。

 

 

「では、行きますのん」

 

 

さっと右腕をかざしたれんげは、親指と人差し指をわっか状にして軽く口に銜えると息を吹くような動作をした。

 

 

「ふひゅ~っ!」

 

 

しかし、音が全く出ていない。

 

 

「……音出てないよ」

「いいんだよあれで」

「えっ?」

 

 

こなみが疑問に思った途端、目の前の生垣からガサガサと音がして、そこから黒い物体が飛び出してきた。

 

 

「きゃっ! な、なに?」

「あ~やっぱり」

「たぬき再び、だね」

「えっ、たぬきさんなの?」

「そうだよ」

 

 

出てきたのは中型犬ぐらいの大きさのたぬきだった。

都市部でも出没する可能性のある動物だが、これほど目の前で見る機会は早々ないだろう。

ただ、見た目は可愛らしくもあるが野生のものは凶暴なので、もし出会っても近づかない方が無難である。

 

 

「れんちょんの鳴らない指笛はこのたぬきにだけ聞こえるんだよ」

「へぇ~……もしかして飼ってるの?」

「そのとおりなのん。名前は【具】と言います!」

「おぅ、サイケデリック・ア~ンド・エキセントリックネィムッ!」

「さりげなく言い方変えてきたな」

「いや、前と同じだと芸がないかなって」

 

 

夏海の細かい配慮はさて置き、れんげのネーミングセンスはさて置けないほど異彩を放っていた。

とはいえ、初めて聞いたこなみは特に気にしていない様子で、たぬきを呼び出せるという点に感心していた。

 

 

「れんげちゃんすごいね~、たぬきさんのとっぷとれーなーだね」

「ふふ~ん。しかもこれだけじゃないのん。もっかい吹けば、具が芸をしますのん!!」

「すご~い、芸までできるんだ~」

「あー、やっぱソレもやるんだ」

「今度は何か芸するかな?」

「想像もできませんね……」

 

 

小1の2人が盛り上がる中、年上3人はひそひそと密談する。

実は前にも同じことをやったが、その時は何も芸らしいものをやらなかったのだ。

はたして、今回はどうだろうか。

れんげは両手の人差し指と中指を軽く口に銜えて再び指笛を吹いた。

これはちゃんと音が出て、何かが起こりそうな雰囲気だけはかもしだしている。

 

 

「今度こそ、具は何を!?」

 

 

シ~ン……。

みんなの視線の先にいる具は、威嚇するようなポーズを取ったまま身動き一つしない。

 

 

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……剥製のモノマネなのん」

「それ今思いついただろ?」

 

 

やはりというか、今回も同じ結果だった。

しかし、この状況は犬で言う「待て」と同じようなものと言えなくも無いので、それをたぬきにやらせたれんげは確かにすごいのかもしれない……意図してやっていたらではあるが。

 

 

「いやぁこなみん、れんちょんの特技すごかったなぁ」

「うんうん、こんな近くでじっくりとたぬき見るの難しいしね」

「そうだよ、都会じゃたぬきなんて見かけないもん」

「えっ、うん。そうだね……」

 

 

予想してたとおりスベッてしまったかと思った夏海たちが、場を盛り上げようとフォローしだす。

しかし、当のこなみの反応が芳しくない。

その様子に疑問を感じたれんげが声をかける。

 

 

「こなみん、どうしたのん?」

「うん、ちょっとたぬきさんを見てたら思っちゃったんだ」

「思ったって何を?」

「【たぬき汁っておいしいのかな~】って」

「「「「なん……ですと……」」」」

 

 

こなみはニコッと、見惚れるぐらいに可愛らしい笑みを浮かべる。

その途端、なぜか具は仰向けに寝転がり腹を見せた。

まさかこれは……。

 

 

「「「「服従のポーズしてるー!?」」」」

 

 

驚愕するこなみ以外の4人。

実を言うと具が行ったこの動作はたまたまで、背中をかきたくなったとかそういう気分だったといった何てことの無いものなのだが、タイミング次第で受け取り方は変わるものだ。

この時れんげたちは、こなみを只者ではないと思いこんだ。

はたして彼女は可憐な病弱キャラなのか、天然な腹ぺこキャラなのか、もしくは……。

 

 

「わかったのん、こなみんはあらゆる動物と仲良くなれる【アニマルマスター】だったのんっ! まさか、うちが目指してる名人の領域にその若さで達していようとは……恐れ入ったのん!」

「あれ、この状況でその反応はおかしいよね。たぬき汁とか言ってたし、仲良くなる気ないよね。それ以前に【アニマルマスター】ってなに? いつの間に目指してたんだよ、初耳だよ」

 

 

夏海の疑問はもっともだったが、れんげは意に介すこともなく【アニマルマスター】の称号をこなみに与えるのだった。




こなみは病弱設定ですが、特にシリアスになることはありませんのでご安心ください。
今後はれんちょんの親友として活躍させようと思っています。

作るのが遅いので更新は遅くなると思いますが、気長に待っていてくださると有り難いです。

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