原作『アニメ』の方ですが、見ていて改変した理由はこうだったのではないかと考えて書きました。
『闇の書の暴走体』が存在していた次元空間。
その場所で腹部をルインの右腕に貫かれているリインフォースは、届いて来た報告に腹部から走る痛みも思わず忘れて邪悪な笑みを浮かべて楽しげにしているルインに向かって叫ぶ。
「全てお前達の策略か!?」
「ピンポーン! 大正解です、生真面目。暴走体の私の脅威は貴女を含め、守護騎士、夜天の王………そして幾度となくこの身を消滅させて来た管理局は嫌でも知っている。それがいきなり数キロ先の地点に現れたら、慌てるどころの騒ぎじゃ済みません。そして今日は“大々的な葬儀”を行なっていたので、警備は内側に集中していた。急いで進行していた私への対処で管理局は大慌て状態。侵入するのにこれ以上の状況はないですよね、クスクスクス」
「クッ!!」
邪悪な笑い声を上げるルインに、リインフォースはまんまと自分達がしてやられた事実に苦い顔をする。
本局に残っていた戦力の殆どは最終防衛ラインの位置に配置されている。非戦闘員を退避させる為に残っている魔導師達だけで、ブラックウォーグレイモンが止められない事は直接戦ったリインフォースには充分に理解出来ていた。
『闇の書の暴走体』を利用したこれ以上に無いほどの管理局本局の戦力の低下の策に、リインフォースだけではなく、ルインの言葉を聞いていた誰もが自分達はルインとブラックウォーグレイモンの掌の上で遊ばれていたのだと理解した。
艦艇内部で映像から話を聞いていたクロノは、待機状態の自身のデバイスである-『S2U』-を持って、転送ポートの在る部屋へと駆け出す。
「レティ提督!! 転送ポートの先を本局に繋げて下さい!!! この距離なら行ける筈です!!」
「クロノ執務官!?」
「クロノ君!! 私達も行くよ!!」
ブリッジから飛び出したクロノの後を追うようになのは、フェイト、アルフ、ユーノもブリッジから出て行く。
その様子に止められないと確信したレティは部下に転送ポートの行き先を本局に命じ、残されたはやてはモニター画面に映る腹部を貫かれたままのリインフォースを心配そうに見つめていると、リインフォースが苦痛に苦しみながらもルインに質問する。
「グッ!! …何故お前達は本局を襲った? 死んだと思われていた方が…お前達としては助かる筈だ?」
「マイマスターの望みは戦いの最中に最悪の横槍を入れてくれた者達への報復です」
「報復だと? …だ、誰にだ? アースラメンバーか?」
「違いますね。まぁ、貴女達には関係無いですから、気にしなくても構わないでしょう。…それよりも、生真面目…再び一つに戻るとか言っていましたけど…冗談じゃないですね。私を『夜天の魔導書』から切り離したのは貴女と八神はやてです。二度と一つに戻る気なんてありませんよ」
ーーーズボッ!!
「グハッ!!」
ルインはリインフォースに突き刺していた腕を抜き取り、そのまま別の腕をリインフォースに向かって構え、砲撃魔法を放とうとする。
しかし、そうはさせないと言うようにレヴァンテインを構えたシグナムが、ルインに向かって斬りかかる。
「やらせん!!!」
「烈火の将ですか!」
斬りかかって来たシグナムに気がついたルインは後方へと飛ぶ事で斬撃を躱し、そのまま先ほどまで一つだった暴走体の背の上に立つと、ヴィータとザフィーラが後方に降りて来る。
傷ついたリインフォースに近寄って来たシャマルは回復魔法をかけて傷を癒そうとする。その間にシグナム、ザフィーラ、ヴィータはルインを囲むように立ち、三人をルインは見回す。
「下位のシステムが上位に勝てると思っているんですか?」
「やってみなければ分かるまい」
「テメエをこれ以上暴れさせるかよ」
「悪いが此処で倒させて貰うぞ」
「……なら、見せて上げます。私の…『闇の書の闇』と言われた呪いのプログラムが覚醒した力を」
ーーーブォン!!
『ッ!!』
ルインが言葉を発すると共にミッド式、ベルカ式の魔法陣が幾重にも発生し、シグナム達が警戒しながら自らの武器をルインに向かって構える。
腹部から走る痛みを感じながらもリインフォースは、自身に治癒魔法をかけているシャマルに声をかける。
「湖の騎士…す、すぐに…他の騎士達と共に管理局の艦艇に乗ってこの場から逃げろ…か、覚醒した奴には…勝つ事は出来ない」
「ど、どう言う事なの?」
「…奴は…半身は…『夜天の魔導書』に組み込まれていたシステムの中では…一番最後に生まれた存在…だが、私を含めた『夜天の魔導書』に宿る全てが…“奴を望んで世に生み出した”」
「ッ!! …何ですって? …それはどう言う意味なの?」
「…お前達も既に知っているが、『夜天の魔導書』は元々は主と共に旅をして、各地の偉大な魔導師の技術を収集し、研究するために作られた」
「えぇ、管理局から教えられたわ」
シャマルを含めた守護騎士全員が、『闇の書』の本来の役割に関して管理局から教えられていた。
今のような形になったのは全て歴代の主達が改変を続けたせい。結果、本来の旅をする機能が転生機能に、復元機能が無限再生機能へと変化してしまった。シャマル達守護騎士が主に伝える『全ての頁を集めればどんな願いも叶える事が出来るだけの力を得られる』と言うのは嘘だと言う事なのだと理解した時は、シャマル達は深く落ち込んだ。
だが、それでは“覚醒した防御プログラムであるルインフォース”とは何なのかと言う疑問が残る。唯一ルインフォースの全てを知っているリインフォースは何故かその疑問に対して答えなかった。
その質問をする時に、リインフォースは酷く辛そうな顔をして口を噤んでしまう。主であるはやてが質問しても同じだった。何故ならばソレは、『闇の書』と言う存在の認識の根幹を全て崩してしまうほどの重大な事実だったからだ。
「…『夜天の魔導書』を最初に改変した主は…その時代で誰よりも魔法の才能に秀でていた。だが、当時既に『夜天の魔導書』には主の才能では使いこなせない魔法が多数記録されていた。私とユニゾンしたとしても、その魔法の本来の効果が発揮出来ず…主は絶望した」
「そ、それは仕方が無い事よ。魔法は個人の才能に依存するから、同じ魔法でも使用者によって威力や効果が異なる…わ、私だってシグナムやヴィータちゃんの魔法を使え……まさか? …その主は」
一つの可能性が脳裏に浮かんだシャマルは、僅かに体を震わせながらリインフォースに質問した。
元々魔法と言う力は、個人の資質に大きく影響する技術。魔力の大きさや資質のせいで同じ魔法でも効果が大きく異なる。例を挙げるならば、なのはの放つ『スターライトブレイカー』が『集束型』に対して、リインフォースが使用する『スターライトブレイカー』は『広域拡散型』。
そのように『夜天の魔導書』に記録されていても、使用者が違うせいで発動出来なかったり効果が異なったりする。だが、最初に改変した『夜天の魔導書』の主は誰よりも秀でた才能を持っていたせいで、その現実が認められなかった。
「絶望した主は、『夜天の魔導書』に記録されている全ての魔法をオリジナルと同等…いや、それ以上の力を発揮させる為の存在を組み込もうとした。その存在として生まれたのが」
「この私ですよ」
リインフォースの言葉を肯定するように、ルインは邪悪に満ち溢れた笑みを浮かべながら肯定した。
「私と言う存在を望んだ親は、其処で倒れ伏している生真面目と今私を囲んでいる騎士達、そして自身の考えに同調した大勢の人間と共に私を作り上げる為に『夜天の魔導書』の改変に乗り出した。リンカーコアを蒐集する時に魔力を書に集める事で膨大な魔力を獲得させる。そして主とユニゾンする事で『夜天の魔導書』に記録されている魔法を最適な形で使用できるようにするシステムの構築。当時は誰もが私と言う存在を作り上げる事に躍起になってましたね、生真面目」
「……そうだ…私も最初はお前を望んだ」
「…我らも貴様の誕生に関わっていたのか?」
「えぇ、関わっていますよ、烈火の将。改変の作業なんですから、守護騎士が関わらない方が可笑しいです。そうそう、思い出しましたよ。私の後ろに居る鉄槌の騎士は感情が薄いながらも、『妹が出来る』って喜んでいましたね。お姉ちゃん、私を傷つけるの?」
「…黙れよ」
業とらしく泣きそうな顔をするルインに、ヴィータはアイゼンの柄を強く握りながら低い声を出した。
その様子にルインは再び邪悪に満ち溢れた笑顔を浮かべて、自身の誕生に関する話を進める。
「そして長い時間をかけて作り上げられた私は、生みの親とユニゾンを果たし……暴走しました」
「…如何言う事だ? 今の話が全て事実なら、お前は完全な形で生まれた事になる。なのに何故暴走した?」
「とっても簡単な答え。子供でも少し理解すれば分かる事ですよ、盾の守護獣。風船を思い浮かべて下さいよ。風船の許容量を超える空気が入り込めば、風船は簡単に破裂する。魔力不足での魔法の発動不可を起こさないようにする為に、新たに組み込まれた『夜天の魔導書』に集った666ページ分の魔力使用の他に、元々『夜天の魔導書』自体に存在していたエネルギーまであるんです。それだけの膨大な力がいきなり主に流し込まれて無事で済む筈がない。私は生まれたと同時に人間では誰も扱い切れない存在だったんですよ。しかし、人間は欲深い。目の前に全てを手に入れる事さえも可能となる力が存在していると知れば、殆どの者がソレを望む。私を制御しようと次々と別の『夜天の魔導書』の主は試行錯誤を繰り返して改変を続けました。その結果、今の『闇の書』が生まれたんですよ。まぁ、『闇の書』の主設定が初期と変わっていませんから、私を従えられるだけの力を宿した主の下に渡るなんて永遠になかったでしょうね…正しく奇跡でした。私にとっても現在の状況は……『夜天の魔導書』本体から切り離され、その直後にこの私を受け入れられるだけの存在…ブラックウォーグレイモン様が居た。奇跡ですよね、クスクス」
邪悪な笑い声を上げるルインに、シグナム、ヴィータ、ザフィーラ、シャマル、リインフォース、そして映像で話を聞いていた管理局の面々の誰もが言葉を失った。
知らされた『闇の書』の真実の奥に存在していた失われた真実。管理局の無限書庫に存在していなかった『闇の書』の真実。誰もが『闇の書』は破壊と言う力でしか使用出来ないと思っていた。守護騎士達が知っていた『全ての頁を集めればどんな願いも叶える事が出来るだけの力を得られる』。それは嘘だと思っていた。
だが、真実は違った。『闇の書』が真の意味で完成を果たした時、『全ての頁を集めればどんな願いも叶える事が出来るだけの力を得られる』と言うのは本当の事だった。ただ主と言う器が膨大な力を制御出来なかった結果が暴走と言う形で出ていたに過ぎなかった。
誰よりも望まれて生まれながら、ソレを扱える存在が居なかったせいで自らの意思とは違う暴走を繰り返して来た存在が目の前に居るルインなのだと話を聞いていた誰もが理解してしまった。
「望んで勝手に生み出しておきながら…誰もが私を否定するようになりました。守護騎士達は改変の影響で記憶を保持出来なくなり、私を生み出した経緯を忘れた。其処に居る生真面目は私を制御出来る者は居ないと思い、私と言う存在を知られないようにした。そうそう最後に『夜天の魔導書』を改変した主ですけどね、ソイツが『持ち主以外によるシステムへのアクセスを認めない』なんてプログラムを加えたんですよ。理由はとても簡単。私の存在がアクセスによって知られて、それを求めるものが現れないようにする為。はい、これで現在の『闇の書』が完成しました。う~ん、見事な歴代の主達の連携プレイですね……さて、無駄話をしてしまいました」
その言葉と共に発生していた全ての魔法陣から膨大な魔力が発生し、ルイン自身からも明らかに個人では発揮出来ないほどの魔力が溢れ出す。
シグナム、ヴィータ、ザフィーラは告げられた真実に動揺しながらも、ルインに向かって構えを取るが、ルインはゆっくりと両手を魔法陣に当てながら三人と管理局の艦艇を睨む。
「…見せてあげます。望まれた果てに否定された私の力を…彼方より来たりて、我が敵全てに降り注げ! 石化の槍!! ミストルティン・ファランクス!!!」
ーーードドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!!!!
『なっ!?』
詠唱を終えると共に魔法陣から放たれた数え切れないほどの黒い魔力の槍に、シグナム達は驚愕しながらも回避を開始し、ルインとの戦いが本格的に始まったのだった。
本局通路内部。
その場所には簡易的では在るがバリケードが作られ、本局内に残っていた魔導師達が隔壁が閉じた通路を見つめる。彼らは迫っていた『闇の書の暴走体』に対して、本局内に居た非戦闘員達を護る為に残されていた僅かな戦力。本来はもう少し数が居たのだが、戦力が激減どころの騒ぎではない程に減っていた隙をついて侵入して来たモノに戦闘不能にされ、今は隔壁の向こうに居る。
リーダー格である魔導師達の隊長は、隔壁の向こうから近づいて来るモノの気配に自身のデバイスを構えて配下の部下達に向かって叫ぶ。
「全員構えろ!!! これ以上先に進ませるな!!!」
その叫びに部下達も自身のデバイスを隔壁に向かって構える。
これ以上先へは行かせないと言う強い意志が全員の瞳に宿っていた。だが、そんな彼らの強い意志は。
ーーードドドドドドドドドドドドドドドドゴオオオォォン!!!
先んじて隔壁の向こう側から飛んで来た無数の赤いエネルギー球によって潰された。
築き上げたバリケードなど無意味だと言うようにエネルギー球は粉砕し、発動させていた防御魔法も簡単に撃ち抜かれる。
エネルギー球に寄る攻撃が止んだ後に残ったのは、バリアジャケットを貫いて受けたダメージに呻く局員達。その場には誰一人として戦闘可能な者は一人も居なかった。最も隔壁の向こう側に居る者が手加減をしたのか、重傷者は居ても死者は今のところは居なかった。
ゆっくりともはや隔壁としての役割を行えない壁を粉砕しながら、ブラックウォーグレイモンは前へと進んで行く。
(つまらんな。作戦どおりとは言え、弱い連中しか残っていないか…さっさと目的を遂げて帰るとするか)
ブラックウォーグレイモンの今回の目的はあくまで自身の戦いを最悪なやり方で邪魔をしてくれた者達に対する報復。管理局そのものを潰す気はない。
最も事実上たったの二人に言いように動かされた本局のメンツはかなり不味い事になるのは間違いない。少なくとも現在の本局の責任者の殆どが責任を取らされる事に間違いはないのだ。
ブラックウォーグレイモンとルインが知らない事だが、この行動が原因で管理局の最高評議会が秘密裏に計画していた策が十年近く遅れる事になる。
そんな事を全く知らないブラックウォーグレイモンは管理局本局の最深部に向かって真っ直ぐに進むが、その足は止まり、左側の通路の壁に視線を向ける。
「……やはり、こっちに向かって来ているか。どうやら俺の気配に気が付いたようだな…遠からず来るな」
そうブラックウォーグレイモンは自身の下へと向かって来ている気配に顔を険しく歪め、そのまま迷うことなく右手のドラモンキラーを背後に振り返ると共に振り抜く。
「コソコソと邪魔だ!!!」
ーーーブン!!
「クッ!!」
ブラックウォーグレイモンが振り抜いた腕を背後から奇襲を仕掛けようとしていたショートカットで頭部に猫のような耳を生やしている女性が慌てて避けた。
更なる追撃を加えようとブラックウォーグレイモンは左腕を構えようとするが、その動きを阻害するようにバインドが出現する。
ーーーガシィィィィーーン!!
「ムッ?」
「ロッテ!!!」
「分かってる!! だりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
ショートカットの女性-『リーゼロッテ』は双子の姉妹である『リーゼアリア』の呼び掛けに応じて、魔力を纏わせた拳をブラックウォーグレイモンに向かって振り抜く。
だが、その攻撃を読んでいたと言うようにブラックウォーグレイモンは僅かに体を傾けるだけかわし、拳をフェイントにして蹴りを放とうとしていたロッテの右足を右腕で受け止める。
ーーードガッ!!
「なっ!?」
「邪魔だ!」
ーーーバキィィィーーン!!!
「そんな!?」
純粋な力だけで自身が魔力を注ぎ続けていたバインドを粉砕したブラックウォーグレイモンに、リーゼアリアは驚く。
その隙を逃さずにブラックウォーグレイモンは左腕のドラモンキラーをリーゼロッテに食らわせて、通路の壁に叩きつける。
ーーードゴオォン!!
「ガハッ!?」
「ロッテ!?」
壁へと叩きつけられたリーゼロッテの姿にリーゼアリアは叫ぶが、ブラックウォーグレイモンは気にせずにリーゼロッテとリーゼアリアを見つめる。
「……貴様らの気配には覚えが在る…そうだ……俺が以前殴り飛ばした仮面の男と、それを助けた奴だな」
「そう言う事ね…悪いけど、これ以上先に進ませる訳にはいかないわ。この先にはロストロギアの管理庫が在るんだから!」
「それに…クロスケを悲しませて…リンディ提督を殺したアンタを許せるか!?」
リーゼアリアとリーゼロッテはそう叫びながら、ブラックウォーグレイモンに向かって構えを取る。
それに対して僅かにブラックウォーグレイモンは目を細め、そのままリーゼロッテとリーゼアリアの背後から歩いて来たデバイスを手に持つ壮年の男-『ギル・グレアム』-に視線を向ける。
「…中々の気だ。これほどの連中がルインの方に向かわせないとは…管理局が俺の策に気がついていたと言う訳では在るまい?」
「私達は既に管理局員ではない。管理局としても私達に活躍されては困る状況だ。だが、君には個人として戦いに来た。リンディの仇を取らせて貰う!!」
「なるほど……だが、貴様らは運が無いな。来るのがもう少し早ければ、“奴”と会う事無く済んだかもしれんのにな」
「“奴”?一体誰の事を言って…」
ーーードゴオオオオオオオオオォォォン!!!
『ッ!!!』
グレアムの疑問を遮るように三人の背後の左側の壁が突如として粉砕された。
一体何が来たのかと三人が思わず壁の向こう側に視線を向けると、黒いローブで全身を覆い隠した九歳ぐらいの子供と思われる人物が瓦礫を踏みながら姿を見せる。
その子供を確認したリーゼアリアとリーゼロッテは、何故か分からないが本能的な恐ろしさを感じて腰から伸びていた尻尾をピンと立てて警戒の視線を子供に向ける。
「父様! ソイツやばいよ!! 其処に居る竜人と同じぐらいに危険だよ!!!」
「クッ!! …仲間と言う事か?」
リーゼロッテの言葉にグレアムは前後を囲まれる形になった事実に顔を険しくする。
しかし、その顔の険しさは何かを確かめるように呟く子供の声を耳にした瞬間、凝り固まる。
「…グレアムテイトク…リーゼアリアサン…リーゼロッテサン」
「ッ!!! …今の声は? …馬鹿な」
「…そんな…まさか?」
「…嘘だよね」
聞こえて来た子供の声にグレアム、リーゼアリア、リーゼロッテは信じられないと言うようにその体が固まった。
自分達が知る者よりも声は僅かに高くなっているが、その声を三人が間違う筈が無かった。何故と言う気持ちに三人の体が硬直して固まった瞬間、黒いローブの子供が何の予備動作も無しでリーゼロッテの目の前に移動する。
ーーービュン!!
「はや…」
「キョクイン!!!」
ーーードゴオオォォン!!
「ガハッ!!」
「ロッテ!!」
腹部を殴りつけられたロッテの姿にアリアは叫び、子供の動きを止めようとバインドを発動させようとする。
もしも自分達の考えが間違っていないとすれば、目の前に居る子供は何が在っても傷つけてはならない存在。故に穏便に場を治めようとアリアは考えていたが、それは間違いだと言うように子供から憎しみに染まった言葉が吐かれる。
「ユルサナイ…ユルサナイ…コロシタ…コロシタ…ワタシヲ!! カンリキョクハコロシタ!!」
「なっ!? どう言う意味…」
「ブレイズキャノン!!!」
ーーードグオオオオオオオオオオオオン!!!
「嘘!? 魔法陣無しで!?」
如何なる魔法の発動に必要な筈の魔法陣を浮かべずに砲撃を放った事実にアリアは驚愕しながらも防御魔法を発動させて砲撃を防ぐ。
しかし、その砲撃が非殺傷設定を使用されてない事を感じ取り、アリアは困惑に満ち溢れた視線を砲撃を撃ち終えた子供に向け、グレアムがブラックウォーグレイモンに向かって叫ぶ。
「何をした!? 貴様は“彼女”に何をした!?」
「フン…(フリートの奴め…何をコイツにしているのかと思っていたが…まさか、俺の因子を埋め込んでいたとはな……奴の報告どおり暴走していると言うのは間違いないようだ)」
次々と“翡翠色”の射撃魔法をグレアム達に容赦なく放ち続ける子供の姿にブラックウォーグレイモンは目を細める。
もはや完全に身の内に宿った負の感情に子供は振り回されている。今の姿になる前に親しかったグレアム達に容赦なく殺意に満ち溢れた攻撃を放っている姿から、ソレは明らかだった。
「コロシタ!! ワタシヲコロシタ!! ウラギッタ!!!」
「裏切った? …如何言う事だ!? 管理局が君を裏切ったと言うのは!?」
「ウラギッタ!! ウラギッタ!! ウラギッタ!!」
「駄目!! 父様!!! 正気じゃない!!」
憎しみに満ちた言葉を繰り返す子供の様子に、リーゼアリアは目の前に居る相手が正気では無い事を確信した。
そして幾ら攻撃しても相手に届かない事を理解したのか子供は攻撃を止めて、ゆっくりとまるで全身から何かを解放するかのように両手を構える。
「ダークエヴォ…」
「止めろ」
「?」
背後から聞こえた声に子供が振り向くと、ブラックウォーグレイモンが殺気を発しながら見下ろしていた。
「ソイツを此処で解放するな。…今の貴様では解放すれば戻れなくなるぞ。それにソイツらではない」
「…チガウ? …ワタシヲ…コロシテナイ?」
「そうだ。お前を殺した相手は、この先に居る。連れて行ってやるから、少し落ち着け」
「……ハイ」
ブラックウォーグレイモンの言葉に子供は素直に返事をすると、その身から発していた殺気を治めた。
それを確認したブラックウォーグレイモンはゆっくりと自身を睨んでいる三人に目を向ける。
「悪いがコイツの状態は予想以上に不味いようだ。さっさと目的を遂げさせて貰う為に、貴様らも戦闘不能になって貰う」
「待て!!! “彼女”を管理局が裏切ったと言うのはどう言う意味だ!?」
「そのままの意味だ。コイツを俺は殺していない…殺したのは、この先で踏ん反り返っている奴らだ」
「何を言っているの? この先にはロストロギアの管理庫以外に部屋なんて…」
ーーードゴオオォォン!!
リーゼアリアの言葉を遮るようにブラックウォーグレイモンは一瞬にして、リーゼアリアの目の前に現れると共に顔を掴んで壁に叩きつけた。
ブラックウォーグレイモンは自身が壁に叩きつけたリーゼアリアから力が抜けるのを感じると、その手を離して怒りに満ちた顔をしながら殴り掛かってくるリーゼロッテと向き合う。
「このおぉぉぉぉぉっ!!!」
ーーードゴオォォン!!
全力で放ったリーゼロッテの拳はブラックウォーグレイモンが纏う鎧に当たるが、ブラックウォーグレイモンはリーゼロッテの拳を受けても何のダメージも受けなかった。
逆に殴りかかったリーゼロッテの拳の方が甚大なダメージを受け、リーゼロッテは殴った事で骨が砕けた拳を別の手で押さえながらブラックウォーグレイモンを睨む。
「な、何で出来ているんだ…そ、その鎧は?」
「ダイヤモンド以上の固さを持っているらしいぞ。俺も知識として知っているだけだがな!」
ーーードゴオオォォン!!
「グフッ!!」
リーゼロッテの疑問に答えながら、ブラックウォーグレイモンは迷う事無くその腹部に蹴りを叩き込んだ。
同時にリーゼロッテの体は床から浮き上がり、迷う事無く瞬時に右手のドラモンキラーの爪先にエネルギー球を作り上げてリーゼロッテの体に叩き込む。
「失せろ!!」
「させん!! ブレイズキャノン!!」
ーーードゴオオオオオオオオオオオオォォン!!
リーゼロッテの体にエネルギー球が直撃する直前に、横合いからグレアムが砲撃を放ってエネルギー球を迎撃した。
その時の爆発の衝撃によってリーゼロッテの体は壁へと激突するが、ブラックウォーグレイモンはグレアムの判断に僅かに目を細める。
「…いい判断だ。今のを受けていたら、その女は二度と動けんどころか、死ぬ可能性も在ったからな」
「クッ!! …(これほどとは…話には聞いていたが、力だけではなく頭も切れる。確かに化け物としか言えん…『闇の書の闇』を従えただけの事は在ると言う事か)」
(今の咄嗟の判断…まともに遣り合えば倒すのは少し時間が掛かるかも知れん。これ以上時間を掛ければ、外に出ていた連中も戻って来る……ならば、する事は一つだな)
「(来る!!!)スティンガーーレイッ!!」
ーーードォン!!
先んじて攻撃しようとグレアムは直射型のスティンガーレイをブラックウォーグレイモンに向かって撃ち出した。
しかし、高速で迫るスティンガーレイに対してブラックウォーグレイモンはゆっくりと右手を構えて叫ぶ。
「ディストーションシールド!!」
ーーーグオン!!
「なっ!?」
ブラックウォーグレイモンが叫ぶと共に右手の先に空間の歪みが発生し、スティンガーレイの方向が捻じ曲がってグレアムに返って来た。
その防御手段はグレアムが知っているリンディの持つ射撃と砲撃の魔法に対する絶大な力を持つ手段と同じやり方。補助と防御に秀でた魔導師であったリンディが編み出した魔法技術。
何故それをブラックウォーグレイモンが使用出来るのかとグレアムは動揺しながら、慌てて跳ね返って来たスティンガーレイを避けた瞬間、動揺の隙をついたブラックウォーグレイモンがグレアムの前に瞬時に移動し、デバイスに向かってドラモンキラーを振り下ろす。
ーーーバキィィィーーン!!
「しまった!?」
「貴様ら魔導師の把握はもう終わっている。デバイスと言う武器が無ければ、使用出来る力が限られるのは充分に理解したからな!!!」
ーーードゴオオォォン!!
「ガッ!!」
ブラックウォーグレイモンの渾身の拳を腹部に受けたグレアムは、リーゼアリアとリーゼロッテと同じように壁へと叩きつけられた。
それを確認したブラックウォーグレイモンはこれ以上は時間を掛けてはいられないと、戦いを静かに見ていた子供を肩に抱き上げる。
ーーーガシッ!!
「静かにしていろ。すぐに連れて行ってやるからな」
「…ハイ…」
「フン、行くぞ!!」
ーーードゴォン!!
もはやこれ以上は時間を掛ける気は無いと言うように、ブラックウォーグレイモンは真っ直ぐに情報から得られた目的の者達が居る場所へと向かう。
後には壁に叩きつけられて気絶したグレアム達と、ボロボロな状態で床に倒れ伏す局員達だけが残されたのだった。
そして本局の奥へと進行していたブラックウォーグレイモンは、途中に在る警備システムを次々と破壊し、遂に数え切れないほどの、数多の世界から管理局が回収していたロストロギアの保管庫へと辿り着いた。
『この先ですよ! 上手く隠されていましたが、この管理庫の中に奴らに続く扉が在ります!!』
「なるほど…管理局で最も重要に位置される場所は『ロストロギア』を保管している場所…その他以外に警備を重要視される場所は怪しまれる…だから、一緒にしたと言う訳か」
『でしょうね。何よりも此処なら過去の遺物を調べると言う理由で技術者が訪れても怪しまれません。しかも反応を調べようにも、過去の遺物が大量に在るせいで反応が消されて、発見するのに少し苦労しましたよ』
「自分達が隠れるのには、力を注ぐと言う事か…ムン!!」
ーーードゴォン!!
ブラックウォーグレイモンは目の前に在る頑丈な分厚い扉を全力で蹴りつけて扉を破壊し、内部へと入り込む。
そのまま内部の通路を進んで行くと、更に分厚く頑丈な扉が存在していたが、その扉も最大威力でのエネルギー球で粉砕し、更に奥へと進み、遂に管理局で最も重要視されているロストロギアの保管庫内部へと辿り着いた。
その部屋には用途が明らかに不明な物や膨大なエネルギーを発する物が数多く存在し、封印魔法を使用されていながらも明らかに危険物だと分かる物が大量に置かれていた。
「…良くこれだけの数を集められたものだ」
『私も驚きました……情報だとこの場所以外にも保管庫は在るらしいですけれど、全部これと同じぐらいの量だとしたら…何時か管理し切れなくなるような気がします。封印だって絶対じゃないんですからね』
「…ドコ…ドコニイルノ?」
「もう少し待っていろ」
自身の肩の上で首を動かしている子供に対してブラックウォーグレイモンはそう告げると、ゆっくりとネックレスから届くフリートの指示に従って保管庫内を歩いて行く。
そしてロストロギアが置かれていない保管庫の端へと辿り着き、ネックレスからフリートの報告が届く。
『其処の壁です。特定の魔力波長。容姿データ。その他在りとあらゆるデータが一致しなければ、ただの壁でしか在りませんが』
「扉と言う事か。なるほど…確かに強硬な壁にしか見えんな……フッ!!」
ーーーキィン!!
「ほう…俺の一撃も防ぐか」
自らのドラモンキラーが突き刺さらない壁に、ブラックウォーグレイモンは僅かに面白そうに目を細めた。
究極体であるブラックウォーグレイモンの一撃も防いだとなれば、目の前に存在している壁もロストロギアを使用されて作られた可能性が高い。自分達の命を護るならば、壁の向こう側に居る者達はなりふり構う気は無いのだとブラックウォーグレイモンは理解して、再びドラモンキラーを構える。
「面白い。だが、意志無き壁ごときが俺を止められるか!!!!」
ーーーガキィィィィーーーン!!!!!
先ほど以上に力を込めたドラモンキラーと壁が激突した瞬間、甲高い音が部屋の内部に響き渡った。
そのまま壁とドラモンキラーは拮抗し合い、火花を散らしながら激しく鬩ぎ合うが、徐々にドラモンキラーの方が壁へと近づいて行き、遂にドラモンキラーの鍵爪が壁に深々と突き刺さる。
ーーードスゥン!!
「吹き飛べ!!!」
ーーードゴオオォォン!!
叫ぶと共にブラックウォーグレイモンは突き刺さったドラモンキラーの爪先にエネルギー球を作り上げ、壁を完全に粉砕した。
その衝撃に肩に乗っていた子供が被っていた黒いフードが吹き飛び、中に隠れていた“翡翠の髪”が外へと広がる。しかし、子供は黒いフードを被り直さずに、ただ壁の向こう側を見つめていた。
壁の向こう側に広がっていたのは、暗く明かりが殆ど無い部屋。その部屋を唯一照らしているのは、部屋の中央に置かれている幾つ物機器に繋げられている巨大な三つのシリンダーが発する青白い不気味な光だけ。
その三つのシリンダーにブラックウォーグレイモンは、目を細めながら内部に足を踏み入れて声を掛ける。
「会いに来てやったぞ、時空管理局最高評議会」
「サイコウ…ヒョウギカイ」
ブラックウォーグレイモンの言葉を噛み締めるように肩に乗っていた翡翠の髪を持った子供は、巨大な三つのシリンダー内部に存在する人の脳髄を見つめるのだった。