漆黒の竜人と魔法世界   作:ゼクス

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また、お待たせして申し訳ございませんでした。


悲劇の竜と龍の争い

 クラナガンに在る廃棄された都市区間。

 嘗ては人が賑わっていたが、今は無人に近い建物が数え切れないほどある場所。

 現在では管理局が管理し、魔導師試験などで使われたり、訓練の場所として利用されている。人の立ち入りは厳しく取り締まられている。

 その区間を素早く移動する影があった。影は迷う事無く先へと進み、目的の廃ビルへと辿り着くと、迷う事無く内部へと張り込み、奥へと進んで行く。

 そして影は明かりも無く、先も見通せない闇を見つめながら口を開く。

 

「……拙者でござる。出て来てくれでござる」

 

「……珍しい。今回はお前が連絡役か、イガモン」

 

 影-【イガモン】-の呼びかけに、奥の方から別の声が響いた。

 同時に奥の方から足音が響き、イガモンの前に先日ヴァイスが目撃した生物。

 銀色の体をし、六つの昆虫のような足で体を支え、背中にはレーダーの円盤のような物を背負っているデジモン-【サーチモン】が出て来た。

 

サーチモン、世代/アーマー体、成熟期、属性/データ種、フリー、種族/昆虫型、必殺技/ジャミングヘルツ

古代種のワームモンが【知識のデジメンタル】で進化した昆虫型デジモン。(現在では通常進化の成熟期デジモンとしても確認されている)【レドーム】と言う背中のレーダーで情報収集と敵の探索を得意とする。小さな音や振動さえも確実にキャッチできる。必殺技は、背中の【レドーム】から敵の神経中枢を混乱させる振動電波を放ち、敵を錯乱状態にする【ジャミングヘルツ】だ。

 

「報告を頼むでござるよ」

 

「何時もと変わりはない。この人間の都市にデジモンが現れる気配は今のところ無しだ」

 

「そうでござるか」

 

 サーチモンの報告にイガモンは安堵の息を吐いた。

 以前、なのはがクラナガンの街の病院で襲われた事件以降、管理世界の主要な都市にはサーチモンなどの探索系のデジモンがオファニモン達の指示で配置された。

 幾つかの目的はあるが、主な目的はルーチェモンの指示で動いているデジモン達の捜索である。突発的に街にデジモンが襲い掛かる可能性もあるが、以前のなのはの襲撃事件の時のようにルーチェモンの配下のデジモン達の出現も兼ねて配置された。

 流石に全ての都市や街に配置は無理だが、主要な都市ならば一体ずつ配置する事は出来た。

 サーチモンもその一体だった。

 

「しかし、油断は出来んでござるよ。各世界に放たれたデジモン達も少なくなって来ているこの状況だからこそ、新たな手段をルーチェモン一味は打って来るはずでござるからな」

 

「分かっている。任務を疎かにする気は無い」

 

「頼もしいでござるよ、サーチモン……ただ、お主にはオファニモン様達から新たな任務につくように指示が来たでござる」

 

「何? 三大天使の方々から? ……なるほど、それでお前が来たのか、イガモン」

 

 イガモンは長い期間、人間世界に潜伏しているデジモンで在り、ブラック達と行動を共にするように命じられているデジモン。

 その立場だけに重要な任務を命じられることが多い。故に本来ならば連絡役にやって来るデジモンは別の者が多いのだが、今回はサーチモンに重要な任務を与える為にイガモンはやって来たのだ。

 

「うむ。このクラナガンと言う重要な場所にいるお主なら知っていると思うが、近い内に拙者らデジモンに対する部隊が発足されるでござるよ」

 

「……あぁ、そう言えば大規模な部隊の隊舎を造る工事を行なっているようだったな」

 

 海上付近で行なわれていた工事の様子を、サーチモンは思い出した。

 二年前の管理局だったら、本局を中心として地上から人材を引き抜くと言う形で部隊を造っていただろう。

 だが、ブラックが引き起こした事件からの管理局内での逮捕者続出に寄って、管理局の信頼と信用が薄れてしまっている。

 特に管理局の発祥の地であるミッドチルダの行政府からは、以前から犯罪率の高さで不信の目を向けられていたので、信頼を取り戻さなければならない。その為に部隊の隊舎が置かれるのはミッドチルダの首都であるクラナガンと決まっていた。

 無論、他世界の方も大事なので、他世界への渡航の時には用意された最新鋭艦で向かう手筈になっている。

 

「その部隊に、援軍と派遣されたゲンナイ殿が入る事になっているでござる」

 

「つまり、私はその護衛を行なうと言う事だな?」

 

「そうでござる。流石に不当にゲンナイ殿を拘束するとは思えんでござるが、万が一の為に」

 

「私と言う事だな」

 

「うむ」

 

 イガモンは重々しく頷いた。

 サーチモンの必殺技には直接的な攻撃力は無い。その反面、遠距離から対象だけに特定の音波を放てると言う特性を持っている。ソレを利用すれば、ゲンナイと秘密裏にやり取りも出来る。

 その点も考えてサーチモンをゲンナイの護衛に付ける事にしたのだ。

 

「無論、お主の護衛の件は管理局には秘密でござるから」

 

「分かっている。コレまでも見つけられた事は……」

 

「ん? 如何したでござる?」

 

「……すまない。先日、管理局の者に姿を見られたのだ」

 

「ど、どういう事でござるか!?」

 

 汗を流しているサーチモンに、イガモンは問い質す。

 詳しく話を聞いて見ると、クラナガンを探索途中で女性が男性に人質になっているところを目撃し、管理局の者と思われる人物が狙撃しようと現場に居合わせた。

 ところが狙撃手の動揺が酷く、あのままでは誤射してしまうと思い、犯罪者にジャミングヘルツを使用して狙撃のチャンスを作った。それによって犯罪者は逮捕出来て、無事に女性は救助された。

 問題はその後、気を抜いたのがいけなかったのか、狙撃手にサーチモンは姿を見られてしまったのである。

 

「そう言う経緯でござったか」

 

「……すまん」

 

 状況を聞く限り緊急事態だったのは間違いなく、サーチモンの行動は人道的に問題は無い。

 寧ろ目の前で悲劇を見るくらいなら、確かにサーチモンと同じ行動をイガモンも取っていた。

 

「……とは言え、管理局も人で多いでござるし、流石に見られたと言う狙撃手殿と出会う事はないでござろう。ただ、一応この件はオファニモン様達に伝えて吟味して貰うでござる」

 

「分かった」

 

「罰は無いと思うでござるよ。人助けでござったのだから」

 

 隠密任務中でとの問題は在るが、サーチモンを含めた探査用のデジモン達の任務は期間が不明な長期滞在任務なのだ。

 様々な場所で動き回っているイガモン達と違って、一つの地域で待機するサーチモン達が目撃されてしまう可能性が高い。故に責められる事態にはならないだろうとイガモンは判断した。

 

「サーチモンの行動は間違っていないでござるよ。拙者もそんな出来事に出会ったら、何とか助けようとしたにちがいないでござる」

 

「……ありがとう、イガモン」

 

「うむ。では、拙者は戻るでござる。ゲンナイ殿が管理局に訪れる日時は、後ほど伝えるので。さらばでござる」

 

 イガモンは頭を下げると来た道を素早く駆け抜け、廃棄都市から去っていた。

 

 

 

 

 

「……新部隊への移動ですか?」

 

「あぁ、最近噂になっていた部隊へのな」

 

 渡した部隊移動の指示書を見つめるヴァイスに、上官である男性は答えた。

 その噂はヴァイスも聞いていた。本局と地上が初めて本格的に造る合同部隊であり、一部隊における魔導師ランクの保有制限も無視され、何よりも特定では在るが対象に対する殺傷魔法の許可が与えられている特別部隊。

 その部隊へのヴァイスへの移動届けが上司から渡されたのである。

 

「いや、何で俺なんです? 俺なんて狙撃ぐらいしか取り柄がないですよ」

 

「その狙撃の腕を買われたんだろうよ。とにかく数日以内に移動するかどうかの返事を寄越せ」

 

「えっ?」

 

 一瞬言われた意味が分からず、慌てて渡された書類に目を向けてみる。

 確かに書類には、移動に関しては自己判断が優先される事が明記されていた。

 

「これ……どういう事ですか?」

 

「そのままの意味だ。この部隊に関しては移動届けが出されても、渡された相手が拒否すれば移動しなくて良いらしい」

 

「それって組織として問題なんじゃ」

 

「……死亡率が最低でも90%以上の部隊ならそれぐらいの処置は当たり前だろう」

 

「……はっ?」

 

 ヴァイスは呆けた声を上げた。

 上司の男性は頷き、改めてヴァイスが移動するかも知れない部隊に関して説明する。

 最近管理世界で問題になっている未知の生物の排除や捕獲が主な任務。その任務の中には管理世界の一つで災害を引き起こしたと思われるルーチェモンの調査と、管理世界で恐れられているブラックウォーグレイモンの抹殺が入っている。

 言うまでも無く、前者はともかく後者は確実に命の危機がある。

 

「……な、何でそんな部隊に俺が?」

 

「……実を言えばお前の前に何人か狙撃や射撃で有名な魔導師に声が掛かっている」

 

 ヴァイスは確かに一流の狙撃の腕を持った魔導師。

 だが、それ以外に関しては残念ながら平均的な一般魔導師ほどの力量しかない。空戦は出来ない陸戦系の魔導師だ。射撃や狙撃で有名な魔導師は他にもいる。

 その筈なのにヴァイスにまで話が回って来た理由。その理由は簡単だった。

 

「お前の前に話が届いた奴らは、全員部隊への移動を拒否した。或いは保留中だ」

 

 家族が居る。或いは死への恐怖から。その他の理由でヴァイスの前に移動届けを渡された者達は、移動を拒否した。

 部隊に入れば確実に出世コースに入れるだろうが、そのリスクが高すぎる。

 

「今日はもう帰って良いから、三日後に返事を聞かせろ」

 

 上司の男性はそう告げると、ヴァイスから視線を外して自身の仕事に戻る。

 渡された書類を手にしながら、ヴァイスは隊舎の屋上に向かう。

 帰っても良いと言われたが、いきなりの事態に少し落ち着こうと考えたのだ。

 

「……どうするかな?」

 

 命が惜しければ部隊に移動しないのが当然だ。

 確かに管理局の任務は命懸けの任務が多いが、今回のは規模が違う。

 恐らくは、全ての任務に命を賭けて挑まねばならない。家族が居るのならば尚更に。

 

「……家族か」

 

 ヴァイスの脳裏に浮かんだのは、妹であるラグナの事。

 先日のラグナが人質にされたのは記憶に新しい。

 

(もしもあの時に助けがなかったら、俺はラグナを)

 

 悪夢としか言えない出来事。

 狙撃に自信があるヴァイスだが、あの事件はその自信を揺るがせた。失敗していれば、妹に魔力弾が当たっていたかもしれない。当たり所が悪ければ後遺症を残していたかも知れない。

 無論ヴァイスは非殺傷設定にして魔法を使っているが、それでも絶対に安全とは言えないのだ。

 現に非殺傷設定を使用していたにも関わらず、相手に後遺症を残してしまった例はあるのだから。

 

(そういや、あの時に見た生物……アレがもしかしたらこの部隊が対象にしている生物なのか?)

 

 思い出すのは、現場から去っていた昆虫のような姿をした生物。

 ヴァイスはその件を上司に報告していなかった。本来ならば報告しなければならない事だが、ヴァイスも余り姿は覚えておらず、突然の出来事で相棒のデバイスであるストームレイダーに記録もしていなかったのだ。

 だが、状況から考えれば、間違いなく自身が目撃した生物が犯人確保を手伝ってくれたのだとヴァイスは確信していた。

 確保した犯人から改めて話を聞いて見れば、突然耳に不快な音が聞こえてきたのだと告げたのだ。そんな音は犯人に人質にされていたラグナは聞いていないらしいが、何らかの方法で犯人にのみ音を放ったのかもしれない。

 

「……よし! 決めたぞ!」

 

 悩んだ末にヴァイスは結論を出し、上司の下に向かう為に屋上から出て行く。

 返事は三日後だと言われていたが、今の決意を鈍らせない為に、ヴァイスは急いで上司の下に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 数ある管理世界の中でも自然が多い第六管理世界【アルザス】。

 本来ならば優れた魔導技術がある世界か、或いは発展途上中の世界しか管理世界に指定されない中で、アルザスだけは部族と言う形でしか人間社会が形成されていないにも関わらず、管理局はアルザスを管理世界と認定した。

 その理由は、アルザスには多くの魔導生物と呼べる生物に加え、【真竜】と称されるほどの強大な力を持った竜が存在しているからだった。

 【真竜】の名は、【ヴォルテール】。全長十五メートルの巨体で、長い尻尾と背に四枚の翼を兼ね備え、二本の角を持ったアルザスに生息している生物の中でも稀少古代種であり、その力はデジモンで言えば究極体の上位に匹敵し、【大地の守護者】の異名までも持っていた。

 本来ならばヴォルテールは崇められているだけに滅多には動かない。だが、そのヴォルテールが今、動き出し、アルザスの空の上で自身と同じぐらいの大きさの一体の竜と戦っていた。

 

『グルルルッ!』

 

『ゴアッ!』

 

 ヴォルテールともう一体の東洋の伝説に出て来るような長い身体をし、鎧を纏って右手に金色の宝玉を、左手に緑色の宝玉を握った竜-【ヒシャリュウモン】-は互いに相手を警戒するように唸り声を上げた。

 

ヒシャリュウモン、世代/完全体、属性/ワクチン種、種族/獣竜型、必殺技/成龍刃(せいりゅうじん)縦横車(じゅうおうぐるま)

成長期のデジモンのリュウダモンが持っている“電脳核(デジコア)”の最深部に刻み込まれていた“龍”や“武将”と言ったデータの封印が解かれ、ほぼ完全な姿へとなった完全体の獣竜型デジモン。まさに“龍”と呼ぶに相応しい姿をしており、その移動力を活かしデジタルワールド中を駆け巡っていると言われている。神のように讃えられる存在であり、大人しい性格であるが、両手に持つ“金竜”と“角竜”と呼ばれる玉に触れると途端に怒りを顕にする。その玉は、今は亡き仲間の魂(電脳核(デジコア)の情報)が込められた結晶体であるといわれている。もし傷をつけたならばその者の命の保障は無いであろう。必殺技は、自らが鋼鉄の刃と化して敵を真っ二つにする【成龍刃(せいりゅうじん)】と、己の巨体を利用して敵の上下左右全てを包囲し攻撃を放つ【縦横車(じゅうおうぐるま)】だ。

 

『ガァァァァァーーーーッ!!』

 

 咆哮を上げながらヒシャリュウモンは、ヴォルテールに襲い掛かった。

 迎え撃つようにヴォルテールは両手を広げて、ヒシャリュウモンの突進を受け止める。

 巨大な二体の生物のぶつかり合いに、大気が激しく振るえる。しかし、自らの突進を受け止められたにも関わらず、ヒシャリュウモンはヴォルテールを跳ね除けようと力を込める。

 負けじとヴォルテールも両手でヒシャリュウモンの両肩を押さえて止めようとする。

 

「邪魔をするなアァァァァッ!!」

 

 ヒシャリュウモンは怒りに満ちた咆哮を上げて、ヴォルテールの背後の大地に在る集落を睨みつける。

 本来ならばヒシャリュウモンは大人しい性格をしているデジモン。二年ほど前にアルザスに連れて来られてから、必死に現地の生物達を相手に戦い続け、完全体へと至った。

 その後はヴォルテールのような強敵以外は敵になりそうな生物がいなくなったので、静かにアルザスで暮らしていた。だが、そのヒシャリュウモンは今、怒りに満ちていた。

 アルザスに現れた密漁を主とする犯罪者達が寄りにも寄って、ヒシャリュウモンの持つ二つの宝玉に傷をつけてしまったのだ。当然ながらヒシャリュウモンは怒り狂い、その犯罪者達の報復に出た。

 大人しい性格だと考えていたヒシャリュウモンの突然の変容に、密漁者達は逃げ出したが、しつこくヒシャリュウモンは追い続けた。密漁を行なうだけにそれなりの実力を彼らは持っていたが、完全体のヒシャリュウモンには及ばず、逃げるしかなくなってしまった。

 しかし、密猟者達はただ逃げるだけではなかった。事前にアルザスに住む【竜召喚士】が住む部族の集落の位置を調べ、その方向に逃げたのだ。

 元々の目的の中には竜の密漁も在ったので、彼らは迷わなかった。ヒシャリュウモンと竜召喚士が召喚する竜との戦いの中で、漁夫の利を狙おうとしたのだ。

 集落の人々も突然のヒシャリュウモンの襲撃に慌てた。何とかしなければと集落の誰もが思った瞬間、更なる出来事が起きた。

 ヴォルテールの出現である。集落に住む竜召喚士が召喚魔法を使う事無く、ヴォルテールは出現した。

 

『ゴアァァァァーーーー!!』

 

 四枚の翼を力強く広げて、ヒシャリュウモンをヴォルテールは押し返して集落から離そうとする。

 ヴォルテールには元凶であった密猟者達を護る気などない。そして本来ならば崇められているからと言って、集落の人間を護る事は無い。だが、ヒシャリュウモンが襲撃しようとした集落だけは襲わせる訳には行かなかった。

 何故ならば、その集落にはヴォルテールが後に加護を与えようとしている者がいるからだった。

 まだ、幼いどころか赤子に近いその子を護る為にヴォルテールは出現したのだ。

 

『ガァッ!!』

 

「グガッ!!」

 

 渾身の力を込めたヴォルテールの右拳を顔面に食らったヒシャリュウモンは、苦痛の声を上げて吹き飛ばされた。

 そのまま地面に激突し、アルザスの大地を震わせる。顔に付いた土を払う為に首を振るいながら顔を上げるヒシャリュウモンの前に、ヴォルテールは降り立つ。

 

「グウゥゥゥッ!!」

 

『グオォォォォッ!!』

 

 怒りの唸り声を上げるヒシャリュウモンに対し、ヴォルテールは威圧するように咆哮を上げた。

 ヴォルテールはヒシャリュウモンが本来は大人しい性格をしている事を知っている。人間に対しては警戒しているようだが、その点以外はこの地に住む生物と変わらないので気にもしていなかった。

 しかし、今のヒシャリュウモンは流石にヴォルテールも見過ごせなかった。

 ヒシャリュウモンは広義的に言えば、ヴォルテールと同じ竜と言う種族である。故にヴォルテールには今のヒシャリュウモンの状態が良く分かった。

 竜と言う種族にとって絶対に赦せない事を。即ち、今のヒシャリュウモンは竜にとって最大の怒りを買う事になる逆鱗に触れられてしまったのだ。この状態になった竜は説得など出来ない。

 自らも同じ特性を持っているが故に、ヴォルテールは理解出来ていた。

 

『……ガァァァァァーーーーー!!!』

 

 ヒシャリュウモンを簡単に止める事が出来ないと判断したヴォルテールは、その剛腕を振るい、ヒシャリュウモンの顔面を殴り飛ばす。

 

「ガハッ!!」

 

 大地を砕くほどの拳を受けたヒシャリュウモンは地面に再度叩きつけられた。

 それでもヒシャリュウモンは顔を上げて、力強く空へと体を飛ばし、ヴォルテールを高みから見下ろす。

 対してヴォルテールも背の四枚の翼を広げ、大地の魔力を自らに集束させて行く。

 ヒシャリュウモンは高まって行くヴォルテールの力を感じると、自らの長大な体を回転させて鋼鉄の刃へと変化させて突撃する。

 

成龍刃(せいりゅうじん)ッ!!」

 

 自らを鋼鉄の刃に変化させ、対象を真っ二つにするヒシャリュウモンの必殺技。

 高速で地上に立つヴォルテールへと、その刃は向かって行く。完全体であるヒシャリュウモンの必殺技は、並大抵の相手では防ぐ事は出来ない。

 だが、ヒシャリュウモンが今戦っているヴォルテールは並大抵の相手では無かった。

 

『グウォォォォーーーー!!』

 

 咆哮と共にヴォルテールは集束させた魔力を使い、炎熱効果を伴った大威力砲撃を撃ち放った。

 ヴォルテールが放てる殲滅砲撃に分類される【大地の咆吼(ギオ・エルガ)】。自らの魔力だけではなく、大地の魔力を集束させて放つその砲撃は、単体に使って良い砲撃ではなく、軍勢を確実に殲滅させる威力を持っている。

 その威力をまともに食らったヒシャリュウモンは、咆哮を上げる事も出来ずに呑み込まれ焼き滅ぼされた。

 【大地の咆吼(ギオ・エルガ)】が治まった後には、青空だけが広がっていた。しかし、フッと何かが空で光り、ヴォルテールはゆっくりとその光に手を伸ばして優しく受け止める。

 手の中に乗っているのは、ヴォルテールの手の大きさからすれば小さな卵-【デジタマ】-だった。

 

『……グォッ!』

 

 手に乗っているデジタマをヴォルテールは、大切そうに見つめる。

 そのまま集落の方に顔を向ける。同時に集落の方から咆哮が聞こえて来た。

 どうやら集落に向かった密猟者達は、集落を守護するように命じていた竜達に寄って討伐されたらしい。

 不幸な行き違いでヒシャリュウモンを倒してしまった事をヴォルテールは悔やむが、何よりも自らの巫女に相応しい子が無事だった事を安堵する。

 とにかくコレで問題は解決したと思い、ヴォルテールは手に乗っているデジタマに視線を戻す。

 ヒシャリュウモンが残した唯一のモノ。コレを良からぬ者に渡す訳には絶対にしてはならない。

 そう考えたヴォルテールは、デジタマと共に自らが住む場所へと帰還する。

 何れ自らの巫女となる者に出会える日を楽しみにしながら。

 

 だが、ヴォルテールは後に後悔する事に。

 古から続く盟約。その意味を人が忘れてしまっている事を、ヴォルテールは夢にも思って無かったのだった。




ヒシャリュウモンって完全体ですけど、オウリュウモンへの変化途中と言う要素が強いせいか、凄い書きにくい。
両手が大切な宝玉を握っているせいで攻撃に使えませんし。
成熟期の方が攻撃手段もあるので、凄い楽に感じます。

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