待っていてくれた方々、ありがとうございます。
ミッドチルダの首都クラナガン。
その街の一角に在る墓所で、葬儀が行なわれていた。
葬儀を行なわれている者達は、ルーチェモンに寄って命を奪われたゼスト隊の管理局員。
だが、土の中に埋められる棺の中には遺体は入っていないものも在った。
ルーチェモンに殺された局員の中には、死体も残されなかった者達も居る。運よくリンディが転移させた遺体もあったが、跡形もなく消滅させられた遺体は回収する事が出来る訳が無い。
その中でクイントの名が刻まれた棺が土の中に納められるのを涙を流しながら見ていたのは、クイントの娘のギンガ・ナカジマとスバル・ナカジマである。
二人とも大好きだった母親が帰って来ない事を理解し、悲しみにくれていた。
二人の父親であるゲンヤ・ナカジマは、決意を固めた顔をしながら棺を見つめている。
そして葬儀が終わり、参列者の者達が帰路につき始める中、怪我から復帰して参列していたゼストとメガーヌ、そしてクロノがクイントの墓標の前に立つゲンヤとギンガ、スバルに声を掛ける。
「……ナカジマ」
「……局員なら覚悟は出来ている事だ。アイツも危険な任務についている事は分かっていたんだ。だから、あんまり気に病むな」
声を掛けて来たゼストにゲンヤは背を向けたまま告げた。
ゆっくりとギンガ、スバルの背に手をやりながらゲンヤは振り返り、メガーヌに声を掛ける。
「メガーヌ。ありがとうな。アイツの形見だけは一つ残してくれて」
「いえ……私はそんなつもりで」
辛そうに顔を歪めながら、メガーヌはギンガの首に掛かっている待機状態のデバイスに目を向ける。
そのデバイスはクイントが使っていた左腕のリボルバーナックルだった。あの時、リンディがクロノ達を転移させようとする中、メガーヌは必死にルーチェモンに千切り飛ばされ、床に落ちていたクイントの左腕を掴んだのだ。
無我夢中だったので、メガーヌも何故そんな行動をしたのかは理解していないが、せめてと言う気持ちがあったのだろう。
おかげでとは絶対に言えないが、クイントの形見となる物をゲンヤ達は得る事が出来たのだ。
「ギンガ、スバル。すまねぇが、メガーヌと先に家に行ってくれねぇか?」
「はい、父さん」
「う、うん」
「用が終わったらすぐに帰るから、家で待っていてくれ……メガーヌ。二人を頼む」
「はい」
メガーヌは頷くとギンガとスバルの手を握り、墓地から出て行く。
三人の姿が見えなくなるをゲンヤは確認すると、ゼストとクロノに視線を向ける。
「……ゲイズ中将から俺に届いてる件だが……受けるつもりだ」
「そうか……俺もだ」
「僕もです」
ゲンヤ、ゼスト、クロノには管理局上層部からある通達が届いていた。
新たに管理局内で創設される新部隊への参加要請だった。だが、普通ならば部隊に入るように告げられれば入るしかないのに、今回新設される部隊に関しては参加を拒否しても構わない事になっていた。
何故ならば新設される部隊が主に任務として告げられるのは、現在管理世界で発見されている新生物-【デジモン】-に関する案件だったからだ。
【デジモン】に関する案件となれば、当然ながらその中にはブラックに加えて、ルーチェモンにも関わる事になる。ブラックもルーチェモンも敵対した相手には容赦がない。確実に命を賭けた戦いに発展する。
加えて言えば発見されているデジモンは、人間に、特に管理局に敵意を持っているので殺しに掛かって来る。
命懸けの任務を与えられるのは間違いなく、そして何よりもデジモンに対する
本来その世界で危険とされる生物でも、管理局員は迂闊に殺傷する事が出来ない。過去に危険生物だからと言って絶滅させてしまった事があった時、後から人間にとっては危険生物でも、その土地にとっては必要な生物だと判明してしまい、大変な事態を引き起こしてしまった事も在った。故に幾ら危険生物と言われていても、殺傷設定を使用出来ないように定められている。
だが、デジモンは違う。元々別世界から他世界に送られて来た生物の上に、非殺傷設定では決定打を与えられないと言う事情もある。その上、戦闘中に突然姿を変えたと思ったら、直前までの実力を遥かに上回る力を発揮したと言う報告も上がって来ている。
その為に今度新設される部隊には、デジモンに対してだけは殺傷設定の魔法を使用する許可が出される事になったのだ。
「その部隊なら、ルーチェモンって野郎を確実に追える。どんな形でもクイントの仇を追えるなら、俺は参加するぜ」
「ナカジマ。分かっていると思うが」
「私情は任務には、はさまねぇから安心しろ、ゼスト」
「それなら良い。しかし……」
「ルーチェモンが一体何をしようとしているのかですね」
その点が現在管理局が分からない点だった。
違法研究者と手を結んでいるのは間違いないが、その他にルーチェモンが関わっていると思われるのはデジモンを管理世界に放逐した件のみ。
途轍もない力を秘めたルーチェモンが、何故そんな回りくどい手段を使っているのかが管理局には分からない。だが、必ず其処には自分達には分からないような目的が隠されているとクロノは直感していた。
ルーチェモンはただ力が強いだけではない。闇雲に力を振るうだけならば、管理世界の多くで今頃は天変地異が巻き起こって大惨事では済まない事態になっているだろう。だが、ソレをやろうとしない時点でルーチェモンは力をむやみやたらに振るう者ではない事を示している。
そして。
(ルーチェモンには敵が居る。僕らではなく、別の敵が)
直接戦った事でクロノは嫌でも理解した。
ルーチェモンが管理局の魔導師を敵として認識していない事を。せいぜい遊び相手、或いは運動不足の解消相手ぐらいとしかルーチェモンは管理局の魔導師を思っていない事を。
実際ルーチェモンにとって、管理局の魔導師はその程度の認識でしかない。あくまでルーチェモンが恐れているのは、デジモンと共に戦う人間なのだ。それ以外の人間には興味を僅かに覚えるぐらいでしかない。
例外としてギズモンを造り上げた倉田ぐらいである。
今だ表には出て来ない倉田もまた、魔導師を恐れてはいない。ギズモンは確かにデジモンに特化した存在だが、元々の戦闘能力が並みの完全体を超えているので、大抵の魔導師には負ける事が無い。
傲慢としか言えないが、ソレが赦されるほどにルーチェモン達と管理局の間では戦力差が開いているのだ。
「今日はその部隊の話し合いでレジアスが来れなかったが、近い内に必ず来るそうだ」
「分かった。じゃあ、俺は帰るぜ」
「気をつけてな」
「また近い内に」
三人は分かれ、それぞれの帰路に着く。
何れ共に戦う事になると分かりながら。
本局内部にある大会議室。
その会議室の中では、ミゼット達を始めとした本局幹部だけではなく、地上幹部が集まり、新設される部隊に関しての話し合いが行なわれている。
その中には、元管理局員のギル・グレアムの姿もあり、一様に誰もが苦い顔を浮かべていた。
原因はグレアムが持ち込んで来た情報だった。
「以上が私が【デジタルワールド】と呼ばれている世界から教えられた話の全てです」
【デジタルワールド】から帰還したグレアムは、さっそく三大天使の要求に従い、ミゼット達に話しを持ち込んだのである。
ミゼット達も漸く謎だった二年前の最高評議会の行動の意味が分かると安堵したが、蓋を開けてみれば悪夢どころか絶望しかない情報が発覚した。世間には明るみ出てないが、新たに発見された世界で管理局員が虐殺と捕獲を行ない、解き放ってはならない存在を解き放つ手伝いをしてしまい、仕舞いには捕獲した生物を管理世界に放逐。
この時点で管理局として不味い事ばかりだが、ルーチェモンを解き放ったのが最高評議会の協力者だと思われる倉田なのが尚不味い。
すぐさま関わった関係者を洗おうにも、グレアムが持ち込んだ管理局員の顔を照合したところ、全員死亡している事が判明した。
任務中の事故や、日常での事故。或いは謎の突然死と。とにかく、この二年の間に全員が死亡していた。
今回の件でその裏には間違いなくルーチェモンと、そして倉田が関わっている可能性が高いが、その当人達が何処に居るかの情報を得るのは絶望的だった。
「……ソレでグレアム。貴方にこの情報を送るように頼んだ相手の方々はどのような要求を管理局に告げたのかしら」
損害賠償か、或いは報復か。
考えただけでも悪い要求しか来ないとミゼットは頭を抱えたかった。
他の幹部の面々も同様なのか、苦い顔をしたままグレアムの言葉を待つ。だが、グレアムが告げた要求は彼らの予想とは全く違っていた。
「彼らの要求は、ある人物を管理局が新設する予定の部隊に入れる事。また、倒した我々にとっての未知の生物。通称デジモンと交戦し、倒した後に卵が出現した場合は、その卵を入れて貰う予定の人物に渡して自分達の世界に戻す事。ソレと【デジタルワールド】の存在を出来るだけ広めない事の三つだけです」
「……待て、本当にそれだけなのか?」
思わず一人の幹部が疑問の声を上げ、他の幹部の面々も顔を見合わせる。
てっきり損害賠償やら何やらの要求が来ると思っていたのに、その辺りには全く触れずに今後の事に関する要求だけ。
居並ぶ幹部局員の誰もが疑問に思うと、グレアムが説明する。
「今は、過去の件ばかりを気にしていられる事態ではなくなったと彼らは判断したようです」
「つまり、ソレほどの脅威と言う訳なのだな、【七大魔王】と言う存在は?」
「はい」
法務顧問相談役であるレオーネの質問に、グレアムは青い顔をしながら頷いた。
その様子に何人かの幹部は、グレアムが既に知っているのだと言う悟る。【七大魔王】と言う恐るべき脅威を。
実際のところ、オファニモン達が過去の件で賠償を管理局に要求する意味が無いのだ。魔導技術に関しては、管理局の技術では蟻と恐竜の差で保持しているフリートが協力者としているので必要なし。
管理局が保管しているロストロギアにも興味はない。と言うよりも、デジモンは魔法を使えないので手に入れても意味がない。フリートの手に渡って研究素材にするぐらいだろう。
過去の事件の当事者達を差し出せと言うぐらいは言えるかもしれないが、既に其方は大半が死んでいる上に、今更捕まえても、憂さ晴らしぐらいにしかならないので意味はないに等しい。
そう言う事情もあるので、過去の事件で賠償を求める気はオファニモン達は無かった。コレが過激派のデジモンだったら別の要求もあったかも知れないが、オファニモン達は穏健派なので要求は穏便に済ませたのだ。
「相手側の世界は、この要求を呑んでくれるならば、我々が未確認生物としている生物の詳細を知れる情報端末を渡すとまで告げています」
席に座る幹部達の誰もが破格としか言えない要求に顔を見合わせた。
相手側の要求は、寧ろ管理局の方が助かる事が多い。事前に戦う相手の情報を知る事が出来ない事と、知らない事では大きく違う。
その上、過去に引き起こしてしまった事件も不問にすると言うのも、今の管理局には助かった。
不正を行なっていた局員達を多数逮捕した影響で、今の管理局は各管理世界からの信頼が薄れてしまっている。
其処に来て未発表の世界で虐殺と捕縛を行ない、捕縛した生物を管理世界に放逐した事などがバレたら、どうなってしまうのかは分かり切っている。
幹部の誰もがこの要求を呑むしかないと考えた。呑まなければ、デメリットが多過ぎる。
相手側の世界は管理局に対する切り札を握っているのだから。コレが以前の管理局だったら、デマだと叫ぶ事も出来たが、信頼が薄れている今の状況では信じられる可能性が高い。
グレアムも要求に対して話し合う幹部の面々に内心で安堵の息を吐いていると、他の地上本部の幹部達と出席していたレジアスが手を上げる。
「待て。本当に要求はソレだけなのか?」
「はい。彼の世界の要求はソレだけですが」
「……ブラックウォーグレイモンに関しては、我々はどのように対処すれば良い?」
その発言に、他の幹部の面々もハッとしたように気がつく。
現在ブラックは管理局が次元犯罪者と登録している。管理局の艦艇破壊。管理局本局の襲撃などに加えて、最高評議会の面々の殺害。
管理局の威信を、これ以上にないほどに傷つけている大犯罪者とブラックはされている。加えて言えば、闇の書の闇の主として次元世界に公表されているので、過去の闇の書事件の遺族達から憎まれている。
今更犯罪者ではないと公表出来ない程の事を、ブラックはやっているのである。
しかし、ブラックの出身世界と思われる【デジタルワールド】と手を結ぶ事になれば、当然ながらブラックに対して管理局は何らかの対処をしなければならなくなる。
レジアスの考えを察した他の幹部の面々も、どうするのかとグレアムに視線を向ける。
だが、グレアムは慌てなかった。その件に関しては、ちゃんと【デジタルワールド】側も考えていたのだ。
「その件に関しても回答を受けています……あちらの世界が言うには、『ブラックウォーグレイモンは自分達の世界出身のデジモンではない。別の【デジタルワールド】から迷い込んだはぐれデジモンと思われる。故に彼に対する対応は別段変えなくて構わない』と、言われました」
「待ってソレは!?」
幹部の一人がグレアムの発言に、思わず立ち上がり叫んだ。
一見すれば管理局側を配慮した言葉に思えるが、真意は当然違う。
ブラックが何をしようと【デジタルワールド】側は、何の対処もしないと言う事なのだ。つまり、今後ブラックが管理局の施設を襲撃、そして管理局員を殺害しようと、【デジタルワールド】は無関係と言う事になる。
その裏に【デジタルワールド】側の思惑が在ったとしても、管理局は【デジタルワールド】を非難する事は出来ないのだ。もしかしたらブラックを倒す為の協力を得られる可能性もあるかも知れないが、どう考えても二年前のブラックの行動の裏には【デジタルワールド】側の思惑があったとしか、幹部の面々は思えなかった。
実際には、当時の行動には【デジタルワールド】側は全く関わっていない。たまたまブラックの行動が、【デジタルワールド】側にとってプラスに働いただけなのだ。
もしも最高評議会が【デジタルワールド】に襲撃を行なったりしてなければ、好き勝手に暴れているブラックを止める為にオファニモン達も何らかの対処をしていただろう。ブラックからすればそれはそれで、強敵と戦える事に喜んでいただろうが。
話を戻すが、ブラックに関する件で今後【デジタルワールド】側に追及出来ないとなれば、長期で考えれば確実にデメリットが高い。何せブラックもまた単体で災害を引き起こす化け物なのだから。
だが、この提案を呑まなければ【デジタルワールド】側がどう動くか分からなくなる。
管理局の非が明らかにでもされてしまえば、其処で全てが終わってしまう。
幹部の面々は話し合い、どうすれば良いのかのとか相談していると、ミゼットがグレアムに質問する。
「グレアム。彼の世界が提供してくれるデータの中には、ブラックウォーグレイモンのデータもあるのかしら?」
「えぇ、ブラックウォーグレイモンと言う
「……そうですか……(
ミゼットは険しい顔をしながらラルゴとレオーネに視線を向ける。
二人も同じ推測に至っているのか、静かに頷く。
(流石に【ルーチェモン】と言う存在は複数は居ないと思いたいけど、予想以上に危険過ぎる世界と言う訳ね。【デジタルワールド】と言う世界は)
だからこそ、最高評議会が強硬策に乗り出したのだとミゼットは悟る。
(でも、その世界が他世界との関わりを拒否しているならば放置すると言う手段もあった筈。なのに最高評議会は強硬策を使って開けてしまった。絶対に開けてはならない箱を)
危険ならば、自分達が管理すると言う考えが行き過ぎってしまった故に起きた出来事。
或いは、自分達こそが次元世界の中心だと言う考えが元なのかもしれない。
どちらにしても報復だけは考えておくべきだったのだとミゼットは思う。好き勝手に自分達の世界を荒らされて、それで我慢していられる者などいないのだから。
実際のところ、ミゼット達も当時の倉田も知らない事だが、三大天使達は苛烈な報復など行なう気は無い。人間にもデジモンにも、悪い者はいるとちゃんと認識しているからだ。故に、即座に報復と言う手段は取らなかったのだ。
実を言えばこの件は最高評議会も予想外だった。アレだけ相手にとって許し難い事をしたのに、その後起きた事と言えば、ブラックが地球で闇の書の闇を従えた事ぐらい。しかも戦った局員が全員生存しているので、報復が起きた時に用意していた草案が使えなくなったのだ。
その後、ブラックが本局襲撃をやらかしたが、計画を練っていた最高評議会は全員死亡。加えて管理局の裏が表に流れたりしたので、評議会の配下だった者達も迂闊に動けない事態になっていたので、【デジタルワールド】の存在を暴露する機会がなかったのだ。
「……分かりました。本局統幕議長として、ブラックウォーグレイモンに関しては今後も次元犯罪者として扱いを変えない事を宣言します」
「しかし、議長!?」
「無論、ブラックウォーグレイモンは最大レベルでの次元犯罪者として扱い、彼の世界との繋がりが明るみに出た場合は、此方も相応の対応を取らせて貰います」
ミゼットの言葉の裏に隠されている意味を悟った幹部の何名かは、内心でなるほどと思う。
何せ相手側から人員が来るのだ。もしもその人物が僅かにでもブラックに手心を加えようとすれば、其処から【デジタルワールド】に譲歩を提案する事が出来るようになる。
「では、彼の世界との正式な交渉の日を決めましょう。グレアム。貴方には暫らくの間、【デジタルワールド】と呼ばれている世界との連絡役をお願いします」
「分かりました」
管理局の方針は決まり、彼らは動き出す。
この場にいる誰も知らない所で、変わってしまった世界の影響が出始めていると知らずに。
管理局の幹部が今後の行く末について会議している頃、ミッドチルダでは一つの事件が起きていた。
その事件は立て籠もり事件。犯人は人質を取り、立て籠もっていた。武装局員が派遣され、犯人との交渉を執り行いながら狙撃に寄る犯人の無力化を狙う事になった。
狙撃者に選ばれたのは、地上でも有数の狙撃の腕を持った局員-【ヴァイス・グランセニック】。
これまでも実績を積んで来た武装局員だった。今回もその狙撃の腕を買われて、狙撃者に指定された。
ヴァイスも問題ないと思っていた。コレまでも何度かあった任務。今回も犯人を必ず無力化してみると思いながら、狙撃ポイントについてスコープを覗き愕然とした。
「……う、嘘だろう?」
スコープを覗いた先に映ったモノ。
犯人と凶器を突き付けられている人質の姿。犯人の方は知らない。
だが、人質の方はヴァイスは嫌ほど知っていた。
「……ラ……ラ、グナ……」
腕の中に抱えられて、犯人に凶器を突き付けられて怯えている妹であるラグナ・グランセニックの姿に、ヴァイスは手に握る狙撃銃型のデバイス-【ストームレイダー】-の銃身が震えた。
犯人に抱えられているので狙撃に失敗すれば、妹に魔力弾が当たってしまう。何時もならば冷静に状況を判断出来ると言うのに、今は心を落ち着かせる事がヴァイスには出来なかった。
無理も無かった。どんな形でとは言え、妹に銃を向けなければならないのだから。
(……イス! ヴァイス! 聞こえるか!」
(ッ!? き、聞こえます、隊長!)
(そうか。今、人質を解放するように交渉しているが、犯人はかなり興奮している。やはり、狙撃に寄る無力化が必要だ)
(……了解です)
念話で届いた指示に、ヴァイスはストームレイダーを構えてスコープを覗く。
自身が所属している武装隊の隊長の言う通り、スコープ越しに覗いてみれば、犯人が興奮しているのは明らかだった。
このままでは妹の命が、危ないのは明らかだった。撃つしかないと思い、ヴァイスはストームレイダーを構え直す。
(落ち着け、何時も通りにやるんだ。必ずラグナを助けて見せるッ!)
そう誓いながら、ヴァイスが犯人に照準を合わせようとした瞬間、一向に要求を呑もうとした管理局員に焦ったのか。
犯人は凶器を振り被り、ラグナを傷つけようとする。ソレに慌てたヴァイスがまだ冷静に慣れていない中、ストームレイダーの引き金を引こうとした瞬間、突然ラグナを手放し、犯人が両耳を押さえて苦しみ出した。
(何だ!? だけど、今だ!)
妹が離れた瞬間を見たヴァイスは迷う事無く、ストームレイダーの引き金を引き、発射された魔力弾は犯人に直撃した。
ソレを見た局員達は即座にラグナを保護。犯人の取り押さえに掛かった。
「……よ、良かった」
妹が無事に保護されるのを目撃したヴァイスは、安堵の息を吐いた。
同時に自分が冷静になり切れていなかった事を悟り、今更ながらに震え出す。もしかしたら妹を撃ってしまっていたかもしれない恐怖を感じながら、その場にヴァイスがへたり込む。
その時、ヴァイスは視界の先で何かが映った。
「ん?」
奇妙な何かを見たような気がしながら、ヴァイスはストームレイダーのスコープの先を覗く。
すると、現場から近いビルの屋上から地上を覗いている生物がいる事に気がつく。
その生物は銀色の体をし、六つの昆虫のような足で体を支え、背中にはレーダーの円盤のような物を背負っていた。
見た事も無い生物の姿にヴァイスは息を呑む。その生物は局員に保護されているラグナを見つめ、無事である事を安堵している様子だった。
(もしかして狙撃する直前に、犯人が苦しみ出したのはあの生物が!?)
直感的にヴァイスは、あの生物が手助けしてくれたのだと悟った。
思わず、礼を言おうと立ち上がった瞬間、生物がヴァイスに気がついたのか、ハッとしたようにヴァイスに顔を向け、即座に六つの足に力を込めて屋上から別の屋上へとジャンプした。
凄いジャンプ力にヴァイスは目を見開くが、最早この場には用は無いと言わんばかりに生物はジャンプを繰り返し、ヴァイスの目の前から去って行った。
コレがヴァイス・グランセニックが最初にデジモンを目撃した事件で在り、後々共に戦う事になるパートナーデジモンとの出会いだった。
今回出て来たあのデジモンは、オファニモン達が放った斥候のデジモンです。
なので、人間に悪感情は少ないので動きました。