(……何で?)
桜色と白色の二つのアクセルシューターがぶつかり合い、白色のアクセルシューターが桜色のアクセルシューターを撃ち破って行く。
(……何で?)
自信を持って放った桜色のディバインバスター。
しかし、ソレさえも白色の魔力の主が放ったディバインバスターに寄って撃ち破られ、桜色の魔力の主の横を掠めてダメージを与えた。
(何で…何で…何で!?)
最大の威力を誇る魔法を使用する為に高速移動魔法を使用して距離を取ろうとしても、簡単に追いつかれて狙いを潰されてしまう。
なのはは混乱の極致に立たされていた。相手が使用している魔法は全部自身が使用出来る魔法。多少の使い方の違いは在るにしても、本質的には同じ魔法の筈なのに、全てが及ばない。
何とか状況を打破しようとエレメンタルをフリートに向かって構えようとする。だが、なのはが構える前にフリートが目の前に高速移動して来る。
「弱点その二、同格かそれ以上の砲撃タイプの魔導師との経験の無さ」
低い声でフリートが呟いた瞬間、なのはの腹部に視認出来ない程の速さで横蹴りが叩き込まれた。
「きゃあッ!!」
『なのはっ!?』
悲鳴を上げて吹き飛んで行くなのはの姿に、地上に居る士郎達は思わず叫んだ。
しかし、フリートは地上からの叫びなど気にせずに、一瞬にして吹き飛ばされたなのはの前に両足のアクセルフィンの最大加速で回り込み、再び態勢を整えていないなのはを蹴り飛ばして行く。
なのはも何とかフリートが回り込む前に態勢を整えようとするが、フリートは見ている者が恐ろしさを感じるほどの的確さでなのはが態勢を直す前に一撃を加えて行く。
エレメンタルに変わった事で上がったなのはのバリアジャケットの防御力など関係ないと言わんばかりの威力と速さの一撃は、なのはの体力を奪う。状況はどんどんなのはの不利に追い込まれ出した。
「何で!? あのバリアジャケットの防御力は高い筈なのに!?」
リーゼアリアは事前の確認でなのはのバリアジャケットの堅牢さを確認していた為に、今の出来事に思わず叫んでしまった。
幾ら魔力で強化していたとしてもただの蹴りで息を吐き出すほどのダメージを食らうとは思えないのだ。
姉妹であり、格闘戦が得意なリーゼロッテも恐れを含んだ声で呟く。
「……何なのよ、アレ? 何であそこまで的確にあの子の防御を読んで、一撃を加えられるのよ?」
なのはもエレメンタルやシールドを使って防御をしようとしている。
だが、フリートはまるでその位置に防御が来る事が分かって居るかのように、防御の穴を衝いて一撃を叩き込んでいるのだ。しかもただの蹴りではない。
両足にそれぞれ発動させているアクセルフィンの加速力を使っての一撃。その上、アクセルフィンを巧みに使っての無拍子での攻撃なのだ。家族のおかげで二年前よりも格段になのはの近接戦闘での防御は上がって居たが、フリートは易々と遠距離戦でも近接戦でも圧倒的にフリートの実力はなのはを上回っていた。
このままではなのはの敗北は近いと誰もが思う中、地上から戦いを見ていたリンディが落ち込んだ声で呟く。
「……フリートさん……此処でなのはさんを終わらせるつもりなのね」
「……どういう事かね、リンディ?」
グレアムの疑問にリンディはゆっくりと顔を向け、他の者達も一斉にリンディに顔を向ける。
「なのはさんは、一般的な管理世界の魔導師とは違います。管理世界の魔導師が学ぶ一般的な魔導技術を短期間で会得し、僅か一、二か月でAAAランクの魔導師にまで成長してしまった。その事がなのはさんの自信の一つになっていた。でも、今その自信をフリートさんは潰そうとしている」
なのはは短期間で理想的な砲撃型の魔導師の完成形に至った。
だが、余りにも短期間で至り過ぎていた。本来ならば時間を掛けて至る必要が在るのに、なのはには才能が在り過ぎた。そして今、フリートが使っている魔法は、なのはが会得した魔法。
その魔法を全てフリートはなのは以上に使いこなしている。なのはにとっては悪夢としか言えない。
もしも此処でなのはがフリートに完全に敗北すれば、なのはは今度こそ二度と立ち上がれなくなる。
リンディ達を除いた全員が理解した。今なのはが受けている試練は、本当の意味でたった一度しか受けられない試練なのだと言う事を。
「なのはさんの性格上、意思を持って何度も立ち上がろうとする。でも、その意思を支える自信を今、フリートさんは完全に折ろうとしている。このまま行けば、折れるのにそう時間は掛からないでしょうね。コレからの戦いに必要なモノに気が付かない限り」
「必要なモノ?」
「えぇ、士郎さんと恭也さんは気が付いて居るようですけど」
リンディ達を除いた全員の視線が士郎と恭也に向く。
士郎と恭也には、今回の試練の本当の意味が分かっていた。だが、なのは本人がソレに気が付かなければならない。
言われて理解出来るものではないのだ。自身で実感して初めて自らのものに出来る答えに、なのはは気がつかなければならない。
戦闘に集中しているなのはには聞こえないと士郎と恭也は確認すると、ゆっくりと口を開く。
「……今なのはが受けている試練は、ただ一撃を加えるだけで終わる試練だ」
「その一撃をあの女性は何も指定していなかった。だから、魔法じゃなくても問題は無い筈だ。恐らくなのはの拳が当たっただけでも、いや、体当たりして激突しただけでも試練は合格とみなされる筈だ」
『ッ!?』
士郎と恭也の発言にグレアム達は目を見開いた。
そう、フリートは一撃を与えれば試練は合格と告げていた。加える一撃が魔法のみ攻撃だとは指定していない。
しかし、魔導師としての先入観。そしてフリートが告げた試練の内容に寄って、無意識の内に魔法で一撃を当てる事が条件だと士郎と恭也以外の面々は思ってしまった。
何よりもなのはは魔導師としてしか戦って来なかった。魔導師は基本的に非殺傷設定と言う機能を使って戦闘する。それ故になのはの戦闘手段は魔法しかない。また、通常バリアジャケットを纏っていれば魔法や魔力を持った以外では大抵の攻撃はダメージにならないので一撃を与えたとは認識し切れない。
その為になのはは魔法を使っての一撃だと思い込んでいるのである。
士郎と恭也が気づけたのは、自らが学んでいる剣術が剣と言う手段に囚われない古流剣術だからだった。
だが、士郎と恭也はあえてその事実をなのはに教えなかった。教えて理解出来るものと自ら気がついて理解出来るものがある。今、なのはが受けている試練は後者。自分で気がついてこそ本当に理解出来るものなのだ。
その事を納得は出来なくとも理解した面々は、追い込まれてバリアジャケットが破損していくなのはに目を向ける。
「ハァ、ハァ、ハァ」
「う~ん。思ったよりも堪えますね」
バリアジャケットがボロボロになっているなのはに対して、フリートの白衣には汚れ一つ付いていなかった。
加えて言えば、フリートはまだ【レイジングハート・エクセリオン】のフルドライブであるエクセリオンモードも起動していない。通常モードとバスターモードだけで、フルドライブと同レベルの機能を有している【レイジングハート・エレメンタル】と戦っているのだ。
既になのはは理解していた。目の前にいるフリートが、魔導師として自身の遥か上を行く存在なのだという事を。
「まぁ、ソレも此処までですよ。エクセリオン。フルドライブ」
《
「ッ!?」
カートリッジロードと共にフルドライブに変形したエクセリオンを目にしたなのはは、エレメンタルを構え直す。
だが、心中では逆転の手段が全く思い浮かばなかった。
(どうすれば良いの!? 攻撃も防御も、速さも、私の魔法は全然この人には通じないのに!?)
これまでなのはが戦って来た相手は、強敵で在っても何かしらの対抗手段が見いだせていた。
例外があるとすればブラックやデジモンぐらいだが、魔導師として戦闘ではなのはは最終的に勝つ事が出来て来ていた。しかし、フリートには何をしても通じない。
自らの魔法なのに、フリートが使えば威力も応用性も格段に跳ね上がっている。ソレは魔導師としての実力差。どちらが魔導師として完成しているのか、誰の目もハッキリしていた。
「アクセルフィン!」
掛け声と共にフリートはなのはの周囲を高速移動し出した。
本来のアクセルフィンならば不可能に近い動きだが、フリートは二つのアクセルフィンを巧みに動かし、残像が残る動きでなのはを翻弄して行く。
エレメンタルを向けてなのははフリートを捉えようとするが、魔法も使っていない残像故に魔力反応から本体を捉える事は出来ず、焦りが募って行く。
「ディバイン……」
「ッ!? させない! シュートバスター!!」
せめて攻撃だけはさせないと言うように、なのはは僅かに聞こえて来たフリートの声を頼りに砲撃を撃ち出した。
しかし、砲撃を撃った方向には誰の姿も無く、空中を虚しく砲撃が通り過ぎただけだった。
「しまっ!?」
焦って翻弄されただけの事に気がついたなのはは、慌ててその場から離れようとする。
だが、無情にも直上からフリートの無慈悲な声が響く。
「終わりです、エクセリオンバスターー!!」
エクセリオンモードになった事で格段に威力が跳ね上がった砲撃がなのはに向かって撃ち出された。
直上から迫る砲撃をなのはは躱す事が出来ないと瞬時に判断し、せめてダメージだけは少しでも減らそうと右手を突き出す。
「レイジングハート!?」
《エレメントシステム起動! ウィンドエレメント、セットアップ!》
「えっ!」
この時、なのはとレイジングハートの間で行き違いが起きてしまった。
なのははエクセリオンの時の癖でカートリッジに寄る魔法の強化を思わずやろうとしてしまい、レイジングハートはなのはの意図を勘違いして唯一現在起動出来るシステム起動させてしまったのである。
エレメンタルに慣れていない故の失敗。その失敗になのはは気がつくが、既に遅く砲撃はなのはの姿を覆い尽くし、そのまま地上に直撃した。
「……終わってしまったか」
歴戦の魔導師ゆえにグレアムは今の一撃でなのはが落ちたと確信した。
防御魔法を使用していたが、間に合わずに砲撃になのはが呑まれるのをグレアムは目にしていた。
桃子と美由希は急いでなのはの下に駆け付けようとするが、突然桃子の肩に載っていたマリンエンジェモンが立ち塞がる。
「ピプ~!」
「マリンちゃん!?」
「退いて! 急いでなのはを助けないと!」
「ピポ!!」
良く見ろと言うようにマリンエンジェモンは、慌てている桃子と美由希に見えるように小さな手を動かした。
言われて桃子と美由希がマリンエンジェモンが指し示す方向を見てみると、砲撃に寄って開いた大穴のすぐ傍に開いている小さな穴から白い部分バリアジャケットの色を緑色に染めたなのはがエレメンタルを支えにしながら立ち上がっていた。
「なのは!」
「良かった……でも、どうして?」
確かに美由希達は砲撃に吞み込まれるなのはを目にした。
なのに、なのはは砲撃のすぐ傍で、まるで自分から落下したように立ち上がっている。
一体どういう事なのかと美由希達が困惑していると、何かを確かめるようになのはは自らの両足に目を向ける。
「……今のって?」
《詳細は分かりません。ですが、起動した瞬間に確かに変化は認められました》
「……もしかして!?」
「全く運が良いですね」
苦々し気な声と共にフリートが、地上に降り立った。
今の出来事をフリートは見ていた。故に機嫌が悪くなった。何せ技術者として許し難い事が起きたのだ。
しかもその出来事がなのはが敗北する結末を防いだのだ。技術者としては到底納得出来ない出来事だが、結果的に試練は続く事になった。
その様子からなのはは自身の推測が外れていない事を悟る。このまま行けば敗北が待っている。ならば、出来る事を、そして今気がついた事をやろうと言う気持ちをなのはは抱いた。
「……ねえ、レイジングハート。もしかしたら失敗するかもしれない。無茶をするかも知れない……負けるかも知れない……それでも耐えてくれる?」
《マスター……私はマスターの相棒です。貴女の望むままに》
「ありがとう……え~と、フリートさん!」
「……何ですか? 私ちょっと不機嫌なんですけど」
「……これから全力全開で行きます! だから、宜しくお願いします!」
「……へっ?」
一瞬言われた意味が分からず、フリートは呆気に取られた。
だが、なのはは違う。簡単に言えばなのはは吹っ切れたのだ。この試練が始まる前からなのはは悩んでいた。
戦う事の怖さ。負ければレイジングハートが失われる恐怖。その他様々な要因がなのはを苛んでいた。
しかし、吹っ切れた。或いはフリートがもしもなのはの使う魔法以外で試練を行なうようにしていれば、悩みを吹っ切れずに此処でなのはは魔導師として終わっていただろう。
フリートは見せてしまったのである。自分が使っている魔法の新しい可能性を。そして先ほどの出来事で気づいた事もある。それらを試したいとなのはは思った。相棒であるレイジングハートも協力してくれる。ならばもう迷う事は無い。
「高町なのは行きます!」
《
桜色の羽が両足に再び姿を見せ、なのはは空へと舞い上がった。
だが、その舞い上がり方が試練が始まった時は違い、まるで小鳥が飛び方に慣れていないかのように不安定だった。
「不味い!? アレじゃ簡単に落とされる!」
ロッテはなのはの不安定過ぎる飛行に思わず叫んだ。
やはり先ほどの砲撃は直撃していたのかとロッテ達は思うが、その中でブラックだけは何処か楽し気になのはを見ていた。
(漸く見られそうだな。フリートが造り上げたデジバイスとやらの可能性を)
ブラックもフリート同様に見ていた。
砲撃がなのはに当たる直前にエレメントシステムが起動した瞬間、突然なのはの両足から風圧が発生し、そのまま勢いよく砲撃の範囲から逃れる事が出来たのだ。
最も本人が意図してなかった出来事故に、なのはは制御し切れずに地上に激突する羽目になったのだが。
今もなのはが不安定な飛び方になっているのは、制御出来ていないからだ。自らが発動させている魔法である筈の【アクセルフィン】を。
(最もその事があの小娘の武器になるやも知れんな)
そう楽し気にブラックが内心で呟いていると、再び空の上で戦闘が開始された。
「ディバインシューター、シュート!!」
「アクセルシューター、シュート!!」
戦闘が開始した時と同じやり取り。
瞬時にフリートはなのはが放った八つのディバインシューターに対して、十個のアクセルシューターを放った。
今度は相殺と言う形では終わらせずに、アクセルシューターでなのはをフリートは落とすつもりで撃った。案の定次々となのはが放ったディバインシューターは破壊されて行き、残った二つのアクセルシューターが不安定な飛び方を続けているなのはに向かって行く。
しかし、アクセルシューターがなのはに届く直前、なのはの両足から発生しているアクセルフィンの翼が羽ばたき、急激な加速を行なって躱した。すぐさま白いアクセルシューターはなのはを追尾するが、急に速くなったり遅くなったりと、なのはの動きが出鱈目過ぎて直撃出来なかった。
「追加です!!」
新たにアクセルシューターを八個フリートは撃ち出し、なのはに向かわせた。
ソレに対してなのはは不規則な動きを続ける事で躱すか、或いは直撃を受けそうになるのをプロテクションで防いで行く。
その様子にフリートは僅かに眉を険しくする。
(不味いですね。初めて使うエレメントシステムのせいで、高町なのはの動きが不規則過ぎて読み切れません)
本来の自分の戦い方ならば問題は無いのだが、この試練ではなのはが使う魔法でしかフリートは使用出来ない。
その為にフリートは常になのはの魔法でどうすれば撃墜出来るのか思考を巡らなさなければならない。ソレでも問題は無かった。
この試練を受けさせると決めてから、フリートはなのはの情報を吟味してどう動くのか、どのような判断をするのか読み切っていたのだから。二年間もリンディに頼まれて注意深く見張っていたのだから、なのはの魔導師として技量など、フリートにとっては簡単に読み切れるレベルなのだ。
だが、吹っ切れてエレメントシステムを使用したなのはの情報はフリートには無い。その為に新たに情報を集めて判断しなければならない。
(しかも、どういう訳でしょうか? 何だか、徐々に飛び方が様になって来てるんですけど?)
フリートが放ったアクセルシューターを躱すか防ぐ度に、なのはの動きは徐々に良くなって来てる。
急加速や急減速に加え、まるで舞うかのような軽やかな動きさえも見せ始めて来ている。まるで誰かに飛び方を学んでいるかのようになのはの飛び方が様になって来ている。
(高町なのはが【エレメントシステム】を起動させた時に発生する副次効果に気がついたのは、つい先ほどの筈。なのに、徐々に扱えて来ている。どう言う事ですか!?)
フリートが考案した対デジモン用の魔導師の為のシステムである【エレメントシステム】。
戦うデジモンに対して有利な属性を魔導師が使用する魔法に与えて、威力や防御力を上げる事を目的としていた。だが、完成した後、フリートも予想していなかった副産物が【エレメントシステム】には存在していた。
即ち、使用した属性に応じた特定の魔法の性能向上である。だが、コレは本当に特定の魔法にしか機能しない。
【風】属性を使用している時に性能が向上するのは飛行魔法や浮遊魔法の類だけで、攻撃魔法や防御魔法には何の変化も無いという事がフリートの調べで判明している。
フリートがリンディに言っていたなのはが【風】属性の【エレメントシステム】を起動させる事が出来るのは、相性が良いからだった。短期間で飛行魔法を使用出来るほどの才能をなのはは持っていた。
飛行魔法は誰でも使用出来ると言う訳でないと言うのに、なのはは余り教えを受けずに使用出来るようになったのだ。その才能が今、新たに手にした力を支えていた。
(興味深いですが、このまま慣れさせる時間を与えるのは不味いですね!)
即座にフリートは判断を下した。
研究欲の塊であるフリートは、このままなのはがどれだけ短時間で【エレメントシステム】を扱えるように成れるのか興味を覚えずにはいられなかったが、現在は試練中。
しかも自身の魔法技術を教えると言う重大事項が関わっているのだ。故に自身の欲求を抑えて、なのはをフリートは倒しに行く。
アクセルシューターを破棄すると同時に、二つのアクセルフィンを最大加速させて、一瞬にしてなのはの目の前に移動する。
「時間は与えません!」
飛行魔法を用いた無拍子の高速蹴り。
なのはを何度も叩きのめしたその一撃をフリートは、エレメンタルを構えるなのはに向かって放った。
今までと同じように今度も決まるとフリートは思うが、なのはは今までと違い、防御魔法もエレメンタルを使って防御しようとせず、フリートに向かってエレメンタルを突き出した。
「ハァァァッ!!」
「ッ!? グゥッ!?」
防御する事無く、また魔法を使用すると事無くエレメンタルを使った攻撃に転じて来たなのはに、フリートは目を見開き、慌てて体を逸らした。
同時になのはに向かって放った蹴りも在らぬ方向に向かって放ってしまう。普通ならば蹴りの中断なども出来るが、フリートが放った蹴りは飛行魔法と体術を合わせた蹴り技。無拍子ゆえに相手に察知させる事もさせずに、大威力の蹴りを放つ技だが、一度放てば中断する事は出来ず、しかも途中で止める事も出来ないと言う弱点が存在している。
それでも本来ならば問題は無い。相手にカウンターが来ても、届く前にフリートの蹴りの方が届くのだから。最終的なダメージはフリートよりも、相手の方が上になるので通常ならば問題は無い。だが、この試練では違う。
フリートはなのはから一撃でも貰う訳には行かないのだから。
「此処から! レイジングハート!」
《了解です!! シャインエレメント、セットアップ!!》
完全に態勢を崩したフリートと違い、予め分かっていたなのはは即座にフリートから離れ、今度は【光】属性のエレメントシステムを起動させた。
同時に不安定だった飛び方が確りしたものに変わり。そのままエレメンタルの切っ先を構えて、アクセルシューターをなのはは放った。
「アクセルシューター、シュート!!」
「チィッ!」
《
試練が始まってから初めてフリートは防御魔法を使用した。
二つのアクセルフィンを使用しているだけに一度態勢が崩れてしまうと、瞬時には立て直せない。
その弱点を衝かれたフリートは全方位で防御するしか手が無かった。
次々と防御魔法にアクセルシューターは激突するが、フリートが使用したワイドエリアプロテクションは砕けなかった。
(やっぱり防御も堅い! だけど、私が知りたかった事はそれじゃない!)
なのはが今の攻撃で確かめたかった事。
ソレは【光】属性の【エレメントシステム】を起動させた時に、性能が向上する魔法の確認だった。
既になのはとレイジングハートは【エレメントシステム】を起動させた時に、特定の魔法の性能が向上する事を理解していた。
故に【風】属性で飛行魔法の性能が向上したのならば、【光】属性でも何らかの魔法の性能が向上するのは間違いない。
(ボコモンさんが教えてくれた伝説の闘士さん達の力が、今のレイジングハートには宿っている。最初にガブモン君を進化させる機械が現れた時の聞こえた声。あの声が闘士さんの声に違いない! ソレに、今も私に力を貸してくれた!)
【風】属性の【エレメントシステム】を起動させて、空を飛んでいた時。
なのはは確かに感じていた。誰かが自身を支えていてくれた事に。姿も無い誰か。しかし、その誰かはなのはを背後から支えて、無言で飛び方を教えてくれていた。
ならば、目覚めているもう一つの【光】と言う属性も、自身に何らかの力を与えてくれるに違いないとなのはは確信している。
「(アクセルシューターには何の変化も無かった。なら!)ディバインバスターーー!!!」
自身が最も得意としている魔法を、なのははフリートに向かって撃ち出した。
同時に通常時よりも明らかに威力が向上していると分かる砲撃が、ワイドエリアプロテクションを張っているフリートに向かって行く。
(やっぱり、【光】で性能が上がる魔法は砲撃系の魔法!!)
「クッ! ショートバスター!」
バリア破壊効果が付加されているディバインバスターにワイドエリアプロテクションが破壊されるのを確認したフリートは、抜き打ちでショートバスターをディバインバスターに放ち、爆発を引き起こした。
その反動でフリートは初めてダメージを負い、吹き飛んでしまうが、瞬時に態勢を立て直してなのはに向かって叫ぶ。
「コレは一撃に入りませんよ!!」
「分かってます!!」
言われなくてもなのはには分かっていた。
まだ、フリートには一撃は届いていない。今のは届きかけただけに過ぎない。
本当の意味で届かせてみるとなのはは思いながら、レイジングハートに向かって叫ぶ。
「また行くよ!」
《ウィンドエレメント、セットアップ!!》
再び【風】属性を起動させて、なのはのバリアジャケットの色が緑に染まった。
その様子にフリートはなのはの狙いを瞬時に悟り、身構えながら自らが受けたダメージを確認する。
(受けたダメージは軽いですね。反応が鈍る事も無いので問題無しです)
本来ならば受けたダメージを瞬時に回復するフリートの体だが、今回の試練ではその機能を停止させていた。
なのはが受けたダメージを回復出来ないのに、自身が回復するのは試練とは言えないのだから。
(狙いは読めますね。一か八かの【エクセリオンバスターA.C.S】で決めるつもりでしょう)
このまま戦っていてもなのはが敗北するのは間違いない。
今のところは【エレメントシステム】のおかげで何とかなっているが、その前に受けたダメージが大きい。
長期戦は無理だと判断したなのはは、短期決戦をフリートに挑むつもりなのだ。それにフリートが応じる必要は無いのだが。
(不味いですね。ちょっと面白くなってしまいました)
冷静に判断すれば、長期戦に持ち込めば勝てる。
だが、なのはの可能性を見てみたいとフリートは思ってしまった。故になのはの狙いに応じるようにフリートはエクセリオンを両手で持って構える。
(だけど、どうするんでしょうね? 本来【エクセリオンバスターA.C.S】はカートリッジシステムが使える事が前提の魔法。現在のエレメンタルはカートリッジシステムの使用は出来ない状態。その状態でどうやって私に一撃を届かせるのか?)
零距離で発動させて相手に砲撃を当てるなのはの【エクセリオンバスターA.C.S】。
一撃必殺であると同時に捨て身の砲撃。だが、その爆発力を支えているのはカートリッジシステム。
本来ならばエレメンタルにもカートリッジシステムは存在しているが、今のエレメンタルは使用出来ない。
爆発力が低いならば、当然威力は下がる。エレメントシステムで【エクセリオンバスターA.C.S】性能を引き上げても、一瞬の爆発力と言う点ではカートリッジシステムの方が上なのだ。
しかも、【エレメントシステム】による魔法の性能向上には欠点が存在している。
(性能向上が及ぶのは、本当に属性に応じた特定の魔法だけ。それ以外の魔法には全く効果が出ないんですよね)
つまり、【エクセリオンバスターA.C.S】をなのはが放とうとした場合、最後の砲撃のみが強化され、その前の高速突撃やバリアを破壊する為のフレームの強化などは一切恩恵を受けない。
幾つかの工程を果てて発動させる魔法に対して、【エレメントシステム】は不向きなのだ。
無論、普通の相手ならば問題は無いが、なのはが戦っている相手は魔導師として実力差が在り過ぎるフリート。当然ながらその隙を見逃す筈が無い。
その事はなのはも分かっている。
(絶対にこの人に【エクセリオンバスターA.C.S】は通じないよね)
自身の魔法だけに、【エクセリオンバスターA.C.S】の弱点は分かっている。
何よりも【エクセリオンバスターA.C.S】は、色々と欠点が多くてクロノ達だけではなく、士郎や恭也にも駄目出しを受けている魔法。
そんな魔法がフリートに通じるとはなのは自身思っていない。あくまで使用すると思わせるだけで良いのだ。
(チャンスは一度だけだよね。やった事ないし、本当に初めてだけど、この人のおかげで思いついた手段で行く!)
(来る!)
なのはの気配が変わった事をフリートは察して、瞬時に防御魔法を発動させる準備とカートリッジシステムの起動準備を行なう。
万全の態勢でなのはを迎え撃つ構えをしているフリートに対して、なのはは性能が向上しているアクセルフィンで急加速を行ない、突撃した。
「エクセリオン!!」
「何が来るのか楽しみでしたけど、やっぱりそれですか! 残念ですね!」
《
カートリッジを使用してプロテクションの強化を施し、なのはの攻撃にフリートは備える。
なのははフリートに向かって急接近しながらエレメンタルを振り被り、突如として体に多大な負荷が及ぶのにも構わず急停止した。
「何を!?」
「レイジングハート! 行ってぇぇぇぇぇぇぇぇーーーー!!!!」
体が急停止の反動で悲鳴を上げるのも構わず、なのはは迷う事無くエレメンタルをフリートに向かって全力で投擲した。
なのはの手から離れたエレメンタルの柄部分から桜色の羽が羽ばたき、神速の速さでフリートが放ったプロテクションに激突した。
「アクセルフィンを使った投擲!?」
瞬時にフリートはなのはが行なった事を見抜いた。
飛行魔法は何も一度しか使えない訳ではない。ソレをフリートのやり方で理解したなのはは、エレメンタルに飛行魔法を使用する事で加速器代わりに利用したのだ。
人間一人を空に飛ばせる魔法。そして【風】の【エレメントシステム】を使用している事で発生している飛行魔法の性能向上に寄る投擲は、当然ながら威力を引き上げる。
激しくフリートが放ったプロテクションとエレメンタルはせめぎ合う。このままだとプロテクションが破られるとフリートは判断し、即座にバリアバーストを行なおうとする。だが、フリートがバリアバーストを行なう前にエレメンタルが魔法を発動させる。
《
「クッ!!」
独自の判断で魔法の使用が出来るエレメンタルに寄ってプロテクションが破壊されたフリートは、身を捻る事でエレメンタルの突撃を避けた。
エレメンタルが神速の速さで通り過ぎる時の風圧に寄って髪の毛が何十本と言う単位で引き千切られるが、何とか直撃だけは回避したフリートは、すぐさまエクセリオンを構え直す。
凄まじい攻撃だったが、今の攻撃には弱点が在る。使用者が自らの武器を投擲して放つ攻撃なので、攻撃後はすぐにエレメンタルをなのはは手元には戻せない。主な攻撃手段がエレメンタルが必要ななのはに取って、すぐさま態勢を整え直すのは不可能に近い。
故にエレメンタルが手元に戻る前に勝負を決めるつもりでフリートはエクセリオンを構えるが、その前になのはがフリートに向かって突撃して来た。
「なっ!?」
「届いてえぇぇぇぇぇぇーーーー!!!!」
迷う事無く拳を振り抜いて来たなのはに、フリートは慌ててエクセリオンを掲げた。
攻撃に転じる為に構えていただけに、防御魔法の発動が間に合わず、回避もし切れない。
その上、一撃を受ける訳には行かないと言う制約の為に、エクセリオンを使ってしかフリートは防御出来なかった。そしてなのはの拳をエクセリオンが直撃し、次の瞬間、エクセリオンに異常が発生する。
ジジジッと言う音がエクセリオンから鳴り響き、フリートは目を見開いて会心の笑みを浮かべているなのはを見つめる。
「衝撃を、エクセリオン内部に
(届いた!! ありがとう! お父さん!)
自らの父親が修める古流剣術。その中の技術の中に、【徹】と言う衝撃を相手に徹す技が在る。
二年間の間に、基礎訓練や体作りを父親である士郎から鍛えられている時に、なのはは役に立つからと学んでいた。実際、【徹】と言う技はデバイス破壊などにも役に立つ。
敵の魔導師を出来るだけ無力化して倒すと言う目的で教えられた技だが、なのはは実戦で使った事が無かった。と言うのも遠距離や中距離を主にしてなのはは戦うだけに、使う機会が無かったのだ。それでも練習だけは欠かさずに行なっていたのだ
そしてエクセリオンに異常が発生した事で、エクセリオンを介した魔法が使用出来なくなったフリートは、両足に発生させている二つのアクセルフィンの維持に思考を回す。どんな不具合が発生しているのか不明だが、エクセリオンを使用して魔法を使うのは危険だと判断したのだ。
フリートが即座に態勢を直せないと分かったなのはは、すぐさまフリートの傍から離れる。同時に旋回して来たエレメンタルがなのはの手に納まる。
「決めるよ!! チェーンバインド!!」
《了解です!!
なのはとエレメンタルはそれぞれバインド系の魔法を発動させて、フリートを縛り上げて行く。
そのままエレメンタルの矛先をフリートに向かって構えて、自身や周囲の魔力を集束して行く。
集束系魔法だとフリートは判断し、即座に自身を縛り上げているバインドを破壊して距離を取ろうとする。
なのはが放つ魔法の弱点を見抜いているからこその行動。エクセリオンが不調な状態では迎撃が出来ない。だからこそ、距離を取るしかない。だが、同時にフリートは感じていた。
今この場から離れてしまえば、バインドに捕らわれてしまうと言うイメージが。そして案の定離れようとした瞬間、フリートの右手がレストリクトロックに拘束される。
(さっきのエレメンタルの投擲は、ただの攻撃だけじゃなくて、エレメンタルに設置型のバインドを張らせる為だったんですか!?)
全機能の二十パーセントしか使用出来ないが、ソレでもエレメンタル独自で魔法を使用する事は出来る。
ソレを利用してエレメンタルは、なのはの手元に戻るまでに幾つかの設置型バインドを張り巡らせていたのだ。最大の魔法をなのはが使用する為の時間を稼ぐ為に。
そして膨大な魔力がなのはの前に集束して行き、【光】の【エレメントシステム】も起動させて一気になのははフリートに向かって撃ち出す。
《シャインエレメント、セットアップ!!》
「全力全開!! スターライトブレイカーーー!!!!」
「確かに一撃を入れれば良いんですけど、コレが一撃ですかぁぁぁぁぁぁぁーーーーーー!!!!!」
性能向上も加えて撃ち出されたスターライトブレイカーに呑み込まれながら、フリートは思わず叫び、そのまま地上に砲撃と共に激突した。
スターライトブレイカーを撃ち終えたなのはは、肩で息しながら地上に開いた大穴を空に浮かびながら見下ろす。
確実に直撃したのは間違いない。スターライトブレイカーの直撃を受けて立ち上がった者は、今のところいない。コレで試練は突破出来たと言う喜びとやり過ぎたかなと言う焦りがなのはの顔に浮かぶ。
「……ちょっとやり過ぎちゃったかな、レイジングハート?」
《……いいえ、マスター。どうやら相手は無事なようです》
「えっ?」
レイジングハートの報告になのはが疑問の声を上げた瞬間、スターライトブレイカーに直撃を受けて開いた地面の大穴から白衣がボロボロになったフリートが飛び出して来た。
「……良い一撃でしたよ。確かに私に届きましたから」
「……そんな」
白衣がボロボロになりながら、平然と話しているフリートの姿になのはは絶句した。
スターライトブレイカーの直撃を受けて立っていた者がいないと言うのに、フリートは立ち上がっているばかりか、普通に話している。
その事実になのはは絶句するが、当人であるフリートはなのはの様子に構わずに右手の指をパチンと鳴らす。
同時になのはとフリートの両方に白い魔力光に彩られたミッド式やベルカ式とは違う魔法式が展開され、瞬時に二人が負ったダメージを癒した。
「い、今の? 回復魔法!?」
「最初の試練突破おめでとうございます」
「……や、やったぁぁぁぁぁぁぁーーーーー!!!」
告げられた事実になのはは思わず喜びの声を上げてしまった。
一撃を当てるだけだと言うのに、本当に全力全開で挑まなければならなかった。しかも相手は魔導師として圧倒的に格上の相手。その相手に届いた事実だけでもなのはにとっては喜びだった。
だが、その喜びに水を差すようにフリートが告げる。
「では、続けて第二の試練。【折れない】を行ないましょうか」
「……えっ?」
思わず喜ぶのも忘れてなのははフリートを呆然と見た。
てっきり一度休憩してから次の試練になのはは成ると思っていたのだ。
だが、フリートは最初から最初の試練を突破したのに、続けて試練をやるつもりだった。例え万全な状態であろうと、なのはに待っている結末は変わらないのだから。
「最初に言っておきますが、体力が万全だとか無意味なので続けてやるんです。今から貴女が知って体感するのは、現代の常識を超えた魔法技術ですから。そして改めて私の名を名乗りましょう。私の名前はフリート・
ソレは魔法の歴史を知る者がいれば一度は聞く伝説の地の名称。
次元世界の狭間に存在し、今は失われた秘術の眠る地と称されながらも、御伽噺と語られる地。
しかし、今その伝説の地の名を継承する人物が、なのはの前に現れた。
そしてなのははコレから知る事になる。何故アルハザードが伝説の地とまで呼ばれて語られているのかを。
なのははコレから体感する事になるのだった。
詳細設定。
名称:【エレメントシステム】
詳細:フリート・アルハザードが完成させた対デジモン用魔導師装備。現状では【レイジングハート・エレメンタル】ともう一機のストレージ型のデジバイスにだけ組み込まれている。その機能の根幹には三大天使が治めるデジタルワールドの伝説の十闘士のデータの一部が組み込まれている。
属性特化の伝説の十闘士のデータを用いた結果、魔法に属性を持たせて対象のデジモンに相性が悪ければダメージ増加及び防御魔法使用時のダメージ軽減の効果が発揮される。しかし、逆に使用している属性の相性が相手側のデジモンの方が良い場合、逆にダメージ低下とダメージ増加のデメリットが発生してしまう。また、魔法に属性を与える場合、副次効果として属性に在った魔法の性能向上効果も判明している。
例を上げるならば、【光】属性の場合は砲撃系魔法の性能が向上し、【風】属性の場合は飛行魔法や浮遊魔法の性能が向上する。但し、向上するのはあくまで【風】属性だけで、複数の工程を経て発動する魔法の場合は、その中で使用している属性に在った魔法のみが向上する。また、今だ研究段階な面も存在し、今後使用者に寄っては新たな発見が出る可能性があるシステムである。