漆黒の竜人と魔法世界   作:ゼクス

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説明が長くなってしまいそうなので、話が分かれることになってしまって申し訳ありません。

今回、旧作で出たとあるデジモンが早期登場になりました。
また独自設定も出て来ます。


絶望と希望の事実 前編

 東京都渋谷駅ホーム。

 深夜の時間帯に近いせいで人の姿は無く、無人の駅ホームが広がっていた。

 その無人のホームを足早に走る集団が存在し、見回っている駅員に気づかれないうちに駅ホームに設置されているエレベータに乗り込む。同時にエレベータは勝手に起動し、地下へと向かい出した。

 

「……早く行かないといけないわ」

 

「リンディさん? 何処に向かっているんですか?」

 

「この駅の地下には人知れず造られた異世界への道があるの。【デジタルワールド】への道がね、なのはさん」

 

「……え~と、此処? 渋谷駅ですよね?」

 

「えぇ、地球の渋谷駅よ、美由希さん。だけど、在るのよ。此処の地下には異世界へのゲートがね」

 

 突然知らされた壮大な事実に高町家の面々は困惑する。

 恐らくは、別のエレベーターに乗っているグレアム家の面々も同じように困惑しているであろうとリンディは思う。無理もない。何せ渋谷駅は毎日多くの人々がやって来る場所。

 そんな目立つ場所の地下に異世界への道が在るとは、誰も思わない。だが、現実に渋谷駅の地下には、【デジタルワールド】への道が存在している。

 リンディ達を乗せたエレベーターは止まる事無く、地下へと進んで行き、到着を知らせるランプが点灯する。

 そしてリンディに続いてエレベーターから降りた高町家の面々は、広がる光景に言葉を失った。

 そこには巨大な地下ホームが存在していた。列車が到着する為の線路が並んでいる事から、此処が駅のホームなのは間違いない。

 別のエレベーターに乗って来たグレアム達も、驚きと困惑に包まれながら巨大な駅ホームを見渡す。

 

「リ、リンディ? 此処は一体?」

 

「此処こそが【デジタルワールド】に行く為のホームです。さぁ、早く乗りましょう」

 

 リンディは迷うことなく、唯一止まっていたトレイルモンに乗り込む。

 同時にトレイルモンから、僅かな警戒心が発せられている事に気が付く。

 

「(やっぱり、警戒しているわね)……大丈夫よ、最悪の場合は私が何とかするから」

 

 小さな声でリンディが呟き、少しすると警戒心が薄れて行く。

 何時もならば乗り込む前にトレイルモンは一言挨拶をしてくれるのだが、今回は無かった。リンディは事前に連絡で元管理局員のグレアム達も行くとは知らせていたが、元とは言え、管理局の人間に対して【デジタルワールド】のデジモン達は良い印象を持っていない。ルーチェモンの封印を解いてしまった上に、【デジタルワールド】から多数の幼年期デジモンとデジタマを持ち去った事も在る。

 オファニモン達やブラック達が取り直してくれるだろうが、最悪の場合は暴走したデジモンの襲撃も在り得る。

 【デジタルワールド】には数は少ないが、ルーチェモンに復讐心を宿しているデジモン達も存在しているのだ。しかも、最悪な事にその類のデジモン達の実力はかなりの領域に位置している。リンディは管理局から離反している事を先にオファニモン達が知らせてくれていたので助かったが、グレアム達は今も管理局と付き合いがあるので油断は出来ない。

 その相手の襲撃が無い事を願いながら、リンディはなのは達をトレイルモンに乗り込ませる。同時にトレイルモンは線路を走り出した。

 

「……やはり、信じられない。地球に異世界に渡る技術が在ったとは」

 

「元々【デジタルワールド】と地球は次元の壁を隔てた先に存在している特殊な世界構造だったらしいんです。【デジタルワールド】と地球の関係は、私達管理世界が認識している世界とは違う世界構造のようで、その構造上、時たまデジタルワールドに地球の人間が迷い込んでしまう時が在ったらしいんです」

 

「……もしかして、昔から語られる神隠しとか人が急に消える事件の原因は?」

 

「士郎さんが考えるように、全部がそうでは無いでしょうけど、【デジタルワールド】に迷い込んでしまった時も在ったようです。【デジタルワールド】の守護デジモンはその事を危険視し、一部だけ地球と【デジタルワールド】のゲートを開けて、次元の壁の安定を図った」

 

「それが、あの渋谷駅地下のホームという事かね、リンディ?」

 

「えぇ、そうです」

 

 【デジタルワールド】と地球は特殊な世界構造をした、双子世界と呼んでいい世界。

 それ故に【デジタルワールド】は地球との関わりに気を付けている。無論地球側が【デジタルワールド】を発見する例も在る。三大天使が治める【デジタルワールド】は、地球と【デジタルワールド】の一部にゲートを設けて、二つの世界の安定を図った。

 嘗て完全に【七大魔王】として覚醒したルーチェモンが、態々トレイルモン達が通るゲートを通過しようとしたのも、強硬な次元の壁を破ろうとすれば力を大幅に消費する事を嫌ったが故の事だった。

 

「でもさ、そんな世界構造なら、どうやって最高評議会の連中は【デジタルワールド】って世界に行けたのさ?」

 

「……確かにロッテの言う通りだ」

 

「……手に入れてしまったのよ、最高評議会は。……倉田が保有している技術の中には……管理局が最も恐れる災害を最小限で扱える技術があった」

 

「管理局が最も恐れる災害? ……ッ!? ま、まさか!?」

 

「嘘でしょう!?」

 

「ア、アレを最小限に扱えるって!? そ、そんな!?」

 

 元管理局員であるグレアム、リーゼロッテ、リーゼアリアには、リンディが言う災害の正体が分かってしまった。

 信じられる筈が無い。何せ管理局はその災害を恐れるが故に、次元世界に広く手を伸ばしているのだから。だが、遠く離れた世界には存在していた。管理局が恐れる災害を最小限に扱えてしまう禁断の技術が。

 その名をリンディは僅かに唇を震わせながら告げる。

 

「【時空振動爆弾】。ソレこそが倉田が保有していた管理局にとって最悪の技術」

 

『ッ!?』

 

 告げられた技術の名称にグレアム達だけではなく、【次元震】に関わった事があるなのはも目を見開いた。

 無論、【時空振動爆弾】には【次元震】ほどの威力は無い。だが、次元に穴を開ける力は存在している。倉田はその力を用いて、【デジタルワールド】と地球を行き来していた。

 此方の世界でも倉田は【時空振動爆弾】を造り、管理局が発見する事が出来なかった【デジタルワールド】の存在を明らかにしてしまったのである。

 

「倉田が造り上げた【時空振動爆弾】は、一時的に次元の壁に穴を開ける力があります」

 

「次元の壁に穴だと!? そ、そんな事をすれば!?」

 

「大丈夫です。此方に来て分かったんですけど、次元の壁にも修復能力が在るのである程度は耐えられます。けど……短期間に連発で使用すれば次元の壁は完全に破壊されてしまう。……実際そうなってしまった」

 

「……なってしまった? ま、まさか、その倉田と言う人物が居た世界は……」

 

「消滅の危機に瀕してしまいました」

 

『ッ!?』

 

 告げられた事実に、何故リンディが倉田を危険視しているのか誰もが理解した。

 倉田は世界を滅びに追いやろうとした途轍もない危険人物なのだ。しかも、質の悪い事に倉田は自身が居なくなった後の【デジタルワールド】と地球に起きた出来事を知らない。

 【時空振動爆弾】を使い過ぎた結末を倉田は知らないのだ。だから、【時空振動爆弾】が安全な物だと思い込んでしまっている。無論、同じ事が起きると限らない。倉田の居た地球と【デジタルワールド】の次元の壁の消滅の切っ掛けは、直前に【時空振動爆弾】の力を得た【七大魔王】デジモンの一体である【ベルフェモン】が暴れた事も原因の一つ。だが、再び【七大魔王】を集めているとなれば、同じ事が起きる可能性が高い。

 倉田は放置しておくには余りにも危険過ぎる人物なのだ。

 

「最高評議会が倉田の言い分を信じてしまったのも、【時空振動爆弾】の技術の影響も在ったのかもしれません。扱い方や研究が進めば、アルカンシェル以上に強力な兵器としての使用も可能になるかもしれないんですから」

 

「……確かにそうかもしれない。安全に一時的にでも虚数空間を開けるようになれば、危険物を其処に送る事も出来る……もしも私がその技術を知れば、闇の書を虚数空間に送る策も考えたかもしれない」

 

 危険性が高い故に【次元震】に関する研究は、管理世界では禁止されている。

 だが、倉田は管理局の法が及ばない地に居た為に、【時空振動爆弾】に関する研究を完成させてしまった。無論、【次元震】の危険性を理解していた最高評議会は使用を控えていただろうが、危険すぎるロストロギアを処理できるかも知れないとなれば、【時空振動爆弾】の使用も考えただろう。

 次元に関する研究内容は、魅力的には違いないのだから。

 告げられた事実に誰もが言葉を失っていると、トレイルモンの窓から見えていた光景が変わり、夜闇に包まれた自然の光景が広がる。

 

「……此処が」

 

「【デジタルワールド】です」

 

 夜の闇に包まれていながらも、それでも【デジタルワールド】の雄大な自然の光景になのは達は魅入ってしまう。

 トレイルモンは線路を真っ直ぐに進み、【火の街】の駅に辿り着く。リンディに続いてなのは達もトレイルモンから駅のホームに降り立つ。すると、何処からともなく悲しみにくれる女の啜り泣き声が聞こえて来る。

 

『シクシク……シクシク……』

 

「な、何!? この声?」

 

「……ハァ~、やっぱり何かやらかしたのね、あの人は」

 

 驚く美由希に対してリンディは呆れたような呟きを溢した。

 一体どういう事なのかとなのは達がリンディに視線を向けると、薄暗いホームに足音が聞こえて来る。

 

「……違いますよ、リンディさん。寧ろ何も出来ないから、泣いてるんです」

 

「あっ! ガブモン君!?」

 

「こんばんは、元気そうで良かったよ。すぐにブラックさんと戻ったから、ちょっと心配だったんだ」

 

 ガブモンの姿になのはは喜びの声を上げ、ガブモンも嬉しそうに返事を返した。

 改めて見るガブモンの姿に、グレアム、ロッテ、アリアは警戒するように見つめるが、高町家の面々は警戒する事無く近づく。

 

「またなのはを守ってくれて本当にありがとう」

 

「今度また家に来てね。その時には美味しいものを用意してあげるから」

 

「怪我の方は大丈夫なのか?」

 

「なのはの事を護ってくれたのは嬉しいけれど、無茶は駄目だよ」

 

 士郎、桃子、恭也、美由希は親し気にガブモンに声を掛ける。

 ガブモンはそれに答えながら高町家の面々と親交を深める。その間にリンディは未だに続く啜り泣き声の方に歩いて行き、ベンチにうつ伏せになりながら涙を流しているフリートと、慰めているクイントを見つける。

 

「ほら、元気を出して。あの人達も会談が終わったらある程度は自由にして良いって言ってくれたでしょう?」

 

「シクシク……酷いです。そんなの無理に決まっているじゃないですか。だって、リンディさんが来るんですよ。絶対に監視されるに決まっているじゃないですか。だから、リンディさん達が来るまでのちょっとの間ぐらいは……」

 

「そのちょっとがとんでもないからでしょう」

 

「ゲェッ!! リ、リンディさん!?」

 

 聞こえて来た声にフリートは悲鳴を上げ、リンディは頭が痛そうに額に手を置く。

 

「全く……常日頃の貴女の行動を知って居れば、自由になんてさせる訳がないのでしょう。オファニモンさん達の判断は正しいわ」

 

「だ、だからと言って、ア、アレは無いですよ!! あ、あんなとんでもないデジモンを監視役に指名するなんて!!」

 

「とんでもないデジモン?」

 

 リンディは首を傾げて周囲を見回す。

 しかし、周囲を見回してもフリートが言うとんでもないデジモンらしき者の存在は見えない。いや、寧ろリンディにはフリートが恐れるデジモンが居るのか疑問だった。確かにフリートの体の性質上、データ破壊系の必殺技を所持しているデジモンは天敵だが、実力的に必殺技を回避する事は出来る。

 一体どんなデジモンがフリートの監視役を担っているのかとリンディが疑問に思っていると、何処からともなく鳴き声が聞こえて来る。

 

「ピプ~」

 

「えっ?」

 

「アレ、母さん? 髪の毛の上に何か乗っているよ?」

 

「あら? 何かしら?」

 

 美由希に言われて、桃子が自身の頭の上に手をやる。

 すると、桃子の手に小さな何かが乗り、ゆっくりと桃子は手の上に乗った何かを皆に見えるように移動させる。

 

「パピプ~~」

 

 桃子の手の上には、小さな掌の納まるほどの大きさしかない、可愛らしい顔をして首に【ホーリーリング】を付け、薄いピンク色の体をしたクリオネを思わせるようなデジモン-【マリンエンジェモン】-が居た。

 

マリンエンジェモン、世代/究極体、属性/ワクチン種、種族/妖精型、必殺技/オーシャンラブ

大きさは人の手のひらサイズしかないが、列記とした究極体のクリオネの様な姿をした愛らしい姿の妖精型デジモン。首には神聖なデジモンを表す【ホーリーリング】を身に着けられているが、生態系としてはエンジェモン系とは別の種族である。必殺技は、相手の戦意を消失させてしまうハート型の光を放つ『オーシャンラブ』だ。

 

『か、可愛い!!』

 

 桃子、美由希、なのははマリンエンジェモンに驚きながらも魅了された。

 逆にリンディはマリンエンジェモンに驚き、ゆっくりと後退りしてしまう。デジモンに近い存在になっているが故に、マリンエンジェモンがどれほどの実力者なのかは嫌と言うほどに分かって居る。冗談抜きで、今この場に居る誰よりも高い実力をマリンエンジェモンは保有しているのだ。

 そして、リンディ以外にもマリンエンジェモンの実力を察知した者が居る。未知の世界なので周囲を警戒していたにも関わらず、士郎、恭也、グレアムは何時の間にか桃子の頭の上に乗っていたマリンエンジェモンの存在に気が付けず、アリアとロッテは素体となった生物の本能からマリンエンジェモンを恐ろしく感じる。

 そんな事に気が付かず桃子、美由希、なのはは愛らしいマリンエンジェモンに魅了され、それぞれ変わりながら抱き締める。マリンエンジェモンは楽し気に鳴くが、何故か桃子の事が気に入っているのか、自由になるとすぐさま桃子の右肩に乗る。

 

「ピプ~~♪」

 

「何か、お母さんに懐いているね」

 

「そうね。貴方の名前は?」

 

「パプ~」

 

 教えようとしているのか、マリンエンジェモンは鳴くが、意味が分からずに困ったように桃子は首を傾げる。

 

「困ったわね」

 

「……そうだ! ねぇ、なのは? 例の機械ならこの子の名前も分かるんじゃないかな。ほら、ガブモン君の事が掛かれていたんでしょう?」

 

「ちょっと待ってお姉ちゃん……え~と」

 

 美由希の指示に従い、なのははポケットに仕舞っておいた【ディーアーク】を取り出す。

 同時に液晶画面から空間ディスプレイのような物が展開され、マリンエンジェモンの情報が表示される。

 

「マリンエンジェモン。属性ワクチン種。世代は究極体……」

 

『………きゅ、究極体!?』

 

「パピ~~~!!!」

 

 マリンエンジェモンの世代にリンディ達を除く全員が驚愕し、マリンエンジェモンを見つめた。

 事前にデジモンの世代に関してはリンディから説明を受けていた。究極体と言う世代がデジモンの最終段階で在る事を。まさか、マリンエンジェモンがその世代に位置するデジモンだったのかと、全員が驚き固まってしまう。

 しかし、当のマリンエンジェモンは桃子の事がよっぽど気に入ったのか、その頬にスリスリと擦り寄る。

 同時に、何時の間にかなのはの背後に移動していたフリートが、肩越しにディーアークの液晶画面を興味深そうに眺める。

 

「ほほう。コレが【ディーアーク】ですか」

 

「ヒッ!?」

 

「興味深いですね。こんな掌ぐらいの大きさしかない機械に膨大なデジモンのデータが登録されているなんて……興味深すぎです! でも今は……」

 

「いたっ!」

 

『なのは!?』

 

 突然髪の毛を一本なのはから引き抜いたフリートは、すぐさま持っていた簡易検査機器に入れて検査し出した。

 いきなり髪の毛を抜かれたなのはは思わず頭を押さえて、他の面々もフリートに視線を向ける。しかし、当のフリートは構わずに検査を続け、表示された検査結果に溜息を溢す。

 

「あぁ、やっぱりでしたか。まぁ、普通なら辛いリハビリを超えないと治らない後遺症でしたからね。これぐらいの代償で済んだのは安いと思うべきなのでしょうね」

 

「何が分かったのかしら、フリートさん?」

 

「仮説が当たっていただけですよ、リンディさん。え~と、高町なのはさんとそのご家族の方ですよね」

 

「そうですが……貴女は一体? いきなり娘の髪を抜いたようですが」

 

「其方に関しては申し訳ありません……改めて名乗りましょう、私の名前はフリート・アルードです」

 

「フリート・アルード? ……もしや君が、ブラックウォーグレイモンの協力者の研究者かね」

 

「そうですよ」

 

 あっさりとフリートは肯定した。

 グレアム、アリア、ロッテは複雑そうな顔でフリートを見つめる。色々とフリートに言いたい事が彼らには在ったが、こうして当人に会って見たところ、何を言えば良いのか悩むしか無かった。

 フリートが何者なのかや、何故管理局と敵対しているブラックに協力しているのか、そしてリンディに一体何をしたのかなど詳しく聞かなければならない事が多い。最も当人であるフリートは、グレアム達の事など構わずに、なのはから士郎、桃子と共に離れて聞こえないように何かを小声で話している。

 

「と言う訳です」

 

「そ、そんな!?」

 

「い、今の話は冗談じゃなくて……ほ、本当なんですか?」

 

 フリートの説明を聞き終えた士郎と桃子は顔を蒼褪めさせながら、質問した。

 それに対してフリートは、持って来た簡易検査機器の表示を士郎と桃子に見えるようにゆっくりと翳す。

 

「間違い在りません。平均的なあの歳の子供よりも、僅かに短くなっています。とにかく、今説明した機能が在るのは間違いないでしょう。リンディさんからあの子の性格は聞いていますので、教えたりはしませんが、其方でも注意した方が良いでしょう」

 

「……分かりました」

 

「……あんまり頼りたくない相手ですが、このデジタルワールドに居る間は、其処に居るマリンエンジェモンに頼むと良いですよ」

 

「ピプ~?」

 

 桃子に付き添っていたマリンエンジェモンは首を傾げる。

 それに対してフリートは怯えるように後退る。冗談抜きでマリンエンジェモンはフリートの天敵だった。

 フリートはリンディが来る前に、少しでも【デジタルワールド】を研究しようとしたが、マリンエンジェモンによって阻まれてしまった。

 マリンエンジェモンの必殺技には攻撃力は無いが、その効果は強力だった。敵対した相手の戦意を失わせる【オーシャンラブ】。戦意とは何かを成し遂げようとする意欲に繋がる。マリンエンジェモンはその意欲を失わせてしまう。

 何せ研究欲の塊であるフリートが、五分以上も研究を忘れて呆けてしまったのだから。この場合、五分以上で究極体の必殺技の影響から抜け出せるフリートの異常なまで研究欲を凄いと言うべきなのか、それとも五分以上もフリートから研究を忘れさせるマリンエンジェモンを凄いと言うべきなのか悩みどころでは在るが。

 とにかく、フリートにとってマリンエンジェモンは天敵と言えるデジモンだった。因みに様子を見ていたリンディは、会談の後にオファニモン達と交渉してマリンエンジェモンをアルハザードに派遣して貰えるように頼むつもりだった。

 

「……そ、そのデジモンは……相手の戦意を失わせる力が在るんです。無茶をしようとしたら止めて貰えるように頼んでおけば良いと思います」

 

「……お願い出来るかしら、マリンちゃん?」

 

「ピプッ!」

 

 桃子の願いにマリンエンジェモンは任せろと言うように胸を叩いた。

 

「ありがとうね。後で美味しいお菓子を造って上げるわね」

 

「ピプゥ~~~♪」

 

(……随分と懐いてますけど)

 

(まさかよね)

 

 桃子に懐き過ぎているマリンエンジェモンに、フリートとリンディは念話で確認し合う。

 まさかと言う可能性が二人の脳裏には浮んでいた。だが、確実ではない。何せなのはと違い、桃子が戦いに巻き込まれる可能性は低い。デジモンと共に戦う証である【ディーアーク】が出現する事は無いと、フリートとリンディは思う。

 しかし、二人は勘違いをしていた。【ディーアーク】は確かに戦う機能が備わっているが、ソレはあくまで副産物でしかない。もっと重要なモノがデジモンと人間の間で結ばれた時に、【ディーアーク】は出現する。

 既に世界の理自体が変わってしまった事を、リンディとフリートは実感出来ていなかった。

 故に二人が思い過ごしだろうと考えていると、駅のホーム内に力強い足音が聞こえて来る。

 全員が足音の方に顔を向けると、ルインを左肩に乗せたブラックが歩いて来る。

 

『……ブラック……ウォーグレイモン』

 

「漸く来たか」

 

 僅かに恐れを含んだグレアム、ロッテ、アリア、なのはに構わず、ブラックはリンディに視線を向ける。

 

「全員付いて来い。オファニモン達が急いで協議したいらしいからな」

 

「……何かあったの?」

 

「あったようです、リンディさん……別のデジタルワールドの守護デジモンの一体がルーチェモンに敗れ、【七大魔王】のデジタマが奪われてしまったそうです」

 

「ッ!? そ、そんな!?」

 

 ルインが告げた事実にリンディは思わず叫んでしまった。

 ルーチェモン一体でも危険過ぎると言うのに、更に【七大魔王】のデジタマが奪われ、他のデジタルワールドの守護デジモンまで倒されてしまった。見えない所で、現状は確実に不味い方向へと進んでしまっている。

 

「急ぐぞ。今後の対応に関して話さなければならん。其処に居る小娘に関してもな」

 

 ブラックの視線はガブモンの背後に居るなのはに移る。

 視線を向けられたなのははビクッと体を震わせ、思わずガブモンの毛皮を握ってしまう。

 

(やはり俺の知識に残ってる高町なのはと変わって来ているな)

 

 なのは本人は無意識だろうが、ガブモンを頼りにしている。

 何処か自分一人で頑張ろうとしていたブラックの知る高町なのはとは、確かに違って来ている。

 

(恐らくは、戦えない状態で何度も命の危機に瀕して、その度に護られた影響か……まぁ、コイツがどうなるのかはフリートの試練を超えられるかどうか次第だが)

 

 事前にブラックはフリートがなのはに与える予定の試練の内容を聞いている。

 難しく険しい試練。その試練を超えられるかどうかは、なのは次第。失敗すれば【レイジングハート・エレメンタル】は分解される事になる。

 ブラックとしては興味深い【レイジングハート・エレメンタル】を分解はさせたく無いが、ソレを扱える可能性が在るのはなのはだけとなれば、なのはの可能性に賭けるしかない。

 

(無論。奴が俺の予想通りの結果になった時は、存分に戦わせて貰うがな)

 

 今のところブラックの最大の戦闘対象はルーチェモンだが、強敵との戦いも同時に求めている。

 前回は運よく逃げる事が出来たが、次は無い。故にルーチェモンと再び対峙した時の為にも、実力を上げておかなければならない。

 

(会談の後にオファニモン達に許可を貰わなければな……デジタルワールドの最深部、【ダークエリア】への立ち入りの許可を)

 

 ブラックは自身の今後の行動を決めるとなのは達に背を向ける。

 

「付いて来い。お前達の知りたい事は全て、これから行く場所で分かる。最も……知らない方が幸せだったと思うような事実だろうがな」

 

 不吉な事をブラックは告げると、最早振り返る事無く歩いて行く。

 迷う事無くフリートはクイントと共に後を付いて行く。リンディは溜め息を吐くと、なのは達に振り向いて先ほどのブラックの言葉の意味を補足する。

 

「事態は更に不味い方向に進んでしまったようです。今ならまだ知らずに居られるでしょうけど、付いて行けば後戻りは出来ないわ」

 

「……それほどの事態だとすれば、知らずにいる方が恐ろしい」

 

 グレアムの言葉になのは達も頷く。

 何も知らないでいる事の恐ろしさを、二年前の管理局の一件で彼らは学んでいる。不安と恐怖は感じるが、何も知らないでいる事の方が恐ろしい。

 ガブモンとマリンエンジェモンは、なのは達を心配そうに見つめる。二体には分かって居る。

 この先には絶望的な情報しかない。ルーチェモンだけでも不味いのに、更に【七大魔王】の一体が敵として現れる可能性が高くなってしまった。それでも彼らは踏み出した。

 その一歩が絶望に落ちる一歩ではなく、絶望に抗う為の一歩になる事をリンディ、ガブモン、マリンエンジェモンは願うのだった。




と言う訳で出たデジモンは、旧作での桃子のパートナーデジモン事、『マリンエンジェモン』でした。
リンディはアルハザードに来てくれる事を願っていますが、無理です。
マリンエンジェモンの行先は一つだけです。

フロンティアでロイヤルナイツのデュナスモンやロードナイトモンが、ルーチェモンの甘言に乗って地球に向かおうとしていたのがちょっと気になったので、フロンティア世界のデジタルワールドと地球の間には、他のデジタルワールドよりも強固な次元の壁が在る設定にしました。
安全に破る為には倉田が用いた【次元振動爆弾】を使用するしかないです。
たた渋谷駅のトレイルモンの線路だけは、次元の壁が無い設定になっています。七大魔王に覚醒したルーチェモンなら、強固な次元の壁を破壊出来ますが、それをやるとエネルギーを大きく使ってしまうのでやらなかった事にしました。

次話も出来るだけ早く投稿できるように頑張ります。

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