アルハザード内部に在る治療室。
其処でフリートは真剣にモニター画面を見つめながら、コンソールを操作していた。
操作する先に在るのは、眠っているクイントが入っている治療カプセル。色々と準備が整ったフリートは、クイントの失われた両腕と左足を再生する為に作業していた。完全に失われた四肢を治すだけに、今のフリートには何時も何処となく楽しんでいる様子は無く、真剣に治療を行なっている。
「……フゥ~、とりあえずこれで終わりです。後は時間が経てば、両腕と左足は再生します。とは言え、ちゃんとチェックは欠かさないようにしなければいけませんね」
一通りの行程が終わったフリートは安堵の息を漏らしながら、椅子に座り込む。
そのまま途中でリンディが差し入れと言って持って来てくれたコーヒーが入っているカップを持ち、口に運ぶ。
「……ハァ~、やっぱり憂鬱ですね」
思うのは新たに創り上げた『デジバイス』。
最早デバイスと言う枠組みから外れた代物であり、アルハザードの技術を駆使して創り上げた最高傑作。本来ならば管理世界に出すなど、ましてや個人に渡す事など出来ない代物なのだが、なのはのデバイスだった『レイジングハート・エクセリオン』のAIを組み込まれている。
しかし、AIを組み込んだ『デジバイス』は、フリートの予想を超えてしまい、完成した後は外す筈だったAIが外せなくなってしまった。其処でフリートは一つの手段を使う事にした。
「『デジバイス』に組み込んであるAIとリンク出来るシステムを組み込んだ新たな『レイジングハート・エクセリオン』を造り上げ、『デジバイス』に組み込まれているAIが操作する。結局リンクシステムの部分でアルハザードの技術を使用する以外に方法は在りませんでした」
アルハザードが存在しているのは虚数空間の奥。
虚数空間を渡る事が出来ない現在の管理世界の技術では、どうやってもアルハザードの技術を流用した『リンクシステム』を使用するしか無かった。
だからこそフリートは憂鬱だった。幾らマッドとは言え、それでも譲れない一線がフリートには在る。アルハザードの技術流出はその内の一つ。対策は一応しているが、それでも気分が晴れずにいる。
「失礼します、フリートさん」
憂鬱な気持ちでコーヒーをフリートが飲んでいると、治療室の扉が開きガブモンが入って来た。
「ガブモンですか。と言う事は行くんですね?」
「はい。リンディさんとブラックさんの指示で、高町なのはって言う子の護衛に行く事になったんです。それでリンディさんが序でに出来ていれば、あの子に渡す予定のデバイスも渡して来てくれって頼まれたんですけど?」
「…私の研究室に在ります。先ほど最終調整も終わったんで、持って行っても構いませんよ。あっ! それと『デジバイス』も横に在るんで、必ず〝右側”の宝石を持って行って下さい。そっちが渡す方ですから」
「〝右側”ですね? 分かりました。それじゃ僕は行きますね」
フリートの指示に頷いてガブモンは部屋から出て行った。
それを確認したフリートもカップをテーブルに置き、再びモニターを注視しする。
この時、フリートは自分がガブモンと一緒に研究室に向かわなくても問題は無いと思っていた。『デジバイス』側のリンクシステムが起動するのは、『レイジングハート・エクセリオン』がアルハザードから出た時に設定して置いた。
ただでさえ『レイジングハート・エクセリオン』に関してはフリートが憂鬱な気持ちを抱いている。
だからこそ、ガブモンだけを研究室に向かわせた。だが、フリートは重要な事を忘れていた。既に『デジバイス』は一度フリートの予想を超えて動いた事を。
地球の海鳴市に在る海鳴公園。
時刻は既に昼過ぎ。日が傾き始める頃に木々の林の中に光が溢れる。
光が消えた後には、背中にリュックサックを背負ったガブモンが立っていた。
「着いたみたいだな。え~と、あの子の家は?」
背中のリュックサックを開けて、リンディから教えて貰った高町家の地図を取り出す。
「結構離れてるな。やっぱり、姿は消して行かないと」
ガブモンは次に腕輪のような物を取り出し、自身の腕に装着する。
そのまま腕輪に付いているスイッチを押すと、ガブモンの姿は消えた。この腕輪こそ、フリートがガブモンの為に用意した大気中の魔力素を利用して光学迷彩を装着者に施す代物である。出来るだけデジモンの存在を隠す為に用意した物であり、影ながらなのはの護衛を行なう為の物。
その他にも長期滞在になる可能性も考えて、リュックサックの中には様々な道具が入っている。自身の姿が消えている事を確認したガブモンは、高町家に向かって行く。
(……今回、もしも本当にあの子がブラックさんが言っていたとおり狙われるとすれば、僕のミスだ。だからこそ、絶対にあの子を護らないと!)
ガブモンもまたバイオ・レディーデビモンを今度こそ倒すつもりだった。
絶対にもうなのはを狙わせはしない。自らが招いたミスは、必ず解決してしてみせると誓いながら街を歩いていると、高町家の前に辿り着く。
(さてと、何処に隠れて居た方が良いかな?)
自身が隠れられる場所は無いとかとガブモンは、周囲を見回す。
その時、ガブモンの背中のリュックサックの中から赤い光が発せられる。
「えっ?」
《
「うわっ!!」
ガブモンがリュックサックに目を向けると共に、リュックサックの開け口から赤い宝石-『レイジングハート』-が飛び出した。
「ちょっと待って!!」
慌ててガブモンはレイジングハートに手を伸ばした。
人通りは見られないとは言え、宝石が浮いて勝手に動くなど奇異極まりない。それだけ本来の持ち主であるなのはの下に帰りたかったと言う事なのだろうが、流石に目立つような行動をさせる訳には行かない。
ガブモンは高町家に入って行くレイジングハートを急いで追いかける。閉じている門を飛び越えて高町家の中に入る。明らかに不法侵入なので罪悪感を覚えるが、今はそれよりもレイジングハートを捕まえなければならない。全速力で走り、道場の前でガブモンはレイジングハートを両手で捕まえる。
「良し! 捕まえた!」
《離して下さい!! 私はマスターの下に戻ります!!》
「後で渡すから今は待ってよ……(でも、変だな? 渡すのは性能が低いデバイスだって話だった筈なのに、何処の性能を低くしたんだろう?)」
両手の中に在るレイジングハートにガブモンは疑問を覚えた。
聞こえて来る音声は電子音とは思えないほどの音であり、まるで前回逃亡した時に捕まえた『デジバイス』の方を思わせる。だが、ガブモンは確かにフリートの指示に従って、〝右側”の方の赤い宝石を持って来た筈。
(気のせいかな?)
疑念を抱きながらも取りあえず、レイジングハートを捕まえたガブモンは立ち上がる。
すると、道場の中から何かがドンっと倒れる音を耳にする。
「何だろう?」
恐る恐るガブモンは道場の入り口に近づき、閉まって居た扉を僅かに開けて中を覗き込む。
「うぅっ……ん!」
(あっ!?)
道場の中には、床に倒れ伏したなのはが居た。
近くには車椅子が置かれ、そして床には松葉杖が二本転がっている。なのははその松葉杖に痛みを堪えるように顔を歪めながら手を伸ばしている。
その様子を見ていたガブモンは、なのはの傷は治ったが、それでも後遺症は残り激しい運動が出来なくなってしまい、日常生活を送るのも大変で、長いリハビリ生活が必要な事を思い出す。それでもなのはは必死に立ち上がろうと力を込め、松葉杖を掴み取る。
僅かな動作でも息が絶え絶えになっているが、それでもなのはは必死に立ち上がろうと松葉杖を支えにして起き上がろうとする。
「はぁ、はぁ、はぁ、ん!!」
だが、なのはの必死な思いに体は応えず、再びドタッと床に倒れ伏した。
今度は松葉杖がなのはから離れた位置に転がった。痛そうに顔を歪め、目尻に涙を浮かばせながらも、なのはは両手に力を込める。
思うように全く動かない体。動かす度に体に痛みが走る。それがどれほどの苦痛なのかは、なのはの苦痛に満ちた顔を見れば分かる。だが、なのはは体を襲う痛みを堪えて松葉杖を拾おうと両手に力を込めて床を這いながら進む。
「くぅっ!! ……ぜ、絶対に……歩けるようになって……リンディさんに……会う……レイジングハートを……返して…貰わないと」
なのはがリハビリを頑張っている理由は、先日の襲撃の時に自分の危機に駆け付けてくれたレイジングハートを取り戻す為だった。
失ったと思っていた。もう二度と話す事など出来ないと思っていた大切なパートナー。自分が悩んでいる時には相談に乗り、戦いの時には自分を支えてくれていた。そして先日の時には自分の危機に駆け付けてくれたパートナー。だからこそ、なのははリハビリを頑張って行ない、リンディから必ず返して貰うと心に決めた。
走る痛みを堪えて必死に床をなのはは這い進み、松葉杖が在る場所に向かう。
「後…少し……えっ?」
突然なのはの視界の先に在った松葉杖が淡い桜色の光に包まれた。
松葉杖は床から浮かび、そのままなのはの目の前に移動する。呆然となのはが松葉杖を見つめていると、道場の入り口の方からフワッと宙に浮かびながら赤い宝石が入って来る。
宝石はなのはの目の前で止まる。呆然となのはが宝石を見つめていると、以前聞いた音声とは思えないほどに澄んだ声が響く。
《……
「……ウゥゥッ……ヒック…ヒック……ほ、本当に…ふえっ……レ、レイジングハート、な、何だよ…ね?」
《はい。私は
「レイジングハート!!!」
感極まったなのはは宙に浮かぶレイジングハートを両手で握り締めた。
今度は前回の時のような邪魔は入らなかった。道場の中でなのはは嗚咽を漏らしながら、二度と離さないと言うようにレイジングハートを握り続ける。
「グスッ……こ、此れで良かったんだよね」
道場の入り口から中を覗いていたガブモンは、我が事のようになのはとレイジングハートの再会を喜んでいた。
もしかしたらあのレイジングハートはガブモンの考えている物なのかも知れないが、それでも渡さないと言う選択肢はなのはの言葉と行動を見てガブモンの中から消えていた。とは言え、何時までも此処に留まる訳には行かない。
そう考えたガブモンは、ゆっくりと道場の入り口から離れる。しかし、次の瞬間、ガブモンの顔の横を飛針が通り過ぎて扉に突き刺さる。
「……えっ?」
一歩間違えば自身に突き刺さっていたかもしれない飛針をガブモンは、冷や汗を流しながら見つめる。
恐る恐る背後を振り向いてみると、両手に小太刀を持った美由希が険しい顔をしながら立っていた。その視線の先は間違いなくガブモンに向いている。
道具で姿を隠している筈なのに、美由希はガブモンを捉えていた。
「今の声聞いたよ。やっぱり、其処に居るみたいだね」
(バ、バレてる!?)
「この前、なのはを襲って来た奴らの仲間かな? 姿を見せるんだったら、痛い目をみずに済むよ。でも、もしも見せないんだったら」
チャッキと音を立てながら美由希は、両手に握る小太刀を構えた。
美由希には一切の隙が無い。少なくとも成長期の状態では、傷つけずに事を済ませる事は無理。かと言って成熟期に進化する暇も無い。
一瞬にして状況を悟ったガブモンは、背のリュックサックから在る物を取り出し、腕輪に手を伸ばす。
何かを取り出す気配を感じた美由希は身構える。そんな美由希の前にガブモンは姿を現し、右手に握った物を振るう。
「こ、降参します」
「へっ?」
小さな白旗を振るうガブモンの姿に、美由希は呆気に取られた。
そんな時、レイジングハートに魔力を使って乗せられたのか、車椅子に乗ったなのはが道場の入り口の扉を開けて顔を出す。
「どうしたのお姉ちゃん? ……あっ!! お、狼さん!?」
「えっ!? お、狼さんって? もしかしてなのはを助けてくれたって言うあの?」
「ガ、ガブモンって言います……ハハハハハッ、どうもこんにちは」
乾いた笑い声を上げながら、ガブモンは唖然とするなのはと美由希に挨拶したのだった。
『NOooooooooooooooooooーーーーーーーーーッ!!!!????』
アルハザード全土に響いたと思わせるほどの絶叫が鳴り響いた。
リンディが作ってくれた夕食を食べていたシュリモンとイガモンは、思わず喉に詰まらせ。特製のお茶を飲んでいたリンディは吹き出し、別室で眠るルインの様子を見ていたブラックは顔を顰めながら声の聞こえていた方に顔を向ける。
「ゴホッ! ゴホッ!!」
「み、水を!!」
「そ、某もた、頼む!!」
「ゴホッ! い、一体何なの!?」
漸く噎せたのが治まったリンディは、先ほど聞こえて来た絶叫の主であろうフリートの事を考える。
またぞろ、何かとんでもない事をしたのではないかと不安に思っていると、いきなり部屋の壁の一か所が壁の向こう側からやって来たフリートによって突き破られる。
「NOooooooooooooooooooーーーーー!!!!!」
「ど、何処から出て来ているでござるか!?」
絶叫しながら壁を破壊してやって来たフリートに、思わずイガモンは叫んだ。
しかし、フリートは本当に慌てているのか自分のした所業に構わずにリンディに詰め寄る。
「た、大変です! 大変です! 本当に、本当に大変です!!」
「お、落ち着きなさい、フリートさん。ほら、お茶でも飲んで落ち着いて」
冗談抜きで鬼気迫っているフリートに、リンディは手に持っていたお茶を差し出した。
差し出されたお茶を引っ手繰るように受け取り、口元に運んで一気にフリートは飲み込む。
「ゴクゴクッ! ……ブゥゥゥゥゥゥッ!!!」
「あっ! それ私特製のお茶だったわ」
一拍於いて噴き出したフリートを見たリンディは、自分が渡したお茶が何だったのか思い出す。
バイオ・デジモンとなった事でリンディは人間が一般的に掛かる病気にかかる事は無くなった。その中には糖分の取り過ぎによる糖尿病も在る。存分に糖分を接収出来るようになったリンディは、人間だった頃よりもふんだんにお茶に砂糖を入れるようになった。
見るだけで歯が虫歯に確実になると思えるほどの砂糖が入ったお茶を飲んだフリートは、口の中に広がる甘さに悶絶する。
「甘い! 甘い! 甘い! 甘い! 甘過ぎます!! その中でお茶の渋さが変なところで自己主張していて凄まじく合っていないハーモニーが、口の中で暴れています!!!」
「……そんなに甘いのかしら? 角砂糖〝二十個”入れただけなのに?」
(いや、充分に甘いでござろう?)
(勧められた時は、全力で某達は拒否したのを忘れている)
甘さで悶絶するフリートの様子に、イガモンとシュリモンはうんうんと何度も同意するように頷く。
それから暫らくフリートは甘さで苦しむ。そして約三十分後に復活したフリートは、今度はイガモンが入れてくれた渋いお茶を飲みながら床に正座していた。
「……フゥ~、助かりました、イガモン。やっぱり、本当のお茶はこう言うのを言うんですよね」
「何か酷い事を言われているけど……それは置いておくとして、一体今度は何が在ったのかしら? 尋常じゃない慌てようだったけれど」
「ハッ! そうでした!! 落ち着いている場合じゃないんです!! アレが! アレが! 『デジバイス』がまた脱走しました!!」
『なっ!?』
「ど、どうもガブモンが持って行く筈だった『レイジングハート・エクセリオン』と入れ替わっていて、『デジバイス』の方をガブモンは持って行ってしまったみたいなんですよ!!」
「ちゃ、ちゃんとガブモン君には持って行く方を伝えたの!?」
「伝えて、ちゃんとそっちの方を持って行ったみたいなんですけど、私が研究室を離れている隙に場所を入れ替えたんです! あの『デジバイス』ッ!! リンク機能を起動させる為の僅かなプロテクトの緩みの隙をついて、自立機能を最低限復帰させたんですよ!!」
監視用に残された映像をフリートは絶叫する前に確認していた。
その結果、『デジバイス』はフリートが『レイジングハート・エクセリオン』とリンクする為に積んだシステムを利用し、自立機能を最低限では在るが復帰させる事に成功していた事が判明した。通常のデバイスでは先ず破る事など不可能なほど強固に施されたプロテクトだったが、『デジバイス』はアルハザードの技術を集結させて造り上げたフリートの最高傑作。
演算機能を最大限に活用すれば、僅かならば施されたプロテクトを解ける可能性は在った。
「まぁ、復帰出来たのは本当に最低限の自立機能だけのようですから、待機状態で動く事やある程度の物を魔力を使って運ぶ事は出来るでしょうがそれが限界でしょう。だからと言って、あの子は!? アレほど高町なのはに『デジバイス』は扱えないって説明したのに、第一高町なのはは後遺症で体が動かないと言うのも説明した筈なんですよ! 一体何を……考えて……ま、まさか……」
「……何か心当たりが在るようね?」
何かに気が付いたように顔を蒼褪めさせたフリートに、リンディは険しい視線を向けながら質問した。
その視線にはまた余計な事をしたのではないかと、不信に満ちた眼差しが込められている。しかし、今度ばかりは違うと言うようにフリートは首を横に振るう。
「…恐らくですけど、あの『デジバイス』は、〝自分が連れ戻させる状況”を狙っているんです」
「どう言う事かしら?」
「リンディ殿や某達が向かって『デジバイス』を取り戻すのは当然として、ガブモンも居るのであろう?」
「拙者らが向かわずとも、ガブモンに連絡すれば済む事でござる。第一、そんな事をして一体どんな得が在るのでござるか?」
「在るじゃないですか。『デジバイス』が高町なのはの手元に在る状況で、やっぱり返してくれと言ったら、当然事情を説明しなければいけません。『デジバイス』は其処を利用して、高町なのはの治療を私に依頼するつもりなんです」
「……なるほどね。なのはさんの後遺症は管理世界の技術では治せない。だけど、此処なら、アルハザードの技術なら確かになのはさんの体は健康体に治す事は可能。でも、その為には『レイジングハート・エクセリオン』でなのはさんの所に戻る訳には行かず、本体の『デジバイス』で戻ったと言う訳ね……やってくれるわ。そんな事をしたら自分がどうなるか分からない筈が無いのに」
『デジバイス』の行動は捨身だった。
失敗しても成功しても、『デジバイス』に未来は無い。前回の時はフリートにも責任が在ったので堪えたが、明確にアルハザードの事が知られそうになる行動をした時点でフリートの限度は超える。今度は止まらない。『デジバイス』が手元に戻ったら、封印では済まされずに分解するのは目に見えている。
第一其処までやってもフリートがなのはの治療をやる可能性は低いのだ。なのはの後遺症は管理世界の医療技術では治癒不可能。だが、フリートならばなのはを治す事が出来る。
『デジバイス』は、可能性は低くてもなのはを健康な体に戻す為に行動に出たのだ。
「自分を捨てて主の為に行動するとは、面白い。確かに『デジバイス』とやらは、デバイスと完全に別物のようだな」
「ブラック」
何時の間にか部屋の壁に寄り掛かって話を聞いていたブラックに、リンディは顔を向けた。
「面白いで済む話じゃないわよ。すぐにガブモン君に連絡を取って、『デジバイス』を回収する様に頼みましょう」
「……いや、丁度良い暇潰しになるかもしれん。俺が受け取り向かうから、ガブモンに連絡しておけ。それに『デジバイス』と言う奴も気になるからな」
自らの意志で行動する『デジバイス』に、ブラックは興味を覚えていた。
その上、『デジバイス』には僅かながらも伝説の十闘士の力が宿っている。それだけではなく、『デジバイス』が主と認めている高町なのはは、パートナーデジモンを得る可能性が在る。何かが起きようとしている。ブラックはソレを直感し、その現場を直接見てみたいと思った。
「ちょっと待ちなさい」
本気で向かうつもりなのだと悟ったリンディは、ブラックを呼び止めた。
ブラック本人が向かうのは不味過ぎる。何せ今、なのはの護衛を行なっているのはリーゼアリアとリーゼロッテ、そしてグレアムの三人。ブラックとは多少だが因縁がある。
出会えば穏便で済む筈が無い。これ以上の厄介事は御免だと考えたリンディは、ブラックを止めようとするが、その前にフリートがブラックに呼び掛ける。
「あっ! そうでした。ブラック、向かうのは構いませんけど、その前に全身の力を抜くイメージをして見て下さい」
「何故だ?」
「やってみれば分かりますよ」
「? ……まぁ、構わんか」
言っている意味が分からないが、とりあえずフリートの指示に従ってブラックは全身の力を抜くようにイメージする。
次の瞬間、ブラックの全身を覆うように黒いデジコードが発生し、その体を覆い尽くした。
戸惑うリンディ、シュリモン、イガモンと違い、フリートは予想通りだと頷き、楽しげに黒いデジコードが消えた後のブラックの姿を眺める。
数分後、その部屋にはリンディ、シュリモン、イガモンの姿は無く、部屋は破壊し尽され、瓦礫の中でピクピクと震えるフリートだったらしき物体だけが埋もれていたのだった。
高町家のリビングでガブモンは困惑していた。
既に夜も遅く、一般家庭が夕食などを食べる時間帯。高町家も例には漏れず、翠屋から戻って来た士郎と桃子に加え、恭也、美由希、なのはがリビングに在る椅子に座り夕食を食べている。
其処までは問題ない。家族なのだから、食事を一緒にするのはガブモンも分かる。問題は、何故かガブモンにも桃子が夕食を作ってくれて、一緒の席に座っているかのかだった。
「ガブモン君? 如何したの?」
「もしかして味が合わなかったのかしら?」
「い、いや! お、美味しいですよ!」
不安そうにしている桃子に、慌ててガブモンは箸と進める。
しかし、その胸の内では現在の状況に困惑していた。美由希となのはに見つかった後、ガブモンは捕縛されると思っていた。だが、美由希はガブモンを捕まえる事無く道場の中に入り、なのはと共にガブモンに深々と礼をしたのだ。
気絶していて良くは覚えて居ないのだが、どのような事情が在っても美由希はガブモンに助けて貰った。なのはも二度も自分の命を助けてくれたガブモンには本当に感謝している。故に二人は、本来ならばグレアム達に報告しなければならないガブモンの事を隠した。
命の恩人であるガブモンに酷い事は出来ない。普通ならば深く事情を聞くべきなのだが、士郎と桃子、そして恭也はガブモンから無理やり話を聞き出そうとは考えていない。ガブモン側にも当然何か事情が在ると、高町家は考えている。
何よりも大切な家族であるなのはの命を二度も救い、美由希の命を救ってくれたのだから、ガブモンには感謝しなければならない。
その恩を返す為に、先ずは夕食をガブモンと共に取っていた。
「いや~、どうも夕飯をありがとうございました」
夕飯を食べ終え、なのはと美由希がお風呂に入っている間にガブモンは感謝の言葉を士郎達に伝えた。
一応持って来たリュックサックの中には缶詰などの食品が入っていたが、やはり温かさを感じさせる食事の方がガブモンは好きだった。
士郎、桃子、恭也はガブモンに笑みを浮かべるが、すぐに真剣な顔になってガブモンに向き直り、深々と頭を下げた。
「此方こそ、娘を助けてくれて本当に感謝している」
「シャマルさん達に教えて貰ったけれど、なのはは本当に危ないところだったらしいの。そんな、なのはを助けてくれたガブモン君には感謝しても感謝し足りないから」
「それだけではなく、美由希の命まで助けて貰った。本当にありがとう」
それぞれ頭を下げながら感謝の言葉をガブモンに告げた。
その様子にガブモンは懐かしさを抱く。
(この人達は家族なんだ……この人達を悲しませない為にも、絶対にあの子を護らないと! あの
必ずなのはを護るとガブモンは心に誓うのだった。
ガブモンが決意を固めている頃、高町家の様子を伺う二つの影が在った。
「…貴様の話は半信半疑だったが、どうやら本当のようだ」
「えぇ、私は嘘は言いませんわよ」
影の内の一つ、クアットロは自らの横に立つメフィスモンに笑みを浮かべながら答える。
クアットロがスカリエッティに告げた協力者は、前回のなのはの襲撃の時に協力したメフィスモンだった。メフィスモンも前回の時にミスを犯しており、それはかなり重いものだった。
主である、ルーチェモンに知られれば罰は免れない。前回のミスを消す事が出来るほどの手柄が必要。それが無いかと考えている時、クアットロから連絡が届き、こうして協力する事になった。
「では、私は小娘とあのガブモンを狙いますから、貴方は護衛に付いている魔導師の方をお願いしますわ」
「それは構わないが、私と貴様が同時に仕掛けた方が確率は高いのでは無いのか?」
「護衛に付いている魔導師連中はそれなりの実力者ですのよ。それにあのガブモンの事ですから、援軍が来ると分かれば逃げ回って時間を稼ぐかもしれませんの」
「……分かった。もとより今回の件で前回のミスを上回る功績を上げねば、私には後が無い。貴様の指示に従おう。しかし、言っておくが失敗は……」
「分かってますわよ。私にとっても復讐を遂げる数少ない機会。絶対に今度こそあのガブモンを殺してやりますわ!!」
憎悪に満ちた眼差しでクアットロは、高町家の中に居るガブモンを射殺さんばかりに睨むのだった。
次回漸く『デジバイス』の正式名称及び、なのはとガブモンの運命が訪れます。
因みにブラックがキレたのは、前作でのアレが原因です。