「なるほど……どうやら俺が眠っていた間に、中々面白い事が在ったようだな」
「何処が面白い事なのか、説明して欲しいわね?」
起きて事情を聞いたブラックの発言に、リンディは眉根を寄せながら質問した。
眠っていたブラックが目覚めた事を知ったリンディは、すぐさまブラックの下に訪れた。
リンディが入って来るのを確認すると共に、ブラックが最初に聞いた事は当然ながら現状に関しての事だった。呆れながらもリンディはブラックに、なのはがデジモン達に狙われた事やフリートの暴走に関する出来事。そしてクイントの件や、オファニモンとケルビモンが他のデジタルワールドの守護者達との会談を行い、数日以内に戻って来る事。ブラックが目覚めると共にルインにも覚醒の兆候が現れたなど事細かに起きた出来事を説明した。
(ルインも近い内に目覚めるか……しかし、ルーチェモンに進んで協力するデジモンが居るとなれば……確かに厄介だな)
ブラックがリンディの報告の中で気になった点は其処だった。
直接相対して戦っただけに、ルーチェモンに従うデジモンが出て来ても可笑しくは無いとブラックは理解している。圧倒的な力だけでは無く、従いたいと思わせるカリスマをルーチェモンは間違いなく持っている。
一体どれだけのデジモンがルーチェモン側に従って居るか分からないが、今後は管理世界に放逐されたデジモン達と共に警戒しなければならない。
「……そう言えば、高町なのはと言う小娘を狙ったと言っていたな?」
「えぇ……現れたデジモンは、メフィスモン、シールズドラモン、バケモン、それと一度貴方も在った事が在るバイオ・レディーデビモンが居たわ」
「………ガブモンは今どこに居る? それと小娘は今は何処の世界に居る?」
「? ガブモン君なら説得出来たデジモン達を地球のデジタルワールドのゲートにシュリモン君とイガモン君と一緒に連れて行ったわ。なのはさんは確か……静養の為に地球に戻っている筈よ」
なのはは襲撃事件の後、ミッドチルダで受けられるだけ治療を受け終えた後で地球の実家へと戻った。
怪我の方は駆けつけたシャマルの治療のおかげで後遺症を除いてある程度癒えたので、実家で過ごす分には問題が無い程に回復した。現在、管理局内は三提督派と旧最高評議会派の争いが最終局面に至っている。怪我を押して復帰したクロノも参加し、フェイトとアルフ、ユーノはその補佐。はやてやリインフォース、そして守護騎士達は、今だスカリエッティの研究所が在った世界で災害の兆候が残っているので其方に参加し、現在なのはの護衛に関しては、地球に在住しているリーゼアリア、リーゼロッテ、そしてグレアムが行なっている。
「いきなりなのはさんの事に質問して……何か理由が在るの?」
「あぁ……二つほどな。可能性は五分五分だが、高町なのはは近い内に狙われる可能性が在る。管理局にでは無く、ルーチェモンどもかスカリエッティどもにな」
「……それはなぜかしら? また旧最高評議会派の局員が狙うとは思えないわよ」
既になのはが持っていた情報は三提督にも伝わっている。
クロノ達の任務の失敗の件も在り、これ以上相手に時間は与えられないと考えた三提督は、なのはから得た情報を武器に攻勢に出た。つまり、今なのはを殺す行動に出れば、旧最高評議会派は自分の首を絞めるようなもの。
それが分かっているリンディは、ブラックが何故なのはに狙われる可能性が在ると思ったのか分からず首を傾げる。
「確かに管理局の連中どもには、もう小娘を狙う理由は無いだろう。だが、バイオ・レディーデビモンは別だ。奴はガブモンを憎んでいる。ガブモンを呼び出す為に高町なのはを狙う可能性が在るぞ」
「ッ!? ま、まさか……いえ、その可能性は在るわね」
最初は驚いたリンディだが、すぐにブラックの言葉の意味を理解して納得する。
リンディも憎しみに囚われて最高評議会を殺した。嘗て人間の頃のリンディ・ハラウオンだった時、夫クライド・ハラウオンを失った時にはクロノと言う守らなければ行けない息子と復讐の対象が居なかったおかげで憎しみに心が染まらずに済んだ。
だが、今のリンディには本当の意味で憎しみに囚われた者がどう行動するのか理解出来る。バイオ・レディーデビモンがガブモンを心の底から憎んでいるのは間違いない。
傷つけられた事。任務の失敗に追い込んだ事。その両方になのはは深く関わっていた。バイオ・レディーデビモン事クアットロが、なのはを利用して復讐に乗り出す可能性は充分に在る。
「確かにあのバイオ・レディーデビモンが動く可能性は在るけど……でも、どうしてルーチェモン側もなのはさんを狙うの?」
「……ルーチェモンと戦っている最中に分かった。奴は俺が知識として知るルーチェモンよりも危険だ。奴は嘗ての自身を倒した『スサノオモン』を倒す為に力を求めている。そんな奴が倉田と共に居て、もう一つの自らに及ぶかもしれない危険な可能性を見逃すとは考え難い」
「危険な可能性? ……ッ!?」
ブラックの言うもう一つのルーチェモン達にとっての危険な可能性。
そう、確かに在った。倉田と共に居るならば、ルーチェモンがその可能性に気が付かない筈が無い。
即ち人間とデジモンの絆の力と言う強大な可能性が。
「ガブモン君がなのはさんのパートナーデジモンの可能性が在ると言うの!?」
「危機を救ったのが一度ならば偶然で済まされる。だが、二度も、しかも少しでもタイミングがずれれば小娘の命は無かった状況だ。その危機にガブモンは駆けつけている……偶然で済ますには出来過ぎている」
デジタルワールドには守護デジモン達以外にも、守護の力が存在している。
ブラックが最初に居たデジタルワールドはその力によって、選ばれし子供とそのパートナーデジモンを生み出した。そして今の情勢はデジタルワールド一つの危機では済まない事態。
デジタルワールドに在る守護の力が働き、此方側でも選ばれし人間とそのパートナーデジモンが現れても可笑しくは無い。
「あくまで可能性に過ぎんが……ルーチェモン達が放逐したデジモンどもに人間への不信感を植え付けたのは、少しでも人間とデジモンの間に絆が出来る可能性を低くする為の筈だ。しかし、ガブモンには人間への不信感は無い」
「えぇ……寧ろガブモン君は、昔デジタルワールドに訪れた地球の子供達と知り合いだったらしいし……だから、オファニモンさんもガブモン君を外に出す事を許可してくれたのよね」
ガブモンはその昔、デジタルワールドで暗躍していたルーチェモンの野望を止める為にオファニモン達にデジタルワールドに呼ばれ、十闘士に選ばれた子供達と僅かな間だが関わった事が在った。
その時に進化の事で悩んでいたガブモンの悩みを晴らしてくれたのが、十闘士に選ばれた子供達だった。当時は子供達が十闘士に選ばれた者達だとはガブモンは知らなかったが、ルーチェモンの野望を阻止した後に真実を知った。そのおかげでガブモンはデジタルワールドで数少ない人間を知っているデジモンであり、同時に好意的なデジモンだった。だからこそ、オファニモン達はガブモンがデジタルワールドから出る事を許可した。
「……今思えば、オファニモンさん達はこの可能性に気が付いていたのかも知れないわね。何れパートナーデジモンが現れる可能性に」
「だろうな……だが、あくまで可能性に過ぎん。ガブモンにはパートナーデジモンの可能性は教えず、小娘が狙われるかもしれないからとでも言っておけ」
「分かったわ。ガブモン君が戻ったら説明しておくわね」
リンディはブラックの指示に頷いた。
それにブラックも頷き返すと共に立ち上がり、リンディに案内されてルインが眠っている部屋に向かうのだった。
「ハハハハハハハハハッ!!! こ、これは素晴らしい!! ハハハハハハハハハハハッ!!」
モニターに映る映像にスカリエッティは哄笑する。
その背後に立つクアットロは、モニターに映る映像、大門大がルーチェモンを殴り飛ばす光景に唖然としていた。
あのルーチェモンを人間が殴り飛ばす。それがどれだけ常識を外れた光景なのかクアットロは理解出来る。もしや自分は夢を見ているのでないかと思い、思わず頬を抓る。当然ながら痛みは走り、モニターに映る光景は現実なのだとクアットロは理解し、口をポカンと開けてしまう。
その間にも映像は進み、大がアグモンをシャイングレイモンへと進化させ、更にはバーストモードを発動させるところまで進んで行く。その間に笑いを何とか落ち着かせたスカリエッティは、興味深そうに映像を吟味する。
「なるほど……此れが倉田が敗れた力の正体だね。まさか、守護デジモンのデジタマだけではなく、これほどまでに興味深い映像を入手出来るとは、ウーノ達を向かわせたのは大正解だったよ」
負傷を負ったトーレとチンクは治療を終え次第、すぐさまウーノと共にデジタルワールドに向かわせたのだ。
本来ならばスカリエッティ自身がデジタルワールドに向かいたかったのだが、他の戦闘機人達の調整やら何やらが在ったので向かう事は出来ず、代わりにウーノが向かった。そしてこれほどまでに早く成果が出ただけでは無く、大門大と言う興味深い存在を知る事が出来た。
「興味深いね。倉田から伝わったバイオ・デジモンの技術よりも、この生身でルーチェモンを殴り飛ばした彼は! 更にデジモンの力を究極を超えるほど高めるこの力もだ!! やはり、これこそが倉田を破った力なのだろうね」
「……ドクター……この人間と共に居るデジモンが力を引き出せたのは、人間側の要素が強いのでしょうか?」
「恐らくはそうだろうね。しかし、気になるよ。果たしてこの力が此方側の世界でも発現出来るのかどうかがね」
大の力と、その力によって発動させる事が出来るバーストモードは、スカリエッティの興味を大きくそそらせる。
だが、問題は自分達の居る世界でも発現出来るかどうか。大は遠く離れた別地球の人間。此方側でも同じ力が発揮出来るかどうか分からず、もしかしたら別の力が発現する可能性も在る。
(もし発生すれば、私の考えている計画も新たな形を見せてくれるのだが……何とか確かめる術は無いものか?)
「……ドクター、私、この人間とデジモンに近い関係に在るかもしれない者に覚えが在ります」
「ほう? ……それは誰かね、クアットロ? まさか、あのブラックウォーグレイモンと闇の書の闇の事かね?」
「いえ、違います。確実とは言えませんが、この前の任務で襲った高町なのはを助けたあのガルルモン。もしかしたら高町なのはのパートナーデジモンの可能性は考えられませんか?」
「フム……確かに二度も危機に駆けつけたと言う点は気になるね。偶然にしては出来過ぎている」
「はい。加えて言えば、前回の任務の時に私に奇襲を仕掛けたデバイスらしきモノ。よくよく形状を思い出してみれば、高町なのはのデバイスの形状に似ていた気がしますの」
「……つまり、我々の知らない間に高町なのははブラックウォーグレイモン側。正確に言えばデジタルワールド側に組している可能性が在ると言う事かね?」
「そうですわ。そしてもしもそうだとすれば、高町なのはのパートナーデジモンはあのガルルモンの可能性が高いと思われます。そうなれば」
「高町なのはの危機にはあのガルルモンが必ず駆けつける。ひいては此方側でも人間のパートナーデジモンが居ると言う証拠になると言う訳だね……確かに仕掛けてみる価値は在るだろうね」
今スカリエッティの脳裏に浮かんでいる計画。
それは今のままでは倉田の失敗した計画に似ている。だが、もしもそれに別の可能性が増えれば、新たな道が出来る。何よりも本当に此方側でも人間のパートナーデジモンが存在するのかどうかが、スカリエッティの興味をそそっていた。
クアットロの本当の目的がガルルモンへの復讐に在るのは目に見えている。だが、身を潜める前に最後に確かめられる事は確かめておくべき。
「良いだろう、クアットロ。高町なのはを襲撃する許可を与えよう。ただ此方が出せるのは君だけだよ。もう作成中だった機動兵器は全部使用してしまったからね。他の姉妹達の目覚めも暫らくは掛かるだろうし。起こせて一人ぐらいだろうが、バイオ・デジモン化に間に合わないだろうからね」
「大丈夫ですわ、ドクター。実は一体だけ、倉田側で協力してくれそうなデジモンが居りますの。連絡を取ってみますわ」
そうクアットロは笑みを浮かべながら告げると。踵を返して部屋から退出した。
スカリエッティはクアットロの様子に笑みを浮かべながら、再びモニターに目を向け、他のデジタルワールドで起きた決戦の様子を観察するのだった。
ジジッと部屋の中には機械を弄ります音が響く。
部屋の中で作業をしているフリートは、両手に器具を持ちながら作業を続ける。
「……フゥ~、漸く完成しました」
作業が完了したフリートは安堵の息を吐き、両手に持っていた器具を机の上に置く。
そして今まで漸く完成した机の上に在る二つの台座の上にそれぞれ載せられた〝二つの赤い宝玉”をフリートは眺め、憂鬱そうな溜め息を吐きながら呟く。
「ハァ~、自分のやった事が原因ですけど、結局アルハザードの技術を僅かに使わなければなりませんでした。対策は一応しましたけど……憂鬱です」
頭を抱えながらフリートは呟いた。
本来ならば僅かでもアルハザードの技術を流出するような事はしたくない。しかも管理世界で影響が在る管理局と関わっている個人に渡すなどしたくは無いのだが、今回ばかりは自分が原因なので断腸の思いでフリートは技術を使用した。
それにどうやってもアルハザードの技術を一部使用しなければ、どうする事も出来なかった事情も在る。
「ハァ~、本当に憂鬱です。とは言え、何時までも落ち込んで居られませんし……これからルインさんの覚醒兆候の調べとクイントさんの両手と左足の〝再生治療”もやらないといけませんから」
クイントの失われた両手と左足は、最終的に義手や義足を付けるのではなく、再生治療で失われた四肢を復活させる事になった。
元々義手や義足はアルハザードの技術を使わない為に付ける予定だった物。だが、もうクイントに関しては記憶が無い上に若返りまでやってしまって手遅れに近いので、もうフリートは開き直って再生治療を行なう事にしたのだ。因みにアルハザードの技術で造った義手や義足を付けると言う案も在ったが、もうこれ以上ややこしい事態を引き起こさない為に、リンディが厳重に注意した為にその案は却下された。
憂鬱な気持ちになりながらも、次の作業に向かう為にフリートは部屋の電気を消してから出て行く。
そしてフリートが部屋から少し経つと共に、机の上に載る二つの赤い宝玉が輝き、ゆっくりと宙に浮かび上がる。
《…リンク完了》
電子音声が響くと共に二つの赤い宝玉は宙を動き、別々の台座に載る。
同時に宝玉の輝きは消え、台座の上で動く事は無く、沈黙だけが暗い部屋に広がった。
次回漸く一人と一体の運命が動き出します。