クロノ達の前にブラックが現れた頃、正面から研究所内部へ潜入したゼスト達は、ルーチェモンと接触する前のクロノ達同様に襲い掛かって来るガジェットを破壊しながら自分達の目の前に現れた銀色の髪の少女-『チンク』-を追い駆けていた。
通路の奥から姿を見せると共にチンクは手に持っていた金属製のスローイングナイフ-『スティンガー』をゼスト達に投げつけて来た。一人の局員が防御魔法を発動させて防いだ瞬間、スティンガーは爆発し負傷を負ったが、その局員を他の局員にゼスト達は任せてチンクを追う事を優先した。
魔力反応が無いただのナイフにしか見えなかった物が爆発物だった事を考えれば、チンクはゼスト達が追っていた違法研究である『戦闘機人』の可能性が高い。その前に戦った『AMF』を発生させるガジェットと組み合えば、強大な敵になるのは確実。魔導師と違って戦闘機人は『AMF』の影響は受けず、その身に宿っている固有スキルも無効化されない。
此処で何としても捕らえねばならないとゼスト達は判断し、ガジェットを破壊しながらチンクを追い駆けていた。
「隊長!? 何か変ですよ!?」
「あぁ・・間違いなく誘い込まれているな・・・ムン!!」
ーーードガッ!!
部下の一人の発言にゼストは同意を示しながら、自らが持つ非人格の槍型のアームドデバイスを振るい、そばにいたガジェットを粉砕した。
そのままチンクの方へと目を向けるが、チンクは構わずに奥へと走って行く。最初の攻撃以降、チンクは積極的にゼスト達には攻撃を行なわず、時々スティンガーを投げつける攻撃しか行なっていない。自らの武器を爆発物に変える能力故に無駄なスティンガーの消費は本来は避けるべきはず。
なのにチンクはガジェットに時々指示を送る以外はスティンガーを無駄に消費する以外の攻撃はして来ない。チンクの不可解な行動にゼストは訝しげな視線を送りながら、背後で研究所内の索敵を行なっている本局の武装局員に念話で質問する。
(この先に他の『戦闘機人』らしき反応は在るか?)
(いえ、在りません・・・ただこの先に不自然な広い空間が在ります・・・・もしかしたら外に繋がっているかも知れません・・・相手は時間を出来るだけ稼いで、其処から外に出るつもりなのでは?)
(・・・・・いや・・・それならばもっと大量の機動兵器を送れば済む筈だ。態々彼女が姿を見せる理由にはならない・・・・よし。メンバーの半分は此処に残って別動で研究所の探索を行なってくれ!! 残りは俺と共に彼女の追跡を続行だ!!)
そのゼストの指示に了承の意思を伝える念話は即座に全員から返って来た。
すぐさまこの場に残るメンバーの名前を念話で告げ、その他の者達と共にチンクを追い駆けようとする。
だが、ゼスト達が作戦どおりに動こうとした瞬間、前後を挟むように次々とガジェットが通路の影から現れる。
ーーーブゥン!
「クッ!! 此処に来て増援だと!?」
(この増援・・・・・後方から侵入した連中に送った物・・・・接触したと言う事か)
増援に驚いているゼスト達をガジェットの影に潜むように見ていたチンクは、ルーチェモンがクロノ達と接触した事を悟った。
これで当初の作戦通りに事が運べるとチンクは内心で喜びながら、両手にスティンガーを構える。
(オリジナルの配置も概ね完了している。作戦通りにこの増援の試作品どもとオリジナルで連中を一網打尽に…)
(チンク!!)
(ッ!? ウーノ! いきなりどうした!?)
別行動を取っているウーノからの突然の念話にチンクは驚きながらも質問した。
(そんな連中は放ってすぐに貴女は避難しなさい!! 奴が! いえ、奴らが! ブラックウォーグレイモン達がやって来たわ!! しかも既にルーチェモンと接触しているの!!)
(なっ!?)
ウーノからの報告にチンクは思わず両手に持っていたスティンガーを床に落としてしまう。
それほどまでに不味い状況だった。一体だけでも管理世界の常識を粉微塵に破壊する実力を持ったブラックとルーチェモン。それらが戦い合えばチンク達が居る研究所など跡形もなくなり、荒地だけが残る。当然ながらその地に居るチンク達も無事で済む筈が無い。
(転移装置の準備は整っているわ! 早く退去するわよ!)
(分かった!)
チンクはウーノの指示に即座に従い、ガジェット達にゼスト達の足止めを指示しようとする。
しかし、チンクが指示を出す前に潜んでいた場所のすぐ傍を衝撃波が通過し、廊下の壁の一部を粉砕する。
ーーードゴォン!!
「ッ!?」
「悪いが逃さんぞ!!」
ガジェットの増援がチンクが逃げ出すチャンスを作る為だと判断したゼストが、叫びながら接近して来る。
その様子にチンクは苦虫を噛み潰したような顔をする。これで逃げる機会が失われてしまったと思えながらチンクはスティンガーを構え直し、ガジェット達と共にゼスト達と戦いを開始するのだった。
(何故此処にコイツが!?)
クイントが吹き飛ばされて開いた穴の向こう側から現れたブラックに、クロノは驚愕と困惑に包まれた視線を向けていた。
しかし、向けられている当人で在るブラックはクロノや他の局員達の視線など気にせず、ただ真っ直ぐに自らを興味深そうに見ている、ルーチェモンだけを険しい視線で睨んでいた。
「・・・・フフッ」
「何が可笑しい?」
「いや、嬉しいんだよ。正直少しは運動出来たけれど・・・此処に居る彼らじゃ足らなくてね・・・君なら僕の運動不足を解消出来そうだから嬉しいのさ」
「ほう・・・・・面白い事を言う。だが、運動不足とやらの解消で済めば良いがな!!」
ーーードォン!!
ルーチェモンの言葉に反応するようにブラックはクロノ達の視界から消え去るほどの速さで、ルーチェモンに向かって殴り掛かった。
予備動作すら殆ど無く一瞬にして全力に近い速さでブラックは動いた。並みの究極体でも防御出来るかどうかの速さ。目の前で起こったにも関わらず、クロノ達には何が起きたのかさえも分からない。しかし、その一撃をルーチェモンは。
ーーーガシッ!
『ッ!?』
事も無げにあっさりとブラックが振り抜いた左腕のドラモンキラーの三本爪の真ん中を片手で握る事で受け止めた。
凄まじい勢いで振り抜かれた事で突風が吹き抜けるが、ルーチェモンは涼しげな顔をして目の前にいるブラックを視線を向ける。
「殺気も充分に乗った良い一撃だったよ。でも、僕には届か…」
「ムン!!」
ルーチェモンの言葉を遮るようにブラックは右腕のドラモンキラーをルーチェモンに向かって振り抜いた。
至近距離で、更に体格さも在るブラックの手加減抜きの一撃。普通ならば反応さえも出来ない攻撃を、ルーチェモンは再び反応し、今度は右腕のドラモンキラーも受け止めてしまう。
ーーーガシッ!!
「やっぱり届か・・・ッ!?」
ーーードゴォン!!
余裕さに満ちた声でルーチェモンが嘲りの言葉を遮るように、“振り抜いたと同時にドラモンキラーを外して無手になったブラックの右手がルーチェモンの胴体に突き刺さった”。
最初からブラックはこの一撃だけを狙っていた。一番最初の左腕の一撃はドラモンキラーを使って攻撃を行なうとルーチェモンに思わせる為と接近する為。二撃目の右腕の攻撃はドラモンキラーを勢い良く振り抜くのをカモフラージュにしてドラモンキラーを外し、右腕を自由にする為とルーチェモンの両腕を封じる為。
それらの流れを違和感なくブラックは行ない、ルーチェモンの胴体に右拳を叩き込んだ。更に追撃するように自らにダメージが来るのも構わず、右拳にエネルギー球を発生させてゼロ距離で爆発を引き起こす。
ーーードゴォォォォン!!!
言葉を発する暇なくルーチェモンは爆発の衝撃によって後方の壁へと吹き飛び、壁に背中から激突した。
その様子を確認したブラックは、爆発の衝撃によって傷ついた自らの右手に構わず後方に向かって叫ぶ。
「ルイン!!」
「はい!! ユニゾン・イン!!」
ブラックの叫び声にブラックの後方に開いている壁の穴からルインが飛び出し、ブラックの背中に飛びつくと共にルインの体が光り輝く。
同時にブラックの体から凄まじいエネルギーの本流が発生し、荒れ狂うようにブラックの周りを漂い蒼いデジコードが発生する。
ーーーギュルルルルルルルルルルッ!!!
「オォォォォォォォォォォッ!!! ブラックウォーグレイモン!! X進化!!!」
デジコードが繭を形成するように自らの体を覆い尽くす中で、ブラックは叫んだ。
それと共にデジコードは吹き飛び、内部からより機械的になった漆黒の鎧とドラモンキラーを装備し、背中に二つのバーニアを備え、瞳を赤く輝かせた『ブラックウォーグレイモンX』が現れる。
「ブラックウォーグレイモンXッ!!!」
(・・・こ、これが・・・闇の書の闇を・・・ルインフォースとユニゾンしたブラックウォーグレイモン!!)
目の前で起きた出来事を目の当たりにしたクロノは、我知らずに全身が震えるのを抑えられなかった。
リインフォースの説明でルインにもユニゾン能力が在るのは知っていたが、こうしてそれを目の当たりにしてクロノは言葉が出せなかった。ただ立っているだけで凄まじい威圧感と圧迫感をブラックウォーグレイモンXは発している。
感じる限りではルーチェモンが発していた威圧感さえもクロノは上回っていると感じていた。だが、クロノは知らなかった。
“ルーチェモンが発していた威圧感は無意識に発していた威圧感でしか無かった事を”。
ーーードックン!
『ッ!?』
突如としてブラックウォーグレイモンXに勝るとも劣らない。いや、もしかすれば勝っているとしか思えないほどの威圧感が発生した。
その威圧感の主であるルーチェモンはゆっくりと立ち上がり、進化を終えた事によって新たに装備した両腕のドラモンキラーを構えているブラックウォーグレイモンXに目を向ける。
「・・・今のはちょっと驚いたよ。でも、最初から
「チッ! ・・・・・通常状態の俺の渾身の一撃と至近距離での爆発を受けてダメージも無く、無傷とは・・・分かっていた事だが・・・・反論する気も無くす」
『なっ!?』
ブラックウォーグレイモンXが告げた事実に、慌ててクロノ達はルーチェモンに目を向ける。
其処には確かに至近距離でエネルギー球の爆発を食らい、その前にブラックウォーグレイモンXの渾身の力を込めた拳を食らったにも関わらず、ルーチェモンには傷どころか、その身に纏っている白い布にも焦げ跡さえも無かった。
(馬鹿な! 確かにブラックウォーグレイモンの攻撃は当たった筈!? なのに何も無かったように平然としているなんて!? ・・・いや、それよりも)
ゆっくりクロノはルーチェモンからブラックウォーグレイモンXに視線を移す。
よくよく考えてみれば、幾ら本人が歯牙にも掛けていないとは言え、ブラックウォーグレイモンXとクロノ達は敵対関係に在る。そのクロノ達の前でブラックウォーグレイモンXは切り札の一つである、ルインとのユニゾンを殆ど最初から使用している。
それが意味する事を悟った瞬間、クロノの顔は一気に青褪め体が恐怖によって震え出す。
(・・・・奴は・・・ルーチェモンは・・・・ブラックウォーグレイモンよりも強いと言うのか!?)
それは二年前にブラックウォーグレイモンXが行なった所業を知る者全てからすれば信じ難い事実。
だが、クロノの予感は残念ながら当たっていた。ルーチェモンは通常状態のブラックウォーグレイモンXでは勝てないと確信出来る実力を持った存在だと、この場に居る誰よりもブラックウォーグレイモンXとルインが理解していた。
(ブラック様・・・お気をつけ下さい・・・・この状態の制御時間は二時間近く在るとは言え、それは万全に戦い続けさえすればです・・・ダメージを受ければそれだけ制御に綻びが出来ます)
(分かっている・・・・しかし、奇襲での攻撃も防御し、更には今の攻撃でもダメージは無し・・・・・やはり、この状態でも何処まで奴に食い付いて行けるか分からん)
余裕さに満ち溢れているルーチェモンを睨みつけながら、ブラックウォーグレイモンXは体を震わせる。
だが、その震えは勝てないと言う不安ではなく、これから始まる武者震いだった。無論恐怖は多少なりとも感じている。しかし、それ以上にこれから始まる戦いに対する歓喜をブラックウォーグレイモンXは抱いていた。
勝てないかもしれない戦いこそ、ブラックウォーグレイモンXが望んでいるモノの一つ。これ以上は我慢出来ないと言う様にブラックウォーグレイモンXは笑いを漏らす。
「・・・・・ククククッ! ハハハハハハハハハハハハッ!」
「何が可笑しいんだい?」
「いや、貴様とこんなに早く戦えるのが嬉しいんだ。この瞬間の為に奴らの依頼を受けたのだからな」
「フゥ~ン・・・・・なるほど・・・あいつらも変わった奴に依頼したんだね・・・まぁ、僕は構わないよ。運動不足の解消は出来るし・・君もかなり強い・・・・丁度良い相手だよ」
ルーチェモンはそう告げると共に腰を低くしながら両手を動かし、ブラックウォーグレイモンXに向かって構える。
それはクロノ達との戦いの時には取らなかったルーチェモンの戦うと言う意志表示。ブラックウォーグレイモンXはルーチェモンの隙の無い構えに警戒心を強める。
(妙だな・・・・コイツの構え・・・・余りにも洗練されている。俺の知るルーチェモンは少なくとも構えらしい構えなどした事は無い・・・・まさか)
脳裏に過ぎった一つの可能性にブラックウォーグレイモンXは戦慄を覚える。
その可能性が当たっているとすれば、目の前に居るルーチェモンはブラックウォーグレイモンXが知識として知っているルーチェモンよりも遥かに危険性が上がる。それを確かめる為にブラックウォーグレイモンXは全身から戦意を発する。
同時にルーチェモンも更に戦意を発し、クロノ達は呼吸する事さえも出来なくなってしまい、意識が遠退いて行く。
(・・・ま、不味い・・・・二体とも・・・・僕らの事なんて・・・・気にしてない・・・このままだと)
自らの意識が朦朧としている事に気がついたクロノは、このままだと自分を含めた局員全員の命が無い事を理解する。
ブラックウォーグレイモンXも、ルーチェモンも周りを気にして戦う二人ではない。先ず間違いなくクロノ達の事など気にせずに戦う。常識を超えた二体の戦いが始まれば、自らを護る事さえも出来ないクロノ達の末路は決まっている。
だが、それを理解していてもクロノ達は逃げる事さえも出来ない状態。どうすれば良いのかとクロノが顔を歪めた瞬間、突如として床一面にミッド式でもベルカ式でもない魔法陣が光り輝きながら発生する。
ーーーブゥン!!
(こ、これは!?)
見た事も無い魔法陣の出現にクロノは声も無く驚愕するが、クロノの驚愕に構わずに魔法陣は光を強める。
そして光が通路全体を覆い尽くすほどに強まった瞬間、クロノは見た。クイントが消え去った穴の向こう側に立つ何らかの機械のような物を持った人物の姿を。
(・・・か・・・母さん)
憂いを覚えているような表情で自らを見つめているリンディが居る事に気がつくと共に、クロノ達の姿は魔法陣から発生した光の中に消え去った。
光が消え去った後には人が居たと言う痕跡は
そしてリンディの気配が遠ざかった瞬間、ブラックウォーグレイモンXとルーチェモンは同時に動き。
「ウオオォォォォォォォォォォッ!!!」
「ハアァァァァァァァァァァァッ!!!」
ーーードゴォォォォォォン!!
互いの右腕が激突し合い、衝撃波によって通路全体に罅が広がるが、二体は構わずに攻撃を繰り出し合うのだった。
ーーーギィン!!
「ヌゥ!」
「クッ!」
ブラックウォーグレイモンXとルーチェモンが激突し合う少し前、チンクとゼストは自らの武器を狭い廊下の中でぶつけ合っていた。
戦い始めた当初はゼストは他の局員達と共に戦っていたが、『ガジェットⅠ型』に紛れるようにずっと潜んでいたステルス性能を持ったチンク達がオリジナルと呼ぶ兵器が動き出し、武装局員達に襲い掛かって来た。そのせいで数名の局員が重傷を負い、ゼストは局員達を逃がす為に殿を買って出たのだ。
その前に無事だった局員達が『ガジェットⅠ型』を全て破壊してくれたので、ゼストは『AMF』の影響は僅かに受ける程度で済んでいる。
(どうやらステルス性能を持った機動兵器も『AMF』を発生させられるようだが、最初の機動兵器と違って浮かべないようだな・・・これならば何とかなるかもしれん)
狭い通路が在る方に逃げたのはステルス性能を持った機動兵器を警戒しての事だった。
幾ら見えないと言っても其処に存在しているのならば攻撃が当たれば破壊出来る。狭い通路ならば、ゼストが前方に向かって魔法を放てば回避する事も出来ずに破壊出来る。現に最初に通路内部に入ると共にゼストが衝撃波を放つと、潜んでいた機動兵器を一機破壊する事に成功した。そして今はチンクとゼストは戦い合っていた。
(この男に足止めは通じない。何としても動けないほどの負傷を与えなければ!)
本音を言えば早急にこの場から逃げ出したいチンクだったが、実力者であるゼストから逃げ切れる自信は無い。
ただでさえ研究所内に残されていた『ガジェットⅠ型』は全て全滅。切り札のオリジナルにしても僅か。その上、チンクは切り札の『バイオ・デジモン』の進化を場所が研究所内なので使えない。一見すればゼスト達が追い込まれているように見えるが、後が無いのはチンクの方だった。
「(もう時間が無い!)・・・此処で決めさせて貰う!」
(来るか!)
後方に飛び去ると共に自らの周りにチンクは大量のスティンガーを出現させ、ゼストは大技が来ると思い身構える。
「オーバーデトネイションッ!!!」
チンクの叫びと共に空中に出現したスティンガーが一斉にゼストに襲い掛かった。
『オーバーデトネイション』。チンクが人間状態で放てる最大の技。空中に出現させたスティンガーを対象に向かって放ち、『ランブルデトネイター』と併用する事によって対象を倒す必殺技。
その技がゼストに向かって襲い掛かる。これでゼストを倒せるとチンクが確信した瞬間、ゼストは腰を低くしながら槍を構える。
《
ーーードォン!!
「オォォォォォォォォォォッ!!!」
「ッ!?」
デバイスから音声が響くと同時にゼストは静止状態から一気に急加速し、チンクに迫る。
スティンガーの刃が次々とゼストの体に傷を付け、何本かは突き刺さるが、ゼストの加速は止まらずにチンクに肉薄する。
至近距離にゼストが迫った事によってチンクは自らも爆発に巻き込まれる危険性が脳裏に過ぎり、『ランブルデトネイター』の発動を躊躇ってしまう。その一瞬の隙を逃さず、ゼストは槍を全力で突き出す。
「終わりだ!!」
「しまっ!?」
もはや避ける事が出来ない事実にチンクは目を見開くが、ゼストの槍は止まらずに迫る。
だが、ゼストの槍がチンクに激突する直前、突如として研究所全体を揺るがすほどの振動が襲い掛かる。
ーーーゴォォォォッ!
「何ッ!?」
研究所を襲う振動にゼストの体は揺すられ、チンクに直撃する筈だった槍の矛先もぶれてしまう。
そのせいで胴体から頭部の方に矛先は動き、チンクの右目辺りを抉るように傷が出来る。
ーーーザッシュ!!
「アアァァァァァァァァァッ!!!」
右目辺りから走る激痛にチンクは悲鳴を上げて、右手で傷を押さえながら横に飛び去る。
その間にゼストは空中に僅かに浮かび、自らに突き刺さっているスティンガーを引き抜きながら研究所全体が襲う振動に困惑したように辺りを見回す。
(何だこの揺れは? 一体何が起きている!?)
「グゥッ!! は、始まったか!? 悪いがもうお前に構っていられん! 退散させて貰うぞ!」
「ま、待て!?」
一目散に逃げて行くチンクをゼストは追い駆けようとするが、その前にゼストの後方から潜んでいた機動兵器が襲い掛かる。
その事にゼストは気がつかず、無防備な背に向かって機動兵器の鎌が迫る。だが、機動兵器の鎌がゼストの背に届く直前、廊下の影から青い炎が放たれる。
「プチファイヤーーー!!!!」
ーーードゴォン!!
「ヌッ!」
背後から聞こえて来た爆発音にゼストが振り返ってみると、自らを襲おうとしたと思われる機動兵器の残骸を目にする。
「誰だ!? 其処に隠れているのは!?」
機動兵器が爆発する直前に聞こえて来た声の方に向かってゼストは槍を構える。
護ってくれたとは言え、味方とは限らない。故にゼストは声の主の正体を探ろうとするが、その前にゼストの足元が光り輝く。
ーーーブゥン!!
「ッ!?」
「貴方の仲間は既に避難して貰いました! 悪いですけれど、貴方にも逃げて貰います」
「何ッ!? ま、待てどう言う…」
ーーーシュゥン!
全ての言葉を言い終える前にゼストは光の中に消え去った。
それを確認すると共に廊下の影から何らかの機械を持ったガブモンが現れる。
「これでリンディさんから頼まれた事は終わった・・・・・それにしてもルーチェモンが此処に居るなんて」
険しい声をガブモンは出しながら、激しく揺れが続く研究所内部を見回す。
最初の揺れよりも徐々に揺れが強くなっていた。このままでは研究所の崩壊は間近に迫っているとガブモンが感じていると、通路の奥からリンディが飛んで来る。
「アッ! リンディさん!」
「ガブモン君! そっちは!?」
「はい、もう終わりました! もうこの研究所には管理局員の人は居ない筈です」
「そう・・・それじゃ私達も避難するわよ。今の私達じゃ足手纏いにしかならないから」
「はい」
悔しい想いを抱きながらも、ガブモンはリンディの言葉に同意した。
並みの究極体を遥かに越えるルーチェモンを相手に成熟期までしか進化出来ないガブモンでは勝ち目は無い。リンディにしても究極体とやり合える力はまだ持っていないので、足手纏いにならない為にも避難するしか無かった。
倉田に繋がる情報を得られなかったのは残念だが、そんな事を言っていられる事態では無い。文字通り世界を揺るがす力を持った者同士の戦闘が始まっているのだから。一先ずはアルハザードに避難しようとリンディとガブモンは思いながら、ゼスト達の時と同じように持っている機械を操作してアルハザード式の魔法陣を発生させる。
「・・・・ん? リンディさん? 何か在ったんですか?」
「・・・・・・少し懐かしい知り合いに会っただけよ・・・それだけなの」
それ以上は何も言わないというようにリンディは口を閉ざす。
何時もと違うリンディの雰囲気を察したガブモンはそれ以上聞く事無く、二人の姿は魔法陣から発生した光の中に消え去ったのだった。
そして研究所内部に残された二体。ルーチェモンとブラックウォーグレイモンXは、周りになど構わずに戦い続けていた。
「ムン!!」
「おっと!」
ーーードゴォォン!!
ブラックウォーグレイモンXが勢い良く振り下ろした踵落しを、ルーチェモンは飛び去る事で避けた。
躱された踵落しは地面と激突し、一気に円状に陥没するが、ブラックウォーグレイモンXは構わずに宙に浮かんでいるルーチェモンに向かって飛び掛かる。
「ドラモンキラーーー!!」
「フッ!!」
ーーードガッ!
ブラックウォーグレイモンXが突き出したドラモンキラーの刃がルーチェモンの右腕に触れるが、その身には傷一つ付かなかった。
自らの全力攻撃が全てルーチェモンに通らない事実に歯噛みしながらも、更に攻撃を繰り出そうとする。だが、ブラックウォーグレイモンXが攻撃を繰り出す直前のほんの僅かな隙を逃さず、ルーチェモンの拳が胴体に突き刺さる。
「ほらっ!」
ーーードゴォッ!!
「ガハッ!」
全身を貫くような衝撃にブラックウォーグレイモンXは息を吐き出した。
既にブラックウォーグレイモンXが纏っているクロンデジゾイド製の鎧には幾重にも罅が入っていた。逆にルーチェモンの体には傷一つ無く、その身に纏っている白い布にも破れ一つ見えなかった。戦い始めてからブラックウォーグレイモンXの攻撃は幾度かはルーチェモンにヒットしていたが、ルーチェモンがその身に纏っている力のせいで傷一つ付けられなかった。
自らの身に襲い掛かる激痛に苦しみながらも、ブラックウォーグレイモンXは蹴りを放つ。
「チィッ!!」
渾身の力を込めて蹴りをブラックウォーグレイモンXは放つが、ルーチェモンは僅かに体を傾けるだけで避ける。
「危ない、危ない・・・それにしても君・・・やるね・・・今の君ならロイヤルナイツクラスの実力は在るよ」
「ハァ、ハァ、ハァ・・・・・その俺を此処まで追い込みながら良く言う・・・・だが、これでハッキリした」
「何がだい?」
「貴様・・・・何の為に自らの力を高めている? 『スサノオモン』への復讐の為か?」
ーーーピクッ!
ブラックウォーグレイモンXの言葉にルーチェモンの体が僅かに震えた。
その反応にブラックウォーグレイモンXは、抱いていた疑問が当たっていた事を確信する。
「気にいらんが、明らかに貴様の戦いは俺ではない誰かを意識した戦いだ・・・・最初は同じ『七大魔王』かと思ったが・・・それとは違う・・・ならば、『傲慢』を司る貴様が力を高めるほどに望む相手は一体だけ・・覚醒した貴様を打ち倒した『スサノオモ…」
「それ以上喋るな」
ーーードゴォン!!
「ガッ!!」
今までに無い冷徹な声と共にルーチェモンの姿は消え去り、ブラックウォーグレイモンXの胴体に再び拳が突き刺さった。
その威力は今までを遥かに越え、ブラックウォーグレイモンXが纏っている鎧の胴体部分が砕け散ったばかりか、衝撃によって後方へと吹き飛ばされてしまう。
次々とブラックウォーグレイモンXは研究所の壁を突き破り、遂には外にまで出てしまう。
ーーードォン!!
「・・・・・・グゥッ!」
(ブラック様! す、すぐに治療魔法を!)
(余計な事をするな! お前は進化の維持に集中しろ!)
(で、ですが! もうダメージがかなり溜まっています!)
「今進化が解ける方が問題だ! 来るぞ!」
ーーーゴオォォォォォォォッ!!
ブラックウォーグレイモンXが地面から立ち上がると共に、目の前に在った研究所が瓦礫の山へと化した。
同時に天に昇るように光が空へと浮かび上がり、全身から光の力を発しているルーチェモンが殺意と冷徹さを宿した瞳でブラックウォーグレイモンXを見下ろす。
「・・・・この僕の考えを見抜くなんて・・・・君は気に入らないよ。跡形も無く消し去ってやる!」
(来るか! 待っていたぞ!)
ルーチェモンが右手を掲げると共に渦巻く力を感じながら、ブラックウォーグレイモンXは両手をルーチェモンに向かって突き出し、大気中に漂っている負の力を凝縮して行く。
それはブラックウォーグレイモンXが放てる最大の必殺技の構え。回避する事が不可能な必殺技。
「ハデスフォーース!!!」
ーーードドドドドドドドドドドドッ!!!!
咆哮と共にブラックウォーグレイモンXが突き出していた両手の先から、数え切れないほどの巨大なエネルギー球が撃ち出された。
撃ち出されたエネルギー球は真っ直ぐに上空に浮かんでいるルーチェモンに向かって超高速で迫って行く。並みの究極体でも大ダメージを免れる事が出来ないほどの威力がエネルギー球一発一発に宿っている。
その絶対的な威力を秘めたブラックウォーグレイモンXの必殺技は。
「グランドクロス!!」
ルーチェモンが右手の先に作り上げていた惑星直列の様に十字を模った十個の超熱光球を放つと共に、全てが光に飲み込まれた。
そして光が消えた後には、空はまるで夜になったかのように分厚い雲に覆われ、雷が鳴り響くと共に嵐が巻き起こる。
『グランドクロス』が放たれた地上は悲惨と言う言葉で言い切れない状態だった。人工物だった研究所はその痕跡を一切残さず消滅し、緑で覆われた森の木々は全て失われ、大地には幾重もの裂け目さえも出来ていた。その裂け目の向こう側には赤いマグマが流れているのが見える。
『天変地異』。それに相応しい状況が地上には広がっていた。だが、それを成したルーチェモンは地上の事など気にせず、自らの右脇腹を右手で押さえながら不愉快そうに見つめていた。
「・・・・・やってくれるね・・・・まさか、僕が『グランドクロス』を放つ瞬間を狙っていたなんて」
呟きながらルーチェモンが右手を脇腹から退かすと、其処には抉られたような
ブラックウォーグレイモンXは自らとルーチェモンの間にある実力差を理解していた。あのまま戦っていても勝てないと判断したブラックウォーグレイモンXは、ルーチェモンを挑発し『グランドクロス』を放つように仕向けた。
『傲慢』の称号を司るだけ在ってルーチェモンにとっては自らの考えを読まれるなど赦し難き所業。
怒りで冷静さを失ってしまったルーチェモンはブラックウォーグレイモンXの策どおりに動いてしまった。『ハデスフォース』は『グランドクロス』とぶつかり合って飲み込んだが、『ハデスフォース』を放つと共に撃ち出されていた『ドラモンキラーの爪』にルーチェモンは気がつけなかった。
『グランドクロス』を放った直後で力が落ちていたルーチェモンの右脇腹を『ドラモンキラーの爪』が抉ったのである。ギリギリのところでルーチェモンは気がつき、致命傷だけは避けられたが、後一瞬でも体を捻るのが遅れていたら致命傷を負っていたのは間違いなかった。
「・・・・危険だ・・一年前にも思ったけれど・・・・アイツは危険だ・・・・次に会ったら今度は逃がさない。最初から全力で殺しに掛からないと」
そう呟くと共にルーチェモンの姿は空間に溶け込むように消失し、後に残されたのは『天変地異』が巻き起こったと思わされる荒れ果てた地上と嵐が巻き起こる空だけだった。
アルハザード転移室。一足速く戻って来たリンディとガブモンは、フリートから連絡が届くのを待っていた。
戦いが終わり、ブラックとルインがルーチェモンに勝ったのか。或いは敗北してしまったのかとリンディとガブモンが不安を抱いていると転移室に光が生まれる。その光にリンディとガブモンが気がついた瞬間、光が強まり纏っている鎧と両手のドラモンキラーが見るも無残な姿に変わり果て、背中に背負っているバーニアも原型を留めないほどに破壊されたブラックウォーグレイモンXが傷だらけの姿で現れる。
その姿にリンディとガブモンが言葉を失って呆然としていると、ブラックウォーグレイモンXをデジコードが全身を覆うと共にユニゾンが解けて、ブラックとルインが床に倒れ伏す。
ーーードサッ!
「ッ!? ブラックさん!!」
「二人とも確りして!!」
ガブモンとリンディは慌ててブラックとルインに駆け寄る。
しかし、意識が無いのか二人は答える様子が無く、本格的に危ないとリンディは悟り、フリートに慌てて連絡する。
ーーーピッ!!
「フリートさん! フリートさん! 聞こえる!?」
『はいはい! 聞こえていますよ、リンディさん。こっちは今
「彼とルインさんが重傷を負って帰還したのだけれど、二人とも意識が無いようなの!!」
『ッ!? 了解です! ルインさんをすぐにこっちに転移させますから、ブラックの方は先日ブルーメラモン達が使ったデジモン用治療道具を使用して下さい!』
「分かったわ! ガブモン君! 治療道具を取って来て!」
「分かりました!」
リンディの指示にガブモンは返事を返すと共に、転移室から出て行った。
それと共にルインの体の下に転移用の魔法陣が発生し、ルインはフリートの下に転移した。リンディは横目でそれを確認しながら、一先ずはガブモンが戻って来るまで呼びかけを続けようとブラックの傍による。
「確りして!! 今ガブモン君が治療道具を持って来るから!」
「・・・・い、言われんでも・・・・・わ、分かっている」
「ッ!?」
返事を返したブラックにリンディは目を見開くが、ブラックは構わずにうつ伏せになっていた体を動かして天井を見つめる。
「・・・・・・ククククッ・・・・・・ルーチェモンか・・・・・やはり、奴は・・・・・最高の獲物だ・・・・必ず・・・倒してみせる・・・・・・暫らくは眠る・・・・ル、ルインの事は頼むと・・・・フリートに伝えておけ」
「えぇ・・・・分かったわ。だから今は貴方も休んで」
「・・・・あぁ」
その言葉と共にブラックは瞳を閉じ、意識を深い眠りの底につかせる。
一先ずは命の心配は無いと安堵の息を漏らすと共に、リンディはガブモンが戻って来るまでブラックの頭部を自身の膝の上に乗せて眠るブラックを優しげに見つめるのだった。
暫らくブラックは戦闘不能になりました。
現在のブラックの強さはディアボロモン級には通常状態でも勝てますが、ロイヤルナイツ級には勝てません。
『X進化』状態ならばロイヤルナイツに匹敵しますが、あくまで匹敵するだけで経験を積んでいるロイヤルナイツ《セイバーズの世界》には勝てません。
逆にルーチェモンはただでさえチート級のデジモンなのに、二度の敗北で成長してしまいました。
次回はゼスト達とチンク達がどうなったのかと、次の進展が始まります。