真・恋姫†外史 ~二人の姦雄~   作:当在千里

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 前回の投稿から随分時をおいてしまいました。いやはや、麗羽様をいかに料理しようかと頭を悩ませたので、かなりの難産となってしまいました。ともすれば、矛盾謎も見つかるやもしれませんが、目をつぶってくださいますよう。


【ニ】英雄教化

 洛陽の邸宅。その中でもひときわ華美なものがここにある。洛陽に住む者で、その邸宅の持ち主が誰であったか知らぬものはいない。袁家、その栄華の最高峰いた男、袁湯である。彼は「跋扈将軍」と呼ばれた大外戚・梁冀(りょうき)の下で官の最高位である三公全てに就任していた男であり、梁冀の専横のもと、むしろ袁家の全盛を築いた一世の怪物である。

 袁湯は息子の袁成にこの邸宅を譲った。しかし、その袁成は袁湯より先に他界し、今は誰の物になっているのか。

 

「志遥さん、華琳さん、ご覧なさい、これがお祖父さま、お父様の残されたわたくしの洛陽での家ですわ!」

「やっぱり袁湯様も、あなたと趣味が似てるわね」

「……俺は嫌いじゃないぞ」

 

 袁成の娘であった袁紹、真名を麗羽。その人である。

 彼女が伴っているのは、鮑信(曹操)、真名を志遥。曹操、真名を華琳。彼らはここ最近、よく行動を共にしていた。ただ単に麗羽が取り巻きとして従わせているだけなのだが、志遥にしろ、華琳にしろ、彼女に連れ回されることが悪いわけではないと思っている。それは、彼女が袁家の娘であるからだ。世間の目は袁紹の友達ということをすなわち、袁家の縁故と見る。それは彼らの評判を上げることにもなるのだ。袁家の名はそこまで大きい。――まあ、志遥の場合は麗羽を一端(いっぱし)の英雄にしたいという考えもあるのだが――しかし、彼らは決して上辺だけの友情ごっこを演じているというわけでもなかった。どことなく、三人一緒だと余計な重圧を感じないといったところが正直な感想であろう。故に、真名も教え合っているのだ。

 

「では、麗羽、この世が乱れているのはなぜかわかるか」

 

 そんな麗羽の家で、今日は勉強会である。志遥はこれを機会にと、麗羽を教化してみようと考えた。麗羽に宿るある感覚が、彼女を暗愚たらしめていると考えていたからだ。その感覚とは、

 

「世の中は乱れていますの?」

 

 世を見る目。である。

 

「……そこからか」

「志遥、わかってたでしょ」

「だとしてもだ、これは骨が折れる」

 

 わかっていたとは言え、無自覚なものというのは、これほどまでに愚かしいのかと、志遥は目の前の鈍物に頭を痛めた。彼女は、世の情勢を全く知らないのである。恐らくは、袁家において大切に育てられたためだろう。花も日が当たらぬよう袋で覆えば、いくら栄養も水も十分であれ、綺麗に育つはずがない。かつて志遥の戦った「袁紹」は、名族とは言え妾の子だと蔑まれ、そんなものは得られなかった。袁術にしろ、幼少の頃は、梁冀の失脚に伴って袁湯も一時的に失脚し、袁家の勢力も一時的に衰えていたので、彼の代で強くなるようにと育てられた。共にただ安穏と暮らしてはいなかったのだ。しかし、この麗羽どうであろう。全くの逆である。幸いにも、まだ取り返しのつく時期に志遥と出会った、というのがせめてもの救いであった。そうして志遥は、今日こそ彼女を変える日だ、と思ったのである。そして、その後は、華琳の存在も上手く絡めたほうがいいだろうとも考えた。二人は、対照的でありながら、性質を同じくする人間だと見えたのだ。逆を返せば、決して相容れぬ関係だとも言える。二人が互いの存在を英雄として意識し合えば、きっと良き友、良き敵として才を磨き合えるだろうと考えたのである。そのためにまず、志遥は麗羽に、才を芽吹かせるべきだと考えた。

 

「単刀直入に言おう、お前は、世間知らずだ」

「なんですって」

 

 麗羽は眉を吊り上げた。怒っている。が、志遥は構わず続ける。華琳は、気づかれぬよう小さく笑った。

 

「怒るな、事実を言っている」

「そんなことありませんわ!」

「では聞くが、お前は今朝廷を牛耳っている者たちの名前を知っているか?」

「じゅ、十常侍ですわ」

 

 この答えに、志遥は半ば落胆し、半ば納得した。

 

「それは総称であって、名前ではない。その十常侍を全員言えるかと言ってるんだ」

「それは……名門袁家にとっては瑣末な問題ですわ!」

「瑣末でも何でもない。敵を知らずして、もし、お前が今後朝廷の(まつりごと)に参加して、どうやって、その権力の頂点を敵と争うんだ?」

「それは……袁家の威光で」

「宦官というのは、皇帝の威光をためらいなく振りかざす、袁家の威光は確かに偉大だ。だが、それが通用するのは、民衆と士人らの間だけなのだ。いくら篝火の明かりが眩くとも、日輪はすべてを消してしまうからな」

「……」

 

 珍しく、麗羽が黙った。いや、今日は黙らせると、志遥はそう決めていた。華琳はその様子を見つつ、何やら思案顔となっていた。と、志遥は華琳に顔を向ける。

 

「華琳よ、お前は十常侍の名前が言えるか?」

「……張讓、趙忠、そして夏惲、郭勝、孫璋、畢嵐、栗嵩、段珪、高望、張恭、韓悝、宋典の十二人。その筆頭は張譲と趙忠ね。双方とも陛下の幼い頃から側で仕えていたから、信頼も厚い。悪知恵は働くし、朝廷工作が生きがいみたいな奴らよ」

「ふむ、麗羽、どうだ」

「な、なにがですの?」

「悔しくないか?」

「え?」

 

 麗羽は突然の言葉に一瞬驚いた。そこに間髪入れず、志遥が言葉を継ぐ。

 

「華琳に分かることをお前がわからなかったという事実にだ。華琳が知っていることの十分の一も、お前は知らない。もし、お前が華琳と戦いにおいて相対せば、兵の差が五倍していたとしても勝てるかどうか怪しいぞ」

 

 それを聞いて華琳は黙して語らず、麗羽は強く反発した。

 

「情報と戦いなんて関係ないじゃないですの!」

「大アリだ。敵の数を正確に測るには何が必要だ? 情報だ。自陣営の糧秣の量、兵士達の状況、それに伴う糧秣の消費を計るには何が必要か。情報だ。さらに言えば、兵を率いる敵の将、兵科、相手の糧秣、それに伴う消費とそれに合わせた作戦。それらは何を元手に想定する? 情報だ。こうして考えれば、情報が如何に戦を左右するかわからんでもあるまい?」

 

 志遥は静かに、しかし容赦なく言葉を紡ぐ。いつも彼は、麗羽に対し、優しく指摘することが多かった。というのは、麗羽の突飛な発言や行動に対し特に批判を加えるわけでなく、それとなく、自分の意にするところを麗羽の考えに肯定的に修正することで促し、麗羽への名声や、袁家への信頼を底上げしていたのだ。それが、ここに来てのこの辛辣な言葉である。麗羽はひどくその自尊心を傷つけられた。 

 

「そんな……私は」

 

 答えに窮する麗羽、戸惑いの表情も伺えた。悔しさも、悲しみもあった。今日浴びせられた言葉は、普段全く言われることない言葉だからだ。しかも、いつも自分を肯定し、笑顔で答えてくれるいわば「都合の良い」友人、志遥に言われたのだからなおさらである。それが、いまなんの前触れもなく自分に牙をむいてきた。そこに、刃を突き立てられたような感覚を覚えたのである。

対して、志遥のそれまでの動きの訳とは、いわば土台作りであった。麗羽がもし、教化され向上する方へ向かう時には、その成長を袁家の名が助けてくれるようにと、先のようなことを行っていたのである。そして、志遥はまた、こうも続けた。

 

「麗羽よ、お前は無知だが、聡明だ。それは俺が知っている」

 

 声色優しく、そして力強く言葉を紡ぐ。辛辣な指摘で固まった麗羽をほぐすように言葉を継いでいく。華琳は未だ黙したまま、志遥の為さんとするところを見届けんとする。

 

「よいか、俺は決して、お前が華琳に劣っていると言いたいのではない。お前は常日頃、その才のあるところを知らずにただ名家という名に流されるがまま生きてきた。それがお前の才を曇らせたのだ。俺は常にそれを心配し、いつかそれに気づいてくれるよう、それとない言葉をかけていたのだ。事実、お前の行動は俺に応じる形になっていった。気付かなかったか? お前を見る目が段々と良いものになっていったのを」

 

 麗羽とて、無知ではあれど頭がないわけではない。確かにここ最近の都の人々の自分に対する見方が変わったのは、薄々ながら感じていた。そうなった原因ついてさして考えたことはなかったが、よくよく考えれば、志遥の言葉に従ったところが大きいのだろうと思った。

 

「貴方のおかげでしたの?」

「ああ……だが、俺は、そういった行動を自分で考えて為して欲しいと思っている」

「自分で?」

「そうだ。自ら情報を判断し、それを絡めて自らの利するところに持っていく。何に基づくか、何を判断するかそれはお前が全て決めるべきなのだ」

「……」

「英雄となれ。麗羽。お前の一族が今まで、士人の頂点に立っていたのは、世を図り、人を知り、その声の応ずるところに動いたからなのだ。それは例えば先代当主の袁湯様、現当主の袁逢様とて同じこと。その志をお前や、従妹の袁術が継がねば、袁家は簡単に十常侍どもに潰されるぞ?」

 

 麗羽は黙ったままだった。しかし、先ほどと、目の色が違うのが見て取れる。力強く、意思のこもった目である。それを悟った志遥は、さらに言葉を紡いだ。

 

「少なくともだ。華琳すでに、英雄としての資質を十分に持っている」

「あら、当然じゃない」

 志遥の言葉に、ようやく華琳が反応した。しかも、その顔は自信のこもった笑顔である。そこには、麗羽何するものぞと言わんばかりの気概があるのではと、麗羽にそう思わせるだけのものがあった。

 

「まあ、麗羽のためだ、言わせてくれ。経書はもとより、兵家、法家の思想にも通じ、なにより、すでに自らの情報網を作り上げているぞ。郷里にて兵を鍛え、変事に精鋭として機能するようと準備も整えている。そしてなにより、すでに上奏文において朝廷での実績も上げているぞ」

「とは言っても、十常侍によって冤罪を課せられた士人の救済を上書しただけ。それが効果のあるものだったかは疑わしかったわ。それに……」

 

  続けようとして、しかし、華琳は口をつぐみ、顔はやや曇った。

 

「……いえ、いいわ」

 

それが何を意味するかは、今は語らないでおく。

 麗羽は愕然とした。

 

「知りませんでしたわ……華琳さんが、そんな……」

「それは知らなかったのではない。お前が知ろうとしなかったんだ」

「けれど、わたくしは……」

 

 もはや、完全に彼女の自尊心は砕けたといえよう。

 そんな打ちひしがれた麗羽に志遥は優しく語りかけた。

 

「麗羽、今から共に知れば良い。まずは、お前の頭に、情報を叩き込め。そうすれば、いずれは英雄になれる。お前には、俺にも華琳にもない利点がある」

「え?」

「四世三公という血統だ。自らの血筋に踊らされず、それを利用すれば、お前は簡単に英雄となれるのだ。家柄とは、それを傘に奢るものではない。それを元手に雄飛させるものだ」

 

 志遥は心に、かつて曹操であったころの袁紹を思い浮かべていた。少なくとも、袁紹はそうであった。死力を尽くして勝ち得たからこそ、彼の真価を測れる。

 語りかける志遥に、麗羽はか弱い声で小さく聞いた。

 

「わたくしにそれができますの?」

「できるさ。いや、できるできないではない。やるのだ」

 

 麗羽の顔がみるみる崩れていく。志遥の肩にすがり、抱きしめ。大泣きに泣き出したのだ。

 志遥はそれにただ応じ、麗羽の金髪で螺旋状の髪を、優しく撫でているのであった。

 

――外史を律す――

 

 その鳴き声が、英雄袁紹の産声となったのだった。

 

(ほほう、見ただけでもわかったが、やはり良い乳をもっておる。胸に触れる感触はまこと心地よきものだ)

「……顔に出てるわよ」

 

 ……様子を見ていた華琳に、後頭部を叩かれたのは、麗羽には秘密である。

 




次回休憩がてらコラム的な番外話を入れるかもしれません。麗羽さまの次は、華琳さまのお話になるでしょうかね。

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