真・恋姫†外史 ~二人の姦雄~   作:当在千里

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訂正:兵は拙速を尊ぶ→兵は拙速をなるを聞くも、いまだ巧久なるを睹ず

   たけのこさんの指摘より。訂正させていただきました。
   孫子への知識不足と資料の読み込みの甘さを痛感いたしました。善処いたします。


序 覇王転生

 天は、人の世の乱れるとき、英雄を欲する。故に、人の世をまとめるため、英雄が台頭する。

 天は、英雄を欲するが故に人の世を乱す。故に、世が乱れるときには多くの群雄が割拠する。英雄たるものが平らげる時を待つ。

 天命とは、世を正しく治めるのみを欲しているわけではない。全ては自然という大道に沿うた要求をなすのである。

 そして一人の英雄が死すとき、一つの時代が終わる。

 今、一人の英雄が死なんとしていた。

 彼はただ、自分に迫る死を静かに待っていた。

 周りには、彼の配下や親族が居並び、男が逝くであろうすぐ先を思い、涙にくれていた。

 

「皆案ずるな、死んだとて、俺の志は千里にある」

 

 男の口癖である。志千里に在り。その思いを以て、彼はその人生を駆け抜けたのである。

 いよいよかと思うとき、彼は深く息をついた。

 

(遺書を書くときに考えたのは、天下のことではなかった。むしろ、遺していく女の行く末ばかりが頭をよぎる)

 

 彼らしい。というべきか。天下を伺う覇者でありながら、彼は家庭に気を配る男であった。

 

(ああ、麗玉の尻をもっと撫でたかった。萌芽などは一回しか相手にしていないのに……桃美あの身体、まだまだ堪能しておらなかったのになあ。愛鈴の胸にまた挟まれたい。あ奴らは手に職がないから、卞に頼んで縫い物などを教えさせるようにしたが…むぅ、心配だ。 ……そういえば環珠はまだ閨に呼んでおらなんだ。外でならいくらか――)

 

 ……実に彼らしい。

と、男がいよいよ意識の遠のく折、思い出したことがあった。

 

(……そういえば、西国から来たという浮屠の教えでは、人は新たに生まれ変わるのであったな。浮屠を信ずるわけではないが、もし、生まれ変われるなら、また英雄豪傑とオナゴに囲まれた生活を送りたいものだ)

 

 思った刹那、彼は深い眠りへと入っていった。この世とのつながりを失う深い眠り。

 周りの者たちはそれに気づいたのだろう、みるみるうちに大騒ぎとなり、方方で「魏王様」と叫ぶものが現れてきた。

 

 建安25年(西暦220年)、漢丞相であり魏の王。乱世の姦雄曹操の将星が落ちたのであった……

 

 ……のだが。

 

「孟徳や、起きなさい。孟徳…」

「ん~……あと五分」

「いいから起きなさい! 曹孟徳!」

「ぬわお!」

 

 曹操が目を覚ますと、そこは自分のいた洛陽の邸宅ではなかった。

 直前までのことを考えると、自分は「あの世」に来たに違いない。とすると、目の前にいる見目麗しき女性はおそらく、この世界の天子であろうか。陰陽に照らし合わせれば、死は陰に属す。また、男女を陰陽で表せば、陰は女である。死の世界の主が女性であると言うことは、なるほど頷ける話であった。

 

「誰なのだ、お前は」

「え? ああ、私? 私はそうねえ、まああの世の主かな?」

「やはりな」

「あら、わかってたの? さすがねぇ」

「名は?」

「そうねえ、たくさんあるのだけど、あなたたちの価値観に合わせて、西王母とでもしておくわ。」

 

 死を司る仙女、それが西王母である。古くは山海経、准南子や荘子にその名がある。(後世においては、仙女を統べる仙女で不老不死を司り、崑崙山の主とされた)

 

「俺は死んだのか」

「ええ、まあ死にました」

「やはりか。いざ死ぬとあっけないものだ。しかしまあ、あの世の主にしてはお前は随分とサバサバとしたしゃべり口だな」

「そりゃもう、こっちの世にはそう言う格式張ったもの必要ありませんので。そういうあなただって漢の丞相、魏の王にしては権威を誇るようなことはないわね」

「俺も格式張ったのは嫌いでな。して、何用なのだ。俺の前世の罪でも問うのか?」

 

 曹操がそう言うと、西王母はカラカラと笑った。

 

「そんなことはしないわ。あなたは英雄。ただの亡者とはワケが違いますからね」

「フッ、そう言われれば俺の人生も報われる。では、なぜ俺はここにいるんだ」

「ちょっと手伝って欲しいことがあるの。あなたと異なるあなたを助けるために」

「俺とは違う俺を助ける?」

 

 西王母は優しい笑顔を浮かべて頷いた。良い女には笑顔が似合う。曹操は思った。もはや死んだ身であるのだから、自分にやるべきことはない。そうであるなら、この美しい女の話を受けてやっても良いと思った。

 

「まず、外史という世界があるの」

「外史?」

「ええ、外史。貴方たちの生きた時代は後世に痛く気に入られてね。様々に虚構を交えた物語として「三国志」という名を与えられたの。あなたの建国し、曹丕が漢の帝から禅譲をうけた魏、劉備がそれに反抗し蜀に再び建国した漢、それにやや遅れて後ろ盾もなく僭称した呉。これら三つの王朝が揃って覇を競ったという物語。その物語があまりにも人の心を集めすぎたために、人々の願望と欲望が膨れ上がり、やがてそれ自体が世界として形を為すようになったの。それを私たちは外史と呼んでいるわ。と言っても、貴方の住んでた世界も外史の一つね、正史に似せて作られているようだけど」

「ほう、俺は虚構より生まれたと?」

「そういうこと。外史は物語として世界を紡ぐの。正史がつづる物語の始まりと共に生まれ、正史がその筆を置くとき、外史も道を失う。私たちはそのうえで動かされる人形ってわけ」

「それを聞くと、俺の俺としての存在を疑いたくなるな」

「でもね、私たちはそれに抗うことはできないの。正史は私たちの行動、言動、心情すべてに影響を及ぼすからね」

「どおりで。看過できん話であるのに、俺はそれを受け入れようとしている」

「そういうこと。で、貴方には、貴方がいた外史とは別の外史に行ってほしいの」

「それが、もう一人の俺がいる外史であると?」

「端的に言えばそうね。その外史には、あなたやあなたの配下だった人たちと同じ名前の者が幾人かいるわ。あなたには、その世界の曹操を補佐して、天下を一つにまとめて欲しいの」

「ほほう、これまた奇異なことをやらせるものだ」

「ええ、そりゃもう。で? 引き受けるの? 引き受けないの?」

「むぅ……引き受けるとして、俺が俺と共にいるというのがな。俺とて人の子、違和感を拭えなくなるだろうに。そこに対して、正史とやらは何か配慮してくれるのか?」

「あ、その点は全く問題ないわ」

「ほう」

「名前は同じだけど、性別は反対。つまり曹操という名の女の子を補佐して欲しいのよ」

「……まことか」

「ええ。欲望の最たるものは性欲だからね。武将が女性になるなんてわけないわ」

「……ところで、そのオナゴの俺というのは、美しいのか」

「ええ、美少女よ」

「よかろう、俺が責任を持って天下へ導くとしよう」

「ちなみにほかの将士も皆美女、美少女になってるわ」

「ますます気に入った。俄然やる気が出るというものだ。英雄で美女。大変結構。俺の求めるものが全てそこにあるではないか」

「うまくいけばその全員と肉体関係も築けるかも」

「こらこら、あまり期待させないでくれ。兵は拙速を聞くも未だいまだ巧久なるを睹ずとは言え、そこまで俺をはやらせる言葉は失敗を招きかねんぞ」

「ちなみに関羽も美少女になっているのよ」

「妻として迎え入れてやらんとな」

「正直な人ね」

「たとえ俺が他人に偽るとしても、俺が俺自身を偽ることはない」

 

 彼は意外に単純である。そして一度決断をすればその行動力は凄まじい。早くも自らのやるべきことを聴き始めた。西王母はそれに応える。

 

「外史に赴く前に、多少、その世界の常識を覚えてもらわないといけないかしら。それから…曹操という名前。そのままで行くというのもまずいわね。名前を考えないと」

「ふむ」

「ある程度名前に関しては融通できるわ。曹操以外なら、ある程度どんな名前でも許される」

「ならば、あやつの名前にしよう」

「誰かしら?」

「無二の友だ。俺の身代わりになって死に、且つ、俺を始めて英雄と認めてくれた者がいた。いずれは覇業を助ける股肱として共に天下を論じたかった」

 

 曹操は自らの友の顔を思い出した。涼やかで知勇を備えた君子であった。自分の身代わりとなって討ち死にしたとき、彼の亡骸を見つけられず、涙にくれた。

 

「その人の名前は?」

「……――だ。」

 

 かくして、姦雄は姦雄と出会うために、新たな外史の扉を開けた。

 


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