自殺志願の神殺し(F)/生存欲の魔王(B)   作:天崎

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苦労する者達(T)/名付けし者(N)

 

「“彼”が早く目覚めるといいのだけど。いろいろ情報を持っていそうだし」

 

アニー・チャールトンが呟いた直後に車のボンネットに何かが落下してきた。

よく見れば何かではなく、何者かであった。

 

「何!?」

 

アニーは慌ててブレーキを踏む。

急ブレーキによって後部座席の甘粕が転がり落ちたが気にしていられる状況では無かった。

 

「ったく………何で私がこうも苦労しないといけないのよ」

 

アニーが困惑する中、ボンネットに降ってきた少年“を”抱えた少女は憎々し気に呟くのだった。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

童子達から逃げ切った所で喰はフラついていた。

 

「大丈夫なのかい?」

 

「いや、大丈夫ではないな。主に骸のせいで」

 

喰は抱えていた二人を降ろして頭に手を当てている。

骸が面倒な状況にある為、喰にも影響が出てきているのだ。

 

「で、どうするの?近くに裕理達がいるようだけど合流する?」

 

「そうしたい所なんだが、骸の奴をどうにかしないと体が本調子にならねぇ………」

 

「本当に面倒くさいわね」

 

「あぁ……だから、ぶん殴ってくる」

 

「どうやって?」

 

「俺も意識の底に沈んで直接殴る」

 

実際には違うのだが、言い方としてはこうしか無い。

そこらへんは半月やヴェーラには分からない感覚だ。

 

「というわけで、体が無防備になるが任せた」

 

「「は?」」

 

二人が聞き返す前に喰は意識を沈めていた。

意識を失った体はバタリと倒れるのだった。

しかも、気配隠しはきっちり発動した上でだった。

 

「本当に………勝手な奴らね………」

 

「その分、“喰には”信用されてると考えとこうよ」

 

半月の憎々し気な呟きに、ヴェーラが苦笑しながら答える。

“信用”という言葉には苦笑しながらも何処か嬉し気な物が混ざっていた。

 

「さて、じゃあ僕は偵察にでも行こうかな」

 

「どうしてよ?まさか、“これ”を私だけに押し付ける気じゃないでしょうね?」

 

“これ”とは勿論、骸と喰の肉体である。

 

「だって周囲の状況は把握しておきたいだろ?」

 

「だからってねぇ………」

 

「それに雑な君や不発弾な神殺しより僕の方が隠密には向いてるし」

 

「よし、喧嘩売ってんのね?」

 

「さぁ?どうだか」

 

「って、ちょ、勝手に行かないでよ!!」

 

ヴェーラは半月と“彼ら”の肉体を放置して闇へと消えていく。

何にせよ、これで半月は一人で“彼ら”の肉体をどうにかするしか無くなったのだった。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

「猿ばっかりだね」

 

ヴェーラは中禅寺湖周辺をバイクに乗って走っていた。

勿論、召喚術で出したバイクだ。

ヴェーラの召喚術はマーキングさえ付ければ大体何でも呼び出せる。

ヴェーラの服装はフード付きの黒ロングコートに狐面と言った感じである。

ロングコートの下には黒のワイシャツにネクタイ、ミニスカートを着ているがロングコート故に見えはしない。

その格好でバイクを乗り回しているのだ、ほとんど不審者である。

これで夜だったら更に怪しさが増している。

池袋でも走ってたら都市伝説扱いされかねない。

 

「そろそろ引き時かな?」

 

さすがに猿達が怪しみ初めていた。

撤収しようかと思った時、近くの林から気配を感じる。

 

「っ!?」

 

一応、警戒態勢に入っていたヴェーラはほとんど反射的に気配のした方へ発砲する。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

「いよう。ぶん殴りに来たぜ、馬鹿野郎が」

 

意識の奥底で自身の作り出す闇の中に沈んでいた骸に、喰が話し掛ける。

骸は言葉に反応して顔を上げる。

その瞳には光が宿っていなかった。

元より光なんてほとんど宿っていなかったが、これは更に酷い。

纏う闇も“自殺志願者”の時とは質が違う。

 

「お前か……今なら喰ってもいいぜ?どうせ、俺なんかがいても“零姉”にしてやれる事なんて無いからな…………」

 

「今のお前は喰う価値もねぇよ。殺す価値もねぇ。乗っ取る価値すらねぇ」

 

溜め息と共に言う。

大層面倒くさそうに言う。

喰にとって、こんな物は面白味の欠片も無い。

 

「そう、つまらねぇんだよ。“自殺志願”にせよ、“生きる意味”、“守る物”だの。そういう時のお前は気に入らねぇ部分もあるが“面白味”があったんだけどな」

 

その言葉に骸は、うっすら反応を示す。

それもそうだろう、意識して“あの男”の言いそうな事を言っているのだから。

“あの男”……“間払 刻巳”、骸の育て親に。

 

「お前……“親父”を知っているのか?」

 

それはそれで奇妙な質問だった。

だが、骸が疑問に思うのも仕方がない。

骸が自覚出来る程、はっきりと喰が表に出たのは堕天使を殺したあの時が初めてなのだから。

それまでは無意識とも呼べる程度でしか無かった。

しかし、喰は神を殺す時より以前にたった一度だけ表に出た事があった。

それは“喰”が“自我”を持った時であった。

喰はその時の事を思い出す。

 

 

◇◇◆◇◇

 

 

それは突然だった。

肉体を得たと言う事は一瞬で理解出来た。

しかし、それ以外は全く分からなかった。

自分はどういう存在なのか、この体はどういう物なのか、全く分からなかった。

そもそも何故自分が産まれたのか、すら理解出来ていなかった。

周囲を見渡す。

“自分”に関して以外はそれなりに分かっていた。

この“肉体”に宿る者と記憶は共有していた。

それ故に知識は持っていた。

一先ず立ち上がり、部屋を出て状況を把握する事にした。

 

「よぉ、こんな夜中に何をやってんだむく………ろじゃねぇな。誰だ、お前は?」

 

廊下に出た瞬間、声を掛けられた。

振り向くと男の姿があった。

“記憶”によれば“育て親”と言う物らしい。

そこで純粋に疑問を感じた。

何故この男は“自分”が本来“肉体”に宿ってる者では無いと一目で見抜けた?

 

「ん?骸じゃないことをどうやって見抜いたって?そんな物は目を見れば分かる。しかし…………“面白い”やつだとは思っていたが更に面白くなって来たじゃねぇか」

 

男は笑う。

面白そうに笑う。

その姿には何故か狂気を感じさせた。

 

「いいぜ、ちょっと話をしようぜ」

 

「は?って、うわぁ!?」

 

男は当時、九歳くらいの体を軽々担ぐと奥の部屋に連れて行くのだった。

そこで酒を飲まされ色々と話を聞かされる羽目になった。

とはいえ、酒自体は中々良かった。

これが後々の喰の酒好きの発端である事を骸は知らない。

 

「なるほどな。つまり、お前は骸の別人格ってわけだ。しかし、“自分”が何者かは把握してねぇと。くっ……カハハハッ!!こりゃ面白いな。珍しい能力持ちって意外にもこんな面白い物を抱えているなんてよ!!」

 

酔っているのか、素でこれなのかは上手く判断出来なかった。

だが、おそらく後者だろう。

 

「それで俺はどうすればいいんだ?消えて“元の”持ち主に体を返せばいいのか?」

 

「いや、知らねぇよ。それは“自分”で考えてこそ面白くなる物だ。だから、俺は口を出さない。だけど、消える事はつまらねぇな」

 

「“つまらない”?」

 

「あぁつまらないね。俺は面白い事が好きなんだ。だから、面白そうな奴がつまらなく消える何て事は出来れば遠慮して貰いたい。“お前”は骸とは別方向に面白くなりそうだからな」

 

「“面白い事”ね。まぁあんたが言うように“面白く”なる為には俺は俺を確固たる存在にする必要があるな。まずはそれからだ」

 

「なら、俺がそれを一つだけ手助けしよう」

 

「なんだ?」

 

「名を与えてやる。名前ほど“自ら”を確立する物は無いからな。そうだな………“喰”なんてどうだ?上月 喰っていうのは」

 

「それはどういう意味があるんだ?」

 

「それは“自分で”考えろ」

 

「それもそうだな。そこから俺は俺を確立する事にしよう。だが、そろそろ“俺”は引っ込みそうだ」

 

それは感覚で分かった。

自分が奥へと引っ張られる感覚だった。

きっと、これからは“奥”で自分という存在を明確な物にするのだろう。

 

「なら、最後に一つずつ助言と頼みがある」

 

「なんだ?」

 

「まずは助言の方だが、好きに生きろ。好きに生きた果てにこそ“面白い”事はあるもんだ!!死んだらそれも意味無いからな」

 

「分かったよ。それで頼みってのは?」

 

「“骸”を頼む。これは好きに受け取ってくれて構わない。“骸”をどうしようがお前の好きにしていい。それでも“頼む”」

 

それがどういう意味かはその場では分からなかった。

だが、何だかんだ喰が骸を気にかけるのはこれがあったからだろう。

 

「まぁ何はともあれお前が“面白く”なってくれれば俺は満足だ、“喰”」

 

それがその時、喰が聞いた最後の言葉だった。

その後は意識の奥底で存在を大きくしていった。

骸と同等な存在となるまでは直接的に表に出ることは無かったのだった。

 

 

◇◇◆◇◇

 

 

何はともあれ、喰の人格形成に“あの男”は大きく関わっていた。

生存欲の強い戦闘狂なんていう矛盾した性格もその影響があってこそだった。

そんな事を思いながら喰は骸を見据える。

 

「悪いが“頼まれて”いるんでな。お前を殺すにせよ、喰らうにせよ……もっと“面白く”なってからじゃないと意味が無いんだよ」

 

喰は骸を見ながら小声で言う。

 

「こんな所で“つまらなく”なられたら笑えねぇんだよ」

 

そうして喰は“真紅”の瞳を輝かせ、骸の目の前に立つ。

“自分”はいまだに何故産まれたのか分からない。

しかし、骸は“目的”自体ははっきりしてるのだ。

だから、“あの程度”で沈んで貰っても困るのだ。

 

 





後半は喰の回想でした!!
“育て親”に関しては後々。
詳しい事は骸と零関連でやりますので。

喰が生まれた理由は色々な要因が重なってます。
とはいえ、それは“育て親”すら予想外だったので“面白味”を感じたといった感じです。

“育て親”に関して現時点で言える事はただ一つ、“変人”という事だけです。

それでは質問などがあれば聞いてください。
感想待ってます。


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